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今日のウォーキングは第2445日目で、8864歩だった。婿殿がやってきたので、スマートフォンの割れた画面を補修すべく10日ほど前に買っていた保護ガラスでに張り替えをお願いした。自分でやっても良いのだが、うまく貼れるかどうか自信が無いから今日まで待って、器用な婿殿にお願いすることにしていたのだ。ところが、それ以上に姫の方が器用だとのことになり、急遽姫にお願いすることになった。割れて2本筋が入った保護シートをはがして画面を丁寧に掃除してから、慎重に新しいガラスフィルムを貼ってくれた。iPhoneを使い始めたのは2012年。もう10年になる。当時はiPhone5だったが、初期不具合もあった。2年ほど使って2014年にiPhone6に変えた。そしてさらに2年余2017年に今のiPhone7に変えたのだ。之も機器に初期不良があって交換して貰った。それから3年して、電池の交換を行った。この時がまた大変で、バックアップをどうするかでさんざん勉強したが、現実には電池の交換はあっけなく終わって、データも消失することは無かった。電池の交換だけなので、本来危惧することは起こらないが、もしデーター消失などがあったら店側が大変故に注意を促しているのだろう。こんなところがIT機器が敬遠される所以では無いか。とはいえ、若い人はこうしたことはあまり気にせずやっているのだろう。交換後は、見違えるほどに綺麗に見えるようになった。手のひらサイズの小さな機器で世界の情勢を知れたりあらゆることに答えてくれる。すごい時代になったものだ。姫と婿殿が外出したのを機に大掃除を始めた。ほぼ私1人が気になっていたところを仕上げていくことにした。まずは包丁研ぎだ。ほぼ月1回実施している。1番大きな仕事は台所のカーペットのずれ修正だ。掃除機で掃除して、部屋のものを全部出し、しわを直して、さらに部分的汚れ部に壁紙を利用して貼り付けた。少しは綺麗になった。次いで、風呂場、液をかけるだけで無く少しこすって汚れを落とした。2階の仏壇のほこりを払い綺麗に拭いた。廊下や階段、柱の清掃、窓やサッシ、網戸の汚れなども拭いて回った。この辺りで暗くなり始め、自分の部屋や寝室までは丁寧な掃除は出来なかった。しかし、まぁ之で正月は来てくれるだろう。そんな頃に姫達が帰ってきて、姫と連れ合いとで正月のための食事(海鮮のちらし寿司と少し上等な弁当)を木曽路にテイクアウトしに出かけた。今年は基本的におせちは作らず、こうした弁当とお雑煮だけは作ることにしたようだ。私は掃除に掛かりきっていたので、買い物には行かなかったが結構上等なものを注文していたようだ。太郎君もだが、孫達はお節より肉が良いとのことだ。私は掃除で相当疲れるかと思っていたが、意外に次々とパワーが出てきて、思惑より進んだ。年が変わるのを前に年越しソバを連れ合いと2人で頂いたが、こうしたものも若い人はあまり興味がなさそうである。テレビでは大晦日特有の「紅白歌合戦」を放映していたがなにやら大勢が出てきて歌ったり踊ったりしているようだ。今の時代の流行の歌など、まったく理解できない。やたらと大勢が歌い踊るものなどは、そのどこが良いのだろうかと、裏番組と切り替えてしまった。ところがどうだろうか、裏番組ではほとんど切れ目無くやっているのが漫才だ。姫と婿殿はお笑い好き、之に連れ合いも加わっての漫才番組が続く。私は、時に面白く昔なじみの漫才師などが出てくると時にやっと笑うことはあっても中にどうしようも無いと感じるものもある。漫才特有の「・・・もうええわ」とNHKの行く年来る年に変えてしまった。しかしこちらの方も、集中してみていても、昔ほどに感動することも無い。私自身にとって、今年は体の衰えを人並み(?)に感じる年になってしまった。まだまだとは思うものの、昔から習慣的に見ていた番組さえも興味を失ってしまったかのようだ。今年も終わり、さて今年は何があったかだが、様々な立場からいろいろ感じ方も違うだろう。しかし、何と言ってもコロナが相変わらず収まらないことで、各方面や個人に多大な影響を及ぼしている。そして、ロシアのウクライナ侵攻だ。今年の初めから之一色で過ぎてきた。そしてコロナ同様未だに収束の見込みはない。ウイズ、ウクライナ侵攻で良い訳が無い。そして安倍晋三の狙撃死に惹起された統一教会問題。暗殺行為が許されないものであることを否定しないが、被疑者山上徹也があぶり出した日本の政治(自民党の腐敗)には、私にも衝撃的な日本に対する不信感を募らせた。国賊であり、日本を誤った方向に導いた安倍晋三を礼賛するかのごとくメモリアル本が多数出版されているとのことだ。日本も終わっているのかも知れない。今年は除夜の鐘よりも救急車のサイレンの方が良く聞こえるようだ。
2022.12.31
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今日のウォーキングは第2444日目で、8814歩だった。良くあることだが、昨日辺りから、翌日にブログの更新が出来なかった。大抵貯まったあとからまとめて書くことになる。世情に対する我が意を書きたいこともだが、最近では、なんとか世の中の流れについて行くべく勉強を兼ねているので、遅々として進まないことが多い。また、最低A4を2枚+αを目処にまとめるようにしているので、時間が掛かる。新聞などの記事をほぼ丸写しにすることもある。そのせいで、書きっぱなしで内容を理解できていないことも多い。ふと考えたが、之も加齢による理解不足などもあってのことだろう、などと自省する。そこで、2023年(今之を書いているのは2023年1月2日だが)からは、あまり肩を張らずに、A4を1枚程度(1000字くらいか)でまとめようと考えている。時に興に乗ってとか、ゴルフの成績などは長くなるかも知れないが、工夫して半減するように試みたい。現在も自分の日常生活のことを先に書いているが、コロナ禍のため、家で自粛していることもあって、ほとんど毎日が同じ生活振りになる。勢い書くことが無くなる。来年こそは、もう少し自分の生活面を多めに書きたいと思う。要は所謂ぼけ防止的(昨日何をしたかなぁとか、何を食べたかなぁと言ったことを忘れないようにするため)にこのブログを使おうとの意向だ。まあ、どうなることか。毎日数行で終わる結果になるかも知れない。字数の規制を半分にし、しかもこだわらなくすれば、その日のうちに当日の日記を書き終えることが出来るかも知れない。来年元旦以降は、もう少し、他のことをする時間が出来ることを期待している。このブログの閲覧数は、200回/日と言ったところだ。長年やっているので、トータルのアクセス数は120万7473回と示されている。この数が本当か嘘か定かでは無いのだが、それにしても1日当たりにしては大して多くの人の目に触れていないことは確かのようだ。以前1000回/日を越えたこともあったが、自分としては信じられないことであった。前置きはこのくらいにして、本日(30日)のブログを書こう。昨日から姫が帰阪し滞在している。連れ合いのテンションが上がるのはいつものことだ。今日は黒門市場に行こうとの話になっていて、昼前に、出発した。行きは、姫の運転で、私が助手席、連れ合いは後部席だ。枚方を経由し守口で、高速道にり、市内環状線を走って、道頓堀で降りた感じだ。黒門市場近くの駐車場に車を駐めて、初めて黒門市場というアーケード内に入った。長年大阪に住んでいながら、南の繁華街へは行ったことが無い。テレビで見るのがせいぜいだ。難波駅に近く、この辺りの通路が黒門市場と呼ばれているようだ。天神橋筋や、東京のアメ横のようなものだ。さすがに混み合っていて、外国人客の姿も多い。皆それぞれにマスクをしているので、コロナ禍であることを示しているが、人々はあまり気にしていないようだ。店頭をのぞき見しながらある程度歩いたが、結局買ったものはそれほど多くは無い。見学に来たような感じだ。トラふぐが大きなパン(鉄製皿)の中に何匹もいたのは印象的だった。注文すればさばいてくれるのだろう。駐車場の場所を変えて、味園パーキングに入れ、昼食場所を探した。信じられないような長蛇の列が2カ所ほどであったが、これほど待って食べる価値があるのかと私は正直思う。結局千房でお好み焼きを食べることにした。しかしここでもすぐにとは行かず、数組の並びの後に続いた。直前は中国系の家族で、中待合が空いたときに姫がすかさず英語で促していたのは流石だ。やっと我々の番が来て席に付いた。帰りは私が運転することにしたので、姫は1000mLのハイボールを注文し、連れ合いはビールの小グラスにする。私は例によってノンアルコールだ。ここでもまだ婿殿は仕事中で、来られないのは残念だ。焼きそばと、牡蠣の入ったふわふわのお好み焼きともう1つ違ったお好み焼きを分けながら食べた。朝食をろくに採っていなかったので実においしく食べることが出来た。高槻の風月よりもおいしい気がした。帰りは、カーナビと助手席の姫のナビでまた市内の環状線経由で帰った。帰りに、イオンの近くのコインランドリーで洗濯する間に姫を高槻まで送迎することになった。最後に妙な拾得物を警察に届けて、丸1日、外出することになった。やっと婿殿が早めの19時30頃仕事を終えて我が家に来て、夕食を共にした。3日ほど過ぎているので、もう詳しいことは少し失念しているようだ。
2022.12.30
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今日のウォーキングは第2443日目で、10259歩だった。姫がようやく帰阪するというので、連れ合いと共に、京都駅まで車で迎えに行った。連れ合いにとって姫が帰阪することはかなりなカンフル剤になっている。京都駅でも、大阪空港でもどこでも迎えに行く気は十分だ。姫は忙しそうで、ギリギリまで時間も決められないし、飛行機か新幹線かも決められないようだ。今回は新幹線を使って京都駅。ギリギリ列車が取れたようで、之もスマートフォンがあっての予約作業が出来るからだ。京都駅までは高速道路を利用したら時間がだいたい読める。之もスマートフォンでだいたいの時間は提示してくれるからだ。ことによっては渋滞情報も得られるのでは内だろうか。京都駅に11時10分着との連絡があったので、余裕を見て1時間前に家を出発した。年末だが高速道路は空いていて、予測通りに京都に着いた。ところが、駅南側の送迎用停車場は相当の混みようだった。このスペースは便利ではあるが、矢張り狭く、駅前に着いてからが余分に時間が掛かることを想定していなければならない。とはいうものの長時間中止して待つことも出来ず少しやっかいだ。なんとかスマートフォンで連絡を取りながらギリギリ駐車スペースの後部にやや遅れ気味だが滑り込んだ。こんな時にスマートフォンが無ければ、相当苦労するだろうとふと思った。しかし、スマートフォンの無い昔ならの、もう少し交通量も少なかったのでは無いかとか、予め駐車場に駐めて、そこを待ち合わせ場所として姫を待つことにしただろうななどと考えた。姫を迎えて、そのまま、車を北側まで回して(もちろんカーナビを使う)、阪急ホテル内の美濃吉で早めの昼食(もちろん我々は朝食は採っていない)とした。予約時間は開店時間早々だったので、最初はひっそりした感じだった。美濃吉はどこだろうなどと話していると親切な高齢者がここですよと教えてくれた。お礼を言って入ったが、その老夫妻もおなじ美濃吉に入るところだ。入店してしばらくすると満席になった。我々がいつも出かける美濃吉は四条通のビルの7階だ。そこは高層階で眺望は良いが、ここは地下になり、少し薄暗い感じだ。しかし、それなりの雰囲気もあって落ち着いた感じだ。正月前だが、我々2人は豪華な弁当を頂き、姫は「京の冬膳」という豪華和食のコースを注文した。和食というのは弁当なら1回で出てくるが、コースは、次々と個別に料理が運ばれてくる。私には弁当で十分な量だし、おいしく頂いた。連れ合いも十分そうで、少し残す感じだった。姫はさすがに完食だが、十分満足の態であった。ただ、婿殿がまだ仕事があるので合流できなかったことは残念である。最近は私が運転するので、姫はビールを飲んで、私はノンアルコールだ。連れ合いもサービスで付いていたビールを姫に提供していた。食事を終えて、店外に出たときに入店前に顔が合った老夫妻とまた同じになった。少し足がふらついていたその人は、気安く私たちに声をかけ、毎回案内があるたびにここに来ているとのことだ。そして今年90歳になると言われ、いつまで来られることかと聞くともなく喋っておられた。私も腰を痛めているが、それを聞いてあと12年と考えると、この人の言葉が妙に心に響いた。たったそれだけの会話だったが、こうして、毎回楽しみにしている人もいるのだと、食事自身に何か深いものを感じた。車はホテルのすぐ北側の木津屋橋駐車場に駐めたが、2時間足らずで、1800円かかった。京都駅に近く利便性は良いが、之にはさすがに高いと思った。大阪空港の駐車場ならもう少し安いのではなどと内心考えた。通常の駐車場なら、1日最大いくらといった金額が書かれているが、その最大額よりも遙かに高い気がして、ちょっと法外な感じを受けた。車はなくてはならない足になっているが、近場での利用は案外電車などを使う方が経済的かも知れないと試算すると、電車だと、往復620円、3人でちょうど駐車料金に匹敵する。しかも、ドアtoドアでもあるし、その後いろいろ立ち寄ることがある場合、高速料金やガソリン代を加算しても、便利が良いかと言うことになる。自宅に帰るのも高速道路を使ったが、途中で連れ合いが今年最後になる横井整形へタイムリーに立ち寄るためだ。わずか10分程度の電気治療なのだが、受けると受けないでは矢張り痛さが違うのだという(受けると少し和らぐという)。明日からの年末年始のお休みは少しつらそうだ。それを終えて、姫が高槻の書店に行きたいというので、連れ合い共々そちらを回った。お花やドリンク剤を買ったようだし、姫は来年の日めくりカレンダーを書店で買ってくれたようだ。この日めくりカレンダーは、いつもは予め郵送してくれていたが今年は忙しかったようだ。私はその間、停車中の車で待つことにした。買物を終えて、ようやく自宅に戻ったのは、夕方になってからだった。今日からしばらくは少し賑やかになる。夕食を食べて、寝るのは遅くなった。
2022.12.29
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今日のウォーキングは第2442日目で、9069歩だった。歩き始めて、年賀状を投函した。奇しくも私が年賀状の画題にしたアルハンブラ宮殿にちなんだニニ・ロッソによる「アルハンブラの思い出」がiPODから流れてきたのは奇遇だ。私は、クロード・チアリの演奏も好きだ。こうした曲を聴きながら絵を描くこともまた楽しい。また、その次に流れた曲は昔兄貴から買って貰ったフランク・チャックフィールドの「引き潮(Ebb Tide)」だったのも何かの因縁なのだろうか。今日は裾直しをした私のパンツを高槻阪急受取りに行った。私が外待ちをしている間に、連れ合いが取ってきてくれた。その後横井整形に出かけ、夕方には連れ合いは美容室に出かけた。その間私は庭の掃除をした。気になっていた、長く伸びていたサルスベリの枝を高枝切りばさみで枝切りしたが、何と、左肩が痛むのには閉口した。何でもかんでも年齢のせいにしたくないが、右肩は打った覚えはあるものの、左肩の痛み(だるさ)の原因は不明だ。ひょっとしたら40肩(50肩)のせいか、それにしてはずいぶん若返ったものだと苦笑した。落ち葉も拾い集め、肥料になりそうなものと捨てるものとに分けた。掃除は大変だが体を動かす唯一の仕事だからある意味楽しい。終わった頃に連れ合いは帰ってきた。***欧州ではエネルギー高騰によって、ウィンドフォール課税(超過利潤税)が導入されている。一般的には、企業収益が適正利潤を超えたときにその超過分を税金として徴収しようとするものだ。特に、原油生産者については、2度の石油危機に伴う原油価格高騰や、原油価格規制撤廃に伴う価格上昇などにより、予定外の超過利潤が発生したとして、それを税金で取り上げようとするものだ。昔サウジに出張滞在したときに、「我々は寝ていても毎日100万ガロンの石油が湧き出してくるのだ」と自慢げに話しくれるのを聞いた。100万ガロンという数字が合っているどうかは調べてないが、とにかく何もしなくてもお金が儲かるのだという意味であることは確かだ。最近カタールでサッカーが行われたとき、カタールには天然ガスが生じることで、税金や、医療費、学費などは無料だとの話があった。それと同じでサウジも、税金などはなかったようだ。最近でこそ、そうした天然資源に頼るだけでは国の将来はないとムハンマド皇太子が主導して国の体質改善を目論んでいるが、なかなか思うように国の収入の構成を変えることは困難なようだ。エネルギー資源は元々地球上に偏在していて、そのこと自体が不公平なのだが、現在の世界はそうしたことを踏まえて成り立っているのだ。石油やガス輸出国は幸運にも領土内から生じるそうした天然資源で国の財政をまかなっている。そして石油やガスの値段が出来るだけ高くなるように、減産して調整したり、収入を増やすべく増産したりと、時の世界の需要に応じて価格を調整しようとする。欧州などでは、そうした化石燃料を十分に得られないために輸入に頼っている。日本などはほとんどが輸入なので、それ自体国の安全保障としては脆弱なのだ。ロシアのウクライナ侵攻に関連してエネルギーが高騰すれば、影響を被るのは一般の国民だ。エネルギー生産や販売企業にとっては、一般国民に値上げ分転嫁することで、自身は高騰に応じた利益が増加することになる。要は労せずして利益が増大することになる。之はさすがに不公平であろうと、適正な利潤に抑えて余剰利益を税金として徴収し、それを、一般に還元することを行おうとするものだ。経済に詳しくはないが、不労所得とは言わないまでも、寝ていて儲かる利潤が、外因でさらに高騰することは、公平とは言いがたい。どれだけが適正利潤なのかは難しいところだし、現在では企業の業種毎になにやらそうして値が暗黙のうちに定まっているようだ。利益率が10%に達すれば十分すぎると言った重厚長大企業に育った者としては、ITや情報関係、その他いわば法外に見える利益率でもそれが当然だと言うことで社会全体が納得しているのだ。ウインドフォール課税はそうした納得の基準をさらに超えたものに対する平準化の外科治療のようなものだ。ある意味之は統制経済であって、自由主義から逸脱しているようにも思えるが、極端に均衡を破壊することへのたがとしては、考えなければならないだろう。平たく言えば、億万長者がいたり、路上生活者が共存しているこの世の中が、不公平というのか、それとも、個人の努力と裁量で生じた結果だから、努力しなかった者との差は当然だというのが今の考えだろう。ウインドフォール課税に対して、企業側は、さらなる飛躍を達成すべく、設備投資などで業容を拡大しようとすることへの制限になってしまうと抵抗する。実際に設備投資を減じるところも出ている。それによって企業が発展しなければ、雇用も増大せず、それは路上生活者を増産することになるとも言える。天然資源が偏在すること自身が不公平なのだが、そこまでは遡れない。と言うか、昔はこうしたものを手に入れるために武力でもぎ取ろうとしたこともある。それを放置すれば世界秩序は保てない。ギリギリの納得均衡の上で、ではいったいどれだけの利潤が適正なのかはその設定は実に難しい。ともかく何事も一般人の困窮の背後ではどこかの誰かがほくそ笑んでいると言うことのようだ。
2022.12.28
