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あしたの元旦は未明に月食の満月です。太陽は山羊座11度。月は蟹座11度で起こります。☆社会の中で「実」になること野心を達成しようとするエネルギーがここでひとつのピークを迎えることに気が付きました。さっきこのブログに自分で書いた文章がこの天体配置をとても良く表していることに気づきちょっと、笑ってしまいました。達成して社会の中で形になることは内側で生きていた生命エネルギーが変換された姿ですね。外に出すことで内からは消えて行きまた新たなものが始まります。水星が逆行中であることまでブログに書いた内的体験とびったしです。水星逆行中は過去の記憶の中に宝ものを探しに行くのに良い時と言われていますがほんとうですね。わたしのなかで書いて外に出すことでいろいろな意味での考え方などの書き換えが大幅に起こっているようにも思えます。「牛」に対する解釈までもが書いて外に出すことで思いもしなかった新しいものが出現していて驚いています。またグレゴリオ暦の新年。旧暦の新年。占星術の新年と新しい時間のスタートがシフトして行く時期に入ってゆくのだなぁと新鮮な気分になります。みなさまもどうぞ良いお年をお迎えください。
2009.12.31
自分自身の人生を振り返ったりしているわけは本を描くというワークに参加することで次なる一歩を踏み出そうとしているからなのだと思います。その、次なる一歩とは社会的進出だけにとどまらない次なる一歩であることが自身の内側のエネルギーや体験としてはとても「現実」です。本を出すということはそれも出版社から出版されるとしたらどこかはなばなしくメジャーデビューを果たせるようなそんな印象があります。それはそうできた時の他者からの視線です。わたし自身も本を出された身近な人たちに今でもその視線を送っている現実の一つなのですが。そういう外側のこととは別の内側の実感として本を描くということは十牛図の牛探しと全く同じようなプロセスが展開されることを痛感します。本というものが持つ意味合いとしては9ハウス射手座的ですが本を出すという行為は一点の着地ポイントを見つけて社会に着地することだとわかったので10ハウス山羊座的だとつくづく体感しているところです。その次なる一歩を踏み出す時には過去のすべてとともに踏み出すのだと実感しています。つまり、この一歩を踏み出すというのも自分自身と「牛」との関係が変化して行くことのエネルギーの動きが持つ意味合いのほうが人生上、「実」な感じがあります。かつて絵を描いていた時もそうでした。なぜ絵を描くのか。社会的な評価は、目標でもあり、そのターゲットに向けて全精力を傾けるのであったとしても内的な動機と自分自身が向かい合っているエネルギーは実は、人生上のあまり良く言葉にはできない「あること」を、一歩進めたいということがほんとうの原動力になっていたそんな気がします。つまり生きるとはそういうことなのだという本質近くのあたりの実感です。それを表現している言葉はとても少ない。抽象的だけど十牛図の「牛」はそれをあらわしている少ない言葉の一つであるようにこのところ実感しています。わたしにとって本づくりは十牛図の牛と新しい山羊座体験とがミックスされた手ごたえのある現実体験となつています。
2009.12.31

そして、今日は帰宅後は十牛図の本に使われている挿絵の絵の分類をしてみました。○『意識の十の階梯』松村潔、著 VOICE○『十牛図 自己の現象学』 上田閑照、著の部分 ちくま学芸文庫これらの本には京都 総国寺蔵の伝周文筆「十牛図」が使われています。○『たましいのこと』松村潔、著 ユビキタ・スタジオこちらの本は上記の挿絵を相場幸二という人が模写したものです。上記の本の○『十牛図 自己の現象学』の 柳田聖山、著の部分 ちくま学芸文庫 は住ケン州梁山郭庵和尚十牛図天理図書館蔵 が使われています。○『自由訳 十牛図』 新井 満、著 四季社○『十牛図・自己発見の旅』 横山紘一、著 春秋社 は『望月佛教大辞典 増訂版』 世界聖典刊行協会 が使われています。○『十牛図入門 「新しい自分」への道』横山紘一、著 幻冬舎新書○『私の十牛図』三田誠広、著 佼成出版社は上記の絵を元に、増野充洋が 描いたものが使われています。○『十牛図 描き方と意味』徳力富吉郎、著 日貿出版社○『究極の旅 和尚 禅の十牛図を語る』和尚、著 めるくまーるには上記の徳力富吉郎の絵が使われています。○『シンフォニー 作曲家×ホロスコープ×十牛図×エニアグラム』松村潔、著 オレゴンファームには満天星のイラストが使われています。
2009.12.29
千駄ヶ谷の松村先生の本づくり講座はそして、今日から冬休みに入りました。本づくり講座は早朝から始まる少し学校のような雰囲気なので今日は二学期最後のはんどんの終業式といったそんな風情でした。今日は6冊の本をフォトリしました。フォトリは不思議な領域にアクセスするのでいつもおもしろいです。スピリチュアルな気づきの領域の連結が起こってははぁ!なるほど!となったりします。
2009.12.29

そして、これは先日、12月25日の日にてぃんしゃさんに教えてもらって一緒に行った、古道具屋さんで扱っているセルロイドの筆箱。今ではたった一人の職人さんがこのセルロイドの技術を守り作り続けているとのことでした。セルロイドとは本物でない人工的な偽物のはしりの代名詞かと私は思っていたのですがそこの古道具屋さんで知ったことによるとセルロイドとは今となっては非常にエコな化学物質だとのことでした。わたしは英語はあまり詳しくなくてわからないのですがセルロイドとは英語で貝を表すシェルとアステロイド帯のロイドと語源を同じくするロイドとの組み合わせでできた言葉なのでしょうか?この昔懐かしいセルロイドを見ているとそんな風に思えてならないのでした。ちなみにこの筆箱は1000円以上2000円未満なお値段だったことを最後に書いておこうと思います。人が造っているぬくもりを感じて生涯大切にしたいと思わせるそんな気持ちを呼び起させる筆箱なのでした。☆温かみのある人工物として思い当たるのが手塚治虫の漫画に出てきた心やさしきロボットたちです。今度天王星が牡羊座に入った時ロボットなどの革新が急激に進むであろうことをわたしは占星術的に予測しているのですが心やさしき人工物としてこのセルロイドと心やさしきロボットたちはなにかどこかがとても似ているそんな風に思った師走の夜なのでした。
2009.12.27
それでというのはきのうからの続きでこのはずかしさと葛藤感を統合するひとつの方法として気がついたのがペンネームを使うこと。そういえばという感じで6年くらい前にスピリチュアルな意味でのガイドとの通信が常時オンになっていた時降って来たペンネームがあったことを思い出したのでした。私はなんとなくその名前を使うのは土星期のおばあさんになってからだろうと考えていました。土星期まであと3年なのでそして私の木星は土星とはセクスタイルで連動しているのでもう使っても良いのだろうかとも思います。しかしな~。これまたわざわざペンネームを使うというのもなんかご大層な感じでこれまたますますよけいにはずかしいですがの~。本づくり講座に参加しておよそ一ヶ月が経過。その間でわかったことは本を書くということは立って行くことだ、ということ。私自身や言いたいことや伝えたいことを立たせて行くことだと思いましたです。そういう時に本名の名前はエネルギー的に生ぬるい感じがどうしてもしてしまうのです。降りてきたペンネームを使うとエネルギーが急激に変化することがわかるのです。今までみんなわたしは本名でやってきたのでどうするべ~。ここでペンネームにシフトするってとっても強力に湧きだす自身の中のはずかしさを越えて開き直りが必要だ。けど名前って使ってゆくうちに知らず知らず慣れてゆくものだからこのドキドキ感を楽しみながら次の名前の人になって行こうかな~。ああ、そうか。この胸のあたりがうずうずするとってもはずかしい感じは35年前に絵を描き始めたころ「絵描きになりたい。」とほんとは一番言いたいのだけどだからこそめったに口にできなかったあの頃に感じていたものと同んなじだぁ。
