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4. 西田幾多郎の「善の研究」とシュタイナー シュタイナーの人間の構造分析においては、 Geist(霊 ・精神)は神的世界の住人であった霊 ・精神(Geist)と絆をもつことで、人間は神化されるということが確認されたのですが、注目したいのは、その霊 ・精神(Geist)を受け取る側の場である。シュタイナーはこの場を真の自我(Ich)、純粋な思考Jが行われる場だと考えます。自我(Ich)、個としての人聞を統ーしている場であり、神的世界に聞かれ、 善を獲得する場である。この自我(Ich) は、通常では生前獲得は非常に困難だろうことは容易に想像できますが、古今東西に皆無だったとは申せないのは史的知識に通じた人間には判別可能です。其の代表例が極東アジアの哲学を西洋に認識させた西田幾多郎 (1870-1945)の西田哲学です。彼の基本哲学が、「反省を含まず主観・客観が区別される以前の直接経験」を指す用語、 ウィリアム・ジェームズ、アンリ・ベルグソンの近代西洋哲学、禅などの東洋古典思想を反映させた「善の研究」で純粋経験を主張と酷似するのです。その「純粋経験」が考察された、西田が初期に著した「善の研究」が、西洋哲学が日本に導入されて初めて書かれた日本人の独創的な哲学体系が展開されたと言われる書でなのです。西田哲学の出発点として位置づけられているこの書は、四篇から構成されており、第一篇が「純粋経験」、第二編が「実在j、第三編が「善」、第四編が「宗教」となっています。第三編の「善」では、善が「自己を知ること」、「理想の実現」、「意志の発展完成」と判別されており、「意志の発展完成」は「自己の発展完成」であり、善は全体を統一する最深の統一力である「純粋経験」だと論じられているのです。この「純粋経験」は、対象を認識するにあたり、知覚し、意識が分化する以前の主客未分の状態であるが、これは単に対象を知覚する以前の状態というわけではないところに西田の特徴があるとしつつ。現在意識においても、過去の意識が働がけ意識統ーが必然として働いており 、主客の対立にみえる底にも実は統一の力は働いている看做される。この無意識のうちに「自己の根底」で働く意識統一の状態が 「純粋経験」である。唯一の実在が意識だとする西田は、「絶対的統一」力こそが神であると看倣し、意識を統一する「純粋統一的経験」は、同時に自然を統一することになり、人間と自然、宇宙を統一するものだとした。人間においては、それは自己を知ること(自己統一)として現れるのであった。「自己を知れば人類一般の善と合するばかりでなく 、宇宙の本体と融合し神意と冥合するのであると述べているように、自己を知ることで、善を知 り、神と合一するのだとした。然し乍ら、こうした神に近接を求める道は、自己の安心のためという利己的な要求から出発するのではない。自己の中から主体的にでる「大いなる生命の要求」でなければならないという 。神人合ーは、「主観的統一を棄てて客観的統一に一致するjのであると結びます。このような自我・自他をを超えた自己の統ーから、自己を捨て世界と結びつく意識とする議論を展開する西田哲学の思想を、宗教学者である小野寺功は、論文「西田幾多郎から聖霊神学へ」の中で、キリ スト教の 「聖霊神学」と関係づけることを試みました。小野寺は、「霊」という「場」を自覚することで人間は自己超越していくといい、西田の「 自己の根底j が 「霊性」の「場」だと しました。シュタイナーのいう 真のIch(自我)Jが Geistselbst (霊我 ・精神的自己)Jに神化された状態を、 小野寺の理論から考察すると、西田の 「個 としての自己を知ることで、善を知り 」、その後の 「主観的統ーを棄てて客観的統一に一致する」状態が、 Geistselbst (霊我 ・精神的自己)として Geist(霊 ・精神)が流入した 真の自我であるIch のシュタイナーのイメージと重なります。シュタイナーも西田も、 自己を知悉すること 、自己を認識することで、神的合ーに至り、内部から主体的に湧いてくる善を経験することで合一します。但し、西田哲学の 自己が宇宙に開かれて、神へ昇華されるのに対し、シュタイナーの真のIchは、GeistGeist(霊 ・精神)と結びついてなお残るのである。此れほど、世界の東西世界線を意識される問題は今後も課題になることは疑いを得ません。哲学・思想ランキング
2022年09月30日
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3. 人間における宗教性一Ich(自我)の神化への過程ー4 自我(Ich)は体(Leib)と心性・魂(Seele)の力を得てGeist(霊 ・精神)世界の生成と死滅、シュタイナー世界のいう鉱物の法則や生命の法則に関わらない永遠性を獲得した霊我(Geistselbst) となり、自我(Ich)の最高の表現である意識魂(独:Bewusstseinsseele)はSeele(魂)を通してLeib(体)に影響を与える。 自我(Ich)が真に主体性を獲得したときに霊我lまSeele(魂・心性)を通してLeib(体)に影響を与える。自我(Ich)が主体的になったとき、「どんな単純な思考内容も直観を含んでいる状態になるのである。主体的であるというのは、 Leib(体)や Seele(魂) に対して Ich(自我J)が主導権を握るということである。主体的な 自我(Ich)が霊 ・精神(Geist)の世界から取り出したい内容を獲得してくる。単純に言えば、身体感覚や感情に対しては振り回されず、冷静に、また道徳的に自己の心に忠実に振る舞える心的状態、そうした 自我(Ich)が実現されていると状態となります。そのときには、自我(Ich)は 霊我(Geistselbst) となると同時に Bewusstseinsseele(意識魂)Jになり、人間が欲する最も理想的な状態となるとし ます。シュタナーのいう人間性の進化の究極の目標は、このような状態になることでしょう。シュタイナーのいう 自我(Ich)、個性としての人間存在において中心となるものではあるが、それは利己主義を超えて他者そのものを受け入れる場所でもあった。 Leib(体)や Seele(魂・心性)o fLeib (体)Jや Seele (魂・心性)Jの力を結集し、外部の世界の知覚内容や、内部の感情により形成された内的世界を統合整理し、其れ迄の記憶を「直観」で智慧にすることが自我(Ich)神化、即ち、人聞の宗教的性格性の真相であるのだとシュタイナー神秘学は語ります。哲学・思想ランキング
2022年09月29日
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3. 人間における宗教性一Ich(自我)の神化への過程ー3 主体性を持ち得た自我(Ich)は体(Leib)と心性・魂(Seele)の力を得て自分の目的を実現するようGeist(霊 ・精神)に働きかけることが出来得たときからGeist(霊 ・精神)の流入が始まる。その時点から自我(Ich)は其れ迄の感覚世界の法則の従属を減少させてGeist(霊 ・精神)世界の法則に従う。Geist(霊 ・精神)世界は生成と死滅、シュタイナーの云う鉱物の法則や生命の法則に関わらない、即ち、生殖と成長、滅亡の法則、生成と滅亡に関わらない法則の世界、西洋哲学においては認識上の真・倫理上の善・審美上の美として聖別されたヘラクレイトスが万物の生成を支配する永遠の理法とする世界、ストア学派が世界を合目的的に支配する原理として神と同一視した「ロゴス」の世界が自我(Ich)の中から直観としてGeistselbst (霊我 ・精神的自己)が顕われると述べています。霊我 (Geistselbst) は、自分の中にこの生殖と成長、滅亡の法則、生成と滅亡に関わらない法則と同じ真理を担っている。 しかも、その真理は自我(Ich) によって取り上げられ、自我 (Ich) の中に包み込まれている。自我 (Ich) によって、真理は個体化され、独立した人間本性になる。永遠の真理がこのように独立し、自我 (Ich) と結びついた一つの本性になることによって、自我(Ich) そのもの自身が霊我(Geistselbst) となって、永遠性を獲得する。霊我(Geistselbst) は自我 (Ich) の中での霊界の顕現であり、感覚的知覚は自我(Ich)の中での物質界 (diephysische Welt)の顕現である。赤、緑、明、暗、硬、軟、暖、冷の中に物体界 (diekorperliche Welt) の顕現が、 真・善・美の中に霊界 (geistigeWelt) の顕現を認識できる。物体界の顕現が感覚と呼ばれるのと同じ意味で、霊界の顕現は直観 (Intuition) と呼ばれる。此の直観 (Intuition)どんなに単純な思考内容もすでに直観を含んでいるとして東洋哲学を西洋に認識させた西田幾多郎が神とした人間の無意識において働く「統一的作用」であ「直感知」そのものです。哲学・思想ランキング
2022年09月28日