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今日のウォーキングは第2441日目で、8904歩だった。連れ合いの横井整形通いの後、姉の用事につきあうと共に買物をした。姉はコロナ禍で、狭い空間(ホーム)の中に閉じ込められていることから、時々息抜きをさせたいということもあり、連れ合いは気を遣って度々電話してくれている。姉も連れ合いが再度学校に行っていることを知って気遣ってくれているようだが、今日はそうした接点での外出という意味もあった。簡単な買物をして、松坂屋の2階のスターバックスでコーヒーでもと訪れたが、何と満員であった。同じ階のケーキ屋のHARBSになんとか1テーブルの空きを見つけて、そこでしばらく話をした。ホームでは、コロナ禍もあって、外出することも在住の人との話も広がりがなく、居るだけで衰えが進むような感じだ。しばし話してから別れ、近くの業務スーパーに立ち寄って買い物して帰った。連れ合い分の年賀状の印刷を遅くまでやってなんとか終了した。私の3倍を超える枚数なので結構大変だ。私の場合は、何人か年賀状終了宣言もあり、少なくなってしまったが、まだそれでもこの先会うこともないであろう人も幾人かいる。年賀状を止める人が多くなっているようだ。私の友人知人は高齢を理由としているが、とにかく儀礼的な年賀状は、貰ってもうれしくないのは確かだ。多くの人が出来合いの年賀状を使っているようだが、あれこそナンセンスな気がする。この間テレビで、年賀状のことに関して侃々諤々長時間話していたが、高齢者だけでなく、最近は若い人も年賀状を出さなくなってきているようだ。ネットで調べてみたら、私が成人した頃は年賀状の発行枚数は約10億枚の発行だったという。その後伸び続け、ピークは2003年の44億5936万枚だったとのことだ。それ以降は漸次減少し続けている。2023年予想では約16億枚とのことで、激減の様子だ。1人が出す枚数の平均としては2003年で34.9枚だったが、2023年の予想では14.5枚程度のようだ。ほぼ4分の1に激減と言ったところだ。若い頃は、姉などの影響で、年賀状は出すものだと思っていたから、知り合った人たちには基本的に出していたように思う。しかし今の若い人は、SNS(LINEなど)といったツールがあるので、紙の年賀状は出さないという人が多いようだ。さらに最近では、スマートフォンで、動画や音声が送れると言うこともあって、紙の年賀状は振り向かれなくなったようだ。之も時代だ。ある人は200件以上送るので、そのこと自体が負担になっていたと言う話が紹介されていた。その人は先輩の年賀状終了宣言に触発されて、自分も終了宣言を出すことにし、そのことで、気が楽になったとのことだ。負担に思うことは確かにあった気がする。私は2年続けて年賀状を出さなかった時期があった。そのときは、義理も必要なものも一切出さなかったように記憶する。それで、見事、枚数が半減以下になった。数が減ったことから、再度出し始めて、現在60枚程度になっている。還暦を迎えてからは自らの描いたスケッチをパソコンでスキャンし、それにペイントで色をつけて年賀はがきに貼るようにした。そして少々の自筆コメントを付記したのだ。そのやり方は今も踏襲している。おおざっぱに年賀状に掛かる日数を見ると、書こうと始めたのが、12月19日で、実際に投函するのは明日28日だ。約10日掛かっているが、連れ合いから請け負ったものも含めているから、私の分だけだと5日ぐらいでは出来た感じだ。自筆コメント欄をなくし、本当に何か言いたい人には余白に数文字書くことにしたらずいぶんと楽になった。いっそ止めてしまったら、もっと楽になるだろうとの思いもあるが、私は出来るだけ続けたいと思っている。そう思ったのは、4年前にある上司から80歳を迎えるに当たって、年賀状仕舞いをするとの年賀状を受けたときであった。あれほどお世話になった人でも多分他の人同様に今生での契りを切ろうとしておられるのだと勝手に思い込んでしまったのだ。そういった意味でも無いのかも知れないが、会社を辞めて以来1、2度会ったことはあるものの、それ以上の関係では無いのだと思ったのだ。それというのも、同じく上司の方で、2名は本人が亡くなるまで年賀状だけは交わしていたことも関係している。私にとって、年賀状は彼我の生存通知でもあるわけで、之を途絶えさせたら、SNSでの交信の習慣もないことから、関係を断絶すると勝手に思い込んだのだ。その反動として、私の方からは年賀状仕舞いはしないでおこう、年賀状が来なくなったら自然に消滅(死亡)したと考えられるだろうとの思いだ。自分より若い人や同級生などが、年賀状仕舞いをすることは、あまり気にならないし、どうぞご勝手にと言うところなのだが。もう1つは、普段は絵を描く習慣がないのだが、年末には絵を描いて着色してという行動が、なんとなく楽しい気分にさせてくれることもあるからだ。ある人から、来年はどんな絵が来るのか楽しみですと書かれていたこともそうしたインセンティブをもたらすことになったと言える。ものは考えようで、忙しいからとか、他にやることがあるとかの話は、逃げ口上に過ぎないのではないか、日常の些末なことをやるだけの年齢になっているのだから、旧交をこの1枚に託すと言うこともまたおしゃれではないかと感じている。とは言いながらあと2年、私が80歳になったときには、先輩がくれたように年賀仕舞いを私も書いているかも知れないが・・・。
2022.12.27
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今日のウォーキングは第2440日目で、9216歩だった。連れ合いの横井整形はもう少し続く。***原発再稼働の話をもう少し。原子力発電は「将来にわたって持続的に活用する」となったのだ。廃止が決まった原子力発電所を建て替え、運転期間も現在の最長60年から延長する。確か40年が止める標準ではなかったか。福島原発事故は過去のもので、もう完全に立ち直ったと(政府は)考えているようだ。打たれ強い日本人ならではのことだ。真逆の方針転換に、どこからこうした発想が起きるのかという訝る。ふと原子力村の存在を思い起こした。日本で最初に原子力発電が考えられたのは1954年で、最初の原子力発電が行われたのは1963年の東海村の動力試験炉とある。この間半世紀余、営々と築き上げてきた原子力発電をいま全廃にするにはあまりに影響が大きすぎるのではないかと言ったこともあるのかも知れない。このまま止めれば、技術の伝承もおろそかになり、やがて、原子力関係の技術が潰えるのではないかといった懸念もあるようだ。一方では、世界的な電力不足、石油やLNGの枯渇の問題もあるかも知れない。何よりも、原発は地球温暖化ガス(炭素)を排出しないではないかと言うのが大きいかも知れない。福島原発事故を起こし、安全基準が高められ、それに適合するのだから今後事故の起ころうはずがないという者もいた。その昔、原発は5重の安全装置に守られていて事故の起こりようがないのだといった話もあったが、5重のバリアも今回は有効に事故を阻止できなかったのだ。電力不足と再生可能エネルギーの不安定さを見せつけられたら、当面どうなるのだとの恐怖に襲われるのだろうか。ロシアによってウクライナの電気が止められ、厳冬をいかに凌ぐかが話題になっている。アメリカでは寒波の到来で、死者が57人も出ているとか。日本もかつて無いほどの大雪で、電線が切断して停電する事故も起きている。電気はあらゆるものの根源だから不足は避けたいとの思いがあるのだろう。さらに国際的な脱カーボンの約束を見過ごすわけにはいかない。及ばずと雖も何ら対策を取らないというわけにはいかず、そこに電力確保という視点から原発は魅力的に映るのだろう。そこには、「安全保障に寄与し、脱炭素効果の高い電源を最大限活用する」と記載するゆえんがあるようだ。何につけ、のど元過ぎればという言葉にあるように、電力不足と、万々一の原発事故、お前ならどうすると聞かれれば、安易な方に走るのが今の政権と言うことだろう。加えて、福島原発後に之を憂えてドイツは脱原発政策を採ったものの、ここに来てロシアからのノルドストリームの遮断などから敢えて原発再稼働を選択して居るでは無いかとも言えるかも知れない。安易な再稼働ではなく、十分に安全性を確保した上でと言う前触れは付くだろうが、そうしたお題目は、いつも破られて、その責任を取ること(または者)はない(取らなくて良いと考えているようだ)のだから、どうしても原発再稼働を採ることになってしまう。しかし、一旦原発離れを決めながら、その方向を180度転換するためにはくの課題が有ることは十分に考慮のうちであろう。老朽原発は立て替えをし、問題なさそうな原発は、40年標準、最大60年限度などの制限を取っ払うというものだ。いったい誰が、もう止めましょうと宣言するのだろうか。さらに、「バックエンド」と呼ばれる放射性廃棄物の処分場をどこにするのかについては何も決まったわけではなく、今後、どのようにするかを真剣に話し合うという程度の逃げだ。之までは真剣ではなかったのかと言いたくなるのは抑えたとしても、何ら指針すら出てこなかったのは、考えるつもりがなかったと言うことなのだろう。立て替えの候補地としては関西電力美浜原発などが挙げられているようだ。美浜は大事故を起こした過去があり、もうこれ以上はないだろうというのだろうか。関電は高浜町がらみの汚職にも関係しているが、皆不起訴になってしまった。もう過去のような不祥事はやらないだろうと言えるのか。そもそもなぜこうしたことが起こったのか、原子力行政そのものの欠陥ではないのか、など一切詰められた形跡はない。安全面でも今は亡くなった斑目原子力委員長が、福島原発事故に対してのコメントに「少し基準が甘すぎたかも知れない」といった発言をしたのを今も覚えている。安易に基準を決めたわけではないだろうが、人知を越えたことが起こるのが天災であることから、これからも盤石の安全をと言う言葉に素直に頷けないのだ。そんなことを言ったら何も出来ないと言われるかも知れないが、何も金をかけるのを原子力に集中しなくて、太陽光や、洋上風力、地熱など自然でカーボンゼロ、さらに自前で得られるエネルギーを最優先課題として資本投下し、それでも十分さに欠けるところを補遺的に新型原子力発電(出来れば核融合発電)を主力にエネルギー確保に努めるのが正当な道ではないだろうか。蓄電装置の巨大化と安定化、送電網の改善など付帯の仕事は山ほどあり、時間がかかるかも知れない。それが潤滑に回り出すまでの当座措置として原発をやむなく使用するといったスタンスにはならないものだろうか。足らずを補うために新規建造する、それには安全は十二分に考慮する、それでも、万が一に事故に遭遇したら、こうした手順で回避し、最小限の損害にとどめると言った最悪時のストーリーにも言及すべきであろう。
2022.12.26
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今日のウォーキングは第2439日目で、10651歩だった。昨日のレストランの近くの駐車場への道路を確認したので少し回り道になった。高槻阪急に買物に出かけ、2種類のダウンパーカーとヒートテック素材のパンツを買って貰った。キャシアーには大量の品を持った人が行列をなしていた。UNIQLOの発展振りが肌で感じられる。百貨店も様変わりしたようだ。UNIQLOの他にも、靴のABC、ビックカメラ、無印良品、ココカラファイン、さらに百円ショップのSeriaなどがテナントで入っている。なんだか時代を感じる。***まさに晴天の霹靂的に原発の建て替えと運転期間の延長が決まってしまったようだ。之も国会で十分審議した形跡がないと思うのは私がニュースに無頓着なせいだからだろうか。野党は、何かこれに対して意見を言わなかったのだろうか。と言うか、日本にはまともな野党は存在しているのだろうか。コロナ、ロシアのウクライナ侵攻、統一教会、北朝鮮ミサイル、中国の台湾への脅し・・・、こうした陰に隠れて、どさくさのままに、閣議決定されてしまったと言うことだろうか。待てよ、20余の大臣達の5分の1が不正や不良品で辞めた(それくらいのレベルなのだ)内閣が決めたのかといぶかしく思う。それとも、独裁者岸田が独断と偏見で決めたと言うことだろうか。国葬しかり、防衛費の増額しかり。そこに持ってきて、今回の原発の扱いだ。GX基本方針などと名称だけははなはだ格好が良い。因みにGXとはグリーントランスフォーメーションのことだという。デジタル化がDXでデジタルトランスフォーメーションと、何でもトランスフォーメーションと言えば最新流行の感がある。トランスフォーメーションとは、変革とか転換とか言う意味だ。ずっと以前私がサラリーマンだったころ、「変えよう」とか「変革」と言った言葉を連呼していた経営者が数多いた。要は横文字を使ってしかもそれらしく表現し直した言葉でしかない。内実が伴っていなかったと言うことだ。昔の経営者は「変革しよう」と言いながら、「まぁ俺の時代はこのままで行こう」的はニュアンスだったのではないか。尤も、真剣にリストラクチャリングを考えた人も居ただろう。リストラとは、組織を再編して、会社を建て直し、以て完全雇用を実現しようと言った英語的意味に捉えるのが本筋だ。しかし、大半は経営合理化を建前とする解雇と解されている。朝ドラの町工場では、リストラをそう表現していた。それにつけても、河井案里が捕まったときにか細く「日本を変えたいからです」と応えていた場面を忘れられない。「貴女は何を変えたいのですか?」と質問したくなる気持ちだった。ともあれ、変えればなんとかなると思わせるところにマジックがあるのだろう。さて、原発を再稼働したり、その使用期限を60年を超えても言いようにするなどとは、之まで一回も言われたことはなかった。それは、度重なる原発基地でのヒヤリハットの後に東日本大震災での決定的な福島原発の大事故ダメージから抜けきらなかったからだ。しかし程なく、安倍晋三は、まだ醒めやらぬ時期に平気で、「コントロールされている」と公言したのだ。何を隠そう、オリンピックを招致したいがための大嘘なのだが。なぜなら今以て根本解決はしていない。そのオリンピックは高橋治之をはじめとする、まさに関係組織ぐるみの悪事へと発展している。之も何をか況やだ。オリンピックが暗黒の事業であることは1992年発行の「黒い輪」で予め知っていたので、こうなることはむしろ当然の帰結のように感じた。何事も、巨額の金を動かす裏には、これまた、巨大な汚職がついて回ることは必定のようだ。多分防衛費の増額についても、ほくそ笑む誰かが居ることは想像に難くない。「国を、あなたを守るために必要なことなのだ」とか「国あっての自由ではないか」など、ロシアのウクライナ侵攻や、北朝鮮のミサイルの驚異を並べ立てる。中国が、台湾を本気で取り込もうとしたら、日本は傍観者でいられないなどとまくし立てる。もちろん、国を守るために防衛費が必要と言えば、異論の言葉はない。ただ、裏で渦巻く権益で、甘い蜜を吸いながら、本当に戦争が起こったらどこかにとんずらしかねない者達が潤うだけにしてはならないのだ。このほど、ソウルの近くを北朝鮮のドローンが偵察飛行し、それを打ち落とすどころか、みすみす見逃して北朝鮮に無事送り返した(帰った)のだから馬鹿馬鹿しいでは済まされない。あまつさえ、防衛のためにとスクランブル発信した韓国の戦闘機が自ら墜落したという。之は笑えない。それにつけて、いつも思うのは、北朝鮮がばんばん日本海肉向けてミサイルを発射したとき「極めて遺憾であると厳重に抗議」云々と、少しは表現を変えているかも知れないが、馬鹿の1つ覚えの対応しかしていない。また北朝鮮のミサイルが日本のEEZ内に落ちたこともあったが、日本は、迎撃システムを作動させようとした形跡がない、全くその素振りさえないのだ。わが国船舶が脅威にさらされることを鑑み、之を迎撃し、見事に撃墜したとはなぜならないのだろうか。発射地点を攻撃して黙らせることを今考えているようだが、それ以前に飛来するミサイルを落とす方が先ではなかろうか。なぜしないのか、それが、今回の韓国の対応を見て明らかになった気がした。早い話、出来ないと言うことだ。くねくねとステルス的に飛んできたり、高度高くロフテッド軌道で飛んできたりするから、打ち落とせない(迎撃できない)というのが本音なのだろう。防衛費を増額したら、これらすべてを打ち落とせるのか、そんなわけはない。所詮プーチンや、金正恩、そして習近平が考えるままになるのが落ちなのだろう。防衛費を青天井にしても、これらの狂気から免れることはできないだろう。
2022.12.25
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今日のウォーキングは第2438日目で、8439歩だった。連れ合いは今日から冬休みになる。ご苦労さんだ。しかし、これから年末年初にかけて、様々な行事が控えている。毎年同じことをしてきたようでも、コロナがなにがしか生活をいびつにしている。横井整形通いは、今年ももう少し続く。連れ合いは、私をおもんばかってか、クリスマスイブの昼食会として山崎のレストランタガミを予約しておいてくれた。従って今日の買物は2回に分けることになった。1回目は商事前にコーナンで赤と白のシクラメンを各2鉢ずつ買った。冬はどうしても庭周りに色が少なくなってくる。それを少しでも潤そうとのことだ。他に、写真用印画紙、ノート、日用品などを買った。イタリアンレストランタガミはす少し狭いが人気のようで、予約無しには入れないようだ。パスタや、ヒラメ料理など、一時日常とはかけ離れた時間を持てた。後ろの席ではワイングラスをいっぱい並べている客もあったようだ。食事を終え、2回目の買物はイオンだ年賀状用にカラーのインク6色セットを購入した。昔は純正品でないとだめだとかのこだわりもあったが、今はそれより安いサードパーティーのインクを買うことにした。それにしても、インクはなぜこうも高いのだろうかと思う。ちょうど、館内で、高槻少年少女合唱団のステージがあったので聴いて帰った。昔姫が加入していた頃とは段違いに力が落ちているとは連れ合いの評だ。帰って、19日から描き始めていた2023年用年賀状の絵を描き終えた。***トランプが先導したという、米議会襲撃事件についての特別委員会の最終報告書が出されたようだ。報告書は800ページ超える超大作だ。トランプの疑惑は、選挙無効を訴えて議会を占拠した事件、機密文書持ち出し事件、脱税事件と多彩だ。そもそもこうした人物が大統領になり、共和党が彼を押したと言うことに先ず驚く。しかも今でこそ中間選挙の結果が不利になったことから、トランプ離れをする共和党員も多いようだ。こうした報告書をアメリカがどう対応するかで、民主主義とはなんぞやと言うことが克明に語られることになるだろう。時あたかも、ウクライナのゼレンスキーが訪米し、自国への支援と共に、民主主義を守ることを切望していると演説した。この問題にしてもトランプが大統領だったらロシアはウクライナに侵攻しなかったという見解を元外交官が述べている。トランプも自分ならロシアに飛んでいき、プーチンと直談判するといった話もある。皆そうしそうで、結果は誰にもわからない。安倍晋三は、27回もプーチンと会って、一見親しげなことをアピールしていたが、ウクライナ侵攻が現実に起こったら、単なる評論家になって自らが問題の解決をしようとの心意気は全くなかった。トランプは安倍よりはましかも知れないが、大口をたたくばかりが脳ではない。自分の意に沿わないことは例えそれが正当な手順を踏んでいたとしても皆フェークだとかインチキだとか言いつのる。さらには、アメリカ第一主義を唱えながら、率先して納税のトップに立たねばならない身でありながら脱税を平気で行って、平然としている。そして大統領と雖も機密文書を持ち出すことは禁じられているにもかかわらず、平気でこれをおこなっている。そんな機密内容がロシアに流れ得るとの話もあるようで、まったく何を考えているのかと問いたい。2020年の大統領選で敗北を認めなかった時にはロシアの工作員を使って自分に有利に事を運んだとの話もある。何がアメリカ第一だ。トランプ第一と言い換えなければならないだろう。之は米国史上大きな汚点と言わずに済ませるわけにはいかない。かつて、ニクソンがウォーターゲート事件で憔悴のうちに去った過去を思い出す。ニクソンの時は記者2人のスクープが引き金だった。今回は、多くの人が調査に関わりながら、なぜ黒と断定できないのか、不思議でならない。共和党が民主党に負けるわけにはいかないとの一言で、トランプの罪状を葬ろうとしているのだろうか。しかし、共和党が行おうとする方向と、トランプが向かう先は一緒ではないはずだ。アメリカを再び偉大にする(MAGA)に共感する人は多いが、こうしたスローガンにたぶらかされるようでは、アメリカは既に民主主義を放棄していることになる。かつてビル・クリントンとアル・ゴアの接戦もあった。なにがしかの疑わしいこともあったかも知れないが、ゴアは潔く引き下がった。このときも意地を張って衝突していたらと思うと、アメリカという国が本当に解らなくなる。解らない国と同盟を結び、下にも置かぬ接待をして、いざウクライナ問題が発生したら、黙り込む、こうした政府ならば、いかに軍事費を増強してもまったく役に立たないだろう。トランプは選挙の覆しの最後の手としてペンス元副大統領を担ぎ出し、選挙の不正を認めさせようとした。それがならないと解ると、怒声でペンスを非難するにとどまらず、暗殺までも臭わす暴挙に出ている。やることもしかりだが、往生際の面でも潔さの欠片もない。事ここに至っては良識ある共和党員で、トランプを押していた人物も彼の下を離れ、かつ非難するまでになっている。ペンスの土壇場での反トランプ行動が、かろうじてアメリカの民主主義を維持した感がある。返って、日本の統一教会のあからさまな非道に対し、カルトを宗教だと紛らわしくさせ、生き残りを図ろうとする自民党の面々には大いなる失望を感じる。安倍晋三が行ってきた非道を、調査もしないでなぁなぁで納めようとする岸田政権も、随所のほころびに喰われて、終末的な様相を感じる。
2022.12.24
