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老人ホーム敷地内に保育園 岐阜市、初幼老の触れ合い期待 岐阜市茜部寺屋敷の住宅型有料老人ホームの敷地内に、認可外保育所「おひさまのゆりかご」が開所した。老人ホームに隣接した保育所は市内初で、日常的に高齢者と園児が触れ合える。25、26日の午前10時~午後4時に一般向けの内覧会が開かれる。 〇~六歳の最大二十人を月単位で受け入れる。保育士四人が常駐。核家族化の中、子どもたちに高齢者からの愛情も注がれてほしいと、ホームを運営する「ハートコンサルタント」(岐阜市)が園舎を中庭に新たに建設。木造二階建てで、延べ床面積は約六十平方メートル。床や壁に県内産の木材をふんだんに使った。 看護師四人が敷地内にいるため、病気になった場合も保育する。午前九時~最大午後八時。平日利用で月額三万九千円、土日も希望があれば応じる。すでにホーム職員の子ども三人が利用しており、二十四日もホームへ訪れ入居者と触れ合った。岐阜市の丹羽光代さん(86)は「久しぶりに抱っこした。泣き声もかわいくて元気をもらえる」と目を細めていた。ハートコンサルタントの正村直美社長(47)は「スタッフと入居者全員で、伸び伸びと育てていきたい」と話している。 (問)おひさまのゆりかご=058(276)1366。【中日新聞 http://www.chunichi.co.jp/article/gifu/20160625/CK2016062502000030.html 】おひさまの笑顔http://ohisamanoegao.com/公園を保育園にと住民と揉める行政あれど、やはりこうした無理のない範囲での取り組みが温かくて受け入れられやすいのでしょうね。🌠
2016.06.30
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大山のぶ代が老人ホームへ 夫語る「離れてわかった妻への愛」「彼女を老人ホームに入れて1カ月。僕が会いに行くと、顔を見た瞬間、彼女はね、泣き出して、両手を出してくるんですよ。だからね、嫌なのを我慢してるのかな、可哀想だなって思ってたんだけどね……」 妻の大山のぶ代(82)を老人ホームに入居させたことを明かした、砂川啓介(79)。大山のいまの様子は――。本誌の取材に、砂川が口を開いてくれた。 入居のきっかけは、大山を介護してきた砂川に尿管がんが発覚したことだった。 「僕は入院して抗がん剤治療に入ったんですが、最初は身体が激しく痛んでね。でも数日して痛みが治まると、“カミさんはホームでうまくやっているだろうか”と心配になってきて。マネージャーに見に行ってもらったんですよ。そうしたら意外や意外、水が合ったのか、彼女は怒ったりすることもなく、元気でやっているというんです。フラワーアレンジメントやちぎり絵、音楽療法でみんな一緒に歌ったりと、いろんなレクリエーションがあって、それを喜んでやっていると聞いてホッとしました」 大山はホームに入ってから、体調もよくなってきたそうだ。 「体重も2~3キロ増えたみたい(笑)。いつもスタッフがついててくれて、体を動かすことも手伝ってくれる。それがよかったんじゃないかな。いまは本当に楽しそうでね。ホームに預けて、よかったなと思ってます。僕の病室にも、ホームから3回ほど彼女が見舞いに来てくれたんですよ。マネージャーに連れられて来て、僕の病室に入るとやっぱり泣き出す。最初は『大変でしょ、あなたもかわいそう』なんて言ってくれるんだけど、やっぱり30分も続かないんだ。その間に、どうして僕が入院してるのかを忘れちゃう。記憶がそれ以上、続かないんです」 3週間抗がん剤治療を受けた砂川は、一時退院。以降も治療のため入退院を繰り返しながら、現在に至っている。 「いま自宅にひとりでいると、すごく寂しいですよ……。彼女への愛しさをものすごく感じるようになりました。食べてくれる人がいないから、メシを作る気もしません。だから毎日、簡単なものや店屋ものばかり。それを食べ終わって、さあ寝ようというときに、ふと『あいつ、いまどうしているんだろう?』と考えると、自然に涙があふれてきてね。これがやっぱり愛なんでしょうね。この歳になって愛だなんて恥ずかしいんだけど(苦笑)。そんなときは余計、そばにいてやりたいって気持ちが強くなるんです」 離れてみて改めて、妻への愛をしみじみと実感したという砂川だった――。【女性自身 http://jisin.jp/serial/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%A1/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%A1/24343 】すてきな夫婦愛ですね。加齢とともに夫婦もあり方もあれこれと考えさせられます。🌠
2016.06.29
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【実体験】「自閉症かもしれない」シャフリングベビーだったわが子の記録みなさんは『シャフリングベビー』という言葉を聞いたことはありますか?『いざりっこ』とも呼ばれますが、これは「(ハイハイではなく)座ったまま移動しようとする赤ちゃん」のことを指します。英語の『shuffle=引きずって歩く』という言葉が由来だそうで、筆者の子もこの症状のひとりでした。■「自閉症かもしれない」7カ月検診で保健師に告げられる7か月検診の待合室にて、いつものようにお座りの姿勢のまま移動していたわが子。次第に子どもの周りに保健師が集まり始めました。検診後個別に呼ばれ、保健師から告げられた言葉は『自閉症かもしれません』。 それまで、わが子の行動に特に疑問もなく、こども自身が好んで行っていると思っていた筆者。その言葉を聞いた途端心配になり、小児科や小児リハビリの専門家へ話を聞きに行くことにしました。■シャフリングベビー=自閉症!? 総合的な判断が大切。小児科や小児リハビリの専門家の元へ伺うと、「シャフリングベビーだからと言って自閉症ではない。総合的な判断が必要なので成長を追うことが大切」とおっしゃっていました。シャフリングベビーのほとんどは発達上問題のない子が多いようですが、中には自閉症や発達障害の子もいるため、検診で声をかけることがあるそうです。■発達障害かどうか見極めるポイントはこれ!・視線が合わない・表情が少ない・言葉が遅い・一度話し始めたのに言葉が減った・遊び方が特徴的でこだわり強い・感覚過敏(極端に手に何かがつくと嫌がる、足の裏に何かが触れると嫌がるなど)など。以上はあくまでも見極めポイントの1つであり、「上記に当てはまる」=「発達障害」とは考えず、成長を追って観察していくことが大切です。結果的にわが子は歩き始めるようになった1歳3カ月まで、一人歩きがいつできるようになるか、毎回受診時に目が合うかなど小児科医と成長を観察しました。 ■まずは検診で専門家に早期の相談を。リハビリで改善するケースも中にはリハビリ施設に通い、専門家と協力していくことで、ハイハイをするようになる場合もあるそうです。また、理学療法士さんなどの専門家に相談できる場所もありますので、気になる方は小児科医や保健師さんに聞いたり、子育て支援センターなどで探してみましょう。大切なのは成長を追って総合的に判断すること。自閉症や発達障害の可能性があるなどと言われると、親だとつい焦ってしまいますが、我が子の体験を通してじっと見守っていくことがとても大切だと感じました。【mamastar http://select.mamastar.jp/113636 】その事態よりは、一つのことにこだわり続ける性質に着目した方が良さそうですね。🌠
2016.06.28
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知的障害のない障害「ASD・自閉スペクトラム症」とは?日本では昨今「発達障害」が世間の注目を集めています。 芸能人の方の中にも自身が発達障害であることを明らかにする方もいらっしゃいます。それだけ世の中に認知されている言葉であり、かつ、関心度の高い言葉なのでしょう。 発達障害と言えば、自閉症、ADHD(注意欠陥多動性障害)、LD(学習障害)の3障害を指し示す言葉ですが、これらの共通点は「先天的な脳の機能障害」であるということは分かっていますが、決定的に脳のどこがどうだということは解明されていません。さて、今回ご紹介する「ASD・自閉スペクトラム症」とは、今まで広汎性発達障害、高機能自閉症、アスペルガー症候群などと呼ばれてきた障害を総じている言葉です。 簡単に言えば「知的障害のない自閉症」ということです。ASD・自閉スペクトラム症の3つの困難知的障害があってもなくても「自閉症スペクトラム」と診断された方は、以下の3つの困難を併せ持っています。 ・社会性の障害・コミュニケーションの障害・創造性の障害 これら3つが共存しているために、以下のような困難が二次的・三次的に起こり得ます。 ・他人の顔の表情で思いを汲み取ることの困難・抽象度の高い表現の理解の困難・冗談や慣用句などの比喩表現の理解の困難・突然の予定変更への対応困難・セルフマネジメントの困難 など この他に、ASD・自閉症スペクトラム症の方に五感のうちいずれか、あるいは複数に渡っての過敏や鈍感も併発することが多いのも事実です。 正しく診断されないケースも病院へ行っても診断が下りなかったり、誤診されたりするケースは医学が進んだ現在でさえも後を絶ちません。それは、ASD・自閉スペクトラム症の原因が未だ解明されていないからです。また、ASD・自閉スペクトラム症自体は先天的な障害であるにもかかわらず、幼少期で発見されないまま成人期を迎えたり過ごしたりしている人もいます。それは、知的な面が長けているため、先の3つの困難を幼少期からずっと知的な面で補ってきたご本人の努力の賜物ということができるでしょう。また、成人してからも二次・三次障害がない、または軽度で済んでいるケースもあります。それは、周囲の人々や人間関係などの生活環境の中で、本人をサポートしながらともに暮らしていくことを実践できているケースです。お互いが理解しあい、認め合いながら対等な立場で生きていくという環境が整うことで、本人が持ち合わせている障害の程度は変化しないものの、生きやすさを保障することにもなるのです。 私たちの周囲にも「言葉だけでは伝わりにくい」「コミュニケーションが不得意かのかも」などと感じる人がいるかもしれません。その際は障害を疑う前にまずは「その人にとって分かりやすい伝え方は何か」「どういうコミュニケーション手段なら良いのか」などということを考えてみてください。それこそ私たちが今すぐできることなのです。[JUJICO http://jijico.mbp-japan.com/2016/06/23/articles20504.html]おのおのの個性、性格に伴い、適切な対処ができることが臨まれますね。🌠194万アクセス達成しております。いつもご訪問にコメント、感謝です。
2016.06.27
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虐待で知的障害者が大けが 京都府南丹市の施設 京都府南丹市八木町の障害者支援施設「あけぼの学園八木寮」で、知的障害がある30代の男性入所者が職員から繰り返し虐待を受け、前歯や足の骨が折れる大けがをしていたことがわかった。施設を運営する社会福祉法人が23日、ホームページで発表した。府は法人に改善勧告を出し、府警も捜査している。 発表などによると、男性入所者は昨年9月、20代の男性職員に部屋の外に出された際、右太ももを骨折した。府は昨年10月に法人に再発防止を求め、南丹署は今年4月に傷害容疑で職員を書類送検した。 この男性入所者は今月3日にも、50代の男性職員から電気シェーバーを投げつけられ、前歯1本が折れた。このため事態を重く見た府は21日、法人に改善勧告を出し、第三者を交えて再発防止策を作って府に提出するよう要求。南丹署は22日に男性の家族から出された被害届を受理し、改めて捜査を進めている。 施設には約50人が入所し、職員は約30人。法人は50代職員を懲戒免職としている。施設の担当者は「研修などで再発防止を徹底したい」と話した。【朝日デジタル http://www.asahi.com/articles/ASJ6S41MJJ6SUBQU006.html】あけぼの学園 ホームページhttp://www.cans.zaq.ne.jp/akebonogakuen/同じ環境下で繰り返される負の連鎖も、常にオープンにし、閉鎖されがちな部分の改善が臨まれますね。🌠
2016.06.26
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発達障害のある子どもへの過剰投薬にノー 被害実態を報告過剰投薬にノーを-。児童らに対する抗精神病薬の処方が問題になっているが、5月4・5両日、都内で「発達障害『ビジネス』から子どもたちを守ろう」の集いが開かれた。親子連れや都議、区議ら200人以上が参加した。 主催したのは「市民の人権擁護の会日本支部」(東京)。集団行動の不適応などを理由に「発達障害」とされる子が近年多く、それに伴い子どもへの抗精神病薬処方件数も増えてきた。また、幼児まで飲んだり、適用外処方(健康保険で定めた効能・用法・用量の範囲外で使うこと)も目立つようになった。その被害実態について同支部のスタッフが報告。 さらに、NPO法人「食品と暮らしの安全基金」(埼玉県)のメンバーは、服薬前にできることがあるとして、「ミネラル摂取など食事の改善で症状は落ち着く」と断薬・減薬へつながったケースを紹介した。 肢体不自由・知的障害を伴うコステロ症候群の長男(8)が3歳からほぼ3年間、抗精神病薬リスパダールなどを服用させられた母親(44)も会場を訪れた一人。「薬でかえって奇声を発し、硬直症状が強まり、薬を止めてハンドヒーリングを多用してから軽くなった。親こそ主治医にならないとダメ」と過剰投薬を批判した。 国レベルでは昨年施行10年目を迎えた発達障害者支援法の改正案が5月25日に可決、成立。同支部の米田倫康・代表世話役は「支援の広がりは歓迎だが、早期発見のみが強調され、過剰診断や過剰投薬のリスクは十分議論されていない」と懸念を示している。【福祉新聞 http://www.fukushishimbun.co.jp/topics/13217】服薬は最低限、生きてゆく為に必要な範囲内で処方して頂きたい、できたら余り頼りたくないものですからね。🌠
2016.06.25
