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今日は、今回の旅の大半の目的だった、息子夫婦と孫と会いに。 9時半くらいにレンタカーでホテルを出発。思ったより渋滞はなく、10時くらいに着いた。 孫娘はちょっと風邪気味だったが、皆でイオンモールに。孫にポーチや服を買ってあげて、帰り道、前回も行った鰻屋で特上4つと、鰻巻きを一つ。 帰って、皆で美味しくいただいた。息子は准教授に昇任したことで三万、週一の専門学校のバイトで三万くらい収入増だという。最早、フローでは、自分たちの年金と自分の給料の合計よりかなり稼いでいる。 まあ、しかしここは全部こちらもちちで。祖父祖母の役どころである。歳を取った者としては、金額の多寡はともかく、気持ちよく払ってあげるのが、当然と思う。 3時くらいにおいとまし、ホテルで昼寝。夜はさすがに腹も減らず、いつも一度はいく駅前のうどん屋。向かい合いの席がアクリル板で仕切られている。乾杯も互いのお皿をちょっともらうのも、アクリル越しでやりにくい。 それでもまた美味しくいただいた。
2021.04.29
旅の初日は、ほぼ移動日。9時前に自宅を出発。 10時近い便で羽田に。空席がずいぶんある。半分も乗っていない。 羽田は、予想していたが、結構ショップが閉まっている。出発前に買ったコンビニの軽い弁当で昼食。開いてたカフェで、オレンジパイとドリンクのセット。 二時間後の乗り継ぎ便。レンタカーでホテルに着いたのが5時。まあ予定通り。 羽田で予約を入れておいたホテルの真向かいの居酒屋で夕食。地元で有名な店で、いろいろと美味しい。特に食べたかったのが鯛のあら煮。熊本で初めて食べたのは、もう10年以上前だ。その他に串、おでん、天ぷら、島らっきょう、寿司、茶漬け、少しずつだけど、腹一杯。 今日は息子夫婦と孫には会う時間はなく、明日行く予定。
2021.04.28
「感情労働」という妙な言葉は、相手の気持ちを慮り、自己をできる限り抑制する職業的振る舞いを、日常的に強いられる職業をいうらしいのだが、筆者はこれを日本人の「間柄の文化」のためという。それは、まず、自分の都合ばかりを押し通し、ここで自分がどう振る舞えば、相手がどう感じるだろうなどということにお構いなしの「自己中心の文化」とは相容れないそうなのだが、ここまで単純な文化二元論を読むのも久しぶりだ。このレベルは1960年代だろう。物事はそう単純に割り切れないのであって、どちらにしても程度問題なのだ。十分我を通す看護師もいるし、相手を思いやりすぎるアメリカ人の教師もいる。筆者は文化の姿をあまりにもデフォルメしすぎるという誤謬に陥っている。筆者が力説すればするほど、文章に説得力がなくなっていくのだ。自分は近代個人主義者であり、生徒を相手にしており、その場面では十分信頼されているが、生徒のために一定以上の犠牲的労働をしようとは思わない。そのことは、高3くらいになると生徒もよく了解していて、自分の空き時間を調べて、進路や小論文の指導を、かなり遠慮がちにお願いに来る。ただ、自分が心がけているのは、公平性という視点で、どんな生徒でも単なる好悪だけで断ったりしない。まあ、小論文の場合は、どうしても良いものを書くのは能力的にきついという素質はあり、その場合、オマエはちょっと小論文で受かろうと思っても無理だと思うよ、と言うことにしているが、それは一回は指導してからの話だ。生徒の気持ちに「寄り添って」ダメとも言わず、ダラダラ指導するのはお互いに不幸だと思うからだ。つまり、自分ができることを予め相手にも自分にも明確に、ある限界線のようなものを引いておくことが、自分の場合の職業的態度である。金八先生みたいに生徒のためにいつも全力で生きる、といえば格好良いかもしれないが、その実、生徒に依存しないと生きていけないような情けない人間だけにはなりたくない。そして周りにもそういう「熱心」な教師はいるもので、そういうのは生徒にも同僚にも、いい迷惑な存在だ。話は逸れたが、この本から得るものは少なかった。そういう本についてここで書くのもまれなのだが、最近は10冊のうち7,8冊はそういう類いである。この項終わり。
2021.04.28
世間では、不要不急の外出を自粛し、特に緊急事態宣言や蔓延防止措置をしている自治体との往来は避けるのように、ということだが、以前から書いているように、自分たちは特に気にもせず、また息子たちも全然構わないと言うので、GWは息子の孫のところに明日出発する。いまさら言うまでもないのだが「移動の自由」は憲法で保障された基本的人権の一つであり、それを制限するのはよくよくの事態だということだ。だから制限もせず、自粛を要請しているだけなのだが、もし何らかの法的根拠に基づいて移動制限をかけたとしても、自分は反対するし、反対の署名もするだろう。ことによるとデモにも出かけるかもしれない。まあ、そういう大げさな話とは別に、孫の顔が見たいというだけのことであり、幸いなことにこちらも向こうもさほどの感染者数でもなく、機内や乗り換えの羽田では二重マスクで過ごすだろうし、普段以上に感染対策に気をつけようとは思っている。大体、この件では国の無為無策があまりにも露呈しすぎていて、当初は検査はしない、今はワクチンは来ない、そりゃ補選で全敗するでしょ、と思う。しかも、無責任な見通しをこの期に及んでまだしている。9月までに全国民のワクチンを確保、いや、そういう目処がたった、高齢者への摂取は7月で完了と言うが、自分は信じていない。いまだに通っている病院の先生、看護師さんは摂取していないというし、ワクチン確保は、契約したという話でもない。電話したら、向こうが努力しようと答えただけである。それでもまあ、仮にできたとしても、その段階でオリンピックをやるというのはどうなのか。状況を見るとインドや南アメリカ、アフリカなどはオリンピックに選手団を送る余裕などないだろう。「人類がコロナに打ち克つ証としてのオリンピック」という謳い文句は、とっくに破綻している。これだけ、政府がいい加減な対応しかしてこなかったのに、日本ではコロナは猛威をふるうというところまではいっていない。ひところファクターXという言葉が、しきりに言われたが、ひょっとするとそういうこともあるのかもしれない。まあ、日本人の同調圧力がファクターXの正体だとは思うけどね。とにかく、旅を満喫してこよう。
2021.04.27
今年のGWは、自分は一日有休を追加して、8連休ということになった。そのうち、明日から5泊6日の旅だから、その後2日、まだ休みがある。今週は仕事は1日だけ。来週も帰ってきて1日だけの仕事だ。セミリタイアの特権だと思う。さて、そういうわけで弓の方も昨日が連休前最終練習。少し風があるので、一昨日と同じく、カスケードで。大分、安定してきたところで、36射点取りをすると、317。スタート300からみると進歩したが、まだまだである。できるようになったのは、ある程度狙いを保持して、離せるようになったこと。狙いそのものも、精度は若干上がった。HBCと比べると、結果としてのフォロースルーが崩れない。カスケードは、途中長くやめたこともあるが、もう20年来、使ってきたリリーサーで、今稼働できるのは三台。ただ、こういう射ちかたで使ったことはない。無風でも、しばらくこの射を続けてみようかと思っているが、どうかな。もう1シーズン半くらい弦を張り替えていないので、張り替えを依頼した。ついでに今の引き尺で、ちょうど調節穴のセンターになるように頼んだ。もう一つ分くらい長くか短くしたくなるだろうから、それを見越してのことである。張り替えは弓友に依頼している。旅から帰ると新しい弦の弓が待っている。【備忘録】昨日は整形の帰りに、たまに行くフレンチの店でランチコース。値段も安く、味はまあまあである。自分は魚、妻は肉のコースを取って、例によってシェアする。肉は伊勢で食べた松坂とは比べようもないが、まあおいしかった。ホタテ、エビ、白身魚の方はスープも含めおいしい。デザートもたっぷりで久しぶりに贅沢をした。その前にデパートに寄って、地域商品券を購入。5万円で6万円分。こんな利息は定期預金では100年経ってもつかないから、積極的に利用している。今回、自分だけ当選、妻は外れたが、補正予算案が通れば、妻のは6月には引換券が来るらしい。いつ来るかも分からないワクチン接種クーポンと比べると、素早い対応だ。デパートで10枚切りの食パンを買い、今日はサンドイッチの予定。
