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2月29日木曜日。2月最後の日、今年はうるう年で29日まである。一日得したような損したような。朝からあまり日が照らずずっと曇り空で夕方から雨が降るという予報だった。帰宅後、雨が降り始める前にウォーキングに出かけた。今日はちょっとした伸展があった。道路を渡ろうとしたら車が来るので小走りに走って渡った。その続きで歩く道をそのままジョギングしてみた。ものすごくゆっくりではあるが何とかジョギングできそうだったので八幡公園まで走った。八幡公園でこのところ定着している筋トレを実施。スクワット、腕立て、ヒップリフトなど何種類かを組み合わせてやった。そのあとはまたジョギングして森林公園へ到着。この辺りは花が咲いたり鳥が泳いだりしてのどかなエリアなのでのんびり歩いてリラックス。花を観て写真も撮った。 その後また農園周辺をジョギングし、最後は歩いて帰宅した。ものすごくゆっくりしたョギングで短い距離しか走ってないけど少し疲労感はあった。娘がチョコテリーヌという濃厚なお菓子を買ってきていたのでそれを頂いて休憩した。これまでは体が重いし脊柱管狭窄症の痛みもあってジョギングなどどんなに遅くても無理だと思っていたが、今日は思わぬきっかけでトライできた。明日から無理ない範囲でジョギングしてみようかな。
2024年02月29日
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2月28日水曜日。超久しぶりに外岩にクライミングに出かけた。外岩は多分おととしの甲府幕岩以来かもしれない。今日は湯河原の幕岩で庭野ガイドの講習会に参加した。幕山公園は梅の花が満開で全山花霞のように白と薄ピンクに染まって素晴らしい景観だった。梅を目当てのハイカーも列を連ねてきていた。 私たちは参加者3人、全員女性で私以外は若い人たちで初対面だった。お馴染みの桃源郷の岩場に行ったら大勢のクライマーで大賑わいだった。幸いにもロープを張れて、丁度よい優しいルートから昇り始めた。昔何度も何度も昇った懐かしいルートだ。 桃源郷 最初の1本はここからそこを4本昇ったが、隣のルートが空かなかったので止む無く荷物をまとめて上の段まで上がった。ここも懐かしい岩場だ。ここで少し難しいルートの昇ってみた。昔、手こずった所でやはり苦戦した。私の場合、身長が絶対的に不足しているのでいつも同じ場所で苦戦する。最後に横の岩場で1本昇って終了した。6本昇ったので一応良しとするがイマイチ物足りなかった。 梅まつりが行われていてお店が出ていた。帰りに寄って湘南ゴールドというみかんを買って帰宅した。小さく酸っぱいけどとても香りのよいミカンだった。前回の室内ジムのベースキャンプと今回の外岩と2回お試しクライミングをしてみた。幸いクワイミングしている時には指は痛まずバネ指も起こらなかった。この程度にしておけば何とかできるということが分かったのでクライミングを再開しようと決心した。
2024年02月28日
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2月27日火曜日。今日もすごい強風が一日吹きすさんだ日だった。陽射しは温かいのだが何しろ冷たい風が強くて辛かった。帰宅してこの強風の中をウォーキングに出かけた。このところずっと昨日も一昨日も強風で帰宅したら家から一歩も出なかった。さすがに3日お籠りはまずい気がして、最大の防風対策をして藤崎方面に向かった。風の通り道のような所があってそこはメチャクチャ強風で身を小さくして歩いた。しばらく歩かないうちにまた少し季節が進んでいた。クリスマスローズがピンクや白の花を咲かせていたし、5月頃咲くような花も咲いていて首を傾げた。 クリスマスローズ イチハツ?ドイツアヤメ?最近は脊柱管狭窄症の影響で山は勿論のこと、ウォーキングですら早く歩くことができなくなっていてとても悲しい。以前なら休憩などしたことなかったのに今日は森林公園でしばし立ち止まって池を眺めた。水鳥たちも寒そうに泳いでいた。
2024年02月27日
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2月26日月曜日。今日も朝は雨模様でとても寒かった。順調に寒さが続くのならそれなりに体も衣類も安定するが、今年の急降下する天候は身も心もついてゆかない。今日は気温そのものは昨日より上がっていたが、何しろ強風が吹きすさぶので震え上がった。以前から気になっている体の症状や治療法について今日はじっくりと本を調べてみた。まずは夫のパーキンソン病についての本。次に私の手指の故障についての本。この手の本は意外とないのかと思っていたが結構出ている。やはり困っている人がおおいんだろうな。次が私の持病-脊柱管狭窄症の本。これについては既に1冊持っているのだが、古くなってしまったので新しいのを探した。 どの本も自力回復をうたっているが、そんなことは全く本当だとは思っていない。医療の補助として知識理解を深め、リハビリなど自分でできることはできるだけ実施して回復を図りたいという思いだ。病気に対して無知なのでまずはきちんと病気について理解を深めたいというところだ。
