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1980年代以降、アメリカは富が一部の大企業や富裕層に集中する仕組みを作り上げ、蓄積された資金を投機に回してきた。経済をカジノ化したわけだ。その結果、生産力は落ちて大多数の国民が貧困化している。ウォール街で始まった占拠運動は、そうした不公正な政治経済システムを変えろという意思表示。ロサンゼルスにも抗議の波は伝わっていたのだが、11月30日には約1400名の警察が投入され、拠点を破壊した。その際、150名とも200名とも言われる参加者が逮捕されている。 アメリカやイギリスが推進してきた不公正なシステムに対する抗議は10年以上前から激しくなっている。1999年には、WTO(世界貿易機関)の閣僚会議が開かれたシアトルで約10万人が抗議活動を展開した。2001年9月11日の出来事がなければ、さらに運動は盛り上がっていたことだろう。 アメリカの政治経済システムは完全に行き詰まっている。民主主義を装う余裕をなくしている。9/11の後、アメリカでは1980年代から練られていた国民管理体制を「愛国者法」という形で浮上させたのだが、より露骨な弾圧法案「S. 1867」をカール・レビン上院議員とジョン・マケイン上院議員が作り、提出するようだ。裁判も何もなしに市民をアメリカ内外で逮捕し、軍が管理する収容所で拘束できることにしたいらしい。まさに、軍国主義国家だ。
2011.11.30
庶民が路頭に迷うことなど微塵も気にしていない支配層は、自分たちの利益にはきわめて敏感である。2007年から09年までの経済危機で破綻した巨大銀行を助けるためでも、あらゆる手段でも講じた。ブルームバーグが情報公開法で入手した資料によると、アメリカの連邦準備銀行は2009年3月の時点で7兆7700億ドルの資金を投入している。 アメリカで連邦準備制度が成立したのは1913年12月のことである。この制度を作ることになた原因は1907年の恐慌にあり、恐慌の切っ掛けはチャールズ・バーニーなる人物の自殺だったとされている。 バーニーはフレデリック・ハインツと共同で中堅の銀行、ニッカー・ボッカー信託を経営していた。ふたりは銅の生産で大きな影響力を持っていたユナイテッド・コパー社の株式を買い占め、1907年10月14日に株価は62ドルまで高騰したのだが、2日後には15ドルまで暴落してしまう。銅業界を支配していたロックフェラーが大量の銅を市場へ放出して銅相場を下げたことが原因だった。 この「仕手戦」で敗北したハインツが所有していたニューヨークのマーカンタイル・ナショナル銀行は破綻、ニッカー・ボッカー信託が連鎖倒産するのではないかという話をメディアが報道、市場はパニック状態になってしまう。 ニッカー・ボッカー信託は手形交換所協会に助けを求めるのだが、その協会を支配していたのがジョン・ピアポント・モルガンだった。モルガンはニッカー・ボッカーの会計検査を要求、そのうえで支援を拒否している。この決定で倒産の連鎖が始まった。その後、バーニーは自殺して株式相場は崩壊した。 翌年、セオドア・ルーズベルト大統領は国家通貨委員会を設立、委員長にネルソン・オルドリッチ上院議員を選んだが、この人物はジョン・ロックフェラー・ジュニアの義理の父であり、モルガンと緊密な関係にあった。 オルドリッチはジキル島にあるモルガンの別荘に巨大金融機関の代表を集めて秘密の会議を開き、連邦準備制度の青写真を作り上げていった。言うまでもなく、アルドリッチはモルガンやロックフェラーにとって都合の良いシステムを作る。当時から現在に至るまでこの点は批判され続けている。 モルガンとロックフェラーが中心になって作り上げた金融システムの下では、当然のことながら、銀行はやりたい放題。現在と同じように富は一部に集中し、その貯まった資金は投機に使われた。そのひとつの結果が1929年の株式相場暴落。 そうした銀行を規制するために作られたのがグラス・スティーガル法だが、1980年に投機を規制する条項は無効化されて経済のカジノ化が進み、99年には法律自体が廃止されてしまった。そして投機は破綻、連邦準備銀行が秘密裏に多額の資金を投入して助けたわけである。 金融システムが揺らぐ中、ウェルズ・ファーゴがワチョビアという金融機関を吸収している。ワチョビアは麻薬資金をロンダリングしていた銀行。2006年にメキシコの国際空港で航空機の中からコカインが発見されたのだが、その際に発見された書類を元にした2年近くに及ぶ捜査の結果、ワチョビアのロンダリングが発覚したのである。実は、2006年にワチョビアではロンダリングに関する内部告発があったのだが、経営者は無視していた。 UNODC(国連薬物犯罪事務所)によると、2008年に麻薬取引による利益、3520億ドルの大半が経済システムの中に吸い込まれ、いくつかの銀行を倒産から救った疑いがあるという。麻薬取引による利益は年間6000億ドル、金融機関でロンダリングされている資金の総額は1兆5000億ドルに達するという。 ラテン・アメリカでもそうだったが、ギリシャでも怪しげな借金を国民は押しつけられている。財政破綻のお膳立てをしたのがゴールドマン・サックスだったというだけではなく、正当とは認めがたい負債があるようなのだ。だからこそ、ギリシャの庶民は怒っている。 巨大金融機関は博奕、麻薬、高利貸しで儲けている。国家機関に守られた犯罪組織と呼ばれるのは当然だと言えるだろう。いずれにしろ、ツケは庶民に回されてきた。なぜ占拠運動でウォール街がターゲットになったのか、言うまでもないだろう。
2011.11.30
アメリカ政府の中に海兵隊を沖縄やグアムという狭い地域に集中させている現状を良くないとする考えが広がり、バラク・オバマ米大統領は海兵隊をオーストラリアへ移動させる。そうした中、日本政府はあくまでもアメリカ軍基地を沖縄の内部に留めようと計画、アメリカ軍の普天間飛行場を名護市辺野古へ移設するための環境影響評価書を提出することになっている。この評価書を提出する時期を明らかにしないことに関し、「これから犯す前に犯しますよと言いますか」と記者に語ったと報道された田中聡沖縄防衛局長が更迭された。 現場にいたわけでないのニュアンスは不明だが、報道されたとおりのことを言ったのならば「沖縄防衛局長」の肩書きを持つ人物が口にしてはならないことを口にしたわけで、更迭されて当然だろう。 ただ、こうした考え方は田中局長個人のものだとは思えない。日本の政治家、官僚、大企業経営者、「偉い」学者や有力マスコミ・・・こうしたグループに共通するものだ。その影響はアメリカにも波及している。 その一例がケビン・メア元国務省日本部長の発言だ。「日本人は合意文化をゆすりの手段に使う。合意を追い求めるふりをし、できるだけ多くの金を得ようとする。沖縄の人は日本政府に対するごまかしとゆすりの名人だ。」と言い放ったと言われている。札束をちらつかせれば問題は解決すると信じ込んでいるのだろう。 沖縄県民だけでなく日本国民に対し、日米の支配グループはこうした認識を持っていると言える。古典落語の中に「欣弥め」という噺があるが、庶民とはそんな程度だと侮っているのである。原子力発電にしろ、TPPにしろ、労働問題にしろ、税制問題にしろ、年金問題にしろ、健康保険問題にしろ、教育問題にしろ、強引にやってしまえば問題は解決すると思っている。今回の発言は沖縄県民というより、日本の庶民に向けられている。
2011.11.30
11月29日、イランの首都テヘランにあるイギリス大使館に数十名の「学生」が警官隊の制止を振り切って建物の中に突入、書類を持ち出しているようだ。リビアに対する軍事介入はイギリスが主導権を握って実施されていたわけで、そのイギリスがイランで狙われたことは興味深い。 1979年11月にアメリカ大使館が占拠された事件を連想した人も少なくないだろう。このときは大使館員52名が人質になっている。実は、その9カ月前にはイスラエル大使館に乱入する事件も起きていて、その際には金庫式の扉がついている小部屋から女性を含む14名が救出され、死体を処分する井戸も見つかっている。イスラエルの情報機関モサドは、アメリカの情報機関CIAやイランの秘密警察SAVAKと手を組み、外交特権を使って反体制派、あるいはそう疑われた人を不法に拘束、拷問していたのである。 中旬にはイラン革命防衛隊のミサイル基地でイスラエルが爆破事件を引き起こしたと伝えられ、イラン側が否定するということがあった。28日にはイスファハンで爆発があったとも報道されているのだが、これもイラン側は否定している。こうしたことと今回の一件に関係があるかどうかは不明だ。 現在、中東は混乱の中にあり、反米感情は確実に高まり、パキスタンではアメリカ/NATOに対する抗議活動が展開されている。シリアの沖ではアメリカの空母「ジョージ・H・W・ブッシュ」とロシアの空母「クズネツォフ提督」が牽制し合う状況になっている。 フランス政府が提案したシリアの「人道回廊」は情報機関や特殊部隊のメンバーを潜入させやすくすることが目的だと言われている。さすがにEUも反対したようだ。現在、トルコ政府の支援を受けた「SFA(シリア自由軍)」がシリアに越境攻撃している。米英仏軍がアル・カイダと手を組んで体制転覆に成功したリビアからも約600名の兵士がSFAに送り込まれていると伝えられているが、シリアでの作戦は思惑通りの成果を得られていないのかもしれない。 ところで、「国家機密」とは外部に知られると困る権力犯罪。1979年のアメリカ大使館占拠では機密文書が回収され、アメリカ政府にとってダメージになったが、今回はイギリス政府がヒヤヒヤしているかもしれない。
2011.11.29
88年前の11月、ドイツのミュンヘンにあるビアホールでクーデター騒動があった。日本では一般に「ミュンヘン一揆」と呼ばれている。実行したのは、アドルフ・ヒトラーやエーリヒ・ルーデンドルフ元参謀本部次長を中心にする「闘争連盟」なるグループ。右翼の政治家、グスタフ・フォン・カールらが演説しているビアホールを約600人の突撃隊員が占拠、カールのほかオットー・フォン・ロッソウ第7軍司令官やハンス・フォン・ザイサー州警察長官も拘束したのだが、その後、カール、ロッソウ、ザイサーはホールから逃走することに成功、一揆は鎮圧された。 ヒトラーが「国民社会主義ドイツ労働者党(ナチス)」に入る切っ掛けは、ドイツ陸軍兵士としての任務だったと言われている。創設当初、軍はナチスを革命政党だと疑い、ヒトラーをスパイとして潜入させたのだが、ヒトラーはその政党が自分の思想に近いことを知り、メンバーになったというのである。 ビヤホールの一件でヒトラーは懲役5年を言い渡されたが、この裁判を宣伝に利用、しかも8カ月余りで仮出獄している。一揆後にナチスは非合法化されていたが、1925年に党は再建された。武装闘争は放棄し、合法的な大衆運動を展開していく。ドイツの経済界や軍の支援を受けるだけでなく、アメリカの巨大資本からも資金が流入していたと報告されている。そうした資金のパイプ役を務めたひとりがジョージ・W・ブッシュの曾祖父、つまりジョージ・H・W・ブッシュの母方の祖父にあたるジョージ・ハーバート・ウォーカー、イニシャルを使うとジョージ・H・W。 ワイマール時代、ドイツの庶民は既存政党に失望、コミュニストが支持者を増やす一方、ナチスも勢力を拡大していった。1920年6月の段階では社会民主党が102議席でトップ、次いで国家人民党の71、カトリック系の中央党が65など。共産党は4、ナチスは議席がなかった。ところが1932年7月になると社会民主党は133に増えているが、国家人民党は37に大きく減少、中央党は97、そして共産党は89、ナチスは230で第1党になっている。同じ年の11月にはそれぞれ121、52、90、100、そして196。ナチスは減少しているのだが、翌年の2月に起こった国会放火事件で状況は大きく変化、1933年3月には社会民主党120、国家人民党52、中東党93、共産党81、そしてナチスは288になっている。こうしてナチスの独裁体制が始まった。 社会に不満を持つ庶民はファシズムに向かった、いや進まされた。1932年にアメリカではフランクリン・ルーズベルトが大統領選挙で勝利、ウォール街の金融資本はファシズム体制の樹立を目指すクーデターを計画した。この計画はスメドリー・バトラー退役少将の強硬な反対と議会での告発で実現しなかったが、巨大資本にとって資本主義の最終形態はファシズムである。 2001年以降、アメリカはファシズムへ向かって走り始めた。ロナルド・レーガン政権から準備を進めていたプロジェクトが「愛国者法」で日の目を見たのである。その第一歩はレーガン時代に激しくなった公教育の破壊だ。考える庶民は支配に邪魔ということだろう。公教育を破壊しようとする政治家は社会にとって危険な存在だ。