2021.04.27
大谷の「二刀流」。英語では2WAYというそうで、何だか凄みがないような感じだ。その2WAYではないのだが、昨日の練習は8mくらいの風の中だった。HBCでは、リリースポイントが予測できず、風に煽られた途端に切れ、赤や青のオンパレード。試しにカスケードのズル射ちをしてみた。ズル射ちというのは、カスケードでもHBCと同じく、「切れる」のを待つようにするのではなく、一応「切れる」方向に身体を使って、つまり、狙って引いて、という動きはそのままにして、しかし、最後の段階でボタンを放す。これは、完全に意識的に放すのであって、「離れる」のではない。すると、せいぜい45くらいだった点数が52,49という感じになった。ズル射ちの難しさは、動作の一定性、正確性が高いレベルで必要なことで、ちょっとでも狙いがずれると、8点、7点までいってしまう。今朝は、これから診察券を出してきてから、旅行前の最終練習。7時から1時間半程度。その後、弓のストリングスを張り替えに出して、さすがに明日の朝は練習なし。今朝も少し風が強いからズル射ちを極めるのが目標。この射ちかただとどうしても緩みがちなので、そこを何とかしたい。無風ならHBC、あるならあるならカスケードでズル射ち。これが自分の二刀流、2WAYである。
2021.04.26
どうもエンド50前後しか出ないのだが、あまり焦ってもいないし、まあ、いいかという感じだ。今朝は、もう少ししたら射場に行くが、今までのように時間を気にして、慌ただしく行くこともない。雨模様だし、ちょっと様子を見てから。大谷の試合中継もしているし、それを見てからでもいい。このところ大量に採集した行者大蒜を手を替え品を替え食べているが、昨夜は、餃子をスープで。餃子にもスープにも行者大蒜がたっぷりと入っている。今朝は、キャベツ、ウィンナー、ベーコン、タマネギを入れて、レンジで蒸し、残り1分くらいのところで行者大蒜を加え、さっと塩味で。こでがなかなか美味しかった。起きてきたら、妻にも作ってやろう。
2021.04.25
最近、よく聞く言葉に「感情労働」というのがある。日本では今や第三次産業労働者が70%で、自然や機械を相手にするのではなく、人間相手の仕事がほとんどだ。人間相手であれば、当然気を遣う。筆者は日本の文化は「間柄の文化」であり、個人主義が根付く欧米の「自己中心文化」とはそもそも異なる、という。それはそうだ。「おもてなし」は別にオリンピックのために我々が身につけなければならない接客態度ではなく、すでに我々が持っている文化的DNAであり、相手の意向を忖度し、そこに調和的に物事を進めようという、日本の対人関係のあり方と深く関わっている。筆者の主張の中心は、そこに「顧客満足度」という欧米の指標が持ちこまれ、日本で元来あった相手を慮る「感情労働」に拍車がかかり、今まで以上に必死で「おもてなし」をするために、メンタルの不調、サービス残業、過労死などの問題が、起こっている、ということだ。まったく同意見だ。病院で「患者様」というイヤな言い方が定着したのは最近だが、ここでも顧客第一主義が反映されている。といって「インフォームドコンセント」に端的に表れる医師ー患者関係は、まだまだ実現されているわけでもない。どんな場面でも「お客様」として最優先されることに慣れきった日本人は、「消費」の場面においては、彼が「仕事」の場面で強いられている「おもてなし」を、当然の権利のように要求する。彼の相手をしている店員、看護師、教員等、属人的性質の強い職種の労働者は、心の中で彼に対して「何をえらそうに」と舌打ちしながら、満面の笑顔で、彼の理不尽な要求にも応じなければならない。その抑圧が続けば、うつ病が発症し、彼はメンタルクリニックで、今度は「患者様ファースト」の「おもてなし」を受けることになる。何だか、救いのない悪循環だ。自分は、やはり属人的性格の強い教員の仕事を42年続けているが、「感情労働」に陥ってはいない。なぜ、そうならないのかというと、自分は近代個人主義者だからだ。この項、続きます。
2021.04.25
2/23(金)の備忘録練習から帰ってもまだ9時。妻と「おちょやん」を見て、洗濯物を干したら、やることもなくなった。予定では明日、と思っていたが、1週間ぶりに行者大蒜をも採りに行く。フィールド射場は、我が家から車で30分。10時に出て、1時間採って、帰ると12時、妻の整形は、消毒だけで、午後でいい。どうかな、ちょっと遅すぎたかな、と思ったが、形の大きくて、まだたけってはいないのが結構ずっしりと採れた。このまま冷蔵しておいてもいいが、せっかくだから、息子と娘のところにレターパックにぎっしりと詰めて送ることに。我が家とちょうど三分の一ずつ。昼食は久々にラーメン。ちょっといいチャーシューと行者大蒜をたっぷり。美味しかった。1時ころ整形に。近くのGSの洗車機で車を洗っているうちに妻は終了。その後、公園に花見に。去年は、今から思えば大げさだったが、園内は立ち入り禁止だった。もちろん、今年は入れた。各地の桜の名所も今年は開放しているようだ。まだ五分咲きくらいだが、人出は予想以上に多い。いいことではないか。テレビのニュースでは、街ゆく人がインタビューに答えて、「人出が多いですね。今はちょっと我慢しないと」とか言っているが、オマエもその一人だろう、とツッコミたくなる。花見で密になりようもない公園内を歩くのに、なんでそんなに「我慢」が要求されるのか。「人流」などという人間をまるでモノ扱いするような言葉を平気で使うところに、専門家や大臣や知事の人間に対する理解の欠如を感じるし、それをまったく批判せず、ただ煽るだけのマスコミも腹立たしい限りだ。帰りがけ、ついでに桜のトンネル通りを回る。ここは七分咲き。それから、これも遠回りだが、生乳メーカーのソフトクリームを食べに寄った。モカミックスのハーフというのが自分たちの定番。そこで肉コロッケを4つテイクアウト。夜は、キャベツの千切りなどを添えたコロッケ、鰹のたたき、行者大蒜と油揚の味噌汁、筑前煮、オクラなど。なんだか旅行前なのに太るな、などと言いながらおいしくいただく。朝からいろいろなところに行った。久しぶりに花見もできたし、大満足の一日。
2021.04.24
昨日は、久しぶりに、100射ほど。6時半から8時まで、風のない射場。最近は、みんな歳を取ったのか、この時間帯が多い。昨日は5人。エンド50前後と相変わらず。どうにもリリースのタイミングが一定しない。それで久々にHBCを取り出し、射つと、すごくよかった。これなら324くらいまでいきそうな感じ。ただし、風が吹けば分からないが。連休2日目の今日も、これから出かける予定。またたっぷりと射ってくるかな。
2021.04.24
今週は、身体的に結構きつかった。火曜日の特講の後は、ヘロヘロになっていた。やはり、夜はきつい。今は、3時間連続で問題解説、ドリルなどをやっていて、中途の休みがほとんどない状態。まあ、スタートダッシュは大学受験の鉄則だから仕方ない。昼休みはほとんど生徒の小論文指導の事前相談に埋められている。一日2,3人。これも、この時期特有のことだが、つきあってやらないといけないと思っている。何をどうやればいいのかを、明確に示すことが必要で、そうできる教師は多くない。いきおい、自分のような嘱託の身にふりかかってくる。しかし、あの人に相談しても仕方ない、と思われるよりは余程いいか。今日から4連休だが、妻が手の手術をしたので、今日はその消毒。畑いじりで何か刺さったままにしておいたようだ。保険がおりるくらいの手術だったが、それも仕方ない。4連休の火曜日は、授業と特講。たっぷりと疲れて水曜日に出発する。世の中は、また緊急事態とかいって騒がしいが、「自粛」するつもりはない。何度も書くが、それは、個人の自由である。まあ、地元は感染者数も少なく、息子のところも同様だ。個人として取るべき対策は取り、自分のお金で行くのだから、何が悪いの?と思う。今日は、これから、朝練。久しぶりに、少しゆっくり射ちたい。
