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ラジオで福井弘文さんが言っていた。今日はブルー・ムーン。月に2度目の満月。2年か3年に一度の珍しい満月で、願い事を叶えられるとか。そんな話を聞いて、夜に子供達と一緒に庭に出て写真を撮ってみた。曇り空に時折月が顔を出す。子供達は何をお願いしたのだろうか。
2007.06.30
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イーグルスのラジオ中継を聴きながら、なのですが、とても嬉しく思っている他チームの話題。ハマのおじさん、工藤公康選手です。217勝を挙げて名球会。本当に素晴らしいですね。実は編集長も同い年。工藤選手の若い頃は、生意気な若僧みたいな印象もありましたが、日本シリーズで安打を放ったり、素晴らしい活躍で西武の黄金期を作りました。人格も素晴らしいそうで、私も見習わねばなりません。先日の2勝目のインタビューでは、童顔と言われた顔には、目尻に深いシワが刻まれていましたが、それも含めて、格好いい絵でした。いい男です。確証は無いのですが、工藤選手のお父さんが青森出身だという記事を昔読んだように思います。青森には多い名前ですね。亡くなりましたが、「あゝ上野駅」の井沢八郎さん(本名は工藤さんで、娘が工藤夕貴さん)もです。我が心の同級生、工藤選手。いつまでも頑張れ。編集長もがんばります。おっと、いま草野が同点ホームラン!! 再びラジオに熱中します。
2007.06.30
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イーグルスの格好いいポスターに書いてあることばだ。毎朝駅で見るのだが、ちょっと不満な負け方をした翌朝などは、「戦ってくれ、君たちが」と心の中で思ったことも、実はある。ところで、「俺たちと」とは、俺たちと一緒になって戦ってくれ、の意味なのだが、考えてみると、「~と戦う」という言い方は、「~と一緒に戦う」の場合もあれば「~を相手に戦う」の場合もある。「戦ってくれ ソフトバンクと」と言えば、ソフトバンクが相手だ、とわかる。「~と」に入る名詞だけで、「と」が「一緒」の意か「相手」の意かが自然とわかるのだから、日本語って面白い。「戦ってくれ 俺たちと」は、もちろん「一緒」の意味だが、例えば次の場合はどうだろう。エラーだらけの草野球チーム。誰も相手をしてくれない。困ったキャプテンは、仕方なく車で2時間もかけて隣県の某工務店のチームに頼み込んだ。「戦ってくれ 俺たちと」これだと「相手」の意味になる。状況によっても変わると言うことだ。
2007.06.30
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定禅寺通りにある、ご存じ龍亭。めったに通りませんが、昨夜はたまたま通りかかったので、撮りました。無性に食べたくなりました、冷やし中華。ぐっとこらえて通り過ぎましたが。仙台の名物といえば、冷やし中華。浅野前知事には大したものじゃないと言われましたが、堂々とした一大名物ですよ。いや、大したこと無いからこそ、偉大なのだ、とも言いたくなる。昭和12年に初代の四倉さんがつくった冷やし中華(涼拌麺)でした。今や押しも押されぬ仙台の食。正確には、北京料理龍亭という店名。正面の丸いデザインが良いですね。実は、10年以上前に一度だけ入ったことがあります。龍亭さんのある錦町の近く、NHK向かい上杉通りに面した「藤屋」さんの冷やし中華も、おいしいですね。どちらの店も、冬でも出してくれるはずです。書いているだけで、食べたくなります。最後にどうでも良いことを1つ。タイトルには「冷やし中華」と記したが、龍亭さんのHPでは「冷し中華」。どちらでもいいのだけど、仙台市のHPでは「冷やし」としているようだから、お堅く、こちらを採用しました。河北新報の食WEB研究所の「冷し中華日記」では、両者が混在しています。本当にどうでもいいことでしたが。■シリーズ仙台百景 以前の記事です。こんな企画で100枚まで続けるのが目標です。 ○県民の森(シリーズ仙台百景 21)(07年4月8日) ○数字の練習ボード?(シリーズ仙台百景 20)(07年3月25日) ○半田屋一番町に進出!(シリーズ仙台百景 19)(07年3月1日) ○仙台百景画像散歩(その18 撮影成功!霊気のトンネル)(07年2月6日) ○仙台百景画像散歩(その17 変な漢字の看板)(07年1月28日) ○仙台百景画像散歩(その16 駅前東宝ビル)(07年1月13日) ○仙台百景画像散歩(その15 空から見た仙台)(06年12月29日) ○仙台百景画像散歩(その14 光のページェント)(06年12月13日) ○仙台百景画像散歩(その13 東京スター銀行)(06年11月30日) ○仙台百景画像散歩(その12 建設ラッシュ再来?)(06年11月10日) ○仙台百景画像散歩(その11 E721系電車)(06年7月25日) ○仙台百景画像散歩(その10 ワンコイン端末)(06年7月7日) ○仙台百景画像散歩(その9 ヤギさんの看板)(06年6月19日) ○仙台百景画像散歩(その8 キック治療?)(06年6月18日) ○仙台百景画像散歩(その7 ホテルモントレ)(06年6月4日) ○仙台百景画像散歩(その6 佐々重ビル)(06年5月24日) ○仙台百景画像散歩(その5 車止めポール)(06年4月29日) ○仙台百景画像散歩(その4 オロナミンC)(06年4月4日) ○仙台百景画像散歩(その3 東仙台案内踏切)(06年3月22日) ○仙台百景画像散歩(その2 はんだや)(06年3月18日) ○仙台ミステリー?風景(06年3月4日)
2007.06.29
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伊達政宗が秀吉の動員令に従い小田原に出発する直前の天正18年(1590年)4月5日、世にいう政宗毒殺未遂事件は起きた。兄の最上義光に唆された母義姫が、小次郎かわいさに政宗の膳に毒を盛らせた、というのが従来の定説だったろう。伊達家正史である「貞山公治家記録」の立場であり、義姫が会津黒川城から山形城に逃れた時期も、政宗が小次郎を殺した4月7日の夜だとされてきた。しかし、義姫の出奔は文禄3年(1594年)11月4日夜だとする史料が近年になって発見された(虎哉和尚書状)ため、義姫の関与について再検討が迫られている。伊達家文書では、事件後も母と政宗の間に情愛ある文通があったことが明らかで、義姫の殺意と出奔について疑問が生じている。従来あまり注目されていなかった史料に、事件直後に政宗が側近(茂庭綱元か)に宛てたと思われる手紙が残されている(亘理家文書)。その中で政宗は、母から毒の膳を勧められたが一命は取り留めたこと、これは弟小次郎を擁立する一派の陰謀であること、母を殺すことはできないので弟を手討ちにしたこと、これは内部抗争を未然に防ぐやむを得ない処置であったこと、などを打ち明けている。そして最後に、このことは他人に話せないので、そなたの方で斟酌して世間へ口説き広めて欲しい、と述べている。また、政宗が伊達家内部の小次郎派を一掃するために仕組んだ一人芝居とするのが、海音寺潮五郎「武将列伝」の所説だ。■以上は、『歴史群像名城シリーズ13仙台城』(学習研究社、1996年)、佐藤憲一さん執筆部分による。■関連する過去の記事 伊達者の真骨頂を考える(06年11月26日) 伊達文化の誇り 伊達政宗の度量(06年3月1日)
