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今日のウォーキングはちょっと寒かった。水無瀬の堤から風を避けて、すぐに河川敷に降り、堤の終点で折り返した。鵜殿迄堤防上を歩いて、そこから下に降り帰宅した。最近は連れ合いも人に会う機会が多く、近くではあるが、出掛ける機会が増えた。歩くのが以前より楽になったようで、何よりだ。夕刻は、太郎君一家と、焼肉の夕食だ。孫達の食欲も旺盛で、成長が著しい。共に食卓を囲めるのは幸せなことである。***日経の私の履歴書は王貞治さんの番だった。今更人の一生を見てどうなるものではないのだが、この歳になると、他の人は人生をどんな風に過ごしてきたのだろうかと思うことがあるので、このシリーズは、毎回纏めて読むことにしている。ここに執筆している人は、ウェブで検索すると出てくるような人ばかりだから、殆どの場合名前を知らない人の方が少ないかも知れない。王さんと云えば、先ず知らない人を捜す方が難しいのではないだろうか。形容詞にどの記録を持ってくればいいのか解らないが、1つに本塁打で、アーロンが打った755本を越えたと言うことが挙げられるかも知れない。通算では、868号の本塁打を打ったのだが、余りその事には触れられないようだ。本人も、2831試合出場したという方に重さを感じると述べている。単純には、野村、谷繁に継いで第3位の記録だそうだが、実働期間(年数)で割るとラミレスに継ぐ2位の記録である。(巨人内では1位)中国人だが、今や日本の王という呼び方である。「栴檀は双葉より芳し」というが、その言葉以上に努力家であったようだ。野球選手としては並外れた体躯ではない(それでも、177 cm 79 kg)ようだが、丈夫だったとのこととか、相手を思いやる心を父親から学んだとか、人生の途上で、図らずも乍ら、良き師と出会えたこと、逆境にめげぬ意志があったこと、人一倍努力をしたこと、それと幸運が手伝ったと言うこともあるかも知れない。更には、その幸運を自分でつかむと言うことが出来た故のことだろう。凡人でも、その内の1つや2つは備えているかも知れないが、全てを生かすことが出来ないのが常かも知れない。同時代に稀代の選手長島茂雄が居る。全く野球のタイプは違っていたが、常に並び称されるが、独特の雰囲気を持っていた。高校野球の甲子園出場校が20校と現在の半数以下の頃からの選手だと言うことは、出場試合数にも反映されているように隔世の感があるが、多くのタイトルを取り、国民栄誉賞に輝く活躍と、国民への感動を与えたと言った華やかな野球人生だが、プロ野球での年俸が1億円に達しなかったというのは意外といえば意外だ。勿論時代が違うと言えばそれまでだが、マー君(田中将大)の23億円は論外としても、現在の選手で1億円の年俸者を探すと、野球を知らない私にはほぼ名前を聞いたことがないような選手が多いのに驚く。洋の東西、古今の数字を同時に比べることは無意味なことだが、それでも、最近のプロ野球の年俸の多さに驚く。野球人生(現役)で脚光を浴びるのはごくわずかな人達だろうが、世のサラリーマンの場合と比較して、やはり望外な報酬だと思う。夢を与える仕事故の額なのだろうか。王さんは、普通の人の人生は360度の範囲で広がっていると称し、之に比して、野球オンリーで過ごした自分は90度しかないと述懐しているが、そんな風に1つ事に打ち込めるのもまた得というものかも知れない。
2015.01.31
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今日のウォーキングは雨のため中止した。今日は友人夫妻から夕食に招かれた。いつもは車で行くのだが、今日は飲むから電車で来いと言う。駅からはタクシーで行くと行ったが、車で迎えに来てくれた。空は曇ってはいるが、雨はもう上がったようだ。岸辺駅の駅舎は随分と綺麗になっていて、広大な操車場を跨ぐ囲まれた跨線橋は長くて立派である。どうやら、循環器センターと吹田病院が移転してくるとのことで、駅の裏側(北側)はその準備段階のようである。友人の家は、常に綺麗に片付けられていて、調度品もお洒落である。夫人は趣味でステンドグラスを作っているので、ステンドグラスの館でもある。早速、スパークリングワインやビールなどで、話は盛り上がった。夫人が気に入ったという、濁り酒を持参したら、殆ど1本(1升瓶ではない)を夫人が飲んで、顔色が変わらない。おそらく本気で飲んだら、我々4人の中では1番強いのではないだろうか。飲むほどに友人がいつになく饒舌になって、取り留めはないのだが、話がサーフィンした。時事問題や、政治の話、人間の起源や宇宙の話などなど話はどんどん広がっていく。そのどれについても、自分の意見を披瀝していた。時節柄、イスラム国の人質事件の話になったが、後藤さんの場合でも、幾ら中東に慣れているからと言って、イスラム国へ乗り込んでいくというのは無謀だし、今回のような、日本から副大臣が張り付くなど、身代金は払わないまでも、無駄に金(税金)を使わせていると批判的だった。マスコミに出てくる評論家の中で、誰もそう言った立場で意見を述べる人は居ないのはおかしいとのことだった。考えてみれば、当たっていると思う。先に入った湯川さんの場合は、あまりに無知蒙昧で何の憐憫も感じないのだが、そんな湯川さんをどんな根拠で助けられると思ったのだろうか。価値観を同じくしない連中を相手に、こちらの善意が通じると考えたところに無鉄砲さがあるとの意見だ。政治の話では、日本には、そもそも政治家に、孤高で、立派な気持ちを持った政治家は居ないと言うことを、イギリス人が言っていたとの話だ。その時イギリス人は、イギリスには、数が少ないが居ると言ったようだ。これは、英会話教室で、フリーディスカッションをしているときに、講師のイギリス人が、本音で話した時のことだという。そう言えば、危うい方向に連れて行こうとする安倍首相も大して高潔さを感じないし、野党の政治家に至っては、自分たちのことばかりを主張するだけで、本当に国のことを憂えているのかとさえ思う。宇宙の話では、遠隔の人工衛星をコントロールできる技術は素晴らしいという一方で、それが成功したとか言っているものの、実際に誰も見たことがないところで、成功したのかどうかどのようにして分かるのかといった疑問を呈していた。人類の起源では、私も、リチャード・ドーキンスが提唱する、ミーム(meme)の事を話すと、それについては初耳だと言っていた。人それぞれ、興味を懐く問題は少しずつ違うのだろうが、色々話す内に別な見方を知ることが出来て、とても参考になる。結局は、殆どのことが、何も解っていないのだとの話になるが、それが分かるだけでも面白い。
2015.01.30
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今日のウォーキングは寒いと予想していたが(予報がそうだった)歩いてみると差ほどでもなく、頭はすっきりして、快調であった。山崎駅から円明教寺口で折れて、新山崎橋経由帰宅のコースは変わらない。***今治造船が丸亀工場に大型のドックを設けるという。日本の造船業が衰退を初めてこの方16年ぶりの大型設備投資だ。この紹介記事で、今治造船を、「国内最大手」の造船会社と紹介していたのを見て、隔世の感を持った。10~15年前とは違ってきたなぁと感じたわけだ。30年前には、大手造船所と言えば、三菱重工、川崎重工、IHI(石川島播磨)、三井造船、NKK(日本鋼管)、住友重工、日立造船などと言ったところが上げられていて、来島ドックや、今治造船は、「強手」という名前で呼ばれていた。昔大手だったところで、未だに造船が主力の会社は、三井造船ぐらいなもので、他は、機械関係のジャンルに分けられているようだ。日立造船などは、造船と名が付いているが、船舶部門は切り離されている。そして、現在(去年辺り)では造船の建造量の順に、1位が今治造船、2位にジャパンマリンユナイテッド(JFE傘下のユニバーサル造船とIHI子会社のアイ・エイチ・アイマリンユナイテッドの統合新会社)、そして、3位に合併した新会社名村造船(名村造船所+佐世保重工業)といった順になり、三井造船や川崎重工業そして三菱重工業等の造船部門は遙かに後退してしまったのである。ここで、ジャパンマリンはNKK(日本鋼管:現・JFEエンジニアリング)と日立造船の船舶・海洋部門が統合した会社である。当時の造船業界では受注残が底を突く2014年問題というのが取り沙汰されていたので、生き残りを掛けて、こういった造船会社の離合が始まり、M&Aが次々と実施されていったのだ。要するに、造船というジャンルで見れば、離合を繰り返し、今では完全に様変わりしたと言うことだ。この時海外生産なども視野に入れたり、設計の外部供与を実行したり、設計の共通化を図ったりと、およそ従来のやり方の大転換を図ってきた。さて、今や国内最大手となった今治造船は、久しぶりに約400億円を投資して、長さ600m、幅80mの大型ドックを造るのだという。ここに来て、円安が進行している故の判断であろうが、それで韓国や、今や中国を相手にしてやっていけるのかどうか、若干心配な思いはある。しかし、今治造船では、台湾のエバーグリーンから大型コンテナ船11隻(TEU約2万個)を受注したのを大型ドックで建造しようとしている。そんな強さの秘密は、今治造グループの地域的集約が挙げられている。今治市を中心に「愛媛船主」と呼ばれる船主が集まり、国内の外航船の3割強(約1000隻)を保有する規模に達しているのだ。その昔の村上水軍を思い起こす。さらには、地元金融機関が地場産業育成へ積極的に融資するという「シップファイナンス」があるというわけだ。また、韓国や中国に対抗するために、「一般商船なら何でも対応できる」という船(造船)のデパートといったオールマイティー化で生き抜こうとしている。一頃と違って、韓国辺りの製造コスト(給料)などのアップで、そろそろ造船の日本回帰を期待できるかも知れない。
2015.01.29
