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こちらは古典版の模写バージョン。実用サイズのマイカードの0.愚者。できばえは自己採点で50点というところ。先日物語りタロットの入会セッションの時参加者の方が持って来てくださった古い古い辛島さんのタロットの0.愚者がセクシーな男性の裸体で(だってカードには火星マークが付いていました。火星的男性の裸体の絵だったのです。)その印象がとても強くて愚者の姿を中途半端に裸体にしたところが自分でも50点なのでしょうか?またきっと後で描き直すようにも思えたりしています。
2009.04.29

先日の金曜日のタロットお絵描き講座でわたしが描いた2.女教皇の絵です。大きな「眼」みたいに見えますが描いた時は「地球」と「種」を組み合わせて表現しようとしていました。2.女教皇は宇宙空間から見た「地球」のようにも思えます。そしてまたたくさんの可能性を秘めた「種子」のようにも思えます。2.女教皇に感じる「青さ」と「硬さ」を描きたいと思いました。
2009.04.29

今日の子どものお絵かき教室は急きょ予定変更して紙風船を使って自分たちで遊びを生み出すをやりました。去年の秋頃からこの題材を思い付き紙風船を購入していたのですがあ、これは、今日だなと思ったので急きょ予定を変更。直観的にそう思った時はそちらをやったほうがぴったりと良いお絵かきになりますね。子どもたちはとっても子どもらしさを取り戻して元気に活き活きとなって帰ってゆきました。
2009.04.27
今日はこれから子どものお絵描き教室のある日。一学期は毎年どろどろぐちゃぐちゃの開放型の題材を設定します。新学期で新しい環境の中でちょっと緊張気味の子供たちにはこういう題材設定が一番。これから夏に向けてどろどろぐちゃぐちゃどろどろぐちゃぐちゃをします。今日は賞味期限が切れて古くなって食べられない小麦粉を使って小麦粉粘土をつくる日。シュタイナーの透明水彩絵の具は高価なものなのですがこういう時夢のような威力を発揮。いくら混色して混ぜて行ってもずっと色が存在します。子どもたちは「あ~あ」と落胆することなく混色を楽しむことができます。☆そうか。こういう題材で大人の人対象に講座を開けばそれがアートセラピーなんですね。どうして今までぜんぜん気がつかなかったのでしょうか。
2009.04.27

