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『戦後史の正体』(著者・孫崎享)はベストセラーになっているという。 しかし、ベイスセラーといってもこの本を読んだ人は国民の数からいえば0.1か0.2%程度であろう。残念ながら話題としては流行語大賞となった「ワイルドだろぉ」に負けている。 ともかくも僕にとっては、長年抱いてきた疑問に答えてくれ、これほどひとつの感慨を抱かせてくれた本はない。 もちろん、書かれた内容について、すべて肯定していいのかという多少の違和感はあった。 例えば、岸信介や佐藤栄作が自主派で、対米追従派としての池田勇人、中曽根康弘、小泉純一郎はともかく三木武夫までが対米追従派というようなくだりなど…。しかし、戦後日本の名宰相として名高かった吉田茂が、ときとして米国の犬として働いたというような新たな指摘には唖然とさせられた。 最近のアメリカ国立公文書記録から明らかになったが、アメリカのCIAは日本を米国にとって都合のよい国にするため、多くの重要人物をスパイとして使って日本の政治動向に深く関わってきていた。たとえば読売グループの正力松太郎や岸信介もA級戦犯からの恩赦とその後の処遇と引き替えに、米国の(都合の)ために働いてきたとされている。 その岸信介が、巣鴨拘置所に収監され、死刑を覚悟していたのに突然、釈放され、忠実な親米派に変身し、十数年後に首相にまでなったのは戦後日本憲政の謎とされてきた。 その謎解きをしたのが、ピュリッツアー賞を受賞したニューヨーク・タイムズのティム・ワイナー記者の『灰の遺産 CIAの歴史』だった。そのごくさわりの部分につぎのようなくだりがある。 CIAは、情報提供に対する報酬の形で将来性のある自民党政治家に資金を与えた。 岸は1955年に自由民主党を結成し、幹事長に収まるが、CIAの工作を利用して保守勢力を糾合した。そうして政権トップを目指した岸は、安保条約の改定を米国に約束した。岸との連絡役になったのはCIAのケース・オフィサーであるクライド・マカヴォイであった。 1957年3月、岸が首相になる日、国会では安保条約に反対する動きが顕在化していた。それについてマカヴォイは、「岸と私はその日のクーデターを流産させた」と次のように語った。 「米国と日本は合意に向かって動いていたが、日本共産党は投票が行われるこの日、国会で反乱を起こす計画を立てた。それを社会党本部職員の通報で知った私は、天皇に謁見する予定だった岸に緊急秘密会談を申し入れ、モーニングにシルクハットの装いで現れた岸に、共産党が国会で反乱を企てていると伝えた。国会では午前10時半か11時に食事などのため審議を中断させ休憩することになっていたが、岸は休憩を取るなと自民党議員に命じ、自民党以外の議員が退席したすきに法案を採決した」 1957年6月に岸は訪米し、新任の駐日大使に決まっていたマッカーサー将軍の甥・ダグラス・マッカーサー2世と会って、米国が権力基盤強化を助けてくれれば、日米安保条約は成立し、左翼を押さえることができると語った。そうして、内密の支払いではなく、CIAによる恒久的な財政支援を求めた。 アイゼンハワー大統領は自民党有力者へのCIA資金提供を承認した。相手によっては米企業からの献金と思わせ、少なくとも15年間、4代の大統領にわたって資金提供は続いた。 というような内容だった。この岸信介が対米自主派だったとはにわかに信じられない。 このように部分的流れとして、どのように解釈して著者が記述したのかは僕にはわからなかった。しかし、戦後の歴史的流れと重ねて読むと符号するところが多く、重い視点として受け止めざるを得ないと感じた。 「清濁あわせ飲む」というのが戦後保守政治家の常としても、この時代のいっぱしの政治家たちにはそれなりの志や識見はなかったのだろうか。あるいは「対米追従」を装いながらも、大局では国益にかなうように動いていた、という一面もあったのではないだろうか。ここまでいうのはいかにも日本人的性善説かも知れないが…。 いずれにしても、外交に関わった人々を単純に2分類したのは、日米の構図をできるだけわかりやすくしようという著者の意図であったかも知れないが、それでも若干のクエッションは残る。(前の日の日記につづく)
