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先日の日曜日に妻と湘南海岸へドライブ&散歩に行ってきました。海岸にある有料駐車場に車を入れ、冷たい風を我慢して散歩を開始。江ノ島漁港公園のこの裸の女性?は逆さになって何をしているのであろうか?鯛を捕まえたのか?鯛に引っ張ってもらって泳いでいるのか?遠く富士山が。今年は日本海側は大雪との事であるが、富士山の積雪量は少ないように感じられる。海岸では少年野球の子供たちが素振りの練習中。遠くに烏帽子岩の小さな黒い塊が確認できた。波打ち際には多くの若者、そして老人?が波乗りを楽しんでいた。この時期、海水温の方が外気温より高いのであろうか?そしてサーフィンボード運搬用の設備がSETされた自転車。 雲の隠れていた太陽が顔を覗かせると『光る海』雲の動きに合わせ『光る海』も移動。きらきら光る海は春が近いことを告げるかの如し。そして♪♪♪光る海 光る大空 光る大地 行こう無限の地平線♪♪♪のメロディーが。漸く富士山の頂上を隠していた雲が少なくなった。やはり雪が少ない。この寒い時期の海岸散歩の目的は妻の・・・・・・・。勝負は私の勝ち。心なしか元気のない敗者の妻の後姿。そして箱根の山々が遠くに見えた。勝利の一枚。いやもっと左側!! 『伊豆半島』左側に二子山、そして神山、明神ヶ岳、一番右側に金時山。
2011.01.31
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我が家から自転車で数分の所に昨年12/24にOPENしたJAさがみ『わいわい市』を昨日も訪ねて見た。開店は毎月第3水曜日を除く毎朝9:30。9:30前に到着すると鮮魚売り場にには既に長蛇の列。日曜日と水曜日の10:00からその日の朝、片瀬漁港に上がった鮮魚を販売するのだ。30分前だというのに既に早朝の寒風の中、20メートルも並んでいたのである。既に鮮魚運搬車は到着し販売の準備中。9:30の開店と供に多くの客が新鮮野菜を求めて入場。開店直後の混雑は流石になくなったが、相変わらず休日の午前中は大人気であり、レジには多くの客が並ばなければならないのである。いろいろな種類の大根が山のように積み上がっていた。白菜も出品の農家ごとに帯の色を変え纏まられて展示してあった。我が趣味の農園で栽培しているロマネスコも。やはりプロの作品は大きさにおいて見事。霜が当たり甘さも増したみずみずしいほうれん草。ビニールハウス栽培の各種トマト。製造者の名前と顔写真が。生産者の顔が見えるのがこの『わいわい市』の売り。珍しい赤ネギ。焼くと甘さがにじみ出てくるのです。近所の農家の方の作品。 各種の洋蘭類も販売されているのである。そしてこの店でしか売っていないという地元野菜から作ったカレールーも。野菜や魚だけでなく、肉、調味料、漬け物等の加工品や乾物、パンや菓子・和菓子、飲料もあるので主婦には便利。屋外では花の鉢植え、野菜の苗、肥料などもあるので、家庭菜園やってる方にもオススメ。この日は、赤ネギ、赤飯、烏骨鶏の卵、漬け物を購入。開店以来、新しい遊び場を楽しんでいる『還暦オジサン』なのである。
2011.01.30
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今日は久しぶりの休日出勤。仕事を終え帰路、大崎駅で湘南新宿ラインの到着を待つ。駅の前に建つ巨大ビルも完成間近。以前にも書いたがこのビルの外装が極めて特徴があるのだ。壁の外壁に巨大なすだれが垂れ下がっているのである。上の写真ではよく解らないが、下の写真を見て欲しい。オフィスビルの壁面に幅約140m、高さ約120mの「すだれ」。窓の外側に水平に無数のパイプが横たわっているのである。このビルが採用した新技術は、この無数のパイプ表面から雨水をしみ出させ、日本の伝統的な風習である打ち水の効果で建物周囲の気温を約2℃下げようとの設計。コンクリートやアスファルトが太陽光を吸収して熱を蓄えることなどが原因で、都市部の気温が異常な高温になるヒートアイランド現象を抑える効果を期待できるのだ。以前の新聞記事?によると本数は17,000本とのこと。このビルはソニー新社屋。完成はこの3月。今年の夏はこの装置からの打ち水効果で、大崎駅のホームが涼しくなることを期待しているのである。
2011.01.29
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業界雑誌に風力発電の記事があったので紹介したい。 再生可能エネルギーには太陽光発電、燃料電池、ヒートポンプ、バイオマス発電など数多くの種類があるが、単純に物理エネルギーを電気エネルギーに変換する風力発電は最もシンプルなシステム。その仕組みは風をブレードで受け回転させ、この回転数を後段の加速機で発電に必要な回転数まで上げこの回転力を電気エネルギーに変換する仕組み。出力は回転数の3乗、ブレード半径の2乗に比例するのだ。よって風の強い場所で、長いブレードの風車を設置すればより大きな出力が得られるのだ。発電効率は太陽光発電の約2倍、その寿命は太陽光発電パネルが10~20年であるのに対しメンテナンス次第ではそれ以上に長期間使用できるのである。世界の風力発電導入実績量は、ヨーロッパの導入量が多く、アメリカ⇒ドイツ⇒中国⇒スペイン⇒インドの順番。(2009年末累計) 『http://www.mhi.co.jp/earth/learn/wind_power.html』より3年前にスペインに旅行したときの風力発電の光景。そしてスペインの風景の代表格となっているマドリッドの南150kmのラマンチャ地方の風車。日本の導入量が低いのは政策面もあるが、ヨーロッパ等と比較して風力に適さない自然環境があるのだ。風力発電に適した風速は6.5m/秒で風の乱れがないことであるが、日本は朝夕で風の方向が一定せず異なること、そして上下の風や台風の襲来等。風力発電に積極的なイギリスでは2020年までに、洋上風力発電を7000基新設する計画とのこと。日本でも陸地の風力発電はほぼ飽和しており、今後は浮体型の洋上風力発電を計画しているのである。
2011.01.28