2007.06.28
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今、東北で話題の人と言えば、何といってもこの方。国会にはストップ男が登場するが、前代未聞の飲酒運転による県議会ストップ男の登場だ。飲酒運転の村山隆・山形県議会議員だ。辞職勧告決議に従わず、本会議が22日に流会。議会の空転は県民の信頼を失うとして、25日県議会は本会議を開いた。村山県議は改めて辞職を拒否し、本会議に出席。その後、議会運営委員長らが村山県議を訪れ、議員自粛又は出席自粛を改めて申し入れたが、県議は拒否。本会議では質問に立った複数の県議が、冒頭村山議員に辞職を促してから質問したという。村山議員の言い方は、「議員としての職務を全うする」だそうだ。本人が全うするとか、全うしたいとかが重要ではなくて、選挙民の信託があるかどうかが先にあるのだが。自営業じゃなくて公職なのだから。もう多言を要すまい。(前に多言しました。下の記事。)■関連する過去の記事 山形県議会議員の飲酒運転問題を考える(07年5月25日)
2007.06.27
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上の娘はH9生まれで、九星では三碧木星になるそうだ。お父さんが仕事場で保険の外交の人からもらうパンフの「占い」を読んで、大いに騒いでいる。えっ、何コレ! 当たってる。何で! すごい!なんて書いてあるんだ、と聞くと、仕事の先延ばしは後で痛い目に。少しでもできることを片付けるように。アナタの信用を試される時です。なるほど、いつも親に言われていますな。
2007.06.26
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最近は朝井投手が粘りのピッチングで、若きエースの雰囲気も出てきた。ルーキーの田中も風格を感じる。また、不思議なほど勝ち星に恵まれない有銘も今年こそブレイクして欲しい。朝井は近鉄の2001年ドラフト1位。近鉄時代から応援しているが、そう言えば、近鉄のD1位は昔から投手が多かった。イーグルスになってからの花のD1、一場や松崎も活躍して欲しいが、近鉄時代のD1と言えば、片山投手とか未だ芽が出ていない(失礼)選手も。ここで、近鉄のD1位選手を整理してみよう。なお、カッコ書きは、2位以下の主な選手。65 田端謙二郎 投(鈴木啓示) 66 加藤英治 投、門野利治 投 67 三輪田勝利 投 拒否(小川亨) 68 水谷宏 投 69 太田幸司 投(神部) 70 市橋秀彦 投(石渡)71 佐々木恭介 内(梨田、橘、羽田、平野) 72 仲根正広 投(有田、井本) 73 栗橋茂 外(太田清) 74 福井保夫 投(村田辰美、吹石、谷宏明)75 中野英明 投76 久保康生 投(カズ山本)77 金光興二 内 拒否(山口哲治) 78 登記欣也 投(森脇)79 藤原保行 投 80 石本貴昭 投(大石) 81 金村義明 投(住友) 82 加藤哲郎 投 83 小野和義 投(吉井、村上) 84 佐々木修 投(吉田剛、山崎慎太郎、鈴木貴久)85 桧山泰浩 投 86 阿波野秀幸 投 87 高柳出己 投(木下) 88 米崎薫臣 内(赤堀 89 野茂英雄 投(石井浩郎、藤立、入来兄) 90 寺前正雄 投(水口、佐野)91 高村 祐 投(中村ノリ)92 小池秀郎 投93 酒井弘樹 投(大村) 94 田中宏和 投(川口憲史)95 福留孝介 内 拒否 96 前川克彦 投(大塚、礒部) 97 真木将樹 投(高須、森谷)98 宇高伸次 投(藤井)99 宮本大輔 投(梅さん山下、岩隈、鷹野) 00 山本省吾 投(牧田)01 朝井秀樹 投(有銘、長坂)02 坂口智隆 外 03 香月良太 投 ああ、懐かしい。そしてイーグルス04 一場靖弘 投手(渡邊恒樹、塩川)05(大・社)松崎伸吾(青山、西村、草野) (高校生)片山博視(銀次)06(大・社)永井怜(嶋、渡辺直人) (高校生)田中将大
2007.06.25
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いつの間にか大きなプレートも掲げられました。利府町のグランディ21宮城県総合体育館。ホットハウス・スーパーアリーナと呼ぶそうだ。命名権も定着してきた。フルスタ。ユアスタ。デンスタ。これは何と略すのだろう。
2007.06.25
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いやぁ、チンギス・ハーンは偉大だった。あっという間に大帝国を建設。軍事力だけでなく知力にも優れたカリスマ指導者だった。モンゴル高原の一氏族が最強軍団を率いて世界に版図を広げた歴史は、非常に興味深い。チンギス・ハーンの生涯、最強軍団の秘密、征服の過程など、わかりやすく読める本を手にしている。草原民族の文化や当時の世界情勢なども伺えておもしろい。■歴史群像シリーズ特別編集『チンギス・ハーン 大モンゴル“蒼き狼”の覇業』学習研究社、2007年東北人として欠くことのできない、例の俗な期待を、実は抱きながら読んでいるが、残念ながらそっちの方は言及がないようだ。そうです、義経伝説。やっぱり。でも残念。
2007.06.24
