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風邪も何とか。ぼつぼつ出かける準備を始めます。晴れてはいないが、雨が降らないだけラッキー。一番は写真撮影が目的で、一度カメラを出発する空港で遺失しそうになった時があったが、諦めで搭乗口へ行ったら、中国人の学生が届けていてくれた。騒いでいたので、あまりいい感情がなかったが、見かけによらずいい人たちだった。 ・観光地で雨だったりのするが、その時どうか運次第でもある。兎に角できるだけ楽しんでくるつもりです。では、また。
2017.11.23
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どんな一日にするか、それはその時次第でしかないが、自分にばかりこだわっていると周囲を見損ないもする。自分の準拠枠の中で死んでいく。宗教を背負う人たちもいる。強敵を知っているかどうかもある。享楽しか考えない人間もいるのだろう。誰が利口か知らないが、私には見えないものばかりある。そしてそこにしか夢を叶えるものがないのだ。他人を嘲笑しても、身に振り返って見れば同じだろう。 ・地球上にあるものは皆同じでしかない。一つを知れば皆繋がっている。納得するかでしかないのだろう。それでも探し回る。何時か心が萎えるまで続けるだろう。どこへいっても、またどんな風景を見たところで変わりはないが、そこに感動がないわけではない。憧れたものはいつか幻影だと気づくだろう。脳で描いたものはイメージでしかない。 ・へ2・・・ひとはまた愚かなことをして生きている。それが何の意味がないことでも、有難がるのだろう。自分の運命を感じるのは、いつか来るに違いない。
2017.11.23
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健康ということについて一般国民にまちがった常識がいまだに流布しているようだ。過剰な商業的宣伝がされ、健康に有害なものまでまちがった売り込みがされている。医療関係者は知っているのに沈黙しているのは、そのことで職を追われるかも知れないというプレッシャーを感じている。何しろ産学協同なのだ。商売には逆らえないという意識が強過ぎてもいる。コークの色が砂糖の酸化した色だと最近知ったくらいだ。 ・マーガリンや各種のお菓子、ドーナッツがトランス脂肪酸が先進国では抑制され始めているようだが、日本では放置されている。酸化油で超悪玉だとの昨日の講演で指摘があっていた。何しろ都合の悪いことは黙っていようという連中が多い国である。公徳心が薄いのではないだろうか。 ・へ2・・・気概をもった人間を育てるにはどうしたらいいのだろうか。正しいことを正しいという人間がいなければならない。子は親を見て育つ。そういう環境をつくって行かないと、付和雷同の人間ばかり増えて、世の中が良くならない。 インスリンを与えないで見殺しにした事件が報じられている。どんな方便も通用しないことは分かっているのに、21世紀になってもそれを信じる人がいるのだろうか。悪意を感じるが、どうしてそうなったのかは事実を証明するしかない。救える命が消えたのは紛れもない。常識の通用しない人間がいる。それは他人の迷惑でもある。鳥渡余裕ができたからと威張る連中がいる。浅ましい人間が多過ぎる。とんでもない過ちを冒そうとする人間ばかりではとてもこの世は遣りきれない。
2017.11.23
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日々報道されている事件や事故のニュースが、どれだけ公正なのだろうと疑問がないわけではないが、戦前のような政治状況でもないことは知っている。ただ、「報道の自由」も、時には歪められないでもないだろうし、癒着もあるに違いない。スポンサーに配慮した内容もあるだろうし、大学では紐付きの研究もされている。体に有害なものが必ずしも適切な行政処置がされてはいないケースもあるだろう。専門家の話に驚くこともある。「此処だけの話」があったりもする。酒や煙草がいまでも飲まれているのは、それを一挙に止められない社会的システムがあるからだろう。常識のない若者たちが話題になるが、それは社会の責任でもある。 ・電車やバスの中で漫画を読むよい大人がいたりもする。流石に家では恥ずかしいとみえて下車するとき棚の上に置いていたりする。情けないが、それが現実でもある。レベルの低い大学教育を受けているからだ。文化レベルが低いからでもある。暴力さえよくわかない子どもたちが事件を起こしている。昔に比べれば学校で、或いは街の中で、喧嘩をしているのを殆んど見かけなくなったし、自分でも喧嘩をすることはなくなっている。手を出すことはなくなっているが、それが反面教師にもなった経験もないのだろう。 ・へ2・・・「他人を殺してみたかった」というニュースを聴いた時、自分が他人から殴られた経験もないのではないかと思った。必要な通過儀礼を経験していなのではないか。暴力の意味を正しく認識していないのではないだろうか。レイプが、映画や小説や漫画で溢れている。間違ったジェンダーが流布してもいる。その責任はマスメメディアにもある。社会の責任でもある。だから私たちも同罪だろう。漫画が日本を代表する文化だろうか?カラオケの弊害も言われている。誰も日本人を尊敬しなくなるのも当然だ。
2017.11.23
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・時系列に読む。 <作品> 「器楽的幻覚」、「冬の蠅」 ・草稿からいくつかの作品が生まれる。モチーフ・・・複数の作品になる。 ・連想。羽虫・・・船。空・・海。作家の思考のスタイル。 ・テーマを隠す。草稿と決定稿との相違。連関。 ・作家が何を考えていたかを考える。 ・理由は書かない。決定稿ではわからない。草稿を見る必要性。 ・海のような闇。空が闇になる。 ・桜の木の下には屍体が埋まっている。・・・メモは昭和3年ころ。 ・「冬の蠅」・・・メモの存在。 ・着想・・・梶井の作品に対する。 ・かいつまんで言えなければ理解していない。 ・梶井はある一つのものがひとつではなく、ふたつのものが混在する。感覚の世界。 「器楽的幻覚」、 ・音楽は理屈ではない。絵とか音楽は感覚である。 ・小説は説明の世界であり、それを梶井は感覚で表現しようとした。「蒼穹」 ・やむを得ない説明。ポーの作品。奇想天外。 ・アイデア。絵にできる着想。 ・詩人としての梶井の評価がある。 ・草稿は散文的で、決定稿で詩的になる。 ・感覚は説明が要らない。 ・奇抜な着想への執着・・川端。シュールリアリズム。一時凌ぎではないもの。 ・「おや」、の感覚。日常が非日常に変わる。 ・刺激が強すぎる。老人には。 ・梶井の拘り、「刺激」である。感覚表現として書く。「冬の蠅」 ・写生(文)→視覚の世界の再現 五官(五感ではない)・奇妙なたくらみ。・・・(「檸檬」)にもある。 ・「意志の宙ぶらりん」。ふと浮かぶ(思いついたこと)。理屈ではない。ふっと浮かぶ。 ・おりてくる。アイデアが湧く。 ・強い感動が無感動になる。無感動に見える。周囲は分からない。 ・この作品の梶井のアイデア。こころの緊張が別のものをもたらす。 ・破れ目がもたらすもの。口笛が。外からの障害物・・・かき乱すもの。感覚の抑揚を書いている。 ・石化・・・「檸檬」にもモチーフがある。漱石にもある。 ・「犯行」の意味。 ・感覚をモノにした。「檸檬」。石化すること。音楽を聴いて感動している聴衆が石化する。演奏者に集まる。 ・自分の考えを周囲のだれも解らない。聴いているものの気持ちを表している。 ・視覚と嗅覚と聴覚。 ・他人に知られない犯行。 ・侯爵を殴り倒すことを想像する。 ・調和して物を壊す。石化で終わるのをそれで済まないのが梶井。爆弾を用意する。梶井や三島には危険なものがある。 ・この作品は、「檸檬」に通じるものがある。 ひとはつまらない一生を過ごしてしまう。誰も誉めてはくれないのだろう。それが解っていても死に体とは思わないらしい。急いでしまっては何も出来ないままだ。
2017.11.23
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よく西の空で、福岡空港へタッチダウンしていく滑空する航空機を眺めている。自分の人生もあのように自動操舵の安定した終わりを迎えたいものだと。安楽往生という言葉があるが、「願わくば、・・・」なのだろう。今日は午後から、モロッコの旅に出かける。長い時間機中のヒトになるのでエコノミークラス症候群が気になる。 ・足を延ばせるというのが楽なのは分かっている。航空機の中でも差別があるというのは、この世界が、金持ちたちの社会だという証明でもある。旅は楽しみたいが、そうさせては中々してくれない。旅をしていて、旅行先が天国ばかりではない。地獄を見ることもある。 ・へ2・・・それでも生きて行かなければならない。それは人として生まれたもののノルマでもある。是から次に何をするか。犯罪者たちの野望もあるのだろう。人を陥れようとする人間たちがいることを忘れてはならない。9時間の時差があるので、日本時間とは違うが、明日のカサブランカの昼には到着しているだろう。
2017.11.23