きのう、牡牛座の新月の日にもくもくとやっていたのはこれ。カラフルなキャンドルたちと遊んでいました。色とりどりの世界はやっぱり楽しいですね。わたしはときどき瞑想する時間をと言ってもそれは物をつくったり絵を描いたりの時間なのですがとるようにしています。こういう時間があると無意識の世界の浄化になります。思っても無かったことがぽこぽこあふれ出て行きます。そういう時必ずキャンドルの火をともすことにしています。それと毎年牡牛座太陽の頃になるとご先祖さまからの農耕民族の血が騒ぎむしょうにガーデニングがしたくなります。これも実に牡牛座的現象です。東京の狭い空間ではそうは言ってもかぎりがあるのですが今年も朝顔の種を植えようと考えています。
2009.04.26
特攻隊員が突っ込んで死んでゆく時「おかあさん」と叫んだというのは生んで育ててくれた母親への決別の「さようなら」であると同時に境界線の向こうに新たに迎え入れてくれようとする大きなお母さんを認識してそこへと吸収されて行くその叫びだったのではないか。こんな感想が私の口からは思わずこぼれて行きました。深淵を越えようとする一匹の駱駝が居てその向こうには大いなるものが存在しその大いなるものには母さん駱駝の眼があってとてもやさしく駱駝を見つめていました。参加者のひとりの方がそのような絵を描かれていました。☆髪の毛を描くか髪の毛を隠す布を描くかは女性の生き方としていわば両極のどちらかを選択することとなるのだと思いました。ここには大きな選択があるようにわたし自身は思っています。バーバラ・ウォーカーの『タロットの秘密』の2.女司祭のところには中世ヨーロッパにおいて弾圧され続けた女性聖職者の歴史が描かれていますがその中には半俗・半僧の女子修道会も含まれていたと書かれています。半俗・半僧という生き方も女性の生き方の中にはあるのだと思いました。☆ヨーロッパの石の文化において廃墟というのは観光地になるくらいたくさんの人たちが訪れたい場所であるわけはそこに日常性の切れ目があるからなのだと思いますが「砂漠」というところも似たような意味で悠久を感じさせてくれるそんな場所に違いない、と別の参加者の方が描かれた絵を見て感じました。廃墟というのは人が作った物の砂漠というのは自然が作り出した物のそれぞれの「なれの果て」で「なれの果て」であるがゆえにそこに裂け目があってその裂け目から悠久の時間が流れているのが垣間見られるのでしょうね。その方の描かれた絵から感じられた明るさと不思議さは「砂漠は音が無い世界らしいのです。」という言葉をお聞きして「なるほど」と思いました。☆オロカシイタケがイカレシイタケにブレイクしたのはとても興味深いです。サイア人がスーパーサイア人に変容して行く姿がまぶたの裏に浮かんだりもします。大地から芽を出し始めた黄緑の芝生。それはたくさんのたくさんのまるで点描画のような。新しい生命の息吹を感じました。
2009.04.25
神さまについて考えたことなのですが。人間のスケールをはるかに越えたたとえば惑星の誕生と死に携わるような形無き秩序みたいな意味での神さまでは無くて。人間存在が居るとしてその上位に形無き存在が居るとしてたとえば宗教によっていろんな言葉で言われているけれど天使とか守護霊とかご先祖さまとか。そういう人間という存在のもうひとつ上に存在するものが存在するという仮定のもとでその上位の存在により一歩近づいた人間が居るのだという考え方があったりしますが。( 違っていたらごめんなさいなのですがわたしが学んできたシュタイナーはそのような考え方をしていたように記憶しています。)おおもとにこのような階層の意識があって人間には上位の存在に近づいてゆきたいという根本的欲求が本来はあるのだけどそれがもっとも喪失しているのが現代だというようなことだったようにも思うのですが。この生きている人間と上位の存在とのことについて今日は書きたかったのですが。階層的存在形態が人間にはあるのだという仮定のもと自分自身よりも優れている人間に対する憧れの感情ですね。これは芸術の場合とかとても起き易いのでそこに師弟関係とか成立するわけですが。これが芸術ではなくて霊的成長の場合も存在して。この人間の中の本質の深いところに埋め込まれているシステムについてしばらく考えていたのですがこれは赤ちゃんとご両親の関係性の鋳型なのだと思い至ってたぶん一年くらいが経過します。おぎゃあとこの世に生まれ出た時に養育してくれたご両親の存在が人間の根本近くにインプットされたおおいなるものに身をゆだねる生かされるという「神」イメージの根源であるように河の源流に行ってみたらここでしたみたいな感じで行き着いたのです。人間関係は相対的なものなので生まれたばかりの赤ちゃんは「神々しい」存在なわけですが逆に生まれたばかりの赤ちゃんにとっては養育してくれるご両親の存在はまさに「神々しい」存在なわけなのです。自分自身を変容させる必要性を切実に感じる場合ジョーゼフ・キャンベル曰くの第二の子宮としてのスピリチュアルとの関わりが必要かと思いますがその時再体験して作り変えたり書き換えたりするのもここらへんのエネルギーの流れなのだと気がつくことが私にとってはとてもたいせつなことだったと言えます。明治天皇や皇后は国民にとってのこういう意味での両親存在だったのだとご詠歌を詠むとそう思います。ここのあたりが今日これからタロットのお絵描き講座に向かう私にとっての2.女教皇と言うことになります。
2009.04.24
住居の気を良くする一番のポイントは水周りだと思います。台所お風呂場トイレ。ここをとにかくいつも清潔にお掃除する。汚れたらお掃除する。水周りには感情の気が張り付くことが多いので住居の中ではとくにここはとても大切なポイントです。ほんとうは「風通しを良くして」「明るくして」とかいうこともできたらした方が良いのかと思いますが住宅のおおもとを改築したりするのはできないこともとても多いのでできることはとにかく心をこめてきれいにすること。数日前に「月は最高の神事なり」というメッセージがお風呂場掃除をしている時に降りてきたお話しを書きましたがどうも最近の私の流れはその方向になっているみたいです。それと少し前に気がついてお絵描きの教室に来られた方にはお話ししたりしていたことなのですがもしおうちの中に「あれ」と違和感を感じる気配を感じた時は玄関の靴の向きを見てみましょう。「こんにちは」の方向に靴が並んで居たりしませんか。つまりつま先が住居の方向に向けられている。その靴を「さようなら」の方向つまり、玄関の入り口の方向につま先がむくようにキチンと並び変えるだけで違和感を感じる気配もお帰りになることも多いみたいです。どうしても落ち着かない時はお塩を使ったりキャンドルを灯したりすることもとても効果がありますね。
2009.04.23
きのうの「東京星図めぐり」のあと再び占星術について考えたりしています。と、いうのもきのうの参加者の方たちはまるで占星術教科書にサンプルとしてのせられるくらい天体影響が明確に出ていたからです。天体影響は眠っている時にアストラル体にチャージされるということを私は日々感じていましたがアストラル体に天体影響をチャージされた人間は朝起きて昼間の対社会的活動を開始することである意味「天体影響の運び屋」となって世間や社会を動かしているようにも思ったりもします。その「運び屋」となつたたくさんの人たちの集団的なエネルギーがいろいろな流れを作ったりして二次的にそこに個人の人生が巻き込まれてゆくようにも思えるのです。そしてわたしは今トランシットの天体のスクエアーができた時それをひとつの節目としてとらえてみることに関心が出ています。
2009.04.20
2009年9月以降の「東京星図めぐり」の予定についてですが来年春からはトランシットの太陽と同じサインを回ることができるようにおよそ6ヶ月の修正をしたいと考えています。2010年の春分の後3月28日(日)を新しい「東京星図めぐり」のスタートの日にして再び牡羊座地区を訪ねることにします。それまでの2009年秋から2010年春までの半年間はおもに美術館訪問をメインにした【東京星図・美術の旅】を2サインずつまとめてして行くことにしました。【東京星図・美術の旅】2009年9月 牡羊座・牡牛座地区 10月 双子座・蟹座地区 11月 獅子座・乙女座地区 12月 天秤座・蠍座地区2010年1月 射手座・山羊座地区 2月 水瓶座・魚座地区【日時の予定】毎月、第四週の土曜日か日曜日あたりのどちらか。午前11時から午後5時くらい。【参加費】今までと同じ6千円。【内容について】今までどおり占星術を使った○開運場所をさがす○リーディング○質疑応答もします。みなさんのご参加をお待ちいたしております。
2009.04.20