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岩手の滝をひたすら写真で紹介する本を読んで(眺めて)いる。■生田理和『岩手の滝』 無明舎出版、2007年地球の営みが山を作り雨を降らせる。水の流れが落差を下るとき、滝になる。自然の必然か、造形の偶然か、なんにしても水が落ちる所、そう説明すれば、それだけのことかもしれない。しかし、滝の音は心に響き、心を潤す。その表情も実に多彩で豊かだ。静寂の深山でひとり轟音で周囲を支配するものもあれば、また紅葉の峡谷に白糸を引くものも、或いは、雪をまとう氷の刀となって峻厳な静の世界を見せるものもある。この本には県内まんべんなく、116の滝の写真が収められている。著者の方がすべて走破したのだろうか、滝へのアプローチも記載している。滝を訪れるには格好のガイドブックだ。大変な労作だが、各地の滝を歩いて本にする、そんな充実感あふれる取り組みに、羨ましさも感じる。もちろん、私には文才も、写真の才も、もちろんそんな時間も、ないのだけれど。■関連する過去の記事(「滝」関連) 東北の滝(07年3月9日) 日本三大名瀑(06年11月10日) 鳥海を訪れる(06年7月30日)「元滝」の画像があります
2007.06.23
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サクランボ収穫のピークを前に、またも盗難が相次いでいるという。山形県警も警察官を配備して警戒しているという。そんな中、24日には安倍首相が山形を訪れて、参院選に出馬予定の篠原みえ子氏を応援するそうだ。その足で、首相は東根市の園地でサクランボの収穫状況を視察するという。ほおばる写真がニュースを飾るのだろうか。私はその映像をみるときどう感じるだろうか。
2007.06.22
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第6回全国藩校サミットが鶴岡で23、24の両日開催される。酒井家当主の酒井忠久致道博物館長が実行委員長だ。(荘内日報の情報)藩校サミットは、藩校の果たした役割や意義、精神、学問を再認識しながら伝統文化を継承し、今後の教育や文化に生かしていこうと、これまで湯島聖堂(東京都)や会津藩の日新館(福島県)、多久藩の東原庠舎(とうげんしょうしゃ)(佐賀県)、高梁藩の有終館(岡山県)、高遠藩の進徳館(長野県)で開かれてきた。サミット第2回が日新館ゆかりの会津若松市で開催されている。今回の東北関係参加藩校は、3県から以下の通り。致道館(庄内藩、山形県鶴岡市)里仁館(庄内松山藩、山形県酒田市)養正館(天童藩、山形県天童市)興譲館(米沢藩、山形県米沢市)明倫堂(新庄藩、山形県新庄市)有備館(岩出山藩、宮城県大崎市)養賢堂(仙台藩、宮城県仙台市)日新館(会津藩、福島県会津若松市)養老館(守山藩、福島県郡山市)立教館(白河藩、福島県白河市)致道館(解説)は建物が現存する東北唯一の藩校。庄内藩中興の英主である第9代藩主の酒井忠徳(ただあり)公が、藩士士風頽廃(しふうたいはい)を憂い、藩士子弟の教育と役人の養成を目的に1805(文化2)年2月に開校。徂徠学を漢学に取り入れ、自学自習を教育方針とした。また、里仁館は、支藩の庄内松山藩(旧松山町)に1869年に創設された。これら2つの藩校によって養われた教育の伝統は、人づくりの教育を重んずる庄内の風土となって廃校後も受け継がれている。鶴岡での開催は、まさに藩校サミット開催に相応しい。当日は「藩校教育を今に生かす」と題したパネルディスカッションが致道館向かいの文化会館で行われ、徳川恒孝氏(徳川宗家第18代当主)や宗像精日新館館長、植松芳平里仁館館長、富樫恒文鶴岡市立朝暘第一小学校校長などが出演される。時間があれば、鶴岡に行って先達の人づくりの気概に触れ、また初夏の鶴岡の文化に触れて、庄内の沈潜の風に吹かれて来たいところだ。■関連する過去の記事 鶴岡を訪れて考える(05年11月5日)
2007.06.21
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なぜか思い出すのだが、3年ほど前のこと。当時2年生の上の娘と初秋の蔵王で親子キャンプに参加した。2日目の山歩きはあいにくの雨模様。でも子供の忍耐力は意外とすばらしい。一度始めると最後まで完歩しようとする姿勢には、ひそかに感心した。日ごろのグータラは親の鏡か。時折の野外活動も必要だ。 さて、その時のこと、雨で足下の悪い斜面を降りてくる途中、建物の入口階段に腰を下ろして休む。冬はゲレンデのレストハウスになる建物だ。しばしの休息の後また歩き出す。指導者の先生が子供たちに声をかける。 「お~い、みんな~。降りれ~。」 あれ、降りろ、ではなく、降りれ、ですか。なんだか新鮮でもあり懐かしくもある響きだ。ずーっと昔子供の頃に、食べれ、降りれ、の命令形を誰かが話していたような気がする。岩手の私の育った地域で普通に話す用法ではないのだが、耳に残っているのも確かだ。どの辺りの言葉なのだろうか。何十年ぶりに聞くコトバ、この先生はどこの出身なのか、などと一人考えていた。 食べる、降りる、の標準的な活用における命令形は、食べろ、降りろ、だ。上(下)一段活用の動詞だから。これをワザと五段活用的に命令形を作ってみると、食べれ、降りれ、となる。昔の日本語と関係しているかも知れない。 さて、この用法で行くと、こうなるはず。 (上一段活用)降りれ、起きれ、落ちれ、着れ、浴びれ、閉じれ(下一段活用)食べれ、捨てれ、寝れ、受けれ、見せれ、出れ それでは我が家の日常の会話を、食べれ降りれ用法で表現してみよう。 (朝)コラ早く起きれ。階段降りれ、ご飯食べれ、早く家を出れ!(夜)オイ学校のプリント見せれ。部屋のゴミ捨てれ。パジャマ着れ。サッサと寝れ! 子供たちはコトバの感受性と順応性が高いから、もし親がこんな会話していれば、子供たちは確実に食べれ用法の言葉の伝承者になったろう。
2007.06.20
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岩手がわかる雑学キーワード事典『ずっぱり岩手』が復刻されたそうだ。今朝(19日)の河北新報で見たのだが、出版は盛岡の熊谷出版。今年に最新版を出したら、12年前の初版本を見たいという声が寄せられて復刻したとのこと。ずっぱり岩手プロジェクトというサイトもある。ずっぱり」とは物が一杯詰まっているの意味の方言だそうだが、岩手県で育った私も知らなかった。面白そうな本なので、入手してみたいです。
2007.06.19
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つまらないブログですが6万アクセスをいただきました。もともと自分の勉強や考え整理のノートですから、読んでもつまらないし、テーマも地味ですね。それでも、訪問して読んで下さる方には大感謝です。感謝の気持ちとして、今回特別に当ジャーナル編集局のあるビルを堂々と写真でご紹介!! 編集長のオフィスはココ......というのは真っ赤なウソでして、このビルは、仙台駅からフルスタに向かう宮城野通り(ITアベニュー)で、仙台駅から歩くと森ビルを過ぎた交差点のあたりにあります。イーグルスファンならご存じの方多いでしょう。単なる名前の類似で、このビルと当ジャーナルは残念ながら縁がありません。オダシマビル関係者の方、すみませんでした。
