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1 概要 県立高校などの入学式と卒業式の国歌斉唱時に起立しなかった教職員の氏名を神奈川県教委が校長に報告させている行為について、神奈川県個人情報保護審査会は県個人情報保護条例が禁止する「『思想、信条』に関する個人情報の収集」に該当するとの判断を示し、県教委に情報の保管や利用をやめるよう答申した。 県教委は同日、「答申を尊重せざるを得ない」として、05~07年度の報告分を破棄する方向で検討を始めた。 県教委は06年3月の卒業式から、国歌斉唱時に起立しなかった教職員名と校長らの指導内容などを記載した経過説明書の提出を、校長に指示。同年6月、県立高教職員23人が「思想信条に関する個人情報」に当たるとして、収集した情報の消去や利用停止を県教委に請求した。 これに対し、県教委は「集めた情報はいずれも客観的事実で、不起立の理由も聞いていないので思想信条に該当しない」との決定を出し、報告を継続させた。23人のうち16人は審査会に不服を申し立てたもの。 審査会は、(1)明確な理由のない起立拒否は想定しがたい、(2)起立しない理由の多くは、過去に日の丸、君が代が果たしてきた役割に対する否定的評価に基づく、などの点から「不起立の理由を聞かなくても一定の思想信条に基づく行為と推定できる」として、経過説明書に記載された情報を思想信条に該当する個人情報と判断。決定を取り消すよう県教委に答申した。 県教委高校教育課は「主張が(答申内容に)生かされず残念」とし、今年度の卒業式以降については「これまで通り学習指導要領にのっとり、国歌斉唱時に教職員は起立するよう指導する。(不起立者の氏名を報告させるかは)県個人情報保護審議会への諮問も含め対応を検討したい」としている。不起立者の人数は「個人情報に当たらない」として、今後も各校に報告させる方針。(毎日新聞記事10月29日から)2 評価 ちょっとビックリしたのは毎日新聞がこれを評価する解説を付していること。要約すれば、次のような論理だ。---------- 思想・信条など「センシティブ情報」は保護する度合いの高い個人情報として、神奈川県のように、個人情報保護条例の中で取扱い自体を禁止する規定を設けている地方自治体は少なくない。県個人情報保護審査会が出した答申は、こうしたプライバシー尊重の流れに沿った判断と言える。一方で国の個人情報保護法には同様の規定はなく、日弁連などの主張にも政府は条文化を見送った経緯がある。しかし今年6月には陸上自衛隊情報保全隊がイラク派兵に反対する国民の個人情報を「反自衛隊活動」などとして収集していたことが発覚。今回の審査会の答申を機に「官」による収集のあり方が改めて問われそうだ。---------- これは、短絡的に過ぎる評価だと思う。公務員たる教員ではない一般国民県民のセンシティブ情報なら、まさにそうだろう。プライバシー重視の流れに乗せて考えるべきだろう。しかし、事は学校教育行政の問題であって、的はずれ。3 考え方 教育を学校組織で行う以上、おのずと統制は必要だ。法制的には学習指導要領もあるが、さらに、職員会議での話し合い、あるいは校長の指示などにより、組織的秩序が保たれているだろう。公務員だと職務命令という形式をとることもある。 もちろん、学校が統一的に決めるべきだから、あるいは公務員だからといって、思想信条の自由やプライバシーを軽視して良いとは言えない。公務員であっても尊重されるべきだ。例えば、職務に無関係の政治的思想や加入団体を問うことはもちろんできない。校長が、あなたは参院選で誰に投票したか、あなたは創価学会員か、などと聞くのは許されない。 また、例えば校長や県教委が、教育は一致団結が大事だとして教員全員に、一定程度の研修を受講させるのは許されるだろうが、特定の信条や教義を唱えさせたりするのは、思想信条の自由に反するだろう。校長と教員の間の問題もだが、そもそも教育の中立性の問題もある。 国旗国歌については、個人としての受け止めには、たしかにナーバスな面があるだろう。しかし、少なくとも教員として職務に従事する限りにおいては、国旗国歌を教える責任こそあるとしても、これを教えない自由はないというべきである。 この点は、もちろん異論もあるだろう。私も、意見の多様性という意味では認めたい。しかし、本件の問題は生徒や父兄ではなく、教員なのだ。学校として国旗国歌をどのように教え、あるいは式典でどのように扱うか、は個人の勝手な発意で決めるものではなく、学校として統一的に決めるべきであるし、そう決めた以上は学校スタッフとして従うべき、この問題はそういう程度の問題だと思う。それでも抵抗すべきほどのナーバスさではない、と思うのだ。国民一般の意識もそうだと思う。 俗っぽく言えば、生徒や父兄が立つのに、先生はバラバラのママで良いのか、ということにもなる。本当はそれでも良いのかも知れない。しかし、ここで考えるべきは、学校として教育指導の内容、あるいは式典運営のあり方として、起立を決めているなら、そうすべきだ、ということだ。 実質的に考えても、起立させることが、ことさら個人の人格的核心を害するとも考えられない。4 なぜこんな判断になるのか ハッキリ言わせてもらえば、判断主体が「個人情報保護審査会」だから、かような結論を出すのだ。このことは、有る意味割り切って受け止めなければならないし、そうすれば良いのだろう。審査会に教育現場の問題を裁断する責任もないし、期待もしてはいけない。報道するマスコミにも、個人情報保護に軸足が乗るだろう。(そのことを悪いと言うつもりはない。体制ないし権力とマスメディアとの間の、ある種の健全性だから。) 少々意地悪く考える。この卒業式に参加した父兄である県民が、「我々も起立したのに教員には起立しない者がいた。誰々なのか教えてくれ」と学校に説明を求めたとしよう。 少なくとも、校長としてはどの教員が起立しなかったかは頭にメモしていなければならない。万一校長自身が起立反対論者だとしても、管理者である以上、教員と学校行事の状況を把握しないでは務まらないからだ。 しかし審査会の論理だと、「いや、それは答えられないんですよ」というのが校長の正しい対応となる。そんなバカな。 ではその父兄は資料を開示請求した。校長の頭の中のメモは文書でないが、紙にメモしていたら、文書はあるが教員の個人情報が記載されて非開示、ということか。 しかし、現場にいた父兄や生徒は見ている。公然の事実なのだ。そして、着席していたかどうかの単なる事実によって、あの先生はやっぱり反対なのか、という想像はされるとしても、それが人格形成や世界観に関わる価値でないことは前記の通り。むしろ、誰が起立しなかったという情報を踏まえて、(その教員を糾弾するという意味ではなく)父兄も一緒になって国旗国歌の指導や式典のあり方を考えていく、ということが健全な学校づくりではないか。やっぱり非開示もおかしい。5 国旗国歌問題 国旗国歌問題は、上記3の整理で一応カタが付いているのだが、昨年の東京地裁判決のように(起立・斉唱義務はないと判示)、ヘンテコな判断が出てくる。これは、教育現場を管理しようとする風潮が強いばかりに、教員の権利救済という形で管理主義に警鐘を慣らそうという価値観が発露するのだ。確かに画一的な管理主義は改められるべきだ。 しかし、教委の管理圧力が強いからといって、教育行政の正当な統制力を歪める判断をしてはいけない。一種の政治的偏向判断に陥ってしまうのだ。(東京地裁判決の批評と、管理主義の意味などについて、当ジャーナルの意見は下記過去記事を参照下さい。)5 その後 30日の記事によると、神奈川県教委は審査会答申通りに収集した情報は破棄するが、来春以降については個人情報保護審議会(審査会とは別)に諮問して検討する、という。 個人的には、破棄せずに毅然として欲しいとも願うのだが、一定の教育上の配慮もあるのだろうか。審議会の判断も見守りたい。6 附言:条例の法文の解釈について 以上は問題になっている神奈川県個人情報保護条例の法文を見ずに書いてしまったが、条例を読むと、確かに「思想、信条及び宗教」に該当する個人情報(第6条第1号)は取扱いの制限を受けるとあり、職員が職務として行っている場合を正面から除外(正当化)する規定はみあたらない。 私は、職員の職務執行に関わる情報収集は、地方公務員法の服務監督権などの法令に基づくもの(第6条但書)として正当化されると解釈するか、あるいはそもそも「思想信条」に該当しないと論理解釈する余地も十分あるとは思うが、思想信条の自由の優越性に鑑みて文面上だけで解釈すべきという立場(憲法的考え方)も一理あるから、多少の苦しさは免れない。 従って、同条但書にあるように、「あらかじめ神奈川県個人情報保護審議会(以下「審議会」という。)の意見を聴いた上で正当な事務若しくは事業の実施のために必要があると認めて」取り扱う、というのが王道のようだ。県教委の方針はこれで明確に合法化したい、ということだろう。 条文の文理上では、「思想信条」なら職務遂行でも一律(?)保護される。これは立法の配慮不足のようにも思うが、個人情報保護の理念からはそう考えたのだろうか。 できれば立法(条例)上も明確にして欲しいと思う。 国歌反対の教員側は着眼点が卓越していた、とも言えよう。■関連する過去の記事 東京地裁「国旗国歌通達違憲」判決を考える(06年9月24日) 財政審議会の教員給与引下げ論議と教育の質について考える(05年10月22日)