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【読書感想】ぼくが発達障害だからできたこと市川拓司さんって、発達障害だったのか…… 僕は数多ある小説のジャンルの中で、「恋愛小説」はかなり苦手なのです。 自分がモテないというコンプレックスがあるからなのか、作中で愛し合っている二人の描写を読んでいると、なんだか身体が痒くなってくる。あるいは「どうせ一過性のものだろう」と感情移入できないのです。 代表作の『いま、会いにゆきます』も、「死んだ人が生き返るわけないだろ、何なんだこのお涙頂戴小説は……」とか読みながらピリピリしていたんですよね。 でも、映画版『いま、会いにゆきます』に関しては、「この映画を観て、竹内結子に惚れないわけがない!」というGACKTさんの意見に僕も賛成です。それは竹内さんの「手柄」だろう、とは思うのだけれど。 そもそも、『世界の中心で、愛をさけぶ』にしてもそうだけれど、純愛モノって、小説で読むと歯が浮きまくるようなものでも、魅力的な女優さんが演じていると、けっこう受け入れられるものではありますね。 前置きが長くなってしまったのですが、この新書、ベストセラー作家である市川拓司さんが、「発達障害」を抱えながら生き、奥様と出会って結婚し、小説家として成功するまでの半生が語られています。 ひとことで言えば、これは「極めつけの問題児だったぼくが、なぜアジアやヨーロッパの国々でベストセラーになるような小説を書くことができたのか?」ってことの理由を、自分なりに考察した本です。 ぼくはずっと「困った子供」であり「間違っている生徒」でした。「教師生活始まって以来の問題児」と先生から言われ、どうにも記憶力が悪いために、学校での成績が365人中360番まで落ちたこともありました。手の付けられない多動児で、毎日のように高いところに登っては、そこから飛び降りることを繰り返していた。中学のときは校舎の三階から飛び降りようとして、みんなから止められたこともありました(自分の中ではそんなに大それた挑戦だとは思っていなかったんですが)。 社会人になっても問題行動ばかり起こし、まわりからは相変わらず「間違ってる」と言われ続けました(実は、作家になってもぼくは依然としてアウトサイダーで、いまだに場違いなところに迷い込んだ異邦人のような気分でいます)。 これを読んでいると、市川作品の「まっすぐな甘さ」というのは、市川さんの想像や幻想をそのまま作品にしたもので、「死んだ人が生き返るわけないだろう」「そんな作品は昔からたくさんあるよ」というような「セルフツッコミ」に負けずに小説を完成させられたのは、市川さんの発達障害の賜物だったのではないか、と思うのです。 「バランスのとれた人格を持つ人」であれば、あまりにも「純愛すぎる」と「これはちょっとやりすぎだよなあ」とためらって、中途半端な作品しか書けないこともあるのではないでしょうか。 もうちょっと「リアリティ」がないとダメだな、などと考えたりして。 市川さんのように「場違いなところに迷い込んだ異邦人のような気分」を抱えている人というのは、シンクロ率が高かったのでしょう。 マルケスの『百年の孤独』を読んだとき、「ああ、このひと、こっち側のひとだ」って、すぐに思いました。いま言ったようなやりかたで小説を書いている。なにげないところです。ほんの小さな描写、ディテールで分かってしまう。 それをなんと呼ぶのかは自由だけど、とにかく「あのやり方」。 見えてるものを描いている人間の凄み。 マルケスこそが、「あのやり方」業界のトップに君臨する大親分です。 そして、おそらくは宗教的な物語、神話や民話、おとぎ話なんていうのも、こんな感じで語られたんじゃないかと。 市川さんは、多動的であったり、人と話し始めると延々と喋り続けたり、興味がないことはまったく記憶できない(でも、興味があることにはものすごい集中力を発揮する)などの行動パターンを子供の頃から示していました。 学校でいじめられたこともあったし、成績も悪かったのだけれど、興味が持てた英語に関しては、トップクラスの成績だったそうです。 大学卒業後に就職した会社は、発熱やパニック障害などのために3カ月で辞めることになってしまい、何をやってもうまくいかない時期もあった。 小説を書き始めたこと、ネット上に公開したものが評判になったことによって、市川さんの人生は大きく変わったのです。 けっして、順風満帆とはいかない人生だったのだけれど、市川さんは「自分に向いた仕事と理解し、支えてくれるパートナー」に巡り合ったことで、人生を素晴らしいものにすることができたのです。 ガルシア=マルケスを引き合いに出すなんて!と一瞬思ったのですが、たしかに、ガルシア=マルケスら、ラテンアメリカ文学は「発達障害的な作品」とも考えられます。 世界文学として評価されたのは、「世界中に、同じような感性を持つ人がたくさんいたから」なんですよね。 市川さんは、この新書を「発達障害の当事者が、自分のことを思い切りポジティブに語る本」として書かれたそうです。 ネットでは、「発達障害の苦しみ」を語っている人がたくさんいます。 その一方で、世界を変えてきた偉人たちには、発達障害とされている人も少なくないそうです。 この本のなかでは、織田信長やレオナルド・ダ=ヴィンチなどの名前が挙げられています。 でも、「発達障害的なエピソードはたくさんあるけれど、とりあえずなんとか仕事を続け、家庭もある」という僕にとっては、「市川拓司さんは、人の縁と運に恵まれ、自分の才能を活かすことができるところにたどり着けた稀有な存在ではないか」としか思えないんですよね。 当選者の存在がわからない宝くじよりは、当たった人が嬉しそうにしている宝くじのほうが、買ってみようというモチベーションは高くなるはずです。 実際は「当たらない」んですけどね、宝くじって。 それでも「もしかしたら、当たるかもしれない」ことに、夢を持てるのか。 読めば読むほど「そう簡単に真似できるような人生ではないな」と感じてしまうのです。 もちろん、この市川さんの「告白」で勇気づけられる人も少なくないと思います。 この新書のなかで、市川さんは、こんな話を紹介しています。 ユングっていうと、すぐ思い出すのが、ジェイムズ・ジョイスと娘の話。これが実に興味深い。 ユングと知り合いだったジョイスは、あるとき、統合失調症を患っていた娘さんを彼に診てもらうんですね。で、診察が終わったあとで訊くわけです。「どうだい? うちの娘はすごいだろう? 才能はわたし以上かもしれない」 するとユングは、こう答えます。「いや、あなたは、自分の深いところに潜っていくひとだが、娘さんは、ただ溺れているだけだ」 ずっと昔に読んだ話なのでうろ覚えなのですが、まあ、だいたいはこんなふうだった。 これを「客体化」の話と読むこともできる。 無意識の底に沈んだ自分に没入しきってしまうか、あるいは、もうひとりの自分がそれを冷静に見つめているか。 市川さんは、たぶん、「溺れずにすんでいる人」なのではないかと思います。 少なくとも、自覚的、あるいは社会的には。 ただ、これも「努力によって、『自分から潜る』と『溺れる』を切り替えられる」というわけではなさそう。それこそ「運」みたいなものです。 発達障害だからといって「絶望」する必要はない、ということなのでしょう。 でも、この体験談をどう受け止めて良いのか、僕は正直困惑してしまうのです。 もっとも率直に言葉にすると「ラッキーな人だなあ」なのですけど。 【BLOGOS http://blogos.com/article/180451/#top 】【楽天ブックスならいつでも送料無料】ぼくが発達障害だからできたこと [ 市川拓司 ]いよいよ待望の市川さんの新書が出ましたね。たった一つの人生でも、ラッキーと感じられたら本望でしょうね。🌠
2016.06.24
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発達障害の栗原類を育てた母の言葉に感動 「人生は長いマラソン。続けることが重要だよ」1年前にNHKあさイチの「大人の発達障害」の回に出演し、自身も発達障害であることを告白したモデルの栗原類さん。出演後、発達障害のお子さんをもつ親御さんたちから「勇気づけられた」と大きな反響があったそうです。6月22日放送の同番組で「子どもの発達障害」を特集した際にもゲスト出演し、ご自身の母親について語った場面が印象的でした。栗原さんは母子家庭で育ち、仕事も家事も子育ても母親がひとりで背負うことが大きかったといいます。母子家庭で「親に苦労させてしまった」と語る発達障害とは、ASD(自閉症スペクトラム障害)、ADHD(注意欠陥・多動性障害)、ADD(注意欠陥障害)、LD(学習障害)などの総称です。他人に興味がない、言葉の発達が遅い、こだわりが強いなどの特徴があり、本人はもちろん、親の生きづらさにもつながってくる問題です。栗原さんは幼い頃、ADDと診断されていました。番組では、アメリカで生まれた「応用行動分析」(ABA)というトレーニング方法を紹介。基本は「ほめる」「手助けする」「子どもに主導権を渡さない」ことに努めます。番組では、日々指導されたトレーニング方法を実践している5歳の男の子のお母さんが紹介されました。発達障害がなかったとしても、幼い子どもの世話は大変。根気よく毎日トレーニングする上、仕事や家事は待ったなしでは疲弊していきます。お母さんは「時間が取れない」「モチベーションを保つのが大変」という悩みも漏らしていました。栗原さんは「子ども時代、お母様はどう関わってくれましたか?」という有働由美子キャスターの質問に「自分が苦労したというより、親に苦労させてしまったというのが大きかったですね」と語り始めました。長く続けるためには「日々楽しくやること」栗原さんのお母さんは、自分の時間も大切にしたいタイプの方だったので、やるべき事はやりつつ、ときには栗原さんを祖母に預けてモチベーションを保っていたとか。栗原さんは、母親が今もよく言ってくれるという言葉を明かしました。「人生は徒競走ではなくて、長いマラソンなんだから、スタートダッシュでいきなり息切れしてリタイアするよりは、長く続けることが重要だよ」栗原さんが2歳のころ「ちがう」が言えず、「ちあう」と言っていたときも、お母さんは笑ってくれてました。結局、半年くらい周囲に訂正されているうちに治ったそうです。もし無理やり直させたら、話すことが嫌いになってしまう可能性もありますから、お母さんの温かい見守りと周囲の協力が大きな助けになったのです。ABAを使った療育を実践する医学博士・小児科医の平岩幹男さんは、長く続けるためには「日々楽しくやること。辛いと思いすぎると続かないので、スモールステップ化して少しずつ、焦らないことも大切」と助言しました。これは子どもの療育に限らず、疲れ切った大人にも言えることでしょう。栗原さんはこの秋、自らの経験をもとにした発達障害についての本を出版予定だとか。当時の自分や母親、診察した医師たちの視点から語られる興味深い内容になりそうです。【careerconnection https://news.careerconnection.jp/?p=25243】http://ameblo.jp/louiskurihara-ege/生きてきた経験からの新書、秋の訪れが、また楽しみですね。🌠193万アクセス達成しております。いつもご訪問にコメント、感謝です。
2016.06.23
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知的障害者施設しょうぶ学園の人々を追うドキュメンタリー予告編解禁鹿児島にある知的障害者施設・しょうぶ学園の活動を追ったドキュメンタリー「幸福は日々の中に。」の予告編がYouTubeにて公開された。園生と学園スタッフの混成パーカッショングループ“otto&orabu”による公演活動、園内に併設された刺繍工房や木工所などで手仕事をする障害者の姿をカメラで捉え、「普通とは何か」「優しさとは何か」など、さまざまな問いを投げかける本作。「島の色 静かな声」の茂木綾子と、「ステップ・アクロス・ザ・ボーダー」のドイツ人映像作家ヴェルナー・ペンツェルが共同で監督と脚本を担当した。このたび公開された予告編では、無心に楽器を演奏する者や手仕事に励む者、時に大声を張り上げ、またある時はぼんやりと遠くを見続ける者など、しょうぶ学園のさまざまな園生の日常風景が映し出されていく。また、長年彼らに寄り添ってきた学園長・福森伸のインタビューも収められている。「幸福は日々の中に。」は7月2日より東京のシアター・イメージフォーラムほか全国にて順次公開。【natalie http://natalie.mu/eiga/news/191083】幸福は日々の中にある、すてきなタイトルですね。🌠
2016.06.22
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虐待としつけ、境目は? ママたち、日常を振り返る小学2年の男の子が北海道の山中に置き去りにされたニュースを見て、しつけのあり方を改めて考えた人は少なくないでしょう。子どもが言うことを聞かない時、どうすればいいの? 虐待としつけの境目は? 専門家らに聞きました。 神奈川県茅ケ崎市の施設に今月初旬、市内の母親7人が集まった。子どものしつけ方を学ぶ講座「ほしつ☆そだれん」で、市こども育成相談課の相談員の青木幸子さんとともに「子どもに問題行動があった場合にどう伝えるか」を、日常を振り返りながら考えた。 参加した主婦の小林玲子さん(32)は、3歳の長男が寝る時間になっても遊ぶのをやめなかった時のことを相談。感情的に怒り、なぜ寝てほしいか伝えられなかった。青木さんは「親が少し冷静になってから子どもに伝えても大丈夫。できたらほめることも忘れないで」と助言した。 小林さんは注意するとき、つい手が出てしまうこともあった。「自分のしつけに自信がなく受講した。その後は、まだまだだが余裕を持って子どもに伝えられることもできるようになった」という。 別の主婦の女性(41)も3歳の長男のしかり方に悩み、参加。「つい感情的になりそうな時にも、子どもの気持ちを受け止めつつ、いけないと伝えるようになった」という。講座は2009年に始まり、昨年度までに約600人が修了。母親の受講が多いが、父親向けも開いている。講座で大事にしているのは、脅しや体罰によるしつけは子どもをこわがらせるだけで効果は低いと伝えることだ。 講座を企画した同市の伊藤徳馬さん(38)は「北海道の件もそうだが、怖さや罰するだけで分からせるのは難しく、親の自己嫌悪につながる。積み重なれば、子どもの自己肯定感が低下することもある」。どなったり、罰したりしそうになった時は「子どもに伝わっているか、しつけでなく心理攻撃になっていないか、少し考えてみては。10回のうち1回でも冷静になれればそれでいい。子どもに伝える経験を積み重ねて、親も自信を持ってほしい」と話す。■子の安全、脅かさないで 北海道のケースは、心理的虐待の疑いがあるとして、道警が児童相談所に通告した。児童虐待防止法は「長時間の放置、著しい心理的外傷を与える言動をすること」などを虐待と定義。厚生労働省は、個々の事例が虐待かどうかは、子どもや親の状況、生活環境などから「子どもの側に立って」総合的に判断するよう求めている。 直後からネット上では、いうことをきかない子どもに親が「置いていっちゃうよ」と言うことへの批判も出た。4歳の娘を育てる仙台市の女性(34)は、「親は軽い気持ちでも子どもは不安でいっぱいになっている」との書き込みをみて、不安になった。娘が公園から帰りたがらない時、考えられる手が尽きたら「いい加減にしないと置いていくからね!」と言う時があるからだ。 しつけと虐待の境目はどこにあるのだろうか。 児童虐待防止に取り組む民間機関「子どもの虹情報研修センター」(横浜市)の川さき二三彦(ふみひこ)センター長によると、「子どもの安全が確保されているかどうか」が判断のポイントという。「親が『しつけ』と言っても、子どもの安全が脅かされている場合は虐待にあたる」。例えば、子どもを家の外に閉め出すことは、地域の絆が強く見守ってくれる人がいた昔は許されたかも知れないが「今は危険です」。 また恵泉女学園大の大日向雅美学長(発達心理学)は「親も人間なので感情的になってしまうこともある」としつつ、「一番大切なのは子どもに言い過ぎたり行き過ぎたことをやってしまったりした時に親が反省すること。『しつけのためだった』と、自分で正当化しては絶対にいけない。歯止めがきかなくなり、虐待までエスカレートする危険もある」。 また、しつけは親だけではなく地域などのまわりの大人も関わってするものだといい、「北海道の件から社会も学ぼうとする意識が大切だ」と話す。【朝日デジタル http://www.asahi.com/articles/ASJ6C7SRCJ6CUTFL007.html 】 「友達に手をあげてしまう」「水を出しっぱなしにして遊ぶ」……。神奈川県茅ケ崎市の子育て講座では、相談員の青木さん(左)や母親らがそんな時どう伝えればいいかを話し合った いつの時も冷静な判断と対処、育児関わらず、常に持ち合わせていることが大人として大事であること、日々精進ですね。🌠