2021.04.23
このところ、昼食はサンドイッチが多い。昼休みに生徒が入れ替わり、立ち替わり来るから、ゆっくり昼食を食べる暇がない。祖カップ麺などにすると、15分も生徒の相手をしていると、伸びてしまう。サンドイッチの作り方はまったくの我流なのだが、自分では美味しいと思っている。妻にも好評だ。まず、できるだけ柔らかい6枚切りの食パン2枚。それからバターはレンジで15秒温めて、塗りやすい軟らかさにしておく。パンを並べて両方にバターを塗る。そして両方にロースハムを。片方の上にレタス、キュウリ、トマト、タマネギのスライス、ゆで卵、そして今朝は焼いたベーコン。それで、両方を合わせて、真ん中からよく切れる包丁で半分に。ラップでくるむ。まあ、それだけ。妻の分も作るから、パンは4枚。今朝は、思ったより風もないし、これから射場に。帰って、少しゆっくりして10時くらいに出勤。
2021.04.22
昨日は連休最終日。いつものように、早朝、整形に診察券を出しに。6,7番。早い。10時には着くように家を出て、大体10時50分には終了。その後、銀行と郵便局。帰ってもまだ昼前だった。昼食は結構一昨日のご飯が余っていたので炒飯に。夜は、九州展で買ってきた皿うどんがあったので、具材を考えて作る。行者大蒜を少し入れる。たいてい、仕事のない煮の昼は外食か、そうでなければ自分の担当だ。行者大蒜のおかげですごくスパイシーな出来になった。それから、少し早かったが、昼寝。というか、そんなつもりもなかったのに2時間ぐっすり。妻も同じだったらしい。やはり連休は生活サイクルが同じなので、そうなるのか。4時ころ、玄関のピンポンが。誰かな、と思って外を見ると、息子の嫁さんのご両親。車で5分ほどの近所だ。自分たちが息子のところに行くので、孫の服か何かことづけてくれた。そう頻繁に会うわけでもないが、とにかく感じのいい人たちだ。毎年、年越しを我が家で一緒にして、正月3日ころは、先方でご馳走になるというのが、ここ数年の習慣だったが、さすがに今年はコロナで中止だった。向こうも行きたいと思っているのだが、奥さんの方が福祉関係で、県外移動はダメということになっている。自分たちはそういうことはないし、そもそもお上の「自粛」要請に従う気持ちもないので、あちこち出かけるが、航空機、空港では二重マスクだし、ワイワイ騒ぐ宴会などしないし、今回は、レンタカーで移動するから、あまり心配していないのだが、何だか悪いなと思う。その他に、今テイクアウトは半額だというピザを、我が家の分まで買ってきてくれた。そういうわけで、昨夜はピザ。久しぶりで美味しかった。皿うどんは今夜にスライド。今日から、また仕事。今日は8時半帰宅予定。久々のフルタイムだが、午後2時間空くので、昼寝に戻ろうかな。
2021.04.20
週4日の休みなら、月水金を仕事にして1日ごとに休むとか、いろいろな選択肢があるわけだが、自分の場合は、火水木が仕事で、金土日月が休み、というのを続けている。わがままと言えばそうなのだが、わがままを通すくらいの仕事はしているし、今までもしてきた。月曜日を休みにしたかったのは、まず遠征試合のためだ。日曜日にどこかで射って、その日のうちに車を5,6時間運転して帰ってくるのはさすがにきつい。しかし、それも年に多くて5,6回で、そのたびに調整してできないわけではない。もう一つは、旅行。この前は木曜日からの5泊。今回もそうだ。木曜日は長期休暇でなくとも、わりと簡単に振り替えが利く。今回はGW絡みなので、特にそうだが、一日違うと航空機チケット代金が一人1万5千円以上違う。大隅鰻を前回は息子の家族分買っていってやったが、その分くらいは出る。また、旅行は4泊は結構せわしない。中3日だと、余裕がなくなる。一日くらいどこへ回ろうか予定が立たない日があるくらいの方がいい。バテたら一日ホテルで寝ていることもある。さらに、月曜日は祝日代休、ハッピーマンデーも結構あり、授業が潰れる。ということは曜日振り替えが発生しやすい。そうなると、本来の勤務日が休みになることもあるのだが、月金振り替えだと困ることもある。そして、何よりもブルーマンデーになりようがない、と言ったら叱られそうだけど。さて、今朝はこれから整形の診察券を出し、いったん帰宅しようかと考えている。射場にとも思ったが風が強い。
2021.04.19
4/16(金) 朝、射場に。50mだが、なかなか中らず、欲求不満。射場からそのままフィールド射場に。行者大蒜が目的。思ったより、大きくはなっていないが、まあ、十分。人によっては、あまり大きくなる前のこのくらというひともという人もいる。弓友に送る分と我が家の分くらいは採れた。 妻がピアノに行く前に帰ったので、送迎することに。セカンドカーの購入も考えたが、自分の仕事も2年連続で火・水・木の三日間。病院でも、ピアノでも送迎を出来るときはするし、整形みたいに二人で通うところもあるので、購入はやめておいた。一度送迎すると家計から1000円の送迎料金が出ることになっている。最近全然財布の中身が減らないのは、そのためか。 妻のレッスン時間、もう一度射場に。いつもそうだが、昼の時間帯は風がビュービュー。矢取りの最中に弓が倒れるくらい。まあ、こういう中で射つ練習も必要だが、的外も数本出てイヤになった。 迎えに行き、このところ一番美味しいと思っている中華屋に。王将の倍近い値段だが、味はそれ以上。五目あんかけ焼きそば2つとカニチャーハン1つ。ただし、全部ハーフで。とても、普通のサイズだと食べられないが、いろいろと食べたいときに、よくやる。ハーフといっても値段は7割くらい。それはまあそうで、チャーハンのエビなどの具材は一人前ちゃんと入っているのだ。夜はビーフシチュー、いやそれは木曜日だった。鶏の唐揚げ。毎日おいしい。 4/17(土) 雨の予報だったが、朝はまだ天気がもっていたので、5時半ころ射場に。その前にアボガド、レタス、トマト、キューリのサラダ。これは二人分作った。アボガドの剥き方を間違えた。50m、なかなかうまくいかずリリーサージプシー。カスケードが苦労せず切れてくれるので、ちょっと続けた。引き手の甲をアンカリングに当て、さらに角度を垂直にしながら引く過程で、自然に切れる。これでエイミングが取れていればバッチリだ。やっと去年並みの中りにはなってきた。 帰ってから大谷の試合を録画して、買い物。見たことのない愛媛のオレンジ、「みしょうごーるど」という名前のが箱で出ていたので、買ってみた。一箱990円、10個。早速帰って食べると、ジューシーで結構甘い。グレープフルーツに似ているが、これだと砂糖とか蜂蜜をかけなくてもいい。 昼は、一緒に買ってきた、寿司。ツブ6個、キングサーモン5個。たしか398円。安いし、いろいろと取り混ぜたのよりずっと美味しい。ケース298円で栃おとめが出ていたので、5ケース買ってきて、うち4ケース使って妻が苺ジャムを作る。夜は、鰻丼といただいた筍の刺身。これも特売品の鰻。だいたい日曜日で出かけていない日は、あまり調理しないですむものが多い。そうでないと日曜らしくない。あ、間違えた。日曜日は今日だった。4連休は曜日をよく間違える。 ・・・というわけで、我が家の普通の連休をざっと描いてみた。今朝は雨なので射場にも行けず、4時半ころ起きたがやることがないので、PCに向かっているのである。これから、コーヒーを淹れ、苺ジャムとバターのトースト、アボガドを今日こそ正しく切ってサラダ。 【付録】アボガドの正しい切り方について まず、縦にぐるりと種まで届くように包丁を入れ、ぐるっと切る。それから、両手で持って捻るようにするとパカッと縦に割れる。どちらかに残った種を捨て、中を包丁で、そう、マンゴーの時のように網目状に切れ目を入れ、開くと自然に、皮から実が落ちる。さて、今朝はそう上手くいくかな?