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大寒も過ぎ立春を待ちわびるこの時期、我が家に植えてある各種の水仙が芽を出し成長を始めています。既に満開を迎えているニホンスイセン。ほのかな香りは春の予感を感じさせてくれるのです。寒さに耐えているのかやや下向きに花を付けるいじらしい姿。そして他の種類の水仙も後れを取るまいと芽を次々と出し、成長をはじめているのです。この後、2月末頃には見事なそれぞれに特徴ある花をつけてくれるです。春に庭が賑わってくる時の先陣を切って花をつけてくれるのが、この水仙なのです。この寒いときでも新しい芽を発見すると春を感じ気持ち的に暖かくなって来る『還暦オジサン』なのです。
2011.01.27
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先日五反田にある病院へ定期検査に行った帰りに、目黒川沿いを歩き大崎にある我が社まで戻りました。晴天の光に川の水面が輝いていました。この目黒川は都内の世田谷区、目黒区および品川区を流れ天王洲アイル駅付近で東京湾に注ぐ2級河川。ウィキペディアによると、この目黒川は、河口付近は古くは「品川」といい、湾岸開発が進む以前は河口付近で流れが湾曲していて流れが緩やかであったため、古くは港として使われ、品の行き交っていた川であった。これが「品川」の起こりとされるとのこと。 五反田駅近くの目黒川の親水公園、『区立五反田ふれあい水辺広場』。船の係留用の柱も設置されていました。お台場方面への水上バスの発着場(港)の計画があるようですが実現するのでしょうか?この広場は川面に近い造りで、さらに身近に感じられる広場なのです。視点が橋の下を潜って遠くまで見渡せるのです。大雨で川の水位が上がると確実に水没する場所に広場があるのです。春には桜の名所となるこの目黒川。潮の状況と風向きによっては海の香りが漂って来ることがあるのです。 そして目黒川沿いのビルの角にあるモニュメント。芸術品に鈍感な私には、何を表現されているのかは・・・・?。私が趣味の農園で栽培しているピーマン?そして真ん中にあるピーマンの芯が風で回転する様なのですが?風力発電ではなさそうです。昔はドブ川だったのですが、環境意識の高まりと、下水処理技術の大幅な向上により、劇的に水質は向上していることを実感できるのです。「清流復活事業」として、目黒川を流れる水の大部分は新宿区の東京都下水道局落合水再生センターで下水を高度処理したものを導いているのです。そして御成橋からの『中水道』の放流。この水は、下水を別の芝浦水再生センターで再生した水で、水道水とは異なり、トイレや散水用などの 飲料としてではない目的で使用される水道で、上水道や工業用水道、下水道などに対して、中水道と呼ばれている水。大崎再開発地域のトイレのフラッシング水はこの水を利用しているのです。川に向かって橋の上からこの中水を放水し、澱みがちな川の水に水流と 酸素を送り込もうという企てなのです。 毎朝8時半以降、毎時00分から、1回10分から20分程度 の放水がおこなわれているのです。 そして夜間はライトアップもされ心癒される風景なのです。そして大崎ニューシティ・ゲートシティ周辺。桜並木も今は枝のみですが4月には桜が目黒川沿い一面に開花し多くの見物客で賑わうのです。目黒川沿いの水の風景を楽しみながら、昔の江戸の将軍が『御成~御成~』と歩いたであろう道を会社まで戻ったのでした。
2011.01.26
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先日、近所の農家の方から胡瓜をいただきました。採り立ての新鮮なもの。ビニールハウスで温室栽培された細身で青々とした高級品。未だ黄色の花が先端に残っているものも。きゅうりは日光や水分不足、肥料切れすると実が曲がったり、尻太り、または尻細りしたり、中に空洞ができるものも出てきてしまいますが流石プロの真っ直ぐな作品。そして何より感激したのは、採れたばかりのきゅうりの薔薇のとげのようなイボ。素手で触ると痛いぐらいなのです。このイボは鮮度が失われるにつれて硬さを失っていくため、このことからきゅうりの鮮度を見分けるための目安にもなるのです。イボの部分に雑菌などが付く恐れがあるため、近頃ではイボの無い品種も開発されていますが、やはりきゅうりはトゲのあるものが最高なのです。
2011.01.25
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我がブログへアクセスいただいた回数が昨日15万回を突破しました。2008年4月10日の太陽光発電についてのブログアップから延べ1019日での15万回達成となりました。ブログ開始時点では太陽光発電の実績や農園作業の備忘録としてスタートしましたがその後日々の出来事や旅行記、我が廻りの花々、そして2009年3月から始めた養蜂について書き綴って来ました。1日平均アクセス回数は147回/日となっています。この数字が多い方なのか少ない方なのか定かではありませんが、多くの方々にアクセスいただき、多くのコメントをいただいて来ました。最近では休日は350回~400回、平日でも200回~250回のアクセスをいただいている結果となっています。継続は力なりと思っており、日記記入率は82.4%となっています。今後も『徒然なるまま、日ぐらしパソコンに向かひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書き付くれば、あやしうこそ物狂ほしけれ。』の如く、毎日の出来事を備忘録として書き続けて行きたいと考えているのです。
2011.01.24
