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夫の病理検査の結果が知らされた。病院から嬉しそうな報告。「悪いやつではなかった」一度イエローカードを突きつけられていた男性特有の病気の審判。ずいぶん悩んでいたであろう。仕事仲間が先ごろその病気で入院したばかり。まずは一安心だが予備軍であることにはまちがいない。気を緩めずにこれから生きてる限り付き合っていかねばね、と厳重注意。気が軽くなったのか息子のところに二人で出掛けた。息子の機嫌もよく、結果報告にニコニコしていた。わかっているのかな。ところで一月ほど前に寄った食事処が店を閉じていた。おいしかったのだがねえ。
2008.01.31
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県下から集まった女性会の方々、懐かしい方々にお会いでき参加してよかったと思った。見渡して感じることは、平均年齢の高いこと。犯罪を犯した人達の更生を願って物心両面から支える女性の集まりだ。多くの施設に毎年寄付をしている。年々寄付の額にかげりがあるのは社会情勢の下降を意味するのかも。それでもこのおばあさんパワーはどこから来るのだろう。おじいさん集団にはぜひ見てもらいたい働きがここにある。新年にふさわしい琴の演奏も良かった。
2008.01.29
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還暦記念の同窓会に元担任の一人として招待された。12歳から15歳まで一緒に過ごした彼らが60歳になると聞いて自分の年齢をさもありなんと納得。同じ年恰好の彼らに大きな花束をもらった。話しているうちにそれぞれ当時の顔になる。70人ほどの名前が顔と一致したのは、物忘れのひどい私としては上出来。昔のことは覚えていると言うが、本当だと思った。本人や連れ合いを亡くした人、子どもを失った人、人生いろいろ。それなりに年輪が重なっていい顔になっている。
2008.01.27
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今週は毎日仕事で祐二の顔が見られなかった。久しぶりに言語の先生とのやりとりが見られた。若い女性の先生に声をかけられて、照れているのかな。タヌキね入りしている。体をゆすられて目を瞑っているのに、口が笑っている。風船を投げられてちゃんと打ち返し百発百中失敗なしでラリーが続く。ボールを持たせると、強いボールを投げ返す。やるじゃない。結んで開いての歌にあわせて、リズムをとる。じゃんけんのリズムに合わせてそれなりのグーチョキパーをする。てばたき5回の声に先生の手をちゃんと5回タッチできる。すごい。 それではと調子ずいてもう一度、となると無視。持続性なし。 まあいいか。すごい成長なのだから。1月11日で事故から5年が過ぎた。あの時、体は動きがなく胸に耳を当てて鼓動を聞き、生きていることを確かめたものだった。今は確かに生きているという実感がある。私にたっぷりの笑顔さえくれる。
2008.01.25
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バイオリンの世界的奏者五嶋姉弟のママの話を聞いた。見事な関西弁での話に圧倒された。天才二人を育て上げたお母さんは私のイメージを完全に裏切った、格好良い女性。外国で子育てをした五嶋さんは外国の母と日本の母のちがいを例に挙げて、語ってくれた。近頃にない痛快な話だった。
2008.01.23
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町内のグラウンドゴルフ大会に参加した。毎年行われているが、参加するのはいつも夫だけ。夫は結構うまいらしい。毎日のように、練習に出掛けてしているのだから当然かも。私の参加は、数そろえの名前を連ねるだけのつもりだったが、やってみればそれはまた楽しいもの。夫3位、私は44位だった。いい運動ができた。ところで私の本「君へのメッセージ」待ちくたびれたライリーの出版社が倒産したとの新聞記事に、またかの思いだった。この前私の本を企画出版してくれた碧天舎が倒産し、今度は新風舎もか。やれやれ。
2008.01.20
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今朝の気温,-3度、寒い日が続いていて血圧も高まる。病院に行ったら、部屋には重い患者が入っていて、祐二は4人部屋に移っていた。実際は3人で、広々していて明るい部屋なので、一安心。CDかけても問題なしとのこと。向かいのおじさんは演歌が大好きでよくかけるとのこと。こちらポップスあちらは演歌。とはいえ、いずれも自分で動けない言葉のない流動食の、意識は定かではない人達。担当の介護士さんたちが気をつかってCDをかけてくれているのがありがたい。千葉の雰囲気そのまま。部屋が明るくて広いし、看護師さんたちの出入りも今までより3人分で、人には敏感な祐二には良い影響が期待できる。かつてお世話になった車椅子ののりおりもできない病院の大部屋とは大違い。普通の病院より部屋が大きくできているようだ。このところ大きなわめき声はウンチのときぐらいだとか。看護師さんの声に笑顔で応じている祐二。表情の少ない患者さんの中で、祐二はいつも笑顔で看護師さんを見つめるせいか冗談もいえる気軽さを感じるらしい。祐二の笑顔はとってもいいよ。こちらもうれしくなる。
2008.01.17