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今日のウォーキングは前日来、今日から寒さが戻るといった予報もあったので、ずるさも手伝って中止した。***このところ原油が安くなる一方だ。安くなることでどんな影響があるのだろうか。拾い集めてみた。大間のマグロの漁獲量が増える。勿論出漁回数が増えるからだ。好景気を予想している。タクシー会社(富士運輸)は燃料代が下がると大喜びで、社員の賃上げに応じられるようだ。之も良い感じだ。旅行会社(JTB)は、サーチャージを値下げする。海外旅行客にとっては素晴らしい朗報だ。スキー場はほくほく顔だ。ガソリンを使って、遠出の客が増えるからだ。石油化学製品(化学会社)の在庫は製品安を期待する顧客企業の値下げ要求の下、評価損が増えるようだ。之はつらい。米シェール革命を当て込んだ投資信託の儲けが半分に減ってしまった。個人投資家は粟を食っている。原油価格が下がった分5年間で、80兆円の富が日本から流出したという。電力会社(東電・中電)では、資源大手の虚を突いて、LNGの国際入札を行うとのアナウンスを出し、立場の逆転を図る。好条件が集まっているという。シェール革命の波に乗ろうとした住友商事は、新規開発に及び腰になり、すくんでいる。シェールオイルの生産コストは70ドル/1バレルなので、現在のような45ドル/1バレルではとてもやっていられない。シェールガスを当て込んだところは痛いだろう。海運会社(商船三井)は燃料が安くなるので、利益が増す。加えて円安と来れば、ドル建てで契約しているのでその分入ってくるお金(円)は増加する。その額は年間140億円にもなるという。更に原油で、中国が原油買い増しをしている事による増益も加わる(運搬増)。ウハウハだろう。石油ファンヒーター(ダイニチ)は寒波の影響と相まって、増産に次ぐ増産だそうだ。此所もウハウハのようだ証券会社の見立てでは、1ドル=120円と1バレル50ドルが続くと、大企業の経常は1・6兆円上振れする(SMBC日興)とか、利益を2%押し上げる(大和証券)とか見通す。兎に角大企業には良いらしい。エネルギー会社(JX日鉱日石)の憂いは、在庫の評価額が減少することだ。高い時に買った原油残のため1000億円の赤字転落だとか。大変だ。商事会社(三菱商事)ではこのままの原油安では500億円の利益が吹っ飛ぶとか。之も大変だ。航空会社(日航)にはメリットだ。でも余り下がりすぎると、全体の景気が冷え込むのではと懸念する。頃合いは幾らなのか。温室栽培農家では、温室温度を15℃から17℃に上げ、月20万円の増収だとか。農家でも農機具の燃料代が下がって、50万円の節約になる。嬉しい事だろう。養殖海苔の乾燥費代も浮く。韓国から輸入の海苔は円安の為1割アップだが、原油安で、輸入を国産に変える動きもあっての韓国に勝てるかもだとか。良いじゃないか。イチゴ狩り農家では、まだまだ小幅の影響だとか。バス会社(みちのくホールディング)は原油安と円安で影響は相殺だとか。そこであのデフレ脱却を指揮した黒田節(日銀総裁)は、物価上昇率の見通しがやっと1・7%になったと思ったら、原油安で、0・7%ポイント低下したという。果たしてアベノミクスは?それでも「やや長い目で見れば、(経済を刺激し)物価の基調的な刺激に繋がる」と苦しい辻褄合わせだ。追加緩和は原油安だけに対する対策ではないと言っている。どうも解らない。原油安は、我々には朗報とだけ映るのだが・・・。
2015.01.28
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昨晩遅くまで雨が降っていた。今日は友人夫妻とゴルフの予定だったので、どうするのかと思っていたら、友人からこの雨も明日には止むとのことで、行くという確認のメールが入った。兎に角明日から再び寒冷前線がどうのこうのと、真冬に逆戻りとの気象予報であったので、寒さの嫌いな友人は、強行すると決めたようだ。朝出掛ける前は、何とか雨は降っていなかったのだが、亀岡ゴルフクラブに向かう山道辺りから車のフロントガラスが濡れ始め、ワイパーが必要になってきた。ゆっくり走る前方の車に付いたために、いつもより時間が掛かった。今日は、吹田市民デーと言うことで、料金は安い設定になっているが、その分、全面セルフと言うことで、カートへのバッグの積み込みや最後の清掃など全て自分でやらなければならないことになっている。亀岡では、無税申告(70歳以上)がまだだったのでそれを済ませたが、友人は今回が初めての権利行使だったようだ。8時49分のスタート前には、一面の霧であったが、前の組が出たというので我々もスタートした。ティーショットは真っ直ぐ飛んだので、方向は解ったが、何処にあるかは云ってみないと分からないというスタートだった。また悪いことに2ホール目位から霧は晴れていくが雨が降り出すという始末。慌てて、雨具を着たが、もこもこの服装を更に動きにくくしたようだ。3ホール目を終わる頃にはやっと雨は少な目になったが、友人は、もう止めようかと思ったという。奥さんは、そんなことはお構いなく、やる気満々である。私も一旦コースに出たら、この程度の雨なら仕方ないと思うタイプなので、気分的には乗らないものの、何とか続けるのはやぶさかではなかった。雨も嫌だが、それ以上に地面が悪い。何処も此処も乾いているところがないわけで、中には、水がびしょびしょで、水溜りになっているところもある。そんなわけで、ゴルフにはならないのだが、それでも何とか続けてやった。そんな中、私も夫人も7mほどのロングパットを沈めることが出来たので、それだけが、今日の良いところだったような気がする。反面友人は、ことごとく入りそうで入らないパットで、くさっていた。私と夫人は共に1回ずつのパーであったが、友人はバーディー1回とパー2回を取っていた。アプローチで、目前のバンカーに入れるなど、何処も進歩したところはなかった。まぁ、今年初めてクラブを握ったわけで、当たり前と言えば当たり前の成績なのだが、何度も大叩きをしたり、途中で、グローブを落として後続の女性の組に拾って貰ったり、またアプローチクラブを置き忘れて取りに帰ったりした。此所のカートは軌道が決まっていない自由走行タイプなので、単独で引き返すことが出来、取りに戻ったりした。昼食時も、雨模様だったからか、まだシーズンが始まっていなかったからか、客の数は少なかった。朝は、9時前のスタートだったが、18ホールを終わるのは、午後2時15分と、3人だけにゲームの運びはスムーズに終わった。今年のゴルフは、余り良い滑り出しではなかったものの、何とかゴルフシーズンがもうすぐやってくる気配を感じた。
2015.01.27
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今日のウォーキングは出発が遅いこともあって、簡単に水無瀬堤から堤防の歩道終点でUターンして帰宅した。昨年末来、雄琴温泉のスパ「あがりゃんせ」が、我々の中でブームになっているというか、時々は、温泉に浸かるのも良いだろうとのことで、今日は朝から出掛けることにした。毎年26日を「風呂の日」と決めているところが多いようだ。日本では毎日何かの日と言うことをゴロ合わせにしているようだが、26日を「風呂の日」と決めるのは、そんな意味では至極妥当のようだ。中には、4月26日を「よい風呂の日」だとか、11月26日を「いい風呂の日」だとか称しているところもあるようだ。我々は、そんな世間とは少しずらして、28日を「スパの日」と決めて、月に1度の温泉はどうかとの話にしていた。今月は、28日の都合は悪いので、26日にしようとしたわけだ。余裕を持って1番に入ろうとのことで、朝8時40分に家を出た。初めは一般道路を行くつもりで早く出たのだが、途中で気が変わって高速道路を使うことにした。高速道路なら、京都東ICで降りて、そのまま標識通り湖西道路にはいると、湖西道路も自動車専用道路(無料)になっているので、1時間かからない内に着いてしまった。きっかり10時でないと、中に入れてくれないので、駐車場の車の中で暫く待ってから入った。高濃度炭酸泉の温泉は、様々な効能が書かれていて、連れ合いのリハビリにも良いようだ。疲労回復や痛みなどに効くほか、血圧を下げる効果があるとのことだ。また、皮膚表面から炭酸ガスを吸収するので体内の酸素量が増えて云々と書かれているが、全くその意味が分からなかった。アストリンゼン(肌を引締め)効果もあると書かれている。温度は、40℃前後と、他の温泉よりも低めに設定してあって、その分じっくりと入るので、身体の芯から温まるのだろう。半分露天にあるのだが、他の浴槽に比べてちょっと人気が高いようで、大勢の人が浸かっている。そこと足の裏を刺激するためのジェットバスに浸かるが、電気風呂と書いてある、ちょっとビリッとするところにはなかなか入る気がしない。後はサウナ風呂である。高温にはいると10分居るのは大変で、発汗が凄い。すぐ後に水(16℃程度)風呂に入るのだが、その落差が堪らなく快感になる。そんなことを両三度繰り返すとお昼になる。併設された食堂で簡単にお昼を済ませて、2階の安楽椅子に座りに行く、200脚以上有るようで、2階の広大な面積はこの椅子で占められている。この椅子には各々テレビが付いているので、それを観ている人、本を読んでいる人、テーブル備え付けの呼び出し鈴で、ビールなどを届けて貰っている人など様々である。私も本を開いて横になっていたら、3時間程度寝てしまった。贅沢な一時である。目覚めてからもう1度、温泉に浸かるべく階下に降りていった。同じコースを両三度入る。サウナでは、毎正時に、ロウリュウというのをやっていて、サウナストーブにアロマフレーバーを含んだ水をかけることで蒸気を発生させ、更に大きな団扇で仰ぐのだ。体感温度が、急に上がって、殆ど耐えきれなくなるほどだ。団扇の煽ぎも8回程度だが、それ以上はきっと耐えられないことだろう。今日は、パイナップルのフレーバーであった。之は毎日日替わりで変わるのだそうだ。そんなこんなで外が暗くなり始める時までゆったりと過ごした。
2015.01.26
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今日は長岡京で早朝から売っているだし巻き卵を買って帰るということで、ウォーキングを始めた。山崎駅から調子八角(西山天王山に同じ)を抜け長岡京の手前の店で買ってJRに乗って帰宅した。***サウジアラビアのアブドラ国王が死亡したとのことだ。第6代のサウジアラビア国王である。私がサウジアラビアで仕事をしていたときに、前国王であるファハド第5代国王が亡くなった跡を継いで国王になった人である。ただ、そのようなことに興味がなかったのか、国王の交代のことなど現地で報じられたかどうかは知らなかった。(尤も報じられたとしてもアラビア語が読めない身としては、知るよしもなかったが)わずかに、当時運転手をしていた、エジプト人のアブドゥ君が、その事について言っていたような記憶がある。国王は絶大な権力を持っていたと言うことだろう、何か要求されたときに「I’m not king Fahad」と言うことを言っていた事を思い出す。初代の国王はアブドラアジーズで、第2代の国王サウードはその息子だが、第3代国王はその弟(ファイサル)という具合に、日本のように長子相続でなく、子や孫に引き継がれるのではないので、新しい国王になったとしても必ずしも世代交代というわけではなく、高齢者が継ぐことになる。第4代国王ハーリドも、第5代国王ファハドもそして今回亡くなった第6代国王のアブドラも皆、初代国王アブドラアジーズの息子という具合で、代々異母兄弟が跡を継いでいる。そして、今回のアブドラ国王の死去に伴って、第7代国王に就任するのもまた異母兄弟のサルマン国王である。従って、新国王と言っても、79歳と高齢である。やっとその次の継承権が、次世代の皇太子になると言うので若干若返りが為されることだろう。アラブ社会では血縁をことのほか重視するということで、初代のアブドラアジーズなどは、各有力部族の部族長の娘に子どもを産ませるために100回以上の結婚を余儀なくされたと言うことが書かれている。途方もないことである。従って国王に一体何人の子どもがいるのかという事は殆ど解らないのだ。特に女性蔑視というか、女の子どもは、正式に記録されることもなく、当時アブドゥ君に聞いても、女の子どものことを聞かれるのを嫌がったという話もある。男子の場合は、比較的記録は残っているということで、初代国王の息子は36人だとされているが、そう言う意味では、この数字も当てになるかどうかは解らない。今にして思えば、そんな全く異次元の世界で過ごしてきたことを、狐につままれたような気になっている。昨今のイスラム国の問題にしても、我々日本人が遠い世界のこととうっちゃっておいた嫌いがある(石油を輸入している国という意外に)アラブ社会のことを、之からは、もっと知らなければならない。日本は、明治維新以降ともすれば文明の導入を、西欧社会に絞ってきたために、モラルや社会通範も今日の常識は、全て西欧社会のフィルターが掛かったものになっている。今日の繁栄を考えれば、それはそれで誤っていたとは思わないが、世界には、アラブ社会という巨大な集団がいることをもっと知る必要がある。国連の6つの公用語の中に、アラビア語が入っているという事を知らない人が多いのではないだろうか。