2016.06.21
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知的障害者3人の個室に鍵、20年拘束も 鳥取の施設鳥取県は15日、鳥取市鹿野町の障害者支援施設「県立鹿野かちみ園」で、知的障害のある40~60代の女性入所者3人が入所時から3~20年間にわたり、個室にいる間は扉に鍵を掛けられ、外に出られないようにされていたと発表した。同園は指定管理者の県厚生事業団が運営。県は鳥取市と共同で立ち入り調査し、虐待と判断した。 県障がい福祉課によると、3人のうち60代女性は他の入所者の個室に入って掲示物を止めるためのマグネットなど小物類を食べてしまう癖があるといい、施錠期間は約20年。他の2人は40代で、暴力を加えたり受けたりするとして、それぞれ約7年と約3年にわたり施錠されていたという。 食事や訓練作業などで支援員とともに個室の外にいる時間はあり、鍵を掛けられていた時間は最近で1日6時間半~14時間だった。いずれも家族の同意は得ていたという。5月10日、仕事で同園に出入りする人から県に「虐待ではないか」と通報があり、発覚した。 国の基準では、障害者の身体拘束をするのは他に手段がない「緊急やむを得ない場合」で、一時的でなければならないという。小林真司・障がい福祉課長は「職員に虐待という認識がなかった」とする一方、「小物類を食べてしまうなど問題があるなら分析し、必要な支援をしなければならないが、それをせず、漫然と施錠を続けていた」としている。 県と市が調査に入った5月19日以降、同園は施錠をとりやめ、日中は少なくとも職員2人が見守るようにしているという。【朝日デジタル http://www.asahi.com/articles/ASJ6H4F6CJ6HPUUB00Q.html 】家族の同意と得ていたとは言え、県や市に発覚し施錠を取りやめるとはやはりやり過ぎの行為だったのでしょうね。第三者の目は大事ですね。🌠
2016.06.20
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息子が1歳8か月の時に発覚。発達障害親子の“生きづらさ”を丁寧に描くコミックエッセイが大反響 先天的に脳機能に障害があり、乳幼児期に生じる発達の遅れを指す「発達障害」。 近年では、幼い頃の発達障害に気がつかないまま成長し、空気が読めない、気が散りやすく集中できない、などの特徴が顕著に現れる「大人の発達障害」にも注目が集まっている。 先日発売された『生きづらいと思ったら親子で発達障害でした』(モンズースー)は、大人の発達障害当事者の著者・モンズーさんと、発達障害グレーゾーンの2人の息子たちとの日常を綴ったコミックエッセイ。 乳幼児期から気になることが多くあったと語る著者の息子・そうすけくんは、寝返りや首が座るまでに長い期間を要し、ひどい癇癪持ち。 1歳4か月になって喋れる言葉は「わんわ(犬)」のみだった。 しかし、そうすけくんを入園させた保育園でお母さんと手をつないでもう一方の手で「バイバイ」と手を振る同じ月年齢の子を目撃し、息子との“違い”をより強く感じるようになったという。 同書には、著者がそうすけくんとの生活のなかで感じた違和感や不安が、とても丁寧に描かれている。 彼女の悩みとは裏腹に、職場の人に保育園に慣れない息子のことや、癇癪について相談しても「うちの子も昔よく泣いてたよ」などの答えが返ってくるばかり。 母子手帳と一緒にもらった相談施設の一覧を見ても、DVや虐待の相談所など、どこも“ここじゃない感”が強く、明確な答えが出ないまま、親子で受けた1歳半健診で決定的な出来事が起きる。 その日、身体測定もままならないほど暴れるそうすけくんをスタッフ3人がかりで計測。 医師の診断時には息子が夜寝ないときの対処法として「何をしても泣きやまないときお互いイライラするので少し放おっておいたりしている」ことを告げると「放っておく? それじゃ虐待だよ」と、一蹴されてしまう。 虐待という言葉が胸に突き刺さり、呆然とするモンズーさんの横で、そうすけくんは「知らない場所で人ごみの中 待たされ続けたイライラがついに 爆発」してしまう。 息子の凄まじい泣きっぷりと、周囲からの視線にいたたまれない気持ちになった彼女だったが、「こんなに泣いてたら今まで大変だったでしょ 頑張ったね 良かったら話聞かせて」と笑いかけてくれた保健師を前に、ついに泣き出してしまう。 一人で抱えていた不安と、直前で医師にいわれた「虐待」という言葉、癇癪を起こしてしまった息子……当時、彼女が置かれた状況を考えただけでも胸が痛む。 それから一カ月後に実現した心理士との面談を経て、1歳8か月のそうすけくんに告げられたのは、発達が遅く「全体的に1歳くらい」という診断だった。 さらに追い打ちをかけるように、モンズーさん自身も発達障害(ADHD)という診断が下されたのだ。 怒涛のごとく押し寄せる現実に、押しつぶされそうになりながらも、子供たちを愛する母の愛があたたかくも切ない……。 同書を読んでいると、彼女が感じていた我が子とほかの子との違いに「発達の遅れ」という、ひとつの答えにたどり着くまでの道のりが非常に長く険しい印象を受ける。 それは、自治体のサポート不足や専門病院が少ない実情など、さまざまな問題が複雑に絡み合っていることを表している。 この『生きづらいと思ったら親子で発達障害でした』という一冊が、彼女のように漠然とした不安を抱える、多くの母親たちの道標になることを切に願う。 【ダ・ヴィンチニュース http://ddnavi.com/news/306619/a/】 【日時指定不可】【銀行振込不可】【2500円以上購入で送料無料】【新品】【本】生きづらいと思ったら親子で発達障害でした モンズースー/著 自らの経験からのエッセイだからこそ、同館できたり、共感できる部分にも多くの反響が及んでいるのでしょうね。🌠
2016.06.19
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銃乱射の中、先生は自閉症の児童をかばって絶命した。銃規制法案の審議で米上院議員が語ったことアメリカ・フロリダ州オーランドの銃乱射事件を受け、アメリカ上院議会では、テロ容疑者に対する銃の購入を規制する法案の採決を求め、民主党議員が長時間の演説(フィリバスター)を行った。銃による大量殺人事件の蔓延に対し、議会が行動を起こさなくてはならないと15時間にわたって訴えたクリス・マーフィー上院議員(民主党、コネチカット州選出)は、自分にとって最も重要な話を演説の最後に持ってきた。4年前に、地元選挙区で起きた小学校での銃乱射事件についてだ。コネチカット州サンディ・フック小学校で2012年12月14日、アダム・ランザ容疑者(当時20)が銃を乱射し、児童20人と大人の女性6人が殺害された。マーフィー氏が地元から立候補して議員に当選して1カ月足らずで起きた惨事だった。演説も終盤に差し掛かった6月16日午前2時を回った頃、マーフィー氏は、あの悲劇の最中にあって最も心を打つ、ある人物の行動を回想した。銃が乱射されている最中、1人の教師が自閉症の6歳児童を、これ以上の恐怖を与えまいと両腕で抱きかかえていた勇気ある姿だった。---「アン・マリー・マーフィー先生はディラン・ホッケリー君を見つけ、彼を抱きかかえました。どうしてそのようなことが分かったのでしょうか? それは、警察が教室に乗り込んだとき、命を落としたディラン君が、マーフィー先生の腕に抱かれていたのを目撃されたからです」とマーフィー議員は語った。「上院議会の演台で2時間、6時間、さらには14時間であっても、ただそこに立っているだけなら勇気を必要としません。有権者の90%が変化を望んでいるときに、銃規制のロビイング活動のために立ちあがるのにも、勇気は必要ありません。しかし、殺人現場から逃げず、銃撃犯と顔を合わせ、その場で6歳の子どもを抱きかかえ、腕の中にいる小さな子供のために、ほんのわずかだけでも心の安らぎを与え、その代わりに死を受け入れることは、勇気を必要とするのです。マーフィー先生にそれができるなら、オーランドの事件やサンディ・フックの事件が二度と起こらないようにするには自分たちに何ができるかを自らに問いかけなくてはなりません」---演台を降りるまでに14時間50分を費やした演説の最後に、マーフィー議員はこう締めくくった。マーフィー議員は、議場から立ち去る前、2人の議会首脳が賛成票を投じると約束してくれた、と語った。民主党は、見本市やオンライン上で銃の購入するときに身元の確認を徹底する修正案、そしてテロ容疑者リストに名前がある人物の銃購入を禁止する法案の採決を求め、共和党と民主党の首脳同士で合意した。【huffington post http://www.huffingtonpost.jp/2016/06/16/the-most-powerful-moment_n_10518376.html】国内外に問わず、最近容赦ない事件が増えています。身の安全、重要事項となってますね。🌠
2016.06.18
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自閉症児描いた戸部けいこ遺作「光とともに…」、河崎芽衣作画の別巻で完結「光とともに…~自閉症児を抱えて~」の別巻が本日6月16日に発売された。これは2010年に逝去した戸部けいこが遺した同作のネームを、戸部と交流の深かった河崎芽衣の作画により完結させたもの。2000年から月刊フォアミセス(秋田書店)にて連載されていた同作は、自閉症児とその家族が抱えるエピソードを描いた作品。2004年には第8回文化庁メディア芸術祭マンガ部門で優秀賞を受賞し、テレビドラマ化もされた。戸部の逝去により2010年5月号で連載終了となっていた「光とともに…~自閉症児を抱えて~」だったが、河崎の作画した2話分のエピソードが月刊フォアミセス2016年3月号に完結編として掲載された。単行本には雑誌掲載時のカラーもそのまま収録。河崎が戸部への思いを綴った2ページマンガのほか、これまでのストーリーやキャラクター紹介も収められている。なお秋田書店オンラインストアでは、「光とともに…~自閉症児を抱えて~」別巻の発売を記念し、同作の複製原画を発売している。A5サイズのパネルに主人公・光が描かれたもので、価格は9720円。8月16日まで注文を受け付け、9月中旬に発送される。 本記事は「コミックナタリー」から提供を受けております。【mynavi news http://news.mynavi.jp/news/2016/06/16/402/】【楽天ブックスならいつでも送料無料】光り輝くあしたへ~『光とともに…』が遺したもの~ [ 河崎芽衣 ]【楽天ブックスならいつでも送料無料】光とともに… ~自閉症児を抱えて~ 別巻 [ 河崎芽衣 ]漸く完結編も出て、天国の戸部さんもホッとされたことでしょうね。🌠192万アクセス達成しております。いつもご訪問にコメント、感謝です。
2016.06.17
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【生きる 働く 第12部】障害者 個性生かして<4>農業、介護の担い手に5月中旬、福岡県糸島市に広がる畑で作業着姿の人たちが農作業に汗を流していた。ニンジンの苗の間引き、ソラマメの収穫、草むしり。慣れた様子で作業しているのは、同市の障害者福祉施設「さんすまいる伊都」に通う人たちだ。 施設では2014年夏、竹がはびこる耕作放棄地約5千平方メートルを借りて農業を始めた。現在、企業での就労が困難な人が訓練する「就労継続支援B型」として、20~60代の十数人が働く。農薬や化学肥料を一切使わず、サトイモ、ゴボウ、大根などの野菜や米を栽培している。徐々に農地を広げ、今では当初の約4倍に増えた。 農作物は近隣の店で販売し、形がふぞろいのものは施設の食材に使う。農作業が向かない人は、ドッグフードなどの加工品作りを担当する。今秋には、地元のスーパーと提携し直売所もオープンする計画だ。利用者の一人で、足に障害がある男性(24)は「自分が作った野菜をいろんな人に食べてもらえるのがうれしく、働きがいがある」と笑顔を浮かべる。 高齢化や後継者不足で悩む農業の現場で障害者が働く「農福連携」。農業は担い手を、障害者は働く場を確保できるとして注目を集め、厚生労働省の統計では農林漁業に就職する障害者はこの10年で5倍に増えた。 さんすまいる伊都の池田浩行理事長(50)は「さまざまな手作業があり、障害の特性に合わせた仕事を割り振れる。自然豊かな環境で、心身のストレス改善も期待できる」と話す。 無農薬にこだわるのは、付加価値を高めることで収益を上げ、障害者の経済的な自立につなげたいという強い思いがあるからだ。利用者の平均賃金は月2万円ほどで、B型の全国平均1万4838円(14年度)を上回る。8月からは、池田さんが設立した農業生産法人で、利用者1人を従業員として雇用する予定だ。 障害者の活躍は、高齢化によって需要が高まる医療や介護の分野でも期待されている。ハローワークを通じた障害者の就職件数は、分野別で見ると「医療・福祉」は全体の4割近くを占め、伸び率も高い。 福岡市南区の中村病院では、07年から知的障害者2人が働く。食事の配膳や清掃、入浴の介助などを担当する高尾陽子さん(27)は「患者さんからありがとうと言われるのがうれしい」と話す。高尾さんを指導する診療部副部長の樋口和代さん(63)は「仕事はゆっくりだけど、とても素直で一生懸命。何よりも、彼女たちがいるだけでぴりぴりしがちな病棟の雰囲気が和む」と目を細める。 2人は、同市の市立特別支援学校「博多高等学園」の卒業生だ。軽度の知的障害者109人が通う同校は「卒業後の企業就労を目指す」という方針を掲げ、社会で働くための技能や生活習慣の育成に力を入れる。週に2回、接客や事務作業などの技術を学ぶ「作業学習」と、実際にスーパーや病院などで2週間働く「企業実習」を繰り返すことで力を身に付けていく。 高尾さんも高校2、3年のときに中村病院で実習を経験した。樋口さんは「学校で学んだことがしっかり身に付いていて、実習で特性も分かっていたため、どんな仕事を任せればいいのか困ることはなかった」と振り返る。就職後も学校がサポートを継続しており、いつでも相談できる体制だ。そのかいあって就職後の定着率は8割と高い。 3年前に新築移転した校舎には、シーツ交換や清掃の訓練を行う「福祉実習室」も設けている。長谷川雅寛校長(59)は、「清掃や配膳などの周辺業務を障害者が担うことで、看護師や介護士の負担軽減につながる。今後、もっと需要が高まるのではないか」と話している。 =2016/06/03付 西日本新聞朝刊=http://www.nishinippon.co.jp/feature/life_topics/article/249535ニンジンの苗の間引き作業をする「さんすまいる伊都」の利用者たちhttp://sunsmile.or.jp/ 能力を最大限に引き出し、社会へ出てゆく、そういう大きな視野での見守りが人間力をも大きく育ていますね。🌠
