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送別会で帰宅できなかっただんなさんから、深夜にメールが入っていた。 パンドラの箱の存在を、目の前で見ることかできました とメールしてたんだけど、 「絶対あなたにとって良いことだと思うよ」 ってメッセージが返ってきた。 自分のこれまで構築してきたシステムを崩したから、わたしもいまぐだぐだでめためたなんだけど、それでもいま見ている朝の陽のように明るい。 そしてね、彼への、かなりみずみずしい気持ちが、やっと戻ってきている。 ごめんねという気持ちと、もっとねぎらおうという気持ちと、一緒に家族として成長していきたい気持ちと、ずっと支えてくれていた感謝の気持ちと。 わたしたちはやっと、これから始まるんだな、と思うばかり。 これが愛なんだな、と思うばかり。
2012.03.31
クラニオセイクラルバイオダイナミクス、トラウマワーク2日目。 ペアになって自分のリソースについて意識化した昨日から、今日は自分の抱えている痛みを、リソースを隣りに置きながらアクセスしていった。 わたしがセラピスト役になってダイアローグの練習をしたのだけれど、これがもう自分自身が迷い子に。 リード役だったのに、自分の痛み、トラウマを見つけてしまい、混乱。 途中でこまちゃんに変わってもらって、セッションを横で見守っていたのだけれど、ある瞬間、うわっ!!! っと。 クライアント役のパートナーが、「あの時に頭が真っ白になった」と言ったほど。 で、横で聞いていたわたしは、その瞬間、すさまじい衝撃に、一瞬で泣いてしまった。 悲しいとかでなく、ひとが巻き起こす真実を目の前で見せられて、それにびっくりして、言葉を失い、ただただ衝撃にうたれ続けたのだ。 時々感じていた自分の癖も発見でき、そこを自分がクライアント役になったときに、深めてもらった。 今日、一番失敗したのはわたしだけれど、今日の失敗を経験するために、クラニオに出会ったのかもしれない。 それほどに、今日一日の、たった2時間弱の時間で起こったことは、奇跡のような、すばらしい失敗だった。 ひとの中に広がる宇宙は、すさまじいダイナミズムだった。 ショックの余波に、まだ包まれている。
2012.03.30
クラニオ研修に入っています。 ヒーリングプロセス3の、トラウマワークです。 まず冒頭に、講師のこまちゃんが、「今回は特殊な内容なので、 中には落ちるひとも出てくるけど、 落ちすぎないように。 不機嫌になったりしばらくすっきりしなかったりするかも」 なんて言葉に、アシスタントのちーちゃんもうなずく(苦笑) トラウマワークは、まさに自分の穴を覆っていた「何か」を認めて手放していく作業だから、大きな穴が開くわけです。 大人だから別のものを埋めて生きることも十分にできるけど、何かのおりにやはりうずくんですよね。 いままで覆っていたものを取り払ったときの、そのバランスの悪さ、傷がさらされたひりひり感。 それは不機嫌にもなるだろうなぁ・・・ だけどこまちゃんは言います。 「その穴の奥にはね、 最後に愛がひそんでいる」 と。 「つまりやね、失われたのは、愛なんよ」 そうか。 2日目からいよいよ本格的にクラニオで探っていきます。 今回のテーマは「愛」 愛を探してきますね。 とっても楽しみ。 この自分のオープンマインドが好き。 それでも傷はひりひりするだろうけれど、バッチで十分にやってきた作業だから、裸になって特別な時間を味わい尽くしてきます。 フィギュアの世界選手権、始まっています。 真央ちゃん、うつくしかったです。 彼女の中の愛に、いつも勇気づけられるのです。
2012.03.29