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3. 人間における宗教性一Ich(自我)の神化への過程ー2 Ich(自我)の神化はLeib(体)、Seele(魂・心性)、Geist(霊 ・精神)の三相構造を統合する場を成すにしても、其の其れ其れの関係を紐解くことは、シュタイナーの神秘学的世界を睥睨する一助になるでしょう。先ず、Ich(自我)はLeib(体)とSeele(心性・魂)の体験を総括する形態だということです。シュタイナーの定義する自我(Ich)は体(Leib)と心性・魂(Seele)の体験を総括する。自我(Ich)は体(Leib)と心性・魂(Seele)を支配しなければ、自我(Ich)は主体性を失い崩壊の危機を迎えます。主体性を失った自我(Ich)はGeist(霊 ・精神)との手綱は断ち切られます。主体性を持ち得た自我(Ich)は体(Leib)と心性・魂(Seele)の力を得て自分の目的を実現するようGeist(霊 ・精神)に働きかけることが出来る。人間が生きる上での理想の状態を三つの言葉で具現化した表現「認識上の真・倫理上の善・審美上の美」を人間の神化経緯に取り込むことで、努力と幸運(天運)と修練によって主体性を持ち得た自我(Ich)を失うことなくして、人間が生を得て生涯で活動してきた実行動のみではなく、精神・思考活動をも霊的判断を持って自己救済システムとも呼べそうな、現実的主義是々非々の立場、物理科学的に人間であれ個物であれ宇宙であれ全てはいつかは消滅・滅亡する生物学的唯物主観や一見するに合理主義者にみえるものに本当の生・精・聖は訪れようがありません。哲学・思想ランキング
2022年09月27日
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3. 人間における宗教性一Ich(自我)の神化への過程ー1 何れにしろシュタイナーは、人聞が生命力や感情をもっ動物的存在であることを越えて神的要素を持つことで、人間は真の人間になれると考えていたのですが、そのためには、 Geist(霊 ・浄化された精神)の獲得が目標とされると説きます。シュタイナーにとっては Geistは、思考や理性及び精神であると同時に、穢から離れた聖なる領域に属するものなのです。人聞が神化されるとは、Seele(魂・心性)Jの中心である Ich(自我)に Geistselbst (霊我 ・浄化された精神的自己)が流入するという。その Ichは、Leib(体)、Seele(魂・心性)、Geist(霊 ・精神)を統合する働きをする場所でもある。シュタイナーは「自由の哲学 (Die Philosophie der Freiheit)で、 Ichが①思考活動において、自分と思考する者とが同一存在であることを知っているもの。②自分の思考活動をすべて自分が意志 し、自分ですべて理解しながら、また、そうした活動を望んでいるもの。③思考の中に立ち、その活動を観察しているものだと説明しました。将亦、米国におけるシュタイナー教育導入の立役者として 、半世紀以上に亘り、シュタイナー教育に関わってきたパーンズ (HenryBarnes)なる人物は、シュタイナーの Ichを自己の著書 で、①肉体や魂の外殻 (outersheaths)をまとい、 霊 (spirit)と繋がる。②肉体やパーソナリティー (personality) と結びつきながら、高度な客観性を獲得できる高位の意識を覚醒させるもの。③自己教育を通して成長し続ける知の中の知、だと述べています。Ichは人間を個にも、また普遍的にもすることができる思考と結びつき、人聞が自己を客観視するための外なる霊界(精神界)から智慧を受け取る器官 (dasOrgan) ということになる。哲学・思想ランキング
2022年09月26日
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神秘学概論-記:8 霊我・生命霊・霊人 シュタイナーは、人間存在がLeib・Seele・Geistで構成されるのを人間倫理の理想だと考えていたわけですが、この人間を 「体・魂・霊」としてみる三分法は聖書の記述にもあるとも云えます。同様にシュタイナーが、人間を地上的な存在であるべくしてと伴に神性をも獲得できる存在であると見倣していることが容認されます。人間はシュタイナーの神秘的理論では人間の基本的構成として、 Leib(体)・Seele(魂・心性) ・Geist(霊 ・精神)として三要素が調和し、有機的関係をもつことで、人類の理想の人間像が描かれ、現実的存在が浮かび得るとしました。現代物理科学に於ける量子重力理論に無理やり其の思考を、マルチバース宇宙論を今は扨措き当て込めば、宇宙世界の未発見の暗黒物質・暗黒エネルギーを含め、汎ゆる個物は Leib(体)と同一視し、物理科学が捉えきれていない課題ですが、Seele(魂・心性)を可能性としての素粒子理論の確率論、シュレディンガーの猫の如くの秘めたる生命活動の可能自由性、最後のGeist(霊 ・精神)は人間の神秘学的人間観に基いて生成発展されるものであり未熟ならば棄捨されると思考します。何れにしても、現代宇宙物理学理論は今や実証認識を超えた領域へと踏み越えています。哲学・思想ランキング
2022年09月25日
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神秘学概論-記:7-9 シュタイナー思考 4 .シュタイナーの三相的人聞像観 シュタイナーは Leib・Seele・Geistの三相構造を基本とし、更にこの三相的人聞構造を細かく分類してみせます。各相のもとに Leibを physischer Leib (肉体)・Atherleib (エーテル体)・Astralleib (アストラル体)・Seeleを Empfindungsseele(感覚魂)・Verstandesseele(悟性)・Bewustseinsseele(意識魂)、Geistに Geistesmensch (霊人・精神的人間)・Lebensgeist(生命霊 ・生命的精神)・Geistselbst (霊我・精神的自己)などを配置させるといった按配です。通常の人間は感覚中心の LeibJと感情中心の Seeleで成り立つと想えます。然し乍ら、Seeleは思考の働きを以って Geist と関わりをもつことで人間は神化される。その Seeleの神化される場、此の場は宇宙空間上のある次元を占める空間場ですが、 Seeleの核であるlch (自我)であり、 lchは、 GeistJの世界の住人である Geistselbst (霊我・精神的自己)で満たされることで神化され、人間は自らの中に善を獲得するのです。このように Ichが神化された状態は、個的な統一でしかなかった狭い意味でのlch(自我)が、自らの思考の深奥をも読み取ることができる Ichである自我が AlI-Ich (全我) になるということの可能性を示すのです。哲学・思想ランキング
2022年09月24日
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神秘学概論-記:7-8 シュタイナー思考 4 .シュタイナーの霊あるいは精神(Geist/霊あるいは精神) シュタイナーは人間の本質は Geistにあると述べます。詰まるところ、彼は人間の本質を、精神的なもの、 霊的なものだと見倣していることを示します。然し乍ら、このGeistは単に通常一般に定義される精神感情を超えて、肉体を持した人間より、より拡張された高次の世界に住み「生きた思考」となり、日常の Ich(自我)を高次の Ich (自我)にするのであると示します。此の様な高次のIch(自我)とは、 主観の中に客観が生じた状態でもあり、「個体、個的な自我 (Ich) の人格が全我へと止揚(aufheben)、ドイツの哲学者であるヘーゲルが弁証法の中で提唱した概念。対立する二者をどちらも否定せずにかけ合わせて統合し、一つの解として昇華させる過程を経ることになります。全我とは「全て**はあなただった」ということになり、宇宙にたった一つの、無限なる力を持ったエネルギー体が、個我、個性、オリジナルを持ち此の物質世界を体験している、それが本当のあなたの姿だという訳です。人間の神秘学的人間観からすれば、あなたは肉ではなく、世界の創造、宇宙誕生の最初から無限なる光のもとにあって、完全体であり、無限なる叡智そのものに属するものだということになります。あなたの身体は全てが宇宙の生成物質から構成されています。ところが今のところは、宇宙に意識あるものを明確には人間以外には実証できないでいます。仮に意識あるものとされたものは、絶対存在論か信教の分野しか説かれてはいない。シュタイナーの霊あるいは精神論は此れに果敢に挑戦した姿勢だと云えなくもありません。哲学・思想ランキング
2022年09月23日
