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2013.01.03
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カテゴリ: 読書案内
【南木佳士/阿弥陀堂だより】
20130103

◆信州の自然美に触れて生き返る

学生時代の友人から、落ち込んでいる時の自分の励まし方を教わったことがある。これは、カラオケなどでうたうことが好きな人に限ることなのだろうが、とにかく暗い気持ちの時は、暗い歌をうたうのだとか。間違っても明るい歌を選んではいけない。気分が滅入っている時に“赤いスイートピー”(松田聖子)などうたってしまったら、よけいに落ち込む。そういう時は、“難破船”(中森明菜)を選曲するといい、と。
なるほど、暗い歌をうたってどっぷり悲劇に浸ることで憂さ晴らしするのか。
この手法は、読書にも対応できるような気がする。働く日々の中で、心が折れそうな時がある。擦り切れた神経が癒しを求める時がある。そんな時は、下手に自己啓発に関する本や精神世界を説く本など読まない方がいい。
むしろ、神経を病んでいる作家の著書を楽しむ(?)方がいいだろう。
その点、南木佳士はおすすめだ。
この作家の本業は医師なのだが、生真面目すぎる性格が災いしてなのか、神経症を患っている。
作品はどれも地味で素朴で、常に死が纏わりついている。代表作に『ダイヤモンドダスト』『阿弥陀堂だより』などがあり、『ダイヤモンドダスト』において芥川賞を受賞している。正に、現代における正統派の純文学作家なのだ。

さて、『阿弥陀堂だより』について。
舞台は信州の谷中村。風光明媚の山里は、短い夏と長い冬の厳しくも豊かな自然に恵まれている。

妻は内科医で、村の診療所に勤めることになっていた。
妻は医師でありながら神経症を患っていて、都会の大学病院での勤務には限界を感じたからだ。
一方、村には古びた阿弥陀堂があり、そこに住むおうめ婆さんが上田夫妻を快く出迎えた。
九十度に腰の曲がったおうめ婆さんは、96歳。わずかに番茶の味がするぬるま湯を夫妻にもてなし、自身はそれをビールを飲むように美味そうに飲む。これほどまずい茶を、これほど美味そうに飲むおうめ婆さんを、夫妻は半ば感動して眺めるのだった。

作品は終始一貫、淡々とすすめられていく。
静かで、のんびりとした時間の流れが、誰の心にも優しく語りかける。
生き急ぐことはない、誠実に歩み続けることで必ずや救われるのだと。
この小説を読了して感じたのは、白隠禅師の教えに通じているなと。

「衆生本来仏なり 水と氷のごとくにて
水をはなれて氷なく 衆生の外に仏なし
衆生近きを知らずして 遠く求むるはかなさよ

(訳:すべての衆生は生まれながらにして仏性をそなえている。氷のように固まったこだわりを溶かしてしまえば無我となり、その水のような融通無碍の自己の姿がそのまま仏なのだ。また、無我の境地は遠くにあるのではなく、自分自身のうちにあるのだから、探しに行くことはない。ほかを探すことは、水の中で喉が渇いたと叫ぶようなものだ。)

つまり、白隠は自分を内観せよと言っているのだ。
南木佳士も、外界に張り巡らしたアンテナを少し減らすことで、自分の内面を素直に受け入れることが出来たのかもしれない。
疲労を蓄積し過ぎてしまった方、心の闇をこじらせない前に、『阿弥陀堂だより』の一読をおすすめしたい。

『阿弥陀堂だより』南木佳士・著




~読書案内~   その他

■No. 1 取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ
■No. 2 複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!
■No. 3 雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!
■No. 4 完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する
■No. 5 青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ
■No. 6 しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる
■No. 7 白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す
■No. 8 ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている
■No. 9 女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説
■No.10 或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル
■No.11 東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず
■No.12 お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人
■No.13 レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?
■No.14 山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く
■No.15 佐藤春夫/この三つのもの 細君譲渡事件の真相が語られる
■No.16 角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く
■No.17 室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛
■No.18 織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話
■No.19 谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。
■No.20 車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか
■No.21 松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場
■No.22 川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!
■No.23 丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの
■No.24 宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!
■No.25 岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話
■No.26 柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?
■No.27 宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし
■No.28 向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ
■No.29 樋口一葉/にごりえ 明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰

◆番外篇.1 新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!
◆番外篇.2 菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ
◆番外篇.3 芥川龍之介と菊池寛 唯ぼんやりとした不安、ハナはこちらなり。





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最終更新日  2013.01.03 06:11:11
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