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12月に初期癌であった胃袋を内視鏡による手術をした。粘膜内にとどまっていたので表面を削り取っただけで済んだ。内視鏡でその後の胃袋の仕上がり具合を見た。術前と術後を比較して見せてもらった。きれいに修復されていた。もともと私には胃袋はないに等しいほど切り取っていた。42年前である。しかしさかづきいっぱいほどしか容量のなかった胃袋が、42年という年月の間、働いてくれて、体力を保ってくれていた。それなりにご飯茶わん8文目くらい入るほどに大きくなっていた。10年前、脾臓が巨大化して手術をした時手術前に、脾臓をとるときは胃袋も取ってしまうと言い渡されていた。が手術後、小さな胃袋が、一生懸命動いていたのを見てそのまま取らずにおくことにした、と医師に聞かされた。なんといじらしいわが胃袋であることよ。これからも死ぬまで付き合ってほしいものだ。
2023.01.29
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テレビコマーシャルで、面白いのを見つけた。私の好きな俳優が部屋で一息ついた時、壁面に人面模様が目に飛び込んできて、瞬きもできないほどに驚き固まってしまうという映像だ。妙に懐かしさを覚えるそのコマーシャルに親しみが持てた。終戦後暫くは我が家の天井は板ばりだった。木目や節目に想像を働かせ、慄いたり楽しんだりした記憶がある。今でも我が家では畳の部屋は板張りの天井であるが、そのほかの部屋はすべて、一面平らな布張りや壁紙の天井となっている。板の天井には、年輪がかもし出す木目の、太く、ときには細く流れるような曲線と節目が、時に目玉のように見える天井板、端正な柾目と合わさって、いろんな想像が広がる世界がある。天井板といえばネズミが走り回る足音が思い出されるが、記憶に残っているのはそればかりではない。布団に入って天井を眺める瞬間、心に余裕があるときは、楽しい世界が現れ、眠れないときはおどろおどろしい形が浮き上がってくる。布団をかぶっても、目をつぶっても、妄想は広がりますます眠れなくなってしまう。こんな研ぎ澄まされたそして多感な時があったなあと振り返る。 今の私には、天井を見ても何も想像が広がらない。無地の天井がぼんやりと見えるだけ。木目の天井ではないだけではなく、感性が鈍くなったのも認めざるを得ない。寝そびれた夜半のこと。天井に一筋の光が動いた。なんのことはない街頭の光が、家の前の道を自動車が通り過ぎた時カーテンの隙間から漏れた光が、動かされたのだ。この時、「あそこの金魚を下してやってくれ」と、天井を指さして言った父の言葉が思い出された。母に先立たれ、自分も脳梗塞で闘病生活を送っていた時のことだ。父は天井を眺めて過ごす日々だった。比較的言葉の障害はなく、持ち前の駄洒落は健在な父であったが、この言葉は合点がいかなかった。その言葉はそのまま、父の老いのせい、病のせいとして笑って答えそびれ、いつか、私の意識から消えていた。光が動いて当時の天井板に揺らめく吊るし電灯の影と光の筋が動き、天井にひれを翻す金魚の幻影を見たのではないだろうか。当時の父の不思議な言葉を私なりに想像し納得した。父は金魚に興味を持っていたのは何となく察知できた。なぜなら、 水換えて金魚の動き新しく使っていない古い青銅の風鈴が仏壇の引き出しにあるのだが、こんな句が書かれたよれよれの短冊が、ぶら下げられたまま残っているはずだ。
2023.01.26
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寒くなってからすっかり遠ざかってしまっていた。今年の正月は晴天の時が多く、風さえなければ歩きたくなる日が多かった。これを逃す手はない。むりをしない程度にそろそろと距離を長いコースに変えていった。人様の庭を眺めながら、手入れの行き届いた庭を見ては、我が家でもそうしなくてはと思いながら歩く。葉をすっかり落とした木に新芽を見つけると、まだまだ厳冬は続くのに、大したもんだを歩みを止め、しばし見上げる。人に出会わない道から、国道に出ると一気に車が行き交っている。横断歩道で信号を待つ気はない。ほんのすこし国道に沿って歩いてから騒々しい道から離れて自衛隊の敷地沿いに歩いていった。敷地内の道を一人の隊員が、けだるそうに下を向いて走っていた。仲間に置いて行かれたのかな、と思ったりして姿を目で追った。ちらっとこちらを見たような気がした。逃げるように私の視界から消えた。
2023.01.07
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