全31件 (31件中 1-31件目)
1
★寒風が吹きすさんでいる。その寒風のなかをとぼとぼと歩き、地下道の階段にそっと身を横たえる人をテレビでみた。その心のなかにも、木枯らしが吹きすぎていることであろう。 この年の末を不安いっぱいに、暗い気持で、希望を断たれて、すごす人たちがいる。 ★パレスチナのガザ地区は、外部と完全に途絶され、連日の空爆にさらされている。死者はもう400人を超えたのではないか。水も電気も食糧も医薬品もほとんど封鎖され、幅6~10キロ、長さ約50キロの中に閉じ込められて。 ホロコーストをゲットーをあれだけ体験した人たちが、その子孫が、なんという無残な行為を続けるのであろう。 ここにも寒風は吹きすさんでいる。 ガザ地区の空爆をただちに中止を! ★金融危機にしても、日本の不況にしても、寒空に職を失った人を放り出すことも、ガザ地区の空爆も、すべて人災である。 こんなことが当たり前のように行われる社会を私は望まない。
2008/12/31
トヨタ自動車は1951年以来ずっと黒字だったという。ここ5年間の営業利益は1兆6668億円、1兆6721億円、1兆8783億円、2兆2386億円、2兆2703億円。税引き後の純利益もこの5年間1兆円を超した。 全経費、税金その他、配当などを支払った残りである内部留保が今年の9月末で12兆6658円だという。 これだけの儲けを支えてきたのは誰だろう。それは労働者である。もちろん期間工も大切な役割を果たしてきた。 ところがトヨタ自動車は、今春9000人いた期間工を来春までに3000人に減らすという。諸経費を込みで人件費が一人年間500万円と見積もっても、年間300億円あれば、6000人を解雇せずにすませる。300億円とは、内部留保の0・25%にしか過ぎない。トヨタは強欲の塊としか思えない。 これが資本主義だとか、企業も生き残らないといけないからとか、トヨタのやっていることを是認する主張が経済学者や財界関係者から出されている。 だが、資本も社会の一員であるとすれば、社会的責任をはたすべきであろう。労働者を使い捨ての部品のように扱い、都合がいいときは利用し、都合が悪くなれば切りするのでは、責任を果たしているとはいえまい。 雇用を維持すれば、経済は潤い、社会保障なども破壊されずに済む。社会に果たす効果は大きい。解雇しれば、経済は冷え込み、社会保障などが破壊される。そして何よりも解雇された人たちの生活が生きるということが破壊される。 大もうけを続け、巨額のためこみをしながら、簡単に大量解雇をし、社会的責任を放棄する企業が、日本を代表する大企業なのである。本当に強欲なトヨタである。 なお、トヨタと似た大企業は外にもある。彼らはさまざまな特別待遇を国民に要求し、負担を押し付けながら、責任は放棄する。大企業、大資本というもののあくどさが今私たちの前にむき出しになっている。
2008/12/30
ブッシュとクリントンとが基本や大枠では、ほとんど変わらなかった。共和党と民主党とが、大金持ち中心、軍事拡張主義を基本としているからだ。そこでこういうジョークがつくられる。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~「昨日、バラク・オバマ次期大統領は、"ミート・ザ・プレス"に出演した際に、経済について"回復するまでは悪化するだろう"と発言しました。ああ、選挙は終わったんだなあと実感できますねえ。選挙前のこと憶えてる?"The audacity of hope!(大胆な希望)"!"Yes, we can!(私たちには出来る)""A change we can believe in!(私たちの信じる変革)"だったけど、今じゃ"We're all screwed.(みんな騙された)"。」…選挙戦では、あらゆる戦術が練られ使われる。民主と共和の違いも派手に演出される。でも、選挙が終れば、スポンサーの立場に帰らねばならない。みんなだまされた、となるわけだ。日本の選挙も同じ。特に民主、自民の「二大政党」は、選挙ではけんめいに違いを演出してみせるが、選挙が終れば同じである。だまされた!~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~「今夜このスタジオの席を手に入れるために、イリノイ州知事ロッド・ブラゴジェビッチに金を払った人は何人?-ひとつ言っておくけど、この国では上院議員の地位は金では買えないよ。寄付を集めて、有名にならなきゃ。アメリカ国民に嘘をついて、実現できない約束をする。それが合衆国上院議員になるための方法だよ。」…日本では寄付を集めてと言うのとは違って、地盤の世襲と、キャリア時代の人脈が幅を利かす。そしてテレビに露出すること。あとは、日本でも同じ。あれほど国民に対してゴウマンであった議員たちが選挙になるところっと変わる。議場で笑いながら消費税増税と言っていた人物が、選挙では「反対」といったり、口にしない。
2008/12/29
小泉政権時代、マスコミをはじめとして笛を吹いた集団があった。その笛に踊らされた多数の人びとがいた。バブルの笛を吹いた集団、それでもうけた集団がなんの責任もとらなかったように、小泉政権のために笛を吹き、多数の人びとを踊らせた集団はだまっている。 小泉政権はなにをしたか。「改革なくして成長なし」「構造改革だ」「規制緩和だ」といって実は「巨大企業や金持ちのところに富を集め、そのことによって国際的な競争力を強くして経済成長を促進し」「税制も、社会保障制度も、労働法制も、大企業が儲けやすいように大きく変え」「つましく生きている人びとのふところから富を奪い去って富裕層に貢いだ」「その構造改革に喝采したおめでたい国民は、改革によって、自分たちも裕福になれると」思い込んだ。 その結果が、「今日の貧困化であり」「アメリカの金融恐慌であり」「人びとは丸裸に近い状態」になった。その具体的な実状は無残なものである。その上、人びとは財政赤字で脅されている。 「財政の赤字は、大企業や富裕層に大きな減税をしたために税収が減ったことが大きな理由の一つ」であり、「その代わりとして増税されたのが消費税」だった。「消費税の累積額、約137兆円は、法人税の減税額とほぼ同じ」である。 では、大企業は減税をしてもらった分を、「国民の利益に還元した」だろうか。「例えば雇用を増やし、賃金を上げ、国内の需要を増やした」だろうか。そうではなく、外国に企業を移した企業は、低賃金の外国人労働者を雇い利益をあげ、その利益を国内に戻そうとはしな」かった。「そのまま外国にとどめおいて、新しい投資や債権を買い、日本の労働者にも、日本国への納税にもほとんど貢献」しなかった。 笛を吹いた集団と、笛に踊らされて人々とのこれがその結果である。 笛を吹いた集団は、今また笛を吹き、国民の負担を求めている。いつまでも彼らの笛のままに踊らされていいものだろうか。眼を見開き真実を見よう。そして、もう、踊らされないようにしよう。 (注)引用は、暉峻淑子『豊かさへ もうひとつの道』かもがわ出版 より。
2008/12/28
★末期ガンで入院している人がいる。三割負担の医療費であえいでいる。他の人たちも高額の医療費、それも三割負担であえいでいるという。その上、病院からはさかんに転院を勧められている。その病院の名を聞けば、退院させたいだけであることがよくわかる。治癒の見込みのない病人を長期に入院させれば、病院も損をする仕組みになっているからだ。 政府は、包括診療の病院を倍増する計画だという。どのような病気であれ、保険診療の場合、ある病気にはこれだけと定額の診療報酬しか出さないということだ。ということは、それだけの医療しか受けられないということだ。現在は出来高払いだから、ある程度の医療も保険で受けられた。これからは、一定以上の医療は、自己負担ということになる。金のないものはどうでもよいということである。 ガン末期の患者を病院から追い出すのも、政府の政策による。政府は、貧乏人を切り捨てる方針のようだ。貧乏人は死ねということだろう。★非正規労働者が12月19日までに確認出来た人数で85000人解雇されているという。この数字には、漏れがあるとも考えられ、その後の解雇も考えられるから実数はもっと多いかもしれないということである。 19日という数字に注目してほしい。国会は25日に閉会した。19日は会期中である。厚労省はなぜ、この数字を19日に発表せず、昨日26日に発表したのか。まるで国会の閉会を待っていたかのようではないか。いや、閉会を待っていたのであろう。 実数を隠す厚労省。実態調査を求めもしない国会議員。結局、トヨタ外の派遣ぎりをした大企業に申し入れをした共産党を除いては、国会で茶番を演じただけである。 具体的な対策を急いで具体化することをなぜ彼等はしなかったのか。政権を取る、政権を守るというだけで、彼らの目は大多数の国民の方へ向いていなかった。つぎつぎと寒空の下に放り出される解雇された人たちのほうへはむいていなかった。 政府・与党は先に書いた政策といい、貧乏人は死ねというのであろう。野党の民主党も政権を取ることしか頭にないようであるが、政権を取ってなにをするのか。経済界にものをいえない政党に、労働者を守ることなどできるだろうか。 ★トヨタをはじめとする大企業はつぎつぎと派遣切りをやった。内部留保、株式配当、単体での利益確保がありながら、企業グループ全体での決算による減益を強調し、解雇しまくっている。 彼等は自らと株主の利益しか眼に入らないようである。彼らも貧乏人は死んでもいいと涼しい顔をしているのであろう。★得意の全国支局網を使っての独自調査もしないNHK,朝日、読売などの中央大手新聞、そしてテレビキー局。減益減益とそれを強調するマスメディア。派遣社員の解雇についてはかなり報道してはいるが、まだまだ足りない。政治や大企業の無責任その背後にある真実の報道をしないからだ。 ★そして連合、大企業の労組。彼ら御用組合の集団は、沈黙したままなにもしない。