2011.11.28
トルコがイギリスに替わってシリアに軍事的な圧力を加えている一方、アメリカとパキスタンとの関係がさらに悪化している。アメリカの無人機による攻撃で市民が殺されているアフガニスタンやパキスタンでは反米感情が高まっているが、11月26日にNATOのヘリコプターと戦闘機がパキスタン北西部にある検問所を一方的に攻撃し、少なくと28名のパキスタン兵を殺したことで状況はさらに悪くなった。アフガニスタンでの戦争に影響が出ることは避けられないだろう。 パキスタンとアメリカとの間がギクシャクしていることを示す事件が今年の1月にはすでに起こっている。パキスタン北東部でパキスタン人を射殺したレイモンド・デイビスというアメリカ人が逮捕されたのだが、この人物はCIAのエージェントだった。特殊部隊を経てXe(ブラックウォーター)で働き、CIAに雇われ、外交旅券でパキスタンに入国していた。 逮捕前、デイビスはパキスタン北西部のワジリスタンを訪れているのだが、ここはアメリカ軍が無人機を使って執拗に空爆、少なからぬ住民が犠牲になっている場所。デイビスが逮捕されてからワジリスタンでの空爆がしばらくの間、止まったことから、この地域での空爆にデイビスが何らかの形で関係、殺されたパキスタン人は同国の情報機関ISIの人間ではないかと推測する人もいる。 アフガニスタンで秘密工作を始めた当時、CIAはISIの全面的な協力を受けていた。ソ連軍がアフガニスタンに軍隊を入れる半年以上前、ジョン・ジョセフ・リーガンCIAイスタンブール支局長はアフガニスタンのリーダーたちと会談したのだが、会談相手を選んだはISIだったのだ。 その後、アメリカの情報機関や軍はソ連と戦う「自由の戦士」としてイスラム武装集団を組織、訓練をする一方で資金や武器を提供した。その中にアル・カイダも入っていたわけである。その武装集団とアメリカ軍は戦っている。ISIとの関係が悪くなるのは当然だと言えるだろう。 今回の検問所攻撃を受け、NATOのアフガニスタンへの補給ルートを断ち、国内にある無人機の基地を閉鎖するように求めるべきだとする声がパキスタン政府の中で高まっている。アースィフ・アリー・ザルダーリー大統領は自国の軍隊に対抗するため、アメリカ軍に助けを求めていたという。このことを示すメモが明るみに出ているのだ。今回の一件で大統領と軍との関係はさらに難しくなるだろう。 パキスタンの検問所を爆撃すればパキスタン側が反発することは当然であり、アメリカ政府も承知の上で攻撃したはずである。(アメリカは気に入らない存在を「誤爆」で破壊してきた過去がある)トルコ政府のはしゃぎぶりは暗示的だ。
2011.11.27
シリア情勢が緊迫している。「民主化運動」が原因ではない。アメリカやイギリスなどの欧米諸国やサウジアラビアなどのスンニ派イスラム国は秘密工作でシリアに揺さぶりをかけていたが、今年に入ってから軍事的な作戦に切り替えている。こうした動きに釘を刺すため、ロシアが軍艦をシリア領海に派遣すると伝えられたが、今度はアメリカが領海の近くに空母を派遣、ロシアとアメリカが対峙する状況になっている。 シリアの反政府派は外国からの支援を受けてきた。例えば、「MEPI(中東協力イニシアティブ)」や「民主主義会議」といった組織を介してアメリカ国務省から資金を得ているほか、サウジアラビア、ヨルダン、そしてイスラエルが反政府活動を支援しているという。ワシントン・ポスト紙が掲載したアメリカ国務省の外交文書によると、2006年から09年まで、反政府活動の資金として600万ドルを提供している。 反体制派として有名な勢力はいくつかある。例えば、バシャール・アル・アサド大統領のオジにあたるリファート・アル・アサドを中心とする勢力、父親の政権で要職にあった人物で今はパリを拠点にしているアブドゥル・ハリム・カーダムを中心とする勢力などが有名だ。ムスリム同胞団も影響力を持っていると言われている。 ウェズリー・クラーク米陸軍大将が明らかにした侵略対象リストに載っていた国は、イラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そしてイラン。このリストに従う形で戦闘が起こっている。イラクとリビアは侵略され、レバノンはイスラエルに蹂躙されている。ソマリアとスーダンは内戦状態だ。残るはシリアとイランだが、シリアは内乱状態で、トルコからの越境攻撃が激しくなっている。 トルコ政府の保護を受けながらシリアに軍事侵攻している「SFA(シリア自由軍)」は正体不明だが、トルコ軍の別働隊としか見えない。シリア政府軍から寝返ったとも、傭兵とも言われるSFA。ホムスではロケット弾でシリア政府軍の戦車を攻撃しているようだ。 リビアの体制転覆で主導的な役割を果たしたイギリスはシリアでも積極的に動いているが、そのイギリスをトルコのアブドラ・ギュル大統領は訪問、シリアの現体制転覆は不可避だと言明している。戦争もやる気満々のように見える。 似たような展開だったリビアではアル・カイダ系の武装集団が力を持ち、敵対勢力だけでなく、サハラ砂漠以南のアフリカ出身者を見境なく拘束、その数は7000人に達しているという。拷問やリンチも珍しくない状況で、民族浄化が行われているとも指摘されている。こうした事態を招いた責任の少なからぬ部分が国連にあることは間違いない。そしてシリア問題でも同じ道を歩こうとしている。
2011.11.24
どうやら中東/北アフリカでは侵略と革命が同時進行しているようだ。アフガニスタンやイラクは明白な侵略戦争だが、「人道」を口実にして軍事介入されて体制が崩壊したリビア、やはり「人道」を理由に圧力をかけられているシリア、そして「核兵器開発疑惑」で締め上げられているイラン、いずれも侵略のターゲットになっている。その一方、エジプトでは「革命第2幕」が始まった可能性がある。 サウジアラビアなど湾岸の独裁産油国やイスラエルは人権を無視した反民主主義的な国であり、イスラエルは秘密裏に核兵器を開発、保有している。第4次中東戦争でイスラエルは実際に核兵器を使おうとした。そうした危険な国を放置して「核兵器を開発しているかもしれない」国を攻撃するべきだとする主張に説得力はない。衣の下から「侵略」という鎧が見えている。だからこそ、エジプトの市民弾圧を無視しているわけだ。 リビアへの軍事介入ではフランスとイギリス、特にイギリスが主導的な役割を演じた。シリアに対しても似た構図があり、イギリスやフランスの政府はここ3カ月、シリアの亡命組織と接触、イギリスの積極性が目立つ。 11月18日にイギリスのフランセス・ガイ元レバノン駐在大使はパリでシリアの反政府派と接触、ウィリアム・ヘイグ英外相は反政府派と先週末からロンドンで会っているのだが、そのイギリス政府はシリアの反政府派に対し、反政府軍に結集するように呼びかけている。 こうしたイギリスの動きに同調しているのがトルコ。アブドラ・ギュル大統領はイギリスを訪問する直前、ガーディアン紙に対してシリアの現体制転覆は不可避だと言明している。 そのトルコを拠点とする「SFA(シリア自由軍)」がシリア領内に侵攻、ホムスでは政府軍を激しく攻撃している。トルコ政府はSFAを保護している形で、トルコが軍事介入しているようにも見える。イギリスはこの武装集団を軸にシリアの現体制を倒そうとしているのだろう。 現在、シリアで取材しているジャーナリストのウェブスター・タープレーによると、反政府軍の狙撃兵が市民を銃撃、「死の部隊」のように活動している。リビアでは体制を転覆させるためにアル・カイダ系の武装集団が使われたが、シリアではトルコ系の武装集団が似た役割を演じている。ロシアの存在があるため、リビアと違ってイギリスやフランスは自国の軍隊を出せない。そこでNATO仲間のトルコが動いているのだろう。 ウェズリー・クラーク米陸軍大将が明らかにした侵略予定リストには、イラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そしてイランが載っていた。このリストに従う形で戦闘が起こっている。 このリストに載っていないエジプトでホスニ・ムバラク体制が崩壊したのは、ムバラクがイラン攻撃に反対したからだとする人もいるが、真偽は不明。高齢になったムバラクを使い捨てにしたのだという見方もある。 それはともかく、ムバラクが排除された後、軍隊がエジプトを支配してきた。情報機関EGIS(エジプト総合情報局)を統轄し、アメリカやイスラエルと緊密な関係にあったオマール・スレイマンを後継者に据えることはできなかったが、「ムバラクなきムバラク体制」はとりあえず樹立されて現在に至っている。その茶番にエジプト市民が怒りを爆発させたとしても不思議ではない。 エジプトで大きな影響力を持っているムスリム同胞団は歴史的にイギリスと関係が深いのだが、WikiLeaksが公開した文書によると、アメリカ政府は「4月6日運動」と2008年には接触している。こうした組織を超えて市民が動き始める可能性も出てきた。革命の「第2幕」だ。 イギリスと手を組んだ薩摩藩や長州藩が徳川幕府を倒した後に自由民権運動が起こったことを連想させる。日本のように民主化運動が潰されるのかどうか、エジプトの情勢は中東の民主化が始まるかどうかを判断する試金石になりそうだ。
2011.11.23
アメリカの不公正な政治経済システムに異議を唱えている「占拠運動」に対し、アメリカに住む人の約4分の1が支持しているという世論調査の結果が公表された。11月19日から20日にかけてギャロップが調査したものだ。 OWS(ウォール街を占拠しろ運動)の支持者だと応えた人は10月の26%に対して11月は24%、反対すると応えた人はいずれも19%。運動の目標に同意する人は10月の22%に対して11月は25%、同意しないとした人はそれぞれ15%と16%だった。どちらでもないという人が多いが、支持と不支持を比べれば支持する人が多い。この1カ月で評価はほとんど変化していないと言えるだろう。 アメリカの有力メディアは占拠運動を遠くから眺めるのが関の山で、好意的に取材しているとは言えない。当初は冷淡な姿勢を見せ、その後は敵対的な報道も目についた。 参加者の意見、あるいは警察の暴力的な取り締まりをきちんと報道していたのはアメリカ以外のメディア(日本のマスコミは別だが)。警察は運動を近くから取材しようとする記者を逮捕しているが、それでも情報を完全に止めることはできていない。 アメリカの有力メディアが情報を伝えないこともOWSの件で意見のない人を増やしているのだろうが、そうした中、アメリカにこれだけの支持者がいる。インターネットの発達も影響しているのかもしれない。メディアを支配して情報を操作し、国民/庶民を操ろうという仕組みも崩れてきている。
2011.11.22
IAEA(国際原子力機関)がイランの核開発に関する報告書を11月8日に発表してから「イランを攻撃しろ」という叫び声が大きくなった。新たな証拠が発見されたとは言い難く、推測に推測を重ねて「怪しい」と結論づけた代物だが、イランを攻撃したい人びとにとっては好都合な文書だ。イスラエルのエフード・バラク国防相は早速、おだをあげている。 イラクを先制攻撃する前からジョージ・W・ブッシュ米政権はイランも攻撃リストに載せていたとウェズリー・クラーク米陸軍大将は証言している。同大将がペンタゴンで見せられた攻撃予定国リストには、イラクからはじまり、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そしてイランが載っていたと語っている。 今回、IAEAが発表した報告書を批判する人は少なくないが、そのひとりがロバート・ケリー元IAEA主任査察官。ある「西側情報機関」からIAEAに提供されたラップトップ・コンピュータの中に記録されていたデータに基づいて報告書は書かれていて、目新しい情報はないと批判している。爆発実験に関する記述は技術的に疑問があるようだ。 すでに本ブログでも指摘したことだが、イランの核兵器開発で重要な役割を果たしたとされる「ロシア人科学者」(実際はウクライナ人)のビヤチェスラフ・ダニレンコは専門が微小ダイヤモンド製造で、核兵器の開発につながる人物だとは思えない。 「古い情報」から「新しい結論」が導かれた理由として思い浮かぶのは、事務局長の交代。エジプト人のモハメド・エルバラダイが退任し、日本人の天野之弥が就任したのである。それ以来、IAEAは政治的な思惑に大きく影響されるようになったという声も聞こえてくる。イスラエル政府の高官はエルバラダイ前IAEA事務局長を「イランのスパイ」だと中傷していたが、天野現局長は「アメリカの忠犬」だというわけだ。 IAEAは東電福島第一原発の事故でも登場する。この事故では日本政府や東京電力が重要な情報を隠して被害を拡大していると世界中から批判されている。情報を捏造している疑いも濃厚だ。 政府が隠した情報のひとつがSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)の予測。速やかに情報を発表していれば、これから発病するであろう少なからぬ人びと、特に子どもは助かった可能性が高い。チェルノブイリ原発の影響から推測すると、4、5年後からは甲状腺癌、白血病、心臓病などが急増し、20年から30年後にはさまざまな癌だけでなく、知的能力の低下や免疫力の低下に伴う病気の増加で多くの人が苦しむことになる。 事故直後、天野事務局長は放射性物質の放出は限定的だと発言、結果として事故の重大さを隠す手助けをしている。事故の深刻さが隠せなくなった3月18日になると、事務局長は菅直人首相に対して事故に関する情報を提供するように求めたという。 しかし、ケリー元IAEA元主任査察官によると、原発事故の際、天野IAEAは自分たちもなすべきことをしていなかった。放射性物質の拡散予測をIAEAも発表できたのにしていないというのだ。IAEAは技術的な機関として予報と分析をしっかりすべきだったのに、政治的に動いたと元主任査察官は批判している。 福島第一原発の事故でも、イランの核開発問題でも、天野IAEAは政治的に動いているということなのだろう。つまり、信用できないということだ。