ただいま募集中です。 世田谷の東松原で開催している、子育て支援グループamigoの産後クラス。 火曜日、午前中の開催です。 4月、5月クラスを募集中です。 実は、地元の調布産後クラスとともに、10年目のスタートになります。 いまのわたしがあるのは、あきらかにamigoクラスのおかげ。 火曜の朝に電車に赤子とともに揺られ、通ってくださった生徒さんたちがあるから。 その生徒さんたちに絶妙で温かい言葉をかけ、見守ってくれるスタッフのひとの存在があったから。 amigoクラスは始めは笹塚の高架下の、電車がくると振動がくる、集会所。 わたし自身の二人目の産後で通った、マドレボニータの吉岡さんのクラスを、縁あって引き継ぐことになって、頭が真っ白になったはじめてのクラス。 あの感じ、一生覚えていそう(笑) amigoクラスはコースの中で、アーユルヴェーダ、アロマテラピー、バッチフラワーを取り入れながら、産後のやわらかな心、ナチュラルな育児をお伝えする唯一のクラス。 あたらしい春にご縁をつなげることを楽しみにしています。
2012.03.25
一足先に春休みになった娘は、ちょっとしたことでわたしの携帯の留守電にメッセージをいれる。 「冷蔵庫のグレープフルーツ、 食べていいですかぁ~~~」とか、 「冷蔵庫のアイス、 食べていいですかぁ~~~」とか。 昨日はバッチクラスの途中で電話があり、折り返してかけてみると、息子が出た。 「あ、ママ(家ではママ、外では母さん) メール見た?」 「は?」 「通知表」 「届いてないよ」 「あれ、おかしいな?」 「あ、いま水星逆行中だからかも」 なんて話して切ったのだけれど、家に帰って、ほくほくした息子。 まぁいつも真ん中くらいな息子だから少し成績上がったのかなと思っていたけど。 入ってるトイレの戸までドンドンするから(笑) はじめての5が、それもふたつ。 3教科じゃないところがミソだけど(苦笑) わたしも息子の人生史上はじめての5の数字は、なんだかきらきらして映ったなぁ。 苦手な数学も、少しずつ上がって、4になって、鉄道マンの試験に出る物理をカバーして、英語の文法をしっかりおさえたら、未来の夢がつながるかな、といったところ。 ま、勉強は一生続くけどね、好きな道を極め続けてね。 それはもう、最高にたのしく、くるしく、やはりたのしいのだよ。
2012.03.23
今週はご縁あって、4名の方にクラニオのセッションの機会を得た。 火曜にはじめて触れる方。 クラニオって説明するのがとても難しくて、後頭骨から仙骨にかけて、脊髄の正中ラインに触れることで、中枢神経系に働きかけ、筋肉、組織、リンパの働きを活性化したり、副交感神経を優位にして、緊張を緩めたりできる。 がしかし、リラックスできてあ~気持ちよかった~~~になるかどうか、補償はできないのがクラニオ。 緩んでくると、緊張がいろんなところから浮上してきて、腰が痛くなったり、頭痛がしてきたり、リラックスどころではない。 クラニオをしてもいい、というひとはかなりマニアックなひとでもあるので、たいてい、いろいろ抱えているひととご縁がある。 さすがにたくさん触れていると、とてもしんどそうだな、とかなんとなく感じられる。 仙骨に触れていると、骨盤内が重くうごめいて、気持ち悪さが上がってきたので、その違和感に呼吸を入れるようにと伝えてあと少し触れ続けた。 普段からとても冷えてむくみも強いそうで、クラニオを続けても、しばらくしんどい痛みは続きそう。 クラニオ中はずっとお子さんがお昼寝をしてくれて、なんて親孝行なんだろうって。 娘ちゃん、お手伝いをありがとう。 水曜日はいつもお世話になっているamigoの恭子さんに。 ここ数年ずっと人生のデトックスをし続けて、もう仕上げ、みたいなところにきたタイミングでクラニオを。 左股関節の違和感を感じていたので、仙骨に触れて波を感じてから、股関節に向けてVスプレッドを。 浮きがちだった股関節が下りてきたみたい。 そこから第七頸椎と舌骨へのアプローチで頚と後頭骨を緩めて、間椎、軸椎のけん引を。 後頭骨がぐぐっと重々しく開くので、そこにやわらかく呼吸を向けるように伝えて、緊張させすぎないように。 彼女はからだも心の感受性も高いので、ひらく準備ができていて、そうなると早いな、と感じた。 クラニオの研修中も、みんなひらく気満々なので、どんな自分の感情や痛みが浮上しても、ウエルカム態勢だから、すごく「進む」のだ。 