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平成21年8月30日は歴史的にも大きな政治の転換点になりました。衆議院議員選挙において民主党は300議席を超える議席を獲得したもようで、民主党がこの選挙に掲げた「政権交代」が現実のものになったようです。この結果が日本にとって良かったのか悪かったのかは、今後を見ていかなくてはわかりませんが、この結果は国民全員の選択ですのでどのような結果になったとしても自己責任として受け入れるべきだと思います。今回の選挙結果は民主党に対する期待というよりは、自民党に対する不満や現在の生活に対する不満の表れであり、政権交代後も生活が大きく向上しなかったり日本経済が上向かなかったらおそらくは民主党に対する不満が鬱積し次回の選挙では今回とはすっかり逆の結果になることでしょう。ある意味二大政党制の第一歩が始まったんだと思います。今回当選した政治家の人たちにはぜひ緊張感を持って日本のために精一杯がんばってもらいたいと思います。金子俊哉
2009.08.31
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夏といえば、プールや海の思い出が浮かんでくる方が多いかと思います。私もそうです。子供の頃、家族で行った海、そこでの父の泳ぎに惚れ惚れしたファザコンの私。私は、私の兄を、私が生まれる前に亡くしています。それも、「池」で。池は池でも、人工で、大きさは洗い場の大きなバージョン。幼い頃の記憶によると、3×5メートル位でした。深さは、濁っていて分かりませんでした。両親、特に母は、水に対して、怖さと憎しみとをもって、その後の子育てをしていたと思います。私は、小学校を卒業するまで、海に行っても、膝より深いところに行くことを禁じられました。昔のことです、通っていた小学校と中学校にプールがありませんでした。おまけに身体の弱かった私は、体育の授業は見学…という事が多かった。近所の学校にプールを借りて、水泳の授業をしに行くときがあったのですが、「千鶴子は、行かせません」の母の一言に、年中欠席していたので、学校側も納得し、一度も参加できませんでした。それが、高校には、プールがあったのです!!中学3年生頃からは、ほとんど学校に通えていたので、自分でも体調面でも大丈夫だと思ったし、何より、泳げるようになりたかった。母を説得し(皆さんが想像するよりも、大変だったんですよ)、水泳の授業を受けました。生まれて初めてプールに浸かった心地良さ、そして、チョットの怖さ。今でも覚えています。親切な学校は、放課後に泳げない人達だけの水泳教室を開いてくれました。お陰で一学期の期末試験では、クロールで何とか20m位は泳げるようになっていました。その高校では、9月にクラス対抗水泳大会が毎年開催されていました。選手を選ぶ時、なかなか決まらなかった種目が、混合フリーリレー。何故か、私のクラスの女子は平泳ぎしか泳げない子が多く、どうしても最後の一人が決まらない。期末試験でクロールを泳いだ私にお鉢が廻ってくる始末。フリーなんだから(平でも良いのだから)、25m泳げた事がない私なんか選ばない方が良いのでは…という意見もあったのに、我がクラスの水泳エース(ちょっと憧れていました)が「まだ日にちがあるし、平よりはクロールの方が絶対早えぇ」の一言で、私に決定。それから毎日、練習しました。怖い飛込みにもチャレンジ!!何度も、痛い思いをしたけれど、お陰で飛び込めば、距離は稼げるので、当日までには、25m辿り着くことができるようになれました。本番前日、エースの彼に、「ケメ子(私の当時のあだ名です)!! 何が何でも、絶対25m泳げよ!! 途中で立ったら、失格だからな!!」と渇を入れられ、失格の事を知らなかった私は、緊張でなかなか眠れませんでした。本番!! レースの前に、エースの彼に頼みました。「飛び込みのタイミングが分からないから、私の背中を押して!!」と。私は、ピストルの音が分からないほど緊張していたのです。優勝はできませんでしたが、失格にはならずにすみました。私以外が結構速かったので、上位であったと思うのですが、順位は覚えていません。終わったあと、皆が、私を囲んでくれて、「頑張った!!すごい!!偉いよ!!」と褒めてくれました。高校での最大の思い出です。次の年の夏、私のその頑張りを見ていた他のクラスの水泳部の平泳ぎの選手が「平泳ぎ、教えてあげるよ」と言ってくれ、おまけに、水泳部の練習時に1コースを私に使わせてくれました。黙々と泳ぎました。毎日毎日、黙々と。その夏の恋人は「ビート板!!といえるくらい黙々と。水泳部の人の中には、「部員以外は」という人もいましたが、私の「泳げるようになりたい」という気持ちと、平を教えてくれた彼女の「いいじゃん、一コースくらい」の一言。おまけに憧れのエースの「そうだよ、ケメ子の頑張りは、明日の日本だよ」って、訳の分からない応援で、続けることができました。平泳ぎは、私に合っていたようで、一夏で完璧(?)に泳げるようになっていました。大学では、水泳の授業はなかったので、その後は、友達と海なんかに行ってチョボチョボ泳ぐ程度でした。何故か30歳近くになって家の近くにスイミングクラブなるものがあるのを知って、通い始めました。久々にクロールを泳いでみると、25mなんて泳げなくなっていました。また、一からやり直しです。でも、楽しかったぁ!!週3回のクラスが待ち通しかった。友達もできたし。だんだん泳げるようになるもんです。「人は、続ければ…」を実感した私です。そのスイミングクラブ、先日急逝された古橋広之進さんが主宰でした。夜遅くに、クラスが終わった後、一人で泳いでいる銀髪の男性がいたので、誰か聞いてみたら、古橋氏だとの事。その後何度か、25mプールを11回のストロークで泳ぐ彼をプールの上から、見ていました。彼の泳ぎに痺れていました。全然、休まずに泳ぐので、泳ぐ姿しか見ていないのですが、その泳ぎ方ステキでした。「フジヤマのトビウオ」の偉業は、偉業としてしか知りませんでした。その偉業を目の当たりにしている気分でした。世界選手権や国際水連総会に出席するために出張され、ローマで亡くなられた事、彼らしいと思いました。心から、ご冥福を祈ります。 そして有難うございました。角田千鶴子
2009.08.30