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神秘学概論-記:7-7 シュタイナー思考 3 .シュタイナーの人間観 シュタイナーの人間観は第二期の神秘主義的著作期以降に出版された講演記録から類推することが可能です。先ず、その人間観の特徴は、古代ギリシアの密儀により見出されたダイモン的人間像が基盤となっていることです。彼は、神智学協会入会直前に行った講演の記録、「神秘的事実と してのキリスト教と古代の秘儀」において、人間の心魂は神に似たものになると同時に、虫に似たもの」だとし、人聞が聖霊ダイモンの仲介により神的なものにも地上のものにもなる存在であるとして、古代ギリシアの人間観を分析し、自らの解釈を示します。古代ギリシア哲学者の密儀体験は、「自分のなかの永遠のダイモン 、「永遠の宇宙調和 」、「宇宙理性 (Weltvernunft)・ロゴス(Logos)J を感得することであったとし、人間存在が、ダイモンによりてより神性になること、その神性は永遠や理性であることが述べ、人聞が、感覚的、感情的な動物の性質を持ち合わすと同時に、理性という神性を持つものであることが確認される。神智学協会入会二年後に発表された著作「神智学」では、初期の哲学的著作である 「自由の哲学 」に見られる人間の意識に関する用語である 感情・思考、意志などの哲学的用語は姿を消し、エーテル体 (Atherleib)、Iアストラル体(Astralleib )、Leib(体)、Seele(魂・心性)、Geist(霊 ・精神)、Ich (自我)Jなどの神秘主義的用が使用されています。この中で人間存在は、大きく 三相に分けられ、人間の構造は、 Leib・Seele・Geistの三相構造が基本になっていると説きます。「体」・「魂」・「霊」と訳されることもあるが、「肉体J、「心性」、「精神」と訳されることもある。人間精神が生き生きとした実体をもっている基とするとみていたことを考えれば、和訳は前者の方が適切であるように思われるが、より客観的な議論のためには後者の説もが適切と取れます。 しかし、本稿では、シュタイナーは、個々夫々の身体感覚を「Leib」、個の内面世界を「Seele」、個を超え、宇宙と一致する神聖な世界であるとともに普遍的な精神世界を 「Geist」として、 Leibは、肉体である感覚器官により 、外界から印象を受けとりSeeleに伝え、性癖や情欲に生きるSeeleは、それを感覚内容に創り変え、保存し、Geistに伝える。真善美の永遠の世界に生きる Geistは、必要な体験をSeeleから取り出し、その記憶を永遠に保存し、人間の行為に還元する。Leib・Seele・Geistは、このように、有機的に繋がり構成された、 一個の人間存在を形成しているとするのがシュタイナーの神秘学的人間観だと云えましょう。哲学・思想ランキング
2022年09月22日
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神秘学概論-記:7-6 シュタイナー思考 2. シュタイナーの人間観 ダイモン的人間そして「肉体及び魂・心性、霊・精神」 の人間像記1:ダイモンまたはダイモーン的人間観に関しては、ダイモーンの呼称が二用の意味で西欧では使用されることに注意が肝要です。ダイモーン / 英語: daemon or daimon )は、古代ギリシアおよびヘレニズムにおける神話・宗教・哲学に登場する、「人間と神々の中間に位置する、あるいは善性あるいは悪性の超自然的存在で、下位の神格や死んだ英雄の霊など」を指す、和訳例では「鬼神」・「神霊」・「精霊」指すとされます。ダイモーンはユダヤ・キリスト教のデーモン、人間を誘惑したり、苦しませたり、取り憑く悪霊をも指し、デーモンに相当する西洋諸語(英: demon)は、これより派生したものである。主として古代ギリシアやヘレニズム哲学におけるダイモーンに対して「ダイモーン」という呼称を適用し、ユダヤ・キリスト教におけるダイモーン/デーモンには「デーモン」という呼称を適用して、両者を区別するのが通例であることを意に留め置くこともシュタイナーの神秘哲学の理解の一助にはなります。記2:シュタイナーの人間観、ダイモン的人間そして「肉体及び魂・心性、霊・精神」 の人間像、人間の肉体及び魂・心性、霊・精神は恰もキリスト教の三位一体 · 父=父なる神・主権 · 子=神の子・子なるイエス・キリスト · 霊=聖霊・聖神に対応させたものと云えます。仮に、宇宙が神の発心から始まる永遠不滅の存在と捉え、世界の創造主が現世宇宙を意識するならば、ダイモン的人間を容赦することもありえましょう。重要なのは此のことを認めれば、唯物主観一辺倒の実証主義を自認する物理科学者に対立します。記3:人間以外の動物は死を恐れない。なぜ人間は「死ぬのが怖い」のか。霊魂から脳のクオリア「感覚的体験に伴う独特で鮮明な質感」と、宗教、心理学、進化論、哲学、脳科学まで分野を横断して人類共通の悩みに迫る。そしてその先に見えてきたのは、すべてが幻想という脳科学の衝撃の結論。しかし理屈だけでは「怖い」は克服できない。著者はそこで、「死」を生き生きとした「生」へと還元できる七つのルートを示す。知的興奮を味わううち、新たな死生観が見につく現代日本人の教養書「人はなぜ死ぬのが怖いのか」前野隆司著もシュタイナー神秘哲学理解の一助となるでしょう。哲学・思想ランキング
2022年09月21日
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神秘学概論-記:7-5 シュタイナー思考 1 .シュタイナーの学術履歴とその思想の変遷 シュタイナー研究者であり、アメリカで「人智学/Anthroposophy(アントロポゾフィー.)に深く関与したへンリー・バーンズ (HenryBarns/1912 - 2008)はシュタイナーの思想をシュタイナーの言説に則して三期に分けて解説しています。第一期は認識論的、科学的土台を確立する段階 (1880年代-1910年前後)、第二期は第一期の段階を芸術的に具体化していく時期 (1910年前後 1917年頃)、 第三期は思想を社会化する時期 (1917年頃-1925) である。第一期の著作見られるシュタイナー思想の特徴は哲学的なアフローチが取られており、哲学的著作期とする。シュタイナーはカントを初め近代の哲学者たちの二元的認識論を批判し、加えてゲーテ研究からのの自然観の影響も受け自らの一元論的認識論を確固としたものにしてしきます。 こうした思索は十代後半の 1880年頃から 1900年頃まで徹底的に行われ、この時期の思想は「自由の哲学」 と 「ゲーテの世界観 」に著されています。第二期は、シュタイナーが神智学協会に入会し、神秘主義者であることを公の場に著した「神智学的転回」(1900) の時期であり 、1900年頃から 1919年頃までで、この時期を神智学的著作期とする。「神智学 (Theosophie)」や「神秘学概論 」などの神秘的著作を多く著しました。第一期で、行った「認識j についての思索は、神智学との出会いにより「人間性の進化Jを志向する方向が明確になります。人間の精神「心・魂・霊」の深みに踏み込むとともに、神性との繋がりの思想が構築されています。この時期には芸術の分野ではオイリュトミー (Eurythmie)の形式も完成し、また建築の分野でも次々と 心 (精神)と体(物質)を結びつける方法が実践的に試された時期でもあります。第三期は、第一期・第二期の思想を実践化した時期でもあり、実践思想的著作期と申せます。第一次世界大戦によるヨーロッパの人心が荒廃した状況のなかで、戦争のない世界の実現のため、人智学思想を実践に現実化した1919年頃から亡くなる彼の亡くなる1925年迄です。この時期には、社会改革をめざ した社会有機体三分節化(Dreigliederung des sozialen Organismus)理論を提示し、経済や政治の領域が精神的な領域に主導される社会を目指していたと取れます。この理論を基盤とした想、が農業や医療、教育の分野に広がり、各地で講演を行い「農業講座」、「治療教育講義 」、「教育の基礎と しての一般人間学 」等々出版されると同時に、シュタイナー学校、農業共同体、病院が設立された実践期と云えます。シュタイナーが齎したこうした組織は、現在もシュタイナーの宇宙論に基づいた実践的な活動で成果をあげているのは否定し得ません。彼の思想においては哲学的、神秘主義的、実践的な傾向へと変化・進展し、人間観と宗教性については、第一期を基盤としつつ、第二期の神秘主義的著作の時期に最も思索が深まっていたのです。哲学・思想ランキング
2022年09月20日
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神秘学概論-記:7-4 シュタイナー思考 1 .シュタイナーの学術履歴とその思想の変遷 シュタイナーが神智学協会入会後10数年でと挟を分かち、人智学協会を立ち上げるのは1913年。軋轢のあったアニー ・ベサント(AnnieWood Besant) ら神智学協会の指導部から除名されたのを期に、シュタイナーはそれまでの神智学内にあった人智学サークルを独立させます。対立の直接の原因は、キリスト観の相違にありました。アニー ・ベサントはインドの少年クリシュナムルティ (JidduKrishnamurti/1895-1986)がキリストの再臨だとし、協会内に宗教団体を作り教祖としたのです。キリストは歴史上一度きりの降臨とす、シュタイナーにとって、それは受け入れることのできないものでした。(注:シュタイナーが単なる交霊思想やオカルト思想の類ではなく、キリストの降誕・復活を否定しないことには注意が肝要です。)神智学協会指導部とシュタイナーの軋轢は、心霊主義を中心とする指導部の方針と、「科学性」を重視するシュタイナーの根本的な思考の違いから、すでに 1906年頃から始まっていたのであす。こうした経緯を経て、彼は自らの神秘学思想をもって独立し、以降、亡くなる 1925年まで、精力的にヨーロッパにおいて人智学を広める講演活動を行ったのです。、その講演回数は、 64年の生涯のうちで約 4350回にもおよんだと云われます。まさに実践活動に重きを置く彼の真骨頂でしょう。 記:シュタイナーとアニー ・ベサントを対決させたインドの少年クリシュナムルティとはいかなる人物だったのでしょうか。ジッドゥ・クリシュナムルティ(英語:Jiddu Krishnamurti / 1895年5月12日 - 1986年2月17日)はインド生まれの宗教的哲人、精神教師、教育者、神秘家、ヨーガ、精神世界の著作家として知られる。すべての物事が時間的にも空間的にも互いの条件付けによって成り立つと考え、人は組織、信条、教義、聖職者、儀式等によって真理に到達することはできず、ただ自己認識によってのみ真理を見い出すことができると説きました。あらゆる伝統的柵(しがらみ)を否定したが、彼が語る真理の発見と体験は深奥ではインド思想に立脚していると考えられており、インド哲学・ヒンドゥー教のアドヴァイタ・ヴェーダーンタ、仏教との共通点が指摘されています。彼は当時のインド世界だけではなく、欧米でも幅広い支持を得たのは。 シュタイナーとアニー ・ベサントの対立の要点となり興味深い人物です。理知的な眼光と魅惑の唇は若きローレンツ・シュタイナーの美貌を上回ります。哲学・思想ランキング
