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春名風花という女の子を知っていますか? 子役タレントです。なんと2001年生まれというから、現在は11歳なのかな。実はこの子が、大きな物議を醸した東京都の青少年健全育成条例改正問題。この問題に関するツイッターでの発言が話題となった、彼女が9歳のときのことです。 都条例ぷんすか(ω) 「ぼくたちはいいまんがも、悪いまんがも、ちゃんと自分でえらべます(ω)」、「もしぼくたち子供から、いっさいの、きたないものやこわいものをかくしてしまうと、ぼくたちは本当に人をきずつけないとわからなかったり、きずつけてしまってもその大きさがわからなかったり、する大人になるかもしんないと思う(ω)」……。プロフィール画面に表示される可愛らしい笑顔からは想像できないほど、発言の内容は鋭い。その子が、昨今のイジメ問題に対してあらたなメッセージを書いている。こんな子も育っている日本の未来は明るい! と、思いたい。 * * * 君、想像したことある? ぼくは小学6年生です。タレントだけど、ふつうの女の子です。 今から書く言葉は君には届かないかもしれない。だって、いじめてる子は、自分がいじめっ子だなんて思っていないから。 いじめがばれた時、いじめっ子が口をそろえて「じぶんはいじめてない」って言うのは、大人が言う保身(ほしん)のためだけじゃなく、その子の正直な気持ちじゃないかなと思います。 ただ遊んでいるだけなんだよね。自分より弱いおもちゃで。相手を人間だと思ってたら、いじめなんてできないよね。感情のおもむくままに、醜悪(しゅうあく)なゲームで遊んでいるんだもんね。 ぼくもツイッターでよく死ねとか消えろとかブスとかウザいとか言われます。顔が見えないから体は傷つかないけど、匿名(とくめい)なぶん、言葉のナイフは鋭(するど)いです。 ぼくだけでなく、時には家族を傷つけられることもある。涙が出ないくらい苦しくて、死にたくなる日もあります。 けれどぼくは、ぼくがいくら泣こうが、本当に自殺しようが、その人たちが何も感じないことを知っている。いじめられた子が苦しんで、泣いて、死んでも、いじめた子は変わらず明日も笑ってご飯を食べる。いじめは、いじめた人には「どうでもいいこと」なんです。 いじめを止めるのは、残念ながらいじめられた子の死ではありません。その子が死んでも、また他の子でいじめは続く。いじめは、いじめる子に想像力(そうぞうりょく)を持ってもらうことでしか止まらない。 いじめゲームをしている君へ。 あのね。キモい死ねと連日ネットで言われるぼくが生まれた日、パパとママはうれしくて、命にかえても守りたいと思って、ぼくがかわいくて、すごく泣いたらしいですよ。この子に出会うために生きてきたんだって思えるくらい幸せだったんだって。それは、ぼくが生意気(なまいき)になった今でも変わらないそうですよ。 想像してください。君があざ笑った子がはじめて立った日、はじめて歩いた日、はじめて笑った日、うれしくて泣いたり笑ったりした人たちの姿を。君がキモいウザいと思った人を、世界中の誰(だれ)よりも、じぶんの命にかえても、愛している人たちのことを。 そして、その人たちと同じように笑ったり泣いたりして君を育ててきた、君のお父さんやお母さんが、今の君を見てどう思うのか。 それは、君のちっぽけな優越感(ゆうえつかん)と引き換(か)えに失ってもいいものなのか。いま一度、考えてみてください。 春名風花(はるな・ふうか)●2001年2月4日生まれ。1歳から子役として活躍を開始し、映画『涙そうそう』や『カムイ外伝』、テレビドラマ、「パピコ」のCMなどに出演。『ピラメキーノ』でも活躍中。近年では“早泣き少女”として多くのバラエティ番組にも登場。3歳からブログを始め、9才からTwitterを“はるかぜちゃん”名義で開始。2011年3月、Twitterで東京都の青少年育成条例問題に対し「都条例ぷんすか(ω)」とコメントしたことから話題となる。現在、47000人(10月4日時点)を超えるフォロワーを獲得。Twitter→@harukazechan
