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手短に備忘録を。昨日はアーチェリー初心者教室の講師代行。その前に点取りを1回だけ。278、8点2本。やはり、アベレージだ。麻雀は1位2回、2位1回。さて、今日は衆院選。まだ行くかどうか決めていない。元来、政治的人間ではない。もう死語になりかけているだろうが、学生のころからずっとノンポリである。non-politicalの略称和製英語だ。評論の対象としての政治には関心はあるが、職業的にも、ほかのいろいろな生活でも、政治的に動くことは嫌いだ、というか面倒だ。今の首相は、前やその前よりもはるかにまともだと思うが、自民党自体を支持する気はない。かといって立憲民主党も、政権担当能力は基本的にないだろう。政治評論家たちは、「とにかく、投票を」「投票は国民の義務」などと呼びかけているが、彼らに内閣機密官房費が数十万の単位で支払われており、誰一人として申告もしていないなどという記事を読めば、「何言ってんだバカヤロー」と思う。それとは別に、どういう結果になるのかは興味津々で、開票速報は見るだろう。世論は与野党伯仲を望んでいるが、逆転は望んでいない、という。自分もその考えに近い。まさか、前々政権のような恣意的としか言いようがない政治運営はしないと思うから、もう少し現政権が担当するのがいいだろう。しかし、あまり伯仲しては、また岸田おろしなどとマスコミが騒ぎ立て、それにバカな政治家が乗ることは目に見えている。だから、伯仲といっても、ほどほどにしておいてほしい。自民が単独過半数割れになれば、政権は弱体化する。そうなると、いろいろなまともな政策にもあれこれイチャモンが続き、モリカケサクラなどは永久に闇に葬られることになる。結局のところ、歳を取って、あまり急進的な変化は経験したくない、というところが本音であり、自分と家族と仲間たちの生活が無事であってほしいというプチブル的(これも死語か、「小市民的」という意味だ)政治感情が偽らざるところだ。
2021.10.31
昨日は、久しぶりにインドア射場での練習。ここは暗くてサイトの水準器がよく見えないのが欠点だが、それ以外は申し分がない。今季から、ちょっとだけ行って、鍵を開けて射って来られる。矢は、当面は20-12、リリーサーはカスケード青に決めた。そう時間もなかったので、いきなり点取りから。的を2枚貼って、6本射ち。前半275(8点2本)、後半280(8点1本)という結果である。まずまず最低の点数はやっと出たか。特に後半は57が2回、56,55が2回という点数で、このあたりがアベレージなのかな、という感じ。つまり、3本に1本は10点が出て、8点も1,2本というのが、今はいいところだろう。前回のインナー9を書いた時よりは中りも少しマシになって、アウター10にはかかる、という中りが増えてきた。ここからさらに上げるには、まず8点を絶滅させることである。今回も8点さえなければ、558だ。次の目標は560だが、これをできたら次の地元の試合、11/7に出しておきたい。
2021.10.30
現在、教員はブラックと言われているが、その元凶は部活動である。毎日、8時くらいまでの練習、土日も練習や試合で、週労働時間は60時間くらいにはなってしまう。これを放置しているのは、公務員特例法という、教員の残業手当を支払わなくてもいい法律があるからだ。教職調整手当という名目で一律本俸の4%が支払われる。32万なら1万2千円強。悪くないような気がするかもしれないが、この教員が運動部などの部活動を担当していると、月に80時間の過労死ラインくらいの残業をしていることになる。しかも休日残業が多いので、それには1.5倍の残業手当が必要だ。彼の本俸を、規定労働時間の週40時間、月160時間で割ると、時給2100円ほどになる。平日の残業合計が60時間だと12万6千円、休日が12~14時間だとすると3万6千円。合計16万2千円の残業手当が支払われるべきところを、1万2千円の調整手当でいいよね、と言っているわけで、こんな酷い搾取はブラック企業でもしない。しかし、これは教育公務員特例法の規定であり、私立学校教員は「公務員」ではない。現在でも、多くの私立学校では4%ですませているが、これは完全に労働基準法違反である。事実、関西を中心に訴訟が連続していて、すべて学校側が敗訴となっていた。だからといって、ダラダラと暇潰しの延長のようにやっている部活動の担当教員に残業代を支払っていたら、学校会計を圧迫する。しかも、「部活動」なるものは、実は学校教育法に記載のない項目であり、従って「行うべき教育」ではなく、あくまでも「自主的」に学校が市民スポーツの一端を担っている、というのが原理原則である。使用者側の言い分は、「自主的」にやってることだから「支払い」はなしね、ということだ。しかし、甲子園常連校のような、すごい実績を残す部活は、監督、コーチなどの専門家を雇い、教員は「部長」という名のお飾りに過ぎず、彼はほとんど部活動に関わっていない。問題は、そういう余裕もなく、また地区で1,2回勝てばいいというレベルの部活教員たちだ。何をどう勘違いすれば、そういう考えになるのか、彼らは部活動こそ、本当の意味での人間教育であり、社会に出て通用する人間を作るものだと思い込んでいる。長年、そういう実態を目にしてきた自分としては、これを改めないと早晩、日本全体で教員のなり手がいなくなるだろうと思っていた。事実、今、大卒の就職状況は好調で、教員志望者は激減しており、結果としてさらに質の悪い教員が生まれることになる。夏期、冬期には長期の休みが教員にはある。4%というのは、おそらくそれとの見合いで出てきた数字なのだと思うが、今は公立校では「自宅研修」が認められなくなり、たいして用もないのに出勤義務がある。自分の学校では「自宅研修」を認めていた。しかし、インターハイ地区予選も勝ち上がれないような部活動であっても、部活バカは、夏でも冬でも部活動をやりたがる。自分は事務長と相談し、銀行系のコンサルティングを入れ、就業規則の抜本的改定をした。それは、教員に対して残業手当と代休を出すというものだ。同時に「年間を通じての変形労働時間制」という新たな労働規定を採用した。これでも残業の上限や休日出勤をいくらしてもいいわけではないが、タイムカードを入れ、教員の労働時間を月ごとに把握した。土日出勤の多い教員は、授業ゼロの日を作り、容易に代休が取れるようにした。7時を越える残業は原則として認めず、管理職の許可が必要と言うことにした。この改革は、しかし、教員には極めて評判が悪かった。部活担当教員は、それでも部活の時間が少なくなるから、反対である。結局、彼らは強度の依存症であり、それを中断すると中毒症状に苦しむのだと思った。定年で辞めた彼らの代わりに、地域で高校の運動部を指導したい人間をコーチとして雇った。もちろん、最低賃金に近い条件である。不思議なことに、そうなってしばらくすると、全然勝てなかった部活が、地区では勝ち始めたのである。つまり、部活こそ教育と言っていた教員は、そのスポーツの指導力すらなかったということだ。ともあれ、彼らが何を言ってきても、「オレはインターハイにも国体にも行ったけど、そんなバカみたいに日曜返上で練習なんかしなかったけど?」と言えば、黙らせることは簡単だった。事実、そういう緩い部活だったからこそ、自分は今でもこの競技を楽しんでいるのだ。また、一般教員の中からも、7時を越えても自由に働かせろという声も多かった。しかし、そういう当の本人は、5時までダラダラとおしゃべりで時間を費やし、それから本来の仕事を始めるのだ。生徒には時間内で問題を解くことを強要するのに、当の本人がダラダラと効率の悪いことこの上ない労働を続けたいと言うのでは理屈が通らない。この制度を利用して、残業代を稼ごうとするセコい人間も当然現れたが、それは、まあ、たいしたことでもないので放置した。一方、生徒は、この改革でまったく影響を受けなかった。むしろ、部活が週1日でも休みになることを歓迎する声が多かった。部活動顧問は、生徒を部活にただ縛り付けておきたいだけである。その結果、3年間やって、二度とその競技はゴメンだという卒業生は多い。そもそも地区予選も勝てないような部活から、将来その道でやっていくようなプロは生まれない。野球もサッカーもそれを生み出す母体はもはや学校ではなく、リトルリーグやJリーグの下部組織である。部活動に何らかの意義があるとすれば、それはスポーツを楽しむ体験を与えることではないか。それが生涯スポーツという文化につながっていく。とにかく、これで「教育以前」の改革は一応全部やったな、と思えたのが任期3年目を迎える時だった。もちろん、それと同時に「教育自体」、「教育の本質」を変える改革も推し進めた。次項に続く。
2021.10.30
昨日の麻雀は、ずっとナマつきの状態で苦戦した。2位と3位。配給原点から見れば、マイナス5千くらいか。その帰りに射場に。といっても、弓は射たず、弓友と土日の初心者教室の打ち合わせ。普段は彼がやっているのだが、土日は不在でピンチヒッター。10時から12時までだが、9時には射場に行って、準備が必要だ。弓の方は、1週間ぶりに今日練習予定。午前中1時間半程度と思っている。
2021.10.29
どうも「孫」というヤツは、面倒な存在だ。面倒だが、可愛い。可愛いのだが、疲労困憊する。そんなわけで、しばらく「弓」とも「健康麻雀」ともとんとご無沙汰していた。といっても1週間も空けたわけでもない。弓は先週の木曜、麻雀は水曜以来。それで、今日はちょっと欲張って、二つともやってこようかと目論んでいる。まず「弓」だが、土曜、日曜と新人の指導を代わるので、夕方過ぎなら確実にいる弓友と、その打ち合わせが必要だ。授業は3,4時間目。昼休みにちょっと指導すれば、1時半には麻雀に行ける。そこで、半チャン2回は打てるだろう。やっぱり、少しは遊ばないとね。(少し、でもないか…)
2021.10.28
昨日の飲み会は、飲み会自体が2年ぶりのことだった。相手は大手塾の事業本部長。リモートとか、タブレット活用のソフトなどの開発をして、公立校、教育局などに営業をしている。塾の人間の間では、自分は特進という私学の新たな取り組みのパイオニアだということらしい。彼はその時代の「熱量」が忘れられないらしく、もう一度自分の学校の特進にもそれを復活して欲しいという願いがあったようだ。しかし、自分ももう67歳。彼も69歳、てっきり自分より若く見えるので年下と思っていたが、そうではなかった。これからではもう遅い。すでに時代は動いている。時代は変わった。そう、だから、君の後ろにボクはいる。世界をナナメに泳がない。ボクらは胸に沁みている。(吉田拓郎「海を泳ぐ男」)まあ、自分の今の学校での立場や、次年度以降の立場、仕事として最上の「暇潰し」だと思っている「授業」などという話をして、やんわりと分かってもらった。もう、「世界をナナメに泳ぐ」ような仕事はできない。それでも、また会おう、ということになり、今度は例の歌人の卒業生も一緒に、という話になっている。これはもう、今後は仕事絡みのつき合いではないな、という判断をしたので、勘定は割り勘にしてもらった。また、楽しみが一つ増えたかな。
2021.10.28