2008/12/27
ほんとうに面白かった。面白さにもいろいろあるが、笑と涙と鋭い風刺と皮肉とわくわくする期待とそして最後にしっくりと考えさせることとがてんこもりの小説である。作者余華氏は、チャン・ウィ・モー監督の名映画『活きる』の原作を書いた小説家、中国では莫言氏とならぶ作家だという。 主人公は李光頭と宋鋼の兄弟。弟の李光頭はすばしこく、兄の宋鋼はおっとりしている。この二人が文革の時代とそれにつづく開放経済の時代をどう生きたか。 小説は文革篇と開放経済篇に分かれる。 文革の時代、まだ幼い二人の眼をとおして描かれる。赤旗の列、デモ、つるし上げ、暴行、略奪、破壊と恐怖の時代を二人は父を失いながら、生き延びる。 やがて続く開放経済の時代、兄弟は全く反対の行き方をする。欲望の解き放たれた競争の時代に一人は乗り、一人は取り残される。欲望と欺瞞と華麗と貧困と混沌とした時代を生きる二人。 このふたりを中心としながらおびただしい個性的な人物と民衆が登場する。 文革篇と開放経済篇とは合わせ鏡のようになっている。毛沢東という一人の人物によって人々が塗炭の苦しみに陥った時代と、解放された欲望に振り回される時代と。 この二つが向き合うことによって、活きることの幸せと、二つの時代を生きることで得たものと失ったものとが浮かび出てくる。 私は兄の宋鋼が見た夕景が心に沁みた。 泉京鹿さんの訳が絶妙。読んで損をしないこと請け合いの小説である。 余華 『兄弟』上・下 合計877ページ 文芸春秋
2008/12/26
自公政権は、アメリカと理念を共有しているなどといって、憲法も反対の声も無視してブッシュの戦争に参加した。自公は多数という数に頼って暴走した。規制緩和、構造改革と称して経済と社会保障制度をはじめとして社会を破壊した。教育基本法を改悪し、憲法に規定する勤労する権利、それを保障するための職業安定法を壊し、雇用破壊を招いた。 新自由主義を宣伝し、規制を緩和し、大企業や富裕層を豊かにすれば、トリクルダウン効果で、おのずと利益が貧困層にしたたりおちると主張した。それまで国民は「痛み」をこらえよととなえたのは、「構造改革」「改革」と叫んだ小泉・竹中の構造改革だった。利益は大企業と富裕層のなかにとどまり、庶民の痛みはますばかりである。 トリクルダウン効果など始めからまやかしだったのだ。小泉氏や竹中氏には大粒のしずくがしたたって溢れるほどなのかもしれないが、庶民は違う。負担は増え続け、賃金はさがりつづけ、消費税大増税が待っている。雇用も社会保障も崩壊しつづける。 昨日も書いたが、大企業や富裕層は、内部留保や株式配当、高額の給与で潤っている。ここ十数年、戦後最長の好景気の利益はそこにのもとどまり、庶民の上にしたたるしずくは一滴もなかった。国民の大多数が得たのは痛みだけで、それはなお続いている。 政治はこうして、国民の信用を失おうとしている。それなのに、政治の現実はこうである。西日本新聞の社説から一部引用する。 「焦眉(しょうび)の急であるはずの雇用対策を、国会が自ら葬り去り、与野党がそれぞれ相手を非難し合って、幕を閉じるという算段なのだ。 国民の悲鳴が聞こえないようでは「国権の最高機関」の名が泣く。これを「政治空白」と言わずに何と言うのか。 年の瀬だというのに突然、解雇を通告され、住まいを追い出される人たちが、ちまたにあふれている。雇用の危機は非正規社員から正社員にも及び、深刻な社会不安の様相さえ引き起こしつつある。」 大多数の政治家が、こんな状態で平気でおられるのも、彼らの大多数が、潤う側にいるからだろう。二世、三世、元官僚がうじゃうじゃいる世界だから。
2008/12/25
「百年に一度の大不況」といいながら、今日で国会は終了。来年を待てだという。国会は自公と野党三党が時間つぶしの茶番をつづけただけだった。ただひとつ、消費税大増税がいつのまにか中心に座っていた。 大企業は減益、減益の大合唱である。首相はへらへらしながら、「百年に一度」を繰り返す。新聞テレビも同じである。その解決策は、消費税大増税だと声を揃える。朝日も読売も消費税増税の先頭に立っている。 大企業に取って、これは一石二鳥というより、一石三鳥であろう。 ・不況減益を宣伝することで、減税を実現し、負担を更に減らせる。 ・消費税大増税で、大企業自身の負担をまぬかれる。 ・不況減益を宣伝することで、解雇が当たり前という空気をつくり、一気に企業の、体質改善をする。 大企業は今日の共同通信の配信でも、内部留保をためこんでいる。共同通信によれば調査した電機、精密、自動車16社で33兆6000億円である。 電機、精密9社では、11兆2千億円。自動車7社で22兆4千億円。キヤノンだけでは2兆8千億円(赤旗の試算では3兆3千億円)、トヨタだけでは、12兆3千億円(赤旗試算では13兆8千億円)。膨大なカネを溜め込んでいる。 株式の配当は、電機、精密9社のうち、増配4社、維持2社、未定3社、キヤノンは110円で維持。自動車7社のうち、増配1社、維持3社、未定3社、トヨタは未定(03年度は45円が07年度は140円と約3倍)。こうみると不況、減益をいいながら、増配あるいは維持をしている大企業が多い。これでいいのか。 それだけではない、減益だ、赤字だといっているが、トヨタ自動車単独の場合。09年3月末決算見通しでは、経常利益2200億円。キヤノンの08年12月末までの1年間で5800億円の連結営業利益見込み。 企業というものは、利益を得たら消費者に還元し、社員に還元するのがまず最初であろう。国家に税金として納めることも重要な義務である。ところが、株主第一、企業の利益第一で、更に国家から(つまり国民から)むしりとろうととしている。 これで減益だということで、国から減税でもしてもらえれば笑いが止まらない。消費税増税でもすれば、大企業の負担は更に軽くなり、ウハウハである。そしてこの機会を利用して一気に「人員整理」をしてしまう。いわゆる「余剰人員」の削減をやっておこうというわけである。 1989~2008年度でみれば ・消費税収入…201兆円 ・法人3税減税…164兆円 消費税は常に社会保障費に充てると宣伝されてきたが、実は法人税減税に充てられてきたのである。いままでこういううま味を味わった。これからもと考える大企業である。 08年4月以降、上記16社はすでに4万人を解雇している。解雇によってこれらの企業はどれだけの利益を確保できたことだろうか。 「百年に一度」を強調しながら、内閣や与党がのろのろとしているのも、野党三党と茶番にくれているのも、以上に述べたような構図を維持し続けようとしているからではないか。 財界にとっては一石三鳥。そのおこぼれを貰う、政官メディア、有識者その他もろもろ。朝日も読売も消費税増税。 彼らは税制全体を問題にせず、財政全体の真実を隠し、減益減益と大宣伝し、労働者解雇をしやすく、消費税増税はやむをえないとおもわせようと誘導しているようである。 世界的な不況はそのとおりであろう、日本の景気も冷え込んでいると実感する。だが、事実は事実として明らかにした上で、庶民の立場を第一に政策を練ってほしい。一部の大企業や富裕層には、今回の不況に責任がなくはなかろう。その大企業や富裕層を第一に潤すような政治を行ってはならない。
2008/12/24
新指導要領で高等学校の英語の授業を英語ですることを原則としたという。文科省のお役人、中教審の委員たちは何を血迷ったのだろう。 そもそも、原則としてであれ、英語で英語の授業が出来る学校がどのくらいあると分かっているのだろう。 ABCもまともにいえない、書けないレベルの生徒すらいる。初級の入門時点でつまずいて、ほとんど英語の分からない生徒がいる。 現場を知らなくても、全国一斉テストの結果を見れば、簡単にわかる。全国の高校生のかなり割合の生徒がそうなのである。高校になって中学の入門期の授業を繰り返し、それでもどうにもならないという生徒が多数いるのである。 英語の授業は英語を原則とするなどとは、血迷ったとしか思えない。いったい、そんなことをする必要性がどこにあるのか。 ゆとりの時間で大失敗したのをはじめ、文科省は文部省の頃から、迷走を続けている。 それにしても、文科省を始め、中教審の委員、その他教育関係の委員会、懇談会の委員や識者が教育の現実に無知なのには驚く。現場の実情を知らないだけでなく、書物や統計であきらかなことですら調べていない。 水村美苗さんの『日本語が亡びるときー英語の世紀の中で』(筑摩書房)はとても面白い本だが、その末尾でこういっている。こういう意見も参考にしてほしいものだ。 水村さんは、国民の一部がバイリンガルになることを目ざすべきだという。英語が世界の言語の上に立って支配網を確立しようとしている時、必要なのは英語で意味のある発言のできる人材だという。 それは、一部の人でよく、政治家や外交官や海外と切り結ぶ経済界その他、必要な部分にそういう人材がいないことこそが問題だという。 その一部は、バイリンガルになるまで徹底する。だが、それ以外はそれほどする必要はない。 それよりも、日本人は何よりもまず日本語ができるようになるべきであるということを大前提とすべきであり、そのためにはなによりも長い書き言葉の伝統を持った日本語を格差がないように学習させるべきであるという。 参考に値する意見ではないだろうか。
2008/12/23