2015.01.25
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昨夜飲み過ぎて、寝過ごしてしまい、ウォーキングは中止した。連れ合いのリハビリの後、2日ほど雨が降った後の良い天気に誘われて気分転換にドライブした。取り敢えず、北の方角に向かって走り出したが、丹波の里山風景の中を走ろうとのことで、デカンショ街道を走ることにした。デカンショ街道は、R372で亀岡―姫路間を結んでいて、途中R477と共用部分がある。水無瀬からこの道まで出る方法は色々あるが、オーソドックスに亀岡方面からはいることにした。特に急ぐわけでもないし、何処まで行くとも決めていない。陽光うららかな中、車内にいると気分が良いので走るわけだから何処でも良いわけだ。そんなわけで、京都縦貫道には敢えて乗らずに、一般道のR9を走った。京都縦貫道の開通に伴って、一般道の沓掛までも、整備されているので走りやすい。京都の出口、老いの坂トンネルまでは山道で、クネクネしている。そこから亀岡市役所までのR9は混んでいた。この辺りは、何時も渋滞しているようで、京都の奥の保津川下りの起点に近い。亀岡からR372(R423と共用部)を走って、分岐点を注意しなければいけないが、一旦デカンショ街道に入ると後は1本道である。両側の低い山並みと裾に広がる集落、そして田園風景は日本の里山の代表ではないかと思う。速度規制は、50km/hであるが、シーズンオフ故か、車の量は少なく見通しも良いので、ついつい速度超過になる。10km/hオーバーだと後ろに付く車はイライラしているようで、追い越していく。お昼時になっているが、この街道沿いに滅多にレストランはない。仕方なく、篠山市まで行くことになった。篠山市では、名物の黒豆パンを買ったが、帰って食べてみて、最初に食べたときの感動が無くなってしまったのか、今ひとつの味であった。旧町役場を改装した大正ロマン館で、軽く昼食を採っただけで、そのまま引き返すことにした。黒豆のシーズンになると結構混雑するのだが、シーズンオフだと、人通りも疎らである。ここは既に舞鶴自動車道の篠山ICにほど近いが、舞鶴道だと高速道路を走る距離が長くなるので、すいたデカンショ街道を再度通ることにした。途中川西(池田)の方に抜ける道が2本ほどあるのだが、構わず、亀岡方面に向かった。帰りは、京都縦貫道で、一気に帰ろうとのことで、途中で、千代川ICに誘導する看板に誘われて、山道を抜け京都縦貫道に辿り着いた。結構長距離のドライブになったが、交通量の少なく走りやすいデカンショ街道の往復を楽しんだ。デカンショの意味だが、学生歌として歌われた、「デカルト」「カント」「ショーペンハウエル」の略であるという説が正しいとされているもののそれでは、何故篠山市を通るこの道路がデカンショなのかとの関連づけが分からない。この辺り(旧篠山藩主の青山家)の学生が、江戸遊学時に蛮声を張り上げて歌った「デコンショ」が訛って「デカンショ」になったとの説もあるが、一方の説として、江戸時代から篠山市域で歌われていた「みつ節」が変形したものであると伝えられている。大正時代には、デッコンショ節などとも呼ばれていたようだが、次第にデカンショ節という名称に収斂していったとのことだ。それでもなかなか腑に落ちない。別の由来として、旧味間村の農婦の哀歌(糸紡ぎ歌)「てこんしょてこんしょで半年ァ暮らす、あとの半年ァ泣いて暮らす」から生じたとか、様々な説があるようだ。ともあれ、どんな歌でも、替え歌は出来そうだが、2番の歌詞は「丹波篠山山家の猿が ア、ヨイヨイ 花のお江戸で芝居する ヨーオイ ヨーオイ デッカンショ」である。
2015.01.24
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今日はウォーキングのスタイルで歩き出したが、空は所々晴れているようでも、途中で霧のような雨が降ってきた。どうやら薄いが雨雲が掛かっているようだ。中止を決めて帰宅した。その後、雨が本降りになったものの、昼頃には上がっていた。夕刻には、連れ合いの元同僚さんが来訪し、久しぶりに酒を酌み交わした。***20日にオバマ大統領の一般教書演説があった。2009年に大統領に就任した時は、アメリカ初の黒人大統領と言うことで非常な脚光を浴びたが、今回が最後の一般教書演説となる。当時は、アメリカで黒人が大統領になって巧く回っていくのだろうかと思ったものだが、既に7年を経過したわけで、1期4年で終わる大統領もいた中、法律で決められた2期を全うするのは、大したものだと思う。かつてゲーツ国防長官が、歴代(限られた)大統領の寸評を行っていたが、それによっても、「思慮深い」「状況把握に時間をかけるが、決断を怖がらない」といった評価をしていた大統領である。その昔、黒人大統領を題材にした小説があったが、その場合でも、航空機事故で、副大統領や下院議長などが亡くなり、継承権の順で仕方なく、と言った内容だった。れっきとした選挙で大統領になったのだから、それだけでも凄いことである。それでも、白人警官による黒人への人種差別が続いているのだから、アメリカという国もどうしようもない一面を持っている。オバマ大統領は、それだけでも歴史に名を残すことになる大統領なのだが、それ以上に歴史に名を刻みたいとの思いがひときわ強いのだという。「Yes we can」と言う言葉で颯爽と登場してきたが、ここに来て、議会の上、下院とも共和党が勝つに至り、逆転した中、残り1年間で、どのようにまとめ上げるかが問われる。イラクからのアメリカ軍の撤退を宣言したものの、イスラム国の台頭で、皮肉にも、同じイラク北部を空爆するという新たな問題に直面している。この空爆だけでは決着が付きそうにもないので、やがて、地上軍の投入と言うことになるかも知れない。就任後すぐにサブプライムローンに始まる金融危機に見舞われたものの、今ではそう言った経済危機をも何とか乗り越えた感がある。通商でのTPP成立に関しても最後の力を注入して合意にむけて、力を尽くそうとしている。格差問題の是正では、開き直って、富裕層からの増税を目論んでいる。出処から、黒人やヒスパニックなど、概して低所得者層からの人気で大統領になったとの思いがあるから、この点は譲れないところだろう。中間層の底上げが目標である。何とかまとめ上げた「医療保険制度改革」については、何としても定着するようにしたいと考えているだろう。最後に打ち出したキューバとの国交回復問題は、レジェンドとしての確固たる碑となるであろう事から、何としても決着を付けたいと思っていることだろう。世界の警察を任じていたアメリカだが、このところの力不足は、否めない。ロシアのクリミヤ併合 (ウクライナ)を簡単に許してしまうとか、北朝鮮の核開発と、ミサイル攻撃の可能性等の問題では、膠着状態が続いている。中国の海洋進出に関しても簡単に許さないとはいうものの、なかなか力で押さえ込むことは出来ない。TPPについて、中国は主導権を握ろうとしていることなど対処は大変だ。また、中国や北朝鮮のサイバー攻撃に関しては、何としても阻止する(反撃する)と、力を入れている。まだまだ様々な課題が山積みになっている。いろいろ批判があるが、ノーベル平和賞にも輝いたし、記念の図書館建設も計画されているという。この1年をレームダック(死に体)と呼ばれないためにも、更なる奮起を期した一般教書になっている。
2015.01.23
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今日は、予報で雨だったので、初めから歩く気はなかったが、結果は予報通りだった。午後は、小学校の放課後学習会だった。前回はインフルエンザで1組の学級閉鎖が有ったために人数は少なかったが、今日はフルメンバーだったようだ。アドバイザーは4人だった。教室に行くと概ね同じメンバーが来ているが、時々来る予定の人が来ていないこともある。アドバイサーのアロケーションがどのように決まっているのか知らないが、昨日映画を観るために島本駅に着くと、昔一緒だったアドバイザーに会った。昨日は4年生が対象日で、時間待ち合わせのため、駅のブースで座っているのだという。来る途中に事故でもあって、間に合わないといけないから早めに来て駅で時間調整をしているのだという。律儀な人もいるものだ。しかし、引き受けたからにはそのくらいのことは当たり前なのかも知れない。***日本人がイスラム国の人質になってオレンジ色の服を着せられ、テレビ画面に出ていた。驚くことに前に1度見た顔があった。その名前は湯川遥菜と言う。そう言えば、前にシリアのアレッポ当たりでイスラム国に拘束された男ではないか。その時は、「民間軍事会社」の社長を名乗る男と発表された。一体何をしに行ったのかは、明らかになっていなかったが、本人は写真家だとか、医者だとかを名乗っていたようだ。シリア内戦によって、シリアの大使館は隣国ヨルダンに事実上退避している状態で、日本人の渡航などはしないように勧告されている最中の出来事だ。報道などによると、シリアには政権を握るアサド大統領一派と、之に敵対する勢力が居て、その反対勢力も4つに別れていて互いに抗争しているという複雑な環境下である。アサド政権自身も、自国民を大量虐殺して顧みないという犯罪国家である。4つの反対勢力は、「ヌスラ戦線」「自由シリア軍」「イスラム戦線」と問題の「イスラム国」である。「ヌスラ戦線」はアルカイダ系のイスラム過激派で、自爆テロなどで知られるが「自由シリア軍」は政府軍から離脱して、反旗を翻した集団で、アメリカが之を支援して、アサド政権を揺さぶっている。「イスラム戦線」はスーダン当たりから興ったとされているが、どのように絡んでいるのか明瞭ではない。それと今回最も強力で、破壊的な「イスラム国」と言う具合だ。湯川遥菜と言う男はその内の「自由シリア軍」か「イスラム戦線」のどちらかに拘束されていたようで、報道だけでは明確ではない。どの集団が互いに対応しているのかとか、基本的なことさえ知らない感じで、ただ、戦争ごっこをしたいといった感覚で入国したらしい。そして、この男を救出するためにもう1人の後藤健二さんが拘束されたと言うことのようだ。あり得ない話だ。拘束されたニュースでも、後藤さんの地道で、しっかりとした、行動に反して、湯川という男の無防備、無思考な行動は、呆れるばかりだ。高額な身代金(2億ドルだという)を要求されているようだが、少なくとも湯川という男には支払いたくない。何時の世にもこういった跳ね返りが居るものだが、単なる無思慮な大馬鹿者か、世をすねた挙げ句の狂行か、この男のブログを見た第三者によると、この男は、2007~08年頃、男性器切断(自己去勢)による「自殺」を図ったものの、死にきれずに救命され、自殺に失敗したので女性として生きようとも思い、本名の「正行」から女性的な「遥菜」に改名したと言ったことが書かれていた。(本当か?)人質事件で、後藤さんの名前は頻出するのにこの男の名前は余り出てこないのはそう言った背景があるからなのだろうか。何だか変な話である。