2011.11.21
選挙を目前に控え、エジプトが騒然としている。ホスニ・ムバラク政権を崩壊させる運動の拠点になったタハリール広場に数万人の人びとが集まり、軍事政権に反対しているのだ。「西側」から支援された当局と激しく衝突している。 11月18日の抗議活動を主導したグループの中にはムスリム同胞団も含まれていると伝えられている。貧困層への慈善活動を続けてきたムスリム同胞団が動けば、少なからぬ庶民が続く可能性がある。 ムスリム同胞団を一枚岩と考えるべきではないだろうが、歴史的には米英仏、特にイギリスと関係が深いと言われている。1928年に創設された際、スエズ運河会社から資金を提供されたとされているのだ。イランの民族主義者、ムハマド・モサデクの政権をイギリスとアメリカがクーデターで倒した際、同胞団も協力していた。 エジプトでは1952年にガマール・ナセルが率いる自由将校団が王制を倒しているが、そのナセルをムスリム同胞団は1954年に暗殺しようとしている。計画が失敗した後、同胞団につながっていたムハンマド・ナギブ大統領は解任され、同胞団は非合法化された。 そのとき、計画の中心的な役割を果たした6名を処刑、約4000名のメンバーを逮捕しているが、シリア、サウジアラビア、ヨルダン、レバノンなどへ数千名が逃げたと言われている。 当時、同胞団を率いていたのは創設者の義理の息子であるサイド・ラマダン。西ドイツ政府の協力を得てスイスへ亡命する。スイス当局はラマダンをMI6やCIAのエージェントだと見なしていたという。サウジアラビアから資金の提供もあったようだ。 この計画と同じ頃、フランスの情報機関SDECEもナセル暗殺を試み、その2年後にはイギリスの対外情報機関MI6がナセルの暗殺を計画した。イスラエルはナセル暗殺に協力するとイギリスに提案、ジョン・フォスター・ダレス米国務長官もナセルの排除に賛成していた。1956年には同胞団もナセル暗殺を試みている。 ナセルは1970年に心臓発作で急死する。52歳の若さだった。後任のアンワール・サダトはサウジアラビアとの同盟を打ちだして左翼を弾圧し、ムスリム同胞団をカイロへ呼び戻した。さらに、イスラエルやアメリカとの関係を修復している。1978年にサダトはイスラエルとの和平に合意するのだが、イスラム諸国では裏切り行為だとする声が高まり、1981年に暗殺された。そのサダトを引き継いだのがムバラクだ。 そのムバラクが失脚した現在、エジプトは混沌としている。鍵を握っているのはムスリム同胞団だろうが、この組織が目指している方向がはっきりしない。内部が分裂している可能性があり、米英仏にとって好ましい展開になるとは限らないだろう。
2011.11.20
カリフォルニア大学デービス校でも11月18日に「占拠運動」に呼応した抗議活動があり、約10名の学生が逮捕されたという。その際、警官は催涙スプレーを座り込んだ学生に至近距離から吹き付けている。ここでも「恥を知れ」の大合唱だ。 1998年に欧州議会が出した報告書『政治的コントロール技術評価』でも指摘されているように、催涙スプレーは神経毒症状を引き起こし、窒息死することもある。非暴力の人間に使うことはないと警察はしているが、現実は違う。個人がインターネットを通じて情報を発信できる時代になっていることを「1%」の人びとは、まだ理解できていないようだ。
2011.11.19
シリアの内乱はトルコとの軍事衝突に発展する可能性が出てきた。シリアの都市ホムスではトルコを拠点とする「SFA(シリア自由軍)」と激しい戦闘を繰り広げている可能性が高い。1万5000人の兵力を擁するというSFAがロケット弾でシリア政府軍の戦車を攻撃する様子を撮影したとされる映像がインターネット上で流されている。すでにシリアに対する軍事侵攻の前哨戦は始まっていると言えるだろう。 SFA以外でも、バシャール・アル・アサド大統領のオジにあたるリファート・アル・アサドを中心とする勢力、あるいは父親の政権で要職にあった人物で今はパリを拠点にしているアブドゥル・ハリム・カーダムを中心とする勢力などが反政府勢力として有名だ。政府軍が戦車で「平和な抵抗運動」を弾圧しているという構図でシリアの内乱を描くことは間違っている。 言うまでもなく、トルコはNATO(北大西洋条約機構)のメンバー国。シリアと軍事衝突すればNATO軍が出てくるという展開もありえる。しかも、そのNATOに所属しているイギリスやフランスの政府はここ3カ月、シリアの亡命組織と接触している。リビアへの軍事侵攻前と同じことをしているわけだ。 11月18日にイギリスのフランセス・ガイ元レバノン駐在大使がパリでシリアの反政府派と接触、来週にはウィリアム・ヘイグ英外相も反政府派とロンドンで会談する予定になっている。外交的、あるいは経済的な圧力は軍事介入する準備だと推測する人も少なくない。 リビアの再現を阻止するため、ロシアは強い姿勢で臨んでいる。軍艦をシリア領海に派遣したようなのだ。第4次中東戦争でイスラエルによる核攻撃を防いだのはソ連だったが、今回はロシアが米英仏の前に立ちはだかっている。 ロシア軍のニコライ・マカロフ参謀総長はNATOの東への拡大は核戦争の可能性を高めると警告しているが、これにはNATO加盟国のシリアへの軍事侵攻を牽制するという側面があるかもしれない。 リビアの体制を軍事的に転覆させる際、米英仏軍はアル・カイダ系の武装集団と手を組み、ムアンマル・アル・カダフィが殺されてからベンガジの裁判所にはアル・カイダの旗が掲げられた。要するに「テロとの戦争」など嘘八百、利権目当ての押し込み強盗にすぎないということである。アフガニスタン、イラク、リビアなどで欧米軍が行っていることを見れば、「人権」という看板も胡散臭い。
2011.11.19
ウォール街で「占拠運動」が始まって2カ月ということで抗議行動が呼びかけられていたが、約400名が逮捕され、警察の暴力的な取り締まりで流血の事態になっている。 圧倒的な力を見せつけて運動を窒息させようとしているのだろうが、抗議の声は大きくなっている。かつてなら、メディアをコントロールするば都合の悪い情報は流れなかったのだが、今では誰でも世界に情報を発信できる。アメリカが「自由と民主主義」に反する国だという認識が世界に広まっている。このダメージはアメリカの支配層にとって大きい。
2011.11.18
ロシア軍のニコライ・マカロフ参謀総長はNATOの東への拡大は核戦争の可能性を高めると警告している。これだけ神経質になる理由がロシア側にはあるのだ。 実は、1990年に東西のドイツが統一される際、ジェームズ・ベーカー米国務長官(当時)はソ連の外務大臣だったエドゥアルド・シュワルナゼに対し、NATOは東へ拡大しないと約束している。この約束をアメリカ政府は簡単に破ってしまった。侵略するつもりはないなどという約束も信用することはできないわけだ。 NATOが創設された1949年当時、ソ連には西側と戦争をするだけの体力が残っていなかったことをアメリカやイギリスは熟知していた。戦争の終盤にはイギリスで、1949年当時にはアメリカでソ連に対する先制攻撃計画が練られている。 それだけでなく、NATOは「西ヨーロッパ」を支配する仕組みという役割があり、そのために秘密部隊のネットワークが作られている。この組織について日本で語られることはないようだが、西ヨーロッパの人びとには大きな影響を与えている。反米感情を高めているのだ。 アメリカに近いと言われるニコラ・サルコジ大統領が復帰を決めるまでフランスはNATO軍と絶縁状態にあった。NATOによる西ヨーロッパ支配を警戒したこともあるだろうが、直接的には、秘密部隊につながるグループがシャルル・ド・ゴール大統領の暗殺を試みたことも大きい。 アフガニスタンやリビアにおけるNATO軍の動き、そしてイラン攻撃の動きも連携していると考える必要がある。おそらく、マカロフ参謀総長もそうした見方をしているのではないだろうか。
2011.11.18
ウォール街での拠点になっていたズコッティ公園から人びとを排除する際、LRAD(長距離音響発生装置)が使われているようだ。販売会社によると、「乗り物、船、サイレンといった周辺ノイズに打ち勝ち、騒然とした群衆に対し明確にメッセージを伝え、理解させることができる」だけでなく、「警告音は非殺傷的な抑止力を提供し、行動をまとめ、ほとんどの場合暴動の拡大を防」ぐという。2009年にはピッツバーグで警告音が使われている。 1998年に欧州議会が出した報告書『政治的コントロール技術評価』の中でも、群衆コントロール兵器について触れられている。「非致死性」弾丸への懸念が表明されているほか、催涙スプレーが神経毒症状を引き起こすと指摘、窒息死することもあるとしている。 現在、アメリカでは、そうした致死性弾や催涙スプレーが使われている。オークランドでは抗議活動に参加していたスコット・オルセンの頭部に弾丸があたって一時は深刻な事態だったようだ。ニューヨークでも催涙スプレーが使われ、80歳を超えた女性や妊婦も吹き付けられている。 不公正な政治経済システムにアメリカ人だけが怒っているわけではない。9月に始まった「占拠運動」はアメリカの都市部だけに止まらず、西ヨーロッパにも広がっている。おそらく「ウォール街」というキーワードが多くの人びとの心をつかんだのだろう。 それに対し、不公正な社会システムで富を蓄積してきた一部の人びとは「ウォール街を占拠しろ」というスローガンに危機感を持ち、反発したはずだ。そして運動を暴力的に押さえ込もうとしはじめた。 7月に運動の呼びかけがあった時点でニューヨーク市警察にはCIAのベテラン秘密工作員が「副コミッショナー」として派遣され、今では国土安全保障省やFBIが乗り出したと伝えられている。裏で戦術を指南するだけでなく、国土安全保障省の人間が現場にも姿を現している。支配システムの危機感を感じる。 いわゆる「1%」の支配層だけでなく、ティー・パーティーで活動している人びとも大企業や富裕層に富が集中する仕組みに賛成しているのだが、そうした人びとはイランを抗議しろと叫んでいる親イスラエル派と重なる。国際的に孤立しているイスラエルの状況に危機感を持ち、軍事的に脅しをかけている側面もあるだろう。 イスラエルは窮地に陥ると、核兵器を使いかねない国だ。実際、1973年10月、第4次中東戦争の際には劣勢を挽回するため、イスラエル政府は核ミサイルの発射準備を決めている。 ヘンリー・キッシンジャーの求めに応じる形でビルダーバーグ・グループが原油価格の400%値上げを決めたのはその5カ月前。原油価格の値上げを実現するうえで、第4次中東戦争は願ってもない出来事だった。何らかの形でアメリカの支配層が開戦に関係している可能性は否定できないだろう。 ただ、イスラエルは攻撃されることを知っていなかったようで、核兵器の使用を決断した。核攻撃の危機を知ったソ連政府は停戦するようにエジプトを説得、キッシンジャーはイスラエルと交渉して停戦で合意しているのだが、イスラエルは戦争を継続、最終的にはソ連の強い警告で停戦が実現したのである。 現在、イスラエルはイランの民間施設も攻撃すると伝えられている。攻撃用の兵器としてアメリカは「バンカー・バスター」とも呼ばれるレーザー誘導地中貫通爆弾、GBU-28をイスラエルへ供給したほか、核ミサイルを発射できる潜水艦をドイツが提供、戦争の準備は整っている。 そうした好戦的なイスラエルを支えているのがアメリカの強欲な親イスラエル派。そのアメリカを日本政府が支えている。日本は世界に害毒を流す手助けをしていることになるだろう。それが「日米同盟」の本質と言えるかもしれない。