2012.08.17
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オリンピックも残すところ数日となり、後はなでしこジャパンの結果を楽しむくらいか。僕の高校時代に東京オリンピックがあり、聖火リレーの集団のなかに僕もいた。オリンピックの功罪はいろいろあろうが、軍拡競争や小さな島の取りあいにうつつを抜かすよりは、こんなところでガス抜きできるならばそうムダなことでもないだろう。ところで、オリンピックの東京招致運動に巨万の金を使ったり、尖閣諸島を買うと言い出した石原東京都知事が元作家だったということは今更言うまでもない。なんとその石原慎太郎もかつては、反体制反秩序を叫ぶ太陽族の元祖であった。太陽族のアイドルであった石原慎太郎は、その著書において、閉塞的な時代状況に怒りをぶちまけていたが、実際の所はブルジョア家庭に育ったいいところ出のお坊ちゃんで、その生活もきわめてスクエアで、旧世代にも微笑を持ってみられるほどの「不良少年」だった。あの時代、夏の葉山海岸で性の解放を叫び海を独占していた太陽族たちは、長じてどのような理想を遂げたのだろうか?政治的には腐臭の漂い始めていた自●党を支持し、小市民的生活のなかに性の解放?を見いだし、いつのまにか、従順な企業戦士として弱肉強食的ビジネス社会実現への道をひた走り、丸の内のオフィス街でのサラリーマンになることが目的であるかに縮こまっていった。つまり反体制反秩序は、しつけ厳しいブルジョア家庭内での反体制反秩序であり、母親や父親にすねてみただけであり、性の解放という名の不純異性交遊をしても結局はそれらは口をぬぐって収まるところにおさまっていったのであろう。そして、その後は植木等の流行歌を愛唱するサラリーマンになってしまったことを口惜しがりながらも、もはやかつての栄光を呼びもどすに足るホイッスルを持たなかったのである。僕らが東京に出た頃、流行りだしたのが味噌ラーメンに代表される太麺のラーメン。暑くスモックに覆われた街角で汗をながしながらすする一杯のラーメン。「おれにとってラーメンとは何か?」と考えながらつまむシナチクの甘塩っぱい味。ラーメンを食う若者たち、どこか飢えた目をしていた。それは欲求不満と革命の意欲にギラギラした胃袋とつり合う目だからである。ところが、ライスカレーなど洋食を食う学生たちはどこか幸福にみえる。ライスカレーには、どこかしら家庭的な匂いがあり、現状維持的な気分がたたよっていたからである。勿論、どちらも大衆食堂のメニューであるのだが、コカコーラやハンバーガーとは違っているのは、反抗的な青春を生きながら、つねに行動へ転化しつづけようという意気込みであった。神田付近の映画館で高倉健のヤクザ映画に共鳴し、日活ロマンポルノに屈折した欲望を潜在させながら、世の不条理にふつふつと怒りをたぎらせていたのは、一時代前の不良少年たち太陽族が好き勝手にごたくをぶちあげながら、その後は政界財界の飼い犬となって未曾有のバブル景気を謳歌していることへの反抗でもあった。しかし、所詮はひかれものの小唄。置き去りにされた若者の焦燥といったところだったのかも知れない。不良少年が葉山から銀座みゆき通り、そして六本木から原宿と流れていった系譜が何々族といった歴史である。長じて体制に組みこまれ、また後続部隊が出てべつの町にうつり、しかも、どの町も人間くさい盛り場から少し離れたプレイ・タウンである。彼らはハワイアンからエレキ、そしてグループサウンズを愉しみ、ジュークボックスに金を投げこんで、「ワークソング」に熱狂して、腰をくねらせる。そして、太陽の沈んでしまった深夜の路上でをふらつきながら「自分だけの太陽」を夜空に探した。社会や政治の変革、革命を叫びながら、本気で社会主義の時代が来るなどとはだれも信じていなかった。