2022年09月19日
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神秘学概論-記:7-3 シュタイナー思考 1 .シュタイナーの学術履歴とその思想の変遷 彼の人智学的思想の背景には19世紀末から 20世紀初頭のドイツの複雑な社会状況があったこと。ナショナリズムが高揚し、世界的に民族至上主義が極端化方向へと突き進み、重科学工業技術が重視され、思想的には、21世紀のIT技術の科学思想には及ばない閉鎖的な、神智学的思想を基盤と した神秘思想、ドイツ・ロマン主義の「民族」発見から神秘主義、青年運動、人権主義を経て、ナチズムにつながるドイツ思想史の水面下を流れる「民族の」という言葉で総称されるフェルキッシュな思想(注:21世紀の現在ドイツにきわめて特徴的な思想の系譜が反ナチの名のもとに人種主義の狂信へと結びついていくスラブ民族主義もコサックに代表されるウクライナ蔑視の傾向思想も同様の思考ととれます。)このような思想状況下で、シュタイナーは、時代が唯物主義主観の方向へと向かい、人間の心の中から自由や宗教的な敬度さなどが失われていくことを危倶し、個人と しての人聞が道徳性を取り戻すことで、社会全体も道徳性を取り戻すことを望んだことから、シュタイナーの著作「人智学 (Anthroposophie)」、ギリシア語の anthropos(人間)と sophia(叡智)を組み合わせた「人間で、あることの意識 (Bewustseinseines Menschentums) 」を意味しますが、シュタイナーは、人間存在の意味と意義を探究し続け、個々の人聞が自らの個性を生かし、且つ、人間が人間存在として尊厳をもつ生涯を生き尽くす指針を人智学を通して指し示したのです。1919年の最初のシュタイナー学校の設立時の講演で、これからの時代の課題は「知的感覚的 (intellektuell-gemutlich)」なものではなく「道徳的精神的 (moralisch-geistig)」なものだと述べ、 人間おの各々個人がこの重要性を認識すべきだとの見解を示 します。シュタイナーは人智学を提示する ことで、人々に自己と他者が共に幸福であるとしづ道徳的な方向を選択することの大切さを喚起しようと示します。シュタイナーが神智学と人智学を同一の基底に立つかは未だに結論が出ない難問です。事実、シュタイナーは、神智学入会後、 10数年でこの神智学協会と挟を分かち、人智学協会を立ち上げるのである。1913年、かねてから軋轢のあったアニー ・ベサント(AnnieWood Besant//1847-1933) ら神智学協会の指導部から除名され、シュタイナーはそれまでの神智学内にあった人智学サークルを独立させています。哲学・思想ランキング
2022年09月18日
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神秘学概論-記:7-2 シュタイナー思考 1 .シュタイナーの学術履歴とその思想の変遷 シュタイナーが1902年の41歳の時に神智学協会に入会した真意は何処にあったかは、彼の文献からは真相が読み取れません。技術畑・合理的判断を最優先する技術畑の環境で育った彼が、宗教と哲学ではなく「神智学」に惹かれたのは何に故でしょう。推測の域は出ませんが何等かの神秘体験があったこそならと想像ですが思わせられます。その「神智学」ですが、その歴史的位置づけについては所々様々な説があります。ドイツ神秘主義やロマン主義の潮流に位置づけられたり、そのドイツにおける仏教的な思想が受容される流れの中に位置づけられたりもしますが、最近の流れにはドイツ心霊主義の伝統から生まれたものだとする説も出てきています。シュタイナーは神智学協会の事務局長を務める要職にあり、代表的著作が「神智学 (Theosophie) 」であるとされていることから、シュタイナー思想である人智学も神智学と同様の思考と見倣されているのは無理からぬところです。然し乍ら、シュタイナー研究者である高橋巌は、シュ タイナーの解く人智学は、18世紀から 19世紀初頭にかけてドイツでおこったギリシア精神復興運動の流れの中にあるとします。ルドルフ・シュタイナー研究の第一人者として1985年には日本人智学協会を創立した高橋巌はこの間の時代を、「霊的衝動に基づいたギリシア精神の再生」だとし、その復興運動において、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe/1749年8月28日 - 1832年3月22日)やシラー、カント及びフィヒテ、ヘーゲルなどが顕れたのであるとします。神智学徒になる前は優れたゲーテ研究者と評価されていたシュタイナーも、こうしたドイツ的なギリシア精神復興の雰囲気の中に生きていたと高橋巌は説いています。哲学・思想ランキング
2022年09月17日
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神秘学概論-記:7-1 シュタイナー思考 1 .シュタイナーの学術履歴とその思想の変遷 シュタイナーは 1861年にヨーロッパの王族の源ハプスブルク家のオーストリア ・ハンガリー帝国の辺境の町クラリエヴェック、オーストリア南部鉄道の通信技師として働く鉄道公務員ヨーハン・シュタイナーとその妻フランチェスカの第一子として誕生します。その養育期から技術畑の父親の希望によりウィーンの実業学校を経て、ウィーン工科大学にまで進む。彼は幼少から、数学・文学・宗教学・哲学など様々な学術分野について関心を示し、十代半ばの時期ではカントに傾倒、大学時代にはフィヒテ、へーゲルなどドイツ観念論の哲学にのめり込み、カントに対して持っていた理性には限界があるのかという疑問についての答えを、フィヒテやへーゲルの思想に見出したます。1894年に上梓された「自由の哲学 (DiePhilosophl])」では、西洋近代が直面した哲学上の問題である物心二元論に対し一元論(Monismus) を提示 し、人間において二元的に分裂させられた肉体と精神に有機的関係があることを論証しようとしました。其の後、ゲーテ自然思想の研究に携わり、雑誌の編集長などを経て、 1902年の41歳の時にはシュタイナーは神智学協会に入会しています。この入会を機に、彼はこれまでの研究者、ジャーナリストなどの知識人としての立場を棄て、神秘主義者としの人生を歩み始めたのです。此れは父親譲りの合理的判断の技術畑思考からはこの「神智学的転回」は周囲の者には驚天動地であったに相違ありません。コペルニクスやガリレオが「天動説」を唱えたならばの驚きに比します。シュタイナーが其れまでの多くの友人を失ったのも合点がいきます。然し乍ら、神智学協会会員が唯一シュタイナーの言説に共感してくれる聴衆で其れを支えてくれる人々であったため、以降、自らの流儀で語る喜びを得ると同時に、後に人智学となる思想を発展させることができたのである。然し乍ら、注意すべきは、合理主義者と知られる人間が突如に神秘主義者に変遷するかどうかです。日本の鎖国時代の江戸長崎の踏み絵はともかくも自己の精神の深奥を覆すものは自身が体験するしか思い浮かべません。シュタイナー自身が語らないものの神秘体験は無かったとは否定し得ません。 注:一元論(英: monism、仏: monisme、独: Monismus)とは一つの実体から現実が成り立っていると主張する形而上学の諸学説を指した用語で、これに対応する反対の見解を示した学説に実在を二つに区別する二元論(dualism)や実在に対して数的な規定を行わない多元論(pluralism)があります。概要を述べれば、あらゆる存在の原理を研究する形而上学において一元論はその原理を単一と規定してきた学説である。一元論の基本的な考え方は世界に見られる多種多様な実体の一般化を通じて統一的に世界を理解しようとするものであり、同時に一元論の思考様式は因果性とも密接に関連しており、多種多様であることの原因をも単一であるものする思考です。バールーフ・デ・スピノザは二元論に対する批判を通じて古典的な一元論の議論を展開した代表的な哲学者でしょう。スピノザの学説の中心にあったのは究極的な原因としての神を前提とする汎神論でしょう。彼は自然に見られるさまざまな様相に神の諸属性を見い出しています。また人間の精神と身体を区分する心身二元論に対しても、どちらかが先立つものではなく、それらは同一のものの二つの側面に過ぎないと考えられていました。この一元論についてはスピノザ以外にもギリシァ哲学、アドヴァイタ・ヴェーダーンタの「不二一元論」、ユダヤ教の「カバラ思想」、キリスト教(東方諸教会・正教会・イングランド国教会)その他の一元論的な多神教や一元論的な汎神論を唱える流派が現在しています。哲学・思想ランキング