2012.12.29
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それはともかく、『戦後史の正体』を史実と照らしながら読むと、なるほどと胸に落ちる部分が多かった。冷静に眺めると世界のさまざまな紛争に手をつけるときのアメリカの戦略は、打算と謀略に満ちている。 中東地域でのイスラエルへの肩入れも、アメリカ社会におけるユダヤ社会の圧力の強さをまざまざと見せつけられる。イラクとの戦争も“テロとの戦い”というより、“石油利権”という背景を強く感じた。アメリカを動かしているものは、けして“正義”のためだけではない。 あえて書くが、戦後日本の経済的な成功についてイチャモンをつけるつもりは毛頭ない。先輩方は焦土のなかからよくぞ繁栄を築いたものだと思う。昨今は近隣諸国にその地位を脅かされているといっても、隣の独裁国家のように餓死者があたりまえという状態ではない。 少子高齢化で、人口が減り続けている日本で、それにともない経済が縮小するのはごく自然な現象で、今後日本の目指すべき道は成長よりなだらかな安定の維持であろう。国民はともかく、国全体としての社会資本は、将来の世代のために持続可能な社会への投資に充ててゆくべきだと思う。 しかし、対米追従を国是としているかぎりそれはかなわぬ夢のようにも思う。自由主義経済の膨張を求めて走り続けなければならないだろう。 といいつつも、米国が戦後日本の復興に果たしてきた役割の大きさ重さは十分に理解しているつもりである。もちろんこれは、世界・極東情勢をめぐってその時々のアメリカの思惑や都合に、日本が利用されてきた余録のようなものであったと思わなければならないだろう。 それでも、「(丸腰の)日本は米国に守ってもらっているのだから、ある程度の不自由はしかたがない。いや、ここまでの恩義をおもえば(米国の核の傘の下、米軍の庇護にいることは)ラッキーなことだった」というのが、日本人のあらかたの中庸コンセンサスかも知れない。 戦後生まれの僕には、これまでの日米関係にどこか釈然としない想いを抱いてきた。肝心なところで、日本政府の米国に対する態度をみるたびに、なぜこれほどに米国にたいして卑屈ともいえる姿勢をとりつづけたのかが、どうしても合点がゆかなかった。戦後70年近く実質的には占領されたままの基地問題なども、僕のなかでは大きな不満として横たわっている。 僕が体制不信の大きな理由は、イデオロギーなどではなく、これらの鬱屈とした政治不信によるところが大きい。 いささか旧い事例だが、大手新聞記者だった西山太一氏の「沖縄返還時の日米間の密約」という大スクープが、いつしか「外務省機密漏洩事件」となり、そして「外務省の女性事務官とのセックススキャンダル」というゴシップにすり替り、「密約」や「核の持ち込み」があったという重大事も、政府は白々と否定し、記者の破廉恥をなじってきた。そして、国民の多くは政府のウソを薄々感じながらも、それには口をぬぐい、ゴシップ記事に目を奪われ、結局、肝心なことは蚊帳の外におかれた。 その後の米国の公文書公開により、それらの真実が明らかになっても、「それ(密約)は、日米同盟にとってしかたがないことだった」という世論に埋没しているかに(僕には)感じる。 そして、沖縄は返還されたとはいえ、実態として沖縄の7割は占領されたままであるし、おもいやり予算などにも毎年巨額な血税を余儀なくされている。 日米関係での政府や国民中流意識は「米国の核の傘の下にいる恩恵(?)があり、日本の安全と繁栄がある」という、現実(幻想)意識にとらわれたままだと、僕には感じる。 僕は、仮に米軍という後ろ盾がなくても、他国は(局地紛争はともかく)日本に戦争はしかけられない、日本もできないと思っている。憲法9条があるからではない。自衛隊、あるいは国防軍のあるなしでもない。 自衛隊は(陸上自衛隊は縮小し海と空に重点を移すなど、再編すれば)十分抑止力をもっている(だって、国防予算の規模は世界の中で7番目。