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今日のウォーキングは第2437日目で8792歩だった。連れ合いは朝1番から学校に出かけ、どうやら今学期は終了できた。何分倒れた先生の回復がまだのようで、来年も早々から続きが始まる。今日の連れ合いはお昼を、三人会で集まって京都の「うな和」で食事をすることになっている。駅まで送るのが私の役目だ。三人会では、友人達がしきりに体のことを気にかけてくれたと言うが、実際のところ、世間的に見たら相当に頑張っているのだがら、当たり前のことだ。コロナで黙食は元より、教室でもシーンとおとなしい生徒達を見て、少し元気が足りないのではないかと気を遣うぐらいだとか。之もコロナのせいだ。今の世相を見るとき、昔は立派だった大人達が、なにやら当てにならない輩ばかりのようで、今の中学生が大人になったらどうなっているのだろうなどと考えてしまう。***早朝の外気は0.3℃だった。まさに厳冬、昨日は冬至だったとか。この夏の暑さ、猛暑、温暖化はどこに行ったのか、といった感じだ。夏暑く冬寒いのは、以前から変わらないが、その度合いがだんだんと大きくなっているようだ。10万年単位で言えば、砂漠が湿潤化していた時代もあったと言うこともあるので、地球が46億年経てきた間には、生物はこうした微々(敢えてそう呼ぶ)たることは何度も経験済みなのだろう。しかし我々人間はやっと100歳時代到来とは言うものの、せいぜい75歳くらいまでがぴんぴんしているというのが関の山だろう。そう考えると、温暖化がどうのとか極寒がどうのとかの話はばかばかしく思えるかも知れないが、我々生身のわずか陽炎のような命でも、その1℃や2℃が大きな意味を持ってくる。ともあれ、昨今の日本での大雪による各所のうろたえぶりは凄まじい。ほんの少し路面が凍結しただけで、交通は麻痺する。雪が大量に降ると、電線が切れ停電する。考えてみれば、我々はごく限られて許容空間の中で生かされているに過ぎない。ところで、この地球規模的異常気象はやはり、「温暖化が原因」だとの結論が出されたとのことだ。温暖化など大嘘だと、強弁する教授もいた。もちろんそうした人は他にも何人か居るわけで、そこは生物多様性というところだろう。こうした話は、たかだか100年の命しかない者がどう語ろうと、後々生き残っているであろう生命(人間など)にとっては歯牙にもかからない事象なのだろう。エジプトで開催されたCOP27では詰まるところ、こうした気候変動の脅威に取り組むことで各国は一致したとある。「パリ協定」で地球の気温上昇を1.5℃以内に抑えると言うことも一応は確認されたようだ。しかし、ほとんどの人々はそうしたことが達成できるとは思っていないのではないだろうか。努力目標ではあっても、何の罰則もなく、どうすれば達成できるかなどと言う具体的な手段もないからだ。途上国は、先進国に対して、さんざん地球を暖めてきたのはおまえ達だろう。これから俺たちは発展していく上で、地球を暖めることはあるかも知れないが、それが平等と言うものだろうと考えているかも知れない。国際枠組みの順守も改めて成果文書に盛り込んだ。背景には、コンピューターの発達で異常気象の幾つかは温暖化が原因であると科学的に決着がついたことが大きい。そんな中、「異常気象はもはや新しい平常だ」と言い出す人もいる。これこそ人類の生活そのものなのだ。こうしたことは理屈で解ろうとしてもなかなかだ。既に異論を持つ人もいるし、証明ができないからだ、予測が可能になったのは、コンピューターの計算速度が飛躍的な進化を遂げたことによる。それにしても何をどいう入力するかによっては傾向が変わってくるとも思えるのだが、気候の変動は、ただ温暖化によらない場合でも起こってきた。こうした細かな地球の環境要素をすべて算入することで、異常気象と温暖化が結びつけられ、それが確たるものになったようだ。しかしここで、前出した専門家の人たちはどういった反論を持ち出すのだろうか。さらにこうしたことに耳を傾けなかったのがトランプだ。温暖化ニュースをすべてフェークだと一蹴して、アメリカをパリ協定から脱退させたのだ。こうした発言は裏付けがなくても容易に発することが出来る、まして大統領の任期を4年とすれば、その間に確固たる証拠が出現することはないわけだからだ。コンピューターの結果がどうあろうと、そうしたことは嘘八百だと言いはるトランプを誰も説得し得ないだろう。それくらい、今までは、科学的根拠がなく政治的な意見で対処方針を決めていたのだ。トランプはまあ非科学的な象徴である。世界は、どこを見てもそうした連中で満ちあふれている。フェーク、フェークと言いながら、何年か後には、ツバルは沈み、カリフォルニアは焼けて丸裸になり、パキスタンは国の3分の1は湖になりドイツや北欧は水浸しになっているかも知れないのだ。WMOは報告書で、2015~22年が観測史上最も気温が高い8年間になるとの分析結果を示した。世界の海面上昇幅も過去最高になったと公表した。そしてそのことが現実となって現れているのが現在だ。しかし、地球は小さいようで、大きい。方や干ばつに悩むところがあれば、豪雨災害が起こって国の存続すら危ういところもある。絶対雨量が同じなら、偏在して雨を降らせずにまんべんに降らせることが出来れば一発で解決するのだが。それでも地球は回っていると自説を曲げなかったガリレオを無知でない人なら、今信じない人はいない。この厳冬に今年の6~7月の記録的暑さの話を持ち出し、地球温暖化が進んでいると言われてもにわかには信じがたいように、異常気象が温暖化によると納得できない人も居るだろう。
2022.12.23
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今日は雨のためウォーキングは中止した。1週間に1度くらい雨でも良いかなと思った。連れ合いの授業は相変わらずだ。終了後の横井整形も日常の業務になっている。***習近平がコロナ政策を大転換した。之までひたすらゼロコロナで通してきたが、ここに来てコロナ感染者の発覚と同時にその街全体を封鎖するという実に荒っぽい政策を取りやめたのだ。無謀とも言えるそうした大胆な方法だが、それでもゼロコロナは当初は大成功していた。その少しばかりの成功体験が、その後の中国をのっぴきならない方向へと導いたようだ。いち早く武漢市にはコロナ対策の巨大病棟を建てるなど、取りかかりは早かった。ゼロコロナ政策は、一時的な押さえ込み(本当か嘘か、発表される数字では明らかに中国の感染者も死者も少なかった)の成功で、習近平は我が意を得たりと思ったことだろう。とりあえず西側諸国に対する中国の体制の優越性を示す結果となったのだ。そもそも武漢の海鮮市場で発生したコロナだが、今やそうした根源を議論することはなされていない。初動捜査や対応が的確でなかったことは否めないが、習近平に抱き込まれたWHOのテドロスが、中国擁護をする段階で、先の暗さを感じたものだ。そして今発生から丸3年が経過しようとしている。その間にコロナウイルスは変異を重ねて、したたかになり、今はオミクロン株が猛威を振るっている。そのオミクロンも形を変えて今の北京ではBA.7が席巻しているようだ。中国もワクチンを持っているが、シノパック製のワクチンは不活性ワクチンで、打たないよりはまし程度にしか効かない。加えて西欧のmRNAワクチンは弊害があり副作用が恐ろしい的な刷り込みを行ってきた。西欧が中国に勝っているとは認められないのだ。情報統制下の中国では、敢えて禁を犯して海外と連絡するのは反逆行為だとして捉えられるのが落ちだ。まして一般国民は、政府の言いなりで、自ら考えることをしない。もし進んで真実を知ろうとすれば、おそらく生きてはいけないのだろう。都市を封鎖するのも田舎町ならいざ知らず、上海という大都会でも同様の対応を取ろうとしたから、ことが大きくなった。封鎖しても適切な食料や水などの配布が万全ならまだしも、それすら十分でないのだから先は見えている。批判をSNSなどに投稿すれば、削除されるやら逮捕されるやら、悲惨なことが待っている。そこで人々は白紙を掲げることを思いついた。白紙に文句をつけるわけにはいかないが、それを見たものは明らかにゼロコロナ政策に抗議していることは周知している。こうした「白紙革命」は人々の共感を呼び、政府に圧力となってきた。そして打つ手無しとみた政府は「ゼロコロナ政策」を急転換し、出歩き自由としてしまったのだ。習近平らもお手上げといった体だ。それまでは徹底的なPCR検査を行って、水も漏らさぬ体制だったが、ゼロコロナを止めたとたん、発表する数字が桁違い多くなるからPCR検査数そのものを減らしてしまったのだ。検査しなければ発症数に加える必要が無いからだ。そして、今、中国はコロナ対策の無政府状態に陥ったというわけだ。葬儀場には長蛇の列が出来るが、連日死者の発表数はほとんどないという奇妙な現象となって現れたのだ。中国ではコロナ対策について話をすることが禁じられている。どの話もやがて、政府批判の種になるからだ。情報統制や、力尽くで押さえ込める間は高飛車だが、蟻の一穴のようなほころびを見せると、根が正しいやり方でなかっただけにあちこちで齟齬を来すことになる。中国にもまともな医師はいる。しかし公然と政策を批判することは死を意味する。従って皆しゃべらなくなる。そんなまともな医師と内密の連絡(匿名はもちろん)を取ったことで、今の中国の狼狽ぶりが知れる。そんな話の中に、「コロナぐらいで仕事を休むな! 仕事しろ」という風潮が指摘されている。PCR検査を受けずに、自分の意のままに出かけて多くの人と接触する、これだけでもコロナの蔓延に寄与していることに他ならない。陽性者は完全隔離から、陽性か否かを問わず全員出歩き自由への変換。まさに「好きにしろ」状態になったのだ。日本なら内閣総退陣だが中国にはそれがない。発言したら自分の身が危ないとなれば、誰も口をつぐむ。それくらい自由がないのだ。日本なら、勝手気ままに所見を述べても、それはそれで、罰せられることはない。それが自由と言うことなのだ。その自由が奪われていることを当の中国人達はどう思っているのだろうか。今中国ではBF.7が主流だという。日本に入ってきているのか否か、多分入ってきていると考える方が自然だろう。そしてBF.7は従来のBA.5よりも感染力が強いとのことだから未だにウイルスの有利は変わっていない。 中国には中医薬(伝統中国医学の薬品)の重視がある。コロナ対策緩和を受け、中国政府は感染者向けに108種類の推奨医薬品リストを発表している。そのうち67種類は中医薬だ。之で凌げと政府は無償で全戸に配布したとのことだ。日本のあべのマスク同様、ほとんどタンスにの中に眠っているようだが。どうやらSARS対策として2004年に作られた薬だが、何でもかんでも之で行けと言うことのようだ。mRNAワクチンが万能でないことは解っているが、シノパックよりましだし、何度か接種することで、発症も、重症化も抑えられると少なくとも信じている。さらに、日本では、感染者が出て濃厚接触者となると、自宅で待機するという習慣を守っている。少なくとも力ではなく、科学的に納得できる方法に従っているのだ。それにしても昨今の日本人のコロナ死者数が多いことを憂える。少なくとも中国のような大嘘つき、ねつ造国家がいくつかあるとしても、統計上、世界中の死者の約1割強が日本で発生している、それでもノー天機な国交相はお得な旅行プランがあるよと笑顔で宣伝している。それも之も民主主義なのか。
2022.12.22
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今日のウォーキングは第2436日目で、9754歩だった。連れ合いが学校に行く前に松坂屋で買い物をするという。いつも机の上にお菓子を置いてくれている先生がいるようで、そのお返しにと言うのが趣旨のようだ。松坂屋の2階にスターバックスがあるがそこは朝7時から開店しているとかで、モーニングしようと勇んで出かけた。確かに松坂屋の地下駐車場には入れたし、がらがらだったが、もちろん店内には入れない。仕方なく車道を歩いて出て、近くのモスバーガー店に入った。店内に客はいなかったが、注文して待っていると、結構朝から客がテイクアウトに来るようだ。世の中の人はこうして朝が始まるのかと言うことを垣間見た感じだ。反対側にあるスターバックスがどうなっているのか確かめることはしなかった。連れ合いは開店を待って店内で買い物を済ませ、急いで学校に走ることになった。終了予定は2時頃と言っていたので、そろそろかと待っていたがなかなか連絡が無い。3時になってやっと抜けられないので6時になるとの電話だ。GOタクシー(私のこと)としては指示通り6時に正門前で待機していたが、それでもやや遅れて姿を現した。なにやら先生の身内からコロナ患者が出たとかでその先生は緊急自宅待機になったようだ。後埋めのやりくりが大変だったとか。先生とはこうもかつかつで動いているのかと驚く。かつて橋下が合理化と銘打って、こうしたところを削ったことが今噴出しているのだろうかなどと感じた。余裕がなさ過ぎる。そこから横井整形に直行した。相変わらず、体に不調を持つ人が引きも切らない様子だ。***京都は我が前栽と若い頃は良く通ったものだ。しかし、今はどこに行っても拝観料を取るし、悠々と古都の風情を楽しむことが出来なくなった。最近でこそ、中国からのインバウンドが禁止されているが、土日にもなると四条通などは俄然混み合っている。あまりに人混みが多いので、古都の風情を楽しむという気にはなれない。先日、紅葉もおしまいかと訪れた永観堂だが、規制のための人ばかりが目について、落ち着かない。かつての京都はもう死んでしまったのだろうか。市の財政についての紹介があった。なにやら門川市長は、豪華な茶室や式典会場を併設した分不相応な市役所改造を強行している。彼が何をどう考えているか解らないし、京都市民は之をどう感じているのだろうか。主な政令指定都市の借金と税収についてのグラフが掲げられていたが、京都は、市民1人当たりの市債残高も、ダントツで、100万円に近い。将来の負担率についても193%と之も群を抜いている。そもそも京都には居住するスペースが少ないために税収が多く見込めないからだろうか。加えて、世界遺産が多く存在するために、その補修もしなければならず、文化財保護という大義に追われる形だ。文化庁が京都に移転したと言うが、まだ竣工はされていないようだ。加えて、文化的な伝統行事も、挙行せずにはいられない。その費用も馬鹿にならないのだろう。京都の税収増を阻む原因に、居住施設を安易に建てられないこと、その高さ制限が31mを越えないようにと要求されている。京都駅や京都タワーは今やシンボル的になっているが、建造時には物議を醸したものだ。話のついでだが我が町島本町は京都にほど近い。私が住民委員をしていた頃に、住民税を増やすためには人を呼び込まなくてはならないといった議論があった。そして今、その意向が反映してか、島本町は、完全にマンションタウンになってしまった。ほどよい大きさのものを入れると10棟を下らないのではなかろうか。之には、民営の所謂団地を除く数だ。そして今も追加建造の工事が進行中だ。建設会社の宣伝が一人歩きして、日本で最も住みやすい町とも言われた。外の血が入ってくることからか、小学校や中学校の学業成績は向上したのも事実だし、塾は山ほどある。完全に大阪と京都のベッドタウンになっている感じだ。でもまぁ、若い人の姿を見るのも良い。しかし、劣らず、杖をついた老人の姿も決して少なくはないのだ。再び京都の話だが、市民が増えないし、コロナで観光客が制限されていては、財政が逼迫するのも道理だ。寺社は宗教法とかで保護されていることは統一教会の件で良く周知された。あの統一教会ですら阿漕な献金をそのまま懐に入れているのだから京都の名刹も同じように観光の費用は税金の対象ではないのだ。新型コロナで苦境に立ったために国からの交付金が増額され一息ついているとのことだ。しかし、市民サービスである、保育士補助の予算は削られるし、無料だった交通機関利用の敬老パスも一部有料になった。京都にも地下鉄はあり、それなりに便利だが、この管理も京都には重荷のようだ。開設当初は大赤字の連続だったが、7~8年前からなんとか利益も出ていたようだ。しかし、このところのコロナ禍で乗客数も運賃収入も激減し、再び赤字路線になってしまったようだ。当初地下鉄を延伸して西の洛西ニュータウンとを繋げる構想もこの収支状況では単なる希望でしかない。最後の頼みと高級住宅施設が誘致されている。ホテルもしかりだ。コロナ前にインバウンドを当てにして建てられた駅前ホテル群などは、おそらくこの状況下では維持が難しいのではないか。風情ある京都の街、産寧坂を韓国の梨泰院地区にはしたくないし、分に応じた風情を楽しめる街でいて欲しい。
2022.12.21
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今日のウォーキングは第2435日目で9508歩だった。朝1番に連れ合いを学校に届け、帰りは昼前だった。今日は婿殿と会食の約束をしているので、高槻の桃谷楼で直接落ち合うことにしていた。あまり寒いので、我々は車で行くことにし、途中連れ合いの横井整形を経てちょうどぴったりに着いた。私はノンアルコールだが、婿殿に紹興酒を勧めたところどうもしっくりこなかったようだ。店内のビックカメラで、スマートフォンの保護カバーと画面の保護材を買った。最近は店で取り付けてもらうのは有料となったので、婿殿に付け替えてもらうことにした。しかし、何と百貨店は8時で終了だとか。いかにも早い。日本の経済などとやかく言うつもりはないが、コロナ禍で人も集まらず、なんとも寂しい限りだ。後日付け替えを頼むとして今日は阪急駅で別れた。***世の中、コロナのことは忘れてしまったのだろうか、ごく事務的に経過(感染数や死者数)を伝えるだけで、特段に感慨などは話題にならなくなった。曜日によって感染者数は激変するが、果たして検査数などとの関係は一切語られない。ただ機械的に増えた減ったと言うだけで、見通しがどうなるといった話はない。来年の1月がピークだとも言うが、それとて確固たる裏付けデータがあるわけではなさそうだ。感染者が7万人増加になったかと思えば翌日には19万人に跳ね上がる。久しぶりに東京都の経過が図解されていたが、4カ月ぶりに感染者が2万人台になったとか。そして累計の死者数が6541人で重傷者も日増しに増えている。いったい何波まで続き、何度ワクチンを打てば良いのだろうか。感染者の数はもう良いから死者を出来るだけ出さないで欲しいと感じる。それでも無慈悲にその数は増すばかりだ、全国で見ても、累計感染者27,378,131人、そして累計死者は54,088人という途方もない数字が出ている。人は初めて聞くことには神経をとがらすが、一旦慣れてしまうと存外無頓着になれるもののようだ。この分ではWHOのテドロスが希望的に感想を漏らしている来年にはコロナ収束とは行かないようだ。ここにきて手詰まりになった中国が、ゼロコロナを止め、自由に好きにしろ的に解き放した。そうすると、反って市街地の人通りが激減したと言うから、人間の心理は面白い。新規感染者を年代別に見ると、40代が3517人と最も多く、30代が3351人、20代が3201人と続いた。65歳以上の高齢者は2081人だった。高齢者は自粛しているのだが。もはや成り行きに任せるしかないのだろうか。侃々諤々解説を交えてしゃべっていた専門家達もさじを投げてしまったのだろうか。ともかく感染者を抑えるとか、死者を出来るだけ出さないようにするとか、重症者の数を少なくするとかの対策はまったく見えてこない。すべて神頼み、所詮日本の医療はこれくらいのことでしかないのだろう。高齢者の我々は、自分にできる限りの対策をするしか手はなさそうだ。昨日は我が家の隣に救急車が止まった。隣人がコロナにかかったようだ。しかし、それほど重症ではない感じで良かった。いったい毎日死んでいく人はどういった持病を持ったどれくらいシリアスな人たちなのだろうか。一切そうして情報は無い。統一協会関係も一頃の喧噪から離れて、ともかくも救済法案が衆院を通過したようだ。あまり深く読み込んだわけではないが、完璧と言うにはほど遠いとのことで、ともかく1歩前進したことが評価されているだけだ。一方では2世信者の悲痛な声が聞こえてくるが、政府はこれらををまともに受け止めては居ない感じだ。統一教会を未だに宗教だという人たちがいるのが笑わせる。喝上げの暴力団が暴力を使う代わりに人間の気持ちの弱さにつつけ込んで、心理的不安に陥れ、巨額のお金を献金という名の下に召し上げているのだ。私にはそのときの心の動揺を知るよしもないが、現在遭遇している身の不幸(それは他人には計り知れないことなのだろう)から解放されるのならすべてを捧げても良いという心境になるのかもしれない。大金を持っていてもこのまま不幸が続くなら何の意味も無いからだ。それを良いことに無尽蔵に、借金してまでも、時に親を殺してでも金を出せというのは明らかに異常だ。信じることで救われる宗教は人それぞれにあるだろう。だが行きすぎを止めるのも宗教家の役割ではないのか、こうした基本的なことすら考えないやり方に何が宗教だと言いたい。分鮮明は死んでしまったが、韓鶴子1人が贅の限りを尽くして豪遊している様を見ると、ますますその不条理さを恨まずにはおれない。それにつけても、国を売り、国民を塗炭の苦しみに投げ入れた安倍晋三は許しがたい。その流れをくみ、今なお自民党の覇権争いを繰り広げる醜悪な面々を思うとき、この国は既に終わっているのだと思わずには居られない。分鮮明は発言した記録があからさまになっても、なお気づかぬふりをする自民党の面々にはほとほと愛想が尽きた。之によると、日本は完全に韓国の資金源として扱われている。それを知って荷担していたなら、安倍は完全な売国奴だし、知らずに(考えられないが)持ち上げていたとしたら相当なふぬけだろう。統一教会は即座に解散すべしだと思う。
2022.12.20