2007.10.31
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守屋前次官は塩釜(塩竃というべき)の出身で、塩釜市長を父に持つ御仁だそうだ。知らなかった。今日初めて知った。4年も事務次官を務めたのも異例だが、省昇格の頃も何かと話題になっていた大物「天皇」できな臭さは漂っていただろうに、堰を切ったように祭り上げる(血祭り、の方の祭りデス)政界とマスコミの節操のなさもいつも通り。一躍時の人、ということで。とにかく国会の威厳を持って証言の矛盾などしっかり糺して欲しい。それだけ書いて、何も続かない。塩竃の人たちはどう見ているだろうか。さて、学力テスト問題、神奈川の着席教員問題について大論文!をものしようとしているが、明日にご期待(誰が?)下さい。
2007.10.30
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ラジオのNHKニュース(東北のニュース)で聞いた。ついに「わんこそば」が世界デビュー! だそうだ。次のような報道だった。----------NY初のわんこそば大会は、岩手県名物を米国人にも味わってもらおうと、ニューヨーク岩手県人会が結成10周年を記念して27日に開いた。大会には、日系人や外国人など60人あまりが参加。子ども、個人、各地の県人会対抗の3部門で、2分間で何杯食べられるかを競技。そばは花巻産そば粉で作られた。参加した男の子は、「途中であごが痛くなり、思っていたほど食べられなかったけど、楽しかったです」と話していた。大会の主催者は、「今後は、より多くのアメリカ人に参加してもらえるような大きな大会の開催を目指し、わんこそばに親しんでもらいたい」と話している。(NHK盛岡ニュースから)----------花巻市の姉妹都市の縁でホットスプリング市(アーカンソー州)で24日に、そしてニューヨークで27日に開催したのだそうだ。わんこそばの文化とそば食がアメリカ人にどう映ったのか、大変興味があります。■関連する過去の記事 ○激辛冷麺1分で完食とは!(07年4月30日) ○もりおか三大麺(06年11月18日) ○そば王国山形(06年11月17日) ○東北のめん類データを見る(06年11月14日)
2007.10.29
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昨日(土曜日)のこと。雨の中、図書館や電器店を回りました。電器店は、懸案のバックアップ用の外付けHDと、15年目にしてインバータが故障したダイニングの照明を買い換えるため。夕方の帰途で、お菓子を買うことを約束させられて、帰宅の後に、とあるコンビニに。子どもたち2人で5百円という約束を、電器店で飽きてきた子どもたちに、妻がしたらしい。私ならだいたいは1人150円マデ、というのだが...仕方なく子どもたちと店に入るが、いつになく高額のショッピングができるとあってなかなか決まらない。1人250円だから、コレ買うと引き算して残り何円?、と7歳の娘が盛んに聞いてくる。だいたいピッタリ500円なり250円に収まる可能性も少ないだろうが、1円でもムダにしないようにと、子どもたちは一生懸命だ。いい加減呆れてきて、早くしろ、と催促。30分もいただろうか。500円を超えたらお小遣いその分減らすよ、と言いながら、結局子どもたち2人がレジに持ち込んだ合計を見て、あれビックリ。2人は共謀していないのだが、ピッタリ500円になった。妹の方が250円をオーバーしたが姉がかばった、という実に美しい形。わが子どもたち、往年の名番組 ズバリ買いましょう(ガッチリ買いましょう、だったか、ズバリ当てましょう、なのか良く思い出せない)に出ればもう敵なしでしょう。500円コースがあれば、ですが。
2007.10.28
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先日、栗原市鶯沢の細倉鉱山住宅跡を活用した映画ロケ地を尋ねてみた。ボランティアだと思うがお年寄りの方が受付に居て、名前を記入していたら子ども達に「どっから来た?」などと話しかけてくれた。入場料や協力金を取るわけでもなく、このような地元の方の支えで運営されているのだろう。ロケ地を集めた観光ガイドのサイトによると、東北では、この「東京タワー」(細倉地区)のほかに、アヒルと鴨のコインロッカー(貞山堀、野蒜海岸)、フラガール(いわき市)、釣りバカ日誌15(仙北市)、スウィングガールズ(山形鉄道フラワー長井線)、蝉しぐれ(山形県羽黒町松ヶ岡)。鶯沢と羽黒町のオープンセットの画像です。羽黒町は一昨年の秋、思い出の庄内家族旅行。
2007.10.28
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心残りなのだが、結局くりでんには乗車しないでしまった。11月に地元のNPOが体験乗車会を開催するそうで、このような取り組みには敬服するし、行ければ是非車両に乗ってみたい。先日、初めてくりでんのレールを「踏みしめて」みた。これまで、沢辺でレールをまたいで(4号線のオーバーパス)、あるいは若柳や岩ヶ崎で踏切を横断することはあっても、車で通過しただけのこと。場所は鶯沢の国道脇、金田森公園入口の踏切。国道のすぐ脇なのだが、標高差があるので道路から急な坂を登るとすぐ踏切になっていた。最初の画像は鶯沢駅方面(石越駅行き方面)。次は、細倉マインパーク駅方面。■関連する過去の記事 くりでんメモリアル乗車(07年2月15日)
2007.10.27
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かつての津山町は、柳津町と横山村が合併してできた町で、町名は典型的な合成地名。本吉郡に属していたが、登米郡下8町との合併を選択し、新しい登米市の一部になった。この柳津と横山には、それぞれ誇るべき名所がある。柳津には柳津虚空蔵尊。日本三大虚空蔵尊のひとつに数えられる。726年に行基が東国巡遊した際に、この地で刻んだと伝えられる。 そして横山不動尊。こちらは日本三大不動。弘法大師作と伝わる木造不動明王坐像がある。今月にそれぞれで催事がある。12日、13日には、柳津虚空蔵尊大祭があった。正午から山海の珍味を膳に盛り行列をして、その後護摩祈祷。また27日、28日には、横山不動尊大祭。不動尊の体内には金の秘仏があり、12年に一度に開帳されるが、次回は平成30年だそうだ。とすると昨年が該当年だったのだろう。それにしても並んだ2つの地域に、日本三大名数の名所がこれまた並んでいる。素晴らしいことです。■歴史探訪(登米市ホームページ) なお、漢字の誤り。弘法「大師」なのに、(マグマ)「大使」になっていた。■イベントスケジュール(宮城県ホームページ)■関連する過去の記事 奥州仙台の三大名数シリーズ(寺社仏閣)(07年8月21日)
2007.10.26
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先日、我が家は栗原市花山に釣りに出かけた。道の駅の脇の釣り堀だが、とにかく良く釣れる。2年生の娘も大ハッスル。子ども達は釣りが大好きだ。と言うわけで、その日(日曜日)の夜の食卓はもちろん、魚たち、でした。
2007.10.25
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先日某カード会社のカードが郵送されてきた。そして予定通り、すぐ電話して退会(解約)した。事情はこうだ。今月の上旬に最寄りのガソリンスタンドのチラシが入っていて、改装してセルフにするのでキャンペーン中。122円と格安だし、プレゼントもあるというので早速下の子どもを乗せて給油しに行った。すると、122円で給油するには、会員になってクレジットカードを作るのが前提という。ちょっと考えたが、どうせ入会金も年会費も無料。キャンペーン期間の今だけ使って、あとは解約すれば良いのだからと、アルバイト学生のお姉さんともその点では意気投合したりして、早速手続。お姉さんにもらった仮カードで給油、スロット画面の絵柄が揃って更に1円引き(たぶん全員そうなのだろうが)。妻に了解得られるかが関門だったが、安さで理解を得られた。仮カードでは1万5千円まで入れられるが、今日使った6千円くらいを含めて1万円までということにして、1万円を引き落とし口座に早速入金した(この辺は妻も合理的)。その1週間ほど後に別の車にも仮カードで給油。使った額は8千8百円くらいになった。そして正式にカードが郵送されてきたのだ。早速解約したいが、こういうのは解約手続はハッキリと案内していないものだ。住所変更などは用紙が入っているのに。持っていればいつかは使う可能性がある、イヤイヤその手には乗りません。忘れないうちに退会させていただきます。約款を読んで退会手続が定められていることを確認して、連絡先を探すが、コールセンターはフリーダイヤルではない。せっかくガソリン代を浮かしたのに、電話代がかかるのは悔しいが、仕方がない。受付のお姉さんからは、誠に残念ですがご解約の手続の方をとらせていただきます、ご利用の分は来月の引き落としになります、などとマニュアル通りながら丁寧なお言葉。言わなくて良いのに、あ、こちらこそスミマセン、すぐ解約して、などとしゃべってしまう、こちらは情けない小市民。ついでに、引き落としは8千円ほどで間違いないですか、などと余計な会話までしてしまう、小市民ぶり。最近では、泉ヶ岳スキー場で作った日専連カードの解約も同じパターン。3年くらい前に上の娘と行ったときにレンタルが随分安くなったので入会した。今年の2月に金利変更か何かの通知が来たので、作っていたのを思い出して早速解約した。わざわざ141ビルのカウンターまで赴いて。信念持って早速退会しているのは良いが、本当にカードを毛嫌いするなら、作らなければいいのだ、とは思うけれど。安さの誘惑にもこれまた弱い、小市民です。
