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今回はそれぞれメンバーの違う三つの旅行がつながって愛知、大阪、岡山、香川、京都、三重と六つの府県を渡り歩いた10日間の大旅行となりましたが、どれもそれぞれオーガナイザーがいてくれて、全ての旅程やレストランなど世話をしてもらえたのでとてもラクチンでした。これまではその役をたいてい私がやっていたのですが、世代交替の時期が来たのでしょう。ありがたいことです。最後の伊勢神宮では到着してすぐ荷物をホテルに預けてすぐ外宮の参拝と遷宮館の見学をしました。新しい外宮の一部と同じものや新しくなったあらゆる神具とそれを作るのに使われた道具類が展示されていて、改めて日本の文化、工芸技術の素晴らしさに圧倒されました。神社とその中に納められているものすべてを20年ごとに作り変えるのは、その技術の伝統を伝えていくという目的のほかにもう一つ大きな理由があると聞いたことがあります。それは「エネルギーを発するもの」はじっと一所にいるよりも動かしたほうがそのエネルギーがよりいっそう活性化するからなのだそうです。その理屈から言えば人間もエネルギーを発する存在ですから、旅行も引っ越しも転職もその機会が来たらしたほうがいいということになりますね。というわけで私は機会さえあればあちこち動き回り、旅行もしているわけですけれど。伊勢神宮の後は女4人旅、レンタカーを借りて最後の宿泊地伊勢志摩を目指しました。温泉に入り、誕生日イブの娘に優しい友達が用意してくれたバラ風呂に私たちも交替で入り、ひとときのお姫様気分。バラの花が沢山入ったお湯はいつまでも冷めず、身体もとても暖まるのでびっくりしました。(写真をアップできなくてザンネン!)翌日立ち寄った月詠宮という天照大神の弟神がまつられている神社で友人が撮った写真に不思議な光と半透明のオーブが沢山写っていました。実はこれは土砂降りの雨の中で撮られており、どこにも光源となるものはなかったのです。
2013年10月26日

高松には4泊したのですが、そのうちの2日間は台風の影響で雨。波が高いと船が揺れるので島へ渡るのはあきらめて市内をぶらぶらしたり「ことでん」で仏生山温泉へ行ったりして過ごしました。 最後の日にようやく晴れたので直島へ行き美術館めぐりをしました。アンドーミュージアムとやはり安藤忠雄さんがデザインしたリー・ウーファン美術館は見ることが出来たのですが、かんじんな地中美術館は前まで行ったのに帰りの船に間に合わなくなるので中へ入ることが出来ず残念でした。 夕方瀬戸大橋を列車で渡って岡山経由で京都へ。 高校生の孫娘は今年大学へ入った友達に会いに行き、私は4年前から京都に移住した若い友人と会って夕食と皆それぞれの京都の夜を過ごしました。 翌朝早く私だけチェックアウトして名古屋へ行き、東京方面から来る次女と友人たち2人と落ち合って伊勢市へ向かいました。 今回のお伊勢参りは新しくなった内宮、外宮の参拝もありますが、式年遷宮を祝うハワイ島のカナカオレ財団による古典フラの奉納を見るのが主たる目的。 内宮の参集殿に開場1時間前から並んだ甲斐あって最前列に座ることが出来ました。 力強い声でチャントを唱えながら男女6人の踊り手が登場してフラが始まったとたん胸の奥から感動がこみ上げてきて涙があふれて来ました。 自然や神々への信仰と畏敬の念がハワイと伊勢をつなぎ、静かに降る雨を隔てて眺める踊りは本当に素晴らしいものでした。 来てよかった、来た甲斐があったという思いで胸がいっぱいになりました。 午後はレンタカーを借りて伊勢志摩スカイラインを南下して素晴らしい景観のホテルへ向かいました。途中立ち寄った月読宮で逗子のMさんが撮った写真がすごいのです。肉眼では見えないのにお宮の屋根に大きな光の玉が写り、半透明のオーブも沢山写っています。 この時ものすごい土砂降りで、どこにも光源などありませんでした。 宇治山田駅でレンタカーを返し、近鉄、新幹線を乗り継いで新横浜で解散。降りやまぬ雨の中をそれぞれ家路につきました。
2013年10月21日

外国への旅行は別として、国内旅行はせいぜい2泊か3泊が普通だった私にとって近畿、関西、四国とそれぞれメンバーが違う三つの旅行がつながって10日間の旅というのは初めてのことでしたが、つつがなく全ての行程を終えて昨日土砂降りの中を無事に帰って参りました。 最初の2泊3日は知多半島へのトランプ合宿。2年前のピースボートで知り合って結婚した若夫婦が始めたゲストハウス「ほどほど」に集合した日は真夏のように暑い日でした。 三河湾に沈む夕日に感動し、四つで500円というワタリガニや山盛りの刺身用のイカが300円という安さと美味しさに大感激し、温泉もトランプも、名古屋名物「モーニング」も楽しんだ3日間でした。 みんなと別れ、名古屋でフィンドホーン仲間の典子さんと味噌カツランチで旧交をあたためた後大阪へ。娘の友人Hさんとの夕食はもちろんお好み焼き。1泊させていただいて翌日はHさんのお友達3人が加わって1日中トランスフォーメーションゲーム。