いろいろ感じることがあったみたいで、シェアしていただいた。 午後のセッションもすてきだった。 触れて、痛みが浮上してきて、その痛みが消えると、今度は別の痛みがあがってきて、の繰り返しだったひとが、前回痛みのピークを越した感覚があり、今回は激しい痛みはすっかりなくなった。 最後に足に触れているときに、とても不思議な感覚を得ている、と伝えてくれた。 別の世界に、たとえば雲の上に浮いているような、そんな感覚。 「ほんとにクラニオって気持ちいいんですか~」と言うくらい痛みの連続だった方が、「この感覚がクラニオなんですね」とおっしゃった。 その感覚を得た中で、「いま自分が見て感じている世界は、他のひとから見たら違って見えたり感じたりするかもしれないけど、違ってもいいんですね」と。 「わたしは、ずっと恐かったんですね。 その恐さを認めたら、また気を失ったり、 どんなことになるか耐えられなくなりそうで、 よそからの価値観だとかを無理矢理取り込んでみたり、 例えば楽観主義だとか、アロマをやってみたりだとか、 だけど、やっとわかりました、 わたしはずっと恐かったんだって」 ひとの内に内包された、回復しようとするちから、自分らしく生きたいという希求、とても根源的なエネルギーを、クラニオを通じて、何度となく感動してきたけれど、ひとにはちからがある、そのうつくしさを、また分けていただいた。 水曜日。 妙齢の女性(68歳かな)とは、6月から月2回セッションを持っている。 気を失うことが時々あり、睡眠剤を常用し、頭痛などがあった。 何より、不安感があり、悪夢をよく見る、そんな始まりだった。 「上さん、夢を見たんです。 それが、とても広大な夢で!」 と、夢の話をしてくれた。 彼女が見る夢は、暗い断崖絶壁をなんとか上ろう、という内容が多かったのだが、とても明るい、広い国道の坂道を自転車で下る夢、だったそう。 信号に近づくと、赤信号がすっと青に変わり、止まらず進み続けられるのだそう。 ね、広大な夢でしょ? とくすくすと笑いながら伝えてくれた。 いま不安感はどうですか、と訊ねたら、ありません、と。 ありませんって。 あぁ、ないんだぁ、そうなんだ。 そうなんだ。 今が十分にしあわせで、なんだか新しいこともいろいろやってみたくてね、と。 あぁ、そうなんだ、あぁ! 本当は心の中では、うわぁ!なんてすてきなんだろうって、叫んでいたんだけどね。 ひとってなんて豊かでうつくしいんだろうと、バッチでいうところのウオルナットのエネルギーを感じ続ける日々。
2012.03.22
遠方からクラニオ仲間のしーちゃんに来てもらい、触れ、感じるクラスを開催。 自己紹介をしながら、ひとりひとり、気になっていることをシェア。 お子さんがちいさい、とか、夜泣きが頻繁、とか。 乳児湿疹がひどすぎる、とか、5ヶ月の子が花粉症といわれて心配、とか。保育園に入るので断乳しようと思っているけど、少し迷っている、とか、いろいろ。 しーちゃんは伝える。 湿疹は、お母さんはどうしようって思うけれど、いらないものを出している作業だということ。 出すちからがあるということ。 子はシンプルだから、大人のように溜めておけない。 溜めないほうがいいし。 花粉症、という判断はしーちゃんと二人でそれは?と思うところだけれど(検査もなしだったから)花粉に反応するからだであること。 白砂糖や、卵、乳製品の取り過ぎ。 冷え。運動不足・・・ そういったからだはとても反応しやすくなるということ。 次に、わたしとしーちゃんでお母さんへクラニオタッチで触れる。 こんなやわらかで、十分に緩むことが伝わったかな。 からだの背骨のラインに触れるとさらに中枢神経系が整えられて、副交感神経モードになるのだ。 授乳しているときに仙骨に触れてあげるのもいいし、眠っているときに後頭骨に触れてもいい。 熱のあがったときも後頭骨。 疳の虫が騒いでいるときは仙骨へ。 触れなきゃ、というモードではなく、戯れるように、赤ちゃんと会話するように触れる。 触れ続けると、赤ちゃんの状態がわかってくる。 今日はやけに甘えてくるから、ちょっと疲れてる?