全19件 (19件中 1-19件目)
1

ひとつの興味深い理解――ここで問題となっている 思想の歴史が一巡して元に戻る円環過程を描いている、 というひとつの理解がある。 これは、歴史上、そのもっとも重要な準拠点が認識論にあり、 そこから歴史をくだること約3世紀、知識社会学をめぐる重大な議論が、 マンハイムの提起した「社会学的」認識論をめぐって争われることになった、 ということである。 議論の古典的な出発点は、 デカルトの有名な認識枠組――まさに主体一客体関係、 つまり知る者と知られるものとの関係を中心とするもので、 たんに知る主体が単独でそこにあるわけではない、とする認識枠組にある。 二分法それ自体に加え、デカルトの立場においてもっとも重要な出発点は、 物理的世界に対する知識こそ決定的な哲学的問題 ――われわれの目的からいえば理論的問題――をつきつけるものである、 という彼の仮定であった。「知識社会学と思想史」 タルコット・パーソンズ 学文社
2019年08月30日
コメント(0)

そもそも支那事変も、大東亜戦争も、 日本を泥沼に陥れるための スターリンの陰険な謀略であったことは、 意外と知られていない。 敵同士(日本軍と中国国民党、および日本とアメリカ)を戦わせて、 味方(中国共産党、ソ連)が漁夫の利を得るという 「孫子(そんし)の兵法」の見事な実践であった。 この点支那事変の蒋介石も、大東亜戦争のルーズベルトも、 スターリンに操られていたのである。 一九一九年三月、創設されたコミンテルンは、 世界に向かって共産主義というイデオロギーの革命を輸出しはじめた。 この革命のためならどんなウソも殺人も許されることになり、 二十世紀を通して、世界で一億七〇〇〇万人がその犠牲となった。「破約の世界史」 清水 馨八郎 祥伝社
2019年08月29日
コメント(0)

科学は、 まずたくさんの観察や実験をもとにして帰納法で推理を行い、 それからこの推理から演繹される結論を検証する、 というやり方で成り立っているとしばしばいわれている。 しかし、 この決まりきった類型的な推論のしかたに従う 研究の例もあるにはあるが、 私は他の分野にまで影響をおよぼしたほど重要な学説のほとんどは、 このようなやり方では得られていなかったと思う。 ガリレオやニュートンは カや運動量や加速度の概念をけっして帰納法で推論したわけでないし、 アインシュタインも彼の二つの相対性理論を ちゃんとそろったいくつかの観察例を一般化して得たわけでない。 さらに、ダーウィンは彼の進化論を帰納法で得たわけでないし、 メンデルの遺伝法則そのものは、 観察例の一般化によって得られてはいるが、 これらの遺伝法則を説明するため メンデルがいいだした説(遺伝子の概念)は 彼の観察や法則から帰納されたものでも、 演繹されたものでもなく、 逆にその法則がその説から演繹されるように、 彼が新しく考え出したものなのである。 これらの例から、科学の論理は、 それまでの伝統的な論理によって示唆されている規範を、 はるかに超越していると結論できるかもしれない。 いま述べたすぺての学説は、 その提唱者たちによって創造されたものである。 もし「創造する」という動詞を この意味で使うのが好ましくないなら、 それらの学説は「逆に演繹された」(retroduced)ものであり、 「逆に演繹する」ことが科学者によって使われる もっとも実り多い論理方法であるということができる「脳と心」 ローゼンブリュート みすず書房
2019年08月28日
コメント(2)