2024年02月26日
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2月25日日曜日。今日は再び朝から雨が降って寒さが戻った。一昨日の寒さがものすごくこたえたので、今日は最初から厳冬期登山の肌着を着込んだ。午前中はのんびりし、昼前からシネプレクス幕張に待望の映画を観に行った。好きなことなら雨の中でも苦痛なく行動するから人間て面白い動物だ。映画は熊川哲也版新制作 眠れる森の美女 ㏌ CINEMA で2023年10月27日に東京文化会館大ホールで行われたバレエ公演の収録を映画形式にしたものである。実際のバレエ公演はステージからけっこう離れていて細部まで見ることはかなわないが、収録された映像なので細かい所までよく見えて劇場で観るより良くみえた。オーロラ姫の日高世菜 デジレ王子の山本雅也の二人が主役で高難度の舞踊を呼吸の乱れも感じさせない完璧さで踊っていた。さすがと言えばさすがである。難度の高い演技の時には途中でも観衆の拍手が入っていて実に臨場感満載、更にダンサーの迫力ある舞踊を息をつめて観ていてうまくいったときには自分も拍手したいような場面もあり、思わず拍手しそうになったが映画館ということを思い出し、かろうじて止めた。この他にもカルボスの小林美奈、猫役の辻梨花、栗原柊、ブルーバードの吉田周平、狼の杉野慧などキレのよい光る舞踊で目を惹いた。全般にすごいダンサーばかりでさすがは今をときめくKバレエカンパニーだった。次の作品は劇場で観たい。
2024年02月25日
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2月24日土曜日。今日は4番目の孫・咲ちゃんの発表会があるので都内まで出かけた。9時45分から開会なので自宅をけっこう早く出発せねばならず、昨日までの寒気が残った朝はものすごく寒くて辛かった。もう厳冬期冬山のような服装で電車に乗った。発表会は保育所近くの集会所で行われた。怪我をして静養中の翔君を除く娘の家族4人と繰り出した。小さな保育園なので年少組、年中組など3つのクラスしかなくこじんまりしていた。咲ちゃんは年少組で黄色い衣装をきて登場。一番小さかった。お歌を歌ったり、ちょっとした劇を披露してくれた。けっこう長かったのでセリフを覚えるのが大変だったろうなと娘と話した。 劇の後にはビデオによる生活の様子なども放映されて保育所生活の実際がわかって興味深かった。孫たち4人のうち3人は小学生、この4月には葵ちゃんはもう中学生になる。こんな小さな幼児がいることは本当に貴重な気がする。可能な限り、行事には参加して生長を見守ってゆきたい。
2024年02月24日
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2月23日金曜日、天皇誕生日。メチャクチャ寒い日だった。朝からみぞれ交じりの冷たい雨が降り続いて洗濯物は外にだせないし、陰鬱な気分になるしで士気が上がらず気持ちも弾まなかった。しかし午後はちば室内管弦楽団第56回演奏会が予定されていたので、雨の中、千葉市民会館まで出かけた。こんな年になると演奏会場が遠いとまずそこに行くまでが第一の核心だ。やっと千葉市民会館に到着したら、会場の大ホールはもう沢山の人が席を埋めていた。こんな悪天の日にこんなに人が集まるなんて不思議な気すらした。 雨に煙る千葉市民会館本日のプログラムはオールドボルザークだった。それも超有名な名曲ばかりでスラブ舞曲、交響曲第8番、休憩をはさんで交響曲第9番「新世界」というすごいプログラミングだった。更にアンコールにスラブ舞曲が2曲!!。こんなある意味、楽団員の体力の消耗を考慮しないプログラミングはアマチュアだからできることなのだろう。または指揮者のひとりよがりかも。演奏はイキイキしてとても良かった。どれも立派な演奏だったが私は交響曲第8番に思い入れが深かった。 ちば室内管弦楽団 指揮者 高橋利幸演奏終了後、沢山の知人と再会して話が弾んだ。この楽団のスタートは40年ほど前に習志野第一中学校管弦楽部の生徒や卒業生がメンバーで出発しているのでその関係者が相当数聴きに来ていたのだ。(私は今も再びその第一中学校に音楽の教員としてではなく相談員として勤務している)数十年ぶりの再会だった人もいてとっても感激した。みんな50歳台になっていたし、その当時保護者だったお母さんが亡くなられたという話も聞いて、しみじみと時の流れを感じさせられた。演奏会も良かったけど懐かしい皆さんと再会できたことが最高の喜びだった。毎日楽しいことばかりでもないけど、生きているとこんな喜びの日も訪れる。元気で生きてなくちゃと思いつつ、再び雨に打たれて帰宅した。
2024年02月23日