今日は『東京星図めぐり』第八回蠍座地区でした。おふたりの方が参加されました。参加者のみなさんお疲れさまでした。そしてどうもありがとうございました。11時にお茶の水の駅の改札を出たところで待ち合わせをしました。まず最初に行ったのは御茶ノ水の湯島聖堂。建物の漆塗りの黒い色が特徴的でした。とても中国的な雰囲気の強い建物のように思いました。今日は残念ながらソフトバンクの携帯は数時間メール送信ができなくてその影響で写真はあまり撮影できませんでした。『東京星図』松村潔著ダイアモンド社のP.124には「湯島聖堂には大名、旗本、浪人町人、百姓にいたる幅広い層がこの学問所に集まったとされる。」とあります。そういった意味でばこの場所は3ハウスの天秤座にひったりなのかも知れません。このあとニコライ堂に行きました。教会の中にも入ることができます。教会の中は驚くくらい厳かで重厚なスピリットが生きて存在していました。建物の入れ物だけにはなって居なくていまだにそのスピリットは強く生きていると感じました。このあと食事をかねて神保町の「さぼうる」に行こうということになったのですが残念ながら行ってみたら日曜日が休日でお休みでした。それで近くのスタバで昼食兼リーディングをしました。今日の参加者の方たちは蠍座の初期度数に太陽がある方と月がある方たちだったので少し予定を変更してその蠍座の度数にほぼ近いところにある湯島天神に行くことにしました。湯島天神ではちょうど結婚式をとりおこなっている最中で雅楽の演奏が流れていました。実質的な結婚の状態をもあらわす蠍座の地区訪問で本格的な神式の結婚式を見られたのはとてもタイミング良く幸運なことだったと思います。湯島天神はさすが合格お礼の絵馬がたくさん納められていました。とても気持ちの良い場所でした。このあと上野公園の不忍池をお散歩して弁天堂を通って清水観音堂のベンチでしばらくおしゃべりをして5時ごろおひらきになりました。蠍座地区の度数の進んだディープな雰囲気のところは今日は行かないコースでした。銀杏や桜の樹の新緑がとてもきれいでした。
2009.04.19
オルフェイスという神さまがどういう存在だったのか忘れてしまいました。右側がヘルメスの柱で左側がオルフェイスの柱と言われているそのヘルメスのほうはおおよそわかるとしてもオルフェイスというのはどういう神さまだったか?そこで、『ギリシア神話』を読み直していました。オルフェイスが出てくるのは金の羊毛のお話しと地獄に亡き妻を迎えに行くお話し。竪琴の名手。金の羊毛のお話しは『古事記』のオオクニヌシのお話しにとても似ているし地獄に亡き妻を迎えに行くお話しは同じく『古事記』のヨモツヒラサカあたりにとても似ていると思いました。
2009.04.18
「人は自分が嘘をついた場所からは無意識的に遠ざかる傾向を持つ」というお話しを前に聞いたことがあります。社会を生きてゆく時は多少の嘘は「嘘も方便」でやって行くのが必要なこともあるかと思います。でも無意識の心理的にはさきほどの嘘をついたところから遠ざかる傾向を持つということは確かにあるみたいなので少し気に留めてみると「なるほどな」と思える心の働きが見えてきたりして興味深かったりもします。ここからもう少し複雑なパターンのお話しになるのですがある大切な関係性を壊したくなくて嘘をついている場合。遠ざかりたくないけど嘘をついている場合。その心理的ストレスが身体に現れることもあるように私は思いました。それは身体部位でやはり言葉と関係のある第5チャクラのあたりに現れることが多いように思いました。
2009.04.18

きのう乗った電車は首都圏の中距離通勤電車でしたがこちらのブログに書いた車内広告はやっぱり貼ってありました。帰りの電車でこのポスターのそばに座れてそれで気がついたのだけど「日本的であるほどそれは世界的になる」と書いてありました。どうして今までこの文章に気がつかなかったのだろう。降格した冥王星は山羊座にあるのでまさにこの言葉は現在の時流を言い表しているようにも思えました。和の心のようなものを日本人は取り戻してゆく流れにあるように思えます。
2009.04.17
3月に実家の家族が入院していた時入院先の病院にはなんどか足を運んだわけですがけさ思い出したのが外来に来ていた人の中に愛されているかわいいおばあさんが居たこと。実家の家族が入院していたのは地方の市街地からタクシーで2千円分離れているところに建てられている大きな総合病院。そこにはその市街地に住んでいる人たちもまわりの農村部に住んでいる人たちも来るわけなのですがその愛されているかわいいおばあさんは周りの家族の雰囲気からも農村部の人であることがわかりました。実家のある市街地から少し離れた農村部にはある意味今は無き古き良き伝統を守り伝えている農家の家庭も残っているな、とはいままでも何度か感じたことがありました。そのおばあさんのことも家族がとてもとても大切にしていました。たいせつにたいせつに親切に親切に。日々の暮らしの中でそういう関係性の気持ちの良い積み重ねが自然体でできた時お年寄りは輝く存在になるんだな。まあ、そういった意味で愛情貯金箱みたいなおばあさんでしたね。田舎の農家でのんびりと守り伝えられているそんな親と子どもの関わりは古い古い日本にはきっとたくさんたくさんあたりまえに存在していたように思ったりもしました。そう、けさお風呂場掃除をしていたら「月は最高の神事なり」という言葉が振り降りて来たんだよね。
2009.04.16