2011.11.18
西ヨーロッパでは「極右」の活動が注目されている。11月上旬にドイツのチューリンゲン州アイゼナハで銀行強盗があったが、その犯人もそうしたグループに所属していた。銀行を襲った男ふたりは犯行の数日後、トレーラーの中で射殺体となって発見されている。ひとりは頭部、ひとりは胸を撃たれていた。 このふたりは「国家社会主義地下組織」に所属、もうひとりのメンバーは11月8日に警察へ自首、さらにもうひとりが逮捕されている。自首した女性は、自分たち3人が生活していた家に放火したとされている。 その自宅から被害者の遺体を撮影したDVDや、射殺に使用されたとみられる銃が見つかっているのだが、炎上した家の中からDVDが見つかったという説明に納得していない人もいる。 2000年以来、このグループは8名のトルコ系住民とひとりのギリシャ系住民、そして警官ひとりを殺害していた疑いが強まり、メディアも大きく取り上げるようになった。 殺人を始める前、1997年1月に3人は模擬爆弾を新聞社や警察に送りつけ、捜査の対象になっている。9月にはイェーナの劇場前にも模擬爆弾を置き、逮捕されているのだが、すぐに釈放されたともいう。 翌年の1月には家宅捜索を受け、パイプ爆弾やTNT火薬1.4キログラムが発見され、逮捕令状が出されたのだが、誰も逮捕されていない。警察が監視する中、3人は逃走してしまったのである。それから13年間、捜査当局は3人を捕まえることができなかった。 捜査当局が殺人を犯罪組織の犯行だと決めつけていたこともあるが、逃走を誰かが助けていたのではないかとも見られている。ネオナチの仲間が助けたと考えるのが常識的なのだろうが、この3人が治安当局のエージェントと関係していた疑いもある。 NATO諸国では情報機関と「極右」は緊密な関係にある。1949年4月、ソ連に対抗するという名目で米英を中心に創設されたNATOには極秘の破壊工作部隊が存在、その部隊が極右と連携していたのだ。 秘密部隊の存在が公式に認められたのは1990年10月のこと。イタリアのジュリオ・アンドレオッチ首相が「いわゆる『パラレルSID』グラディオ事件」というタイトルの報告書を公表したのである。グラディオとは、イタリアにおけるNATOの秘密部隊につけられた名前だ。(SIDはイタリアの情報機関の古い名称) こうした組織が存在することは1972年2月に発覚している。イタリア北東部の森で子供が秘密の兵器庫を発見したのである。その1週間後、準軍事警察の捜査官が別の兵器庫を発見したが、そこにはC4と呼ばれるプラスチック爆弾も保管されていた。 それから間もなく、準軍事警察の捜査官を狙った「爆弾テロ」があったが、これは「赤い旅団」の仕業にされてしまった。その後、爆弾事件の捜査は有耶無耶になってしまう。この事件を1984年に再開させたのがフェリチェ・カッソン判事。そしてNATOの秘密部隊にたどり着いたのである。 イタリアで秘密部隊の存在が確認された後、ギリシャ、ドイツ、オランダ、ルクセンブルグ、ノルウェー、トルコ、スペインなどにも存在したことが確認されている。NATOの元情報将校によると、NATOには秘密の議定書があり、「右翼過激派を守る」ことを義務づけているのだという。西ヨーロッパで左翼が勢力を伸ばさないようにすることもNATOの重要な役割だということだ。 1970年代から1980年代の初頭にかけてイタリアでは「爆弾テロ」が頻発、「左翼過激派」の犯行だとされたが、実際は情報機関が右翼過激派に実行させていたことが後に判明している。こうした活動に参加していた疑いのある人物の「亡命」を日本政府は迅速に認めている。
2011.11.17
ウォール街で始まった「占拠運動」を押さえ込むため、各地で警察が一斉に運動の参加者を排除した。何者かの指揮に従ってのことだろうと推測した人は多いだろうが、カリフォルニア州オークランドのジーン・クアン市長は、18市で話し合っての行動だと語っている。 そうした市の話し合いの裏では国土安全保障省やFBIなどが連携して動いていると伝えられている。こうした連邦機関から各地の警察は戦術や計画立案のアドバイスを受けているというのだ。 もっとも、ウォール街での活動が呼びかけられた7月には、CIAのベテラン秘密工作員がニューヨーク市警へ「副コミッショナー」として派遣されているわけで、驚くほどのことでもないが。 圧倒的な警察力を見せつけ、活動へ参加する意志を萎えさせようとしたらしい。真夜中すぎに排除をした理由のひとつは、ジャーナリストが少ない時間帯ということだったようだ。 しかし、こうした思惑は外れた。大量動員された警官によって人びとは追い出され、テントなども持ち去られてしまったが、参加者の意気はむしろ揚がっている。インターネットの発達した現在、メディアの存在も大きな意味を持たない。そもそも有力メディアは抗議活動に敵対する立場。つまりウォール街の立場から報道してきたわけで、警察は気にする必要もなかったのだ。 ともかく、一旦は排除されたものの、泊まる権利はなくても演説する権利はあるということで、多くの人がズコッティ公園に再び集まり、盛り上がっている。策が裏目裏目に出るというときは負け戦。ロナルド・レーガン政権から始まった新自由主義経済、つまり不公正なルールに基づく富の独占と経済のカジノ化はすでに破綻しているのだ。この状況を放置していると、支配体制そのものが崩壊するだろう。
2011.11.16
肺がん治療薬のイレッサでは日本側の承認や情報の開示が問題になっているが、アメリカでの新薬承認も厳格とは言えない。日本の行政当局にも少なからぬ問題があることは言うまでもないが、TPP(環太平洋連携協定)が結ばれたなら、安全性に問題があってもアメリカの決定を受け入れなければならない局面も出てくるだろう。被害が生じても政府や会社の責任は問わない・・・これが日本の裁判所が示している姿勢だ。巨大企業のしたい放題になる可能性が高い。 利益のためなら何でもする企業を象徴するような人物のひとりがドナルド・ラムズフェルド元国防長官だ。イラクへの先制攻撃などで国防長官として好戦的な姿勢を明確にしたラムズフェルドだが、1977年から85年にかけてGDシアーレという医薬品会社の経営に携わっている。1985年にこの会社はモンサントに吸収された。 当時、この会社は経営状況が悪化していて、新薬で苦境を脱しようと目論んでいた。その薬をFDA(食品医薬品局)は認可しない。薬品の検査報告が偽造されていた疑いがあったのだ。悪性腫瘍を良性と偽り、死んだラットを生きていることにしていたという。そんなときにラムズフェルドは経営者として迎え入れられたのである。 FDAは検察に対し、GDシアーレの違法行為を伝えたが、FDAの規定が曖昧だという理由で不起訴にしている。この件を担当した検事はジョージ・H・W・ブッシュ政権で運輸長官に就任したサム・スキナーである。 この会社は人工甘味料でもFDAと対立していた。この物質は脳に病変を起こすとワシントン大学医学部のジョン・オルニー博士が証明、安全だと主張する会社側と対立していたのだが、1980年9月に問題の甘味料を許可しない評決が出ている。 ところが、この年の大統領選挙でレーガンがジミー・カーターの再選を阻止した直後にFDAの局長は解任され、政権発足後の4月には新しい局長としてアーサー・ハル・ヘイズが就任する。ヘイズは1960年代に陸軍の医療部隊に所属、化学戦の研究をしていたエッジウッド訓練場にいた人物。1981年7月、ヘイズはGDシアーレの人工甘味料を認可してしまう。 ラムズフェルドはギリアド・サイエンスという製薬会社の会長を1997年から2001年まで務めている。インフルエンザの「特効薬」だと宣伝されていたタミフルを売っていた会社だ。 しかし、この薬はインフルエンザの特効薬とは言えない。早い段階に服用すれば、少し早く直るという程度の薬にすぎない。2005年に鳥インフルエンザの患者が東南アジアで発見されたが、そのときにベトナムの医者はイギリスのタイムズ紙の記者に対し、WHOの指針に従って処方したものの、タミフルが効かなかったと話している。タミフル信仰が日本だけでの現象だったのは当然だろう。
2011.11.16
肺癌治療薬のイレッサ(ゲフィチニブ)による副作用に対する国と製薬会社アストラゼネカの責任が問われている裁判で、東京高裁(園尾隆司裁判長)は国と製薬会社の責任を認めないという判断を示した。一審の東京地裁は国と製薬会社の責任を認め、患者2人の遺族に計1760万円を支払うよう命じていたが、この判決を取り消したわけだ。 この判決があったのは11月15日のこと。ハワイで開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議で野田佳彦首相はバラク・オバマ米大統領に対し、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の交渉で「貿易自由化のためにすべての物品およびサービスを交渉のテーブルに載せる」ことを約束した疑いが濃厚だが、その直後ということになる。この判決はTPPの行く末を暗示しているようにも見える。 イレッサ裁判では、薬の副作用で間質性肺炎を発症する危険性があることを十分に注意喚起したかどうかが争われていた。2002年7月に薬の輸入が承認された際、アストラゼネカは医師向け添付文書の「重大な副作用」欄に間質性肺炎を記載しただけで、「警告」欄がなかったことなどが問題になっている。 イレッサの輸入承認が申請されたのは2002年1月。半年後には世界に先駆けて日本で承認されたのである。異例のスピード承認だった。アメリカのFDA(食品医薬品局)が承認したのは2003年5月のこと。ただ、2005年1月にアストラゼネカはEMEA(ヨーロッパ医薬品局)への承認申請を取り下げ、同年6月にはFDAがイレッサの新規使用を原則禁止にしている。日本での迅速な承認は製薬会社にとってビジネス上、大きな意味があったということだ。 ちなみに、アストラゼネカはロンドンに本社をおく会社。スウェーデンで1913年に創業されたアストラとイギリスのゼネカが1999年に合併して誕生した。ゼネカは1993年にイギリスの巨大化学会社ICIから分離して作られている。 こうした経緯を考えると、日本が承認した時点でイレッサの安全性には疑問があったはず。これは厚生省(後の厚生労働省)も認識していたようで、承認する際に「非小細胞肺癌(手術不能又は再発)に対する本薬の有効性及び安全性のさらなる明確化を目的とした十分なサンプルサイズを持つ無作為化比較試験を国内で実施すること」という条件をつけていたという。当然、こうした状況を厚生省や製薬会社は明確に医師や患者へ伝える義務があったはずである。 承認から10日後には最初の死亡例が報告され、死亡例は年末までに180名、翌年は202名、2004年には175名を数えている。2010年3月までには810名の死亡例が報告されているが、その中には「副作用によるといえないものが相当ある可能性」があると園尾裁判長は指摘したという。ならば、その点を具体的にきちんと説明する義務が裁判官にはある。 甲状腺癌、白血病、心臓病などからはじまり、さまざまな癌、免疫力の低下に伴う病気の多発、知的障害・・・おそらく、数年後から、東電福島第一原発の事故に伴う放射能障害が隠しきれなくなるはずで、イレッサと同じ議論が繰り返されることが予想できる。この「薬害判決」はTPPを先取りしているだけでなく、原発事故の被害に対する裁判所の姿勢を示しているようにも思える。その時、公的な健康保険制度が崩壊している可能性も小さくはない。短命化が進めば年金を受け取れる人も少なくなると皮算用している人もいるだろう。
2011.11.16