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2月22日木曜日。朝から雨がシトシトと降り続いている。とても寒くて元通りの冬服に戻って沢山着込んで防寒対策に努めた。ここにきて風邪なんかひきたくなかった。午前中は雨のため、ウォーキングもできず無為に過ごしてしまった。午後は整形外科の木下ドクターの予約日だったので、第一病院に出かけた。雨でも病院はけっこう混んでいた。一か月ぶりに会う木下ドクターは相変わらず多忙そうではあったが、丁寧で物静かな対応が素敵だった。2か月分の薬を処方して頂いたうえ、和田ドクター予定の膝の注射までしてもらって多いに助かった。和田ドクターはブスリと容赦なく針を刺すが、木下ドクターは「ではいきますよ」と声をかけて針を刺し、ほとんど痛みを感じなかった。とてもお上手だ。できれば毎回お願いした所だが、予約は2か月後なのでそうはいかないのが残念だ。帰宅してもまだ雨が降っていて、庭の沈丁花にも雨粒が着いていた。でも香りが高く、そのあたり一面沈丁花の高貴な香りが漂って雑多な我が家の雰囲気を格上げしていた。春が近づいている。
2024年02月22日
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2月21日水曜日。予報通り朝から雨。昨日までが春のような暖かさだったから着るものに悩んでしまう。今日は3年ぶりくらい超久しぶりに武蔵藤沢にあるベースキャンプのクライミング講習に参加した。指導はインストラクターのNさんで参加者は私とKさんの二人、ともにシニア同士で旧知の仲だからとてもゆったりとできた。長いブランクの後に参加した私にはとても有難かった。昨年6月から右手指のバネ指やその他の疼痛などでボルダリングを中止し、クライミングからも遠ざかっていた。でも先日のアイスクライミングで登攀能力がすごく低下していることを痛感して、とても悲しく惨めだったので今回心配毎を抱えながらも恐る恐る参加したのだった。心配毎の第一は故障した指でホールドを握れるかということ、第二は落ちた筋肉でどれだけクライミングできるかということだった。しかし二つとも杞憂に終わった。どういう訳かホールドを触って指に力を入れているのにバネ指が発生しなかった。関節が痛いものの中止するほどの痛みではなかった。グレードも5.8から始めたら何とかクリアできて5.10aまで何本も昇れるではないか。予想外だった。途中で指に激痛が走って中止することもなかった。 案ずるより産むが易しだった。絶望的なことばかり考えていた私は愚かだ。頑張り過ぎなければこれからもクライミングができそうだ。その意味でも今日はとても有意義な日だった。
2024年02月21日
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2月20日火曜日。今日は県立高校の入試日であると同時に校内では期末テストである。県立高校入試ともなると生徒も教員も緊張し、何かと大変ではあるが大過なく初日が終わった。午前中は気温が20度近くまで上がり、春のようなうららかな陽気になった。仕事が暇だったので学校に咲いている花を観にいって写真も撮ってきた。遠くまで河津桜を観にいかなくても職場の校門に麗しく咲いていた。正門には河津桜が薄ピンクの花をほころばせ、園児たちが荷車に乗って賑やかにお散歩している。 正門前 そして校舎裏側には白梅と紅梅が真っ盛り。足元には大柄なパンジーが咲き乱れている。 裏側の白梅と紅梅卒業式は3月8日なので残り少なくなった。今年の卒業生は私がこの学校に赴任した時、1年に入学してきた生徒たちで3年間生活を共にした。そのせいですごく愛着が深い。残り少なくなって寂しいが精いっぱい、尽くして立派に卒業してほしい。
2024年02月20日
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2月19日月曜日。新しい週が始まった。先週は1日だけ出勤してあとは全部休みだったから久しぶりの出勤だった。同僚の顔も久しぶりだったが休んでいる間に色々生徒の事情も変化していた。最近、脊柱管狭窄症が進行して足がビリビリジンジンしてしびれ、とても辛い。朝、起きた時は特にひどくどんな姿勢をすればそのしびれを回避できるかわからない程だ。決まった姿勢の時に起こるわけでもなく、この頃はいつでもしびれが出てくる。激痛で歩けなくなるほどでもないのだが、とにかく苦痛ではある。意欲をそがれる。ウォーキングもすごく歩くのが遅くなって全員に抜かれる。若い人に抜かれるのは当然としても同年齢の人に抜かれると本当に惨めになる。この先、どういう風に変化していくのだろう。処方された薬はしっかり服用しているがしびれが治らない。この状態が死ぬまで続くのは嫌だ。手術して解決するならそうしたいが、そうは問屋が卸さない気がする。次回ドクターに会ったら対策や見通しを聞いておかねば。とにかく不愉快極まるしびれだ。
2024年02月19日