今は 良い男(いいおとこ)の時なのでしょうか?これが現在のトランシット図。確かに魚座で火星と天王星と金星のコンジャンクションできていますが。きのう山手線のつり革広告で「良い男(いいおとこ)」について誰かが文章を書いている出版社の広告見つけました。その時の文章はたしかプールで溶けちゃうお話しでした。きのう帰りの山手線のなかで伊勢谷友介さんがウイスキーのCMに出ている写真を見つけました。伊勢谷友介さんというのは先日のNHKのTVドラマで白洲次郎を演じた人ですね。山手線に貼られている伊勢谷友介さんのポスターは少しルーズなバスローブのような服に腰には日本刀を差しています。伊勢谷友介さんにはもはやわたしは白洲次郎の存在がかぶって見えるので良い男(いいおとこ)に見えてしまうのはいたしかたありません。良い男(いいおとこ)は今日も山手線のつり革広告にありました。今日そこに書かれていた文章は幕末新撰組の剣豪で刺客でもあった男の人のお話し。彼は故郷に残してきた妻子を養うために人を切って生きていたらしい、です。たしか衣食住が安定してはじめて社会の安定は成り立つというような信念を持って生きていたと書かれていたように記憶しています。こういうお話しが水瓶座的メディアを通して入ってくる。そこには魚座の火星・天王星・金星のコンジャンクションもなかなか強力に働いていますね。このあと今日撮った夢のように美しい写真を2枚アップします。この写真もさきほどの天体配置をとっぷりと受けていますね。
2009.04.15
~手づくりでパワーアップ~『福を呼ぶ☆開運 招き猫づくり 一日講座』3月の時に講師家族の急病のため、延期になっていた講座です。おかげさまで家族は無事退院し、日々元気を取り戻しております。どうもありがとうございます。5月のゴールデン・ウイークに、さわやかに仕切り直して、一日講座に濃縮して、開催いたします。みなさまのご参加をお待ちいたしております。願いをかなえるための、招き猫をつくります。お作りになる動物は「猫」だけではなく、お好きな動物を選ぶことができます。自分で造った物には、よりご自身のエネルギーが宿りやすくなります。手づくり招き猫は、「ご自身」と「願いの実現」を結んでくれる「仲介者」としての役割をはたしてくれます。イメージした形を、どなたでもより簡単に形にすることができる方法を考えてみました。そこに日本古来の張子(はりこ)の持ち味も加えてみました。ご自分用に市販の招き猫の大きさのものを、ひとつつくることも可能ですし、プレゼント用に小さなものをいくつか作ることもできます。たくさんの人のオーラを毎日リーディングしている花藤ゆかさんが、その経験を生かして、オーラリーディングのテクニックをおしみなく公開して教えてくださる講座です。そのメソッドに基づき、形を作ります。たとえば、招き猫の手は左右どちらをあげると良いのでしょうか?また、招き猫にリュックを背負わせたとしたら、それはどのような効果をもたらすでしょうか?金運や恋愛運をアップさせる場所はどこか?などなど、招き猫のどのあたりに何を配置すると、どのような願いがかなうのかを、詳しく教えてくださいます。ここで学んだことは、今回の招き猫づくりだけに終わらずに、あとあとまでいろいろな場面で、お役に立ってゆくことと思います。(遠藤洋子)【日時と時間割】5月4日(月・祝) 午後1時より5時30分【1時間目】 講義 シンボルとしての動物の持つエネルギー(遠藤洋子)【2時間目】 講義 あなただけの招き猫のデザイン作り(花藤ゆか)【3時間目】 実技 招き猫の型を作る。和紙を張る。(遠藤洋子)【4時間目】 演習 直観リーディング入門(花藤ゆか)【5時間目】 講義 色と文様と言葉の遊びのワーク(遠藤洋子)【6時間目】 実技 絵の具で絵付けする。(遠藤洋子)【7時間目】 演習 招き猫の幸運の守護力を増強させるオーラのテクニック(花藤ゆか)《 講義の詳しい内容について 》【1時間目】 講義 シンボルとしての動物の持つエネルギー ~あなたの願いをかなえてくれる動物は何か?~ 古来から動物は、神さまと人間をつなぐ「仲介者」としての役割りがあるとされてきました。そしてそれぞれの動物にはシンボルとしてそれぞれの性質があります。シンボルとしてたとえば「猫」が持っているエネルギーと、たとえば「犬」が持っているエネルギーは、別の特質があります。その性質の違いを使い分けることにより、願望実現へのエネルギーの流れの道すじを、選択することが可能になります。シンボルとしての動物は、生命エネルギーのパワーの象徴です。同調してそれを引き込むことにより、具現化の力をアップすることができます。(遠藤洋子)【2時間目】 あなただけの幸せ招き猫のデザイン作り本当の幸運をつかむには、本当の自分が心の底から望んでいるのは何なのかを知ることが必要です。自分の本当の気持ちは意外と見えにくいものです。未来の先取りで、最高に幸せを感じている時のオーラをイメージしながら、あなたの本当に望む幸福を正しく招く招き猫をデザインしていきます。(花藤ゆか)【4時間目 直感リーディング入門真の幸福をつかむには、自分が幸福になるために必要なのは何かを見極める直感が大切です。いつでも幸福に近づく選択肢を選べるように直感を研ぎ澄ましておきましょう。ここでは、簡単にどなたにでも直感を使ったリーデングができるようになるテクニックを練習します。何か質問をして、頭に浮かんだ色や数字、体の感覚などで直感のメッセージを受け取ることができます。たとえば、最近444という数字を何回も目にするけれどどんな意味があるのか、また、なにか質問をして111という数字が頭に浮かんだり、時計を見たら12時27分だったというとき、その数字は何を意味しているのでしょうか。それがわかったら面白いと思いませんか?同じように色や体の感覚などで受け取ったメッセージの意味を知ると、自分の直感が何を受け取っているのかがとても正確に理解できるようになります。直感リーディングは初めてという方にも簡単にできる方法ですのでお気軽にご参加ください。(花藤ゆか)【5時間目】 色と文様と言葉の遊びのワーク その1) 色彩のイメージ遊び色彩イメージで遊びます。『色の女王』の絵本を読み、そのあと、色彩の炎や水の中に入ってみます。その2) 願いをかなえる色探し招き猫に着色する時、どこにどの色を配置すると、願いがかないやすくなるのでしょうか。それを考えたり探したりしてみましょう。その2) 願いをかなえるシンボルや文様をさがすご自身の願いをかなえるシンボルや文様をさがします。招き猫なので、日本古来のシンボルにも目をむけてみましょう。その3) 招き猫に名前をつける招き猫を使って、オーラを強化してゆく時に、呼ぶための名前探しをします。 (遠藤洋子) 【7時間目】 招き猫の幸運の守護力を増強させるオーラのテクニック 自分で作った招き猫は可愛さもひとしお、願いを込めた絵付けをして愛着のある特別な招き猫になったことと思います。今回はさらにこの招き猫の力とあなたのオーラが共鳴してあなたの一部としてはたらくようにつながりをつくります。パワーストーンやアクセサリーなど、お手持ちのものにも応用していただけます。(花藤ゆか) 【場所】 第三の眼自由が丘店 【参加費】 材料費込み 13500円 (参加費は初日にご持参ください。)【 講師】 遠藤洋子(カラー+文様+言葉+工作担当) 花藤ゆか(オーラの基礎+直感リーディングの初歩)【お申し込み・お問い合わせ】はこちらのメールにお願いいたします。 遠藤洋子 yoko923@crocus.ocn.ne.jp
2009.04.15

