全3件 (3件中 1-3件目)
1
1年に一度の町内のグラウンドゴルフ大会に、家族6人が参加した。家族が二組に分かれてプレーした。夫と息子孫組、私と娘と嫁さん組でプレー開始。連日楽しんでいる夫がそれなりにうまいのは当然。あとは初心者。こうした時を持てるのは珍しい。息子の介護を引き受けてくれる介護士さんのお陰。大いに楽しめたひと時だった。「お母さん結構やるねえ」とお世辞を言わない娘がいった。結果も聞かずに急いで帰宅。あとから聞いたところによると、家族では夫に続く成績だったとか。無欲だと以外によい成績となるものだ。運動万能だった娘より好成績だったのだから。たかが町内のゲームでも、結構よい気分。単純な人間なのです。私って。
2015.01.18
コメント(0)
前日の深夜から0時を超えたころ、息子は生死をさまよう輪禍に遭遇していたのだった。事故を知らせる警察からの電話を、夢うつつに聞いていた私は、息子の相棒ライリーの不気味な唸り声で、目を覚ました。動物の不思議な本能が、そうさせたのか、ライリーがいなかったら、深い眠りから覚めていたかどうか。 運ばれた病院では、意識なしのまま、応急手当てを施され、家族の到着を待って手術室に入って行った。 脳挫傷、開脳、頭骨を外し脳内の出血を止める処置をしたが、出血は止まらず、開頭すること3度、脳内の出血箇所を取り除いた。こうした命を取り留めるための手術が施された日が1月11日だった。あの時31歳だった息子も、ベッドにでの生活13年がすぎてしまった。それなりに私も、後期高齢者の喜寿を迎えてしまった。遷延性意識障害者である息子の意識は単に全介護を要する障碍者ではない。話すことも食べることも口は用を足していない。表情が固まって、しばしどこか自分の世界をさまよっている。時に狂暴になったり、わめいたりもしている。あのシャイな優しかった息子が豹変するとき、私は自分に言い聞かせる。これも生かされた代償なんだと。それでも最高に癒しを与えてくれることがある。40代のおじさんになっても、幼いころからの笑顔が失われてはいないことだ。声を掛けると、愛おしいほどに素敵な笑顔をみせてハイタッチを求めてくる。私に生きる活力をくれているのかもしれない。
2015.01.11
コメント(0)
毎年、元旦は家族そろって祝っていたのだが、今年は息子の家族がやってこない。よりによって暮れから孫がインフルエンザに罹ってしまって、寝正月だという。周りの大人は予防注射が効いているのか何とか無事。子供は2回接種で、2回目がまだ体に作用していなかったらしい。せっかく今年は13年間入院生活をしていた末息子が家に戻ってきたのに残念。ということは、つい先日まで高熱出していた息子はもしかして、インフルエンザだったのか?ずうっと傍で介護していた私にその兆候はないのだから、そんなはずはあるまいが。終日、息子のベッドの傍らで、読書、とナンプレで、頭の体操。あまり関心のなかったナンプレだったが、夫の信じられないほどののめりこみようがうつって、初級から始めた私だが、いまでは、夫に負けず劣らずののめりこみよう。息子の傍らで鉛筆と消しゴムでナンプレに向かっていると、息子が言葉にならないながら声を出してくる。ほおっておかないでこっちを見てよ、と言っているようだ。それでもそばにいるだけで、安心しているのか、穏やかな目をしている。 13年間、病院へ通い詰めたとはいえ、息子は大半は病院の天井を見て過ごしていたことを思うと、どんな思いだったのかと考えるのも辛くなる。終日家族が介護士さんたちが声をかける今を、どう感じているのだろう。 家族が今のまま健康状態が続くことを初詣の神社で願ってきた。
2015.01.01
コメント(0)
全3件 (3件中 1-3件目)
1
![]()