2007.06.18
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加美町の再選挙は昨日が投開票。当選した候補5066票、次点が5060票。実に、0.1パーセントの僅差だった。5人の候補に票が割れた前回から比較すると、当選者は939票上乗せ、次点者は1218票を上乗せした。今回は4人が立候補して、前回と順位は同じ。前回5位で今回は立候補を見送った候補の票を各候補が分けあった形だが、3位の候補は前回より49票だけプラス、4位の候補は逆に今回の得票を減らしているから、有権者も上位2者に集中したことがわかる。異例の再選挙の結果だった。■関連する過去の記事 加美町長選はついに再選挙(07年4月22日)
2007.06.18
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今季2度目の単独参戦。良い天気でさわやかな初夏の風が渡る絶好の観戦日和。ライトスタンドの芝生に陣取った。朝井は初回こそ四球から1点を失うが、以後は3回に犠牲フライで1点を失ったほかは、三振をバタバタ取って、素晴らしいピッチング。大崩れしないところに成長が見えた。前半は球数が多くてヒヤヒヤさせたが、4回からはストライクが先行。安心して観ていられた。守備もファースト・ホセのはじいたゴロを高須の軽快なカバー(8回)、嶋の盗塁刺殺(8回)など、堅調に盛り立てる。そして打線だ。2回にキング山崎風格の四球、6番先発牧田のショート越え左前安打から、今日スタメンの中島が見事にレフト線に2点タイムリーヒット。中島何かやってくれそうな予感に、ピタリと応えてくれた。ちなみに次の嶋の打席は珍プレーだった。セカンドゴロをはじいて追加点かと思いきや、塁審にゴロが当たって、嶋の記録はヒット、走者1、2塁となった。主審のマイク説明があったが、珍しいプレーだろう。3回のリックの安打(1ヒット1エラー)のほか、土肥に要所を締められたが、結果的に2回の3点がものを言った。朝井のピッチングの勝利だ。最後は福盛が締める。朝井はこれで今季3勝目。しかし大きな価値ある勝利ではないか。先発でやっていける自信がついたのではないだろうか。イーグルスの最年少の若武者と言われてきたが、田中などの加入で地位に微妙な変化も。しかし実力は十分エース候補だ。これで今後の投手陣の柱に一歩前進、と期待したい。頑張れ朝井。画像は4回裏の中島の第2打席。2回の見事なヒットの後で、打率10割。なんだか嶋選手の時を思い出しますね。
2007.06.17
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昨日のイーグルスは残念。TVで観ていたが全く良いところナシ。悪い面を全部出し切ったと割り切って、今日は好投と連打で行きましょう。さて、テレビ放映中のCMに、球団公式スポンサーでもある自動車整備学校の花壇が何度か登場した。自動車整備「大学校」という。エッ、そうなの。いつから、何で!?大学校の呼称は学校教育法に準拠する大学以外に、各省や自治体が置く高等教育機関に使用されているのが通常だし、一般人もそう思っている。防衛大学校、気象大学校、各県の農業(実践)大学校などなど。大学校の呼称は法令上他者使用を制限されていないのだろうか。また、花壇や赤門は位置づけとしては専修学校だろうが、認可官庁(宮城県知事か)が校名について指導をしないのだろうか。調べると自動車関係は専修学校なのに大学校を称するものが多いようだ。4年制の一級自動車整備士養成課程がスタートしたため、これを称する資格があるということだろう。国土交通省と文部科学省が統一した見解を出して、各県知事に通達しているに違いない。課程指定の権限を持つ国土交通省からすれば、陸運分野行政の利権確保の狙いもあるのだろうか、専門学校ビジネスの悪弊の温床にならないことを願う(失礼)。さて、そんなわけで大変ややこしいことになった訳だ。そもそも花壇や赤門は「専門学校」を称していたと思うが、専門学校の名も制度的には複雑だ。学校教育法ではまず「専修学校」の位置づけがあり、このうち専門課程を置く場合に「専門学校」を称することができる。そして今度は国土交通省の指定を受けて大学校を通称できる、というわけだ。花壇のサイトを拝見すると、2年制の「専門学校」部分は学位である専門士を称することができるほか、2級自動車整備士の受験資格を得る。更にその上に2年間の専攻科が用意されているが、国土交通省サイドの1級自動車整備士の道があるが、文部科学省サイドでは学位はない。花壇の称し方もこうだ。「財団法人角川学園 専門学校 花壇自動車整備大学校」と。
2007.06.17
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藤原嘉藤治(1896-1977)は岩手県紫波町の出身。音楽教員などを経て開拓農家の指導者に。宮沢賢治の親友で最大の理解者。郷土を愛した偉大な先人だ。嘉藤治と賢治が出会った時は、嘉藤治が花巻高等女学校の音楽教師、賢治は花巻農学校の教員。既に新聞や雑誌で著名だった嘉藤治に、賢治が自作の詩の批評を求めて、学校の宿直室を訪ねたのだそうだ。やがて嘉藤治は賢治の人格や作品を高く評価し、音楽活動などをともにし、賢治の没後は全集の編集に取り組む。さらに戦後は開拓農民として地域活動に功績を残した。賢治の才能を初めて正当に認め、賢治の作品を世に紹介し、そして賢治の精神を体現して開拓農民の指導に尽力する。偉業の先人だが、岩手出身の私も不勉強で実はよく知らなかった。嘉藤治が開拓した東根山麓では毎年6月に、かとうじ山の音楽会が開かれる。今年も16日に行われるという(岩手日報記事)。郷土の先人を顕彰し、ふるさとを考える、すばらしい活動だと思う。
2007.06.16
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朝の掃除でこども部屋を覗いたら、標語が貼ってありました。姉妹で相談して書いたのだそうです。タンスに登るな、お父さんのハサミ使ったら返せ、などなど、いつも親に口うるさく言われては聞き流しているようでしたが、心にはチャンと残っていたのか、と感慨(涙)。確かに部屋が整頓されていました。やれば出来る。もう10歳と7歳ですから。最後に親の欲を1つ。あれも自主的に標語にしてもらえれば良いのですが...トイレの後は水を流しましょう!