おととい「星の基礎講座」で灯台の絵を描いたことが自分でも意外でとてもおもしろいです。水星のテーマの絵で灯台が出てくるとは描く前までは、全く思ってもいませんでした。が、この絵にある巨大灯台は乙女座13度の水星にあまりにもぴったりなのが自分でも驚きです。乙女座は土のサイン。「灯台」もしっかりとした土や岩の土台の上に建てられます。自分で思いつきで描いた絵からたくさんのことを教えられる感じです。灯台は暗闇の中を航行している船を導きます。お絵かきの時にどうして「灯台」を描こうとひらめいたのかというとそれはひょっとしたら「とうだい」だからなのではないか。「灯台」を声に出して言うと「とうだい」です。と、書いてもおとといの「星の基礎講座」の参加者で無いとこの意味はちんぷんかんぷんのことでしょう。もっとも数日前にライトハウスという英語の単語は「灯台」を意味するということを知ったということもあったのですが。こういう流れに目を向け始めると眼に見えないナビゲートしてくれている形無きなにものかの導きがやっぱりあるように思ってしまったりしている雨の夜でした。
2009.04.14
今週末の『東京星図めぐり』蠍座地区の時に「竹下夢二美術館」に行くかどうかはお待ち合わせの時に参加者の人に聞いて決めようかと思います。わたしは美術館は誰も居ないくらい静かなほうが好きなのですがテレビの人気番組の放映直後ではきっと人はたくさん居ると思います。竹下夢二美術館は予定しているルートのど真ん中にある感じなのでちょっとだけルート変更して立ち寄ることは簡単です。☆今の予定ですと現在の『東京星図めぐり』は早いもので、8月30日(日)に魚座地区に行くと終了となります。もう間もなく一年たつなんて。ほんとうにあっという間でした。そのあとのことはまだちゃんと決めてはいないのですがわたしとしては第三期『東京星図めぐり』を開催スタートする時はトランシットの太陽と訪問するサインを一致させたいと思ったりもしています。なので春分のあたりで牡羊座地区訪問とかにしたいなと考えています。
2009.04.14

