全5件 (5件中 1-5件目)
1
今年は、来た年賀状に返事を出すというやり方で行きます。元旦には天保山に登り、写真を撮ってきます。年賀状の素材作りです。
2007年12月30日
コメント(0)
毎度の事ながら、心電図を取ると再検査になる。今回の所見は「1度房室ブロック・急性前壁中隔・心筋梗塞・右軸偏位」。二年前の「前壁中隔心筋梗塞・右軸偏位」よりは丁寧な書き方のようでもある。それと、白血球の減少も前回同様に指摘された。その再検査とあわせて、「大野記念病院」という所へ行ってきた。健康診断を受けたのが11/29だから、ちょうど一ヵ月後の再検査ということになる。三千円でおつりが来る検査だから、ま、いいか。
2007年12月29日
コメント(0)
組織には、理念や目的があった筈である。その目的のために、人が考え、努力し、困難を乗り越えていく。そして一定の成果が上がり、世間にも認知され始めると、危機が訪れる。その一つは、スポット的に入ってきた収入や、上手く行った経験が、持続的なそれであると錯覚してしまうこと。もう一つは、その組織を守ることが、理念や理想、本来の目的、目標を達成することと混同してしまうことである。個人がある団体に協賛し、協力するのは、その個人の目的を達するがためであって、その団体を守りたいからではない。ボランティアがやりたいという人は、ボランティア団体の活動をしたいのではなくて、ボランティア活動がしたいのである。
2007年12月12日
コメント(2)
自分はガイドヘルパーなのだが、訪問介護もしている。そこで、考えているのは、慣れの問題を別にして、理想は自分の力の30%くらいの領域で仕事をこなしたいということだ。介護とは何かというと、それをしなければならない人にとっては、生活の一部であり、生活そのものであろう。然るにそれを生活の中心に据えて家族が困り果て、疲れ果て、挙句に悲劇を招いている。これは、介護を生活に溶け込ませることなく、生活とは別の、生活を邪魔するものとか、荷物とか、文字通り障害として捉えていることから発生する負担である。介護はどうしても負担なのだが、その負担を負担としてでなく、日常のルーチンとして無意識にこなしていけるようになれば、理想である。それはおそらく介護される側にとっても、大切なことであると確信する。すなわち自分が、誰かや社会全体にとってのお荷物であるという考えから開放される道である。
2007年12月04日
コメント(1)
女性への男性からの暴力が、マスコミ等で取り上げられることがある。私は、男の暴力で離婚したという複数のカップルを知っているが、一概に男の方だけを責めるものではないと思う。確かに、これはいかんという、最低なやつはいる。しかし、女も、もし自分が同様に自分の生活を相手の勝手な思い込みで侵害されたら、悲しいだろう。その同じ悲しみを男も味わっているということが分からない馬鹿おんなはいるものだ。男は、もし自分が暴力を振るいそうになったら逃げること。これに限る。逃げなさい。女から、そして、自分から。
2007年12月01日
コメント(0)
全5件 (5件中 1-5件目)
1