2021.04.18
まだまだ、練習はうまくいかない。どういう射を目指すのかだけは分かっているのだが、いざ、射線に立つと、10本に1本くらいしかそれができない。まあ、焦る必要もないのだが、6月に地元を含め、公認3試合がある。今朝は雨模様で予報も7時からは雨。これから射場に行って、降るまで練習。
2021.04.17
またしても、こんなタイトルで現役の勤労者には申し訳ないのだが、今週も無事に過ぎて、今日は4連休初日。この時点でハムエッグ、生ハムとトマトのチーズトースト、コーヒー、ヨーグルトで朝食は済ませ、これから射場に向かう予定。昨日、一時間だけインドア射場に忘れ物を取りに行ったついでに射ったが、乱調。距離に慣れるということが、的中率にとっていかに大事かがわかった。とはいえ、今日のテーマも、フォームの確認である。どうしたら安定的に、センターとは言わなくても、センター付近に狙いを付けてリリースできるか。練習後は行者大蒜が、そろそろ大きくなっているはずなのでフィールド射場に。いつもタケノコを送ってくれる弓友に送る分はまず採ってこないといけない。それで帰りは昼近くになるから、いったん家によって、妻のお迎え。今日はピアノレッスン日だ。どこかでランチもいいが未定。帰宅してから、昼寝。まあ、そんな感じかな。来週の仕事の準備は明日からになりそう。
2021.04.16
自民党幹事長が、「感染が拡大するなら、五輪中止の選択肢もあり得る」という発言をして、政治の世界はなにやら怪しい雲行きだ。もちろん、与党の幹事長だからといって、オリンピックの開催に関しての権限があるわけではない。開催権は東京都、IOC、JOCにある。しかし、政治の世界では、こういうのを「観測気球」といって、有力な政治家が、重要政策について発言すれば、それなりの波紋はひろがり、世論の動きがわかる。しかし、世論は中止を求める意見が7割を占め、相次ぐ聖火ランナーの辞退や、聖火リレーを公道で行わない決定など、このオリンピックを歓迎していないことは明らかだ。その中で「観測気球」をあえて上げたのは、「ガタガタ言ってると、ホントに中止にしてしまうけど、いいのか、おまえら」という脅しではないかと思う。そうすると、いや、ここまで準備したんだしとか、ワクチンも始まったしとか、選手が可哀想とか、ごちゃごちゃで整理されないままの、国民感情がワイドショーで垂れ流され、無観客、海外からの役員人数制限などの方針が打ち出され、開催、中止の意見が相半ばするような状態になったところで、「既定路線通り開催」となるのではないかというのが、自分のこの発言に対する穿った見方である。つまり、民主主義が気分や感情のレベルでしか動かないということを、またもや実証することになるだろう。この問題を論理的に見れば、世界中でワクチン接種が順調に進むイギリスなどでは、コロナは「収束」の気配は見せるが、ヨーロッパというごく狭い地域内ですら、全体ではまだまだ拡大が続きロックダウンの措置を新たに始めているところもあるし、インドはワクチンを輸出していたのに、一転国内ワクチンが足りなくなり、輸入するという、インド人もびっくりの政策転換をするし、後進国は中国製ワクチンが供給されつつあるが、摂取体制そのものが確立できていないし、世界全体で見れば「収束」どころか、コロナの猛威が「終息」してくれるのを首を引っ込めて窺っているという状況だと誰にでも分かる。そんな中であと100日を切った極東日本のオリンピックに参加する余裕などない、というのが大方の現状で、強行すれば、世界から歓迎されない、「IOCのIOCによるIOCのためのオリンピック」になってしまうだろう。それに嬉々として手を貸すのが東京都であり日本政府なのだ。改めて、オリンピック開催には明確に反対であると言っておく。
2021.04.16
62歳でセミリタイアし、5年目。頸椎ヘルニアの手術で、弓が引けなくなり、やむを得ず、レフティに転向した。それも、もう5年目になる。以前の記録には及びもつかない。自分では、あまり認めたくはないが、やはり段々衰えてきているな、と実感する。まず、遠征に出かけても、とてもじゃないが、試合後5,6時間運転して帰ってくるということができなくなった。遠征は必ず二泊にしている。それから、練習も、例えば今朝なら、やっぱり行こうかと思って出かけている時間帯だが、2限から授業があると思うと、どうにも億劫だし、今年は仕事の日は弓は休み、特に特講がある火曜日は、昨年度へばったのでやめておこうと思う。睡眠も何かまとめて寝るというよりは、夜5時間、昼1時間に分散されている。寝とおす力がなくなったように思うが、考えすぎか。うとうと眠る。食欲はあり、体重も減らないのだが、いっぺんに食べる量は少なくなった。ご飯を茶碗に半分くらいがいいところだ。食べるのも遅くなった。アタマとクチはよく回るので、仕事には支障がない。こちらは、弓と違い、まだ進化し続けているような気がする。しかし、「ような気がする」だけかもしれない。。
2021.04.14
昨日は、特講がない火曜日だったので、午前中、無風状態で50m。セットアップからリリースまで、一連の動きを確認しながら、60射ほど。やはり外は良い。1番の問題は、リリースがなかなかできないと、矢が下に落ちること。7点が多い。どうしたら、そうならないですむかを、考えながら射つ。エンドごとの点数は50前後。一度取ってみたら、49-51-49-49-47-55=300。最後に55がたまたま出て、300は切らないですんだが、これじゃ話にならない。下の7点、時には5点、6点がなくなれば、それだけで20点くらいはよくなる気がする。今朝は、珍しく左の肩が少し痛い。引くときの位置をいろいろ試したからだろう。今日、2限からなので弓はなし。明日はインドアでフォームをまた探求する予定。
2021.04.14
一昨日、例年のように弓友から堀りたての筍が送られてきた。いつもだと、こちらから送る行者大蒜の方が早いのだが、何でも猪に先行して掘ってきてくれたとか。とても我が家だけでは食べきれないので、1本を娘のところにその日のうちに宅急便で。「そろそろ来るころかな、と思って待ってた!」と。相変わらずちゃっかりしたヤツだ。弓友のお嬢さんは学部は違うが大学の後輩で、娘が院生の時に歯列矯正をしていたこともあった。あと2本は、妻のお花の先生、友人に。お花の先生に取りに来ていただいた時、ワインを1本いただいた。BARAKAN2016,とラベルに。何やら高そうなワインである。調べてみるとオールドビンテージの高価なものだった。毎年、いただきもののお裾分けで、「わらしべ長者」になっているのだが、それにしても・・・夕食はもちろんタケノコご飯と若竹汁、焼き鮭など。ワインも開けていただいたが、美味しい。普段飲んでいる安物のロゼとは全然違い、「ああ、葡萄酒だな」と感じた。葡萄の味と香りがしっかり残っている。今日、明日くらいまで楽しめそうだ。何であれ、いろいろな交友があり、こうやって年に1,2度、地元のものをやりとりしたり、職場で軽口をきいたり、と人間関係の編み目の中で暮らせている。ありがたいことだ。今週金曜日に行者大蒜を取りに行かねば。
2021.04.13
4連休最終日は、まず整形に診察券を出しに。6時半から受付が始まるが、実際にはもう少し早く、6時23分に着いたのに、18,19番。その帰り、まだ気温は4℃くらいだが、風もなく、いいコンディションだったので射場に。今の課題に集中して射つが、50mだとなかなかうまくいかない。48もあれば56もある、という具合。それでも、ダメな射をどう少なくしていくか、という段階までは進んだと思う。引き始めのところを少し変えた。10時前に、整形に向かったが、途中、音鑑に。今年は「鼓童」が来るので、会員になった。後、行きたいのはPMFくらいだが、一応6月から5公演が予定されている。まあ、南こうせつも行ってもいいか、と思っている。なんだかすごく混んでいるな、と思ったら「純烈」の公演チケットが、会員は半額だそうで、それでだった。一般チケットがコロナであまり売れ行きがかんばしくなくて、回ってきたらしい。自分も妻も、そういう趣味はない。整形は今日は腰の注射。膝は2週間に1回。わりと早かった。その帰りホームセンターで「畑の土」20kgを4袋購入。家に帰って、まいて畝を二つ作る。今年はサヤエンドウとトマトだけにしようということになった。あとは昼寝。何だか疲れてしまい、いつもより早い時間帯で2時間ほど。そういうわけで今、起きて、書いている。