校長時代については、自分としては、非常に最近のことなので、まだ整理できていないところも多い。一期3年という理事長との約束で、スタートしたのだが、一般の修道女でない校長は、開校以来、もちろん初めてのことだった。自分で言うのもなんだが、教員たちの期待も大きかっただろう。前が酷すぎたから当然なのだが、一方で、ある教員たちにとっては、面白くない人事でもあったろう。校長になった途端(いや、副校長の時くらいだろうか)、一言も口を利かなくなった分かりやすい教師もいた。二桁に落ち込んだ入学者は何とか3年連続で三桁に回復し、市内私立校の真ん中くらいの数にはなった。この点については、募集体制を改め、こまめに塾や中学を回るという私立として当然のことをしただけである。以前はそういうことすら、面倒がってしてやらなくなってしまっていたのである。募集活動については、委員長もやっていたし、そうでないときも常に関わっていたから、概要は分かっていた。中学の首都圏入試中心の募集に関する意識を完全に改めた。この点は、次の校長が首都圏入試を廃止し、改革は完成した。そもそも首都圏から、中学で子どもを入学させ、大切な思春期を過ごすような寮の体制はなかった。あえて分類すれば「教育寮」ではなく、「生活寮」なのだ。資格を持った寮母などいなかった。一定のネームバリューがあって、また、首都圏中学受験シーズン前の日程で実施して、所謂「お試し受験」として、600~700名の受験生を集めたのだが、募集経費はそれなりにかかり、何よりもそこに投入される教員の労力が異常だった。入学者も多いときで10名近くはいたが、何を勘違いしたのか、その入試こそが、学校の入試の中心であり、もっと集まるようになると思っていたのだ。その勘違いに乗る教員もいた。単に東京で入試をすることが嬉しいというだけのスノッブである。寮の食事は、非常に評判が悪かった。そこでコンペをした上で、業者を変えた。また、スクールバスに関して業者と新たな契約を結び、路線を拡充した。それまでの契約は法律に抵触していた。そういう基本的なことも改めていなかったのである。さらに、高価で、しかもクレームの多かった制服業者を変え、より安い値段で、品質とアフターサービスのよい業者にした。私立学校は制服代の負担は決して小さくない。貧しい地方都市では、その負担が理由で公立を選ぶ場合も多い。入学したての生徒の制服のサイズがおかしかったり、縫い方が雑だったりというクレームが頻繁に入っていた。教育の本質に関わる問題でないところで、しなければならない仕事が多くなっていた。幼稚園の体制を、新制度の幼稚園とし、私学助成よりも多い金額の助成をもらうようにした。この点では、理事会で修道女を中心に反対が多かったが、データを示し、何とか説得した。要するに本部幼稚園は、名門校で、入学倍率も10倍以上という状況で、地方の幼稚園を同列に考えていたのである。最後はモンテッソーリ教育ができなくなるという理由で反対した理事もいたが、モンテッソーリ教育がそもそも分かっていないのだから、簡単に論破した。モンテッソーリは別にエリート教育など目指していない。むしろ貧しい家庭の子女をどう育てるかという問題に対する一つの答えである。一通り、モンテッソーリ教育について自分が説明すると、もう誰も何も言えなくなった。そういうわけで、理事会でも、自分は早速、反体制分子ということになった。新制度は、幼稚園から幼保一元化を見据え、認定こども園へと移行する過程の第一歩だった。ここに踏み出さなければ、早晩閉園もやむなしという事態を辛うじて延命したのである。しかし、次へのステップを踏み出す前に3年が過ぎてしまい、今は幼稚園も瀕死の状況に近い。中高と違い、教職員もよく把握できていない状況からの改革だったので、新制度幼稚園は2年遅れの3年目に実現した。すでに市内のほぼすべての園がそこに移行していた。こう書いてくると、いろいろなことをやってきたな、という思いはあるし、道半ばで辞めてしまったことは否定できない。だが、自分としては、まともな学校教育以前の問題をまず解決しなくてはならなかった。次項に続く。
2021.10.28
今朝は、大きいフライパンで男爵いものフライドポテトを作り、その隣で二つ割りにしたピーマン、玉葱を炒め、真ん中でハムエッグを。それに、一昨日、道の駅で買ったライ麦パン、コーヒー。どうということもないが、自分にとってはかなり豪勢な朝食だった。昼は、昨日妻が炊いた栗ご飯の弁当。午前中で仕事は終わるから、午後は車の擦り傷を見てもらいにディーラーに、と思っている。話は変わるが、NY株が最高値で円安。1年半ほど前から、月10万のダウジョーンズに連動するドルコスト平均法の積み立てNISAをしていて、すでに30万以上の利益が出ている。その利確のため来週いったん解約する予定。もう少し円安が進行したら、ドル建ての生保も解約してやはり利確をしておきたい。少ない現金資産だが、妻も自分も多少は投信や株で遊んでいる。まあ、最悪ゼロになっても構わないという少額投資なのだが、利益が出ているうちに確定したいというのはやはり欲の皮が突っ張っている、というべきか。そんなことを書いたのは、来年度から今の給料よりさらに毎月の収入が減るからで、高卒初任給どころか、大学生のバイト代のような収入になってしまうだろう。年金の三階建て部分が多少増えるとはいっても、そろそろ年金を柱にして、それに預貯金を取り崩して、年に数回の旅行や趣味にかかるお金を捻出するという、高齢者らしい生活に入っていくことになりそうだ。月に10万くらいは預貯金を取り崩すとしたら、平均寿命まで後何年だから、などという皮算用をするというのも、つまらない話だなぁ。そんなみみっちい計算よりも、朝に、自分としては贅沢な食事を楽しむ方がよほどいい。
2021.10.27
国会答弁で「未曾有」を「みぞうゆう」と読んだ元バカ総理(といっても何人もいるので誰か分からないかもしれない)が、今度は「平均気温が2℃上がったから、北海道の米は美味くなった」という妄言を、よりによって街頭演説で発し、それを現総理が陳謝したという記事があった。これと「桜を観る会」を身内の講演会であるかのように使った元バカ総理(さっきと別人)が、キングメーカーを気取っているなどというのは、ちゃんちゃらおかしい。それでもこの二人、金と権力はあり、それに群がるバカな与党議員もごまんといるから、現総理もなかなか気苦労が絶えないだろう。ひょっとしたら、国民の平均的政治感情はこんなところではないのだろうか。それで、与党で絶対安定多数をとりそうだ、という情勢分析が一面だ。現総理について、自分はコロナの最初の方で評価していることが一つある。政調会長として、困窮者に30万円という給付案をまとめたことだ。結局、この案は一人10万円を全国民に、というポピュリズムーバラマキ政策に取って替わられたのだが、政調会長案の方がよほどまっとうな考え方だったと思う。別に収入も減らなかったのに10万円もらってほくそえんでいたのは自分たちだけではなかっただろう。その次にやったのが例のアベノマスクなのだから、バカが総理大臣などしてはいけないことが、このあたりで国民にも分かりかけてきたのではないか。そして前総理の会見での説明能力のなさに、皆あきれ果てていたところで、現総理登場となったのだから、自分は世上で騒ぐほど不人気でもないだろう、と思っていた。選挙がどうなるか、今のところ分からないが、自民は微減に止まり、立憲は思ったほど伸びない、というのが昨日の時点での世論調査の結果だ。昨日、BSフジで現首相が出ていたが、この人は説明はまどろっこしく、歯切れはよくないが、慎重でバランスの取れたものの考え方をしているという印象を持った。多分、選挙にも好影響を与えることになるだろう。テレビ的には、これもアタマが悪い前環境大臣とその父親のような、ワンフレーズメッセージを発するだけのバカが絵になるのだろうが、プロレスじゃあるまいし、必殺技のワンフレーズを連呼するだけの政治家には辟易していた。案外、現総理はしたたかで、徐々にバカな与党政治家の影響力を排除していくのではないかと思う。それに比べると現野党第一党の党首は、ワンパターンの批判フレーズだけを連呼し、結局はよくものを考えていない人間に見える。消費税を下げるというが、社会保障を立て直すために消費税を上げる議論をするかわりに、解散を約束した民主党最後の元総理大臣の内閣か党の中枢にいたのではないか。それほど、消費税を上げるのは大変だということが骨身に染みているはずなのに、2年間だけ5%に下げて、また10%に戻すなどという実現不可能な愚策を看板にし、前回も書いたが「一億総中流」などという「アナクロニズム、ここに極まれり」としか評しようのないスローガンを掲げて、政権交代などできるはずがない。「中流」について言えば、現総理は昨日のTVで「中流層を分厚く」と言っただけで、決して「総中流」とは言っていない。それが非現実的な目標であることがよく分かっている。話は変わるが、新聞第一面中央は、現天皇の弟の長女の結婚という話題だった。この件について野次馬的興味がないわけではないが、しょせん他人の結婚の話を批判したり、あるいはどういうわけか知らないが、過度に感情移入して「お幸せに」などと祝意を表したりするつもりはまったくない。この夫婦の尻拭いは、日本にいる間は税金を使って誰かがやるのだろうが、まあ、しょうがないかな、と思う。事実に基づかない誹謗中傷で心的外傷ストレスになったと言うなら、週刊誌を告訴すればいいのに、不要な会見をわざわざ開いて、質問には文書で回答などというふざけたお騒がせは、もうこれっきりにしてもらいたい。
2021.10.27
昨日のBS・TBSの「報道1930」でこの言葉の正確な意味を初めて知った。「ガチャ」とは100円入れて(今は300円とか500円らしいが)、ガチャっとハンドルを回して球形のカプセルが出てくる販売機のことだ。要は、子どもの将来が、親のさまざまな在り方という「運」次第で、決まってしまう、という格差固定の世相を言う言葉である。たいていの場合、親ガチャのハズレ組が自嘲的に使うらしい。言い得て妙なのは、「親ガチャ」という言葉自体が、現代の親子関係の薄っぺらさを含意しているからだろう。子どもの奨学金やバイト代を召し上げてパチンコするような親は最低だし、もちろんハズレである。子どもを虐待する親も然り。しかし、単に貧しく、できるだけのことをしてやりたいと思うができない親も、やはりハズレと思われがちなのだ。この前、室生犀星の『杏っ子』を読んでいて、杏子が付き合っている先方の大店の奥さんが、突然現れて、自分の息子との交際をやめていただきたいと一方的に宣言し、主人公がムラムラと腹を立てる場面があった。しかし、今の「親ガチャ」基準で言えば、断りに来た奥さんの方が「アタリ」なのかもしれない。その主人公も子どもを放任する主義で、しかし金だけはたっぷりと与えている。「今どきは親の愛も金絡みである」と彼は言う。だが、「小説家」などという当時の世間的評価基準では、「怪しい」職業なのだから、彼は「ハズレ」なのだろう。いずれにしても「親ガチャ」基準の第一は経済面である。そこが満たされた上で、それでも子どもを意のままに操ろうとする親は「ハズレ」だと自分は思うのだが、そのあたりは難しいらしい。まあ、操られた子どもが、継ぐ会社や医院があってラッキーと思えば、それも「アタリ」なのだろう。しかし、親子関係というのは、そう単純なことではない。子どもは、親から独立していこうとするのが自然である。しかし、無縁になるわけではない。親子関係を「親ガチャ」としか表現できない人たちは、彼らの結ぶ人間関係自体が、利益だけで結びつく、表層的で、つまらないものなのだろうと思う。高齢化の時代、親子関係の在り方は、人生の時期によって変わっていく。「できるだけ子どもに迷惑をかけないように」というのが、自分の周りにいる高齢者に共通する態度だ。自分たちも基本的にはそうである。その上で、子どもや孫と疎遠になることのないようにはしたい。時々ラインでビデオ通話しながら様子も知りたいし、こちらの様子、例えば妻が「子犬のワルツ」で発表会があるとか、グランドピアノを買おうとしているとか、自分の仕事は来年度から立場が変わるとか、そういうことは知ってもらいたい。お互いに適度な関心を持ちながら、過度な干渉はしないというのが、子どもが独立した後の現代の親子関係の基本的スタイルなのではないか。そういう関係から「親ガチャ」などという貧しく卑しい言葉は生まれようもないだろう。
2021.10.26