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急いで一生は終わろうとしている。老化は誰にでも日々進行して走り過ぎようとする。じっとしていれば早く過ぎてしまう命がある。からだを動かさなければ、それは大事にすることではなく、崖の上に向かって走っていることにもなる。死と反対に向かって歩くことはできないが、たちどまっていようとするその努力がなければならないのだろう。元々人生はゆっくりできていないのだ。 ・できないからゆっくりしたいと思う。その努力を如何に効果的にするかだが、大抵負けてしまう。不可能ではなく、困難なだけだと思うがどうだろうか。昨日は、「レッツ・エクササイズ」の講座があり、体育館でマットを敷いて、色々ストレッチを教えて貰った。参加者は40人くらいのシルバーたちだった。元気な人たちばかりだが、やはりみんなからだが硬い。若いうちは簡単にできることもできなくなる。だからこうしてエクササイズが必要だ。 ・へ2・・・QOLをいうけれど、自分の健康と反対のことばかりある。本当は何をしなければならないかの知識を教えない社会でもある。早く死ねばいい。そうではないのだろうが、真実はどこにあるだろうか。騙されてはならない。騙されたふりをしているとゆっくり死ねなくなる。 北アイルランド紛争史のレクチャーを受講してきましたが、どこでも汚い戦争がある。テロと戦争の概念も曖昧である。「これは、戦争だ」と誰が決めたのだろうか。 それこそテロなのか戦争なのか、都合のいい使い方をしているのではないだろうか。
2017.11.23
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「勧善懲悪のゆくえ」の講演メモ ・レジュメA3-5枚(10ページ)。・山東京伝「優曇華物語」の随所の「趣向」を弟子の曲亭馬琴「南総里見八犬伝」が如何に換骨奪胎したか。 ・馬琴の勧善懲悪批判に焦点を当てた文学史に就いて。 ・「小説神髄」や鴎外、露伴、芥川、安吾、漱石からの視点。(馬琴の勧善懲悪)をどのようにとらえていたのか?・レジュメによって、いくつかの文章を紹介された。・逍遥は馬琴に嵌まっていた。・鴎外の馬琴観。・露伴の馬琴観。・龍之介の馬琴観。そのまま肯定していない。・安吾の勧善懲悪批判。・漱石の馬琴観。漱石の勧善懲悪に対する考え方は、明治以前のそれとは異なっている。その作家の持つその人の勧善懲悪であって世間と違うものがあって当然だと言う。自分の良心に恥ずかしぬ様に勧善懲悪をやりたい。・大正5年。アイシュタインの相対性理論について寺田寅彦が、漱石の家で説明して聴かせたらしいが、「先生には解らないだろう」寅彦はいったという。漱石は、理系の頭をしていたが解らなかっただろうとのこと。・梶井も理系の頭だった。だから漱石も梶井も緻密なところがある。・漢文にも数学的なところがあり、それは両者ともよく理解できたのではないだろうか。・鳩山元首相も工学出身。 ・善悪をいうのは人間だけである。自然界にはない。勝手な世界観でもある。・to be or not to be that is question. ・肯定と否定のあとに、疑問がある。「二項対立」。・船虫には、悪女の魅力がある。悪を生き延びさせる。殺さないのは、悪の存在の魅力があるからでもある。「デスノート」では、悪が悪をさばく爽快さを感じる。 ・三島は、漱石が嫌いだったが、鴎外は尊敬した。・京伝ほど馬琴は単純ではない。・二つの作品の共通点。 ・鷲に攫われる女の児。 ・象徴としての「水晶」。 ・獣や人名が同一。 ・足利持氏の時世の設定。 ・眼疾の治療薬としての胎児。 ・お家再興の物語。など。 ・殊に「水晶」については、京伝は、一か所しかないが、馬琴はそれを、最後まで縦横に遣っている。・「源氏物語」は、「事皆淫娃に過ぎて、反て勧懲に鮮やかならず」。・八犬伝には、人畜の交わりをぎりぎりで止めている。発禁を予想している。行間を読むしかない。・ふせ姫が水面を覗くと自分の顔がイヌになっている。八犬伝は単純ではない。・オリジナルを出す事が重要である。・京伝と馬琴は師弟関係であるが、力が逆転している。表の師弟関係だけではなく、関係が好い筈はない。先生もへったくれもないところがあるのが普通だ。・おのれの目を発見することが大学の使命でもある。オリジナルの自分の目に立って考えること。・今昔物語の逸話、目の治療として、胎児を所望する話を引用している。・化け猫。優曇華と八犬伝。・鷲が子供をさらう話の共通性。それが女児であ る。馬琴は、それを犬に攫われることにした。・優曇華は三千年に一度咲く花。そして吉凶を占うことでもある。 ・テクニック・反復は様式である。反復=様式。・リフレーンは、繰り返す。前の作家のいったことを自分もそれを繰り返している。・京伝は、場当たり的であるが、馬琴は違う。・竹取物語から優曇華になったものを馬琴が違うものにした。・八犬伝では、優曇華のおろちが、化け猫の目が光る。別のところでおろちをつかう。・仇打ちが当時の流行であった。そしてお家再興の話。・構成・・・蟒蛇が人を襲う(優曇華) 化け猫が人を襲う(八犬伝)・因果・・・目の病。・八犬伝には、8つの水晶につながっていくだけの構想力がある。・京伝は、腹の子を暴いて晒すというグロテスクの特徴がある。それをあえてやる。挿入画までつけるという方針まであった。大学図書館にその本がある。・「八犬伝」の社会への影響は大きかった。現代でもその片鱗がみられる。これは単純には考えるべきではない。・虞美人草の「藤尾」の魅力は、現在の女子大生にも共鳴する人が多いことがある。悪女の魅力。・水戸黄門の印籠の意味はどこにあるのか。あれは勧善懲悪か。 権力を笠に着ている。様式化することで図式を超える。・その心地よさはどこから来るのだろうか。それを誰よりも馬琴は知っていた。・鴎外は、矛盾の人である。・終わりは始まりであり、終わりはない。 ・だれかのおわりはだれかのはじまりであり、おわりのないものがたりはつづく。
2017.11.22
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マラソンを続けると苦しくなるが、その苦しみを突抜けると、脳から脳内ホルモンであるエンドルフィンが出て、快感に近い感覚が生じるという。最近の研究では、「苦悩」でさえ脳内モルヒネの分泌を促進させるのではないかと考えられる。或る意味「辛いこと」も嗜癖化する。自責的志向の人間は、或いは周囲からの慰めを求めているかも知れない。自分を責める姿は、周囲から好意的に見られ傾向がないだろうか。必要以上に自責的な傾向には、もっと懐疑的であっても良いかも知れない。案外強かな計算があることが想像されるからだ。例えば神への懺悔も形骸化すれば空虚だ。 人間に関する心理学も新たな展開をみせつつある。
2017.11.22
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民族の大移動から始まるヨーロッパの歴史は、複雑怪奇なようだ。英国でさえ、その実態は、結合と分裂と連合があり、そして紛争は、 潜行しているだけだろう。いつ吹き出すか分からないマグマが内在している。今日は、北アイルランド紛争を映画や文学からみたレクチャーであった。どうも私たちが世界史というものを、遠い国のこととして、無関心に学んでいたようだ。 ・日本史を、なにか欧米に比べてマイナーな歴史のように思ってきたが、それこそ北アイルランド紛争も屈折した民族の精神が歪に存在している敗北の足跡なのだろう。カトリックへの弾圧は独立さえ許されてはいない。日本とあまり国土の違いのない英国で、アイルランドとスコットランドとイングランドが権力闘争を繰り返してきた。 ・へ2・・・パリの同時多発テロでオランド大統領は、「これはテロではなく、戦争だ」と宣言したが、9.11の時も同じフレーズを聴いたが、テロと戦争の概念を、曖昧にしている。戦争は政府がするものであり、国民や国家ではない。政府が国家の名においてするまでだ。国民の支持がなければならないが、メディアやその他のアジテーターの言動に煽られ煽動されて始まるのが常である。北アイルランド紛争は、治安維持に警察ではなく、軍隊を出動させて「血の日曜日事件」の惨劇が起きている。軍隊は武器を使いたがるのがどこも同じだ。そのためのシビリアンコントロールであるが、日本は甘い。
2017.11.22
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宗教をもつことは神との対話をもつことであり、その意味では自分の行為を常に客観的に思考する基本ができているのだろう。無宗教にはそれがないが、それに代わる対話があるかどうかでもあり、その相手がいるかでもある。謂わば弁証法的なものがあるかだ。論理を得るためには知識が要る。そのために教養を磨く必要がある。それまでの教育が問題でもある。社会で起きている諸々の状況を客観的にみるだけの洞察力がいるし、広い視野も必要になる。それが教育の意味でもある。 ・「若者たちの言語力が低下している」との話題がNHKのクローズアップ現代であっていたことがある。労働戦士を造るために大量生産の促成栽培のような教育をしておきながら「今更何だ」と言いたくなる。ろくな教育もしていないで、成人したらまともな仕事をしろと言われてきた。親の時代がそんな中途半端な教育をされて、その子どもたちが言語力がないというのも当然の結果でもあろう。 ・へ2・・・物事は原因と結果の因果律がある。言語力の低下は、文化の低下でもある。日本社会の文化が低迷していることの一現象に外ならない。対話のない人間には、スキルとしての論理が低下する。与えられたものを食べるだけでは食材がなにかさえ知らないのではないだろうか。漱石でさえ、東京で育ったために、稲と米がどう繋がるか分からなかったらしい。そんなことでは、農家のことを知らない筈である。どこか半端な人間になってしまうのではなかろうか。我儘な人間が、自滅していくだけだ。
