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私は、ダイヤモンドとガラス球を区別するだけの眼力が無い。従って、装飾品としてのダイヤモンドにはほとんど興味が無い。それをすごいなあ、と思うのは時価いくらの物だと書いてあるからに過ぎない。ところで、皆さん、シエラレオネという国をご存知ですか。このアフリカの国はダイヤの産地として有名です。そこでは、ダイヤ採掘の利権をめぐって理不尽な暴力がはびこっているのです。武器を持った一部の支配層が、村人に仕事をさせないようにするため、子供の手足を切り落とし、一家の仕事が子供の世話に振り向けられるようにしています。私は、ダイヤに限らず、装飾の宝石類を見るたびに、手首から先が無い子供が両手を挙げ、屈託無く笑っている写真を思い出します。「老子」の中に、人々がありがたがるものをありがたがっていることが悪なのだ、とあるのを想起せざるを得ないのですが、この話を落ち着いて書くだけの筆力はありません。=======ページ更新は「道家の夢」(新設)
2007年04月24日
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本日、「平成詩人」は開設2000日を迎えました。これも、アクセスいただいた方のおかげです。自分は、リンクはしないという方針の下に運営してきたのですが、それにも関わらずリンクいただいた方々、コメントやトラックバックをしてくれた人、本当にありがとう。私は本日を以って、以前のホームページにじっくり意見を述べ書いていくという形に回帰したいと思います。このページは日記とか、時事ネタ中心で、ページのどこを書いたという情報を載せます。====そこで、今日は自分のライフワークである、「いじめ問題」のページをまず枠だけ作ることにします。思い入れが強いと本当にかけないものです。矛盾の無い文章を綴ることはできないと思いますが、自分は挑戦しなければならないのです。-----更新ページ 「いじめの深層」(新規作成)
2007年04月19日
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×ではなくエックスです。シネ・ヌーボーX。整理券をもらって、呼ばれた人から番号順に入場するというシステムで、今日は三時十分からの部に私を含めて十人くらいが入場。終わったとき、エンディングまでいたのは、六人でした。人間の体の動き、動かし方を、古武術などの研究を通じて行っている人の紹介映像で、私は介護技術への応用という方面から、この人のことを知ったのですが、それ以前にも、武術の動きを研究している人ということで、雑誌などでは見たことがありました。ただ、そのときは、名前を覚えようとまでは、思いませんでした。甲野善紀という人です。私は今、この人の影響もあって、手を振らない歩き方、というのをやっているのです。かねてから気になっていたのですが、今日の大阪のような雨の日、傘を持った手を元気よく振って歩いている人を見かけます。それは自分の目から見るととても危険で、やめてもらいたい。でも、そういう人というのは、おそらくそれがいい歩き方なのだと思ってやっているのでしょう。なんとなく、そういう顔に見えてしまうのです。年配の人なんかは特に、見本を見せてやっているんだという顔に見えてしまう。そういう行進歩きっていうのは、西洋式の軍隊を日本が無批判に受け入れた名残りだと思うのです。で、またまた脱線日記ですが、その映画館のスクリーンは横が二メートルも無く、トイレの扉は、明らかに手作り。ちなみに、エックスの付かない、スクリーンもあって、こちらは単に、シネ・ヌーボーと呼ぶようです。同じ場所です。
2007年04月18日
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九条といえば、日本国憲法第九条のことである。自分はインターネット新聞JANJANの市民記者でもあるので、このたびJANJANからメールが来て、九条を守る世界大会なるものが日本で開催されようとするのを知った。九条については、このサイトでもたびたび取り上げているが、いかんせん、最近はここもブログとなっているので、過去の日記を繰ってもらわないといけなくなってしまった。やはり、自分のようなスタイルで作っていくものには、ブログより、サイトの中に日記という項目があるほうがいい。このサイトももう後数日で開設二千日を迎えるのを契機に、ページ作りをもう一度やっていこうと思う。といっても、書くだけ、ですが。ブログというのは、ホームページがなかなか更新されないという事態を打ち破る効果はあるのだが、これにはこれの欠点もある。と、いつものように表題から脱線したことを書き出しているのだが、日本国憲法については第九条の問題のほかに、憲法改正手続きそのものにも問題はある。
2007年04月15日
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南港で「バリアフリー 2007」という催しがあって、今日がその最終日だった。そこで、一番印象に残ったのが、イベント会場でやっていた太極拳のバックに流れていた、「千の風になって」という歌だった。ほんの数小節、~せんのかーぜになぁあってー 千のかぁあぜになあってえー・・と聴いただけで、その場を通り過ぎただけなのだが、気になってしまった。帰ってくると新生銀行から小冊子が届いていて、そこにこの歌を歌っている歌手のインタビューが載っている。これは、というので調べてみると、現在この詩をめぐって論議があるらしい。議論はあるが、いいものはきっと残るでしょう。尚、今年の会場では、電動のコミューターを中心に見てきました。