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7月に入ってから夜7時ごろから週2~3日ほどゆっくりランニングを始めました。NHKの「ためして合点」を観ていたら、このゆっくりランニングの効用を説いていたのです。昨年の6月からウォーキングらしきものを始めておりましたが、少し欲が出てきていたところでもありました。別に健康のためということでもなかったのですが、税理士会の中にもランニングをしている方がおり、刺激を受けていたところだったのです。また 年頭の私の目標が「ウエスト80cm以下」にすると書いたこともあり、このままでは達成できないことが明らかなのです。近くの彩の森公園を1週しています。自衛隊の側なので結構多くの方が走っております。女性のかたも多いのです。私は若い女性に追い抜かれても決して追いかけたりはいたしません。マイペースを守ってこのゆっくりランニングを心がけているのです。自衛隊の戦闘機が爆音を響かせて東の空へ飛んでいきます。公園内の駐車時間が夜7時までですよと案内放送が流れています。男女の高校生が手をつなぎながら楽しそうに歩いています。公園内の自動販売機の明かりが消されています。管理人がトイレの内部をチェックしています。そんな周りの風景を楽しみながら、ユニクロで購入したスポーツ用短パンとTシャツを私なりにかっこよく着こなし、首に巻いたタオルで汗を拭きながら走っているのです。呼吸音が次第に大きく荒くなるのを感じつつ、一歩一歩前に足を踏み出し次第にそれが快感へと変わるのを体をとうして伝わってきます。一回りをして噴水型の水道の蛇口に顔を突っ込み、水をかぶるとなんと爽快なことか。もともとスポーツマンを自認している私です。学生時代、練習後、上半身裸になり頭から水をかぶりふざけた当時が蘇ります。疲労を翌日に持ち越さないために今度はゆっくりクールダウン。ハイテンションの体の中に新たな酸素を送るため静かに深呼吸。体の隅々までに満遍なく血液がいきわたっていることを実感できる瞬間です。この時間帯がたまらないのです。全身から滴り落ちる汗が水玉を作りTシャツに大きな汗の地図を広げています。なんとなく 新陳代謝が行われ新たなエネルギーが沸いてくるようなのです。ミュージカル舞台の観劇が終わった後、すぐに家路につくことはもったいなく、シャワーのように浴びた沢山の感動、新たな元気。ハイテンションの自分を鎮めるために銀座の夜の町をゆっくりと歩きクールダウン。この時間帯も至福のときなのです。クールダウン。ゆっくりと、じっくりといつものペースにもどすのです。明日は投票日。テレビ中継が夜遅くまで続きゆっくりクールダウンなどしてはおられないことでしょう。安西節雄
2009.08.29
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先週、長女は保育園時代のお友達と3泊4日で長野に行ってきました。その間、次女はお父さんもお母さんも独り占め!私が長女とお友達を大宮駅まで送って行った帰り、駅まで迎えに来てくれた次女は“お昼はマック(マク○ナルド)ね!!”ニッコニコの笑顔でお出迎え。その日の夜は、布団の上で枕を並べ“おとうさんがこっちね。ほのちゃんはここで・・・おかあさんがここ!!”いつもは壁際に寝る次女ですが、その日は真中を陣取りました。次の日、お父さんが夜遅いということで、保育園へ迎えに行った次女に耳打ち。“今日は二人だからデートする??”またもやニッコニコの笑顔で“あんぱんまんのところ(ガス○)がいい!!!”“おとうさんにはないしょだよ”と私。お父さんに、ガチャガチャのお土産を見つかり、“昨日、どこか行ったでしょ~。”と問い詰められてもとうとう口を割らなかった次女。しかし、そんなこんなであっという間に3泊4日が過ぎ、戻ってきた長女に次女の第一声は・・・“おねえちゃんいなかったときね~マックとねあんぱんまんいったんだ~”それを聞いたお姉ちゃんは折角の旅行気分が一気に抜け、冷たい視線を私に・・・お父さんには内緒だよ!とは言ったけどお姉ちゃんにも内緒だよ!!心の中でつぶやきました。次の週末ガ○トへ家族4人で行ったのは言うまでもありません。次女よ、たまにはひとりっ子もいいのかな~?清塚貴子
2009.08.28
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夏の甲子園も終り、もう少しで子供達の夏休みも終わります。親としては、夏休みは子供達が家にいる時間が多いので早く学校が始まってくれないかなあと思う一方、宿題ちゃんと終わらせられるんだろうなあと心配でもあります。ともかく今年の夏も二人の子供はそれぞれ夏休みを楽しんでくれた(楽しみっぱなしだった?)ようです。8月頭にはここ数年よく参加させていただいている所沢支部福祉共済部主催の西武園花火大会に。毎回思うのですが、頭の真上でド~ンと花火が開くのは子供だけでなく大人も感動します。またお盆休みには直前の地震もものともせず伊豆に旅行。地震で東名高速の交通止めがあったせいもあったのでしょうか、行きも帰りも渋滞といえるほどの渋滞もなく、拍子抜けしました。ただ旅行者とすればすいていることはいいことなのですが、地元、特に観光業の方々にとっては大打撃だったようです。私は地震後もキャンセルするという発想がなかったので、予約してあった旅館から「旅館も道路も社会インフラもまったく問題ありません」という電話に安心してそのまま出向いてしまいましたが、実は地震発生直後からキャンセルが殺到し、お盆期間中も稼働率が半分程度のところもあったそうでした。今回の旅行はお盆期間の当然トップシーズン料金で通常料金と比べて馬鹿高い料金でしたし、また8月の予定がなかなか確定しなかったので直前になって宿探しをしたため、泊まりたいという旅館にしたというよりは予約が取れた旅館にせざるを得なかったというのが実情でした。ですから帰宅してから、「地震の場合のキャンセルは旅館もキャンセル料取りにくいらしいしどこの旅館も空室ばかりだったからので、一度キャンセルして泊まりたいと思う他の旅館に予約しなおせば、希望の旅館にすごく安く泊まれたはずだよ」という情報を聞いて大ショック。もっとがめつくいろいろと頭を働かせるべきだったと後悔しました。というようなこともありましたが、それはそれとしてそこそこ家族皆楽しめたので良しとしましょう。それにしても今年の夏は例年よりもセミが「ジー、ジー」とか「ミーン、ミーン」とうるさかったような気が。あっ・・・、「自、自」と「民、民」でしたか・・・。おそまつ!!田中 大貴
2009.08.27
