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私はヘルパーとして実際に勤務したり、またボランティアとして障害者福祉に関わり、あるいは過去の障害者の歩んだ道を知り、今の段階で、次のように言おう。「現在の福祉のあり方は、その方向性において誤っている。そこには人間の喜びが無い。人は努力して何かを得た時に喜びを感ずるのであって、現在の奇麗事優先のままごと介護では、真に人の生きることを手助けできない。何かに挑戦するとき、そこには失敗し、悲しみ、恥をかく姿がある。それを乗り越えない限り、喜びは無い。単に、低級な欲求を満たしているだけでは、いつまでも満足は得られない。そこで来る日も来る日も、何か不満を持ち、それを満たすことで、擬似的に満足しなければならず、自分も周りの他人も常に強いストレスの下に置かれることになる。最悪の場合、誰かをターゲットとして敵を撃つということになりかねず、危険な状態を作り出してしまう。挑戦せよ。安心の代わりにやる気を安全の代わりに注意を安楽の代わりに我慢をそして、悲しみ、苦しみ、失敗、挫折を味わうべきである。そこに一つの希望があれば、その先には勝利があるだろう。」
2007年02月28日
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いったい新聞の購読や選挙やら、宗教と何の関係があるのか。本人のしていることと言えば、取引関係とか、食事をおごったとか、その程度の義理でもって相手に頼みごとをして来るが、普段は何の付き合いも無い。車を止める、走らせる事だって、ちょっと・・ずるをする。まるで周りが見えていないのか、自分の番になったら、後ろにどれだけ人がいても平気だし、人の説明は聞かないので、新しい機械は使えない。建物の入り口がどこかさえ、見えていないこともある。それで、最高の境涯に居て、最高の教えを奉じている、ということだ。何とか上人様が、開祖ということだが、まさかその上人様が、耳元でお導きしているはずは無い。総ては己のいいように解釈して好きなように生きているだけだ。もし、本当にいい導きであるのなら、われもわれもとその人の真似をするであろう。かく言う私、既に二十年以上その人を見知っているが、ついぞそのような気持ちになったためしはない。このたび、はっきりと「新聞と選挙について非協力」と書き送ったが、そのことについて話したいことがある、とも、書き加えておいた。
2007年02月26日
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毎日、少し努力する。他人と比較しない。毎日、少し我慢する。人の勧めを鵜呑みにしない。そんなことをしていたら、いつかひどい目にあうぞ、と言われるようなことはしない。それと逆に、ついにはとてもよくなるという行動もあると信じる。選択の中に逃げることを入れておく。手段はいつも、複数ある。他人の行為、言動によって傷つかない。経済的損得を基準に行動するかどうかは、そのつど個別に判断する。少しずつやれば、いつか終わる。予想される事態に備える。他人を説得しない。集団力学から自由である。「なぜ?」に応えた所で、問題は解決しない。答えが分かっても、行為自体を正当化できない。他人の生き方はまねできない。
2007年02月22日
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昨日は19日だったので、それにふさわしい感想を書いたが、実はそれだけがメインではなかった。パソコンがスパイウェアに犯され、駆除したものの、すぐに別のコードが検出されるということがあり(18日)、これは危ないと感じていたら、ブラウザが通信を遮断されるということがおきだした。これは、未検出のスパイウェアないしはウイルスではないか、もしくは敵サーバーにこちらの通信そのものを妨害されているのではないかと、素人ながら推察したりしていたのである。で、この状態が18日。そこでk-optに電話して、もう解約をしようとした。「ブラウザが表示しない」と言ったら、サポートに電話してくれと言われ、一応電話した。そこでいろいろ可能性を探ってくれ、ついに、「アンチスパイソフトである、PC-Clean そのものがブラウザの通信を妨害していることが分かった。要するに、自己免疫的に働いていたわけだ。そして、これをWindowsの起動と同時に起動しなければ、問題ないことも分かった。スタートアップのチエックをはずされたPC-Cleanは警告ダイアログを出したが、ここは心を鬼にして起動は手動(ラウンチャーから起動)に変えた。
2007年02月20日