2009.12.27
本づくり講座では企画書なるものを提出せねばならないのですがそこでは自分自身の経歴などをめいっぱいアピールする必要性があるらしくそのようなことはどうもはずかしくて苦手と思う私といやいやそんなこと言っていたら世の中では生き残れないのだからそして嘘をつくわけではないのだから自己肯定の極致として自身のアピールをすべきだという私が激しく葛藤してそして今はちょっと停止してしまって居るのです。
2009.12.26

今日は、年末のお食事会をタロットのお絵描き講座の参加者の方たちとしました。ふだんはなかなかみんなお互いに忙しいので日程を合わせてお食事はできないのでとても楽しかったです。お食事会のあと西荻窪で今出品しているギャラリーにみんなで行きました。これは、てぃんしゃさんの3.女帝の絵です。今までは、0.愚者の絵が飾ってあったのですがてぃんしゃさんが飾り替えをしました。3.女帝のエネルギーがギャラリーり中に放出した感じでパアッと明るく変わりました。ああ、もうすぐお正月が来るなぁと少し神聖でおめでたい雰囲気が感じられました。そして、わたしもてぃんしゃさんのフエルトの針刺しを2個、買いました。とてもかわいいクリスマスプレゼントがアトリエえんどうまめの棚の上にやって来たのでとてもうれしいです。☆《フエルトとセラピー・キャンドルの 展覧会》は2010年1月25日(月)まで、西荻窪のGALLERY Y NISHIOGIで、やっています。年末は、12月28日(月)が最終日で年始は、1月8日(金)からスタートです。ギャラリーが開いている曜日は金・土・日・月・祝日時間は午後1時から6時までです。てぃんしゃさんのフエルトの作品はこちらのブログにセラピーキャンドルは、こちらのブログに、アップしてあります。
2009.12.25
『子ども と 悪』というのは河合隼雄の本です。岩波書店から出ています。この本と出合いわたしの中で「悪」というものに対する概念が大きく書きかえられました。フォトリーディングしたあとのわたしのマインドマップから私が潜在意識的に感じ取った言葉たちを次にご紹介したいと思います。☆まず最初に出てきたのは「悪の肉団子」のイメージ。それを食べるとどうなるか。○元気ー活力ー生命力○創造○免疫ーそんなの知ってる○抵抗力ーだから何○未知なるものー心をそそられる ー謎めく ー魅力○複合性ーいろいろあらぁなぁ○起き上がりこぶしー立ち直る○スタミナ○こんちくしょう○強さーたくましさ○くじけない○バイタリティーダイナミック○パワー
2009.12.23
ミクシィでの「十牛図研究会」コミュはある会合の連絡用につくったものなのですがその会合が解散したあともそのままにしてあってと、言いますのもそこでいろいろと十牛図のことをお話しできる場として活用されて行くと良いなという希望的な思いと私の中で、あるしたかったけれどできなかったことがあってそれを何とか再びどうにかできないかというそんな思いとで消さずに今でも残してあるのです。そんな少し凍結しているコミュなのですが十牛図のことについてこちらのブログで書いたことの保管の場としてまるで図書庫に本を納めるみたいに二つの文章をアップしましたところマイミクさんのアポロンさんが文章を寄せて下さいました。とてもうれしかったです。ご本人の了承を得ましてこちらのブログでもアップさせていただきます。(アップにあたり一部「てん」の文字が正確に変換されなかったのでひらがなとさせていただきました。)☆>COROEさんへ 《十牛図 と アニマ、アニムス》 象徴的な表現は様々な解釈を可能にするし、様々に解釈され得ること自体が、象徴作用の特権でもあるのでしょうが。 「禅宗の教え」という前提的「思議」さえも超える方が、さらに禅的であり得るかも知れません。 そんなことも含めて、河合隼雄さんは面白い人だなぁと思います。子どもが教師にするような突拍子もない質問を、敢えてしているイタズラっぽい表情が思い浮かんでしまいます。 私は第1図(尋牛)から第6図(騎牛帰家)までが、あたかもアニマ、アニムスの統合のプロセスのようにも見えます。いわゆる自己の「太陽」を生きるまで・・・。 「自己の内部に埋もれているもうひとりの自己」。 それは男性にとっては女性的な(アニマ)、女性にとっては男性的な(アニムス)姿をとって現れるかも知れません。が、「自己実現」という視点からみれば、親(超自我)や社会(集合意識)から認められる「現実の自己」(童子)と「本来の自己」(牛)との内的葛藤と統合のプロセス、死と再生のプロセスとみなしていいのかも知れません。 西洋文化の中で育ったユングにとっては、女性性と男性性の統合、あるいは善と悪の統合という概念が用いられ易いのでしょうが、仏教や東洋思想の中にはあまり見当たりません。そもそも、森羅万象の陰陽はあっても、「神」と人間の「対立」や「契約」がないからかも知れません。 「アテーナイには、アルテミスのために、少女たちが黄色の衣を着て、熊を真似て踊る祭があった。」(Wikipedia) これは確か、思春期初期の少女たちの通過儀礼だったかと思います。女の子が、自らの内側の「野獣」(アニムス)に出会う頃でしょうか。 十牛図のなかの牛を「アニムス」、童子を童女と捉えても構わなさそうに思います。 第7図(忘牛存人)から第10図(入てん垂手)は、一定の自己実現を経た人が、さらに深く「自己」を見つめていく、つまり「悟り」のプロセスでしょうか。男性性ー女性性、社会的自己ー内的(自然的)自己、悟るー悟らないという二元性そのものが、乗り越えられていくプロセスでもあるのでしょう。第10図を「菩薩」と看做すなら、それは既に性を超えていて、母性的な「観音菩薩」であってもいいはずです。 自己のアイデンティティーを確立する「太陽期」を迎える以前に、女性を結婚させたのは、女性の自我を「夫」や「家」に従属させるためだったと、聞いた事があります。確かに、つい最近まで日本はそうでしたが、太陽期を過ぎた頃に結婚するカップルが出てきたのも、昨今の現象です。 女性にとっての自己実現、自らの女性性と男性性の統合、あるいは女性が全体性を獲得していくために、メンタルに変化していくモデルのようなものや象徴は、今後ますます必要になってくるのだろうと思います。 宮崎駿作品には、そのへんの深い部分がちらほら見え隠れしているように思うのですが。それは、監督自身が現実の女性心理を知っているかどうかではなく、自己と世界の深い関係性をよく知っているからこそ。そこに「女性的なるもの」がより深いレベルで内在しているように思えます。そういえばポニョの母親グランマンマーレは、船員たちからは「観音様」と呼ばれてましたね。 それこそ、女性自らが現代版十牛図を描いて行かなければならないのでは? 私は COROE さんに、そんなことも期待してしまいます。
2009.12.23