昨日、帰りは7時間かかった、無事帰ってきた。いや、道路脇ガードレールにちょっと左を擦ってしまったから、実は車は無事とは言えない。まあ、ディーラーに見てもらって、どうするか決める。凹みなどはなく、擦れた痕だけなので、交換はないだろう。別に放置してもいいような気もする。弓の方は、もうとっくにシーズンはインドアに移った。勤務先も先月末で後期である。悩ましかった特講もあと4,5回で終了だ。「なんちゃって専任講師」というおいしい職位も3月まで。明日、知人に会うが、ひょっとしたら仕事の話になるのかもしれない。考えてみると、何の目論見もなくただ会いたい、というわけでもないだろう。現役でバリバリのころは、よく予備校関係者に誘われた。今、地域で唯一予備校と呼べるところからは、一緒にやらないかとも言われたが、結論をいえばやめておいてよかった。少子化で子どもを相手にする仕事が、みんな斜陽化しているかといえば、実はそうでもない。一人の子どもにうんとお金をかける家は結構ある。しかし、そこで教える人間の労働条件などが、どんどん悪くなっているのは確かだ。学生の塾講師バイトなどは、最低時給に近くなっている。息子が大学のころ、個別の塾講師のバイトをしていたが、時給1200円で当時の東京の最低時給より300円くらい高いだけだった。50年も前に自分がバイトしていたときとあまり変わらない。その当時、日本人の平均年収は300万はなかったのだから、少なくとも450万くらいにはなった時代の息子のバイトは随分とわりに合わないな、と思ったが、今では子どもが更に減って、塾などのバイトなら、飲食よりはよほどラクだし、マシな方だとも聞いている。まあ、仕事もフルリタイアする可能性も含めて、大きく変わるような予感もする。自分としては「教える」ことは、生き甲斐といえば大げさだが、少なくとも価値ある暇潰しではあるのは確かなので、できれば続けたいのだ。やりたくないのは、教える人間を管理することだ。明日、こちらの教えるフィールドが広がるような話であればいいな、と思っている。
2021.10.26
昨日は、七五三で写真館に。打ち合わせなどの間、孫と絵本で遊んでいた。動物やその落とし物を探すというゲームのような内容。これだと時間が潰れる。写真館は、さすがにプロで、孫は笑いながらスナップを何枚も撮られ、また来たいと。娘の着付けに始まり、孫の衣装選びから撮影、写真の選択などたっぷり半日かかった。すっかり疲れたが、最後のひと頑張りで、帰ってから孫遊び。それが自分の役割だ。どうもアイツは自分を友達と思っているらしい。夕方ホテルに帰り、2日連続で、昨夜の居酒屋。今年の年越しは孫らはこられないが、11月の連休には来るよと。孫の希望通り、夜までたっぷり遊べることになる。体力をつけておかないと。
2021.10.25
一昨日、9時過ぎに車で出発し、3時ちょうどにホテルに到着。一般道。途中、メーターの平均燃費は21Lを表示した。多分、これまでの最高。70kmくらいの定速走行が一番いいようだ。道の駅に数ヵ所寄りながら、タラタラ走ってきた。現役のころは、高速で五時間を切るくらいで着いたが、それよりは一時間以上遅い。何をするにしても、効率ということよりは、ゆっくり楽しむようになってきた。6時ころ、ホテルから娘夫婦のマンションに。孫の五歳の誕生日である。孫は、相変わらずよく喋り、よく笑い、よく食べる。寿司をほとんど一人前とアイスケーキ🍰。その後、ちょっとだけ遊んで、明日も来るよ、と言ってホテルに。娘夫婦はたっぷりと広い5LDKを4LDKに改装したマンションに住んで2年目。中古だが、これだけ駅に近い新築なら億ションだ。最上階フロアーを占有している。それでも、自分たちは、ホテルに泊まる。24時間を共にするのは、向こうもこちらも気疲れするからだ。自分たちの世代では、そんなの水くさいと思う人も多いかもしれない。しかし、親子でも、今は別の家族だ。長く付き合いたいなら、相手にもたれかかってはいけない。昨日は、妻はホテルで休養。自分一人で行く。主目的は孫に誕生日のプレゼントを買うこと。着いてすぐイオンに行って、仮面ライダーの何代目かのベルトを。半年くらいで、仮面ライダー何とかと代替わりして、そのたびにグッズが変わり、店先に並べられる。あくどい商売だ。一旦マンションに帰ってから昼食に。焼き肉店。有名店だが、値段は安い。また帰ってから、二時間ほど孫と遊んだ。オセロやカルタ。ほとんど字は読める。結局仮面ライダーより、こちらが楽しいようだ。4時半にホテルに帰り、6時半に駅ナカのいつもの居酒屋に。6月以来。宣言解除まで休業していた。去年メニューから消えていた、銀杏の茶碗蒸しが復活していた。秋刀魚の塩焼き、きたあかりのじゃがバター、みやこカボチャの煮浸しなど、デザートはカボチャプリン。ワインとレモンサワー。10%引きクーポンは持ってなかったが、その扱いにしてくれて、7000円弱。一昨日の寿司、ケーキ、昨日の焼き肉と全部こちら持ちだったが、自分たちの夕食はつつましいものだ。今日は七五三。さすがに今日の食事や写真館の代金はあちら持ち。ゆっくり昼前に出る。
2021.10.24
タイトルの意味は「男女の縁はどこでどう結びつくか分からない」ほどの意味だが、広く人間関係の機微を言い表す言葉として、使用されている。昨日、ヴァイオリンのコンサートから帰ってくると、イエ電に珍しく留守電が入っていた。どこの家でもそうだが、もはやイエ電は、何のために持っているのか、よく分からない。かかってくるのは0120の通販の営業くらいなもので、ほぼ無視している。我が家もやめてもいいな、と思っているのだが、スマホやWIFIのサービスの一環で、「おうちの電話」は500円ですむ。後は今どき使うことは少ないのだが、FAX機能がある。留守電は、先日書いた歌人になった教え子からだった。歌集を送ってくれたので、さっそくお礼の手紙を出し、その返事もいただいていたので、さて何事か、と思っていたら、夜にもう一度かかってきた。何でも彼女が大手塾の講師をしていたころの上司が、自分に会いたがっていると言う。その方には、特進が立ち上がってしばらくの間、仕事上で随分とお世話になった。その後、彼はライバルの大手に引き抜かれ、私立高校の校長になったと聞いていた。教え子の話では、その後リタイアしていたが、また大手塾に戻り、事業本部にいるらしい。「だったら、オレの携帯の番号教えるから、彼にも教えといて」ということで用件は終わったが、その教え子も胃がんで全摘、離婚なども経験し、一人で息子さんを育て上げた、という苦労してきた人生なので、一度じっくり話もしてみたかった。「まあ、そのうちゆっくり話そうね」と言って電話を切った。それから、しばらくして携帯が鳴り、「先生、お久しぶりです」と例の彼から。今は本部だが、来週の水木とこちらに出張だそうで、水曜日にお会いすることになった。「一席設けますから」と言う。コロナでそんな機会はとんとなかったし、コロナ以前も校長を辞めてからは、一介の講師と一席などという人は、普通はいない。純粋に昔話を楽しむためなのか、それとも何か目論見があるのか分からないのだが、そこで国語を教えるのだったら条件次第ではちょっと考えてもいい。最近はどの塾も「個別」を展開していて、受験生も「数学」なら数学だけという単科での指導を望む者も多い。時給4000円くらいにはなるだろう。それ以下なら、今の学校の非常勤の時給の方がいい。もっと責任の重い仕事のオファーなら断る。報酬がよくても、そんなに自分の時間を使って、この先の人生を生きたくはない。まあ、いずれにしても、歌人になった教え子の縁で、久しぶりに昔の知人と会えるというのだから、「縁は異なもの味なもの」なのである。
2021.10.22
副校長の1年目。校長はなぜか、やたら怒りを発散させなくなり、随分と大人しくなった。自分は相変わらず、ずけずけものを言い、変えられるところは変えた。例の教務進路指導部は、自分が部長を兼務した。次の年度で、本来のまともな形に戻すために、校長にも教頭にも教務の仕事の末端をさせた。補欠時間割の作成とか、年間授業日の計算とか、基本の基本なのだが、そういうことに二人ともまったく無知だった。だからカリキュラムの作り方など何も知らない。自分が副校長を辞めた後も、何とかなるようにと考えた。夏ごろには「大分、コントロールが利くようになった」と思い、後1年、しょうがないから我慢するか、という心境になった。ところが、その年の11月、再び理事長から電話があり、次年度から校長をやってほしい、という。話が違うので即座に断った。「副校長でおかしな学校運営を正すというのが役割だったはずです。大分、マトモになってきているから大丈夫ですよ」と言ったが、とにかく年内に一度本部に来て欲しいという。こちらは、人が足らず、その前年から教えだした「倫理」が、哲学畑の人間としては面白く、これは続けていきたいという思いだった。校長などやったら、できなくなるではないか、というのが本音だった。ともあれ、理事長という職制上は学園のトップが来いと言うのだから、行かないわけにはいかない。妻には「断ってくるからね。それでもああだ、こうだ言うなら辞めてくるわ」と言い残して出かけた。この理事長は話は長いが、主要な点は言わない、という狡猾な権力者の側面を持っている人で、「そもそも副校長にしたのは、次の校長というつもりだと申し上げたはずですが」などと言う。「いえ、絶対にそのようなことは伺っておりません」「それなら、改めてぜひお願いいたします。学園発祥の地の学校の存続にに関わる問題ですから」「ですから、現在の校長も大分コントロールは利くようになってきましたし、いくら無能でもトップには修道女、というのがあるべき姿ではないですか。まあ、象徴天皇みたいなものになりますから。そうなるまで、あと1年は必要ですが、任期2年ですから、定年まで副校長のままでお願いします」「いや、やってください」「できません」。押し問答の末、そのまま帰ってきた。実は、これは、やらざるをえないのかな、ということは話の途中で見え始めていた。修道女にまったく人材がいないどころか、それを担える年齢の修道女がそもそもいないのである。また、修道女には、それなりのプライドがあり、東京本部から地方に離れることは、彼女たちには「左遷」であり、これは企業の重役なんかと何も変わらない俗世間的な意識である。それでも、その場で承諾しなかったのは、条件闘争で優位に立つためであった。そのあたりは、自分は抜け目がないのである。結局、一週間後、今度は電話が来て、その時に「引き受けさせていただきますが、それには条件があります。今度伺って、そのご相談をさせていただいてよろしいですか」とあくまでも相手に敬意を払いつつ返答した。「まず、一期3年だけなら、お引き受けしますが、それでよろしいですか」これは自分にとって非常に大事な条件だった。ズルズルと意に染まない仕事を続けて、すり切れて職業生活を終えたくなかった。自分は、授業という現場で、この職業を楽しんでいたのだ。それを副校長の時点ですら奪われつつあった。それが校長で2期、3期となれば、何のために引き受けたか分からなくなる。そもそも60歳が定年なのだが、校長にだけは定年規定がなかった。「次に、教頭以下の人事はすべて自分に一任させていただけますか。また、現校長はどこか他のところで、できれば本部で預かっていただいた方が、ご本人の精神衛生上いいと思いますが、そうしていただけますか」この件は、明らかに精神を病んでいた現校長に対する配慮にも取れるが、要はそういう人間に残られたのでは、仕事がやりにくくてしょうがないというこちらの事情が大きい。現に、そうなって今は少しずつだが健康を回復してきていると聞くから、自分の判断は正しかったのだと思う。また、イエスマンの教頭は不要だと思った。世代を考えて、50代、40代から二人の教頭を置いたが、決してイエスマンではない人間たちだった。ただし、自分と同じく、授業が教員の仕事の中心という考え方は持っていて、授業力もある人間だった。まあ、最初に断ったのは本気だったのだが、そのことで引き受けるからには自分の好きなようにやらせろ、という要求を通しやすくなったことは間違いない。
2021.10.22