今日の朝日の「崖っぷち ビッグ3」「10年産業負の遺産」にGM再建の壁としていくつかあげてあった。ニューヨーク支局の二人の記者の署名記事だが、どうも合点がいかない。 一つ、賃金や医療費負担などの待遇を時給に換算するとGMは一人当たり69ドル、トヨタは48ドルである。二つ、GM経営幹部は、労務費や退職者向け医療費負担を今の半分にすることが必要とするが、自動車労組が交渉相手として手強い、三つ、借金の圧縮が必要だが、債権者の抵抗が大きいなどである。 1や2はよく言われる労組が労働者の待遇、賃金を引き上げ、経営を圧迫している。徹底した圧縮が必要だが労組は、それを妨害している。労組が強いのが悪いという主張を連想させる。 だが、それが当面のGM再建の壁であるとしても、それを労働者だけの責任とするのは正しいことだろうか。 神谷秀樹氏の『強欲資本主義ウオール街の自爆』(文春新書)によれば、GM幹部は「企業としての至上命題は、株主への利益の還元であり、収益性やキャッシュフローが非常に大切です。」といい、経営トップの目は消費者や顧客の方に向いていなかったというのである。 またGMは金融子会社を所有しており、これがサブプライムローンなどの住宅金融にのめりこみ巨額の損失を生み出していると言う。その経営者が、強い批判を浴びるまで、巨額の報酬とボーナスを取り続けていたのである。 こういう事を知ってみると労働者の待遇は、再建という点からみれば壁であるには違いないが、その半減などを簡単に容認できることではないだろう。これから大量解雇もなされるだろうが、これも容易に受け入れにくいことだろう。 強欲経営陣と大株主は、利益を得ることばかりを考え、消費者に目を向けた経営改善、経営努力をしてこなかった。億単位の年収やボーナスを更に引き上げ甘い汁をすいつづけ、自動車の改良よりも、マネーゲームに耽った経営陣の責任が大きく問われるところである。 最近の日本でも、貿易赤字や収益減が大々的に宣伝されている。だが、だからと言って派遣労働者や期間工の解雇が正当とはいえない。 戦後最長の好景気に膨大な純益を得てきた大企業。それを支えた労働者を不況であるからといって、利益確保のためにスパスパと切り捨てることは許されない。 アメリカのGM経営者、大資本家の強欲ぶりを思うにつけ、彼らのモラル、責任は、と問わずにはおられない。労働者の待遇が壁である前に、自らが壁ではなかったのか。 日本の大企業の経営者についても、同じである。
2008/12/22
地球の磁気フィールドに破損がみつかった。もしこの破損が大きくなり太陽活動が活発になれば、磁気フィールド内部で太陽風が吹き荒れ、地上の一切の電気装置が無効になるかもしれない、などという雑誌記事の紹介があった→ここ ハリウッド映画にさまざまな近未来SF映画があり、地球が静止してみたり、奇想天外な異常現象が起こってみたりするが、まったく科学的背景を欠くものでもないらしい。 『戦争はいかに地球を破壊するか』(ロザリー・バーテル 緑風出版)で、著者はウラン兵器、地雷からはじまって、核兵器、ミサイルディッフェンス、宇宙兵器、磁気兵器、地殻自体を平気として利用する研究、地球を取り巻く、大気圏その他を兵器として利用する研究、その他の研究がアメリカのどこでどのように研究、実験されているかを具体的に記述する。 著者は、地球の気候変動のうちのかなりは、それらの実験の影響ではないかと推測する。相次ぐ異常気象、大地震、それらがこれらの地球全体を使っての実験の影響ではないかというのである。とすれば磁気フィールドの破損もそれらの影響の一つかもしれない。 著者は、戦争と戦争に関連するこれらの兵器開発が、地球の資源を枯渇させ、地球を汚染し、環境を破壊し、人類自体をほろぼしかねないと訴える。 それでは、どうすればよいか。著者は軍の撤廃を提案する。そしてその手順をのべる。その最初が文民統制である。とすれば、最近日本で起こった田母神発言は、その最初の部分を逆行させる極めて危険な行為となる。 著者は日本国憲法にも触れる。それが将来の世界の軍の撤廃への道につながる一筋の道として評価するのである。行き詰まりつつある地球の未来を開くために、日本国憲法の道がここでも参照されていることを、私たちは自覚したいものである。 この本はきわめてきちんとした本だが、読みにくい本ではない。ここに私たちに近しいスペースシャトルに関する部分を抜粋してその面白さの一面を紹介したい。 「1980年代を通して世界的なロケット発射数は、毎年およそ500から600を数え、1989年に1500でピークに達した。スペースシャトルはこの期間に導入され、45メートルのブースターロケットを二段持ち、固形燃料ロケット中でも最も大きい。すべての固形燃料ロケットは排気ガス中に大量の塩酸を含み、一回のシャトル飛行はオゾンを破壊するおよそ187トンの塩素、および同じくオゾンを減少させることで知られる窒素7トンを大気中に放出する。各シャトル飛行で放出された387トンの二酸化炭素がこれに加わる。ソビエト航空宇宙技師バレリー・ブルダコフはスペースシャトルを300回発射するでけで、生命を保護できるだけの容量のオゾン層を破壊すると計算した。」 拍手しながら打ち上げを眺めているスペースシャトルがオゾン層を破壊し、地球温暖化を加速し、膨大な税金を消費し、環境と社会に大きな損害を与えていることを、ここで知るのである。 戦争と戦争に備える新しい兵器の開発の恐ろしさ、環境や社会、最終的には地球を破壊するであろう戦争というものについて知るのに必要な一冊である。
2008/12/21
雇用法案を参院で強行採決した。18日の委員会で、続いて19日参院本会議で、民主、社民、国民新の三党のやったことである。つづけて、衆院に解散要求決議案を提出するのだという。なにをしていることやら。 自民党公明党が予算を党略につかっているのは誤りである。どうように、民主党などが党略に走るのも誤りである。 年末日がない、急いでほしいというのが解雇などで苦しんでいる人たちの声であった。年末年始が差し迫った事態なのに、国会も役所も休みに入る。だから、国会審議を急いで、対策の具体化をすぐにでもというのが多くの声だったのではないか。 徹夜をしてでも審議を尽くし、できるだけいい法案をつくるのがすべての政党の責務であろう。いい法案を作るには、法案の中身を具体的に国民、すくなくとも関係者にしらせ、その声を反映しながら練り上げるのが普通のやり方だろう。 三党案を新聞でしったのは今日である。内容も知らせず強行採決では、どんなよい法案でも手続きとして正当ではない。 自民党がやるからといって民主をはじめ野党がそれをやったのでは批判の正当性を失う。 三党のやり方は自民党と同じく、選挙を絡めた党利党略にみえる。そうでないといってもやり方がそれらの政党人ではない私たちからみるとそう見える。 苦しんでいる当事者を横において、自民も民主も、社民も国民新もなにをしているのか。徹夜ででも審議を尽くし、できるだけよい法案を、出きるだけ早くつくるのが責務ではないか。 それを政治ゲームに熱中していていいのか。 これらの政党には、当事者の苦しみが見えていないのだ。 こんなていたらくをみるにつけ、自民、民主を中心とするいわゆる二大政党制の悪を改めて認識するのである。
2008/12/20
今日19日の朝日に、シリーズ「派遣の行方(7)」として、派遣会社社長奥谷禮子氏と龍谷大学教授脇田滋さんの文章が掲載されている。奥谷氏はホワイトカラーエグゼンプションをはじめ労働法制完全自由化論者であり、脇田氏はその反対の立場にある。 ここで奥谷氏の主張を中心に脇田氏の対応する意見を並立し、私の簡単な感想を随時書き込むという形で整理してみよう。奥谷氏の意見には★印を、脇田氏の意見には☆印を、私の感想には…を、冒頭につけて区別する。 ★「派遣は雇用の創出に寄与している。日本では事業主の解雇規制が強すぎるので、正社員の採用には二の足を踏んでしまう。」「働く側の意識が多様化する中で、多くの人が自分のライフスタイルに合わせた働き方を選んでいる。本当にどうしようもない働き方ならば、派遣社員がこれほど増えるはずはない。」 ☆「派遣切りとよばれる今回の雇用不安は、日本の派遣労働の本質的な問題点を露呈したものだ。」「派遣先の会社は簡単に仕事を打ち切られる」「欧米では派遣労働は「一時的労働」を表す「テンポラリー・ワーク」。日本ではこれを「派遣」とあえて誤訳し、恒常的な仕事にも広げた。」「正社員との差別待遇の禁止規定もないため、99年度に派遣労働が原則自由化されると、企業は安い労働力として派遣を急増させた。」 …奥谷氏はもっと解雇をしやすくすべきだという。この雇用者側の要望と、多様な働き方を求める働く側の意識がマッチしたからこれほど派遣が増加したのだと派遣増を是認する。だが、安い労働力を簡単に解雇できるということから、雇用者側が派遣労働者を増やしたことに派遣労働者のなによりの原因がある。奥谷氏のいう意識の多様化は奥谷氏が繰り返し主張する原点のようだが、派遣切りの現状からみればまったく事実とことなることはあきらかである。 ★「もちろん、高額の手数料(マージン)を取ったり、社会保険への加入を渋ったりする悪質な派遣会社は厳しく罰すればいい。だが一律の規制は弊害が大きい。政府は派遣法改正案のうち事前面接の解禁をのぞいた変更は見送り、派遣と言う働き方の自由をより高めるべきだろう。」「その上で意欲や向上心のある人に能力開発の機会を与えて支援する。」「やる気がない人まで救うのは税金の無駄だが、運悪く落ちこぼれた人に手を差し伸べるのは政府の大切な役割だ。」 ☆「派遣法は、仕事が来たときだけ雇う「登録型派遣」を認め、仕事が途切れたら何の保障もない働き手を量産した。派遣会社が雇用というなら、仕事が途切れた間の賃金の保障や年休の代替要員の確保は当然。」