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昨日は、我が農園で栽培しているカリフラワー、ブロッコリーそしてロマネスコを収穫しました。カリフラワーとブロッコリーの違いは何でしょうか。同じ野菜で、緑色のものがブロッコリーで白いのがカリフラワー・・・???。カリフラワーとブロッコリーはどちらもキャベツと同じアブラナ科に属しています。また、花蕾(からい・蕾と花茎を合わせたもの)の部分を食用にする点も同じ。野菜を「葉菜」「果菜」「根菜」などと食用にする部位で分類することがありますが、この場合は2つとも「花菜」に分類されるのです。 2つの野菜のルーツはどこにあるのか調べてみました。カリフラワーやブロッコリーなどのキャベツの仲間のルーツは、地中海沿岸の野生のキャベツだとされているとのこと。この野生のキャベツから、まず花蕾が肥大したブロッコリーが生まれたのです。 そしてそれがさらに突然変異して、花蕾の色素がなくなって白くなったのがカリフラワーです。つまり、カリフラワーとブロッコリーは非常に近い、兄弟のような関係にあるのです。 そしてロマネスコはカリフラワーとブロッコリーをかけ合わせたもの。その他の名前として「カリッコリー」、「カリブロ」、「ブロッコリーロマネスク」とか「珊瑚礁ブロッコリー」・・・等々。「ロマネスコ」または「ロマネスク」はローマ近郊で開発されたのでこの名前がついたそうでで、ヨーロッパで広く流通して人気のある野菜なのだそうです。色は黄緑色で、その姿はブロッコリーに近く背が高めで葉はブロッコリーに似て葉が拡がっているのです。一方、頂花蕾のみでブロッコリーの如く側枝は発達せずカリフラワーの性質を示しているのです。味はブロッコリーに近いのではないでしょうか。そして何よりこのロマネスコの面白いのはその幾何学的な配置。個々の蕾が規則正しい螺旋を描いて円錐を成しているのです。それは見事なまでの相似形で、大きな円錐から小さな円錐を見ると、またその中に、同じような円錐があり、さらにその小さな円錐を見ると、もっと小さい円錐がぎっしり詰まっているのです。更にこれがもっと・・・・と無限に続くのです。それは、息を呑むような美しさと正確さを形作っているのです。まさに学生時代に学んだ『フラクタル図形』そのものなのです。下の絵は、昔 大学時代に学んだ、フラクタルの代名詞的な「マンデルブロ集合」。最近フラクタルは様々な分野の人々から注目されているのですが、これは観測技術の進歩などで自然の中にあるフラクタル図形をとりだすのに成功したこと、また、なによりもコンピュータの発達により多くの人が美しいフラクタル図形を楽しむことができるようになったことが要因として考えられるのです。こんな事にも、自然の神秘さを感じながら、一方ではミツバチのハニカム状の巣の構造に幾何学の不思議さ・美しさを実感しながら、日々自然と戯れている『還暦オジサン』なのです。そして夕飯には、この収獲した3兄弟をシンプルに茹で、マヨネーズで楽しんだのでした。
2011.01.23
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関西国際空港に仕事で行き、その日は連絡橋を渡ったところにあるりんくうタウン駅で下車。 南海電鉄およびJR西日本の両社の共同使用駅。この日の宿はこの駅に隣接するりんくうゲートタワービル内にある全日空ゲートタワーホテル大阪。このビルは高さ256mで横浜ランドマークタワーにつぎ日本で2番目の高さを誇るのである。よって西日本一の高さの超高層ビル。ホテルの割引があり、ツインの部屋のシングルユースで6000円の格安料金。42Fの部屋にチェックイン後、ビル内の居酒屋で同僚3人で2時間ほど近況報告で過ごす。そして25Fにあるビル内展望フロアからの和歌山市方面のの夜景りんくうプレジャータウン観覧車。ややピントボケ。これもアルコールの為せる技?部屋からの大阪・堺方面。翌朝の部屋からの阪神高速湾岸線を望む大阪・堺方面の風景。チェックアウト後ビルの外に出て見上げると、なるほど西日本一の高さを実感、そしてユニークな形状の超高層ビルなのである。上部の細い部分はホテルの客室。朝の観覧車。既に廻っていた。りんくうタウン駅から我が社のある御堂筋線淀屋橋駅に向かう。南海電鉄とJRのマークが駅名の前後に表示されており、共同使用駅であることが理解できた。難波駅まで利用したのは南海電鉄特急ラピート号。全車指定であることが乗る直前の放送で気がつく。車内で座席指定券を購入。ユニークな車両デザイン。このSF映画」から飛び出してきたかのような顔つきから『鉄人28号』というニックネームが運転開始以前から使われていたとのことである。楕円の意匠と薄く明るい茶色を中心にした色使いを施した車内は、ゴージャスそのもの。しかし中はガラガラ。これから、座席指定券が車内で購入可能な事も十分理解できたのであった。関西空港到着の国際便は夜間着が多く、朝の利用客は少ないのであろうか。2007年にB滑走路がOPENしたものの、B滑走路の利用は伸び悩んでいるとのこと。その結果この空港の利用客数も期待通り増加せず、その結果が我が関空の事業所の運営にも少なからず影響しているとの、昨晩の同僚の話であった。約30分ほどの利用であったが、大阪湾岸の車窓風景を楽しみながら難波駅から地下鉄御堂筋線に乗り換え、我が社の関西支社に向かったのであった。
2011.01.22
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関西空港内にある我が事業所に仕事で行ってきました。前回徳島に行った折は、座席の場所を間違えて雪の富士山を見ることが出来ませんでしたので今回は進行方向右側の窓側の席を確保しました。離陸して暫くすると我が親会社の造船所が眼下に見えてきました。この角度で見るのは初めて?そして元旦に初日の出を見に行った湘南海岸と江の島。そして北にフォーカスを合わすと我が家が??しばらくすると箱根芦ノ湖が。芦ノ湖に浮かぶ遊覧船の白い姿も見えたのだ。そして富士山の白き姿が迎えてくれたのだ。各地は大雪であるが、富士山の雪の量は平年に比べて少ないのではなかろうか。そして中部国際空港セントレアが遠くに見えた。愛知県常滑市沖の伊勢湾海上の人工島にある国際空港。そして1時間強で目的地の関西空港が遠くに見えてきた。直ぐに右旋回し着陸態勢に移ると思いきや飛行機は淡路島を横断後右旋回へ。淡路島の横にある紀伊水道に浮かぶ沼島。そして大阪湾上空から進入し漸く着陸。関西国際空港連絡橋は、大阪府泉佐野市のりんくうタウンと関西国際空港島を結ぶ、橋長3,750mの世界最長のトラス橋。上に道路(6車線)、下に鉄道(複線)が走る2階建て構造で、さらに電気・ガス・水道・電話などのライフライン全てがこの橋を利用するしかないのである。1時間あまり眼下の冬の景色を楽しみながら、久しぶりの関西国際空港へのフライトを楽しんだのであった。
2011.01.21
