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現在豊橋の試合は2-4でリードを許しているが、何とか頑張って欲しい。投手陣の踏ん張りで、何とか追いついて欲しい。朝からどうしても書きたいことがあったので、ラジオを聴きながら、記す。ついにこのときが来た。交流戦前半、しかも5月中に実現というすばらしさだ。そして勝ち方もすごい。粘りと、チーム意識、そして逆転するという確信。30日の交流戦対中日初戦。田中が2回に連打を浴びた場面は電車の中で聴いていた。今日勝てば5割。そんな重圧はこの新人にはないだろうが、前回が悪かったから、また大崩れを心配した。しかし、立ち直った。やっぱり並の新人ではない。ただ、打線がつながらない。ホセもウィットも凡退。中日の朝倉の快投は完封ペースだ。あっという間に9回を迎えた。渡辺直と仕事人高須の連打。磯部が犠打野選を誘い無死満塁。ここでキング山崎で盛り上がるが、ファールフライで、やっぱり5割の壁は厚いか、と大方のファンも感じたにちがいない。だが、ここからが進化した3年目イーグルスの違うところだ。リックの外野犠牲フライで1点差、そして2死ながら代打鷹野が気合いで打った起死回生の同点打。この流れを途切らせないのが、無形の力。鉄平の俊足が内野ゴロ送球エラーを誘発して、2者生還。そして9回裏は、気落ちした中日相手とはいえ福盛が完全制圧。これで、踏ん張った田中も、ピンチを救った渡辺恒も、つないだ朝井も、みんなが報われた。打線も投手も、チーム力の成果だ。野村監督が解説して見せたように、無四球の朝倉の交代は難しかっただろう。対照的に、情を断ち切って田中を早めに交代させた野村監督の英断も光る形となった。念願の5割到達は、パリーグ勝率4位復帰にもなった。ついでに渡辺恒は防御率0.5を切った。交流戦はパリーグ優勢と言われる中で、イーグルスも勝てるだけ勝ってリーグ内順位を少しでも詰め上げたい。野村監督の公言した今季の最終目標も夢ではない。夢と言えば、明け方に妄想した。プレーオフ進出でフルスタで戦うイーグルスナインに、外野席に突如として翻る近鉄の大旗がエールを贈る。あの岡本太郎のバファローだ。これに気づいた高須が、鷹野の肩に手を当ててつぶやく。オイあれを見ろ、おれたちは近鉄をクビになって来たんだったナ。鷹野は無言ではためく応援旗を見つめていた。なぜか私もベンチの一員で、磯部や藤井などと一緒に座っていた。皆がわかっていた。最後まで果たせなかった近鉄ファンの思い。念願の日本一を果たしてくれ、と。まずは今日の1勝だ。新聞記事によると、今日の1勝は球団創設開幕初戦勝利以来の「5割越え」になる。なるほど。
2007.05.31
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北四番丁にある星陵町周辺は東北大学医学部や大学病院などがある。文化14年の仙台藩医学校にさかのぼる古い歴史があるのだそうだ。さて、現在の「星陵町」の名は、医学部の同窓会である艮陵会と看護婦寮の星寮を組み合わせたという。■参考 吉岡一男監修『新・仙台の散策 歴史と風土をたずねて』宝文堂、1990年
2007.05.31
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指定都市仙台は「B区」の区名に「宮城野区」を採用した。「宮城野」も「若林」も一般公募で順位は確か4位か5位くらいだと思うが、由緒ある地名を採用したのは、まことに卓見だったと今さらながらに思う。ついでに言えば、他の指定都市にありがちな「中央区」や「中区」を避けて採用した「青葉区」も仙台を代表し若々しいイメージで定着した。確か公募では中央区や広瀬区が上位だったように思う。また、シンボル命名だった「太白区」は読みにくいとも言われたが、何とか定着したと言えそうだ。私は仙台の区名は他に誇って良いと思っている。宮城野はこの中でも最も古い地名だ。文献に登場するのは続日本紀の天平神護2年(766年)11月7日の条に「宮城」の名が見える。宮城野は王朝の人々の慕情と憧憬をあつめる、みちのくの歌枕になった。近代でも島崎藤村など多くの文人が賞賛した。陸軍練兵場の地には総合グランド。榴ケ岡の駐留軍の後には東北管区警察学校。五輪の仙台工業のあとには宮城野中学校。釈迦堂の地には県図書館。育英学園が宮城野駅南に移り、陸軍病院だった生巣原には国立仙台病院。さらに、東には宮城野駅、流通団地、工業団地など、萩の花咲く宮城野の風貌は一変したが、新しいまちの名として、現代の歌枕になるようなすばらしいまちづくりを進めて欲しい。
2007.05.30
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仙台城は三方が人馬叶わざる天然の要害、比較的近づきやすい北側と西側北半の傾斜面だけに石垣を築いた。石垣以外では東側断崖上に木柵を建て、他は土塁を廻すことで足りた。イスパニア人ビスカイノが、彼の国の最も勝れ又最も堅固なるもの、と嘆称した(金銀島探険記)ほどだ。仙台城の歴史は中世に遡る。初め国分氏の居城があり、また虚空蔵・千体仏を安置する仏閣があった。早いところでは観応2年(1351年)の文書に虚空蔵楯(館)が相当すると考えられている。ここに千体城の名が起こり、後年政宗が仙台の字を当てる。戦国末に国分氏は小泉に移り廃城。その後、改めて藩祖政宗が築城。平山城か平城の時代の傾向に逆行した山城の構築は、上記のような天険を利用して短期間の築城を考慮したためと言われている。しかも仙台城は、周辺の要所を戦術的に利用できる地勢に恵まれていた。広瀬川は、青葉山段丘から延びる段丘、または下の低い段丘に突き当たって急崖を作り、また幾つかの大屈曲部分を作る。亀岡山から澱橋の地帯、経ケ峯の地域などがその例で、両者が東北に突出する最奥部に本城を置いた。また、高所が、西部山地より広瀬川に出口を開く幾つかの谷によって適当に区分され、各区域は山地から川に下るに連れて高低幾種類かの段丘に別れ、各個に適当な城の曲輪(くるわ)を造るのに適していた。この利点が戦国に育った政宗に活用されたのだろう。政宗は、茂ヶ崎山を南端とし、愛宕山を配することで、北西より東南に至約3.5キロの一大城砦のシステムを構想したのではないか。広瀬川北西対岸の大崎八幡社地と東南対岸の若林城の完成で、仙台城はいよいよ金城鉄壁の構えを見せた。さらに、荒廃地の密林にも深慮遠謀は及んだ。後年になるが茂庭綱木に大梅寺を建立し、郷六には郷六御殿の名で通る別荘が営まれる。これらは一種の「隠し曲輪」の唱えがあり、お裏林より密林地帯を抜けて両所に達する間道もできていた。戦乱の時代が去り太平の世に、城の中心が二の丸に移るが、広瀬川西部一帯は藩の権力維持のため苦心の上で威容を深く蔵する地域だった。------------■出典 佐々久監修『仙台の散策 歴史と文学をたずねて』宝文堂、1974年(1990年修訂版)(おだずまジャーナルで若干要約などしました)この中で、隠し曲輪として大梅寺のほか、「郷六御殿」が登場する。現在建物は大梅寺に移築されているそうだが、郷六の広瀬南岸に四代綱村が貞享4年(1687年)に、遊興と防御上の曲輪として造営した。(仙台市資料)■関連する過去の日記(仙台城関連) ○大梅寺(07年5月21日) ○仙台城秘密の抜け道の話(07年5月20日) ○仙台城の「奥」のようす(06年7月4日) ○青葉城の概要と略史(06年7月1日) ○仙台城を考える(06年6月28日) ○政宗公騎馬像の歴史(06年6月11日)
2007.05.29
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青葉茂れる五月。庭のもみじの葉が伸びてしまい、剪定を行いました。以前はシルバーセンターに頼んだこともありましたが、今回は自前。剪定前の画像剪定後です
2007.05.28