「登録型派遣を残すなら、派遣元に休業手当などを義務付ける。このコストは派遣料金に含まれ、派遣先企業も分担する。」 …奥谷氏はさらに自由化をすすめよという。事前面接を除いた変更は見送りというが、事前面接は現在禁止されており、その変更(この場合規制緩和)は反対の多いところである。見送れという事前面接を除いた変更とは、規制を強める部分である。悪質な派遣会社は厳しく罰すればよいというが、これはしらじらしい。奥谷氏があげた二点だけでいってもほとんどの派遣会社が悪質な派遣会社に該当する。問題はそれも含めて労働者保護のあらゆる規制を外し、雇用先と派遣会社がおもうがままに労働者を使い捨て、搾り取る仕組みとなっていることだ。 ★「働き方の多様化は今後も進んでいく。雇用の原則は正社員という幻想はもはや通用しない。そうした中では同一価値労働同一賃金という理念を実現することが大切だ。加えて、同一能力という考え方も欠かせない。同じ能力の人が同じ仕事をすれば同じ賃金を払う。これこそが、めざすべき「平等」の形ではないか。」 ☆「こんな派遣法は廃止すべきだと思うが、「事業の繁閑があるから必要」というなら、最低限、次の改正が不可欠だ。まず、同一価値労働同一賃金を明文化し、実行できる態勢を作る。」 …二人の意見は派遣については、正反対であることがわかる。同一価値労働同一賃金で一致するが、奥谷氏は「同一能力」ということを付け加えることを忘れない。これは先の「意欲」「向上心」「やる気」と同じく雇用者側の恣意的な判断により、「自己責任」として切捨てることである。企業が賃金抑制のために査定制度をもちこみその査定の要件として「意欲」「やる気」「向上心」を持ち込んだことを忘れてはならない。 …以上お二人の意見をざっと比較してみた。テレビや新聞で報道される。あるいは私たちの周りの実態からみて、どちらが本質と真実に近いかおのずと明らかである。
2008/12/19
「派遣ぎり」などという言葉に触れると、なぜか鶴彬が頭に浮かんだ。鶴彬は戦争を詠んだすごい川柳を残しているが、労働者や農民その他下層の民を詠んだいい句ものこしている。そこに連想が行くのだ。 ・三本きりしかない指先の要求書 ・腕をもぐ機械だ!手当てもきめてある これらは追い詰められた派遣労働者をはじめとする非正規労働者、正規でも弱い層とつながって浮かぶ。それは、さらに、戦争の句ともつながる。 ・退けば飢えるばかりなり前へ出る ・屍のいないニュースで勇ましい そんな連想が浮かぶのも人間の尊厳というものを考えるからだろう。人間の尊厳といえば、まど・みちおの「リンゴ」だ。 リンゴ まど・みちお リンゴを ひとつ ここに おくと リンゴの この 大きさは この リンゴだけで いっぱいだ リンゴが ひとつ ここに ある ほかには なんにも ない ああ ここで あることと ないことが まぶしいように ぴったりだ そこにあるというだけで、人は人として尊重されるべき存在である。人が人を人としてその尊厳を認めないとき、その人は人としての自らの尊厳を失う。 「利益」「株主」「競争」そんなもののために、人としての尊厳がおかされてはならない。 (注)アーサー・ビナード『日本の名詩、英語でおどる』(みすず書房)を参考にした。
2008/12/18
日本の貧困の実態を告発し、貧困者とともに闘っておられる湯浅誠さんの「政治の監視、市民の責任」と題する文章が17日づけ朝日に掲載された。そこでますますひどくなっている実態を紹介した後で、湯浅さんはこういっている。 「日本経済にとって、今回の米国発不況は「天災」のようにいわれることがある。しかし、アメリカン・スタンダードをグローバル・スタンダードと言い換えて、新自由主義的資本主義に無批判についづいしてきた経営者団体、規制改革会議・経済財政諮問会議等の責任は大きく、その意味では「人災」である。にもかかわらず、反省の弁は聞えてこない。結局、自己責任論とは、自己責任を棚上げする人たちが主張していたものなのだ。私たちが、そんな下劣なものに引きずられる必要はない。」 …アメリカの大富裕層や大資本が勝手放題、したい放題にもうけのために詐欺行為に走った結果が現状をもたらした。湯浅さんもいうとおり、それに日本の政府、財界は乗り、追随した。それなりにもうけも得たのである。その結果が現状であるのだから、他人事、天災、仕方がないとだけ言っていて済むものではない。彼らは、イラク人質事件でもわかるとおり、自己に責任があるとき、そして、その責任があまりにも大きい時、自己責任と他者におしつけにげるものである。 …つづけて湯浅さんはいう。 「私っちの取るべき責任は他にある。それは、市民生活が健全に保たれるように政府・企業を監視し、法を守らせ、一人一人の命と暮らしを守る政治を行わせる、という責任である。「お金がないから仕方がない、不況だから仕方がない」と言って、結果的に弱者の命を削ることになる政策を採用しようとする政治家は、いくらでもいる。しかしそのとき、医者は「この患者を見殺しにしろと言うのか」と、介護ヘルパーは「この寝たきりのお年寄りを放置しろと言うのか」と、労働者は「今日まで一緒に働いてきたこの仲間を路上に放り出せと言うのか」と異議申し立てしなけれなならない。それが市民としての責任だ。」 …仕方がないと政官財は無理難題を市民におしつけつづけてきた。私たちも仕方がないと諦めがちであった。あらゆる分野で、市民生活を削り、市民に負担をさいげんなく要求することがあまりにもあたりまえになっていた。私たちは、異議申し立てをすることをせず、湯浅さんの考えに従えば責任を放棄してきたのである。 …湯浅さんはつづける。私たちの平凡な生活を守るという政治の責任を果たさず、難しそうな顔をして国家財政の危機を語る政治家に、私たちはひるまず「この命、この生活を守れないならば、あんたは政治家失格だから退場しなさい」と言っていいと。たしかに、退場すべき政治家、政治家としての責任を果たさず、国家を理由に庶民の命と生活を壊す政治家はおおい。 …私たちが要求するとすぐに「では財政はどうするのだ」と威嚇する。だが、政治家は、必要な情報を開示してこなかった。財政の実情がわかるような情報を伝えることをしなかった。「財政問題は、すべてきちんと整理され公開されるなら検討しますよ」と応えればよく、そんな威嚇にひるむ必要はないと湯浅さんはいう。 …財政のあらゆる部門にわたって私たちにもよくわかる形で、完全な情報を提供した後で、私たちの判断を受けるというのが正当だと私も思う。 「結局、私たちはナメられてきたのだ、と思う。自らの責任を棚上げしたところでの自己責任論や、情報公開なき財政危機論で黙らせられる、と見くびられてきた。私たちの責任があるとしたらそこにこそ責任がある。」 「主権は民にある、私たちはもう一度その原点を思い起こすべきだ。」 …政治を自分たちのものにすること。主権を持つものとしての責任を果たすこと。そのために異議申し立てをすること。政官財学メディアの大合唱におびえて仕方がないと諦めることなく、彼らの責任を果たさせ、情報を明らかにさせ、私たちの命と生活を守るために全力を出させること。それが今、求められているようである。 …ソニーの社長は、私たち経営者の責任はいかに利益を確保するかだといっていた。そのためには、大量解雇もあたりまえだというのであろう。NHKスペシャルで厚労省副大臣は社会保障を維持するためには大幅な消費税引き上げが必要だといっていた。政官財学メディアの威嚇やごまかしの大合唱が続いている。私たちは、湯浅さんのいうように積極的に異議申し立てをすべきであろう。
2008/12/17
★テレビも新聞も危機を連日強調している。それにしては、政界は右往左往するわりには、具体的なものが目に見えない。特に民主党の動きがほとんどわからない。そういう折から、鳩山弟(自民党)から、鳩山兄(民主党)へ連立の誘いがあったという。→ここ 小沢氏も政界再編は選挙後などといっているらしい。だが、今はそんなことをいっている時ではないのではないか。緻密な論議を尽くして社会のあるべき姿を明らかにすべき時ではないか。 もっとも、自民党と民主党とは、ほとんど変わらない政党だから、論議の尽くしようがないのであろう。特に財界との関係では、民主党もほとんど批判をしない、できないのだから、論議にならないのであろう。 そのかわりが、相変わらずの裏談合話しである。大連立などは、主権を行使する国民への裏切りである。実のある話をしないで、この期に及んでまだ裏談合を続ける政党など政党ともいえまい。★連合が春闘の第一目標を賃上げと決めたという報道が以前なされた。いかにも御用組合の連合体である。 トヨタ、キヤノン、ソニーをはじめ、大企業がぞくぞくと大量解雇をしている時、まず雇用の確保を第一目標にするのが当然である。なぜ、雇用確保で戦わないのか。 これまでも、好景気なのに雇用の確保を第一目標にして、賃金引き上げを戦わなかったことがあった。今回はその逆である。 労働組合の組織率が下がるのもこれでは当然である。資本と労働の大連立など誰が期待するだろう。スローガンを掲げるだけで戦わない組合は、組合費が無駄である。労使協調連立の組織なら、敵に塩を送るようなものである。 ただ、一部に小さな組織だが、戦う組合が誕生している。こういう組合が網の目のように組織され、やがて連合のような組合も戦わざるを得ないようになることを期待するのみである。 ★朝日の元論説主幹若宮啓文が「風考計」というコラムで、「数年前、朝日の社説が思い切って有事法制の賛成にカーブを切ったことを覚えていますか」と書いている。 例の長大連続社説を二種出した時のことをいうのであろう。