廖承志は日本との国交回復を前に、まず記者交換協定を結んだ。 文革騒ぎの少し前のことだ。 日本の新聞は競って記者を送りだしたが、 摩はその群れの中から浅海一男を見つけだした。 肩書は毎日新聞労組委員長だが、戦前は上海事変に従軍し、 日本軍士官が「百人斬りを競った」という 与太を書いた記者だった。 戦後、その記事を証拠にされて二人の少尉は 日本軍の残虐性の象徴として南京郊外の雨花台で処刑された。 しかし嘘はばれる。 浅海は閑職に追われ、 毎日新聞も「一億人の昭和史」の中で彼の百人斬りの記事は いい加減だつたと疑問符をつけた。 もし書いた当人が「百人斬り」でっち上げを自供したら、 それと関連させて中国が囃した南京大虐殺の嘘もばれてしまう。 廖承志は今、手を打つべきだと考え、 「金も仕事もやるから家族ごと北京にこないか」と浅海を誘った。 それで彼は針の筵(むしろ)の祖国を捨てて北京に移り、 娘の美里も北京大に入れてもらった。 彼女は今も政府施設に店をだし優雅に暮らしている。 その代償はただ一つ 「百人斬りはホントだった」と言い続けることだった。 おかげで南京大虐殺は生き残り、 中国は三兆円のODAを日本から巻き上げた。 安い買い物だったと廖承志は思っている。「マッカーサーは慰安婦がお好き」 高山正之 新潮社
2019年08月27日
コメント(0)

昭和三十九年(一九六四)十一月、 池田内閣に替って成立した佐藤内閣は、 日本の主権回復のために新たな努力を傾注しようとしたが、 それは「主権に固有な諸権利」の回復という方向をとらず、 もっぱら領土の回復と確定の努力というかたちでおこなわれた。 昭和四十三年(一九六八)六月に実現した小笠原諸島の返還と、 昭和四十七年(一九七二)五月に実現した沖縄の返還が、 その成果であったことはいうまでもない。 その背後には、当然国際的条件の相当な変化があった。 ヴェトナム戦争以来、米国の対ソ優位が相対的に下降線をたどり、 米国が海外への介入を整理せざるを得なくなった状況を機敏にとらえて、 沖縄返還交渉が進められたからである。 南方の領土確定が、 北方領土回復への要求を促すのは、 必然的な成行きである。 沖縄の返還は、ソ連の占領下にあるわが北方領土。 つまり国後、択捉。色丹の三島と歯舞群島の返還要求に、 新しい油を注ぐという結果を生んだ。「一九四五年憲法―その拘束」 江藤淳 文藝春秋
2019年08月26日
コメント(0)

アメリカ資本主義の疾風怒濡の時代を思い出すと、 まことによく理解される。 南北戦争を契機としてようやく 爛熟(らんじゆく)期をむかえつつあったアメリカ資本主義は、 十九世紀末から一九二〇年代にかけて、 黄金時代にさしかかる。 この時代は、アメリカの国力が飛躍的に充実し、 英国を筆頭とする先進資本主義諸国に追いつき、 追い越していった時代である。 それとともに、発明家の楽園時代でもあった。 と言うと、エジソンやフォードの名が思いうかんでくるが、 当時のアメリカには、いたるところ、 小エジソン、小フォードが充満していた。 発明してその技術を企業化して大儲(もう)けをする。 それが彼らのテーマだ。 シュムぺーターが強調するように、 資本主義の推進者は〝新機軸″(Innovation)にあるのだから、 技術革新こそ資本主義第一の要請なのである。 かつて若きマルクスは、 「手操り車は封建社会を生み、 蒸気機関は資本主義を生んだ」と言った。 しかし、技術史観を連想させるような、 このあまりにも単純な思想は、 後年のマルクス、エンゲルスによって自ら捨てられることになる。 〝唯物史観″の主唱者とされるこの二人さえも、 技術と社会との関係いかんという問題をめぐつて 苦闘することになったのであった。 「技術の進歩が資本主義を生んだ」この主張こそ今や、 青銅の斧とともに博物館に陳列されるにふさわしい思想である。「勤勉の哲学」 山本七平 PHP文庫
2019年08月23日
コメント(0)