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現在、2つの地域のソフトチームに在籍しています。ひとつは地元、もうひとつは長くお世話になっている所沢のチーム。先日地元での第2試合で先発しました。立ち上がりで乗れればすいすいいける自信はありましたが、今回は四死球連発で一気に5失点・・・。その後はようやくリズムが出ましたが見方打線も相手の緩いボールを打ち切れず結果は1点差負けの敗戦。今年、所沢のチームでは公式戦で完封勝利も経験しましたが、これすべて守備力抜群のバックのおかげ。自分の実力ではありません。地元チームは所沢チームほど、打力も守備力もないですが、ここで勝ってこそ自信も深まるもの。皆も一生懸命ですし活気もあります。この敗戦で次回は入れ替え戦に回ることに。また緊張感の中で試合ができる事をうれしく思います。奥田信敏
2009.08.26
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あのテレビ番組見ました?と、仕事先で聞かれた。その番組とは、一組の老夫婦の5年間の暮らしを追ったドキュメント番組である。「テレビに出ていたおばあさんがいい人でねー。話にも感動したー。」というのである。聞いた内容は次の様であった。そこは、かつては林業や養蚕で栄えた山間の集落であったが、徐々に人口が減り、今では5戸ほどになってしまった。代々耕してきた段々畑での仕事は、老夫婦にはきつく、「使えなくなった畑を放っておくのは申し訳ない。せめて花を植えて山に還したい。」「村に誰もいなくなっても、人が訪ねてきたとき花が咲いていたら、どんなに嬉しかろう。」と、畑を閉じながらそこに花やモミジを植えてきた。おばあさんは80歳半ばになった。何年か前に夫を亡くし、元気がなくなり体力も落ち、4人1組で行う山道の手入れは、皆のようには動けなくなった。最後に残った畑も山の自然に返すときが来たのだと、山桃の苗木を植えた。翌年、おばあさんは脳梗塞で倒れ、入院生活に入ってしまう。しかし、10年以上費やした努力は報われ、無き夫と共に植えたモミジが大きく育ち、秋には見事な紅葉を見せていた。そして、そのおばあさんも亡くなり、隣家の人がその意思をついでいる……。という話であった。これは再放送とのことであったが、また放送されるときには是非見たいと思っている。若山 智
2009.08.25
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さぁ 総選挙。セミの声がだんだん小さくなってきたけれど、「政権交代・政権交代」と民主党が声高に連呼しています。政権交代をした後に何をしたいのでしょうか。歴史を振り返れば、鎖国政策を採っていた徳川幕府。黒船に象徴される圧倒的な武力の前に開国を選択しようとしていた。政権を担当する勢力はいつの時代でもそうなのでしょうが。長期政権。天下泰平の世の中を乱されたくありません。邪魔されたくありません。内向きの世界に慕っていたいのです。徳川幕府の安易な弱腰開国政策によって利権が独占され、植民地化が懸念される。国の大事に尊王攘夷思想が生まれるのも無理からぬことです。孝明天皇は夷人を毛嫌いしていたため、幕府は形式的な攘夷命令を諸藩に下している。幕府には攘夷ができないことがわかっていた長州藩はすぐに攘夷を実行する。そして莫大な損害賠償金をすべて幕府に支払わせるしたたかさ。もともと尊王攘夷思想は水戸学派から生まれた思想なのに、なんと皮肉なことか。世界は大航海時代(インターネット時代)。「攘夷、攘夷」と叫び視野が狭まっていく過激な倒幕尊王攘夷運動を危険視しながら幕府を破った薩長連合は政権をとった後、堂々と開国してしまった。さてマニフェスト。いつのまにか医療・年金介護から教育・子供支援へとシフトしてしまった。まったく世界観が見えてこない。経済のグローバル化をフル活用してきた日本。世界の市場が閉ざされれば最大の被害者となるのは日本なのではと思ってしまう。立候補者を見てみれば二世議員・世襲議員のオンパレード。徳川家定-家茂-慶喜と将軍・老中をはじめ幕府上層部から人材がいなくなった最大の原因は世襲制だったのではないか。幕府の要人達は時代の変化を直視することができず、統治能力はもはやなく、薩長に倒される前に自壊していたのです。薩長土肥の下級武士たちにその地位を奪われ歴史の舞台から遠ざけられたのです。国を開くにはそれ相当の覚悟が必要となることでしょう。版籍奉還、廃藩置県、朝廷改革、学制改革を実施し、徴兵令、地租改正を布告し、太陽暦採用を決め、警察制度等々を次々と確立した明治政府。開国とはあくまでも富国強兵のための手段であり、武力などの近代的な技術を修得し、いつの日か列強と互角に戦える国をつくるということが最終目標なのです。官僚主義からの脱却、政府主導への政治体制の確立。自己保身しか考えない徳川幕府のような世襲議員にできるのでしょうか。政権交代が単なる政権を奪取するためのパフォーマンスで終わることの無いように願いたいものだ。安西節雄
2009.08.24
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早速ですが、すいません。また犬映画の話です。今年のお盆は、ほぼ映画三昧でした。観た映画は、 ・ハチ公物語 ・HACHI-約束の犬- ・南極物語 の3本。それぞれの感想は。。。(※以下、ネタばれ注意!) まずは、『ハチ公物語』 『HACHI-約束の犬-』が公開された関係で、テレビ局でオリジナル版が放映されていたのをたまたま観ました。昔、見たことがあったので、大まかな内容は知っていたのですが、細かい所は忘れていて、ついつい最後まで見入ってしまいました。感想は、やっぱり泣けます。教授とハチの愛、教授死後のハチの生き様やハチの教授へのひた向きな思いが伝わって、嫁さんは終始泣きっぱなしなので、僕ももらい泣きをしてしまいました。特に最後は号泣でした。これがきっかけで、『HACHI-約束の犬-』も観ようと決心しました。次に、『HACHI-約束の犬-』 CMで流れているリチャード・ギアの発する「ハ~チ~」に惹かれ、その声が聞きたい(=字幕版が観たい)が為に、さいたま新都心の映画館まで足を運びました。私の住んでいる地元の映画館でも『HACHI』は上映されていましたが、吹替版しかなかったので、字幕版を上映している映画館を探してやってきたのです。もちろんリチャード・ギアの「ハ~チ~」がたくさん聞けました。又、周りの風景等の雰囲気を考えると字幕版の方が合っていたと思います。内容ですが、大筋は『ハチ公物語』と同じでした。