夜中にふと、目が覚めて書きたいことが、たくさんあるのだけれどブログアップが、追いついてないことに気づき今これを、入力しています。書きたいことは、三つあります。そのひとつが、《 ゴリラのウンコ 》の、その後の、お話し。松村先生の、本づくり講座に参加していることは、先日このブログでも書きましたがゴリラのウンコのお話をアップした翌日本づくり講座の中で松村先生のお知り合いの凄腕(すごうで)編集者の方のお話を聞くという機会に恵まれました。そのお話の中で、私が受け取った一番のポイントは象徴的な意味でのゴリラのウンコをたくさん持つということでした。ウンコは象徴解釈では「成果」を意味したりします。第一次的に自分が生み出したものにしろ第二次的に誰かが生み出したものを熱意をもって自分のものとつくりかえたものにしろそういう成果物をたくさん持つことがたいせつなのだと分かりああ、これはゴリラのウンコのことだと私は自分なりに納得した次第です。このブログもつまりはそういうウンコのひとつということになるかと思いました。
2009.12.23
冬至の頃がクリスマスカラーで赤・緑。そのことと先日『東京星図』めぐりで上野動物園に行ったこととそのふたつがミックスされてまるでクリスマスプレゼントのように届けられたメディテーションの方法があります。それは元気になるつまり十牛図の牛の活性化の方法なのですが道は二通りあるとのことでした。ひとつは赤から緑に至る方法。赤オレンジ黄色緑の順番でイメージしそのカラーのパワーを取り込む方法。もう一つは緑から赤に至る方法で緑水色紺色紫マジェンダ赤色と瞑想する方法です。最初のほうは胎蔵界つまり大地母神的瞑想法。後のほうは金剛界つまり父性・宇宙的瞑想法。この二つの方法が西暦二千年代は存在するということでした。どうぞご自身が得意と思われるほうで瞑想して牛を元気になさってくださいね。
2009.12.23
『東京星図』めぐり上野動物園のもうひとりの参加者の方からもご感想メールをいただきました。どうもありがとうございます。ご本人の了解を得てこちらのブログでもご紹介させていただきます。☆From: ○○○Sent: Tuesday, December 22, 2009 1:21 PMTo: 遠藤洋子Subject: 先日の東京星図巡りはありがとうございました。遠藤先生こんにちは。東京星図巡りに参加させて頂いた○○です。先日は、先生や○○さんと動物園を巡って本当に楽しい時間を過ごさせて頂きました。動物達を見た後に、「牛」や人間の無意識について話を聞いた事で、お話を頭ではなく感覚的に理解出来たような気がします。動物達からは、その瞬間に生きている強さやしなやかさを感じました。動物園で書いた絵を寝る前に眺めているのですが、特に上手くはなくても、やはりあの時の感覚が戻って来て、心がポカポカします。そして、今回は自分でも驚くような出会いがあり、さすがは天秤座・蠍座巡りという感じでした!最近は、閉じこもり気味だったので、改めて人に出会う素晴らしさを思い出しました。普段は自分と同年代の友人にしか会わないため、その中で自分の可能性に対するある種の閉塞感を感じていましたが、人生の先輩たちのお話を伺って、もっと自分の可能性を信じていいんだな、人生の道は一つじゃないんだな、と教えていただいたような気がします。次の射手座、山羊座巡りも日程が合えば是非参加させて頂きたいと思います!それでは良い年末をお過ごし下さい。○○○○
2009.12.23
物語タロットに参加されているこむぎさんの7.戦車についてのブログをご本人の了解を得ましてこちらに、ご紹介したいと思います。これは7.戦車の講座のようすをみなさんにお伝えしたいというよりもこむぎさんがこの講座の時にお話されていたサルガドさんという写真家の方の写真とそれを見たこむぎさんの心の共鳴のようなものそしてタロットの7.戦車と占星術の火星・冥王星のコンジャンクションと同期を取られて行くごようすをみなさんにお伝えしてくてこちらにリンクさせていただきました。☆≪そして、追記です。≫こむぎさんからのメールの返信には>ブログの件、もちろんOKです。うれしいです。>(言葉が正確だったかわからないのです。>私なりの解釈っぽくなってるのかもですが。。。)と書かれていてこれはあんがい難しいことと私がいつも感じていることのひとつだと思いました。と言いますのはここにひとつの「伝言ゲーム」が発生してしまうからなのです。ダイレクトに講座で内容を受け取ったこむぎさんがそれを体験としてとらえて言葉に起こし返す。その言葉をその講座には参加していない人がこのブログで初めて読むというところには一種の伝言ゲーム的な「ずれ」が生じてしまうのです。もちろん、だから講座で体験吸収したことを言葉に起こし変えたりブログにアップしたりすることは「止めてください」などとわたしは言っているのではもちろん無くてわたしはむしろどんどんご自身のブログなどで言語化してみることを講座参加者のみなさんにはお勧めしていてタロットのお絵描きコミュをミクシィにつくった一番最初の理由がこの言語化の書き起こしのためだったくらいなのです。ただ「7.戦車イコール火星冥王星のコンジャンクション」という言葉だけが万が一独り歩きをしてしまうとそれは大切な本質からはかなりずれてしまうこともあるだろうと思うことだけはここに書いておくことにしようと思いました。「7.戦車」と「火星・冥王星のコンジャンクション」は時に、同じような内容で重なり合い時には、全く違った性質で重なることは無いと考えていたほうがより正確かと思います。これからタロットと占星術を学ぼうとされている方のためにもご紹介するにあたってとりあえずここに追記という形で念のため書かせていただこうと思いました。
2009.12.23
東京星図めぐり 上野動物園の追記なのですが参加者の方のご感想メールをアップしたりいろいろしていたら突然思い出したことがありました。それはゴリラのウンコです。ゴリラ舎のところにゴリラについての説明がいろいろとされているところがあってそこにはゴリラの頭蓋骨とかビジュアル的にわかりやすく表示されていたのですがそこにゴリラのウンコも表示されていました。実物大のウンコです。わたしは乾燥した本物か作り物の偽物か識別できなかったので参加者の方に「本物ですかね?」とお尋ねしたら「偽物でしょう」と答えられていました。ふうむ。とそのあと私の中ではその偽物ウンコをこれだけ本物らしくリアルに作っている制作者の姿がリアルに浮かんでいました。制作者はかなりの力量の持ち主でこういう仕事のはまり役なのだと思いました。それを見て刺激を受けてわたしのなかのものつくりの血が騒ぎ出しそのあまりにもの神業的テクニックに憧れの崇拝の感情と微妙なやきもちの気持ちまでもが入り乱れて湧き出したりしたのでした。それはこんなのがつくれている時人は天にも昇る気持ちにきっと浸っているに違いないことをわたしは知っているからなのでした。
2009.12.21
東京星図めぐり 上野動物園に参加された方から感想メールをいただきました。どうもありがとうございます。ご本人から了解をえることできましたのでこちらにご紹介させていただきます。≪最初にいただいたメールです。≫----- Original Message ----- From: ○○○To: "遠藤洋子" yoko923@crocus.ocn.ne.jpSent: Sunday, December 20, 2009 11:34 PMSubject: ○○です。本日はありがとうございました。> 遠藤洋子 様> > 遠藤先生、こんばんわ。> ○○です。> 本日は時間延長してお付き合い頂き、> ありがとうございました。> > 動物たちのエネルギーをもらい、> 先生の高次なお話やリーディング、> 沢山のおしゃべりで> 本当にお腹いっぱい、充実した一日になりました。> > 帰宅してから、お絵描きの時間に描いた> アルマジロ的な夜行性の動物や、熱帯の鳥の絵を見つつ> その動物たちをみていた時のワクワクした感じが思い出されたり> 実際、その動物の生きる熱気を感じました。> 特に、バード・ハウスでは、> 鳥たちの雰囲気に包まれ、フワフワした感じになったりしたので、> そんな雰囲気もありました。