2021.04.12
昨日は射場開き。いつものように安全を祈願し、御神酒を的付近にまく。それからいつものように安全講習。いつもと違っていたのは、全国通信マスターズ大会での表彰。今年は3月に総会がなかったので、ここでの表彰となった。50m72射の公認点数が、全国から集まって、その結果で順位をつける。今年は表彰はないだろうと思っていた。なにしろ、628という低調な記録である。しかし、去年と同じ6位だった。一昨年が4位。両方とも650は越えている。今年はコロナ下で、公認試合も中止が多く、またあっても出場人数が少なかったのだろう。しかし、3年連続で60歳代のベスト10には入ったのだから、素直に喜んでいる。考えてみれば60歳代もあと3シーズンしかない。できれば、あと3年入り続けたいものだ。
2021.04.12
昨日は練習の他に、一通り一階の居間の掃除、風呂も。家事はセミリタイア後はできるだけは手伝うようにしている。あとは、車が一台になったから、妻の送迎も仕事などがなければやるようにしている。昨日は、仕事も少し。授業の課題とその解答を作った。一週間に一度は板書課題というやり方で、少し長めの問題を出しておいて、次の時間に書き並んだ解答を採点していく。解答は基本的にプリントを先に渡しておき、何がポイントなのかを説明する。今回は文中「 」の意味がその一つ。括弧は何であれ、強調記号である。補足記号と捉える人もいるが、それは「補足」だということを「強調」しているのだ。ちょっとここで書くのを休み、朝食を。妻の分も作ることが多いが、今日はアスパラ、トマト、トーストという簡単なものにしたので、自分の分だけ。まるで、居酒屋みたいにできてくる料理を、妻と軽口を叩きながら、ワインと一緒に食べる夕食もいいが、一人でゆっくりと食べる朝食も悪くない。「食事」は、いろいろな意味で大切だ。政府は「会食」を目の敵にしているが、人と一緒に食べることは、人生の重要な楽しみである。まあ、仕方ないのかもしれないが、一律に営業時間を短縮したりすることはない。酔って大声で話したりせず、料理と会話を楽しむ店は世の中にたくさんある。大体、そういう店は高いから、みんなが行くわけではない。今日は「射場開き」という行事。セミリタイアしてからは入学式も始業式も出ていない。考えてみれば、子どものころは、殴られてばかりいたから学校嫌いだった。しかし、そこにもう60年以上通っているのだから、案外、嫌いでもなかったのかもしれない。特に、小学4年になって担任が変わり、自分の身の回りをいろいろお世話してくれる女子を隣に座らせてくれて、自分も少しは学校のルールのようなものを理解し、どう振る舞えば殴られずに平和に過ごせるかが分かりだしてからは、すぐクラスで一番になり、居心地はよくなった。それから中学までは、たいして勉強もせず、ずっと学年で一番だったし、高校ではいろいろな遊びを覚え、それでも上位10%にはいつもいた。大学で20年に1度くらいという評価の卒論を書き、大学院に行き、ちょっと学問の世界にも嫌気がさし、教員免許もうまいこと取っていたし・・・いまだに、週3日、学校に通っている。実のところ、あまり仕事という感覚は今はない。好きなことを好きなように教えているだけだ。とまあ、駄文を綴ってきたのだが、朝食も終わったし、後はヨーグルトを食べて、もう一度ベッドに。明日は朝練だ。
2021.04.11
昨日のインドア最終練習。的紙を横に貼り、60射ほど。大分SPOT FOGでうまく射てるようになった。フルドローの後、少し右肘の矯めを作ると、さらに引ける。その時点で、エイミング。親指をトリガーに。最後は押しも、ちょっと意識しつつ、引くとリリース。10点!とまあ、こういう射が理想なのだが、せいぜい10本に1本。なかなか現実は厳しい。今季は、純粋に理想の射を追求することを大事にしたい。結果として点数は出てくるが、それを忘れるくらい、身体のバランスと理想的エイミングとリリースだけを意識して射っていたい。今日は射場開き。少しは「おしるし」に射つが、本格的には明日の朝から。
2021.04.11
大学入学共通テストでは、相変わらず、センター以前からだが、小説問題が全体の4分の1の配点で出題され続けている。新学習指導要領では、「論理」と「文学」が完全に科目分けされたから、この傾向はしばらく、というか永遠に続きそうだ。自分はそのことにはっきりと反対である。なぜかというと、小説の読解と大学で求められる国語の力は、根本的に違うからだ。私大や、二次試験で国語を課す国公立大の一部はとっくにそのことに気づいていて、入試国語は評論と古典で、小説は出題しないという構成が多数派である。国文学などの文学系ならともかく、法学、経済学、社会学、心理学など、学問の基本概念・理論を学ぶのは母国語の論理的運用能力による。これは物理学などの理系の学問でも同様で、最低の母国語運用能力が必要なことは言うまでもない。そして、その運用能力とは詩歌や小説の鑑賞能力ではない。そう、文学とは理屈ではなく、鑑賞するものだ。自分はそれを、極めて個人的な、孤独な行いだと思っている。一冊の本と自分。読書の空間にあるのは、その二つだけだ。読み出せば、自分が小説世界の中に入り込み、我を忘れるというのは人生の極上の楽しみであり、そのきっかけを小・中・高の初等、中等教育においてつかんでいくことは少しも悪いことではなく、むしろ奨励すべきことだ。しかし、それを大学入試で問うというのは、どういう意義があるのか。一つの小説を読み続けていくと、そこから得るものが変わってくることも多い。若いときに読んだものを、読み返すと全く違う感慨を持つことがある。『山月記』という作品は高校国語には欠かせない教材らしく、自分は40年間教え続けているのだが、最初のころと今ではまったく解釈が違う。今は定説を離れた自分独自の解釈になっている。そして、その時、その時で教えられるのは、結局それしかない。若いころと今とでは、まるで教える内容が違うのだ。事ほど左様に、一つの小説の読み方は百人百様であって、どれが正解かが問題ではなく、その時に読者が何をそこからつかみ得たかだけが重要である。何をどう読もうが、その人の自由であり、それは基本的人権に属する。それが、なぜ5つの選択肢から1つの正解を選ばせる入試問題になり得るか、またそれを入試で問うことにどんな意味があるのか。・・・こんことを書くつもりはなかったのだが、書き出したらしょうがない。結論がつくまで、しばらくこの項は続きます。(あ~、疲れたなあ)
2021.04.10
木・金と練習が空いて、ちょっと身体がムズムズしてきた。今日はインドア射場が使える最終日なので(といっても、来週も。非公式には使えないわけではないのだが・・・)、午前中に行こうと考えている。最近はすっかり「昼寝」が日常の一部に組み込まれているので、朝は相変わらず早い。大体就寝してから4時間前後で目が覚め、あとはダラダラと眠り、5時くらいにもそもそと起き出す。それから、ここに駄文を綴って、一日が始まる。だから、純粋に自分の日課としての、言ってみれば、準備体操みたいなこの文章を、それでも毎日150人くらいの方が読んでくれるというのには驚くほかない。しかも、こちらは、コメント欄でのやりとりは求めていないので(以前は、そういうこともしていたのだが、ややこしくなってやめた)、本当に朝の言語脳の準備体操なのだ。いったん公開した後で間違いに気づき、直すことも始終ある。やはり国語のプロとしてはおかしな表現や稚拙な間違いは直さないといけない。さて、今日の練習テーマは相変わらず。狙って射つ、それだけだ。細かく言うと狙いをつけて、トリガーに指を添え、狙いを維持したまま、これ以上引けないところから更に引く。ここが大事なところで、そこから引きを戻すような感じ、つまり緩んでリリースしてはいけない。引きを止めて、トリガーを押す、いわゆるパンチングショットは、結局わずかだが、緩む。緩むと中りはバラバラになる。自分の場合は、更に引くことに拘泥しすぎて、狙いがつかなくなってしまっている状態。それを改善すればいい。ベストの射が数本出来れば今のところは満足だ。さて、書き始めて20分経った。ゆで卵がもういい具合なので、今朝は昨夜のカレーの残りにそれを加えて食べよう。
