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姫君たちはたいそううつくしいと評判ですので、求婚なさる人が多いのです。中でも右大臣の五男で、北の方腹の蔵人の少将という人は、兄君たち以上に大切に養育され、お人柄もたいそう風情のある君で、たいへん熱心に求婚なさるのでした。ご両親のどちらにつけても内侍の君とは近い間柄でいらっしゃいますので、親しく出入りなさいますのを粗略にはお扱いになりません。女房たちとも親しくし馴れて参りますと、取次を頼まれるようになります。それが夜となく昼となく絶えず内侍の君のお耳に入りますのでうるさいとはお思いになるものの、心苦しくもお感じになります。蔵人の少将の母・北の方もしばしばお文をお上げになります。右大臣殿も、「まだ低い身分ではございますが、近しい間柄ゆえにこの結婚をお許しいただけないでしょうか」と仰せになるのでした。内侍の君は、大姫君を臣下の者に縁付けるおつもりはなく、中の姫君も『少将が今少し昇進なすったら、縁付けても』とお思いでしたが、少将は『お許しがいただけないならば、盗み取ってでも』とまで思いつめているのでした。内侍の君はこの結婚を不釣り合いなものとお思いではないのですが、こちらが認めないうちに何事か間違いでも起こったなら世間の人聞きも良くありませんから、少将からのお文を取り次ぐ女房たちにも、『ゆめゆめ間違いを引き起こさぬように』など仰せになりますので、女房たちは気をそがれて、煙たがっているのでした。
October 31, 2018
男君たちは御元服をなさいまして、それぞれに大人になっていらっしゃいます。髭黒の大臣亡き後の官位昇進など、心もとなく気がかりなこともあるのですが、名門ですので自然に出世していらっしゃいます。それよりも、『どのように縁付けたらいいものやら』と、姫君たちのことで頭を悩ませていらっしゃいます。髭黒の大臣が存命中に、宮仕えの本意が深い旨を奏上してお置きなさいましたので、内裏からも年月を推し量らせ給いて、そろそろ姫君もお年頃であろうと、絶えず入内のご催促があるのですが、『いよいよ並ぶもののない勢いでいらっしゃる明石中宮に圧倒されて、他のご夫人たちがみなものの数でもないような有様でいらっしゃるところへ、のこのこと参内して、上席から横目で睨まれるのも厄介なことだし、他の人より劣った状態でいるのもまた、気苦労なことだわ』とお思いになり、ためらってしまうのでした。冷泉院からもたいそう熱心な仰せ事があり、昔内侍に任ぜられながら、髭黒に嫁いでしまった無念さまで取り返してお恨みになります。「私も今では年を取りましたので、面白味のない身の上だとお思いになるかもしれませんが、安心な親に預けるおつもりでお譲りくださいまし」と、たいそうまめやかに仰せになりますので、『どうお返事したらいいものかしら。無念な宿縁のために思いがけない結婚をしてしまったけれど、それをご不快にお思いあそばしたなら、勿体なくも姫を差し上げることによって私の気持ちを見直していただけるかもしれない』など、決めかねていらっしゃいます。
October 27, 2018

この巻は光源氏のご一族のお話ではなく、後の髭黒の太政大臣邸に仕えていた口の悪い女房たちで後々まで生き残っていた者が問わず語りに話したことでございます。それは、紫の上方の物語とも違っているようでございます。かの女房たちが申しますには、「源氏の御子孫についてあれこれ間違っていることが伝わっていますけれど、それは私たちより年を取って呆けてしまった人の思い違いなのでしょうか」など不審がるのでしたが、どちらが本当なのでしょうか。内侍のおん腹に、故・髭黒大臣との御子は男三人、女二人がおありでした。大臣が大切に育てようといろいろお考えになりながらご成長なさるのを待ち遠しくお思いでいらしったのですが、あえなくお亡くなりになってしまいました。内侍はすっかりぼんやりなすって、「いつかは」と期待していらした姫たちの宮仕えもそのまま延びてしまいました。人の心というものは、時の権勢にばかり追従するものですから、あれほど勢いがあって厳めしくおわした太政大臣亡き後は、内々のおん宝物やご所領の荘園など経済的な衰えはないものの、お邸内はうって変わったようにひっそりと寂しくなって参ります。内侍の君のごきょうだいでいらっしゃる按察使大納言やそのほかの方々は、いかにも世に栄えていらっしゃるのですけれども、なまじご身分の高い方々とのおつきあいで、もともとあまり親しくはありませんでしたし、故・髭黒大臣は人情味が薄くむら気の多いご性質で、人から敬遠され給うことがあったからでしょうか、今はご兄弟の誰とも親しくしていらっしゃらないのでした。光る君におかれましては、何事も昔に変わらず内侍を子の数にお入れになって、お隠れ給いて後の事などもご遺言の中で、明石中宮の御次にお加えになりましたので、右の大殿などは忠実にお守りになって、しかるべき折々にはきちんとご訪問なさいます。