2007.06.16
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私は滅多に衝動買いはしない。貧乏性が身に付いているから、迷った場合には必ずカネの掛からない方を選ぶことになっている。しかし今日は買ってしまった。帰りの書店で立ち読みしていたら、閉店の音楽が流れて、あわてて買ってしまった。長嶺超輝『裁判官の爆笑お言葉集』幻冬舎新書031、幻冬舎、2007年タイトルは営業コピー風だと思うが、中身はすばらしい。決して発言の表面的面白さを追ったものではない。裁判官が被告の更正を願って、あるいは社会への警告を込めて、または自身が判決を導くに至った苦しさを示して、判決理由中で、あるいは判決後の説諭で、また閉廷後に語りかけたりした発言を集めたものだ。特に刑事事件では裁判官はいかに被告に納得してもらえるかに、心を砕くのだそうだ。国家が合法的に自由を奪う行為ではあるが、ものすごいストレスなのだと聞いたこともある。法の適用それ自体はデジタルの行為だ。そうでなければならない。しかし個別の事件の解決においては、被告を納得させ、また被害者をも理解させ、社会に一般予防の効果をもたらすような配慮が求められる。そんな困難な仕事に日々格闘する裁判官に、敬意を抱かざるを得ない。著者は裁判傍聴マニアというプロフィールだが、丹念に資料を集めて記しているのだろう。事件に対する裁判官の姿勢を理解しようとし、また社会に向けたまなざしも感じる。心がある。そして、ちょっと視点が違うことなのだが、この本の書き方が面白い。まず発言を紹介し、解説は必ず1ページで済ます。読みやすいが、それだけでない。発言の中には、上記のような更正を願う裁判官の言葉だけではなく、コラムネタ風の意外な裁判官のホンネ、これはいただけない偏見の発露、など玉石混淆である。こうしたバラバラのものを、「裁判官の言葉」という一点で横に並べ、しかも解説1ページの体裁にこだわる、という「美学」が素晴らしい。形式は単一座標、悪平等的、なのに、中身はまさに色も重さも違う。うまく表現できないが、俳句やソネットの定型がむしろ無限の広がりを感じさせるようなもの、とでも言うか。くどくど書かないが、これら玉石の言葉を1ページずつにあえて簡潔に解説した、その集大成が、裁判官の人間性のみならず、現在の日本の世の中を、普段は感得しえない角度から、なのに何故かしら実感をもって感じることが出来る。珠玉の著書だ。
2007.06.15
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今日の仙台は快晴。これはナイター日和、とばかりに仕事帰りに数名でフルスタへ。風もなく一点の曇りない青空が暮れなずんでいく中での、観戦は気持ちが良い。そして、もっと素晴らしかったのが試合内容です。テンポの良い投手戦。田中がゼロを積み重ねる。これで8回裏に点を取れば、との期待に見事応えてくれました。代打草野のヒットを皮切りに連打。少ないチャンスをものにする、粘りと集中力のイーグルスが復活です。4点をもらった田中は、最後ちょっと力んだけど、堂々完封。最速151キロ。今季初めて内野1塁側で観戦。外野席も好きですが、やっぱり内野席は臨場感が違いますね。代打采配に見事応えた草野と、若きエースの風格を示した田中と、両選手のインタビューを心地よく聴いてから帰りました。連敗のことは忘れて、今日の勝利で、進化した今季のイーグルスに戻りましょう。交流戦は残り8試合、6勝2敗で交流戦終了時に今季通算5割復帰の計算だと思います。まずは今週のホーム3戦を最低2勝です。そう言えば、雨で流れた巨人戦1試合はいつに入るのでしょうか。
2007.06.14
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JRのパンフレットを手にした。「おんでやぁんせ八戸」で、八戸の魅力を解説している。中でも目を引くのが種差海岸。葦毛崎展望台、大須賀海岸の鳴き砂、白浜、天然芝など、夏に海を眺めながら歩いたらさぞかし気分爽快だろう。念願の八戸・下北の旅に是非組み入れたい。■関連する過去の記事 壮大なる八戸キャニオン(07年4月15日) 下北半島、大間に行きたい(2006年3月30日)
2007.06.13
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わがイーグルスは連敗で元気がない。今週のフルスタで盛り返しましょう。ところでイーグルスと反対に、4連勝で見事に春季東北地区高校野球の頂点に立ったのが、公立高校の県立一関第一だ。戦歴がすごい。初戦は光星学院を3-2と逆転勝利して波に乗る。次は秋田商業を5-2で振り切ると、準決勝は学法石川に逆転で3-2。10日の決勝は青森山田高校を5-0で完封と快勝。この大会の公立の優勝はもう20年もなかった。21年前に本荘高校が引き分けで両校優勝して以来だそうだ。岩手県勢の優勝は専大北上以来6年ぶりだが、公立では実に第17回大会(昭45)の大船渡工、第18回大会(昭46)の黒沢尻工に続く3校目だという。一関一は岩手県大会で2年連続で優勝しての立派な第一代表である。しかし、専大北上が出場していないこと、また有力私立がベストメンバーを組めないなど、特待生問題の尾を引いて公立優位と見られた面もないとは言えなかっただろう。そして、臨んだ東北地区大会では、他県勢の顔ぶれを見ると、5月中の各県大会は特待生問題でベストメンバーを組めなかったとは言え、層の厚さで勝ち上がった有力私立校が、東北地区大会では堂々とベストメンバーで挑んでくるのだ。一関一は昨年は初戦で仙台育英に5回コールド21-0と屈辱の敗戦を喫した。岩手第一代表とはいえ、客観的な目で見れば、誰が快進撃を予想できたろうか。ところが、である。上記のとおり、東北の常連校を接戦で撃破。特に、青森県内の公立校でも破れなかった青森の私立両雄を粉砕したのは素晴らしい。特待生問題で揺れた今シーズン。高野連の混迷ぶりをよそに、野球特待生など無縁の公立進学校の一関一が雄躍したのは、何か象徴的な感じもする。選手の頑張りを大いに讃えたい。ちなみに、各地区の春季大会の優勝校を見よ。駒大苫小牧(北海道)、千葉経大付、新潟明訓(北信越)、宇治山田商、智弁学園、広陵(中国)、高知、清峰(九州)。公立は長崎県立の清峰。総合学科1学年5学級の規模で、勿論野球特待生や留学はないはずなのに、甲子園でも活躍しているのは実に見事だ。それと野口みずきを輩出した三重県立の宇治山田商業。伝統ある商業高校だが、野球部も活躍している。そして我が東北は、有数の進学校でもある公立の一関一が制覇した。私はかねがね、野球留学や特待生問題は、大人の世界の暗部が問題なのであって、短い青春に自己実現を賭ける学生の自由と希望に水を差すような本末転倒な発想はやめるべきだと書いてきた。一関一の活躍は、特待生問題やその「決着」などに腐心する浅はかな発想を蹴飛ばす、初夏のさわやかな一陣の風のようだ。念のため最後に記すが、もし高野連など関係者が、この快挙をもってして、やっぱり特待制度は無力だとか不要だとか言うのなら、あるいは特待制度を敵対視した今年の自分たち関係者が救われたなどと卑怯にも思うようならば、全くけしからん態度だ。学校として野球活動に一定の力を入れる学校、そこを目ざす生徒がいて良い。そして進学校で野球を一生懸命やる生徒もいて勿論いい。たまたま数としては前者のような学校が制覇することが多いだろうが、そうとも限らない。そして、だからと言って、特待制度が悪いわけでもない。同じ野球というスポーツに等しく一生懸命やっているのだ。彼ら高校生のひたむきさをそのまま受け止めよ。いいぞ一関一高。夏の甲子園もめざして欲しい。そして、軟式野球も県代表として東北制覇を目ざすという。軟式も頑張れ。■関係する以前の日記 ○高校野球特待生問題を考える(07年4月28日) ○本荘高はフェアプレー違反?-雨天コールド2題(06年7月23日) ○一関学院の甲子園出場を応援したい(06年2月2日) ○高校野球の「野球留学」論議について再び考える(05年12月2日) ○高校野球の「野球留学」抑制論議を考える(05年11月25日) ○高校生の「野球留学」を考える(05年10月20日)