きのうは『星の基礎講座』でした。参加者のみなさんたりあさんどうもお疲れさまでした。そしてどうもありがとうございました。惑星のお絵描きはきのうは「水星」でした。アップしてある絵はわたしが描いた「水星」の絵です。わたしの「水星」は乙女座13度「政治運動を制圧する強い手」にあります。それに射手座9ハウスの土星がスクエアーをかけています。きのうは絵には「灯台」が出てきました。「灯台」の中の紫色の螺旋階段はきっとこのスクエアーを表しているのだろうと思いました。それとあまりはっきりとはわかりにくいのですが空には鳥が四羽飛んでいます。星基礎講座は午後1時から夕方の6時過ぎまで長時間の講座なので途中、休憩のお茶の時間が30分あります。毎回たりあさんがその時のテーマの天体にふさわしいお菓子を用意して来てくださいます。前回の「月」の時はビスコと白いふかふかの赤ちゃんせんべい。今回の「水星」ではアニメのキャラクター菓子など小学生の時に食べたようなお菓子でした。この天体テーマのお菓子を食べるのもこの講座の楽しみのひとつです。それにしてもこの星の基礎講座はいつも「笑い」が絶えないとても楽しい講座だと毎回思います。お勉強の部分はみっちりとでもわかりやすく充実している講座です。12回の連続講座なのですが掘り下げたい天体のテーマの時に単発の参加も可能です。どうぞ興味のある方ピンときた方たりあさんのほうにご予約メールをお願いします。
2009.04.13
きのう「オーラの泉」をひさしぶりに見たら「竹下夢二美術館」が出てきました。ネットで調べてみました。竹下夢二美術館やっぱり蠍座地区にあります。「東京星図めぐり」で蠍座地区に行くのは来週の日曜日の予定です。なんとピッタシのタイミング!わたしはまだ行ったことありません。少しルートを変更すると「竹下夢二美術館」に行くこともできそうです。どうしようかな。『東京星図めぐり』は東京都内・美術館の旅にしてもおもしろそう、などと考えてみたりしています。良いですね!神社仏閣聖地美術館めぐりのお散歩小旅行。これからは積極的に美術館めぐりも取り入れてみます。☆竹下夢二好きでした。金星期の頃特に好きでした。竹下夢二の太陽は乙女座24度「メリーと彼女の白い羊」わたしのネイタル月の真上にあります。『サビアン占星術』松村潔著 学研のP.440にはこの度数に太陽がある著名人として他に曽野綾子正岡子規などが書かれています。たしかにこのふたりも好きかも、です。ローレン・バコールもここに太陽があるのだそうです。やはり夏の終わり「晩夏」というあたり。秋の気配が少し見え出した頃。その微妙なかげりが色調をぐっと変化させて濃くして行くようなそんな少し「憂い」の季節の時間の頃がちょうどこのあたりです。
2009.04.12

今日は「物語りタロットの絵を描く講座」略して「物タロ」の日でした。今日の参加者の方は一番最初に独自の大アルカナ・マトリクスを決めてそのおおもとのマトリクスに合わせて二ヶ月かけて構想を練り今日は0.愚者と21.世界と1.魔術師と11.力の女神の4枚を描きました。午後1時から3時までたっぷり2時間集中して描きました。わたしもご一緒に17.星と18.月を描きました。マイカードとして実物大カードに絵を描くとものすごく濃密に集中しました。エッセンスが煮詰まるような独特の濃さがあります。わたしの上の2枚の絵は古典版の模写のようなものですがそれでもかなりの濃い体験でした。古典版という音楽の楽譜をもとにオリジナル性を強めた演奏を全身全霊を込めて奏でたようなそんなエネルギーの使い方でした。なので今日の2枚の絵は自画自賛的にとても気に入っていて自分では作品だと思っているのです。きのうの「金曜日のタロットの絵を描く」講座略して「金タロ」講座からの流れのキーワードとして「メガネ」が今日にまで続いていてとても不思議に思いました。
2009.04.11

きのうは、自由が丘で1.魔術師の タロットお絵描き講座でした。参加者のみなさんたりあさんおつかれさまでした。そしてどうもありがとうございました。☆前回描いた0.愚者からの続き絵として1.魔術師の絵を見てみると興味深いたくさんのことが見つかりました。見つかったたくさんのことは言語化するのはとても難しいです。絵で見比べると一目瞭然。納得いただけることなのですが。タロットのフルデッキの構成の説明とライダーウエイト版と古典版の違いの解説もしました。☆わたしが描いた【ヨーコちゃん】シリーズ0.愚者と1.魔術師の絵です。
2009.04.11

その後何だか知らないけどキャラクターがぽこぽこ生まれています。【葉っぱくん。】最初、女の子かと思ったらどうやら男の子らしい。右目は、ハートマークがかぶっていました。ドキドキしちゃう性格なのかも。ひょっとしたら葉っぱちゃんを探しているのでは?【サボテンマン】見た目ソフトだけどトゲあります。ソフトだからトゲがあるのかも。無口なタイプ。足が無いのでたぶん動かないと思う。
2009.04.11
ふたたび 何故かマケマケの神話が気になるので調べてみました。マケマケの神話読んでいるうちに魅了され時のたつのを忘れていました。
2009.04.10