「準憲法的な平和安全保障基本法(仮称)を定めて自衛隊をきちんと位置づけようと提言した」のだというが、それを担当した論説主幹としての若宮にはなにもわかっていないか、わかっていて隠している。 有事法制は、自衛隊をアメリカ軍の編制下に組み込みその指揮下に組み込む法制であり、アメリカが日本で軍事行動をする場合の自由を保障する体制である。この時点で朝日は、憲法を中身の実質を改変することに踏み切ったのである。 もう一つ、この長大社説で、政官財を免責しながら消費税増税を承認することを表明した。国家の安全保障と生活の安全保障という二つの原則を朝日はここでまげることを大々的に表明した。 この時点で、朝日と読売は、自由と民主くらいの差しかなくなったのである。 長大社説は2007年にだされた。その年の11月、鎌田慧さんはこんな文章を書いている。 「やはり朝日新聞の13日の社説「接点を探れぬものか」も、墜落機のようにとんでもなかった。給油新法について、「テロとの戦い」だから、アフガン攻撃に、「私たちも支援に参加すべきだと考える」といい、その構図の中で給油を位置づけるべきだ、との主張の繰り返しである。アフガン市民の膨大な犠牲への視点がない。 小沢一郎氏の弁明に紙面を三面もわたって使ったり、いよいよ朝日・読売大連立時代のはじまりか。」と。 朝日と読売はあれこれの分野で提携を強めている。新聞を売るために多少の違いをみせる工夫はあっても、読売が自民を応援し、朝日が民主を応援するくらいの違いしかない両紙である。ここでもじわりと大連立時代が進んでいる。 (注)「墜落機」というのは、名古屋空港で航空自衛隊機が墜落した時、朝日が機長の操縦ミスという報道をしたこと。その後、三菱重工の整備ミスと判明した。鎌田さんは、この報道(誤報)を意図的な情報操作だとする。
2008/12/16
労働者派遣業の本質がいまほど明らかになった時はない。労働者供給事業とよばれ違法行為であったのが、合法とされ、いまや10兆円産業ともいわれるほどにはびこっている原因がいまはっきりとみえる。 労働者供給事業、今の労働者派遣業は、もともと公然とできない裏の仕事であった。それは、労働者に苛酷な労働を強い、労働者の賃金の中間搾取をして労働者を苦しめたからである。労働者を保護するために戦後禁止されたのである。 それを徐々に合法化し、ついには完全に合法化したのは、財界の強い要求があったからである。 労働者派遣法の生みの親ともいわれる信州大学名誉教授の高梨晶氏は2004年人材派遣協会の新年賀詞交換会でこう挨拶したという。「労働者派遣法は19年をへて、制定当初に私が構想していた姿がほぼ実現して、派遣法が完成の域に達したことは感無量です。」と。 当初に構想していた姿とはなにか。それは「必要な時に、必要なスタッフを、必要とされる期間のみ、企業の要請に応じて派遣」するという構想である。 彼は、それが1999年、2004年の二度の大幅な「改正」によってほとんどの業務で派遣できるようになったことが感無量だというのである。 この構想とは実は「必要な部品を、必要なときに、必要な量だけ、ライン・サイドにびったりと到着する理想のシステム」というトヨタ生産方式を人間に適用したようなものだった。労働者を部品のように時間を細切れにして無駄なく届ける方式だった。 これこそ財界が理想とし強く要求したものだったのである。 派遣の合法化は、新しい事業を生んだ。派遣業である。それまで違法とされ裏の仕事であったものが合法化されることで、おびただしい業者を生み出した。 この業界は、とてつもなくうま味のある事業であり、今では、10兆円産業と言われるまでになっている。 派遣業者は、派遣労働者の賃金をピンハネする。4割からひどいところでは6割ものピンはねする。寮費、食費、洗濯代、テレビ代などなどを取ることでもうける。こんなうま味のある事業はない。 今回の金融危機による大企業が率先しての派遣労働者の解雇は、労働者を時間でこまぎれして部品として調達する派遣というものの本質をはっきりと見せた。それがどんなに非人間的なものであるかを明らかにした。 このような制度は解体すべきである。政府はさらにはローワークを減らし、そこに働く公務員を減員するといっているが、それは許してはならない。それは、現在あらゆる業種におよんでいるこの悪質きわまる派遣を維持し、派遣業者をさらに増やすことになるからである。 この派遣労働をいいことのように宣伝する御用学者がいる。例えば八代尚宏氏。テレビに出て擁護し、宣伝するピンハネ業の奥谷禮子氏のような人物もいる。このような人物の詭弁にだまされてはならない。 この制度は、労働者を地獄のような労働条件のなかに投じた。それは、正社員の過重で不安定な労働として結果し、派遣労働者の不安定で、生存の保障のない状態となった。 大企業を中心にそれは大きな利益を保障したが、労働者とその社会を崩壊させようとしている。 今は、また、不況を理由に派遣労働者を解雇し、利益を維持しようとしている。派遣労働は廃止すべきだが、当面は、解雇を止めさせ、雇用を維持する必要がある。 そして、将来的には職業安定法を元に戻し、派遣労働の廃止しなければならない。派遣労働なしに安定した生活のできる社会を目指して、労働者も市民も声をあげる時がきている。 (注)鎌田慧『心を沈めて耳を澄ます』(創森社)第2章「最深部から」を参考にした。この部分だけでもぜひ一読して欲しい本である。 、
2008/12/15
寒い冬空の下、電話ひとつで解雇される人たちがいる。 その数は日に日に増している。トヨタという世界最大級の大企業からはじまり、キヤノン、ソニーと世界規模の大企業が続き、それをみならった多数の企業が数十人から数百人の規模から千人規模にいたる大量解雇をしている。 今は、派遣社員などが中心だが、正社員にも及ぶだろうという予測もある。内定取り消しがその予兆である。 大企業は戦後最長の好景気をうたってきた。その間上げた利益はおびただしい。企業の利益はまず、社員や社会に還元すべきであろう。これらの企業はそれをそうしなかった。それとは逆に株主や会社幹部に還元し、更に内部に大量に溜め込んだ。 それが、金融危機だというと、直ちに派遣社員などの非正規社員をまず解雇した。これは逆ではないか。大量に溜め込んだ金はこんな場合に備えてのことではなかったのだろうか。正規も非正規もまず社員をまもり、そのために溜め込んだ金を使い。幹部の収入を抑え、株主への還元も控えるべきではなかろうか。 内定取り消しは、法律違反である。派遣社員などの場合も、契約期間前に一方的に解雇するのは法律違反である。人間は機械の部品ではない。それを機械の部品のように自由勝手に切り捨てしようとしているのが、現在の大企業である。 自分たちの利益を守るためには、あらゆることが許されると彼等は考えているようにみえる。今までも国からむさぼれるだけむさぼり、人間からしぼれるだけしぼりとってきた。これ以上の無法を許してはならない。 トヨタもキャノンも経団連の会長を出した、出しているある意味で日本を方向付ける企業である。ソニーも日本を代表する優良企業とされてきた。それらの企業が企業としてのモラルを全く失っている。 人を人として第一に大切にするそんな企業であってほしいものである。
2008/12/14
経済危機だから、景気対策をするという。それで手をつけたのが、税制の改定である。だが、この改定には数々の問題がある。なによりも、大企業や富裕層に手厚く、庶民に重税の負担を強いるという点が問題だ。 大企業・富裕層への優遇措置 ・住宅ローン減税…大きなローンが組めるほど減税額が大きい。 ・証券優遇税制…株式の譲渡益、配当への税率を10%に据え置き。三年延長。 ・大企業の海外子会社の利益非課税。 ・法人税…実効税率の引き下げ。 ・相続税…課税最低限の引き下げ。 ・省エネ設備投資減税。 こうして大企業や富裕層には減税の大盤振る舞い。庶民には ・消費税大増税 これでは火事場の大泥棒ではないか。大企業、富裕層を助けて更に富ませ、庶民には大増税では、納得できない。 百年に一度の危機だといい、国民の審判を受けない政府が、庶民にこんな政策を押し付けていいはずがない。 郵政民営化だけを問う選挙をやり、それ以外は一切触れずに選挙をした与党である。危機だというなら、こんな政策でいいか、急いで解散して民意を問うべきだ。
2008/12/13