2015.01.22
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今日のウォーキングは山崎駅から円明教寺の入口を経由、新山崎橋から河川敷を通るコースだ。思い立って、映画を観ようとのことになり、出掛けた。今月末に「神と王」が封切りされるので待っていたのだが、それでは遅すぎるとのことになった。で、上映中の映画を調べたが、ぴたっと来るものがない。そこで、別々の映画を観ることになった。連れ合いは、「神様はバリにいる」と言う邦画で、私は、「96時間レクイエム」と言う洋画だ。映画を観てから知ったのだが、96時間というのは、シリーズ物の第3作目なのだそうだ。第1作目から観るとその経緯はよく分かるのだろうが、3作目も、独立して楽しめた。別れた妻、娘を愛する男のベースは変わらないが、そこのところは前2作でよく説明されているのだろう。3作目では、その別れた前妻が殺されるのだが、その罪を着せられかけるところから物語は展開する。主人公(ミルズ)は元CIA工作員で、めっぽうタフである。物語の顛末は、詳しく述べても仕方がないが、この男のしでかす、奇想天外なカーアクションや最後に離陸直前のセスナ機に車(ポルシェ)で体当たりするところなどは、観ていても爽快である。アクション的には、他のこの手のアクション映画と差ほど変わりがあるとも思えないが、種類が豊富で、息をつかせぬところは観ていて飽きさせない。映画の特徴の1つとして、携帯(モバイル)やその他の機器に仕込まれたGPS機能を使った、追跡などのシーンがある。昨日書いた車に関する進化を映画に取り入れたところだ。警察の捜査の手順などもIT化で随分と変わった形になってきているようだ。それにしてもこのミルズは余りにも強すぎる感じで、絶対的に勧善懲悪が為される安心感を以て観ることが出来る。そんな馬鹿な、眉唾物だ、と感じる前にどんな風にして、死地を脱するのかという万分の1のチャンスを生かして出てくる姿に妙に納得してしまう。最悪(この事件で濡れ衣を着させようとした)の相手は、前妻の再婚相手の男と言うことになるが、之にロシアのマフィア(金貸し)を絡ませて、物語が展開することで、スケールを大きくしているのと、現実的でない娯楽番組だと言うことに徹しているようだ。ご丁寧にこのロシアの金貸しは、アフガン戦争のソ連の生き残りの工作員で、之はKGBとは云わないものの、アメリカのCIAに対抗していることは見て取れる。結局アメリカのCIAの方が、ソ連(現ロシア)のKGBよりも優っていることを言いたいのだろうかと思ってしまうほどだ。そんな対抗をさせながら、実は悪人は、前妻の再婚相手の夫だったというのは、2転3転の後のあり得べき事だと妙に納得させられる。そんな縦糸のストーリーは、世間離れしたアクションを、現実社会と繋ぎ合わせるために組み入れられているようで、時々ほっとしたり、その先はどうなっていくのだろうかと、気を揉ますように出来ている。NY警察の捜査チームの刑事連中は、一生懸命捜査はしているものの、何時も空振りで、警察とCIAとでは格段に違うのだぞとも言っているようにも見えた。このシリーズは最後に悪人を殺さず、刑務所から出て来たら俺が殺ってやるなどと次作に含みを持たせている。連れ合いの映画の方は、バリに於ける慈善の話と言うことだったようだ。
2015.01.21
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今日のウォーキングは朝が遅かったので、最小限の範囲のウォーキングとなった。水無瀬堤から堤防沿いに堤の終点でUターンして帰った。***最近、車は進化しているし、又進化途上でもある。私の運転歴は結構長い。昭和39年(1964年)に免許を取得して、半世紀この方、一定時期を除いてずっと運転をし続けてきたので、その変遷も身を持って感じているのだが、それにしても最近の車は運転が簡単になってきた(来る)と思う。IoTという言葉を良く聞くようになった。モノのインターネット(Internet of Things)と言うのだそうだ。従来インターネットというと、自分の使っている端末(パソコン)と、他のパソコンやサーバー、プリンタ等のIT関連機器との接続を意味していたが、IoTでいうインターネットはそれ以外の様々な"モノ"を接続する技術だということらしい。「俺、一寸パソコンは(出来ない)・・・」等と言って通っていた時代は過ぎようとしている。パソコンや、インターネットの御世話にならずに過ごすことが段々と困難になってきているようだ。その事は車にも言えるようだ。ITとCarが一体になった社会が訪れようとしている。特にそんな車をスマートカーというのだそうだ。アメリカの電気自動車会社のテスラはその先端を行く会社のようだ。車内で音楽を聴いたり、テレビを見たりすることは当たり前だし、カーナビで、行きたいところを入力すれば、ガイドが目的地まで案内してくれる。そんなことはもう常識になってしまった。渋滞を知らせてくれたり、中には抜け道を教えてくれたりする車もあるのだという。車の細部の調子などを自己診断して、故障を未然に防ぐ機能まであるという。更には、車自身の位置情報と、周りの情報を、ビッグデータを駆使して解析して、事故の起こりやすい交差点などを通知することも出来るようだ。その究極というのが、自動運転だろう。今でも一部の車の車庫入れは、自動で出来るようだ。つい大丈夫だと、車の後ろや前のコーナーを壁などに擦ってしまうと言うこともなくなる(今でもアラーム機能は働くが)のだ。之で随分と修理屋の御世話になった身としては有難いことだが、我が車(SOTA)にはその機能は未だ無い。こういった変革は、周囲に意外な影響を及ぼしてくる。先ず車がIT業界によって支配されるかも知れないと言ったことがある。勿論そう言ったことは局面であろうが、車を移動手段としてのみ使っている人達には大いなる変換点であろう。ハンドルもアクセルもブレーキもない車(それを車と言えるかどうか)が既に試作されている。こんな中、車の運転に関する国際基準が新たに必要になって来るという点だ。上記のような車の技術進歩に即応した規則(法制化)が必要になってくる。例えば、自動運転で事故を起こした場合の責任は、車の製造者にあるのか運転者にあるのかと言った点などである。自動車運転教習所も随分と変化することだろう。技術の革新は、様々な社会の変革を呼ぶ事になる。
2015.01.20
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今日のウォーキングは山崎駅から円明教寺口をへて西山天王山を折り返した。靴底がすり減って、足裏が痛くなったので、一昨日を以て2足目のシューズを捨て、今日からは、太郎君から贈られたニューシューズ(ニューバランス)での最初のウォーキングとなった。思えば之で3足目の靴になる。彼は靴については大変興味を持っているとのことで、息子達(孫達)には常に良い靴を履かせているようだ。***ネアンデルタール人は資源をリサイクルして使っていたという話が出ていた。ニューヨーク・タイムズの記事だ。今でも何処かで土を掘り起こしている考古学者達が居る。なかなか過去のお宝を発見することは難しいだろうが、見つかった化石などを分析するのも又大変なことだと思う。テルアビブ大学のラン・バーカイ教授による研究だ。イスラエルのテルアビブから12kmほどの地点で、ヨルダン川西岸のユダヤ人入植地アリエルに向かうハイウェーの拡張工事で丘の斜面を爆破した時、洞窟の天井が崩れて露出し、発見されたケセム洞窟(Qesem Cave)がある。その洞窟を調査した結果、何十万年も昔のヒトの暮らしぶりが浮かび上がってきたという。ケセム洞窟から再生利用された骨のハンマーや何度も手を加えた跡がある石器など何千点ものリサイクルされたツールが出てきた。使い古されて表面に光沢がある鋭利な石器類で、それらで、動物の肉をそいだり、毛皮を剥いだり、野菜類を切り刻んだりしたのであろう。また、ナイフや外科医が解剖に使うメスのように鋭い刃の石器や、親指の爪ぐらいの小さな石器もあった。この洞窟では2010年、ヒトの歯が見つかったことで注目をあびたところである。それは世界のどこよりも早く、アフリカより20万年も早いホモ・サピエンスの出現をうかがわせる証拠として報じられたからだ。この歯の発見は同じくテルアビブ大学のゴーファー教授によるもので、説明によると、発掘された8本の歯は洞窟が使われたと見られる40万年前~20万年前ごろの約25万年間の各時代の層からみつかったものだ。また、2014年には同じケセム洞窟内で、30万年前に、当時の人間が料理をしていたと見られる4平方mほどの大きさの暖炉も発見されたとある。これらのことからこの洞窟では、およそ40万年前の時点で暮らしに劇的な変化が起きたと言うことが解るのだという。現在のヨルダン、レバノン、シリアといった地域一帯をレバントと呼ばれるが、この辺りにおける人類の痕跡は150万年前までさかのぼれるのだというが、40万年前頃にかなりは変革があったと言えるのだという。マンモスが跋扈した時代だが、人々は、想像図などで出てくるようにマンモスを狩って生活していたが、その後、マンモスが姿を消し、代わって、鹿を狩るようになったとのことが見て取れるのだという。なかなか根気の要る、地味な仕事であるが、得られた結果を聞くのは面白いものだ。
2015.01.19
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今日のウォーキングは寝坊のため中止した。路面も濡れていた。夕方から恒例のカラオケ大会に出掛けた。友人の言だが、一体何曲有るのかと言う位、歌の数は多い。しかし、聞き知っている曲はほんの少しで、又その中でも歌える歌(人に聴かせても良い位?)は又少ない。そんな曲を探して、歌いに行くのである。中には、カラオケ教室に通っている人達も居て、そんな人達は、新曲を歌うことが多い。すると、そんな曲もあったのかと言うことになるわけで、中には良い歌もある。さて、先日の練習の成果や如何にと、張り切って出掛けたわけだ。歌の順を決める札では、又連れ合いが1番を引いたので、私(11番)と交代することになった。友人は、7番目に歌う。お酒を飲まないうちにトップで歌うには、調子が出ないと言うところにビールが回ってきた。前回馬を取った人からの差し入れである。急いで飲んでステージに立つ。「年上の女」で、さあ得点はと見ると、87点(TV)である。(パネルは伏せてある)まずまずの出足どころか、練習時より、5点は高い。出来過ぎかという感じだ。友人の番で、「想い出さがし」はこなれてきていて、82点と、練習時を2点ほど下回るまずまずの滑り出しだ。さて連れ合いは、「霧にむせぶ夜」で89点をたたき出す。何時も高得点だが、今回は全員の中でも3番目の高得点であった。練習時よりは2点高めだった。夕食が済んで、さて、2曲目だが、私の「北の旅人」はパネルは、83点と練習より2点低めながら、TVは95点と、5点も高く、皆も「オー!」とどよめくほどの得点になった。之はもはや優勝はない。(得点オーバーだ)しかもTVの得点が高いのは、全員が歌い終わってみたら、皆90点以上出るような仕掛けになっていたようだ。(最低が91点)しかし、最高点は96点で、95点を出したのは、もう1人と私だけだから、ちょっと特筆しておこう。友人は、「秘めやかに、華やかに」で、86点と92点を出した。パネルの得点は5点低めながらTVは5点高めと帳尻があって居るではないか。之はいけるのではないかと内心結果が楽しみな感じになっていた。連れ合いは、「池袋の夜」で、86点と94点であった。どうやらオーバーのようだ。全員が歌い終わり、表彰の段になって、私は友人が来る(優勝する)と睨んでいたのだが、銅賞にも、銀賞にも名前が出なかった。さては優勝かと思ったが、やはり違う人であった。後で隠しパネルの披露と共に、得点の詳細を知らされたが、何と友人はたった1点だが、オーバーであり、残念だったわけだ。因みに私は3点のオーバー、連れ合いは5点のオーバーで、共に圏外だった。優勝した人は、-2点であり、銀は、-6点、銅は-7点という結果だったようで、オーバーすれば元も子もないと言うシビアなルールに負けてしまった。この優勝者は、正月から運の良いことであった。