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大正11年9月3日の夕方、わざわざ松島を訪れた。月を観るためであった。今は無き白鴎楼の四阿から、昇ったばかりの月を眺めた博士は、「おゝ月が おゝ月が」と言ったのみであったという(読売新聞 平成18年4月7日仙台版)。(中略)松島の月と景観は、不世出の天才物理学者にすらこの地を此土浄土と思わしめる「何か」が存在すると筆者には思われる。------------これは、堀野宗俊さん(瑞巌寺宝物館)の文章だ。出典:「続・松島の月」、島尾・長谷川編『日本三景への誘い』(清文堂出版、2007年)所収■関連する過去の日記 ○ アインシュタインと仙台(その6)(06年8月31日) ○ アインシュタインと仙台(その5)(06年1月15日) ○ アインシュタインと仙台(その4)(06年1月4日) ○ アインシュタインと仙台(その3)(05年12月18日) ○ アインシュタインと仙台(その2)(05年12月17日) ○ アインシュタインと仙台(05年12月14日)
2007.05.27
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東日流外三郡誌は発見者とされる和田氏の創作であることを、この問題を追い続けた東奥日報記者の立場からドキュメンタリー風に解説する本を読んだ。(斉藤光政『偽書「東日流外三郡誌」事件』新人物往来社、2006年)和田氏が筆ペンでせっせと古文書を創作する。神社まで自分で作った。青森や東北のコンプレックス意識につけこんで、また町おこしの側の期待も多少はあって、流れに乗ってしまった。キリスト伝説の竹内文献の場合と似ているという。宮城県人としてはどうしても旧石器捏造事件を思い出す。あれも壮大だった。実は私も現地を見に行った。4号線の築館IC付近の交差点にあった「高森遺跡」の看板はもう撤去しただろうか。原人ラーメン500円はうまかった。それにしても、宮城と山形の双方で出土した石器の破片が接合した、なんて、いくら何でもあり得ないだろうと胡散臭く思っていた。天文学的確率の快挙、古代から宮城と山形の交流。河北新報などは喜んで記事にしていた。毎日新聞のスクープで激震が走った頃、私は、アダム・スミス、D・マラドーナ、それにF氏の3人は三大「神の手」ですね、などと冗談で言って関係者にたしなめられた。すみません、深刻な問題でしたね。古今東西、この手の事件は結構あるのだろう。■関連する過去の記事 津軽とジャパン(06年8月28日)
2007.05.27
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初めてイースタンの公式戦を観戦しました。利府町中央公園野球場というところ。一軍の対巨人戦は青山が早々に崩れたようですが、こちらは川井さんの見事な完投。イースタンの初観戦は選手を身近に感じる本当に楽しいものでした。3塁側ブルペンを眼前のネットフェンス越しに見る席に陣取りましたが、フェンスを隔てているとは言え、狭い球場だから、ほんとに目の前でピッチング練習をしています。佐藤投手の投球のうなる音が聞こえてきます。河本、川岸、佐藤、小山、徳元さんあたりが投げていました。バッテリーラインを避けてフェンスギリギリを歩いてくる小野コーチは、本当に私の50センチ前を横切っていきました。近鉄の若きエース、江夏二世と言われた小野さんが。感動です。試合は川井投手が快投。7回あたりに、小野コーチが「川岸、次行くぞ」、8回には「小山、1イニングだけ行くぞ。川岸は明日、延長。」会話もハッキリ聞こえます。やっぱりコーチは選手を呼び捨てで呼ぶのですね。当たり前か。「延長」とは、点を取られて延長になったら、の意味か、それとも登板明日に延長だぞ、の意味でしょうか。などと考えながら眺めていました。9回は小山投手が出るかと思いましたが、結局川井続投でした。吉岡選手が好機に凡退など、ちょっと打撃はイマイチです。沖原、西村、吉岡、など打撃陣も一軍と変わらない豪華さです。関係ないけど外野の芝生の上には小鳥さんも。帰りのこと。駐車場の車に戻ろうとしたら、球場に来たときには気付かなかったのだが私の周りに外車が何台か。そしてファンが数人ブラブラ立っている。あ、そうか。選手の車なのか。そう思っていると、徳元さんがやってきて車のトランクに荷物を入れた。集まる子ども達にサインをする徳元さん。応援してまっせ、頑張って下さい。こんな感じで、選手を身近に感じられるイースタンの試合、とても素晴らしいですね。明日の仙台市民球場も行こうかな。娘たちの帽子にサインしてもらおうかな最後の画像は、バスに乗り込む小野コーチ。バスには5人くらいしか乗らないようでした。
2007.05.26
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朝6時頃、妻に命じられて氷を買いに出た。コンビニまで歩いて3分くらい。起きていた下の娘と一緒の散歩。家に戻ったら、上の娘も起き出してきたが、パジャマを裏返しに着ている。指摘して笑っていたが、笑っている場合ではなかった。私もTシャツを前後ろ反対に着ていた。妻の指摘で発覚。胸の小さなポケットが背中にあった。この格好で店に入って、たまたま居合わせた隣家の人、それに近所の人、2人それぞれに元気に挨拶したのだった。ああ情けない。昨日の酒でまだ頭が痛いのだが、さらに重くなった。
2007.05.26
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山形県では今、県議会議員のモラルと議会の権威が問われている。飲酒運転で摘発された議員に対して、県議会が議員辞職勧告を決議。それでも辞職しない意向を示したため、県議会は臨時会最終日の22日、各会派の総意で、議員政治倫理要綱に基づく行為規範に違反する疑いがあるとして、政治倫理審査会審理開始を決定。同審査会は県議の公選法違反事件などを受けて03年に設置したが、審査開始は初めて。渦中にあるのは、今月2日未明に飲酒運転した村山隆議員(東村山郡区選出)。議会の総意としては、村山さんという問題の県議を辞職させて自浄能力を示したいのだろうが、当の本人は勧告されても辞職しない。辞意を示せば議会も閉会したのだろうが、辞職しない意向を示したため、会議時間を延長して村山県議を出席させて議会運営委員会を開催。この場でも村山県議は、4年間の職責を全うしたい、と述べた。これを受けて阿部議長が政治倫理審査会の審査開始を後藤政倫審委員長に命じた。午後7時過ぎの本会議終了後ただちに、1回目の審査会を開催。次回を6月12日と決定。後藤委員長は「議会の信頼回復に向け県民に分かりやすい審査をし、村山議員に辞職を促していく」と語った。■山形新聞記事(政倫審が審査開始決定-村山議員の飲酒運転で県議会)他紙では河北新報が、記者の署名記事で椅子にこだわる議員の姿勢を非難している。斎藤知事は23日の記者会見で、県民として政治家として恥ずかしく思う、と発言。率直で至当の発言だろう。ちょっと思い出すことがあった。高校生の時に生徒総会の過去の会議録を見ていたら、会長がやめるやめないのやりとりがあった。何かの理由で意欲をなくしたのだろう、辞めるといった生徒会長に対して、任に留まって職責を果たすよう促すような誰かの発言があった。中学の頃、教科書の巻末に掲載された日本国憲法の条文を読んで驚いた。内閣の総辞職が制度化されている。ものすごく違和感を覚えた。せっかく国会から選ばれて総理になり内閣を組織しているのだから、頑張って職責を全うするだけのことだろうに、総辞職しなければならない(第69条、第70条)と他律的な辞職が制度化されているとは、とビックリした。もちろんこれは三権分立や議院内閣制を理解していないからである。総辞職制度はあくまで近代憲法史上の一所産にすぎないのであって、普遍的で絶対不可欠のものではない。内閣は国会の信任の上に浮かんでいるから、国会が不信任を突きつけたり、国会のメンバーを改選した場合には、内閣もリセットします、というだけのことだ。さらに、説明の仕方はいろいろあるが、内閣に解散権を認める以上、均衡として議会の側の不信任決議が実効あるものでなければならない、という側面もある。つまりは、制度設計の話だ。憲法は何も、人間たるもの仕事は一途に頑張れ、という職業倫理や人生訓に立脚しているのではない。統治制度をいかに設計するのが、統治者の恣意を防ぎ、国民の自由や権利をより侵害しないか、という観点から、歴史上の試行錯誤で、とりあえず今の時点ではこんな制度を採用しています、というだけだ。