2022年09月16日
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神秘学概論-記:6 シュタイナー思想は、道徳的実践、即ち、自己と他者のよりよい生き方を目指すように、人々を導くことを目的としていますが、その意味では人間実存に深く迫るものでした。 初期の著作においては、「倫理的個人主義」として道徳・倫理的立場を打ち出すことで個の確立を促すと共に、個を越え他者と繋がることの意味を科学的に理論づけようと したのです。此の論は、進化論や原子論、古代ギリシアの密儀精神・特に古代ギリシアや古代ローマなどにおいて隆盛したことで知られる「密儀(秘儀)」を旨とする宗教「密儀宗教(Mystery religions)」、エレウシスの秘儀 オルペウス教 、ミトラ教 を始め、ピュタゴラス教団、当然にキリスト教の影響が感ぜられます。シュタイナーが「人間であることの意識」や、人間の中の宗教性を重視していたという点に焦点をあてれば、人聞が自己の生命の有限であることの自覚から永遠であろうとする「宗教的要求」をもっているとして 極東日本で宗教諭的哲学「善の研究」を著した西日幾多郎と同様の思想的接点があることは注目に値します。両者共に、自己を統一し、その統一された内的世界が他者や神・善と結びつく論を展開した点においては共通しているからです。 記:イエス・キリストは現在のパレスチナ・ベツレヘム、あるいはイスラエル北部の地域とヨルダンの一部にまたがるガリラヤで処女マリアのもとに生まれたとされます。然し乍ら、彼の出生・生涯については今も不明な点が多く、特に13歳から29歳までの資料は殆(ほとん)ど残ってのらず「空白の17年間」と呼ばれているのは周知の事実です。そうした現状で、イエスは古代ギリシア人だったという説が急浮上している記事があります。英紙「Express」によると、ドキュメンタリー映画「Bible Conspiracies」が、イエスは古代ギリシア・アナトリアに生まれたアポロニウスという人物だと主張しているというのです。アポロニウスは、キリストとほぼ同時代に生まれた古代ギリシアの宗教家である。数学者ピタゴラスが創始したピタゴラス教団に信徒であり、肉食、飲酒、姦淫を絶ち、靴は身につけず、髪の毛や髭も伸ばしっぱなしという質素な生活を送っていたとされます。シュタイナーは此のことを知悉していたとは想いませんが探索する価値はあるやかも知れません。哲学・思想ランキング
2022年09月15日
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神秘学概論-記:5 実践活動においては評価されているシュタイナー思想ですは、それらも一括して神秘主義という理由で、検討されないままであってよい筈はありません。更にはシュタイナーのその多彩な経歴から見ても、単なる憑依現象やオカルト的体験者の世迷い言の類(たぐい)でないことは彼の一連の著作から読み取れます。仮に、彼の神秘主義を信教の分野である旧教からすれば、モーゼへの神の託宣は偽り・狂気となり、神秘主義を桜蘭の夢・蜃気楼と捉えるならばイエスの復活さえ集団催眠と捉えかねません。ギリシャ以来の古典哲学のタレスを始めとした唯物的哲学、ソクラテスを基とする形而上哲学は、決して神の存在を否定はしていません。更には、現代最先端科学の物理科学も宇宙、いまはもはや、マルチバース宇宙論まで登場していますが、人類の不可触世界の存在を否定はしていません。此処に至って実証哲学・認識哲学・物質絶対論や合理主義哲学は影を潜めます。それはまた、シュタイナー思想は現代に生きる我々に、人間についての新しい視点を提供してくれるように思われるのです。彼の思考は絶対者への盲目的服従を求めるものではなく、あくまでも、自身の主観的行動のより良き実践の方向を示す指示灯なのです。哲学・思想ランキング
2022年09月14日
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神秘学概論-記:4 ルドルフ・シュタイナーは教育学の面では、日本では個人の個性や自由を尊重した洗練されたものとして評価され、特に、幼児教育のブランドとしてその地位は確立されているます。しかし、シュタイナー自身の根幹的な思想そのものは、明治以降、神智学の流れの中で受容され、そのなかの神秘的側面のみが強調された結果、オカルト・心霊主義としてのイメージがあまりにも強く、個人的な神秘体験に基づく神秘思想と見倣されているます。シュタイナー教育は高く評価されているものの、その教育の基盤である思想は学問的な研究対象とされてはこなかったきらいがあります。教育哲学者西平直に言わせれば「思想史における位置づけすら不十分なままである」位置づけに甘んじています。ルドルフ・シュタイナーは1861年2月27日にドンジ・クラリェベックで生まれ、その後オーストリア・ハンガリー帝国の支配下にありました(現在はクロアチア北部の一部)。ドイツではシュタイナー教育学は非常に厳しい状況下におかれ、シュタイナーの思想的な部分が「非科学的Jなものと見倣されているため、シュタイナー教育学は経験的実証的な科学とは認知されません。シュタイナー思想への批判は、宇宙の進化と人間の意識の進化を結びつけたその宇宙論が余りにも神秘主義であること、キリストが人間に 自我を所有させるとする聖書解釈が 「非正統的」であることに向けられていることに因みます。然し乍ら、意外にも実践活動においては評価されています。シュタイナー思想は、現代のなんでも現実のみの存在の実証主義「産まれるのも無縁であれば死ぬのも無縁」の生命観、報奨論のみの世界の宗教観に一石を投じる「神秘主義」を持ち込んだのです。これを無碍に神秘主義という理由だけで、検討されないのはどうなのだろう。哲学・思想ランキング
2022年09月13日
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神秘学概論-記:3 霊学・精神科学 シュタイナーは人智学を提示する ことで、人々に自己と他者が共に幸福であるとし、道徳的な方向を選択することの大切さを喚起しようとしたのではあるが、其れはいわゆる認証哲学や認識科学および物理化学的思考には沿ぐわない、而も、宗教の領域にあるものではない「霊学・精神科学 (Geisteswissenschaft)Jに基づく科学的領域に属するものと捉えます。然し乍ら、「霊学・精神科学」が科学分野に分類されるかどうかは異論のあることでしょう。シュタイナーはそれを、通常の感覚では知覚できない世界を超感覚を通して認識するとし、認識能力の拡大により人聞を洞察する科学と捉え、信仰に基づく宗教とは厳密に区別したのです。シュタイナーは人間の道徳的選択を「霊学・精神科学」を合理的判断で自らの思考を変容させることで、道徳的選択をすることは可能だと判断したのです。この判断がンュタイナー教育として結実します。記:「言語造形と演劇芸術」。彼の二度目の妻であり、仕事の上でのかけがへのないパートナーでもあつたマリー・シュタイナー。彼女は、ルドルフ・シュタイナーの最も近くにいて仕事を共にした人であり、言語造形という「ことばの芸術」をルドルフと共に生み出した女性です。ルドルフのことばをどこまでも真摯に深く受け止め、消化しつつも、読む人、聴く人にさらに知的かつ意欲的に働きかけるやうな文体をもつて彼女は真摯に語りかける女性でした。哲学・思想ランキング
2022年09月12日
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神秘学概論-記:2 人智学 ルドルフ・シュタイナー は、19世紀から20世紀にかけてドイツで教育や、建築、農業、医学など実践的な分野において活躍した思想家と云えます。彼の思想は一般は人智学 (Anthroposophie)と呼称されるギリシア語の anthropos(人間)と sophia(叡智)を組み合わせた「人間で、あることの意識 (Bewustseinseines Menschentums) 」を意味します。シュタイナーは、人間存在の意味と意義を探究し続け、個々の人聞が自らの個性を生かし、且つ、人間が人間存在として尊厳をもつ生涯を生き尽くすにはの指針を人智学を通して示したのです。彼の人智学的思想の背景にはは19世紀末から 20世紀初頭のドイツの複雑な社会状況があったこと。ナショナリズムが高揚し、世界的に民族至上主義が極端化方向へと突き進み、重科学工業技術が重視され、思想的には、21世紀のIT技術の科学思想には及ばない閉鎖的な、神智学的思想を基盤と した神秘思想、フェルキッシュな思想(ドイツ・ロマン主義の「民族」発見から神秘主義、青年運動、人権主義を経て、ナチズムにつながるドイツ思想史の水面下を流れる「民族の」という言葉で総称される、ドイツにきわめて特徴的な思想の系譜が人種主義の狂信へと結びついていく 。) このような思想状況下で、シュタイナーは、時代が唯物主義の方向へと向かい、人間の心中から自由や宗教的な敬度さなどが失われていくことを危倶し、個人と しての人聞が道徳性を取り戻すことで、社会全体も道徳性を取り戻すことを望んだ。 1919年の最初のシュタイナー学校の設立時の講演で、これからの時代の課題は「知的感覚的 (intellektuell-gemutlich)」なものではなく「道徳的精神的 (moralisch・geistig)」なものだと述べ、 人間おの各々個人がこの重要性を認識すべきだとの見解を示 します。シュタイナーは人智学を提示する ことで、人々に自己と他者が共に幸福であるとしづ道徳的な方向を選択することの大切さを喚起しようとします。哲学・思想ランキング