今 日出海(こん ひでみ)という作家がいた。今東光の末弟で文化庁長官などもつとめた。彼はフィリッピンのルソン島に二度行っている。一度は徴兵された兵士として、二度目は従軍作家として。その二度目の体験を『山中放浪』(中公文庫)という本に記録している。 レイテ戦がほぼ決着し、次はルソン島だという時期に彼は現地に着く。司令部はすでに避難を始めており、彼は兵団司令部とともに移動する。 彼は司令部とともに山中を5ヶ月放浪する。前線には出ないので、戦闘は経験しないが、(空爆にはたびたび会う)軍隊の実態をつぶさに見る。特にルソン島から奇跡的に帰還した台湾で見た軍幹部の腐敗振りがすごい。 その帰還した台湾で彼はこんな体験をする。 「ようやく台北の旅宿に身を置いたある日、隣室に数十人の人の気配を感取した。夕飯を持って来た中年の女中は、「明日朝、隣の少年航空兵の方々は沖縄へ突っ込みはるんでっせ…」と泣きながら話してくれた。 私は唐紙のすき間から、そっとのぞくと、少年航空兵らしい15,6歳の小さないが栗頭をころがして、机のないままに寝そべった姿勢で、何か書いていた。女中は、「親御はんに最後の手紙を書いてはりますねン」とそっとささやいた。 その翌朝、彼等は暗いうちに起き、朝食を音もさせず、こっそりというか粛として食べ終わると、隣の私でも気付かぬほど静かに出て行ったらしい。やがて陽が昇ると、爆音がして編隊の飛行機が数十機、台北の上空を一回旋回した。「台北にお別れしてはるんでっせ。」と女中は手を合わせ、うずくまって泣きじゃくっていた。 私はこの状景をこれ以上は書けない。私はそれから1,2週間後に、ひとり無事に日本に着いたのだが、この少年たちのことを思うと、いつも胸を突く気持は三十余年を経た今でも重く、暗く、自分の上を揺曳するのである。」(文庫版あとがきより) 彼は、ルソンへたまたま不時着した飛行機にただひとり便乗できたため、ルソンから台湾に脱出でき、台湾から日本本土への最後の飛行便にただひとり乗れたため、沖縄の上空を経由して九州へ帰着した。少年たちは、軍隊の腐敗と愚策の犠牲となって沖縄戦に特攻した。彼はつくづくと思う。 「私はこのような人々のことを思い浮かべながら、しみじみ戦争の罪過ということを考えずにはいられない。いまは誰も戦争の頃を悪夢と思い、目を外らしたいと思うだろう。だが忘れたい事実をもう一度想起して、これからはっきり戦争を放棄した国の非戦論、反戦論を強固にしたいと思っている。」(あとがきより) 二度と戦争を起こしてはならないという思いが彼自身の体験を通して痛切に響いてくる。この本が書かれた頃、このような思いは多くの人の共有するものだった。今は、田母神氏のような意見があらわにされ、それを批判する声が遠くにしか聞えないという時代になっている。 私たちは、戦争の時代を生きた先人の思いを忘れてはなるまい。
2008/12/12
小熊秀雄詩集をやっと読み終えた。「しゃべり捲くれ」に代表される第一編は、文字どおりプロレタリアートの戦いと希望についてしゃべりまくっている。第二編の「飛ぶ橇」はアイヌを題材にした長詩である。第三篇は「流民詩集」。権力によって沈黙を強いられながら、すっくと立ち続けようとする、なおしゃべり続けようとする。 かつて松田道雄は、「みんながうなだれていた時、この詩人は、その重い心臓疾患にもかかわらず頭をまっすぐにして歌った」と評したという。1930年だいという厳しい時代に詩人として活動し、1940年に39歳で肺結核でなくなったこの詩人はなくなるまで昂然として人々をはげまし続けたという。 これらの詩集のほかに「長長秋夜」という長詩がある。これは植民地朝鮮をうたった詩だが、衣を打つ女達を描きながら朝鮮支配を厳しく批判する詩となっている。終末の次に四行が痛切である。 打たれる白衣もないている うつ老婆も泣いている 打たれる石もないている すべての朝鮮が泣いている そのほかに文壇風刺詩が面白かった。個別に書いたのとまとめて書いたのとがあるが、次の詩は個別に書いたもののひとつ。 志賀直哉へ 志賀の旦那は 構え多くして 作品が少ねいや 暇と時間に不自由なく ながい間考えていて ポツリと 気の利いたことを言われたんじゃ 旦那にゃ かないませんわ こちとらは べらぼうめ 口を開けて待っている 短気なお客に 温けいところを 出すのが店の方針でさあ 巷にたちゃ 少しは気がせかあね たまにゃ出来の悪いのも あらあね 旦那に喰わしていものは オケラの三杯酢に もっそう飯、 ヘエ、 お待ち遠さま 志賀直哉さまへの 風刺詩、 一丁、 あがったよ。…志賀直哉の姿が浮かんでくる詩である。この詩をよんだなら、直哉は、たぶんほほえんで受け入れるに違いない。…他に70人ほどの文壇人をよみこんだ長編詩「文壇風刺曲」が面白い。なかから幾つか拾い出してみよう。 井伏鱒二は感傷と愚痴とでできている。…井伏の初期の一面をぴったりいいあてている。 保田与重郎は跳ねる仔馬、可愛い哲学者 君にとっては、もて遊ぶに手ごろな哲学 法隆寺の屋根の上の烏は 君よりももっと思索的な糞をする …戦時中の右翼花形文化人、日本浪漫派のエースも軽くあしらわれている。法隆寺の烏の糞のほうが思索的とは愉快だ。 詩魂衰えて警察歌をつくる北原白秋…戦争中、北原白秋は戦意高揚の詩や歌をさかんにつくった。手もとに子どもむけの挑発的詩集があるが、戦争をたたえてみじめである。そこをはっきりとついている。 島崎藤村のお抵頭(おじぎ)と謙遜も 度が過ぎれば狡猾となる…藤村の一面を抉り出している。このとおりだ。島崎藤村といえば、「戦陣訓」完成に協力した人物でもある。 中原中也は書くものより 名前の方がずっと詩的だ そっと尻をさするように人生に触れる せいぜいぬるま湯のなかで歌いたまえ 彼にとって詩とは不快感を宣伝する道具だ。…「そっと尻をさするような」も面白いが、「名前の方がずっと詩的だ」というのも面白い。中原中也が好きな私は、名前も詩もすばらしいと思うけれど。 北条民雄よ 病気があるために人生に死があるのじゃない 満足な皮膚をしていて 心の腐っているライ患者のことも書く気はないか…小熊の書いているそのままライとした。ただし、ライという漢字はワードにはないのでカタカナがきにした。これは病と差別と生と死にむかいあい、戦っていた北条民雄へのはげましのよびかけである。この呼びかけは、政府のハンセン病患者への酷薄な政策があきらかになった今の時点では、的を射るものであったとわかる。 以上『小熊秀雄詩集』(創風社)を読み終えて感想の一端のメモである。他にもいい詩があったが、「ゴールドラッシュ」をまえに紹介したので割愛した。
2008/12/11
★大量首切りをしているキヤノンは、利益見込みが5800億円。株主への中間配当が750億円。剰余金というためこみが3兆3千億円。 一方解雇される非正規雇用労働者1700人に必要な経費は中間配当の5%弱。約37億円。 あんなひどい首切りをする必要はない。強欲なキヤノンの資本と経営者は、企業利益と株主配当、つまり自分たちの利益しか念頭にないのである。 ★ソニーも同じ。営業利益2000億円。純利益1500億円。剰余金3兆円である。ここでも経営幹部と資本の強欲さがめだつ。 ★銀行もひどい。新金融機能強化法では、公的資金10兆円を準備するという。旧法の5倍である。 メガバンクは優遇税制により法人税をほとんど払っていない。2001年~2007年に限ると10兆円の利益をあげながら、法人税はゼロ。 ところがここ1年半で中小企業向け貸し出しは、5兆円の減。新金融機能強化法がうたう中小企業むけ貸し渋り貸し剥がしの防止は夢の夢。 今までの10年間でみると、銀行業界に投入された公的資金は46兆8千億円。中小企業への貸し出しは、84兆円の減少。 つまり、税金は払わず、ゼロ金利で300兆円ももうけ、さらに大量の税金を投入してもらいながら、中小企業への貸し出しは大幅カット。預金者などへの還元もゼロ。 では、そのカネはどこへいったか、それは国内外のマネーゲームに投資され、投機資金として使われた。アメリカ発の金融危機などといっているが自分たちにも一端の責任があるのである。 特にゼロ金利の資金を国外への投機、投資にまわして一時は大もうけをしたが、結果としては大損を出した。そのあたりのプラスマイナスはわからないが、まだこりずにアメリカの投資銀行を買収してアメリカの巨大資本を助けてやった大銀行もいくつかあった。 強欲に強欲を重ねる銀行業界、特に大銀行=メガバンクはひどい。これがむき出しの資本主義というものであろう。 ★自分たちの利益だけしか考えず、人間を切捨て、社会崩壊をつくりだし、自分たちだけの生き残り、しあわせしか考えない資本、大企業にかってきままを許してはならない。
2008/12/10
「苦渋の決断」という言葉がよく使われる。政府や財界が国民にとって不利ななにかをする時には、特によく使われる。だが、決断をする当事者はわかるが、「苦渋」を味わうのは実はだれか。 不況を理由にキャノンをはじめ大企業が契約社員の大幅な首切りを始めた。経団連会長であり、キャノンの会長である御手洗氏はテレビで「苦渋の選択」だといっていた。御手洗氏は「苦渋」を味わったのか。 そうではあるまい。御手洗氏は、キャノンの首切りについて広報に説明させたが、広報の説明は、キャノンは減産するといっただけで、そういったら、請負会社が雇い止めをしただけと説明した。これは言い逃れにすぎず、そこにはなんの苦渋もない。 キャノンを始め大企業は、何とか以来の長期の好景気で大もうけをした。其の時は、給与で還元するなどのことをしなかった。その頃、よく使ったのが雇用の維持である。 キャノンを始め大企業は、その間、幹部社員の給与、株主への配当などにつとめ、更には各社兆円単位の内部留保をためこんでいる。いくら不景気とはいえ、数百億の利益は得ているのである。なぜ、雇用の確保ができないのか。 簡単に解雇しておいて何が苦渋の選択だろう。非正規雇用で、社会保険の企業負担分の軽減でもうけ、社会保険に非正規雇用社員が入れないことで、社会保障を崩壊させ、社会の不安と不況を増大させた。それを分かった上でしているではないか。 強欲な大企業、富裕層、強欲なキヤノン、強欲な御手洗会長。彼等はひそかにほくそえんでいるのではないか。 そもそも今回のアメリカ発の金融危機、それに関連しての不況ももとは、彼らがマネーゲームにまいしんしたことが原因ではなかったか。 苦渋を味わい苦しむのは、彼らではない。 (メモ)政府は雇用対策をいいながら、地方分権改革推進委員会の第二次勧告でハローワークの縮小で11000人の国家公務員を削減するという。非正規雇用を増やすピンハネ会社にまたもうけさすつもりなのだろうか。
2008/12/09