教授と出会い、教授と死に別れ、それでも教授を待ち続けながら最後は夢の中で教授に会って死んでいく、という流れです。原作よりも淡々としていましたが、ハチの魅せ方、音楽は原作より良かったと思います。『ハチ公物語』との違いですが、大まかなところでは、 ・ハチと教授の出会い ・教授の娘(一家)の性格等 ・教授の死後、ハチはたらい回しにされなかった。(娘一家が引き取っていた) ・やきとり屋がホットドッグ屋になっている ・ハチ専用の預金口座がつくられていた ・ハム屋の存在。時々おやつ(多分ハム)を貰っていたといった所でしょうか。特に教授の娘については、全然違いました。原作では、典型的な我侭お嬢さんでしたが、ハリウッドでは一家でハチのことを心配且つ理解、そして、孫に至っては尊敬していました。教授とハチとの出会いからしてそうなのですが、原作の娘さんではハリウッドでは受け入れ難かったのだろう、と勝手に思っています。『ハチ公物語』を観ていてもいなくても、『HACHI-約束の犬-』を観に行っても損はないと思います。出来れば字幕版がお勧めです。最後に、『南極物語』『HACHI-約束の犬-』を観た帰り、嫁さんが犬映画繋がりで『南極物語』も観たいというので、DVDをレンタルしてきました。『ハチ公物語』『HACHI-約束の犬-』とは違った感動がありました。特に、中盤以降が良かったです。犬達の場面では過酷な悲しいサバイバル、人間達の場面では自分たちが犬達を置いていってしまったことへの後悔が伝わりました。最後は、タロとジロが人間たちと対面というシーンは良かったのですが、個人的には、リーダー犬であるリキが生き残れなかったのが残念でした。リキはタロとジロに生きる術を教え、最後はタロとジロをかばって死んでいくのが悲しかったです。以上が、今年のお盆休みでした。暑いし、遠出をすれば渋滞だったりするので、体たらく気味になってしまいました。また少し太ってしまったかも知れません(汗)高梨 雅樹
2009.08.23
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先日、10数年ぶりにクワガタとりに行ってきました。とりといっても、実際は、キャッチアンドリリースですが。某先生と以前クワガタの話で盛り上がったのがきっかけです。小学生のころの夏休みは、午前中は近くの雑木林にクワガタとりに、午後は野球をしたり、プールに行ったりという過ごし方をしていました。そのころを思い出しました。某先生が、いいところを知っているとのお話だったので、行ってみるとすごいすごい!ノコギリクワガタ、ヒラタクワガタ、スジクワガタ、カブトムシなど・・・・特に目標としていたノコギリクワガタを見たときは、二人ともだいぶ興奮しました。来年に向けて、自分も”いいところ”を現在開拓中です。 月井 弘明
2009.08.22
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私の今のっている車は、環境にやさしいのですが今流行りのハイブリット車ではなく軽自動車です。この車は7年前の税理士事務所を開業したときに買いました。でも、この車があったからこそ業務が出来たのだと思っています。お客様や税務署へ行くときには本当に必要なものです。今回3回目の車検を迎えますが、日頃は洗車機にての洗車のみでワックスも掛けてなく最近よく見るとボディいは相当汚い。買換えも考えたが、まだ乗れるので今回車検はしようと思っています。このブログを書いていて、購入した頃の出来事が浮かんできました。初心を忘れないようにまたこの車に感謝です。これからも宜しくお願いします。清塚健二
2009.08.21
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先月の7月に家族と総勢50人位の「潮干狩り&横浜中華街ツア-」に参加しました。バスで初めてアクアライン???を通って海ほたるで休憩後、早速潮干狩りを始めました。木更津の海岸での潮干狩り会場は、遠浅というか、潮が引いた状態であり、遠くに海が見える程度です。妻は何を考えたか、前日にレジャ-シ-ト、浮輪、ビ-チボ-ルを僕に反対されながらも用意し、その態勢で会場に入場。荷物が多いのなんの、他の人々は熊手に網という軽装で、とても海水浴の格好ではありません。「やめればいいのに・・・」と人の言う事も聞かずに、荷物の置き場に苦慮しています。さて潮干狩りは僕も初めてであり、子供も初めて。熊手であさりや蛤がいそうな所を掘って、一個一個丹念に拾います。実は7月はシ-ズン的にも終盤だと思うのですが、また人も結構大勢いたりなんかして、なかなか満足するような蛤等が取れません。掘っても掘っても小さいものしか取れないのです。4人家族に与えらた量は6キロまでの範囲です。時間との格闘で、とても浮輪を膨らませる時間もないし、海はずっと向こうだし、焦るなか結構移動を繰り返しながら、暑い日差しの下、腰をくたびれさせながら貝採りセンスの欠如を再認識しながらラストスパ-トです。結局家族で6キロの収穫可能枠に対して1.4キロでした。係員の計量器の前に行っても、係員さんは無言で苦笑しなが、計量器に乗せるわけでもなく「早く行って!」とせかしてのスル-状態でした。悔しかったですが、でもその分中華街でたらふく食べました。九貫克博
2009.08.20
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先週、13日迎え盆の日、夕方まで時間があったので、子供と長瀞の阿左美冷蔵というところの天然氷を使ったかき氷を食べに行きました。明治24年創業の氷の蔵元で、宝登山近くを流れる沢の源流を冬に凍らせ天然氷を作り、それを切り出してかき氷にしている店です。どんなものか一度食べてみたかったのですよ。ちょっと野次馬根性ですね。10時開店ということだったので、ちょっと早めにと考えて9時40到着しましたが、そこには何と既に100人くらいの行列が・・・・ここまで来て、食べないで帰るわけには行かず、気合いを入れて列に並びました。しかし、気温はどんどん上がり、その暑いこと、暑いこと、天下の熊谷市も真っ青になるくらいです。それでも、天然氷は口当たりが柔らかく美味しいという話を信じ頑張って並びました。他の人達も皆おとなしく並んでいます。日本人は偉いですね。水を飲みながら待つこと1時間20分やっと順番が来ました。店の裏に大きな庭が広がっていて木陰の下に野外テーブルがいくつもあります。その一つに案内されました。いくら込んでいても相席などの詰め込みは全く無いようです。子供はイチゴミルク氷、私は奮発して黒蜜煎茶あずき氷を注文しました。暫くして注文したものが出てきましたが、何とも立派なかき氷です。そして味は「旨い」の一言につきます。一気に食べ終わりました。確かに旨い、でも1時間以上炎天下で待たされたら、もしかしたら冷たいものは何でも旨いかもしれませんね。皆さんも確かめてください。高さは25センチ位あります!森健二でした。