2007年04月14日
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店内の品物をできるだけ破棄せず、福祉関係に配ろうとしている。それを昨年来続けて来たのだが、ここらで一段落とした。店内は、基礎が着いている大棚を除いてほぼクリーンになった。造作の棚のガラスもできるだけはずした。残そうとしていた品物の内、やはり捨てなければならないものが出ているが、仕方が無い。後は馬力をかけて掃除の上、電気系統はプロに頼むしかない。二階の倉庫は、ぼちぼち行くことにする。
2007年04月12日
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失敗とは本質を見ないことである。たとえば、何かが欲しいが金が無い。そこで誰かに金を出させようとしたとすると、その誰かと自分との駆け引き、攻防に心を取られ、何が欲しかったのかを忘れてしまう。日の丸を掲げることと、愛国心とは、実はあんまり相関は無い、無いはずのものを求めた結果、日の丸がいけないとか国歌がいけないとか、あほらしい議論に大切な時間、人生を割くことになってしまった。欲しいものは何なのか、本当に大切な守るべきものは何なのか、見失った時、恐ろしい瞬間がやってくる。十五六の少年兵を特攻に駆り立て、己は生きて議員になる。日本を救ったのはアメリカであり、マッカーサーが帰国する際には自国の英雄のような歓声で送られた。その復興を見て、彼らは何を思う。
2007年04月11日
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後継者がいないというのも、失敗の内である。よくある形は、自分のコピーを作ろうとする、気の弱いやつ、だ。自分と少しでも違うことをされると、自分を否定されたように感じるのか、全力で阻止にかかる。これで、ああ、俺の真似は誰にもできない、なんてまるで女々しくもあり哀れさも増されりというものだ。それから、ものを教えようというのに、道具が金槌しかない、そこで相手がまずくやるのを誘発したり、ものの二面性を利用してどうやっても文句をつけ、必死にたたこうとする。そうでもしなけりゃ、自分が後継者育成をしているという形を作れない。まあ、ご愁傷様だね。
2007年04月10日
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本音トーク、とかいうものがある。でもこれ、自分は言いたいことがあってもここでは言いたくないとか、一生胸にしまっておきたいとか、そんな話題については触れたくない、とか、これこれの表現はいやだとか、そういうことも、本音なんではないのか。そういうことを、本音としている人のトークって無いよね。
2007年04月05日
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自分の現在の携帯はTU-KAのプリペイド。これのいいところは、プリペイドでありながら留守電が使える所。それから、なんといっても料金が安い。待ちうけだけなら、一月あたり約250円で、これがなんとも私向き。現在はこのような料金設定の契約は新規にはできないし、来年三月でツーカーそのものが無くなる。そこで親会社のKDDIとしては存続するauへの切り替えを進めるために、さまざまな特典とかキャンペーンで釣りにかかっている。今回、いい条件が出たので、ショップに行ってみたのだが、そこのおねーチャンの対応たるや、契約とか機種について、こっちが教えてやっている始末。ある程度は覚悟していたが、ひどすぎ。これじゃー、三月までつうぅぅぅぅうかぁあああぁぁあぁ で、引っ張るしかああぁぁぁあああああああああああああああぁあぁぁぁぁぁああ あ ないかぁぁあああああぁああ あ な。来年三月には、新たに携帯電話事業への新規参入がある。この会社はデータ通信での営業を、既に開始している。
2007年04月04日
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「風林火山」というのをやっているらしい。自分は、テレビを見ないので別にどうということも無いのだが、これが主演男優の演技がいいということらしい。本屋でこれの特集雑誌か何か、たぶんNHKが出しているんだろうと思うが、その俳優が剣をかまえてこちらを見ている写真が表紙になっているものを見つけた。「見ている」というのは、とても「にらむ」とは表現できないということを言いたいのである。剣を構えて、それで相手を刺してやろう、切ってやろう、己が先か彼が先かと鬼気迫るものが全く無い。そんなきれいな顔でどうして人が殺せるのかと思ってしまう。顔に迫力が無いというのは、テレビ受けの条件なんだろうね。
2007年04月02日
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