2017.11.22
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クスコ郊外日頃はその寂しさを忘れている。どんな寂しさかはその人でしか分からないが、誰もそのすべてを引き受けることはできない。そして、自分を過信しないことだ。まだ試してもいない現実を侮ってはならない。そのために死ぬかも知れない。それでも死はタブーではない。それを隠そうとして躍起になっているのは悪意があるからだろう。身の回りのものが死んで行き、やがて自分の番がくる。それは諦めることではない。それは「明日」のようなものだろう。誰も明日が来ることを止められない。 ・「時代が変わる」と言い続けてきたが、何も変わらない自分がいる。その時代にすぐ馴染んでしまうからだろう。そして、新しさが、すぐに古くなり、また「時代が変わる」というものが出てくる。新陳代謝のようなもんだろう。それは間違っていない。時には減数分裂もある。いつまでも新鮮ではいられない。そこに価値を求めてはならない。残ろうとするからだろう。「輪廻転生」を断ち切ることが「悟り」だと仏陀はいう。判らないことをいうべきではない。目論見でものを言っているものは必ず破綻するだろう。 ・へ2・・・いっていることとしていることが矛盾しがちなのは理由がある。意識と無意識の世界があり、現実が目まぐるしく変化しているから起きる。孤独な脳は、他と繋がらないから起きる。寂しさはどこから来るのだろうか、それはネットのない星間宇宙のドットのようでもある。
2017.11.22
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パリ まず、自分に気付くこと。自分の興味、目標、計画、夢をこれからの人生 に持ち込むことだ。自分は誰であり、自分は何を望んでいるかを知ることだ ろう。病気をもっていれば其の管理と自分の生活との折り合いをつけること だ。そして大事なことは、自分の弱点を正しく認識する能力がなければなら ない。それは、適切な情報を得るために必要だ。多くの情報を知ろうと思え ば知ることができる情報社会になりつつある。其の教育は欠かせない要素で あろう。これが、私たちが、たとえ病気持ちでも優雅に人生を生きることへの アプローチになるのではなかろうか。社会的なサポートは、法整備されてはいないし 自己責任の原則と言う人権無視が大勢である。「リア王」の悲劇は、まだ繰 り返されている。
2017.11.22
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清張「黒地の絵」を読み始めたら、短編でもあり昨夜、多分初めて読んだ。つい引き込まれてしまったが、流石に清張は凄いと思った。ミステリー作家というのは、肝心なことを言わない。それだけに凄味がある。恐怖感が伝わってきた。先日の講座で紹介された作品で、何のことかと思って読んで意味がわかった。朝鮮戦争のさなかの駐留軍と日本の出来事を書いている。 ・清張の凄さは、一葉と同じ目をもっている。生くらの視点ではない。学生の時「昭和史発掘」を読んでショックを覚えたのを思い出した。ついでに「点と線」も借りてきた「傑作総集」にあるので、再読して視る気になった。暖かいと思ったら雨になっている。気温は18℃。硝子戸を開けた場所に来て、そこでブログを書いている。 ・へ2・・・「黒地の絵」とは、黒人のいれずみのことらしい。白人が多い駐留軍の中で、朝鮮戦争では黒人の戦死者が多かったらしい。前線に送られるからだという。その黒人から軽く見られレイプされる日本人は何だろうか。
2017.11.22
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人間には意識しなくとも、外界の現象を因果的に理解する傾向が生得的に備わってい るという。そして、「心的因果関係」「物的因果関係」について、二つの独立した 脳が係わるのだ。自閉症は、物的因果には全く完璧であるのに、心的因果の 理解に問題があるという。訓練を受けた臨床医は、目から心的状態を読み取 るかも知れない。「共感」という優れた形質をもつ女性は、子供の頃から、 相手の気持ちを思いやる訓練をしており、相手の顔の表情で何をしたいかを 理解してしまうだろう。個人差はあるにしても、男女の性差は、脳に由来し て面白いテーマである。それこそ、巷に溢れている占いブームが、経験豊か な女性が活躍する由縁でもあろう。これから、因果的な理解のメカニズムが 解析されて行くだろう。そして、どこに暗所があるかを究明すべきだろう。 この世の、どこにでも存在する様々な暗闇を、ひとつひとつ消して行かねば ならないだろう。
2017.11.22
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ミナレットこれからも情報の混乱は続くだろう。世界は価値観をコントロールさせることができないでいる。なぜテロは終わらないのだろうか。どちらが正義だろうか。正義の意味が逆転するかもしれない。黒白の二元論だけで物事が判断できるとは限らない。日本語では、国際社会の現状を表現できるだろうか。 ・70歳になれば、それこそ体力や能力の3分の2を喪失させているだろうか。大きな景色を見ることはできないでいる。俯瞰的展望はない。狭い窓から、こそこそと覗いているのだ。暮れなずむ夕闇の中で、立ち尽くしている。憐れなカラスでしかない。ゴミを漁るだけだ。黒い羽根をのこすだけだ。 ・へ2・・・ひとは思うように生きてはいけない。空も飛べない一生だ。イメージすることができるだけだろう。それでも物質世界ばかりではない。宇宙は、4%だけではない。自己撞着している自分は、愚か者でしかない。外は真っ暗。中途半端な時間に起きてきた。もうこれまでのようには歩くことができないようだ。昨日重い足を引きずって干潟を歩いてきた。
2017.11.22
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脳は怠け者だから、常に刺激を与えて働かせなけれならない。この指揮官は、使い熟してこそ本来のパワーを発揮できるらしい。自分にどんな才能があるのか、実は環境次第であり、その措かれた社会環境と人間の身心の状態にも関係している複雑な関係なのだ。刺激も色々ある。悪行も善行もそうしたいと思う人間の行動で決まる。 ・ひとの存在は小さい。そしてユニバースの物質の存在は一つの物質形成の形質で違うだけだ。然し、その物質は4%の存在でしかない。あと96%は暗黒物質と暗黒エネルギーに支配されている。物質以外のふるまいで運命も決まる。つまりどうしようもない厖大な力が背後にある。 ・へ2・・・つまりそれは何を私たちにすべきかを教えてもいる。21世紀で絶滅してしまう種でしかないだろうか。そしてそれは痕跡もなく宇宙では消えてくものでしかない。よしんばそれは、あと数万年続いたとしても同じでしかないが。神を創った人たちの思いが解る気がする。
2017.11.22
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カワセミ 福岡市東区人はうそつきに為りたくないが、そうはいかない社会がある。自分の思い通りにはなかなかならないし、それは自分の甘さに起因していることもある。したいと思うことができなくなるというのは自分の努力ではどうしようもないことがあるからだ。清張「西郷札」を久しぶりに読んでいる。清張の視点の鋭さは、一葉につながっている。他の作家にないというのは何故か? ・日頃、理論と実践の相違に慣れてもいる。そんなものだと思いもする。理不尽を見逃さない人たちもいるということだろう。言うべき言葉をもたないのはなにもかんがえないからだろう。それで善しとする。自分の甘えと対決している人の姿がそこにある。何も怖くないという人が、些細なことに拘り、怖がってしまう自分を見出せないのだ。 ・へ2・・・自然の中で美しいものを見たがるのも、自分の内面にある醜さを感じるからでもある。ことばの中にあるものはリアルではない。出来事は直ぐに終わってしまう。故郷も両親も友人たちも、あるのは記憶でしかない。想像力をもたなければ、自分の幸福を見付けるのは容易ではない。
2017.11.22