2022年09月11日
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いっぷ句-75紅葉狩り流れ落ち葉に夢託す 愚通にほんブログ村
2022年09月10日
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神秘学概論-記:1 神秘学に立ち入る前に ルドルフ・シュタイナーの主著「神秘学概論」を読解する前に予備に身に着けておくべき、神秘学の思考ルーチン・ルールがあります。この解釈を誤ると、シュタイナーの言の通りの盲信の世界に陥りかねません。ルドルフ・シュタイナーは、バルカン半島のクラリェヴェク で生まれ、オーストリアやドイツで活動した神秘思想家であり、しかも哲学者、教育者であるのですが、此れ等全てを備えた史上人物はギリシャのピタゴラス学派の祖しか思い浮かべません。宗教と哲学並びに物理化学的思考に基づく思考に矛盾を解消と究学しつづけたのがシュタイナーの現代にも度々登場する所以でしょう。世界に危機的状況発生するたびに、ルドルフ・シュタイナーの思考が表層に浮かぶのは何故なのでしょう。宗教とはひたすらに教えに信を置き従い、哲学とは物事の本質を究明することに重きを置き、物理化学的思考はいわゆる神存在は否定して合理的にして法則を根源に世界を睥睨(へいげい)しようとするものです。 現代に起こる世界の紛争は、権力という魑魅魍魎の魔物が支配しています。世界史は女性支配者が君臨していた時代は平和が訪れていることを顕著に示します。哲学・思想ランキング
2022年09月10日
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記:序文8 シュタイナーの思考(神秘学概論へ) シュタイナーの思考を辿れば、キリスト教を中心に据えた報奨論の世界の「人智学」。自分の行為による結果は自分で引き受け、人は自分の運命を決めてゆくとする因果応報論の自分が自分を救済するインド神秘思想に通じるキリスト教の絶対他力と相反する自己救済システムを合理的に構築し判断できることを目指した「神智学」に行き着きます。彼の人間存在への思考の特徴は、人間存在の自我や自己を基とする精神の起因・霊魂に出来得れば実証論的に、さもなくば、誰にも合理的に認証でき得る文章で語る、それが「神秘学概論」に結実し著されています。 「神秘学概論」の初見では、人類史上絶え間なくある憑依体験の愚者の盲言だとしか捉え切れない。よほど彼の思考の流れを読み込まなければ同調できないのは致し方ないものがあります。シュタイナー自身もそれを弁えており、「神秘学概論」のまえがき及び序言を設けて、事細かに盲信を避け客観的・合理的態度で読むことを求めています。ルドルフ・ジョセフ・ローレンツ・シュタイナー 記:序文 完哲学・思想ランキング
2022年09月09日
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記:序文7 シュタイナーの思考(神智学・人智学・神秘学) 神智学は、神秘的な直観、思弁、幻視、瞑想、啓示などを通して神とむすびついた神聖な知識を獲得し、高度な認識に達することを目指します。人は、霊的認識により神を知ること、神に近い存在に近づくことができると考えます。神智学は、人は霊的認識を経て神の智恵を獲得し、神に近い存在に近づくことが可能であり、自分が自分を救済できると考える思想です。インド思想とキリスト教のシンクレティズム(異なる文化の接触により、多様な要素が混在・融合した現象)と考えることができます。 人智学は、人が既に有しているけど発揮されていない感覚を磨き、見えない世界に在る法則を、より善く生きるために役立てる学問です。神と結び付いた神聖な知識を獲得したり、神に近づくことを目指すものではありません。 両者は共に、{見えない世界の法則}を、人がより善く生きるために役立てる]学問です。相違点は、神智学は人は神に近づくことができる、人智学は人は神の権威に近付くことは相成らずと考えることでしょう。 我々現代人が身近に感じる神智学的経験といえば、正統バラモン教一派で、ヨーガの修行による解脱を説くヨーガ学派の教典。様々な素材、群小教典をまとめたものだといわれ、パタンジャリによって編纂されたと言われるが、彼について現代も詳細は不明ですが、ヨーガ・スートラに基づくインドの神秘思想にルーツが求められます。身体を鍛えてヨガの聖人を目指すことは、霊的認識により神に近い存在に近づくことです。 人智学は、キリスト教を中心に据えていますが、神智学は全ての宗教を均一に捉えているので、キリスト教のみを特別視することはありません。神智学の救いは、キリスト教のような、「神に全てを委ねる」のではなく、「行為が原因となって果報を生じる、因果応報が人を支配する」と考えます。自分の行為による結果を自分で引き受け、人は自分の運命を決めてゆきます。自分の努力により精神の向上が保証され、その段階を経て霊的な完成を獲得し、さらに努力することにより神に近い存在に近づくことができると考えます。神に替わって、自分が自分を救済するものです。インド神秘思想に通じ、キリスト教の絶対他力と相反する救いのシステムだと云えましょう。 神智学は、人は霊的認識を経て神の智恵を獲得し、神に近い存在に近づくことが可能であり、自分が自分を救済できると考える思想です。インド思想とキリスト教のシンクレティズム(異なる文化の接触により、多様な要素が混在・融合した現象)と考えることが可能です。哲学・思想ランキング
2022年09月08日
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記:序文6 オーガニックコスメ・WELEDA <第三局面-3> シュタイナーは1910年代終盤以降には、医学に対する新しいアプローチを創造するために、医師や化学者と連携、1921年には医師イタ・ヴェーグマンと化学者オスカー・シュミーデルをはじめ医師・薬剤師らが、シュタイナー主導のもと、患者の要求に応えるためのアントロポゾフィーの活用法を定める作業へと着手します。人体にはすばらしい自己治癒力が備わっているという理解をベースに、それでも何らかの助けが必要になるときもあるという考えのもと、天然原料を用いて体の治癒力を促進するパーソナルなヘルスケア方法を開発しました。こうした信念と科学的・哲学的知識への深い理解を土台に、シュタイナーらはヴェレダを設立するに至ります。 イタ・ヴェーグマン(1876年~1943年)は、海外オランダ人一家の長女として、今のインドネシアの西ジャワの植民地に生誕。19世紀末に渡欧すると、セラピーとしての体操とマッサージの勉強を始めます。そこで1902年の26歳の時に初めてルドルフ・シュタイナーに出会い、5年後には当時医学を学びたい女性を積極的に受け入れていた、チューリッヒ大学の医学校に入学します。女性の病気を専門に学び、1911年に医師免許を取得し女医となり、医療研究の現場に参加するようになります。1917年には自らの研究に着手し、シュタイナーのサポートのもと植物のエキスを使用した医薬品を作り出し、社会的に認識されていきます。 オスカー・シュミーデル博士(1887年~1959年)は、薬剤師、アントロポゾフィー(人智学)学者、セラピストであると同時に、ゲーテ研究者で神智論者でした。彼はミュンヘン大学で化学を勉強し、それから、当然の如くに、神智学協会に参加。1907年にルドルフ・シュタイナーによる講義を聴講したことを機に、シュタイナーの個人的な生徒いわゆる弟子となります。1912年に化学と神智学を合体させた研究所を設立し、アントロポゾフィー的方法による色彩の研究をここで行います。1913年には自身の研究所も発足させ、こちらでは主に化粧品の開発を手がけました。 両者はもとより多くの医師や薬剤師や化学者が、患者の要求に応えるためのアントロポゾフィー(人智学)の活用法を定める作業へと着手します。人体にはすばらしい自己治癒力が備わっているという理解をベースに、それでも何らかの助けが必要になるときもあるという考えのもと、天然原料を用いて体の治癒力を促進するパーソナルなヘルスケア方法を開発しました。こうした信念と科学的・哲学的知識への深い理解を土台に、シュタイナーを中心として人と自然との調和をモットーとする世界的ブランド「WELEDA(ヴェレダ)」が設立されるに至ります。ヴェレダ(WELEDA)は、「人と自然の調和」を掲げて誕生したオーガニックコスメブランド。 創設者ルドルフ・シュタイナーの哲学・植物学・自然原理を取り入れ、サステナブルな自然環境に配慮したプロダクトを展開している。 ヴェレダのすべての製品は、自然原料だけを使い、合成保存料・合成着色料・合成香料を不使用。此の基礎概念はシュタイナーという偉大な存在と、彼が提唱する真に独自の概念であり、ヴェレダの中枢を担います。重役職にこそ就いていませんでしたが、シュタイナーはイタ・ヴェーグマン医師とともに会社を支える顧問会(別名Kontrollstelle)の構成メンバーを務めていました。社名はシュタイナーが考案し、ロゴデザインもシュタイナー自身が手がけました。ヴェレダの製品は今日も彼の思想を受け継いでいます。このことは、シュタイナーが一般に認識される神秘学、即ち憑依現象の体験者とは甚だしく異なる存在と見られていた証となりましょう。哲学・思想ランキング