2016.06.16
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「仕事がつらい」オトナの発達障害が天職を見つけるには仕事が遅い、空気が読めない、ケアレスミスで叱られる……。「他の人が難なくできることができないなんて、もしや自分は発達障害*ではないか?」と思い悩む大人は少なくないでしょう。しかし、実のところ、「ここからが発達障害」という線引きは難しく、実は、発達障害の特徴として挙げられる「注意不足」や「コミュニケーション障害」は、誰にでもある程度みられるものなのです。「私、発達障害かも?」と思ったら、どうすればいいのでしょうか? 『発達障害の自分の育て方』(主婦の友社)の著者である岩本友規(いわもと・ゆうき)さんは、4回の転職を経験し、30歳を過ぎてから、ADHD(注意欠陥・多動性障害)とアスペルガー症候群の診断を下されたのだそう。自身の経験をもとに、現在は大人の発達障害があっても自分らしく生きる手助けをしている岩本さんに聞きました。*脳機能障害の一種。注意欠陥多動性障害(ADHD)、自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)、広汎性発達障害、学習障害(LD)などの総称で、知的な遅れを伴う場合から知的な遅れがない人まで広い範囲を含む。発達のしかたに生まれつき凸凹がある障害で、一部の症状は服薬などで緩和する場合もある。「仕事ができない」と自分を責め続けて ――発達障害と診断される前は、仕事をする上で、どんなことを感じていたのでしょうか?岩本友規さん(以下、岩本):仕事上のミスがかなり多かったですね。決して怠けているわけではなく、むしろ気をつけているのに失敗してしまい、「何でこんなに自分はダメなんだろう」「他の人ができていることが、なぜ自分にはできないんだろう」という悔しさがありました。発達障害の特性のひとつに「優先順位をつけるのが苦手」がありますが、僕も「とにかく全部こなさなきゃ」と、あっぷあっぷになっていました。また、家庭でもモノが散らかり放題で、妻から何度も「片付けて!」と叱られたり。――アスペの人は「他人の気持ちがわからない」と言われますが、それはどういう感覚なのですか?岩本:僕の場合、ロジカルな思考が強すぎて、他人の気持ちが直感的にわからないという感じですね。「Aという出来事が起きたらBの行動を取るべき」というふうに、自分が論理的に考えて正しいものは絶対正しい、と思い込んでいたんです。相手の「気持ち」は、論理とは別な次元にあるという発想そのものがないというか。このパターンにどっぷり浸かると、ケースバイケースで自分の頭でモノを考えなくなっていきます。何しろ、そのほうがラクですから。そのプロセスを通じて、世間に植えつけられた「仕事はすべてこなすものだ」とか「親孝行はすべきだ」というような価値観に縛られ、生きづらさを感じていました。 子育てがきっかけで得た気づき ――それが現在は、“自分の育て方”と題した本を出されるほど、発達障害との付き合い方を身につけられた。きっかけは何だったのでしょう?岩本:子育ての経験と発達心理学の勉強が大きかったですね。自分の子どもと関わることで相手の立場に立って考える訓練ができたんです。たとえば、子どもと遊んでいるときに「◯◯ちゃんはこうしたいんだよね」というふうに声をかけてあげる。要するに、相手の気持ちが今どんなふうなのか、頭の中で追いかけてみたんです。そうするうちに、他人には他人の、僕には僕の感じ方があって、「こうすべき」という自分の中の固定観念にとらわれる必要はないのだと気づけました。当たり前のことなのかもしれませんが、僕はそれまで相手の思いを想像しようとすらしなかった。気づく前と後では、視点がガラッと変わりましたね。 ――具体的に、どう変わっていったのですか? 岩本:優先順位をつけるのがすごくラクになりました。「やらなくてもいいことってあるんだな」と。それまでは「仕事がさばけないのは、僕が仕事ができないせい」と自分に「ダメ人間」の烙印を押しがちだったのですが、「まず大事なことを押さえて、細かいことはできる範囲でやろう」と納得できるようになったんです。もちろん、ビジネスなんだから社会の前提に合わせることは重要です。でも、自分への要求に対していつも自分だけで100%添わなければいけないというわけではない。そうやって自分の世界と周囲の世界を切り離した時、生きづらさが緩和されて、以前と比べると劇的に仕事ができるようになりました。 次のステップは「天職」探し ――なるほど。 岩本:少しでも生きづらさが改善されたら「天職」を探すといいのでは、と考えています。「天職」とは、一生をかけて情熱を燃やし続けていくようなライフワークです。そういう1本の軸があったほうが、息苦しい現代社会を生きていきやすいのではないでしょうか。 ――よく、発達障害の診断で「あなたにおすすめの職業」として出てくる職業とは違うのでしょうか? 岩本:違いますね。あれは天職選びのときは参考にすべきでないと思います。「発達障害の人におすすめの職業」として提示されるのは研究者や記者、ライターなど、そもそも「あ、そうなんだ! じゃあ、この職業に就こう」と思い立ってなれるものではないですよね(笑)。 「天職」を探すにあたっても、やはり軸にすべきなのはどんなスキルや特性があるのかよりも、「自分がどうしたいのか」ということ。それを見つけるには、自分自身の頭の中にある理想と現実のギャップを体感し、「こうありたい」と強く願えるようなことを見つけるのが最初のステップになります。キーワードは“原体験”を増やすことです。 「志がない者は旅に出よ」 ――原体験とは何でしょうか? どのように増やすのでしょうか? 岩本:原体験とは、「これがやりたいんだ」「ここはもっとこうあるべきなんじゃないか?」と気づかせてくれる直接の体験のこと。手軽なところでは、社会人向けイベントや読書会がおすすめです。人の集まる場を訪れることで、価値観や世界観を広げていけます。また経験の幅を広げることで、理想と現実のギャップを目の当たりにし、「今やっていることは本当にやりたいことじゃない」「これこそやりたいことなんだ」と気づきやすくなります。昔の偉人たちもそのことを知っていたのか、吉田松陰は「志がない者は旅に出よ」という言葉を残しています。イベントに行くと、普段の生活では出会えない方々に出会えるんです。会社を経営されていたり、ものすごく弾けていたり、好きなことだけをやっていたりという方がたくさんいる。そういう出会いは、非常に価値があると思います。自分の発想や、チャレンジ精神が刺激されますしね。ポジティブな方も多いので、その点でも気持ちが上向きになります。 ――ひとりで悶々と悩むより、人の集まるところに出かけたほうがいいんですね。 岩本:「発達障害ではないか?」と悩んでいる方は、どうしていいかわからなくて八方塞がりになっている場合が多いので、僕がご紹介したことをひとつのマニュアルとして参考にしながら、進む道を選んでいただけるといいのかなと思います。そうすれば、この生きづらい社会でも、多少生きやすくなるのではないでしょうか。 【livedoor news http://news.livedoor.com/article/detail/11637390/】 【楽天ブックスならいつでも送料無料】発達障害の自分の育て方 [ 岩本友規 ]自らの経験からの提言は有難いですね。🌠
2016.06.15
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発達障害の作家・市川拓司さんが語る「『違い』は武器になる」恋愛小説の旗手と呼ばれる市川拓司さん(53)。小説『いま、会いにゆきます』(2003年刊行、通称『いまあい』)をはじめ、映画化された3作の累計が250万部を超すベストセラー作家だ。10年ほど前に自身が発達障害の一つ、知的障害を伴わない「アスペルガー症候群」(「自閉症スペクトラム」と総称)と知った。 雑誌の取材を受けていた時、発達障害に詳しいライターの品川裕香さんから「あなた、アスペルガーの人がよく使うワードをさっきから連発しているから、調べてもらったら」と言われてね。勧められたメンタルクリニックを受診すると、医師から「典型的なアスペルガーの症状を示している。ただし、市川さんは社会的にも成功しているから、とくに診断書を書いたりはしませんよ」と言われました。「ああ、やっぱりね。なあんだ」っていう気分でしたよ。だって僕は子どもの頃に先生から、「教師生活始まって以来の問題児」と嘆かれたぐらいだから。手のつけられない多動児で、毎日のように高いところに登っては飛び降りていました。それに、ものすごい「多弁」で、相手が聞いていなくても一人でしゃべり続けていたし。たとえ授業中でもね。先生から頭の形が変わりそうなほど叩かれました。●度を超えた「妄想力」 市川さんの新刊『ぼくが発達障害だからできたこと』には、作家としていい思いができたのも、「『障害』があったから」「すごいな『障害』」と、発達障害を肯定的に描いている。「常識」に縛られないからこそ、飽きずに、懲りずに夢を見続けることができるのかもしれない。僕は小学校時代に「バカタク」と呼ばれていたけれど、卒業アルバムの将来の夢に「作家になること」と書いていました。結婚した頃は、「僕の小説がハリウッドで映画化されたら」なんて当時としては途方もない夢を、奥さんと2人で一晩中語り合ったりしていました。 2作目の小説『いま、会いにゆきます』は、出版の翌年には映画化され、その後もアジア、ヨーロッパ、南米……と世界中で読み継がれるようになるんですからね。僕の度を超えた「妄想力」は、結構あなどれません。「純度100%」と形容される恋愛小説は、市川さんならでは。デビュー後、「市川拓司小説という新たなジャンルが生まれた」「同業他社なし。競合作家なし」などと評され、『いまあい』後には純愛ブームが起きた。「違い」は武器にもなる。変人って、埋没していないってことでもあるでしょ?僕はそれも悪くないと思えてね。 作風が女々しいとか、お涙ちょうだいとか批判されることもあった。けれども、僕が「そうそう。ピッタリ、ピッタリ!」っていう調子だと、相手も暖簾に腕押しみたいで調子が狂うみたい。 特性を生かすコツは、自分の視点を大事にし、ユーモアのチャンネルに変換することだという。 自分を笑い飛ばせるような諧謔性があると、自分が背負う過酷な状況も力強さに昇華できたりするんだよね。僕は小学校高学年の時に、「愛されるバカ」のポジションを狙おうと思った。僕がどんなエラーをしても「想定内」になる。「なんだ。市川じゃしょうがねえな」と。●最強のひきこもりに 同調圧力っていうのかな。そういうのが強い国では、発達障害の子がスポイルされて、大人になる頃にはすっかり元気をなくしちゃう可能性はある。人から「間違っている」と言われ続けても、個人への攻撃と受け取らないほうがいい。マジョリティーには立ち向かわなくてもいいから、傷つく前に逃げちゃえと。もし孤独感を感じているような人がいたら、そう伝えたい。 ひきこもってもいいと思う。なにせ僕もひきこもりです。家の中には僕が大好きな観葉植物やらシダやらがびっしりで、ジャングル状態です。外でつるみもせず、一直線に家に帰り、ひたすら精魂こめて自分の好きな場所をつくり、好きなことをする。流行も関係ない。僕は自分のことをテナガザルだと思っています。好きな緑に囲まれて、テナガザルの僕としての人生物語を刻んでいこうと。ただ、どうせひきこもるならゴージャスに行こうぜって。僕は、史上最強のひきこもりになってやろうと思っているところです。※この記事はAERA5月23日号から5回にわたり連載している集中連載「発達障害と生きる」の第5回です※AERA 2016年6月20日号 【dot.asahi http://dot.asahi.com/aera/2016061000241.html】いちかわ・たくじ/1962年生まれ。小説家。自閉症スペクトラムであることを公表している。新刊『ぼくが発達障害だからできたこと』(朝日新書)が6月13日発売【楽天ブックスならいつでも送料無料】ぼくが発達障害だからできたこと [ 市川拓司 ]凡人よりは、より多くの経験を重ねてゆくことで更に求められてゆく強さも備えてゆくのでしょうね。🌠191万アクセス達成しております。いつもご訪問にコメント、感謝です。
2016.06.14