各紙の衆院選情勢分析によれば、前総理の時は60も議席を減らすと言われていた自民は、せいぜい-20~30程度で、単独過半数維持となりそうである。公明も、通りそうなところにしか立候補者を出さず、そこを学会が全力で支援するといういつものやり方で、+ー0ということになりそうだ。結果として、与党合わせて最低でも安定多数は維持しそうな気配である。他方、共産党まで含めて野党統一候補を立て、政権交代と言っていた立憲は、さほど議席を増やしそうもない。なぜ、そうなったのか。現総理が、少なくとも前総理と比べると、言葉に詰まって怒り出すというようなこともなく、地味だが、信頼できるという雰囲気になってきていることもあるだろう。元総理二人の傀儡という見方もあるが、どうもまるきり言いなりになっているのでもなく、この選挙が終われば、その二人の影響力も大分減ってくるだろう、という観測もある。コロナが収まっている状況も追い風だ。しかし、それよりも何よりも、立憲の掲げた「一億総中流」というスローガンが、いかにもアナクロニズムなのが、致命的だったと自分は思う。もはや、「中流」は人びとの意識の中では存在しないも同然だ。立憲の支持基盤である労働組合は、加入率を落とし続けていて、「連合」の基盤でもある年収1000万を超える大企業労働者は「自分はアッパーミドルであり、昔の中流とは違う」というのが平均的自己意識である。分断され、非正規に落とし込まれた労働者は、自分が中流だという意識はとうてい持てないし、仮にこの先、正規就労ができたとしても、給与はせいぜい400万とちょっとくらい、平均所得にも所得中央値にも及ばないし、将来の年金額も少ない。「中流」という意識を辛うじて持てるのは年収600万~800万くらいの、サラリーマン家庭ではないか。例の老後2千万円問題で、クローズアップされた年金生活者は、大半が月20万以下の年金所得しかなく、この先年金が増えるなどということは夢にも考えられない。もし、2千万円以下の資産しかなければ、間違いなく「下流」であり続けるし、300万程度の年金と3千万円以上の資産があって、初めてやっと「中流」の生活を維持できるのが関の山だ。団塊世代の一部を除けば、年金が月15万くらい、というのが平均的なところで、それは「生活保護給付+α」というほどの額であり、医療や介護保険を考えれば、「健康で文化的な最低限度の生活」をぎりぎり送れるかどうかというラインだ。こういう分断された状況の中で「一億総中流」という政策は、まったく現実味をもつことができない。金融資産課税で、大金持ちから税金を取って、福祉に回すとしても、その政策で実現するのはせいぜい生活保護申請が認められやすくなる程度のことだろう。その政策で、非正規雇用が正規雇用には変われないし、年金生活者の手取り年金は一切増えない。「一億総中流」は、高度経済成長の結果、人口ピラミッドの分厚い団塊の世代がまだ30代だったころ、「狂乱物価」と言われながらも、給料もベースアップし続けて、車も家も「ローン」で購入でき始めた70年代の始めの状況である。それから50年を経て、団塊世代の勝ち組は比較的豊かな老後を送り、負け組は年金だけではやっていけないのでいくつになっても仕事をやめることができないという状況の中で、「1億総中流」という言葉はいかにも空疎である。東大など、上位大学の学生で起業するものは増え、成功すれば20代で億を超える資産を持つことも不可能ではない。彼らも「一億総中流」などというバカげた政策を支持しないだろう。実現するかどうかは別として、若い世代の夢は「上流」であり、決して「中流」ではない。では、現在「中流」という自覚がある現役世代はどうか。年収600~800万。夫婦共稼ぎ。子どもは一人だが、晩婚で大学卒業するころは、自分たちは還暦である。30代で購入したマンションのローンは35年で、70歳まであるが、60歳以降の返済見通しは全然立っていない。退職金で一括返済するしかないとは思うが、その退職金が今のように出るのか分からない。とりあえず今の生活には困らないのだが、10年後、20年後、果たしてどうなるのか。それが「中流」の実態であれば、誰も「中流」に憧れを持たない。かくして立憲の掲げた「一億総中流」という実現しようもない公約は、実現したとしても喜ぶ人間は誰もいないから、誰からも支持されない。それを看板にすればするほど、衆院選は現在の情勢分析よりもさらに悪化して、立憲は惨敗に近くなるだろう。
2021.10.21
昨夜は、特講の後、夜間では初めて高速を使い、帰りがけに射場に。薪ストーブが消えているのを確認し、ドアを施錠して帰った。8時に特講が終わり帰宅は8時半。コンビニにも寄ったが、ほとんどいつもと変わらない。やはり高速は速い。合流地点が二車線になっていず、後ろから来ると厄介なのだが、ガラガラだった。反対方向はそこそこ走っている。帰ると、妻がパンプキン・ポタージュを作ってくれていた。ほぼ2年ぶり。小麦粉と塩にバターを少しずつ溶かし込み、ポタージュを作り、カボチャを裏漉しして加えていくという手のかかる料理だが、妻も自分も好物である。久々の味だった。大体、スープ系の料理は好きで、ビーフシチューや鶏のワイン煮なども、妻の得意料理の一つだが、いずれもコトコト煮込む時間が必要な料理だし、圧力鍋ではちょっと違う味になってしまう。そもそも煮えるのは速くても、蓋を開けるまではしばらく放っておかなければならないので、そう速いわけでもない。半日かけてコトコト、あるいはゴトゴトというのが鍋料理には必要な時間なのだ。昨日書いた記事で、木曜日は弓でも、と言ったのは勘違いで、木曜日はヴァイオリンのコンサートだった。14時の公演なので、昼休みをゆっくりとって出ればちょうどいい。ということは、弓は木曜日午前10時までやって、そこから出勤ということになるか。今日の「健康麻雀教室」もどうするか、1時半ころから参加可能だが、メンバーがあまり強くないので、どうだろう。麻雀をしながら、オバサンたちの茶飲み話をたっぷりと聞かされることになる。麻雀自体はあまり面白くないのだが、そういうお気楽な場は嫌いではない。
2021.10.20
今日から3日間の仕事は、通常運転。何も減らないし、何も増えない。3年の小論文指導は、そろそろ一段落である。昼休みもゆっくりと弁当が食べられそうだ。今日は、4,5時間目+特講。例によって6、7限目にいったん帰宅して、昼寝を。明日は2,3,4時間目。2時間目は教科会。もう自分の入試問題は作成済みだが、観点別評価が次年度から高校にも導入されるので、その議題。まあ、どうでもいいではないかと自分は思うのだが、制度が変わると興奮するアタマの悪い人間はいつもいるのだ。それよりも授業評価の観点を変えたらどうかと思う。朝、車をディーラー持って行ってもらい、スタッドレスに交換して昼には持ってきてもらう予定。弓など降ろしておかないと。明後日は、3,4時間目。昼食は家で取れるだろう。今日はこれから、弁当を作り、昨日整形で風呂に入ってないのでシャワーを浴び、ついでに洗面所とトイレに電気ストーブを設置し、玄関にも小型ファンヒーターを。ついでに、旅行準備の前に冬物衣類を少し出しておこう。なにしろ七五三で写真に収まるから、スーツが必要。最低気温は10℃以下なので、コートも必要だ。できれば、スーツケースにもモノを詰めておきたい。金曜からの旅行だが、そうするのは、今日と木曜日は弓にちょっと行きたいし、水曜日は健康麻雀教室にも行きたいからだ。何だか、生活の芯が3つになって忙しい。
2021.10.19
自分がいわゆる「管理職」を経験したのは、58歳から62歳までの4年間。教頭3ヶ月、副校長9ヶ月、校長3年、学園理事3年である。公立校なら、大体は50歳で教頭、55歳で校長だから、そこから見ると遅い。例の会議は、全体の中で本学がいかに赤字が多いか、という説明に終始した。何だかよく分からない説明だったので、いくつか質問をしたが、校長、教頭以下押し黙ったままである。結局、校長は下の者には傍若無人なパワハラまがいの発言を繰り返すが、上にはからっきし弱い。修道会という独特のヒエラルキーの中で、今までもそういう姿は垣間見てきたから、別に驚きもしなかった。こちらは、別に恐いものなど何もないから、生徒が集まらなくなってきた理由、何をどう変えれば少しはマシなのか、という議論をしたし、数字のない説明は、まったく理解できない、一体本校としての資産はどのくらいあり、1年でどれほどの赤字があり、このままいくと何年で資産が尽きるのかを示してくれ、とごく当然のことを要求した。教育の問題はお金だけではもちろん語れないのだが、お金を無視して語ることは無意味である。それは家庭教育でも、学校教育でも同じだ。特に学校教育なら、好きなことに無尽蔵にお金を使うことは許されない。その辺は、宗教法人立の学校は特に難しい。全世界的な修道会全体の姿は、バブルのころまでは日本で稼いだお金をアフリカの最貧国で学校を建てる資金にしたりなど、いろいろなことがあったろうが、今や、日本はお金を稼ぐことができなくなりつつある状況になっていた。理事会は銀行の退職OBを事務局長として受け入れ、少なくとも日本の各校が赤字が出ない体質にもっていくことが喫緊の課題となっていた。自分はさらに、本校がいったい何人の入学者を確保すれば、存続していけるのかについても、質問した。「まあ、定員を確保できれば」という極めて曖昧な返事に対して、地域で定員を確保できている私学は一校もないこと、15歳人口は過疎化、少子化で減り続けていることを数字を挙げて説明し、およそ定員確保というのは現実味のない課題である。幼稚園、中学校、寮を含めた学校経営の肥満体質を何とかしないと、到底無理ではないか、という意見を述べた。また、すでに私学助成は定員に対してではなく、入学者実人数に対してであり、私立校の実質的無償化に政策は動き出しており、数年経てば、特待生という授業料免除制度で生徒を集めてくるのは難しくなるだろうという意見も述べた。その会議は3時間ほどで終了したが、おそらく各校でやったヒアリングで、これだけはっきりとモノを言う人間もいなかったのだろうと思う。修道女は不快だったろうが、一般の理事たちはえらく気に入ったらしく、とにかくあの人を管理職に、という話になったのだろうと思う。歴代の校長へのヒアリングもあったろうが、教科指導の力などについては誰も否定しようがなかっただろうと思う。結論は、自分を副校長にということだった。理事長からその旨電話があり、本部に出向いた。「何をやらせたいんですか。例えば教務進路指導などというバカげた部門を作るような現校長の暴走を止めろということですか」と聞くと、否定はしない。「そういう話なら、定年まであと2年ありますから、最後の仕事と思って引き受けますが、定年後は元の国語教員に戻してください」ということになった。ところが、就業規則の中に「副校長」の地位規定がなく、7月の理事会までは「教頭」という職分になった。が、教頭の仕事は一切しなかった。すっかりやる気をなくして腐っている校長の代理をほぼ勤め、校長会にも顔を出し、いろいろなことをやった。
2021.10.19
今日は、2時半ころから1時間ちょっと、インドア射場に。切る射、切れる射、FATBOY、トライアンフ、20-12、カスケード青、黒……いろいろと試したが、結論は出ない。まあ、最初の試合まで後2週間はたっぷりあるから、まだインドアの射は決めなくてもいい。ただ、最低条件としてインナー9が常に射てる射であること。インナー9というのは自分が勝手に作った用語だが、要は9点のラインに掛かったものはアウター9。つまり9点でもギリのはダメということだ。とにかく、最初はそこを目指すことにした。そのうちアウター10を最低ラインに出来れば、もう一度勝てる日もあるかもしれない。明日も出勤前に1時間ほど射つ予定。
2021.10.18
弓に限らず、北国ではいろいろなことがインドア中心になっていく。元来、アウトドア派ではない。家で何かしている方が落ち着く性質だ。車はSUVだが、まあ、名ばかり、である。キャンプとか車中泊とか、山深い別荘とか、まったく興味がないし、そんなことにお金を使うくらいなら、安くてもいいから清潔なホテルに泊まって、街に美味しいものと酒を求めて行くのがいい。特に、寒いのは、北国育ちなのに苦手だ。今年も、昨日エアコンだったのに今朝はストーブなどということが度々あった。断熱性能もたいしてよくない古家住まいだから、灯油代は盛大にかかる。一番寒い時期は、月、4~5万だろうか。だからといって、家の中を18℃とかにしたくない。やはり24℃くらいはないと、快適ではない。集中暖房ではないので、トイレや風呂など、自分たちの動線は電気ストーブやファンヒーターを置いて、20℃は切らないようにしている。全部で6台のFF式ストーブがあるが、子ども部屋等を除いて、常に2~3台は稼働している。昨日の薪割り。年々、体にこたえる。自分だけでなく、みんな一つずつ歳を重ねている。いつまで、フィールドの準備や、薪割りができるのか。市のアリーナは借りられるが、半日で5000円もかかる。たかだか、3人くらいの人数では負担が大きいし、そもそも防矢ネット、四脚設置など準備が大変だ。まあ、今シーズンは少なくとも今のインドア射場があるし、薪もシーズン分は割った。今季から好きなときに行ける状態になった。車で5分。何なら弓を置きっぱなしにしていてもいい。とにかくいろいろな意味でインドアシーズンが始まる。水曜日にタイヤ交換。