2022年09月07日
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記:序文5 バイオダイナミック有機栽培農法 <第三局面-2> <第三局面-2>:シュタイナー教育に次いで彼は地球や生物のエネルギーの循環に沿った「持続可能な」「ずっと続けていける」というサステナブル(Sustainable)な農法バイオダイナミック”有機栽培”農法(独:Biologisch-dynamische Landwirtschaft、英:biodynamic farming、シュタイナー農法とも)を提唱します。 化学肥料や農薬を使わず、太陽の動き、月の満ち欠けや、天体、地球と植物のリズムに合わせて作物を栽培する有機農法・自然農法の一種で、循環型農業です。ドイツの認証団体デメター(Demeter)がバイオダイナミック農法を管理しており、世界で最も厳しい有機基準とも言われ、オーガニック業界では一目置かれています。シュタイナーは、農場はそれ自体が「生きた生命体」であり、無機的に単一製品を生み出す「工場」ではないと説き、合成農薬や化学肥料の使用は、人、動物、植物や自然が本来持つ生命力の低下を招いていると警鐘を鳴らし基準自体もシュタイナーの哲学的思想に基づき、生産や製造方法は彼の思想が具現化されたものになっています。シュタイナーは「農場はそれ自身で完成した個体である」と唱え、必要なものは農場ですべて生み出し農場に還元していくべきだと提唱しています。このシュタイナーの思想に基づき、世界で最も基準が厳しいともいわれるオーガニック認証の1つデメター基準では、圃場(ほじょう/農作物を栽培するための場所)で使用できる素材のほか、その調達先の条件まで厳しい決まりが設けられています。オーガニックの認証機関は数多くあるが、最も厳しい審査基準で有名なのが「デメター(demeter)」だ。シュタイナー教育で知られるルドルフ・シュタイナーが提唱したバイオダイナミック農法を採用している。この農法は太陰暦に基づいた農業暦と特殊な有機肥料が特徴だ。さらに加工、保存、包装、流通に至るまで細かい規定があり、これらの厳しい審査をくぐり抜けた農産物や製品は、言わずもがな環境保護と安全性という点で最大限の信頼に値すると評価されています。然し乍ら、此れが即、シュタイナーの神秘哲学を顕現しているのかは、シュタイナーの神秘哲学へのいっそうの探究が必要です。哲学・思想ランキング
2022年09月06日
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記:序文4 哲学と科学、そして精神性へ <第三局面-1> 第三局面になるとシュタイナーは教育(シュタイナー教育/英語: Waldorf education)、バイオダイナミック有機栽培農法、アントロポゾフィー医学などを展開、より実践的な研究方針の確立に努めます。 第三局面-1:シュタイナー教育とは、ドイツでは最初にできた学校名を冠して Waldorfpädagogik (ヴァルドルフ教育)と呼ばれ、英語圏ではWaldorf education(ウォルドルフ教育)および Steiner education(シュタイナー教育)、日本では、シュタイナー教育、ヴァルドルフ教育などと呼称されます。特異なのは教育を教育芸術」(独: Erziehungskunst)と捉えたことでしょう。教育という営みは、子供が「自由な自己決定」を行うことができる「人間」となるための「出産補助」であるという意味で、「一つの芸術」であると考えられていることです。その思想と実践は、シュタイナーが創設した人間が自らの叡智で人間であることを見出すという神秘的学説及びシュタイナーによって始められた精神運動、神を認識の中心におく神智学を発展させて、認識の中心に人間をたてる思考。 一面では科学的知識を採用しているが、主として神秘術 (オカルト) に基づいて真理をきわめ、救いを求めようとする人智学(アントロポゾフィー)によって支えられています。独自のシステムで養成された教師により行われ、教員の法的立場は国や修了した養成組織によりそれぞれ異なっているのも特徴でしょう。そのカリキュラムや授業内容もそれぞれの国家で公的なものとは異なっており、独特の芸術教育などで知られています。然し乍ら、教育の自由とはいえ宗教学校ではない神秘学を学校教育に普及させた原動力は何処に存在するのでしょうか。シュタイナー学校は20世紀末時点で世界全体で約780校の姉妹校があり、発祥の地ドイツで最も数が多く、次いでアメリカ。シュタイナーの死後、イギリスのキャンプヒル共同体及び関連する活動(キャンプヒル運動)では、学習障害を持つ人々に生涯にわたるケアを行っていることも評価されています。現代ではシュタイナー教育は自由教育の象徴的存在とも捉えられており、日本では知識偏重の受験教育に対する代替として支持を集めている模様です。然し乍ら、日本では実践は受け入れるが、思想は敬遠される傾向があるのも事実です。哲学・思想ランキング
2022年09月05日
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記:序文3 哲学と科学、そして精神性へ <第一局面から第二局面へ> 当初、アントロポゾフィー(人智学)の運動はより哲学的な意味合いをもっていました。シュタイナーは科学と神秘性の間に統合性を見い出そうと、精神科学と定義づけ、数年にわたり西洋哲学の明晰な特性を神秘性の問題に適用するための探求を行います。その期間を経て第二局面を迎える1907年頃になると、芸術をはじめとしたあらゆる分野の研究に着手しはじめています。その中には演劇のほかに、新たな芸術体系としてシュタイナーによって新しく創造された運動を主体とする芸術である生み出されたオイリュトミー(Eurythmie)、言葉の中に生きる子音や母音、そして音楽の中の流れるメロディーやリズム、拍子や動きを、身体を通して表現する運動芸術があります。更にはその多彩な才能は建築研究に及びドイツの文豪ゲーテに因(ちな)んでちなんで名付けられたゲーテアヌムまたはゲーテアーヌム(Goetheanum )の設計思想に結実し、オイリュトミー公演用劇場として用いられます。完成後はわずか2年間しか実用には供されず、第1ゲーテアヌム1922年12月31日、この第1ゲーテアヌムは何ものかによって放火され、焼失します。其の後、シュタイナーはすぐに第2ゲーテアヌムの構想にとりかかり、粘土を用いて模型を製作した。設計図についてはプロの建築家の協力を得ながら、外観の設計を完了した。しかし、内装の設計を行う事なく、1925年、着工直後にシュタイナーは死去しました。第2ゲーテアヌムは、マイケル・ブレナンによって「表現主義芸術の真の傑作」と讃えられた。また、スイスの国定史跡として指定されています。ここはあらゆる芸術の文化活動拠点となりました。哲学・思想ランキング
2022年09月04日
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記:序文2 ルドルフ・シュタイナーの青年時代の顔は美的で魅惑的です。然し乍ら、壮年に成った彼の顔相は一変しているとも憶えます。ここに彼への神秘学の影響が感ぜられるのは思い過ごしかもしれませんが、彼が神秘体験をあからさまに告白しない以上は憶測のほかありません。 ルドルフ・シュタイナーについての経歴 ルドルフ・シュタイナー(Rudolf Steiner/1861年2月27日 - 1925年3月30日(64歳没))は、バルカン半島のクラリェヴェク現在のクロアチアで誕生しましたが、生後まもなくして両親とオーストリアへ移住します。鉄道電信オペレーターとして働く父は強い意見の持ち主で、ルドルフは村の学校と家庭で初等教育を受けたその後、精神世界や物質世界の概念について興味をもち、ロストック大学で哲学の博士号を取得。在学中からすでに文学と哲学に関する著書を精力的に出版しており、「自由の哲学」「ゲーテ的世界観の認識論要綱」などのを著作、20世紀に入るやいなやアントロポゾフィー(人智学)という精神運動を立ち上げています。それはドイツの理想科学的哲学と神智学(theosophy)、これは神秘的直観や思弁、幻視、瞑想、啓示などを通じて、神と結びついた神聖な知識の獲得や高度な認識に達しようとするものである個の肉体・精神・霊を周囲の世界とつながりをもつホリスティック(全体論的、総体的身体面だけでなく、精神や霊気などを含めた全体を治療の対象として捉える医療 、西洋医学だけでなく、祈りなどの霊的な手段も含めた様々な代替療法を取りいれ、患者自身の生命力を引き出して治癒に結び付けることが目的とされている。)な存在として捉えることを勧める概念でした。哲学・思想ランキング