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<作品> 「盈虚」、「牛人」・古俗。・「盈虚」(えいきょ)は、栄枯盛衰の「盛衰」の意味。・昭和17年7月に発表。「或る古代人の半生」を改題した。・「盈虚」太子カイガイ。「牛人」叔孫豹。・作家は、暗過ぎる作品を何故多く書いているか。・レジュメあり。・佐々木充。「古俗」篇。「超越者の貌」直訳・竹内輝夫「春秋」。 さて、孔?は荘公(大子)を立てた。荘公は今までの政治のしかたをこのまず(大臣たちを)残らず追い払おうとし手始めには「私は外国で苦い目にあったものだ。あなたもその味をなめて来たまえ」。・「弟子」子路の末路にもある。「盈虚」は同時期に書いたか?・「古譚」「古俗」6編。何故分けたのか。・物語と半生は違う。・人物像。「かいがい」という人物。かいがいの一代記。優柔不断な人間の一生。高見から視れば、たいしたことはない。平凡な見方。どうして書いたか?名前は残らない。取るに足りない。・栄枯盛衰。・「牛人」は、違う。世界の悪のシンボル。牛人論の評価が高い。・豚のかお(原典では)が消されている。愛嬌という表現もない。原典を超えたフィクションがある。悪の権化。・三島。「橋づくし」の読解。田中みよこ・・・色の黒い娘。三人の芸者の願いが全部叶わないとよいと想っている。・眼が潰れる。輪廻転生がひっくりかえる。・三島は生きている人間は解らないと思っている。「牛人」につながっている。・「八犬伝」。・三島好みの作品。梶井。「れもん」。・丸善・・・外国品を当時は扱っていた西洋のシンボル。・調和を吹き飛ばす。静的・・・動的。ポーの天邪鬼。・スタティク。・れもん・・・現代的。・実力行使。やってしまったことの説明がつかない。・惨劇を待っている。世界の悪を書きたい。三島のテーマ。・漱石にも悪がある。性悪説。「こころ」荀子。・避けようがないこと。・教科書の載るのは限定的な内容の小説になる。不道徳なものは載せない。・「古俗」 「盈虚」・父と子。・漱石、直哉、中島の幼児体験は異常。波乱の人生。・多数の人の話。広い題材。複数の人格。・空費された己の過去。・闘鶏を大事にするシンボル的。・復讐される。・赤銅色に濁った月。「牛人」にもある夢。・老子玄のまた玄。 玄は黒。・真黒な原始の混沌に根を生やした。・へりくだった怖れに近い。に通じている。・三蔵法師・・・宇宙論。沙悟浄の悲しみ。・中島の「わが西遊記」の沙悟浄は、作者に近いのではないか。・テーマは繋がる。黒は、原典も黒。玄の玄なるもの。これが禅は「無」である。
2017.11.22
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和白干潟の近くにハクセキレイがいて、毎回私に会いくるようだ。それこそ、心の萎えてくるような国会中継がされている。どれだけの公務員たちが仕事をしているのだろうか。国費は浪費されていないだろうか。財政赤字は膨張を続けている。何のための衆院選だったのか、国民のためになっているだろうか。私は、10年後生きているだろうか。自信はない。 ・明日から、どんなツアーになるか、わからないが、モロッコツアーに出掛けようとしている。なぜこんなブログを書いているのだろうか。一寸したアクシデントでもあれば、行けなくなるだろうし、目的地で、ギブアップでしかねない。行ってよかったと後で思えるのだろうか。これまでなんとかしてきたが、これからどうかわからない。いつも生甲斐などないのだ。 ・へ2・・・優秀な人材がいる。そのひとたちにチャンスはあるだろうか。人権は尊重されているだろうか。法学士だが、何の価値もない。尋ねられることもなかった。私の意見を聴きたい他人はいなかったのだ。不思議な社会で生きてきた。人格完成も、達成感もない。ただ明日何をするか、それだけでしかない。幸福だろうか。自分に聴いてみたい。
2017.11.22
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日々は反省の連続だが、それも過ぎると敗北感になる。ダメージになって厭気もさす。もっと歯を大切にすべきだったと思ってもあとの祭りだ。自分の歯が一本でも残っていることが、如何に大事であるか、今頃知っても遅い。病気になるのは生活習慣から来ると聴いても、認識が甘かった。人生も日暮れて知る人の世の短さでもある。 ・おそらく友人たちも同じ運命を辿っているに違いない。聴かなくても解る。完璧な人はいないから、それは似て様なものではあるが、寿命の差はそうして形成されるのだろう。無知と貧困は、いつも私たちの身近な敵でもある。他人との競争に目を奪われて、自分のすべき自分の命を守ることを疎かにしていた。自分の命を軽く視ることを伝統のように感じていた。誰から教わっていた訳ではないが、それが文化だったのではないだろうか。身分社会の遺伝子がある。 ・へ2・・・言行一致と言いながら、言行不一致だったところがある。悪しき伝統はある。今更足掻いてもどうしようもないことをしているのだろう。それでも遣らなくて終わるより遣って憤死する方がいいと思う。そうおもっている。ウオーキングを毎日2万歩というとみんな驚くが、それは、できないことではない。そしていつまで続けられるか、これも自分で試している。
2017.11.22
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ロシアの上空私たちは身体をもち、巨大な複雑系としての生命圏のひとつであり、生物進化から見れば、そこには必ず非連続が存在している。もしかしたら人間が自らに課してきたすべての制約から解放されるだけの力を手にいれ、大いなる非連続へと向かっており、あの秋空をめざして人間の再生を夢みながら、ゆっくりと上昇しているかもしれない。必ずしもスマートではない現実が、社会にも個人にも存在している。諸々の非連続性がある。断絶もある。生きる目的を見失えば、絶望するしかないかも知れない。そうならないようにどれだけ自己の内面にエネルギーを蓄えているかだろう。消耗するだけでは枯渇してしまうだろう。誰かの木偶人形でしかなのかも知れない自分を取り戻さねばならない。見せかけの社会にどれだけ真剣で生きていけるだろうか。それが問題だ。
2017.11.22
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日本は、古代より仏教、儒教の影響を受けつつ、また明治以後は西洋文明の影響をも受け入れ自らそれら普遍的世界の一部として自己を規定することもなかったということだ。しかも他の非軸文明と異なり、いち早く近代化を成し遂げたといえる。この逆説をどのように説明するかというテーマに取り組んでいる。(アイゼンシュタット「日本比較文明論的考察」) 愈々怒涛の論戦が始まらねばならない。如何にそこに日本人が参戦できるのだろうか。福岡の高校でフランス語を第二語学の授業があるのは一校だという報道がされていた。お寒い限りだろう。この時代に、英語だけをやればいいという時代ではない。他国を知るのは言語を知ることから始めねばならないだろう。多様な時代に見合うものでなければ役に立たないのではないか。 ・へ2・・・日本は、他国と比べて何が遅れており、何をすべきだろうか。それを知り取り組まねばならないだろう。冷静な目で世界の研究者が日本の歴史を裸にしようとしている。他人からいわれて動くようではダメだろう。自主性を持たねばならない。いうまでもないことだろう。 明日から、阪急交通社でモロッコツアーをして来ます。12年前から同社を利用している。これまで楽しいツアーをしてきたのは、それが短い旅でもあったからだろう。見るだけの旅でもあるが、やはりそこにあるものは世界の神秘でもある。自分以外の他人の世界でもある。マクロからミクロまでミラクルがあるのだ。
2017.11.22
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思えば毎日がかけがえのない一日でもある。大学の講座とか、ウオーキングとか、いまの自分を励ましてくれるものがあるのは有難いことである。いつ終わるか分からないことばかりであるが、できることを続けていきたい。段々遣ることが少なくなっていくのだろう。年寄りの冷や水に為らないようにしたい。 ・いまだからできることは、好いことも悪いこともある。他人に迷惑をかけないようにしたいが、どこまでできるだろうか。 透明人間はいない。最近は、一番ウオーキングには気持ちのいいシーズンでもあるのだろう。そのことを忘れている。 ・へ2・・・一日2万歩も厳しい。すべてを熟すことはだんだん難しくなっている。一つ一つやるしかない。それこそ八方美人というわけにはいかない。せめてウオーキングくらい10年くらいは続けたいができるだろうか。できないと思えばなにもできない。1月に、パッケージツアーを予定しているが、フランスが非常事態宣言が出たし、行けるかどうかわからないが、それで諦めてしまうのも気が早いだろう。果報は寝て待て。「ニュートン」の「地球と生命」の特集号でも読んで一日を過ごしたい。
2017.11.22
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グランドキャニオン 個体発生を研究するのに二つのアプローチがある。全体を動的なものとみなす方法である。そして、局地的、還元主義的に情報や制御といった視点にたつ方法である。科学的な問題は証拠によって判断されるべきであり、思想的な偏見で判断されるべきではないが、問題は見かけほど単純ではないだろう。何故なら、そうは大抵ならないからだ。たとえそれが科学の問題だとしてもそうだから、その他の場合であれば尚更である。問題解決が難しいのは、一つには、世の中がどうなっているかで決まるからだ。現代であれば経済の原理が優先するだろう。更に言えば、その問題の解決方法がいくつかある場合には、そのアプローチは無数ではないが有限にはあるだろう。ひとは、美しくも浅ましくもありうる存在だろう。あるひとにとって美しい存在でも他のひとには醜悪であるかも知れない。どうもいつも見慣れたものを美しいと思うのは動物の習性らしい。「ジキルとハイド」はひとに付き纏うものかも知れない。
2017.11.22