2021.10.18
今朝は30射のみ。眼目は、カスケードの「切れる」射。どうやれば、切れるのかいろいろ試したが、全然答えがでない。まあ、それは悪いことではないのかもしれない。トリガーレスでも、ある程度「切れる」タイミングは予測でき、予測できれば緩む原因になる場合もある。身体を目一杯伸ばすことが必要条件であることは確かで、今朝は寒くて縮こまってしまったかもしれない。しかし、インドアはいつでも基本的には寒いので、射つ前の準備運動が重要になってくる。
2021.10.17
自分は4代の校長の下で働いたが、それぞれ欠点があり、十分逆らってもきた。最後の4代目は、これはもう人間としても最悪の修道女で、気分屋で頭が悪く、他人の助言を聞かない、何かというと怒鳴りまくる自己抑制の利かない人間だった。キリスト教はこんな人間でも救うのだからエラい。しかし、いくら修道女が枯渇していたとはいえ、こんな人間を校長にしてはいけない。まあ、いずれにしても校長、教頭、事務長などの管理職はずっと修道女だったし、こちらも管理職になるとは夢にも思わず、勤めていた。一般教員は教務部長とか進路指導部長とか、部長になるのが、まあ、管理職と言えば管理職だが、それも大体は年功序列的に決められていて、早くて40代、平均的には50代で定年までの10年弱をその立場で勤め担任からは免除される、というのが職場の不文律だった。ただし、ダメな教師はどこまでもダメであり、一つの部署を任せられない近い年齢の教員はたくさんいた。50代の半ばくらいで、一般の教員が教頭を務めることが始まった。三人の教頭は、教務をまったく知らない教頭で、極めて非常識な人事だった。学校運営の中核は教務であり、それが学校の姿を決める。しかし、一方でたいした成果も上がらない部活動、一方で本来は事務方がやるべき募集活動が学校の中心であると勘違いしていた教員は多かった。両者に共通するのは、学校教育の中心である授業の軽視、ないし無視である。自分は30代の後半に進路指導部長になり、随分と早かったし、それ以降、担任も3年特進以外、やっていない。そういう意味では異例の扱いで、随分とやっかまれたのだが、別に気にもならなかった。それから教務部長、入試委員長などえらくこき使われた。私立なので入試対策とは募集対策のことで、あちこちの中学校に顔を出し、入試説明会などを企画し、とにかく多忙で授業時数も一桁に落としてもらわないと、とてもできない仕事である。地方会場も開拓し、あちこちの説明会で人が溢れた。市内で一番受験者の多い学校になった。授業嫌いな同僚の多くには、それも面白くなかったのだろう。こちらは、逆に授業をしたくてたまらなかったので、フラストレーションは大きかった。最後の校長がバカなことを考え、わずかな手当を惜しみ、部長の数を減らそうと思ったのか、教務進路指導部長などという役割になった。学校というところの実務を何も分かっていない証拠である。名刺を出すと、みんな一様に驚き、「それは大変ですよ。聞いたことがない。無理ですよね」と同情された。土台、一人の教員がこなせる仕事量ではない。よほど断ろうと思ったが、まあ、自分は両方やってきて、どうやればいいかは分かっているので、面倒な役回りを引き受けた。それが、定年の2年前。まあ、散々してきた尻拭いの最後だろうと思っていた。その校長の時代、学校はどんどん生徒が集まらなくなり、同窓会と揉めたり、さまざまなことがあった。教頭は、修道女不足で一般の教師からの教頭で三人目になっていた。三人とも典型的なイエスマンだった。特に、あの校長によく逆らわないでいられるもんだ、と思っていた。自分はその校長には徹底的に不服従だったから、自分に声などかからなかったし、かかっても断るつもりだった。あんな人としてダメな校長も初めてだった。精神的に幼かったし、極度の劣等感から攻撃的人格を作り上げていたから、手が付けられなかったのである。不潔で、多分、風呂にも入っていなくて、そばに寄ると、浮浪者のような臭いがした。最後の数年は、本気で精神病を疑った。やがて、学園本部でも、学校の極度の不振状態と内部の壊滅的状況を知るところとなった。なにしろ、少子化もあったが、入学者が徐々に減り、とうとう二桁にまで落ち込み、市内でも一番下という状況になったのである。そこで、理事長以下、学園顧問弁護士、公認会計士などがやってきて、主だった教員を集めてヒアリングを行うこととなった。学園全体でも、大学の長期低落が顕在化してきたところで、赤字を垂れ流す地方の姉妹校を何とかしないと、という意識が芽生え始めたのだと思う。今思えば、このヒアリングの場が命取りだった。誰にとっての命取りなのかは、いろいろと解釈もあるだろうが、自分は、自分にとって命取りのヒアリングだったな、と思っている。
2021.10.17
9/29 +107.3(2局)10/2 +13.4(2局)10/6 +103.0(2局)10/9 -47.1(1局)10/13 +151.7(4局)10/16 -12.3(4局)というのが、全6回の健康麻雀の結果。順位でいうと、1位7回、2位4回、3位3回、4位1回。15半チャンで7回も1位を取れば、十分だが、昨日はそうはいかなかった。1位に+40点、2位に+10点、3位に-10点、4位に-20点の順位点が付く。有段者という50代、ぼそぼそ喋る40代、ほぼ無言の20代……まあ、年齢は推測なのだが、全員男性。捨て牌が速い。水曜日のBGMに合わせて唄っているオバサンたちとは明らかに腕前が違う。ダマテンが多く、リーチのタイミングもみんな絶妙だ。例によって一回目は様子見。とにかく放縦のないようにしたが、思いもしなかったダマに一度放縦。上がったのは安い手を2回。-16.4の3位に沈む。もう少し積極的にいかないとこのメンバーでは勝てない。2回目は様子見もしながら、しかし勝負手では降りないという打ち方をした-4.5でやはり3位。原点を保っての3位は痛い。3回目、倍満を一度上がりトップ。やっと勝てた。4回目は16時で時間切れで南2局まで-8.7の3位。まあ、この局はどうなるかは分からない感じだった。スピードがあって、相手の手を読みながら打つのが、やっと3局目あたりからできるようになった。手出しなのかツモ切りなのか、手出しの場合、どの部分から、いつどういう牌を捨てたか。そういうことを、少なくとも1局の間中は観察して、だいたい記憶していないとなかなかこのレベルには勝てない。4局中、有段者が3勝。自分が1勝。ちょっと慣れてくれば、互角ではないかと思った。多分、土曜日だと間違いなくこの強い卓に入れてくれると思うので、基本は土曜日、妻がお花の日は水曜日も、ということにした。どうも、長く続きそうなので、【麻雀教室】というカテゴリーを追加し、これまでの記事もそこに入れ直した。それにしても、土曜日、11時から4時まで、5時間遊んで1500円は安い。大学の時、足繁く通った雀荘もそのくらいだったんじゃないかな。
2021.10.17

12本射ち。中指で離れるのを待つ。二回目でこんな中りになった。最初の7点以外はすべて黄色。10点6本。112点だから、336ペース。しかしよかったのはこれだけで、後は大体は9点平均。いつものアベレージだった。【追記】途中、中指に力を入れるというより、リリーサーを握る親指以外(人差し指、中指、薬指)を少し緩めて伸ばしていくと、同じように「離れる」のが分かる。これは「切る」と「切れる」でいえば、二項対立の中間かもしれない。ちょっと今朝、薪割り前に試してこようかな。
2021.10.16
人生のいろいろなことは、大体はこの3つで決まるのかもしれない。その中で、一番大きいな要素は、と聞かれれば、若いときなら逆説的に「努力」、40代以降なら「才能」、今なら「運」と答えただろう。若いときなら「逆説的に」努力、というのは、自分は本当に努力しない人間だったからだ。そういうと嫌味に聞こえるのは承知だが、努力しなくても勉強はできた。アーチェリーでインターハイ選手にもなったが、遊び半分で始めて数ヶ月しか経っていなかった。大学受験も、大きな教室から自分しか合格しなかったと後で知ったのだが、そのくらいの倍率は別にどうということはないと思っていた。就職も、ほんの腰掛けと思った現在の勤務先に、面接に行く前から、決まっていたようなものだった。だから、「逆説的に」努力なのである。もし、人並みに努力していたら、もっと高収入で社会的地位も高かったかもしれない。が、そういうことにまったく価値を見いだせなかった。職場では、自分なりに「努力」をした。特に「部長」という幹部教員になってからは、学校の姿を全面的に変えるくらい、いろいろなことに頑張った。今思うと、そこまですることもなかったが、地域で最も受験者の多い私立校になるまで努力した。本業の国語、特に現代文と小論文に関しては、もともと「才能」があったのかもしれない。なにしろ中学以来、ほとんど満点しかとったことがない。他の業務が忙しく、初読で教壇に立つこともあった。しかし、それなりの授業の「ストーリー」はすぐに思いついたし、まるでジャズの即興演奏のように、授業を展開していた。他の教師が指導書頼りで、不器用にたどたどしく、しかし、教師だという理由だけで、傲慢に教えることを、自分は、指導書など読まず、器用に、面白おかしく教えていた。古典もやっているうちに覚え、漢文は一番うまく教えられるようになった。授業評価、生徒の信頼度は、圧倒的に高かったし、今もそうだ。定年前後で、やりたくもない副校長、校長、学園理事などをやったときも、ほとんど本部や理事会との戦いに時間を費やした。幼稚園を新制度に載せ、黒字化したし、少子化で長期低落傾向にあった入学者減少に歯止めをかけた。実際、自分の前、自分の後は再び、入学者数は減少していて、自分の時期だけが高い。いろいろやっているうちに地域にそれなりの人脈もでき、自分の頼みなら、と引き受けてくれる人たちも多かった。しかし、今、一線を退き、セミリタイアの身になってみると、そういうことを含めて、「運」がよかったんだろうな、と思う。まず、ポスト団塊という世代で、いろいろなものが逃げ切りセーフだった。少し上の団塊世代なら余計にそうだろうと思う。退職金、年金など5歳上の人たちは、自分よりずっと恵まれているのだが、自分はその尻尾についている年代で、彼らほどではないが、下の世代と比べると、不安なく老後を過ごせる状況にある。今、後期高齢者となる団塊世代は、大体は恵まれた老後を過ごせるだけの資産もあり、後は健康でさえあれば、という状況だろう。自分たちも例の老後2千万問題とは、何とか無縁でいられる。ガンも人並みに罹ったが、ごく初期の段階で、放射線治療で寛解した。これも「運」がよかったとしか言いようがない。その1年前にガン保険に入っていて、一連の治療などはむしろ黒字だった。今でも一般医療保険を含めて、終身払い込み免除になっている。子育ても、苦労はしたが、子どもが自分たちの年金にぶら下がるようなこともなく、息子も娘も職業人として人並み以上に稼ぎ、家庭人としてもうまくやっている。孫も一人ずついて、年に何度か会うのが楽しみだ。会えば、ちょっとしたご馳走をしてやり、孫に何か買ってやることもできる。仕事も、今年度で今の立場を終了し、非常勤となるが、やりたい仕事はやらせてくれるだろう。収入は現在から見て半減するだろうが、年金は増える。もはや、問題は給料ではなく、仕事を通して「自己実現欲求」が満たされることなのだ。何なら、もう少し「副業」で稼いでもいいのだが、よほど条件がいいか、こちらの希望に合うかでなければやらない。さて、今日はこれから最後の朝練。11時からは健康麻雀。来週は娘夫婦のところで孫の誕生会と七五三。楽しいことばかりだが、それがいつまで続くのかは分からないなあ。
2021.10.16