日本の急激な発展は、外国人にとっては、 多かれ少なかれ一つの謎(なぞ)であった。 彼らにとって、この国は、花と軍艦の国、 壮烈な武勇と繊細な茶碗の国、 新旧両世界の薄明のなかに奇妙な陰影が交錯する、 風がわりな辺境の国である。 最近まで、 西洋が日本をまともに取りあげたことは、一度もなかった。 それが、おかしなことに、 われわれが諸国民のあいだに地位をしめようとして 成果をおさめた今日、それらの成果が、 多くの西洋人の眼には、 キリスト教世界にたいする脅威と映っているのである。 ふしぎの国では、どんなことでもおこりうる。 空想が未知のものを思いえがくとき、そこには誇張がつきものである。 世界は、新生日本に、一方では猛烈な非難を、 他方ではばかげた賞讃をあびせた。 われわれは近代進歩の寵児となり、同時にまた、 おそるべき異教の再生――黄禍そのものとなった。 東洋は、西洋について学はねばならない。 だが西洋は、 東洋についての既成の知識をすて去るべきではなかろうか。 厖大(ぼうたい)な情報網をもちながら、西洋には、 いまだにわれわれについての誤解がどれだけ多いことか。 思慮分別のない大衆は、人種的偏見と、 十字軍以来の遣物である東洋にたいする漠然たる憎悪感に、 今なお支配されている。 比較的知識のある者でさえ、われわれの復興の内的意義と、 われわれの志向の真の目標を認識してはいない。 それには、われわれの課題がけっして単純なものではなく、 したがって、われわれの態度も往々にして矛盾したものとなった、 ということがあるかもしれない。 さらに、東アジアの文明史が、 西洋社会にとって依然として神秘の書であるという事実 ――おそらくこのことが、 われわれの現状と将来について外部の世界がいだいている、 きわめて多様な見解をうんだのかもしかない。 日本人はいち早く、西洋の科学と工業、立憲政体、 巨大な戦争の遂行に必要な組織をとり入れた。 われわれに共感をよせる人たちは、 日本人のこうした能力に驚嘆してくれる。 だが、彼らが忘れているのは、 現在の地位を日本にもたらした原動力が、 外来の方法をとり入れた能力におとらず、 外国文明の教えを消化しえたその内的活力にある、 という点である。 民族にあっても、個人にあっても、 真の進歩を可能にするのは、外的知識の蓄積ではなく、 内なる自我の顕現なのである。「日本の目覚め」 日本の名著 岡倉天心 中央公論社
2019年08月22日
コメント(0)

あらゆるものに神を見出すのが日本人である。 神道でいう「八百万(やおよろず)の神」だ。 生物、無生物、自然現象のすべてに神が宿ると考えてきた。 仏教には 「山川草木悉皆成仏(さんせんそうもくしつかいじようぶつ)」 という考え方もある。 山や川や草木も仏になれるという思想で、 伝統的な仏教からは過激な思想だったらしいが、 日本人には非常によく馴染(なじ)んだ。 そのため日本人は、 キリスト教文化圏とは「もの」への感じ方や態度が かなり違う。 基本的に「もの」に対する尊敬があるのだ。 だからこそ「もったいない」とか 「大切にしなければいけない」といった考え方も出てくる。 針供養や人形供養のように、 長年使ったり親しんできた「もの」に、 感謝の気持ちを表わす行事も行なわれてきた。 さらに、 人間が自然界になかった「もの」をつくりだす行為は、 新しい「もの」に命を吹き込んでいるのだとも考えられてきた。「伝統の逆襲」 奥山 清行 祥伝社
2019年08月21日
コメント(0)