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自分は、官製の祝日・記念日等はあまり気にしていないものが多いのだが、自分で記念日とかを設けている。そして、二月といえば、この十九日なのである。この日は、「大塩平八郎の乱」の日である。この事件および、大塩当人についての評価は、一口に言うと玄人受けしないということでもあろう。森鴎外は体制側の立場もあって批判的に検証しているが、その評価は間違っていないと思う。何より彼が「大塩平八郎」を書いたのは、我々が先の大戦を評価するぐらいのものであり、ほぼ、同時代と言っても良い。しかしこの大塩の乱、この乱(事件)の最大の被害者であるここ大阪において今尚、根強い人気、支持を得ている。明治維新というものを考えるとき、ともすると、勤王派と佐幕派とか、開国か鎖国かという図式のみに囚われがちになるが、世の中は飢えとの戦いであり、一揆の類は頻発し、大塩の乱の後、類似の事件(ただし規模は小さくなる。)も起こっているのである。そのような世を背景としつつ、坂本竜馬とか、西郷隆盛の登場を待つのである。
2007年02月19日
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バリアフリーというと、正直な話、具体的には、車椅子をいかに通すかという発想である。今年も四月にインテックス大阪で「バリアフリー2007」という催しがあるのだが、そのシンボルマークは車椅子である。私はかつて、ある自治体の新しい産業の提案という企画に、二足歩行機と地雷除去装置を提案したことがある。(それで二万円もらいました。)現在の福祉は、つらい苦しい訓練を伴うものは避ける傾向にある。そして、人に優しいというわけの分からん美名の下、耳にやさしい言葉や、補助・介助をビジネスとして、人を弱くし、大量のサービス漬けにしている。その反面、リハビリを大幅にカットしようという政策である。これでは本末転倒もはなはだしい。バリアフリーそのものにも、バリアを設けず、あらゆる可能性を排除せず、新たな器具・機械の開発を望む。月に人類が降り立ってもうすぐ40年になろうという今、いまだに車椅子という「発想」そのものは変化していない。この40年という歳月に、人類が軍事費の数パーセント分でも研究費を拠出していたら、歩けた人はきっといたはずだ。
2007年02月16日
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先日、地下鉄に乗っていた時のことである。自分がこのサイトで以前から指摘していた問題が、正に目前で展開されたのである。電動車椅子の方が二人、少し間を取って、二台をずらすような形で並べていた。そのやり方は、他の乗客の人たちに配慮したやり方には見えたが、そこに、明らかに精神・知的障害(外見でこの二つを区別できる力は私には無い)と思われる人が歩いてきて、「退いてっ!」と声を荒げた。双方に、ヘルパーはついていなかったが、いずれにしても、私が危惧するのは、このように「障害者同士が向き合う時、どちらが道を譲るのか。」という問題である。現在の障害者対策というのは、基本的には健常者対障害者の図式の中で、障害者にも使いやすい、住みよい世の中を実現しよう、というスタンスである。それは間違っていないのだが、その過程で、障害者はやりたいことをやっていこう、もっと声を出して要求しようということになった。そして、このこともまた、間違ってはいないと思う。世にヘルパーという職業もでき、自分たちが不満を漏らせばそれに対応してくれるという現実ができた今となっては、障害者は不満を持つ方が、いい格好ができ、偉そうにものを言うことも可能になった。だが、バリアフリーとは、正に障害者同士が街で対面する世の中なのである。既に、老齢者が老人ホーム内で事件を起こした例は、私が知っているだけで数件ある。要求や、自分の欲求を基調とする生活を続けているもの同士が、対面するとき、そこには悲劇が待っている。
2007年02月15日
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本日もまたまた、弱者という生き方を選んだ人たちについてである。最近の彼らの勘違いの最大のものは、「大衆は弱者の味方だ」と思っていることである。自分たちの現状を打破しようと努力もせず、ひたすら誰か、多くは行政という名で呼ばれる機関を批判し、その批判、不満の表現の仕方で懸命に「がんばって」「負けないで」いるのである。世の中に余裕のあるうちは、それでも支持は得られた。しかし、今や納税者はそのような人たちを快くは思っていない。要するに、真の意味で、お荷物だと思っているのである。私は、大衆も嫌いだが、弱者も嫌いだ。この勝負、大方は大衆の勝ちである。
2007年02月14日