2007.06.12
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白萩町の国分尼寺。天平時代に聖武天皇の発願で創建。本堂の後ろには、慶長6年(1902年)に自決したとされる和賀忠親主従の墓がある。小雨の日曜日。本堂の改修工事をしていました。
2007.06.11
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画像は松森城跡にある看板。次のようなことが書かれている。---------松森城は鶴翼の形から鶴ヶ城とも呼ばれています。頂上の平場は本丸跡、西側の平場は二の丸跡と言われ、北側は岸壁になっている山城です。戦国時代に国分盛顕がこの地に移り住み、最後の城主17代国分盛重が天正の頃まで居住しました。盛重は伊達晴宗の5男で政宗の叔父。慶長元年(1596年)の国分氏没落後は伊達氏の重要な城となり、江戸時代には仙台藩の正月行事「野初」の舞台となりました。---------鶴が丘と松陵の両団地に包囲されて残された丘陵地が松森城跡である。富谷から東に伸びる丘陵地は岩切洞ノ口で沖積平野に没する。その周辺には伊達上野築造とされる化粧坂城跡があり、やや西にある東光寺は東光寺城跡遺構とされる。さらに西の高森山は伊沢将監家景以来の留守家居城岩切城跡がある。松森城は、東西に留守と国分の境を成す要所であった。標高70メートルの頂部を削りだして2つの郭(平場)を造っている。東郭は高くて広く東西50メートル、南北100メートル。西郭は低くやや小さい。南面から見ると、この両郭はさながら鶴が左右両翼を広げて羽ばたく姿に似ており、また戦法上で言う鶴翼の陣の構えとなっている。宮城郡33郷を領した国分盛重が小泉村から松森に移り、たびたび岩切城主の留守氏と戦う。二の丸には盛重の重臣の高平大学が住んだという。城郭南麓には水濠が作られ町屋も形成されたそうだ。七北田川を挟んだ南岸には、現在は鶴ヶ谷団地となった笹森城(山笹森城)があり、3段の郭を持ち、鶴谷次郎の居城とも、留守氏重臣の兵藤氏のものとも伝えられる。また岩切の街道沿いの西に稲荷館跡があり、兵藤一族に関係するとされる。兵藤大隅は元和、寛永の頃の今市開墾の祖で、耕田寺に墓がある。県道泉塩釜線も今は免許センターやスポパーク松森を通る堂々とした直線道路だが、以前は岩切東光寺から台が原を通って丘陵南麓沿いに七北田まで通る細い道だった。根白石多賀城線と呼んだのかも知れない。この古い県道は鶴ヶ城跡の南を通っているのだが、さらに並行して一本北側、つまり城に近い道路があり、この辺が昔の町屋だったのだろうか。■参考 吉岡一男監修『新・仙台の散策 歴史と風土をたずねて』宝文堂、1990年
2007.06.10
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小2の娘から標語が届けられました。読んでみます。イカらないおこらないうでをくまないん~と痛いゲンコツはしないこれからのお約束 これからはちゃんとイカお君を守りましょう!!!!というものです。ちょっと親として補足しますと、「腕を組まない」とは、子供に対する怒りのポーズをしないでくれ、という意味でしょう。イカ男くん、というのは学校の防犯標語「いかのおすし」の(06年4月22日の日記)パクリでしょう。「く」と「ん」はチョイト苦しいですが、よく考えたものです。
2007.06.09
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塩竈市のホームページでは、竈の字の書き方が丁寧に解説されている。おカマの「釜」ではなくて、カマドですね、本当は。さて、宮城県内の市町村名で思い出すのは、今は合併で消滅した秋保町。平仮名では、あきう Akiu なのだと思うが、一般には あきゅう Akyuu と発音するように思う。そこで、何でも割り切れないと気の済まなかった若い私は、当時の秋保町役場に尋ねたことがあった。しかし、結局ハッキリした返事は無かったように思う。表記文字(あきう)と実際の発音(あきゅう)が異なったとして別に誰が困るわけでもない。そもそも あぎゅ~ Agyuu と言う人も多いだろうし。また、昔はアキホと呼んだ時代もあったと何かで読んだこともある。私の祖父もアキホと呼んでいた。それから、七ヶ浜と七ヶ宿。前者は シチガハマ だが、後者は シチ「カ」シュク で濁らないのが正式だそうだ。では、漢字の「ヶ」は大文字か小文字か。これで悩んだことがある。町のホームページをみると、七ヶ宿は、大文字小文字が混在、七ヶ浜は小文字で定着しているようだ。公式表記ならば法令文だろう。宮城県条例、例えば県議会の選挙区(多賀城・七ヶ浜選挙区)を定めた条例では、大きい「ケ」を用いるようだ。そう言えば法令文例では、つまる音(促音)の小さな「っ」を日常用語どおり小さく書くようになったのは平成になってからだったと思う。とすれば、大きい「ケ」が正しいのだろうか。なんだか、林家ペーの名が平仮名片仮名かの類の話だが、気になると夜も眠れない。同様の悩みとしては、鶴谷養護学校や泉岳少年自然の家はなぜこう表記するのか。鶴ヶ谷市民センターや泉ケ岳野外活動センターは「ヶ」や「ケ」が入るのに。入るとしても、大きいのと小さいので違うのはなぜか。石巻、一関、原町、台原、根白石などは、「の」を示す補助的な漢字や仮名を使わなくてもこの表記で定着したと言えそうだが、石ノ森章太郎が敢えて「ノ」を入れたから石森は「ノ」を入れるべきか。ところで、この場合の「ノ」のサイズは1マス分の大文字で良いのか。鹿又や曽波神(石巻市)はどうだろうか。鹿又と言えば、鹿ノ又交差点は「ノ」が入るような気もする。
2007.06.09
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今月初めに深浦町に漂着した4人の脱北家族は、衝撃的なニュースだった。陸路はコストが高すぎるから、所有していた船で新潟を目ざしたのだという。6日には、五所川原署から移送され、青森空港からヘリで茨城県の入管施設に行ったという。署員には口々に御礼の言葉を残したそうだ。さて、この漂着を地域の視点からみると、どうなのだろうか。対外関係だから、外交の領域ではあるが、地域としても当然無視は出来ない。今回は真実の脱北のようだから当人たちには申し訳ないが、どんな人間が上陸するかによっては地域に重大な脅威となる。また、今回も覚醒剤を所持していたと報道されたが、現に水際を抱える地域では、非公開的な駆け引きの外交処理だけでは済まされない側面がある。今そこにある危機だからだ。この点で、今回の問題は、地元の行政、警察、さらには海上保安庁としても蚊帳の外に置かれて困惑したようだ(東奥日報記事)。毎日新聞は、報道対応に追われた警察がほっと一息ついたと解説している。事件そのものも異例だが、押しかけるマスコミに、問われても県警の判断でモノを言えないもどかしさもあっただろう。朝日新聞は、五所川原署に保護されていた期間も、上陸地の深浦町を管轄する鰺ヶ沢署の署員が毎日往復して衣食の世話をした苦労を報じた。読売は、こんな騒ぎはもうたくさんとの深浦港の住民の声を報じた。関係者の皆さん、お疲れ様でした。
2007.06.08
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昨夜の試合は田中投手が実力を改めて示し、またキング山崎さんに一発。つまり、イーグルスの投打の中心がヒーローになったという理想的な勝ちではないでしょうか。しかも、新人とベテランという組み合わせ。おっと、吉田豊彦投手も忘れてはなりませんね。明日からは東京4連戦ですが、先発陣の踏ん張りがカギでしょう。頑張れイーグルス!
