


・後醍醐天皇が出雲大社に出した綸旨。
— まいか (@JQVVpD7nO55fWIT) June 18, 2025
・懐良親王を援助した伊予国忽那島の海賊。
・親王たちが拠点にした陸奥、遠江、越前、肥後。
・南朝の置かれた大和の吉野、摂津の住吉。
・後南朝があった川上村。 pic.twitter.com/M51ckJOzty
平家と出雲
壇ノ浦の戦いからさかのぼること約80年前、出雲国で起こった「源平合戦」をご存じでしょうか。それは“源義親の乱”です。彼は現地の住人を殺害して税物を奪い、さらに朝廷から遣わされた使者をも殺害する暴挙にでます。これにより1103年、隠岐国へ配流となりました。ところが4年後の1107年、義親はあろうことか出雲国へ脱出し、さらに国司の代官である目代を殺害して現在の松江市美保関町の雲津浦に立てこもってしまいます。
こうした状況をみかねた朝廷が派遣した追討使こそ、平清盛の祖父であり当時、因幡国司だった平正盛でした。勅命を受けた正盛は出雲国へ向かい、またたく間に乱を鎮めることに成功します。その後、正盛は義親の首をささげて入京し、京内の道路は見物人であふれかえったといいます。源氏の悪人を平氏の棟梁が成敗したことを、強く印象づける出来事となりました。
https://shimane-kodaibunka.jp/history/history-1179/
平家の落人と吉野
現在の吉野郡にも平家の落人の伝承が残っている。野迫川村平は、平維盛がその生涯を終えた場所とされ、また十津川村五百瀬には維盛の墓と伝えられる祠がある。また上北山村の始祖は、平氏の末族だったと言い伝えられ、村内には平氏と縁のある寺院が多数あり、一門が遺した仏像や古文書が所蔵されている。この他に隣接する下北山村や和歌山県の北山村などにも平家伝説が伝わる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E9%87%8E
平家の落人と陸奥
平貞能公と定義:平家が壇ノ浦の戦いに敗れた後、重盛公の遺言にしたがい、貞能公は宝軸をまもり、ひそかにこの地に隠れました。貞能公はなおも世をはばかり、名を「定義」と改めました。
https://jogi.jp/about/nyorai/
平家の落人と越前
福井県には数多くの平家の落ち武者伝説が残ります。これは平清盛の父・平忠盛が保安元年(1120年)に越前守に任じられ務めていたことに関係します。そこから木曽義仲が北陸の平氏勢力を倒す寿永2年(1183年)までの60年以上、越前国は平氏の勢力下におかれていました。そのような状況の中、加賀市の篠原の戦いで散った平氏の残兵は越前の各地に逃げ隠れました。
https://www.echizen-history.com/post/清水平町
平家の落人と信濃
長谷の浦には壇ノ浦の合戦で敗れ逃れてきた平気落人の伝説がありここの住民はその末裔といわれています。小松氏の先祖が平重盛か維盛かは明らかではありませんが、平家の流れの者であることは確かだとされています。
https://ina-dani.net/topics/detail/?id=33015
平家の落人と肥後
平清盛はみずから肥後国司となり、ついには直轄地としました。肥後に落人伝承が多いのはこうした背景があったからと思われます。
https://kumamoto.guide/look/terakoya/123.html
義良親王(のちの後村上天皇)
建武元年(1334年)、陸奥国府兼鎮守府の多賀城(宮城県多賀城市)に入城し、後醍醐天皇が多賀城に創設した奥羽将軍府のトップとして、北朝を擁する室町幕府軍と南北朝の内乱を戦った。
https://ja.wikipedia.org/wiki/後村上天皇
尊良親王
延元元年/建武3年(1336年)、異母弟である皇太子恒良親王とともに新田義貞に奉戴されて北陸に逃れ、越前国の金ヶ崎城(福井県敦賀市)に入った。
https://ja.wikipedia.org/wiki/尊良親王
宗良親王
延元3年/暦応元年(1338年)、座礁により遠江国(静岡県西部)に漂着し、井伊谷の豪族井伊行直のもとに身を寄せる。興国5年/康永3年(1344年)に信濃国伊那郡の豪族香坂高宗に招かれ、大河原(長野県大鹿村)に入った。この地を文中2年/応安6年(1373年)までの約三十年間にわたり拠点とし「信濃宮」と呼ばれるようになる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/宗良親王
懐良親王
貞和4年/正平3年(1348年)南朝の征西大将軍・征夷大将軍として、肥後国隈府(熊本県菊池市)を拠点に征西府の勢力を広げ、九州における南朝方の全盛期を築いた。
https://ja.wikipedia.org/wiki/懐良親王
— まいか (@JQVVpD7nO55fWIT) June 18, 2025
福岡・八女に残る南朝の記憶
— まいか (@JQVVpD7nO55fWIT) June 19, 2025
後醍醐天皇が懐良親王に授けた国指定重要文化財「金烏の御旗」 https://t.co/EdDj8ScqC5 #西日本新聞
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