2021.04.10
昨日は、3時前に帰宅。何だかんだと仕事は忙しくて、少々疲れた。ちょっと寝てから射場に、と思っていたら2時間眠ってしまった。練習中止。今日から4連休。だが考えてみると、仕事をしているからこその連休だ。365連休はありがたいとは今は思わない。「小人閑居にして不善をなす」、というが、「不善」などできるわけもなく、「暇を持て余す」だけである。今日の予定はかかりつけ医だけ。今回は妻が診察なので、自分は送迎。帰りがけに、畑に入れる土でも買ってこようかと考えている。どちらにしても、今日は仕事も弓もぶん投げておいて、ゆったりしたい。朝から大谷の試合でも見ようかな。また、三勤四休の日々が始まった。
2021.04.09
「お弁当男子」などという言葉が人口に膾炙する以前から、自分の弁当はだいたい自分で作る、という流儀だった。今日は3,4限で午前で終わりなのだが、昼に小論文指導もあり、年度初めの提出書類なども片付けてしまいたいので、サンドイッチを作った。8枚入りの薄いパンにバターを塗って、サニーレタス、トマト、胡瓜、新タマネギ、サラミを挟む。それと野菜ジュース、スープ、コーヒーが今日のランチ。そういえば、昨日は耳鼻科帰りの妻と待ち合わせて丸亀製麺、あさりうどん。ちょっとジャリっとしたが旨かった。うどんは丸亀が一番美味しい。専門店もあるのだが、あれなら丸亀の方がずっといい。そば屋のうどんは大体ハズレである。今年度、火曜日は弁当必携だが、水・木は早く帰れそうなら不要。ただ、3年の指導を放課後にするときには、必要になる。今日は昼休みで指導を片付けるから、1時半には退勤できる。インドア射場も今日と土曜日だから帰りにちょっと寄って5,60射と思っている。アウトドアが始まったら、火・水・木は練習なしだ。SPOT FOGでパニックを脱出しつつあるので、そこを何とか固めたい。50mでもきちんとセンターを狙って射ち続けることが当面の目標だ。
2021.04.08
何年やっても、年度初めの最初の授業は、少しは力が入る。まして、今年はTTを除けば週4時間+特講。こんなに少ないのは管理職以来だ。あの時は確か1年目2時間。2年目以降はゼロだった。1限目は3年現代文。昨年度からのつきあいなので、気心は知れているし、初めて聞く生徒には、結構きつく感じるらしいジョークも十分通じる。最初に読むのは小熊英二の「グローバリゼーションの光と影」という文章。2002年の毎日新聞夕刊の掲載である。その当時は、グーバリゼーションは一つの目指されるべき価値と思われていた。が、その後のEUの失敗、トランプの登場など、それを否定する気分が蔓延している。今の生徒に「グローバリゼーションという言葉にどういうイメージを持っている?プラス?マイナス?」と聞いてみると、9割以上がプラスイメージ。これは少し意外だった。おそらく、プラスが多いにしても6:4くらいかな、と予想していた。つまり、生徒の意識はミレニアム以前、80,90年代の意識なのである。これなら教え甲斐がありそうだ。この文章のキーワードは「グローバリゼーションとナショナリズムの共犯関係」という語句である。例えば、日本の相対的貧困、格差の問題はその共犯関係によってもたらされているという視点が得られれば、授業の目的は達成されたことになる。今回の最終課題は、「グローバリゼーションとナショナリズムの共犯関係」とはどういうことか400字以内で説明せよ。さらに「あなた自身はグローバリゼーションについてどう考えるか」を400字以内。前者は提出必須、後者は小論文が入試に必要な者を対象として出題し、提出は自由。こういうふうに、最終の課題を最初に明示することが、生徒の授業への集中力を維持することにつながる。こういうこともTTの新人に教えることになるだろう。
2021.04.08
入学式や始業式、オリエンテーションなどの年度初めの諸行事もだいたい終わり。2,3年は今日、1年は今日午後から平常授業だ。今年から第一回定期試験までに読む文章と、その狙いについてのプリントを一枚出すことにした。口頭では説明しているのだが、きちんとしたプリントにしておけば、生徒が当座の授業の展開を予め知ることが出来て、都合がいい。いわゆる「シラバス」の原型である。大学などでは今は普通に出している「シラバス」つまり講義概要は1年分だが、とりあえず形だけ、という感じのものが多い。学生も、レベルによるだろうが、読まないだろう。高校では、必修科目なので、1年分を読み比べて選ぶ必要はないのだから、もう少しスパンを区切って、定期試験ごと、年4回ほどの予定と目標を書いて、授業の冒頭で説明する方が、実質的である。使えないプリントや副教材よりよほどいい。今日は3年生。明日は2年の初授業である。1年TTは来週から。
2021.04.07
昨日は、仕事がなかったので火曜日だが昼に射場に。日曜の試合でよかったSPOT FOGとカーボン1。アウトドアはこの組み合わせでスタートすることにしている。中りよりもどうすれば狙えるかだけを考えて射つ。だいたい、中心についたところで指をトリガーに添え、そこからどう引けば下がらないかをいろいろ試した。今のところは、少し押し手を矯めて、いつもより後ろに引いて、それに負けずに押して、さらに引く、という「矯め→引き→押し→引き」というところでリリースを待つ、というのがベストな感じだ。今日は仕事なので練習はなし。次は木曜日が弓の理事会で、どうせ射場に行くから、仕事+弓ということにした。今の射をさらに確かめたい。
2021.04.07
昨日は、朝からいい天気だった。せっかくなので、どのくらい行者大蒜が大きくなったか、妻とフィールド射場に。山の斜面を使うが、上の山、下の沢の両方に群生している。我が家の庭の行者大蒜は、一週間ほど前に、いきなり生えてきて、十分な大きさになったので、山もそろそろか、と思った。だいたい、福寿草の後、片栗の花と同じ頃にちょうどいい大きさになる。今年は、雪解けも早く、気温も高いので、ひょっとしたらもう良い頃合いかと思ったが、まだ小さすぎた。後一週間はかかりそうだった。来週にもう一度。そちらのアテが外れたので、帰りに地元の生乳工場にあるアイスクリーム屋に。いつも観光客で賑わうのだが、去年はコロナでメニューも限定し、休みも多かった。どうかなと思ったら、開店していて、客も10人くらいはいた。いつものモカミックスハーフと去年は販売中止にしていた肉コロッケを4つ。生乳をたっぷり使うので、両方とも美味しい。コロッケは、昼にひとつ。春キャベツの千切りと一緒に。今朝、もう一つ。レンジで1分温め、後はオーブントースターで3,4分。これで、揚げたての味になる。昨夜は、息子と孫の昇任、入園祝で赤飯。まあ、そういう理由をつけて赤飯はわりとよく作る。孫はまだ一日泣き通しで幼稚園にいるらしい。息子の教え子が先生をしていて、一日中抱っこみたいだ。
2021.04.07