> > 占星術をもっともっと学びたいです。> やることが沢山あると思いますが、一歩づつやりたいと思います。> 遠藤先生の言葉は、励まされました。> > 取り急ぎ、本日のお礼までメールしました。> 次回の東京星図も楽しみにしております。> > 年末で何かと忙しいですが、ご自愛くださいませ。> > > ○○○> ≪数時間後の追記もいただきました。≫> 今だに、あのジャングルの気配が残っていて> 妙に元気です。> 蠍座エリアで、ほ乳類、鳥類その他諸々の生き物たちの> エネルギーと溶け合ったんだなー、と思うと> その自然のおおらかさが嬉しくなります。> > ブログも早速アップされていて、> そうだーこの子も、この子もいたねーと> 思い出しつつ、> 自分はなぜ、あの2種類の動物をピックアップしたのかな?> と何となく、思ったりしております。> > 特にあのアルマジロ的な動物は、> もぐろうとしてもぐれなく、> あがいている様が自分のようでもあり、> でも、「俺はこれが好きで勝手にやってるんだ」という> 愛嬌やマイペースさに憧れたりして、印象深いです。> > 本当に充実した1日をありがとうございました。> >○○○
2009.12.21

東京星図めぐりで上野動物園に行きました。上野公園に着くとお正月は上野動物園へという垂れ幕を発見。何で?と良く見たら来年は寅年だから虎に会いに来てねということだったみたいです。こんなやさしいデザインのポスターもありました。快晴の青空。きのうまでの寒さは一転して陽だまりは暑いくらいだったので良かったです。上野動物園の入り口です。来年の年賀状用に虎の写真の前で写真が取れるなにか昔なつかしのセットが用意されていました。写真に写っているのはたまたま写真撮影していた家族連れのお子さんです。注)今回の参加者の方のお写真ではありません。テナガザルの写真。何故か撮りました。あとから考えてみると動物に関心が集中している時は私は写真を撮る事を全く忘れていたことがわかりました。カメラマンだったら失格です。これは晴れているところを撮った写真。こんな樹も生えていて南国ムードです。ふたたびテナガザルと孔雀の写真。空をおおう日本にはあまり生えていない樹の葉っぱたち。昔の動物園はほんとうに狭い折の中に動物たちは閉じ込められていてかわいそうでしたが最近の動物園は動物の生態にあわせて何とか狭い空間の中でも動物たちが少しでも幸せに暮らせるようにという工夫がなされてきたその最中のようにも思えました。ライオン舎トラ舎ゴリラ舎そして今回行ったらクマ舎もリニューアルされて前よりも住み安そうになっていました。昼食を食べた野外のレストランの写真です。今見たら立派なピンボケでした。☆このあと下の動物園のふれあい広場で山羊や羊に触って遊んだりしました。最後にキリン舎の近くのレストランで今日一日感じた動物たちの暖かいエネルギーの絵を描くワークをやりました。参加者の方たちはそれぞれ感じられた動物たちのエネルギーをクレヨンで表現されていました。これをやっておくと定着するのであとでそのエネルギーを再現しやすくなります。わたしはぞうさんの後ろ姿を描きましたが動物園のゾウさんエネルギーはすばらしいです。気が付くと4時半過ぎてレストランに残る人たちは私たちと1~2組だけになっていたので場所を変えて占星術リーディングをすることにしました。レストランを出て動物たちの檻の前を通りかかるとひとりのおじいさんがするするっと寄って来て興奮気味に解説を始めました。来たぁ!説明ジジイのおでました!説明ジジイというのは聖地で出会う解説者のことでこのおじいさんがやって来たらその土地に祝福されて出迎えられている証拠なのだと耳にしています。注)上野動物園はわたしにとってりっぱな聖地です。そのおじいさんが興奮して語るには「めずらしいんだよ!とっても、めずらしいんだよ!ナマケモノが奥から出てきているのを見られるのはめったに無いんだよ!」言われてみれば暮れかかった檻の中でナマケモノがぶらうりぶうらりぶら下がっています。おじいさんは手に前回ナマケモノが奥から出てきた時に撮った写真を持っていて「ほらね。こんなに前なんだ。」ナマケモノの檻には穴が開いていてロープが張られていておじいさんいわく「イチョウの樹」にそのロープはつながっていて自由に出入りができるようになっていてそのおじいさんが見た前回はそちらまで出てきたらしい。(と、いうことはナマケモノは外に出てもロープを伝うだけで逃げないんだね。と今これを入力していて気が付きました。)とにかくとてもめずらしいものを見ることができて良かったです。わたしたちの後ろに居た家族ずれがボランティアの解説員とそのおじいさんを勘違いして何か積極的に質問していたのですがその質問内容はおじいさんの関心の範囲のからは外れたらしく「そんなことはわしは知らん!」と答えていました。星図の参加者の人は「フリーパス持っているのですか?」と質問していたけどあのおじいさんの説明を聴くと誰もがその質問を感じると思います。☆今回は寒い中を2名の方が参加してくださいました。ぽつりぽつりと地味に展開しています東京星図めぐりですがこつこつと続けて今回の参加者の方で参加者の延べ人数は数えてみたら51名となりました。たくさんの方にご参加いただきましてとてもうれしいかぎりです。今回も参加者の方たちから貴重なお話しをたくさんお伺いすることができました。どうもありがとうございます。ほんとはここに書いたことよりももっとびっくりするような出来事があり参加者の方に「今回参加されてほんとうに良かったですね。」と思わず申し上げたりもしたのですがそういうことについては参加者の方のプライバシーに触れることなので具体的に書けないことがとても残念です。けさがた、おひとりの方からは感想メールをいただきました。どうもありがとうございます。ご本人の了解が得られましたらまたさっそくこちらのブログにアップしてご紹介したいと思います。
2009.12.21
けさがたメールをいただきました。フエルトとセラピー・キャンドルの展覧会にお越しいただいたとのことどうもありがとうございます。つくった者としましては、わざわざ足を運んでいただけましたことがなりより一番とてもうれしいことです。どうもありがとうございます。おまけにお買い上げいただいたとのこと。とても恐縮です。とてもうれしかったのでご本人の了解を得てブログにアップさせていただきました。どうもありがとうございました。----- Original Message ----- From: ○○○To: yoko923@crocus.ocn.ne.jpSent: Sunday, December 20, 2009 12:53 AMSubject: セラピーキャンドル、買いました!> いまき先生、こんにちは。>> ○○をご無沙汰しております> ○○○です。>> 今日というか昨日のことになってしまいましたが> 都内へ出る用事があったので、西荻窪に立ち寄ってみました。> ブログでキャンドルの写真を拝見して> 実物を見てみたいな~と思って。> 売り物だとは存じてましたが、買って自分のものにするというよりは> 見てみたくて足を運んだのです。>> が、オレンジ色のキャンドルにとっても惹かれました。> ふたつありましたが、赤と青を使ってないほうが> 優しげでいいなと思い、そちらを購入しました。>> オレンジに惹かれてしまうのは、今はエネルギー枯渇気味なのかもしれないです> ね。>> これから、楽しみに少しずつ使っていこうと思います。> ○○も、早く復帰できたらな~と思っています。>>>○○○
2009.12.20