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東京電力さんから我が家の1月の太陽光発電(京セラ、5.76kw)の『電気ご使用量のお知らせ』が届きました。期間:12月16日~1月18日(34日間)電気使用量 昼 :103kwh 朝晩 :497kwh 夜 :599kwh--------- 合計 :1,199KWH 金額 :18,605円正月休みの為、使用量は大幅にアップしました。そして『余剰購入電力量のお知らせ』です。購入電力量 :330kwh購入予定金額 :15,840円晴天が続いたため、昨年1月とほぼ同じ売電量となりました。太陽光発電開始以来の余剰電力の売電金額実績です。今日 1月20日は二十四節気のひとつ大寒、大寒とは一年で最も寒い時期。小寒から立春の前日までを「寒」といいますが、大寒はその中日にあたるのです。全国的には大雪のニュースがあちこちで。寒い中、我が家も久しぶりにおでんを楽しんだのでした。
2011.01.20
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我が家の横の趣味の農園に植えてある紅梅が満開近くを迎えています。花の少ないこの時期に鮮やかなピンク色で楽しませてくれています。青空を背景に清々しい気分にさせてくれるのです。梅は白梅よりも紅梅のほうが咲くのが早いようです。大寒を翌日に控え寒さは厳しさを増していますが、季節は確実に巡ってきているのです。平安の昔しから花見と言えば梅を見て楽しんだとのこと。豊臣秀吉の『醍醐の花見』以来、花見は桜になったようですが、早春に咲くこの梅に心を癒されるのです。「桜伐(き)る馬鹿、梅伐らぬ馬鹿」 と言う諺があります。春先に咲く代表的な花である桜と梅のふたつを対比しつつ、栽培上の注意を示したもの。桜はむやみに伐ると切り口から腐敗しがちであり、剪定には注意が必要。一方、梅の樹は剪定に強く、むしろかなり切り詰めないと徒枝が伸びて樹形が雑然となって台無しになるばかりでなく、実の付き方も悪くなるのです。我が家の紅梅も暫く剪定をサボっていましたので、やや徒長気味です。今年は花を楽しみ小梅を収穫した後に、思い切って『梅伐らぬ馬鹿』を卒業したいと思っているのです。
2011.01.19
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奥様が沖縄ご出身の親戚から沖縄産『たんかん』を送っていただきました。白い大きな段ボールに「やんばるの大自然に育まれた太陽の味」沖縄産『たんかん』との表示。沖縄でみかんが採れるとは知りませんでした。箱の中にはたくさんの『たんかん』が行儀良く並んでいました。『たんかん』とは 、中国広東省原産で、ポンカンとオレンジ、あるいは他の柑橘類との自然交配で生まれたのがはじまりとのことです。 中国の最南端地方で収穫されたみかんを行商人達が、短い桶に入れて大陸全土に売り歩いたことから「短桶(たんかん)」という名で呼ばれるようになったといわれているようです。たんかんの栽培は、やがて中国から台湾へと広がり、その後奄美・沖縄へと広がっていったとのことです。アメリカ産オレンジに似て皮がゴツゴツしていて、皮がややむきにくく、見た目は凸凹もありおせいじにも美しいとは言えませんが・・・・・・。しかしご馳走になってみるとジューシーで、ほどよい酸味に包まれた甘さがバランスよく、抜群の味なのです。Fさん、ありがとうございました。当分 やめられない止まらない味をたのしませていただきます。
2011.01.18
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我が家の庭に観賞用のイロハモミジを通販で購入し、先週末に届きました。樹高約3メートルの親指大の太さの幹が4本ほどあるもの。緑色の網に包まれて宅急便で送られて来ました。私は毎年秋に、海外旅行の旅友と、紅葉で有名な「香嵐渓」や京都に紅葉狩りを楽しんでいますが、妻にはその機会が無いため、妻から紅葉の美しい樹木を我が家の庭に植え楽しみたいとの要求が出ていたのでした。早速庭の植え込み場所を決め、腐葉土を入れ込み定植しました。定植後 更に十分な水をやり、支柱を2本設置しました。紅葉のメッカとは温度条件も異なりますが、近い将来に、毎年香嵐渓で出会う真っ赤っかな葉に変身したあのモミジの如く、このイロハモミジの真っ赤に変身した姿に我が家に居ながらにして出会いたいと思っている還暦オジサンとその妻なのです。
2011.01.17
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我が家の地域のどんど焼きが、今朝 近所の公園で行われ参加してきました。正月に使った門松やしめ縄、お守り、破魔矢、祈願成就した「だるま」などを持ち寄って焼き、その火にあたったり、団子や餅を焼いて食べて無病息災や家内安全を願うものなのです。我が家の注連飾りと手作りの団子を持って早朝に公園に行きました。我が地域では三つ叉の木に3色の団子を付け、これをどんど焼きの火で焼くのです。前日、妻が上新粉で作って準備してくれました。今年は白、緑、黄の3色。緑は冷凍保存しておいた「よもぎ」、黄色はクチナシを利用してくれたのです。「どんど」とは「尊いもの」という意味が。松飾りやお札は神様が宿っているので「尊いもの」というわけです。それを焼くのでどんど焼き。また「どんど・どんど」とはやすことからどんど焼きと言うようになったとい説もあるようです。地域の長老も車いすに乗り参加してくれました。ダイオキシンによる環境汚染が問題になってからは、この地域でもダイオキシンが発生する、塩化ビニール類・プラスチック類、ポリ袋は取り除いて焼くことになっています。今年も多くの方が参加されましたが、年配者が多く、だんだん小さな子供達の参加が少なくなっているのが残念です。朝早いことそしてこの時期は寒いことが一因ですが、この行事に参加しなかった方達が子供達の親の世代になっている事も原因なのでしょうか。自宅に戻り、妻と焦げ目の付いた3色の団子を仲良く二人で分けて食べたのです。そして、日本独特のこの行事をいつまでも残していきたいと考えている還暦オジサンです。
2011.01.16