2015.01.18
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今日は目が覚めるのが遅かったのでウォーキングを逡巡したが、近場と言うことで、若山神社から若山台をへて東大寺を周り帰宅した。***今日のテレビは各チャンネルとも(例外はあるが)一様に阪神淡路大震災の起こった日として、追悼と、防災の心構えなどを一斉に放映していた。もはや20年も経つのかと言うことと、その後、それ以上の東日本の大震災が起こっているため、忘れがちになっている。人間忘れることが出来るから生きていけると言うこともあるだろうが、何らかの被害にあった人にとってはとても忘れられることではないだろう。私の場合は、丁度その前の年の暮れからフィリピンに出張していて、1ヶ月経った頃だった。そろそろ本格的に仕事が始まった月曜日の出勤前で、何時ものようにNHKの朝ドラ(当時は「春よ来い」だったと思う)を見ているところだった。その後臨時ニュースなどで、この惨事を知った。幸い、私の知る範囲では影響はなかったのだが、阪神高速高架線が横倒しになった写真を見ると、その衝撃は大きいものだった。奇しくも、その1年前のこの日にはアメリカのノースリッジ(カリフォルニア州)で地震が起こり、多数の犠牲者が出ている。阪神淡路大震災後8年、このノースリッジ地震を引用して、考察が行われていた。両地震とも高速道路の橋脚は破壊していたが阪神の方は橋脚転倒であったが、ノースリッジでは転倒までにはいたらなかったようだ。その時の考察では、日本の某土木学科教授がテレビの中で「日本は耐震基準が進んでいるので、こんなことは日本では起こりえない。」という発言をしていたそうだ。どうやら、新しく土木の耐震基準が改訂されたのが頭にあったのか、1年後に自らに降りかかる根拠のない発言になったとのことだった。地震を研究している人にとっては、海溝型と、直下型の地震の性質の差など相違点が分かっただろうが、土木では、その応答だけに注目しているので、安易に評論することは危険なのである。良く出てくる専門家という紹介には十分と注意してみなければいけないという事だろう。災害は、思わぬ時ばかりではなく、翌年にも起こるかも知れないと言うことだ。因みに、一昨年(2013年)のこの日は、インドネシアのジャカルタが大洪水に見舞われている。災害は、形を変え、毎日何処かで起こっているということだろう。
2015.01.17
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今日のウォーキングは水無瀬堤から下って、淀川看板のところでUターンして帰った。孫の習字が長岡天神に展示されていることだったので、見に出かけた。小倉山荘で昼(雑煮)を軽く頂いてから天神さんに向かった。予て書道教室に通っているとは聞いていたが、その教室からの応募で、白梅賞とやらを頂いたとのことだ。人気も少なくなっているが、まだ正月の名残のある境内を入ると、拝殿の道脇に臨時小屋が建てられていて、そこに作品が展示してあった。小学校3年生は「日本ばれ」と言うのが題材で、毛筆である。小屋をつぶさに探してもなかったので、社務所に聞いてみると、拝殿の右に白梅殿があって、作品はそこにも展示してあるとのことだ。確かにそこには力強い筆致の「日本ばれ」があった。神社規定の用紙に飛び出さんばかりの大きな字の作品であった。なかなか良い感じだ。夕方いつものように住民委員会があった。今年初めての委員会だが、集まった人は少なかった。別件でその前の役員会を欠席したので、その時どう決まったなどと言うことは知らされていない。配られた資料を見ると、何やら提言事項が箇条書きにされ、その細分化された、項目1つ1つに担当者の名前が付してあった。その中の1つ、国語力といった項目に私の名前があった。どう云った決め方になっているのだろうかと、進行の事務局長の言を暫く聞いていたが、どうもハッキリしない。この細目毎に書かれていた担当者(主)が作文(提言)を書けということのようであった。その前に、この担当で良いかとの話だったが、2,3人が、降りるという発言をしている。役員の人も入っているようなので、役員会で、一体どのような経緯で決まったのか、全く判然としなかった。と言うより、以前に教育なら教育部会が既にあるから、そこで細分化すればいいのではないかと、質問してみたが、提言までの時間が迫っており、部会では、なかなか進まないからと言うのが理由らしかった。なおも追求すると、役員会に欠席したことを咎める口調になった。再三事訳を言ってメールで欠席伺いを出し、応答がなかったので、直接委員長に欠席の旨を伝えていたのだが、その経緯は一切無視されたようだ。少なくとも私は、之まで、別件で欠席したことはないと自負していて、それなりに貢献はしてきたつもりだが、一切を無視した発言についに切れてしまった。即座に退会を告げ、席を蹴って退出した。元々提言を書くことだけが目的で、その結果はどうなろうと「まぁ、良いじゃないか」とするやり方に不満を持っていたので、丁度潮時だと思ったわけだ。大人気ないやり方かも知れないが、私が居なくなって、巧く纏まるなら、之にこしたことはない。見れば、私も上から数えて2,3人という高齢になっていることに気付いていたので、引け時という意味では昨年末にそうしておけば良かったのにとちょっと後悔した。身辺の整理が、徐々にではあるが出来てきた。矩を越えたかも知れないが・・・、まぁ、いいか。
2015.01.16
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今日も寝坊した。しかし雨が降っていたので、ウォーキング中止に理由が付いて良かった。今年初めての小学校放課後学習会があった。年始早々だが、インフルエンザで学級閉鎖になっているという。3年生の2組の内1組が閉鎖とのことで、集まった児童は9名ほどだった。正月早々大変なことになっているが、来てみて初めて知るといった具合で、世の中の流れからは隔絶されていることを知る。***来年度の予算案が決まったようだ。毎年馬鹿の1つ覚えのように語呂合わせをする新聞だったが、最近それはないようだ。一般会計総額96兆3420億円だという。ほぼ100兆円に近づいている。リマインドするために発表された梗概を書き留めておこう。【歳入】税収=54兆5250億円、税外収入=4兆9540億円、新規国債発行=36兆8630億円【歳出】政策経費=72兆8912億円(社会保障費=31兆5297億円、地方交付税=15兆5357億円、公共事業費5兆9711億円)、国債費=23兆4507億円歳入で特筆は、・国債が40兆円を切るのは6年ぶり。・税金の入りは前年度より4・5兆円アップした。消費税増税で(5%→8%)で1・8兆円アップ。・法人税や所得税は2・6兆円アップ。歳出では、・保育所整備、待機児童減、子育て給付継続、大学奨学金拡充。・整備新幹線前倒し、インフラ老朽化対策。・地方財政に1兆円計上。・生活保護費厳格化。・低所得者層の医療費軽く、難病支援。・介護保険報酬減額、職員給与増額。等だという。それでも、債務(国と地方)は右肩上がりだ。財政の黒字化は6年をターゲットにしている。実質賃金が低下する中で、脱デフレが巧くいくのかどうか。物の値段は上がって、給料だけはなかなか上がらないというのが現実のようだ。友人に依れば、アベノミクスは今のところ良いところはなく、アベノミクスの仕掛け人浜田宏一氏が、アベノミクスの現状を5段階評価すると、第一の矢の金融緩和はA、第二の矢の財政刺激はB、第三の矢の成長政策(構造改革)は落第点のEで、全体でABE(あべ)と茶化していたと紹介してくれた。そんな感じを受けているが、果たして、手持ちの第三の矢はあるのだろうか。基礎的財政収支では、歳入の内36・9兆円は借金(新規国債)であり、来年度、借金返済は23・5兆円だから13・4兆円(36・9兆円-23・5兆円)の借金が続くわけだ。この借金は1992年度から一貫して赤字の侭であり、この赤字を2020年度に黒字展開したいとの目論見だが、それには厳しい対応が為されなければならないと言うことだ。(因みにドイツでは、2014年度に黒字化を達成しているようだ)問題の歳出をもう少し細かく見ると、流石に地方創生を唱っているだけに、1兆円の枠が新設されている。47都府県に均等割でも、各県200億円を超える。どう使うかは首長の手腕だ。教育費では、小中学校の教員数が削減されている。之がどんな結果になるのか。エネルギーでは、メタンハイドレート関係に125億円計上とかだが、足りるのか。相変わらず、原発に1775億円も使われるようだ。立地地域への交付金などだという。ODAのグラントは相変わらず減少だ。社会保障では年金給付が抑えられている。之に反して景気が良いのは防衛費で、尖閣や竹島をネタに、増加の一途を辿っている。4・9兆円で、約6兆円の公共事業費とほぼ拮抗してきた。つばぜり合いからやがて交戦へと進まねば良いが。
2015.01.15
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今朝はすっかり熟睡していて、7時30分過ぎまで寝ていたので、ウォーキングは中止した。今日はとんど焼きの日だ。しめ縄はないが、車に付ける小さな輪っかがあったので、持っていった。考えてみれば、島本町にはまだ田んぼがあって、とんど焼きが出来るのだとちょっとした感動である。安く売りに出されていたエアコンを取り付けて貰った。手際よく、廉価で工事をしてくれるので助かる。夕方には、姫がラスベガスから無事帰国の報が入った。つい先日出掛けたばかりだが、日はすぐに経つ。ちゃっかりとノーベル賞受賞者中村教授との2ショットの写真を送ってきていた。***最近は中東やイスラムの話がやたらと多くなってきた。現在はテロのことで持ちきりだ。ややもすると中東=イスラム=テロという構図を描きがちだが、イスラム教徒としては、大迷惑だろうと思う。当然のことだが、イスラム教徒全部がテロリストではないからだ。今回のフランス新聞社のテロ事件は、許せるものではないが、一部では、イスラム全体を敵対視する風潮を煽る傾向にあり、遺憾に思う。テロを認める気は毛頭無いが、言論の自由を笠に着て、何でも言いたい放題を言うとなるとそこに軋轢が生じることは目に見えている。それが、信仰(宗教)に関わるのであれば、なお一層刺激は大きくなるだろう。イスラム教徒は、偶像崇拝を禁じている。従ってムハンマドの写真すら掲げることはなく、彼らの心の中にあるだけだろう。もし、ムハンマドの写真や偶像を崇めているとしたら、それは似非ムスリムだろう。そんな相手に対して、幾ら言論の自由だからと言って、ちんけな似顔絵を書いて挑発するのは如何かと思う。キリスト教徒にイエスの写真を冒涜する何某かを見せたら、それはそれで良い気分のものではないはずで、そこら辺の加減が分からない位に先走るのは、如何なものだろうか。とても世界平和を希求する立場でないことは明らかだ。マスコミは、それこそ人々を妙な方向に引きずり込むことは容易に出来る立場にある。そんな立場を悪用して、むやみに軋轢を生むようなことをしては元も子もない。イスラム教徒を相手に商売をしようとか国を開いてビザを出そうとか(この際はお金持ちだけを対象にしているようだが)しているようだし、安倍首相も中東を歴訪して、これらの国とより親密になろうとしているわけだから、西欧(キリスト圏)からの見方(フィルター)だけで満足せずに、数は少ないであろうが、イスラム圏から見た歴史的な背景も勉強しておく必要がある。十字軍も西欧からでなくイスラム側から見れば、その取っかかりで、十字軍が如何におぞましい行為をしたかについて、少しは理解が深まるだろう。もう少しイスラムのことを学んだ方が良いだろう。