むしろ、本当に変わってしまうことを躊躇し、55年体制の生煮えなれあい路線に政治的安息を求め、もう少し純粋・反抗的な青少年がマルキシズム論争の心地よさへと流れていった。ノンポリだった僕から彼らを見ると、鵜飼の鵜であった。獲ってきた自由の代償に、ほんのちっぽけな満足という名の小魚を貰う。そして、習いおぼえた反逆の論理は「家庭内」での妻との関係ぐらいにおいてしか活用できなかったのであろう。ラーメン少年たちは、その後、安保闘争、新宿乞食やフーテン族へとつながっていった。僕は時代を漂う新宿の雑踏のなかで、「……族」ということばからは遠い場所にいた。時代に翻弄されながら、昭和、平成と生きてきて、なんらかの理想を手にしたのであろうか。「歴史は、個人のなかでべつべつの成熟をめざす」。卓球女子やなでしこジャパンの活躍をぼんやり観ながら、いつの間にか老いの入り口にいる自分の歴史を振り返りながら、僕にも少しは理想を手にしたのであろうか、成熟とやらが少しはできたのであろうか、などとぼんやり考えているのだが、わからない。
2012.08.08
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なかなかブログの更新ができずにいる。忙しいというのは言いわけにしかならないのだが、事実うんざりするほど様々な問題と直面している。それのひとつひとつは紹介できれば、皆さんにとっても興味深く面白いとは思うのだが、プライバシーの問題があって、直接は書けない。たとえば、すぐ近くに住む独身女性が筋の良くない男に入れあげて…。などというような話題はまだおとなしいほうで、毎日のように身体をはって人生相談のただなかをくぐりぬけているような状況なのです、しばらくあしからず。しばらく前に書いたブログ「日本人とは?」について傾聴すべき意見を寄せてくれた木村洋さんから、今回も「日本人」たる我々と米国的外国人との文化的思考の違いを看破する意見を頂いた。前回も紹介したが、木村さんは元世界銀行スタッフで、今は主にワシントン郊外で暮らしている。海外で生活したことから、卓見をもつ人は少なからずいるが、木村さんのようにみごとに客観分析できている人は少ないように思う。引用つづきで心苦しいが、皆さんにもお役にたつと思うので紹介したい。 事柄と人柄の混同 シカゴの病院を舞台に救急病棟の医師や看護師たちの毎日の格闘振りを描いたアメリカのテレビ映画 「ER」 シリーズは、最近では日本でも人気を博しているらしいが、あれの日本語版の字幕を見ていると、対話の仕方をめぐるアメリカと日本の文化の違いをはっきりと感じることが出来る。まず登場人物相互間のコミュニケーションが、日本的感覚からすると驚くほど短刀直入で、乱暴に聞こえる。あそこに出てくる人達は、実際にはとても暖かい心の持ち主が多いのだが、ああいう表現方法に慣れない日本人には、あらゆる場面で人々が噛みつきあっているように見え、個性と個性がぶつかりあって火花を飛ばし、実に恐ろしい場所だという印象を与える。 次々に運び込まれてくる患者の命を救うためには、正に一刻一秒を争う修羅場の連続であるから、関係者の物の言いようも当然飾り気のないものにならざるを得ないのだが、そうした修羅場が一段落して、みんながほっとする一瞬ですら、驚くほど厳しい言葉のやり取りが続く。 例えばあるコーヒータイムに、以前若い男の医師が犯したちょっとしたミスが話題になった時、チームリーダーの女医が彼に対し、いたわりの言葉をかけるどころか、逆に冷たく “You don’t consult your colleagues.” と言うシーンがあった。 直訳すればさしずめ 「同僚の意見を聞かないからああいうことになるのよ」 とでも言うところだろうが、何とそこの日本語の字幕は 「貴方は個人主義者なのよ」 となっていた。