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今日のウォーキングは第2434日目で、9151歩だった。左肩がやけに痛くなった。因果関係は解らない。医者に行くほどでもないが、人間の体は微妙だと感じる。ほんの少し不調になると連携して各所の具合が悪くなるようだ。それも之も加齢だ。他に言うことがなければ我々の体の調子は加齢の一言で片付けられてしまうのだ。そう聞くたびに、もはや抗ってもだめなのかといっそうの諦観が広がってしまう。いつもと同じ距離を歩くのに歩数が増える(多分ちょこちょこ歩き)し、若い人にはどんどん抜かされる。なんだか寂しい。連れ合いは元気に学校に通っている。水を得た魚とでも言おうか、住み慣れた水は心地よいのだろう。その点私はいろいろな水と接してきた。気心が知れたかと思えばまた別の環境になると言ったこともあった。それだけに仕事仲間での親しい人間関係は出来なかった。遠くの親戚よりも近くの他人と言うが、遠くの他人ならなおさらそうした親密性は生まれないのが道理だ。それでも半ば義理で年賀状は出している。生存通知のようなものである。年賀状で名前を見るたびに昔のことが少し思い起こされる。概して楽しい事を思い出すことが多いのは、楽しくない相手には端から年賀状など出さないからだ。出来れば会ってみたい気もするが、昨今はコロナという言葉で、すべてのチャンネルは切断されたままだ。おそらく、このまま会わずに死んでいくことになるのだろうとどこかで思っている。そんな気分で、今年も年賀状の準備を始めたところだ。世間ではSNSやLINEが有るのでそれで済ますという人が多い。特に若い人にそうした人が多いが時代の趨勢だろう。私も会社勤めの時には、年が明けると必ず会う人にも年賀状を出していた。之は全くの無駄と言うことになるのだろう。ゆうちょも売らんかなのキャンペーンをする時節柄だが、今年はその勢いが少なくなっているとも感じる。別の道を模索しているのかもしれない。早晩、昭和の名残「年賀状」と言ったことでどこかの博物館で紹介される日が来るかもしれない。お昼が過ぎて、連れ合いを迎えに行った。連れ合いは学校での給食を食べない。つられて私も食べないことが多い。さてどこで食べようかと車を走らせるが、ご近所には適当なレストランもない。外は寒いが車の中は暖房が効いて居心地が良い。だらだらと走って、長岡の「松や」でとんかつ定食を食べた。ご飯もお味噌汁もおかわり自由だと言うが、私は盛り切りで十分だった。食券販売機で予め注文するのだが、この頃は購入と同時に厨房にその連絡が行くようだ。番号札の番号を呼ばれると取りに行くシステムで、ここでも省力化が図られている。番号を呼ばれて取りに行ったが、店員の「良かったら席までお持ちしましょうか」との声かけに、なんだかほんわかした気分を味わった。多分アルバイトの学生であろうが、もし、マニュアルに書いてあるとしても良い感じだし、個人的にそう思ってくれたのなら、私自身が老いぼれておぼつかなく見えたのかもしれない。最近はそういったほんのちょっとした声かけに感動してしまうようになった。之もまた歳かもしれない。そういえば、この間の年末掃除の折に、斜め裏の人から、我が家の柿の木が繁って、壁を汚していることに気を悪くしたのだろう、滅多に裏に出ない人がそれを見て、連れ合いに「いっそばっさり伐ってくれたら良いのに」とにべもない言葉を口にしたのを遠くで聞いていた。少しの区間を接する隣家なのだがもし思っていてもそこまで露骨に口に出すかと心底腹だたしかった。その後、柿に実のなることを連れ合いから聞いて、それならもったいないですねと言ったと言う。確かに枝葉が隣家に突き出ていたこともあって、一度は垣根を越えないようにトリミングしてはあったのだが、やはり葉の汚れが壁に付いたのであろう事は疑いが無いようだ。以前垣根のブロックに汚れがたまっていたとき高圧エア水で吹き飛ばしたことがあったので、今度もそれを使おうと準備していた。夕方から線をつないで、高圧水を拭きかけると、表面の汚れは見違えるほど洗い落とされた。事前に経験があるから予想していたとおりなのだが、それを使って、隣家の目立つところはすべて洗い流した。ついでにその続きの隣家も半分我が家と接しているので、その壁もきれいに流し落としたのだ。高圧水の威力はたいしたものだ、ジャパネットが扱っている商品ではないが、TVが言うこともあながち間違っていない。そうなると勢いが付いて、我が家のガレージの屋根の汚れやガレージの床の黒ずんだ汚れなどもびしょびしょになりながら綺麗にした。あげくに飛び散った汚れがそこここに付着したので追加の仕事も残ったのだが、当面の懸案は解決した。そうしたことを見ていたのか、今日になって、「わざわざ綺麗にしてもらってありがとうございました」と隣家の主人が連れ合いに言ったとか。それを聞いて、なんだかほっとした気分になった。人は歳を重ねる毎に視野が狭くなり、怒りっぽくなると言われるが、根っから悪い奴はいないと言うことなのかと思う気になったほどだ。歳を取ると涙もろくなるとも言う。涙こそ出なかったが、心根は通じるものなのだと少し気分が良かった。その後連れ合いは、歯医者に出かけたが、元の歯医者の場所が道路を挟んで向かいにある。ここも引っ越しと同時に手つかずになっていたところ、私ともう1人が草抜きをざっとやっていたことを聞いてか連れ合いに礼を言っていたとか。之もまたいい話ではないか。近所は持ちつ持たれつ、出来るだけ仲良くやっていきたいものだ、それがせめて老齢になって出来ることではなかろうか。
2022.12.19
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今日のウォーキングは第2433日目で、10221歩だった。同じ距離で歩数が増えた。寒さも堪えるが腰が正常でなく、歩幅が狭くチョロチョロ歩きだったのだろう。朝高島市からの産直市が開かれていた。連れ合いと出かけたが、大きな白菜2個と、レタスを買うと、訳ありと称してネギをくれ、又1袋に詰めるだけの柿を入れるものや1個50円当てのりんごなど重い物ばかりを買って帰った。連れ合いは夕食を昔の同僚さんと高槻のいし川で会食だ。送迎を担当する事になった。今日も島カフェをやったようだが、矢張り不参加とさせて貰った。***中国が民衆に押し切られる形でゼロコロナ政策を転換した。習近平の面目丸つぶれという感じに受け取るが、中国国内ではそうでも無いのだろう。1人が発症したらその町全体をロックアウトすると言った極端な政策は、治す特効薬でもあるならいざ知らず、コロナの行くへすら分からない中で、あまりに無思慮な政策と言わざるを得ない。そこで、今度は全くの全開放的に制限を取っ払ったというからこれまた極端だ。共産党が考えていることが自然の摂理をも動かすと言った鼻っ柱の強さは最早通じない。PCR検査を殆どしなくなったと云う事から、街中にコロナが蔓延している状態が想像できる。今まででも無症状者は約9割方居たと言うが、今後はそうした数が把握されないことから、感染者の実態はほぼ見えなくなる。これ即ち、コロナに関しては無政府状態になって仕舞ったのだ。最近の中国のコロナ感染者数は1日最高4万人を越えているという。是も検査数が少ないためにどれだけの信憑性があるかは疑問だが。兎も角以前に比べて感染者が急増していることに違いは無い。9割を越える無症状感染者やが、マスクもしないで世の中に出歩いている現状を考えると、結果は見えている。今更その数を公表しようにも実態が分かっていないのだから発表のしようが無いというのが本音だろう。感染者の発表がなければ、治まったのでは無いかと思うのが中国人だが、流石に今回は国民は返って恐怖を覚えて自粛傾向にあるという。コロナの蔓延は即ち身体的不具合(発熱)などの感染者が増えるのも道理で、医療機関は切迫しているとのことだ。コロナ発生初期に仮説病棟の建設が速やかに行われた中国だが、今はその動きはどうなっているのだろうか。既に辞めることが決まっている李克強などは、ゼロコロナ政策の緩和で中国の経済成長率は高まり続けるだろうとの皮肉めいた発言をしている。日本もそうだが、コロナの実態はまだ完全に把握されていない。やっと国産のゾコーバが使われ始めたようだが、まずまずの使い勝手の報告はあるものの絶対的な切り札になっているようにも思えない。再び中国の話だが、力尽くで封じ込め、そのあおりで、国民が怒り狂って警察のバリケードを破壊する場面が放映された。警官(体制)側はコロナに掛かって死んでも良いのかというのに対して、死んでも構うものか的な発言まで出ている。それはそうだろう、隔離されていても、水や食糧が適正に配られるのなら良いが、それも不足気味になれば、国民の怒りは頂点に達するだろう。まだ感染していない人から見れば、いたずらに外出することで感染のリスクを高めることになる。従って商業施設は閑散とする。これで経済が回るのかと言えばこれも疑問だ。北京のオフィスの従業員の内半数はコロナに感染しているとのことだ。従って出社する従業員は2割程度に留まっている。ルネサスエレクトロニクスは感染拡大を受けて数日程度工場を閉鎖することを決めた。中国政府との絡みもあり、ここら辺りのやり方か微妙なところだろう。葬儀の業界にも影響は及んでいる。広州ではゼロコロナ政策前には1日50人だった遺体、は毎日100人を数えるまでになった。それでも政府発表の死者はゼロだ。(ゼロでなければならないのだ)ゼロコロナから一転して全くのフリーにしてしまったこの急激な変化は混乱以外の何物ももたらさない結果になっている。自国のワクチンの信憑性もいい加減で、治療薬もない。只幸運の中で生活しているに過ぎない状況のようだ。皆それぞれ勝手な予測、推測を行っているようだが、それによると、このピーク(第8波のか)は12月下旬~1月上旬になると見なし、その数は500万人~1300万人程度だろうとのことだ。そしてワクチン接種が進み、治療体制が改善した場合、コロナの死者数は約63万人~約70万人になるだろうと見なし、燃しこのまま何の手だても施されないなら、約96万人が死亡するだろうとの推測もある。又一方では、ゼロコロナを解消することで、130万人~210万人の死亡が見込まれるといった推計もあるようだ。中国も高齢化が進み、そのため重症化率は高まり、やがて不幸な結果になるとの見方は、世の一致した見方のようだ。中国は、現在西欧諸国で使われているワクチンを早期に導入することが、こうしたリスクを減らす有効な手段だと考えるべきだ。習近平が意地を通して、効き目の悪い中国産ワクチンを使い続けるなら、イデオロギーよりもコロナによって政権の基盤が揺るがされかねなくなってくるだろう。中国武漢発祥のコロナ、初動の手当てが遅かった故に世界的パンデミックを引き起こして、さて、今度はどういった動きを見せるのか習近平の胸三寸に掛かっている。
2022.12.18
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今日のウォーキングは第2432日目で、8012歩だった。土曜日は連れ合いも学校が休みなので、只行くところは横井整形だけだ。そんなところに、太郎君からSOSが入った。家族全員が自宅逼塞中なので、テイクアウトをお願いしたいとのこと。孫は、照り焼きのカレー何とかが好みだというので、高槻のすき家まで買いに出掛けた。少し雨が降ったのか、道路の車は数珠つなぎ状態だった。テイクアウトの品を届けて、私も同じメニューを食べたが、結構美味しかった。友人と電話し、来年はエイジシュートを目指すべしと言った。私ももう少し昔くらいにはなりたいものだ。***最近大学も統合されていくようだ。是というのも、少子化故のことなのだろうか。それとも単に効率化を求めるものなのだろうか。私などは新制大学になってからなので、昔のことは分からないのだが、昔、三高から東大に行ったなどと言う話は聞くが三高は今の京都大学との注釈もあるので、ここで言う東大はいまで言う修士課程クラスのことなのだろうか。私の父などは佐賀工業高校出身と聞いたが今の佐賀大学だとか言うし、少し混乱している。大阪大学も、たこ足大学として有名だったが、今はキャンパスは豊中の辺りに集約されている。昔緒方洪庵が適々斎塾を開設したのが始めとあるから、医学部が元になっているのだろう。工学部などは、元大阪工業高校だったと言うから、更にややこしい。昔の高等教育(高校生クラス)のことをやっていたわけでは無いだろうから、今の大学との棲み分けが分かりにくい。そうしたこととは関係ないのだろうが、最近の大学の合併は全国的に行われている。少し前に大阪大学と大阪外国語大学が合併したのは記憶に新しい。大阪外国語大学は大阪大学の文学部の1つになって仕舞ったのだろうか。数多ある外国語学科のレパートリーが増えたくらいのことなのだろうか。例えば英文学などは大阪大学にもあったのだろうから、ミックスしてしまう扱いだと、何かしら抵抗感があるような気がする。今では大阪府立大と市立大が合併して大阪公立大になるとか、一体愛校精神はそれで良いんだろうか。新聞では東京工業大学と東京医科歯科大学が合併した話が出ている。この両校なら互いにないところを補完し合うことで、総合大学としての体裁を整える形になりそうだ。この場合は、さしたる重複の問題は生じないだろう。名古屋大学と岐阜大学に至っては、統合した東海国立大学聞こうという名の法人が管轄することになって、学校そのものがごちゃ混ぜになるわけでもなさそうだ。国立の大学が林立していては、国の予算も分割され、資源の分割による非効率さが統合を選ばれせたのだろうか。一法人複数大学方式という今の統合方式は先ず事務的な諸事を簡略にすることで、大学そのものをごちゃ混ぜにし、一本化すると云う事でもなさそうだ。統合による事務効率化で出た余剰人員は削減せずに事業の拡大に当てるとあるが、具体的にはどうなるのだろうか。名古屋大と岐阜大では、設計シミュレーションに強い名大と、生産技術が中心の岐阜大との結合はすんなり溶け込めるような携帯かも知れない。古い話だが、昔は旧七帝大というのがあって、阪大も名大もそれに属していたが、大阪外大や、岐阜大は、矢張り旧帝大に括られることになるのだろうか。どうもこれからの東海国立大学機構と名大、岐阜大の存在意義についてのそれぞれの良さが曇らなければ良いのにと思ってしまう。東海国立大学機構のような形をアンブレラ方式と呼ぶのだそうだ。予算などに関しては、1つ傘の下で、個々の大学が持つ特色はそのまま活かそうとの試みなのだ。駅弁大学と呼ばれていた各都道府県の大学も、大きく括られることになっていくのだろうか。静岡大と浜松医科大が法人統合するという。静大には元々医学部がなく、医学部設置が浜松医科大になったという感じだから、この際総合大としての構えを採ろうという事なのだろう。統合で利便性が高まった点と云えば、互いの教員が相互に相手大学に教えに行くことが可能になったと云う事だろうか。経験からすると、工学部に関しては、学科の選択が自由に行われると言った時間的な余裕もなかったので、1つの学校内で、実に汲々と過ごしていた印象がある。これからは学生にとって広い選択肢を有することになる、その点は評価されるだろう。然し、専門が決まっていて、1歩その中に足を踏み入れると、他の学校の似たような学科を選択するなどとは実際的ではなくなる。奈良教育大と奈良女子大の統合は、受験の偏差値で、志望校を決めてきた過去をどのように解釈するのだろうか。小樽商科大学と北見工業更に帯広畜産も同じく統合される予定だ。地図を広げてみれば一目瞭然だが、この3校の地関係はとても1つの大学機構に収まりきれない感じだ。3大学間の距離の和は700km以上離れているからだ。どう考えたら、同一の法人機構によって運営するのは難しいことだろう。大学を一律の基準で評価することは既に時代遅れになっているという。米国辺りはそうしたことが進んでいるのかも知れない。然し特定の難関校に入学したことによる評価が無くなることはある意味いいことかも知れないが、そういうことなら、日本の大学入試をもう少し広げて、誰でも入れるが、出るのは難しいといった真に学問する府に変更することの方が良いのでは無いだろうか。
2022.12.17
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今日はゴルフコンペで、ウォーキングは止めたが、ゴルフラウンド中に、歩き始めて3万8000kmを越えた。ゴルフ場に行く前に連れ合いを学校まで送り届けた。帰りはバスで帰宅したようだ。その後の横井整形にはゴルフ帰宅後付き合った。さて第50回北摂天神会ゴルフだ。正直言って、気分は楽しくない。1回おきではあるが連続して入賞したことを取り上げられたことが気分の底に残っているからだろうか。その後実際の私のプレーが無茶苦茶になっていることも理由の1つだ。本当はやりたくないという気分だが、敢えて欠席する正当な理由がないし、今年最後のコンペだから致し方ない。参加者の1人は突然身内の不幸で取り止めた。合計17名の参加だ。私は何時ものS先生と、友人夫人との3人組になった。気楽にやれるメンバーだ。前回ミスった点、トップ4回、チョロ2回に気をつけてゲームに臨んだ。今年一番の寒さだが、ゴルフ場の前半は陽も出てそれほど寒さを感じなかった。然し後半は曇りで、心も沈んだ。今回も率先してリモコンは私が持った。今日も遅く9:36インからの1番手スタートだ。集中力が欠けるのか、兎も角全く良い結果にはならなかった。コースバイコースで記録する。No.10 TSは、右に出すぎて、カート道の溝に落ちた。当たりは良かったのだが。打ちにくいライから7Iでしっかりと打てば、GR越えのラフだ。このアプローチに気を遣ったが、思い通りに振れた。ピン近のパーだ。S 先生は軽く2オンしたが、3パットのボギーだった。夫人はTSをベスト位置に付けながら4オンでダボだ。No.11 110YDショートでピンは下段だ。7Iで振り切ったつもりが数十センチ届かず砲台を転げ落ちた。(打ち方教えて欲しい)7Iで寄せるも突っ込めない。(是も課題だ)2パットのボギーだ。S先生はTSをGRオーバー。ここで異変が起こる。返す2打をトップで手前のバンカー、3打をGR遠くにオン、極め付けの4パット。7打は痛ましい。私も、自分を見るようで、心が痛んだ。夫人は、届かなかったが2オン2パットのボギーだ。No.12(クリーク)左GRだ。TSのDRは少し当たりが良くなかった。距離が残ったので6Iで打つと方向違いでGR中間右側ラフだ。寄せの3打をチョロした。4打はカラーだ。そこからPTで2つダボだ。S先生はTSは快調だが、2打で乗らず、結果はダボだ。夫人は、TSの当たりが悪く、2打を刻んだつもりがクリークに入れ、結果は同じくダボだった。No.13 やや打ち上げ、右ドッグ。苦手なHの1つだが、TSは当たり損ねた左チョロだ。2打は余り良くなくバンカー左だ。3打を天ぷらし、4打はGRオーバー。5オンは巧くできて1パットのダボだ。S先生はTS右バンカー手前、2打も危ういながら右ラフ。3打も載せきれず4オン2パットのダボだ。夫人はTS、2打共順調で、3オンまで果たしたが、1パットが弱く3パットのダボとしていた。No.14(打ち降ろしショート)右GRで110YD。ピンは中央だ。TSは池を嫌って右カラーに流れた。そこからPTで攻めたが矢張りカラーからのPTは弱く3つ叩いてボギーだ。S先生はTSの位置を間違えて、不問のやり直しは私と同位置ボギーだ。夫人も右に外したが、そこからPT2つのパーだ。是はよかった。No.15 苦手なホール(左G) だ。TSは当たりは良い感じだった。左のラフに掛かる。まずまずだ。2打も完璧ではないが、それなりに前に飛んで右ラフだ。越えても良いと、3打は7Iでトライした。GRを少し左にこぼれた。そこから又PTで3つだ。カラーからの寄せが弱い。S先生はTSを右ラフに入れ、2打では届かず、3オン2パットだった。夫人はTSは安定しているが、途中もたもたして、7打にしていた。No.16 打ち上げて、打ち降ろし、アップダウンのロングだ。今日のGRは右池越だ。TSは低いながらまずまずで、FWCRだ。2打も低くラフに喰われて右だ。残り150YDとあるが左足下がり。池を避けて左に打ったら当たり損ねて池の前だ。4オンは辛うじて。ラインを逆に読み3パットした。S先生はTS、2打共良い感じだったが3打で載せきれず4オン2パットのボギーだ。夫人は、3打目までは良い感じだったが池越を振り切れず池に落として3パットの8打としていた。No.17 右ドッグの2打から打ち上げだ。TSはS先生には及ばないが、まずまずのFWCR。2打も良い当たりだが、右ラフだ。ここでも7Iを使いオンした。2パットのボギーだ。S先生はあと少しで2オンせず、然し寄せが良くて1パットのパーだ。夫人は、上りを苦手としていたが最後アプローチでトップしての7打だった。No.18 (最後池越え)。TSは余り良い当たりではないがFWCRだ。(夫人に30cm抜かれた)2打は超良い感じで、左のFWだ池越えは無理なので刻むつもりが中途半端だ。仕方なく6Iで狙うと、オンした。然し3パット(2パット目はチョロして)で、ダボだ。S先生は4オン2パットのボギーだった。夫人は着実に池の前に刻んで、5オンの2パットで私と同じだ。昼食時は当たり障りのない会話だ。くじを引くチャンスに私は特賞のカリントを貰った。これといって大叩きもなく、まんべんな歯車違いは何とも歯がゆい。No.1 TSはまずまずのFWCR。2打は良い感じでFWCRに運んだ。3打は7IでGR奥にオン2パットのボギーだ。S先生も3オンになり、ボギーは同じだ。夫人は、TS以外もたついて7打だった。No.2 前広のやや打ち降ろしのホール。ピンは右。TSは一寸当たりが悪くFWCRだ。2打で挽回したがとどかない。APの3打は乗ったが、遅いGRに負けて3パット。S先生は2オン2パットの理想的パー。夫人は途中ダフリもあって7打だった。然しTSは夫人と等距離で、がっくりくる。No.3 チャンスH、今日は右GRだ。TSは真ん中を狙ったが、右のラフだ。2打をダフった。3打のPWで精一杯降ったが届かない。PTで4オン1パットのダボ。S先生はTSを右にOB。プレ4から6オンになる2パットの8打だ。夫人は私と同じダボだった。No.4 フラットなショート、右100YDだ(実際はもう少しあるなぁ)。9Iでほんの少し届かない。フェースに当たってないのか振り方か。2オン2パットのボギーだ。S先生も、夫人も同じくボギーだった。No.5 このロングホールは、何時もは何となく相性が良い。TSは右目の最短方向に伸びた。ラフだ。2打が少々天ぷら気味で右ラフだ。3打を4Wでトライしたが、何とシャンク気味に右の木にあた4打でも乗らず、5オンも遠く、3パットになった。S先生は豪快なTS。2打も正確で、軽く3オンのパーだった。人は何故か私と同じスコアだった。ここで力尽きた。No.6 何時も長く感じる、打ち上げ後フラットなミドルだ。TS当たりはまともだったが、右ラフだ。2打は懸念のど天プラ。そこからそこから左に出しやっと5オンして3パットの8打だ。ここは皆3パットだったがS先生のみが7打だった。ここで、完全にやる気が失せていた。No.7 長いミドル。ドラコンホールだ。右ラフに外れた。2打も前のバンカーを僅かに越えるだけ。3打は良い感じで右ラフ。4オンで、2パットのダボ。S先生は3オンしたが3パットでダボだ。夫人は7打だった。No.8 ショート。今日のピン位置はバンカー越だ。TSは4Wで何やらカート道に跳ねて向こうの山裾だ。2打でまたチョロした。3オン2パットのダボだ。S先生はGR少し手前だったが、そこから2つで入れてパー。夫人は,途中バンカーに入れて、何と7打叩いた。No.9 TSは何とど天ぷら。考えられない。2打でラフの傾斜部に。3打は辛うじて下段のFW。4打は右ラフ。5オンで、1パットは強めの下りが残った。然し是を入れダボだ。(公式は6打になっていたごめんなさい)。S先生は快調に進んだが、4オンになり、3パットで7打だったとは、何があるやら、訳ががわからない。夫人は1人こつこつと進め4オン2パットのボギーは素晴らしい。表彰式では先輩がエージシュートに3打おつりが来るグロス79(ネット69)で優勝だ。パー11,ボギー7で、ノーバーディーだったとのことだ。矢張り努力の人だ。周年に頭が下がる。私との24打の差は一体何なんだろうか。前回優勝した友人は85で堂々5位。もう1人の友人は、93でHDCPの助けで3位になっていた。良い感じのイメージが出てこない。焦点がぼやけるくらいにミスが多岐に亘ってしまった。