2007.06.07
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昨日の朝のこと。2階の部屋で着替えしていたら、いきなり小鳥が外から窓ガラスにぶつかって、跳ね返って隣家の瓦屋根にチョコンとすわっている。びっくりしたのだろうか。シジュウカラの幼鳥でしょうか、胸がほんのり黄色く、かわいい小鳥です。まだ灰色っぽい。庭を見わたすと、木のてっぺんの若葉にもハクセキレイ。成鳥だと思います。幼鳥の飛び方を見守る家族なのでしょうか。今朝は何羽か庭に来ています。我が家の子が言いました。窓を開けていたら鳥が家に入ったよね。前に学校の体育館に鳥が入って、先生が追い出すの大変だった、そうです。家に野鳥が入ったら、面白いでしょうね。(当初はハクセキレイかと思って書きましたが、シジュウカラと訂正していただきました。いつもありがとうございます。編集長謹白)
2007.06.06
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今日、いやもう昨日だが、帰りの電車は23時台になった。飲まず食わずで仕事の後だが、残業で遅いのは久しぶりなので疲れた。仙台駅ホームで発車を待っていると、アレアレ続々とイーグルスファンが乗り込んでくる。虎さんまで乗ってくる。そうか、フルスタのナイターは延長戦になったのだな。そういえば途中経過をチェックする間もなく、くだらない仕事をしていた。酔っぱらいとナイター帰り客であふれた電車で、わびしさを感じながらも、イーグルスの結果が当然気になった。この時間まで延長となれば、12回引き分けか。とすれば、タイガースの面々は国分町で飲むだろうから、明日は疲れて、イーグルスの勝利。ということで明日でまた5割復帰、ウシウシ、と思っていた。ファンの話し声から結果が推察できないよう、なるべく耳を傾けないように乗っていた。帰宅してニュースを見て、愕然。延長は延長だが、福盛打たれて10-5。アラ。こんな事もありますね。延長にもつれ込んだだけでも立派。はい。明日、いやもう今日のタイガース第2戦は、ちょっと雨が心配。でもおかげで500枚しかない当日券が売れ残ってくれないか。おばんでガすチケットで潜り込んで...などと考えているが、そもそも仕事が心配でラジオ観戦すらできないかも。ああ、頑張れイーグルス。頑張れ、オレ。
2007.06.06
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私は血液型もA型、一重まぶた、のっぺり顔。耳垢も乾いていて、酒に弱いので、弥生人(新モンゴロイド)の系統でないかと思われマス。日本人の原型は、アジア全体に住み着いた新人(古モンゴロイド)が、大陸と陸続きの氷河時代から、日本に住み着いたものと言われる(縄文人)。縄文人の耳垢が湿っているのは、熱帯の密林で耳に虫が入るのを防ぐためだという。南方系の形質を受け継いだものだ。顔の彫りが深いことから、弥生人の支配層が縄文人を「鬼」に見立てたという説明がよくなされる。その後、2千数百年前から朝鮮半島経由で西日本に新しい種族が渡来し、稲作や金属器を持ち込んだ(弥生人)。この種族は氷河時代のシベリア大陸に3万年前から住み着いて寒冷気候に耐えうるように進化した種族。これが東アジアに移動して日本も移住した。熱の発散防ぐために顔の凹凸が少なく(のっぺり)、身長も低め、まぶたの脂肪を厚くしたので一重まぶた、ということだそうだ。弥生人の形質は、現代日本人の中でも畿内を中心に、東北・関東から九州に強く見られるが、北海道(アイヌ)や沖縄方面には、より強く縄文人の形質が残っている。
2007.06.05
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やっと登れました。正しくは登ったのは子ども達で、私は見ていただけですが。塩釜のエスプにある、平間至さんのツリーハウスです。おっと、これも市立施設だから正しくは塩竈でしょうか。これまで何度かツリーまで来たのに、時間外だったりして登れなかった。良かったです。■関連する過去の記事 ふれあいエスプのツリーハウス(07年4月14日)
2007.06.04
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今日は残念ながら黒田に手が出ず負けました。交流戦は2戦ずつ気持ちを切り替えられるので、タイガース戦で頑張りましょう。さて、今季はフルスタに行くとホームゲームプログラムを頂きます。今回のVol.7は広告まで全部読みました。結構タメになることが書いていますね。交流戦の戦い方とか。ところで、この雑誌にも書いているのですが、今年はオールスターゲーム第2戦がフルスタ。思い返すと、92年に宮城球場で、あの佐々木と清原の対戦でした。私はTVを観ながらも、11階の自室の窓を開けて歓声を聞いていたのでした。当時は球場近くに住んでいたから。あれからもう15年ですね。■関連する記事 五輪の思い出(05年12月27日)
2007.06.03
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いい試合でした。有銘の粘りのピッチングが効きました。初夏のフルスタはホームで5割復帰の歓喜の宴でした。試合前には、久米島から高須選手会長にプレゼント。さて試合は先発有銘。球数は多いが、四球で自滅するパターンはない。3回に連打を許したが、なんとか踏ん張る。いいぞ、有銘。打線はフェルナンデス(広島)を打てそうで打ち崩せない。画像は1回ウラ山崎の打席。礒部の左前クリーンヒットの後で期待が膨らむ。レフトポール際の大ファールの後、四球で歩いて、リック二ゴロ。2回は四球で出た先頭ホセの盗塁成功で盛り上がるが、ウィット以降凡退。3回に直人が初球を狙って右前打で出るが、盗塁失敗。どうも積極的に走る指示が出ているようだ。高須がしぶとくセンター返しで、二盗成功。しかし、礒部、山崎が凡退。という感じで両チーム決め手を欠いて、均衡破れず。画像は広島応援団。ようこそ仙台へ。4回に有銘が初の四球を出すが、5回は外野フライ3個など、何とか踏ん張る。有銘の好投に打線がやっと応えてくれたのが4回ウラ。ホセ四球、ウィットと鉄平の中前安打で何と1死満塁。