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昨日レスパイト入院中の息子を見舞った。手がベッドに拘束されていた。絶対ほどけないようにしっかりと。全介護なのに手だけがやたらに動かせる。これほどになるとは思わなかった。大進歩なのだが、枕を投げる、手に触れたものを引っ張る、叩く。隣にいる人に何かを投げつけてしまっては確かに危ない。これからお風呂に入るという。いつ見舞っても、両手をベッドに拘束されている。分かっていても切ない。我が家ではこの1年半の間一度も手を拘束していないが、経管を引っ張ることはなかったのだが。危険を回避するための約束だから致し方ないのかも。上向きがつかれると自分でベッドの柵につかまって横を向くことができるのだが、拘束されていたのではそれはできない。食事のときのみの約束だが、忙しいのか忘れているのか、拘束されっぱなしではさぞつらかろうと心が痛む。言葉で伝えられない悲しさ。レスパイトは介護する側に心身ともに休ませてくれるための入院なのだが、つながれているだろうことを考えだすと気が休まるどころか、気が重くなる。その事以外はよくしてもらっているので、伝えるのが心苦しい。その日も食事が終わったら、手をほどいてください、というはずだったが、言えないまま帰ってきた。明日は退院の日。家に帰ってくることを本人はどう思っているのだろうか。今日は知人の通夜だった。これほど大勢の人を集わせる人だったのだ。今更ながら悔やまれてならない。頼りがいおある面倒見の良いお人だった。まえの席の年配の方が、これから頑張ってほしい人だった。惜しいなあとささやいていた。家族でなくても悲しく悔しい。ましてご家族の思いはいかほどだろうか。
2016.01.28
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11日という忌まわしい日を無視して過ごした。父の命日、そして次男の輪禍の日。其れまで5年間床に就いたままの暮らしだったが、ご機嫌で体を起こして相撲を観戦しながら、父は小正月を祝っておちょこにお酒を入れて飲んでいた。私の目の前で、突然呼吸ができなくなった。学校から帰ったばかり長男に近くの医師を引っ張ってきてもらったが、息を吹き返すことはなかった。医師が来るまで夢中で呼吸の回復のために無我夢中であれやこれやと試みたあの時間が忘れられない。そしてその父の命日に次男は輪禍に遭遇した。誰もが父の墓前に息子の無事を祈った。助かる見込みのないといわれた息子は命を無くすことは免れた。じいちゃん子だった息子、幼いころから父とボール投げをしていた息子。学校時代もボールで遊び、社会人になっても草野球のピッチャーをしていた息子。10年近く不自由だった手がいつの間にか動きすぎるくらい動いて枕でも布団でも投げてしまうようになった。時折意識が混乱することがあっても、手の動きだけは困るくらいよく動いて、看護者を困らせるほど。後は歩けないのは仕方がないが、言葉が話せて口から食事がとれるようなってくれたらと思うのだが。それでも人の声に素早く反応して笑顔を向けてくれるときがあるのがこの上ない介護者へのプレゼント。その3日後は、結婚記念日。56年は何婚かな。そして長女の誕生日。一月は気持ちの浮き沈みが激しい月ですこと。
2016.01.14
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大晦日の紅白を終えると、初風呂就寝といくのだが、息子の部屋の温度がすごいことになっていた。テレビ視聴に夢中になっていて調整を怠ってしまっていた。真夏の室温だった。ごめん。それでもしっかり眠っていてくれた。昨年は一緒に車いすでテレビを見ていたのだが、今年はラジオで紅白を聞かせていて、途中眠りについた時点でラジオだけは止めたのだが。初詣は息子の身体介護で出られず、あとはお屠蘇気分で出られず中止し、翌日にすることにした。毎年一日は出していない人からの年賀状の返信に時間を取ることが多いのだが、今年は妹の喪中なためその必要はほとんどなく私は息子の傍らで読書。ときおりお笑いのテレビを視て息子一家とトランプを楽しむ。ばば抜きではこのばばが好成績だったのに、貧民とか大貧民とかいうゲームでは、すべて大貧民となる結果に。なんで。お父さんは宝くじが全滅だとがっかりしてるし。今年も金運には恵まれそうもないのかも。
2016.01.05
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