字幕は一瞬にしてその場の状況を観客に伝えねばならないから、訳本として正確であるよりも、とにかく短かくて、印象的で、観客に最も的確にその場の状況を伝えるものであることが求められるのだが、その意味で「貴方は個人主義者なのよ」 という表現は、極めて効果的な翻訳と思われた。 こう訳すことで日本人にこの女医の言葉の批判的な響きが効果的に伝わるのは、日本社会では 「個人主義者」 という言葉が往々にして 「利己主義者」 「嫌われ者」 「仲間外れ」・・・といった含みを持って使われるからであって、翻訳者はその日本的心情に訴えることで、この女医の言葉の批判的響きをうまく伝えることに成功した。然しこの言葉に対して同様の否定的感覚を持っていないアメリカ人に対して、「貴方は個人主義者なのよ」 と言ってみても、あの場の雰囲気はよく伝わらなかっただろう。 而も(アメリカ的感覚からすれば)あの時の女医は、文字通りその若い医者が、ちょっと同僚の意見を聞きさえすればミスをしないで済んだのだという、その 「事実」 だけを取り上げて、「次回からはもっと同僚に相談しろ」 と言っているに過ぎないし、言われた本人もその言い方の冷たいトーンには全く動じないで、その内容だけを額面通り受け取っていて、別に自分が 「貴方は性格がいじけていて、人の意見を聞くだけの謙虚さがないから、いつも問題を起す、駄目な人間なのよ」 と言われたなどとは、ゆめ思っていない。ここに単なる表面上の翻訳の違いだけではなく、二つの言葉の背景をなす 「文化」 の違いがはっきりと出ているように思う。つまり同じ事実を伝えるのにも、あからさまにその事実だけを、本人に正面からぶつけて、その点だけを変えろと迫る文化と、それをその人の日頃からの考え方や態度、個人主義者云々といった人柄の問題に置き換えて提示し、全人格的な対策を求めようとする文化との違いである。山崎豊子の小説 「白い巨塔」 に描かれた程どろどろしたものではないにしろ、今でも 教授、助教授、助手、インターン、看護師、などの間に厳然たる身分の差が残っている日本の病院を見慣れている人々にとって、映画 ERで数分おきに起るように、地位や立場に全く無関係に、全員が平等にどなりあうようなシーンは、正に異国の情景という他はない。 またどんなに本気で怒っていても、彼等は常に個々の 「出来事」 を問題にしているだけで、決してその人の 「人格」 を非難しているのではないことも、日本人には中々分りにくい。これは何も病院に限ったことではなく、例えば国際機関などでも、そこへ入ろうとする日本人のために、日本人の上司や教官が書いた推薦状には、その人がいかにいい性格の持ち主であるかが、繰返し強調されていることが多いが、採用する側からすると、そんなことより、その人にどんな能力・経験があって、具体的に何が出来るかの方が問題なのであって、それが書かれていないということは、性格がいいことぐらいしか取り柄がないのか、という風に、まるで逆に解釈されてしまう。 全人格的評価で人を動かす日本式のやり方が、個別の能力で勝負するアメリカの社会に通用しない、典型的な例といえる。申込書を出す本人自身の態度にも、同様の差があって、日本人の場合には、「もし入れて頂けるなら、刻苦勉励勤務にはげみ、必ずやご期待に沿える様頑張ります」 ということが書かれているのに対し、アメリカ人の場合には 「私を採用しなければ貴方の組織は必ず損します」 みたいなことが書かれていて、初めから比較のしようがない。こういう組織で日本人職員に注意を与える際にも、他の国の人々に対する場合とは違った慎重さが必要とされる。 というのは、こちらはそこにある事実だけを問題にしている積りでも、聞く側は自分の全人格を否定されたかの如く感じていることが多いからだ。 「そのやり方ではだめだ」 と言っているのが、日本人には往々にして 「貴方はだめな人間だ」 と言われているように聞こえる。 「もっと具体的な対策を出してくれ」 と言っているのが、日本人には 「貴方はいつも詰めが甘くていい加減な人だ」 という風に響く。