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2月18日日曜日。今日は予報通り朝からすっきり晴れて良い天気だった。洗濯物も乾いて済々した。午前中は家事や片付けをし、午後は帰国したばかりの娘と二人、久しぶりに花島公園に行って河津桜を見てきた。 河津桜はまだ七分咲で色も例年より薄い気がした。梅は満開で白梅の大木が何本もあって見応えがあった。お花見広場のベンチに座ってしみじみと色々な話をした。昨年はバリに1か月一人旅し、帰国したら体調不良で困ったが今年はそんなこともなく平常通り生活できているので有難い。フィリピンでの暮らしや景色など珍しい話をのんびり聞けた。自己中が目立った娘だったが体調回復とともに成長してきた気がする。花島神社を訪ねて山門や梵鐘を一巡りして帰宅した。穏やかな休日が過ぎた。 朱色と緑の対象が美しい花島神社
2024年02月18日
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2月17日土曜日。昨日急遽、上の娘から連絡がきて、結ちゃんのヤマハ教室に付き添ってほしいとのことで今日は午後から都内の娘宅に出向いた。両国駅のステーションギャラリーを見たらお雛様が飾ってあって壮観だった。娘宅に行くと私が葵ちゃんに送った内裏雛が飾ってあってちょっと嬉しかった。 両国駅ステーションギャラリーのお雛様 私が葵ちゃんに送った内裏雛ヤマハ音楽教室にはもう何度も来ていてすっかり慣れている。結ちゃんも最近は以前より練習するようになってきているので心配はいらない。4月からグレードが上がるらしい。小さく幼かった彼女ももう4月からは小学3年生でしっかりして物分かりがよくなってきた気がする。 結ちゃんヤマハレッスンに1時間付き添い、錦糸町駅まで送ってもらって帰宅した。
2024年02月17日
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2月16日金曜日。昨日までのアイスクライミングの疲労で顔がむくみ、朝から脱力感満載の所に市の企業局の職員がガスの安全点検に来宅。検査の結果、何と3か所からガス漏れしているというではないか。びっくり仰天とはこのこと。職員がすぐ修理を手配してくれる。しかし今日は第3金曜日で午後から押し花のレッスンに行かねばならない。夫はいるものの病気で寝たままだ。時間調整の結果、昼前から修理に入ってもらうことができた。腐蝕が酷いのでメーターを支えている金属製の支柱(?)から全て交換しなければならないとのこと。作業中の外出を詫びながら、午後1時過ぎから八千代台の押し花教室に参加するため外出。午後4時半帰宅。作業はすべて終了していて綺麗になっていた。新しい支柱ができ、壁のひび割れしそうな箇所にはコーキングが施されていた。 修理開始 修理完了家に入ってガスをつけ、安全を確認し、書類にサインして職員さんは撤収していった。きびきびしてとても感じの良い皆さんだった。ヤレヤレ、人生どこで何が起こるかわからないとはこのことだ。ぼんやりしてるとガス爆発だ。
2024年02月16日
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2月15日木曜日。2日目。本日の予報は午前中は曇り、夕方から雨。6時半朝食で8時頃出発。今日はG4に向かう。アイスギャラリーの中で最も大きく広いエリアっだが多少遠い。雪の急坂を登っている途中、便意を催してきて困惑。しかし無視できない生理的現象なので仕方なく雪を掘って穴を作り、そこに放出。ハーネスを外したりする作業があってとてもやっかいだ。これで大分意気阻喪したが気を取り直してやっと取り付きまで登り着く。正面にドーンと大きな氷瀑があり、左に小さな滑滝、右にも小さな滝が広がっている。 G4山下ガイドがトップロープを張り、早速昇った。昨日よりは爪の効かせ方、体の上げ方など慣れてきたもののやはり会心の昇りとまではいかない。でもトレーニングもしないでうまく昇れる訳はないので多くは望まず、トップアウトすることを目標にして自分なりに頑張った。 右側、左側、中央と合計5本を昇った所で終わりにした。アックスを打つ腕に力が入らなくなってしまって筋力が終わっていた。でも5本昇れたので自分としては充実感があった。急坂を下って鉱泉小屋に戻り、ラーメンを食べて塩分補給。小屋前には可愛いトトロの雪ダルマができていて、和んだ。 トトロ、トトロ 親子ですよ。午後2時に小屋を後にして桜平まで下山。そこからは鉱泉車、ガイドの車と乗り付いて茅野駅に出た。魅力的な土偶が迎えてくれた。茅野駅に来た時は必ずこの土偶「縄文のビーナス」「仮面の女神」を見ることにしている。色々考えさせられたアイスクライミングだった。脊椎菅狭窄症の進行と手指の故障を抱えてのトライだったが見事に負けだった。ひょっとしたらこれが最後のアイスクライミング、山下ガイドと一緒に行くのも最後かなとすら思えた。厳しい現実を突きつけられている。
2024年02月15日
