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2025.08.11
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カテゴリ: メディア
「内田樹の研究室」の内田先生が日々つづる言葉のなかで、自分にヒットするお言葉をホームページに残しておきます。
内田

最近は池田香代子さんや、関さんや、雨宮さんなどの言葉も取り入れています。
(池田香代子さんは☆で、関さんは△で、雨宮さんは○で、池田信夫さんは▲、高野さんは■で、金子先生は★、田原さんは#、湯浅さんは〇、西加奈子さんは♪で区別します。今回表示分は*)
* 勝ちに居着く
* 敗戦から80年
・ 日本の現状と危機について 
・沈む祖国を救うには
・『知性について(仮題)』まえがき
・これだけは確かなもの

・自由の森学園創立40周年記念講演「教育と自由」
・「パンとサーカス」解説
・共感ベース社会の陥穽
・死ぬってどういうことですか?
・2024年度寺子屋ゼミのテーマは
・箱根の温泉で感じた中国のリアル
・『本の本』あとがき
・「宗教の本領」とは何か?
・『街場の米中論』を読んで
・月刊日本インタビュー「ウクライナとパレスチナ」
・高校生に言いたかったこと

・平川克美『「答えは出さない」という見識』(夜間飛行)書評
・「怪物」公式パンフレット解説
・白井さんと話したこと
・3.11から学ぶこと
・韓国の地方移住者たちに話したこと

・ウクライナ危機と反抗
・「生きづらさについて考える」単行本あとがき
・「街場の米中論」まえがき
・図書館の戦い
・村上文学の意義について
・統一教会、安倍国葬について他
・安倍政治を総括する

(目次全文は ここ )

(その76):『勝ちに居着く』『敗戦から80年』を追記



2025-08-09 『勝ちに居着く』 より
 今の日本は息苦しい。社会に流動性が欠けているからだと思う。階層下位の人間の前にはキャリアパスが開けず、支配層は権力と財貨を占有している。「勝ち組」「負け組」という言い方が流行ったのは、「組」という語にインパクトがあったからだろう。
「組」でも「党派」でも「部族」でも、なんでもいい。要は同質性の高い集団が排他的に固まり交流を拒否しているというのが流動性を欠いた社会の特徴である。現代日本はそのような社会になりつつある(日本だけではないが)。

 なぜ、社会的流動性が失われたのか。私は「競争」のせいだと思う。勝敗を争い、優劣強弱を競うことによって人間はその能力を最大化するというのは現代において支配的な人間観である。確かにここにはそれなりの経験的根拠はある。でも、競争を通じてのみ人は能力を高めるという命題は真ではない。少なくとも私には妥当しない。それは私が「競争する人」ではなく、「修行する人」だからである。

 武道修行では「勝負を争わず」ということを最初に教えられる。そう言うと驚く人がいるが、考えればわかる。負ければ負けに居着き、勝てば勝ちに居着く。そして、「居着き」こそは修行上の最大の禁忌だからである。
 修行というのは連続的な自己刷新のことだ。だが、「勝ちに居着いた人」人はもう成功体験を手離せなくなる。「勝ちパターン」を繰り返し、他人にも「成功するにはこうしろ」とうるさく教えるようとする。そうやって「勝ちに居着いた人間」は成長を止める。

 私たちの社会が今息苦しく感じられるのは「成長することを止めた成功者たち」がおのれの生き方を標準的なものとして他人に押し付けようとするからである。その発想の貧しさが私たちを窒息させるのである。もう一度清涼な空気を社会に呼び戻したい。





2025-08-09 『敗戦から80年』 より
 小津安二郎も戦争とは何か軍隊とは何かをよく知っていた。20歳の時に召集されて1年後に伍長で除隊した。33歳の時にふたたび召集されて2年間中国を転戦して軍曹で除隊。39歳の時には軍報道部映画班員としてシンガポールに派遣され、2年後にそこで敗戦を迎えた。軍隊というのがどういう組織で、戦争というのがどんなものかを小津は熟知していた。その経験が「馬鹿な野郎が威張っている」という一言に集約されていたと私は思う。

 小津は戦争そのものを一篇の不出来な「劇」のようなものだと考えていた。それは『秋刀魚の味』の最後の場面で、笠智衆が酔余の勢いで歌う『軍艦マーチ』から知れる。「守るも攻めるも鉄(くろがね)の・・・か。浮かべる城ぞ頼みなる・・・か」と吐き捨てるような「か」の破裂音がこの歌詞が語る物語に一つの「額縁」を付けている。

「額縁」というのは、「この内側にあるのは絵です。現実ではありません」という告知機能のことである。前に養老孟司先生にそう教わった。ヨーロッパの街ではどこでも最も壮麗な建物は教会と劇場だがその理由を知っているかと養老先生に問われたことがある。分かりませんと答えたら、「あれは額縁なんだ。この中で話されていることは全部嘘だということを人々に分からせるために人はあえてあのようなこけおどしの建物を作るのだ」と教えて頂いた。