藤井は0-3とされた後のフルカウントから、右翼犠牲フライ。ちょっと浅かったが返球も悪かった。なお2死23塁で次の直人の一ゴロは、抜ければ追加点と思ったが栗原が飛びついてアウト。5回には礒部の綺麗な左前安打も、二盗失敗。山崎四球で歩いて、リック初球狙いの中前安打。2走者置いてのホセは、一ゴロ。てな訳でどうも追加点が出ない。流れが相手に行かなければいいが。6回は有銘が二度目の四球。嫌な予感。栗原フルカウントから中前ヒットで、13塁。最大のピンチで新井犠牲フライで1-1同点を許す。しかし前田を内野フライに切って、何とかしのぐ。そして7回もゴロ打たせて無失点。イーグルス打線の方は、6回にも大チャンス。鉄平四球に藤井の三塁線ヒットで1死13塁。ピッチャー横山に代わり、直人は初球スクイズ失敗するが四球を選んで満塁。ここで必殺仕事人高須が、まさかの遊ゴロ併殺打。7回は中軸が三者凡退。野村監督は8回にスパッと小倉を投入。相変わらず美しいフォームで3者連続内野ゴロ。さすが。結果として投手交代が功を奏して、8回裏に逆転を呼び込む。ホセの左前ヒット(代走高波)、代わったピッチャー広池からウィット四球、鉄平が送って一死23塁。ピッチャー右の林に代わり、藤井の代打は憲史。痛烈な遊ゴロは梵のグラブをはじいて(記録エラー)、二者生還。3-1。ああ、やっと勝てた。でも、勝てる気はしていた。チャンスを随分つぶしていたが、有銘と小倉が良かったから。最後は福盛。ベンチの野村監督も内心満足じゃないでしょうか。さて福盛は最終回3人で切り捨てて、完全復活をアピール。チームも五割復帰。言うことナシ。画像は、若手選手がレフトスタンドに走り寄ってくる瞬間です。みんな嬉しそう。バンザ~イ、バンザ~イ。憲史の痛打がエラーだったため、ヒーローインタビューは有銘さん。その後、バンザイしたり、お辞儀したり。本当に活躍した。これからも期待。夏は有銘さんの季節だし、ね。さて今日は家族や知人を伴わない単独観戦。独身の東京時代に近鉄のビジターをよく観戦したが、それ以来だろうか。お隣さんと今日の有銘を評したり、お菓子いただいたり、ありがとうございました。決め手を欠いて延長戦ですかね、などと話していたら、エラーが勝負を決めた形となった。でもイーグルスのチームとしての試合を作る力が見えた試合でした。さあ、明日はいよいよ貯金に向けて、がんばろう。実は今日の試合で、私のフルスタ戦績は、五割を越えて、お先に貯金1です(二軍を除いて)。その意味でも、いい観戦でした。
2007.06.02
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福盛投手、ベストファーザー賞受賞おめでとうございます(イーグルスHPの記事)。「第2回ベスト・ファーザーin東北」の授賞式が31日、仙台国際ホテルで行われた。明るく楽しい家庭作りなどの選考基準で、日本メンズファッション協会などが作る実行委員会が選出した。受賞した方々 宮城県知事 村井嘉浩さん(46) 辻兵商事社長 辻良之さん(50) 彫刻家・画家 武藤順九さん(57) 福盛和男さん(30) 東北放送お天気キャスター 斉藤恭紀さん(38) 東北福祉大ゴルフ部監督 阿部靖彦さん(45)ベスト・ファーザーの表彰は、全国規模では社団法人日本メンズファッション協会が主催し昨年まで25回を数えている。昨年から東北版が始まり、政治部門は山形県の齋藤知事が受賞。ちなみにこの時は浅野史郎氏が司会したのだそうだ。満遍なく各界から選定するのは悪くないだろうが、政治部門で無理して理想の父を選んで、有名人と一緒に並べなくても良かろう、と思うのは私だけか。東北だと、結局知事を順繰りに選ぶだけじゃないか。全国協会の行っている事業に政治部門があるから、踏襲しているのだろう。経済産業省や文部科学省も後援している。でも、何か形骸化しそうな気がする。せっかくの関係者の努力に水を差すようで申し訳ないが。父の日を前に、家庭や父の意義を考える、そのための話題盛り上げのパンダですから、と割り切ればいいのでしょうか。選考基準や選考結果(誰になったか)はあまり気にしないで、と。ところで、秋田の辻兵商事という会社は不勉強で初めて知った。名前だけで言えば、仙台の関兵グループのような感じでしょうか。代々続く豪商で、秋田経済界の重鎮のようであります。関兵どころじゃないようです。勉強できたら、成果を記します。■関連する過去の記事 東北のベストファーザー賞(06年6月03日)
2007.06.02
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帰り道、コンビニで目に留まったのが、このボールペン。サッポロの発泡酒の販促品です。3本セットを買うと、付いてくる。迷わず買いました。ついでに早速1本開けて、飲みながら家路を歩きました。ああ、情けない酔っぱらいオヤジ。このボールペンですが、正式には、サッポロビール販促品東北楽天ゴールデンイーグルスオリジナル4色ボールペン、と長いですが、結構格好いい。家に帰って娘たちに自慢したのが迂闊でした。欲しい欲しい、の大合唱。次買ったらあげるから、これはお父さんのにしてくれ、と泣く泣く頼んで我慢してもらいました。ということで、また買って飲まなければならない。と、嬉しい悲鳴。
2007.06.01
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イーグルスは大敗で無借金生活も一夜にして反転。でも、いいんです。負けるときは負ける。そもそも交流戦は「連敗しない」を確実に守るペースで良いと思います。交流戦が終わった頃には貯金を2つくらい作っているという感じ。確かに交流戦はロッテも日ハムも好調ですが、永井、いや変換ミスです、長いシーズンですから一歩一歩着実に行きましょう。と言うわけで、週末のフルスタの対広島戦は参戦します。娘2人は行かないと言うので(涙)、初めて単独参戦となる見込みです。先発は有銘と山村でしょうか。明日土曜日の予想気温は20度、有銘サンにはちと寒いか。熱い応援で温めよう。さあ今日から6月ですよ!!
2007.06.01
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