2009.08.19
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高速道路8月9日(土)7時30分に所沢市を車で出発。最初の目的地である仙台市には17時に到着。何と9時間30分もかかってしまった。休憩も含めて平均時速40kmである。仙台市を18時前に出発し、次の目的地である盛岡市には20時過ぎに到着。予定どおりであった。仙台市に途中、立ち寄らなければ19時頃に到着できたかもしれない。それでも、12時間近くかかったことになり、平均時速は50kmである。高速料金が1,000円なので、文句も言えない?11日(月)11時30分に盛岡市を出発し、途中、奥州市(旧:水沢市)と仙台市に立ち寄り、目的地である村上市に向かう。高速道路と一般道は目立った渋滞もなく、21時に目的地に到着。12日(火)に所沢市に帰ってきたが、高速道路は渋滞もなく、順調であった。1,000円割引がないと、こんなにも違うのか?高速道路を快適に走るには、それなりのお金を払えということか?18日(火)は、衆議院選挙の公示である。調子の良いことを言っている、政治家にだまされないように気をつけます。口先だけの集団がリセットされて新しい流れができ、国民生活が向上することを願っています。佐藤年彦
2009.08.18
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週末、やっと夏らしいお天気になりましたね8月10日、ブログサイトにアクセスをして、留岡先生のブログを見た時、あ~またやってしまった・・・と焦りまくった私・・・、安西先生のメールを読み直し、10日から16日までがお盆休みだったのを見て、ホッしてました7月中旬、祇園祭を見に、京都に行って来ました。7月16日、仕事を終えて東京駅からのぞみで京都へ。初めての祇園祭、一応、その歴史とかの資料を新幹線の中で読みながら東京駅で買ったお弁当とを頂きました京都に着いて、四条烏丸駅で先に行っていた友人と待ち合わせて、祇園祭の大きなイベントの1つ宵山見物へ。祇園祭の山鉾には、女性は乗れないのですが、この宵山の日は上がって中に乗れるのでした。思ったより狭くてびっくり でも、提灯がなんとも綺麗でした翌17日、祇園祭のメインイベント山鉾巡行です。朝8時に先頭の長刀鉾のスタートを見に行こうと言っていたのに、目が覚めたら8時・・・、急いで支度をして、烏丸御池の友人宅へ。この友人宅が今回の見物場所。部屋の前が丁度巡行の通り道で、ベランダで見物できるのでした全部で32の山と鉾が京都の町を巡行します。友人宅に着くと、まだ先頭の長刀鉾は通過していないとの事で、ホット一息、暫く部屋で見物した後、辻まわし(大きな鉾の方向転換)を見に河原町御池へ・・・、あまりの人の多さで車輪の部分は見れませんでしたが、熱気を感じることが出来ました。32の山と鉾は、どれも見事でした・・・。鉾を飾る工芸品にはゴブラン織りなどが使われていて、絵柄も旧約聖書のものだったりするのですが、なぜかなんとなくマッチしているんですよね。古くからの伝統を守って毎年このお祭りを盛り上げている地元の皆さんに敬服しました・・・。貞観11年(869年)が起源と言うのですからすごいですこれからも、守っていかなければ・・・と思いました。夜は、八坂神社へお参りに、祇園祭に協賛した方々の提灯飾りの中に、「祇園 いまむら」を発見!思わず写真に残しました。八坂神社では、疫病災難避けの「ちまき」を購入、来年まで、家の玄関に吊るして飾ります。18日は、京都観光へ。まずは下鴨神社へ、丁度、みたらし祭が開催されていて、御手洗池に足をひたして来ました。円通寺↓では、しばし静かに景色を楽しみました。中学生ぐらいの美術部の学生が、絵を描いていました。三十三間堂の観音像は、良く見ると少しずつ表情が違っていました。観音像を納めたDVDが販売されているとしり、びっくり午後から、京都から大阪へ足を延ばして、大阪の友人と夕食を食べ、最終1本前ののぞみで東京へ帰京・・・。2日ちょっとと駆け足でしたが、中身の濃い旅行となりましたまた、今度はゆっくりと回りたいな・・・・と思います。今村純子
2009.08.17
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私は毎月1回以上、実家の墓参りを続けています。こう書くと何と律儀な人間なのかと思われるので、もう少しその実情を書きますと・・・私の実家の墓は所沢市のとある墓地にあるので、車でしたら約30分程度でいつでも行ける距離にあります。それと墓参りと言うと非常にかしこまって花や線香、掃除用具等々を準備して出かけるイメージがありますが毎回そう言った準備をしている訳でもなく、線香だけあげてそれで終わってしまう事も多々あります。(勿論、花から何から用意していく事もありますよ。)さて私が毎月、墓参りに行く事になったのは、今から丁度3年前の平成18年8月からです。それまで墓参りといっても年間に2~3回(これでも多分、平均的だとは思います。)程度、行くだけでした。きっかけは当時、実家のすぐそばに住んでいた祖母が病に倒れた事でした。それも余命いくばくもないと言う状態でした。私を含めて家族:親戚等・・・もはやなすすべもない有様でした。そんな時に私が思い出したのは、その祖母の姿。祖母はあきやすい性格の私と違って非常に律儀できちんとした人で、私の祖父(つまり祖母からすると主人)が今から約20年以上前に亡くなってからも毎月1回の墓参りを欠かさない人でした。そんな姿を思い出し、或いは神にも仏にもすがりたい気持ちで私は毎月墓参りに自然と行くようになったのでした。今、改めて振り返るとその当時は個人的に私の今までの人生の中で一番、辛い時を過ごしていた時期であり、そんな時に日頃、一緒に生活していた祖母の命がもう僅かでしかない事も重なって・・・私自身が絶望的な毎日を送っていた事を今も思い出します。今思えば・・・本当は私自身が何かにすがりたいと思っていたように思います。そんな祖母も医者に言われた命の期限よりも長く生きてくれましたが、翌年のお釈迦様の誕生日に天に召されてしまいました。祖母が亡くなってから、既に2年半近くがたってしまいました。こうして今更、辞める訳にも行かず・・・今、現在に至っています。ゆくゆくは親に代わって墓を本当の意味で守っていかなければならない身であるので・・・今からそう言う気持ちでいるのも、いいのかもしれないと思っています。皆さんも墓参り・・・されていますか?羽田