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2月14日水曜日。早朝自宅を出発し、新宿からアズサ1号に乗って茅野へ。そこから山下ガイドの車で桜平まで入る。異常に温かい日だったが桜平までくるとさすがに一面の雪。そこからは夏沢鉱泉の車で除雪された道を夏沢鉱泉小屋まで運んでもらう。ものすごい急坂をチェーンを撒いた車で登って標高2030mの小屋へ到着。小屋は以前来た時より綺麗になっていた。部屋に荷物を入れ、簡単に昼食をとり、身支度を整えてアイスギャラリーへ出発した。小屋前からすぐ雪の急坂を登り、途中から沢を渡って更に急な山道を登るのでとてもしんどい。まずG2を訪ねる。かなり崩れていて真ん中は地面に着いてない。でも登攀可能との判断で氷に取り付いた。しかし突然のバーチカルアイスで途中でばてて上まで続けられない。諦めてG3へ移動。踏み跡のない深い雪の樹林帯をトラバースしたので雪に足を取られて難儀した。やっとのことでG3に到着。こちらの氷瀑のほうが大きくしっかりしていた。 G2 G3しかしこちらもたいしてサクサクとは昇れなかった。すぐに腕も疲れるしふくらはぎも痛くなるしで体を上に引き上げられない。こんなに昇れないのは初めてだ。とてもみじめな気持ちになった。手指の故障で昨年6月からボルダリングもクライミングも何もしてないからクライミングに必要な筋肉が衰えてしまったのだろう。当たり前ではあるが悲しい現実だった。諦め気分に支配されて3本昇って終わりにした。泊まった宿・夏沢鉱泉小屋はとても快適だった。宿泊者は私たち含めて4人だけだったので和気あいあいとしてとても楽しい会話を楽しめた。夕食も美味しく、食後のデザートが最高だった。寝室も3人部屋を一人で使え、温かいベッドで湯たんぽも着いていた。シニアには最適の宿だ。 夏沢鉱泉小屋外観と夕食夕食後は鉱泉に入った。少し茶色がかったお湯で温かくいつまでも浸かっていたいほどだった。体を温めた後はもうすることがない。湯たんぽの温かみを感じながら10時前にベッドに入った。
2024年02月14日
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2月13日火曜日。春のように温かい日だった。まだ2月半ばなのでこの温かさはちょっと怖い。強風も吹いていて春一番か?と思ったほどだった。今日、下の娘がフィリピンから帰国した。一人旅で一か月フィリピンの島を巡って暮らしていた。 ラインでその日の様子が送られてくるので何をしてるかわかるため、特に心配もしていなかった。一時体調を崩したりもしていたが、助けにいくこともできないので自分で持参した薬を飲んで対応していた。無事1か月を楽しんで避寒してもどってこれて有難い。お土産はマンゴーチョコ。ドライマンゴーのチョコがけでとても美味しい。可愛い子に旅をさせた。
2024年02月13日
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2月11日日曜日。田浦梅林までは快調だったが、梅林を降りて最寄り駅に行くのに手間取った。JR田浦駅と京急東逗子駅、按針駅などの関係がわからなくてJRに出ようと思っているのに逆方向に延々と歩いてバカみたいだった。ホントに方向音痴な私だ。やっとのことでJR逗子駅まで戻り、バスに乗って葉山の神奈川県立現代美術館葉山に行くことができた。 外観7ここは海がすぐ近くでとても伸び伸びして大好きな美術館だ。海が借景だ。特別展は芥川龍之介だった。古い時代の絵画や古書、書道が多くてみるからに古色蒼然としていた。一通り見た後は外に出て散策路を歩いた。色々な作品が野外にあって面白かった。 野外の作品 イサム・ノグチ こけし素敵なカフェがあったのでコーヒーとケーキでも楽しみたかったが時間の都合で諦め、再びバスに乗って葉山ヨットハーバーなど洒落た街を眺めながら逗子駅に向かった。山、海、花、美術と好きなものをのんびりと巡って私らしい過ごし方ができた一日だった。
2024年02月12日
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2月11日三連休中日。そこそこ良い天気なので三浦アルプスにハイキングに出かけた。2014年に一度歩いている。津田沼から総武快速線逗子行きに乗ればそのまま乗り換えなしで行けるので楽だ。逗子駅でバスに乗って風早バス停まで行く。逗子駅交番の警官がとっても親切だった。バス停から少し歩くと見覚えのある急な坂道になり、登りきると葉山教会だ。ここからハイキングスタート。 坂の上の真っ白な葉山教会すぐ日当たりのよい急坂になりちょっと登るともう仙元山の頂になる。あっけない。眼下には美しい海が広がり、真っ白いヨットが点々と青い海に浮いていて湘南の海らしい。ふと下を見ると木に吊り下げられたブランコを発見したので早速乗ってこいでみる。童心にかえって嬉しかった。 仙元山仙元山で稜線にでたらあとはひたすら樹林帯の中のアップダウンの繰り返しだった。ただ標高が低く飯能アルプスのような杉林ではなく、広葉樹なので日当たりもあって明るい縦走路だったので救われた。途中長い階段などもあり、相当登り下りしてやっと観音塚に到着。小さいものの立派な観音様が鎮座していた。 