2007.10.24
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福田町二丁目にある十一面観音堂。西には梅田川が流れており、川を扇町の食肉市場方面に渡る橋は、その名も観音堂西橋。梅田川が七北田川に注ぐ辺りには、鶴巻の御蔵があった。そこから苦竹までは舟曳堀が作られ、現在の福田町付近では、梅田川の南岸に堀が掘られて、現在の福田橋のあたりで、水を梅田川に落とす辰ノ口があった、という。観音堂西橋のあたりにはオケド(潜穴)があって、十文字堀がトンネルとなって梅田川に注ぎ、その上を舟曳堀が通っていたのだという。ところでこの観音堂はどういう由来だろうか。お堂の脇の石碑をご老人が腰をかがめて読んでおられた。左手に紙を持って書写しているのだろうか。お早うございますと挨拶して、その後にお堂の由来や石碑の内容などについて伺おうと思ったが、子どもが帰りたいと言ったので辞去してしまった。山門には四野山とある。知識が浅くて、山門と呼ぶのはおかしいのかも知れない。私の持っている仙台市の地図(平成元年頃)には神社の鳥居マークに四野山神社と書いている。最新の道路地図では卍マークで十一面観音堂とあるのだが。ある資料では、雲洞院(福田町一丁目高砂小学校近く)を天文20年に開いた梅庵東春和尚が、さらに四野山観音堂を建て布教につとめたのだそうだ。現在の福田町やその以西は「四つ野ヶ原」といわれた湿地帯だが、陸奥国分寺と多賀城を結ぶ近道にあたり、人の往来も多くその道筋に布教のために祠がつくられたのだ、と。■関連する過去の日記 舟曳堀(鶴巻-苦竹)を探して(06年3月12日)■関連する資料 高砂をあるく(仙台市高砂市民センター) 仙台藩を支えた米の道 蒲生から原町(宮城野区) むかしばなし>四野山(よつやさん)観音堂の話(みやぎ農業共済)追伸 高砂市民センターで「地元再発見!歩いて知る高砂」第3回「福田町、舟曳堀跡、四野山観音などの史跡めぐり」をするとの案内を見ました。10月20日(土)10時から12時。 エ~~ッ! それ、その日の10時頃ですよ。私が娘を連れてこの写真撮ったの。そのすぐ後にご一行が訪れたのでしょうか。舟曳堀後も見学したかった。次回は是非拙者も!■シリーズ仙台百景 以前の記事です。こんな企画で100枚まで続けるのが目標です。 ○陸奥国分寺薬師堂(シリーズ仙台百景 26)(07年10月17日) ○県民の森 鶴ケ丘口(シリーズ仙台百景 25)(07年8月26日) ○一時停止だ!三時はお茶だ!(シリーズ仙台百景 24)(07年8月20日) ○風の環(シリーズ仙台百景 23)(07年7月7日) ○冷やし中華の龍亭(シリーズ仙台百景 22)(07年6月29日) ○県民の森(シリーズ仙台百景 21)(07年4月8日) ○数字の練習ボード?(シリーズ仙台百景 20)(07年3月25日) ○半田屋一番町に進出!(シリーズ仙台百景 19)(07年3月1日) ○仙台百景画像散歩(その18 撮影成功!霊気のトンネル)(07年2月6日) ○仙台百景画像散歩(その17 変な漢字の看板)(07年1月28日) ○仙台百景画像散歩(その16 駅前東宝ビル)(07年1月13日) ○仙台百景画像散歩(その15 空から見た仙台)(06年12月29日) ○仙台百景画像散歩(その14 光のページェント)(06年12月13日) ○仙台百景画像散歩(その13 東京スター銀行)(06年11月30日) ○仙台百景画像散歩(その12 建設ラッシュ再来?)(06年11月10日) ○仙台百景画像散歩(その11 E721系電車)(06年7月25日) ○仙台百景画像散歩(その10 ワンコイン端末)(06年7月7日) ○仙台百景画像散歩(その9 ヤギさんの看板)(06年6月19日) ○仙台百景画像散歩(その8 キック治療?)(06年6月18日) ○仙台百景画像散歩(その7 ホテルモントレ)(06年6月4日) ○仙台百景画像散歩(その6 佐々重ビル)(06年5月24日) ○仙台百景画像散歩(その5 車止めポール)(06年4月29日) ○仙台百景画像散歩(その4 オロナミンC)(06年4月4日) ○仙台百景画像散歩(その3 東仙台案内踏切)(06年3月22日) ○仙台百景画像散歩(その2 はんだや)(06年3月18日) ○仙台ミステリー?風景(06年3月4日)
2007.10.23
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自転車道とはそもそも誰が整備して管理するものか。■この記事は、月山トレッキング(07年10月20日)、三山線とサイクリングロードのこと(07年10月21日)の続きです。道路法に自転車専用道路等の規定がある。以下、おだずまジャーナルで要約。----------○ 用語(1)自転車専用道路=専ら自転車の一般交通の用に供する道路又は道路の部分(第48条の13第1項)(2)自転車歩行者専用道路=専ら自転車及び歩行者の... (同条第2項)(3)歩行者専用道路=専ら歩行者の... (同条第3項)○ 指定(1)道路管理者は、未供用の道路又は道路の部分について、区間を定めて指定(同条第1項から第3項)(2)道路管理者(市町村を除く。)は指定(解除)に際し市町村長に協議(同条第4項)○ 交差(1)道路管理者は自転車専用道路等を道路等(=道路、軌道、一般自動車道又は交通の用に供する通路その他の施設)と交差させる場合は、安全な交通が確保されるよう措置しなければならない(第48条の14第1項)(2)道路等の管理者は、道路等を自転車専用道路等と交差させる場合は、当該自転車専用道路等の安全な交通が確保されるよう措置しなければならない(同条第2項)----------最後の交差については、自動車専用道路の場合は「道路等」との立体交差方式を定めていること(第48条の3)に比べれば緩やかだ。国道や鉄道を渡るときは横断歩道や踏切でも良い、ということだろう。管理者については、道路法の一般原則に従い、道路の4種類(高速自動車国道、一般国道、都道府県道、市町村道)のいずれかに区分され、都道府県道ならば県または指定都市が管理者となる。道路の整備や管理は道路管理者の仕事だから、県道の区間を自転車専用道路として指定するなら、県と指定都市が整備や管理をすることになるはずだ。さらに、ズバリ「自転車道の整備等に関する法律」というのがある(昭和45年)。これも当ジャーナルで要約すると----------○目的 自転車が安全に通行できる自転車道整備に関し必要な措置を定め、もつて交通事故防止と交通円滑化に寄与し、あわせて自転車利用による国民の心身の健全な発達に資する(第1条)○定義「自転車道」= (1)専ら自転車が通行する道路又は道路の部分 (2)自転車及び歩行者が共通に通行する道路又は道路の部分○自転車道整備事業 道路管理者は、交通量、交通事故発生状況等を考慮して自転車道整備事業を実施するよう努めなければならない(第4条)○自転車専用道路等の設置 市町村である道路管理者は、市町村道であつて道路法第48条の13第1項第2項の指定をした道路を設置するよう努めなければならない(第6条第1項) 河川又は国有林野の管理者はこれに協力(同条第2項) 国は必要な財政上の措置その他の措置を講ずる(同条第3項)----------目的に、国民の心身の健全な発達、とはすごい事だ。ともかく、この法律によると、一般的には道路管理者に自転車道設置の努力義務があるが、より明確な形で道路法上の「自転車専用道路」「自転車歩行者専用道路」については市町村に設置努力義務を課して、これについて国の財源措置を定めているから、体裁としては市町村道として定めることを国策としたのだろう。しかし、他方で国の資料を見ると、「大規模自転車道」を昭和48年から整備しており、全国で、全体計画約4km、路線数で135路線あるという。これらは県道として指定されているようだから、自転車道整備法とは別枠で、あるいはその法律の第4条を具体化するという位置づけで県に補助をして促進したのではないだろうか。市町村道としての整備が思うように進まなかったからなのか。そもそも交通緩和(通勤通学)とレジャーサイクル(心身の発達?)とでは趣旨も異なるが整備場所が異なるはずだが、交通緩和の生活道は市町村道に、レジャー目的の長距離道は県道で、とでも分担させたのだろうか。