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徳島に出張の帰りに、空港の土産物売り場で『あわ紅豆腐』を買ってきました。良質大豆でつくられたなめらかな豆腐を、秘伝の紅麹や焼酎でじっくりと発酵させた極上の珍味です。沖縄の珍味「豆腐よう」に似ていますが、豆腐がより柔らかく、沖縄の泡盛ではなく、日本酒やビール、焼酎との相性を第一に考え作られたものとのこと。美しい鮮やかな紅色、香りは麹と酒の豊かな香りが。食べるとトロリと口の中で溶け、まるでウニの風味とチーズのようなねっとりとした舌触りを合わせもった上品で濃厚な味。そして塩分の少ない、まろやかなコクが口の中に広がったのです。今更ですが、出張や旅行帰りの土産は、自分の酒のつまみが中心になっている還暦オジサンなのです。是非 皆さんもお試しあれ。
2011.01.15
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何年ぶりでしょうか?久しぶりに徳島へ仕事で行ってきました。羽田空港からJALにて徳島へ。富士山の雪景色を見たくて、進行方向左側の窓側席Aを予約しておきました。しかし飛び上がって暫くすると、伊豆半島の中央部が眼下に。残念ながら富士山は右側に。九州方面へのフライトコースとは異なることが判ったのでした。暫くすると眼下に浜名湖が。そして離陸から1時間強で徳島空港へ着陸。徳島空港は昨年春に滑走路が2000mから2500mへ延長されたのです。新空港名は「徳島あわおどり空港」。完成に伴い新ターミナルビルも。新ターミナルビルで、一番に目に入るのがエスカレーター横の阿波踊り壁画。非常に印象的な作品。そして、空港正面玄関には、本県鳴門市出身、彫刻家によって作られた七体の躍動感あふれる阿波踊りブロンズ像のオブジェが出迎えてくれました。そしてレンタカーで1時間強で目的地へ。目的地は中国電力・橘湾石炭火力発電所。西暦2000年、20世紀の最後の年に運転を開始した最新鋭の火力発電所。火力発電燃料の微粉炭(石炭)のサイロが見事に並んでいました。この微粉炭燃焼で600℃前後の高温蒸気で発電しているのです。仕事を終え、徳島あわおどり空港への帰り道の見事な夕焼け。
2011.01.14
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今年も JR藤沢駅の南口ロータリーがイルミネーションで彩られています。青色ダイオードの普及と供に、鮮やかな青のイルミネーションを多くの場所で楽しむことができるのです。この青色LEDで思い出すのは、発明者と勤務先の会社との知財提訴事件。この訴訟は企業と職務発明者との関係について社会の関心を広く喚起し、当時 日本の発明史上最高金額となる8億円以上を会社側が支払うことで和解したのであった。実用化されていた赤と緑の発光ダイオードと併せて光の三原色がそろい、発光ダイオードのさまざまな分野での用途が広がったのだ。
2011.01.13
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会社の近くのビルの前庭の『冬桜』が満開を迎えています。12月上旬から咲き始め漸く満開を迎えました。冬花は春花に比べ花が小さいのです。花弁は八重で、うすピンク色。今晩も寒風の中、花を咲かせた枝が健気に揺れていました。春の桜と異なり、一度に散らずに、ちらちら散るところも風情があるのです。そしてこの桜の横には、オレンジ色に彩られたレストランが。
2011.01.12
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今日は1月11日、鏡開きの日です。 鏡開きとは、正月に神様や仏様に供えた鏡餅を下げ、 お汁粉や雑煮で食べる年中行事のひとつ。我が家も毎年神棚と床の間に飾っておいたお供えを下げ、お汁粉にして食べています。私が子供の頃は自宅で餅つきを行いお供えを作り供えました。武家の風俗が始まりであっただけに、この鏡開きは、切るをきらって、包丁などの刃物でお供えを切るのは禁物で、手で割り砕くか、金槌で割り開くようにしたことを思い出しています。歳神様へのお供え物をいただくことによって、一年の一家の無病息災が約束されるという意味もあり、また食べ物を大切にすることを約束する風習なのです。しかしスーパーで買ったものは、鏡餅が重なった姿を型取ったプラスチックの容器に充填した3枚の角餅が防腐剤入りでビニール包装されたもの。以前は、真空パックの中に餅がぎっしり詰まっていたのだが。最近では小さい角餅が数個入っているのである。近頃は、家庭内に飾ることの利便性と、後で食べる際のカビの発生等の衛生面を考えてのことであろうが何となく寂しさを感じるのは私だけではなかろう。そしてこのプラスチック容器はプラゴミとして出しても罰が当たらないのであろうか悩んでいるのである。昨年末の娘の結婚式でも、新郎新婦が菰樽の鏡開きを行いましたが、これは菰樽の上蓋のことを鏡と呼ぶからなのです。今でもこの時の菰樽を自宅に送っていただき、ここに酒を注ぎ杉の樽の香りを抱いた日本酒を楽しんでいる還暦オジサンです。そして遡ること1月7日には我が農園から七草を摘んできて、七草粥を楽しんだのでした。
2011.01.11
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年末に会社の社員の正月休暇中の緊急連絡先のリストが廻ってきました。 この電話番号について、私の電話番号『0466-○○-▲▲▲▲』は誤りで『046-6○○-▲▲▲▲』が正しいのではと同僚から指摘されました。最近、市外局番の桁数を3桁から2桁に減らすことが多くの自治体で行われており、我が家の市外局番が3桁から2桁に既に変わっているとの誤解からの発言でした。この同僚の電話番号の市外局番が最近2桁に変わっていたのです。因みに、市外局番の初めの「0」は、国内プレフィックスと呼んでおり、国内市外通話を示す「合図」なので桁数には含めないのです。ここまでは私も理解していたのですが、『0466-○○-▲▲▲▲』も『046-6○○-▲▲▲▲』も10回数字ボタンを押す手間は変わらないわけで、何が目的なのかまで十分理解できていなかったのです。そこで、今日インターネットで調べて学習しましたので、ここにアップさせて戴きます。総務省のHPによると固定電話の電話番号は、次のようになっているのです。 市外局番は1~4桁、我が地域は466と3桁ですが1桁は3の東京都区内、6の大阪府内の主要都市、そして最近出来た4は埼玉県入間市、狭山市、所沢市や千葉県我孫子市、柏市、流山市、野田市のようです。