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2012.12.15
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カテゴリ: 読書案内
【岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ】
20121215

◆女郎が寝物語に話す、身の上話

この作品はいわゆる怪談で、角川ホラー文庫に収められている。表題作である『ぼっけぇ、きょうてぇ』の他に、『密告箱』『あまぞわい』『依って件の如し』などの短編が全部で4作収録されている。
著者の岩井志麻子本人が岡山県の出身のせいか、全編セリフは岡山弁で語られているのだが、ローカル色が濃く、よりいっそうおどろおどろしい。
松本清張の書いた『闇に駆ける猟銃』にもあるように、地域差はあるが、昔の岡山県には陰惨な習俗や貧困による退廃的な環境を余儀なくされていた状況があった。そんな中、民話とも怪談ともつかぬ伝説が、人々の口から口へと伝わっていったのかもしれない。あるいは著者が、過去に起きた摩訶不思議な事件をもとに、このような背筋の凍りつく怪談を創作したのかもしれない。
いずれにしても、フィクションとノンフィクションの狭間を漂う絶妙な筆力に、読者は思わず引き摺り込まれてしまうのだから怖い。

さて、表題作の『ぼっけぇ、きょうてぇ』だが、この作品は女郎宿の女が、客と事に及んだ後、寝物語として自分の身の上話を訊かせるという語り手の手法を取っている。
岡山県は津山の出身だという女郎は、貧乏人の子として生まれ、幼いころは飢えとの闘いだったと話す。母親は産婆を営んでいたが、それも間引き専業で、飢饉の年に孕んでしまった妊婦の腹から引きずり出す役目を生業としていたと。赤子を引きずり出す前に、まず妊婦には糞を出させる。その糞をひったタライの中に、引きずり出した子も投げ入れる。この女郎は幼いころ、そんな産婆である母の手伝いとして、妊婦が暴れないよう手足を押さえつける役目を果たしていたのだと話す。
これほど残酷な行為に及ぶ前に、まず子を作らないように努めるべきだと現代人なら考えるだろう。だが、飢えて痩せこけた体でも、人は男女の情交を止められないのだ。これが人の業というものなのだ。
当時、岡山県の北部は生産的にも不毛に近い山岳地帯で、その土地柄ゆえ非常に貧しかったようだ。そういう背景も踏まえて、この怪談を読むと、よりいっそう恐怖が増す。

この作品のテーマは、ズバリ、人の業であろう。怪奇現象とか幽霊とか、あるいは悪魔などそれはもちろん怖いだろう。だが何よりも怖いのは、人間なのだと訴える。それこそが真理だからだ。


※「ぼっけぇ、きょうてぇ」とは、岡山地方の方言で、「とても、怖い」の意。【本作の断り書きによる】

『ぼっけぇ、きょうてぇ』岩井志麻子・著


☆次回(読書案内No.26)は柳美里の『水辺のゆりかご』を予定しています。

~読書案内~   その他

■No. 1 取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ
■No. 2 複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!
■No. 3 雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!
■No. 4 完璧な病室/小川洋子
■No. 5 青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ
■No. 6 しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる
■No. 7 白河夜船/吉本ばなな
■No. 8 ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている
■No. 9 女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説
■No.10 或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル
■No.11 東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず
■No.12 お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人
■No.13 レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?
■No.14 山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く
■No.15 佐藤春夫/この三つのもの 細君譲渡事件の真相が語られる
■No.16 角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く
■No.17 室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛
■No.18 織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話
■No.19 谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。
■No.20 車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか
■No.21 松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場
■No.22 川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!
■No.23 丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの
■No.24 宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!

◆番外篇.1 新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!
◆番外篇.2 菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ





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最終更新日  2012.12.15 06:15:30
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