一昨日の全日本水泳で池江は優勝。昨日のMLBで大谷が投打二刀流で、3失点1本塁打。今更のことながら、凄い才能だ。しかも池江の場合は白血病からのカムバックというドラマがあり、大谷はトミージョン手術からの回復である。大谷の試合は、整形に行く間だったので録画しておいて、5回まですべて見た。池江のレースは見損なったが、何度もニュースで見た。こういう興奮と感動が味わえるなら、別にオリンピックなんてなくてもいい。池江の場合、東京オリンピックでメドレーリレーの内定が出たが、彼女がほしいのはパリでの個人種目金メダルだろう。東京がなければ、そこに向かって努力を重ねるに違いない。池江の想定外の活躍で、オリンピックへの機運は盛り上がるかもしれないが、日本では相も変わらず検査数抑制の上に打ち出された感染者数に一喜一憂しているていたらくだ。海外は再びロックダウン。開発途上国には中国製ワクチンしか行き渡らない。こんな状況で、スペクタクルとしてのオリンピックが成り立つはずはないのに、誰もそのことを正面切って言わないのは、やらないとIOCが大損するからである。ついでに言っておきたいのだが、スポーツ選手の活躍に「元気をもらえた」とかいうのは、できればやめてもらいたいものだ。我々はただ「凄い!」と思うだけであり、そう思ってくれたら選手としても十分なのではないか。なんで元気をもらったり、与えたりしなければならないのか。「元気」は自ら「出す」もので、人様から「いただく」ものではない。もちろん、そのきっかけが大谷の二刀流でも池江の優勝でも構わないのだが、まるでそのことが第一義であるかのようにみんなが話すのには、違和感を感じる。テレビ画面の自分とは縁もゆかりもないスポーツ選手にそんなことを要求してはいけないし、スポーツ選手も国民に元気を与えるなどという不遜なことをたくらんではいけない。元気くらい、空元気でもいいから自分で出せ、と言いたくなる。まあ、そう思うのは時代遅れの個人主義者の感想なのかもしれないけどね。
2021.04.06
今日から仕事と思っていたら、正確には今日はまだ行事などでお休み。明日の2限、3年現代文からのスタートだった。今日は休日なので、午前中は弓に。午後は、多分生育が早いはずの行者ニンニクの様子を見に妻と山に。年度初めは、各学年で始業日が違ったりしてややこやしい。明後日は、2,3年の現代文+1年の7限。これは、通常の時間割ではないが、まあ、初回ということなので、一応TTとしての顔見せ。職場に教委からの通達が入り、知事の札幌への往来自粛要請のため、教員の移動もいけないということになり、総会には行けなくなった。まあ、公的機関としては、仕方ないのだろう。全くの私人なら、構わないのだが、一応、職業人としては従わざるをえない。今週のお仕事は、授業3時間+教科会+TT1時間で5時間。フルで授業があるのは来週から、特講が入るのは再来週からだ。28日は有休を取って、今年の5月は8連休である。孫に会いに鹿児島に5泊の予定。
2021.04.06
今年度も、仕事は火・水・木。普通のサラリーマン並みに働くのは火曜日だけで、後はパート勤務みたいなものである。それでも、できるだけいい仕事をしたければ、準備に相当時間をかける。今までも時間はかけていたが、今年度限りという思いで仕事に取り組むのなら、いっそう丁寧にやりたい。そういうわけで、原則として火・水・木は仕事と家事のみ、弓はなし、ということにした。というと、真面目な労働者みたいだが、実は弓の方も少しやりすぎて、かえってパフォーマンスが落ちてきているように思うのだ。今回、まあまあの結果が出たのも、腰を痛めかけて、練習を自重したからだと思う。現役のころ、管理職になるまでだが、生活の中心は弓で、その合間に仕事をしていたようなものだった。それでも、仕事も一番いい評価を得ていたし、体力的にも何とかもっていた。弓の方も「全日」の冠がつく試合に5,6回は出た。今、管理職を離れ、昔よりもよほど弓に集中できるかと思い、そうやってきたが、なかなかパフォーマンスが上がらない。50mのベストが651。これでは、やっと地方選手権に出られるレベル。せめて670まで上げようとしたが、年齢的にも、体力的にも、今のレベルを維持するのが精一杯である。仕事の方はこれまではそこそこの努力で、高いパフォーマンスを得てこられたのだから、もう少しちゃんとやれば、今年度はベストの授業ができるだろう。だから、火、水、木は仕事、弓なしでいこうと考えている。
2021.04.05
目標は265だった。今のバラバラな中りでは、せいぜいエンド53が出ればいい方だ、という思いで臨んだインドア最終戦。形式は30射+トーナメント(ハンデ8)というかなりお遊びの要素が強いものだ。56が一回、55が二回、54が二回で予選は274。ハンデがあって1位。ハンデなしでも2位だった。今の自分としては望外の結果だ。8点2本。カーボン1のわりには、10点6本は上出来。トーナメントは、シードで準決勝から。これは、相手がハンデ2。135で1点差勝利。ハンデがあるとなかなか接戦になる。決勝。相手のハンデ1。4エンドまでハンデ込みで2点負けていた。5エンド、10-9-9だったが、相手が9-9-8。これも1点差で辛うじて勝てた。これも135。お遊びの試合形式なのだが、それでも勝ちは勝ち。勝てば嬉しい。そういうわけで、上機嫌でインドア最終戦を勝って、次の日曜は射場開きだ。
2021.04.05
昨日、腰の状態はまずまず。この感じならちょっとは射てそうだ。11時ころ射場に。インドア射場も後一週間。次の冬はこの射場が使えるかどうか・・・SPOT FOGでまずまずの中り。今日のお遊び試合(30射+トーナメント)はカーボン1+SPOT FOGで。午後はダラダラ。妻と新しい海外ドラマを見始める。828便が途中乱気流に遭い、何とか切り抜け着陸するが、そこは5年半後の世界。半分が828便に乗っていた家族がドラマの主人公らしい。まあ、そこそこの面白さだが、着想もLOSTが途中でこけた今となっては平凡で、ドラマは結局、人間を描けるかどうかなのだと思う。しばらく続けて見ることにした。海外ドラマも日本と同じで、人気が出てシーズン2,3と続いていくと、マンネリ化し、それを打破しようとして無理な設定をして、悪循環にはまり、何だか尻切れトンボになって終了する。だが、そういう成り行きを見るのも嫌いではないのだ。何かと話題のメーガン妃の出ていた『SUITS』もシーズン8まで続いたが、そんな感じだった。夕食はハタハタの塩焼き、白蕪と蒟蒻などの煮付けなど。このところ、夕食のお伴は、十勝ワイン。いつものチリ産ワインよりも高いが美味しい。高いといっても、税込み1000円以下。だいたい2,3日で1本。昔は「町民還元用」という名前で、池田町では全世帯に無料で配っていたが、今は「町民ワイン」となっていて、販売している。2番絞りの液を使ったロゼで、値段はともかく、辛口で、自分の好みに一番ぴったりとくる。それを飲みながら、「みてね」で来た鹿児島の孫の入園式の動画などを見て、夜の時間を過ごす。昔と違い、今は2歳児が入園式の主役。「ワー!!ギャーー!!ママーー!!!」などの泣き叫ぶ声ばかりで、阿鼻叫喚、まるで幼児集団誘拐の現場みたいだ。それから二階に行って何曲か弾いて、歌って。降りてきて、風呂に入って10時くらいに就寝。まあ、だいたいそんなふうに一日は過ぎていくのだ。
2021.04.04