2022年09月03日
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記:序文1 或る時期書店で哲学関係の単行本を探していたら、哲学書には珍しい「神秘」なるものの語句を使った単行本{神秘学概論」があるではないか。胡散臭いことは承知で表紙カバーを眺めると、私の幼き頃の心の表象像フランケンシュタイン博士がいた。持ち帰って素読、予期した通りのファンタジー、SFまがい、心霊体験談だと永らく想っていました。ところが然り、身内の死にめぐり逢い何となく再読すると自己の体験と重複する部分が多いのに驚き、シュタイナー博士に興味を惹かれ探究を試みました。 ルドルフ・ジョセフ・ローレンツ・シュタイナー(Rudolf Steiner、1861年2月27日 - 1925年3月30日(64歳没))は、バルカン半島のクラリェヴェク で生まれ、オーストリアやドイツで活動した神秘思想家、哲学者、教育者で、現在のクロアチアで誕生しました。20世紀初頭、アントロポゾフィー(人智学)という精神運動を立ち上げます。ドイツの理想科学的哲学と神智学をルーツとするこの概念は、個の肉体・精神・霊を周囲の世界とつながりをもつホリスティック(Holistic)な存在として捉えることを勧めるものでした。それまでの宗教の本質とは些か異なる思考です。 人類の思考の歴史は、先ずは、脳の幻影・幻覚が醸す幻視体験が齎す呪術(じゅじゅつ)が先行しており思考というよりは表象の解釈に傾いたものです。其の後に人類が部族・民族が多様性を持つにつれ部族神や民族神への傾向への宗教が生まれ、世界の汎ゆる部族や国家形態社会に取り込まれ政権維持の体制に援用されました。しかし、宗教の目的はもともとそうだったわけではありませんでした。キリスト教、仏教、イスラム教、ヒンズー教など古くからある宗教の指導者たちは、けっして私利私欲のために布教活動をしていたのではないはずです。だからこそ、彼らの言葉は2千年以上にわたって語り継がれることになったのです。 しかし、どんなに素晴らしい言葉や教訓も、それが宗教団体としての権力構造に組み入れられ、収益団体となってしまえば、いつしかその意味は曖昧になり、ついには権力構造自体を存続させるため、もしくは団体の利益を確保するために悪用されるようになってしまうのです。 では、あなたがもし何かこの世のものとは思えないような素晴らしい体験をし、「人生をいかに生きるべきか」その重要なヒントを得たとしたら、あなたはどうしますか。もし、それが本当の意味で素晴らしい体験だったとしたら、たぶんあなたはそれを誰かに伝えたくなるはずです。そんな体験を「至高体験」と呼びます。たぶん、多くの宗教創設者たちは、そうした「至高体験」を人々に伝えようとして、その活動をスタートさせたのです。推定するにおそらくは、自らが信ずる人間の至高体験をなるべくならば合理的、物理化学的思考に沿って説得しようとした代表人物がルドルフ・シュタイナー(Rudolf Steiner)だというわけです。哲学・思想ランキング
2022年09月02日
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いっぷ句-74豪雨後にお辞儀している笹古道 愚通にほんブログ村
2022年09月02日
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神の存否-518 記:至福と快楽の違いについて インド哲学の中でも権威のある「カタ・ウパニシャッド」と呼ばれる教典があります。カタ・ウパニシャッドの中で死神ヤマは、正しい幸福と間違った歓びについて定義します。方には至福があり、他方には快適なものがある。両者は目的を異にするが、いずれも人間を束縛する。その両者のうちで至福をとる者には善があり、快楽なものを選ぶものは人生の目的からはずれる。(カタ・ウパニシャッド2勝1節) インドの哲学者シャンカラの解説では、この2つは「知識」と「無知」の性質を持っています。知識と無知は互いに対立する関係にあり、両方を追いかけることができません。幸福も快適なものも人間に近づいてくる。賢明な者は、熟考したうえで、二種を区別する。賢者は快適な者よりも幸福を選び、愚者は至福よりも快適なものを選ぶからである。(カタ・ウパニシャッド2章2節) 至福と快楽はともに私たちのもとに現れます。しかし、私たちが手にすることができるのはたった1つです。本当の幸福、至福は自分で決意しないと手に入れることができません。なぜならば、相対する快楽の誘惑はとても強いからです。 定理四二 至福は徳の報酬ではなくて徳それ自身である。そして我々は快楽を抑制するがゆえに至福を享受するのではなくて、反対に、至福を享受するがゆえに快楽を抑制しうるのである。 証明 至福は神に対する愛に存する(この部第五部の定理三六 神に対する精神の知的愛は、神が無限である限りにおいてではなく、神が永遠の相のもとに見られた人間精神の本質によって説明されうる限りにおいて、神が自己自身を愛する神の愛そのものである。言いかえれば、神に対する精神の知的愛は、神が自己自身を愛する無限の愛の一部分である。およびその備考 要項:我々の幸福あるいは至福または自由が何に存するかを我々は明瞭に理解する。すなわちそれは神に対する恒常・永遠の愛に、あるいは人間に対する神の愛に存するのである。により)。そしてこの愛は第三種の認識から生ずる(この部第五部の定理三二の系 第三種の認識から必然的に神に対する知的愛が生ずる。なぜならこの認識からは原因としての神の観念を伴った喜び、言いかえれば、神に対する愛が生ずる。しかも現在するものとして表象される限りにおける神に対する愛ではなくて、永遠であると認識される限りにおける神に対する愛である。そして、これこそ私が神に対する知的愛と呼ぶところのものである。により)。したがってこの愛は(第三部定理五九 すべて、働きをなす限りにおいての精神に関係する感情には、喜びあるいは欲望に関する感情があるだけである。および第三部定理三 精神の能動は妥当な観念のみから生じ、これに反して受動は非妥当な観念のみに依存する。により)働きをなす限りにおける精神に帰せられなければならぬ。ゆえにそれは(第四部定義八 徳と能力とを同一のものと私は解する。言いかえれば、人間について言われる徳とは、人間が自己の本性の法則のみによって理解されるようなあることをなす能力を有する限りにおいて、人間の本質ないし本性そのもののことである。により)徳それ自身である。これが第一の点であった。次に精神はこの神の愛すなわち至福をより多く享受するに従ってそれだけ多く認識する(この部第五部の定理三二 我々は第三種の認識において認識するすべてのことを楽しみ、しかもこの楽しみはその原因としての神の観念を伴っている。により)。言いかえれば(この部第五部の定理三の系 略:我々が感情をよりよく認識するに従って感情はそれだけ多く我々の力の中に在り、また精神は感情から働きを受けることがそれだけ少なくなる。により)感情に対してそれだけ大なる能力を有しまた(この部第五部の定理三八 精神はより多くの物を第二種および第三種の認識において認識するに従ってそれだけ悪しき感情から働きを受けることが少なく、またそれだけ死を恐れることが少ない。により)悪しき感情から働きを受けることがそれだけ少なくなる。ゆえに精神はこの神の愛すなわち至福を享受することによって快楽を抑制する力を有するのである。そして感情を抑制する人間の能力は知性にのみ存するのであるから、したがって何びとも感情を抑制したがゆえに至福を享受するのでなく、かえって反対に、快楽を抑制する力は至福それ自身から生ずるのである。Q・E・D・=これが証明すべきことであった。 備考 以上をもって私は、感情に対する精神の能力について、ならびに精神の自由について示そうと欲したすべてのことを終えた。これによって、賢者はいかに多くをなしうるか、また賢者は快楽にのみ駆られる無知者よりもいかに優れているかが明らかになる。すなわち無知者は、外部の諸原因からさまざまな仕方で揺り動かされて決して精神の真の満足を享有しないばかりでなく、その上、自己・神および物をほとんど意識せずに生活し、そして彼は働きを受けることをやめるや否や同時にまた存在することをもやめる。これに反して賢者は、賢者として見られる限り、ほとんど心を乱されることがなく、自己・神および物をある永遠の必然性によって意識し、決して存在することをやめず、常に精神の真の満足を享有(*天理を保持)している。 (仏陀の悟り・覚りであり涅槃に通ず。) さてこれに到達するものとして私の示した道はきわめて峻険であるように見えるけれども、なお発見されることはできる。また実際、このように稀にしか見つからないものは困難なものであるに違いない。なぜなら、もし幸福がすぐ手近かにあって大した労苦なしに見つかるとしたら、それがほとんどすべての人から閑却されているということがどうしてありえよう。 たしかに、すべて高貴なもの(*人智を超える無冥を超える)のは稀であるとともに困難である。 スピノザの倫理学「エチカ」完哲学・思想ランキング
2022年09月01日
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