なぜ市外局番を4桁から3桁にするのかというとその市外局番のエリアの電話が増えて電話番号を増やさなければならなくなったからとのこと。例えば、市外通話をかける場合,市外通話であることを示す先ほどの識別番号(プレフィックス)の「O」を頭に付け,続いて市外局番→市内局番→加入者番号をダイヤルするわけです。相手が同じ市内なら,市外局番を省略し,市内局番と加入者番号をダイヤルします。このとき,もし市内局番の先頭が「0」だと,市外局番だと間違ってしまう。また「1」だと,今度は特別な番号(例えば110、119・・・)と誤って認識してしまう。このため,市内局番の先頭のケタには「0」と「1」の数字が使えないとのこと 。つまり0466-05-▲▲▲▲ や0466-18-▲▲▲▲は使えないのです。そこで,市外局番の最後尾のケタを,市内局番の先頭に持ってくるのです。すると,これまでの市内局番の先頭に使えなかった「0」と「1」が,二ケタ目になるので使えるようになるのです。例えば046-605-▲▲▲▲や046-618-▲▲▲▲が使えるようになるのです。こうして,全体の電話番号のケタ数を変えずに,一気に電話番号を増やすことができるわけなのです。市内局番が2桁の場合、市内局番として使えるのは20~99の80個(00~19までは使えない)。これにそれぞれ1万個(0000~9999)の加入者番号が付くので、80万回線を割り当てることができるのです。つまり市内局番が4桁・・・8000万回線 (例 01-2345-6789 市外局番は1桁)3桁・・・800万回線 (例 012-345-6789 市外局番は2桁)2桁・・・80万回線 (例 0123-45-6789 市外局番は3桁)1桁・・・8万回線 (例 01234-5-6789 市外局番は4桁)の利用が可能なのです。この事から大都市の東京都23区内や大阪府主要都市の市外局番が1桁(市内局番が4桁)であることが理解できたのでした。また一つ賢くなった還暦オジサンです。
2011.01.10
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小寒も過ぎ大寒まで後10日程だが、厳しい寒さは増す今日この頃。ふと目を転じるとこの厳しき寒さの中に、早くもその「木の芽」が大分成長しているのが見てとれるのだ。春の木の芽の総称、木に萌え出た芽。「木の芽」。この季節、散策の楽しみの一つである。木の芽がふくらんでくることを「木の芽張る」と言ったことから、古くは「春」の掛詞に。特に気が付くのは、春の到来を真っ先に告げる「辛夷(コブシ)」の木の芽などは大分膨らんで「冬木の芽」の先端を誇示している。小諸の懐古園の入り口にあった辛夷(コブシ)の芽。そして園庭の「水木」?の芽なども膨らみを木の枝の先端を揺らしていた。やがて一月を終わり、二月の「立春」を経て暦の上では確実に「春」を迎えるのだ。ナナカマドの芽そして我が家の庭、農園の片隅で春を待っている木々達。既に開花直前の木瓜。紅梅も開花直前。花桃、こちらはまだまだ固い小さな蕾。五葉松。ゴールデンウィークには芽欠きが必要。サクランボ、佐藤錦。今年こそ実を付けて欲しいのである。芍薬の芽も膨らみ始めていた。自然界の移りは見えないところで着実に動いていて、目に見える形で現れるよりも少し先を行っているのでは。そして、私の体も少しでも先に自然界の変化を感じていたく、ズームで木々の枝を見つめているのです。芽吹きはじめた木々達に早い春を見つけながら歩くのを、楽しんでいる還暦オジサンなのです。
2011.01.09
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会社の年初の安全祈願祭に品川神社へお参りに行ってきました。 毎年、社員と協力会社の代表者の総勢50名程度で安全祈願に参拝するのです。大崎にある我が社から徒歩で20分程度、京急・新馬場駅近くの第一京浜国道沿いにある神社。境内。階段を登ると、左に浅間神社、右に御嶽神社、中央に品川神社神殿、右奥に阿那稲荷が。能舞台。社殿の手前には立派な神楽殿も。例大祭の日には能舞台で神楽も舞われるのだろう。品川神社本殿。この品川神社は、その昔 源頼朝が海上安全と祈願成就のため勧請した神社。かの徳川家康も 関ヶ原出陣前に詣で『必勝』を祈願したという、武運にゆかりのある神社。なるほど宝物殿入り口には、徳川の『三つ葉葵』のご紋の旗が掲げられていた。この神社で面白いのは、富士塚が昔のままの形で残っているということ。富士塚とは、富士信仰において富士山を遥拝するためのミニチュアの富士山のことで、ここ品川神社の富士塚は、明治初めに北品川の講中約三百人によって造られた後、大正末に第一京浜国道の建設のため一部が削られて石垣となってしまっているが、江戸時代からの富士信仰の形をそのまま伝えるものであるとのこと。すなわち江戸の頃は、富士山に登りたくても登れない人たちの為に、関東各地に造られたもので、富士山を信仰する富士講によるものとのことだが、地元にミニチュアの富士山が出来たことで、多くの人が登山でき、大流行したとのこと。富士塚の入口は、本殿へ続く石段の途中にある。途中の「五合目」と書かれたところから、石段が急で狭くなってくる。八合目付近。山全体は火成岩の一種の凝灰岩で覆われている。富士山から運んできたものであろうか?慎重に上って行くと、富士塚の頂上に出る。頂上は3メートル弱四方であって、けっこう広い。ここからの眺めはなかなかである。品川駅港南口のビル群の間にレインボーブリッジの一部が見えた。そして西には樹木越しに沈み行く太陽が。この日はこの後、品川パシフィックホテル22階で行われた賀詞交換会に参加したのであった。
2011.01.08