(この辺よく調べられなかった。)以下は、国土交通省サイト「大規模自転車道」を参考に東北分の自転車道を掲げる。----------○青森県 青森県道256号青森十和田湖自転車道線 青森県道265号鶴田五所川原自転車道線 ○岩手県 岩手県道501号北上花巻温泉自転車道線 岩手県道502号盛岡矢巾自転車道線 岩手県道503号遠野東和自転車道線 ○宮城県 宮城県道227号仙台亘理自転車道線(仙台湾自転車道) 宮城県道246号石巻松島自転車道線(奥松島自転車道)○秋田県 秋田県道401号雄和仁別自転車道線 秋田県道402号秋田河辺雄和自転車道線 秋田県道403号秋田男鹿自転車道線 ○山形県 山形県道145号間沢寒河江山形自転車道線(さくらんぼサイクリングロード) 山形県道384号米沢県南公園自転車道線(置賜自転車道) 山形県道385号立川鶴岡自転車道線(庄内自転車道) ○福島県 福島県道372号須賀川二本松自転車道線(みちのく自転車道) 福島県道379号矢祭棚倉自転車道線(久慈川自転車道) 福島県道392号会津若松熱塩温泉自転車道線(大川喜多方自転車道)----------これらのほかに、例えば山形県には、 鶴岡市自転車歩行車道 3.5km 鶴岡市 アユパーク舟形サイクリングロード 2km 舟形町 徳良湖サイクリングコース 3km 尾花沢市 まほろばの緑道 7km 高畠町があるそうで、これらは市町村道なのだろう。高畠町の場合は、高畠線の廃線跡を利用しているようだ。さらに、これら以外で、道路としての位置づけもされてない施設内周回ロードなどもあるだろう。■参考サイト ○大規模自転車道(国土交通省) ○同上(国土交通省) ○大規模自転車道全国マップ(自転車文化センター) ○岩手の自転車道(岩手県県土整備部)
2007.10.22
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昨日の日記で、かつて存在したという鉄道三山線と、その廃線後を利用したサイクリングロード(間沢と山寺を結ぶ約40キロ)に驚いたが、少し調べてみて、アッと声を上げてしまった。2年前の月山・鶴岡の旅の初日、早朝出発で関山から寒河江のチェリーランドで休息、その後112号線沿いの酒造資料館に立ち寄ったのだ。その際に鉄道関係の資料の保存コーナーがあり、野外には電車が展示してあった。そう、あれがそうなのだ。確か電車を背景に子どもの写真を撮っていたはずだ、とマイピクチャを探したが見あたらない。その後の月山銘水館、大井沢、田麦俣などはタップリあるのだけど。消したのか。残念。それはともかく。三山線のこと。大正15年に、左沢線の羽前高松駅から海味(かいしゅう)まで開業、昭和3年に間沢(まざわ)駅まで延長。一時は鶴岡までの延伸の話もあったという。もしそうなっていれば山形県の地域構造も変わっていたのじゃないか。昭和49年に廃止。廃線後を紹介するサイトも拝見したが、たしかに自転車道に転用されているようだ。それにしても、40kmもの自転車道、寒河江と山形を通って山寺まで、本当に専用道路として整備されているのだろうか。本当なのだろうけれど(国土交通省資料)、市街地はどうやって通るのかという興味もある。実践するには、車に親子の自転車を積んで山寺から往復という作戦か。そう言えば宮城県にも七北田川沿いに亘理まで「仙台亘理自転車道」というサイクリングロードがある。地図で見ただけだが。(また国土交通省資料)サイクリング協会のコースガイドというのを見たが、これは峠越えまでする本格派。専門道を走るレジャーサイクル編はない。そもそも自転車道とは何だろう。何で作って、誰が管理して、どう利用されているのだろう。これまた次回に。■関連する過去の日記 月山トレッキング(07年10月20日)
2007.10.21
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早朝、月山のトレッキングをした。もちろん...「紙上」です。仙台駅で手にしたパンフ「月山トレッキング」(月山朝日観光協会発行。たぶん)。紅葉はチョイト過ぎたでしょうか。人間に人格があるように山には山格がある。その山は月山である。と語った人がある、と紹介されている。山紫水明のトレッキングワールド。裏のマップを眺めると、本当に雄大。参詣路、六十里越え、など歴史の深さも感じるし、八方七口、コースもいろいろで紙上でたどってみるだけでも楽しい。ところで、「他にも、こんな登山、こんなトレッキングが楽しめます。」というコーナーがあって、○山寺からの40km完歩に挑戦!「さくらんぼサイクリングロード」という項目がある。引用させていただくと、----------昭和49年に廃線された私鉄三山線の跡地を一部利用して、西川町間沢から山形市山寺までの40km区間がサイクリングロードとして整備されています。沿線にはさくらんぼを初めとする果樹園があり、果樹の花々が咲き乱れる時期に遠く望む月山や朝日連峰が絶景です。----------エッそんな道があるのですか。私鉄三山線も初めて聞いた。ちょっと調べたいのですが、出かける用事があり、帰ってから取り組みます。
2007.10.20
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朝の河北新報を見てビックリした。宮城球場の命名権を楽天球団が買った。これは一番良いじゃないか。イーグルススタジアム、略してEスタ、とか。などと思ったら、さにあらず。県と球団が合意したのは命名権の条件面であって、球団が購入したという話ではない。早とちり。思えば今日10月19日は、10.19の日じゃないか。パ・リーグの歴史的な記念日だ。昨日の日本ハムの優勝のように、来季こそ宮城球場改め何とかスタジアムで、盛り上がろうじゃありませんか。
2007.10.19
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先週仙台駅ホームの北斗星を撮ったが、火曜の帰りはカシオペアに遭遇した。北斗星の特別版のような位置づけで、北斗星は毎晩2本の下りが仙台駅に停車するが、カシオペアは週に3日だけ下り(札幌行き)が来る。仙台発20時59分。写真は1番ホーム側から見ているので(車中の視点だと進行方向に向かって左側)よく判らないが、この反対側(進行方向に向かって右側)には、2階建ての個室が並んでいる。カシオペアツインと呼ばれるらしい。3番ホーム側から見ると、カーテンを開けている車内がよく覗ける。モニター画面が各室に付いている。3号車(上野側からカウント)の2階がダイニングカーだ。ホームの電光掲示板で停車駅を眺めていたら、一ノ関、盛岡、函館、森... 子ども達と乗ったら楽しかろうな。当分こんな旅はできないが。気分だけでも、とJR東のホームページで予約状況を見たら、意外と空いている。上野発の下りは、日、火、金。11月2日は満室(下り)だった。3日が祝日の土曜だからか。料金はカシオペアツイン(最も安い)で上野札幌間が32,320円。ちなみに北斗星はB寝台で25,270円だ。念のため、カシオペアの仙台~札幌間を調べようと思ったが良くわからなかった。関東から東北を通過だけして北海道へ行く皆さん Bon Voyage だけど、今度は仙台で降りてけさい。
2007.10.18
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爽やかな秋晴れの午後。若林区木ノ下の陸奥国分寺薬師堂仁王門。聖和学園の生徒達が颯爽と自転車で門前のカーブを曲がってくる。よく思うのだが、若林区役所やウルスラ学院のあたりを中心に、木ノ下から刑務所(若林城)にかけての一帯は仙台で最も良い所だと思う。由緒と品格を感じる文化の香り。聖武帝の御代に、政宗の薬師堂だ。連坊の寺をめぐってから、国分寺史跡をゆっくり見学するのも良いだろう。当分そんな時間もないが。学生の頃は五橋から連坊小路を下ってきて、道路脇に聖和があったな、ぐらいの印象しかなかった。聖和はその名も薬師堂キャンパスというそうだ。03年に新築移転とのこと。おそらく昔の校舎跡地だと思うが、仁王門の西側が広い空き地になっている。空き地を囲むように、陸奥国分寺、木ノ下公園(三十三間堂)、薬師堂(史跡公園)。一帯はビルのない広大な空間になっている。秋の清澄な空気に包まれて、仁王門は凛として佇んでいた。■シリーズ仙台百景 以前の記事です。こんな企画で100枚まで続けるのが目標です。 ○県民の森 鶴ケ丘口(シリーズ仙台百景 25)(07年8月26日) ○一時停止だ!三時はお茶だ!(シリーズ仙台百景 24)(07年8月20日) ○風の環(シリーズ仙台百景 23)(07年7月7日) ○冷やし中華の龍亭(シリーズ仙台百景 22)(07年6月29日) ○県民の森(シリーズ仙台百景 21)(07年4月8日) ○数字の練習ボード?(シリーズ仙台百景 20)(07年3月25日) ○半田屋一番町に進出!(シリーズ仙台百景 19)(07年3月1日) ○仙台百景画像散歩(その18 撮影成功!霊気のトンネル)(07年2月6日) ○仙台百景画像散歩(その17 変な漢字の看板)(07年1月28日) ○仙台百景画像散歩(その16 駅前東宝ビル)(07年1月13日) ○仙台百景画像散歩(その15 空から見た仙台)(06年12月29日) ○仙台百景画像散歩(その14 光のページェント)(06年12月13日) ○仙台百景画像散歩(その13 東京スター銀行)(06年11月30日) ○仙台百景画像散歩(その12 建設ラッシュ再来?)(06年11月10日) ○仙台百景画像散歩(その11 E721系電車)(06年7月25日) ○仙台百景画像散歩(その10 ワンコイン端末)(06年7月7日) ○仙台百景画像散歩(その9 ヤギさんの看板)(06年6月19日) ○仙台百景画像散歩(その8 キック治療?)(06年6月18日) ○仙台百景画像散歩(その7 ホテルモントレ)(06年6月4日) ○仙台百景画像散歩(その6 佐々重ビル)(06年5月24日) ○仙台百景画像散歩(その5 車止めポール)(06年4月29日) ○仙台百景画像散歩(その4 オロナミンC)(06年4月4日) ○仙台百景画像散歩(その3 東仙台案内踏切)(06年3月22日) ○仙台百景画像散歩(その2 はんだや)(06年3月18日) ○仙台ミステリー?風景(06年3月4日)