11月12日、ハワイで開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議で野田佳彦首相はバラク・オバマ米大統領に対し、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の交渉で「貿易自由化のためにすべての物品およびサービスを交渉のテーブルに載せる」ことを約束したとホワイトハウスは言明している。 ちなみに、その前日の夜、野田首相は官邸でヘンリー・キッシンジャー元米国務長官と会談している。TPPについて首相はキッシンジャーに脅されたという人もいるが、十分にありえる話だ。 野田首相が目指しているアメリカの社会では矛盾が極限に達し、多くの人たちが声を上げ始めている。「ウォール街を占拠しろ」と立ち上がった人たちの行動に共感した人はアメリカだけに止まらず、西ヨーロッパへも波が伝わっている。 アメリカの不公正なルールに対する抗議では、少なくともひとりの死者とひとりの重傷者が出ている。こうした世界へわざわざ飛び込もう、いや日本の庶民を放り込もうとしている野田首相は間違いなく歴史に名を残すだろう。 そのアメリカでは抗議活動に対する警察の弾圧が激しくなっている。活動の象徴とも言えるウォール街のズコッティ公園では15日の午前1時20分頃に警察がブルドーザーを持ち込んでテントなどを排除、その際に200名以上とも言われる逮捕者が出たと報道されている。 マイケル・ブルームバーグ市長も焦っているようだ。現在のアメリカは戦争と投機を両輪にして走っているわけで、投機の中枢、ウォール街で抗議活動が続くことを支配層は嫌がっているだろう。が、裁判所は抗議活動をしている人々が公園に止まることを認める決定をした。再び公園に人びとが戻って来る可能性が高くなった。 ウォール街での活動が始まったのは9月17日のことだが、呼びかけは7月13日から。本ブログでもすでに書いたように、7月にはニューヨーク市警へCIAからベテランの秘密工作員が派遣され、「副コミッショナー」というポストに就いている。「テロ対策」ということだが、ある書の人々にとって、ウォール街で抗議する人も「テロリスト」に見えることだろう。 CIAにしろ、その前身であるOSSにしろ、初期の幹部はウォール街の人間だった。OSSを指揮していたウィリアム・ドノバンはウォール街の弁護士であり、ドノバンの友人で大戦中から戦後にかけて破壊工作を指揮していたアレン・ダレスも同じくウォール街の弁護士。ダレスの側近で戦後は破壊工作を担当する極秘機関OPCを指揮したフランク・ウィズナーもウォール街の弁護士だ。 カネ貸しや博奕の世界には暴力がつきものということなのかもしれないが、TPPを日本に強要しているグループはこうした世界の住人である。
2011.11.15
11月12日にイランで革命防衛隊の基地が爆破され、ミサイル開発プログラムの中心的な人物で新しい長距離弾道ミサイルを開発していたハッサン・モガダムを含む17名が殺されたと報道されている。 イスラエル軍に情報源を持つと言われるコメンテーターのリチャード・シルバースタインによると、爆破したのはイスラエルの情報機関モサドで、MEK(ムジャヒディン・ハルク)の協力を得て実行したのだという。 MEKやクルドの分離独立派をアメリカやイスラエルの情報機関が手先として使っていることは、以前から指摘されている。「ジュンダラー(神の兵士)」と名乗るスンニ派のアル・カイダ系グループもイラン国内でアメリカの秘密工作に協力している。 また、イランの核施設で使われているコンピュータに、新しいウイルス「ドゥク」が感染していたともいう。以前、スタックスネットなるコンピュータ・ウイルスの感染でイランの核開発が遅れたこともあるが、同じような手法を使ったということなのだろう。感染に気づかずに動かしていると、深刻な放射能汚染をもたらしかねない。 現在、シリアが内乱に近い状態になっているが、この混乱にはバシャール・アル・アサド大統領のオジにあたるリファート・アル・アサドを中心とする勢力、あるいは父親の政権で要職にあった人物で今はパリを拠点にしているアブドゥル・ハリム・カーダムを中心とする勢力などが関係している。トルコを拠点としている「シリア自由軍」は、自分たちの兵力を1万5000名だと主張している。 そうした反体制派の背後では、ネオコン(アメリカの親イスラエル派)などが蠢いている。米国務省がシリアの反体制派に資金を提供していたことを示す外交文書も公表されている。 サウジアラビアなどスンニ派の湾岸独裁産油国は、イラン、イラク、シリア、レバノンのつながりを警戒してきた。イラン攻撃の動きとシリアの混乱やイランへの戦争圧力を無関係だと考えることはできない。
2011.11.14
ホワイトハウスの発表によると、野田佳彦首相はバラク・オバマ米大統領に対し、貿易自由化のためにすべての物品およびサービスを交渉のテーブルに載せると語り、大統領は歓迎したとしている。全てのTPP加盟国は、合意の高い水準を満たす準備をする必要があると大統領から言われての回答だという。 日本側は文書のこの発言部分について「事実無根だ」と抗議し、アメリカ側も発言はなかったことを認めたと日本のマスコミは報道しているが、アメリカ側の発表は取り消されていない。アメリカ政府が発表した通りに野田首相は発言した疑いは濃厚だ。 日本の政治家は国外に出ると口が軽くなるらしく、新自由主義を日本の持ち込んだ中曽根康弘首相(当時)も1983年1月、アメリカを首相として初めて訪問した際、日本列島を「不沈空母」(正確には「大きな航空母艦」だった)と表現、「四海峡封鎖」といった露骨にソ連を敵視する発言をしている。 この発言を報じたのはワシントン・ポスト紙。当初、日本側は事実無根だと主張していたが、インタビューの内容を新聞社側は記録していたため、嘘がばれてしまった。 同紙によると、中曽根首相は「日本列島をソ連の爆撃機の侵入を防ぐ巨大な防衛のとりでを備えた不沈空母とすべきだ」と発言、さらに「日本列島にある四つの海峡を全面的かつ完全に支配する」とし、「これによってソ連の潜水艦および海軍艦艇に海峡を通過させない」と語ったのである。 この発言から3カ月後、アメリカ海軍は千島列島エトロフ島の沖で大艦隊演習「フリーテックス83」を実施、空母を飛び立った艦載機がエトロフ島に仮想攻撃をしかけ、志発島の上空に侵入して対地攻撃訓練を繰り返したとも言われている。 その年の8月31日から9月1日にかけては大韓航空007便がソ連の領空を侵犯、重要軍事基地の上空を飛行した末に撃墜されたようだが、その前に007便はアメリカ軍が定める緩衝空域と飛行禁止空域に侵入、警告を受けずに横断している。 そして11月、NATO(北大西洋条約機構)軍は軍事演習「エイブル・アーチャー83」を計画、これをソ連の情報機関KGBは「偽装演習」だと疑い、全面核戦争を仕掛けてくるのではないかと警戒、全面核戦争の寸前だった。
2011.11.14
アメリカでは、共和党の大統領候補がイランを攻撃しろと合唱している。民主党のバラク・オバマ大統領も否定はしていない。イスラエルの現政権はイラン攻撃に積極的な姿勢を見せ、ブレーキをかけようとしている人びとを黙らせようとしている。そうした弾圧の矛先はモサド(イスラエルの情報機関)やシン・ベト(イスラエルの治安機関)の元長官にも向けられている。 イランが攻撃された場合、その影響はイラクの比ではないと予測する人は少なくない。ホルムズ海峡が封鎖されることになれば、湾岸の産油国からも石油が輸送できないという事態になりかねない。アメリカあたりからイランを攻撃すると耳打ちされれば、必死に原発を再稼働させようという策しか思い浮かばないのが日本の「エリート」だ。 2010年の場合、日本はエネルギーの42%を石油に頼り、86%を中東に依存している。国別に見ると、サウジアラビアが30%、アラブ首長国連邦が21%、カタールが12%、イランが11%、クウェートが8%の順で、イスラエルやアメリカがイランを攻撃して湾岸の産油国からの石油が途絶えた場合のダメージは大きいはずだ。それに対し、アメリカの中東依存度は23%、イギリスは6%、ドイツは11%、フランスは29%にすぎない。 このように中東依存度の低いEUだが、最近ではロシアとの関係を深めている。例えば、11月8日、ロシアの天然ガスをバルト海経由でドイツへ輸送するパイプラインが稼働している。ウクライナなどアメリカの手が入っている国を迂回し、ロシアから直接、EUへ天然ガスを供給するルートができたのである。 イラン攻撃に積極的なグループは、日本の歴代政府やマスコミが従ってきた相手と重なる。1993年1月から2001年1月までアメリカ大統領を務めたビル・クリントンは、そうしたグループと敵対関係にあり、さまざまなスキャンダル攻勢をかけられている。 そうしたスキャンダルの中心的なものが「ホワイト・ウォーター疑惑」で、特別検察官の切り札的な証人がディビッド・ヘイルだった。 架空融資による200万ドル以上の横領容疑でFBIはヘイルを捜査していたのだが、友人のアーカンソー州最高裁判事ジム・ジョンソンのアドバイスもあり、事件を担当していたポーラ・ケイシー検事に「アーカンソーの政界に関する重要な情報を持っているので起訴しないでほしい」と持ちかけた。 この提案が拒否されると、ニューヨーク・タイムズ紙のジェフ・ガース記者を使って彼らのストーリーを宣伝、1993年11月に担当検事はケイシーからドナルド・マッケーに交代させられる。その後、ケネス・スターが特別検察官に任命されて調査するのだが、この件では何も出てこなかった。 1998年3月には、ヘイルが反クリントン・キャンペーンを展開しているグループから多額の資金を受け取っていたとする証言も飛び出し、検察側の偽証工作もインターネット・マガジンの「サロン」が明らかにしている。 このスキャンダル攻勢では大富豪が黒幕として登場している。ニュート・ギングリッジ下院議長(当時)のスポンサーだったシカゴのピーター・スミスやメロン財閥の一員で情報機関とも緊密な関係にあるリチャード・メロン・スケイフが特に重要な役割を果たしている。 検察の偽証工作が明るみに出たことを知らない日本人は、ホワイト・ウォーター疑惑がなぜ消えてしまい、クリントン大統領が辞任しなかったのか、わからなかっただろう。スケイフの役割も日本の「有力メディア」は報道していない。 安定した中東は日本の利益に結びついている。本来なら、日本政府は体を張ってもイラク攻撃を阻止しなければならなかった。今は、イラン攻撃の動きを止めるように努力しなければならない。
2011.11.13
カリフォルニア州オークランドで抗議活動の拠点になっているフランク・オガワ広場の入り口近くで、活動の参加者と見られる人物が射殺された。市議会のラリー・リード議長は責任を活動側に押しつけ、広場から追い出すべきだとしているが、直接的な問題は当局の暴力的な姿勢にあると言うべきだろう。 この地区の活動に対する態度は強硬で、10月25日には警官が発射したと見られる「非致死性」の弾丸が頭部に命中した活動の参加者、スコット・オルセンが重体になるという事件があった。 一連の抗議活動に支配層は危機感を募らせている。それだけ、参加者は核心に迫っているということである。 資本主義は強欲を「是」とするシステムであり、強者総取りは本来の姿。だが、この仕組みは社会から富を奪い尽くした時点で破綻してしまうため、侵略と略奪がどうしても必要になる。スメドリー・バトラー米海兵隊少将が「戦争は押し込み強盗」と言ったのはこのことである。 ジョージ・W・ブッシュ政権はアフガニスタンとイラクを先制攻撃して破壊と殺戮の裏で略奪を試みている。米英仏軍のリビアに対する軍事行動も目的は同じだが、戦争による略奪で経済の行き詰まりを打開するという手法は限界に達している。 監視システムを強化し、基本的な人権を無視した取り締まり、要するにファシズム化で乗り切ろうとしているグループもいるようだが、そうした試みを崩しかけているのがウォール街で始まった抗議活動だ。 こうしたアメリカ的な経済システム、新自由主義経済を導入するため、日本の支配層も着実に前進してきた。中曽根康弘政権が足場を組み、小泉純一郎政権が一気に導入、野田佳彦政権はTPP(環太平洋連携協定)で仕上げようとしている。 野田首相は11月11日の夜、官邸でTPPの交渉に参加する方針を表明したというが、その先に地獄が待ち受けていることを少なからぬ日本の庶民も見抜いている。日本政府の思惑通りにことが運ぶとは,まだ言えない状態だ。
2011.11.11