自分の中で、今の仕事は「今年度限り」という思いでやっていこうと考え始めている。もちろん、そうは公言していないのだが、管理職を辞めて5年目、2年目の特例の準常勤講師。こういう人間がいつまでもいるのは、職場にとってもなかなか扱いにくいものだ。もうフル年金になって、生活の基盤は十分あるのだから、そこにしがみつくのは自分の信条に反する。次年度からは非常勤で十分だと思っている。あるいは、以前ちょっと声のかかった他校に行くか。先方は自分の教科指導の腕前を、大学受験の得点力をつけるという意味で、十分に分かっているから、どうしても欲しいらしい。非常勤なら、時間を調整すれば兼業も可能だ。古典の場合は、1年時できちんとした指導があれば、後は、2,3年で多読すれば大丈夫だ。昨年度久しぶりに2年の古典を担当したが、1年でほとんど何も教えられていない状態だった。それにコロナが加わり、スタートで躓いた。だが、それでも現在は出来の大体普通の特進のレベルまでには回復している。生徒は相当きつかっただろう。なにしろ、1年時の3倍から4倍の文章量を読んでいる。通常は2年で1年の2倍程度、3年で3倍程度だ。問題は現代文で、これはまともに教えられる教員がほとんどいない。それはそうなのだ。彼らは「近代」と「ポストモダン」と「現代」の思想史的区別も知らないで、「現代」文を教えようとしている。現在の大学入試の「現代文」は「現代を論じた文章」が圧倒的で、女子大か文学部にでもいかない限り「文学」は出題されない。慶応などは「国語」ではなく「小論文」だが、大量の資料文を読まされる。その文章の多くは政治、経済、文化、社会に関する評論である。今年度、教え子の新人のTTでついたのは、自分の後継を作って欲しいという思惑も働いている。ただ、現代文は教師の個性が色濃く反映するので、これはうまくいかないだろう。こちらとしては、多少のアドバイスができれば、と思うだけだ。まあ、そういうわけで今の立場で教えるのは「今年度限り」と自分では勝手に思っているのだが、実際にはどうなるか分からない。病気で非常勤もできない状況になるかもしれないし、生活の場自体を、どこかに移すということにもなるかもしれない。この歳になれば、誰かに会っても、仕事をしても、試合に出ても、「これが最後」という気持ちが必要なんじゃないかな。
2021.04.03
昨日は、年度初め。といっても、教務の諸連絡会議と教科会への出席だけだったので、11時に始まり、1時には終わった。時間割を確認し、一箇所だけ直してもらった。特講のある火曜日の4限に、木曜日の7限からTTを移しただけ。それで、誰かが動く訳ではないから、簡単に話は通る。たったそれだけのことだが、これで木曜日は何もなければ午前でほぼ終了となる。それが1年間のことだから、結構大きい。今年度は、大体のところで、火曜日は11時半~8時半、水曜日は9時半~12時半、木曜日は10時半~12時半という拘束時間だが、火曜日は2時半~4時半までは中抜け可能。実質的には12時間×35週=375時間+夏冬の講習15時間=390時間という拘束時間。正味はもっと少ない。3年生は、実質32週であり、特講回数も少ない。その分を引いて360時間ちょっとといったところか。しかし、こうやって時間で労働量や賃金を計量するのは、工業化時代の工場勤務者のいわば「遺物」で、自分もそこから抜けきっていないのだな、と思う。実質時給では4000円あまり、と考えれば、今時そう悪くもないと言えそうだが、実際はそうはいかない。授業の準備、採点、小論文指導、TTの新人指導、入試問題作成など、目に見えない時間をかなりかけるし、会議も二つ出てくれということだ。入試問題などは、日がな一日かけている。ひょっとすると、名目上の週20時間に近いかもしれない。しかし、自分の仕事は、そもそも賃金仕事、英語の所謂「job」ではない。ボランティアではないから賃金も大事だが、それ以上に仕事が自分のアイデンティティを形成し、社会でもその価値を認められる「work」だと思いたい。「使命」と訳すべき「calling」と言いたいところだが、さすがにそこまでは言えないなぁ。昼食を家で食べて、3時ころ射場に。40本くらい射ったところで、寒くなってきたので薪ストーブをつけようとした。今年の薪は燃えがよくなく、少し細かく砕いておこうと思ったのがいけなかった。ぎっくり腰・・・いや、その一歩手前くらいの感じである。何というか、腰が「下がる」という感じだ。すぐに止めて帰宅。とにかく初期は動かないことに限る。朝起きたとき、少しはよくなっていたが、今日も出勤だし、整形でもらった痛み止めの座薬を。それで、何とか大丈夫のようだが、もちろん今日は弓はお休み。帰ると、息子から妻宛てに宅急便。仙台の萩の月みたいな「かすたどん」というお菓子。「何だろうね、これは?」。妻がメールすると「ホワイトデイ!」だと。遅い!まあ、しかし、親子でこういうやり取りがいまだにあるのも悪くない。2月は娘が毎年、海老で鯛を釣ろうとして、チョコを送ってくる。息子は今年度から准教授。大学なので裁量労働制だ。といっても、結構遅くまで大学に残っているらしい。あんな仕事人間になるとは思わなかった。妻に言わせると自分に似ているそうだが、そうだろうか。普通のサラリーマンからみたら、息子も自分も随分と恵まれている方だろう。息子の仕事も、当然だが、時給換算するようなものではない。まあ、どちらにしても来週から本格的に始業となる。それまでには腰を完全に治さないといけないな。
2021.04.02
仕事をしていないフルリタイアの人にとっては、4月1日は単なる「月替わりの最初」にすぎないのかもしれないが、自分にはまた新たな「仕事」の始まりである。若いころは「あ~あ、また一年が始まるか」という思いしかなかったのだが、この歳になると「ありがたいことに、新年度を迎えられた」という気になるから不思議だ。まあ、凡人の常ということなのだろう。今日は11時までに出勤すればよく、14時ころには退勤できそうだ。その後、家で遅い昼食を食べてから、射場に。昨日も午前1時間だけ、ひたすら射ち続けたのだが、少しは狙えるようになってきた。今週はひたすらそれだけ。
2021.04.01
厚生労働省の役人が23人で大宴会?をしたとか、変異株が多い大阪府などに「まん防」を適用するだとか、相も変わらずコロナという話題が消費され続けている。何をどうしようが、伝染病としてのコロナは、サーズやエボラ等に比べると、重篤な状況に陥る率の低い病であり、特にマスクや消毒がこれほど徹底される日本では、パンデミック(感染爆発)というほどの事態にはなっていない。ところで、この「まん防」という言葉だが、なんとも違和感の強い略語だ。そのひとつが「蔓延」の「蔓」を仮名書きにしているからだ。「まん防」で三文字、「蔓延防止法」でもたった五文字である。「蔓」は訓読みで「はびこる」。そもそも「蔓」という字が常用漢字から外れているから、「まん防」というおかしな「漢字仮名交じり熟語」が生まれるのだが、「常用」とは誰が決めるのか。自分は、伝統的に使われてきた漢字を政策的に制限することには、強く反対する。「常用」するかどうかの判断は、漱石が「私の個人主義」で語った通りの意味での「自分本位」でいい。そんなものはお上に決めてもらわなくてもいいのだ。「蔓延」がダメなら「漫画」もかというとそうではない。同じ「つくり」でも、常用漢字かそうでないかで新聞表記が変わる。それならいっそ「まん延」などと書かず、「まんえん」と書いた方がまだましだ。漢熟語の表意性の一字分だけを捨象するなどという暴力的な表記は本当に腹立たしい。要は、漢字表記が多すぎると多くの国民が不便である、といういかにも国民のためを思っての配慮だという顔をしながら、その実、国民をバカにして、なめているとしか言えない愚策である。そういうことを嬉々として決める国語審議会なる組織こそ、バカの集まりだ。一方で、逆のおかしさもあって、例えば尊皇攘夷の「攘」。これは高校日本史の教科書でも必須の用語だが、天皇が「譲位」するの「譲」と漢字の「旁(つくり)」は同じだ。ただ「譲」は常用漢字で、「攘」はそこから外れているというだけだ。それなら、外れた方も簡単な新漢字に直せばいいものを、そうはならない。かくして、アタマの悪い教師は「攘夷」を正確な旧字体で書くことを要求するという世にも不思議な「教育」をすることになる。役人が送別会をすることに目くじらを立てる一方で、ひたすら「自粛」を要請し続けるだけで、ワクチンもいつ始まるか分からず、現場が効くという治療薬をいつまでたっても承認しないというチグハグさと、「まん防」の表記のチグハグさは見事に平仄が合っている。それなら、「個人」としてコロナにどう対峙するかを決めるほかはない。あ、「対峙」じゃなくて、正しくは「対じ」でしたね。
2021.04.01
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