2007.10.17
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16日の河北新報夕刊に小さな記事。30歳の男(実名報道)が、15日夜11時35分頃、に茂庭台のバス停に止まっていた市営バス車内で、運転手の胸ぐらをつかんで、公務執行妨害の現行犯で逮捕された。酒を飲んでおり、寝ていたのを起こされて腹を立てた、ということらしい。何とも迷惑な男だ。酒のせいなのか、粗暴な性格なのか、あるいはひょっとして運転士側にもちょっとした非礼があったのか、真相はわからないが、運転手に暴力を振るうのは間違いなく悪い。私も酔ってバスに乗ることは少なくない。こんなことがあった。駅から家までバスで帰るとすると、そのバスは駅に戻る循環路線だ。短い時間なのだが寝込まないように最前部の席に座る。ところが気づくと、まだ駅前のバス停だ。と思ったのは私の間違いで、なんと眠りこけているうちに一周してしまったのだ。あ~何も運転手さん、すぐ見える所に座っているのに、一言声かけてくれても良いじゃないか、とも思ったけど、スゴスゴと料金を払ってバスを降りる。次のバスに乗っても良いが、つまりはその同じバスにまた乗ることになるから、あきらめて歩いて帰った。おかげで目が覚めた。地点間を移動するという目的は果たしていないけど、普通の乗客以上にしっかり乗車させて頂いたから、料金は払わねばならない。オレが覚えていないだけで。これほど情けないこともない。ところで、報道の男も、何か似たような状況でもあったのか。それで八つ当たり的に暴れたのか。もちろん同情の余地などないが。私と言えば、あれ以来、決して情けない事態に陥らないようバスにはシッカと目を見開いて乗っている。一周事件とは別の系統路線なのだが、乗客が1人だけだと運転手さんとお話することもある。もちろん、運転の邪魔にならない程度に、だけど。
2007.10.17
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今日(16日)の毎日新聞宮城版にはとても良い記事があった。栗原市の小学校6年生児童が地元栗原で修学旅行に来て欲しい10カ所を選定した、という(記事)。今年6月、福島県会津方面に修学旅行し、多くの修学旅行生が訪れているのに刺激を受け、「栗原にも奥深い歴史や自然があるのでは」と考えたのがきっかけ。夏休み中に候補施設を訪れ歴史や現状を学習。最終的に「一迫あやめ園・ゆり園」「細倉鉱山資料館」「伊豆沼」「白鳥省吾記念館」「金成ハリストス正教会」など10大見どころを選んだ、ということ。当地を学んでくるだけでなく、顧みて故郷を学ぶ。ポピュラーな観光名所ばかりではない。君たちの先輩達が生活してきたその土地こそ、生きた教材だ。そこで先達が、生まれて、食って、寝て、働いて、戦って、泣いて、笑って来たのだ。他に誇るきらびやかさなどなくて良い、ただ祖先の営みがあった事実をそのままに受け止めて、今の我々と、我々の暮らす町があることに思いを致して欲しい。何と素晴らしい「修学旅行」じゃないか。
2007.10.16
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NHKのニュースで言っていた。携帯電話・PHSを持つ人は、東北地方北部3県で、初めて人口比6割を超え、東北地方では3人に2人が持っていることがわかった。報道は今日だが、東北総合通信局のサイトでは先月13日にリリースされている。東北6県のことし6月末時点の加入契約数は、携帯約618万件、PHS約23万5千件で、両者合計は、6,418,665件。平成18年6月末から1年間の増加数は327,053で、増加率は5.4%となっており、全国の増加率の5.6%を0.2ポイント下回る。なお、宮城県の加入契約数は1,922,466と、200万の大台が目前。内訳を見ると、まず、携帯電話の加入契約数は、平成18年6月末から1年間の増加数は336,755で、増加率は5.8%で、全国の増加率の5.6%を0.2ポイント上回る。他方でPHSの加入契約数は、平成18年6月末から1年間で9,702減少した。実は全国では5.3%増加しており、東北地域では4.0%減少しているという結果になった。また、人口普及率(契約数/全人口)は4%増えて66.9%に。平成18年6月末の63.0%に比べ1年間で3.9ポイント増加したが、全国平均の81.1%に対して14.2ポイントの差がある。県別の人口普及率----------宮城 82.1%福島 63.7%山形 63.5%秋田 60.8%青森 60.4%岩手 60.4%----------このうち青森、岩手、秋田の北部の3県は、それぞれ3%前後増え初めて60%を超えた。東北地方は、まだ携帯電話などの普及が遅れている。ただ各県とも毎年順調に増えており、この傾向は当分続くだろう、とのこと。東北の位置はいかに。全国的な一覧データは総務省に見つけられなかったので、まずは九州を見てみた(九州総合通信局の資料)。管内の人口普及率(平成19年6月末)----------福岡県 80.9%大分 67.2佐賀 67.1熊本 67.0長崎 65.8宮崎 65.3鹿児島 63.7(全国 80.7)----------(人口普及率を導く際に使用している数値が九州は国勢調査、東北は住民基本台帳、という違いがあるようだ。)この資料には全国の県別普及率ランキングがグラフ化されている。福岡が初めて80%を超えて全国上位に連ねていることを示す趣旨のようだが、わが東北をこのグラフで探すと...宮城県が福岡県の1つ上の第7位なのだが、何と宮城以外の5県が鹿児島県の後に、福島以下、きれいにラスト5を形成している。これには、何ともビックリした。
2007.10.15
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山形新聞を読むと蔵王山頂の紅葉が見事でした(記事)。わが一家が昨日訪れた三階の滝は標高が低いので紅葉はまだでした。2週間後くらいは絶景でしょう。さて問題は子ども達。月曜の朝というのに、それこそ丸太のように寝ております。
2007.10.15
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秋晴れ。蔵王の三階の滝に行きました。去年は1年生で烏帽子に登った下の娘には、今日の澄川沿いの岩のぼりも平気だったでしょう。紅葉にはちょっと早いですが、梢に近い方には赤い葉も。
2007.10.14
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野村監督の書です(ホームゲームプログラム最終増刊号から)。よろしくお願いします。来季のスタートダッシュ、楽しみです。春に向けて、スタッフ再編も始まっています。頑張ろうイーグルス。盛り上がれ東北。
2007.10.13
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天正18年(1590年)の会津黒川城での政宗毒殺未遂事件については様々の説明がある。母の保春院が毒を盛ったとみる従来の通説に対して、江宮隆之氏も異論を抱き、毒殺説を採っていない。事実は保春院は真に出陣を祝うつもりだったが、苦い野草のおひたしを政宗が飲み下す際に毒と勘違いしたのではないか。保春院が政宗を廃して弟小次郎を立てるという陰謀は現実的でない。ただ、政宗は保春院がそう考えたと思いこんだのだ。また、小次郎と摺上原の合戦を共にした成実に対してまで、疑心暗鬼を抱いたのではないか。そして、謀反の火の元の小次郎を成敗せざるを得ないと考え、自ら首を刎ねた。保春院は実家の最上義光のもとに逃げたとされてきたが、最近の発見による虎哉禅師の書状では、保春院が最上の本拠山形城に向かったのは、かなり後の文禄3年(1594年)11月とされる。それまでは政宗と共に黒川城におり、さらに政宗の転封に伴い岩出山城にも移住した。ただ政宗自身が小次郎を斬り殺したのは確かだから、小次郎側に斬り殺されるに仕方ない事情があったとすれば、保春院が黒川城に留まっていても不思議はないのだ。事件後の政宗と伊達軍団、さらには重臣達の行動にちぐはぐな点があることを考え合わせれば、小次郎の謀反は事実あったのかも知れない。背後に、小田原参陣に批判的だった成実の影もちらつく。■江宮隆之『伊達政宗』学習研究社(学研M文庫)、2007年あとがきで著者の江宮氏は、朝鮮出兵の政宗から母に宛てた手紙を読む限り、毒殺は疑う、とする。また、出羽三山に願をかけてもうけた我が子を簡単に毒殺できないだろう、と。こう考えて、毒殺説を採らなかった。また、政宗を「遅れてきた武将」と見るだけでなく、「最後の戦国武将」と評している。家康や二代秀忠が薨去した後に、政宗が決起しなかったからこそ、戦国時代が終息した、すなわち戦国に終止符を打った武将、と評価すべきはないか、というのだ。これは心に残る表現だ。■関連する過去の記事 政宗毒殺未遂事件を考える(07年6月28日)