明日は東京星図めぐりの日で上野動物園に行きます。今日はアトリエえんどうまめで物語タロットの日でした。7.戦車をやりました。7.戦車でも出てくる「馬」ですがこれは十牛図の「牛」と共通するところも多々あるように思います。動物パワーはキリスト教をベースとした西欧の世界観では支配すべき世界として卑下され封印されて特別な扱いを受けていると耳にします。もっと古い時代の価値観とか環太平洋の価値観ではパワーアニマルとか大地母神のお使いとかおおらかに肯定されているということです。冬至の頃に動物園に行くと良いですよとわたしが申し上げていますのは色彩にたとえますと赤色と緑色の組み合わせ。これは十牛図の牛にも対応できるエネルギーでそれは動物園を訪ねると動物たちから送られてくるとてもありがたい恩恵のひとつのパワーのように感じられるからなのです。日照時間が一年のうちで最も少ない今の時期には動物園を訪ねたり赤色と緑色のクリスマスカラーを見たりして牛の力の活性化がお勧めです。
2009.12.19

今日は展覧会初日でした。ギャラリーのほうに作品を飾る搬入日です。わたしは仕事があって行けなかったのでてぃんしゃさんが私の分も飾り付けをしてくださいました。てぃんしゃさんどうもありがとうございました。《フエルトとセラピー・キャンドル 展覧会のお知らせ》2008年12月18日(金)から2009年1月25日(月)まで、西荻窪のGALLERY Y NISHIOGIで、金曜日のタロットのお絵描き講座の参加者のおひとりてぃんしゃさんと、フエルトとセラピーキャンドルの展覧会をします。ギャラリーが開いている曜日は金・土・日・月・祝日時間は午後1時から6時までです。てぃんしゃさんのフエルトの作品はこちらのブログにセラピーキャンドルは、こちらのブログに、アップしてあります。《冬至のセラピーキャンドル つくるだけ講座》ギャラリーへの出品に合わせて、セラピーキャンドル つくるだけ講座を開催します。12月22日(火)午後1時から 吉祥寺第三の眼。12月23日(水・祝)午後1時から アトリエえんどうまめです。くわしいことはこちらのHPをご覧ください。
2009.12.18
わたしは天才になることにしました。と書くとびっくりする人も居られることと思います。きっと、何を言い出したのかって思われると思います。ではそもそも「天才」とはなんぞや?ということになるかと思うのですが『「天才」の育て方』五嶋 節、著講談社現代新書のP.19に物理学者の湯川秀樹の言葉として「私たちが天才に興味を持つのは自分の中に潜在的に持っているものを美事(みごと)に表現してくれた、はっきり結実させてくれた、という喜びを見出すからである」(湯川秀樹『天才の世界』より)という文章がありました。これを読んでと、いうことは私が絵を描いていた16歳から45頃のあいだ出会った絵描きたちはみんな私も含めて天才になろうなろうとしていた人たちなのだと思いました。最近では本づくり講座でフォトリーディングやマインドマップをみごとに使いこなしている人たちを身近に見て接してみるとこういう意味でみなさんすごい!「天才!」と思います。それでわたしも天才になろう!って思いました。山に登るのは登山道から一歩一歩時間をかけて歩く方法しか今までは思いつかなかったのですがそうでは無いんだ。ヘリコプターで一気に山頂の真上に行き山全体を取り込んでしまう方法があったのだ。そういう能力も人間は潜在的に持っていたのだ、ととてもびっくりさせられてこれがパラダイムシフトということなのだろうかと感心しているところです。わたしは天才になろう!って思います。
2009.12.18

先週から松村先生の本づくり講座に通い始めました。なので最近は毎日5時起きです。写真は初日の朝の日の出前の千駄ヶ谷駅前東京体育館のようすです。早起きをしているせいか一日が充実しています。わたしは本づくりは初めてなのでどこまでできるかわかりませんが親子で楽しめる絵や粘土のワークをライフシンボルの手法を使って分析・カウンセリングしたりお子さんの持つ可能性や傾向などを占星術を使って読み解くということを本にしたいと思っています。この本づくりの中で煮詰めているものはわたし自身の来年新学期からのお絵描きセッションの内容でもあるのでとてもたいせつなものです。とても楽しいです。
2009.12.18

きのうはアトリエえんどうまめの子どものお絵描き教室最後の日でした。なにしろ前にも書きましたが20代前半から30年間も続けてきましたのできのうはやっぱりすこし気持ちの面では落ち込みを体験しました。そのくらいはしょうがないですね。お絵描きの内容は模造紙にクリスマスツリーを描いてそこにお菓子をたくさん貼り付け自分たちでお菓子を取ってゆくゲームを考えて生み出すというもの。参加者は小学校5年生の女児4名でしたがみんなほっぺを真っ赤にして活き活きと笑っていました。子どもたちどうしの遊びは子どもたちを元気にするしそれが成長に結びついています。そんなあたりまえの時間を今の子どもたちは日常の中に持っていないことが多かったりします。アトリエえんどうまめはこんど来年新学期からは新しい子どもとお母さん対象のお絵描きセッションを始める予定でわたしは今ちゃくちゃくともくもくとその準備に明け暮れています。
2009.12.18

もうすぐ、冬至です。これが今年の冬至図です。冬至は占星術的に最も形にする力の強まる時とされていてそれも山羊座01度にトランシット太陽が入宮する瞬間であることを考えるとなるほどとうなづけます。でも同時にこの頃はクリスマス。クリスマスと言うのは冬至とほぼ同じような時になっていることは意味深いことと感じます。昼間の日照時間が一番短くなって生命力の弱まる時。その時に赤と緑の生命力を一番喚起する色彩配置が使われるクリスマスというセレモニーが設定されていると言うのはとても腑に落ちることです。赤色と緑色の配置は見ているだけでも無意識的な生命エネルギーに刺激を与え続けます。こういう冬至やクリスマスの時は最も陰陽の陰が極まる時でもあるのでとてもスピリチュアルな時期でもありますね。クリスマスをホーリーナイトと言ったりします。このホーリーは神聖なという意味らしいですがこのもともとの語源はホールつまり全体ということにあるのだというのを耳にしたことがあります。ホール全体性は神聖であるということらしいです。ということは毎年この時期はリアルな現実世界においては最も形にする力が強まる時期であると同時に形無き精神世界においても同時に最も力が強まる時と言えるように思いました。その形ある世界と形なき世界が両方あってこそ全体性=神聖ということになるのだと思いました。全体性ホールは丸ごと。光も闇もすべて全部。それを飲み込めたらすばらしいです。
2009.12.16
そういえばわたしが最近読んだ本の中に『王様は裸だと言った子供はその後どうなったか』森 達也 著集英社新書というのもありましたっけ。この中では映像の持つ暴力についてその内輪の当事者の視点と言葉で語られています。特にその正義の味方は桃太郎さんとして語られて居ます。そしてすべて触ったものを黄金に換える力を身につけたミダス王というのは王様の耳はロバの耳!の王様と同一人物であることにも触れられています。
2009.12.16