今の制度が人類の到達した終局の理想などではない。そもそも三権分立などは、効率性を犠牲にしてでも何とか恣意を防ごうという、言ってみれば後ろ向きの発想に立っている。現行憲法は素晴らしい民主主義の贈り物だ、みんなで守ろう、みたいな教育を受けてしまっているから、そんな人類の普遍真理の中に「頑張ることを止めよ」なる命題があるなんて、と当惑してしまう。その意味では、戦後民主主義教育が絶対真理と教えてきた「多数決」だって、普遍性や客観的妥当性は実は怪しい。人類出現以前から宇宙に存在したような正統性を装わされているが、そんなものじゃない。他に方法がないから手続的正義として一応わかりやすいだけのことだ。山形県議の話に戻るが、職責を全うしたいから留まる、というのはどう見ても空虚な保身のヘリクツにしか聞こえない。選ばれた以上頑張る、というのはその限りでは良い言葉だが、民選の政治家の場合は全く事情が違う。公選の職は世の中をまとめるための、いわば道具なのだ。言葉が不適切かもしれないが、そうなのだ。だから、公選された公務員について職業選択の自由などを持ち出して多選制限はできない、などという論調が、私はことのほか嫌である。職業選択の自由という権利を享有するのは国民の側だ。その権利の保護を含めて、自己実現や幸福追求を最大限に可能ならしめるための役割が公職だ。道具なのだ。道具が自己目的化することはありえない。公選のポストに職業選択の自由が憲法上保障されることは原理的におかしい。(もちろんサラリーマンである一般職公務員は別だ。)この点については書生論と言われそうだが、公選公職は民意に完全に従属すべき道具として考えるべきだと思っている。公職や公職者の事情を考えて発想すべきでない。身分安定や議員特権の要請があるとすれば、それは議員活動を十全ならしめ議論を尽くしてもらう趣旨ではあっても、身分安定が決して政治家個人の地位を安定させる趣旨でない。またリコールの直接請求は当選後1年間は禁じられるが(地方自治法84条)、これも選挙の蒸し返しによる混乱を防ぐ趣旨であって、身分保障は反射的利益に過ぎないだろう。このように身分安定の制度は、議会制度の円滑な運営のためであって、公職自体が自己目的なはずがない。ましてや選ばれた人が立派だからではない。だから、相応しくない人ならば、身分安定の要請など後退して当然だ。選挙民に選ばれたから、とか、任期を全うするべきだから、などというのは、どこから見ても自己保身の詭弁だ。あなたでなければならない理由はない。確かに形式主義的民主主義論からすれば、選挙で選ばれたから選挙で落とされるまで頑張る、県民の審判で落とされるなら本望だがまだ審判受けていない、などという形式論も一応あるだろう。しかしそんな問題じゃないだろう。普段は県民の声を不断に聴きます、と言って都合の良い(悪い?)ときだけ、選挙の審判ないからネの論を持ち出すのはおかしい。また、村山県議の属する東村山郡選挙区は1人区だから、補欠選挙を行うことになるコストも要するが、コスト払ってでもスッキリしたいのが選挙民じゃなかろうか。もっとも90日以内なら選挙せずに次点者が繰上当選。接戦で敗れた自民候補が当選となるが、もうちょっと頑張って、それは阻止したいということだろうか。とにかく飲酒運転というのは、本当に恥だ。悪いと思っているはずなのに、それなのにやるのだから、本当に醜い。合わせる顔がない、となるハズなのだが。(ため息)
2007.05.25
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この画像ではハッキリわからないのだが、昨日朝に路上で見た白いバン。営業用なのだろう、車体に社名が入っている。それが、一瞬読めない。.OC ECIVRES ***** とアルファベット大文字で書いている。ちょっと考えて、理解した。つまり右側から書いているのだ。何とかサービス産業なる会社なのだろう。確かに、社用車やトラックなどに社名を書き込むとき、車体の左側なら問題ないが、右側にペイントするときは、車の進行方向を考慮してだろうが、右側から文字を書く事が多い。しかし、英語やローマ字の場合は、いかがなものか。こんなの初めて見た。大体いきなりドットから始まるから、面食らう。ちなみに、宮城交通のバスは、車体右側でも「宮城交通」と記していた。
2007.05.24
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仙台に初めて来た頃、西多賀のエンドーで生活用品を買った思い出があるが、西多賀の地名は多賀城に対置した由緒ある名なのか、ぐらいに感じただけで深く考えなかった。明治22年の町村制施行の際に、村名をめぐって争いになった。結果として、富沢、大野田、富田、鈎取、山田の5カ村が合併して「西多賀村」、高柳ほか4カ村が合併して「東多賀村」となる。東多賀村は昭和3年に閖上町に。この争いのゆえんは、こうだ。富沢の多賀神社は景行天皇40年、日本武尊東征の際に勧請されたと伝わる仙台で最も古い神社で、名取郡の式内社とされた(仙台市HP)。式内社とは、平安時代に全国多数の神社の中から官社として延喜神名式に記載されたもの。しかし、名取市高柳の多賀神社こそが名取郡の式内社だとする説もあった。高柳の多賀神社は、名取市役所から名取ICや閖上に向かう直線の道路沿いに位置する(名取市マップ)。そんなわけで、村名をめぐって、「多賀」を取り合う争いになったのだそうだ。参考:吉岡ほか(仙台漫歩編集委員会)『仙台漫歩』宝文堂、1984年
2007.05.23
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今日からいよいよ交流戦。節目ですから気持ちを切り替えて、2連戦最低1勝のつもりで行けばいいのではないでしょうか。交流戦前半で5割復帰をめざすということで。そこで(関係ないですが)、私のフルスタでのイーグルス応援の成績を整理してみました。参戦した日は大体ブログに記しています。ブログ開始前の分もありますが何とか思い出して、以下に、戦績を整理します。2005年 ザ・ファースト・シーズン(チーム成績 136試合38勝97敗1分 リーグ6位 勝率.281)1 6月9日(木) 中日 金田で負ける。同僚達と初めてフルスタで観戦。内野自由席レフト側。2 7月27日(水) 日本ハム 外野ライト自由席で同僚と応援。ラス好投と山崎本塁打で勝利。3 9月3日(土) オリックス 家族4人で初観戦。内野自由席レフト側。一場の初勝利で子ども達、特に下の子は一場のファンに(記事)2006年 2シーズン目(チーム成績 136試合47勝85敗4分 リーグ6位 勝率.356)4 5月29日(月) 広島 同僚数名。延長12回も惜敗(記事)5 6月2日 中日 同僚と2人。延長10回山崎決勝点は帰途自転車漕ぎながら聞く(記事) ここまで5戦3勝2敗 .6006 6月3日 中日 娘2人と参戦。Loppi席。松崎で負ける(記事) 7 6月6日 横浜 仕事の後に同僚数名。外野レフト自由。グリンの初勝利(記事) ここまで7戦4勝3敗 .5718 6月20日(火) 読売 内野一塁側自由席で同僚数名と(記事) ここまで8戦5勝3敗 .6259 8月6日(日) オリックス 3世代6人での七夕ナイターは打線不発で負ける(記事) ここまで9戦5勝4敗 .55610 9月3日(日) ソフトバンク 娘たちと親子3人。残暑の外野席で下の子ダウン気味だが、試合は牧野が踏ん張って勝利(記事) ここまで10戦6勝4敗 .6002007年 3シーズン目11 3月31日(土) オリックス 上の子は合宿なので下の子と2人だけで外野自由席。待ちに待ったホーム開幕戦は超満員。岩隈直前の登板回避。強風のため自主退場(記事) ここまで11戦6勝5敗 .54512 4月1日(日) オリックス やはり下の子と2人。外野自由席なので早めに行く。ホセと山崎のダブル満塁弾で爆勝(記事) ここまで12戦7勝5敗 .58313 4月29日(日) 日本ハム 娘2人と。青山不調で敗戦。嶋に本塁打(記事) ここまで13戦7勝6敗 .53814 5月20日(日) 千葉ロッテ 娘2人と。今年は外野自由席一本槍だが、初めて芝生席で観戦。有銘不調に打線つながらず。山崎特大のレフト上段19号(記事) ここまで14戦7勝7敗 .500ということで、通算してちょうど5割です。イーグルスも5割めざして、がんばれ~