2022.12.16
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今日のウォーキングは第2431日目で9124歩だった。今日はことのほか寒い。外気温は3.2℃とのことだが部屋の温度は7.6℃とこれまでに無い寒さだ。いつも通り、早めに連れ合いを学校に送り昼過ぎに迎えに行った。その脚で横井整形の戸を叩く。高齢者の給料日で、高槻に出掛け、久し振りに、ビーフシチュー仕立てのオムライスを食べた。買い物を済ませて、太郎君一家用のテイクアウトを買って届けた。コロナの感染者や死者の整理とブログを書くこと、それに新聞のヘッディングを読むことで反日は潰れてしまう。毎日起こることは胸が悪くなるようなことばかりで、心の安まる日は無い。***フィナンシャルタイムズに米国のローレンス・リバモア国立研究所が核融合技術で「画期的進歩」を達成したとの記事が載っていた。それよると、初めてネット・エネルギー・ゲイン(正味のエネルギー利得)を達成し、温暖化ガスを排出しない無限のエネルギー源についての突破口を開いたとのことだ。今まで知らなかったが、核融合ではインプットのエネルギーの方がアウトプットのエネルギーよりも大きかったということか。勘違いしていた。核融合については1950年代から研究が進められている。核融合は太陽の内部で起きている。この太陽のエネルギーを地球上で再現できれば、とは良く聞いていた。実現すれば、地球上で低炭素のエネルギーを大量につくり出すことが期待できる。現在の原子力発電と異なり、高レベル放射性廃棄物(核のごみ)も出ない。とはいいながら、高レベルではないが、放射性廃棄物が出る点では通常の原発と変わりがないとも言われている。実際どの程度なのか、詳しい記述はない。核融合では日米欧中など主要国・地域が参加する国際熱核融合実験炉(ITER)プロジェクトがあるが、思うように進んでいない。多くの科学者が核融合発電の実用化はまだ数十年先と考えているとのことだ。英BBCは、政府が目指す2050年までの温暖化ガス排出量の実質ゼロ(ネットゼロ)を実現するための解決策にはならないと指摘している。米国では核融合ベンチャーへの投資が広がっているほか、英国は2040年までに原型炉の建設を目指している。日本も核融合の研究開発に力を入れており(2021年頃からその気になったか)、2050年をメドに核融合発電ができる国産の実証炉の運転開始を目指すとのことだ。是には、国際熱核融合実験炉(ITE R)で蓄積した技術を生かすとしているが、なぜITERそのものを進めないのかは疑問だ。私は、この記事を読むまで、核融合では投入した量を超えるエネルギーを生み出せ無いと云う事を知らなかった。その見通しが付いたと云う事だ。記事によると、微小な水素プラズマのペレットを世界最大のレーザー装置で照射する「慣性閉じ込め核融合」により、過去2週間の実験でネット・エネルギー・ゲインを達成したという。この技術が秘める可能性は無視しがたい。核融合反応は温暖化ガスをまったく排出せず、放射能レベルが下がるまで長い時間がかかる放射性廃棄物も出さない。理論の上では、小さなカップ1杯分の水素燃料で家庭の電力を何百年も賄えると書いてある。こうした夢のようなエネルギーの話が米国の研究所で実現可能な糸口を見つけたと云う事だ。これで、世界がエネルギー価格高騰や、ロシアのLNG供給制限などが吹っ飛んでしまうようなことだ。勿論、化石燃料を使う必要もなくなるのだ。エネルギー計画を抜本的に見直すことが出来るのだ。今回の核融合では、2.1MJ(メガジュール)のレーザーエネルギー投入で、約2.5MJの出力を得たというのだ。インプットの1.2倍の出力だ。しかし、データはまだ分析中だとのことだ。何やら歯切れが悪いので、この結果はそのまま信用は出来ないようだ。その後の記事は、非常に期待したいという表現に留まっている。曰く、科学者は1950年代から、核融合は投入量を超えるエネルギーを放出しうるということを示すのに苦労してきた。ローレンス・リバモアの研究者たちはついに、そして完全に、この数十年来の目標を達成したようだとの記述だ。建設に35億ドルが投じられた国立点火施設(NIF)は、もともと爆発のシミュレーションによる核兵器の試験を目的としていたが、その後は核融合エネルギーの研究に使われている。NIFは2021年、核融合反応で照射したレーザーのエネルギーの約70%に相当する1.37MJを生成し、世界で最もネット・エネルギー・ゲインに近づいていた。核融合の研究は歴史的に、英オックスフォード近郊にある欧州トーラス共同研究施設(JET)など公的な研究所で行われてきた。近年は2030年代までに核融合エネルギーを実用化するとうたう民間企業にも投資が流れ込んでいる。今年の2月の日経記事では、「欧州トーラス共同研究施設(JET)」で行った核融合実験装置では59MJというエネルギーを得たとのことだが、入力のエネルギーについては記述がない。ただ、1997年の記録の2倍以上に達したということで、大きな前進だとしている。記事には科学と工学の最大の課題のひとつを克服することに大きく近づいたと意味深い表現をしている。この記事と今回の実験結果との関連には触れられていない。大半の核融合研究は、強力な磁石で水素燃料を固定し、原子核同士の融合が起こる超高温に加熱する方法である「磁場閉じ込め核融合」に焦点を合わせているとのことだ。このように、核融合を手掛ける企業は6月までの1年間で合計28億3000万ドルの資金を調達した。現時点で民間部門への投資はほぼ49億ドルに膨らんでいる。それくらい画期的な研究である事が分かる。今回達成されたという「慣性閉じ込め核融合」による結果が正しいことが切望される。何しろ抜本的なエネルギー資源を得ることになるからだ。記事ではゲームチャンジャーという言葉を使っている。
2022.12.15
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今日のウォーキングは第2430日目で、9229歩だった。連れ合いの学校と、横井整形は日常となった。孫がコロナ陽性だったが、回復したようで少し、安心だ。然し、家族はそれぞれ自宅逼塞とのことで、テイクアウト(所望の牛丼)の夕食を届けた。連れ合いは忙しい中でも皆の食事のことを気に掛けてくれる、ありがたい。私1人ではどうなることやら。***マレーシアの現在が紹介されていた。マレーシアと言えば、マハティールというようにマハティールの時代が長かった。その後アブドラ・バダウィ、ナジブ・ラザクと変わって一時マハティールが野党となって、再登場した。その後、ヤシン、ヤアコブを経て、現在はアンワル・イブラヒムが新しい首相になっている。この間特に目を引いた事と言えば、ナジブの汚職だろう。どの国も汚職は付きもののようだが、マレーシアのそれは可なり深刻で重大なようだ。アンワルは元副首相で、過去に同性愛やら汚職やらで逮捕されていて、汚職の罪で懲役6年、同性愛の罪で懲役9年が言い渡された。汚職では服役し、同性愛では罪状が覆された。そこからの復帰だ。以前はマハティールの後継者としてマハティールに重用されていたが、最終的にはマハティールと対立した形で、マレーシアの首相になった。そもそも、刑期が終わった後5年間は、政治活動を行うことが禁止されているのだが、国王に請願する事で、政界復帰を遂げている。そうしてみるとマレーシアにはまともな為政者が出ていないと云う事になる。さておき、新首相は政治の安定と経済の再建が焦眉の急になっている。マレーシアは、新興国のご他聞に漏れず「中所得国の罠」に陥っている。2021年時点で、1人当たりのGDPは約1万1400ドルと、先進国の標準である約1万3000ドルに届いていない。ナジブの汚職は何と45億円を超える政治ファンドに関わるもので、デジタル化を始めとする必要な分野に充分資金が行き渡らなかった。今後は人工知能(AI)やデジタル分野へ予算を配分し、生産性を高めていこうとの思惑だ。日本の場合はスケールが小さくなったが、矢張り汚職事件はなくならないようだ。世界中の政治家で、クリーンな者がいるのだろうかといった感じだ。マレーシアの人口は約3300万人で、平均年齢はまだ30歳と若い。充分に立て直せる素地はある。然し問題なのは、頭脳の流出だ。国外に移住したマレーシア人は200万人に上るという。その内の50万人が25歳以上の高度人材だとされる。私も姫の学会に参加して、マレーシアの留学生がやがて、日本の大学で教鞭を執るに至った例を見ている。又コロナ禍で今は海外からの参加がなくなっているが、これまでマレーシアの国からやってきた人材を知っている。敬虔なイスラム教徒であること、何やら真面目さを垣間見る感じだった。新聞で紹介されている例では、シンガポールの広告会社で働く人の例だと、燃しマレーシアに留まっていたら昇進は遅れ、金融資産も5分の1に留まっていただろうとの事だ。そういった状態では頭脳流出は避けられないだろう。日本もそうした危惧が持たれる。若者が日本という土壌で何とか国を盛り上げようとする気になるのかが心配だ。政治家は金にまみれ、又統一教会に汚染されながら、身を律する事がなかなか出来ていない。まともな人材なら日本を見限ってもおかしくない状態だ。隣の中国では千人計画というものもある。ユニコーンの社数を見ると、(年々増加しているしその変化は大きい)最も多いのは米国で全体の半数強(52%)に及ぶ。2位は中国(16.3%)、3位はインド(6%)、4位は英国(4%)とのことだ。(2021年)全数が1066社との事だから、4位の英国で40社程度という計算になる。日本はというと、正確かどうかは定かでないが、7社程度では無いかと見られる。シンガポールが14社で、インドネシアが日本と同じくらいのようだ。それに比してマレーシアは1社しか該当しない事になっている。(中古車ネット販売のカーサム)シンガポールやインドネシア、タイなどは更に高度な人材を呼び込むために新たな査証の導入を考えている。こうした環境下ではマレーシアの人材が容易に他国に流れる事を止められなくなるであろう。考えるに新興国が本当に国の発展を願うならば、汚職とは断固として戦わなければならない。ナジブの所業をつぶさに把握していないが、逮捕されたとはいえ、地方でまだ根強い人気を保っているというなら、マレーシアに光が射す日は遅れるだろう。マレーシアは貿易国としての道を歩もうとするが、米中関係の悪化の中、互いに密着するでも離れるでもない中道を行く政策のようだ。果たしてこうした状態がいつまで続けられるかも問題になる。中国に変わる生産拠点になるためには皮肉な事だが給与の高さは弊害になる。技術を優遇して国内に留め置こうとする事が逆に生産拠点の導入には障害となるのだ。現にマレーシアの基本月給は約6万7000円とタイやインドネシアと比べて高い。それが元で、海外からの東南アジアへの投資額の比較で見ると、トップはインドネシアの約200億ドル、ベトナムは、中国離れによって流れたことにより急増して約150億ドル、それに次ぐマレーシアの約100億ドルとなっている。マレーシア北部のペナン島には半導体大手のインテルが10年間で約9300億円の投資を行って半導体の大型工場を建設中だ。その周辺には、日本や米中など世界の半導体関連企業が集積している。こうした波を捉えて、マレーシアは今アンワル副首相の下経済再建に突き進んでいる。
2022.12.14
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今日は雨のためウォーキングは中止した。久し振りに朝寝をした。それでも連れ合いは午前中から授業がある。午後は姉の用事に付き合った。松坂屋で家計簿と折り紙を買い、新しい補聴器屋を外から眺めて今のが調子悪くなったらそこに行こうかとのことだ。最後に、高槻のコナミを見学した。ホームに閉じ込められているから運動がしたいとのことだが、コナミの階段がきついと云う事で、思うこととやりたいことの差を感じた。安満遺跡公園でお茶を飲んで、今日はお終いだ。帰りに連れ合いは横井整形に回った。コロナで自宅待機を余儀なくされている太郎君一家への差し入れを買って届けた。***イーロン・マスクについては様々な方面で名前を聞くし、その影響力は計り知れないものがあるようだ。かねてマイクロソフトの創設者で、大富豪になったビル・ゲイツをしのぎ、2022年の長者番付で世界1の富豪になっている。こうした人たちが何を考えどんな行動を採るのかは注目の的だが、特にイーロン・マスクの行動は、時に理解出来ない。最初に登場したのはテスラという自動車関係だったように思う。EVで世界制覇的な地位に就いたというのが印象だ。次いで宇宙への進出、飛ぶ鳥を落とす勢いに見えた。そんな漠然とした印象を持ちながら、やがてEVが世界の車になった時には、テスラは大儲けでイーロン・マスクは正に歴史上の人物になるといった感じに思えた。それが最近になって、ツイッターを買収した(そうした動きの時点から)何やら訳のわからない素性が見えてきた。彼はツイッターの買収を金儲けのためでないと言っている。真意はどうか知らないが、そうした発言をしているのだ。ところが一方で、従業員の半数を解雇すると動き出している。IT関係の企業は、アマゾンでも同様で、必要以上の従業員を抱えていると云う事なのだろうか。ネクタイを締めてオフィスに通う旧来型の企業人のイメージしかない私などには実態が分からない。こうした動きの背景には、ツイッターに投資するサウジアラビアの投資会社の存在がある。ビン・タラール王子が率いるこの投資会社はイーロン・マスクがツイッターを買収時に資金の3割を貸している。故に収益に無頓着で、事を進める事は出来ないのだ。ツイッターを買収した真の目的は、言論の自由だという。民主主義が機能するためには是は不可欠だという。一般的には同意するものの彼の動きは更に分からなくなっている。米議会の占拠を主導した事で、ツイッターからアカウント停止処分を受けたトランプの権利復活に動いているのだ。表向きは、差別の無い機会を与えるべきと云う事であろうが、トランプがツイッターを使ってフェイクニュースを流したり、アジテートする事をも含めて自由という意味なのだろうかと疑う。更には、ツイッターを通じて、ヘイトスピーチなどを流す事も之まで制限を掛けてきたのだが、是も自由に行えるとするものだ。イスラムに原理主義という言葉があるが、正に民主主義の原理主義的意味合いを感じてしまう。自由主義は何でもありではないはずだ。一定の節操を持った発言であるべきだし、それを基盤にしたのが真の民主主義であろう。現にツイッターでコメントをフリーにしたときにわかに黒人差別用語が急増したとの事だ。また、民主主義を標榜しながらイーロン・マスクはEVの販売市場として中国に強く関わっている。何と5割以上が中国市場だと言うから、中国を無視するわけにはいかない。台湾問題に対しても、台湾を行政特区にするなどと言った、どうやら中国寄りの発言をしているのはこうした背景があるからだろうか。勿論中国からは歓迎のコメントがツイッターに寄せられる一方、台湾からは激しい反発を受けている。EVを売る事が目的なのか、民主主義のための言論の自由が主たるポイントかと聞かれれば、勿論EVの拡販で儲ける事だろうと想像する。民主主義は行きがけの駄賃程度なのだろう。更に、この男は、ロシアのウクライナ侵攻に対して、是まで、ウクライナに彼の率いるスペースXを通じて衛星通信サービスを無償でウクライナに提供していたのだが、彼曰く、ロシアとウクライナの人口比が3倍もある事からウクライナの勝利の可能性は低いとのツイートをしている。エンジニアと呼ばれる事を好むのだそうだが、そうした見方なら、この言葉が不用意に出てくる事も否めない気がする。之に対してウクライナの外交官がこの言葉をロシア寄りと判断してイーロン・マスクに「うせろ」とツイートバックしたのだ。真意は分からない乍ら、言葉の受け止め方は人や立場によるだろう。この「失せろ」発言を受けてイーロン・マスクはそれまで無償だった衛星通信サービスの費用を米政府に請求し、お前が「失せろ」と言ったからだよと嘯いたとか。何処が民主主義擁護なのだと訝しく思う。こうした動きの経緯から、イーロン・マスクが何を考えて行動しているのか計り知れない。地上のEV、宇宙のテスラ、そして世界2億4000万人が使うツイッター利用者、更には3000社近い広告主などが、イーロン・マスク只1人に集約されてしまう恐ろしさを感じずには居られない。例えの話だが、彼がツイッターを通じて、まことしやかに世界を揺すぶるような発言をしたら、多くの人心を掌握しかねない事態になるだろう。現にコロナに関して、情報の規制を撤廃すると云う事だから、世界はきっと大きな混乱に巻き込まれるだろう。また、何やらセキュリティーアップのため認証コードを導入するという。何処に向かうやら。さらに、今や共和党内部からも距離を置かれるようになったトランプだが、ツイッターに居場所を提供されれば、この先どういった混乱が起こるかは、誰も予想出来ないだろう。私は、世の中の総ての事に所謂良識があって、見えざるたがで、常識な中に行動が規制されるだろうと思ってきたが、金も力もある存在が、何かを企んだら、恐ろしい結果に誘導されかねないのではないかと感じてしまう。
2022.12.13