October 26, 2018
宮の姫君は、何事もお分かりになっていらっしゃるというわけではありませんけれども、分別がおつきになるほどに大人になっていらっしゃいますので、『世間並みに結婚するようなことはしたくない』と思い諦めていらっしゃいました。世の人も時々の権勢に追従する気持ちがあるからでしょうか、ご両親が揃っていらっしゃる姫君達には熱心に言い寄りますので、華やかなことが多いのですが、父宮を亡くされた姫宮は何事につけ地味に引きこもっていらっしゃいますのを、匂宮はご自分にふさわしい御方とお聞き伝えになりまして、何とかご自分のものにしようと深くお思いになるのでした。それで姫宮の弟の若君を常にお側にお寄せになって、忍びやかにお文を差し上げるのですが、按察使大納言は『もし、中姫に求婚してくださるなら、ぜひお引き受けしたい』と、ご機嫌を取っていらっしゃいます。北の方はそのご様子を拝見なさるにつけてもお気の毒で、『大納言殿のご意向とは違い、その気になりそうもない宮の姫に、かりそめの言葉を尽くし給うても甲斐のないことですのに』と、思っていらっしゃいます。ところが匂宮は、姫宮からのちょっとしたお返事もありませんので意地におなりなされて、お諦めになるべくもありません。北の方は、『お断り申すこともないわ。宮さまのご様子はほんとうに理想的で将来も有望でいらっしゃるのですもの』とお考えになることも度々あるのですが、一方ではたいそうな好きものでいらして、忍んでお通いになるところも多く、八の宮の中姫君にも浅からぬお志がおありとかで、宇治まで足しげくお通いになるような頼もし気のない、浮気っぽいお心でもいらっしゃいますので、気乗りせず、諦めてはいらっしゃるものの勿体ないお志に、たまには母君が忍んでお返事を書いていらっしゃるのでした。
October 23, 2018
このお返事を、按察使大納言に見せたてまつります。「心憎いことをおっしゃるのだね。あまりに好色すぎていらっしゃるのを周りがやかましく言うものですから、右大臣や我らの前ではひどく真面目になって、浮気心を抑えていらっしゃることこそおかしいではありませんか。浮気者の資格を十分備えていらっしゃるのに、あえて真面目を装うなんて面白くありませんよ」などと陰口を言って、今日も若君が参内なさいますので、また、「もとつ香の にほへる君が袖ふれば 花もえならぬ 名をや散らさむ(もともと薫り高いあなたさまございますから、お袖が触れましたなら我が娘・中姫も一方ならずうつくしい花だと、世に評判を高めることでございましょう)父親ながら好色がましいようでございますけれど。あなかしこ」と、真剣なお返事をなさいました。匂宮は、『この話、本気でまとめようと考えているのであろうか』と、さすがにお心がときめき給うのですが、「花の香を にほはす宿にとめゆかば 色にめづとや 人のとがめん(花の香を匂わしている家を訪ねて行ったなら、色に惹かれてきた好色者と人に咎められはしないでしょうか)」などと、やはり気乗りしないお返事をなさいましたので、大納言はご不満でいらっしゃいます。北の方が退出なさいまして、内裏のことをお話なさいますついでに、「若君が先夜宿直して、翌朝私のところに下がって参りましたけれど、その時の匂いがたいそう優雅でございました。他の人は気づかなかったようでございますが、春宮がいちはやくお気づきになりまして、『お前は兵部卿の宮のお側にいたのだね。それで私を避けているのか』とお恨み事を仰せになりましたの。こちらから匂宮さまにお文を差し上げたのでございましょうか。そんな様子もみせませんでしたが」と仰せになります。「おっしゃる通りです。宮は梅の花がお好きでいらっしゃるし、東の軒端の紅梅が花の盛りでしたので、せっかくですから一枝折って献上したのです。ほんに宮の移り香は格別ですね。宮中の女房などでも、あんなまねはできませんよ。しかし宮のように風流がましく焚き染めなくとも、自然に身に備わっていらっしゃる薫中納言こそ世に珍しいではありませんか。前世でどのような因縁があっての果報なのか、知りたいものです。同じ花でも、梅にあれほどの芳香があるのは、もとの根ざしが奥ゆかしいからでしょうか。この宮などが愛で給うのは、そうした理由あってのことなのでしょうね」など、花にたとえましても先ず匂宮のことをお噂申し上げます。