明日の金曜日タロットのお絵描きの2回目1.魔術師なのですがタロットの0.愚者から1.魔術師への流れで今回わたしは何が新しくスタートするのだろうと楽しみにしていたらジャジャ~ン!このマイ・キャラクターの登場でした!お名前は?と尋ねると「ヨーコちゃん」というお答えです。ごもっともなお名前です。だってこれはわたしの分身なのですからね。おりしも今夜は満月ですし。この日あたりのお生まれの方々はわたしのベスタの真上に太陽を載せますしね。ヨーコちゃんはこれからタロットの世界を21.世界までどういうふうに旅して行くのでしょうね。わくわく。わたしもとても楽しみです。明日さっそく先日描いた0.魔術師の絵の中にヨーコちゃんを登場させてみようと思いました。☆あ~!しまった!ヨーコちゃんの出生時間をちゃんと把握するのを忘れてしまいましたぁ。今日の午後なのは確かなのですが。記憶をたどるとだいたいこのあたりではないかと思います。
2009.04.09
去年の秋に松村先生にお願いして開催していただいた「夢解釈 お絵描き講座」である人が描いた絵がここ数日思い出されています。紙コップが床から天井に向かって重なって連なっているそんな絵でした。その時の絵には(わたしの記憶では)天井からひとつの紙コップが下がっていたのです。ここに積み上がった紙コップがはまると先日の夜桜の時久しぶりにわたしに訪れた「ある状態」が成立するようにも思えるのです。古典版タロットカードには背景の中に水滴マークが描かれていることがありますが積み上げ紙コップとはある意味下から上への水滴マークと言うこともできるのでは無いかと思います。それに対して上から下への水滴マークは降り注ぐ祝福のようなものでこの紙コップで言ったら上と下が合致したその瞬間を表しているようにも思ったりもします。そんなことをここ数日は考えていました。☆ピュリファイという場合付随する信念体系は必ず存在するのでしょうね。でも、わたしはシュタイナーのお勉強をしていた時ピュリファイされた美しい人たちとたくさん出会いそこにかつて限りない憧れを抱いたことを思い出したりもしていました。
2009.04.09
たしかに陰陽分裂を放棄した21.世界が表しているという両性具有の世界を受け入れることにピュリファイした者だけが到達できる境地があるということを思い出した夜です。夜桜というのは妖しいといつみても思います。だってそうでなかったら過去の歴史において「殉教」ということは有り得なかったはずですから。「殉教」した者たちはこの世の全て「色ある世界」よりも「墨染め」的な色無き世界に絶対的価値を見出したはずだそんなことに思い至った満開の桜散る夜でした。H6の「神」と呼ばれる領域にまで到達した人間との関わりにおいてしか味わえない「墨染め」の境地は確かにあってそれはただ単に形而上学的な理念的なものかというとそうでは無くてリアルな現実でもあるのです。おそらくタロットの0.愚者が日常を生きているであろうゼロポイントというものに完全にフォーカスできた時には流れ込んでくる絶対的静寂というものがあってこのことを歌にしたのはサイモンとガーファンクルの「サウンド オブ サイレンス」なのではないかとつねづね感じたりしていました。この0.愚者のゼロポイント絶対的静寂にフォーカスできた瞬間は夜桜の花見をしながらすれ違ってゆく見知らぬあなた(二人称)はあなた(二人称)ではなくわたし(一人称)になります。それは寸分の隙間も無くわたし(一人称)になります。世界はわたし(一人称)の中に雪崩れ込んでくるのです。これが0.愚者のゼロポイント絶対的無の静寂の境地です。そんなことを思い出した満開の桜の時でした。
2009.04.05