2009.08.11
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今回もフレーバーの話題です。先日友人と銀座でショッピング中、新しいフレーバーティーを発見。今度は大麦、まさか麦茶までフレーバーがあるとは予想外です。オルヅォとはイタリア産古代種の大麦のことで、私はいちごとチョコレートの香りづけのオルヅォを購入しました。お湯で入れるほか、水出し又はミルク出しでもOKと書いてあります。いちごとチョコレートにはミルクが相性良さそうなのでミルク出しで作りました。ポットに冷たいミルクを入れ、その中に2時間ほどオルゾォを浸します。冷蔵庫で再び冷やして飲むとおいしい!!今度は水出しで飲んでみようと思います。このお店には、他にもめずらしい麦茶があり、パイナップル麦茶、ライチ麦茶などいろいろありました。友人はライチ麦茶を買っていました。香りは甘くおいしそうでした。飲んだ感想はどうだったか今度聞こうと思っています。いつもの麦茶、香りがつくと更に楽しみ方が増えます。留岡 邦子
2009.08.09
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先日、長野県諏訪市まで1泊旅行に行ってきました。天気は曇りで、気温もそれ程高くはなかったので、ETCを付けたマイカーで八王子ICから諏訪ICまで高速道路に乗ってブ~ンと快適ドライブ。高速道路を下りる際、料金表の1,000円という文字に「お~!1,000円だ!」とちょっと感動しつつも、「でも、高速道路の値下げが船や鉄道の乗車率の低下にも影響を及ぼしているんだな~。」って思うと、テンションが下がります。ところで、「高速道路原則無料化」ってどう思いますか?僕は単純に考えて、高速料金が無料になったら、今まで以上に交通量が増え、高速道路が何十キロも渋滞するなんて事が頻繁に出てくれば、人にも環境にも良くないと思うのです。また、他の交通機関にも影響が出れば、国や地方の補助も今まで以上に負担が多くなってくるのではないでしょうか?もっと視野を広げて、周りとのバランスをよく考えた上で、もう少し違うやり方があるのでは?と思ってしまいます。8月30日の衆議院選挙で、もっと世の中が良い方向に進んでいってほしいなと思います。ちなみに、余談なのですが、今回泊まったホテルは「ホテル紅や」。関東信越税理士国民健康保険組合の契約保養施設になっており、1泊5,000円の補助が出るそうです(まだ申請してないのですが・・・)。税理士になると、職員の時とは違って健康保険料が高くなっちゃうんです。何故??う~ん。こうなったら利用できるものは利用しなければ・・・。倉掛 貴
2009.08.08
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聖望学園野球部が甲子園に出場することとなりました。私がPTA会長を仰せつかっていた1990年に初出場し、以来夏3度目となります。昨春の選抜と合わせると4回目の出場となります。埼玉という大激戦区での10年間に4回の出場は、大変なことであり、いまや野球の名門校となったかんすらあります。ベンチ入りできる18名のうち、6名が地元飯能の中学校から聖望に入学した生徒です。これもすごいことだと思います。11日が初戦、勝てば16日です。ぜひ応援してください!岡部素明
2009.08.08
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6月の完全失業率が先日総務省より発表されたが、過去最悪の5.5%に迫る5.4%となったそうだ。この統計は無作為の約10万人の調査によるものらしい。完全失業率とは何か調べてみると次のとおりだった。完全失業率=完全失業者/就業者と完全失業者の合計完全失業者とは次の3条件を満たすもの 1. 現在仕事についていない 2. 仕事があればすぐに就く準備ができている 3. 仕事を探す努力をしている 就業者とは、月末1週間に1時間以上の仕事をした人計算の仕方はわかったが、下記のような情報を聞くと本当にその程度なのかなと疑問を持たざるを得なかった。イ 2008年度の各月の平均で、月末1週間の就職時間が1時間以上の人6261万人のうち、15時間未満の人は188万人、つまり約3%に相当する。ロ 不況のため求職活動をしていない人、資格を取るため学校通いで求職活動をしていない人は当然完全失業者には該当しない。ハ 失業対策の補助金により雇用を維持されている人このような人たちは完全失業者の中には含まれていないが、少しでも状況が変わればすぐにでも完全失業者の仲間入りをする可能性のある予備軍に位置するのではないか。このようなことを考え合わせると現在の完全失業率は8.8%程度ではないかという評論家もいる。考えれば考えるほど頭の中では完全失業率の数値は増えていく。経済が活性化しなければ我々の業界も活性化しないのに、何とかしてください自民党さん?民主党さん?萩原博之
2009.08.07
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8月に入り世間は随分と騒がしくなってきました。イベントとしては、今回の選挙は非常に見応えがありますが、さてさて、マニフェストを読んだり、演説の内容を聞いたりして、皆様はどのような感じを持たれたでしょうか?私の印象を一言で言うならば、「キャバ嬢の指名獲得争い」 です。ここで、キャバ嬢を知らない方は、「ウィキペディアへジャン プ」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%90%E3%82%AF%E3%83%A9で予習をしていただくとこれからの文章がよく理解できます。だって、誰も、自民党や民主党の公約が額面通りに実現できるなんて考えている人はいないと思います。でも、ひょっとして実現したらうれしいなあ~!! なんて考えている人はかなりいるはずです。これって、かなり酔ってしまった午後11時過ぎに囁いてくるキャバ嬢の言葉に似ていませんか。