バラク・オバマ米大統領は海兵隊をオーストラリアへ移動させるようだ。現在、太平洋地域における海兵隊の3分の2は沖縄とグアムに集中、中国のミサイルが高性能化する中、分散させる必要があると判断したと見られている。要するに、アメリカ政府は沖縄の米軍基地に執着していない。むしろ、沖縄に基地が集中している現状を懸念している。 アメリカとオーストラリアは軍事同盟を結んでいる。オーストラリア、ニュージーランド、そしてアメリカのアングロサクソン系の3カ国で1951年9月、日米安全保障条約が結ばれる1週間前に結んだANZUS条約に基づく。ただ、ニュージーランドは反核政策を理由に、防衛上の義務を1986年に打ち切っている。 オーストラリア、ニュージーランド、アメリカは、カナダやイギリスとUKUSA(ユクザ)と呼ばれる電子情報機関の連合体にも参加している。その中心は名前でも明らかなようにUK(イギリス)とUSA(アメリカ)、つまりGCHQとNSAだ。1947年、あるいは48年にUKUSA協定が結ばれた当初はイギリスとアメリカの2国間協定だった。 1972年9月11日にアメリカ政府は軍事クーデターでチリのサルバドール・アジェンデ政権を倒しているが、その際にオーストラリアの対外情報機関ASISも協力したと言われている。この年の12月に行われた総選挙で労働党が大勝している。 首相に就任したゴウ・ウイットラムはASISに対してCIAとの協力関係を断つように命令、翌年の3月には同国の対内情報機関ASIOのオフィスを捜索、UKUSAが使っていたパイン・ギャップ基地の使用期限を延長しないのではないかという懸念が生じた。 そして1975年11月、イギリス女王エリザベス2世の総督、ジョン・カー卿はウイットラム首相を解任してしまう。オーストラリアはイギリスの支配下にあったのだ。ちなみに、カーは第2次世界大戦の最中、1944年にオーストラリア政府の命令でアメリカへ派遣され、CIAの前身であるOSSと一緒に仕事をしている。 ニュージーランドの電子情報機関はGCSBだが、この機関は自国の政府でなく、NSAやGCHQの指揮下にある。組織の中心では、両機関から派遣されてきた人間が活動しているのだ。 1984年から90年にかけての労働党政権の時代、政府はGCSBの活動内容を把握していなかった。つまり、GCSBは国家内国家として機能していた。UKUSAに参加するとは、そういうことだ。アングロサクソン系の5カ国とは違うが、日本もこのUKUSAに加わっていることの意味は重い。 ただ、沖縄の基地問題では、アメリカ政府でなく日本側の思惑が反映されている。これは海兵隊の再編でも明らかだ。
2011.11.11
クリスマスの頃にイスラエルはイランを攻撃する可能性があり、そうなればアメリカが支援するとイギリス政府のトップは認識していると報道されている。先日、IAEA(国際原子力機関)が発表したイランの核開発に関する報告書が攻撃を正当化する根拠にされそうだ。 この報告書が出された後、イスラエル政府の高官はモハメド・エルバラダイ前IAEA事務局長を「イランのスパイ」だと中傷している。自分たちの思い描くシナリオに反する発言をしていたからだろうが、それより天野之弥事務局長をアメリカの操り人形と見る人が多数派だろう。天野事務局長とアメリカとの親密な関係は、アメリカ国務省の「お墨付き」だ。 IAEAの報告書でイランの核兵器開発が裏づけられたと考えている人はほとんどいないだろう。報告書の情報源だと見られているアメリカやイスラエルもそうだろう。報告書を読んですぐに気がつくのは、may、might、couldといった単語。要するに、「かもしれない」という次元の話であり、結論をひとことで表現するならば、「証拠はないが、怪しい」だ。 しかも、ロシアの科学者に関する情報で大きな間違いも指摘されている。 ロシアがイランの核開発に協力していることは公にされた事実。秘密でも何でもない。イランの核施設を制御するコンピュータにウイルスが組み込まれていることに気づき、大事故を防いだのもそうしたロシアの専門家だったと言われている。 そうした科学者のひとりだとされているのがビヤチェスラフ・ダニレンコ。核弾頭に関する情報をイランに提供したとされたのだが、このダニレンコは微小ダイヤモンド製造の第一人者であり、核兵器の開発につながる人物ではなかった。しかもウクライナ人だという。 国の資産を吸い上げている巨大資本にとって戦争は願ってもないビジネスチャンスなのかもしれないが、アフガニスタンを先制攻撃して以来、アメリカの国力は急速に低下している。イラン攻撃で止めを刺されるのは、アメリカかもしれない。
2011.11.10
ウォール街から始まった不公正な政治経済システムへの抗議行動は、まさに燎原の火のように広がっている。大西洋を越え、ウォール街とならぶ金融の中心地、シティを抱えるロンドンでも火の手が上がったようだ。 アメリカにしろイギリスにしろ、抗議活動を警察力で抑え込もうとしているようだが、これは逆効果。これまで蓄積されてきた「強者総取り」の新自由主義経済に対する怒りが燃え上がり始めたのであり、簡単に消すことはできない。金融/投機に対する規制を強化し、大企業や富裕層を優遇する政策を改めないなら、資本主義システム自体が揺らぐ可能性すらある。 今、欧米で繰り広げられている抗議活動はイデオロギーに基づくものではなく、生活に根ざしたもの。インテリの道楽ではない。 日本で新自由主義的な政策が本格的に導入されたのは中曽根康弘政権。小泉純一郎政権で一気に進み、野田佳彦政権はTPP(環太平洋連携協定)で仕上げようとしている。欧米で激しく抗議されているシステムの中に日本人を放り込もうとしているわけだが、日本でも火の手が上がったことを野田首相は気づいていないのだろうか?
2011.11.09
11月8日にIAEA(国際原子力機関)が発表したイランの核開発に関する報告書には、予想された通り、イランが核兵器を開発していることを示す直接的な証拠は含まれず、疑惑を列挙するだけだが、2001年9月11日から間もない段階でアメリカの親イスラエル派はイラン攻撃をスケジュールに書き込んでいた。報告書の中身には関係なく、イランを攻撃しろと叫び続けることだろう。 リチャード・チェイニー元副大統領は「1パーセントでも起こる可能性があれば、必ず起こると想定して行動しなければならない」と主張していた。この考え方に従えば、イラクと同じように、イランを攻撃するべきだということになるのだろうが、アメリカという国にとって、イラクへの先制攻撃は大失敗だった。 今回、疑惑があるとする根拠になっている情報は、IAEA独自の調査やIAEA加盟国から得た情報に基づいているとしているが、事実上、アメリカの情報機関から得たものだと推測されている。イラク攻撃の前、自らが旗を振ったことを反省しているのかもしれないが、こうした手順を踏むことができるのは、IAEAがイラク攻撃時とは違っているからである。 2009年にIAEAの事務局長はエジプトのモハメド・エルバラダイから日本の、つまりアメリカ追随の天野之弥に交代している。この新事務局長がアメリカと蜜月の関係にあることはWikiLeaksが明らかにした文書で再確認されている。イラン問題で日本は否応なしに当事国として巻き込まれているわけだ。 イラクが「大量破壊兵器」を開発しているとアメリカ政府は宣伝、先制攻撃へと雪崩れ込んだのだが、この主張が嘘だということを「内部告発」した人物がいる。1992年から1995年まで駐ガボン大使を務めたジョセフ・ウィルソンだ。2003年7月6日付けのニューヨーク・タイムズ紙で、イラクがニジェールからイエローケーキ(ウラン精鉱)を入手しようとしたとする情報は正しくないとアメリカ政府へ報告していたことを明らかにしたのである。 この告発があった直後、ウィルソンの妻、バレリー・プレイムがCIAのオフィサーだという事実を何者かがリーク、ワシントン・ポスト紙のコラムニストだったロバート・ノバクが紙面で明らかにしている。 タイミングから考え、ウィルソンの告発に対する報復だと考えられたのだが、別の側面も指摘されている。プレイムはイランの核兵器開発を調査していたCIAのメンバーで、ネオコン(アメリカの親イスラエル派)にとって好ましくない判断をしていたと言われている。イランが核兵器を開発しているとする主張に否定的だったというのだ。 核兵器を開発している明白な証拠がないというだけでなく、作戦の困難さから攻撃に反対する人もいる。少なくとも400カ所を攻撃する必要があり、イランの核施設を全て破壊することは不可能に近いというのだ。 そこで、イスラエルはGBU-28(バンカー・バスター)という爆弾を欲しいと言い始める2005年のことだ。この爆弾は5000ポンドの「レーザー誘導地中貫通爆弾」で、地表から100フィート(約30m)、鉄筋コンクリートなら20フィート(約6m)を貫通できるという。ジョージ・W・ブッシュ政権は2009年か10年に引き渡すとイスラエル側に約束、オバマ大統領は2009年に問題の爆弾55発を提供している。
2011.11.09
11月3日と4日、フランスのカンヌでG20サミット(20ヶ国・地域首脳会合)が開かれたが、その際、ニコラ・サルコジ仏大統領がバラク・オバマ米大統領との私的な会話の中で、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相を「嘘つき」と表現、話題になっている。この表現自体は驚きでないのだが、ネオコン(親イスラエル派)に近いと見られていたサルコジの口から出たことは興味深い。 10月31日、パレスチナをUNESCOへ加盟させるかどうかを決める投票があり、賛成107票、反対14票で認められた。その投票でフランスは賛成に投票していたわけで、今回、「口が滑った」ということではないようだ。イスラエルと友好的な関係にあった人びとからもイスラエルは見放されはじめているのかもしれない。 そのイスラエルは現在、イランを攻撃するべきだと叫び、アメリカやイギリスが同調する姿勢を見せている。「核開発」を理由にしてのことだが、事実上、その主張を後押ししているのがIAEA(国際原子力機関)。決定的な証拠があるわけではないのだが、怪しいというわけだ。 旧ソ連の核科学者、ビヤチェスラフ・ダニレンコが核弾頭に関する情報をイランに提供したという話も流れているが、ダニレンコは民生用の技術だと説明しているようだ。イラン攻撃にはロシアや中国が強く反対しているので、旧ソ連の科学者を巻き込むことで反対意見に対抗しようとしているのかもしれない。 アメリカ陸軍のウェズリー・クラーク退役米陸軍大将によると、2001年9月11日の出来事から間もなく、イラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、イランを軍事侵攻する計画があったという。統合参謀本部ではなく、ホワイトハウスで練られたものらしい。 このうちイラクへはすでに軍事侵攻し、破壊、略奪、殺戮で国は壊滅状態だ。レバノンでは2005年2月にラフィク・ハリリ元首相が、また06年11月にはマロン派キリスト教徒の指導者だったピエール・ジェマイエルが暗殺されている。いずれもシリア犯行説が流されたのだが、本ブログでも指摘したように、いずれも根拠は薄弱だった。 ソマリアやスーダンは内戦で荒廃、リビアでは米英仏軍によってムアンマル・アル・カダフィ体制が倒された。カダフィ親子は拘束された直後に「処刑」され、反カダフィ派の拠点だったベンガジでは裁判所の建物にアル・カイダの旗が掲げられている。 米英仏軍が利用した「反カダフィ派」の主力部隊は、アル・カイダと緊密な関係にあるLIFG(リビア・イスラム戦闘団)。アメリカ政府もこの組織を「テロリスト」だと認定し、アルカイダにつながる危険な存在だとジョージ・テネットCIA長官(当時)は上院情報委員会で証言している。アメリカ政府は「テロリスト」を同盟相手に選んだということだ。 もっとも、アル・カイダはアメリカの情報機関や軍がアフガニスタンで育て上げた武装集団であり、旧ユーゴスラビアでの内戦でもアメリカは手を組んでいる。2001年7月、つまり「9/11」の直前にCIAの人間がアル・カイダの象徴、オサマ・ビン・ラディンとアラブ首長国連邦ドバイの病院でCIAの人間と会ったとフランスのル・フィガロ紙は報道していた。アメリカとアル・カイダとの関係は長い。
2011.11.08
TPP(環太平洋連携協定)に対する批判が予想外に高まり、日本政府はかなり追い詰められているようだ。韓国政府は自由貿易協定(KORUS FTA)を推進する際、強い反対意見を弱めるために朝鮮半島の軍事的な緊張を利用した。 その過程を振り返ると、昨年3月の哨戒艦沈没事件を朝鮮の犯行だと言い始めたのが5月、11月には軍事演習「ホグク(護国)」で朝鮮を挑発し、大延坪島の砲撃事件につながった。こうした中、強行突破を図ったのである。なお、その間、9月に石垣海上保安部は「日中漁業協定」を無視する形で中国漁船の船長を尖閣諸島の付近で逮捕している。 アメリカの意向に従うため、日本政府も韓国政府の真似をする可能性があると予測することは容易だったが、昨年9月と同じシナリオを使うとは予想外だった。詳しい情報は不明だが、今月6日、長崎海上保安部は五島列島の領海上で中国漁船の船長を逮捕したのだ。別のプランを検討する余裕がなかったのかもしれない。日本の庶民を侮っていたのだろうか。