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今日のウォーキングは第2429日目で9303歩だった。連れ合いの授業が終わり、買物でダイコク、イオン、コーナンと回った。念願の高枝切り鋏を買った。使い方が悪いのか、品質が劣るのか分からないが、前回のは壊れてしまって、直せなかった。買物途中で、孫がコロナに感染したとの知らせが入った。先日の野球の試合で精彩がなかったのはそのためだったのだろうか。取りあえず検査キットを買って届けた。何事も無く治りますように。***日経に防衛費の問題を取り上げていた。主に財源をどうするかについてだ。ウクライナで望まぬ侵略戦争が起こり、北朝鮮は調子に乗ってミサイルをバンバン打ち上げてくるし、中国は台湾を武力で併呑しようと構えるし、日本もおちおちしていられないことはひしひしと感じるところだ。防衛費はGDPの1%以内とか言っていたのはそれほど遠い過去の話ではないと思うのだが、いつの間にかその額は2027年度に2%だという話になっている。(5年間で総額40兆円)岸田首相になってから、大した説明も議論もないままに、気がつけば重大な案件が勝手に決められているような気がしてならない。自民党の独裁振りは、統一教会で立証済みだ。野党が不甲斐ないとかはもう良いから、自民党が説明責任とやらを充分に果たして貰いたいことを先ず云っておかねばと思う。この記事では、増額することは既定の事実として話が始まっていて、それを何で賄うかの財源の話だ。倍額だというが、当時よりもGDPが増加していない事を逆に表しているようだ。有識者会議というのがあって、偉い人が侃々諤々議論しているようだ。その結果は、今を生きる世代全体で分かち合うべきだと言っている。当たり前のことだと聞こえる。その意味は、国債発行に頼るのではなく税金で賄えと云う事だ。是は太平洋戦争で、日本は国債を発行し続けて、終戦までの8年間で債務残高が、GNPの200%に達していたことの苦い経験から来ている。因みに現在の国債の残高はGDPの250%を突破していて終戦直前の水準を上回っているのだが。向こう5年間で、与党や防衛相は総額48兆円を主張し、財務省は35兆円程度とみていた。中を取って40兆円での調整が成されている。なんだかバナナのたたき売り的な経緯だ。萩生田は(まだこの男はのさばっているのかという感じだが)税金が取れるまでには2年を要するのでその間は国債発行もやむなしとしている。この男の話はもう聞きたくない。金融の話になるととんと頭に入らないが、何やら円安による差益などもあって、一般の予算に組み込めるのだという。また余分なコロナ対策費も是に計上できるという。本当に大丈夫なのだろうか、コロナで呻吟していた人たちを充分救済できたのだろうか、気になるところだ。現行の中期防衛計画の1.5倍になるという。何か悪のりしているのではないか。是を全額特別会計や余剰金歳出削減で間に合わす事は出来なくて勢い増税と言う話になる。財務省は付加税を検討している。過去、湾岸戦争時には、法人税を上げ、石油税なども増税した。東日本大震災時にも、法人に特別税を掛けた。今回の柱は法人税で、企業の潤沢な内部留保が当てにされている。世界で日本は法人税が高すぎるといった議論もあったが、どうやらそういったことを云ってられないと言う事だ。消費税は対象にしていないとの事だ。防衛費は非社会保障費であるというのがその根拠だ。問題は安全保障費は湾岸戦争時のような一時的なものではない事だ。防衛費の中には、退役軍人などへの年金も含まれている。真の国防費以外に経費を広げていくと本当に必要な国防費が薄められるのではないかとの懸念もある。でも鉄砲を撃つのは人間なのだ。2021年度の示された国の国防費の割合をGDPベースで見ると、何時も言われるように米国は3.5~4%、英国、フランスは2%前後、ドイツは1.5%程度で日本は1%との事だ。そこで日本は是を2倍にしようとの事だ。何か文句あるかと言うところだろう。こうしたときに日本の実質経済力の伸びていないことは伏せられる。調子の良い話だ。かつては特定財源を持たず、歳出削減の対象にされやすかった。経済の都合で軍事費をカットできるとは平和な感じだが、いまはそうも言っていられないと言う事だろうか。防衛費はその殆どが戦闘機の購入に充てられていて弾薬は不足している。自衛隊員の食時なども制約されているといったテレビ番組もあったが本当だろうか。安倍がトランプの言いなりに高い戦闘機は買ったものの、その実、戦いに於いては弾薬が無いといったことになるのだろうか。ともあれ戦争などは無いと云う事で推移してきた間はそれでも良かったのかも知れない。何もかも現状では不足している感じだ。華々しい面は強調されて伝わるが、実際に有事になったら、とてもウクライナのような抵抗は出来ないのでは無いかと案じるほどだ。そういったことを想像する事さえ辛いが、平和が未来永劫に続くといった保証もない。外交交渉も一定の武力の背景がなければ成り立たないかも知れない。今まで米国にべったりと依存していたのだが、いざとなって米国が本気で日本を守ってくれるかといえば確約はされていない。弾道ミサイルの保有量は必要量の6割しかないという。どれだけが必要なのかは分からないが、具体的には南西諸島防衛を想定した場合2ヶ月分しか弾薬は無いという。ロシアの挙動からか、備蓄の7割は北海道に集中しているとの事だ。現在の自衛隊の全般をみるに、「正面装備」のみに重点を置かれ、付帯の諸々の事は後回しになっているようだ。何か歪な感じを受けた。
2022.12.12
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今日のウォーキングは第2428日目で9069歩だった。このところコルセットを巻いての歩行だが、通常との特異さは差ほど感じない。島本ミニマラソンが開催されたようだが、知り合いは出場しないようで、関心が無い。連れ合いの教え子で中野円花が来町予定だったようだが、発熱のために不参加となった由。昼前にほっかほっか亭でテイクアウトして朝昼食兼用とした。LINEのネット会員は5円引きとの通知を受け、近くのエネオスでガソリンを入れた。今回の割引期間は12月1日(木)~11日(金)までとある。気がつかなかったが、11日(今日)は日曜日だ。明らかに間違った記載になっている。通常1週間程度を月2回適用しているようなので、今日は駄目かも知れないなどと思いながら給油に出掛けた。一悶着あるかと思ったが、すんなり5円引きだった。高々満タンで200円程度なのだが、安い方が良い。***日経に、原発政策の行方が3人の専門家によって論評されていた。推進論者と反対論者では全く違うコメントになるが、そこから我々は、自分の見解を持たねばならない。どうしても東日本大震災が忘れられない私などは、原発には極力賛成したくない。ロシアのウクライナ侵攻による燃料代高騰や、電力不足による節電要請などあって、停電はして欲しくないという気持ちもある。しかし、一旦再生エネルギーを主力電源に据えると決めたエネルギー対策を今回岸田はいとも簡単に原発推進に政策転換してしまった。そう思ったが、学者が見るところに依ると、必ずしも方針転換ではないという。その理由は具体的な炉の新設案件などがないことや、電気事業者の反応が冷ややかだと云う事だ。昨今の情勢から新設する場所は旧基地内でしかありえないし、原発の危険性を縮小するためには革新炉(新型炉)の新設が必要だが、そうでは無く、リプレースと言う事になるからだ。そうした見方からすれば、原発政策の大転換には当たらないと云う事になる。然し是も都合の良い解釈のようで、岸田の本心が何処にあるのか、朝令暮改を厭わない過去の例から、釈然としない。温暖化ガスゼロとか、エネルギー安全保障の見地からとか言い出すと、原発は、いともイージーな電力源に見えてくる。然し、そこで矢張り一旦事故を起こしたときの悲惨さや長期的な悪影響などを考えたとき矢張り使うべきではないと感じるのだ。あらゆる手段を使って、電力確保を行って尚足らない電力をどうするのかと言われたら、雨の日をなくしてしまえとか、風がもっとふけとか言うわけにはいかないから、石炭の使用もやむなしとするか、いや原発を恐る恐る使うかといった選択肢になるだろう。こうした手順を踏んでいるのが原発削減に向かうドイツの例だろう。ドイツはロシアのウクライナ侵攻で途絶えた、LNG供給断絶で、やむを得ず原発の使用に傾いた。日本はといえば、あまりにそうした説明もなく、単に1面的な判断しか行われていないようだ。丁寧な説明という標語も肝心なところではすっぽぬかされ、あれよあれよという間に反対の行動が採られているというのが現政権のやり方のようだ。そして、計画性がない最たるものは原発の使用年数の延長や最大60年までの使用を可能とする期限の延長だろう。こうした動きは正に私が危惧する危険の回避ではなく、増大に繋がるという点だ。運転期間を延長する案が出ているが、延長使用するために安全対策に余分な費用を掛けなければならない。そのことで、延長によって得られるメリットは相殺されあっても少ないものでしかないとのことだ。現在の所再稼働した原発は10基である。その内使用30年以内は4基、30年~40年が5基、40年以上経過が1基となっている。こうした経年使用の原子炉を例え休止時間なく60年間フルに稼働させても1kWh当たりの発電コストは1円の改善にも充たない。このことは稼働を延長してぎりぎりまで使っても発電コスト的には何らメリットが無いと云う事だ。是は、稼働延長によって安全対策に要する費用が増大することや残された運転期間が短くなるためだ。このことから政府が延長稼働を決めたことが何らメリットに繋がっていないという結果であり、熟慮されたものでは無いことが言うがうかがえるのだ。そもそも電力供給は公共性は帯びているものの電力会社は私企業であり、是に政府が勝手にどの基を何年延長するなどと策定すること事態自由主義経済にはそぐわないことになる。電力の供給面ばかりに焦点を当てた議論では、常に忘れられている安全面だが、原発事故による被害の回復や自己処理、廃炉にかかる費用や放射性廃棄物の処理など現在の発電コストには恐らく組み入れられていない(事故は起こらないものと安易に想定している)のだ。放射性廃棄物の処分場や、原子炉閉鎖(廃炉)に伴う費用などが、この先目白押しに現実味を帯びてくる。次世代に処分の費用や方法などを何の道筋もなく先送りするだけで、今日の電力行政をその場しのぎで済ませたところで、何のメリットがあろうと言うことだろうか。いい加減原発脱却の機運が出始め、再生エネルギー問題や、電力蓄電の方法や装置、送電網の改善などといった抜本改革を始めようとした矢先に目先の危機に踊らされた愚作を行う事はナンセンスだ。
2022.12.11
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今日のウォーキングは第2427日目で9776歩だった。朝第一の仕事は連れ合いを横井整形に連れて行くことだ。横井整形には何時も沢山の人が通っているようで、この世の中に如何に身体を痛めている人が多いかを物語る。とはいえ、独り身(?)の老人にはこうした場所に通うのも生活なのかも知れない。孫の野球の試合が第1中であった。コロナ禍で制限されていた観戦は許されたようだが、集まった父母の数は少なかった。用意されていた椅子に掛ける人たちも限られていた。孫は第1中に通って居るが、今日は連れ合いが通う第2中の応援席に座った。そのせいか、孫のバットは湿り、ピッチングも思うようには行かない感じだった。連れ合いが監督や先生に挨拶に行くと「そういう時もある」といった具合に慰められたようだ。私は雲1つ無いうららかな陽気につい居眠りが出てしまう、くつろいだ1日になった。連れ合いに頼まれて学校でのパソコンのセットアップをしに出掛けたが、新しい機械に面食らって、助けにならなかった。最近では学校には備え付けのプロジェクターがあって、それで授業を行うのだとか。兎に角少し行かない間にも学校は変わってきている。***英国が「完全なEVシフト」を進める裏には、単純にCO2ガスを出さないといった思惑だけではないとのことだ。COP27でゼロエミッション車(ZEV)の普及の促進に向けて、英国は新たな取り組みを発表した。ZEVとは、温室効果ガスを排出しない自動車を意味する。具体的にはEVや燃料電池車(FCV)などが含まれるが、実態としては、主にEVを指す言葉だ。英国はこの新たな取り組みの中で、EV/FCVシフトのためのプラットフォーム「ゼロ排出同盟への加速(Accelerating To Zero Coalition)」を組成すると表明した。ゼロエミッション化に向けた声明(ZEV声明)はCOP26で発表され、主要市場で2035年までに、世界全体で2040年までに、新車の供給をZEVに限定するという野心的な目標を掲げたものであり、130の団体(国、自治体、企業)が署名した。たが、今回のCOP27ではフランスとスペインが署名したようだが、日本やドイツは署名を見送っている。EUもまた2035年までに新車の100%をZEVにすることを目指している。半導体不足などもあって、年末の新車登録台数は減ったもののEV車の登録は増えている。前年から38.4%増だとのことだ。またハイブリッド車(HV)のうち、通常のHVは22.7%増加したとのことだ。HVにはマイルドハイブリッド車(MHV)とストロングハイブリッド車(SHV)があるとのことだ。初めて知った。MHVはモーターの出力が控えめな車種で、ヨーロッパで広く普及している。一方のSHVは高出力のモーターを搭載している。MHVは車両単価が低く、燃費が改善し温室効果ガスの排出量が削減できるため、利便性が良い。英国はEVやPHVの普及を促すため、2011年に一般購入者向けに補助金を導入し、自動車税などの税制優遇措置を継続しているが、新車購入補助金については6月に打ち切った。之に対して、英国自販連(SMMT)は補助金が打ち切られるとEV普及(温室効果ガスの排出削減)は進まないとして反対している。この辺りまでは今まで認識していたストーリーだが、どうやら英国の思惑は少し違ったところにあるようだ。英国やEUが持つ覇権主義がちらつく。特に英国は、EUから離脱し、国際的な指導力の回復を目指していることで、気候変動対策でイニシャチブを採ろうとの思惑がある。更に英国は純粋な意味での国産車の有名なブランドがないために、EV普及上何もとらわれる物が無いと言う事もあるようだ。(私の知るところでは沢山あるように思ったが・・・)英国にはさまざまなブランドの車があり、いずれも世界的に知名度が高いが、そのほとんどが外資系メーカーの傘下にある。(少々勉強不足だった)例えばロールスロイスやMINIはドイツのBMWの傘下だし、ベントレーはフォルクスワーゲンの傘下にある。またジャガーやランドローバーはインドのタタ・モータースの傘下にあり、MGは中国の上海汽車の傘下であるというのだ。何と産業革命発祥の地の自動車はその殆どが身売りされていると云う事のようだ。僅かに民族資本のメーカーとしては、高級車のアストンマーチンやスポーツカーのマクラーレン、モーガンがあるくらいだ。こうした背景で、英国には守るべき対象が無いと言う事から遮二無二EV化に走っても自国に影響が無いと言う事のようだ。加えて、地球環境を守るために力強く邁進し、イニシャチブを採っていると世界中に喧伝できると云う事のようだ。そこまで聞くと、日本にはトヨタ、日産、ホンダが有り、ドイツにはVW、BMW、アウディが有るために、軽々にZEV声明へ署名する事は出来ないと云う事なのだ。なるほど、そう考えると、独や日本が環境問題に消極的だというわけではなさそうだ。何事にも単純に割り切れない背景があるようだ。然し大きなトレンドとしては、EV化は避けて通れない道なのだろう。日本がEVに対して目に見えた動きが無いのはこうした事が原因の1つにあると言うことらしい。
2022.12.10
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今日のウォーキングは第2426日目で、9943歩だった。今日も連れ合いは学校で、帰りに高槻阪急の桃谷楼で昼食と買物をした。連れ合いが学校から持ち帰ったものが重く、一寸疲れた。夕方は連れ合いの歯医者と横井整形で今日も1日暮れた。***昔もこれほど常軌を逸した事が行われていたのだろうか。時々首をかしげたくなる事件が起こる。そんな事件の1つに保育園児の虐待がある。静岡県裾野市の私立「さくら保育園」で起こったこの虐待事件は何とも痛ましい精神の荒廃を感じる。娘が親を殺したり、夫が妻を殺したりと、このところ様々な凶行が行われているが、保育園の虐待事件は何か薄ら寒い気がする。今のところ3人の保育士(というか女達)が1歳児を様々な形でいたぶったというのだ。例えば、1.園児の足つかみ宙づりにする、2.ロッカーに入れ、泣く園児を私有携帯電話で撮影、3.寝かせつけた園児に「ご臨終です」と発言、4.ブス、デブなどの暴言を浴びせる、5.おもちゃをしまうための暗い屋内倉庫に閉じ込める、6.カッターナイフを見せて脅す――などの行為をしたという。信じられるか??ついでにその他、今分かっているだけの悪業を羅列しておくと、7.頭をバインダーでたたいて泣かせる、8.手足口病の園児の下半身を無理やり他の園児に触らせる、9.予め遅刻を連絡していた園児に、腕を引っ張り、遅いんだよと怒鳴る、10.泣かない園児には頭を叩いて泣かせる、11.昼食時に園児の頬をつねり怒鳴る、12.日常的に特定の園児に対してにらみつけ、声を荒げてズボンを下ろす、13.昼食を食べない園児に突然後ろから頭を叩く、14.丸めたござで園児の頭を叩く、15.園児を宙づりにして真っ黒な排泄室に放置する、といった15件の虐待行為が確認されたという。相手が何も言えない1歳児に対してのことだから異常であることは、言うまでもない。一応こうした異常行為を平然とやった女3人の名前を書いておこう。三浦沙知(30)、小松香織(38)、服部理江(39)だ。普通この年齢の女性なら、子供に優しく接すると思うのだが、これが真逆の行為なのだ。分別の分からないティーンエイジャーではない30代、しかもアラフォーも入っているのだから、しばし呆然だ。最終的に逮捕され、行状が明らかにされるようだが、その歳になって、こうした行為が露見せず、又それほど重大でないと感じていたとしたら、愚かしいの1言では片付けられない。鬼女どもと言ってもいい。この悪女達が何故保育という道に進んだのかが分からない。まさか1歳児をいじめるためというわけではあるまい。この女どもが何故虐待に走ったのかを詳らかにして欲しい。そしてそれだけでは留まらない。そうした虐待の事実を知りながら園長(桜井利彦)は事実を口外しないようにと職員に「機密漏らさない」誓約書を書かせたり、時に土下座して頼み込んだりしたという。こうした事実を、否定している園長だが、今以て隠そうとしているのかと胸くそが悪い。表だっての言い訳は最もらしいが、見て見ぬ振りをし続け、更に隠蔽工作までしているというのだから、腐っている。一般的な個人情報を漏洩しないようにとの言い訳は一見正当性があるようだが、保育園の場合、又この事態が起こってからだと全く正当性を欠くものだ。裾野市の村田悠市長も誓約書の件は実質的に隠蔽につながると見なし、怒りをあらわにしている。この件で市長は市民にお詫びしているが、内容を聞いてみると、市では8月に事態を把握しながら発表せず、市長に報告があったのは11月28日だったという。市長は知らなかったとすれば、市の職員が伏せていたことになるし、何の行動も起こしていないとなれば、裾野市くたばれだ。一応関係職員の処分を検討するとしているが、どう納めるのか。加害の悪女達は自宅待機の後漸次退職したという。之で終わったら大変なことになるが、警察はいち早くこの3人と園長を逮捕した。3人の行為を裏付ける映像などが残されていたという。スピード逮捕に至った理由を「事件の悪質性や社会的影響を考慮した」と説明したようだが、すべからくこのように迅速に対処して貰いたいものだ。是くらいの迅速さが発見時に出来なかったのか市の対応の杜撰さに呆れる。然し現在この3人は関与したことをおおむね認め、「しつけのつもりだったが、行き過ぎてしまった」などと同保育園に釈明したというが、どれがしつけかと怒鳴って仕舞いそうだ。さくら保育園で保育士が園児を虐待していた問題で、裾野市は市内の幼稚園・保育園長たちを集めた臨時園長会を市役所で開いたようだ。他の園の園長らはあり得ないことだとして、言葉が出なかったというが、恐らく青天の霹靂であったろう。同保育園は同24日に3人を自宅待機とし、3人は11月末までにいずれも退職した。3人は「しつけのつもりだったが、行き過ぎてしまった」などと同保育園に釈明したという。リーダー格の女は三浦で、なかんずく1番年下だ。保護者が挨拶しても、携帯いじるだけで挨拶を返すことはなかったという。園児も、園に生きたくないという意思表示をする者もいたようだ。1度などはあざをつくって帰ってきたことがあったが、先生に聞いてみたら「転んだ」とか「窓にぶつかった、すみません」と言って済ませていたようだ。最近続く腹立たしいことの中でも、際だって私は胸が悪くなった。
2022.12.09