「 先生!! 今日、アフターしません? 」 とか「 先生!! 来週、同伴して!! 」 とか「 先生!! 来月誕生日だから、○●のバック買って!!」 最後の、オネダリなんて、ひどいものです。だって、複数の先生に同じものをおねだりして、同じものをたくさんゲットしたら、1個を残して、残りはオークションに出しちゃうんですからね!!そんなことも知らずに、喜ぶキャバ嬢を見て、鼻の下をのばしている先生の多いこと多いこと(苦笑)私には、こんな光景と、今回の選挙で言い寄ってくる候補者がだっぶて見えます。そんな中でも、無駄使いをなくすと言っている××党の方がいいのかしら??でも、今迄の無駄遣いは無くなっても新たな無駄遣いが生じたらどうしようもないし!!それよりも、はるかに大切なことは この国には、キャバクラに行っている余裕なんかないじゃんか!!と、言うことです。昨日も隣国の方々と話をして、この国の行く末に一兆末の不安を感じている 清水 善規 でした。
2009.08.06
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立教大学経済学部の山口義行教授は、関東経済産業局「新連携支援」事業評価委員長として中小企業政策に活躍されていますが、ご自身も株式会社中小企業サポ-トネットワ-ク(通称Small Sun)を起こし、企業経営者支援に奔走されています。これは、専門分野が異なる7人の専門家が集まって経営者を支える「知的サポ-トネットワ-ク」を展開しようというものです。そのうちの一人安藤竜二氏は、「サムライ日本プロジェクト」の仕掛け人として愛知県三河市からはじまり、様々な地元の逸品の発掘で地域活性化に効果を上げられているようです。先日の税理士会の所沢支部の総会では、燕商工会議所の磨き屋シンジケ-トのマグカップで盛り上がりましたが、狭山でも明るい話題ができないか期待を寄せています。ホンダの車も狭山の顔として頼りにしているところですが、地元の逸品「狭山茶」なども、ひらめきの観音様が舞い降りて、ブランディング商品が出来るとよいと思っています。8月8,9日は狭山市の「入間川七夕祭り」が行われます。狭山市と狭山商工会議所では地元の4団体と連携して「狭山市中心市街地活性化推進事業」に取り組んでおり、ゆるきゃらコンペを実施してイメージキャラクターも誕生しました。七夕の妖精「おりぴぃ」です。短冊の耳を持ったクリーム色のてるてる坊主が、虹色のスズランテープのマントを付けたような姿が「おりぴぃ」です。オワカリデショウカ?ブログの読者の皆さんには、たまには狭山の商店街をそぞろ歩いていただき、ついでに活性化に一役お願いしたいと思うところであるわけです。今月末には選挙がありますが、地域の中小零細企業が元気になって 贅沢でなくとも将来にわたって安心した生活ができる社会になることを願っています。by 清水 七都子
2009.08.05
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7月24日(金)、25日(土)で乳頭温泉の鶴の湯に行ってきました。盛岡まで高速道路でそこから田沢湖に向かって国道を走り、田沢湖から山奥へと入っていく超ロングドライブでしたが、ほとんど渋滞なしだったので、朝8時半に家を出て、夕方5時前には到着しました。金曜に出発して土曜に帰るのは、高速代1000円は片道しか使えませんが、渋滞回避には一番よさそうです。まさに秘湯といった立地と建物の外観でしたが、シャワーもあり、部屋にはウォシュレットもありと設備は近代的で快適でした。部屋の囲炉裏で岩魚を焼いて食べ、料理はほとんどが山菜・野菜でどれもとても美味しく、連日超満員なのもうなずける内容でした。帰りは田沢湖に寄りましたが、ボート漕ぎをするとウグイがボートに沢山ついて泳いでくるのが楽しいので、お子様連れにはお勧めです。阿部大亮
2009.08.04
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先日 萩旅行に行ってから萩市内の地図を頭に描きながら改めて司馬遼太郎の「世に棲む日々」を読み直しています。知的で純粋で優しい吉田松陰は愛すべき人物なのです。「松下村塾」は松蔭の叔父である玉木文之進が設立し松蔭も学んだところです。藩校の明倫館はとてもりっぱな建物でしたが、士分と認められていた人しか入学ができませんでした。「松下村塾」では武士や町民などの身分の隔てなく塾生を受け入れています。長州藩も兵法指南役の家が途絶えることのないよう、幼少の吉田松陰のために藩の逸材に講師を命じて教えていたのです。成人後は、九州への遊学と江戸留学を許しています。当時は中央集権国家ではなく各地方に沢山の優秀な逸材がおり、松蔭も地方を回りながら教えを請うておりました。どんな人にも飛び込んでいってしまうのです。友人との東北遊学の約束を果たすために脱藩までしてしまうのです。その後も藩の存在を脅かすような革命的行動に走ってしまいます。その飛躍がどうも普通の感覚では理解しがたいのです。攘夷を叫びながら敵国への密航を企て、そのことを内密にではなく打ち明けてから行動するという、兵法を学んだものとしてはあまりにも純粋なのです。司馬氏もこれを説明するにあたっては「狂」という文字で表現しています。たった三年しか存在できなかった松下村塾でしたがその出身者から、とくに高杉晋作に与えた影響を重く見なければならないでしょう。高杉晋作の辞世の句「おもしろき こともなき世を おもしろく」実際に萩市内の現場を見ることによって、改めてこの小さな萩から明治維新の思想的根拠として「革命」を起こしていった吉田松陰の凄さを感じたしだいです。まったく ずる賢くないのです。「ずるい人間にはならないようにしないといけません。」「裏表の無い人間にならないといけません。」改めて教えていただきました。いま衆議院選挙が真っ盛り。いろいろマニフェクトが公表されておりますが、選挙目当ての耳当たりの良いものばかり。純粋に革命を起こす人は出てこないものでしょうか・・・・・・「人の人生には必ず四季がある」安西節雄
2009.08.03