2007.05.22
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昨日の日記で仙台城の抜け道として書いた大梅寺ですが(仙台城秘密の抜け道の話(07年5月20日))、蕃山に続く道は市民のハイキングコースとなっています。実は、この大梅寺は、臨済宗の名刹で雲居禅師の開いたもの。夏目漱石が「草枕」でも修業先として取り上げているほど有名なのだそうです。参考 吉岡ほか(仙台漫歩編集委員会)『仙台漫歩』宝文堂、1984年
2007.05.21
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対ロッテ戦を応援に行きました。娘二人もお昼マックの約束で同行。初めて芝生席に陣取る。温かくてピクニック気分です。そう言えばフルスタ正面にはなぜか牛さんが。試合前の外野練習の憲史と鷹野。近鉄時代から応援していますが、当たり出したら止まらない2人。今日も活躍を期待しますよ~さて試合は先発有銘の出来次第だと思っていた。5回まで3点で抑えてくれれば、というのが私の願い。初回に福浦に中前ヒット。2回は何とかしのいだが、全般に制球が苦しく球数が多い。ロッテの応援は整然として声が響く。今日の応援は楽しかったろう。本当にJリーグのサポーターのようです。さて、有銘は3回に追加点を奪われ、さらに満塁として松本に交替。松本もベニーに打たれて、早くも4-0。何か昔のイーグルスに戻っちゃったか、という嫌な感じがスタジアムを包むのか... と思いきや、やってくれました。やっぱりこの人、山崎さんが4回先頭打者で今季19号は、超特大の一発。これ本当にすごかったです。レフトスタンドのユンケルの看板、と言っては大げさですが、上段自由席に飛び込む一発。そしてリックが左前安打で続いて、反撃のチャンス。しかし、憲史とウィットが連続三振、草野遊ゴロであえなくショボン。実は2回ウラも、山崎四球、リック中前安打で無死1、2塁から、憲史とリックの大砲2本がやはり連続三振。草野遊ゴロ。つまり2回ウラのリプレーを見ているようでした。まさかそうはならんベナ、と思っていると、そうなってしまう、これがチョイト昔のイーグルス。ああ、戻らないでケロよ。今日一番盛り上がったのは、5回裏。直人、鉄平、礒部の何と3連打で1死満塁。ここでキング山崎の登場。外野フライでしたが今日2打点目。貫禄十分、頼れる4番です。次のリックも、チャンステーマで盛り上がったのですが、二ゴロ。それにしても先発が試合を作れないと苦しいです。ベンチの野村監督。心中はいかに。隣は嶋でしょうか。土日で最低1つは勝って、交流戦で勝率5割を目ざしたかったですが、後退しました。昨日の青山の乱調も先行きに不透明感を漂わせています。先発はとにかく5回、いや4回でいいから3点以内、でお願いします。でも、切り替えよう。今週は交流戦。盛岡の人たちのパワーをもらって、元気ないヤクルト飲み干して勢いつけましょう。そして、巨人、横浜、中日のセリーグ3強は、最低1つづつ勝つつもりで行こう。交流戦2巡目のフルスタの頃には5割を越えていることでしょう。打線のつながりは課題。今日の試合は最後は鷹野の併殺打でした。そう、鷹野さん。そして、憲史、ウィットあたりがシュアに打ってくれれば打線が厚みを増すのです。高須とホセの復帰もポイントですね。
2007.05.20
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仙台城(青葉城)に秘密の抜け道があるとの話は気になっていた。おそらくは噂話として伝わってきたというところなのだろう。仙台城は山城だが本丸の西側に泉が沸いて水の心配はない。問題は抜け道ということになり、平城の場合には地下道も考えられることから、仙台城の抜け道について噂が起こったのではないだろうか。仙台城は三方が断崖の自然の要塞だ。山道としては、西方に向かって茂庭大梅寺に伝わるルートが確保されたそうだ。大梅寺とは、仙台宮城ICや折立団地の付近(仙台市HPから資料)。つまり、本丸からほぼ真西方向をめざして青葉山を横断する難路だ。現在の工学部や金属博物館のあたりを通ったのだろうか。ちょっと違うのだが、学生時代に青葉台(バスの終点)から山道を歩いて、朝鮮学校や八木山の住宅地に出たことがある。狭くて草の生えた山道だったが、もちろん400年前の青葉山に比べれば遙かに通りやすいだろう。そして、何と何と、榴岡まで延々とトンネルが掘られていたという伝説も一時はまことしやかに流れていたのだそうだ。榴岡は政宗が築城の候補に挙げた地でもあり、平坦な平野部で一段小高い場所だ。うなずける気もする。しかしそれにしても広瀬川を潜ってのトンネルは奇想天外。とは言え、本当に着手していたのかもしれない。考えてみれば、仙台の東西の道路大動脈は積年の大きな課題。仙台西道路はできたが、広瀬通から西方面に抜ける道路は、区画整理の関係もあって進まなかった。一時は地下の弾丸道路構想なども飛び出した。とすると、やっぱり昔の伊達の発想は偉大だった。もし川内と榴岡を結ぶ地下通路があったなら... いや実はあるのかも知れない! ■関連する過去の日記(仙台城関連) ○仙台城の「奥」のようす(06年7月4日) ○青葉城の概要と略史(06年7月1日) ○仙台城を考える(06年6月28日) ○政宗公騎馬像の歴史(06年6月11日)■参考 田村昭編著『仙台の珍談奇談』宝文堂、1984年追記 仙台の宝文堂が幕を閉じるという。この本もだが、郷土の歴史や文化を紹介する無数の本を出版した功績はまことに大きい。この本の巻末に紹介された同社の出版物のラインナップを眺めて、淋しい気持ちを抑えられない。
2007.05.20
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朝の掃除を終えて一息していると、妻が窓にへばりついて小雨の庭を見て文句を言っている。ヒヨドリがブルーベリーの花をパクパク食べるからだ。不法侵入だ、などと訴えているが、鳥には効かないだろう。それにしても、大胆に食べている。2階からは子ども達の声がする。鳥が別の木に移ったよ、と。さながら2元中継の様相だ。
2007.05.19
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昨夜は仕事の後おばんですチケットで行こうかどうか迷っていた。実は岩隈投手は近鉄時代に1度見たが、イーグルスではまだ見ていない。迷っているうちに、アレアレ岩隈は降板している。試合のテンポも速いようだし、と思い直してフルスタに向かいかけた足を止めて、仙台駅から電車に乗ってしまった。しかし、後悔している。やっぱり行くべきだった。8回の怒濤の攻撃、そして松崎の勝利インタビューのその場に居たかった。ラジオで聞いていたが、松崎の涙のインタビュー。もともと実力があって、勝ち負けはある程度試合の流れに左右された結果なのだが、11連敗という話題がつきまとってしまった。でも、これで吹っ切れたのではないか。確実に進化しているのです。昨年はチーム事情で先発も任されて苦労したが、今年は結構良い働きを見せている。ラジオを聞きながら、2年前の一場投手の初勝利インタビューを思い出した。チーム事情で不運な面があった。しかし、これからです。松崎投手や、今活躍している渡辺投手という2、3年目の若手がいかんなく実力を発揮していることが、最近のイーグルス好調の大きな要因でもあります。そういえば、一場さん、早く上がってきて。気になるのは岩隈。今朝の新聞では前半戦復帰困難、と。ガラスのエースだが、こうなれば完治して下さい、とお願いするのみ。今日は好調青山で絶対に勝たねばならない。ロッテ戦は最低2勝。できれば3連勝で5割復帰を果たしたい。明日は有銘だそうだ。岩隈の穴をどうするか。牧野投手もまだ上がっていないから、朝井投手や、山村サンが先発にまわるだろうが、何とか試合を作ってくれれば、中継ぎは盤石だ。連勝を狙うよりも、連敗をしないチームとして、何とかシーズン終了時にAクラスに残れるのではないか、と思っている。