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今日は友人夫妻とゴルフだが、連れ合いは、学校があり、私だけの参加だ。連れ合いは肩の痛みもあって復帰はなかなか望めない。来春からは行けると良いのだが。場所は亀岡GCで、朝早く連れ合いを学校に送って、山道を走った。山道も整備されているところもあって、走るのも又気晴らしだ。来週の天神会に備えてのラウンドだが、矢張り間が空いているのでクラブを握ってもしっくり来ない。ここ1年めっきりと身体の不安定さを感じる。それは皆同条件なのだが。スタートは9:37。インからだ。前の4人組は親子連れのようで、結構時間が掛かり、待たされることが多かった。幸いにも今日はコース内へカートの乗り入れが出来た。グリーンが殊の外早く、公称8.5ftとのことだが、真っ赤な嘘だろう。一応ホールバイホールで感想を交えて記しておく。No.10はパー5。TSはチョロから始まる。2打も当たりは悪く右ラフへ。3打でやっと良い当たりが出てFWCRだ。4打のアプローチはショート。PTで5オン2パットのダボだ。友人は悠々の3オンでパーだ。そう言えば前回はイーグルだった。夫人はアプローチをトップして8打になった。No.11は2打(通常)から右ドッグの打ち上げだ。Gティーからだとそうなる。TSは少し左目で、カート道で跳ねて前方だ。つま先下がりの2打は当たらず花道だ。3オンはぴたりと寄って1パットのパーだ。友人は2打をGRオーバーしてボギーだ。是は前回も同じだった。夫人も巧く運び3オン2パットのボギーだった。No.12はだらだらの打ち上げ。TSは土手に跳ねてFW左だ。2打もゴロ状になり、続く3オンもゴロ状の結果オンだ。2パットでボギーだ。友人はTSは飛んだが、2打をGRオーバーし返す3打が又グリーンからこぼれた。4オン2パットのダボだ。夫人も何故か寸刻みになり、3パットもあって9打だ。No.13は中間が凹んだやや打ち上げショート。今回このHが鬼門になった。6Uで軽くと思ったがトップ気味でトップチョロだ。トップが多い。そこからが大変だ、又トップでGR向こう、3打でこっちと言ったり来たりだ。無茶苦茶で焦って8打はこれ如何にだ。友人はGR奥に1オンし、早いGRを何とか2パットでパー。届かなかった夫人はそれでも3オン2パットの5打だった。No.14は打ち下ろし、左に池有り。TSは3Wで打ち、これまたトップ気味に距離が出ない。2打もトップし、ゴロで、3オンとなり、3パットでダボだ。友人はTSを初めてトップ気味でFWに転がり落ちた。然し2打をGRオーバーし、返すアプローチはGRの傾斜に流れてGRを越してしまった。3オンし、何と4パットの7打だ。またしても私に付き合ったのか。夫人もなんだかおかしく、8打になった。No.15は広いフラットコースだ。TSはまずまずで、FWCRだ。2打はチョロしてしまった。3打で、GR右に外れたがPTで4オンとピンに近づけた。然しイージーパットを外して2パットのダボだ。雑すぎた。友人は、ここでも2打以降調子をおかしくして5オンは信じられない7打だった。夫人は私と同じく4オン2パットのダボだ。No.16は、パー5。TSは良い感じでFWCRだ。初めてしっくりきた。2打は低めだがまずまず。軽く3オンかと思ったら又チョロだ。(夫人の指示で打った球が誤球で打ち直したのだが)4オンで、2パットのボギーは痛い。友人は素晴らしいTSで大幅距離をゲイン。しかも5Uでバンカー越えのナイスオンだ。然し、イーグルはならずOKバーディーは真骨頂だ。夫人は私と同じ経過だったが、誤球打ち直し後崩れてダボだった。No.17は広く長い打ち降ろし120YD(Gティーから)のショートだ。GRは右だ。6UでのTSは良い当たりすぎてGRを遙かにオーバーした。当たるときと当たらないときの差は大きい。(右GRは距離が短いのだ)2打をもたついて、3オンもぎこちなかった。2パットのダボだ。友人もGRを越え、なんだか分からないうちに6打叩いていた。夫人1人2オンで2パットでボギーだった。No.18は、TSは良い感じでFWCRだ。2打は良い当たりだったが、転がってバンカーに入ってしまった。しかし、あごの高いバンカーだが、1発でオンしたのは良い感じだった。2パットのボギー上がりはまずまずだ。友人は余裕の2オンで、パーで上がった。夫人はダボだった。昼食は何時もカレーばかりなので、今日は鯖の煮付けを頼んで、美味しく頂いた。夫人は連れ合いが一緒の来られんないのが残念だと何度も言っていた。今日はコース乗り入れがOKだったので、楽にできたのだが、学校なら仕方ないという話になった。午後のスタート前に、私のDRクラブが長いと云う事を指摘され、グリップを余すようにすることにした。それで少し良く打てた感じだ。No.1は、TSは右方向でラフだった。2打はまずまずだったが、GRの左手前だった。(今日は右GR)APでの寄せはまずまずだ。然し2パットで、ボギー。友人はここは何時も2オンでパーだ。夫人はTSを右FWで私をオーバードライブだ。然し、2打をバンカーに入れ6打だった。No.2のTSは何故か前回右にすっぽ抜けたので慎重にFWCRだ。2打はGR右だ。3打をPTで一寸ミスった。2パットのボギーは慎重さに欠けた。友人はTSは安定し、2オン2パットのパーだ。夫人はダボにしていた。No.3(超打ち下ろし)ショートで今日のピンは右GRの手前だ。TSはマリガンで、PWのオンだ。(気楽に降れば良いのだ)しかし3パットのボギーだ。友人は同じ所にオンしてパーだ。夫人は手前に落としたが2オン2パットのボギーだ。No.4は、打ち出しが池越えだが、Gティーは池の前だ。HDCPが1のホールだ。TSは、良い当たりで、FWCRだ。グリップを余して良くなった。2打も超良い当たりで、3オンと思ったが届かなかった。(当たっていない)4オンしたが、又3パットのダボだ。どうも不用意だ。友人は3打をGRオーバーして4オン2パットのボギーだ。GRオーバーは余裕すら感じる。夫人は、TSは安定して良いが、8打だった。No.5ショートは、100YDを切るほど。PWでGR左だ。2オン2パットのボギー。友人は前回同様で、1オンしたがなんと3パットのボギーで、夫人だけ1オン2パットのパーだ。No.6は、このホールも後半の落とし穴になった。TSは良い感じにFWCRだ。2打で軽くオンと思ったが、トップ気味でGR向こうのバンカーに。そこから返しをホームランでこっちのバンカーに。バンカーを2度行き来して。やっと7オン、9打叩いた。このHRは私には鬼門のようだ。皮肉なことに、友人はその間2オンして1パットが入りバーディーで涼やかに待っていた。夫人はダボだった。No.7やや打ち降ろしだ。右は土手、左はOBだ。少し気落ち気味だが、TSは右土手からFWに落ちた。2打は良い感じに当たって、右バンカーの手前でやっと止まった。目前のバンカーが気になり、3打でGRをオーバーだ。4オン2パットのダボだ。友人は、このHを得意としているようで、2オン2パットのパーだ。夫人はTSがFWまで出ず。結果は5オンで7打となった。No.8、TSは良い感じでFWCRだ。2打は6Uで載せようとしたが、当たらず右に流れて坂の中腹バンカー越えが残った。3打は良い感じにバンカーをクリアしたがピンから遠くになった。3パットのダボだ。友人はTSは順調だが、2打をミスって3オンし2パットのボギーだった。夫人はTSは良く、2打も花道まで飛ばしながらチョロが続いて結果は9打と信じられない。(誰でもどこかに魔物がいるようだ)No.9は、パー5。TSは快心の当たりでFWCRだ。2打も超良い感じに左に飛んだ。GRに近いがラフから7Iで3オンを果たした。しかし惜しいパットが外れて3パットのボギーは、気持ち的にはまずまずだった。友人はTSは遙かに飛ばしたが、イーグル狙いの2オンは出来ず、3オンして3パットとなりボギーだ。夫人は的確に進んで、4オンの2パット。3人同スコアで終わった。前半のNo13の8打。後半No.6の9打。之さえ無ければまぁ気分はそこそこだったろう。しかし、トップやチョロが多い。ヘッドアップが早いとのことだが、気をつけているが体得できない。天神会は、この1点に絞ろう。DRは短く持ち、それに合わせてアイアンも短めが良いとのことだ。3パットが多かったのはGRが思いの外早かったせいもある。高槻CCはどうだろうか。風呂にも入らず、友人夫妻と少し話しただけで帰路についた。帰って、暫くして連れ合いを迎え、横井整形を回って本日は終わった。
2022.12.08
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今日のウォーキングは第2425日目で、8956だった。連れ合いを学校に迎えに行って昼食をイオンの四六時中で採り、横井整形へとお定まりのコースだった。***認知症は、今の私には最大の関心事かも知れない。WHOの推計では世界のアルツハイマー病患者は2019年に5520万人、2050年には2.5倍の1億3900万人になる見通しだ。2025年には日本の認知症患者も700万人になるといわれている。私たちのゴルフ仲閒の1人もどうやらそんな気配がしないでもない。よもや自分が認知症になるとは思ってはいないものの、完全にそうならないとは限らない。従って認知症に関する記事は興味深く読んでいる。近年、原因物質を取り除くことで病気の進行を遅らせる薬の開発が進んでいる。米バイオジェンとエーザイが2021年6月、米国で条件付き承認を取得した「アデュヘルム」もこのタイプで、発症前の「軽度認知障害」の段階や初期患者が投与対象だ。投与には原因物質の蓄積量を調べる必要がある。ノーベル賞を受けた島津製作所の田中耕一さんが認知症診断の実証実験について記者会見を行った。田中氏が2002年にノーベル化学賞を受賞したレーザーを使ってたんぱく質をイオン化させる「質量分析法」の技術を利用する診断方法だ。微量の血液で発見する技術を血液検査装置大手のシスメックスが2023年春にも実用化する。こうした装置で、アルツハイマー病の発症初期の時期でも、病院内で簡便に調べられる事は非常に重要な意義を持つ。アルツハイマー病は発症初期の治療が重要で薬の開発も進むが、初期段階の患者を見つける検査体制は未整備だ。シスメックスのような、低コストの検査体制が確立すれば診断や治療の流れが変わり、患者の生活の質向上や医療費抑制につながる。アルツハイマーの診断は是まで、陽電子放射断層撮影(PET)で調べる方法がある。更には、脳脊髄液を採取するといった現行方法は医療現場の負担や患者自身にも大きな影響が及ぶ。現在のアルツハイマー病の診断方法は問診やテスト、磁気共鳴画像装置(MRI)による脳の撮影が一般的で、症状がある程度進行しないと診断できない場合が多い。また、機器が高額で実施できる施設が限られるほか、検査費用も高い。一方、患者の脳内には原因物質とされるたんぱく質「アミロイドベータ」が早くから蓄積している。こうした蓄積量を調べて発症の疑いを探る技術開発が進められている。質量分析法だと、血液中に含まれる微量の物質を計測できるという。血中に含まれるアミロイドβがわずかであっても、特殊な前処理を施すことで分析できるようになる。既に島津製作所では2021年にわずか0.6mLの微量な血漿からアルツハイマーの原因物質とされるたんぱく質「アミロイドβ」を調べる検査機器を国内で発売している。血液で検査が可能になれば、脳脊髄液を採取する現行方法に比べて医療現場の負担は大きく減る。島津は承認を取得した検査機器「アミロイドMS CL」を用い、2023年1月から大分県臼杵市でエーザイや大分大学などと共同研究を始める。医師が選んだアルツハイマーの疑いがある100名を対象に血液検査を実施して、PETの結果などとも組み合わせ、実際の現場で血液検査がどれだけ有効か、エビデンスを確立しようとする。認知症の検査がこうした低コスト機器で得られるとなると、認知症を気に病む者にとっては福音になる。こうした、微量の原因物質の特定といった検査方法の研究は島津だけではない。シスメックスは2016年からエーザイと認知症検査試薬の包括契約を締結し、検査手法の確立に挑んできた。シスメックスがエーザイと共同開発した試薬は一般的な病院で使われている血液分析装置と組み合わせて使い、「アミロイドベータ」の蓄積量を20分以内で測定する。シスメックスは12月中に厚生労働省に製造販売承認を申請する。認められれば2023年4~6月をメドに発売を目指す。この方法だと、1回数千円程度で検査でき、一般的な血液検査に近い価格になる可能性がある。シスメックスが開発した免疫測定装置「ヒスクル」を用いて血中のアミロイドβを調べる検査薬について、厚生労働省に承認申請する段階まで来ている。同社は、測定したい物質に結びつく抗体が発する光の量を調べる測定法を採用している。エーザイの持つ認知症のノウハウが開発を後押しした。このほかにもHUグループホールディングスはベルギーのADxニューロサイエンシズを4000万ユーロ(約57億円)で買収し、アルツハイマーなどの検査試薬の原料となる抗体の研究開発を強化する方針を打ち出した。HUグループが用いる検査機器「ルミパルス」は2021年に患者の脳脊髄液からアミロイドβのたまり具合を調べる診断補助として実用化されているただ、脊髄に太い針を刺す検査は患者に大きな負担がかかるため、ルミパルスの数十倍の検出精度をもつ装置と研究用試薬の発売を目論んでいる。このため、米バイオ企業の買収を行って2024年にも完成させる計画だ。こうした検査機器の発売があり、実用化が近い新薬でも認知症が根絶できるわけではなく、一般に普及し、安心して使う段階にはなっていない。いたずらに検査で症状が疑われた人がいても、治す術がないのでは家族の心のケアなどが十分ではない。これまで多くの製薬会社が認知症薬の開発を断念した。既に症状が進行し投与効果が期待できない患者で臨床試験(治験)していたことが一因との指摘もある。
2022.12.07
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今日のウォーキングは第2424日目で、8842歩だった。連れ合いを学校とその後の横井整形に送迎した。夕刻楠薫堂で連れ合い共々診察(前回の検査結果を聞く)と頸動脈のエコー検査を行った。特に前回と異なるところもなく、まずまずだ。血糖値はなかなか正常値にはならない。今日の0時からサッカーワールドカップの優勝トーナメントで日本対クロアチアの試合がキックオフだ。私は寝ていたが、日本に1点入ったときに連れ合いが起こしてくれた。以降見ていたが、やがて点を入れられ、1対1の同点になり延長でも決着が付かなかった。そしてPK戦では、敢えなく負けてしまうなんだか不都合な終了だった。現地では勿論日本国内でも多くの人が観戦していたのだろう。見ていると手に汗握り、どきどきする場面が演出される。然しこうしてスポーツを観戦出来るのは平和なことだ。***現代史の1ページに横井庄一軍曹の帰還がある。1972年1月24日彼はグアム島から帰ってきた。太平洋戦争終結から28年も経ってのことだ。グアム島へは観光で出掛けたことはあるが、小さな島と思っていたそんな島で人里離れた山奥によくぞ生を貫いたものだと驚嘆したものだ。私は勤めて5年目そろそろ会社にも慣れた頃だった。開戦と同時に日本が占領したこの島は、私が生まれた頃激しい戦闘の末、米軍によって奪還された。そうした激戦を闘い、山奥に逃亡し、そして28年生き延びたのだ。最初は戦友5人といたようだが、やがて1人になった。日々の生活をどのようにして過ごしてきたのか、別途手記があるようだが、私は読んでいない。本人は戦争は継続していると思っていて何時も臨戦態勢だったのだ。それほど俗世から隔離された状況だったのだ。生活は尋常ではなかったことは想像にあまりある。発見されたときには、手製の衣服を身につけていたというから凄い。仕立屋であったことを考慮しても素材や織機などはどう都合したのだろうかと殆ど想像を絶する。帰還して一言「恥ずかしながら・・・」という言葉は流行語になり、今でも鮮烈に覚えている。戦後になって生還した人は他にも2人いたようだ。そしてアジア各地にはこうした旧日本兵は1万人ほどいたという。当時日本は国を挙げて戦い(戦わさせられ)、その結果は惨めなことになった。ロシアは今ウクライナに侵攻して、果てしない泥沼の戦争を継続している。そんな中、ロシアの観光客が、大挙してタイを訪れているとのことだ。現代の(外国の)戦争というのはこんなものかと唖然とする。観光客は今国が理不尽にウクライナ人を殺傷していることを知らないのだろうか。横井の生還2年後、今度はフィリピンのルバング島で小野田寛郎少尉が発見された。此方も場所は違うが、バナナや牛で飢えをしのぎ、30年間も密林に留まり続けたのだ。小野田の場合も、敗戦を信じなかった。私はフィリピンで仕事をしていた頃、セブ島など南のリージョン6を回ったが、小野田のいたルバング島は、マニラからプロペラ機で飛んでもわずか三十分の西の南シナ海の小さな島だ。周りの島や本土の名前は、激戦の地として後ほどよく目や耳にした地名が多い。残留兵を捜索するために、30年の間に100回に及ぶ捜索隊が送られてきたという。しかし、見つけられなかったようだ。最初に出会った鈴木紀夫(1986年ヒマラヤで遭難死)とは偶然であり、鈴木は単なる旅行者だった。然しそうしたところを旅行しているというのも又変わっている。フィリピンに来た理由は小野田に会うためだという。「本当に陸軍の将校さんが残っているなら、戦前の日本人の考え方を生で聞いてみたい」というのがルバング島にいた目的だった。小野田は捜索隊が残した新聞や敵から奪取したトランジスタ・ラジオの日本語短波放送で日本の現状を推察していた。その了解では日本本土は米軍に占領され、カイライ政権がつくられているといったものだ。5年半後の1950年6月、朝鮮戦争がぼっ発したときも、マニラ湾の米艦艇、空軍基地の動きが急に慌ただしくなったのをみて、日本が大陸から反攻に転じた、と判断した。さらに、ベトナム戦争では日本軍による反撃が始まったと解釈したようだ。米軍機が、ベトナム方向に良く飛ぶようになって、米軍がこれほどの戦力を投入するからには「仏印方面で日本軍が再度、猛反撃に出たのだ」と小野田は確信したようだ。小野田が最終的に敗戦を知ったのは1974年に元上官の谷口義美少佐から「任務解除命令」を受けたときだった。彼は、フィリピン空軍司令官に投降したという。小野田がそれまでに犯して100の罪科は不問に付された。横井に続き小野田の帰還といった奇跡のような状況が、立て続けに起こった日本だが、小野田が鈴木に話した内容から、「日本の政府は米国のカイライであると信じたというのは、表向き違っているものの的を射ているようで実に興味深いやり取りだった。今日本は平和と言えるが庶民の生活は荒れに荒れている。是はこれで又嘆かわしい。
2022.12.06
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今日のウォーキングは第2423日目で、9284歩だった。連れ合いの授業は午前午後有り、流れで横井整形の午後の部にぎりぎり間に合った。帰りにほっかほっか亭でテイクアウトして夕食だ。***関電の旧経営陣が再び不起訴になる。難しい手続きはいろいろあるだろうが、大企業の役員達はよくよく守られているのだと思う。素人レベルでも明らかに贈収賄の典型なのだが、結果誰も罪に問われないのだ。馬鹿馬鹿しくて電機代など払っていられるかというような気分だ。力なく、ごまめの歯ぎしりをして只誰となく、どことなく吠えるだけでお終いなのだ。関西電力の旧経営陣が福井県高浜町の元助役森山栄治(故人)から多額の金品(1億8000万円)を受け取ったり、東日本大震災後の赤字で減額した役員報酬を退任後に補填したりしたとされる問題だ。大阪地検特捜部がもうこれ以上追及しても駄目だろうと判断したようだ。やれば出来るのだろうが、やる気が無いと云う事だろう。これがテレビドラマなら、毅然とした硬骨漢がじりじりと追い詰めるのだろうが、現実はそうで無い。恐らく別の力学が働いているのだろう。操作の流れ図など見ても、素人にはあまり参考にならない。事件の始めは関電会長ら6人(八木誠、岩根茂樹、豊松秀己ら、後に幹部ら20人)に7年間に亘って1億8000万円というワイロが福井・高浜町元助役森山栄治(故人)から掴まされたというのがきっかけだ。是は金沢国税局の税務調査で判明している事実だ。更に森山は関電幹部を時に恫喝するなどしていた。この金は電気料金や税金を原資とする原発マネーという特別の金で、国が原発基地の地方自治体に送っているものだ。高浜原発や大飯原発の建設に携わる地元の建設会社「吉田開発」から森山に手数料として約3億円支払っていた。その金が関電役員ら6人の個人口座に送金されたのだ。後に、関西電力の幹部ら20人に森山から総額3億2000万円分の金品が渡っていた。こうした細々した金品のやり取りは驚くほどだ。受け取った側は生命線である原発事業に影響力を持つ森山の機嫌を損ねるのを恐れ、仕方なく受け取った、などと「被害者」の立場を強調しているがあり得ない。調査していく内に福井県幹部ら109人も森山から現金や小判、商品券などを受領していたという。ワイロを受け取った県の職員らは森山が「長年客員人権研究員を務めたので、失礼があってはならないと思った」などと説明したとのことだ。関電と同様、まるで被害者であるかのような釈明だと批判されている。町ぐるみ、会社ぐるみの不正はまるで疑獄だ。役員らはこの金を返そうとしていたがその機会を覗っていたという。何とでも言えるものだ。7年間もズッと、覗っていたのか?!そして、返却を完了したとの言い訳だ。元助役の森山は90歳で亡くなったとかだが、30年間、関電子会社「関電プラント」の非常勤顧問だったし、吉田開発の顧問でもあった。余程良い思いをしてきたのだろう。これだけ見てもインサイダーそのもので、ズブズブ状態でやりたい放題だったのだ。こうした不正の告発に関しても当時首相の安倍晋三はほぼ無視状態だった。統一教会の件に比べれば小さいことだと思ったのか。杉本達治知事も事実関係を調査すると述べていた。結果の記載は無い。3年前には侃々諤々のこの問題も、喉元過ぎれば、忘れ去られると云う事か。然し、こうした不正の中で、原発再稼働や延長稼働などといった問題を議論すること自体ナンセンスになってくる。そして、こうした経緯を経て、関電前会長らの立件は見送られたのだ。大阪地検は一体何を調査してきたのだろうか。立件見送りの理由としては関電に損害を与える不正の認識はなかったと判定したようだ。この結論は何とも承服しがたい。役員らは、対関電に対して背任を行ったつもりは無いかも知れないが、原発マネーが関係している以上、住民や、国民に対して、不正を働いていることに変わりはないのだ。役職を辞任しただけで、この問題の責任を果たしたとするにはあまりに短絡的すぎる。受け取った1億3000万円は総て返却されたのだとしても、その真偽もさることながら、返せばその責に問われないなら、泥棒して見つからなければ取り得で、燃し見つかったときに全額返せば罪に問われないのと同じではないか。何とも後味の悪い締め方だが、最近、どれだけ悪事を働いても、政治家や大手企業の役員、更には役人に関しては、どれも有耶無耶の内に終わってしまうことになる。何もかも、安倍晋三が蓄積した悪の影響がそこここに見られるようで、情けない感じだ。偉くならなきゃ駄目よと云う事か。「もっとしっかりしろ司法よ!」と叫びたくなってくる。
2022.12.05