麻生首相が「百年に一度の不況」という言葉をくりかえしている。まわりには同調する議員、幹部もいるようすだ。でも「百年に一度って」。 今から百年前は1908年だから明治の終わり、それから今年までの百年には、1929年(昭和4年)10月から始まった世界恐慌があった。それから恐慌ではないが、無茶な戦争の結果、経済が壊滅状態になった敗戦がある。 「百年に一度」ということで、麻生首相は、「世界恐慌」と同じあるいはそれ以上といっているのだろうか。それならば、「政治に空白はつくれない、なぜなら百年に一度の云々」を繰り返す割には、無策で空白をつくり続けている麻生首相では、とても対応できまい。母系父系の家系がよかっただけで政治家になり首相になっただけの人物にはとてもむりだ。 「百年に一度」ということで、当面の争点をそらそうとするのなら、それは政治家として不誠実であり、的確性に欠ける。 実際は、麻生首相は、アメリカ経済の抱える問題点、そこから世界に展開するであろう波紋についてなんの認識ももっていないのではないか。世界恐慌に匹敵するかどうか分からないが、良心的な経済学者はアメリカ経済の破綻はもっとひろがり、その影響は、さらに深刻なものになろうと予測する。 麻生首相は、自分のいう言葉の意味するものが見えていないのである。 おりから、各社世論調査では、麻生内閣支持率は、20%台前半まで落ち込んだ。麻生首相に任せて置けないという判断の現われだろう。もちろん自公にも。彼らがやっているのは、相変わらずの右往左往のバラマキと富裕層、大企業優遇策だけである。
2008/12/08
氏家齊一郎日本テレビ網取締役議長は、石原伸晃議員の後援会名誉会長を務めているという。その氏家氏が、5日、石原氏の資金集めパーティーで次のように発言したという。 「石原伸晃を総理大臣にするための後援会名誉会長を引き受けた。伸晃君を守り立てる一点でやる。みなさんは同志だ。公私混交しないつもりだ。ただし、今回、混交するかもしれませんよ。(選挙が)危ないから」 テレビ会社の役員が政党の後援会の名誉会長を務めるのもすでに、公私混交のようだが、混交するかもしらませんよ、とは、まさに公私混交そのものである。 テレビにしろ新聞にしろ、政党との間隔、癒着が問題だが、この例など癒着そのものであろう。氏家氏といえば、一時マスコミのコンプライアンスを盛んに言っていたと思うが。 もっとも、新聞やテレビの記者、幹部、関係者と政治家は、個人レベルで言えば癒着していると言う話はこれまでもよく聞いた。NHKの記者が、森総理(当時)の記者会見の指南をしたそのメモを置き忘れていて問題になったこともある。(結局もみ消されたが、)新聞やテレビの幹部と政府与党幹部が会食するのもよくあることらしい。 こういう個人的私的なレベルから、新聞社を代表して政府関係の各種諮問委員会や、会議の委員になることも、当初は問題になったが、今では当たり前のことになっている。その最初の成功例が、小選挙区制で、選挙制度委員会委員に大手新聞の幹部代表が選ばれるや、盛んに新聞、テレビで小選挙区制がいいと宣伝し実現を助けたことがあった。 癒着は今や、会社ぐるみの段階にきている。朝日が有事法制承認に方向を変え、消費税必要の立場を鮮明にしたことなどもそうである。産経、日経、読売などはいうまでもない。 テレビはNHKの場合、例を挙げるまでもなく、自民党や政府べったりである。(最近番組作りではよく頑張っていい番組をつくっている面もあるが)。民間テレビも例外ではない。 氏家氏が石原後援会名誉会長であることや、混交発言をしたことには、テレビや新聞の政治家との癒着ぶりをみごとに証明したものといえるだろう。
2008/12/07
加藤周一さんが亡くなられた。 もう少し生きていて欲しかった。 加藤周一さんとの出会いは、『日本文学史序説』だった。日本文学の世界がこんなに豊かで、広々としたものであるかと、目を開かされた。 それいらい、次々と出される著書を読んで、更に社会、政治、文化について世界について鋭く深い思考に触れた。 加藤周一さんには、九条の会での活躍でも励まされた。 小田さんに続いて、大切に思っていた人をまた失った。 加藤周一さん、さようなら。
2008/12/06
小熊秀雄詩集を読み始めたら、いきなり面白い詩にであった。長い詩だけど紹介したい。 ゴオルドラッシュ 小熊秀雄 とんでもない話が、 北から舞いこんできただ、 お前さんグズグズするな、 そこいら辺にあるロクでもねいものは、 みんなほうり投げて出かけべい。 家にも、畑にも別れべい、 いまさら未練がましく 縁の下なんかのぞくでねいぞ。 どうせ不景気つづきで此処まで来ただ。 札束、縁の下に隠してあるわけなかべ。 餓鬼を学校さ、迎えに行ってこいよ、 授業中であろうが かまうもんか引っぱって来い。 ー若し先生が文句、云ったら かまうもんかどやシつけて来い ーまだ授業料、収めねい餓鬼は手を挙げろ!と ぬかしくさった 地主の下働き奴が 貧乏なわし等の餓鬼つかまえて 雀の子じゃあんめいし 今更チュウでも、コウでもねいもんだ。 さあ、餓鬼にもスコップ持たして 河の中、ポックリ返させるだに。 手といったら猫の手も借りたい。 砂金掘りだにー わしの餓鬼をわしが連れて行くだにー。 明日は村じゅうの餓鬼は一人も 学校さ、行かねいだろうと、云って来い、 何をあわてて、カカア脚絆裏返しにはくだ。 わしも六十になって 今更、山を七つも越して行き度くねいだが、 ズングリ、ムックリ、ろくに口も利かねいで、 百姓は百姓らしくと思いこんで、 あれもハイ、これもハイと、 お上の、おっしゃる通り貧乏してきただ 山を七つ越せば、 キラキラ、近がみるかるとはー、 何たるこっちゃ、今時、冥利がつきる やい、ウヌは何をぼんやり 気抜けのようにたってけつかる、 その縄を、こっちの袋に入れるだ。 唐鍬を入れたら砥石を忘れるなよ。 これ以上、貧乏する根気が無うなったわい、 破れかぶれで、この爺が山越えする気持は、 村の衆の気持とも同じだべ、 やあ、やあ、空がカット明るくなったわ、 未練がましい家へ火をつけた。 それもよかべ、度胸がきまるべ、 ついでに其の火の中へ 餓鬼をほうりこんだら、尚更なー、 身軽になったら さあ、出かけべい村の衆。 明日はこの村には役場と駐在所だけが ポツンと立っていべい、 村はみなガラあきになるべ、 やれ、威勢よく、石油缶、誰が、フッ敲くだ、 どんどん、タイマツつけて賑やかなこった。 馬の野郎まで 行きがけの駄賃に、 馬小屋のハメ板ケッ飛ばしているだ、 俺達も別れに、 役場の玄関に ショウベン、じゃあじゃあやって行くべよ。 何を、嫁はメソメソ泣いているだ、 どうせ太鼓腹、 ツン出して歩きにくかべ、 腹の子、オリないように馬車の上に うんとこさ、布団重ねて 乗って行ったらよかべ。 ーお天道サマと、生水とは 何処へいってもつきものだに。 河原に着いたら餓鬼共の、 頭、河に突込んで、 腹、さけるほど水のませろ、 ヘド吐いたら、砂金飛び出すべよ。 せっぱつまった村の衆の 七つの山越えだに。 焼くものは、焼くだ、 ぶっ潰すものは、ぶっ潰し、 一つも未練残らねいようにしろ。 生物といったら ひとつも忘れるでねいぞ、 村ひとつぶっ潰し 砂金山へ出かけるだ、 行列、三町つづいて、 たいまつ、マンドロだ、 牛もうもう、猫にゃんにゃん、 なんと賑やかなこった、 山七つ越して 川床、ひっくりかえして もし砂金なかったら また、山七つ越すべいよ そこにも砂金なかったら また、山七つ越して町へ出べい、 町へ出たら、ズラリ行列 官庁にならべて皆舌ベロリと 出したらよかべいよ。 歳がしらのわしが音頭とったら 皆舌噛み切って死ぬべ。
2008/12/05
ロマ(ジプシー)には、定住ロマと放浪ロマとがある。この小説は放浪ロマの少女ゾリが戦争と戦後を翻弄されながらもつよく生き抜く物語である。 スロバキアに住む少女の家族はスロバキアのファシストに虐殺される。となりのチェコをはじめ各地のロマはナチスの絶滅政策で殺される。せんご一時訪れる自由。やがてソビエトの衛星国家としてチェコスロバキアが生まれる。そうした時代をゾリは生き抜く。 ロマは差別の最底辺に位置する人たちである。厳しい時代を生きるロマは差別にも絶えねばならない。だが、どの国でもどの時代でもそうであるように、そういうロマに温かく接する人たちもいる。 ゾりたちは、そうした時代をそうした境遇のなかで、たくましく、また、時に楽しく彼らの人生を生き抜く。「あたしたちの最低最悪なやつ」よりももっともっと極悪な連中がいる。彼等は自由をもてあそび復讐を正義にかえる。彼等は差別することで自分たち自身のことをみないですませているのだ。 ゾりは歌が上手い。即興の詩を生み出しながら歌う。ソビエトの衛星国になった頃、ゾラの詩と歌は、国のロマ定住、同化政策に利用される。ゾりはもてはやされるが、ロマの世界を裏切ったとされ、ロマの社会から追放される。追放されたロマは、いくつもの国境を超え、さまよい。一人の男の住む山に行き着く。それまでのさまざまな制約を乗り越えてゆく波乱万丈の生き方が、この小説のひとつの魅力である。 追放された後の放浪でゾリはいくつもの国境を越える。ゾリは「国境というのは、そこにあるんだぞってやたらに強調されるところが、憎しみにそっくりだ。たぶん、そうやっておかないと、どっちも消えてなくなっちまうからだよ。」と思い当たる。ロマは放浪の民だと言われるが、ゾリは、国境を憎しみをこえるように越えてゆく。 ゾリにとってロマにとって怖いのは「でも、本当はもっと厄介な重荷がある。最低最悪の重荷は、他人があたしたちのことを知らない場合にのしかかってくる。あたしたちのことを何も知らない他人が黙ったまま、こんなふうだろうって思い込んだ生き方を、あたしたちの押し付けてくる時がいちばん怖いのさ。」ということである。だが、ゾリはそれも乗り越えた自由に一歩踏み出してゆく。 社会体制を超え、社会の差別を超え、ロマの社会のしばりから解放され、国境も人間の偏見も超えた自由の世界へ。 ロマが主人公ということで興味を持って読んだが、ロマの世界を超えたものを描きえている。作者はロマではない。 (注)コラム・マッキャン『ゾリ』みすず書房 (メモ)ゾリのおじいさんがゾリに言った言葉 「よく見てごらん、川の水は深く静かに流れてるだろう。川の流れは未来永劫変わらないんだ・・・そこにある水の流れは誰のものでもない。俺たちのものでさえないんだ」