脊椎菅狭窄症が進行して早く歩けなくなっているので、ゆっくりと歩いたが休みはほとんどとらず牛歩ハイクをしていた。途中で前方から来た女性から「あら、ユリ子さん」と声を掛けられて顔を上げたら何と真由子さんだった。嬉しくて歓喜の声を上げた。こんな所で会えるなんて。彼女はお客さん二人を連れてガイド中だった。 真由子さんと再会その後も同じような広葉樹林帯の中を果てしなく登り下りしてやっと乳頭山に到着した。目の前に横須賀の海が広がり、新宿の高層ビルなども良く見えた。ここまで休憩なしだったのでここでランチ。このルートは三浦アルプスの王道ルートなので今日は相当数のハイカーが行き交っていた。若い人や子供もいたがメインはシニアだ。一休みして田浦梅林方面に下った。ここの道はロープが張られたリスキーな急坂がいくつもあり雨の日など超注意だ。そして結構距離があり、梅林まで遠かった。梅林もまた大勢の人で賑わっていた。梅の花そのものはまだ五分咲き位だった。曇り空なのでイマイチパッとした色がなくて寂しかったが梅のや葉や水仙を見ながら下った。 田浦梅林参考タイム 最寄り駅6:21⇒逗子8:30⇒風早バス停⇒葉山教会8:50⇒乳頭山12:04 12:30 ⇒田浦梅林13:00⇒北部共済病院13:30 13:50⇒逗子駅
2024年02月11日
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2月10日土曜日。世界のクラシック音楽界に大きな足跡を残し「世界のオザワ」と呼ばれた小澤征爾(おざわ・せいじ)さんが6日、心不全のため東京都の自宅で死去した。88歳。旧満州(現中国東北部)出身。このニュースが駆け巡り、メディアのあちこちで取り上げられていた。私はやはりという思いだった。と言うのは先日、テレビの音楽番組で最後に車いすに乗った小沢さんが登場してきたが、全く元気がなく、相手と視線も合わず、どうしてこの場に出してきたのか、気の毒にと言う感じがしていて、相当体調が悪いと思っていたからだ。小沢征爾は若い時から憧れの青年だった。スクーターに乗ってヨーロッパに渡ってブザンソン指揮者コンクールで入賞してセンセーションを巻き起こしてデビュー、しかしその後日本のNHK交響楽団とうまくゆかず、日本を飛び出してしまう。その後カラヤンやバーンスタインなど巨匠の下で更に修行を積み、ボストン交響楽団の指揮者を長く勤め、名実ともに世界のオザワになっていく。日本の古い体質の音楽界にはなじまなかったが世界はその才能を認めた訳だ。長野県松本市でサイトウ記念フェスティバルを行って、松本を岳都とともに楽都とした。登山で松本を訪れるたびにオザワのことを思い出さない日はなかった。日本の誇る指揮者が逝ってしまい、寂しい限りだ。 世界のオザワ
2024年02月10日
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2月9日金曜日。午前中は曇りで寒く、午後になって陽射しが出るという最近のパターンの一日だった。夫はパーキンソン病の疑いと診断されて処方された薬を飲むようになってから行動が変化した。これまではデイケアに行かない日は朝からずっとベッドの中でラジオを聞いていて全く動かなかった。所が薬を飲んだ翌日はベッドから出てリビングで本を読んでいるではないか。今日もデイケアは無い日だったので朝から読書をしていた。こんなことは最近なかったことで薬の効果としか言えない。すごい薬効だ。ドクターの話だとこの薬がきくとパーキンソン病ということだったから間違いないだろう。嬉しくはないものの、年も年なんだから受け入れるしかない。私だって脊柱管狭窄症で悩まされているのだから。退勤後、ウォーキングに出た。遅くなったので陽射しも陰り、少しわびしい雰囲気になっていた。でも春の花が咲いているのを見つけて少し気分が明るくなった。 ナズナ 仏の座
2024年02月09日
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2月8日木曜日。朝のうち、空気がとても冷たく冷え込んだが、午後は陽射しがあって少し温かくなった。娘がフィリピン旅行で家を留守にしてもう1か月近くになる。その間ずっと二匹の猫の世話をしている。朝起きるとすぐ彼らの部屋に行ってトイレ掃除、餌と水やり、室内清掃をする。彼らはドアを開けると脱兎のごとく駆けだして家中を駆け巡るが、今の時期は大体息子の部屋の炬燵の中に入る。そして午後は日当たりのよい窓際で二匹体を寄せ合ってうつらうつらして過ごしている。夜、夕食を済ませたら私と息子は炬燵に足を入れて寛ぐことが多い。猫も同じで炬燵の中に入っている。そこに自分の足を入れると柔らかい猫の体に触れてとても気持ちが良い。ヨリイチは炬燵の中で長くなっているが、ミチカツはそのうち炬燵の上に出てきて、わざわざ息子のパソコンの前に横たわるのである。これがすごくおかしい。仕事の邪魔をするようにキーボードの前に堂々と長く寝そべるのである。優しい息子は払い除けもせず猫と一緒にパソコンに向かっている。私はヨリイチの毛並みを撫でたり肉球を触ったりしている。無心で至福のひとときだ。 炬燵の上のミチカツ 首を回転させて寝転ぶヨリイチ