2007.05.19
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朝起きたらビックリ。庭に黄色いカサが出現。下の子のカサですが、誰がなぜ...子ども達によると、自分はやっていない、と言います。
2007.05.18
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ふるさと納税制度がなぜかクローズアップされている。山形県の齋藤知事は5月14日の記者会見で、賛意を表明した。大要次のように発言された(同県HPから当ジャーナル要約)。基本的には大賛成。背景はいくつかあるが、首都圏に集中している人材はもともと地方から多く出ている。例えば山形県で教育を受け現在首都圏で活躍している実態に鑑みた場合、その志があれば、自分のふるさとに納税する心を汲み取った制度設計を行うことも、今後の地域の活性化について意義があるのではないかと思う。もちろんこればかりではないのは事実だが、こうした今までに無いアイディアを考え実践することで、大都市圏とそれ以外の地方の均衡ある発展が実現できればいいのではないかと思う。片や秋田市の佐竹市長は、この制度が急浮上したことに警戒感を表明した(河北新報15日記事)。なお東京都の石原知事は、税制としてナンセンスとし、東京に対する収奪としか言えない、と批判した。宮城の村井知事は、次のように語った(14日記者会見。同県HPから当ジャーナル要約)。地方税の偏在をなくす一つの方策と思うが、一番の関心は税総額を確保し、県民の需要に十分見合う歳入を得たいということ。ふるさと納税を始めても交付税が大きく減額され結果的には何も歳入は増えないとなれば全く意味がない。(参院選向けの地方偏在是正のポーズでないか、との問いに)ふるさとの定義、受益者負担という地方税の原則との調和、徴税コストの増加などの問題点をしっかりとにらみつつ検討していただきたい。総務省の研究会の検討を見守りたい。知事会でも税源偏在の是正について議論をしているが、ふるさと納税も含めて税収格差の是正、地方税財源の確保という問題に、私としても発言をし、取り組みたい。この問題は、なかなかすんなりとは決まらないと思う。(賛否はどうか、の問いに)具体的な制度設計が見えないので、賛否は申し上げられない。ユニークだが、まだ発想の段階だ。慎重に対応しているが、あまり歓迎と考えてはおられないようだ。この問題は次のように考えるべきである。税制の多様化、特に納税者の意思を柔軟に受け止める制度設計という点では、悪いとは言えないとの印象を与える。しかし、そんな雰囲気に流されてしまっては本質を見誤る。地方税は地方自治体の自主財源だ。およそ自治を語るならば、その活動を財政面で支える税制は、その構成員でもって賄うのは当然の原則だろう。そして、もっと本質的に重要なのは、税制のあり方も構成員が決めるべきこと(ホームルール)が原則なのだ。もっとも、国法である地方税法が存在しているように、現実には地方の税収のあり方を国が規律している。この点、憲法92条・94条が自主財政権を保障したと解すると、地方税法のあり方には種々問題があり、少なくとも、地方税法が存在して初めて地方自治体が課税権限を持つ、という狭い解釈は現在は妥当しないだろう。つまり、地方税法に根拠がなくても(もっと端的には地方税法の規定に反しても)条例で課税できると解する余地がある。一般には法律の範囲内で条例制定権が認められるのが法秩序だが、自治の根幹である税財政事項は別異の観点で考えるべきだ。(東京都の銀行税訴訟は高裁では税としての公平性の原則がポイントとなったが、自主財政権の憲法判断を是非最高裁でして欲しかった。)ふるさと納税は、制度の作り方にもよるだろうが、基本的には本来都会側自治体に収入されるべき税額を、納税者の意思に応じて収入させないようにする仕組み、と言えるだろう。とすると、ハッキリと税法で自治体間に差別を設ける場合と異なって、「本来入るべき」地方税を、国法が剥奪することとなり、原理上問題にならざるを得ない。また、納税者の意思という不確定な事情で左右されるという点でも、自主財政権限を侵すという反論もできそうだ。納税する側に着目すれば、自分が構成員である自治体に一定額は納めなくて良い、なんてことを国が奨励するなんてのは、余計なお世話だし、自治を妨害するものだとも言える。意識ある首長は機関訴訟を起こすくらいの覚悟で、こんな制度を糾弾しなければならない。政治的にみると、地方、特に田舎側自治体に向けてのリップサービスのようだ。今回は財務省から出た話ではないようだが、しかし財務省としても、税源移譲と国税の改革に切り込むことをせずに地方に耳障りのいい話が出るのだから、嬉しい話のはずだ。総務省も前向きだとすれば、地方財政にとって、これほど情けない話はない。国と地方の関係(垂直的配分)という我が国の大問題があるが、地方だけに着目しても、水平的配分の問題はある訳で、それは従来は交付税を中心とした制度で議論されてきた。その事務を責任を持って担うべき総務省が、客観的な制度設計をやめて、ふるさと納税制度で地方のタメになりました、人気のある自治体ほど良いですよ、ついでに役人も楽ができますし、などと考え出したら、もう世も末だ。これからどんな議論がされるかわからないが、交付税の算定上どう扱うかによっては、寄付を受ける側の田舎自治体だって、結局得になるかどうかわからない。本来すべき議論がなされずに、皮相的な制度でお茶を濁されてはたまらない。納税者の意思を尊重する制度だ、なんて表面的耳障りの良さを訴えたいのだろうが、それで地方財政制度の改革にもなるはずもないし、何より実は国民自身の選択に委ねてしまったという、天にツバするというべきか、一大責任放棄の政治判断だということを自白しているようなものだ。私は、少なくない国民は、この根本的愚策さに気付くのではないか、と期待を込めて、思う。小泉時代のやり方を形だけまねた「骨太の方針」に、中身は愚策を盛り込んで参院選を戦うのなら、新鮮味も独自性もない。安倍政権も思った以上に短命だ、と列島のあちこちからブツブツと嘆息が漏れるはずだ。
2007.05.17
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昨日(15日)の読売新聞朝刊には、鳥海山が水面に写る水田で田植えをする風景がカラー写真で紹介されていた。雪の残る秀峰には「種まきじいさん」が見えるのだが、読売新聞の記事には言及されていない。実は、山形新聞記事(5月14日)の写真に赤丸が付されていて、腰を屈めた「じいさん」の姿がよくわかる。季節の山肌の自然芸術をみて、農耕のけじめとするのは、まさに日本人の知恵だと思う。そんな「雪形」は地域に結構あるようだが、やっぱり春の雪解けの時期と耕作に関するのが多い。わが宮城県では栗駒山の「種まき坊主」が有名だ。栗駒山といえば、そもそも残雪が馬の形を見せるからその名が付いた、ということになっている。
2007.05.16
