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教師として初めて卒業生として見守った中学生が、65歳になったという。卒業以来5年ごとに開催され招待を受けていた同窓会である。私にとって最初の卒業生だ。どの面々も教え子というより同級生のようにそれなりに年齢を感じさせる。高齢になると10年ぐらいはあまり大差がない。料理を口にする暇がないほど、次々に声をかけてくる。話すほどに当時の顔がのぞいてくる。物忘れのひどくなったにもかかわらず、結構当時の一コマ一コマが浮かんでくるから不思議。最近のことは忘れても、昔のことは思い出せるというのは本当のことだ。人生いろいろ、あの子がこうなったの?感慨もひとしお。それにしても33人が物故者になっていた。信じられない。黙とう。だれもが、私に本当に後期高齢者ですかだって。お世辞でも、満更ではない。
2013.01.27
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脾臓摘出、血液腫瘍科での抗ガン治療とめまぐるしい日々から2年が経った。その間に東日本の大震災もあった。わが家族の出来事などとるに足らない小さな出来事に思える。けれどねえ、やっぱり一大事だった。私がどうにかなったら大変なことになる。現在すこぶる元気でいられることは幸せなこと。家族全員が何かしらの病と向かい合っている今、その中にあって我が家で唯一元気な私だ。このままの元気がずっと続いていてほしい。
2013.01.19
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今日は、息子に会いたいというお父さんを車の助手席に乗ってもらって、出かけた。途中宇都宮美術館の企画展に立ち寄った。彫刻の3人展をどうしても鑑賞したかった。その中の一人佐伯留守夫氏は私の中学校時代の恩師である。私が美術の教師になったのは、先生にご指導をいただいたことが無関係ではない。今でも先生に頂いたレリーフは、私の宝であり誇りだ。川上澄夫先生とのつながりを知った。私は高校で川上先生にもほんの少しご指導をいただいている。些細なご縁だが、何やらうれしくなったひととき。これほどの作品に出合えて、先生をじっくりしのぶことができた。お父さんも低酸素の状態を脱したようで、じっくり鑑賞をしていた。久しぶりに会った祐二とは、ボール投げをしたり、数字のリハビリをしたり、何だか祐二も良い反応を示していた。父子でなんだかうれしそうだった。今日はいい日だった。
2013.01.19
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今日は娘の抗がん剤接種の日、送り迎えのため朝から車を走らせる。駐車場入り口の雪が解けないまま凍結している。駐車場自体は日の当たる場所であるため、きれいに乾いているのだが、、入り口部は、建物の影であるため、まったく解けていない。車の通りの多い道路に面しているため、フェンスに沿った登下校のため通る子供たちも自転車も危険な状態になっている。いつもだったら、お父さんが除雪をしていただろうから、これほどにはならなかったかもしれない。家の北側の道路も凍ったままなので車が通るたび、凄い音を立てている。日のあるうちに何とか凍結を取り除きたいと、お湯をまいたり、シャベルでたたいたりしたが、どうしてどうしてあまりに広い面積で、一筋縄では取り除けない。酸欠状態のお父さんも、抗がん剤治療の終えたばかりの娘まで、見るに見かねて手伝ってくれ出したので、早々に切り上げた。滑って転ぶ人がいませんように。明日は私自身の大掛かりな検査の日。私の体に、何事ありませんように。今元気なのは私一人なんだから。
2013.01.17
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最近姿を見ないと思ったら、12月で言語聴覚の担当が辞めたという。なぜか祐二はあまり彼女の指示に従わず、反応もしなかった。せっかく前の担当の聴覚士にはいろいろな反応するようになってきたとき、産休となって、その代わりに祐二の担当になった人だった。担当が変わってからは申し訳ないほど祐二の反応はそっけなかった。彼女のリハビリをする様子を見るのが辛かった。少しも反応しない祐二をどう対応してよいのかわからないといった感じだった。一言詫びたかったのに。祐二が外泊を終えて病院へ戻って間もなく、お父さんがおかしくなった。息切れ微熱、食欲不振などなど。かかりつけの医師から私に電話。信じられないほど、酸素が不足しているので、医療酸器を届けます、ということだった。肺気腫と言われていたが、まさかこれほど大げさになるとは。本人の自覚がないのには困ってしまう。すぐ何やかやと仕事を始めてしまうんだから。自動車の鍵を持ち出さないよう気を付けなければ。
2013.01.13
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元旦から大きな出来事があった。成人式に我が家に姿を見せたきりで、10年以上行方の知れなかった姪が、家族そろって前触れもなく顔を見せた。いつの間にか3人の母親になっていた。幼いころ母を失い親戚を転々とした娘であった。小学校の入学式のころからしばしは我が家から登校していた彼女。祐二とはよくじゃれあったりしていて思い出も多い。車いすの祐二の姿に驚いていた。世間の苦労を舐めた娘は、「ほんとうにお世話になりました」といえる人に成長していた。裕福には見えないが、それなりに幸せがのぞいて見えた。
2013.01.02
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