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15人に1人が発達障害…!? 子どもと大人で異なる「ADHDの特徴」8つ子どもって長時間じっと座っていることはできません。けれども、その中に発達障害の一つである“注意欠陥・多動性障害(ADHD)”の子が存在します。この子たちは、いったいどのような大人に育っていくのでしょうか。また、それだけでなく先日、米国医師会により、「ADHDは子どもに影響する障害、というだけでなく、大人になってから初めてADHDを発症する可能性もある」という研究結果が発表されました。そこで、今日は、『1人でできる子が育つテキトー母さんのすすめ』の著者の立石美津子が“子どもと大人のADHDの特徴”についてお話します。 ■文科省の調査では「15人に1人」が発達障害の可能性あり…? 文部科学省の調査では、公立の小・中学校の通常学級に発達障害の可能性のある子が、6.5%(約15人に1人)いると推定されています。 上記のうち、症状の内訳としてはADHD16.2%、自閉症15.7%、学習障害(LD)14.6%などが挙げられます。■落ち着きなくじっとしていられない「子どものADHD」8つの特徴ADHDの子どもたちには、次のような状態が見られます。(1)すぐに気が散る。(2)落ち着かず、ひと時もじっとしていられない。 (3)席を離れなくても身体を常に揺する。 (4)手足をモジモジする。 (5)隣の子にすぐにちょっかいを出す。 (6)周りの物にすぐに触れたがる。 (7)大声を出すなど騒々しい。 (8)順番が待てない。これらの状態だけみると、幼児はみんなADHDに見えますが、見分けるため次のように定義されています。 <5歳児であるのに2歳児のように走り回るなど、実年齢と比較して極端に激しく強い。その症状が6ヶ月以上続いている。学校や家庭など一場面に限定されたものではなく、どこでもその状態である。それが通常範囲を超えており、生活上で大きな支障を来たしている場合> ■台所に線香!? 無秩序に散らかす「大人のADHD」8つの特徴 大人なってからは社会性が身に付いてきますので、レストランでウロウロしたり、物を投げたり、順番を待てずに泣き叫ぶ人はいないです。そんな顕著な状態は影を潜めますが、それでもその土台は次のような形で残っています。 (1)提出物をなくす。 (2)忘れ物がひどく多い。 (3)優先順位がつけられずあちこちに手を出す。 (4)約束や決まりごとを守れない。忘れる。 (5)時間管理が出来ない。ルーズである。 (6)注意するとすぐにカッとなって興奮する。 (7)刺激を求める傾向がある。 (8)片付け・整理整頓が出来ず物が散乱している。この世に“片づけられない人はたくさんいます。でも、単にだらしがない人はキッチンに食器が山積みだったり、洗濯物が洗面所に散らばっている状態です。これに対して、ADHDの人の散らかり方が違います。 台所に線香、流しにボールペンが転がっているなど「カテゴリーを無視し無秩序である」と言われています。 気が散りやすい特性のため、何かをしているときに、フッと別のことを思い出し、手に持っていたものをポイッとその辺に置いてしまいます。こうして“ごみ屋敷化”していきます。 ■苦手分野を否定せず「得意分野」を伸ばしてあげよう苦手を克服することはかなりハードルが高いです。自らの努力で何とかなるならばよいのですが、生まれつきの脳の機能障害である場合どうしようもありません、その特性は大人になっても老人になってもあります。 一番、まずい状態は幼い頃からその障害に気づかれず「お前には向上心がないんだ、気合や努力が足りないだ」と叱られ続けられたケースです。 幼い頃から否定されて育てられたことで、自己イメージの過小評価により情緒的な問題に発展し「自分はダメな人間だ」と刷り込まれ、対人関係を築く上でも“つまずき”を起こしてしまうこともあるのです。 苦手の克服よりも得意分野を伸ばしてあげましょう。 ■ADHDは「セールスマン」でチカラを発揮するかも同じ会社内でも様々な仕事があります。中でも、ADHDの人は緻密に計画したり、きっちりかっきり忘れずにいることが苦手なので、事務職には向いていないかもしれません。その代り、ADHDの衝動性を“積極性”ととらえると、それはつまり“行動力”。その能力を発揮し、“セールスマン”としてチカラを発揮する可能性もあります。デスクの片付けが苦手だったら、得意な人にお願いすれば済むこと。ギブアンドテイクで、できる人にお願いすればいいのです。 互いが支えあえたら良いですね。 いかがでしたか? 人は顔が違うように、個性もみんな違います。 自身だけでなく周りの人もそれを理解し、特性を活かす生活や仕事ができる社会になると良いですね。 【参考・画像】※ 通常の学級に在籍する発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果について – 文部科学省※ ZouZou / Eugene Partyzan – Shutterstock【著者略歴】※ 立石美津子・・・専門家ライター。 32歳で学習塾を起業。現在は保育園、幼稚園で指導しながら執筆・講演活動に奔走。自らは自閉症児の子育て中。著書に『小学校に入る前に親がやってはいけない115のこと』『読み書き算数ができる子にするために親がやってはいけない104のこと』『心と頭がすくすく育つ読み聞かせ』『「はずれ先生」にあたった時に読む本』『一人でできる子が育つ「テキトーかあさん」のすすめ』【woman.excite. http://woman.excite.co.jp/article/child/rid_ItMama_21535/】こうしてそれぞれの特徴が明確なってくると、対応もしやすくなってきますね。🌠
2016.06.13
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ディズニーアニメせりふを丸暗記!? 言葉を取り戻す自閉症の青年 ディズニーアニメのせりふを暗記していたことで言葉を取り戻した自閉症の青年・オーウェンに迫るドキュメンタリー『ライフ、アニメイテッド(原題)/ Life, Animated』が現地時間3日、サンダンス映画祭ロンドンで上映され、青年の母親コーネリア・サスカインドと、メガホンを取ったロジャー・ロス・ウィリアムズ監督が登壇した。 3歳で言葉を失ったオーウェンが、大好きなディズニーアニメを現実世界のロードマップにして生活する様をホームビデオや、アニメーションでの再現、インタビューなどを交え見せる本作。オーウェンの父親でピューリッツアー賞受賞ジャーナリストであるロン・サスカインドの同名回想録を、短編ドキュメンタリーでアカデミー賞を受賞したウィリアムズ監督が映画化したものだ。 父親相手にピーターパンごっこをする元気な幼児だったオーウェンは、1994年、3歳の頃、突如言葉を発しなくなってしまう。下された診断は自閉症。ショックを受ける家族だったが、オーウェンが以前から好きだったディズニーアニメに関することには反応するのを発見、ディズニーのせりふを使って再び会話ができるようになる。観たディズニーアニメのせりふを全て暗記しているオーウェンは、勇気が要る時には英雄を描いた『ヘラクレス』中のせりふなど、自分が直面している状況に似た場面のせりふを口ずさみ、状況を理解するのだ。 今では青年となったオーウェン、アニメのせりふ以外にも会話できるようになり、お茶目なキャラを発揮しているが、ディズニーアニメが頼りなのは変わらない。例えば、ヘルパー付きアパートで一人暮らしを始めた際に『バンビ』を観る場面がある。小さなバンビが大人になっていく姿をじっと見つめるオーウェンからは、バンビと自分を重ねているのであろうことがひしひしと伝わってくる。 役になりきるオーウェンのせりふ回しは声優顔負けだ。観客から職業として声優はどうかと問われ、「それは確かにありえますね」と息子の将来の可能性を考えるコーネリアの様子に、オーウェンが声優として活躍する日が来ることを願わずにはいられない。 また、本作中では始終ディズニーアニメを観るか、セリフを口ずさんでいるオーウェンなので、もちろんディズニーアニメの映像が多く登場する。その使用許可はすんなり下りたのかと聞かれた監督は、「すんなりいったかだって!?」と驚いてみせ笑いを取りつつ、「ディズニーは世界で一番がっちり管理されているスタジオなのです」と使用許可を取りつけるために様々な役職の人に順番に会っていったことを明かした。「でも最後に、(ディズニー担当者らの前で)サスカインド家とプレゼンテーションした時には皆泣いていました。実は、ディズニーランドで上映することも決定しました」と発表すると、観客から「ワォ」という歓声が一斉にあがった。【cinematoday http://www.cinematoday.jp/page/N0083500 】映画が自閉症青年を救う!(画像は『ライフ、アニメイテッド(原題)』の公式サイトのスクリーンショット)心温まるニュースです。言葉を取り戻せるという現実も明らかになり、親としても怯まずに期待を持ち続けられる発信です。🌠
2016.06.12
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弟「なぜ…」、自答の日々 障害の兄、母が殺害し自殺か新潟県三条市の自宅で50歳の男性が殺害された。行方不明になった同居の母親(73)が翌日朝、遺体で発見された。男性は知的障害があったとみられ、県警は悩んだ母親が殺害後、自殺を図ったとみている。なぜ止められなかったのか。家族で一人残された40代の弟は心を痛めている。 5月8日午後8時ごろ。帰宅すると、テレビの前の床に封筒が二つあった。一つには自分の名前。4年前に亡くなった父に触れながら、兄と一緒に父の元に行くと記されていた。慌てて3階に駆け上がると、兄が自室で血まみれになっていた。そして母は翌朝、自宅から約2キロ離れた用水路で遺体で見つかった。 捜査関係者や近所の人の話によると、男性は仕事がなく、自宅にこもりがちだった。家族はそのことを限られた親戚らにしか話さなかった。小学校では特殊学級を勧められたこともあったが、入らなかったという。家計は決して楽ではなかった。郵便局員の弟が一家の生活を支えてきた。障害者に仕事をあっせんする施設に入所することも考えたが、4月、定員がいっぱいで断られたという。「負担をかけて申し訳ない」。母の口癖だった。 一方で、転機になりそうな出来事もあった。昨年秋、兄は胆石を患って入院。大好きだったたばこをやめ、朝はきちんと起きるようになった。小言の多かった母親との関係も少し良くなった。 そのころ母親は兄について病院に相談し、障害基礎年金の申請を促された。事件後に家を整理すると、市役所から届いた申請受理の書類が出てきた。書類の日付は5月2日だった。 「なぜ今なのか。考えれば考えるほどわからない」。事件を防げなかった訳を自問自答するしかない。 「自分も両親も、兄のことを他人に話せなかった。もっと早く相談していれば、こんなことにはならなかったかも」。弟は声を震わせながら続けた。「家族だけではどうにもできない問題がある。勇気を出して誰かに助けを求めてほしい。こんな悲劇は自分の家族で最後にしてほしい」 書き置きがあった仏間では、鉢植えのユリが咲いていた。事件が起きた8日は、母の日だった。 知的障害者支援のために政策提言などをしている「全国手をつなぐ育成会連合会」の久保厚子会長の話 障害者の子を持つ親の悩みは年齢によって変わっていく。若いうちは「どう子育てをすればよいか」、高齢になれば「いつまでもこの子の面倒を見てはいられない」「1人にはしておけない」と将来を案じる。 三条市の事件も、自分がいなくなった後、障害年金だけで子が暮らしていけるのかという不安や、子が50歳で再就職も厳しい年齢だったことが関係しているのかもしれない。知的障害が軽度であればあるほど、親として子の障害を認めたくない傾向も強い。 昔より、社会の理解も進み、支援する制度も整ってきたものの、ほとんどの場合、自分から相談しなくては助けてもらえない。周りに相談することは勇気がいるが、子の将来を考えてSOSを出してほしい。障害のある人やその保護者支援のため、自治体が運営する相談支援事業所などを活用してほしい。【朝日デジタル http://www.asahi.com/articles/ASJ625RQDJ62UTIL036.html 】仏間に飾られたユリ。20年以上、弟は毎年、母の日に花を贈っていた兄弟がいても、全面的に頼めない親の思い、そして加齢ともにどんどんと行政に頼れずに余計に悩みを抱え込んでしまう現状。支援がいくら整ってきても、親の抱えるメンタルケアの充実に、今後は視点を向けていかないと、なんでしょうね。とても辛く、哀しい事件です。🌠
2016.06.11
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「どこにも行かないで」震災、障害児の心に傷 壁に体当たりし頭血だらけ、お漏らし…異変相次ぐ不登校や発達障害がある子どもたち約30人が暮らす熊本県益城町の児童心理治療施設「こどもLECセンター」。震度7に2度も見舞われ子どもたちに次々と異変が現れた。 「怖いから、どこにも行かないで」。親から虐待を受け、アスペルガー症候群の疑いがある高校3年の鮎美(17)=仮名=は4月14日の前震後、職員に腕を絡ませ、離れなくなった。 未明に本震が襲った16日の夜には、廊下をうろつき、相談室に1人で閉じこもって壁に体当たりを繰り返した。頭が血だらけになっている鮎美を職員が6人がかりで止め、病院に連れて行った。 突然裸になり、お漏らしをする男子中学生、気絶する小学生。一方で、高揚したようにしゃべり続ける子もいた。「もともと情緒面に課題がある子どもたちが地震の恐怖にさらされた。心の傷は深刻だ」と、宮本裕美施設長(52)は語る。 全国から臨床心理士、精神科医ら約30人の専門家が施設に入り、心のケアに当たった。1週間ほどたつと子どもたちは表面上は落ち着きを取り戻した。 ただ、東日本大震災では数カ月後に心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの症状が現れるケースもあったという。宮本施設長は「震度7に2回遭うという未曽有の経験をした子どもたちに、いつ、どんな症状が出るのか誰も分からない」と懸念する。熊本市に住む大石恵子(43)は中1の長女優衣(12)、小3の長男祐一(8)=いずれも仮名=が、ともに発達障害を抱えている。 前震の時、3人で寝ていると寝室の家具が次々に倒れてきた。けがはなかったが、2階建ての自宅は外壁の一部が崩れ、その日から近くの公園の駐車場で車中泊を始めた。 中学校に入学したばかりの優衣は「卓球部に入りたい」と、学校再開を楽しみにしていた。だが、再開した学校で亀裂が入った廊下の壁を見ると怖くなって学校に通えなくなった。祐一も建物を怖がり、一度も学校に行くことなく不登校になった。 自宅も、子どもたちが滞在できるのは1日3時間が限界。大半は車の中で過ごす。子どもたちは夜は怖がって眠れず、昼に寝る昼夜逆転の生活。優衣は「なぜかイライラする」と精神安定薬を飲み始めた。きょうだいげんかも絶えない。 7年前に離婚した恵子は、パートで月給5万円の介護の仕事をしながら子育てをしてきたが、子どもたちの異変で仕事に行けなくなり、今は無収入。 5月下旬、恵子は「学校の花壇を見に行こう」と祐一を誘った。祐一は校庭までは入ったが、やはり校舎には入れなかった。スクールカウンセラーからは「慌てても逆効果。少しずつ寝る時間を戻していきましょう」と助言を受けた。 「子どもの気持ちを大切にしたい」。そう思うが、社会福祉協議会から借りた10万円で何とか食いつなぐこの生活を続けるのは難しい。「早く学校に行ってくれれば助かる」。子を思う気持ちと厳しい現実の間で悩むが、答えは出ない。=2016/06/09付 西日本新聞朝刊=http://news.goo.ne.jp/topstories/nation/35/f7f4cee8d73af72008f9ba69d5636683.html備えはしていても、いざとなれば、誰でも多少のパニックには陥る、日々の小さな経験の一つ一つが貴重になってきますね。🌠190万アクセス達成しております。いつもご訪問にコメント、感謝です。
2016.06.10