2008/12/04
麻生首相が某社を視察した。パートを全員正社員化したので有名であるらしい。そこで、麻生首相がコメントした。「これに勝る資源はない。ぼくは本当にそう思う。」首相はこころから正社員化がいいことだとそういうのである。 実は、そういっている麻生首相の出身母体である「麻生グループ」は、「アソウヒューマニーセンター」をはじめとする派遣企業を数社も抱えているのである。数社をあわせれば大手派遣企業といってもいいだろう。自分の一族がおおがかりに派遣業を経営していることを知らないはずはないだろう。麻生グループはそのホームページで誇らしく宣伝している。首相のしたことは、みえみえのパフォーマンスにしかすぎない。 その証拠に、今国会に出されている労働者派遣法改正案では、契約期間1ヵ月以内を禁止することになっている。これではほとんどなんの実効性もない。本当に正社員化が「これに勝る資源はない」のなら、全面禁止、あるいは、最低でも派遣法出発時にまでかえすべきではないか。 もっとも、「二大政党」のもうひとつの党である民主党は、二ヶ月以内を禁止というのが対案であるという。これも何の実効性もないだろう。 民主党担当者は「企業の競争力を高める上で重要な役割を果たしてきた。一気に規制を強めると更に失業を招きかねない」と述べている(3日 朝日)というが、企業の利益のためには派遣労働は必要というまったく企業側に立つ意見である。 自公にしろ民主にしろ、「国民のため」「国民の立場で」とくりかえしながら、ほんとうに労働者の立場、非正規労働者の立場に立とうとはしていない。 口先だけの、うわべだけの言説にだまされないようにしよう。
2008/12/03
経済危機を理由に、多くの非正規労働者の首切りが広がっている。かつてベースアップのチャンスには、雇用の維持をかかげて戦わなかった大労組は、雇用の維持をかかげて戦うべき今は沈黙をつづけている。 資本は利益を最大の目標にして、労働者を減らすことを最大の目標にしてきた。中曽根内閣以来の構造改革路線は、それを一貫して追及してきた。小泉内閣になってそれは最大になった。 資本は利益を確保するため、賃金を抑制しようとし、労働を細分化し単純化して、機械に置き換えた。機械に置き換えられない部分は非正規労働者に置き換えた。 こうして人間を排除し、非正規労働者を増やす経営者はもてはやされた。労働者は、雇用不安におびえ続けた。その不安を利用し、更に増大させることで資本は利益を確保あるいは増大させた。 「飢餓による貧困への恐怖というムチを復活させようというのが、新自由主義の経済思想である。機械のリズムに従属した非人間的労働に耐えなければ、職を失い、人間としての生存が保障されない。そのような状態を復活させれば、生産性が向上するはずだというのである。」 「ケインズ的福祉国家では、職を失えば失業手当が給付され、労働能力を失えば市場の外側で政府がさまざまな現金給付を実施してきた。そうした現金給付を廃止したり、縮小すれば、人間は飢餓という貧困への恐怖におびえ、単調な非人間的労働にも耐えるようになる。それが新自由主義の政治思想である。」 「失業率をかためれば、賃金を抑制することができ、コストも低めることができる。失業すると救済されないとわかれば、低賃金も甘んじて受け入れなければならない。」 「しかしそうなると、大量生産された生産物を購入することができなくなる。単純労働に分解して機械に従属させることによって、上昇した生産性の果実が高賃金として分配されて、大量消費が可能になったのである。低賃金に抑制されてしまえば、大量生産される生産物の購入が困難になることはあきらかである。 そうなると、より単純労働に分解して、不正規従業員を雇用しようとする。」 中曽根以来の構造改革路線はもちろん、意図的なものであった。それいらいごジグザグな道を辿りながらもつづき、小泉政権でそれは最大となる。 小泉首相は社会不安をあおり、「構造改革」「規制緩和」「民営化」を叫び続けた。その間、社会保障や労働者の保護を削り続けた。それによってさらぶ労働者や社会の不安をかき立て、それを利用して、労働者の解雇(当時リストラといった)、雇用者の非正規化を進めたのである。そのようにして、小泉政権は資本、大企業に奉仕し続けた。 すべてが新自由主義の経済、政治思想に基づく、意図的なものであったことが、今になってよくわかる。それによって資本と大企業はかつてない長期の好景気をつづけ、かつてない膨大な利益を得たのである。 かれらの利益の大半はある意味では、人間を追放することによってなされたといっても過言ではないだろう。 こうした路線は国内消費の消失という形でゆきづまる。それが今の状況である。世界的経済危機で輸出が大幅に減少した時、受ける打撃は大きい。 そこで再び、資本、大企業は、労働者の解雇をしようとしている。そのかわきりとして、まず大量の非正規労働者の解雇を始めている。このまま経済危機が続けば、解雇は正社員にまでおよぶであろう。 みずからの作り出した経済危機とそこに生じた自らに責任のある不況のなかで、利益確保のために、更に労働者を解雇しようというのである。 人間を追放する新自由主義の政治や経済に未来はない。世界の各地で新しい方向を見出す努力が始められている。日本もそれを始めるべきである。何人かの学者がすでに提言をはじめている。 選挙対策のばらまきや、闇に隠れての政治的談合などに現を抜かしているときではない。麻生太郎も、小沢一郎も、自公も民主も、過去の政治しかできない勢力は、引退の潮時である。 (注)引用は神野直彦著『人間回復の経済学』(岩波新書)。
2008/12/02
週刊金曜日11月28日号に面白い統計が出ていた。「こどもを泣かせる橋下教育改革の中身」に出ていた統計である。 「学力テストで正答率が高かった福井、秋田と大阪の比較」と題する二つの統計である。 教育条件の統計では一人当たり教育費、公立小学校費、公立中学校費、小学校児童数、(教員一人当たり)、中学校生徒数(同)という項目があげられグラフになっている。 大阪はどの項目でも全国順位で40位以下を保っているが、秋田、福井は、若干の違いはあるものの大方の項目で、十数位以上の上位を保っている。 つまり、大阪の場合、福井、秋田に比べて5つの項目のどれでも非常に劣悪な教育条件だということだ。この統計から簡単に分かるのは、学校予算は極端に少なく、教室には生徒が溢れ、教員数はすくないということである。 次に、生活条件という統計では、生活保護受給率、就学援助受給率、 完全失業率、離婚率、借家比率、月当たり実収入の6項目が比較されている。 大阪はすべての項目で全国トップに近い位置ある。秋田が生活保護、就学援助、完全失業で上位にあるが、秋田の残りの項目、福井の場合は全項目で40位ほぼ以下と安定した生活条件を保っている。 大阪の場合、生活が不安定な家庭の率が高く、その場合必要な公的財政支出が逆に生活の安定した県より飛び離れた悪いということが、以上から分かる。 学力テストで大阪の点数が低かったというが、大阪のこれを見れば、大阪でなにをすればよいか明瞭である。生活条件を安定させる施策をし、貧困家庭にはそれなりの援助をする。教育予算を増やし、教員を増やすことで、一学級あたりの生徒数を減らす。こんなことがすぐにうかぶ。 ところが大阪府、橋下知事は、そういうことには手を打っていないようである。やっているのは、こどもの尻を叩いて競争させること、教員をしめあげることである。教育関連予算は逆に減らしている。 「知識資本の蓄積には、巨大な資金と長期の時間を必要とする。そのため社会の共同事業として、財政で実施するしかない。」 「しかし、知的能力を高める努力は、他者が強制しても意味が無い。」 「人間は誰でもが学びたいという要求をもっているので、そうした心配は杞憂にすぎない。もちろん、そのためには条件がある。それは生理的欲求や安全欲求という低次欲求が、安定的に充足されている必要がある。さらに協力しあうという社会的欲求も、安定的に充足されている必要がある。低次欲求を安定的に充足し、社会的欲求を安定的に充足するためには、家庭やコミュニティという社会システムが有効に機能していなければならない。」 つまり安定した社会、安定した生活条件さえあれば、どの子も学習意欲を持つ。教育には金と時間がかかるから社会が共同でそれを支える必要があるということである。 引用は神野直彦さんの『人間回復の経済学』(岩波新書)でスウェーデンの教育について触れた部分からのものであるが、スウェーデンが経済の面でも教育の面でも世界先進国でも高いレベルを保っている原因の一端がうかがえる。 日本はOECD諸国でも教育への支出は最低レベルである。教育再生会議をはじめとする素人井戸端会議と文部省は教育をずたずたにして崩壊させようとしている。大阪はそれに追従して次から次へと思いつきの施策をしている。 その内容はまさに、進むべき道に逆行しているように思う。財政再建も大切だろうが、とおまわりでもこの際、こどもと教師の尻を叩くだけでなく、ゆったりと安心してまなべる教育環境づくりからはじめるべきではなかろうか。 ここでは、大阪について触れたが、これは大阪だけの問題ではない。日本全体の問題であり、日本の全自治体の問題でもあるだろう。
2008/12/01
全31件 (31件中 1-31件目)
1


![]()