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新日本紀行のアーカイブが放送されているのを見ている。昭和40年ころ放送されたものだ。川辺川ダムの建設予定で、住居移転を迫られて、人口が3分の1に減った。未だに紛争が続いている。中止されるとすれば、これまた何のための計画か分からなくなる。「五木の子守唄」が紹介されている。貧しい暮らしの中で子どもたちが子守に出された。もうそういう生 新日本紀行のアーカイブが放送されているのを見ている。昭和40年ころ放送されたものだ。川辺川ダムの建設予定で、住居移転を迫られて、人口が3分の1に減った。未だに紛争が続いている。中止されるとすれば、これまた何のための計画か分からなくなる。「五木の子守唄」が紹介されている。貧しい暮らしの中で子どもたちが子守に出された。もうそういう生き方を知る人も少なくなったが、子守唄は残っている。それを継承している人たちがいる。聴いていて何とももの哀しい子守唄であるが、どこか懐かしい響きもある。 ・民謡の良さは、素朴な気持ちを表現しているからだろう。体験しなければわからない気持ちもあるに違いないが、伝わる心もある。祖母がよく唄っていた。どんな気持ちで唄ったのだろうか。子供心に何か切なさを感じたものだ。800年前の平家の落人たちが五木村を造った。明治になって初めて人が住んで切ることが確認された村である。辺境の地に貧しい暮らしをして生き延びた人たちである。 ・へ2・・・その五木村の人びとを「川辺川ダム建設」が大津波になって襲い、暮らしを崩壊させてしまった。またも時代の非情が村人の心を痛めつけた。五木村には亡き父の希望で何度かドライブで行ったことがある。狭い山道から、崖下に何台も車が落ちたままになっていた。ハラハラしながら運転したのを思い出す。「五木の子守唄」を忘れないでいたいものだ。 き方を知る人も少なくなったが、子守唄は残っている。それを継承している人たちがいる。聴いていて何とももの哀しい子守唄であるが、どこか懐かしい響きもある。 ・民謡の良さは、素朴な気持ちを表現しているからだろう。体験しなければわからない気持ちもあるに違いないが、伝わる心もある。祖母がよく唄っていた。どんな気持ちで唄ったのだろうか。子供心に何か切なさを感じたものだ。800年前の平家の落人たちが五木村を造った。明治になって初めて人が住んで切ることが確認された村である。辺境の地に貧しい暮らしをして生き延びた人たちである。 ・へ2・・・その五木村の人びとを「川辺川ダム建設」が大津波になって襲い、暮らしを崩壊させてしまった。またも時代の非情が村人の心を痛めつけた。五木村には亡き父の希望で何度かドライブで行ったことがある。狭い山道から、崖下に何台も車が落ちたままになっていた。ハラハラしながら運転したのを思い出す。「五木の子守唄」を忘れないでいたいものだ。
2017.11.22
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寒いがいつもの朝である。今日は、まだ寝ていない。眠くないから起きていたが、明日は出掛けるので、体調を整えておかなければならない。重いツアーケースを運ぶのも一苦労である。伊丹から関空まで運ぶのもある。どうやら福岡から行くのは私たちだけらしい。だんだん移動が面倒に思えるのは年齢から来ている。 ・何とかなると思っていたが、それができなくなりつつある。日馬富士の傷害事件が話題になっているが、酷い話だ。横綱が理由が何であれ相手が誰であっても土俵以外ですべきことではない。大相撲は、もはや国技ではない。祭り上げているだけだろう。常識とかけ離れたことが行われてはいないだろうか。ゲームや腕力で金がとれる時代でもない。 ・へ2・・・芸能やスポーツで高額な収入があるというのも社会の公正さを歪めている。議員が尊敬される社会にしてほしいものだ。名誉や収入のために議員になってはいないだろうか。安倍首相は、長期政権でいい仕事をすることはないだろう。能力のある人がなってこそだ。世界は沈みつつあるのではないだろうか。
2017.11.22
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環境要因(光・温度・湿度・酸素量)などの外部環境を認識し、内部環境を調整するというシステムができあがっているから、私たちは安心して生きていられる。外部環境が大きく変わっても、体の内部環境をできるだけ小さな変動の幅に収めて、安定させようとする機能を人間の体も持っていなければならない。ひとつが体温調節などの代謝ホルモンだろう。そして環境ホルモンという問題が深刻化してきている。 ・そのメカニズムが明らかにされてきている。フロチャートで説明されるようになり素人でも解りやすくなり、一部は理解もされるようになってきたと思う。つまり翻訳されるようになったのだろう。ただしシラバスでしかない。下手な誤訳を読んで理解したと思ってはならないのだろう。明治以後外国の事情紹介が、誤訳を信じて誤解だらけであったことを思えばいい。少なくとも化学反応についての解析のそれはへたな通訳の誤訳だらけの話ばかりなのだろう。優れた通訳がいるのだ。それこそ、政治家は科学音痴ばかりだろう。そのひとたちや一般市民にも分かり易い言葉で、科学的真実を説いていかなければならない。それは重要な課題でもあるだろう。それは隘路になる。 ・へ2・・・レイチェル・カーソンは、大量に散布される農薬の野生動物への影響を訴えた学者。(1962「沈黙の春」)。それとシーア・コルボーンの「奪われし未来」(1996)。化学物質が動物の体内でエストロゲン様作用により生殖機能障害をもたらしている?。ワニのオスのメス化した例が話題になった。外因性内分泌かく乱物質が介在するがそれが工業用洗剤の中に包含しているオクチルフェノールと呼ばれるもので、魚類で精巣卵ができたという機序らしい。人への影響については確認されていない。
2017.11.22
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今年もクロツラヘラサギの姿が見られるが、いま10羽前後のようだ。20羽近くいたことがあったが、すぐに越冬地に向かったのだろう。絶滅危惧種が、時々見かけることもあるが、和白干潟は、段々数が減っている。砂地が泥濘化している。人工島ができた影響は小さくはない。博多は、港湾を埋め立ててできた都市でもある。 ・できれば気分よくツアーをしたいが、ながい旅をしなければ目的地には就けない。座っているだけだが、疲れてしまうのは年齢もある。この前のシドニーや、ドバイの時は、それほど感じなかったが、EUやペルーの時は堪えた。まあ。10時間が限界だろう。今度は、11時間10分とすぐ8時間がある。 ・へ2・・・高齢者になって忍耐強くなったことはあるが、あとのダメージを考えると、あまり無理もできない。動くことが苦痛なるのは、辛い。肺呼吸だってそのうち苦しくなるのではないだろうか。なぜ絶滅危惧種があるかと言えば、環境が悪くなっているのだろう。原因は色々ある。世界地図を頭に浮かべながらジェット機に乗っていると、夢のようだ。
2017.11.22
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科学は、有限である。まだ手の届かない領域も多いが、証明できないからと言ってそれが将来も証明で きないとは言えない。生命が有限だと認識することは、観念論に対する決別となるだろうし、アンシャン・ レジュームとの闘いを意味する。それは、私たちが生命を有限と認知しても「魔法の手」を手に入れたこ とではないのだ。現実の世界は、哲学や宗教で生きつづけるひともいるし、それを指示するひとも多い。 永遠の愛に憧れるひとのこころをどう理解すれば良いだろうか。これも仕組まれたワナなのか。まだ、私た ちは、プロセスの中に居る。然し、もう妥協はしても、科学的認識を捨てることはできないだろう。 世界は無駄な回り道をしているのだろうか。それと判っていてもできないことは確かにあるだろう。 然し、何時か過去と決別の時は必ず来るのだ。今死にたくないから薬を飲んで延命をはかるのが 医学としたら未来はないし、そんな医学は医学ではない。有限の限界が問われる。 もう2時になってしまったが、昨日昼間歩いたら、あまり気分がすぐれなかったので、ツアーが鳥渡心配になった。杞憂で終わればいいが、いつか後悔することもあるだろう。健康管理も段々怪しくなる。毎日ウオーキングをしたいたころと同じではない。自分が思っているよりはるかに体力も落ちているのではないだろうか。要するに老いぼれたのだろう。今だから行けるツアーでもある。それだけ感動もあるに違いない。
2017.11.22