2007.10.12
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夜9時台の仙台駅ホーム。下りの北斗星札幌行きです。体を起こして車窓からホームに目をやる人の姿などが見えます。浴衣のような人も。乗車すると支給されるのだろうか。乗降客はほとんどない。車掌さんがホームに降りていますが、私がヒョイと乗っても案外気づかれないような雰囲気。この空いているドアが俺を待っているぜ。一丁やってやろうか、と考えても見ましたが、結局こっちが困るだけ。今からはるか札幌まで、海を越えて、じゃなかった海底を潜って行くのですから。
2007.10.11
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第62回国体秋田わか杉国体が閉幕した。地元秋田は天皇杯皇后杯を獲得。大会は成功だったという。まずは、関係者の皆様ご苦労様でした。一大イベントの終了に衷心から敬意を表したい。秋田県知事はさっそく国体の成功を宣言したという。ところで、いつも思う。国体の成功とは、何を言うのだろう。記録が出たことか、開催県の成績が良いことか、受け入れ体制のスムーズさか、あるいは地元が享受した経済効果か。反語的に問うが、成功でない国体とは、あったのだろうか。警察筋なら山形国体のあの珍事をもって警備上の不手際、と見るのかも知れないが。そういう個別的事象を別にすれば、主催者側の立場は開催すれば成功、なのだろう。不成功とは言えないだろうし、不成功になるはずがない。なぜなら「作られた儀式」「与えられた感動」になっているから、だ。県民の幅広い素直な感動を持って支えられた成功、とは言えないし、おそらくほとんどの人がそんな共感はないだろう。もっとも参加者は熱心だとは思うが、各競技のナショナル大会とは別に、あえて都道府県主催で各種競技が一同に開催される形式の国体でなければならない、という存在意義は薄いのではないか。かりに各種競技を一斉に同一地域で行うことに何某かの意義があるとしても、何も毎年県を変えてやる必然性もない。競技施設の整った都市部でやればいい。選手団の受け入れ体制が課題などと言うかも知れないが、地方都市より都会の方が遙かに宿泊受け入れ能力が高い。戦後の民意高揚の場という国民的使命は既に終わった。これを躍起になって否定する人はいまい。むしろ、地方財政の身の丈を越えた支出を強いている面が重大だ。70年代頃までは、それでも体育館や道路などの社会資本が整備されるから、という弾みとしての意味もあったろう。しかし、今となっては、自治体の体育施設は本当にどれだけ必要だったのか、と感じる。2001年に開催した宮城が全市町村で何らかの競技を開催としたのは、長い目で見て適切な判断だったか。一時期財界の有識者も国体廃止論を唱え、確か連合も同調したように思う。しかし化け物のように生きながらえているのは、言い方は悪いが、公的財源を使った政治的パーティーとしての楽しさがあるから、だ。国体がなぜ終わらないのかを政治学的に分析するのも一興かもしれないが、例えば医療費抑制と圧力団体などの政治過程と異なり、実は底が浅い話で学究の対象にもならないような気がする。底が浅いというのは、競技団体の組織上層部が中央地方の政治体制そのものと骨がらみになっていて、国体強化費などの資金投入や施設新築を欲し、また経済界も公共投資などある程度の特需を狙う。行政トップは政治的熱狂の主役として成功を誇示できる。輪番制だから、ウチは遠慮するとも言いにくい。基本的には自治体の出費だから、誰も文句は言わない。たぶんそれだけの話だと思うからだ。近年では国体という儀式を維持するために、最近は県民総参加、とか、手作りのもてなし、などの美名に走る。だけど、県民参加や手作りの実践の場や達成感を得る場が国体である必要もない。思い切って見直すのが真の政治家じゃないか。福島のFIS問題は、行政内部の特定の者の見込み誤りに帰するような報道もあるが、少なくとも背景には競技団体の持つ本質的な「非経済性」が横たわっている。有り体に言えば、公金で潤おうとする性向だ。だから政治家も結びつきやすい。競技者のためを考えていない幹部が、残念ながらあちこちの競技団体に少なからずいらっっしゃる。スポーツの美名をダシにした公金使いの政治ショー。ちょっと悪く言い過ぎか。悪い面だけ一方的に強調してしまった。とにかく、わか杉国体に携わった多数の皆さん、ご苦労様でした(これは本心です)。
2007.10.10
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上の子が書いた秋のメニューがリビングに置いてあった。小さい頃から注文取り(たぶんウエイトレスのマネ)が好きで、よくやっているのだが、10歳になると内容も少々大人になったようだ。四つ葉屋さんと称するらしいが、気になるのは、どこで覚えたかステーキの松阪牛。東北人なら、米沢とか前沢とか、書いてくれ~! と心の中で叫ぶ東北人オヤジでした、ハイ。食べさせない親の方が悪いのか...
2007.10.09
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前回に引き続き東北と酒について。(前回の日記 東北と種類消費量(07年10月8日))仙台国税局が9月25日に、平成18年度の管内消費量を発表した。成人1人当たりの消費量では、---------- 秋田 97・0(前年度100.5)(単位はL) 青森 95・1( 100.9) 山形 86・4( 88.3) 岩手 86・1( 86.3) 福島 84・5( 86.1) 宮城 82・6( 84.4)----------面白いのは秋田と青森の東北2大消費県で毎日新聞が報道していること。秋田は(毎日秋田県版9月27日記事)、40年連続飲んべえ東北一、とのタイトルを付しながらも、5年連続の減少に車社会の進行など生活様式の変化を指摘する。秋田県庁をマスにして1.47杯分だという。青森は(毎日青森県版9月27日記事)、16年連続の2位、その他醸造酒(第3のビールが中心)が1割も増加するなどの特徴を指摘。青森県庁の建物1・08杯分が飲まれた。山形(毎日山形県版9月26日記事)。焼酎が清酒を初めて上回り、その他の醸造酒(第3のビール)が37%も急増し、減少傾向の発泡酒に近づきつつある。山形県庁何杯分、の説明ななかった。ビールの代替状況を見るため種類別割合を前年度と比較すると(単位:%)、---------- ビール 発泡酒 その他醸造酒 清酒青森 32.7 19.6 11.8 8.0(前年度33.4 20.7 10.3 8.1)山形 36.5 14.1 11.8 11.9( 37.4 17.2 8.4 12.2)秋田 34.4 17.3 12.4( 35.6 18.3 13.0)----------となり、ビールや発泡酒の減を尻目に第3のビールが急増していることがわかる。山形では減少傾向の清酒(対前年5.1%減)にも迫っている。青森は全体量は多いが、他県に比べて焼酎と雑種(発泡酒、第3ビール)が多い傾向があり、既に代替が進んでいたと言えるかも知れない。(仙台国税局の統計データが見つからないので一部は記事から計数を逆算して求めた。)他の3県では毎日各県版の記事はないようだった。秋田などでは地域産業の浮沈を懸けているとの意識も感じる。酒どころ秋田の清酒消費量が減少していることに関し、秋田銀行が今年6月に行った若年層の清酒アンケート調査がある。若年層で清酒離れがみられ、イメージ改善やスタイル提案で清酒市場に若者を取り戻すことが課題とする。
2007.10.08