2011.11.07
イスラエルは追い詰められている。先日もガザ支援船を公海上で襲撃、乗組員を拉致しているだけでなく、イランを攻撃すると息巻いているのだが、その背景には世界の中で孤立化している現実がある。 イランを攻撃する理由として「核兵器開発」が宣伝されている。イラク攻撃前の「大量破壊兵器」を思い起こさせる議論だが、今回はアメリカの政府機関でなくIAEA(国際原子力機関)の報告だという。事務局長がエジプトのモハメド・エルバラダイから日本の、つまりアメリカ追随の天野之弥に交代した効果が出てきたようだ。 イランが核兵器を開発していることを示すというIAEAの「証拠」はコンピュータのシミュレーションに関する情報、つまりイランが核弾頭のコンピュータ・モデルを作ったことなのだという。 イランに限らず、原子力発電に執着している国は核兵器に興味があるだろうが、だからといって核兵器の開発が迫っているとは言えない。実際、IAEAも核兵器を開発している具体的な証拠は見つけていないのだ。 そもそも、核物質を盗みながら核兵器を開発、今では世界有数の核兵器保有国になったイスラエルに文句を言う資格はない。イスラエルが保有する核弾頭の数は、ジミー・カーター元米大統領によると150発、イスラエルの核開発を内部告発した元核技術者のモルデカイ・バヌヌによると200発以上、イスラエル国防軍の情報機関ERD(対外関係局)で機密情報に触れる立場にいたアリ・ベンメナシェによると1981年の時点で300発以上だとされている。 本ブログでもすでに書いたことだが、遅くとも2001年9月11日の直後、アメリカ政府はイラン攻撃を予定していた。「9/11」の10日ほど後にはイラク攻撃が決まり、アフガニスタンを攻撃しはじめたころには攻撃対象国がさらに広がっていた。 当時、アメリカ陸軍のウェズリー・クラーク大将がペンタゴンで見せられた攻撃予定国リストには、イラクからはじまり、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そしてイランが載っていたという。イラク攻撃の前、統合参謀本部の中には開戦の無謀さを訴える将軍が少なからずいたのだが、結局はホワイトハウスに押し切られている。 このリストを作成したのは、「9/11」の後にジョージ・W・ブッシュ政権で主導権を握ったネオコン(親イスラエル派)だろうが、その後の展開を見ると、このスケジュールは今でも生きている可能性が高い。 シーア派の恐怖に怯えるスンニ派、つまりサウジアラビアなど湾岸の産油独裁国はイラン、イラク、シリア、レバノンのつながりを警戒してきた。サダム・フセインはスンニ派だったが、国民の多数派はシーア派。つまり、ネオコンが作成したと見られる攻撃リストをサウジアラビアなども賛成しているはずだ。リビアもスンニ派のアル・カイダが軍事的に支配しそうな雲行きである。 ちなみに、「9/11」で容疑者とされた人びとの出身国は・・・・・。
2011.11.07
このところ、TPP(環太平洋経済連携協定)の危険性を指摘する意見が広がり始めているようだ。昨年10月に菅直人首相(当時)が所信表明演説で取り上げて以来、マスコミはTPPを推進するべきだという報道を続けてきたのだが、こうした「報道機関」が語ろうとしない闇の部分があることを多くの人が気づき始めている。 報道されない部分に知りたい情報があると考える人びとは、マスコミが重要な情報を隠していると批判するわけだが、それに対する典型的な回答のひとつが「編集権」なるものだ。何を報道するかは自分たちが決めるのであり、読者や視聴者は文句を言うなという態度だ。 マスコミ社員に限らず、心の内面を外部から知ることはできない。TPPにしろ、原発の危険性にしろ、アメリカ政府の情報活動や破壊工作にしろ、マスコミ社員が報道したがらない心の中を知ることはできず、ただ察するしかない。確かなことは、報道しないという事実。情報を伝えないのはテレビ、新聞、雑誌だけでなく、出版社も翻訳を出す際にページ単位で削除したり書き換えてしてしまうこともある。 時代によって程度の差はあるが、日本やアメリカの支配層にとって都合の悪い情報をマスコミは昔から報道したがらない。最近はインターネットの普及によってそうした現実を多くの人が知るようになり、「言論機関」なんていう幻想が消滅しつつあるというだけだ。 過去を振り返ってみると、権力に立ち向かったジャーナリストもいるが、それはあくまでも異端の人。企業としてはプロパガンダ機関としての色合いが濃い。 日本では「自由の国」だとされているアメリカだが、1970年代の後半以降、そうした異端の記者は排除されてきた。収入源や情報源を支配グループに頼っている以上、当然のことなのだ。 しかし、それだけではない。より積極的に権力者たちはメディアへ働きかけている。例えば、第1次世界大戦の最中、1917年にアメリカ政府は戦意を高揚させるため、CPI(広報委員会)を設置している。この委員会に著名なジャーナリストで親英派として知られているウォルター・リップマンが参加している。その当時、毎週、約2万に及ぶ新聞のコラムでCPIの提供した資料が使われていたという。 戦後、アメリカが情報操作を目的としたプロジェクト(モッキンバードと一般に呼ばれているが、正式名称かどうかは不明)が1948年ころにスタートしている。 このプロジェクトで中心的な役割を果たしていたのは、第2次世界大戦中からアメリカの破壊活動を指揮していたアレン・ダレス、モッキンバードと同じ頃に創設された極秘の破壊工作機関OPCの局長だったフランク・ウィズナー、ウィズナーと同じようにダレスの側近だったリチャード・ヘルムズ、そしてワシントン・ポスト紙の社主だったフィリップ・グラハムの4名だ。 以前にも書いたように、ダレスとウィズナーはウォール街の弁護士。ヘルムズの祖父であるゲイツ・ホワイト・マクガラーは国際的な投資家であり、グラハムの義理の父、ユージン・メーヤーは金融界の大物である。 同じ頃、イギリスでもプロパガンダ機関が外務省の内部に設置されている。IRD(情報研究局)で、最大の目的は反コミュニストのプロパガンダを展開すること。MI6(イギリスの対外情報機関)やCIAとも緊密な関係にあり、勿論、多くのジャーナリストが関係しているが、それだけでなく、『アニマル・ファーム』や『一九八四』の作者として有名なジョージ・オーウェルもこの組織に協力している。 その延長線上にあるプロジェクトがBAP(英米後継世代プロジェクト)。1980年代から活動している。イギリスで反米感情が高まっていることを危惧した米英両国のエリートが始めたもので、そのメンバーにも少なからぬメディアの関係者が含まれている。このグループはトニー・ブレア英首相を支えていた柱のひとつだった。 日本の場合、記者クラブ制度がプロパガンダで重要な位置を占めていることは言うまでもない。その実態もインターネットの力で広く知られるようになってきたのだが、そうした時代の変化にマスコミ社員はついていけず、取り残されているようだ。手遅れの時期に小さく報道して「アリバイ工作」することもあるが、そんな小賢しいことをしても見透かされている。
2011.11.06
シリアの都市ホムスで反政府派を鎮圧するために戦車を使用、多くの死傷者が出ていると伝えられている。本ブログでは何度も書いているが、反体制派はアメリカの国務省から支援されているなど、「市民」で単純に表現することはできない。 そうした勢力の中でもバシャール・アル・アサド大統領のオジにあたるリファート・アル・アサドを中心とする勢力、あるいは父親の政権で要職に就き、今はパリを拠点にしているアブドゥル・ハリム・カーダムを中心とする勢力などが有名だ。また、トルコを拠点としている「シリア自由軍」は、自分たちの兵力を1万5000名だと主張している。 歴史的には、1950年代にエジプトを追われたムスリム同胞団のメンバー数千名がシリア、サウジアラビア、ヨルダン、レバノンなどへ逃げたと言われている。そのネットワークも無視はできない。 アメリカ陸軍のウェズリー・クラーク大将によると、2001年9月11日の直後、ペンタゴンで攻撃の対象になっている中東諸国のリストを見せられたという。その中にはイラクだけでなく、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そしてイランが含まれていたと語っている。このうちイラクとリビアは処理済み。中東で残っているのはシリア、レバノン、イランというところだ。シリア政府としても、単なる抗議活動の鎮圧とは考えていないはずである。 イラク攻撃の前、アメリカ政府は「大量破壊兵器」の存在を理由に挙げていたが、全て嘘だったことが今では明確になっている。そしてシリアでも「秘密の核施設」が存在するという話が伝えられているのだが、この説を否定する情報もある。 「9/11」の直後でも、アメリカの統合参謀本部ではイラク攻撃に反対する将軍も少なくなかったので、攻撃リストがそのまま実行されるとは言えない。ただ、攻撃慎重派をジョージ・W・ブッシュ政権がパージした影響がまだ残っている可能性はあり、暴走しないとは言えない。
2011.11.05
ギリシャの経済危機にも深く関与しているゴールドマン・サックスの本社にデモ隊が押しかけて、15人から20人の逮捕者が出ているようだ。サブプライム・ローン不動産の売買では違法行為があったとされたが、ギリシャのケースでは法律に反する行為はなく、ただ不適切な取り引きをしてギリシャ国民やEUを騙しただけだった。そんな銀行が抗議のターゲットになっている。 ゴールドマン・サックスのCEO(最高経営責任者)を務め、アメリカの財務長官にも就任したヘンリー・ポールソンは日本とも因縁がある。郵政の民営化に深く関与しているのだ。 2002年12月、小泉純一郎内閣の時代にポールソンはジョン・セインCOO(最高業務執行責任者)を伴い、西川善文や竹中平蔵と会っている。この会合の後、「郵政民営化」の動きが本格的に始まった。 それだけでなく、セインは「かんぽの宿」売却にも絡んでくる。ギリシャにしろ日本にしろ、ゴールドマン・サックスは経済侵略の先兵として働いているようにも見える。 ゴールドマン・サックスの本社にデモ隊が押しかけた理由は、こうした銀行の役割が知られてきたからにほかならない。新自由主義経済とは公然と富を独占する仕組みであり、公正さは考慮されない。その不公正なシステムに抗議する運動がウォール街で始まり、現在では西ヨーロッパに広がっている。 こうした中、EUでは金融取引に対する規制が議論され、富裕層や大企業への課税強化も主張されている。世界有数の富豪と言われるウォレン・バフェットも富裕層は甘やかされすぎていると主張する。さらに、カトリックの総本山であるローマ教皇庁に続き、英国教会のカンタベリー大主教も不公正な仕組みを変えるように発言している。 ところが、日本では法人税率を下げ、富裕層へ課税を強化する気配はない。それどころか、野田佳彦首相は20カ国・地域(G20)首脳会議で、「2010年代半ばまでに消費税率を段階的に10%までに引き上げる」と宣言している。国民にも国会にも説明しないままの暴走だ。しかも、日本の社会基盤を破壊するTPP(環太平洋連携協定)を強引に締結しようとしている。正気とは思えない。
2011.11.04