ミラクルが3回も出てトランスフォーメーションになった方も一人。皆さんがどんどん変容していくのを目の当たりにして感激でした。 夕方5時にゲーム終了。6時の新幹線で岡山へ。高松行きの特急に乗り換えて初めての四国入り。長女と孫娘たちの待つホテルに着いたのは9時でした。 3年ごとに瀬戸内海の島々で開催される「瀬戸内国際芸術祭」のことは寡聞にして今年の夏まで毎日新聞に連載された小説「アトミックボックス」(池澤夏樹著)を読むまでは知らなかったのですが、島の空き家や空き地を使ってのアートはユニークで斬新なものばかり、外国人も含めて大勢の人々で賑わっていました。 小説の主な舞台となった犬島には野外のアートが沢山あり、ヒロインが国家機密をかかえて国家権力から逃げ回る精錬所の跡はそれ自体が美術館になっていました。 私は四国にはあまりご縁がなく、高松が香川県ということさえ今回の旅行の直前まで知らなかったほどなのですが、ピースボートでお隣の部屋だったNさんが香川だったことを思い出しご連絡したところ、奥様と二人で素晴らしい料亭にご招待してくださって2年ぶりの再会を楽しみました。 香川にはもう一人、17年前に私が北軽井沢に住み始めたばかりの頃我が家に1週間滞在なさった方があったので、その方の名前を言ったらなんとNさんの奥様とはお友達ということがわかり、またもや世間は狭いことにびっくりでした。
2013年10月21日
2週間ほど前に中・高を一緒に過ごした60年来の友人の一人が亡くなりました。 彼女は何年も前から病気はかかえていたのですが、それでもクラス会には出席し、たまに集まる少人数のランチ会にも来ていたのに、「この歳になったら早い者勝ちね」と言っていた言葉通り私たちの仲間では先頭を切ってあの世へ行ってしまいました。 たしかにあまり長生きして友達が次々いなくなって一人残るのもいやだなあ、と思います。 今日は彼女を偲んで6人の仲間が集まって昼食を共にしました。 彼女には老人施設に長いこと入っておられた100歳のお母さんがいて、そのお母さんを見送ってから1ヶ月後の死でした。 逆じゃなくてよかったね、などと話しながら、彼女の思い出話に花が咲きましたが、毎年クラスメートが2,3人は亡くなって行く年齢になると、皆「死」をある程度受け入れているのでそれほど強い悲しみもなく、家族葬になさって一人残されたご主人に気を使わせるのも気の毒なのでお宅訪問は遠慮することにしました。 集まった6人のうち4人は80代のご主人がいる人たちなので、そう遠くない将来一人になった時のことが一番の関心事。 ずっと親と一緒にいて、結婚してからは夫と一緒で、高齢になってから一人になってしまったらさぞ心細いだろうと思います。 口では「早く一人になってラクをしたい」なんて言ってますが、いざそうなったら「オットロス」で落ち込んでしまうのではないかと心配です。 これからもお互いに「生存確認」する意味でも時々会おうね、と約束してそれぞれ家路につきました。
2013年10月07日
一昨日旅行からの帰りにキャリーバッグを引っ張りながら夜7時からの読書会に直行しました。 9時半過ぎに終わり、みんなで近くのファミレスに行って二次会。 遅いのにけっこう混んでいる電車とタクシーで帰宅したのはもう夜中でした。 急いでキャリーバッグの中身だけ片づけてすぐベッドに入りました。 朝までぐっすり6時間眠って目を覚まし、急いでシャワーを浴びて朝食。 8時半にはもう家を出ていました。10時から六本木でマージャンの約束があるので通勤客で混み合う電車にずっと立ち通しで行きましたが、まったくご苦労様なことです。 5時まで遊んでみんなで近くのお蕎麦屋さんで早めの夕食をしながら、次回の相談です。大体月に一回の割合で集まっているので、みんなの都合がいい日を決めて解散。 地下鉄の駅で別れ、私は日比谷線で三つ目の「中目黒」のGTホールで行われるフィンドホーンのギャザリングへ。 30人ほどが集まり、いつもの笑いに包まれた自己紹介からスタートして、セイクレッドダンスを何曲踊ったでしょうか。 休憩をはさんでエンジェルカードを引き、シェアリング。 テーゼを歌い、最後は「ハレルヤ」の大合唱で終わったのはもう10時近い時間でした。 帰りの電車も大変な混みようで、席に着けたのは降りる駅の二つ手前くらいになってから。家に着いたのはまたまた12時近くになってしまい、急いで顔だけ洗って寝ました。 何人もの方から「元気になってよかったですね」と声をかけていただき、とてもうれしかったです。5週間も寝たきり状態が続いて、退院してからも普通の速度で歩けるようになるまで長いことかかった経験をすると、こうして若い方たちと手をつないでダンスが出来るのは本当に幸せなことです。 でもさすがに疲れました。(笑) 今朝は8時過ぎまでぐっすりと眠ったので元気回復。10時からは歩いて2分の場所でやっている週一回の体操教室にもちゃんと行って来ました。
2013年10月04日
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