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今日は市内の中学校めぐりをした。人権作文に応募してくれた学校への訪問だ。一人でも多くの生徒に人権について向かいあって欲しいと願ったことに答えてくれた学校へ、生徒達へお礼のための訪問である。いじめ、命、障害や老人・男女の差別問題など身近なところから、戦争など世界観を考察するなど人権に向かい合った生徒たちの作文から、ずいぶんと教えられた。いまどきの若者は、なんて大声でいえないよ。まだまだこの世の中捨てたものじゃないと思ったものだ。こうした子ども達の純な思いをいかに大切に生かしていける大人たちがいるかが問題だ。
2008.01.15
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出掛けるときには降っていなかった雪が、家から40分北の病院近くは激しく吹雪いていた。いつもはかぶっていない布団から首を出して笑顔で迎えてくれた祐二。ラジオがかかっていたが、CDのボタンを押すと、ZARDの曲がセットしてあり「負けないで」が流れてきた。ニコニコ聞いていたが、曲が「君がいない」に変わったときから首を振りリズムをとり始めた。節度のある振り方でいいかげんなものではない。私も一緒に手拍子でリズムをとった。全く一致する。曲が終わった瞬間から再び首を振ることはなかった。何の訓練をするときも、繰り返さないのが現在の祐二流らしい。集中力がないだけかな。
2008.01.12
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「負けないで」ではじまるCDを聞くとき、祐二の顔は時に穏やかに、時にきりっとする。祐二の好きだった歌手だったらしい。シングル版はほとんどの曲が祐二の部屋にある。ZARDとか坂井泉と言う名の歌手が男性なのか女性なのかも知らなかった私だが、亡くなった時のようすその後のファンの嘆きの様子を伝えるテレビや新聞から、素敵な歌手であったことを知った。山ほどあるCDの中からを引っ張り出したZARDのシングルやアルバムを枕元で聞かせながら話かける。病気で入院治療をしていたようだが不慮の事故で亡くなったことを話して聞かせた。分かったのかどうかは定かではないが、神妙な顔をしていた。CDを何度も聞いているうち、私もしっかり覚えてしまった数曲。人の心を揺さぶり意気の高まる歌である。それに祐二の好みの素敵な感じのよい美人であったことも知った。
2008.01.10
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ペットショップに行った。どうしてものぞいてしまう子犬ちゃんたちのいるコーナー。我が家にはいつもわんちゃんがいた。迷い犬3匹はいずれもミックスだったが、利口な小型犬であった。そしてスピッツ、マルチーズの白い犬、どちらもうるさかったけれど可愛いことこの上なかった。別れの辛さからもう飼うまいと誓ったはずなのに、飼ってしまった大型犬のラブラドール。優しくて穏やかで利口者だったライリーと言う名のラブちゃんだった。愛らしい子犬ちゃんたちを目の前に見ながら、可愛くても飼えないのよ、と独り言。
2008.01.08
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年末年始を我が家で過ごした祐二のベッドを整頓した。昨日までの7日間、昼は車椅子に寄り添い、夜はベッド脇に布団を敷いての添い寝、わめき声に驚かされ、笑顔に心和むに日々であった。痛さも辛さも伝えるすべを失っている息子の心を読むのは難しい。が、人の顔が目の前にあるときは、わめきが笑顔に変わっていく。幼い子の感情表現そのままである。大食漢であった息子に、せめて食べることだけでも、思う存分させたいが、それもかなわない。流動食を胃袋に直接流すのみの食事である。正月料理といえば、お雑煮と栗きんとんの大好きだった息子だが、見せても匂いを嗅がせても、ただ笑っているだけ。食への欲は皆無。払いのける仕草さえする。どうして?介護タクシーで病院に戻った息子を「お帰りなさい」と迎えてくれた笑顔の看護師さんたちに最高の笑顔を振りまいていた。無性にさびしくなった。家の息子の特大のベッドの布団を片付けた。空のベッドはことさら大きく見えた。今夜から私がこのベッドに休むことにしよう。息子の笑顔を思い浮かべながら。
2008.01.05
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小さい頃の思い出を共有する、祐二の従姉妹の結婚式を編集したDVDが届いた。祐二以外の家族が参加したのに、祐二は参加できなかったので、雰囲気を味わわせたかった。2時間近い映写だったが、終始耳を傾け時に画像に目を移し、にこにこしていた。何かが伝わったのかもしれない。クラリネットのプロでもある花嫁さん、親にささげる自らの演奏は心に染みとおる素晴らしい演奏だった。音楽好きの祐二に生で聞かせてやりたかったな。それにしても、弟は映像をまとめるのが、うまいよ。職をリタイアしてから、生き生きとパソコンに取り組んで楽しんでいる。
2008.01.03
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祐二が寝ているうちに地区の神社に初詣に行った。焚き火と甘酒でしんまであたたまって新年の気分を味わう。知人数人とも挨拶を交わす。お札と絵馬を求めて帰ってきた。若い人の姿が見えない。いつも受験生らしい少年たちがいるのだが。彼らはこんな時間には来ないのかな。8時では遅いものね。家では祐二が目を覚まして、静かに笑っていた。朝は結構機嫌がいい。 喪中の挨拶状を出していたため、年賀状は20分の1である。
2008.01.01
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