2015.01.14
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今日のウォーキングは昨日のスパの影響で、身体がだるく、非常に眠かった。それでも、山崎駅から円明教寺口迄歩いて、Uターンして帰った。夕方から連れ合いと共に、友人と待ち合わせて、カラオケの練習に出掛けた。月に1回のカラオケ大会とその練習で、2回はカラオケに行くことになっている。風呂の中で、1人で唸るアカペラ歌いとは違って、BGMに乗って歌うと言うことは少なからず難しい。鼻歌なら、知らないところは、ハミングなど適当に飛ばしていれば済むし、歌のさわりの所だけをリピートしても一向に構わないが、実際にカラオケとなると、まぁ、少しまともに歌う必要がある。聞きかじりでは、なかなか曲を通してまともに歌うのは困難になる。それとは逆に、昔口ずさんだ歌は、自然と口から出てくるから不思議なものである。テレビなどでは、3フレーズのところ1と3という風に2フレーズ目を飛ばして歌うこともあるので、2フレーズ目は往々にして、歌詞を初めて聞くケースも多い。べつに進取の気取りもないのだから、新しい歌に挑戦するわけでもなく、頭に浮かぶのは、聞き慣れた(又は歌い慣れた)曲ばかりとなる。歌っていると、いつもの常連さんが入ってくる。カラオケにも何やらカードがあって、全国何人中何番だとかの評価付きで、登録の名前が出るので、それを励みにしている人もいる。出来るだけ人が歌わない曲を選べば、全国でトップになることも出来ると言ったお遊びだ。カラオケも色々な楽しみ方もあるものだ。私が練習した曲は、森進一の「年上の女」と石原裕次郎の「北の旅人」である。北の旅人では、90点をマークするなど、ちょっと気分が良かった。余り変化のない、淡々とした、昔の歌の方が良い点が出るのかも知れない。連れ合いは、黒木憲の「霧にむせぶ夜」と青江三奈の「池袋の夜」だ。友人の選曲は、増位山の「想い出さがし」と同じく「密やかに、華やかに」である。彼は増位山の歌が好きである。お遊びで、歌いきることが出来るかどうかと言うのに挑戦したが、他の客を含め誰1人として、歌いきることが出来なかった。せいぜい40%~46%位を歌うのだが、そこで、ガシャっと曲が切られてしまう。気分が悪いが、50%程度を歌いきることが出来れば上出来のようだ。之も曲によって違いがあるようで、一概には言えなさそうだ。腹の底から声を出すという行為は、健康にも良いに違いない、そんな思いでカラオケを歌っている。
2015.01.13
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今日のウォーキングは檜尾川橋から愛仁会迄で、そこから引き返して京大農場経由で帰宅した。思いついて湖西のスパ(あがりゃんせ)に行くことになった。高速を使わないつもりで、早く出掛けたが、3連休の最終日、道路は差ほど混まなかったものの、やはり時間は掛かった。道中又雪花が散っていた。滋賀はちょっと寒いのかも知れない。スパに着いてびっくりした。広い駐車場に車は一杯なのだ。第2駐車場に車を置いて、入湯手続きを済ませて入浴したら、そこもまた混んではいたが、芋の子を洗うほどではなかった。坪湯に入った頃は、まだまだ陽は高かった。高濃度炭酸泉は万病に効くとの説明書きであるし、前回もなかなか良い感じだったので、ちょっとぬるめの炭酸泉露天風呂に入った。仕切りの外に見えるのは琵琶湖で、陽が射すかと思えば、急に雪花が散ると言った案配で、天候の変化の大きな日であった。隣のジェットバスで、足裏に刺激を与えると、最初は痛いほどだったが、その内慣れてきて、ツボを刺激したからか、身体が何となくリラックスするようだ。室内では湯には入らない。専らサウナ専門である。中は3段になっていて、結構な収容力で、それが為か、温度は90℃程度で余り高くはない。それでも、12分計の半分も回らないうちに、汗が出てくる。之を2回通り行って、第1回目の入浴を終えて、館内2階のマッサージチェアに座りに上がったが、何と200台はありそうな(以前は過小評価していたが)椅子は全て占領されている。座ったら最後、付帯のテレビを見てじっと動かないんだから始末に悪い。わずかに空いていた端っこの椅子に座って、マッサージを受けながら寝てしまった。何通りかプログラムされている揉みや叩きのコースだが、そこは人間と違うから、今ひとつ細かなところまでは思いのままにはならないが、それでも何となくほぐれていく感じだ。本を片手に読みながら、とは思っても、揺さぶられるし、眠さも手伝って、読書というわけにもいかない。結局マッサージと昼寝とで時間は潰れてしまう。みなそう言った人達ばかりだ。夕方明るいうちに帰ろうと考えていたが、結局起きたのは4時前で、勿体ないからもう1回入ろうと、それから又1時間余り、最初のときと同じコースを何回か入湯を繰り返し、引き上げることにした。暗くなってからも人は益々増えていく感じで、終わりを知らないという感じだ。聞けば、夕方からのコースもあるようで、終日賑わっていることだろう。湯上がりの、ボーッと上気した良い気分で、スパの1日は暮れた。それにしても、日本人の何と温泉好きのことよ、と言う感じだった。
2015.01.12
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今日のウォーキングは山崎駅から円明教寺口迄歩き、久しぶりに新山崎橋に出て河川敷を帰宅した。***最近ミドリムシの話が多くなってきた。小学校の理科に出てくるあのミドリムシなのだが、これから、飛行機の燃料を抽出して、空を飛ぶと言う話になっている。石垣島にあるユーグレナの生産技術研究所でその研究は進んでいるというのだ。私がこの話に気付いたのは2010年のことだから、それからでも丸4年は経っている。その時には、ミドリムシという微生物が世界の食糧問題、エネルギー問題を解決するかもしれないと言った内容だった。ミドリムシは植物と動物の特徴を併せ持ち、光合成を行い、体を収縮させて動き回る珍しい生物と言う説明で、之を研究しているのがユーグレナという会社だった。社名の由来は、ミドリムシの学名でその意味は「美しい瞳」とのことだった。このミドリムシは、その当時は培養できる数は10億匹が限度で、食品などに加工するため粉末にすると、わずか1グラムにしかならないとのことで、産業化のためには大量培養の技術開発が課題となっていた。そして、東大の研究仲間とともに、ミドリムシの商品化を目指して2013年「ユーグレナ」を設立して、大量培養の技術に取り組んだというのだ。このミドリムシは、ビタミンやアミノ酸など人間に必要とされる59種類の栄養素を持っていて、既に栄養補助食品や化粧品として商品化されていると云うし、また、二酸化炭素を効率的に吸収する能力を持つだけでなく、油分が多く含まれるためバイオ燃料の原料としても注目されているとのことだった。ミドリムシから抽出した油でつくったバイオ燃料は、当時はラジコンの車を走らせる程度だったが、今では、JX日鉱日石エネルギーなどと組んで、ジェット燃料の開発にメドをつけ、2018年までの実用化をめざしているとのことだ。2013年には、NECや産総研との共同開発で、熱に強い耐熱プラプラスチックの製作研究も行っている。2014年には、ミドリムシからの燃料で、バスの運行も始められているようだ。アメリカでは既に、2011年から海軍のヘリコプター燃料への利用を開始しているという。この先実用化が目前という感じなのだそうだ。正に夢のような話である。
2015.01.11
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今日は起きるのが遅かったので、ウォーキングは水無瀬の堤から堤の終点迄で、そこから国道171号線方向に回って帰った。籠友会(高校バスケットのOB・OG会)で95周年誌を発行する話になっているが、なかなか実務が進まない。今日は後輩さんの所を1軒回ってみたが、どうも気乗りしない対応だった。クラブ活動時もそうだが、部員であってもなかなか乗って行けず、籍だけを置いて練習はしないといった人がよくいる。そんな人を誘い出すのは難しく、結果は徒労に終わることが多い。協力を期待しても叶わないと云うことになるだろう。クラブ活動に情熱を燃やした一時があったならそうでもないのだろうが、之ばかりはどうすることも出来ない。******映画「サン・オブ・ゴッド」を観に出かけた。期待していたのだが、ストーリーは簡単なものの、悲惨な場面が長く、少々期待はずれであった。映画に出てくるのは、聖書の忠実な再現とあるが、既に聞き慣れたフレーズの言葉が随所に出てくるもので、それはそれでいいのだが、背景の展開が簡単すぎるのに、ゴルゴダの丘への悲惨な場面が異常に多いのがやりきれない。これほどの苦難に晒されての復活だと云うことで、作者の意図はその点を強調したいのかも知れないが、直視に耐えない場面だ。おそらくこの映画を評価するのは、キリスト教徒なのかも知れないが、イエス・キリストはユダヤの王として語られている。あまり信心深くない仏教徒の私にとっては、ユダヤ教徒、キリスト教徒の境目がもう1つハッキリしないのだ。広く、旧約聖書は、ユダヤ教で、新約聖書になってキリスト教になるのだと聞くこともあるが、果たしてどうなのだろうか。ユダヤ教の預言者は、モーゼであって、イエスはキリスト教の預言者といった単純な理解では駄目なのだろうか。そうすると、イエスがユダヤの王であるというのは納得がしがたいのだが。有名な言葉でも、「求めよ、さらば与えられん」についてだが、映画の解釈では「神様に求めれば、欲しいものを与えて下さる」というとらえ方で、しかも食糧について云ってるもので、この言葉の本当の意味の「神を求めよ。そうすれば信仰が与えられる」というと言う齟齬である。中風の人を立ち上がらせる下りは、やはりマタイの福音書(9章6節)にある。「カエサルの物はカエサルに、神の物は神に」と言う下りは、マタイの福音書(22章19-22節)に書かれている。ユダの裏切りは、マルコの福音書14章18節に書かれているし、イエスがペテロに向かって云う「鶏が二度鳴く前に、あなたは、わたしを知らないと三度言います。」という言葉は、マルコによる福音書14章66節から72節までに記載されている。といった具合に聖書の言葉などがそのまま映画化されているもので、初歩のキリスト教徒への格好の導入教育映画のようである。