とか聞きながら。 言葉がまだ話せない子でも、言葉をかける。 わからないときは、赤ちゃんにきいてみて。 横浜で母乳育児を長い間推奨している朝倉さんという方が伝え続けている言葉。 何よりそうだなぁと感じたのは、お母さんが一方的に与えるだけの育児をしない、ということ。 会話して、赤ちゃんからの反応もいただく。 その繰り返しで、母の子どもへの感じるちからはさらに高まるのだ。 だからね、母自身の心とからだの感受性を上げていくことがとてもだいじ。 育児ってどんどん便利になっているけれど、この時代にわずかに残された、手と心を使って命を育てることで、ひととしての器を広げられる、人生とか、ひととの関わりとかを学べる、すごいチャンスなのだということ。 これまで見過ごしてきた大きな穴を見つめ、味わい、またひととしてのたしなみを身につける。 人生はいつからでも始められるけど、産後はとても大きなチャンスなのだ。 これまで何も感じずに育児をしてきたことがわかりました、という声が印象に残った。 あぁ、だけどここに来たひとはまだみんな1歳未満。 長い育児のまだ始まり。 いいなぁ、このひとたちの子は、と思う。 あなたのことはちゃんとみているよ、信頼しているよ、言葉にしなくても、母がそのモードで家族の真ん中にあれば、家族はやわらかでいられるのだ。 それには、自分の感度をあげていってね。
2012.03.19
この3ヶ月ばかりクラスに参加してくださった生徒さんが感想をくださったのでご紹介。 彼女は、光と風に戯れる緑の葉のようなひと。 朝露をその身に宿し、ひとつの光を見いだせるひと。 ひととしての知性を備えたひと。 緒川たまき似で、お子さんは田中圭似。 この春遠くにお引っ越しをされるけれど、どんな場所にいても、彼女らしくユニークに生きていけると思うし、うんと歳を重ねてから、また再会できたらその歓びは鈴の鳴るように心地よいものだろうと思う。 クラスに出たあとはいつも心とカラダがふんわりと軽くなって帰りました。 自分をより深く知ることができましたし(やっぱりファーストクラスを受けてよかった!)、自分を愛し、人にも恐れずに愛をもって接することで、毎日や人生はもっと広がるしもっと素敵に面白くなれるということを学びました。 そのためにはいつもバイタリティを上げておくこと・・・ですよね。 ありがとう。 今日、産後のクラスの講師に来ていただいたしーちゃんと終了後話していたのだけれど、たくさんこどもの触れられる産後からしばらくの時期にしっかり触れて、しっかり感じて、しっかり自分の中のざわざわした気持ちに向かい合って心とからだの感受性を高めてあげられると、あとの人生が本当に面白くて、楽。 自分を面白がれる、何度でも。 人生の中の大波も、大きな穴も、越え、満たすことができる。また自分とこの世界を愛おしむことができる。生きるとは、その繰り返し。 その繰り返し。
2012.03.17
クラニオセイクラルとバッチフラワーをさらに深く学びたい、伝えたいと思ってから時が経ち、ここ最近を振り返っても、その二つを通してひとと関わることが多くなってきた。 バッチやクラニオのエッセンスを伝えたいから、産後クラスやヨガクラスもやっていると言って、過言ではない。 いつも思う。 ひとは愛おしいと。 そのひとの内側に限りなくひろがる、本当にうつくしい世界のダイナミズムと静けさ。 愛すべきものは、ちゃんと自分の中にある。 ひとの豊穣さと真摯さ。 ヨガで、スーリヤベーダやシータリーといった呼吸法を終え、意識をいまここに戻してきたときの、世界の変化。 ひとは変えられないけど、この世界は変わらないけれど、自分のうちに広がる世界の変容。 自分が変わることで、世界へのまなざしは変わる。 それも、うつくしさをより感じられるようになる。 クラニオもバッチも、雑多な感情やからだの癖を、自分自身でひとつひとつ拾い、認めて、何かを受け入れ、何かを手放していく、それをそっとサポートする。 目には見えないけれど、自分自身にしか癒せない何かを感じて、ひとつ皮をむいて、自分の真ん中へとつながっていく。 