夢の中で水の中を泳ぐ大きな魚のはらわたが腐っていました。その大きなはらわたの腐った魚は泳ぐたびに腹から腐ったはらわたを外に噴出します。そうすると周りを泳ぐ魚たちは今とばかりにその排出されたはらわたに貪りつくのでした。☆占星術はアストロジィ。感情体はアストラル体。わたしはトランシットの天体配置的にこのような夢を見てもおかしくない時に居ます。あんがいとそのように受け止めてみるとこのアストラルへの天体の影響を意識化した時点で明日の朝現実と向かい合った時「えっ?なぁに?何かごよう?」みたいに淡々と現実世界のただ時間だけが過ぎてゆくことを見ることも最近では可能になることも多くなってきたように思うことが増えたりもしています。意識化することで切り離せる可能性があるということなのでしょうか?無意識的に天体配置の影響を一方的に受け止めるだけで無いそんな時代の到来なのでしょうか?☆そしてそのはらわたの腐った巨魚の夢ではわたしはその大きな魚の姿をあまりにも不憫に思い水の中から出してやるのですがそうすると魚はもともと水の中を泳ぐことを本性として居ますのであまりにもあっけ無く死んでしまったのできっとその方法は違っていたのに違いないのだと今だに思い続けているのでした。
2009.12.16
ポケット版『35歳までに必ずやるべきこと』運をつかむ人になれ重茂 達、著かんき出版。☆35歳までというのは占星術の惑星年令期の太陽期までをさすのでとても興味を持って古本屋さんで手に取りました。「運をつかむにはどうしたら良いとこの著者は言っているのだろう?」とても興味がありました。本を手にとってわかったことは「チャンスはピンチの顔をしてやってくる」という言葉はこの人がどうやら源泉らしい、ということです。この有名な言葉はもうすでに一人歩きをしていてわたしはそちらの方を先にずい分前から自分の中にも取り入れていたことになります。「35歳はデキる人・デキない人の分岐点!」というショッキングな言葉も本の後ろの帯に書いてあります。太陽の開発と十牛図を重ね合わせて考えた時ひとつの参考になる本かと思いました。俺もできたんだからおまえも頑張れよ!という元気付けと困った時の具体的アドバイスが書かれた本だと思います。☆わたしとしては欲を言うとこの視点や生き方にネガの要素を加えたいです。ポジだけで無くという感じです。ここで使ったネガとポジと言うのは写真のネガとポジに置き換えて考えたときのネガです。
2009.12.16
今日吉祥寺のお店の帰りに中央線快速に乗っていたら車内広告にお掃除ロボットの売り出しがありました。すごい!お掃除ロボが売り出されるようになったのですね。こんど来年2010年の5月には天王星が牡羊座に入ります。そうしたらますますロボットがたくさん開発されそうだなと感じるのは私だけでしょうか?これからいよいよ鉄腕アトムやスーパージェッターが現実になる世の中になって行くのでしょうか。お掃除ロボは普及するだろうなと思います。わたしも欲しいです。
2009.12.15

てぃんしゃさんのフエルトの作品の写真が送られてきました。おにぐるみの殻を使って造った針山ということです。タロットのお絵描きで描いた0.愚者の絵も展示される予定だそうです。てぃんしゃさんの世界は本質とダイレクトにつながる透明度の高い世界だとわたしは思います。《フエルトとセラピー・キャンドル 展覧会のお知らせ》2008年12月18日(金)から2009年1月25日(月)まで、西荻窪のGALLERY Y NISHIOGIで、金曜日のタロットのお絵描き講座の参加者のおひとりてぃんしゃさんと、フエルトとセラピーキャンドルの展覧会をします。ギャラリーが開いている曜日は金・土・日・月・祝日時間は午後1時から6時までです。出品するセラピーキャンドルは、こちらのブログにも、アップしてあります。
2009.12.15
きのう届いた本に『十牛図 自己の現象学』上田閑照・柳田聖山ちくま文芸文庫というのもあります。一見、難しそうだなとかとっつきにくそうだなと思ったのですがパラパラっと見ていておおっ!と思う一文と出会いました。それは、p.25の前書きの中の一文です。次にそれを抜粋してみます。「またある時、ユング心理学、臨床心理の河合隼雄さんと、十牛図について話をする機会があった。河合さんはかねてから自己実現、人格性の統合という観点から、また西洋と東洋における自己のあり方の違いという問題から十牛図について深い関心をよせておられた。その時、十牛図では女性原理あるいは母性原理のようなものはどうなっているのかという質問を受けた。思いもよらぬ質問ではあったが、出されてみると、人間の事柄として確かにこのような問もあり得ると思われた。」そしてこの後にはあるシンポジウムでひとりのアメリカ人の精神医学者が「第9図に男性的なるものと女性的なるものとの統合が感じられると言うので、再び驚いた。」と続いて、そしてそのあとで、この著者はそれを鈴木大拙いわくの「妙」と結び付けています。そしてその後で鈴木大拙の一文が引用されているのでそれを次にそのまま書きます。「年とると、男といはず、女といはず、一種の超脱性を持って来る。自分が男だから、年寄りの同性に対しては、そんなにも思はぬが、女の年寄りで十分の教養をもった者に対すると、何となく心からの親しみと尊敬を覚える。若い時分の『性』を離れて、而も異性のみが持ち得る菩薩性とでもいふべきものの面影が、そこに窺はれるからでもあらうか。併しある客観的角度からすると、小児は小児、若い者は若い者、年寄りは年寄りで、それぞれ面白みがある。人生必ずしも厭ふべきではないらしい。」読むとちょっと女性観があまりに古臭くてちょっとムカッと来る感じもあるのですがそれは時代が違うということでそういうことに引っ掛からなければ本質的に言いたいことには私もこの年になると少しずつ共感できるところはとてもあります。そして著者としては河合隼雄の質問から発した流れをこういう形で第9図で取りまとめて集束させているのだけどそれをひとことでまとめてしまえば「ばあさんになれば女性ともこういう可能性があるよ。」ということでもあるのでこれは河合隼雄の問いに対する答えにはなっていないと思いました。と、これだけ熱くこだわるのも十牛図に触れるたびに私の中から噴出していたことがこのことであったからです。十牛図って男性性に向けてのみのマトリクスなの?女性性はどうしたらよいの?この答えはわたしはまだ十牛図の中から見つけ出せていません。男性性・能動性と向かい合う時非常に有効なツールとなって行くことは認められるのですがそれに偏っているかはなから男性性と女性性の両極性のレベルのことを扱っていないかのどちらかだと思えてならなくて人が生きてゆくという性を超えたところでの共通の問いに対する考えるためのツールにはなり得るのだけどこのことと女性性との統合はさまざまな課題が内包されているように思えてならないでいます。
2009.12.14
十牛図の本をいろいろと読んでみようと手当たりしだいアマゾンから購入してみて今日横山紘一、著『十牛図入門』幻冬舎新書が届きました。開けてみてびっくり!この本は「地球船ガイヤの沈没」で始まり「ロウソクのごとくに燃えながら生きよう」で終わっています。本の出版は2008年3月30日となっています。みんな同じこと感じたりキャッチしたりしながら生きているのだなぁと思いました。仏教の権威の方に向かって同じこと感じたりキャッチしたりしながら生きているのですねとはあまりにもおこがましい物言いなのだと思いますがシンクロ二シティは誰にも平等に起きているのだと私としてはほんとうにわわわっ!とするくらい驚いてドキドキしながらこれから読めるのがとってもうれしいです。☆それと今日は山手線の中から新宿の紀伊国屋のビルにかけられた垂れ幕が一瞬眼に入りはっ!としました。とてもはっ!としたので記憶を頼りに調べてみたら川上美映子の本のタイトルで『そら頭はでかいです世界がすこんと入ります』というものでした。この言葉は凄いところに触れていることが感じられるのだけどそれだけに恐くて近づけないので読めません。☆そして私の中で十牛図とそらすこんは結ばれているのですがこのふたつを結ぶキーワードはそら=空=くう。☆そういえば日本語には空 くうと無 むがあります。このふたつの違いもおもしろいです。空 くうというのは地上的無 むというのは宇宙的なのでしょうか。