長野五輪で日本は、 金メダル二個、銀一個、銅一個と圧勝して国民を歓喜させた。 ところが日本があまりにも強いので、 ヨーロッパのスキー連盟は一九九八年から、 スキーの長さを身長の一四六%にルール変更した。 従来のルールではスキー板の長さは 身長プラス八〇センチという決まりだった。 この改正では、一七三センチを境にして、 それより背が高い選手はより長いスキーを使え、 低い選手はより短い板を使うことを余儀なくされる。 長いスキーは扱いが難しいものの、 技術的な問題をクリアすれば、空気の抵抗力が大きい分、 短いスキーよりも飛行距離は延びる。 つまり一四六%規則は長身選手に有利になるわけである。 これにより、身長一八五センチの選手は 板が二六五センチから二七〇センチへと五センチ伸び、 一六四センチの選手は逆に二四四センチから二三九センチへと 五センチ短くなった。 選手にとって差し引き一〇センチの差をつけられるのは致命的だ。 身長の一四六%規則は、比較的背の低い選手の多い日本つぶしの、 きわめて巧妙な謀略だったのだ。 ヨーロッパ人に都合が悪くなると規則を変える、 何ともずるいアンフェアなやり方である。 明らかにスポーツ精神にもとっているのである。「破約の世界史」 清水 馨八郎 祥伝社
2019年08月20日
コメント(0)

第1に必要とする事柄は、精神の態度であります。 心が、積極か、あるいは消極かで、 人生に対する考え方がぜんぜん両極端に相違してきてしまう。 心が積極的であれば、 人生はどんな場合にも明朗(めいろう)、 颯爽(さつそう)溌溂(はつらつ)、 勢いの満ちみちたものになりますけれども、 反対に消極的だと、 人生のすべてがずっと勢いをなくしてしまいます。 人生を考える自分の心が消極的だと、 すべてが哀れ惨憺(さんたん)、光のない、 惨(みじ)めなものに終わりやしませんか。 ただ単に心が消極的なために、 人生の光がなくなるだけでも惨めなのに、 いわんやまして心の態度というものが ものの声に応じるように、 それはそれはもう間髪(かんばつ)をいれず 肉体生命にその影響を及ばすという、 動かすことのできない恐るべき事実を考えてみますと、 よりいっそう積極精神の重要性が はっきりと合点(がてん)されやしませんか。「成功の実現」 中村天風 日本経営合理化協会
2019年08月19日
コメント(0)

どこが問題か。 飛んできてヘリになって降りるときに攻撃されると 本物ヘリより脆いのだ。 本物ヘリはエンジンが停ってもローターが自重で回転し、 その揚力で軟着陸できる。 「オートローテーション」と呼ばれ、 搭乗者の五十パーセント以上がこれで助かっている。 ところがアスプリ一にはオートローテーション性能がない。 攻撃されエンジンが停ると即墜落してしまう。 つまり戦場ではヘリになり切れない弱さがある。 因みに戦場でない沖縄での運用は 仲井眞が強請りの材料にしているだけで、 安全性の問題は一切ない。 それよりアスプリーで実証された 米国の技術力の衰えの方が深刻だ。 次期戦闘機F35も全く同じ経緯を辿る。 一号機完成までに時間がかかりすぎて 「7Late7」と椰捻されたボーイング787も いろいろ問題を起こして一時、飛行停止にもなった。 足りない技術力をどうするか。 奴隷で食ってきた米国はその打開に 「日本の頭脳の奴隷化」を考えている。 TPPの本当の狙いはここにある。「マッカーサーは慰安婦がお好き」 高山正之 新潮社
2019年08月13日
コメント(3)

日本は、世界に類例をみない奇妙な社会である。 というのは、日本が、 奇妙この上ない資本主義であるからである。 一方においては、 効率たかきことこの上なき資本主義でありながら、 他方においては、摩詞不思議(まかふしぎ)な、 バリア資本主義ともバスタード資本主義とも、言いようもない、 とてつもない「資本主義」の変種(ヴァリエーション)の一つである。 日本資本主義とは何か。その本性(ほんしよう)は。 この解明こそ、現代日本理解のために、 最初に、そして最後になされるべき作業である。 このテーマに正面からとりくんだ 山本七平氏の力作『勤勉の哲学』は、 日本社会科学が産んだ最高業績の一つである。 今後日本の社会学、経済学とくに経済史学および経済人類学、 そしてあるいは政治学、法学も、 本書を無視して前進することはできないであろう。 このように本書は、 学説史的といってよいほどの研究でありながら、 本書ほど、理解されず、無視されてきた作品も珍しい。「勤勉の哲学」 山本七平 PHP文庫
2019年08月12日
コメント(0)