ドイツとほぼ同じ)。 もっとも人件費が多いから、紛争に備えるとしたら、陸上自衛隊は減らして、むしろ海上保安庁などの強化のほうが現実的ではないかとも、素人としては考える。(このくだりは本論ではないので、ムダな論争はしかけないで欲しい) いえるのは、相互信感の共鳴による際限の無い軍事力競争は、結局のところ止まるところのない消耗戦でしかなく、立ち止まらないとしたら、行き着くところは隣の独裁国家を笑えないところに到達しかねない。 こういう考え方は、“世界の常識を無視した平和惚けした性善説”と笑われることも承知している。しかしこう考えてみたらどうだろう。もし僕が日本と敵対する国の独裁者だとして、日本との戦争を考えるとしたらどうするか。 手っ取り早く目につくのが、小さい島国をぐるっととりまく原発群だ。位置はまことに明らかで軍事機密ではない。核物質をたっぷり仕込んだ地雷のような脆弱な標的に、ミサイルの照準をあわせる。その気になればたちまち各地にフクシマのコピーができる。 結局のところ、賢明な為政者であれば、それに備えるよりも、そんな危ない関係にまで発展する敵国はつくらないように努力することこそ安上がりと気付くはずだ。どの国とも相互の立場を尊重する関係を築くか、そこまでがムリであれば、より賢い外交力をもって、未然に(戦争にならないように)手を尽くすしかあるまい。と僕は考える。(前の日の日記につづく)
2012.12.28
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アメリカの国立公文書館の資料によると、戦後の「日本分割統治計画」というものがあったという。 それによると、北海道・東北は、ソ連占領地域。関東・中部及び三重県付近は、アメリカ占領地域。四国は、中華民国占領地域。中国・九州は、イギリス占領地。近畿及び福井県は、中華民国とアメリカの共同管理。東京は、米・中・ソ・英の共同管理とする。というおぞましい計画であった。 もしこれが実現していたら、パレスチナと同じような「日本の戦後史」ができていたかも知れない。東西冷戦の芽生えなどによるアメリカの戦略的事情や、日本へ同情を寄せた小国の指導者などの国連での活動らによって事なきを得た。こうした偶然の重なりにより転がり込んだ、戦後日本の幸運は感謝しなければならないが、だからいつまでも対米追従が正しいとは限らない。 『戦後史の正体』で示された“史実”は、アメリカという国が、特別な好意をもって日本という国を助けてきたということでなく、さまざまな国際情勢のなかで利用してきた結果と、日本人先達たちの血と汗の努力によって、日本の繁栄となってきた、という現実をあらためて示したものであろう。 朝日新聞社が日米両国で行った世論調査「日本に米軍基地があるのは何のためか」という問いに、約4割近くの日本人が「日本を守るため」と答えたのに対し、アメリカ人の9割が「アメリカの世界戦略の一環として」と答えている。この意識の格差に目を瞑ってはならない。 ネットのなかでも『戦後史の正体』は賛否両論さまざまに意見がわれている。しかし、重箱の隅をつつくように文脈の些細なところみつけあげつらうより、本文主論の位置に立ち返ることこそ意義があるのではないだろうか。 戦後70年近くを経た今、日米関係はもちろん、世界と日本のありかたを点検し、見つめ直し、よりよい日本とアメリカ、そしてアジア、世界との関係を再構築することにこそ大切なのではないだろうか。 戦後世代どころか、その子や孫が主力となっている日本で、いつまでもアメリカの思惑のもとだけで右往左往しているのでは、あまりにシーラカンスだと思う。 時代とともに価値観は変わってゆく。“新しい葡萄酒には新しい革袋を”新しい時代には新しい価値観をもって、世界のなかの日本を育ててゆくひとつのきっかけとして若い世代に読まれるならば、十分に存在価値があるのではないかと、僕は思うのである。
2012.12.27
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