2009.12.13

「タロットの19.太陽は道祖神 つまり 道開きの神である」と言うメッセージが来ていて粘土で道祖神の焼き物をつくると良いと言われています。「1が2になり2が1になるのがこのカードだ」とも伝わってきます。その時にどうやらひとりでは成されないらしい。道開きは他者とともに成されるらしい。あなたがわたしの道開きの神なら同時にわたしはあなたの道開きの神でもある。ということらしいです。そして導きとは道開きのことである。ということでした。☆リラックスして同時に集中した良い状態が保てた時直観を通してのメッセージを受け取ります。▽未来からの直観と△過去からの体験のより良き統合が始まります。
2009.12.13
あ、そうだと思いアトリエえんどうまめの設立図を見てみました。ずっとえんどうまめの設立図のことは忘れていました。ふうむなるほどと思いました。☆子どものお絵描き教室が転機を迎えている理由が設立図からも十分に読み取れます。上手に新機軸を取り込むべき時期に差し掛かっていました。わたしだけでなくえんどうまめという器のようなものもまるでかたつむりの殻みたいに一緒に歩いてくれていたのだなぁとあらためて気が付きました。プログレスの月の進行が持ち主であるわたしの進行とほぼ一致します。これからはアトリエえんどうまめのエネルギーとも対話をしながら歩いて行きたいと思いました。
2009.12.12
太陽のスイッチのオンとオフが自在にできたら良いのかも知れません。「ジオセントリックの太陽は地球のこと」と松村先生は言っていますがこの太陽をルーラーとして持つ獅子座や5ハウスと一緒に考えるとこの太陽は発している時周りが見えないという性質を持ちます。ある意味自己中な意識と考えることも可能です。このジオセントリックの太陽がオフになるというのはたとえば夜になるイメージで考えると星空が輝きます。そこには月が出ているかも知れません。満天の星空はより大きな世界があることを教えてくれているようにも思えたりもしますが太陽のスイッチがオンの時と太陽のスイッチがオフの時とでは自灯明と法灯明の違いくらい真反対のことのようにも思います。これは大きな意味での十牛図第七図から第八図への流れのひとつかも知れません。ネイタルの天体配置やプログレスの月の進行でも自灯明が強い人自灯明が強まっている時法灯明が強い人法灯明が強まっている時そういうこともあったりするようにも思ったりもします。
2009.12.11
これからするおはなしは「夜明け前の闇は一番深いけれどもその後に反転する」ということについてです。☆子どものお絵描きは2003年頃からもう終わりにしなくてはという気持ちが強くなっていました。先日、あるセッションを受けた時それはどうしてかというと今までは子どもたちとわたしの間に良質なエネルギー交換が起きていたのだけどそれが今ではもう、起きなくなっているからということがわかりました。20代の頃からずっと継続して続けてきたことなのでなかなかすぐに止めることはできずに6年間が経過しました。幼稚園の頃から、8年間とか継続して来てくださっていたクラスがわたしのお絵描き教室は小学校6年生で卒業なので卒業に伴い、終了したりお家のお引越しで退会したりそれで、今年の二学期からはどうしても継続したいという子どもたちが集まったクラスをひとクラスつくってそのクラスを月に2回するだけになっていました。おとといそのクラスのお母さんから「先生、三学期はいかがされますか?」とお問い合わせをいただき少し考えましたがやはり今年の12月まででいったん終了させていただくことに決めそのようにお話しました。ここで終わってしまうのも残念ですので夏休みとかに集中講座をお願いします。と言っていただきとてもうれしかったのですがとにかく一度「ゼロ」にすることに決めたのです。この「ゼロ」という概念は現代社会が失っているパワーのひとつかとわたしは思うことが最近は多いです。占星術やタロットの世界ではこの「ゼロ」のパワーはちゃんと示されています。占星術の場合いろいろなところに「ゼロ」を見つけ出すことができます。魚座の終わりから牡羊座のはじめの春分点もそのひとつでしょう。アスペクト的には冥王星スクエアーの時はこのゼロになることそこから再生することを上手に取り入れることが大切になることでしょう。タロットでは0.愚者にその世界を見つけ出せるのはもちろんですが13.死神や16.タワーから17.星の流れの中にもゼロを見つけ出すことは可能です。☆現象をこの眼で見ながら事実を受け入れて行く時、とても勇気がいりますが占星術などのツールを使うとどうしてそれが今わたしに起きているのかネガの世界でのエネルギーの動きがとても良くわかって納得です。納得ののちにそのことを受け入れて自身の変容と向かい合うことで「ゼロ」というものを上手に使うことができるように思えました。と言いますのも「ゼロ」の手放しを決めた瞬間から次の動きが起きてきたからです。この瞬間は感動的でもありました。夜明け前の一番闇が深い時だけど空気は澄み渡り凛としている。そんな黎明の時間と「ゼロ」はとても良く似ているのかも知れません。そこに東の空から新しい太陽が上り始める気配が生まれて来ました。最近はほんとうにすべてのことがありがたいなと思うことが日々とても多くなりました。
2009.12.11
あしたは吉祥寺第三の眼で金タロ講座 18回目17.星です。☆自分自身の現在の天体配置を思うと今回のタロットのお絵描き講座は良くぞここまで来れたと思います。☆これもひとえに講座参加者の方たちのおかげなのだと思います。「おかげ」という言葉は「守り」なのだそうです。そう書いてある本と少し前に出会いました。☆どうもありがとうございます。
2009.12.10
先日の星の基礎講座の最終回に参加されたこむぎさんがご自身のブログに講座その後をアップされています。冥王星の絵がご自身に何かを語りかけてくれそうなのだけど今すぐは分かりません。と講座の時おっしゃっておられたのでわたしはそこでリーディングをひかえさせていただいていたのですがそのあとこむぎさんがご自身でご自身が描かれた冥王星の絵とどのような対話をされたかがとてもよく伝わってきて興味深いです。そして冥王星に対する更新がご自身の中で起こって行ったようすも書かれています。
2009.12.08

きのう星の基礎講座は最終回で天体は、冥王星をやりました。およそ一年間をかけて月に1回のペースですすむ占星術のお勉強とお絵描きの講座でした。参加者のみなさんそしてたりあさん。長い間どうもありがとうございました。☆写真のほうはきのうわたしが描いた冥王星の絵です。わたしの冥王星は乙女座2度の「掲げられた大きな白い十字架」の度数にあります。他の参加者の方たちとたりあさんの絵からも冥王星も変化しているようすがサーチされわたしとしてはたいへん興味深く思いました。蠍座にあった頃の冥王星だとしたらきっと全く違ったお絵描きが出現したものと思われます。きのうの絵に現れたものとしてはまだ人類にとっては未知なものということでは共通点があったようにも思えます。しかし、かつてのような専横性や得体の知れない不気味さは姿を消しつつあるように感じ取ることができました。☆終了が惜しまれる声が届けられるということは主催者としてはとてもうれしいことなのですが星の基礎講座のほうはたりあさんとも一度終了するという意見で一致しました。一度ゼロになるということは普通の社会では避けるべきこととして受け止められることが多いように思いますがタロットや占星術をお勉強してその世界を取り込んで生きてゆく時一度ゼロになることの持つポジティブさにも気が付いて行くようにも思えます。冥王星が象徴している「死と再生」というものもまさしくそのことを意味しているとも思えたきのうの講座でした。長い間ほんとうにどうもありがとうございました。