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寝ることと食べることが脳を最大限に引き出す重要なポイントである。「サーカディアンリズム」と呼ばれる生体時計からの命令でリズムを刻んでいるそうだ。最低体温で目覚め、最高体温に達すると眠くなる。長年の習慣で生体時計のベースは昼間起きていて、夜寝るようにできている。いちばん目が覚めているのは午前10時から12時までくらいで、14時くらいには眠くもなる。交通事故等もこの時間帯に多いようだ。メラトニンは、覚醒14~16時間後に出てくるホルモンで睡眠に関連しており、抗酸化作用、リズム調整作用、性的成熟の抑制作用がある。老化を防ぐこと、抗がん作用あるとされ、眠気をもたらすはたらきがある。 ・高齢者で日中の受光量が増えると、夜間のメラトニン分泌が増えて、睡眠の質が改善したという研究があるようだ。メラトニンは目覚めて、14~16時間後に暗くならないと出てこないので、夜になっても明るくしておくと、すとんと分泌量が減るのだという。(文春5月号神山潤著「国民よ、脳のためにもっと眠れ」より)朝の光も重要な意味をもっている。朝の光の中にセロトニンのはたらきを高める作用があり、精神を安定させるという。セロトニンは、こころを穏やかにする神経伝達物質でもある。 ・へ2・・・夜遅くまで起きていることや、朝の光を浴びないことが、健康に良くないことくらいは一般的な常識だろうが、それが脳にどれだけの影響があり、やがてホルモンにダメージを与えて、それが<がん>を発症させるスイッチを入れることにもなる。どうしても、そういう生活をしなけれならない人がいるかも知れないが、これにも対抗策はあるに違いない。どうしたら、よりよい環境をつくれるのか、その努力を最低限はすべきなのだろう。自業自得では始まらないのではないだろうか、そう自戒を込めておもっている。明日は、午後から自宅を出て、いくつか乗り継いで、関空まで行かなければならない。そして深夜の便で、関空からドバイなので、翌日の早朝に到着して、トランジットで、また地中海の上を飛んで、カサブランカにはお昼頃到着する。そのままCasablanca観光をする。観光後ラバトへ。約90キロあり、そこで宿泊する。今度も長いバスツアーになりそうだ。
2017.11.22
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ジョウビタキ 追い込まれてから、考えるのは、日頃考えていないからだ。日和見でやっているのではないだろうか。野田内閣も追い込まれて解散総選挙でハ勝つ見込みはない。それでもやらなければならない状況になっているのではないか。嘘つきと言われかねないからだ。そういうことになるようなことをし、いうからに他ならない。 ・強かさが欠けているのは外交もある。それは能力でもあろう。選択肢がなくなるようなことをするからそうなる。喧嘩している相手から付け込まれるようでは、土台能力が無いし勝てない。レベルの違う国際社会がある。束になっても勝てない政治家たちを、ここまで甘やかしたのは国民の責任でもある。なぜか、社会が真実を隠して行われ、それを質さないからだ。 ・へ2・・・追い込まれた人間がすることは破滅でしかない。集団も個人でも、他の動物だって、追い込まれて自滅もする。急激な温度の差には反応しても、じわりと熱くなるお湯の中では死んでしまう魚がいる。状況を正しく判断することは難しい。いつもあとのまつりではまともには生き伸びれないのだ。自分のペースで生きていくしかない。勿論自由でなければならないが、社会情勢もある。自分の属している社会環境もある。全てが恵まれているわけではない。然し、自分の時間のない人はいないだろう。おいこまれないようにいきていくことがちえでもある。
2017.11.22
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目的地までの時間というのは、地球がまだ広いのだから仕方がない。福岡から、伊丹~関空。関空からドバイ(11時間10分)。ドバイ~カサブランカ(7時間50分)。エコノミークラス症候群に注意しなければならない。
2017.11.22
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ひとときは夢のように過ぎてしまう。誰にも止められない時間が、箭のように飛んでいく。穏やかであることが、そうあったわけでもないのだろう。好いことも悪いこと夢だ。今がいいと思えばそれは幸福にも思えてくる。これから何があるか解らないが、家族で暮らしていることの有難さはある。したくてもそうできなかった時もあったからだ。 ・へ・・・若い時は、自分が老いてしまうことなど考えなかったし、それは仕方がない。そんな心配をしても意味がない。その時、何ができるかでしかない。いいことと悪いこともその人の気持ちも持ち方でもある。無理をしても意味がない。自分の準拠枠の中で何をするかだろう。父母は親との縁の薄かったので、私にはそうさせたくなかったらしい。それで名前を占って付けたらしい。それは私と父母とではなく、子どもたちとだったのだろうか。まあどうでもいいような講座なのだろう。それでも真面目に聴いてもいる。何故だろうか。なにがあるかわからないところに人生の妙味があり、発見もあるのではないだろうか。思いがけないことが、私のこれまでの人生の中でもなかったわけではない。それは突然だった気がする。予想は当てにならない。犬も歩けば棒に当たるというが、好いことも悪いこともある。初恋の人を探しますという探偵が逮捕されたと報じている。無茶苦茶して他人のことを調べたようだ。これも困るが確かにふとそういう気持ちが起きるのはありがちだろうし、ひとの弱みに付け込む商売でもある。 2014から、グランドサークル~インド~ペルー~カンボジア~ドイツ・スイス・フランス~シドニー~ドバイ・アブダビ。今度は、モロッコのツアーを明日からして来る。
2017.11.22
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講師田吹長彦氏は、バイロンの研究家「ヨーロッパ夢紀行」第一巻-詩人バイロンの旅-を刊行されている。「詩人バイロンとナポレオン」というタイトルだったが、バイロンは、21歳の時に、貴族子弟が当時流行りの grande tour をして書いた長編詩"Childe Harold's Pilgrimage. Canto I-II"(1812)が爆発的に売れた時、 先に出したフレーズが、 "I awoke one morning and found myself famous."今回は「戦争と文学」というテーマにそって、バイロンの2回目の旅で、1816年に書いた同上のIIIの長編詩の詳細な解説をされた。バイロンは戦いの一年後の生々しい戦場に立って、ナポレオンのワーテルローの決戦について触れている。バイロンは幼い頃は、ナポレオンを崇拝していたが、皇帝になってからは嫌悪感を示すようになる。詩文の中にそのことが織り込まれている。バイロンという詩人の "「幸福」は夢ではないと思いたいのだ"。というフレーズは重い。バイロン(1788-1824)は、イニシャルをN.B. と書き、もう一人のN.B. であるナポレオン(1769-1821)がいる。何故、バイロンがG.B.ではなく、N.B.なのか?知っている人は知っている。詩人は、36歳、英雄は、52歳で死んだ。ワーテルローの戦いの一年後(1816.5.4)の戦場に、バイロンは立ち詩篇を残した。素晴らしい講演だったが、講師は昨年女子大に来られたバイロンの研究者でもある教授であった。 ・それこそ丸善から本も出版されている研究の成果がある内容なので、内容が濃い訳である。詩編の一部の翻訳を読みながら解説された。あのバイロンの詩編の溢れる感動の根源には、彼のヨーロッパ大陸の二回の grand tour にあったのではないか、と思えてきた。そしてバイロンは、ギリシャで他界した。21歳の時、一回目の旅をしている。そこに見えるのは、当時でも広い視野を求めてヨーロッパを遊学できた文化の高さだろう。
2017.11.21
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これまでの発見は地上にあるものの中から生まれてきた。夢も自分の知っているものからである。自分が何ものかであるかは自分で決めてもいる。社会的動物だとしても、個人としては、社会的ステータスは一生の中の一部でしかない。そして最後に残るのは、自然人としての自分の存在だろう。公私ともに生涯現役の人もいるかもしれないが例外でしかない。人はみな平等であるが、自分の人生に目標をイメージし、その一生の中で普遍的価値を見出せるかだろう。 ・人のからだは同じ法則で化学反応によって、生命を維持しており、遺伝子の設計図に従って活動している。勿論環境による影響もある。どんなDNAを自分はもっているのか殆どの人が知らない。そこまで科学は進化していないからだ。「知らず識らずの裡」にことは進んでいく。知らぬが仏だ。確かに成り行き任せの自分の人生でもある。意識下で何か起きているか大半は知らない儘だ。 ・へ・・・それこそ小心な自分がいる。大自然の中に活きている昆虫と変わりはしない。ミクロとマクロの世界の中とはいえ、果てしもないスペースを奇跡のように生きている。価値があろうとするほど虚しくもある。それ程の存在でもない。それこそ種としてのヒトが束になっても、宇宙を語るだけのメジャーを持ってはいない。それでも、脳の俗説の何かにしがみ付きたくはない。複雑系として、その想像力の限界まで努力したい。
2017.11.21