 笠智衆が歌詞の「引用符」として付け加えた「か」という破裂音は職業軍人として生きた彼の戦争記憶のすべてを囲む「額縁」なのだと思う。「ここに歌われたことは全部嘘だった」という総括を語った「か」なのである。 

 敗戦後80年経った今、私たちが戦争を経験した先人たちが残した知見として、繰り返し思い出すべきことは、戦争とは要するに「馬鹿なやつが威張る」状況のことであり、戦争の時に大声で語られる言葉は「全部嘘だ」ということである。そこに尽くされる。
 だから、もし戦争を始めようとする人間がいたら、そいつは「威張りたい馬鹿」であり、彼らが大声で言い立てることは「全部嘘」だということを私たちはもう一度常識に登録しなければならない。

 1950年生まれの私の記憶する限り、かなり長い間それは「市民的常識」だった。でも、80年代になって戦中派が社会の前面からしだいに姿を消し、彼らの言葉がメディアから消え、やがて20世紀の終わりと共にほぼ全員が鬼籍に入ると、その「常識」も忘れられた。そして、戦争を知っている世代が死ぬのを待っていたかのように「賢い戦争指導者」や「真率な兵士」の姿を妄想する人たち、「額縁の中の嘘」を大真面目に吹聴してまわる人たちが出てきた。戦中派であれば「馬鹿」の一言で一蹴したはずの徒輩が、メディアの寵児になり、ある種の言論の旗手となり、ついには国政の場で議席を持つまでになった。泉下の戦中派がこれを見たら、「馬鹿なやつが二度と威張らない仕組み」をもう少ししっかりと作り込んでおけばよかったと慨嘆するだろう。

 でも、過ぎたことを悔いても仕方がない。戦中派がし終えることができなかった仕事は、親しく彼らの謦咳に接した私たちの世代が引き継がなければならない。その世代ももう後期高齢者となって、世論形成にかかわれる時間も残りいくばくも残されていない。私たちが戦中派から託されたのは端的に「戦争というのは馬鹿が威張る状況のことである」という言明である。それを次の世代に袖をつかんででも、伝え続けるしかない。





2025-03-31 『日本の現状と危機について』 より
 寄稿依頼の趣旨は「劣化する民主主義、広がる格差、極まる『自分ファースト」、戦争が終わらない世界情勢など、国民が直面する危機的な日本の現状とその要因について、また(ほんの少しでも)希望について語っていただけないでしょうか」というものだった。

 同じようなことをよく訊かれる。だから、答えもだいたいいつも同じである。だから、以下の文章を読まれた方が「これ、前にどこかで読んだことがあるぞ」と思っても当然である。でも、それを「二重投稿だ」と咎められても困る。「現実をどう見ますか」という問いにそのつど新しい答えを出せるはずがない。いつもの話である。
 長く生きてきてわかったことの一つは、歴史は一本道を進むわけではなく、ダッチロールするということである。人々が比較的知性的で人情豊かな時代もあるし、反知性主義者が跳梁跋扈する時代もある。
 私の知る限りでは、1950年代の終わり頃から1970年代の終わり頃までは、日本社会はわりと「まとも」だった。それは戦中派の人たちが社会の中枢にいたからだと今になると思う。戦中派の人たちは国家というのがどれほど脆いものか、どれほど国民を欺くものかを身をもって思い知らされた。でも、その脆くて信用ならない「国家」という枠組み以外に生きる場所がないこともわかっていた。人間という生き物が状況次第でどれほど非道にも残虐にもなれるかも実見したし、その逆に人間が時にどれほど勇敢であったり、道義的であったりするのかも見てきた。

 世の中は複雑だ。一筋縄ではゆかない。人間にはいいところも悪いところもある。「そういうものだ」と受け入れる以外にない。そういうほとんど諦観に近い「清濁併せ吞む」的な鷹揚さが戦中派の人たちには共通してあったと思う。人間に厚みや奥行きがあったと言ってもいいし、「陰の部分」や「誰にも言えない秘密」があったと言ってもいい。そういう人たちは人間の愚かさや軽薄さに対して割と寛大であった。「人間にそれほど期待してもしかたがない」と諦めていた部分があった。でも、それは私たち子どもにとってはありがたい環境だった。大人たちは瓦礫の中から社会を再建することに忙しかったし、子どもの数も多かったから、子どもたちは「好きにしていなさい」と放置されていた。

 その時代の日本がわりと「まとも」だったのはその「ゆるさ」が原因の一つだったと思う。実際に日本はその時代に驚異的なペースで経済成長を遂げ、短期間のうちに世界第二位の経済大国になり、80年代半ばにはアメリカを追い抜いて、世界第一の経済大国に指先がかかっていた。85年のプラザ合意でその夢は断たれたけど、上の方にいる人たちが細かいことをがたがた言わずに、若者を好きにさせてくれた時代に経済活動は活発になるということは、とりあえず私たちの世代にとっては所与の現実だった。この確信はその後も揺らいだことがない。



以降の全文は 内田先生かく語りき62 による。





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Last updated  2025.08.11 20:51:16
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