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支援学級・学校へ押し出される発達障害の子たち発達障害を抱える子どもたちは、小学校入学でまた壁にぶつかる。診断を受ける割合が増える一方、学校の支援態勢は不十分なケースも多い。教育現場、医療、親たちの手探りの状況が続いている。 知的な遅れがほぼない「自閉症」と「注意欠陥・多動性障害(ADHD)」と、複数の発達障害の特性がある、愛知県在住のカズキくん(仮名)は、小学1年生の秋になり母親に訴えた。「こころが破れる」 カズキくんは教室の騒々しさや児童同士のいざこざが絶えないように感じられる日常に耐えられなくなったというのだ。 カズキくんは1歳10カ月で「自閉症の傾向あり」と診断された。地元の公立小学校に入学した当初は通常学級に在籍し、苦手な国語と算数の授業だけを特別支援学級で受けていた。 毎日片道30分の道のりを通学するのはやっとで、時には遅刻することもあった。じっと座っていられず教室を飛び出すことも度々あった。それでも比較的大人しい子であり、やんちゃな子たちのいじめのターゲットになりやすかった。コミュニケーション上のすれ違いで、級友とのトラブルもあった。 カズキくんの母親は病院と学校に相談し、1年生の3学期からは支援学級に転籍することに決めた。母親は言う。「世間一般で言われる『普通でいること』が、障害特性のある子にとってどれだけ大変なのか。実際に学校に通わせてわかったことがたくさんあります」 文部科学省の2012年の調査では、公立の小・中学校の通常学級に発達障害の可能性のある子が6.5%いると推定されている。発達障害などのため、通常学級で学びながら一部の授業を「通級指導」で学ぶ公立の小中学生は、全国で9万人余り(15年度)と過去最高にのぼったことも、文科省から発表された。対象者の内訳は、発達障害に含まれる「ADHD」(16.2%)、「自閉症」(15.7%)、「学習障害(LD)」(14.6%)が大きな割合を占めた。●支援学校へ押し出し 発達障害のある児童が増える背景には、連載の初回(「理解が追いつかない「発達障害」と生きる 医師も親も迷っている」)で伝えたように、「早期発見」が加速化し、小学校の低学年までに診断されたり、何らかの支援を受けたりしている子どもが急速に増えているという側面がある。だが、学校の対応は追いついていない。都内の小学校の支援学級に通っていた男児は、小4になり支援学級の担任の先生から、「特別支援学校へ行ってください」と強く勧められた。支援学級を置く学校が少ない地域で、定員がすぐに超過する状況が続いているのだ。結局、5年生から支援学校に転校した。男児の母親は本音を語る。「最近LDやADHD傾向の子どもたちが通常学級に増えてきたうえ、そうした子を先生方が見きれなくなったように感じます。ちょっとした対応で通常学級にいられそうな子どもが支援学級にまわされて、もともと支援学級にいた子たちが支援学校へ。そんな押し出し式の流れにしないでほしい」 通常学級か支援学級か。どの学校が柔軟に対応してくれそうか。就学前の情報収集や手続きに奔走する親子にとり、小学校入学の壁は厚い。就学を控え選択肢を広げるため、「持ち家を売って別の地域へ引っ越した」という人もいる。自治体ごとに発達障害のある子への対応には温度差もあるのだ。 例えば、「就学時猶予」の適用。同じ年に生まれた子どもより成長や発達が遅れる子どもたちのために、小学校に通う年齢になっても、発達の程度によって学校に通わないことを認める制度なのだが、かつて対象となっていたのは、身体・知的障害の子らが中心だった。●嗅覚過敏で給食配慮『自閉症・発達障害を疑われたとき・疑ったとき』などの著書がある小児科医の平岩幹男さんによれば、就学時猶予に多くの自治体は消極的で、一切認めないところもあるという。「1年遅らせることによりお子さんが安心して学校へ通えそうならば、行政に認められないと押し切られそうになっても、あきらめずにアピールしてください。医師に意見書を書いてもらうなど、専門家の力を借りるのも一つの手立て」(平岩さん) 発達障害で言葉や生活動作に心配があった長男(7)を療育により少しずつ伸ばしてきた神奈川県の母親は、「就学時猶予」の制度を使って今春、1年遅れで長男を小学校に入学させた。だが、「認められるまでに相当のエネルギーを消耗しました」。手続きのため教育委員会や相談センターなど複数の窓口をまわり、「猶予は認められない」と電話が来ても、再審査を申し出て、認められた。 長男は嗅覚が過敏で、海産物と牛乳を一切受け付けない。食べたら吐いてしまう。給食の対応のため、母親は学校の先生に医師の診断書を見せ、アレルギーとは違い、また単なる好き嫌いでもないことを説明した。●ADHDの薬で副作用 愛知県大府市では、全国でいち早く発達障害がある児童を対象に個別の教育支援計画を立てている。07年から取り組んでいる「すくすく」の実践だ。縦割りではなく、児童課、福祉課、保健センターなどが連携体制を取り、幼児期から中学校まで、連続的な支援を可能にした。 入学前の、保育園・幼稚園の段階から計画を作成。小・中学校へと引き継いでいく計画シートには、家庭環境や健康診断の結果、病院の受診歴などを親が記入し、必要な配慮についても伝える。園や学校は、親と相談しながら学期ごとに目標を立て、指導方法を考える。 同市教育委員会の渡部一夫指導主事は、「すくすく」実践後の変化は、早くから児童の特性に合ったアプローチができるようになったことだという。「1年ごとに担任が代わる学校現場でも、保護者、他職種・他機関と児童の情報を共有しながら、途切れずに連携できるようになりました」(渡部さん) 学校生活では、医療と教育現場の連携が必要な局面もある。 前出の男児を支援学校へ通わせている東京都の母親は、以前男児がいた支援学級の担任の先生から、子どもが落ち着くようにと、ADHD治療薬を飲むよう勧められた。頻繁に言ってくるため、医師に処方してもらうと、男児は食欲が落ちて給食も食べられなくなり、夜も眠れなくなった。母親は言う。「薬の弊害もありうると知らない先生が医療のことに口を出してくることに、正直驚きました」 王子クリニック(東京都北区)院長の石崎朝世さんは指摘する。「効果と副作用との加減があり、ADHDの治療薬は、使うとしても最小限の用量にとどめています。薬で落ち着いたように見えても、ひらめきや豊かな感性まで抑えられ、その子らしさが失われることもあります」 その子の優れたところ、置かれた環境、薬を使って良かったことと残念だったことなどを把握し、その子をまるごと理解する。そのため、医師は、学校の先生とは親を介して手紙でやりとりし、時には学校に出向くこともあるという。 周りに合わせ、一見クラスに溶け込んだように見える子でも、ちょっとしたトラブルが絶えず、いじめの対象になることもある。失敗を重ね、高学年になって自分のできなさを理解するようになった子どもが抑うつ状態に陥ることは少なくない。長くひきこもり、不登校になる事例もある。●保護者含めて会議 こうした「2次障害」を防ぐために、辻井正次・中京大学現代社会学部教授は指摘する。「低学年のうちから、子どもができる経験を一つずつ積み上げられる環境づくりが欠かせない」「うちの子流~発達障害と生きる」というブログで発達障害にまつわる情報を発信しているnanaioさん(48)には、それぞれ異なるタイプの発達障害と診断された長女(小5)と長男(小3)がいる。長女は通常学級に、長男は支援学級に在籍。通常学級に通う長女のことは、親と担任の先生、特別支援コーディネーターの3者が学校で定期的に集まり、「ケース会議」を開いて対応策を話し合っている。「ケース会議」は保護者抜きで行うことも多いが、nanaioさんはあえて保護者も含めてもらった。●褒めの見える化で改善 長女は漢字一つを書くのにも、人一倍時間がかかった。字は汚く、繰り返す作業が苦手。学校では、きれいに書くことを義務に感じないよう、きれいに書けたときに星マークをつけてためていく、「褒め」の見える化方式を導入してもらった。先生の提案もあり、長女だけ特別扱いにならないよう、星マークをためる方式を、クラス全員にも導入することになった。 長女は叱られ続けた頃とは打って変わり、「今日は星印を◯個もらえた」と報告してくるように。小3から続けてもらい、最近では文字がきれいになった。 神奈川県茅ケ崎市で学習障害の支援活動「ことばと読み書き すーふ」を実践する言語聴覚士の沖村可奈子さんは言う。「ひとりの子に特別な対応をしてもらう際、クラスでその子が孤立しないようにする配慮が必要。その子の段差を小さくすることが、クラスみんなにとってもいいことにつながるよう、先生がコーディネート力を発揮してくれるとうまくいきます」 発達障害・グレーゾーンの3人の子どもを育ててきた大場美鈴さん(41)は、自身の経験から、「学校との交渉は、粘り強く」とアドバイスする。 小5の長男は、発達障害の一つの「自閉症スペクトラム」の診断と、ADHD、LDの傾向があり、漢字の書き取りや板書をノートに写すことが苦手だ。小4の頃から学習の内容が複雑になり、家庭で補う努力だけでは乗りきれなくなった。そこで4月から支援学級に転籍。「iPad」を学校に持ち込んで、学習の補助道具として利用するようになった。 iPadの導入は大場さんからの提案だった。板書を写すことができない時にカメラ機能を使える、うっかり防止にリマインダーを使える、検索できる漢字アプリなどを駆使すれば、確認作業の時間が短縮できる分、高学年ならではの難しい課題に集中して取り組める……とメリットがいくつも浮かんだ。 ただし長男が通う公立小では導入の前例がなかったため、まずは希望を何度となく学校へ伝えた。そのうち、特別支援コーディネーターの先生も、メディア導入の先進事例を調べて前向きに検討してくれた。話し合いの席では、大場さんは実際に導入した場合の利点をアプリを使って見せ、「視覚的に、具体的に」学校側に示し、最終的に学校の理解を得ることができた。 東京大学先端科学技術研究センターの中邑賢龍教授は言う。「彼らのユニークな生き様や個性を認め、そのよさを殺さないこと。もっと柔軟な教育の選択肢をつくって、彼らに適した学習の機会を与えていくこと。本来はそういうところからイノベーションが生まれるんじゃないかな。発達障害の子たちを『普通にしよう』という発想を捨てないと」●正解なし、KYで◎ 中邑さんらは、14年から始まったプロジェクト「ROCKET」で、ユニークな教育の実践を行ってきた。全国から集まったのは、発達障害などで学校環境に馴染めず、不登校になったり、いじめにあったりした小・中学生だ。高い知能指数を持ちながらも、字が書けず読めない子、特定の分野に関しては大学生やプロ並みの知識を持っているのに、対人コミュニケーションが苦手な子、さまざまだ。 例えば、イカを解剖して食べる、「イカスミのパエリアづくり」の授業では、イカのスミ袋を破らずにイカスミを取り出すこと、美しく盛り付けることといった課題を与えた。学校の授業と違い、教科書も時間制限もない。 正解はなく、空気など読まなくてオッケー。本気じゃなければ叱咤されるが、彼らが否定されることはない。子どもたちの作品は、一つとして同じものはない。「自分だけが変だとなると 『どうして自分は……』とネガティブ思考になる。だけどこういうおおらかな体験を積むと、『あ、俺、大丈夫だ』という気持ちになるのかな。なかには不登校だったけれど、もう一度学校に通い始めたという子もいる」(中邑さん) 苦しさを抱える彼らこそが、日本の義務教育のシステムに風穴を開ける存在なのかもしれない。※この記事はAERA5月23日号から5回にわたり連載している集中連載「発達障害と生きる」の第2回です※AERA 2016年5月30日号 【dot.asahi http://dot.asahi.com/aera/2016052300086.html】その環境が何より本人に一番適切な場所であることが理想ですね。🌠
2016.06.09
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発達障害の子のために「親ができること」「我が子が障害児?」「なぜうちの子だけ?」。親たちは長らく迷い、とまどう。人とのかかわりが苦手な子がストレスを減らし、その子らしく生き抜くために。あえて社会に開いて新しい関係を築き上げた親子たちがいる。病院を受診しようにも待機者が多く学習椅子には真新しいランドセルが掛かっていた。今春、神奈川県の小学校に入学した浜田リュウくん(6)は、おやつを前に「ヤッター、どらやき!」。生え替わりで前歯が抜けた愛嬌たっぷりの笑顔をみせた。リュウくんは3歳児健診で保健師から「発達障害の疑いあり」と指摘された。その後、病院で発達障害の一つ、知的に遅れのない「自閉症スペクトラム」と診断された。現在は公立小学校の通常学級に在籍している。入学当初から学校で給食当番も掃除もこなしていると聞き、母の悦子さん(36)は胸をなでおろした。登校3週目に、初めて一人で下校できたリュウくんは、帰宅後洗面所で手を洗う時に鼻歌を歌っていた。悦子さんは感慨深げに話した。「保育園の時は本当に通えるようになるまでに3カ月ぐらいかかりました。その頃から考えると信じられないぐらいです。本人は今も人が集まる場所は得意ではありません。毎朝タイマーで計って5分でも好きなゲームをしてから登校します。『今日も一日がんばろう』と息を整える日課なのでしょう」幼少期、子育て支援の集まりに連れていっても、他の子たちと交わらない息子の姿に、なぜうちの子だけ? 次第に同年齢の子の集まりから足が遠のいた。当初は相談できる人もいなかった。自治体と提携している病院を受診しようにも待機者が膨れ、臨床心理士と面談するまでに半年、医師の診断を受けるまでに8カ月近くかかった。遊び感覚のおうち療育待機中、悦子さんはネットで情報を検索してふと、発達障害をはじめとする障害児への支援事業を行う会社が指導員を募集している広告に目が留まった。「これしかない! ただ待機している時間がもったいない」悦子さんは、この会社で指導員としてのべ1200組の子と親にかかわった。経験を積む中で、障害の特性やABA(応用行動分析学)をベースにした発達障害の子への療育法を学んだ。一方、リュウくんが4歳になる少し前のこと、悦子さんはジレンマを感じるようになった。発達障害の子どもは、成長にバラツキがある。家でも息子に療育を実践するなか、親がしゃかりきになるあまり、息子の側に「やらされている感」が漂っていたからだ。次第にリュウくんから笑顔が消えていった。「療育の前に、『この子ありき』だという大事なことを、私は忘れかけていた」悦子さんは心のギアを入れ替えた。何度も反復させる訓練で子を変えようとする療育は、この際思い切ってやめてみよう。代わりに、療育のエッセンスは採り入れながら、子どもの行動をよく観察し、周囲の環境を変えることに徹してみようと。そこから悦子さんは、自宅でゆるやかにできる遊び感覚の実践を次々に着想した。名付けて「おうち療育」だ。 例えばリュウくんがじっと座るようになる環境づくりのため、リビングのテレビの前にソファではなく、大きなバランスボールを置いた。テレビ好きのリュウくんは、気づけばそこに乗るように。悦子さんは瞬間を見逃さずに「あ、カッコよく座っているね」と気づいたらすぐ褒めた。するとリュウくんは姿勢を保つことに前向きになり、おのずとおなか周りの「体幹」の筋肉が鍛えられていった。いま学校の授業時間は、立ち歩くことなくじっと座っている。取材で訪れた時、リュウくんはまるで曲芸師のように自由にポーズを変えながら、バランスを取ること自体を楽しんでいた。