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仕事で年始の挨拶をかねて長野方面に行ってきました。客先を廻る途中に昼食の時間になり小諸駅近くの蕎麦屋に入りました。「手打そば 草笛」。長野県に6店舗を展開する信州そばチェーン店で、ココが本店とのこと。ざる蕎麦とかき揚げを注文。大盛りを注文しようとしたが、同僚から普通盛りでも十分のボリュームと。草笛の蕎麦は7:3とのこと。なるほど盛りは通常店の1.5倍はあるのでは?しかし、その量の多さが気にならないくらい「のど越し」がよかったのだ!この蕎麦屋は小諸城址 懐古園の敷地内にあるので、昼食後同僚と食後の散歩へ。小諸城は、武田信玄のころ山本勘助らにより現在の縄張りとし、豊臣秀吉天下統一のとき小諸城主となった仙石秀久により完成された城。城下町より低い位置に城を築いた「穴城」は全国でも珍しい城で「日本百名城」の一つ。仙石秀久が築いた「大手門」や野面石積みの石垣は400年前のまま当時の姿で残されているとパンフレットに。小諸城『三の門』、国の重要文化財に指定されている。明治の廃藩置県により役割を終えた小諸城は、本丸跡に「懐古神社」を祀り「懐古園」と名付けられたと。現在の「三の門」に掲げられた扁額は徳川宗家16代当主・徳川家達の筆によるもの。園内の池の噴水。周囲には白い氷の塊が。城壁には若山牧水の歌碑が刻まれていた。戦国の世に武田信玄に滅ぼされた小諸城のことを、路傍の秋草の花が懐かしく語っているようだと。空堀に架かる黒門橋。本丸曲輪と二の丸曲輪を結ぶ唯一の接点。 この橋の先が本丸。そして橋を渡った所に黒門が存在したとの事だが現在は門の土台付近の石垣のみが残っていた。鏡石。山本勘助晴幸が毎日鏡替わりに、常に愛用したと伝えられると。自分の顔を写し反省したと。私もこの石に自分の姿を写して懺悔。天守台跡。ここに天守閣があったのだが今は何もない。三層の天守閣が、寛永3年(1626年)に落雷で焼失したとのこと。その後は徳川の政策により再建されなかったと。コンクリート造りの天守閣を再建したいのが人情であろうが、何もないのがまた良いのであった。天守閣を支える石垣。野面石積みの石垣は400年前のまま当時の姿。山野に転がっている自然石をそのまま見事に積み上げてあるのだ。藤村記念館。島崎藤村の小諸で生活した時代を中心とした作品・資料・遺品が多数展示されていた。1時間弱のいつものように早足散策。園内には各種の桜の古木が。桜の花の時期にもう一度訪ねたいと思いながら、そしてここに転居された幼なじみを思い出しながら、車に戻り次の客先へ向かったのであった。
2011.01.07
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我が家の12月の太陽光発電(京セラ、5.76kw)の 実績報告です。 発電量 543kw消費量 1095kw売電量 326kw買電量 859kw自給率 49% と言う稼働実績となりました。12月発電実績としては過去3年間で最高の値となりました。ただし寒さが増し、エコキュートの効率低下、電気ストーブの使用頻度の増大と、年末休暇で使用量も大幅に上昇してしまいました。 発電開始以来の月別発電量実績です。緑が昨年来の実績です。10月を除き、6月以降、2008年、2009年実績を上回っています。年間発電量は2009年:6661KWH2010年:7081KWHと前年度比1.06となりました。
2011.01.06
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我が家の近くでも、ロウバイ(蝋梅)の開花が目に付くようになりました。中国原産の落葉樹で真冬に満開の花を咲かせる数少ない花木の一つ。花びらは分厚くロウのような質感があり非常によい芳香を放っています。日本には17世紀頃に導入されたと言われています。また、ロウバイの名前は花の色が蜜蝋(みつろう)に似ているからとか、花の質感がろう細工のようだからとか諸説があるようですが。花の少ない真冬に鮮やかな黄色い花を咲かせるので、殺風景になりがちな真冬の庭にはひときわ目に付くのです。正月の花としても、華やかさや暖かさを感じさせ、人気のある植物ではないでしょうか。蝋梅の園芸品種の代表に、「満月蝋梅・マンゲツロウバイ」と「素心蝋梅・ソシンロウバイ」があるようですが、この区別はなかなか難しく良く解りません。
2011.01.05
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今年平成23年(2011)の干支(えと)は「兎(うさぎ・ウサギ)」『卯』年である。 我が家の近くの材木屋さんの入り口に掲げられた大きな年賀。ウサギと特徴は耳が大きいこと。耳は、音を集めるアンテナの役目。わたしたちは音が聞こえないときに、耳のところで手を広げ、耳を大きくするようなしぐさをよくします。つまり耳は、大きいほど、たくさんの音を集めることができるのです。ウサギの耳が長いわけもこれと同じ。広々とした草原にすみ、草を食べるウサギは、自分をねらって近づいてくる敵をいち早く知るために、長い耳のアンテナを使い、かすかな物音も聞きのがさないようにしているわけなのです。また、長い耳にはその他にもう一つ、大事な役割が。それは、長い耳の表面から熱を外に逃がすこと。人間は、体が熱くなったときには、汗をかいて熱をさましていますが、ウサギは、ほとんど汗をかかない動物。ですから、汗をかくかわりに、耳を使って熱を逃がしているのです。子供の頃、近くの山にいる野ウサギを捕まえに何人かで行った記憶があります。ウサギを追いかけるときは必ず斜面の上から追いかけると有利、逆に斜面を登る形で追いかけると不利とされているのです。なぜならウサギの身体的特徴として後ろ足が長く前足が短いため、ウサギは上り坂では体の傾き具合が水平になるため上り坂で坂を上るのに強く、下り坂では前かがみのようになってしまうから、下り坂を下るのは苦手としているからなのです。よって数人で山の上からウサギを囲むように山の斜面を下りながら追いかけ見事に捕まえた事を懐かしく想い出しています。明日1月5日から新しい年の仕事が始まりますが、今年はウサギのように兎に角、好奇心を維持し、情報を集め、上り坂を這い上り、更なる飛躍の年にしたいと思っている還暦オジサンなのです。
2011.01.04
