私訳・源氏物語
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寝ても覚めても涙の乾くことがなく、涙でものも見えないほど嘆き暮しなさいます。ご自身の来し方をしみじみお考えになりますと、『鏡に写る己の忌々しいほどうつくしい姿をはじめとして、人より優れた身ではありながら、幼少の折から悲しく無情の世であることを思い知るようにと仏が促してくださったにもかかわらず、出家もせず頑なに過ごしてきたが、ついには来し方行く末にも例があるまいと思えるほどの悲しさを見たものよ。上の亡き今はこの世に気がかりなことは何もなくなってしまった。もう仏道修行の妨げとなるような絆しはあるまい。しかしこれほど鎮めようのない強い悲しみと心の惑いがあっては、悟りの道に入り難いのではなかろうか』とお思い悩み給うて、『いま少しこの悲しみを、鎮めさせ給え』と、阿弥陀仏にお念じになります。諸所の身分高き人々からのご弔問は今上を第一とし申し上げて、儀礼的なありきたりのお作法だけでなく、たいそう頻繁におありなのですが、出家をお考えでいらっしゃるお心内では、今更目にも入らず耳にも聞こえません。『気がかりな俗事はないにしても、自分の情けない姿を人に見られたくはない。我が人生の終わりになって、気弱になりうろたえて出家した、などと後世まで不名誉な評判を残したくはない』と憚られますので出家なさることもできず、その上わが身を思い通りにできない嘆かわしさまで加わるのでした。几帳面な致仕の大臣は、情趣の機会をお逃しにならない御性分でいらっしゃいますので、世に類なく大切になされた御方がお亡くなりになったことを口惜しくお気の毒にお思いになって、たいそう頻繁にお文をお上げになります。昔、大将の御母がお亡くなりになったのも『このころだったな』とお思い出しになりますと、ひどくもの悲しく、また、『その折に亡くなられた御方を惜しみ給いし父上・母上、その他多くの人が、すでに故人となられてしまった。ほんに遅れ先立つほどもない世の中ではないか』と、しんみりとした夕暮れにじっと物思いにふけっていらっしゃいます。空の景色もただならぬ哀れを催していますので、御子の蔵人の少将をお召しになり、お文を奉ります。しみじみとしたことを細やかにお書きになり、その端に、「いにしへの 秋さへ今の心地して 濡れにし袖に 露ぞおき添ふ(昔、妹が亡くなったのも秋の季節でした。それを思いますとまるで今日のように感ぜられて、濡れた袖にまた露が置き添う心地がいたします)」折が折ですので、昔のことが次々と恋しく思い出されまして、こぼれる涙を払い切れないまま、「露けさは 昔今ともおもほえず 大方秋の 世こそつらけれ(死別の悲しみは昔も今も変わりはありません。秋の夜は辛いものです)」とお返事なさいます。悲しみだけの内容であるならば、『何とまあ、気が弱くなったことよ』と思われるに違いありませんので、『見苦しくない程度に』と心遣いなさって、度々の細やかな御弔いにお礼を申し上げなさいます。
February 1, 2018