今朝は7時半から9時まで。外で18m。風はほとんどなかったが、最初は10mほどで的を貼って近射。ところが全然中らない。昨日と同じで、この距離なのに8点、7点が頻発する。それで、ふと思いついて、トリガーレスの射ち方、つまりボタンを押し、「離す」のではなく「離れる」のを待つ、という射に変えてみた。これだと、エイミングがどうしても下にズレていく。だが、そこは無視して続けると、赤に外れなくなった。18mで試しに射っても、全部黄色には収まる。矢はトライアンフ。昨日は7点、6点まで荒れた矢である。もう使えないかな、と思っていた。18m30射。56-54-57-57-57=281。いきなり、当面の目標と思っていた280が出てしまった。8点はなしだから、10点11本。9点も縁でギリギリというのはほぼない。それから矢をファットボーイに換えたり、別のカスケードにしたり、いろいろやったが、とにかく赤に外れない。途中で、中指で最後引こうとする意識で、簡単に離れると分かった。最後にNAVIを持ってきて、50mで「離れる」のを待つ射をしてみた。12本連続で射ってみた。ちょっと下気味だが、グルーピングはバッチリだった。「中指」の意識で明日は、アウトドア最終練習にしようかな。
2021.10.15
さて、いつものように4連休が始まった。ざっと予定を書き出すと、15日(金) 朝練、スポーツ協会への助成金事業報告書完成、妻をピアノに送迎し、その間、デパートの全国うまいもの市に。蜂蜜、お茶、今日の晩飯にする牧場の牛づくし弁当を購入。年金受給日なので、帰りがけに、振り込みを変更した銀行に寄って、記帳、確認。確認できた来月には、今までの銀行から定期等を移す。もう貸金庫は移した。今まで、年金振り込みの予約をすると特別金利がつくというのに飛びついて、普段の銀行とは別の銀行にしていたのだが、何かと面倒なので一つにまとめることにした。今や、年金が主たる収入なので、そこがカード等の引き落としや僅かばかりの給与振り込み銀行と違うのは不便だった。16日(土)朝練。その後、男性の強いメンバーが多い日なので、「健康麻雀」に、フルで5時間打つ予定。何でも、誰それは札幌まで段を取るための試験か講習に行っているそうだ。そこまで入れこむのも凄い。そういえば、弓も昔、段位とかいうのがあったそうだが、自分の弓の恩師は10段をお持ちだったと聞く。結局は、アーチェリー連盟の錬金術であり、自分は麻雀だろうが弓だろうが、段位なんてものには興味はない。17日(日)インドア射場を開く準備。一冬分の薪割り。9時から15時ころまで。腰を痛めぬよう、要注意。18日(月)ガンの経過観察で病院に。経過観察といっても、薬(緩下剤と胃腸薬)が切れるので、もらいにいくだけ。胃カメラは来月を予定している。帰りがけに整形。来週は娘夫婦のところで孫の七五三と誕生日、金曜からの三泊四日なので、再来週は整形はお休み。だから、どうしてもその前には行っておきたい。……なんだかんだと結構な忙しさである。まあ、休みの予定を並べて、忙しいなどと言ったら、現役世代には叱られそうなのだが。その後は、来週木曜日はヴァイオリンのコンサート、再来週は元同僚にパークゴルフに誘われたので、一度くらいは、と思っているし、11月になると、インフルの予防接種等々。セミリタイアしても世事の忙しさというのは、いつまで経っても続くものらしい。
2021.10.15
昨日は、インドア射場での指導の日なので、それに便乗させてもらう形でインドア初練習。トライアンフ、ファットボーイ、20-16の3種類の矢を3本ずつ用意して、的紙を貼り、射ってみる。これがなかなか中らない。毎回のように8点、時々7点が出る。狙えているはずなのに、9点でも縁が多い。10点となると、もうまぐれ、という状態。やはり、インドアはいかにフォームを一定化するかがすべてで、そういう身体になるには時間がかかる。50mだと、多少エイミングが揺れることは気にならないのだが、インドアはそうはいかない。やはり、狙って、離すまで、ビタッと止まらなければ、中らないのだと思い知った。今朝は、風は少しあるが、外でインドア練習。
2021.10.15
昨日の「健康麻雀」は、女性ばかり。どうも水曜日はそういう日らしい。先生が気を遣って、自分の卓に入ってくれた。男性でも女性でも、ある程度の雀力がないと、ただの牌集めゲームになってしまい、面白くない。結果は4戦して、1位3回、2位1回。全自動卓の凄いところは、デジタルで自分の持ち点が表示され、相手のも即座に分かるところ。さすがに、これは覚えきれない。ラス前で満ガン以上の差でトップなら、ほとんど勝負にいかなくてもいい。僅差の2位なら、上がりトップ。トップと1万点差で、トップがオーラスの親なら満ガンを積もれば逆転する。直撃なら5200でいい。こういう数字が頭に入っている人が、昔は強い打ち手だったが、今はみんなにそれが分かる。押し引きのバランス。まるで弓の話みたいだが、麻雀もそれが一番大事だ。自分の順位と相手との差、局の進行、配牌とツモの成り行きをみて、勝負の直感を働かせる。具体的には、今の状況で、この手なら、ここまでは押せるが、さすがにあと2回のツモくらいのところで、リーチに怪しい牌を引けば、降りざるを得ない、とか、どうやっても高い手になりそうもないから、早めに上がって局を進めるか、それができなければ中盤以降は降りながら打つとかいう判断だ。昨日一番の上がりは「リーチ、ツモ、ホンイツ、イーペイコウ、ドラドラ」という親の倍満、24000点。もうちょっとで四暗刻までいけそうだったが、さすがに終盤に近く無理だろうと判断した。後は今まではなぜかなかった「一発ツモ」が2回あった。土曜日は強い人が集まるので、もう一回行きたいところだが、どうだろうか。
2021.10.14
今朝は先ほど起床し、昨日の残りのカレーを食べた。これから、外の射場に行く気にはどうもなれない。10時には出勤だし、まあ、やることは結構あるのだ。その中の一つが、インドアへの準備。久々に弓を三階に持って上がり、レストを少しだけ下げて、インドア仕様にする。それ以外は、18mに合わせたピープの位置にするくらいだが、そこはまだ実際に射ってから、ということだ。次の日曜日がインドア準備の一日。薪割りなどやることはいっぱいある。今日を入れてもあと3日、いつもより早いのだが、アウトドアは手仕舞いとした。今日、夕方にインドアは練習生が来るので、こちらもちょっと顔を出す予定。
2021.10.14
昨日は少し早めに出て、1時間半ほどの採点時間を取ったが、それですべて終了した。採点も、作問も自分は非常に早い。珠算は、小学校の時に多分一ヶ月くらい習ったが、性に合わずやめた。だから得点計算は、筆算の暗算である。弓もそうだ。別に記録しなくても36射なら、覚えていられる。根っからの文系で、数学は苦手だと思い込んでいるが、ひょっとしたらそうでもないのかもしれない。大学入試では、4問中1問半答えれば合格というレベルの問題で3問半解いた。古文、漢文はほぼ0点だったから、英語と数学で受かったと思っている。論述問題を一つ出題した。言語論の文章で、高校生には非常に難解なものだった。『猫は後悔するか』というタイトル。結論は、「猫は後悔しない。人間だけが後悔する」である。なぜか。我々は、世界を分節化して見ている。「パソコンが机の上にある」という現実の光景がある場合、「パソコン」「机」という対象と「~の上に~がある」という関係の3つに我々は世界を分けて見ている。ということは「机はパソコンの上にある」という仮想も可能なわけだ。分節化した要素を入れ替えればいい。さらに「彼のパソコンは机の下にあったはずだ」という具合に、眼前にない他の要素を付加し、入れ替えることも可能だ。こうした思考可能性の空間をウィトゲンシュタインは「論理空間」と呼んでいる。「論理空間は、言語による世界の分節化と厳密に同時に成立する」というのがその主要命題である。まあ、以上が6ページほどの教科書文章の要約なのだが、これをきちんと理解して教えられる教師はあまりいないだろう。教科書の最終単元なので、おそらく割愛されるのだが、自分は面白いと思う文章は教えることにしている。この後は記号論、最後は漱石の『私の個人主義』だ。さて、この文章を踏まえて次のような論述問題を出題した。【和歌】思ひつつ寝(ぬ)ればや人の見えつらむ夢と知りせば覚めざらましを【問】上記の和歌において、「論理空間」はどのように成立してるか、問題文を踏まえて説明せよ。(14行)14行だと、大体600字までは普通に書ける。字間を詰めれば1200字も可能だ。和歌は小野小町の有名な和歌で「あなたを思い続けて寝たので、昨夜の夢にあなたが現れたのでしょうか。もし、夢だと知っていたなら、覚めなかったのに」というほどの意味で、「反実仮想」の助動詞「まし」を教える時に、必ず例に引く歌だ。面倒なので、解答例は省くが(気が向いたら別項で)、この問題に30点の配点を振っている。結果は平均点で20点程度。満点が2人だった。最低点で10点。つまり、全員が悪戦苦闘して何とか解答した。もちろん、こんな国立難関大二次レベルの論述問題がいきなり出たら、ほとんどの生徒はお手上げである。事前に問題文、つまり教科書掲載文については十分理解させている。さらに、「今度、こういう問題出すからね。30点分あるから、事前に解答作ってみて。和歌の解釈は~~~だからね」という予告をしたからこそ、こういう結果になったのだ。解答のポイントは「反実仮想」という語法は、英語の仮定法過去に相当し、どの言語にもある。事実に反する仮定、とは分節化した世界を入れ替えることで初めて成立する。実際は、小野小町は「すでに目が覚めてしまったから、夢の中のあなたは消え失せてしまった」というむなしい気持ちを抱いたのだろう。そこで、「もし夢の中で夢と知っていたら」という仮定を思わずにはいられなかった。「知っていたー知っていなかった」という反対概念を入れ替えることによって、反実仮想は成立する。人間がそう思いたくなるのは、取り返しのつかない「生」への根源的思い、つまり「後悔」の念を感じるからだ。このポイントがどのくらい書けているかが、採点の基準であり、一読して20点、25点、30点と決めていく。15点は、かなりずれながらも辛うじて読み取れるというレベル。そこから、部分的な本文読解の誤りは-5点、日本語としての非文(文にならない)は-3点、誤字は-1点というように減点していく30名中2名が満点というのは、自分としては最高の評価に近い。よく頑張って理解したな、と褒めてやりたい。この部分にほぼ45分の採点時間を要した。まあ、ちゃんと仕事はしてるんです。
2021.10.13
基本的には50m練習でいつもスコープを立てているのだが、今週は(と、今日も朝練に行く気満々)、ノースコープでいこうと思っている。自分の視力では、50mでは何点に中ったのか分からない。もちろん7点以下の酷い外れは、大体分かる。分からないときもあるが、多くは下がったときだ。スコープを立てると、結果(何点に中ったか)ということばかりに意識が捕らわれ、その分、どう射ったかという身体の感覚に鈍感になる。「ズル射ち」が増える。つまり、中りを求めすぎて、正しいフォームの構築という、練習本来の目的を忘れがちになる。そんなことは何年もやってきて分かっているはずなのだが、今まではそれができなかった。昨日は60射くらい。ノースコープで。7点、6点も出たが、我慢してエイミングを改善して行くにつれ、なくなってきた。最後は1本だけ9点を少し外すレベルになって終了。3つあるカスケードの中で、どれが一番安定するかも、今週見極めたい。青、灰、黒の中で、黒は押す深さが一番深い。青は、浅いが時々だが引っかかる感じがある。トリガーレスのように射てるが、昨日はそれをやってみたら随分荒れた。灰は、弓友に譲られたものだが、基本的には青と同じはずなのに、トリガーレス射ちはできない。カスケードは、自分で調整するのが難しく(説明書では厳禁されている)、何台か持っていて、合う一台を見つける人が多い。結局、カスケードに見切りをつける人も多く、おそらく日本中に何百台かのカスケードが死蔵されている。現在は製造されていないので、この三台とあともう一台の黒(これは引っかかりがあって使っていない)は自分にとって貴重な財産だ。前回の試合では青。しかし、黒も灰も中りはそう極端に違わない。相性のいちばんいいものをインドアの最初の公認までに見つけたい。フォームに集中していたら気づいたこともあった。バックテンションとは後方への引き、背中の筋肉の張り、というほどの意味だが、引き手である左の肩甲骨をどこで最後に使うか。今まではエイミングの前だった。つまりエイミング自体は腕で方向付けをしていたのだが、エイミングを何とか肩甲骨を意識して、その動きで安定させられないかを模索した。まだ、十分な結果が出るほどの練習量ではないので、今週試してみたい。