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河北新報朝刊(15日)によると、東北大学加齢医学研究所の川島隆太教授が、人気ゲームソフトなどの監修料として民間企業から受け取った全額を財源に組み入れて、脳機能解明研究の世界最新鋭の施設を整備した。昨日報道公開されたのが、二光子レーザー顕微鏡を備えるブレインダイナミクス研究棟。さらに年度末には超高磁場MRIを備えた研究棟も完成。東北大学の規定では、産学連携で得た「知財創造経費」は最大2分の1を研究者個人が得られるが、川島教授は全額を研究室の収入に組み入れて、整備費に充てたという。その額は4億4千万円だそうだ。スパッと切れの良い教授ならではの行動だ。とは言え、私はまだ川島先生の話を聞いたことはないので、印象にとどまるのだが、行動に切れの良さを感じる先生だ。最近も雑誌でこんなことを書いておられた。科学者としてはデータに根拠があって再現性があるものしか世に出したくない。単に脳を鍛えるのに役立つからではなく、脳の前頭葉の前頭前野の活性化が最も効率的に脳の機能を上げることを、根拠をもって提言している。実験により、数と文字を扱うときに誰が何度繰り返しても高い効果を得られることを発見した。これを老化防止や認知症の改善に役立てようとしている。この学習療法で認知症が改善することは、従来の医学の常識からは極めて非常識なデータで、医学界では現実を拒む人もいる。しかし施設では学習療法が受け入れられ、施設のスタッフも意欲的になった。脳の神経細胞数は20歳を過ぎると直線的に減少する。自覚症状がなくても脳機能の予備力は低下している。私たちは、研究成果を社会に還元し、最終的には子どもをより健全に育成することに貢献したい。その前段階として大人向けのシステム作りに注力している。子どもに伝えたいのは、勉強は単にテストで点を取るためではなく、人間にとって大事な脳という器官の機能を高めて豊かな生活を送るためのトレーニングなんだ、と。親がテレビを見て笑っているそばで子どもに勉強しろ、というのはむごい。そこで、親も机に向かってドリルを提案している。20年先の価値観から見れば、私たちの試みこそドン・キホーテと言われるかも知れないが、今は自分たちの価値観を信じて発言するしかない。ちょっと長く引用したが、川島教授はこのように述べられている(中央公論5月号)。目的意識が明確で、切れが良く、行動的、という印象を受けるのだ。そして、今回の収益全額充当、も。
2007.05.15
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白石市の小原温泉付近のスパッシュランドパークという公園。芝桜や菜の花がキレイです。大型バスも何台も乗り付けていました。陽気の中の公園散策は気持ちが良かったことでしょう。芝桜はちょっと遠方にピンクに見えます。芝桜のアップの画像もあるのですが、当ジャーナル編集局員の顔もアップなもので、割愛しました。
2007.05.14
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いつものように朝4時頃から起きていた。さわやかな初夏の朝で、本当に一番良い季節だと思う。しかし、だ。なぜかボーっとしてもう2時間以上。一応パソコンの電源を入れたが、それだけ。体もだるい。月曜日のせいか。
2007.05.14
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小原温泉の奥、昔の七ヶ宿街道の下戸沢宿にある名湯です。糖尿を直し、胆石を消すという注目の温泉。最近館主の方が再興しています。飲泉についての本で読んで是非いつか行こうと思っていましたが、今日初めて行ってきました。■関連する過去の記事 東北の飲泉地(06年7月18日)白石市内から入る国道113号線は随分と改良されて走りやすくなっています。小原小中学校を過ぎて、国道から旧街道に折れて下戸沢宿へ。昔の七ヶ宿街道でしょう。趣のある街道です。そして白石湯沢温泉へ。結構車が停めてありました。画像のとおり、庭の花が美しい。ゆっくり浸かって、もちろん飲泉もいたしました。宿を出ると、さわやかな初夏の風。
2007.05.13
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このテーマで岩手県の状況の報道がありましたので追記します。■東北各地のGWの人出の状況(07年5月9日) 続・東北各県のGWの人出(07年5月10日)○岩手県(岩手日報記事) 県観光協会調べ 全体 92万6千人 平泉 34万人 展勝地 29万3千人 小岩井農場 7万2千人 浄土ヶ浜 4万9千人 北山崎 3万3千人 えさし藤原の郷 1万8千人
2007.05.13
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今日2回目掲載させていただきます。今日は庭の畑に来訪者が多いです。ムクドリ、ハクセキレイも見ました。この画像のようなツーショットは初めて撮れました。
2007.05.12
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朝9時。すっきり晴れた初夏の我が家の畑。ハクセキレイ君が登場。くっきりしたツートンカラーにキョトンとした目。黒くて細~い足。
2007.05.12
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よくあることだ。収集場のゴミ袋をカラスがつついて散らかしている。我が家に近い場所にあり、当然我が家も利用するのだが、誰か夜中にでも出しているのだろうか。それも無造作に置いて、カラスよけの網をかけることもしない。出した人はその後の状況を考えもしないのだろうか。近所の人ではないのに、朝の通勤の途中なのか堂々と車を停車させてゴミ袋を置いていく人を見たこともある。自分の出す収集場は決まっているのに。もっと困るのは、行楽客や公園に来た人が、この収集場に置いて帰ることもあるそうだ。袋にも入れず。本当に困ったものだ。我が家は近いから、片づけを行うことが多い。今朝も今から、だ。カラス君は全然悪くない。悪いのは人間様。
2007.05.11
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先日の日記に記したが、東北全体と3つの県は報道があったものの、他の3県はなかった。その後、青森の報道があったので、改めて。■東北各地のGWの人出の状況(07年5月9日)○青森県(毎日新聞記事) (1)弘前さくらまつり 251万人 (昨年より4万人減ったものの歴代3位で、3年連続250万人以上) (2)金木桜まつり 44万2000人(昨年比11万9000人増) (3)はちのへ春まつり 29万8000人(同1万6000人増) (4)青森春祭り 14万5000人(同3万人減) (5)さんのへ春まつり 12万6000人(同4万4000人減) (6)十和田市春まつり 9万3000人(同増減なし) (7)黒石さくらまつり 8万5000人(同5000人減) (8)むつ桜まつり 2万4000人(同7000人増) (9)平内町椿とサボテン祭り 1万3000人(同増減なし) (10)名川春まつり 3000人(同1000人増)。 主要10祭りの人出総数は373万9千人。桜の開花時期がGW期間と重なったため昨年より2万4千人増えた。251万人を集めた。 弘前さくらまつりの251万人は、東北管区警察局の数字(202万人)より多いが、主催者発表を採用したためだろうか。いずれにしても、弘前の集客はすごい。
2007.05.10
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梅原市長の火曜日(8日)の記者会見で、利府町役場が日曜日にも窓口業務を行うことになったが仙台市として取り組む考えはあるか、との質問があって市長が答えている。市民の中には週末仕事をする人も多いし、平日に来られない人も多い。従って閉庁日における市民サービスや窓口業務の運用は非常に重要なテーマだと思う。利府町長にも聞いてみたいと思う。今の時点で仙台市としてどうこうと言うのは時期尚早だが窓口業務の充実や利便性向上は非常に重要なテーマだと思う。だいたいこのような発言をされたようだ。(仙台市ホームページ)以前には、実際の発言内容とホームページに記載される「発言要旨」が異なるとして問題になったこともあった。もちろん現在は発言を忠実に記録してHPに掲げていると思うが、この発言要旨を読むと、梅原市長も随分と丁寧な言葉で応答しておられると感じる。さて内容だが、仙台市としての対応を論じるのは時期尚早、というのは意味がよくわからない。そもそも利府町の日曜開庁はいつからやるのだろう。記者が質問したからには最近のトピックなのだろうが、同町のHPを見ても出ていないようだ。たしかに日曜日に窓口が開いていれば、助かる。一般市民としては住民票や税金関係、消費者相談、児童相談所、学校についての相談などだろうが、事業者の方なら、制度融資の金融相談、消費者相談、保健所や建築関係の各種申請など、いろいろあるだろう。日本の役所は土曜日曜と祝日は休むものとされて来た。仙台市が日曜にも開庁すれば歴史的トピックになるのだが。今まであまり考えたこともないが、実現する日が来るのだろうか。