October 20, 2018
「今夜は宿直であろう。このままここに泊まっておいで」とお引き止めになりますので、若君は春宮にもよう参上せず、花も恥じらうような匂いのするお側近くに寝かせていただきますのを、たぐいなく嬉しくなつかしく思い申し上げます。「姫宮は、どうして春宮に入内なさらなかったのかな」「さあ、私は存じませぬ。父は『こころ知れらん人に』とか申しておりましたが」匂宮は、お歌の意味合いをお考えあわせになりまして、どうやら按察使大納言は『中姫君を差し上げたい』との意向であろうとお思いになるのですが、お気持ちは宮の姫君にありますので、すぐにはお返事をなさいません。翌朝早く、この君が退出するときに気乗りしないふうを装って、「花の香に さそわれぬべき身なりせば 風のたよりを 過ぐさましやは(梅の香に誘われてもよろしいようなわが身でございましたら、風の便りを見過ごすことはないと存じますが)」と、やんわりお断りになります。若君には、「お節介な老人の使いなどせず、宮の姫君との仲を取り持っておくれ」と何度も仰せになりますので、この君も東のお部屋の姫宮のことを以前にもまして大切に、睦ましく思うのでした。異腹の姫君とは直接お会いするのですが、同腹の姫宮はたいそう奥ゆかしく理想的な御性分でいらっしゃると感じていますので、子供心にも『お世話のし甲斐あるご身分になっていただきたい』と思っています。春宮に入内なすった大姫君がたいそう華やかに振る舞っていらっしゃるにつけても、同じ姉君とは思いながら、ひどく口惜しく、『せめて匂宮さまとのご縁があれば』と思っていましたので、嬉しい花のお使いになったのでした。
October 19, 2018
そうして、懐かしさに堪えきれなくなったのでしょうか、花を折らせて急いで若君を内裏にお遣りになります。『今は仕方がない。恋しい昔のおん形見には、匂宮がおいでになるばかりだ。釈尊が入滅なさった後には阿難が光を放ったという。それを仏の再来と勘違いした聖があったらしいが。闇に惑う心の晴らしどころとして、この宮にお文を差し上げることにしよう』とお思いになって、「心ありて 風の匂はす園の梅に まづうぐひすの とはずやあるべき(私に思うところがございます。風が匂いを運ぶ我が園の梅に、何はともあれまずご訪問いただきたくお待ち申し上げております)」と、紅の紙に若やかに書いて、若君の懐紙に取り混ぜ、押したたんでお渡しになります。若君は宮さまに親しくしていただきたいと思っていますので、急いで内裏にお出かけになりました。匂宮は、母・明石中宮の上の御局からご自分のおん宿直所に退出なさるところでした。殿上人があまたお見送りに参る中に若君をお見つけになりまして、「昨日はどうしてあんなに早く退出したのですか。今日はいつ参内したのでしょう」など仰せになります。「早く帰りましたのが悔やまれまして、宮さまがまだ内裏におわしますと人が申しますので、今日は急いでやって参りました」と、幼いながらも親し気に申し上げます。「内裏ばかりでなく、気楽な二条院にも時々は遊びにおいで。私の邸は若い人たちがよく集まるところですから」と仰せになります。この君一人だけを宿直所にお召しになってお話をなさいますので、お見送りの人々は遠慮して近寄らず、帰りなどしまして静かになりました。「お前は、春宮から少しはお暇をいただけるようだね。いつもお側近くにお召しになっていらしたのに、姉君が入内なすってからはご寵愛を奪われて、体裁がわるかろう」と冗談をおっしゃいます。「お側をお放しくださらなかったのは辛うございました。でも、匂宮さまならば」と言いさして黙っていますので、「姉君は私のことを一人前の男ではないと見限っていたようですね。それも道理かもしれない。しかし、私は腹が立ちますよ。私と同じ皇族の血筋で東のおん方と申し上げる姫宮に、『恋仲になっていただきたい』と、こっそり伝えておくれ」など仰せになりますので、好い機会と思この花を懐紙に添えてたてまつりますと、にっこりなすって、「恨み言を言った後でなくてよかった」と、下にも置かず眺めていらっしゃいます。枝の様子、花房、色も香も並とは違っていますので、「園に咲き匂う紅梅は色に負けて、香りは白梅に劣るというけれど、この紅梅はみごとに色も香も兼ね備えて咲いたものだね」と仰せになって、もともとお心をとどめていらっしゃる花ですので、たいそう喜んでいらっしゃいます。