これは一つには、日本の文化が 「減点主義」 であって、完璧に出来て当たり前、それ以外は全てマイナスと考える傾向があるからではなかろうか。オリンピックなどでも、緊張感で硬直しているのは日本人ばかりで、外国人は実にのびのびとプレーをし、楽しそうに見える。 競技に失敗した時でも、日本人はテレビカメラに向って深々と頭を下げ、国許へ泣いてあやまるのに対し、外国人は 「じゃ、またね・・・」 という感じだ。仕事のストレスから神経衰弱になり、入院を余儀なくされても、外国人はけろっとしていて、退院すればまたすぐ次の日からオフィスへ来るし、周囲も何も取り沙汰することはない。 どうしたのと聞いても本人自身が、 「いやーちょっとブレイク・ダウンしてた」 などと答えて平然としている。 ところが日本人となるとそうはいかず、精神科へ入院した場合はもとより、心療内科にかかったり、カウンセリングを受けたことが知れただけでも、まるで精神異常をきたしたかの如く思われて、社会から隔離される。目の前の事実を事実としてのみ問題にする習慣があれば、こうした 「事柄と人柄のすり替え」 は起らない筈なのに、日本ではそれが起るのは、その背後に横並びを正常とし、異端を抹殺する文化があるからだろう。 そうした 「横並び文化」 の下では、人々は常に何となく社会から監視されているように感じていて、一定の 「期待されたビヘビア-」 に従って行動しようとする。 そうした処方箋を外れた行動をすればすぐ目につくし、それにはどんな事情があろうと、先ずその人が悪いという想定がなされる。 事柄の如何に関わらず、常にそれを人柄の問題として捉える癖がついている人々が、ERに出てくるような人間関係を見ると、単なる事実をめぐる意見のぶつけ合いにすぎないものが、あたかもその人の全人格を否定しあう闘いのように見えて、とても恐ろしい気がするのだ。アメリカへ来たばかりの日本人の多くは、職場でちょっとした問題があってもすぐ差別されたと感じるらしいが、これも本当の意味の差別というより、上記のような意味での 「文化の違い」 であることが多い。 現にそういう不満を訴える日本人がいた時、相手方のアメリカ人を呼んで話を聞いてみると、二人の間の問題の把握の仕方が全く異なっていたことが明らかになるだけでなく、差別などとはそのアメリカ人にとっは最も意図しなかったことであって、今度は彼の方が本気で怒りだすことも少なくない。日本的な 「事柄と人柄の混同」 は、一見人間性を重視した総合的アプローチのように見えながら、実際にはこのように眼前の問題をそのままの形で捉えて処理することを妨げるばかりでなく、不必要に事態を複雑化し、人間関係を悪くする恐れがある。 ERの登場人物達があれほど激しく怒鳴りあいながら、その場その場の事態が終ると、またけろっとして親しい同僚であり続けられるのは、彼等がとりわけ鈍感だからでも、悪者だからでもなく、単に眼前の事実だけをありのままに捉え、それだけを最も直接的に解決する癖がついているからにすぎない。 その場その場でいくら激しく言い争っても、それは患者に最適な医療を施すという共通の目的に向ってみんなが 「同格で」 意見を出し合っているからに過ぎず、そうした身分を越えた 「発言の機会均等」 の重要さを、みんなが了解しているから、あんなに激しくやり合っても、あとには何のしこりも残らないのだ。 こちらがそれを知って付き合う時のアメリカ人の気持には、驚くことに、日本人相互間の、穏やかで思いやり豊かな人間関係と殆ど変わることがない暖かさが秘められていることが多い。 アメリカ人の荒削りな外見の裏に、我々がしばしば日本人独自のものと錯覚しているような、暖かい実質があることは、長く住んでみないと中々分らないが、思い切ってそういうものだと自分に言い聞かせて接してみると、意外に嬉しい経験をすることも、まれではないのである。(木村 洋)
2012.08.01
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