死ぬまで他人に恨まれたい方は、 人を辛辣に批評してさえおればよろしい。 その批評が当っておればおるほど、効果はてきめんだ。 およそ人を扱う場合には、相手を論理の動物だと思ってはならない。 相手は感情の動物であり、しかも偏見に満ち、 自尊心と虚栄心によって行動するということを よく心得ておかねばならない。 人を非難することは、いわば危険な火花である。 その火花は、自尊心という火薬庫の爆発を誘発しやすい。 この爆発は、往々にして人の命をうばうこともある。「人を動かす」 D・カーネギー 創元社
2019年08月09日
コメント(0)

価値という言葉がわかりにくければ 「生活者の素朴な願い」といってもいい。 生活する人は、単純で素朴だが、 自分にとっていいもの、 大切なものにこだわるようになっている。 つまり自分を大切にする。 自分だけのもの、自分が価値の創出に参加できること に重きを置くようになってきている。 さまざまな人が多種多様な価値を持つようになり、 この世の中は一筋縄ではいかなくなった。 複数の生活価値の併存、つまり多様化である。 さらにもうひとつ、見逃せない動きがある。 これは一人の人間が時、所、場合に応じて生活価値を使い分ける、 ひらたくいえば変身することである。 もっと俗に二重人格、三重人格になることだといってもいい。 十人十色に加え、一人十色になる世の中だということである。 これは多様化ではなく、多重化といった方がいい。 多彩な人々が多様で多重な価値を融合して持ち、 個人の生活をその価値観に従って豊かで自由な方向に動かしていく。 そんな社会を「多価値化」社会と名づけた。『「多価値化」社会』 日経広告研究所編 日本経済新聞社
2019年08月08日
コメント(0)

今日一日 怒らず 怖れず 悲しまず 正直 親切 愉快に カと 勇気と 信念とをもって 自己の人生に対する責務を果たし 恒(つね)に平和と愛とを失わざる 立派な人間として生きることを 厳(おごそ)かに誓います「成功の実現」 中村天風 日本経営合理化協会
2019年08月07日
コメント(0)

ヨーロッパ近代科学を考えるのに、 ルネ・デカルト(一五九六-一六五〇年)に 触れないわけにはいかない。 彼はフランスの哲学者で、近世哲学の祖と言われている。 以後の西洋科学は、デカルトの「二元論」から発しており、 彼こそ近代科学の英雄と言われている。 ヨーロッパの中世は、唯一絶対の神の支配する時代だった。 その中世の闇(やみ)から解放され、 近代という人間中心主義の時代の到来を高らかに告げる言葉が、 デカルトの有名な「我(われ)思う、ゆえに我あり」である。 それは自分の理性で考え行動することのできる 自我の確立を意味した。 こうして近代という新しい時代の到来とともに、 人間は神の支配から自由を獲得し、 自らの自由意志で思考し、 行動できる人間中心の社会を構築することに成功した。 しかしそれ以来、西洋人の「自我の肥大化」は、 人権主義、個人主義、そしてエゴイズムと、 とどまるところを知らぬ有様となった。 日本人のように「自己否定」の文明では、 自らの小ささを認識することから出発するのに対して、 「自己肯定」の文明は、自らの存在の実感と、 自らの大きさを認識することから出発する。 自分が思うからこそ、この世は存在するのだ。 自分がなければこの世は存在しないという自己肯定の文明は、 きわめて人間中心的な文明となる。 世界は、宇宙は、大自然は、人間のために存在すると考える。 これはなんと、尊大な思想ではなかろうか。「破約の世界史」 清水馨八郎 祥伝社
2019年08月06日
コメント(0)