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昨日は10歳の娘が広瀬川の河原で、水泳のチームの芋煮会を楽しんだそうだ。たくさん食べた、と言っていた。ところで報道では、芋煮会用の送迎バスが人気だという。飲酒運転根絶の風潮からだが、良いことなのだろう。そう言えば、娘を駅まで送り迎えするときにも、随分警察車両を見かけたような気がする。飲酒運転は絶対ダメです。さて私も学生時代は広瀬川や名取川(秋保)で何度か芋煮会をやった。懐かしい。あの頃は酒は入らなかったですがね。今この年代になると、やっぱり飲みたくなる。爽やかな秋空でビール、そのうちぱたっと寝込んでしまいそう。前書きが長くなったが、東北は秋田を代表に清酒の消費で有名だが、ビールはどうなのだろう。国税庁の酒のつまみ、ではなかった「酒のしおり」なるサイトを見た。代表的な3種類を取り上げた。合計には、焼酎、果実酒、みりん、ウイスキー類なども含まれている。---------- 清酒 ビール 発泡酒 合計青森 8.2 33.7 20.9 100.9岩手 8.6 29.4 16.0 86.3宮城 8.1 29.1 15.4 84.4秋田 13.0 35.6 18.3 100.5山形 10.8 33.0 15.2 88.3福島 11.0 30.9 14.1 86.1 全国平均 7.0 33.2 16.4 87.8(平成17年度成人一人当たり販売(消費)数量等表。沖縄含まず。単位:L)----------全国順位を拾ってみると、清酒では新潟の18.3がダントツの1位。次いで秋田、石川(11.2)、福島、富山(11.0)。10L代が山形の他、島根、鳥取、長野。ビールは、東京(53.1)がトップ。大阪(42.2)が2位で、経済活動と相関しそうだが、3位がなぜか高知(41.5)。以下、新潟(39.8)、京都(38.5)、石川(36.7)、愛知、富山(いずれも35.9)と続き、東北は秋田が9位になる。合計では東京(118.2)が1位、高知(106.6)が2位、新潟(105.9)、大阪(103.1)と続き、5位に青森(100.9)、6位に秋田(100.5)が輝いて?いる。特徴としては、東北は清酒の比重が高いこと。極端な例だが鹿児島は全体91.0Lのうち、清酒はわずか1.0Lで、焼酎が28.8L、ビールは25.1Lと、ビールはある程度飲むが酒より焼酎と決まっている構図だ。青森は発泡酒の比重が高い。実は高知(25.5)もそうなのだが、ビールの代替として飲まれているのだろうか。記さなかったがリキュール類、スピリッツ類も青森は比重が高い。全国データを見渡すと、ビールは大都市部で突出しているが全国的に基礎需要を形成。外ではビール、という形か。宮城は東北でも最低。富県宮城の実現のためにはビール消費が足りない!?清酒は北日本・北陸で比重が高く、南九州はこれが焼酎に代わる。発泡酒はある程度所得に相関するかも、といったところ。それでは酒量最低の県はどこか。それは、奈良県の67.1L。清酒6.2Lは秋田の半分以下、ビール22.4Lはは秋田の3分の2以下、果実酒もウイスキーも発泡酒も、秋田や青森より随分低い。奈良が上回っているのは、みりんと焼酎乙類ぐらい。
2007.10.08
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休日の朝、東北道路マップを広げ、ネットで旅行記などを丹念に読みながら、のんびりと海岸美と歴史を味わう旅をしている。部屋にこもって。秋田県三種町(旧山本町)から羽州街道を別れて津軽弘前に至る大間越街道だ。能代からは海岸沿いに岩山と浜辺を伝って行く道だ(たぶん)。現在は国道101号線に重なる。北上して青森県深浦町(旧岩崎村)に入り、五能線と併走する長い海岸沿いの国道を北上する。すると十二湖という駅があり、県道を山に向かうと「日本キャニオン」がある。十二湖も日本キャニオンも馴染みがないな。八戸キャニオンなら先日ブログに書いたが。深浦町サイトの説明だ。----------日本キャニオンとは、昭和28年10月22日、当地を訪れた探険家岸衛氏(当時国立公園審議委員)によって名付けられた。塊状で層理のないさまざまな形の巨大な白い岩肌が、アメリカ合衆国コロラド高原のグランドキャニオンを思わせたため。崖下から見上げると、いかにもその景観は雄大でその白い岩肌に割り込まれた深いヒダは、目を見張るものがある。歩道が整備されており、頂上の東側からの眺望は誠に壮観である。----------おそらく規模は御本家とは比べるべくもないだろうけれど、日本の山林地にあって異様と思わせる何かが、そこにはあるはずだ。是非見てみたい。十二湖も神秘的で行ってみたい。いまだ解明されない青池の不思議。大間越街道は、東北初の世界遺産白神山地と岩木山をぐるりと回る壮大な浜街道だ。秘かな計画だが一週間ほど仕事を休んで、北東北の海岸を原付バイクで回りたい。■関連する過去の記事 壮大なる八戸キャニオン(07年4月15日)○深浦町サイト 十二湖○大間越街道(西浜街道)(街道さんぽ(国土交通省))
2007.10.07
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岩手県は広い。岩手の県南部で生まれ仙台に住む私は、やっぱり地図の下(南)の方から大いなる県土を北方に向けて仰ぎ見るような感覚が強い。盛岡や宮古の人ならまた違う感覚なのだろう。誰しも自分の位置を中心に思考するから、距離が離れて行くほど、地理関係も曖昧になっていく。暗闇に裸電球を点けると、間近の1メートル四方は詳しく見えているのに、光源から離れると数メートルの差も分からなくなる。九州の人が宮城の県庁は盛岡ですねと言い、東北の人は鳥取と島根の東西があやふやだ。東北の中でも似たような事は言えるだろう。宮城の人は青森市、弘前、黒石、五所川原の方位関係を紙に書けと言われて、どれだけ書けるだろう。青森の人は、石巻と気仙沼の位置関係を答えられるだろうか。岩手の話に戻るが、盛岡や釜石は遠く離れている、と思うから県土の随分北の方だろう、とツイツイ思ってしまう。盛岡はたしかに県土の中央よりちょっと西北に寄っているが、釜石はどっこい南、それも相当に南にあるのだ。手持ちの道路地図で確かめてみる。岩手県域の海岸線の北端は、青森県階上町と境を接する洋野町で、北緯40度27分くらい。南端は陸前高田市、広田半島が海にせり出した広田崎で北緯38度56分くらい。とすると、その緯度差は約1度31分(=91分)で、南北に約168キロメートルというスパンを持っているわけだ。(なお県土全体でみれば内陸部で一関市(旧花泉町)が、広田崎の緯度より更に南の38度45分にまで宮城県に食い込んでいるから、南北に約189キロメートルだ。)そして、まず釜石市。北緯39度16分あたりだから、南端から20分の緯度差。つまり南北スパンを南端から22%程度だけ北進した位置。釜石が岩手県沿岸部の相当南に寄っていることがわかる。(なお緯度は市庁舎の位置で判定している。以下同じ。)次に宮古市。結構北にあるように感じる。しかし、北緯39度38分あたりで、南端から42分、北端から49分。つまり中央部ではあるが南に寄っているのだ。久慈市は、40度12分あたりだから、南北スパンの北端から16%程度の位置。宮古市と久慈市の間(34分)は、南北スパンの約37%を占めるスケールだ。緯度差を整理しよう。----------北端-15'-久慈市-34'-宮古市-22'-釜石市-20'-南端北端-16%-久慈市-37%-宮古市-24%-釜石市-22%-南端北端---53%---宮古市---46%---南端----------という訳だ。釜石は内陸の都市では花巻と線路で結ばれている。宮古は盛岡だ。それでは、これらのペアの緯度差はどれほどか。釜石市は実は花巻市より南にあり、北上市とほぼ同緯度。釜石市と花巻市の緯度差は7分で約13キロメートル。宮古市も盛岡市よりわずかに南に位置する。緯度差4分、約7キロメートル程度。久慈市と二戸市はどうか。久慈市が5分(9キロメートル)ほど南。内陸の二戸市は青森県に隣接しているように随分北にあるのだ。久慈市は八戸に近いようにも思うが、久慈と八戸は20分(37キロメートル)も緯度差がある。大いなる県土岩手。素晴らしい大地と海。私は久慈にはまだ行ったことがない。
2007.10.06
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7歳の娘。アラスカ(風味かまぼこ)を1個指でつまみ上げ、回りの赤い部分を指でめくって剥がすと、全体が白くなります。口の前に持ってきて、食べるのかと思いきや、そこで一言。「白毛のアン」自分で考えたそうです。なぜか笑ってしまう朝食でした。
2007.10.05
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ホーム最終戦。ライトスタンド自由席で応援。試合は楽天にほとんど良い所なく、清水に完封を許してしまった。けれども今日は特別な試合。関川が1番センターでフル出場。2塁打も放つ活躍。もちろん炎のヘッドスライディングも。そして、トヨさん9回表に登場。見事な三振も披露してくれた。試合後の野村監督のあいさつ。田中、永井、嶋、渡辺(直)の名を挙げ、4人の1年生が4位に引き上げてくれた、と。来年はAクラス、そして優勝を。若い力の台頭は頼もしい。でも、それまで創成期のイーグルスを支えてくれたベテランを我々は忘れることはできない。そう、関川とトヨさんもその柱だった。引退する2人のセレモニーでは、バックスクリーンで経歴と活躍がダイジェストで紹介された。並んだ選手達もみんな振り返って見ていた。関さんは、中日の中心選手でベストナイン選出。イーグルスでは千葉マリンの歴史的初戦の初打席だった。トヨさんは南海の若きエースだった。イーグルスでは初年度にチーム最多の50登板。感謝の言葉と今後の声援を心を込めて語った関さん。まだまだ投げたい!と絶叫したトヨさん。本当にお疲れ様でした。試合終了後から強い涙雨がスタジアムを包んだ。関さんもトヨさんも男泣き。来年こそ。イーグルス進化論。編集長フルスタ戦績 22戦12勝10敗 勝率.545