リビアのムアンマル・アル・カダフィ体制を倒すことに成功したNATO軍、事実上の米英仏軍の戦争犯罪が問題になり、ICC-CPI(国際刑事裁判所)が調査を始めるとルイス・モレノ・オカンポ主任検察官は語っている。すでにカダフィ側の犯罪行為に関する調査は始まっているので、内戦の両当事者が調査対象になったということになる。 反カダフィ派がカダフィを「処刑」する様子はインターネット上で全世界に広まり、彼の息子が処刑されたことを示す報道もある。最後の激戦地、シルトではカダフィ派の兵士数百名が処刑されたことも明らかになった。 内戦ではNATO軍の空爆で多くの市民が殺されているようだが、そのNATO軍が劣化ウラン弾、あるいはそれに類する武器を利用した可能性も指摘されている。終盤には肌の色が濃いというだけで多くの人が拉致、拘束、拷問されていると報告されている。中には処刑された人もいるようだ。国連は反カダフィ軍が約7000人を拉致、不当に拘束していると批判しているが、そのうち少なからぬ人がアフリカ中南部の出身者だと見られている。 そうした中、カダフィの生き残った息子、サイフ・アルイスラムはすでにICCと接触、法廷に立つためにリビア国外へ脱出を図っているとも言われている。父親ほどではないにしろ、サイフはリビアと欧米諸国との緊密な関係、つまり西側諸国の一部エリートにとって都合の悪い情報を握っている可能性が高く、「暫定国民評議会」がリビア国内で彼を拘束、できたら「戦闘」で死んでもらいたいと思っていることだろう。 カダフィ体制を実際に倒したのは米英仏軍だが、「民主化運動」を装うためにはリビア人の組織が必要だった。そうした役割を演じているのが「暫定国民評議会」なのだが、この勢力にはアル・カイダ系のLIFG(リビア・イスラム戦闘団)が加わっている。アメリカ政府もテロリスト集団と見なしていたLIFGが新体制では軍事部門の中心になる可能性が高い。 カダフィ体制崩壊後、新生リビアにおけるアル・カイダの存在感を示す出来事が目撃されている。リビアの都市、ベンガジでは裁判所の建物にアル・カイダの旗が掲げられていたというのだ。イラクでサダム・フセイン体制を崩壊させた後、アル・カイダ系の武装集団が入り込んで破壊活動を続けたが、リビアの場合は軍隊を動かすようになるかもしれない。より深刻な事態だと言えるだろう。 このようにリビア情勢はまだ混沌としているわけだが、そうした中、アメリカの一部勢力やイスラエルはイランを攻撃する計画を進めている。現在の状態でイランを攻撃したならイスラエルは破滅すると考える人間が攻撃計画を外部に漏らしているのだが、これを問題視したベンヤミン・ネナニヤフ首相は、モサド(イスラエルの情報機関)やシン・ベト(イスラエルの治安機関)の元長官を調査する意向だという。 シリアでも反政府活動が激しくなり、政府は戦車を出して弾圧しているようだが、そうした反体制運動を仕掛けたのはジョージ・W・ブッシュ政権時代のアメリカ政府。サウジアラビア、ヨルダン、そしてイスラエルも支援していると言われている。 反体制派の中でもバシャールの伯父にあたるリファート・アル・アサドを中心とする勢力、あるいは父親の政権で要職にあった人物で今はパリを拠点にしているアブドゥル・ハリム・カーダムを中心とする勢力などが有名だ。反政府派が武装していることを示す映像も流れている。 ブッシュ・ジュニア時代、アメリカ国務省は「MEPI(中東協力イニシアティブ)」や「民主主義会議」といった組織を経由して反政府勢力へ資金を提供していた。こうした事実を示す外交文書が存在するとワシントン・ポスト紙は報道している。 アメリカやイスラエルの好戦派は暴力での中央突破を試みているが、この戦術は1990年代の初め、ジョージ・H・W・ブッシュ政権のときにネオコン(アメリカの親イスラエル派)が描いたストーリーと似ている。機能しないことが明らかになっているにもかかわらず、暴走する姿は満州事変後の日本を彷彿とさせる。
2011.11.04
戦争と経済政策で略奪を続けてきたアメリカは世界的に孤立している。そのアメリカは戦争の泥沼から抜け出せないどころか、深みへ向かって進み続けているようだ。アフガニスタンでの戦争は継続中であり、イラクから兵隊を減らしたといっても湾岸諸国には駐留している。そして今、イランを攻撃する姿勢を見せている。 イラン政府が駐米サウジアラビア大使を暗殺しようとしたという話をまともに信じている人は少ないだろうが、イラク攻撃の前も似たような宣伝をしていた。 ただ、今回はイラクのケースと違い、アメリカの好戦派をIAEA(国際原子力機関)が後押ししている。証拠を示さないまま、シリアに秘密の核施設があると調査官が発言しているのだ。事務局長がエジプトのモハメド・エルバラダイから日本の天野之弥に交代していることが影響しているのかもしれない。 現在のアメリカ大統領はバラク・オバマだが、前のジョージ・W・ブッシュ時代からネオコン(アメリカの親イスラエル派)やイスラエルはイランを攻撃するべきだと叫びつづけてきた。スンニ派が支配するサウジアラビアもシーア派の拠点であるイランを攻撃したがっているようだ。 イランを攻撃する場合、アメリカ軍はディエゴ・ガルシア島から出撃すると見られている。この島にはアメリカ軍の基地があり、軍事戦略上の重要な拠点で、湾岸戦争、あるいはアフガニスタンやイラクへの戦争攻撃でも、この基地から出撃している。だが、アメリカ領というわけではなく、とりあえず島は「イギリス領」。イラン攻撃にもイギリスは協力すると見られている。 現在の国連事務総長、潘基文は好戦的なところがあり、リビアで米英仏軍を中心とする軍隊がムアンマル・アル・カダフィを殺害した際、元独裁者の死はリビアにとって歴史的な体制の移行として記録に残ると肯定的に評価してる。 さらに、パレスチナがUNESCO(国連教育科学文化機関)への正式加盟が認められたことを受け、パレスチナがほかの国連機関へ入ろうとする努力はパレスチナにとっても誰にとっても利益にならないと反対を表明している。要するに、アメリカやイスラエルを怒らせるなということだ。 潘事務総長が気にしているイスラエルはパレスチナ人を人間扱いしていない。子どもであろうと例外ではなく、白昼、イスラエルの秘密工作員や警官によって拉致され、拘束中に拷問も受けていると言われてきた。昨年、拉致されたパレスチナの少年は約500名に及ぶという。拉致の様子を撮影した映像もインターネット上で流れている。
2011.11.03
11月2日にイスラエルがジェリコ3と呼ばれる弾道ミサイルの発射事件を行ったと報道されている。 このミサイルは核弾頭を搭載でき、1万1000キロメートル以上の範囲が射程圏内だという。F15やF16といった戦闘機やドイツが提供したドルフィン型潜水艦でも核攻撃は可能だが、国際的に孤立の道を歩いているイスラエルは今回、弾道ミサイルを使ったデモンストレーションを行ったと言えるだろう。早くも核兵器の使用をちらつかせ始めたのかもしれない。イスラエルの先行きは暗いようだ。
2011.11.02
一部の人間に富が集中するように仕組まれた不公正なシステムに対する怒りが表面化しつつある。そのひとつの切っ掛けになったのがウォール街を占拠しようという運動で、アメリカだけでなく西ヨーロッパにも波は広がり、ギリシャではアメリカの巨大銀行が仕掛けた債務問題に対する怒りとも一体化している。 抗議されている側は当初、警察の力で運動を抑え込もうとしたものの失敗する。その暴力がインターネットを通じて全世界に発信されて逆効果だった。オークランドでは警官が発射したと見られる「非致死性」の弾丸が活動に参加していた人の頭部に命中、重体になるという事態にもなった。 警察力を使えない場合、犯罪組織やならず者が使われることが少なくない。日本でも労働運動に対抗するため、アウトローたちを集めたことがある。1951年に法務総裁の木村篤太郎が構想した「反共抜刀隊」は一例だ。 それまでバラバラに活動していた博徒やテキ屋を組織化、それを手駒として使おうとしたのである。結局、この構想は実現できなかったが、広域暴力団を生み出す下地を作ることにはなった。 そうした暴力団のひとつ、山口組が強大な力を持つようになった一因は港湾労働者の支配にある。海運が物流の中心であった時代、港の労働者を支配することは支配層にとっても重要な意味を持っていた。 不公正な政治経済システムに対する抗議活動の発火点になったのは、ニューヨークのズコッティ公園。10月の中頃から抗議活動を妨害するような人たちが公園に現れるようになったようだ。 公園に来れば食べ物や寝袋を手に入れられるわけで、抗議活動に興味がない人が集まってくるのも仕方のない面があるのだが、刑務所を出所する人に当局が公園へ行くように言っているという噂もある。その結果、暴力行為、犯罪行為が見られるようになったのだが、抗議活動を暴力的に抑え込もうとした警察は、こうした暴力的、犯罪的な行為は容認している。 当局のエージェントは別にして、抗議活動に興味がなくても公園にやってくる人たちは不公正な政治経済システムの被害者でもある。問題は、自分のおかれた状況を作り出している社会の仕組みについて自覚していないこと。被支配者を分断し、相互に戦わせるのは支配者が昔から使う戦術であり、ニューヨークでも使われ始めたようだ。過去を振り返っても、こうした問題は繰り返されている。 ただ、これで支配システムは安泰、ということにはなりそうもない。それだけ庶民の怒りは大きく、自分たちのおかれた状況を理解している人も増えているからだ。カトリックの総本山であるローマ教皇庁に続き、英国教会のカンタベリー大主教も不公正な仕組みを変えるように発言している。支配層の内部にも危機感を持つ人が増えているのだろう。
2011.11.02
リビアの都市、ベンガジでは裁判所の建物にアル・カイダの旗が掲げられているようだ。ムアンマル・アル・カダフィ体制を倒したのは米英仏軍だが、そうした外国軍と手を組んでいた武装勢力の中心はアル・カイダと緊密な関係にあるLIFG(リビア・イスラム戦闘団)である。LIFGの幹部、アブデル・ハキム・アル・ハシディは自分たちとアル・カイダとの緊密な関係を認めているわけで、誤魔化せない。アメリカの当局はLIFGをテロ組織と認識、2004年にはジョージ・テネットCIA長官(当時)もこの組織をアルカイダにつながる危険な存在だと上院情報委員会で証言している。「カダフィ体制は民主化運動で倒され、リビアは解放された」というストーリーは妄想にすぎない。
2011.11.01
世界経済は崩壊寸前にある。20世紀までなら軍事侵略と略奪で建て直すこともできただろうが、21世紀の今は難しそうだ。そうした経済をかろうじて支えているのは麻薬資金だと指摘する人も少なくない。UNODC(国連薬物犯罪事務所)の調査によると、麻薬取引で生み出される利益は年間6000億ドル、金融機関でロンダリングされている資金の総額は1兆5000億ドルに達している。 オブザーバー紙によると、UNODCのアントニオ・マリア・コスタは、2008年に世界の金融システムが揺らいだ際に約3520億ドルの麻薬資金が経済システムの中に吸い込まれ、いくつかの銀行を倒産から救った疑いがあるとしている。麻薬資金は流動性が高く、銀行間ローンで利用された可能性があるようだ。 ロッキード事件で登場したディーク社、アフガン戦争で利用されたBCCIやヌガン・ハンド銀行などCIA系の銀行が麻薬資金を扱っていることは知られているが、名の通った銀行が麻薬資金をロンダリングしたことが数年前に発覚している。 2006年4月、メキシコの国際空港に1機のDC9が着陸したのだが、その機内から128個の黒いスーツケースに入れられた5.7トン、1億ドル相当のコカインが書類と一緒に発見されたのである。 その文書を元にしてアメリカのDEA(麻薬取締局)やIRS(内国歳入庁)などの機関が調査した結果、麻薬資金をワチョビアという金融機関がロンダリングしていた事実が浮かび上がる。同銀行へは、正規の手続きを経ずに3784億ドルがCDC(両替所)から送金されていた。ワチョビア銀行は2008年、ウェルズ・ファーゴに吸収された。 コカインはヘロインと並ぶ麻薬の人気商品。CIAが秘密裏に支援していたニカラグアの反革命ゲリラ「コントラ」がコカインを資金源にしていたことはCIA自身が認めている。(詳しくは、拙著『テロ帝国アメリカは21世紀に耐えられない』を) コカインはコロンビアで製品化され、現在は多くがメキシコからアメリカへ持ち込まれているようだが、中継地として絶好の位置にある国がホンジュラス。コントラ支援工作の拠点でもあった。 そのホンジュラスで2009年6月にクーデターがあり、マヌエル・セラヤ政権が倒されている。約100名の兵士が大統領官邸を襲い、セラヤ大統領を拉致してコスタ・リカへ連れ去ったのである。 現在、アメリカ政府はホンジュラスのクーデター政権を容認しているのだが、現地のアメリカ大使館は国務省に対し、クーデターは軍、最高裁、そして国会が仕組んだ陰謀であり、違法で憲法にも違反していると報告している。つまり、クーデター政権には正当性がないと明言している。この正当性のない政権は翌2010年、最初の半年だけで約3000名を殺害したという報告がある。 クーデターを支援していたひとり、ミゲル・ファクセが麻薬取引が富の源泉であることもアメリカ側は認識していた。ちなみに、ミゲルの甥にあたるカルロス・フロレス・ファクセは1998年から2002年にかけてホンジュラスの大統領だった人物である。 アメリカ軍基地の問題でアメリカ政府はセラヤ政権を好ましく思っていなかったわけだが、それ以上にホンジュラスの麻薬組織からは嫌われていた。その麻薬組織を利用した勢力がアメリカにはいる。麻薬資金がなくなれば巨大銀行も立ちゆかなくなるようなので、麻薬問題がアメリカで解決できないのは当然だ。
2011.11.01
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