全3件 (3件中 1-3件目)
1

昨日まで、金環食を見ようなんて思っていなかった。太陽と地球(自分の位置)の間に月が入ると誰でも金環食を見ることができる。そんなのは、自分の位置をずらせばいいだけではないか…と思っていたら、平安時代以来だって…。朝になったらみごとな快晴、慌てて観測の用意をした。たしか、小学生の頃見たような記憶が微かにのこっている。あのときは、全員がセルロイドの下敷きをもって校庭で観察したと思う。あれは皆既日食だったのだろうか。今になったら下敷きで見たらダメということだ。眼が悪くなったという生徒はいなかったような気がする。今度見ることができるのは、北海道で30年後…、90歳を越えている。それまで生きているだろうか。もし、生きていたとしても北海道まで見に行く元気がのこっていないだろうなぁ。
2012.05.21
コメント(9)

五月は緑が美しい季節。雨上がりに森の中にはいると、さまざまな山野草が美しい表情をみせてくれる。だから、雨があがるとき、その後の澄みきった景色と出あえることに遠足前の子どもに戻ったようなうきうきした気分になる。ぼくは、品種改良を重ねて栽培されている花々を観て美しいとは感じても、こころ惹かれるという感情はおきない。女性にも、生まれつきの美人とか、化粧上手の人とかいるが、それだけで惹かれるということはない(少しはつよがりもはいっているのだが…)。この歳になったせいか、女性を「美しい」と感じる基準が、表から内部に移ってきているようだ。ところで、雨季の花ではないが、どんな女性にも、思わず「美しい!」と感じる季節がある。人々はどんなとき、それを感じるのだろうか。 働いているとき 恋をしているとき 結婚式のとき 妊娠しているときさまざにあげられようが、ぼくは母親が赤ちゃんを抱いているときにそれを感じる。その昔、妻が出産をして、病院のベッドでわが子を抱いている姿を初めて認めたときには、神々しさを感じたものだ。一瞬だけだが―。いや、僕だけでなく、友人にそのことを聞いてみたら、似たような答えが返ってきた。「あの時の妻はまぼろしだったのか」と、ふたりで空をあおいだ…。では、では子どもを産んだことのない女性は、その美しさを生涯得られないのかというと、それはまたちょっと違うと思う。“子どもを抱く”という姿は、愛おしいものを慈しむという、その意識を象徴的にあらわしているから、美しく見えるのでないかと思うのだ。子どもでなく、何かを守り育てようとしている姿が“美しい”“愛おしい”と感じられるよう、男にはインプットされている。だから自然界の摂理としても、動物の赤ちゃんは守ってあげたくなるように“愛おしく”感じるように産まれてくるのだろう。
2012.05.19
コメント(2)

大漁 金子みすゞ 朝焼小焼だ 大漁だ 大羽鰛の 大漁だ。 浜は祭の ようだけれど 海のなかでは 何万の 鰛(いわし)のとむらい するだろう。心のなかに重いしこりのようなものがあって、ふと、こんな詩を口ずさんで見たくなりました。金子みすゞの詩はカタルシスを果たしてくれるようです。昨日、利用者として通っていた四〇代の女性が「もう辞めます。私はもうここには来ないから!」と言って飛び出して行きました。たぶん本当にもう来ないのでしょう。そのことが、どうにも重く胸のなかにしこりとして残っているのです。「心を病んでいる」といっても、僕のところのメンバーの大部分はハードな仕事が出来ないだけで、日常的には「健常者」とそう変わるわけではありません。それどころか、繊細すぎたり、部分的にはするどい感覚をもっていたり、優しすぎるがゆえに社会的プレッシャーに晒されすぎて、結果として心を病むという状態になってしまったということです。僕の事業所では、自然の中での作業が主体です。秋からは森林整備をしながらキノコを栽培したりしていますが、春から夏にかけては10種類ほどの野菜を育てて出荷しています。森のなかで、太陽の下で汗をかき、植物の成長を見守り育てながら過ごすうちに明るく元気を取り戻していく人が多いのです。ところがその女性だけは野外に出たがらなかったのです。それで食事作りの手伝いをさせていたのですが、ある時から食材がたびたび無くなることに気づいたのです。最初は半信半疑ながら、その筋から照会してみたらスーパーなどでも万引きをして数回捕まっていました。それで一般論として、万引きなど犯罪行為が家族の人生までも誤せる畏れがあることを諭した後、職場の配置換えを言い渡したときに、先のようにことになったわけです。いえ、彼女が来なくなることはしかたがないというより、正直、ほっとする部分も無くはありません。彼女からは、夫とは離婚して、とくに精神的に不安定になったと聞いていますがそれだけではないようです。家にはまもなく大人になる二人の子供がいて、上の子は今年就職したばかり、下の女の子はまだ高校生。その子が一時は夜のバイトでクラブ勤めをしていたのを止めさせたばかり…。二人とも素直すぎるほどいい子で、母親のいうことをよく聞きます。上の子も貰った給料の半分は母親に渡すといいます。女の子は家の生活が苦しいといえば夜のバイトまでする子です。しかし、その母親はときどきは携帯の出会い系で、寂しさを埋める相手を探したりするのです。また家に籠もると再発しないかと心配されます。子供たちに負の遺産を引き継げさせたくない、ということだけを考えてこれまで対処してきたので、母親はともかく子供たちのことを考えると、結果として手放したことが気持ちのしこりとなって重いのです。そんななかで、今日もこころんの日常はつづきます。ほとんどのメンバーは明るく真面目に仕事をしています。くったくなく笑い、軽い冗談をいいあい、仲良く仕事をして元気を取り戻してゆく彼らと接すると、僕のほうが癒されます。鰛(いわし)は、中国では塩魚という意味の漢字です。今では鰯のほうがなじみがあります。金子みすゞは山口県生まれの童謡詩人。次々にユニークな作品を発表し、西條八十には「若い童謡詩人の巨星」と期待されました。しかし、不幸な結婚でした。夫から詩作を禁じられ、一切の文通を差し止められました。みすゞは写真館で最後の写真をとり、数通の遺書をしたため、カルモチンをのんで命を絶ちました。二十六歳でした。結婚を契機につくられる家庭のかたちが人の運命を大きく左右し、人を幸せにもし、不幸にもする。先の、彼女の子供たちには母親がどうあろうとも、強くたくましく生きて欲しいと願うしかありません。
2012.05.17
コメント(4)
全3件 (3件中 1-3件目)
1
![]()
![]()