2015.01.10
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今日は、中東関係(イスラム国とガザ地区の紛争)の整理をしていて、あまり寝る時間がなかったので、ウォーキングは中止した。丁度路面も濡れていて、小雨が降りそうでもあって、都合は良かった。今日夕刻は、大学の同期会があるため、住民委員会役員会は欠席させて貰った。事の軽重(重大さ)を問われそうでもあるが、まぁ、許して貰うことにした。蛇足だが、こんな時、「鼎の軽重を問うという言葉を思い出す。造船時代の工場長が、何時も口に出していたのだが、それを使う場面は、「事の重大さの比較」の意味で使っていたようだった。真の意味は違うところにあると云うことだ。辞書によると、「上位の者の権威を疑って、地位を奪おうとすること」とか「他人の実力や権威などを疑う事」などと言う意味なのだ。平たく云えば、「見くびる」との意味合いであり、事の重大さを問うものではないということだ。それはさておき、大学の同期生は、造船だけで、30名と云うところだが、音信の取れぬ者、関東に住んでいる者など、集まりに参加できない人が、大半で、関西に住む常連の仲間は、8人で、その全員が集結した。全て古稀を迎えている。記憶では、卒業生全員が、造船会社に奉職したと記憶している。工学部、造船学科と言っても、ある意味、造船の専門学校みたいなものである。それだけに団結は固いと要ったところだろうか。集まった者の就職先は、日立造船が3人、三菱重工と三井造船が各2人、川崎重工1人となる。造船村といったところで、現在は、造船の国際的な地位の低下もあって勢いは大したことはない。それでもまだコンサルティングのような仕事をしている者が2人もいるから大したものである。計量士として勲章を貰った者や、翻訳の仕事をしている者、芸術写真に燃える者、詩吟に生きる者など、多彩であるが、私は特にどうということなく過ごしている。集まれば、若き日のことなども含め、取り留めのないことを話して、散会すると云ったことで、毎回元気がよりなのである。菜根譚31 富貴な人、聡明な人の実態富貴の家は宜しく寛厚(かんこう)なるべきも、反って忌刻(きこく)なり。是れ富貴なるも、其の行いを貧賤(ひんせん)にすればなり。如何ぞ能く享(う)けん。聡明の人は宜しく斂蔵(れんぞう)すべきも、反ってげん耀(げんよう)す。是れ聡明なるも、其の病を愚もうにすればなり。如何ぞ敗れざらん。〔訳文〕 財産があり身分の高い人は、物心両面において恵まれているから、当然他人に対しては寛容であるべきなのに、逆に他人をねたみ残酷なことをする人が多い。これは、物質的には富貴であっても、その行いは貧しく、いやしいからである。こんなことではどうして人生の福を受けることができようか。 また、ものの道理に明るく、才智すぐれた人は、その才智をおさめ隠して控えめにすべきなのに、かえってその才能を外に見せびらかす人が多い。これは、才智の面では聡明であっても、その欠点をそのままにして暗愚なことに気がつかないからである。こんなことでは、実際生活の面でどうして失敗しないことがあろうか。せめて、忌刻にならぬようにせねばならない。
2015.01.09
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今日のウォーキングは山崎駅から聖天道路を円明教寺への入口迄で、ターンして、帰りに椎尾神社に詣って帰宅した。***フランスの週刊新聞(シャルリー・エブド)の本社にテロが乱入し、自動小銃を乱射して12人が死亡、数人が重体になったと報道された。犯人達3人は逃走中とあったが夜には、18才のムラド少年が出頭してきたという。この会社のあるところはパリ市内で、ルーブル美術館にほど近いところだ。残る、2人の犯人は逃走中で、30代のクシアン兄弟とある。3人ともアルジェリア系のフランス人で、急進的なムスリムのようで、新聞社に乱入して、例の「アラーフ・アクバル」(神は偉大なり)を叫びつつ、預言者ムハンマドの敵を討ったと叫んだという。どうやら、この新聞社が発刊した新聞の風刺画がイスラム(ムハンマド)を冒涜すると見たようだ。8日の新聞ではここまでだが、之を書いているのは11日になってからなので、もう少し詳しいことが解っている。この新聞社は、イスラム風刺で、2011年にも事務所に火炎瓶が投げ込まれたことがあるという。常日頃から、イスラム団体などに激しく批判される経歴を持っていて、仏当局が警備を続けていた最中だという。「表現の自由への挑戦」、「野蛮なテロ行為だ」と言うのは勿論だが、こういった急進的な手合いにとっては、預言者を冒涜する行為は許せないと云うことなのだろう。(言論自由とは良いながら、宗教上の機微を顧みず洒脱に陥れるのは、考えものなのかも知れない。事前にテロ予測の対象にありながら阻止できなかったところに怖さがある。ヨーロッパの中でもフランスは、イスラム教徒(ムスリム)の割合が多く(7.5%)、500万人近くいるという。こういったテロ行為があると、ムスリム全体がテロという見方になってしまいそうで、こういった報道の仕方は根本的に問題があると思う。日本だって、オウムなどといった輩が居て、未だに信仰の自由とか称して、アレフと名を変えて存続しているのだから、ここら辺と同様にムスリムとテロの区別を峻別しなければならないだろう。10日には、この2人は、北部の印刷工場に人質を取って籠城し、やがて射殺されたようだが、同時に南部で、女性警官を射殺するテロ行為があり、これら2つの事件は、どうやら関連しているようだとのことだ。芸術の都も今は、恐怖のどん底といった感じだ。少子化に向けて、日本も移民の労働力を考えているようだが、果たして、フランスのような状態が来なければいいがと思う。
2015.01.08
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今日は八瀬離宮に泊まった関係で、ウォーキングは中止した。尤もウォーキング用の靴を忘れたからである。ベッドが変わっても朝早く目覚めることは変わりないが、それでも温泉に浸かりっぱなしの身体は、ぐったりとし、熟睡したためか、目覚めは普段より遅かった。丁度風呂(スパ)が開く時間だったので、朝風呂に出掛けた。この離宮随分立派な建物で、南北のウィングに別れていて、中央付近にスパが配置されている関係で回廊を長く歩かなくてはならない。常のホテルとは違って、エレベーターも直接は通じていないというやや難しい部屋配置になっている。朝の露天は特に気持ちが良い。湯船に浸かって、前方(西の方)の空を見ると、庭の木と向こうの方の山とに囲まれたV字型の空間の真ん中に満月に近い月が浮かんでいた。全くの偶然であるが、じっと明るい月を見ながらの入浴になって、少し得をした気分になった。月はやがて移動して、向こうの山の陰に隠れてしまったが、なかなか風情のある入浴となった。ふと、赤染衛門の「やすらはでねなはじものは小夜更けて かたぶく迄の月を見しかな」などといった和歌を思い出した。じっと見ていると、月は動いていて、この時は北の方に消えたように見えたのだが、赤染衛門の妹は、西の方に傾く月を見たという、何れにせよ、京の町にふさわしい気分である。朝食は、これまた長い廊下をほぼ端から端まで歩いて、別棟になっている日本食レストランに到着である。離宮は、丁度曲がった高野川と国道とに囲まれた位置に建っているようで、レストランは、この高野川を渡ることになる。折も、七草粥の日だ。思わずお代わりをしてしまった。粥の中には、1種類の野草しか入っていなかったが、どうやらそんなものらしい。隣では、アメリカ人であろうか、とても太った男性とその奥さんが、箸を上手に操っていた。10時過ぎにチェックアウトし、連れ合いの要望で、北山通りを通って帰った。やがて今出川通りに掛かるときに、又思い立って北野天満宮にお参りして帰ることになった。清々しい気分で(ついでのお詣りは良くないかな)おみくじを引いたら「吉」であった。漸く方向が定まった(昨日は、「吉凶未分」だった)のであろうか。先ず良しとした。連れ合いは、変わらず「中吉」だった。
2015.01.07
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今日のウォーキングは西国街道を檜尾川橋から高槻跨線橋迄で引き返した。今日は八瀬離宮に泊まりに出掛けた。決まったのは、前日、連れ合いが、ふと思いついて、予約を取ったら、明日が空いているとのことだったようだ。我々の行動はこういった風に決まることが多い。何処かに行こうかとの話が出た場合、私などは、インキュべートの時間が長く、優柔不断なのでこんな即決は考えられないのだが、いとも簡単に決まってしまうのが常だ。連れ合いの友人の好意によって、オーナーシステムのホテルの紹介を受けていたことが伏線にあって、泊まりに行くことになったわけだ。泊まって、食事をして、温泉にはいるという目的の小旅行で、以前は有馬温泉(有馬離宮など)に出掛けることが多かったが、今回は目先を変えて八瀬にしようとのことになった。八瀬は、私の中では、八瀬・大原と並んで覚えているので、イメージ的には、遠い感じ(三千院を思い出す)だったのだが、案外近く、姫や友人が通って居た大学にほど近い、車でなら1時間ちょっとの行程だ。出町柳から高野川沿いに遡上するのだが、宮本武蔵の決闘で有名な、一乗寺や、入園予約の要る修学院の横を通る。花園橋からちょっと奥に入ったところに八瀬離宮は建っている。叡電の終点に位置するところだ。もう少し行くと比叡山へのケーブルカーの乗り口があったようだ。ここらは京都の奥座敷と言った感じで、この奥は大原からその先、途中越で、滋賀県にはいるという一本道だ。大阪にいるから、近いようだが、全国的には、結構行きたい観光地の真ん中なのかも知れない。少し雪が残る道端だが、今日は、すっかりコンディションは回復している。早めについて、早速一風呂浴びた。なかなかの風情で、露天の風呂は気持ちがよい上に、客は少ないので、ほぼ独占状態である。夕食は、イタリアンのコース料理で、まず、ストゥッツィキーノと言う日頃聞いたことがない付け出しから始まった。仔牛タンがメインで、オマール海老や、タコ・イカは勿論、金目鯛がエシャロットと共にバジル風味で出てくるといった凝った内容だ。この間、パンとオリーブオイルがふんだんに出てくる。小出しに出される料理の名前を聞きつつ、最終的にはお腹がいっぱいになると言った案配である。遊戯施設などもなく、再び入浴して、ひたすら温泉に浸かるのだが、サウナ風呂と水風呂を3クールやった後には、瞬間的に、2kg近くは減量していたようだ。久しぶりに広いベッドで快眠であった。
2015.01.06