2024年02月08日
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2月7日水曜日。今日は朝から晴れて青空がのぞいてとても良い天気だった。仕事は休みだったが、夫の病院通いが3つあってそれで一日が終わった。とても疲れた。まず朝イチで三橋病院に行って薬をもらったきた。その足でスーパーで野菜などの買い物をする。根菜類などが重いので辛い。次の病院は午後2時だったので隙をついてウォーキングに行った。私だって血糖値管理をしなぇればならない身なのだからウォーキングはマストだ。団地の紅梅が美しく花開いていた。 午後、昨日急遽予約した津田沼中央病院の脳神経内科を受診。実は先日の市の特定検診で「脳神経内科を受診することが望ましい」とコメントがあったのだがそう緊急を要するものでもないだろうと気にしてなかった。所が5日月曜日に第一病院で便秘の浣腸をしてもらった時に「筋固縮があるかもしれないから脳神経内科を受診したほうがよいでしょう」と告げられた。ここまで言われるとすぐ動くしかない。急遽、脳神経内科を検索して幸運にも時々お世話になる津田沼中央病院で受診できたのだ。若いドクターはあれこれ問診し、手の動きなどを見、「パーキンソン病の可能性が高いです」と告げた。やはりと言う思いで特に驚きはなかった。処方された薬が効いたらパーキンソン確実らしく、最終的にはMRIを撮って脳の画像診断をするとのことで予約もすませた。更にその後、再度第一病院消化器内科で浣腸をしてもらった。2日前にもしたのにうまく出なくてお腹が痛くて一睡もできなかったと訴えるので診てもらったのだが、今日は出てすっきりしたと気持ちよい表情になっていた。夫は80歳過ぎているのでいろいろ病が増えてきている。老々介護だ。
2024年02月07日
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2月6日火曜日。昨夜か降り続いた雪は朝方には止んでいた。夜、外を見た時はすごい勢いで雪が降っているのでどうなることかと不安だったが、思ったほどではなかった。朝、起きたら雨が降っていて雪は少しづつ溶け始めていた。起きたらすぐ、シャベルで門の付近の雪掻きをした。まだ凍ってなかったので女の手でも何とかできて良かった。出勤をどうするか思案した。車でも行けそうな路面の状況で既に車が走行していたが、大事をとってバス通勤にした。バスも走行に時間がかかるかもしれないと1本はやいバスに乗ったが予想に反して、順調に走行し車内も混んでなかった。下車して学校までの道がシャーベット状の雪道で少し大変ではあったが、無事職場に到着してほっとした。寒冷地の皆さんにとっては笑い話のような降雪ではあるが、首都圏はとにかく雪に弱いので雪が降ると緊張する。大きな交通マヒや被害がなくて良かった。
2024年02月06日
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2月5日月曜日。朝はどんよりした曇り空だったが、午後からは雪予報が出されて不安定な天気の一日だった。西吾妻登山から帰宅したばかりではあるが、登山そのものは軽いものだったので普段どおり出勤して仕事した。所が帰宅後に夫が便秘で便がでなくてお腹が痛い、浣腸をしてもらいたいので病院に連れて行ってほしいという。午後遅い時間で雪が降り始めているので気が重かったが、止むを得ない。夫を連れて外科消化器科を受診した。長い間待って、やっと看護師さんに浣腸をしてもらい、下剤を処方されて帰宅した。便が固まって自力で出せないので看護師さんが砕いて出しやすくしてくれたということだが、本人は出ない、出ないと訴える。外を見ると雪がどんどん絶え間なく降り続いていて不安になる。路面が凍結してないか不安だったが、無事運転して帰宅でき、ほっとした。帰宅後、亜麻仁油を飲ませたり下剤を飲ませたりして何とか落ち着かせた。全く困ったものだ。 習志野第一病院外観
2024年02月05日
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2月4日日曜日。朝6時起床、持参のカレー飯を食べて出発。まずは宿の車で天元台ロープウエイ駅へ。到着した時は既に沢山のスキーヤーで駅はごった返していた。しばらく待ってようやく切符を購入し、階段を登ってロープウエイに乗った。ロープウエイは囲われた空間だったのでまだ良かったが、次のリフトは吹き曝しの樹林帯の斜面なのでとても寒かった。持参したすべての防寒着を身につけてしのいだ。 しらかばリフト、シャクナゲリフト、つかもりリフトと3つのリフトを乗り継ぐと標高1810mの北望台に到着。リフトを降りたらスノーシューを履いていよいよ登山開始。樹氷の樹林帯に入っていく。スノーシューは苦手なので始めから苦戦したが、登るしかない。トレイルははっきりあるので不安はない。登るにつれてスノーモンスターが次々と表れて独特の冬景色が展開した。「わあ。すごい」を連発しながら進む。