火の鳥のヴィジョンが浮かんできます。手塚治虫の漫画の火の鳥の絵のようにも思います。金色に輝いています。みずから火山の火口の中に飛び込んで再び生まれ変わります。まるでこのことは太陽に対する冥王星スクエアーを象徴しているかのようです。火の鳥とは太陽のことを象徴しているものなのでしょうか。錬金術の考え方にも似ているように思ったりもします。再生する。生まれ変わる。その時はもう前と同じでは無いのだと思います。きっとピュリファイされて変容していることでしょう。こういう道は特殊な道ですがこういう道もあるのだと思いました。浮かんできたイメージをもとにタロット13.死神の絵を描きました。自分が一生懸命描いた絵よりも後片付けするために流しで流したパレットの中にはっとするような無作為の美を見つけます。この後片付け中のパレットにはわたしが描きたかったことが充満して輝いています。こういうことは絵を描いている時しょっちゅうしょっちゅう起きます。ああここまで近づいていたのにとそのたびごとにとても残念に思います。無心になればなるだけこの近づいてきたもののわたしの中の通りは良くなります。☆そういえば手塚治虫も「虫」好きでしたね。それで自分の本名「治」のあとに「虫」をつけたとか。
2009.04.05
吉祥寺カイロンでやった芳垣さんの「色彩と占星術」の講座に行って来ました。とてもおもしろかったしとても刺激にもなりました。いつも思いますが芳垣さんはたくさんの海外の文献を読んで研究をされていてすごいですね。わたしも頑張りたいと思います。「色彩と占星術」はまだまだ研究する可能性が幅広く残されている分野のひとつのように思えました。芳垣さんのお話しでも「色彩と占星術」の対応として世界中でもこれだ!と確立されたものは無いそうです。向かい合うと膨大な量と対峙しなくてはならないたいへんさは感じるのでやるとしたら土星を使ってこつこつと長期計画でやって行くことになるかと思いますがわたしはぜひやってみたいです。
2009.04.04
お家(おうち)の オーラってあります。とくに一戸建てだとわかりやすいですが。住んでいる人たちが放っているエネルギーとか気配とか言うものを感じます。人が住んでいる住んでいないのお家(おうち)のオーラは全く違うように感じられて。その違いの感じはとてもおもしろいです。やっぱり人って発光体発熱体なんじゃあないかと思ったりするくらいです。そうそう。そういえば子育てしていた時にこのお家(おうち)のオーラが子どもに強い影響を与えていることに気がついたことがあります。このお家(おうち)の オーラって何なのでしょうか?住んでいる人たちの無意識的エネルギーなんでしょうか?お家(おうち)に帰るとほっとするというのもそれが自分ととても馴染んだものだからなのだと思います。すこし似たような感じなのですが近くのブックオフに本をたくさん出した時あ、これはうちにあった本だとわかったことがありました。同じ本は3冊くらいあったのですがそのなかの一冊にお家(おうち)のオーラがしみこんでいたのを感じました。身近の知り合いの人にその話しをしたところ「四十九日は抜けないらしいよ」ということだったので四十九日というのはそういうことなのかと思ったことがそういえばあります。
2009.04.04
お年寄りの知恵といった時にすばらしいのは単なる形而上学的な知恵(ソフィア)であるばかりでは無くひとりひとりの人のなまの生きた知恵があるところなのではないかと思ったりもします。今世の中は一時的に解除されているとはいえ土星天王星のオポジジョンのリストラアスペクトのあおりを受けて世界的不況となっています。こういう状況の中ではこういうような状況を何とか生き延びた戦争体験者でもあるお年寄りの言葉に耳を傾けてみると実りがあるようにも思ったりもします。こういう時代に戦争体験者の方の言葉のお勧めの一冊と私が思うのはやはり、五木寛之の『人間の覚悟』 新潮新書 です。私の実家にも戦争体験者のお年寄りはにめい居りますが彼女たちの生き方からはこういう試練の時だからこそいろいろと教わるところがとても大です。実家のふたりのお年寄りは私のネイタル月にも対応する存在かと思います。私のネイタル月は乙女座24度「メリーと彼女の白い羊」です。『決定版!!サビアン占星術』松村潔 著 学研 P.400にもありますがこの度数は「必要最低限で済ませる生き方も可能」な度数です。そこに私のネイタル月はあります。そして先ほど書きましたようにこの月とは私のとっては実家のふたりのお年寄りでもあるわけです。月つまり日常生活の暮らし方としてこの戦争体験者でもある実家のふたりのお年寄りからわたしが生い立ちにおいて学んできたことはいかに必要最低限で健康な生活を送って行くかと言うことでした。さすが健康を示す意味合いをも持つ乙女座の月です。その一家相伝の秘儀を私なりに一部アレンジして一部公開しますと食事に関しては次のようなことがいえます。食事は粗食を心がけよ。メタボになる食生活なんてもっての外。食事は三食一汁一菜で十分なり。米は玄米を食せよ。葉っぱは茹でて食うべし。(ただしたくさん醤油をかけるな。味が足りない時は鰹節をふりかけよ。)納豆と海苔と胡麻を食え。魚はちりめんじゃこで十分なり。(ただし一日一食毎日食すこと。)牛乳を一日一合飲むように。(ただしこれはアレルギーが無い場合に限る。)少量のお酒は百薬の長。(とくにこれは心や心理に利く薬だと私は思います。)良かったらみなさんもこれをやってみてください。この食生活は長寿の生き方と深い関わりあるかもです。それを実証するかのように実家のふたりのお年寄りのうちひとりは今年99歳になります。なによりこの食生活はお金がかかりません。不況の時を何とか生き延びることをせざるを得ない場合まずはこの食生活で無駄を省いてみることをわたしはお勧めしたいです。もちろんこういう私もこの食生活の実践者のひとりです。日本には「清貧の」という言葉がありますが精神性を象徴する神道の神社はみんな清清しいくらい清楚だと思います。そういうあり方に少しシフトしてみようかななどと思ったりしています。なにせわたしの月の上にはこれから再び土星と天王星のオポジションが形成されるのでそういうことを考えたりしています。注)このあと、思い出したのだけど野口整体の最初の先生である今は亡きS先生はそういえば「ときどきは体に悪いものも食べないとな~」と言って体に悪いものも食べていました。確かにそうかも知れないですよね。いやいや食道楽のS先生。言い訳してから食べていたのかどちらなのかわたしには良くはわかりませんが。食べたいものを食べるのが一番なのかもですね。
2009.04.03

自由が丘でのタロットのお絵描き講座始まりました。それにシンクロした出来事は私の実人生の中でいろいろと予習的に発生したり復習的に発生したりしています。☆「0.愚者」を生きる人々 とはを今日またひとつ見つけました。それは東洋占術の四柱推命や六星占術いわくの「空亡」を生きる人々と言うことも可能なのではなかろうか。0.愚者が持っているもしくは定義している意味合いは実は実に多義にわたるわけですが。今日わたしはこのような0.愚者の意味合いと定義を見つけたりもしました。
2009.04.03

実家に居た時テレビがついていて美智子皇后のお洋服の番組をやっていたのですがその時に大きな試練を体験されたあとで「わたしはもうだいじょうぶ。ピュリファイされました。」と答えられたということを知りました。ピュリファイという言葉からわたしは『メサイヤ』の聖書の言葉を思い出しました。6曲目の合唱にAnd He shall purify the sons of Leviとあります。とても大変なことがかつて人生上に出現した時知人の合唱のコンサートで聴いたメサイヤの歌詞に大きな力付けを受けて涙が止まらなかったことを思い出したりしました。試練とかただ苦しいだけではなくてそういうことだったのかと知ると耐えてその時を過ごす励みになります。銀の精錬の歌詞だったと記憶しています。
2009.04.02
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