2007.05.10
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この連休の主要行楽地などの人出が警察当局から発表された。新聞やTVニュースなどからまとめると以下のとおり。各県別の状況は3県しかわからなかった。○東北全体(東北管区警察局) 1 弘前さくらまつり 202万人 2 角館の桜まつり 106 3 金木桜まつり(五所川原市) 44 4 磐梯山周辺 36 5 はちのへ春まつり 30 6 上杉まつり 25 7 春の藤原まつり 25 8 松島海岸 24 9 鶴ケ城周辺 21 10 国営みちのく杜の湖畔公園 19 桜の名所は各地で減少。北東北三大名所の1つ北上展勝地はベストテンに入らなかったですね。岩手は平泉だけというのもちょっと意外。○秋田県 秋田ふるさと村(9万4222人) 大森山動物園(5万2076人) 男鹿水族館GAO(4万3476人) 角館の桜まつり(約140万5000人。過去最高だった昨年より約16万人減)○山形県(11か所) 55万1543人(5万5000人増) 上杉まつり(25万人) スプリングフェスティバル(8万人) いこいの村庄内(鶴岡市)(5万人) リナワールド(4万3543人)○福島県 約120万人(1万人増) 磐梯山・裏磐梯周辺(35万6300人) 鶴ケ城周辺(21万人) 磐梯吾妻スカイライン周辺(7万人) あぶくま洞周辺(5万9500人) 須賀川牡丹園(1万8400人) こどもまつり(7万5000人) KFBフリーマーケット(8万人)など
2007.05.09
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ある雑学本に書いている各県の三大名物。風土と県民性が見えてくるのだという。それでは、何が三大名物とされているか、ご紹介します。青森 リンゴ 恐山 津軽三味線岩手 わんこそば 中尊寺金色堂 小岩井農場宮城 松島 ササニシキ 七夕秋田 竿灯祭り 日本酒 秋田音頭山形 紅花 最上川 蔵王福島 三春駒 鶴ヶ城 モモさらに面白いのは、郷土の「三大有名人」。「偉人」「作家」など三大ランキングとして記載されされているものも一緒にご紹介します。(なお、余計なコメントが付いていますが、これは当ジャーナル編集部です)○青森(有名人) 吉幾三 三上寛 三浦雄一郎(偉人) 棟方志功 秋田雨雀(詩人) 若乃花幹士(45代横綱)(作家) 太宰治 寺山修司 長部日出雄独立独歩、個性豊かなラインナップですね。○岩手(有名人) 千昌夫 石川啄木 小沢一郎(偉人) 金田一京助 高野長英 宮澤賢治(名作) 遠野物語 銀河鉄道の夜 一握の砂派手さはないが純朴でしかもグローバル。さすが岩手県。○宮城(偉人) 伊達政宗 谷風梶之助(4代横綱) 本多光太郎何と悲しいことに、三大有名人は記述なし。リトル東京で郷土を印象づける有名人が少ないということらしい。確かに。○秋田(有名人) 桜田淳子 落合博光 山田久志(偉人) 和井内貞行(ヒメマス養殖) 白瀬矗(南極探検) 佐藤信淵(農政学者)豊かな自然の秋田。人物も頼りになる実践家が多いですね。○山形(有名人) ケーシー高峰 あき竹城 井上ひさし(偉人) 上杉鷹山 最上徳内(千島探検) 斎藤茂吉出ました山形の三大有名人。情に厚く郷土を誇りに思う、心のふるさと。当ジャーナルとしては、ぜひここに藤沢周平とビートきよしを加えたいですね。○福島(有名人) 西田敏行 佐藤慶 中畑清(偉人) 野口英世 松平定信 草野心平世界の野口博士を生んだ福島。有名人や偉人も、文化性が高いですね。■出典 加瀬清志・畑田国男『雑学・日本なんでも三大ランキング』講談社、1997年
2007.05.08
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5月3日は桜満開の弘前城を訪れました。まずは画像を。最初は本丸の濠の風景。パンフレットによると、カメラ撮影のビューポイントです。次は本丸から望む岩木山。くっきり見えないのが残念ですが、当日は天気も良く暖かい一日でした。岩木山をまともに見たのはおそらく初めて。弘前の町中を歩くのは勿論はじめてです。最後に藤田記念庭園。ここで昼食をいただきました。古い建物が保存されていて素晴らしい。早朝に仙台を出て、9時頃に弘前市内へ。無料駐車場に何とか車を入れて、弘前城(鷹揚公園)へ。もちろん人出がすごくて、城内では子ども達が迷子にならないよう気を抜けないほどです。天守閣が残る城下町は(再建したものを除いて)、東北では弘前だけである。そして桜の見事だが、植物園や運動公園としても市民の憩いの場になっているようだ。また城跡の一角にある市民会館では、津軽三味線の大会があったらしく、周囲で練習に励む参加者の奏でる音色が響いていた。町の中心に、濠をめぐらす大きな城跡を持つ町としては、東北では、鶴岡、山形、米沢、秋田、会津若松といったところだろうか。鶴岡も素晴らしいとおもったが、弘前も本当に素晴らしい。もしこの町で若い時期を過ごしていたら人間が変わっていただろうか、と素晴らしい町を訪れるたびに思うのだ。
2007.05.07
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5月6日は3連泊した湯治宿を出て仙台に戻る日。八幡平アスピーテラインを朝8時30分の開門と同時に通過する。県境付近から見るモッコ岳です。道路はまだ「雪の回廊」の雰囲気。岩手県に入ってすぐ、樹海ラインに分岐したところの藤七温泉。彩雲閣という名の通り、日本(東北?)で一番標高の高い露天風呂だそうです。海抜1400メートル程度。風呂から岩手山も眺めることが出来ます。イワツバメが飛んでいました。小学生の頃習った覚えのある地熱発電所の辺りを経由して松川に下ります。途中に水芭蕉の沼が見えました。その後、岩手山麓をグルッと回って小岩井農場へ。ここで昼食。もちろん湯治宿で朝に作ったオニギリです。牛乳工場に寄って見学。牛乳の試飲もできます。私自身は20年ぶりに近い。そして、最近有名になった一本桜です。この画像は綺麗すぎますね。そうです、これは写真パネルを写したもの。本当の現場は次の画像です。時期的にも桜にはちょっと遅いのですが、今年は鳥が花を食ってしまったのだとか。地元テレビ局の人が取材に来ていて、話していました。その後高速道で仙台へ。途中に雨になる。帰宅は4時頃。
2007.05.06
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秋田県内の某所での湯治3日目。この日は夜来の雷。夜は稲妻と雷鳴でよく眠れなかった。朝に一度食材を補給しに車で店に行ってきた以外は、宿の中で過ごす。風呂に4回くらい、あとは部屋で昼寝や読書。携帯もつながらない。窓の外には雪が残っている。子ども達とトランプなどもする。食事は共同炊事場で作るが、全国各地から滞在客が来ている。半分観光の私たちだが、ほとんどは本当に湯治目的できており、この宿に長期滞在しながら、あるいは他の湯治宿に移動したりして長い期間を過ごすのだそうだ。
2007.05.05
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湯治2日目は、早朝に玉川温泉へ。開門前から車の列。何とか駐車場に入れて、岩盤浴。私らのように観光気分の人も多いようだが、真剣に向き合っている人も少なくない。つまり、不治の病を宣告された人だ。話す中身が違う、と言って、妻や母は良い場所を早々に譲って出てきたそうだ。北投石も初めて見た。雑誌や旅行パンフでよく見るが、谷あいに湯気が立ちこめ、むき出しの岩盤に人々がゴザを敷いて寝ている。その風景だ。その後、アスピーテラインで後生掛温泉へ移動。5年前の年末に湯瀬温泉に家族で連泊した際に、ホテルのバスで日帰りツアーのような感じで雪深い中を訪れたことがあった。施設の風景を見て思い出した。当時まだ5歳だった上の娘は思い出せなかったようだ。今回は温泉には浸からずに、散策路を歩く。まだ雪渓が残っており完全には歩けない。それでもマッドポットなどを見ることが出来たし、遠くに雪山を望み、近くに水芭蕉を眺め、ウグイスの声を聴く、初夏の風流を楽しめた。この後、八幡平ビジターセンター駐車場で車中で昼食。湯治なので、当然ながら、朝用意してきたオニギリを食す。その後、新玉川温泉に移動する。ここも結構混んでいた。湯に入る。強い酸性だそうだが、飲泉もしてみた。