2009.12.07

今度12月18日から来年の1月25日まで西荻窪のギャラリーYさんで展示するセラピーキャンドルのひとあし早いご紹介です。その1)まずは、一番小さなサイズから。直径60ミリ×高さ45ミリのもの。金箔や白金箔を練りこんだものがところどころ使われていますので少しキラキラしたクリスマスやお正月らしい雰囲気です。価格は 一個 1500円です。写真は、裏と表で、撮っています。NO.01NO.02NO.03NO.04NO.05NO.06その2)新しい水滴形のキャンドルです。価格は ひとつ 1800円です。NO.07その3)中サイズの球形キャンドルです。直径は80ミリです。価格は、ひとつ3千円です。NO.08NO.09NO.10その4)今回つくった中では一番大きな球形キャンドルです。直径は100ミリです。価格は、ひとつ 6千円です。NO.11ご希望の作品、ありましたらご予約を受けたまわっております。こちらの遠藤洋子のメールアドレスにご連絡をお待ちいたしております。☆ギャラリーへの出品にあわせて『セラピーキャンドルつくるだけ講座』を開催いたします。くわしいことはこちらのHPをどうぞご覧ください。
2009.12.05
ある願いや夢があったとします。たとえとして何で考えましょうか?何でも良いのだけど。そうですね。それではわたし自身の夢でもある「湘南に住みたい」で考えてみましょう。私の場合「湘南に住みたい」は20代のころに抱いた希望です。そう思ったらそく行動する可能性もありますがあんがい誰でもそく行動するかと言うとそうではありません。どうしてもそうはできないしがらみがあったり自分自身の中で「湘南に住みたい」けれどそれは今ではなくてもっと先のように思えていたり。なので「湘南に住みたい」という夢の実現に、より近い時はそこで実際に湘南の不動産屋さんを訪ねたりして今一歩実現の方向の扉が開くことと思います。☆そして、そこで気に入った物件がみつかるみつからないいろいろあると思います。この流れもストレートにクリアーして「ああ、ここに住みたい」というお家が見つかったらかなりこの流れのパイプは太いように感じられますよね。☆「ああ、ここに住みたい」という見つかったお家が自身の現在の経済力にそのままイコールで見合ったものであったなら迷いも生じることは少なくとんとん拍子でことは進むのかも知れません。だけど、そうではなくてたとえば自身の今の経済力より少し高めの場合にはそのお家を所有するだけの経済力を持つわたしに自分自身を変えてゆくわけですがその行為の中で「行為の中で 自身に聴く」というステップに入るのだと思います。これは夢を現実にする時にとても大切なプロセスだと思います。形無き夢や考えを形あるもの現実に結び付けてゆくプロセス。大切なだけでなくとてもおいしいところだと私は思います。結果至上主義に陥ることなくこの一番おいしいプロセスを楽しんで体験するのが良いのではないかと思っています。このプロセスを踏まないと見えてこないことはたくさんあります。その見えてきたひとつひとつと向き合って答えを出しながら一歩一歩歩いています。結果至上主義は対社会的には認められて行くものですがそのことにあまりにこだわりすぎると内的な生きているほにゃほにゃとしたとても大切なものが損なわれることになって勝ち組・負け組みのような殺伐とした観念に拘束されて離れられなくなったり。もちろんこの戦いの中で結果を出してゆくことが今回の人生テーマの人もいるのかもしれませんが。だけど占星術でみてみるとひとそれぞれは今回の人生目的・テーマはみんなさまざまなんだよね。それを知ることは楽しいしなによりも生きる力になって行ったりもします。ああ、自分は人とは違うんだな、って。だめだったらまたやる道も生まれてくる。いろんなことを切り落として結果だけを出してゆくことはわたしはもうしたく無い。結果にこだわらずにそのプロセスの体験の中で手に入れたものたちにこころから感謝して感動して生きています。旧来の山羊座に自身を迎合させて取り込んで行くのではなく私自身の中で新しい山羊座との関わりを模索して行きたいです。☆それでわたしのなかの「湘南に住みたい」という夢についてですがこの夢は近くになったり遠くになったり全く忘れてしまったりしながらいまだにふにゃふにゃと浮いています。でもはるか遠くから夢と希望のひかりを照らしてくれています。うれしいです。
2009.12.05
今日、タロットのお絵かきの生徒さんに自分でお話ししていて、気がついたのですが「いち」の絵、というのが、あるのです。「いち」というのは、数字の「1」のことです。この「いち」の絵の次には「に」の絵、「さん」の絵と続いて行くのですが残念ながら絵の作者としてはこの「いち」の絵を超えるものはできないのです。同等のものができるのはまた、次の「いち」の絵、なのです。その、次の「いち」の絵のあとにまた「に」の絵「さん」の絵と続いて行きますがこの場合もけして最初の「いち」を超えることはけしてありません。この「いち」はとても不思議です。この「いち」が生まれる時のエネルギー状態はとても充実していて至福の瞬間です。時に運が良いとこの「いち」が同時にふたつ生まれた時もありました。対になる二枚の絵です。こういう絵は個展でまず最初に買い手がつくので私の手元には残らなかったのですがどうしてもこの「いち」の絵は手放せないと思って個展には出したけど売らなかった時期があってその時からわたしは絵描きを止めたのだと思います。絵描きといっても「絵」で食べて行ける人は日本には全くに近く居ません。この場合の「絵」は「油絵」のジャンルのお話しです。なので職業としての絵描きではなくて生き方としての絵描きなのですがわたしはその時に絵描きという生き方を止めたのだと思いました。この手放せないで手元に持っている「いち」の絵は二枚あります。1枚は占星術の絵。もう1枚はタロットの絵です。この二枚の絵は私のその次からの生き方のナビゲーターになっています。
2009.12.04
少し前に、このブログにも書いた銀河系のどこかで、逆行している惑星が見つかった、というお話ですがそのこと自体がひとつのエネルギーとなって私の思考パターンを書き変えてくれたところがあります。そうか。1.2.3.の流れだけではなくて3.2.1.も、ありなのだ。こう書くと抽象的で何だそんなことと思われると思いますが。私の現実世界でおきた「思い込みの解除」はすばらしく人生の流れが一変してしまうような出来事なのです。人がいかに言葉で生きているか。その言葉の組み立てに縛られて生きているか良くわかったような気がしました。小さい時から眠る前に繰り返し聞かされてきたおばあちゃんからのおはなしは私の人生に創造力を発揮します。ネイタルのチャートと考え合わせるとおばあちゃんは山ほどのお話を語り聞かせしたのかも知れないのですがわたしは自身のネイタルチャートにふさわしいお話だけを拾い上げてインプットして温め続けたというそういうことかと思います。
2009.12.04

制作しているセラピーキャンドルに内側を向いているキリンのような黄色いキョウリュウが出現。右足でオレンジ色のボールを転がしている。おもしろ~い。☆制作者モードに入るとひきこもりになりますな。おりしも天秤座に入っているトランシット土星は私の場合は7ハウスです。6ハウスに入ったトランシットの獅子座の火星はますます集中力を高めていておまけに今日の16時30分の満月は射手座と双子座の11度で起きています。こういった時自閉することで開けてゆく世界といったものがあります。
2009.12.02
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