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さて、問題の新OS、Windows Vistaであるが、私は見送り。私だけではなく、これまでのユーザーが、新OSに乗り換えるには、たいていの場合動作環境をアップしなければならないはずだ。特にノートパソコンのユーザーにとっては、深刻な問題である。ところが、パソコンのメーカーの方では、今までのスペックでVistaを積んでいるものを広告している。これはトラブルの種になる。おそらく、Vistaの次は、低スペックでさくさく動くということを売りにするだろう。既にこのOSは、昨年名前の変更を済ませた。このVistaの次のOS(以下、次期OS)は、バージョンによってVista以上に差をつけざるを得ない。あるいは、別のネーミングにして下位バージョンを出すという手法だろう。その根拠の一つは、100ドルパソコンプロジェクトが本格的に動き始めたことだ。第一、Linuxの存在は無視できない。かつてビル・ゲイツは言った。「Windowsが、(Macより)売れるのは、安くて速いからですよ。」そして今や、この「原点」は完全に葬り去られたかに見える。
2007年02月08日
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まず、インターネットに関して言えば、今、本当にすごいサービスは、ミクシーでも、モバゲーでもなく、Winnyである。幸か不幸か、そのすごさ、可能性、危うさに関し、これを「Winny事件」とか騒動とかの範囲で収めてしまいたい人たちの思惑もあってか、議論が一過性になってしまった。ネットをフリーの世界として見た場合、この技術を避けては通れないのは自明のことである。しかも、日本発のものである。これをどのように制御、発展させて行くのかについて官民上げての議論が必要なのに、実際は、これを否定しようとした人たちの意図とは逆に、かえって野放しにされてしまった。この原因は、Winnyを単に、ソフトの著作権保護の側面からのみ見て、そこにあわててパッチを当てた、程度の対応しかできていないということにある。そして、もちろんそのパッチも効果が期待できない。いま、人々の関心は別な所、たとえば、ネットとテレビの融合とか、携帯電話のサイトとかに向いているが、ネットをたとえば、「貧者の核」と捉えて、そこからその活用を考える人たちがいたら、Winnyはその中核に位置する技術と言える。ネットが、その力を示す日が必ず来るはずだが、その時、その核エネルギーは善用されていることを願う。
2007年02月05日
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これもバブルの名残というべきか、学歴より実力ということで、企業の中に、通常の出世コースと別の給与テーブル、昇進コースを設けていたことがある。今も続いているのだろうが、初めは上手く行ったかに見えた。彼らは、数字を挙げたのである。しかし、時間がたつと、弱点を露呈した。彼らの中には、教養とか、真の意味での勉強をもすっ飛ばして、若さ丸出し、そこまでの自分丸出しで、犬の人間関係でいつまでも突っ走っているやつらがいる。「犬の人間関係」については、以前にも述べたが、「犬とは、自分の位置を決めて上下関係の中で生活する、かわいい生き物」と、いうことだ。犬は、たとえば、お母さん・長男・長女・自分・お父さんという関係を作ったら、その序列でしか生活できない。子供のいうことは聞いても、お父さんの言うことは聞けないのである。ただし、このやり方は、かわいいもので、犬ならば結構いい関係を保てる。人間には、得意なこと、高い所、低い所、いろいろあって個性だ、と口では言っているが、実は、あいつはこのくらいとか、単に後輩であるとか、取引の多少とかで、態度を決めていることが多い。ばかとは、一つの手段、道具でもってあらゆることに対処しようというやつのことだ。
2007年02月03日
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人を哀れんだり、まして「かわいそう」と発声したりすることは、傲慢の表れであると言われているだろう。自分もずいぶんと長い間、それを信じてきた。しかし、道家になってからは、考え方も変わった。実際、いろんなレベルの人間はいるのだし、それを無理に「みんないい子」と言ってしまうのは、一つの暴力である。要するに暴力の支配する世に、ケンシロウを待望し、現実の世界ではどうにもならぬからメルヘンの世界に逃亡し、自分より弱いやつとか、無抵抗な者を見つけては、ストレスのはけ口にしている。そんなやつらを弱者とさげすむことを、私は躊躇しないのである。
2007年02月02日
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本日、文具組合の見本市の帰りに、日本橋に寄ってE-500を買いました。この機種は手ぶれ補正なし、ライブビューなし、格段の高感度もありませんが、将来必ずや、ええ味出してるやんと言えるモデルです。「価格.com」で、別のデジカメのレビューを書いたのですが、そのレビューが抽選に当たり、一万円の商品券をもらったので、それも利用して49800円で買いました。
2007年02月01日
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