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2012.12.08
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カテゴリ: 読書案内
【丸谷才一/鈍感な青年】
20121207

◆男女の営みは滑稽なもの

丸谷才一の小説というのは、一貫して旧仮名遣いなので、慣れない者にとってはちょっと読みづらい。そのうち不思議と慣れて来るので、さほどの心配はいらないけれど。
例えばこんな具合だ。
「うん、ぢやあかういふのはどうだらう? 危険なことはないとぼくが約束する。それを君は信用する・・・」
「さういふ約束つて、ぜんぜん信用できないんですつて」
「それはまあ、さうだな」
東大文学部卒の丸谷才一のことなので、作家としての信念なのか、あるいは何か理由があったに違いない。

さて、『鈍感な青年』について。この作品は文春文庫から出ている『樹影譚』という文庫に収められている短編小説だ。表題作ではないが、3篇収められている短編の中で、とりわけ惹かれた一作である。
何がそれほど興味をそそられたのかと言えば、やっぱり二十歳の生娘と二十四歳の童貞青年とのごくごく平凡な恋模様をつづっていることだろう。

女はもちろん、男だって初めての経験で、焦る焦る。
女にとっても異物を体内に内包するのは勇気がいるし、男にとっても興味本位と欲望だけでは快楽にまでは及ばない。いろいろと段取り(?)が必要なのだから。
その辺の経緯が、それは見事に(?)描写されている。ちまたに溢れる恋愛小説には書かれていない、本物の恋愛がこの作品には感じられる。
男女の営みなんて、それほどオシャレなものではないし、むしろ滑稽であることの方が多いとさえ思う。そういうリアリティに富んだ恋模様を、丸谷才一は見事に確立している。

『鈍感な青年』の作中には、主人公の男が、亡くなった親友のことを偲ぶシーンが出て来る。それは、亡き親友につれて来てもらった場所に、交際中の女性を伴って来たことに対する、ある種の感慨のようなものかもしれない。その辺りは読んでいると、しみじみとした気持ちにさせられる。
様々な男女が織り成す人間模様なら、もっとドラマチックでしかも長編小説であった方がいいかもしれない。だが、平凡な一組の男女における、日常的にありがちな恋の側面を語るのだとしたら、この『鈍感な青年』は秀逸だ。
また、わずかな時間で読み切れるのも有り難い。

著者である丸谷才一氏は、誠に残念ながら、本年十月に鬼籍に入られた。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

『鈍感な青年』(樹影譚に収録)丸谷才一・著


☆次回(読書案内No.24)は宮本輝の『流転の海(第一部)』を予定しています。

~読書案内~   その他

取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ
■No. 2 複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!
■No. 3 雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!
完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する
■No. 5 青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ
■No. 6 しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる
■No. 7 白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す
■No. 8 ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている
■No. 9 女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説
■No.10 或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル
■No.11 東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず
■No.12 お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人
■No.13 レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?
■No.14 山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く
■No.15 佐藤春夫/この三つのもの 細君譲渡事件の真相が語られる
■No.16 角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く
■No.17 室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛
■No.18 織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話
■No.19 谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。
■No.20 車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか
■No.21 松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場
■No.22 川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!

◆番外篇.1 新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!
◆番外篇.2 菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ





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最終更新日  2012.12.12 13:49:33
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