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今日のウォーキングは西国街道を山崎駅から大山崎役場を経由、西山天王山駅を折り返したが、帰途、小倉神社に詣って帰宅した。前に来たことはあるが、暗がり故、本殿が何処なのか、つぶさには解らなかったが、50mは有ろうかという参道の結構長い神社である。主祭神は武甕槌神、齋主神、天兒屋命及び比賣大神ということで、各々、相撲の元祖、藤原氏(中臣氏)の祖先神、そして、御許山に降臨した三女神(一般的名称)のようである。小倉の「倉」は「御座」「岩座」を指し、「神座」としての「座」を意味したと解釈されている。また、小倉では長岡東・平安京の守護神だということだ。神様の名前は色々呼び名があって、また字も多様に振られていて難しい。午後には、連れ合いと一緒に正式に(?)初詣をした。初詣の前に、小倉山荘で白味噌仕立ての雑煮を頂いた。白は何やら華やいだ気分になる。その足で、城南宮へ詣ったのだが、連れ合いはそっと鳥居の外側を通っていた。私は、今年は、期せずして、ここが二社目となったのだが、5日ともなると人出は余り多くなかった。城南宮の主祭神は、息長帯日売命(神功皇后)、八千歳神(大国主神)、国常立尊を主祭神とし、他に天照皇大神、品陀別命、別雷神、大山咋神、天児屋根命、宇気毛智神を祀るとある。(とても賑やかである)日本神道は、八百万の神々が居て、難しい。その点イスラム教ならイラーハ・イッラッラー(神は唯一ただ1つ)なのだが。おみくじを引くと、第四番で「吉凶未分」(きっきょういまだわかれず)とのことだ。初めての経験である。面白いカテゴリーがあるものだ。英語で云えば「Pendhing」ということで、まだ分からないということだが、ぼちぼちやっていろ、その内分かるということだろう。全知全能、何でも解る神様にしては、決めかねているというのはどう云ったことだろうか。連れ合いは、「中吉」を引いていた。お参りを完全なものにするには、唐渡神社にも詣れとのことで、境内の東隣の唐渡神社にも詣った。菅原道真を祭神とする末社の一つらしい。そう言えば孫は「大吉」を引いたとか。城南宮ではないが、ここでは子供用の小さなみくじ箱がある。引いている子どもの結果を聞いていると、大概「大吉」だったようだ。それが無難だろう。
2015.01.05
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今日は今年初めてのウォーキングで定番の水無瀬堤から淀川看板迄を往復のコースだった。連れ合いはお昼の新年会で、夕刻には、孫達が太郎君とやってきた。***年末に連載を終了した私の萩本欽一(欽ちゃん)の履歴書を読んだ。コメディアンとしては初めての私の履歴書だという。世のお歴々の自慢話の多い中、思いの丈を赤裸々に述べた文章から、ふと人生の転機について考えさせられた。人間は生まれながらにして、大筋のコースを決められている人もいるが、そうでない人の方が多いだろう。生まれながらにして決まっているのは、皇族とか、医者の家計だとか、また政治家なども概ね同じカテゴリーかも知れない。まだまだ、歌舞伎とか、華道、茶道等々家元なども然りだろう。一般には、フリーな人が多く、環境に適応しながら、それぞれの道を選択している。その転機は、人それぞれで、私の履歴書に書かれている、自慢話の手前位にそれらのことが書かれているので、ちょっと興味深い。欽ちゃんはほぼ私と同年代だから、書いてある内容の時代背景については、頷く事が多い。欽ちゃんも幼少の頃は優秀だったようで、(と言うのは私も子どもの頃は優秀な子だったし、私の履歴書に出てくる大概の人は子どもの頃は優秀だから)親爺が始めたカメラ屋が順調なら、そんな道に入っていたかも知れない。そうはならなかったのが転機の初めだろう。親爺の借金で、意を決して「金儲け」を志したと云うことだ。子どもの頃に親爺の肩車で見た浅草の劇場が潜在意識の中にあったのだろう、コメディアンの道の始まりだったようだ。そんな他人様の人生を垣間見ることで、人生の転機というのは、誰にでもあって、それをどうブレークするかで(どんな方向に)コースは決まるのだろう。欽ちゃんの場合も親爺さんは子どもの将来を(後を託す)考えていたようだが、そうはならなかったわけで、カメラ屋が成功していれば、今の欽ちゃんは居ないわけだ。その後も色々な人との出会い(坂上二郎など)の中で、大きく、又は小さく、様々な転機が訪れそれに対処していったわけだ。その転機が何時で、どう対処するかは、人それぞれだ。私も、振り返れば、転機は随所にあったと思う。「タラレバ」ではないが、もう少し違った人生があっただろうか。振り返れば面白い。
2015.01.04
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2日続けての降雪。昨夜の降雪で、まだ雪が残っている。白い塊が寒そうである。朝寝坊も手伝って、ウォーキングは今日も中止だ。今日は、太郎君一家と大谷本廟と知恩院をお参りした。寺は似ていても、浄土真宗(親鸞さん)と浄土宗(法然さん)だ。青い眼の人が目に付いた。足場が悪いのに、結構人出は多かった。姫は相棒と一緒に関東に帰っていった。***日本は戦後70年の節目だと、振り返っている。辛うじて戦争末期に生まれたので、日本の歩みはイコール私と連れ合いの歩みでもある。そろそろレジェンドになりつつあるようだ。メタンハイドレートの調査が進んでいる。今日の新聞では、北海道と日本海側にずらっと埋蔵チェックを行っていて、来年度には日本近海の埋蔵量を完全に把握する予定だという。現在までにも、東南海に当たる地域に埋蔵量の確認がされている。きっと日本を取り巻く海域には、豊富なメタンハイドレートが存在するのだろう。シェール革命に次ぐ、メタンハイドレート革命と行きたいところだが、商業化は2023年以降だとか。原発に遠慮しているのだろうか。「日本は資源(エネルギー)大国だ!」そんな初夢が現実化して欲しい。金正恩が南北会談に意欲とあった。彼の国のこと、又何か云っている位にしか思えない。既に何等オオカミが出てきたことやら。受ける朴槿恵、この国もけったいな国で、何やら、砂上に出来た楼閣のようで、心許ない。年頭に当たって、各社の社長の株価と景気の見通し(占い)が乗っていた。更には業界の景気予測の天気図が出ている。プラント・造船は相変わらず、曇りで推移。そう言えば、薄日が射したこともあったなぁと云うのが欠片ほど思い出される。菜根譚(前)29 苦労も枯淡も度を越さず 憂勤は是れ美徳なるも、太(はなはだ)苦しまば、則ち以て性に適(かな)い情を怡(よろこ)ばしむる無し。澹泊(たんぱく)は是れ高風なるも、太だ枯るれば、則ち以て人を済い物を利する無し。〔訳文〕 種々の状況を考慮し苦労して仕事につとめることは、それはよい行いであるが、しかし限度を越えて苦労しすぎると、その人の本性を楽しくし、心情を喜ばせることができなくなる。これに対して、心がさっぱりして無欲であることは、それは高尚な心であるが、しかし限度を越えて枯淡になりすぎると、世の人を救ったり役立ったりすることができなくなる。30 初心を忘れず、行く末を見つめて事窮まり勢い蹙(せま)るの人は、当に其の初心を原(たず)ぬべし。功成り行い満つるの士は、其の末路を観んことを要す。〔訳文〕 なにか事にゆきづまり、かつての勢力もおとろえた人は、その出発点となった時の心をもう一度思い出し考えてみるべきである。これに対して、功績を成し遂げ事業を十分に果たした人は、その先の行く末をよくよく見極めて自分の進退を決めることが必要である。
2015.01.03
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今朝は目覚めると銀世界であった。久しぶりに雪が積もった。従ってウォーキングは中止だ。一日中家に籠もっていた。万歩計は176歩を示していた。新聞も休刊日で、正に何することなく、1日中ボーッとして過ごした。正月のテレビ番組は、漫才とクイズというのが最近の相場のようだ。最近司会をしている連中も、漫才上がりが多いようで、漫才で大成するか否かが、登龍門になると言うところかも知れない。流石に正月早々には、あまり大事件は起こらなかったようだ。元旦の、日経新聞の第二部にデジタルが運ぶ未来という特集記事が出ていた。ITは之から今以上に一般に敷衍するであろう。ヘッディング(表題)と内容を書き留めておこう。VR(バーチャルリアリティー) :仮想現実。ゴーグルなどを介して、他人の目線で物を見ると行ったことが出来るようになる。コンピューターの介在で、海外旅行なども、バーチャルに出来る日が来るようなだ。ウェアラブルコンピューター:時計などのように、身につけて歩くコンピューターで、その内頭で考えていたことが忽ち現実に可能になる日が来るだろう。何処まで浸透するのか。ロボット:様々なロボットが世に出ているが、更に充実していくだろう。原発や危険箇所点検のロボットなど、多岐に亘るロボットの利点が生かされていくだろう。ミクロの決死圏の現実化があるかも。フリマ(フリーマーケット):スマートフォンで撮影して即出品。こんな市場がより進む。個人がそのまま商店になるわけだ。LINE:メールの簡易版だ。音楽の配信や、利用者が自作したスタンプ販売が人気だとか。お金の支払いなども益々進むだろう。携帯端末で支払いするケースは今もあるようだが、お金というのは何なんだろうという世の中になってしまうのか。カーナビの高精度化と自動運転:行きたいところを告げれば、手放しに近い感覚で、行ける日が来るのだろうか。これ以上は最早ついて行けない感じだ。もはやディジタルデバイドになってしまったのだろうか。
2015.01.02
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2015年の元旦。久しぶりに寝坊してウォーキングは中止した。年頭に当たって、少しだけ考えた。今年から70代を歩くわけで、まだまだなんでも出来ると言った気分から、その内、身体が分離して、心について行かなくなってくるだろう。論語に云うように、十五歳くらいから七十までしか述べていないわけで、それ以上は余力で生きると言うことかも知れない。「七十而従心所欲、不踰矩」(七十にして心の欲する所に従って矩(のり)を踰(こ)えず。)即ち「70歳になったら自分の心のままに行動しても人道を踏み外す事が無くなった」と言う位にならなくては、悪戯に馬齢を重ねただけになる。この先想定15年を如何に生きるかであるが、大変難しい。兎に角、自由な時間を作って、余り強制されないで、気ままに過ごすことが一番のように思える。このブログ然りで、枷を5000字としていたが、まあ、書くときは書くとして、取り敢えず、3500字位に納めることで楽をしていこう。A4サイズ1枚にびっしり書いたとして、そのくらいの文字数(標準フォーマット)のようだから、A4以下に纏めようと言うことだ。勤めていた頃には、報告書は1枚ベストと若い人に指導してきたのだから。で、いつまで続くか、ウォーキングのこと。時々の行動などメモ程度にして、後は、盛り上がったときには気分に任せるとするわけだ。嵐の桜井君がドラマで「いいねぇー」と言っていたように、それが良いのではないか。「やるときはやるぜ」でも、やらないときは流すわけだ。そうすると気が楽になる。時間も出来ると言うことだ。之からは、個人以外の固有名詞は使っていこうかと思う。書いても「不踰矩」であるはずだから・・・。***去年からの持ち越し仕事の、籠友会(高校のバスケットOB・OG会)の夏期総会報告をメールで発した。家族全員で、正月を祝い、UNOで初笑いした。孫の成長が著しい。連れ合いと、姫と3人で、桂川のイオンに行こうと出掛けたものの、雪が降り出して、途中で引き返した。今、庭の木々は、白い帽子を被っている。ホワイト・ニューイヤーである。こんな程度だ。「いいねぇー」
2015.01.01
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