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レスパイトは息子本人のためより家族が一息できるためのもの。本調子ではない私が体を休めるため、少し長めにお願いした。息子にしてみれば、家にいる方がいいに決まっている。病院では時間が来なければ看護師さんたちの顔が見られない。そのうえ拘束される時も多い。家にいれば車椅子に座ってテレビでも見ている時間がある。病院では寝ていなければならない。あれやこれや考えるとレスパイトは息子にとってたいそう迷惑な時なのかもしれない。心配ばかりしていると折角のレスパイトの意味がなくなってしまう。とにかくゆっくり休ませてもらうのだと割り切らねば。
2017.01.27
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私が医者に行ってる間に、祐二が大変なことをやらかしていた。ヘルパーさんの髪の毛つかんでわめいていたらしい。今までにも何回かあったが親の私がされていないことを世話になっている人にやったというのは問題だ。お父さんがかけつけ大声で一括したら手を緩めたという。やっていることの良しあしが判断できないのだとは思うが、怪我させたらとんでもないことだ。自分の世界に入っているとき、固まっていて口をあけたり、目が眼振起こしていたり固まったようになっているときにやたら声をかけたり体を動かしたりしない方がいいようだ。顔が穏やかになりふっと我に変えたりするまでそっとしておく方がいい。気になる話しかけは、45歳のおじさんなのだから子供に話しかけるようなのはしない方がよい。
2017.01.21
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手足も気にならなくなった。話も早口で話さなければわからないほどになった。自分が思うほどろれつの周りは悪くないらしい。ずいぶんたくさんの人に心配をかけてしまったようだ。電話やら手紙が届いた。あの時点ではどうなるかと不安があったが、思いのほか快方に向かっている。焦らずゆったりとくよくよせずリハビリしようと思う。車に乗らず歩く。座ったら字を書き新聞を声を出して読む。話のできない息子に話しかけるのは格好のリハビリだ。息子のほうはわかっているのかいないのか分からないがやたらに頷いている。
2017.01.18
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毎年元旦には近くに住む息子家族と祝い膳を囲んで後はゲームをする。これは我が家の恒例の行事である。人生ゲームができた年からである。我が家に不測の事態があった年をのぞいて続いている。トランプ、花札、ウノ、百人一首、かるたなど。始めは仕方なくだが、だんだん本気になるのが常のことだ。今年は少し違う。私がみんなの乗りに追い付かないのだ。暮れに退院した私の脳は、何をしてもテンポが合わない。何をしても元気な溌剌ばあちゃんでなくなっているのだ。ルーレットが回せない、じゃんけんのリズムが合わない。たまに合ってもチョキのつもりが人差し指一本を出している。とうぜんのように人生ゲームではひどい貧民となってしまった。同情の声と労りの声に支えられ惨めなことこの上ない。私の出番とばかりに張り切るのが正月料理作りなのにそれも適わなかったのだから仕方がない。明日は祐二も帰ってくる。私入院騒ぎで仕方なく病院に預けられてしまいテレビも見られなくて悪かったね。
2017.01.03
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