「おうち療育家」として独立した悦子さんは、次々に生まれ出る実践法のアイデアを、同様に困っている母親たちにおすそ分けし、それが仕事にもなった。 「リュウが家から一歩も出られなかった時期、私自身も外出がままならず、不自由と感じたことは一度や二度ではありません。でも今は、この子のおかげで思ってもみなかったライフワークが見つかったと感じています」障害児の子育ては、母親が中心になりがちだ。一人にかかる負担も大きい。ならば母親と子どもたちのために、父親にできることは? そんな模索を続けてきた団体がある。2012年、埼玉県でシステム会社を経営する金子訓隆(のりたか)さん(48)ら、発達障害の子がいる父親10人が立ち上げたNPO法人「おやじりんく」(さいたま市)だ。父親たちが活発に交流する機会をつくり、父親の視点を生かしながら子育てや子どもの将来の自立・就労支援を考えていく。オヤジがブログで交流訓隆さんには、知的な遅れを伴う「自閉症スペクトラム」と診断された長男がいる。現在小5の真輝(まさき)くん(10)だ。診断を受けたのは、2歳10カ月のとき。訓隆さんはすでにその時、心の準備ができていたという。妻からの「SOS」を拾い上げ、ネットを介して情報を調べ上げていたからだ。「公園で木漏れ日のキラキラを1時間ぐらい見上げている」「ミニカーを一列に並べ続ける」妻から聞くこんな我が子の特徴は、自閉症の子を持つ母親たちが綴るブログの内容と合致していた。訓隆さんはブログの母親たちと連絡を取り合い、入手した情報をもとに自治体の福祉課や子育て支援センター、児童精神科医がいる療育施設など、手がかりがつかめそうな場所に足を運んだ。そうした場で出会った医師が、真輝くんを1年以上経過観察し、比較的早期の診断につながった。「早くから就学に向けて計画したり準備できたりしたのは、出会いや情報があったおかげ」と言う訓隆さんは、今度は自分が発信する側にまわろうと決めた。かつて大手企業でITコンサルタントを務めていた経験もあり、情報発信はお手のものだった。真輝くんが3歳の時から、子育てブログ「マサキング子育て奮闘記」を始めた。求められるのは、オープンで信憑性のある情報だと考え、息子を実名かつ写真入りで紹介した。父親としての思いを等身大に綴ったブログは、一日4000アクセスを超えた。「オヤジの僕がブログを書き始めたら、全国のオヤジたちからアプローチされるようになった」ブログを通じて、訓隆さんは発達障害児の親たち千人と交流を重ねた。ビジネスパーソン、社会的ネットワークを持つ人など、人材の宝庫だった。これらオヤジたちのパワーを結集して、発達障害児の支援や雇用創出に生かせたら。そんな思いが「おやじりんく」につながった。子どもたちは地域の中で生きていってほしい。そんな願いから、この団体で児童デイサービスも開設した。それまでの仕事を退職してデイサービスの施設長を引き受けたメンバーもいる。「発達障害児に日々向き合う母親たちを休ませるために、父親が仕事を休んで子育てをバトンタッチするのもいい。障害を理解し、広くリサーチして社会的課題を洗い出すことも重要。地域に出かけていって周囲の理解を求めるという役割もある。考えてみれば、父親だからこそできることは、いくらでもあると気がつきました」(訓隆さん) 発達障害のある子を育てる親たちにとって最大のテーマは、将来の自立だ。千葉県の片山裕子さん(43)が目下取り組むのは、中学2年生の和くんの「自立大作戦」だ。和くんは軽度の知的障害があるが暗記力があり、「指導の工夫をして障害を目立たなくしました」(裕子さん)。計算がずば抜けて速く、そろばんは習い始めてすぐ有段者になった。百人一首も幼少時に覚え、競技かるた大会を総なめにする。けれども障害のため、人とのかかわりが苦手で、興味の範囲が狭く、不器用。感覚の過敏さもある。そんな側面をカバーするため、小学生までは裕子さんが何事にも先回りしてきた。幼少期は、シャツの襟首のボタンを嫌がって着ない和くんが幼稚園に通えるようにと、入園前に制服を入手。緩めて下の方につけたボタンで留める練習をし、それを毎日1ミリずつ上にあげていき、3カ月かけて着られるようにした。和くんは集団行動や状況の変化に対応するのが苦手。運動会、クリスマス会、遠足といった行事ごとは、全て家で予行演習して臨ませた。運動会で踊るダンスは、音楽テープをダビングして、家でも練習した。失敗は「あえてさせる」小学校に入り、給食当番も清掃活動も参加しなかった和くん。裕子さんは「いじめにつながるのでは……」とヒヤヒヤした。かっぽう着を買い、家で汁物だけはよそえるよう特訓をした。中1の時、裕子さんは発達障害に詳しい大学教授に相談に行った。国語の文章読解でつまずく和くんの勉強法を聞くつもりだったが、教授にこう問われた。「お母さんは何を望んでいるんですか? 和くんを親の思い通りにしようと思っていませんか? 僕は和くんの将来を思えば、まず『自分が』やりたいことを見つけてほしい。『自分で』洗濯やごはんの用意、掃除ができるようになってほしいと思う」裕子さんはこの時はたと気づいた。いまこの子に必要なのは点数じゃなく自立だ、と。「自立大作戦」には夫の功士さん(48)も全面協力している。週末はシェフとして家族のごはんづくりをする功士さんは、和くんに献立を決めるところから任せている。自分が食べたいものの材料をリストアップさせ、それらを買えるだけのお金を渡す。親はスーパーにはついていかない。ジャガイモ1個を買うのに、使い切れないほどの大袋入りを買ってくることもあるが、失敗は「あえてさせる」。取材で和くんの買い物に同行した。袋に入りきらないネギを手にした和くんは、購入する際、店員に交渉して半分に切ってもらっていた。その様子を伝えると、「へー、和がそんなことも。やらせてみるものですね」と裕子さんは目を細めた。発達障害の子と社会との段差を埋めるべく、親は幼少時から試行錯誤する。だがもっと難しいのは、親がその「ガード」を外すことなのかもしれない。※この記事はAERA5月23日号から5回にわたり連載している集中連載「発達障害と生きる」の第4回です※AERA 2016年6月6日号【東洋経済 http://toyokeizai.net/articles/-/121580】マサキング子育て奮闘記http://ameblo.jp/masaking129/情報発信から繋がり、絆からまた歩み始める。我が子を思う思いは同じでも、時代とともに確かに心強い味方も増え、親は常に育てられていますね。🌠
2016.06.08
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外国人旅行者や知的障害者、警官とやりとり円滑に 徳島県警に支援ボードトラブルに見舞われた外国人旅行者や知的障害者らとのやりとりを手助けする「コミュニケーション支援ボード」861枚が、明治安田こころの健康財団(東京)から徳島県警に寄贈された。「救急車を呼んで」などの要望事項を6カ国語で表記し、分かりやすいイラストを添えている。交番に置いたり警察官が持ち歩いたりして、円滑な意思疎通に活用する。 ボードは、署や交番などに備えるA3判184枚、パトカーに乗せておくA4判127枚、警察官が持ち歩くポケット版550枚の3種類。 「電話してほしい」「気分が悪い」などの表現を日本語、英語、中国語、韓国語、スペイン語、ポルトガル語で記している。「交通事故に遭った」なら車と人がぶつかる絵が描かれており、字が読めなくても指さして意思を伝えることができる。 県警生活安全部の久次米昌弘部長は「県内全ての署や交番、地域を巡回するパトカーなどに常備して、有効に活用したい」と話している。 財団は障害者らのコミュニケーションを支援するため、ボードを開発。2008年に4カ国語表記のボードを作って全国の警察に寄贈した。その後、訪日外国人が増えていることから、ポルトガル語とスペイン語を加え、方角や落とし物に関する項目を充実させた改訂版を作り、全国の警察に贈っている。【徳島新聞 http://www.topics.or.jp/localNews/news/2016/06/2016_14651905360497.html 】外国人らとの意思疎通に役立てる支援ボード=県警本部オリンピックに向けても、こういう材料の準備は必要となってきますね。🌠189万アクセス達成しております。いつもご訪問にコメント、感謝です。
2016.06.07
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講演 発達障害児の「お金教育」 FP住山さん「暮らしの中で算数訓練を」 名張 /三重 発達障害の子どもの自立に向けて保護者が学ぶ講演会「何から始める?障害ある子のお金教育第一歩」が名張市鴻之台1の市防災センターであり、約40人が参加した。障害児に、お金の管理と算数を関連づけて学ばせる教室を開く、ファイナンシャルプランナーの住山志津枝さん=京都市=が講演した。 発達障害がある子どもの保護者の会「凸(でこ)と凹(ぼこ)の会」(名張市)などの主催。住山さんは、計算はできるがお金を扱えなかった発達障害のある小学4年生の長男を例に「普段の暮らしの経験を知識につなげると理解が早い」と訴えた。お菓子を兄弟で分ける際には割り算を使うことなどを挙げ、「家事や買い物の際に、意識して算数につなげ、子どもに説明することで理解していく」と語った。【毎日新聞 http://mainichi.jp/articles/20160601/ddl/k24/100/294000c】 関連記事:http://mainichi.jp/articles/20160127/ddl/k24/040/258000c何より自立に大切な生活力の部分を、面倒がらずに折に触れて丁寧に、反省させられます。🌠
2016.06.06
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記者のひとりごと 草の根のつながり /東京熊本地震の被災地で5月初旬、自宅や車で過ごす自閉症児の保護者らに会い、話を聞いた。「声を上げ、動き回るかもしれない」。環境の変化に適応しづらいわが子の障害の特性を気にして、避難所に入るのをためらっていた。しかし、家か学校のトイレしか使えない子どももいる。親と車中泊し、トイレが間に合わなかった高校生もいた。 こうしたSOSを受け、熊本市内の元障害者団体役員、古木満雄さん(63)は独自に大人用紙おむつを手渡したり、避難所を回って発達障害の人への支援を訴えた。取材では「なかなか理解が得られない」という避難所にも同行した。 「どうも」「ご苦労さまです」。運営側と障害者側の緊張状態が続いていると予想したが、市の職員や教員は、古木さんに笑顔で声をかけてきた。被災から2週間ほど経過し、障害者へのさまざまな配慮が始まっていた。「自宅の片づけは全然手がつかんとです」と担当者。全員が被災者。共に乗り越えようとする草の根のつながりが、現地を支え続ける。【毎日新聞 http://mainichi.jp/articles/20160605/ddl/k13/070/053000c】普段からの語らい、備えの大切さを実感するとともに、楽な日常よりは、いかに経験を増やせる日々を連ねるかも、考えていかないとなんでしょうね。🌠
2016.06.05
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アスペルガー自閉症の兄妹が「電車」「思い出」描いた 19日まで一宮 /愛知人と話すことなどが苦手な「アスペルガー自閉症」の兄妹による「年規と絵美子の世界2016」展が14日、一宮市浅野のギャラリー葵で始まった。新作5点を含め約30点を出展している。19日までで、入場無料。 兄妹は、谷口年規さん(31)と絵美子さん(28)。2人とも中学1年生の時に障がいが分かった。高校卒業後、就職し好きな作品づくりを続けている。作品展は、一宮や岐阜市などで開催し、今回24回目。年規さんは図鑑を見ながら、いっぱいの電車を描いた作品。絵美子さんは「あの日、あの時、いっぱいくやしい思いをした だから前を向いていられるのでは」などの詩に、思い出の絵を描いた新作を完成させた。 また、障がい者の就労を支援する会社に年規さんと一緒に働く子供ら約40人の作品展が7月1〜6日、JR尾張一宮駅前のi−ビル3階で開かれる。子供たちは、兄妹の母容子さん(57)が絵画指導している。入場無料。【毎日新聞 http://mainichi.jp/articles/20160615/ddl/k23/040/068000c】 入場無料とは有難いイベントですね。🌠188万アクセス達成しております。いつもご訪問にコメント、感謝です。
2016.06.04
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発達障害の子が自立と就労の壁を乗り越える障害を見過ごされ、適切な理解・支援が得られず思春期に突入すると、ひきこもり、うつ、家庭内暴力といった「2次障害」に至る場合がある。仕事や生きがいを見つけ、自立につなげるにはどうしたらいいのか。 サトシくん(13、仮名)は発達障害の一つの「自閉症スペクトラム障害」があり、環境に変化がある春先に最も不安定になりやすい。公立中学に入学してまもなく学校生活に躓いた。 サトシくんがほかのクラスに入り込んだことを、通りかかったベテランの教員に咎められた。校則で禁じられていたのだ。最初にからかったのは他クラスの生徒で、「入ってみな」とサトシくんを挑発したのだった。納得がいかなかったサトシくんは、廊下に出そうと掴みかかった教員に思わず手をあげた。 その教員が打撲で診断書を取ったと連絡が入り、後日、サトシくんと両親は校長室に呼び出された。学年主任、担任、指導教員を含め大勢の大人に囲まれたサトシくんは、「警察に突き出すぞ」とすごまれ、公開謝罪のようだったと母親は振り返る。「入学後すぐ担任に面談を申し込んだが断られた。わずか1カ月足らずでこんなことに直面するなんて……。せめて本人の事情を共有して先生と関係が構築できていればと悔やまれます」 現在は「自閉症スペクトラム障害」と括られるが、サトシくんが小1で診断された当時の呼称は「アスペルガー症候群」。このタイプは知的に遅れもなく、まわりから「わがままな子」「頑固な子」などと思われやすい。周囲とのトラブルに発展することもある。●登校しぶり昼夜逆転 サトシくんは、この「事件」をきっかけにぽつぽつと学校を休むようになった。夏休み頃からは家でゲームやアニメに没頭し、昼夜が逆転していった。思春期にもなると腕力がある。母親に注意されてカッとなって突き飛ばしたら、当たり所が悪く、母親が骨折をした。そこまでの被害を想定していなかったサトシくん本人が何より驚いた。 とうとう中2へ進級する目前、今年3月から不登校になった。発達障害と不登校が関係しているケースは少なくない。中学の特別支援学級に在籍していた生徒や、診断名を持つ生徒を積極的に受け入れている通信制の明蓬館高等学校(東京都品川区)には、毎年約150人の生徒が入学してくる。そのうち、発達障害の診断を受けた生徒、またはその傾向のある生徒が2割以上いる。