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今日も家族3人で箱根駅伝 復路の応援に行ってきました。応援場所は8区の難所遊行寺の坂。レースもいよいよ終盤のこの8区。優勝&シード権争いも次第に熱をおびてくる区間。スタートから平坦なコースが続くが、浜須賀交差点で海岸線に別れを告げ、残 り9キロあたりから徐々に上り坂に入るのです。特にラスト5キロに待ち受けるこの遊行寺の坂が最大の難所。また後頭部への陽射しがスタミナを奪い、後半の失速へと繋 がるのです。意外にもタフで侮れないコースなのです。選手と共に上空のヘリコプターが移動してくるので、選手が応援場所に近づいて来るのが判るのです。そして我が母校のW大は箱根の山下りで東洋大学を逆転して1位を取り戻しその後リードを保って来たのです。自宅で山下りをテレビで観戦していましたが、そのTOP争いは、胸が痛くなるような抜きつ抜かれつの意地の戦いでした。そして我が大学の高野選手は転倒のアクシデントにも動じることなく、18キロ過ぎに東洋大・市川選手を引き離し、逆転1位で襷をつないだのです。選手の通過を待ちわびていると、日本テレビのテレビ中継車の1号車が通過。そして7区でもリードを保ち8区の我が母校の北爪選手の爆走です。道路の反対側には、遊行寺の難所のこの坂の死闘を中継するテレビカメラが。応援する私の姿もテレビに映っていたのでしょうか?遅れること1分強で追走する東洋大学・千葉選手6位の中央大学・新庄選手。我が同僚の1年生のご子息は7区にエントリーされていましたが、朝のエントリー変更で4年生の選手に交代。来年には更に力を付けての激走に期待したいと思っています。帝京大学と拓殖大学の熾烈な8位争い。道路の反対側には帝京大の蛯名選手の出身校の青森・光星学院の応援の垂れ幕が。持っているのはご両親でしょうか。通過後直ちにこの垂れ幕を片付け、足早で次の応援場所に急いでいたのでした。20選手がTOPから約18分で無事通過。その後には自転車で追走する軍団が。そして私達も足早にバスで帰宅しテレビで応援。我がW大は見事に僅差の21秒差で逃げ切り、10時間59分51秒の大会新記録で18年ぶり13回目の総合優勝を果たしてくれたのです。昨秋の出雲全日本大学選抜駅伝、全日本大学駅伝に続く優勝で、90年度の大東大、00年度の順大に次ぐ史上3校目の学生駅伝3冠も達成したのです。それにしても、我が母校の勝利以上にシード争いには感動しました。国学大がヒヤリとしながらも、念願のシード権を獲得したのです。最終10区は終盤、8位以下4人の集団を形成。最後尾に付けていた國學院大學・寺田選手はラスト300メートル付近でスパートし、一時は集団の先頭に躍り出たのです。ところが、直進すべきところを右折してしまい、コース係員の誘導で復帰したものの大きくロス。再び最後尾に沈んだが、最後の直線で猛スパートで1人抜き、10位になんとか滑り込んで辛うじてシード権を獲得したのです。11位の城西大との差は、シード権争いで大会史上最小の3秒。まさに「天国と地獄」の分かれ目だったのです。 今年も我が正月恒例の二日間の箱根駅伝応援も感動の中で無事終了。今年も若い選手達の死にものぐるいの健闘を見せてもらい、若きエネルギーを注入してもらったのです。そして駅伝はやはり流れ。魂が流れているのだと実感。魂が見事につながった今年の駅伝は、応援する者としても忘れないと年となったのです。
2011.01.03
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我が家の1月2~3日恒例の箱根駅伝(正式には東京箱根間往復大学駅伝競走)応援に妻と行ってきました。大学駅伝の関東チャンピオンいや日本チャンピオンを決める今や正月行事となっている大会。そして今年で第87回を迎える歴史ある大会。この大会から多くの世界に通用する有名ランナーが生まれているのです。家からバスで向かう。駅伝が通過する1号線の近くには主催者である読売新聞の販売所が。応援用の旗やコースガイドマップを観客に配布していたのでこれを手にコース沿道へ。毎年我が母校W大の応援場所へ向かう。既に多くの先輩・後輩が詰めかけていた。今年は優勝候補・3冠達成の期待もあり多くの学友が集まっていた。何時ものように記帳。けんちん汁や甘酒の炊き出しも行われており甘酒をコップ一杯戴く。そして懐かしき、応援用の紙製の角帽も戴いたのだ。今年の出場校は19校と関東学連選抜の総計20校。今年は常連の順天堂、大東文化、亜細亜大学等は予選会で敗れ出場を逃したのである。待つこと15分ほどで箱根駅伝広報車が通過。そして我が母校の矢澤選手がTOPで通過。戸塚中継所では2位と13秒差であったが、我が応援場所では約1分と差を広げてあっと言う間に通過。2位は日大 森谷選手。3位の東海大 元村選手。日大とは同じく約1分差。追い上げ急な山梨学院大学 コスマス選手とそれを追う拓大 西山選手。妻が応援する城西大学 櫛部監督(W大の過去の名ランナー)も伴走車に。今年も燃料電池電気自動車・プリウス プラグインハイブリッドが大活躍。TOPから最後尾まで約6分という近年にはない僅差で全校が目の前を通過。この後我がW大の応援場所に戻り、母校の健闘を祈っていつもの校歌斉唱。応援終了後、近くの遊行寺に初詣と境内で開かれている骨董市を散策し自宅に戻る。自宅に戻ってテレビ応援したが、今年も五区の箱根山登りで東洋大学の怪物 柏原選手にやられて27秒差の2位。それにしても柏原選手はアッパレ。インタビューにも感激。しかしながら、まだまだ18年ぶりの総合優勝と史上3校目の学生駅伝3冠(出雲、全日本、箱根)を狙える差。明日は息子も参加し我が母校の応援に行こうと考えている模範的な卒業生の還暦オジサンなのである。
2011.01.02
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明けましておめでとうございます。今年も我がブログをよろしくお願いいたします。そして我が家の近くの材木屋さんの恒例の材木に描かれた年賀です。兎の絵の中に『卯』の文字が見事に表現されています。今年も妻と二人で湘南江の島海岸まで初日の出参りに行ってきました。小田急線江の島駅に6:30過ぎに到着。海岸に向かって歩いていくと江の島の姿が明けてきた空の中に浮かび上がっていた。空には未だ月と明けの明星が輝いていた。二十六夜の月。逆向きの三日月海岸沿いの階段は既に満席状態。そして待つこと15分前後。三浦半島の山の上からの初日の出。オレンジ色に輝いた今年初めての太陽が昇り始めたのだ。心洗われる瞬間。今年も良き1年に!!水面も赤く輝く。富士山も見事な姿。海面には多くのサーファーが。富士山には大晦日の雪は降らなかったのか。恒例の?妻とのツーショット。アシナガオジサンとVサインのその妻。帰りに地元の神社に初詣。今年も絵馬付き破魔矢をいただき自宅に戻る。
2011.01.01
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