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今日のウォーキングは第2422日目で9062歩だった。朝から町内の溝掃除が始まった。年1回の掃除だ。私の家の前の溝は他の家のよりも長いので、昨日済ませておいた。従って今日の溝掃除は近所の家の手伝いをする余裕だ。以前は溝に水を流していたが、不要だろうとして、流さなかったので、今日は蓋を取る必要も無く、終了できた。そのついでに北山で貰ってきた椿を鉢から地植えした。午後連れ合いが銀行へ行くのと買物をするというので、イオンからコーナンを回った。コーナンでは孫への差し入れと、100均で老眼鏡を買った。老眼鏡と銘打っているのは当たらずと雖も何やら空しい気がする。***岸田政権になって、急に原発回帰が言い出され、あれよあれよという間に使用期限60年を超えての操業も考えられるようになった。是までは、原発は、出来る限り使わないという方向ではなかったのか。限定的なモノしか稼働させないのではなかったかと言った疑問が残る。思い返すに、そんな方向転換を議論した節はない。野党も反対しなかったのだろうか。この間統一教会とコロナ一色で過ぎてきたので、正直、話題にならなかったのかと訝る。どうも独断専行的な展開だったようだ。あの岸田独特の何でも「説明責任」がちゃんと果たされないまま、行動が先行している。岸田は是まで統一教会絡みと死刑関連発言、政治と金問題で山際大志郎、葉梨康弘、寺田稔と相次いで3閣僚が辞任に至ったときも、説明責任を連発して土俵際まで抵抗していた。こうした言動と今回とがあまりにかけ離れた行動のように思える。毎日新聞の青野由利が「開き直りの原発回帰」と称しているように、未だに唐突感が拭えない。そして、その解説の中にも国民的議論がなされた形跡はまったくないとしている。思えば、この岸田は穏やかそうに見えて、独断専行を得意としているのだろうか。安倍晋三の国葬についても、誰に計るともなくいち早く実行を決め進めてきた。一方で、丁寧な説明責任をと言いながら、この独断専行は一体何なんだろう。青野が言うように、2011年の東京電力福島第1原発の過酷事故がこうも簡単(たった10年余)に克服できると云う事は、事故をそれほど重大に捉えていないということなのだろう。青野はこう言う。総合資源エネルギー調査会(経産相の諮問機関)の原子力小委に経産省が提示した「アクションプラン(案)」にはこうある。「再稼働への総力結集」「既設炉の最大限活用」「次世代革新炉の開発・建設」「バックエンドプロセス加速化」「サプライチェーンの維持・強化」。列挙された項目からは、原発事故前を上回るような「推進」の勢いを感じる。是までの慎重さは何処へ行ったのだろうか。この裏には、今年8月の「グリーントランスフォーメーション(GX)実行会議」での気候変動の問題やロシアのウクライナ侵略によるエネルギー危機があるのだろうと想像する。地球温暖化は避けなければならないし、ロシアの横暴で、原油の価格高騰が激しくなると生活が立ちゆかなくなる、などと云った脅迫観念が彼を襲ったのだろう。対策としての脱炭素を足がかりに、岸田がいきなり踏み込んだように見えた。それとも以前から仕組まれていたことなのか、詳しいことは分からないが(説明責任が果たされていないから)如何にも唐突感は拭えない。端から再生可能エネルギーを増強する気など無いのだろう。事故さえなければ(これがポイントだ)現有原発の再稼働や延長稼働は実にイージーな方法だ。脱炭素は叶えられるし、ロシアが原油を絞っても、OPECが減産しても、何ら関係なく過ごせると云う事か。実にイージーな発想ではないか。それも之も事故が無ければの話だ。そして事故の起こる確率は随分と低いとし、燃し再度起こっても今度は巧くやれるだろうなどと安直に考えているとしか思えない。ドイツのメルケル前首相は、そうしたことを熟考して脱原発を宣言したのだ。今は、ロシアの侵攻でやむなく最小限の原発を稼働させているが、日本とは考え方が大きく異なっているのだ。福島原発事故調査で、技術関係を束ねていた斑目委員長が、「基準が甘かった」といった話をしていたことを思い出す。その彼も亡くなってしまったし、もう岸田を縛るものはなくなったのだろうか。この件で、経団連が漏らした本音というのがあった。それは、岸田へのお礼であった。原子力小委員会は大半が原発推進の産業界代表や原子力が専門の学者などだ。そうして委員を選んだのは経産省だ。こうした人員構成も然りだが、経団連は大手経営者の総本山だ。行動計画案は原発の新増設・リプレース(建て替え)の推進と既存原発の運転延長を可能とする事が述べられている。こんな儲け話はない飛びつくのは当然だ。日本製鉄も、これを機に儲けようとしているし、関電などはこの際大きな追い風として捉えているだろう。美浜原発はそれなりに事故を起こしているが福島ほどの重大な損害ではない。行け行けの侭だ。原発推進の学者からも「カーボンニュートラル(温室効果ガス排出量の実質ゼロ)の達成を目指す以上、原発の増強は不可避だ。既存原発の最大利用と、廃炉された炉の次世代革新炉への建て替えはたいへん重要になる」との意見を堂々と述べている。斑目教授(故人)が事故後軽々しく答えていたのと同じで、学者は巧くいって当たり前、事故を起こしたらそれは企業の責任だと、良いとこ取り出来るのだ。1人だけ反対意見があったようだが、敬意を表したい。燃し北朝鮮がミサイルを意図的に原子炉に当てたら・・・・、その時はその時か・・・。
2022.12.04
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今日のウォーキングは第2421日目で9334歩だった。朝10時から町の農林業祭が島本駅前で行われた。好天もあって、多くの人出だった。私も連れ合いと出かけてみたが農作物を売る場所(資料館庭)前は長蛇の列が出来ていた。既に買った人は大根など4-5本を袋に入れてにこにこしながら帰っていた。楠公公園側は別なテント群が立っていて、そこでも花や果物などを少々販売していた。綺麗な葉牡丹と柿を少々購入して長蛇の列の方は諦めた。それから土曜日は午前中しかやらないという横井整形に連れ合いは急いだ。その後、ソフトバンク高槻東店に出むいて、プラン変更で安くなると言う葉書を持参し内容を確認して、手続きを終えた。明らかに顧客にとって安くなると言うものなら、通信会社側で勝手に安くすれば良いではないかと言ったが、相手はソフトバンクの社員ではない。何とも木で鼻を括った応対に、つい声を荒げてしまった。プランを変更しなかったら、通信会社が儲かるからだと敢えて答えたのを聞いて唖然とした。是は通信会社側の競争上、他社に乗り換えられるのを防ぐためにこうした案内をしているのだろうし、気がつかなければそれで良しとするような考えなのだろう。何とも腹立たしい。***日経では、人口減の世界傾向について世界の動きなどを識者に聞いていた。1960年以降欧米各国では婚外子の割合が増加した。キリスト教国家ではタブーとされてきたがどうやらそうしたことが緩やかになってきたようだ。法律婚をしなくても社会がある程度制度を整えて対応できることから事実婚が増大した。イタリアやスペインなど南欧では大家族主義で、婚外子は少ない(家族・ジェンダー政策が行われてこなかった)が、北欧やフランスなどでは核家族化して配偶関係も多様化していて婚外子も多い。戦前の日本は婚外子が多かった。正妻の他に妾を囲うなどの風習があり、そうした結果が影響しているかも。戦後法律が厳しくなって、一夫一婦制が厳格に守られて婚外子は減った。配偶関係と出生率の関係は伝統的家族主義が強い国は出生率が低く、弱い国は出生率が高い。日本はどちらかと言えば家族主義傾向だから出生率は低いようだ。多様な結婚制度を認めると、子供が増える傾向にあると言うが、法律外結婚も之にあたるだろう。只、シングルマザー同士や同性婚、パートナーシップ制度を認めると子供が増えるという考えは当たらないのではないか。選択的夫婦別姓を認めることは間接的に子供が増える傾向になるだろう。子供を産んだ女性の所得が減る現象を「母の罰(マザーホッド・ペナルティ)」というのだそうだ。何故そうなるかは想像に難くない。妊娠し、出産することで、時短勤務や休暇の取得が多くなることから来るのだろう。子育てが女性中心に考えられ、女性に負担が掛かることから来た言葉だろう。こうした言葉が出来る世界は既に出生率の向上は図れないだろう。女性が出産する時期はちょうどキャリアアップの時期と重なりがちなので、この飛躍時機を失することで給料も減りそれに連動して将来の年金も減ると云う事になる。子供を多く作れば、それだけ母の罰は大きくなるから、勢い女性は子供を持たないか、1~2人で良しとしてしまうことになる。こうした問題点を把握しながら、改善できないことは、政治の問題だろう。女性が子供を持っても安心して働ける環境をつくること、保育体制や、企業での子育てに対する福利厚生制度の充実は最低限必要だ。子供は増えないと嘆きながら何にも手を打たないのは、不作為そのものだ。本気で少子化を止めるためには、子供を1人作った女性(家族)に報酬を与えるくらいの考えに変えなければならないだろう。経済環境も人口問題に大きく影響する。昔は貧しい地域では大家族制度が採られてきた。今では富裕層の方が子供を持つ確率は高くなった。イタリア内部でも豊かな北部のミラノなどでは子供を多く持ち、南部の貧しい地域では子供が少ない。結婚という制度が重視される国(例えば日本やイタリアなど)は、子供を持つ前提条件は結婚となり、結婚そのものに大きな責任と負担が掛かることから逡巡しがちで、結果子供が少ないと言うことになる。北欧などはその点が自由で、子供はその両親が責任を持って養育すると云う事さえ守られれば良いとしている。子供が幸せになる政策こそが少子化に歯止めを掛ける。安価で質の高い保育サービスや幼少教育、子供が良い経済環境で育つような政策が肝要だ。子供への所得移転が進めば若者が早く経済的に独立できるので、子供を持つ機会も増える。昔は女性の社会進出が進むほど、出生率が低下すると考えられた。しかし現在、先進国では女性の権利向上が高出生率につながっている。男女が不平等な国ほど出生率が低いとのことだ。本当なのかと思うが、この背景には、男も家庭の仕事をやることや、社会や企業が男の働き方を変える必要があるとのことで、なるほどという気がする。昔の様に、男は外で働き、女は家を守るといった考えでは成り立たない世界なのだ。今どれだけの人がそれを理解していくかが問われているのではないか。つい最近も、元厚労相だった柳沢のように、「女は出産機械」「男は労働機械」としか思ってないということだ。性の多様性については、同じようなことを述べ、巧くバランスを取れば人口動態が改善され、出生率が向上するという意味合いを述べているが、果たしてこの論理がよく分からない。
2022.12.03
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今日のウォーキングは第2420日目で、8737歩だった。連れ合いは今日も授業だが午前で終わって、三人会の友人の所に出掛けた。私は送迎して、そのまま一緒だ。ココイチで友人の夕食用にとカレーをテイクアウトして持参した。昼食を友人宅近くの中国料理店白龍で一緒に頂いた。比較的手頃で美味しくボリュームたっぷりだった。道の向かいには何時も目印にするキャピタル東洋亭の本店がある。北山通りだ。何時も北大路と書いて連れ合いに指摘されている。京都の北のはずれの由緒ある通りだ。友人を家に送り届け、カレーの差し入れで、逆に椿の木や色々なモノを貰って帰った。帰りに、永観堂を訪れたが、最早紅葉は終盤で、中に入ることは止めた。駐車料金30分500円を活かし、近くの野村美術館で日本茶を頂いて帰った。この界隈に孫の通う東山高校がある。何人かの生徒を見かけたが、勿論孫には会えなかった。***デンソーは自動車部品を作る会社で、トヨタの下請的な仕事をしている、といった感じで受けとめていたが、どうやら大きな間違いのようだ。元々はそうした位置づけであったが、今は売上高が5兆円を超す巨大企業である。元々電気関係には疎かったので、あまり注意を留めてみたことはなかったが、私が関係していた重厚長大の造船会社の約5倍の規模の会社のようだ。井の中の蛙大海を知らずも良いところで、自分が関係している会社が結構大きく見えたものだが、少し引いて考えると、世の中の事がよく見えてくる。余談は置くとして、デンソーは、車のハードを売り物にしてきたが、これから先ソフトウエアの開発に力を入れていくという。モノ造りといった枠から飛び出そうとのことだ。デンソーの研究開発費は年間5000億円規模だ。是まではハードウエア、ソフトウエア、テスト検証に等分に割り振っていた研究費を今後ソフトウエアに半額の2500億円を投じることにした。こうした背景に、ガソリン車やHV(ハイブリット車)はやがてEVに置き換わることが世界的な趨勢であるからだ。こうした事を受けて、デンソーはエンジンに関係する部品事業を売却する方向で進めている。デンソーは、点火プラグやガソリン噴射機といったエンジン関連の部品事業を約40抱えている。こうした事業も又売却する方向だ。米ITのGAFAが車に進出してくるのを迎え撃とうとの気概だ。スマートフォンと車を連携させ音声機能で、エアコンや速度などもコントロールできるようにしようとする。こうした傾向はドイツも同じで、これからは部品メーカーとしてではなくソフトウエアでの勝負をする事になる。是まで実地試験を行っていた走行テストも、過酷な条件などを工場に設けた仮想空間で行おうともしている。自動運転は運転手の監視システムも含めていて、運転手の脇見運転などを補助して障害物を回避するなどのシステムを設ける。実証試験で得られたデータはコンピューターで集約し、AIを使って自動運転にフィードバックしようとするものだ。こうしたシステムの構築や制御の根幹に当たる半導体については、現在の全量海外依存体質を改めて、国内回帰することも考えられている。このほどTSMCが熊本の新しい工場を建設するに当たっても、デンソーは是に間接的に30%の出資を決めている。是までデンソーは半導体の殆どを台湾に委託していたが、中国と台湾の関係を鑑みて、国内生産をしないと半導体の安全保障はないと考えるに至った。資源の無い日本は、全てを海外に頼ることに慣れてきているが、国家の安全保障はこうした点を見直さなければならない状況になっている。自動車には1台に約1000個の半導体が使われている。種類も多く、スマートフォンの20倍近いとされる。半導体1個が欠けても車は造れない。東日本大震災やコロナ禍で、半導体不足に陥って、大混乱に陥ったことは記憶に新しい。半導体の量についてもそうだが、1つのチップに受け持たせる制御の範囲を増やすことも考えている。その結果使われる半導体の数を減らそうとするものだ。米テスラは、こうした取り組みを始めている。独のボッシュはEVの走りを制御するパワー半導体の次世代製品で先行している。高効率化が可能なSiC(炭化ケイ素)を使う製品で、オランダの半導体企業の買収を決めた。世界の車搭載の半導体市場は2030年には8兆円規模に成長すると予測されている。デンソーは現在の半導体の売上高は4200億円で、車載半導体メーカーとしては世界第5位の水準だ。是を2025年までに5000億円へ高めたいとしている。これからは世界のEV化は急拡大するとみられている。日本の自動車業界もEVを手がける企業もあるが、まだまだ動きは鈍いようだ。この先同方向転換して世界の時流に乗っていくのか、よく見えない感じだ。EVで先行するのは欧州だが、中国のEVへの回帰は群を抜いている。しかもコストが安く上がることは他国の例を見ない。特に、モーターや電池と並ぶ重要部品であるインバーターは安価な家電用部品の転用を計るなど、徹底している。デンソーはインバーターの生産台数を2025年には現状の4倍の1200万台に引き上げる方針を打ち出している。このために電動開発センターを創設して、研究開発に従事する2500人の社員を集結させている。自動車部品を造るメーカーとしては日本電産(Nidec)やホンダがあるが、安定したホンダにも時価総額で抜く勢いである。我が町に近い京都に本社を置く日本電産をも上回るほどの勢いになっている。これからは地球環境に優しいとされるEVがガソリン車や、HVを凌駕することは明らかなようだが、デンソーのように早くからこうした備えをしている企業はそれほど多くないであろう。ガソリン車の機構を構成する重要部品が、これからは不要になるということから、従来の車の部品メーカーの先行きが同時に案じられるところだ。
2022.12.02
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今日からいよいよ師走だ。然し相変わらずのコロナで、ウンザリする日が続く。今日のウォーキングは第2419日目で8986歩だった。連れ合いの学校送り迎えは定常的になった。迎えた後イオンで買い物を済ませて、横井整形でのリハビリも日常だ。***恐竜の話はとても興味深く、この乱れた世情には一服の清涼剤の役目すら感じる。大型ティラノサウルス類の歯の化石が長崎で発見された。長崎半島西海岸にある後期白亜紀の約8000万年前の地層(三ツ瀬層と呼ばれる)から新たに見つかった。新たにというのは、2015年にも同じ地層からティラノサウルスの歯の化石2点が発見されているからだ。恐竜の化石は1点、1点が個々に発見されるので、我々は俯瞰的に見ていかないといけない。ティラノサウルスといえば恐竜中の恐竜として名高く、北米が有名であるが、ここ日本でも彼らは闊歩していたのだ。見つかったのが歯の化石なので、あまり迫力はないが、之を基にティラノサウルスの全体の像を想像するのはやはり楽しい。歯の化石の大きさは長さ85mm、根元の幅33mm、厚さ18mmで、右下あごのものとみられる。生え替わりで抜けたもので、中央部は周囲の地層の圧力で変形している。歯冠の全てと歯根の一部があり、保存状態は良好という。大型のティラノサウルス科の化石は、長崎ではこれで3点目となったほか、熊本県天草市の同じ時代の地層からも、やや小ぶりながら歯の化石が見つかっている。国内のティラノサウルスの仲間としては、ティラノサウルス科を含む大きなグループ「ティラノサウルス上科」に属する。ティラノサウルス科は、後期白亜紀の後半の約8300万~6600万年前にいた獣脚類で、前期白亜紀(約1億4500万~1億年前)辺りから、棲息し、地球を闊歩していたのだろう。大型のものは北米でティラノサウルスやダスプレトサウルス、アジアではタルボサウルス、ズケンティラヌスなどがいた。名前は皆聞いたことがあるものの私にはどう違うのかは分からない。そうした想像図を比べてみるが、皆同じように見えるのだ。大型恐竜と言うだけあって、体長は10mはあるとのことだ。然し、平均的に12~15mの体長だというから、少し小振りなのかも知れない。アジアは中国やモンゴルでも発掘されていることから、太古に中国と陸続きだった日本でも発見されたことはある意味当然のことだ。多くの種が見られるように、原始的なものから進歩的なものまで、さまざまな仲間がいたことが分かってきた。恐竜の化石は、必ずしも時系列的に発見されるものではないから、後から発見されたとしても実のところはずっと前から棲息していたこともあるわけだ。そこで、2014年に長崎で発見された歯の化石の記事を読んでみる。8100万年前地層と書かれていたが、100万年前後は、恐竜の世界では誤差範囲なのだろう。この時発見された歯の化石2本は大型ティラノサウルス科の種であるとのことだった。これが国内初の発見だったようだ。ある程度具体的なことが分かるまでには1年以上かかると見えて発表は2015年だった。当時見つかった歯は左下の顎の歯とみられ、1本は先端から歯根部の高さが8.2cm、歯冠基部(根元)は最大幅が3.8cm、厚さは2.7cmで水平の断面がふくらみのある楕円形となっている。従って今回発見された物より可なり大きいことが分かる。もう1本の歯は欠損や変形があるが、いずれも獣脚類の特徴であるノコギリのような突起「鋸歯(きょし)」や「血道(けつどう)」と呼ばれる溝があった。変形していたが、完全な形だったら保存状態が良い歯より大きい可能性があるとのことだった。この2点の発見場所は約1mしか離れていなかったが、同じ個体のものかは不明とのことだ。当時の解説に依れば、ティラノサウルス科の恐竜は白亜紀後期の後半(約8300万年~約6600万年前)の北米とアジアで生息。小さなもので全長5mあり、10mを超える種もあるとのことだが、別の資料では前記のように15mあるものから比してまだ小さめなのかも知れない。小型の原始的な種類も含めた「ティラノサウルス上科」の化石は石川県白山市、兵庫県丹波市、福島県広野町などで見つかっているが、大型種はこれまで国内で発見例がなかった。長崎県ではこのほかにも草食恐竜の歯35個見つかっている。平たい口や奥にびっしりと並んだ歯が特徴の「カモノハシ恐竜」として知られる草食恐竜で「ハドロサウルス」に近い種類だとのことだ。これらの事から、付近にたくさんの恐竜が生息していたと推察できる。ハドロサウルスの仲間の化石は、長崎のほかに北海道や岩手県など6道県で見つかり、北海道むかわ町では全身骨格が見つかっている。さらに、長崎県の三ツ瀬層では国内最大級のハドロサウルス上科である鳥脚類恐竜の化石が発見されている。この化石は2足歩行もする草食の「鳥脚類恐竜」の肩甲骨であった。この肩甲骨は長さ90cm、幅20cm。胸郭に沿う緩やかな湾曲があり、ほぼ完全な形で残っていた。後方(遠位)が幅広く板状であることから左の肩甲骨で、後半部の幅と広がりは長く伸びていた。骨の長さから、全長約9mと鳥脚類恐竜としては国内最大級で、新種の可能性もあるという。また、このほど岐阜県高山市では約1億3000万年前(白亜紀前期)の手取層群大黒谷層で1988~2009年に見つかった5点(最大で長さ17mm、厚さ0・5mmの卵殻化石は小型肉食恐竜・トロオドン科の可能性が高いという。トロオドン科は鳥類に近く2足歩行をするのが特徴。日本も、他国に劣らず恐竜が闊歩していたのだと改めて思う。
2022.12.01
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