October 17, 2018
そこへ若君が、参内しようとて宿直姿でやって参りました。きちんとしたみづらよりもずっと風情があるように見えますので、父・大納言は『たいそう可愛らしい』とお思いになります。大姫君が住んでいらっしゃる麗景殿にお言伝てをなさいます。「『何事も母君にお任せ申して、今宵も私は参上いたしますまい。気分が悪いので』と、お伝えなさい」と仰せになって、「少し笛を稽古してごらんなさい。御前のお召しにあずかることもあるでしょうに、これでははらはらさせられます。たいそう未熟な笛ですからね」とにっこりして、双調を吹かせなさいます。たいそうおもしろくお吹きになりますので、「だんだん上手になっていくのは、こちらで自然に合わせているせいなのでしょうね。ぜひ合奏なすってください」とお責め申しますので、姫宮は『迷惑な』とお思いになるご様子ながら、爪弾きで笛によく合わせてほんの少しかき鳴らしなさいます。按察使大納言も太く物馴れた口笛で、琵琶と笛に合わせてお吹きになるのでした。 こちらの寝殿の、東の軒に近い紅梅がたいそう趣深く匂っていますのをご覧になって、「お庭の花がうつくしく咲いていますね。ちょうど匂兵部卿の宮が宮中においでになるから、一枝折って参上なさい。『知る人ぞ知る』と言いますから」と仰せになって、「昔、『光源氏』と呼ばれたあの御方が、若い盛りの大将でいらしたころ、私は殿上童として、ちょうどこの子が匂宮さまにお仕えしているように親しくお近づき申し上げたことがいつまでも恋しく思われます。ご子孫でいらっしゃるこの宮さまたちを世の人々は特別に思い申し上げますし、げに人に褒められるように生まれついたご様子ではいらっしゃいますけれども、あの頃の大将殿の端が端にも及ばぬと思われますのは、やはり私の思い込みのせいでしょうか。私のように近親者でない者が思い出したてまつりても、心の晴れるときもなく悲しいものですのに、ましてお側近くにお仕えした人が死に遅れたてまつりて生きながらえるというのは、よくよく長生きのほどが辛かろうと思うのでございます」などお話し申し上げて、ひどくしんみりとしょげ返っていらっしゃいます。
October 15, 2018
「この月ごろは何となく多忙でございまして、姫宮さまの琵琶の音さえも久しくお聞きすることがございませなんだ。西面にいる中姫は熱心に琵琶を練習しているようでございますが、姫宮さまのように十分上達できるものでございましょうか。琵琶という楽器は、いい加減な技量では聞きにくい性質のものでございます。同じ稽古をするならば、ご注意深くお教えくださいませ。老人の私などは熱心に稽古した楽器はございませなんだが、その昔音楽が盛んであった時代に奏楽をいたしましたお陰でございましょうか、何の楽器でも巧拙を聞き分けるだけの判断力はついたようでございます。姫宮さまはくつろいで演奏なさることはございませぬが、私が時々うけたまわる琵琶の音には、故・蛍兵部卿の宮さまをしのばせる音色がございます。故・六条院のご伝授では左の大臣が今の世の上手でいらっしゃいます。薫中納言や匂兵部卿の宮さまは、何事につけても昔の名手に劣るべくもない天賦の才能がおありの方々でいらっしゃいますので、音楽の方面では特に熱心でいらっしゃいますが、撥さばきがいくらか弱々しく、力強さでは左大臣に及ばないと考えておりますけれども、あなたさまの琵琶の音は、押手が静かであるところが上手とするものでございますが、柱をさす位置の加減で撥音が変化して優雅に聞こえますのは、ご婦人の演奏らしく反って面白く聞こえました。さあ、一つお弾きなさいまし。ここに琵琶を持って参れ」と仰せになります。姫宮のお仕えする女房たちは、恥ずかしがって隠れるものはほとんどいないのですが、たいそう若い、身分の高い女房で按察使大納言に顔を見られたくない者は奥に引っ込んでいますので、「お仕えする女房たちまでがこんな態度をとるとは、怪しからぬ」と、腹をお立てになります。
October 11, 2018
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