2007.05.04
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昨日(3日)から秋田県内のある温泉宿で湯治中です。現在は新玉川温泉に浸かった直後です。詳細は後ほど。
2007.05.04
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殖産銀行と山形しあわせ銀行が合併して、連休明けの5月7日(月)から「きらやか銀行」がスタートするという。(きらやかホールディングスのニュースリリース)すでに両銀行は株式の全部を、親会社であるきらやかHD(平成17年10月設立)に移しており、持ち株方式での経営統合はなされているが、銀行システムの統合などに要する期間を経て、今回は銀行としての合併も完結することになる。将来は「きらやかフィナンシャルグループ」傘下の関連会社・グループ会社全体を統合する方向という。ちなみに、経営統合(持ち株会社設立に関する銀行法上の認可)の際の東北財務局長談話というのがあって、「両銀行においては、今般の持株会社設立により両行のノウハウを結合しより高質の金融サービスをグループ一体で提供し、地域経済の発展に貢献するとともに、併せて経営効率の向上、コスト構造改善を実現するとしている。当局としては、今般の持株会社設立により、経営基盤が強化され、地域の利用者ニーズに対応した金融サービスの提供や地域が必要とする円滑な資金供給を通じて、地域経済の発展により一層貢献することを期待している。 」(一部当ジャーナルで要約)とコメントされている。地方金融界の再編については、斎藤知事なら詳しいだろうが、私は全く門外漢だ。よくわからないが、経営統合が、当局の方針にも沿っているということなのだろう。山形県外では、宮城県に6支店(いずれも仙台市)、新潟県に4支店(新発田市、新潟市、村上市)、ほかに、秋田県、福島県、東京都、埼玉県。預金量は両銀行とも約6千億円で同規模。荘内銀行の7千億円をしのぎ、山形銀行の1兆6千億円に次ぐ、大銀行の誕生となる。ここで改めて東北の地銀を概観してみる。(東北財務局資料、平成18年度中間決算資料)預金量でみると、七十七銀4兆9千億がトップ。七十七銀は、経常利益もダントツ、自己資本利率も青森銀に次いで高い。預金量で第2位は東邦銀。以下、岩手銀、秋田銀、青森銀、みちのく銀、山形銀、北都銀。第9位に初めて第二地銀の北日本銀行が登場し、ここまでが1兆円以上の預金量。以降は、1兆円未満になるが、仙台銀(第二)と荘内がほぼ同規模で並び、以下、大東銀(第二)、殖産銀(第二)、東北銀、山形しあわせ銀(第二)、福島銀(第二)。最後の4行もほぼ同規模。従って、きらやか銀行の誕生で、これからも下位行の統合が加速するのではないかと、素人考えとしては思うのだが、あながちピントはずれでもないだろう。■関連する過去の日記 ○地方金融市場と山形県の産業集積を考える(06年4月11日)
2007.05.03
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実はずっと気になっていた。先月に家族で東京ディズニーリゾートに行きました。2日間かけてランドもシーも存分に楽しんで、子ども達大満足。さて、初日TDLのワールドバザールの中で音楽隊が登場して見事なディズニーのメロディーを聴かせます。少人数なのにパンチのある演奏、さすがです。写真はその演奏なのですが、ソプラノサックスがストレートではなく、アルトのようにカーブしている。よくテーパー管の吹き込みの所だけが曲がった格好いいソプラノは見るが(一般にはそれを指してカーブドと呼ぶのかも知れない)、タツノオトシゴのようにかわいく曲がったソプラノはあまり見ない。ストレートの場合、どうしても管を支える指が体(腹)から離れてしまうから、この方が随分演奏しやすいように想像する。多少音色は変わるだろうが。妻と子ども達が買い物している間、私はこの演奏を聴きながら、ある事を悩み始めてしまい、どうしても気になってしまった。それは、ラベルがボレロで使ったのはテナーとソプラノ(ラベルの指定はソプラニーノだったかも知れない)だが、ひょっとしたら現在のBbではなくて、C調のものだったのだろうか。まあ、そういう小さい悩みは良いとして、ボレロの独奏楽器の順番はどうだったろうか。テナーサクソフォーンは2巡目のB主題だから、7番目で間違いない。最初のA主題はフルート、次はBbクラリネット、B主題の最初がファゴット、次がEsクラリネット。ここまでは多分間違いない。5番目がA主題に戻って、伸びやかに典雅に演奏する楽器。オーボエなのだが、イングリッシュ・ホーンかなにか、とにかくラベルのことだから普通じゃないヤツだったな。やっと今調べましたら、オーボエ・ダモーレでした。調性はA調。オーボエとイングリッシュ・ホーンの中間に位置する。その名も、愛のオーボエですね。素晴らしい。ラベルはオーボエ・ダモーレの他に、イングリッシュ・ホーンもオーボエ2席のうち1席の持ち替えとして指定したようだ。ちなみに、オーボエの1オクターブ下のバス・オーボエは、ホルストの組曲惑星の「土星」にソロで出てくる。これは知っていました。ホルストもバス・フルートやユーフォニウムを用いたり、オーケストレーションに凝ったようですね。さて、ボレロの順番の話にもどるが、6番目はフルートとトランペットのユニゾン。普通にはあり得ないが、管楽器を音のパレットとして使っている感覚か。その次にいよいよテナー・サクソフォーン。私は初めて聴いた中学生の頃はアルトだと思いこんでいた。楽器の音色は音の移り目に現れると言うが、従来の管楽器にない、明るいのに奥深くて淡麗で豊かな音色。ラベルの卓見ですね。そして次の8番目は、B主題をソプラノが伸びやかに歌う。想像だが、ラベルの本来の指定は、7番目はテナー単独だが、8番目はB主題の前半8小節はソプラニーノで、B主題後半は下がってくるフレーズなのでソプラノを使う(テナー奏者が持ち替え)という意図なのではないか。楽器の最も美しい音色が出る音域にこだわったのではないか。B主題はおそらくBb(実音)から始まると思うのだが(楽譜を確かめていない)、ソプラノよりはソプラニーノの方が、通常の倍音域で安定した音を出せる。しかし、主題の最後の方は2オクターブくらい下がるから、ソプラニーノ(Eb)では音域を越えてしまい、ソプラノに橋渡しする、と言う風にラベルは考えたのかも知れない。3巡目の第9番目以降は、ラベル独特の管楽器の組み合わせで、もうわからない。唯一ソロで見せ場があるのがトロンボーンだが。おそらくディズニーリゾート広しといえども、ボレロのソロの順番を思い出しているヤツは、絶対に他にいなかっただろう。ついでに、こんな夜中にさんざん悩んだボレロの順番を確かめて、やっと安心して眠りに就こうというオヤジも全国に私だけでしょう。ちょっと自慢して、寝ます。(TDSは5周年でした)
2007.05.02
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4月最後の日の昨日は好天でした。家よりも外の方が暖かく、さわやかに渡る風も初夏の雰囲気。近くの山道をウグイスを探しに歩きましたが、軽く汗ばむくらいです。山形では26度で夏日。宮城県内(大崎市)や福島県内(いわき市など)でも27度にまで上がる、まさに初夏の一日となりました。そして今日は5月1日。昨日よりは随分と肌寒く感じます。気になるのはイーグルスですね。フルスタでまさかの3連敗、それも内容が肌寒かった。熱く燃える試合で5月攻勢に転じよう。まずはソフトバク3連勝をめざして!画像は朝の庭でつぼみを一生懸命食べているヒヨドリ君。あんまり食べないでヨ。
2007.05.01
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