2021.10.13
今週はお休み、と書いた舌の根も乾かぬうちに、またぞろ、朝練に行こうと企んでいるのは、我ながら、「弓バカもここに極まれり」というところだが、最近は昼寝が長く(昨日は午後一杯寝ていた)、朝4時半には起きてしまったのだから、しょうがない。いや、しょうがなくはないか。「ズル射ち」を何とか修正することが、今週の目標である。でないと、インドアでも10点を狙い、射抜く射なんてできないだろう。今週は、朝は結構、無風が多いのだが、何せ寒い。6時、7時の気温は一桁だ。これが8時になると15℃くらいになるから、今日の練習は8時から10時前まで。そのまま出勤して、テストが上がるのが10時。1時間半ほど採点の時間が取れる。それから、TTで1年、昼食を挟んで2年現代文。特講はテストだからない。帰宅後も採点か。3年の前・後期制だけは、夏前に前期を終えるようになっていて、9月に前期が終わる1,2年とズレる。これも自分が教務部長時代に考え出したやり方で、圧倒的に推薦入試希望者が多いうちのような学校では、夏前に前期評価(これが3年の評価として調査書では扱われる)を出しておくことは極めて合理的である。夏休みに、どこの推薦を受けるか、保護者とゆっくり話せ、という指導が可能だ。それで、テストは持ち帰り、残りの採点をして、明日は9時出勤だから、練習なし。朝に採点を終えたい(終わっていれば、一桁の気温を覚悟して行きそうな気もするが)。妻が月に一度のお花の日なので、あまり早く帰宅しても身の置き所がないので、健康麻雀に。メンバーはきっと緩いが、楽しみだ。木曜日は、3,4の授業だけで、終了。当然朝練。10時まではできる。金曜日は、妻のピアノの送迎の間に、デパートに行って「全国美味いもの展」。いつもの沖縄の蜂蜜と夕食の弁当を買ってくる予定。土曜日は、強い人と打ちたいから、再び健康麻雀。今回は3時まではやりたいが、どうだろう。日曜日は、例年のように、インドア射場準備のための薪割り。来週、金曜日には娘の孫の七五三。娘の着る着物一式を持って、車で。三泊四日。インドアの最初の試合には出られない。インドア公認初戦は、今のところ11月21日になりそうだ。二泊三日の遠征となるが、ちょっと一般道はきつい。
2021.10.12
昨日のFITAはそれでも何とか2位で、賞品をもらった。六花亭の「いつかきた道」という新しいお菓子で、サクサクのパイ生地で、檸檬クリームを挟んでいる。大ヒットしたマルセイバターサンドとはまた違う味わいで美味しい。地元にも、そういう新作洋菓子を出す有名店はあるが、どこかアカ抜けしていない上に、値段は高い。そして例年のことだが、副会長が打つ手打ちそばが参加者全員に。昨夜はざる蕎麦+海老天+さつまいも天でいただいた。今年の蕎麦は一段と美味しかった。その他に、自家製ぶどうと林檎ジャムも先輩会員から全員に。去年はインドアの賞品がカップ麺13個だかで、閉口したことがあったが、今年は賞品のセンスがいい。試合の間、妻は徒歩10分の、息子の嫁さんの実家に。そこで葉の大きいレタスと、ベリーリーフをいただいてきた。今朝は、それでたっぷりのサラダを二人前作った。トマト、胡瓜、サラミソーセージ、ハムを加える。アボガドはちょっと早そうなので、次の時に。ドレッシングは、キューピー・レモン・ドレッシング。ドレッシングやサラダソースに凝る人も多いが、我が家はもう何年も前からこれに決めている。あっさりしていて、素材の味が生き、飽きがこない。そういうわけで、「射」への反省は大きいのだが、最後の大会はとても楽しかった。
2021.10.11
最後の試合、FITA900。練習の感じでは850はほぼ大丈夫、と思っていたのだが……60m 26650m 27940m 290というわけで、835止まり。去年が800だったから、幾分は進歩したのだが、反省は多い。まず、試合独特の緊張と点数への欲から、ズル射ちに走ってしまったこと。最初のエンドで思わぬ7点を射ってしまい、そこから。60mは50-53-54-55-54=266という結果に。これは何とかしないと、という焦りは当然のように、射を歪めていく。左下8点くらいから、最後の引きを開始し、ちょっと10点よりに動き出したところで離す、という「ズル射ち」。目指していたのは、10点を狙い10点で離すという「正直射ち」なので、その点は完敗だった。最後の40mは56-58-58-58-60=290で、60点で締めくくれたのだが、矢は右の10点の縁、左下の縁とグルーピングなどとお世辞にも呼べない状態だった。さて、インドアこそ、あの狭い10点を狙い、10点を射抜く「射」を。今週はテストの採点や、弓の事務局の仕事、健康麻雀など、いろいろあるので、木曜日までは弓はお休みということにした。
2021.10.11
昨日は草取りをいつもの方にお願いし、自分は遊びほうけていた。麻雀から帰り、妻と海外ドラマを見ていると、突然、30年前の教え子が現れた。近所なのだが、親の介護を今、姉がしていて、たまに様子を見にきたついでに寄ってくれたらしい。あまり、勉強はできなかったのだが、私立の看護短大(当時)に推薦で何とか入れこんでやった。今はその病院で管理的な立場になりつつあるようだ。札幌に帰る途中、寄ってくれたということで、玄関先で15分くらい話しただけだったが、草刈りの人が、終わったのをなかなか言えず、困っていたのを機に、車で帰っていった。聞けば47歳、という年齢で、数年前同期会に顔を出したこともある。特進の5期生で、そのころの生徒はよく覚えている。まあ、何とかコースカリキュラムや講習の体制が整備されたところで、彼女らの卒業後、進路指導部長になり、担任業務も疎らになっていった。今、その中の一人の娘が1年生にいて、TTだが、教えてもいる。あいつらが47歳なら、こっちも歳を取るわけだ。夕方、息子から荷物が届く。今回、共同執筆した児童・幼児教育の教科書的な論文集。息子は二章分を担当していた。読むと、いつのまにか達意の文章が書けているではないか。ちょっと驚いた。学習指導要領の言葉の領域とノンタンシリーズなどの絵本を絡めて書いている。夜、電話すると家にいて、孫娘の食事中。2歳と6ヶ月、かわいい盛りである。元気そうで何よりだ。息子がクループで入院したとき、一晩一緒にいて、ノンタンカルタをした。「ノンタン、ノンタンぶらんこ乗せて」と読んでやると、点滴の板をつけたまま弱々しい声で「あい」と手を伸ばして札を取っていた。それが、今やノンタンの物語の構造とその教育的意義などを論じているのだから恐れ入る。息子も36歳、准教授。最近は幼稚園の先生や管理職を相手にした講演依頼が多いらしい。何だか知らないうちに、教え子も子どもたちも立派になったもんだ、と思う。親業も教師業も終わりが近づいている。
2021.10.10
このところ、本当によく狙えている。弓の垂直を意識した途端にそうなったのだが、何でだろう。一つは弓の垂直を保つために、体はちょっとそった感じになっている。それで、まっすぐ立つ、という射の基礎基本ができるようになった。もう一つは、やはりカスケードという特殊なリリーサーに負うところもある。今は、フルドロー→アンカリングの動きで、弓の垂直を意識し、実現する。アンカリング→エイミングのところで、ど真ん中につけ、さらに引く動作に入りかけてから、カスケードのボタンを押す。暴発予防の意味もある。押してから、よっこらせとエイミングしようとするとその瞬間に離れてしまい、畳の下に、というのがあって以来、そうしている。後はさらにドローイングしつつ、真ん中を狙い、ボタンを離す。止めて離すと緩むが、引きながら離すと緩まない。昨日は60m大的で60が一度、59が一度。文句ない中りだった。やっと狙って中てることができるようになったので、2年以上続いたターゲットパニック克服日誌は今日で最終回にしたい。
2021.10.10
少しハマりだしている「健康麻雀」。昨日も11時から2時まで。2時以降もヒマだったのだが、どこかで区切らないとズルズル遊んでしまうゲームである。清朝が傾いたのは、阿片と麻雀だという話があるが、それも分かるような気がする。男性3人。配牌はこのところずっとよくない。なかなか聴牌までもっていけない。昨日の三人は手強かった。みんな一度降りたように見えて、回して、回して、また聴牌にもってくる。自分の打ち方と似ている。放縦は1回だったが、親被りや、ノーテン罰符の一人払いなどで、どんどん点数がなくなり、もう少しでハコテンだった。流局が多く、上がりもあと二、三巡のところでのダマテン、しかも高い点が多い。2局目も手は相変わらずこない。リーチで2度競り負け、また点箱が寂しくなってきたが、2時を回り、これで自分は抜けるという最後の局。南2局。メンタンピンツモドラドラのハネ満を上がり、何とか3万ちょっとに戻したところで交代。まあ、自分で決めた時間で、昨日は混んでいて、待ちの人もいたから、あと2局、オーラスの親もあって、ほぼトップと同点、というところで交代。だから逆転トップの目もあったのだが、しょうがない。やっと対局者の癖のようなものをつかみかけたところだった。これは、土曜日の方が強い人もいて面白いな、と思った。
2021.10.10
8時くらいに射場に出かけ、明日の試合に備えて仲間も数人は来ているだろうから、お互い冗談半分の話を。レベルはいろいろだが、弓仲間には、共通の話題があるから、それだけで楽しい。11時にオープンする健康麻雀に、今日は最初から参加する予定。土曜日は男性が多いと聞くので、少しは強いだろう。1時半まで2時間くらいは打ちたいと思う。帰宅後、遅い昼食にして、最近ハマっている「GOOD DOCTOR」を妻と見ようかな。自閉症の外科研修医のビルドゥンクスロマン、成長物語。医療系の海外ドラマはこれまであまり見ていなかったのだが、これはなかなか面白い。自閉症なので嘘がつけず「You're dying(あなたは死にます)」とか、明るく言ってしまう。まあ、そんなこんなで、遊びの日々だが、昼食用サンドイッチはもう二人分作ったから、後は来週の試験の解答を書き、弓の事務局の仕事もちょっと。平和な一日である。
2021.10.09
昨日のコンサートは地元の音楽協会主催。そこの主だったメンバー、つまりピアニスト、声楽家、マリンバやフルート、サックスの奏者などが一同に会しての、いわば「発表会」だった。例えば、ピアノ教室の発表会は、大体年齢順で、曲目も段々難しくなり・・・という「構成」があるのだが、先生方の発表会となると、どこで誰が出演するかというのも、権力関係が働いたりするのかもしれない。最初の合唱のメゾに教え子が出ていたが、ソロを取ることもなかった。伴奏を一度だけ。合唱自体は、いいハーモニーを奏でていた。妻のピアノの先生は、前半の休憩前。寄席で言えば、中トリという役割で、大トリに次ぐ位置である。ストラビンスキーの『火の鳥』。超絶技巧の曲で、ノーミス。しかし、本人が終わってホッとしている表情が、遠目でもはっきりと分かってしまう。「ボクちゃん、難しい曲をよく頑張ったね!」と褒めてやりたい感じなのだ。あえて言うと、伝わるものは、それしかない。つまり、音楽的感動がない。まあ、それでもよかった方で、二番目に出たソプラノソロは酷かった。声量が足りず、声は割れて聞こえる。何でこの人を出したのだろう。同じく酷かったのはピアノデュエット。何だかギリギリ間に合わせました、という仕上がりで、そもそも何かを伝えたいという気持ちが感じられない。最後のサックスとピアノ伴奏は、さすがによかった。サックスは多分クラシックじゃない人で、ピアノは芸大出身の、地域では最も有名な人。伴奏は出過ぎず、しかし、出どころは、しっかりと聞かせている。サックスは、きれいな音で、十分にメロディアスだった。まあ、自分の好きな曲だったのだが、さすがに大トリである。そんなわけで、『玉石混淆コンサート』というタイトルをつけたくなるような二時間だった。いくら低額とはいえ、入場料を取って、客を入れ、しかも出演者はみな「先生」と呼ばれるプロなんだから、出演者の選定、構成といったことを、もう少しシビアにやるべきだな、と思った。
2021.10.09
