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インフルエンザにかかって欠席していた孫、今日から登校できるはずだったのだが、気分がよくなった、昨日、学級閉鎖の連絡があって、引き続き学校に行かれなくなってしまった。さすがにたくさん休めていいねとは言えないし、休み癖がついても困るし、と 、外野なりに気を使ってしまう。10日間家に閉じこもっていることになるのだ。外遊び大好き人間の孫には、さぞつらいことだろう。その間我が家も動きが取れないし、じじばばの予定はめちゃめちゃ。インフルエンザをうつされなかったことを良しとするか。
2014.01.29
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昨夜から寒い寒いを連発していた孫が、本日インフルエンザB型と診断された。これから少なくとも5日間、我が家にて日中過ごすことになる。予防注射をしたはずなのだが。本人食欲も元気もあるのは、予防注射のおかげなのかも。さてこれから我が家でインフルエンザは防げるのだろうか。じじばば二人は予防注射をしている。していないのが一人、どうなるか。これからが見ものだ。かつてC型なる新型が出た時、真っ先に病院に通っていた私が、取りつかれたことがあった。術後でもあったせいで、別型までかかって、大ごとになったっけ。今度も退院後1っか月、取りつかれなければいいが。インフルエンザの菌があるうちは祐二を見舞うのも控えなければならなくなるんだよね。
2014.01.24
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病院での祐二、限界なのかもしれない。手の動くのに任せて、何やかやと妨害をすることが多いようで、拘束されていることが多い。背中を傾けることもできない。せっかく背中を傾けることを覚えたのに。上向きだけでの時間が多く、背中が痛くとも動かせない。 部屋に入ると流動食の甘いにおいが漂っている。今日も管を引っ張って衣服を汚したらしい。周りに汁の跡がそこここにはねて白くなっている。布団もはぎとられている。投げてしまうのだという。この寒いのに、何もかけていない。枕はとうの昔から使われていない。ストレスか。自宅介護に踏み切った家族会の方が、何かが変わって穏やかな様子が見られるとはなしてくれた。家族みんなが健康ではない残された時間の少ない我々だが、家に連れ帰り支援を受けて、出来る限り見守ることを心に決めた。病院の担当医師であり理事長さんの計らいで、レスパイとを引き受けてくださるというありがたい返事もいただいている。具体的に動き出そう。
2014.01.19
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40年の運転術は、ひと月のブランクあるもまだまだ健在。祐二のもとへ出かける。なぜか特別室に入っていた。病院の都合だというが。顔を見た途端からのはしゃぎようは、頭から消えていることにはなっていないようだ。記憶の中にしっかり刻まれているようで、うれしい。「母さん入院していて会いに来られなくてごめんね』と顔を覗き込むと、確かにうなずいていた。わかっているのかな。知人の入っていた部屋を覗くと、別の人の名前になっていた。それとなく聞いてみると、教えてくれないが、亡くなられたようだ。毎日奥様が通ってこられて親しく話していたのだが、もう会うこともないだろう。息子同様交通事故で入院していたのだが。奥様に一言の言葉も返すことなく、意識も定かにならぬままに逝かれてしまったのだろう。
2014.01.11
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わたしの体調がいまいちのため、今年は祐二が病院から帰宅していない。ここ6年間なかったことだ。病院のほうで気を使ってくれたことであった。パソコンに向かいながら,後悔している。一人病院のベッドで、天井を見ているだけの祐二の姿が浮かんでくるのだ。介護支援を受けられるなら、我が家に連れてきてあげよう、との思いが強くなった。このまま病院においてもらえるなら今のままで、との思いもないではないが、このままでいいのかという葛藤もある。祐二に会いに行く夫も私はともに後期高齢者。車での片道50分は日々危険が伴っている。だからと言って病院任せは絶対にしたくない。その思いが先が限られてきた今、日々大きくなっていく。祐二が生きていくことが辛い思いがあっては、あまりに切ない。笑顔の祐二は誰をも明るい気持ちにさせてくれる。いいことばかりはないこともわかっている。コントロールできない感情の起伏は脳の障害のなせることだが、でも確実にわが息子は生きている。人を笑顔にさせる力を持っている。担当医の太田先生は、短期入院も引き受けてくださるとおっしゃってくださった。ご厚意に甘えて、自宅での介護を考えた矢先に私の入院だった。まが悪いったらない。それでも家に帰ってこられるように、在宅の準備をしようと思う
2014.01.02
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