男にも女にも、人間には子孫を残すという本能がある。 男性の種まき本能と女性の巣作り本能と言われるが、 それが重なり合うことで子孫を残す。 よりよい種を次の世代に残そうとするのは、 すべての動物が持つ本能だ。 しかし、「自分」が存在した証拠を残そうとするのは、 とくに人間において強く意識される。 自分の子孫を残していくという本能の行為だけでなく、 自分がここに存在したというものを残したいのだ。 それもやはり本能である。 「もの」をつくるという行為は、 実はそういうことではないか。 書くことと同じで、メッセージが込められている。 自分が書いたものは、 自分がこの世から消え去った後も、 文章が残っている限り人に読んでもらえる。 たとえばそれは、 まだ生まれていない子どもに対して残す、 遺書であったりするかもしれない。 たかが「もの」、されど「もの」で、 繰り返すが人はいなくなっても「もの」は残る。 だから私は「もの」に命を宿したいし、 何世代もの人たちに「もの」を通して メッセージを残したいと思っている。 人間が考えているよりも、 はるかに「もの」は重いメッセージを 携えているのではないだろうか。 私たちは、そのことをよく理解して 「もの」をつくらなければならない。「伝統の逆襲」 奥山 清行 祥伝社
2019年08月05日
コメント(0)

大沙漠のまんなかで渇したとき、 水はダイアモンドよりも貴重であるように、 国民の勤勉性は何よりも貴重な国富である。 勤勉性の欠如によって経済発展を阻害されている 社会主義国や発展途上国を想起すれば、 思い半(なか)ばにすぎよう。 日本人の勤勉性への設問が決定的に重要である第二の、 そしてよりいっそう重要な理由は、宗教的なものである。 日本人を内面からつきあげて勤労へと駆(かり)りたてるのは、 宗教的動機である。 日本人にとっては、 仕事イコール修業(しゆぎよう)なのである。 農民が一心不乱に耕すのも宗教的修業であり、 職人が一心不乱にノミを振うのも宗教的修業である。 それは、禅の修業と同じことだ。 かくのごとく、世俗(せぞく)の業務は、 すべて宗教的修業であり、 それを一心不乱に行なえば救済されると考えられている。 この思想が勤勉の哲学である。 これによって、労働は規範化された。 労働は人間活動のなかで一番たいせつなものである。 社会がこのことを認めるようになったのである。「勤勉の哲学」 山本七平 PHP文庫
2019年08月02日
コメント(0)

サイモン(simon)は意思決定理論の基本仮定を 次のように特徴づけている ――行動主体、あるいはそれら個人から構成される組織は、 時々刻々、膨大な行動の可能性に直面している。 その一部は意識に上り、他は意識下にある。 意思決定あるいは選択という言葉は、 ここではいくつかの選択肢から、 実行すべき行動を選び出す過程を指す。 一定時間にわたる行動を規定する一連の決定は、 「戦略」と呼んでいいだろう。 戦略が一つ選ばれ、遂行されると、様々な帰結が生じる。 合理的意思決定の仕事は、 望ましい帰結をもたらす戦略を選択することである。 [simon(1976),p.67.] サイモンによれば、「合理的」意思決定は選択過程であり、 次のようなステップからなる―― 1 戦略の候補をリストアップする。 2 各戦略から生じる帰結を決定する。 3 これらの帰結を比較・評価する。 コンピュータと意思決定についての文献では、 人間の広範な活動や関心対象が、 このような分析の対象になっている。 シミュレーション、オペレーションズ・リサーチ、 ゲーム理論(これらはすべてボガスロー(Boguslaw,1965)が 「形式主義アプローチ(formalist approach)」 と呼ぶものに含まれる)では、 様々な分野の意思決定に高度な数学的手法が用いられており、 電話網の径路選択、 新製品の宣伝メディア選択から爆撃目標の決定にまで及ぶ。「コンピュータと認知を理解する」 テリ-・ウィノグラード 産業図書
2019年08月01日
コメント(0)
全19件 (19件中 1-19件目)
1
![]()
![]()