練習後、いったん帰宅し、たらこスパゲティとピザで昼食。冷凍食品だが、いつものように一手間加えて、美味しくいただく。その後、ディーラーに。いつものオイルやエレメント交換はあらかじめパックで払っているが、エアコンフィルターとディーゼルの煤落としなどの効果剤が1万弱かかった。リアのブレーキパッドとディスクもそろそろ交換時期ということだが、こちらは次の点検時ということにした。その時は夏タイヤも新品にするので、いっぺんにした方が気持ちがいい。パッド、ディスクは4万、タイヤは10万。結構な出費ではあるが、長く乗るためには必要だ。やはり、10年、10万キロ近くになってくるといろいろなものが交換時期となり、点検のたびに+αが発生する。実際は7年、7万キロなのだが、どうせ後から交換するなら早めにと思う。このくらいの出費は想定内だし、それを嫌って車自体を変えればもっとお金はかかるように出来ている。今日はこれからコンサートだが、時間が中途半端でどこかでディナーというわけにもいかず、助六などちょっとつまんでから出かける。
2021.10.08
今朝は、何となく80cmで60,50,40mを射ってみた。実は大的よりこの方がしっくりくるし、狙いやすい感じもするが、面積は半分以下なので、当然点数は出ない。60m 263 50m 27040m 289Total 822 まあ、こんなもんだろう。50mは結局、エンド54、アベレージである。大的なら、60mであと12点の275、50mで285、40mで295なら855でとりあえず目標まで届くが、明後日はどうなることやら。
2021.10.08
今日からいつもの4連休。寝坊と行っても、7時には起きたのだが、いつもより2,3時間遅い。朝練は、そろそろ限界だな、と思った途端にこれだから、人間は現金な生き物である。必要なことはするし、不要となればしない。今日はこれから練習に行く。まあ、それでも十分に「朝練」なのだが、自分としてはそうは呼ばない時間帯だ。午後は車の定期点検とタイヤ交換でディーラーに。半年ごとの点検は前払いのシステムで、タイヤ交換も含む。まだ早いのだが、スタッドレスに換えてしまう。今月下旬、来月と孫のところや、遠征で出かけるので、換えておいた方が何かと安心である。よく、スタッドレスが減るからもったいない、と言ってギリギリまで換えない人もいるが、そうなのかな?と思う。少しはタイヤがすり減るとしても、制動距離は普通の速度ではそう変わらないし、減るというなら夏タイヤだって減る。そもそも安全に関わることだから「もったいない」といって事故に遭うのは、それこそ「もったいない」。タイヤ交換は、とっくにディーラー任せで、自分ではしない。特に、今の車は夏19インチ、冬17インチのタイヤで、とてもじゃないが持てもしない。車庫に保管場所はあるが、タイヤ自体も預かりで、年間7000円ほどかかるが、必要経費だ。夏タイヤは今季までということだった。新しくするのに、来年は10万近くかかるかもしれない。それでも、今の車は気に入っているし、少なくとも70歳までは乗ろうと思う。後は、また小さい車に。それで最後かもしれない。夜は、妻のピアノの先生を中心にした地元の音楽家のコンサート。ピアノ独奏のほかに合唱などもあり、自分の若かったころの教え子も合唱の方で出る。久々に会えるかもしれない。妻は、季節に合わせて着物の柄をどうするか、ここ一週間悩んでいた。娘と息子の嫁さんが七五三で着る着物を送ってやることにしている。全部、母の遺したものだが、まだ着ていないのがある。今日はそれを着るそうだ。
2021.10.08
一昨日の特講の漢文で「~~~耳。」という限定・強意の「のみ」について教えた。「これ、音読みは[ji]だよね。だから、同じ読みの『爾』とか『已』も使うし、強意の「而」「也」と組み合わせたりもする。『爾已也』とかね。どっちにしても、読みは『のみ』ね。文末に使うけど連体形接続ね」「で、口語訳なんだけどさ、意外に「~~だけだ」は少なくて「~~だ」でOKの時が多い。そもそも『限定』するってことは『強意』つまり、意味を強めるってことだから」「『~~也』も断定の助動詞『なり』だけど、これも同じ。断定するのも強意の一つ。『~~だ』でしょ?」「ほら、ここ十年くらいの言い方で、何か心配なことがあれば『もう不安しかないです』とか言うでしょ。あれは、限定みたいに見えるけど『すごく不安です』という強意なんだよね」「だけど、あの言い方はオレは嫌い。人間の感情って『~~~しかない』っていうふうに単純じゃないでしょ。ダメだ、と思っても不安しかないわけじゃなくて、ちょっぴりでも期待があるってことない?それを無意識に単純化しちゃっているんだよね。アタマ悪いでしょ?」「まあ、『強意』と取れないこともないから、そのうち違和感感じる人も少なくなるんだけど、今のところは、『大学生活に期待することは?』とか面接で聞かれて、『楽しみしかないです』なんて答えたら、『こいつアタマ悪いね』と面接官のおじさん、おばさんは思うかもね」。
2021.10.07
とりあえず週一回と決めた「健康麻雀」。昨日は三回目。高齢者、特に女性が多いが、昨日は二十代男性が卓にいた。その卓の東一局から。なかなか配牌がよくなく、じっと我慢。やはり若い人は勢いがいい。とにかく聴牌即リーチ。何とか途中で、満ガン一回と後一回上がって2着。これで、前回から三回連続の2着だ。2着でも+1万のウマがあるので、普通はプラスにある。今回は原点プラス3千点くらいのプラスだが、+8.5くらいだった。そろそろ、いい手がきていい頃合い、と思った二局目。起家。対子が多く、ああ、まだダメなのかな、と思い、半ば降り気味にチートイツを作りかけていた中盤、いきなり暗刻が二つできた。こうなると狙いは一つしかない。あと、4回つもれるところで、もう一つ暗刻ができて、リーチ。対面が西をポン。ああ、そうだった。この人たちは、自分の手づくりだけで、降りることを知らない、と、思った瞬間、五万をつもり、四暗刻。1万6千オール。まさか、上がれるとは思っていなかった。結果として対面のなきがラッキーだったが、役満は幾つかの幸運が組み合わさらないとモノに出来ない。その後は、安い手を何度か上がって、局を進め、+8万で終了。ここは、来店で1ポイント、1位で3ポイント、役満で3ポイントつくシステムで、3回目の来店で、1位3回、役満1回で9ポイントついた。まあ、「健康麻雀」だから、どうということもないのだが、役満は定食屋のメニューみたいな短冊に役名、名前を入れて壁に貼りだしている。何だか、凄く強い人と思われたみたいで、こそばゆい。本当に強いメンバーと囲めば、こうはいかない。
2021.10.07
朝も段々明るくなる時刻が遅くなってきている。今朝は、6時ちょっと前だった。それでも、いつもなら、朝練に出かけるところだが、今日はやめておいた。2時間目からの授業なので、9時には家を出なければならない、とすると、7時半には射場を上がり、帰って慌ただしくサンドイッチを作り、予習などもして・・・・。ああ、無理だな、と5時過ぎに起きた時点で判断した。それに起きる前に足が吊ったこともある。これは体が疲れているというサインの一つで、こういう時は無理をしないに限る。もう一つは、今日は「健康麻雀教室」。週に1,2回は行きたいと思っている。今のところ、誰も顔なじみなどいないのだが(顔なじみなら、長年通っている整形の方がいる)、その中で緊張感を持って打てるのがいい。さて、昨日の練習では、自分でもびっくりのスコアが出た。60m。59-59-59-54-58=289。50mでもなかなか出ない。下手すると40mでも290を外すこともある。しかも「ズル射ち」ではなく、「正直射ち」。いや、別にズルなどしていないのだが、狙いが付けられず、7時8点くらいを狙って、つじつま合わせの10点に入れる射ち方を自分で「ズル射ち」と呼んでいる。「正直射ち」は10点を狙って10点に入れる射。前半、面白いくらい10点に入った。あれ、満射逃したか、というくらい9点もあと数ミリというのばかり。ちょっと意識過剰になり、54を射ってしまったが、すぐリカバーできた。だから、今朝も行きたかったのだが、昨日は8時までの特講で疲れたし、足は吊ったし、まあ、休んで正解かな。
2021.10.06
仕事は、あと3年というのが自分の中で持っている目処だ。普通、学園理事までやった人間が、また教える現場に戻り、次年度からは非常勤講師という職分で教えたりはしないのだろうが、教えることが楽しみであり、自分の身体と頭がもっているなら、週3日くらいはそうしていたい。こうなると、弓も仕事も麻雀も、それから、これから開拓しようとしているもう一つの趣味も、何も変わらない。ただの「暇つぶし」といえば、そうなのだ。しかし、その暇を、真面目に潰していることについては、自分なりの自負心がある。どちらにしても、こちらから主体的に働きかけて、とっかかりを見つけ、工夫してやっていく活動である。麻雀なんてただのゲームでしょ?と思うかもしれないが、最近はDVDやabematvで、プロの打ち方をよく見ている。それで、多少はうまくなれそうな気がして、健康麻雀に通っているのだが、まあ、放縦は極端に少ない方だ。弓もただの道楽なのだが、それでも全日という舞台には何度も立てたし、できることならもう一度立ちたい。仕事は、できれば生徒に知的刺激をたくさん与えたいと思ってやっている。こちらが、世間的に言えば、一番意義のある活動なのかもしれないが、一生懸命努力する「暇つぶし」であることには変わりがない。弓も周りには、仕事以上に一生懸命努力する人間はいるが、仕事の方は、周りの人たちは弓ほどの努力をしていない。
2021.10.05
月曜日は、整形。今、大谷の最終戦を見ながら、朝食を終えた。46号、100打点目を打った第一打席は残念ながら見逃した。まあ、よく頑張ったと思う。凄い才能であることは疑いないが、ここまでやるとは予想してもいなかった。ホームラン王は届きそうもないのだが、MVPには十分な投打の活躍である。さて、今日からまた一週間。特講は8時までに戻った。ちょっと予習がまだ足りないが一通りは解いてはある。水曜日には、できるだけ早く切り上げて麻雀に行く予定。とりあえず、週1か土曜日を加えた2回。何となく二時間を過ごせるので、いい暇つぶしができた。遊びといっても、集中力と自制力が求められるゲームであり、その点は弓とよく似ている。これから、診察券を出してから、朝練。体験教室の方は、昨日も盛況。弓がぎりぎり足りた。13名くらい。今後も残るのは4名。まずまずかな。
2021.10.04
昨日は、朝7時半ころ射場について練習。大体60射。水準器の問題を解決して以来、中りは順調だ。9時前には上がって、体験教室の準備。予定通り来るのか心配したが、全員+1名。前から来ると言っていた副会長の娘さんが加わって、弓がちょうど品切れ状態になった。あと一人、予約なしで来た大学院生がいたが、経験者でもあり、今回はお断りした。新聞社の取材も二社とも入り、いずれ記事になるだろう。とにかく無事教室は終えて、ちょっと片付けて12時半。帰宅すると妻は何でも、先日のピアノの帰りにいい服屋を見つけたらしく、そこに行ったそうだ。昼食をパスタですませ、大谷をちょっと見たが、今日もダメそう。午後はヒマなので、健康麻雀に。ここは、「中の人」がメンバーを補う形で入っていて、誰かが来るとすぐ交代してくれる。途中からになるが、別に構わない。二半チャンやったが、あまり手配がよくなく、連続の二位。放縦も一度大きいのをしたが、まあ、自分のスタイルで射てた。4時を迎えた時点で、進行の如何にかかわらず、その局が最終になる。「健康」麻雀の所以である。ズルズルと夜中までなどということにはならない。にしても、朝から遊びっぱなしなので、結構疲れ、帰宅後1時間くらい昼寝。夜も10時には入眠。「健康」ついでにそろそろ卒煙しようかと考えている。今日もこれから朝練。今日は一度帰宅する予定。参加者は昨日と大体同じだが、問題はこれから。週1回で、今、弓友が面倒見てくれているが、あと2回ほど増やさなければならないかもしれない。競技の普及活動も、理事長としてはやらないとね。
2021.10.03
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