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高校生のとき行事で竹が必要になった。学校から少し離れた禿げ山のそばに家の竹藪があって、春先には筍も掘りに行っていた。そこに友人達数人で竹を取りに行った。山は小さい頃から崖のようになっていて、その頃から山肌は露出していたが、新しく住宅を建てるために少しずつ削り取られて、どんどん形を変えているようだった。赤土の禿げ山のそばの竹藪に日射し差し入る静かな孤独
2007/05/26
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寒い時期には四合炊いていた飯を、日持ちの関係で、最近は三合炊くようにしている。それにしても、最近のご飯は随分旨くなった。一番安い米を買っているのに美味しく感じるのは、全国的に日本の米が美味しくなったのか、それとも、米を炊く炊飯ジャーの性能が良くなったためだろうか。米三合磨ぐ初夏の雷鳴を雲のぶつかる音として聞く
2007/05/19
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山を切り開いて造られた地元の小学校は、小高い丘にあった。校門までは、短いけれど真っ直ぐで急な坂道になっていて、両側には木々が生い茂っていた。自転車では、懸命に漕いでも三分の一も登れなかったが、降りはスピードが出て気持ち好かった。その坂を最後に登ったのは随分前になるけれど、今時分は緑濃い木々が坂道を覆うように茂っているだろう。新緑の一直線の坂道を青空の中へ子ら駆け登る
2007/05/12
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最近、あまり本を読まなくなった。読む時間が減っている。本を読むのは、トイレの中と寝る前の少しの間だけだ。トイレでは、文庫本か新書を読み、寝る前には単行本を読むようにしている。今は、太平洋戦争末期に日本軍によって行われた、特攻作戦についてのノンフィクションと川上弘美の連作短編集を読んでいる。川上弘美の短編は寝る前に一編ずつ読んでいる。この小説は寝る前に読むのに良い具合の長さなので、読み終わって良い心地になって眠っている。また、戦死した泣き虫の詩人の詩や手記も、時々思い出しては愛読している。戦争で死んだ青年たちの手記を読んでいると、彼らが綴る言葉の率直さ、死を生と隣り合わせで生きている人間の思いが生々しく感じられる。そのことが、今此処に自分が存在しているということを、そして、彼らはもういないのに、どうして今僕は此処にいるのかということを、より一層強く意識させられる。何十年も前に亡くなってしまった、彼らの手記を読んで、今僕が存在しているということをこれほど強く意識させるのが、なにものの仕業なのか、知りたい。戦死せる詩人は言へり人間という宿命背負い鈍走せよと死ぬことが仕事であると書き残し特攻兵は海に散りたりなにものの仕業ならむと言いたいほど特攻兵らの手記読み揺らぐ此処で今死ぬ直前の青年が残した言葉を読んでいること特攻の青年達の手記を読む僕は確かに今此処にいる
2007/05/05
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