真ん中につながれば、自分の授かったエネルギーを生かすことができる。 ひとの役に立つことの歓びを感じることができる。 モニターになってくださっている方の心身の変化を見ていると、そのダイナミズムにすっかりやられている。 去年の夏頃から触れさせてもらっているひとは、あの腰痛持ちの自分はどこにいったのだろう、あの頃が信じられない、と伝えてくれた。 エネルギーを消耗させた頭痛も消えた。 起こることをそのまま自然に受け入れられるようになった。 さらに別のヘビィなウィークポイントに気づいたりもする、クラニオもバッチも。 クラニオもバッチも、箱を開けるようなものだ。 一度開けたら、奥に潜んでいたものが出始める。 しんどさを軽減しようと思ったけれど、もっとしんどいものが浮上してきたりもする。 あれっ?ってね。 だけど、ときに嵐のような混乱や痛みも、必ず通り抜けていく。 先日クラニオとバッチのセッションを持ったひとも、「一年前の自分とは全然違います」と振り返った。 状況は劇的に変化していない。 しんどさもある。 だけど、状況の渦中にハマることはなく、少しだけ俯瞰し、ひととの関わり方も、バッチ的な見方ができるようにもなり、ほんの少しだけど、余裕を持つことができるようになった。 そのひとの変化は、パートナーの変化にもつながっている。 自分自身の変容は、相手の緊張もほぐすのだろう。 そのひとは、一年前とは全然違ってきた。 色を失っているようなひとだったが、水彩の色をやわらかくのせたようなチャーミングさがとても滲んでくるようになった。 まだ若いのだけれど、みずみずしさがすてきだ。 ひとの、良いほうへ変化しようとするエネルギーは、とても真摯で、たったひとつの自分だけがもつ珠のよう。 セッションの度、クラスの度にそれを思う。 ひとは愛おしい。 あなたが見る世界がうつくしいと思ったときに、この世界は変わるのだ。 クラニオとバッチの有料モニター、募集中です。
2012.03.16
2月に開催した「占星術とバッチフラワーの会」にご参加いただいた方から感想をいただきました。☆ホロスコープなどの知識が全くないままに参加したので、世の中のいろんなことや人の心の内などが星の動きと関連しているというのは、新しい世界観でした。 また、バッチフラワーやアーユルヴェーダなどを深く知っていくと、人の見方や人との関係、自分についても、何かがすごく変わるような気がします。 春から夫の転勤で引っ越すことが決まり、講師のArleneさんから「家族・親族」というキーワードをいただいた時には、心にグッときました。☆とても貴重なお話をたくさん伺い、濃密な時間を過ごすことができました。 できることから少しずつ生活に取り入れたいと思います。 自分では意識できていない疲れが溜まっていたようで、フラワーエッセンスを口に含むと非常に眠くなります。☆今一度しっかりと自分を見つめつつ、この産前のゆったりした時期に、セルフメンテナンスしておきたいと思っていた矢先のナイスタイミングでした! 貴重な機会をいただいて本当にありがとうございました。☆ワイルドローズをダブルで、と言われたときには、あ、やっぱり今でいいのだなぁと、職場復帰に向けて背中を押された感じがしました。☆占星術の会に参加したあの日の晩から、涙と鼻水がたくさん出ているのです。 花粉症の様子とは違うので、清らかな新しい風を体の中に入れるために、体の中のドロドロしたものを出しているのかしら、と感じています。 会の前日、ある事でハニーサックルの状態を感じていたので、ハニーサックルと言われちょっとびっくりしました。 処方していただいたバッチを大切に飲んで、少しずつでもどんよりした気持ちを上向きにしていきたいと思います。 息子や私にとって、新しいスタートの春です。 流れに逆らわず、軽やかに進んでいいきたいと思っています。 有永先生にもよろしくお伝えくださいませ。☆クラスの後から、何だかふわっと空気が変わったような気がします。 夫婦間も、危ないなと思うことが何度かありましたが、発展せずに穏やかに過ごすことができています。 