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それは1通の市民税の納税通知書が6月上旬に届いてからの出来事です。実は・・私は昨年、住民税で創設された寄付金の税額控除を受けるために、埼玉県のある団体に寄付をしていました。(当然、埼玉県への寄付金として税務上、認められている寄付金です。)届いた納税通知書をあけ納税額を確認する事もさることながら、“寄付金の税額控除はどんな感じで計算されているのかな?”とその通知書の計算明細(所得控除:税額控除)に目を移しました。“社会保険料控除、小規模企業共済等掛金控除、生命保険料控除、基礎控除・・・あれ?寄付金の税額控除の明細(記載)がない!”・・・何度、見返してもそれらしい金額の記載がありません。慌てて地元の市役所の市民税課へ電話をしました。私:“住民税の寄付金税額控除の対象となる寄付金があるので今回、税額控除を受けられると思うのですが・・・”担当者(男性)A:“用件は承知しました。それでは納税通知書に記載されている納税者番号を教えてください。”私:“○×△番です。”担当者A:“羽田さんですね。それではこちらで確認いたしますので、改めてこちらからお電話いたします。”と言われ一旦、電話を切りました。それから10分後位に市役所の市民税課の先ほどとは別の方(女性)から電話がありました。担当者B:“申し訳ありませんでした。訂正が間に合わないので第1期(6月30日)には今の通知書の税額で口座引き落としになりますが、2期目(8月31日)以降で訂正の上、減額になりますがそれでも宜しいでしょうか?それと新しい納税通知書は7月の初めに送ります。”その回答を聞いて、電話をして良かったと思ったのは言うまでもありませんが、それよりも私が知りたかったのはどこがどう間違ったかでした。今度は私が聞き返します。私:“すいません。確認したいのですが・・・税務署へ提出した申告書の第2表に寄付金の金額とその寄付金の領収書を添付したのですが??”担当者B:“領収書の添付は税務署提出用の用紙(1枚目)なので、こちらでは分からないのですが?”⇒勿論、領収書等の添付が第2表の1枚目(税務署提出用)裏面なのは分かっているのですが、それには触れないで、再度聞き返します。私:(怒り口調ではなく、あくまでも分からない感じで・・)“税務署提出用の用紙に添付と言われても・・・こちらは所定通りにやりましたし、そうすると領収書の添付よりも寄付した相手の名称を申告書にきちんと書いておかないといけなかったのでしょうか?担当者B:“そうですね。こちらでは、どこへ寄付されたのか分からないので・・。”⇒実は私は昨年、都合3か所(うち2か所は所得税のみ対象となる寄付金)に寄付をしていて、申告書には1か所だけ名称を書いて後は“その他2件”と記載していました。(記載スペースが小さいので残りの2つの名称は省略した訳です。)ただそれでもこの時、私の心の中では“え???”の驚きの心境でした。もしや・・・と今まで漠然には思っていたのですが、今回の住民税の寄付金税額控除の対象となる寄付金は所得税の特定寄付金とは一部、範囲が違います。それを確認するための寄付金の領収書が申告書に貼ってあっても・・・申告書に寄付した相手先を書かないと領収書の確認(相手先が住民税の対象となる寄付金かどうか?)してくれないのか???。しかもわざわざ別に住民税:事業税の内容等を書く場所もあるのに・・・私は今後のためにさらに聞いてみました。私:“あの確認ですが・・・申告書の第2表の下にある住民税:事業税の記載箇所に今回寄付した金額を入れておいたのですが、これは意味があまりなのですか?”担当者B:“住民税:事業税の記載箇所・・・書いてありますね。すいませんでした。それではこちらから税務署へ確認を致します。”最後まで間違った経緯をしっかり確認したかったのですが大体、様子が分かったせいもあり、宜しくお願いします。と答えて電話を切りました。今回の経緯で確認できたことは・・・1. 寄付金の領収書を添付する用紙が税務署提出用(1枚目)であるため、今回のような住民税の適用に必要な確認資料が市役所に回っていない?(申告書の2枚目だけ?)2. 申告書第2表の所得税の寄付金控除の記載欄に寄付した相手先を書かないと、住民税ではそのままになってしまう?→税務署では添付した領収書があるので、寄付した相手先を確認していると思います。3. 第2表の住民税:事業税の記載箇所は役所レベルではしっかりと確認しているかと思っていたが、そうではなかった?→話をしていた感じでは住民税:事業税の記載箇所に金額の記入があった時に、初めて領収書の確認をするような態勢を取っているようでした。上記の1~3はあくまでも推測ですが・・・改めて納税通知書はチェックしなければと思った次第でした。(追伸)1.実は私が一番知りたかったのは・・・本当に住民税の税額控除の対象となる寄付金であったかどうかでした。ただ役所には領収書の資料は税務署から回っていないようでしたのでその確認は出来ませんでした。もしかすると・・・私の間違いの可能性も少しあり・・・結果が分かるまで気に係る事になりそうです。2.6月22日に武蔵野市で私と似たようなケースで、武蔵野市民20人について寄付金の税額控除の適用漏れがあったことが、新聞に出ていました。羽田
2009.08.02
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皆様、去年のうちから話題であった衆議院選挙日が決定しました。今回の選挙はこれからの日本の行く末を占う(変える)歴史的選挙になるような大事な選挙になるでしょう。この冷え込んだ不況を国民の大半が肌身に感じてきているのではないでしょうか、しかし、無党派層が投票し投票率が上がらなければそれ程の大変化は起きないでしょう我々の業界も税理士法の改正が予定されています。難しいことは判りませんが清水本会会長が機関紙に頻繁に書いていますが、公認会計士試験は4千人余りの合格者があり、税理士試験合格者は1千人余とのことです。このまま推移すると、税理士界は大変な事になるでしょう。税理士会に占める一般試験合格者の数は激減するのではないでしょうか?本来の合格者が多数を占めない業界はやがて無秩序になりそして夢のない業界になって消えていく怖さを持っているように思います。私の息子も今税理士を目指して挑戦しています。この様な頑張っている全国の若者に今より素晴らしい業界にしていくのが現役の責務ではないでしょうか我々のことを理解し真剣に考え行動してくれる議員に清き一票を投じようではありませんか、私たちが今この大不況の中で何とか飯を食っていけるのも税理士法の御蔭なのですから いつも堅い話でごめんなさい。じめじめした夏を頑張って乗り切りましょう. 瀧島正男
2009.08.01
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