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「韓国を知る」2回目「IT企業の戦略」サムスン電子の成功の事例について、同社に勤めた経験のある技術者で、東大で博士を取得した講師の話だった。流暢な日本語で、実務経験があるだけに話の内容に迫力があったようだ。 ・なぜサムスンは、ここまで利益を上げているのか。その一つは、インジェ論(人材のこと) 人災、人在、人才、人材、人財の五段階評価が、かなり厳格にされる。 人災は、去れ。ただいるだけの社員は、なにか才能を示すように社会教育されるという。講師は、6,000万円の年収があった時があったそうだ。24億円の人もいるとか。完全な選良主義でもある。 それから、PS(Profit Sharing)。それこそ麻薬の様に癖になる。社員教育のために、高額の教育費をつぎこんでいる。 Jプロジェクトとは、日本の技術をコピーし、アイデアを追い越すということ。 根本には、カネが一番ということらしい。そのために、半導体とか、経営革新と、集中と選択をドラスティックにやるらしい。企業保安(セキキュリティ)のために、読心術までして導入している。 韓国の地形は固い地盤で地震が少ないと聴いていたが、その中でも半導体の工場として最適な地域に工場をつくり都市を形成しているらしい。 それこそ沖縄の米軍駐留地のように、何でもありの写真優遇をしている。それこそ写真はエリート集団ということらしい。社内競争を激しいものだという。現在の日本にはないものがあるからだろう。 成功ゆえに没落するの法則はどうだろうか。
2017.11.21
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狭い視界の中で暮らしているので、広い世界に憧れている。子供のころは阿蘇を見て感激したものだ。それから、これまで何度か広い世界を見てきたが、やはり普段は島国しか知らない。独りにとってそれはそれなりに複雑で整理できないエリアではあるが、井底の蛙でしかない。山を登る体力もないし、海も泳げない。 ・何度か海外ツアーをしたが、すぐに家が恋しくなった。家にいるときは、外を見たくなり、どうもアイロニカルな性格だ。それは皆同じかもしれない。自分が不幸だと思うときは、惨めさに苛まれるが、あとでそれほど不幸ではなかったと気づくらしい。友達もいないほうがいいのかもしれない。孤独の方が気楽でもある。 ・へ2・・・他人を信用するから、裏切られたと感じるのだろう。自分は他人と同じではないのだから、孤独は自然の成り行きでしかない。できるだけ他人と仲良くすることでしかない。ツアーが近づくとソワソワしてくる。したいことがどこまでできるか、行ってみないと分かりはしない。
2017.11.21
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誰が正しいかではない。それぞれが生きる権利があり、義務がある。たとえ犯罪者でも、唾棄すべき人間でも生命は尊重されるべきだし、たとえ敵でも殺すべきではない。自分の信じる教典が何であろうと日本人は、日本国憲法の下に在る。いつも正しい情報を発している訳ではない。戦前の陸軍部発表は正しい情報を流していなかったしNHKもメディアもそれは、戦前も戦後も常に正しい情報ではない。文部科学大臣が、自殺予告した少年に対してみせた配慮が、すべての少年たちに向けられた配慮でも、メッセージでもない。勿論、その時々で最大限の努力をしたというだろうが、真実ではない。それは、日本だけではない。アメリカのメディアも同じだ。9.11以後の反テロキャンペーンを張り、イラク戦争への侵略を支持した。政府のみの日和見主義ではない。大衆ももっと日和見なのだ。判断をしようとしないのは、明日が見えないからであり、見えなくしているものがあるからだろう。それは、時々正しいからだろう。然し、いつも正しい訳ではない。パーフェクトがないだけだ。思えば、私自身も矛盾の塊だ。時々まともになるが、普段は到底まともではない。正しい情報も、いつも正しいとは言えない。その時々で毒にも薬にでも変化するだろう。然し事実は、客観的事実は、尊重されるべきだ。それを捻じ曲げるようでは最早この社会に信じるものはなくなってしまう。 誰が幸福を独り占めしたかではない。自分のことを後回しに出来た人が偉大なのだろう。そして自分らしく生きた人だ。これからどんな世界になっていくのかわからないのであり、未来に相応しい形質を持つのはどんな人なのだろうか。何れにしても多様性を広く残してこそ出もある。
2017.11.21
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ヒトもまた進化の途上にある。ゲノムの解読がされ、塩基配列がわかれば、生命の誕生以来のDNAの たどってきた経過がわかるようになると言われる。「バイオインフォーマティクス」という新しい分野だ。 それは、個とは何かと言うDNAレベルの解析が可能になる。人類は他の動物とは、混じりあうことのでき ない大きな遺伝子プールをもっており、進化のためには多様性のある遺伝子プールにしておく必要があ る。然し、一定の頻度で突然変異があり、血友病の人が10万人に1人の確率で生まれる。それは、誰 も6、7個の病因遺伝子を劣性遺伝子として持っており、新たな障害者は絶えることがないという。 即ち、誰の身の上にも起きる可能性があり、偶然の結果でしかないとすれば、その引き受けてくれた 障害者を守るのは人として当然のことだと言う。遺伝子プールを健全に守ることがヒトとしての種の進化 にとって非常に大事だと、専門家である柳澤桂子のことばだ。
2017.11.21
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霊に憑かれたサカ(Saka)の spirit possession は、劣位のものが優位の者に抵抗する一つのかたちで在る。初期の人類学は、キリスト教の信仰のみが唯一の宗教という視点からスタートしている。従って、キリスト教の信仰からみた辺境の異質で、理解しがたい、グロテスクな信仰だという考えである。自分たちは文明社会で、大人の合理的な宗教であるという。それに対して、その対極としての未開社会であり、子どもっぽさ、非合理的で、野蛮な信仰でしかない。それは西洋合理主義におさまらない、はみだしたものでしかない。現在に措いて、それは払拭されているかといえば、そうではないだろう。あらゆる側面で、その視座があるのであって、そのことを忘れては、その認識は一歩も先に進めない。何もこの社会は複雑でも何でもないが、見せかけの世界が横たわっている。その歴史はながい。宣教師が、世界を飛び回ったのは、この世界にどんな宗教があるかを知りたかったからだろう。そして、キリスト教が、大人だと思ったのだろう。その差別意識が消しがたく学問の世界にもある。それが西欧型の思想の限界でもある。世界を知ってしまったという考えは、異教徒への侮りに変わるだろう。サカの spirit possession に限らず、霊の命令と称して、欲しいものを手に入れようとするのはいまの時代にもかたちをかえて存在するが、キリスト教徒も宣教師以来、同じ誤りを繰り返している。
2017.11.21
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そのコンセプトは日本人のコンセンサスとして統一されたものではない。様ざま言われるが、英国も島国であり、日本とは似て非なるものだろう。漱石は、留学しながら寄宿舎に立て籠もって過ごしたらしい。コンプレックスからでもある。然し、彼が残したものは文学である。留学してのちに残したものは小さくはない。 ・常に他人を意識し、苦楽を共にすることを善として、他人の気持ちになることを当然とする。派閥を組み、目の上の人を尊敬することを好み、時には服従してまで組織の一員として行動しようとする。運命共同体の社会構造でもある。他人と違うことをすることを嫌いさえする。 ・へ2・・・誰が何をしようと、無関心で、独立自尊であるが、エゴイストではない。個人的なことで、他人より興味をもたれ、干渉されることを極端に嫌う。各々が相互に不干渉であろうとするのが個人主義でもある。一人ひとりが砂になる。その集合体が社会であろうとする。どこまで出来るか分からないが、私なりの個人主義だ。
2017.11.21
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和白干潟実はあまりわかっていないことのほうが多いのだろう。ここまで生きてきたのは、自分の力ばかりではない。特定の宗教もないが、お天道様が天にあることは知っている。手の届かないところにあるものを信じることは、簡単のようで中々できない。あっさりと諦めればいいのかもしれないが、なにかが邪魔をしている。それが自分の心なのだから仕方がないのだ。 ・戦後の72年を共に生きて人間の一人として、同時代人としての想いは同じだろう。好いことも悪いこともあったが、後悔がないのではない。反省しない人生もない。運が良かっただけではないけれど、紆余曲折した来たのは確かだ。そして2011.3.11は、日本人を落胆させた出来事である。この国の未来を楽観出来なくなっている。日本人もそれから変化した。 ・へ2・・・絶望してしまったのだろうか。無気力感にさいなまれている人間ばかり増えてしまった。まともなリーダーではない。そのことに気付いているのに何もしないしできないでいる。どうせ私たち、疎外された存在でしかない。そして枯葉のように炭素になる。
2017.11.21