カモシカ展望台まで登り、いったん下って中大顛分岐まで下る。そこからまたゆるゆる登り天狗岩とか吾妻神社があるはずの地点までくるが大雪で一面真っ白で何も見えない。ガイドが磁石で方角を確認して山頂への急登を登る。しばらくするとだたっぴろい日本百名山西吾妻山頂(2035m)に到着。無数のスノーモンスター以外何もない。雪が深すぎて山頂の標識なども埋まっている。ちょっとあっけなかった。 山頂でみんなで写真を撮りあった。一面真っ白なので色とりどりのウエアの色が映えてきれいだった。あまり風もなく、ほぼほぼ良い登山日和ではあった。下山は登りとは異なるルートを下った。スノーモンスターが様々な形と大きさで森一面を覆いつくし、圧巻だった。丁度良い時期に登山できて最高の冬景色を見ることができた。再び北望台に戻って、リフト3基、ロープウエイを乗り次いで白布温泉に帰った。荷物をまとめて山縣交通バスで米沢駅に出て、東北新幹線に乗って帰宅いた。
2024年02月04日
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2月3日土曜。今日明日二日間で山形県の西吾妻山に登山することになり、今日は初日で基地になる白布温泉まで入った。朝はゆっくりスタートで11時東京駅発の東北新幹線つばさに乗って米沢駅まで。久しぶりに見た米沢駅は冬景色でまた印象が変わっいて、当たり前のことだがとても寒かった。 米沢駅前米沢駅から山形交通バスに乗って山間部の白布温泉へ。市街地を離れるとすっかり雪景色だった。白布温泉も屋根に雪が積もり、つららが垂れ下がっていた。長い伝統を誇る西屋さんに宿泊した。女性3人が同室になった。どこもかしこも昔からの日本家屋ですごくよかったのではあるが、東北のこの標高の高い所で暖房が石油ストーブ一つだけなので寒々しく、高齢者には少し辛かった。 湯滝の宿 西屋 外観 総板の間の美しい内部 客室夕食は米沢牛のすき焼きが出てものすごく美味しかった。参加者は女性ばかり6名、同室になった若い女性二人はフレンドリーで色々な話が弾み、とても楽しかった。 米沢牛のすき焼き
2024年02月03日
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2月2日金曜日。朝から雲が低く垂れこめ、昨日より気温が6度以上も低く、この時期らしい寒々しい一日だった。退勤後、まずハリキュウ院で施術を受けた。何度も通ううちに少しづつ打ち解けてきてすっかり親しくなってきた。これまで全く知らなかったことがあれこれわかってきた。施術院の経営者で施術しているKさんは多分40歳台の男性だ。彼はウルトラマラソン100キロを完走するランナーだということが判明した。完走証が店内に貼ってあったので初めて知った。すごすぎる。ランナーの友人は何人かいるが、100㌔を完走する人とリアルに会ったのは初めてだ。道理で施術スタイルがランニングウエアなわけだ。共通する話題が多くて結構話が弾んだ。一般的な客も多いが、アスリートとして一流の成績を上げている人がかなりここで施術を受けているようだ。その中には90歳台のトライアスロン選手もいるから仰天だ。明日から雪山に行くので腰に針を入れてもらった。腰が軽くなった。これで大丈夫だろう。次はいったん帰宅し、夫を伴って歯科医院で歯科治療だ。夫は総入れ歯で毎日の歯磨きもろくにしないような人であるが、定期的に歯科ケアを続けている。施術院と歯科を巡ったらもうら夕方6時近くになっていた。今日はウォーキングもできなかったが毎日真面目に歩いているのでたまには歩かない日があってもよしとしよう。平和な一日が終わった。
2024年02月02日
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2月1日木曜日。今日から2月だ。1月はバタバタすごしてきた。糖尿病と脊椎菅狭窄症の対策と家族の病院通いにかなりの時間を費やした。やっとその苦難の一か月をこなして2月、節分と立春も近い。明るい気持ちで過ごしたい。今日は日中16度もあってすごく温かく春のようだった。退勤後は図書館に行って気になっていた本を見た。ランドネ3月号に親友の安藤真由子さんがのっているのだ。彼女とは長い付き合いでお世話になっているのだが、取材文を読むとこれまで知らなかったこともいろいろ記載されていて、また印象が深くなった。 ランドネの記事真由子さんは鹿屋体育大学卒業、体育学博士、健康運動指導士、登山ガイド、低酸素シニアトレーナー、自転車ロードレース元日本代表という経歴の持ち主で、私はミウラドルフィンズの低酸素トレーニングで知り会い、高所登山の度にお世話になってきた間柄である。男のお子さん二人を育てて仕事と子育て両立をさせているキャリアウーマンと言える。何より人柄が良いのでファンが多いし、人間的にすごく信頼がおける女性である。この記事を機会に真由子さんには更に活躍してもらいたいと思っている。
2024年02月01日
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