2007.10.05
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仕事を振りきってフルスタに行った。今日は田中で絶対勝つ確信があった。グリンとのテンポの良い投手戦は、終盤に枡田の3ベースなどでイーグルスが突き放す。5対1で快勝。9回表にリリーフを仰がずに登場した田中には万雷の拍手。また、初登場でヒーローの枡田は、.000→.500→.333→.500 とめまぐるしく打率が変動していた。田中は四球で乱れることなく、素晴らしいピッチングだった。見事11勝目。新人王を引き寄せた実感と、おそらくは、2万を超える観衆の後押しに感極まったのだろう、インタビューでは声が詰まっていた。それも感動的だったが、もっと感動したのは、期せずしてレフトスタンドのファイターズ応援団からわき起こった、田中コール。♪マー君神の子不思議な子。そして、「ホームランキング山崎」コールの後に、山崎の応援歌まで歌ってくれた。実は今夜はレフト自由席で応援したので、一緒に歌ってしまった。すごく良い気持ちだった。これは嬉しかった。スタジアムに来てよかった、と思った。今日は気の合う同僚と観戦。画像は帰りに仙台駅のオフィシャルストア前の看板。そう、明日(もう今日だが)は、フルスタ最終戦。関川さんも惜しいが、近鉄とパ・リーグのファンだった私には吉田豊彦投手にご苦労様と言いたい。南海の若きエースとして、帽子を目深にかぶった姿を憶えている。ベテランの支えがあって3年目の飛躍があった。今日で単独4位確定。編集長フルスタ戦績 21戦12勝9敗 勝率.571
2007.10.04
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旧七北田村とは、南北朝時代に大崎家兼が奥州探題として下向した際に、宿駅を建てた元七北田の場所が、上谷刈、野村、古内、小角、根白石、朴沢、福岡の7つの田を北にすることから、その名がある。そしてその名を持つ七北田川は泉ヶ岳から東流し、蒲生に注ぐ。寛文年間には、川は多賀城市新田から東進し南宮で砂押川と合流して八幡を経て七ヶ浜町湊浜で海に注いでいた。これを新田から南に変え、福田町を経由して蒲生海岸に注ぐ流路変更の大工事が、川村孫兵衛重吉によって行われた。寛文の流路変更の主目的は、城下への穀船輸送である。これにより七北田川をのぼり鶴巻(舟入跡)で積み替えて御舟堀を曳舟で旧苦竹村まで運ぶ。その終着点は現在の自衛隊苦竹駐屯地東側、国道45号沿いの「とん亭」付近。苦竹から御米蔵のあった現榴ヶ岡公園東端までは陸路を牛送した。七北田川の流路変更はもう一度、昭和58年に竣工した。これは、実沢地区から松森地区にかけて蛇行の修正。私も手元の新旧の地図で比べてみた。仙台バイパス泉大橋(現運転免許センター付近)から松森清掃センターにかけては、現在の地図では流路はほぼ直線だが、25年前の地図ではコの字に蛇行している。そして現在の地図ではかつての河道が、市名坂と松森の字界として残っている。■参考 関根一郎『仙台・川と橋の物語』創栄出版、1991年■関連する過去の日記(七北田川沿いに関するもの)(松森・岩切付近) ○岩切城そして仙台市北東部の古城を学ぶ(07年9月4日) ○芭蕉が感激した「おくのほそ道」岩切・多賀城(06年1月25日) ○岩切の寺社をめぐる(06年1月3日) ○松森城(鶴ヶ城)について(07年6月10日)(舟曳堀) ○舟曳堀(鶴巻-苦竹)を探して(06年3月12日)(福田町) ○仙台の地名 福田町と高砂について(05年11月10日)
2007.10.03
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10月1日の仙台の朝は、快晴の秋空。町を歩いて気が付いた。民営化した郵政会社JPのスタートだ。画像は、ある公共的施設の1階にある真新しいJPのエントランス。まばゆいオレンジのシンボルカラーに、手前の赤いポスト君。ところで、JP、か。前島密以来の郵政事業を引き受けて、今後長く愛される名称になるのだろうか。いうまでもなく、JR、JT、などの先発組にあやかる命名法だろうが、ところで「J(X)」なるネーミングは、たぶんJRが嚆矢だろう。それまでは、アルファベットなら3文字が相場だったように思う。JAL、KDD、NKK、TKB(なぜか思い出すが太陽神戸銀行)などのごとし。3文字だと落ち着く感覚もあろう。国鉄だってJNRで長らく親しまれた。これを2年前の民営化の先輩NTTに倣うことなく、敢えて2文字にすることに、1つの画期を託したのだろうか。新鮮な違和感のようなものを感じたものだが、あの独特の絵文字とともに、今ではすっかり定着した。それでは、今回のJPも倣ったこの「J(X)」命名法。ほかに何があるだろうか。Jに続くアルファベットをAから順にサーチして何があるか並べてみた。----------JA 農協グループの略称で、これも定着した感。92年からの使用というから、意外と新しい。JB 東北ではあまり知られていないが、本州四国連絡高速道路株式会社(2005年設立)を「JB本四高速」と略称するようだ。Japan Bridge の意味か。JC 青年会議所JF 漁協だが、農協よりは知名度が低いだろう。内陸の人は結構JAというが、石巻や気仙沼の人はやっぱり漁協と呼んでいるのではないだろうか。想像。JG (NHK山形放送局総合テレビのコールサイン)JH 日本道路公団。そして分割民営化後の各会社。JI 昔、稲垣純一が J.I. という名のアルバムを出していた。JJ 私にはあまり縁のない雑誌。JO ジュニア・オリンピック(娘の水泳の参考記録で出てくる略記法)JS これも知名度低かろうが、日本下水道事業団(03年設立)。私にはむしろジャストシステム。JT 日本たばこ産業。JTの略称は89年から。JU 日本中古自動車販売協会連合会。JV 共同事業(体)JY 全国焼肉協会が称しているようだ。----------ちょっと疲れた(関係ないものまで拾う方が悪い)。企業や組織の略称としては、やっぱり公的組織あるいは民営化した組織が主に名乗っている。やっぱりJRにあやかっているのだろうか。JPも頑張って下さい。
2007.10.02
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輝かしい特派員証。岩手を楽しむポータルサイトずっぱり岩手の「ずっぱり特派員」です。熊谷印刷さんの『ずっぱり岩手』(新版)を楽しく読んだ後に、ハガキで応募して、晴れて特派員にしていただきました。しかもその上に、縁あって同サイトに当おだずまジャーナルのリンクまで出していただきました。岩手のこと、昔の思い出、仙台から見た岩手など、投稿できればと思っています。何か楽しそう。さ、皆さんも、本を買って特派員になりましょう~~(案内)!■関連する過去の日記 ずっぱり岩手(07年6月19日)
2007.10.01
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東北各県出身の有名プロ野球選手と言えば、----------秋田県 落合博満、山田久志福島県 中畑清、遠藤一彦山形県 皆川睦男宮城県 佐々木主浩青森県 太田幸司----------というところだろうか。岩手県は比較的プロ野球選手が少ないと思うが、やっぱり欠端光則(福岡高-ロッテ-大洋)が人気ナンバーワンでないだろうか。出身者に温かい県民なので、当時はみんなで応援したはずだ。ロッテ2年目(確か)の初勝利はラジオで聞いていた。近鉄ファンだった私は、花巻商出身の阿部外野手も記憶にある。まれにあるNHKのテレビ中継で、川上さんが「近鉄の阿部ファンには悪いが、エラーが多いんですね」と紹介していたが、アナウンサーは「貴重な戦力」と紹介していた。近鉄と言えば、秋田出身選手が多かったように思う。石井浩郎(秋田高-早大-プリンスホテル)、村田辰美(六郷高-三菱自川崎)、佐藤秀明(秋田市立高-東洋大-日立-阪神)、佐藤純一(大曲高-秋田相銀-近鉄)。佐藤秀明さんは今年3月に亡くなったそうだ(さきがけ記事)。89年のリーグ優勝の頃だ。貴重な左腕のリリーフとして、右腕吉井とともに活躍された記憶が残る。佐藤純一さんは、今はパ・リーグ(関西)の審判で活躍されている。あの10.19ダブルヘッダーの第一試合9回表に代走で本塁憤死、世界のの週末を一身に背負ったようにグラウンドに崩れ落ちた姿が、今でも目に焼き付いている。あの時全国の近鉄ファンは、泣くな佐藤良くやった、と心から思ったものだ。その直後にコンニャク梨田の現役最後で最高のヒットで鈴木が起死回生の生還。(これを書き出すと止まらないので抑えマス...)
2007.10.01
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