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ムクドリ一人の人間の生命は、地球よりも重い。それは使われ方だろう。イルカとか、クジラの保護にについて運動をしている人たちもいる。では牛や馬は違うだろうか。多くの人が飢餓で死んでいる。ペットを可愛がる愛好家も多いが、殺処分された宮崎の家畜が数10万頭に及んでいる。人間のために殺されても、それは考えの違い、視点の違いというだけでいいのだろうか。それこそ矛盾を孕みながらこの社会は活動もしている。私たちは単純ではない。それでは生きていけないかもしれない。 ・恐らく文化を利用して行かなければ、私たちの日頃の生活は成り立ちはしない。病気にしても薬の開発で、今すぐの危機から逃れることはできている。然しそのためにコストも払っている。そのツケが何れは圧し掛かってくる。日本の財政赤字も、ツケを回されるのはいま発言権のない子どもたちだ。政治家は自分たちの痛みのないことで勝手なことを云っている。 ・へ2・・・戦争を指導したものは戦場には行かず、兵隊や市民は数100万も死んだ。テレビで放映された「99年の愛」も、移民した成功者の話でしかない。問題の本質は暈されている。あちこちに配慮した差し障りのない話でしかない。そういうことが事実を覆い隠すことにもなっている。問題のすり替えがされるからだ。それこそ高級ブランドを身に付けた人たちが国会で国民の暮らしを決める論議をしている。
2017.11.21
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人が肩を寄せ合って生きていた時代から、私たちは勝手にひとりで生きている気がする。そういうことのできる社会になったからでもあるだろう。誰の世話にならなくても何でも側にあるように見える。それは自分の思い違いなのだろうが、他人と関係なく生きているような錯覚さえ持っているひともいるだろう。だからそれが子供のころからそれがライフスタイルになれば、何も知らない人間ができてもしまう。本当に何も知らないのだ。おかしいくらいだ。笑いごとではないが、私もその一人かもしれない。呑気なのと、周囲に無関心でもあったからでもある。 ・自分のことを書くつもりではなかったが、どうも私自身もその一員でもあることに気がついた。世間のことでどこで何がおきているのか意外と知らない。博多の天神にも最近ほとんど行かなくなったし、博多駅の建て替え工事も最近の進捗状況を知らない。それよりも、常識をどれだけ習得しているだろうか、それからその問題意識を客観的に把握できていると言えるだろうか。触れたもの読んだものしか見えないとしたら、たいした知識ではない。それは一部でしかない。殆ど知らないことばかりではないだろうか。 ・へ2・・・現代社会は、ひとの評価は商品価値があるかどうかであるといわれる。価値のないものは無視される。放置され捨てられる。しかし商品価値があるというものが本当の価値があるのではない。ただ時勢の問題であるに過ぎない。利用価値でもあるだろう。そしてそれでひとびとはスポイルされるのだ。他人を利用していると思っているものが実は他人に利用されている。誰かの餌に慣れている。人は人に対して狼でしかないだろうか。言えることはひとは社会の歯車であって、いつか摩耗してしまうことだろう。風景の一部であろうとするものには、全体を見ることはできないのだろう。
2017.11.21
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ゲーテ・ハウスを見学した時、その中庭を歩いていて見つけた一枚の銀杏の葉がある。ハイデルベルクで東洋から移植された銀杏の葉を手にして、ゲーテは相愛のマリアンネに詩を書いている。 東の国からはるばると 移し植えられたこの葉には 心ある人をよろこばす ひそやかな意味がかくれています ゲーテが65歳の時、人妻マリアンネに魅せられた。そして「西東詩集」の相聞詩を残している。其のヴィレマー家のガーデン・ハウスが現存しているそうだ。ふたりが逢い引きしたハイデルベルク城の銀杏の木を探した。マリアンネはそこで、ゲーテにキスをされたと告白している。 ・バイロンもそうだが、彼らの行動範囲が広いことに驚く。そしてそれだけのスケールがあり、人間を大きくしている事もある。何でもできると言いながら何も出来ないまま、普通の人間は一生を終るに違いない。浅く知っただけで満足したりもする。知ろうとしないだけだろう。これだけ美しい自然や人間たちがいるのに。
2017.11.21
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まあ、ちょっと気が早いが、もしももないとは言えないし、そのサイコロは、吉と出るかもわからないが、いま話のネタもないので、キャッチコピーに、一生に一度は訪れたい人気の観光地として、 ・フランクフルト ー・ハイデルベルク -・ローテンブルク ー・フユッセン ー・ホーエンシュバンガウ ー・ユングフラウ ー・ジュネーブ ー・パリ ー・モンサンミッシェル ー・パリ ー帰国。 盛りだくさんのツアーだが、7日間。初めてヨーロッパに行かれる方におすすめコース。人気の観光地巡りだ。パリでは滞在税もあるらしいが、確かに予約も多いようだ。ところが、フランスは、今回の同時多発テロがあって非常事態宣言が出た。 もし、行けなくなったらショックだろうからあまり期待しないことにする。それでも、ユングフラウ登山列車鉄道は、一度行ってみたいところだったが、このまえ高山病になったので、スフィンクス展望台は無理だろう。 イチかバチかで行ってみは見たいが他の人たちに迷惑になりかねない。それでも携帯用の酸素ボンベでどうだろうか。未練がある。 ツアーはいろいろ余計なことを考えるから楽しいが、問題は、安全か?だろう。
2017.11.21
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カラスが食べていました。 長期記憶になっているものが、時々思い出される。それはある連想からが多いようだ。何か見たり読んだりしている時、ふと現実とは違うものが思い浮かんでくる。ローテンブルクに行ったのは、偶然が重なったからだろうが、若くて亡くなった同僚の女性が、ドイツ旅行をして、ローテンブルクに行き、土産にガイドブックを呉れたが、まさかその写真の中の世界に、往くとは想像もしていなかった。「是非行ったら、・・・」という彼女の言葉も、うわの空だった気がする。 ・連想が浮かぶにも個性があるようだ。そのひとだけの神経回路があるのだろう。妻と最初に逢ったのは、妻が高校を卒業していたころだった。隣に私たち家族が引っ越して来た時だ。その日、彼女は、窓から顔を出して挨拶をした。妙にその時の印象が記憶に残っている。若かったころの母の顔も覚えている。どこか切れ切れになっていく記憶があるようだ。 ・へ2・・・鮮やかに覚えている記憶も、いつか何処かへ消えていくのではないだろうか。一瞬輝いては消えていくようだ。写真というのは、そういう意味では、何かインパクトがあるのだろう。脳の許容量は、果てしない無限の世界でもある。
2017.11.21
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ジョウビタキ民族の起源が騎馬民族の日本征服にあるという江上波夫の説はユニークだ。だがそれには違和感が感じられない。 ・どこの国にもそういうことはあり得るのではないか、異民族支配が容を変えてあるに過ぎないのだろう。特異なことではない。純血などないだろう。混血が実態ではないだろうか。そういう意味では日本も騎馬民族が祖先であろうとなかろうとそれはアカデミックな議論でしかないのだ。要は大らかな包容力なのではないか。 ・どんな歴史であろうとも、私たちの思想が確りしているかだろう。人類の根源は同じであり、どれだけ軋轢を減らして共存できるかではないだろうか。そのためにも近隣諸国との歴史認識の共通項を模索することが必要なのではないか。そのための共同研究があってもいいだろうと思う。国によって世界の歴史が違うようでは困るだろう。 ・へ2・・・どこの国で教育を受けてもあまり変わらないものであって欲しいし、そうであらねばならないのではないか。本音と建前が違うような教育では、公正な評価はできないだろう。どんな歴史があろうと、国民が品格を持ちプライドがあればいいだろう。
2017.11.21
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和白干潟とクロツラヘラサギ 2017.11.21. 世にあるものは、スポットとスポットであり、無関係に見えて、実は、連関がある。寧ろ関係のないものはない。これからのテーマは「情報を生活に活かす」だ。何が「情報」で、何が「生活」で、何が「活かす」なのか、いまもコンセプトが曖昧だ。短絡的な点と点の集積でしかない。価値を見出すには、リレーする論理がなければならない。 ・世界で起きることは、そのままではバラバラのテーマで、一貫性がなく、一方的で、自慰的だ。焦点が大きすぎるか小さすぎるか、そのどちらかでもない。噛めば噛むほど吐きたくなるような。違うことばかり想起してしまう。でも現実はスポットとして、分らないでもない。おそらく私の知らないことばかり。何がリレーできるのだろうか、分るものだけが分かる。 ・へ2・・・リセットがされつつあるだろう。フロチャートもテストもないたった一度の人生を生きているのに・・・。それでも人間は誰でも、遺伝子のリレーをしている。
2017.11.21
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