なかには、発達障害があることを見過ごされ、小中学校時代に適切な支援を受けられず、叱られ続けて自己評価が低くなった生徒もいる。人間関係がうまくいかないストレスを抱え、ひきこもり、うつ、対人恐怖、家庭内暴力、依存症といった「2次」あるいは「3次」障害に至る事例はいくつもあるという。 同校校長の日野公三さんは、日本の教育現場の現状をこう語った。「義務教育では、発達障害のある子に対し『個別の支援計画』を作ることが求められています。本来は学校が計画作りを通して保護者や関係機関と連携していくべきですが、高校はおろか、小中学校でもまだまだ完全に実施されているとは言い難い」 発達障害に含まれる「学習障害(LD)」がある子たちは、学びの場である学校においては苦痛を強いられる場面が多い。 神奈川県小田原市の石井郁也くんは、ちょっとおどけて、「僕はいま18歳。ある意味でひきこもりです(笑)」 と自己紹介した。現在は明蓬館高校「品川・御殿山SNEC(すねっく)」に通う。同校では教室での一斉授業のかわりにパソコンやタブレットでネットの授業を視聴できる。義務になる登校は年4日間で、生徒の特性に合わせて学習環境を選べる。郁也くんは平日の空き時間に、地元で運送業のアルバイトもしている。●勘違いで「サボってる」 郁也くんにはLDの一種で読み書きに困難を伴う「発達性ディスレクシア」がある。郁也くんの場合、例えば、音楽でリコーダーを吹くことはできるが、音符という記号を「読む」となると、とんとわからなくなる。 診断名は親を通じて学校側に伝わっていたはずだ。だが小学生の頃、努力して書き上げた提出物はいつも2本線で消され、赤字だらけになって返ってきた。字が読めずに諦めモードだった中学時代、郁也くんのことを先生たちは勘違いして「サボっている」と口々に言った。<取り組んでも取り組まなくても怒られる。ならばはじめからやらないほうがいいのでは?><普通になりたい! 僕はなぜ普通じゃないのか?> 荒れていた時期は腹いせに家のドアを殴って貫通させたこともあった。最初に入学した私立高校は、1週間で退学した。「学校って『読むか書くか聞くか』でしょう? じっと座っているのも苦手な僕にはマイナスの材料ばかり。打ち込んでいた野球部の部活が中3の夏に終わってからは、学校に行く意味がわからなくなってしまいました」●「自分レポート」で理解 その頃、つながりのあった言語聴覚士の沖村可奈子さんから、「お母さんでも先生でも、自分以外に自分のことをわかってくれる人が増えたらいいと思わない? そのために、まずは自分が自分のことをわからないと伝えられないんじゃないかな」 と助言された。そこで、自己理解と人に伝達するツールとしての「自分レポート」に取り組むことになった。母と対話しながらこれまでの歩みを振り返り、うまく文章化できない部分は母の助けを借り、自分でもそれを直して完成させた。タイトルは、「高校生(いま)だから、伝えられること」。──「友だちはどれだけの努力をしているのか。自分の努力が足りないのか」と思ってずっと悩んだこともあった。テストが始まり、周りはカタカタと音を立て記述しているのに自分はただ、何をしていいのかわからなくなって眠るしかなかった── A4用紙2枚、全部の漢字にルビをつけて印字されたこのレポートは、沖村さんが仲間と共同で主宰するNPO法人、発達サポートネット「バオバブの樹」の会報に掲載された。さらにはSNECで成績の評価が受けられる「学習成果物」として提出したところ、学校からは最高ランクの評価をもらった。「いちばん困っているのは本人です。だから自分がいまできるのは、困っている小さい子たちに、自分みたいな思いをさせないように、まわりの人に伝えていくこと」(郁也くん) 最近では悩む親たちの相談役を引き受けたり、大勢の前で講演したりしているという。「ジョブセンター川口」(埼玉県川口市)は、発達障害を抱えて社会で働こうとする若者への就労支援に特化したセンターだ。全国に先駆けて、就職「後」にも職場へスタッフを派遣して本人と企業との橋渡しを担う「定着支援」に力を注いでいる。 センター長の加藤正美さんによれば、高校までは特に問題行動もなく大学までスムーズに進学しても、就職の段階で躓く人が多いという。●離職は5人のみ センターを訪ねると、オフィスを再現した一室で会社での業務を体験する「就労訓練」が行われていた。ここに週5日通う男性(24)は、美術系の大学を卒業したものの、就職活動で受けた10社いずれにも落ちた。センターに初めて来た時には自分が発達障害であると知らなかった。通所前に診断を受け、障害者枠で就活している。 このセンターは、埼玉県が民間業者に委託する事業の一環だ。就職を希望する247人に就労訓練を実施し、これまでに県内3拠点で100人が就職した。離職した人は5人のみにとどまっている。 一方で、就労「一歩手前」の支援も始まる。おおむね15~25歳の若者を対象にした「みつけばルーム」が6月、東京都世田谷区の国立成育医療研究センターに隣接する施設で開所する。 もともとは、「せたがや若者サポートステーション」に集う人々の間で、就労の場を求めながらもきっかけがなかなか得られなかった当事者や親たちの居場所づくりのニーズがあった。また、そうした当事者の多くに発達障害の特性が認められた。とはいえ、唐突に「発達障害支援の窓口へ」と橋渡しはしにくい。そこで間口を広げて、生きづらい世の中をサバイブするための場として、2012年に「みつけば!」が誕生した。●親亡き後見据え支援 ここで当事者同士によるサポートが発達障害においても有効であると実証され、その姉妹版に当たる今回の「みつけばルーム」の開設に結びついた。ルームには発達障害の当事者がコーディネーターとして常駐する。 スーパーバイザーを務める尾崎ミオさんは言う。「対象になる人は、学校になじめない人、集団行動が苦手な人という具合にゆるやかにしました。発達障害の診断はあってもなくてもいいんです。自己認知を促すことにより、誰もが『ゆるサバイバル』できる社会にしていきたい。安心して失敗していってほしいし、居場所を得て自分を見つめるなかで、自分に合った仕事を見つけられたら」 一方、発達障害などで長く引きこもる人の「親亡き後」を見据えた実践もある。横浜市で大人の発達障害の人向けの「サポートホーム事業」コーディネーターを務める、PDDサポートセンター「グリーンフォーレスト」の浮貝明典さんは、たとえば、ひきこもり生活が長く続く人の場合、仕事のスキルは高かったとしても、家での生活が昼夜逆転するなどして、結局は就職に結びつかなかったり、就職してもすぐに離職してしまったりするケースがよくみられるという。「本当に一人ひとりを職場に定着させるには、就労支援だけを一生懸命やっていても難しく、自立のための『生活の支援』が欠かせません」(浮貝さん) 他者とのコミュニケーションがうまくいかない発達障害の人の場合、一軒家に多人数が集う共同生活型のグループホームでは支援がたちゆかなくなる。だからといって、親元ですべての面倒をみてもらっていた人をいきなり一人暮らしに移行させるのはハードルが高い。 そこで「サポートホーム事業」では、ワンルームの部屋が複数ある建物全体を一つのグループホームと見立て、入居者は一人ひとりがワンルームで一人暮らしをする形態を取った。いわば本格的な一人暮らしの練習場だ。親がきて掃除などをすれば、真の自立に結びつかないため、親からの支援は禁じている。「予防的な意味合いもあり、親御さんが生きている元気なうちに、将来自分がいなくなっても子どもはこんなふうに生活していくというのを見てもらいたいんです。ひきこもりの人の面倒を長くみてきた親御さんは、長い間に共依存のような関係になっていることも多く、手を出さないと不安になりがちです。親亡き後を見据えて、親の側も自立してもらうことも大事だと考えています」(浮貝さん)●タックス・ペイヤーに コーディネーターとグループホームの職員が連携しながら各部屋を定期的に訪問して食事、衛生管理、金銭管理といった細かな項目一つひとつの支援をし、どこまで自立しているか確認しながら生活のアセスメントを行う。職員は専用の携帯電話を持ち歩き、24時間体制で相談も受ける。2年の入居期間の中で、訪問頻度を徐々に減らしていき、自立へと導いていく。一人暮らしに移行後も、フォローアップをしていく。 これまでにのべ30人近くが本入居して、そのうち十数人がホームから「卒業」していった。今のところ、一人暮らしが破綻して親元に戻ったというケースは一件もないという。 子に自立して暮らしていく力を身につけさせるには、早いうちからの取り組みが欠かせない。中2の片山和くんを育てる裕子さん(43)の今の望みは、「息子をタックス・ペイヤー(納税者)にすること」。将来を見据えて何でも自分で実践させている。和くんは休日、自分で食べたいもののメニューを決め、材料をネットで調べ、スーパーで買ってくる。そんな日々の実践が、発達障害の子を自立へと導く。※この記事はAERA5月23日号から5回にわたり連載している集中連載「発達障害と生きる」の第3回です※AERA 2016年6月6日号 【dot.asahi http://dot.asahi.com/aera/2016060100282.html】中2の片山和くんは食べるのが大好き。この日は「豚肉と豆腐のオイスターソース煮」が食べたいと、材料と分量の目安をネットで調べて書き出した。買い物中も書いたメモを握りしめていた。こうして本人によりよい支援の提供が増えて、親亡き後の自立へ向けての不安が縮小されてゆくことが望まれますね。🌠
2016.06.03
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コールドプレイ 名曲「Fix You」が自閉症の少年と両親に奇跡を起こす「音楽の力」という言葉がしばしば人々を勇気づけるキーワードとして話題になるが、先日メキシコで起きたある自閉症の少年とコールドプレイの音楽の出会いが産んだ心温まる物語が、家族の制作した動画と共に数百万人という人々の心を捉えている。ノエル・ルイス君はコールドプレイの大ファン、彼に是非生のコールドプレイの演奏を体験して欲しいと父親のバスケスさんはメキシコ・シティのフォロ・ソル・スタジアムで行われた『アヘッド・フル・オブ・ドリームス・ツアー』のチケットを手に入れ家族3人でライブに参加した。息子の喜ぶ姿を収めようとお父さんのとった映像には、会場にウキウキで向かう姿、大歓声に囲まれてやや不安そうにうつ向くノエル君の姿など、様々な表情が収められている。大好きなコールドプレイとはいえ、彼にとってはスタジアムでのライブ鑑賞はやや刺激が強よすぎるかも・・・ネットで見ていても少しだけ心配になるような雰囲気。しかし「Fix You」のギターリフが響き渡ると、彼の目からとめどなく涙が溢れる。寄り添い音楽に身を任せながらも息子の反応が気になっていたお父さんも思わず駆け寄っている。 「Fix You」という曲は「色々な落ち込むことがあって、涙が顔をつたうように流れ落ちるような事があった時は、僕が支えになる」といった内容のラヴソングだが、この親子にとっては支え合う家族愛の歌として、心に響いていたのだろう。最後はノエル君もオーディエンスと共に合唱し音楽を体いっぱいに受け止めている。この映像は僅か5日間で400万人の人々に感動を与えたが、視聴した400万人の中には、コールドプレイのメンバーも。彼らは公式ツイッターを通じて「こうした出来事が、僕達のやっていることに価値をもたらしてくれているんだ。ルイスさんと素晴らしい坊やこんにちわ!」とコメントを返している。 父親のバスケスさんは「妻とこの映像を、是非皆さんに見て貰いたくて、世界に向けて共有することを決めました。自閉症の子どもたちにもこれだけ楽しめる場所があるんだ。こういった出来事をどんどん探してシェアして行きましょう」と、同じ自閉症の家族を持つ家族にも言葉を投げかけている。 【Abematimes https://abematimes.com/posts/830920 】音楽は人の心を開く、不思議な魅力と作用がありますね。🌠187万アクセス達成しております。いつもご訪問にコメント、感謝です。
2016.06.02
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「テント村」閉鎖 とまどう被災者/子が発達障害「避難所居られない」/熊本・益城町熊本地震で被災した約400人が寝泊まりしている熊本県益城町の総合運動公園に設置された「テント村」をめぐって、町が31日に閉鎖することを利用者に通知しています。町の担当者は「高温多湿の環境で熱中症になる恐れがある」として避難所への移転を求めていますが、さまざまな事情を抱えた避難者からは「避難所での生活は不安が大きい」との声も上がっています。 「避難所に入れない理由を伝えても別の避難先を紹介してもらえなかった」と悔しがる女性(46)は、発達障害のある息子(12)とテント生活を続けています。被災直後は避難所で一夜を過ごしましたが、音や環境の変化に敏感な息子がパニックになり「避難所に居られなくなった」といいます。 女性の自宅は応急危険度判定で「要注意」と書かれた黄色い紙が張られ、壁が壊れるなどして住むことが困難な状態です。 「避難所は怖かったけど、テントの中では安心して寝られた」と笑顔で話す息子の横で、女性は苦しい胸の内を語りました。 「私たちが安心できる居場所を提供してほしい。テント村が閉鎖されるなら、遠くても町外のアパートを借りて生活するしかない」。 テント村は、登山家の野口健さん(42)を中心とするNPO団体が全国の自治体に協力を求めて4月24日に開設。被災直後から車中泊を余儀なくされ、エコノミークラス症候群を懸念する被災者らを受け入れました。 避難所と比べてテント村にはプライバシーが守られるなどのメリットもあります。 野口さんは、熱中症などの懸念に理解を示しながらも「テントで生活している人たちの思いとのギャップがある」と指摘します。 テントで寝泊まりしながら支援を続ける運営スタッフの男性(26)は「次の避難先が決まらないうちに閉鎖の話があり、不安が広がってしまった」と話しました。「意向尊重を」共産党が要請 益城町災害対策本部は熊本市東区の「うまかな・よかなスタジアム」など町内外6カ所の施設を移転先として用意し、13日から移転についての希望を調査しはじめました。 町の担当者は「余震の恐怖などを理由に『建物に入りたくない』との声があることは把握している」と認める一方、31日までの退去を促しています。 日本共産党の山本伸裕県議と党益城支部は18日、一方的な移転・退去を迫るのではなくテント避難者の意向を尊重するよう西村博則町長に申し入れました。 6月から同町の総合体育館の避難所に移転することを決めた女性(62)は「自宅が全壊し、まだ震度7の恐怖が頭から離れません。避難所では長く生活したくないので、早く安心できる仮設住宅に移りたい」と話しています。【BLOGOS http://blogos.com/article/177323/】 狭い日本で今後被災者をどう救済してゆくか、もはや社会問題になりつつありますね。🌠
2016.06.01
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