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やれやれだ。週2日来てもらえる。以前は3回だったが、ぜいたくは言えない。13年前来てくれた事業所なので、リーダーが何となく覚えてくれていた。まずは一安心。それにしても折角慣れて楽しい入浴タイムにしてくれていた事業所が突然辞めることになったのは、いくら募集をかけても人が辞める人ばかりで入ってくる人がないということのようだ。就職難のころには人手の心配はなくて、このごろの求人難で人が集まらなくなったなんて。とにかく新しい人たちに期待しよう。やめないで!
2018.02.20
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週3回来てくれていた訪問入浴が突然辞めてしまった。1月30日私のいないときに今日でおしまいだと家人が言われたそうだ。やめることは一度連絡があったものの次が決まるまでは続けると聞いていた。次が決まらないうちはきますから、と聞いていたのに、決まっていないではないか。いろいろ事情があるようだが、困ったものだ。従業員がこぞって辞めたいといったことが原因だという。市内の同業者にあたってみたが、どこも満杯だという。風呂好きの息子の唯一の楽しみがなくなっただけでは済まされない。さてどうしたものか。
2018.02.03
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お別れの日がとうとう来てしまいました。病に負けてしまうなんて思えないがっしりした体格のあなたでした。自分のことは自分でして、家事がしやすいよう改善修繕をし、多くを語らずそばにいるだけで頼れる存在でした。普段から優しさが体中に滲んでいました。目を細めた笑顔でビールを飲む姿がおもいだされてなりません。我が家の末息子が事故で意識障害となり、千葉療護センターに入院中、その頃には、自分の体が不自由になっていたのに、それでも毎週見舞ってくれました。「いつのことだか思い出してごらん」という思い出のアルバムという曲をハーモニカで吹いて呼びかけてくれました。子ども達にも本当に優しい千葉のお父さんでした。息子が遠く宇都宮の病院に移ってからも、あなたは不自由な体で車を運転し、ハーモニカを携えて見舞ってくれました。電話でハーモニカを聞かせてくれたこともありました。息子は千葉からの電話には、異常なほど反応します。先日淳輔さんのなくなったことを耳元で伝えました。じっと聞いていましたが、やにわに枕やふとんまで投げつけました。言葉を失っている息子なりの受け止め方なのだろうと思いました。息子の分も哀悼の気持ちをささげます。本当にありがとうございました。いつかはこの日が来る覚悟はしていたあなたの家族は、頑張って頑張ってけれどもつとめて明るく介護をしていたのは感じておられたでしょう。あなたは外国はじめ日本各地を長いこと単身赴任で家を空けていた分、家族ともっと過ごしてほしかったです。残念です。残された人の行く末をずっと見守ってくださいね。 私のお別れと感謝の言葉だ。洗礼を受けていた本人のことが考慮されたのか、葬儀は無宗教の形で、音楽家の娘のクラリネット演奏、親しい友人たちなどによる語りかけを中心にした花に囲まれた畏まることのないあたたかい葬儀だった。孫の言葉には泣かされたなあ。
2018.02.03
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