きついことを主人に言ってしまったときも、素直に自分の状況を見つめられました。 話を聞いてほしいというのは相変わらずあるのですが、終始そのことにイライラしないで済むようになったかなって。 クラスの後、花を買って帰ったり、こどもの好きな炊き込みご飯を何度も作ったり、こどもと躊躇なく抱きしめ合えたりと、私の中では大きな変化がありました。 してもいいんだぁ、とか、したいからする、みたいなことにつながれたような気がします。 前回のボトルは甘く感じられたけど、占星術の会の時のボトルは、さらっとした感じでした。☆前回のボトルはしんどさが浮上してきましたが、今回はやわらかくやさしく響いているような気がします。☆占星術の会のボトルは、月と太陽のレメディをいれたからなのか、原点にかえるような気持ちになりました。 自分の初心を思い出せるようなことがありました。
2012.03.15
月曜日、仙川カルチャークラスを終えて(このクラスも、とてもよかった)地元のたづくりで、エサレンフェイストリートメントを。 4人のご縁のある方たちに触れさせてもらう。 この場は、原嶋さんというフルート奏者の女性が作ってくださった、母のためのつかのまのトリートメント空間。 なんと保育付き。 原嶋さんや、お初にお目にかかるママゴコロくらぶ主催のふみさんがお母さんたちにやわらかく声をかけたり、どうやらたくさんお子さんたちを抱っこしたりして、やすらかな場を生み出していた。 施術部屋には、4人。 おっぱいケアの亜莉さん。 おっぱい&リフレのきょっぴさん。 プラーナケアの大友さん。 クラニオフェイシャルのわたし。 エサレンのフェイシャルに、クラニオのタッチを入れている。 (多分気持ちいいと思う、自分で受けてみたいね) あの空間もとってもやわらかで、触れていることが楽しくて愛おしくてしかたなかった。 ひとの出会いは、少しの差で出会わなかっただろうに、だけどほんの少しのご縁で巡り会う。 3.11の次の日だったからそのご縁に合掌するような気持ちだった。 原嶋さん、ご縁のありがとう。
2012.03.14
日曜に隣町に住む友人、マキさんのヨガに参加。 どんな一日にしようかと思ったときに、こころの通いあうひとのもとで、からだを整えたいと内側からアンサーがね。 この日にヨガを開催することの意味を考えながら、講師のマキさんも、おそらく参加者の方たちも真摯に巡らせながら、息を整えていたと思う。 弛み、変化を受け入れられるからだとこころ。 それが今日のテーマ。 世界の変化も続くだろうし、一人一人のからだも、心も変化し続ける。 その変化を見つめ、苦い思いもし、ささやかな歓びをキャッチし、認め続ける。 この世界に生かされている意味を、わたしたちは何らかの関わりによって、思い出し続けなければね。 おりおりの変化のはざまで、何度も見つめ直し、自分自身の珠を磨き、やわらかい光を自然に放ち、どこかで誰かのお役に少しだけなって、それが勇気になって、また珠を磨くのだ。 生き続けるまで、魂を成長させるのが、ひとの仕事。 マキさんと、震災後すぐに、井の頭公園の桜吹雪の舞う中、何時間も語り合って、あれから一年。 この一年で、わたしの中のいろんなものが、何度も死に続けた。 バッチフラワーでいえば、玉ねぎの薄皮を向くような作業が、もっとダイナミックに行われた感覚で、毎回ぐんと沈んだ。 沈みながら、有り難いことに生活を回さなきゃならないから、日々することがある、というのは、ひとを何とか生きさせる。 わたしの周りのひとたちは、みんな自分の使命のようなもの、をさらに自覚するようになった一年。 それぞれの生活の中で、しんどくて地味な作業を続けられたのは、みんな誰かと関わり、思いを交わし合えたからだろう。 なんというか、たとえばクラスで、いま、このひとと巡りあうことができて、これを伝えないでいつ伝えるんだ、という感情がわくことがあって、だからこの一年は躊躇せずに何かを伝え続けたと思う。 世界のみんなが、何かを伝えたくて思いを交わしたくて、ひとが恋しくて、手の温もりに思いが震えるような、そんな一年を過ごした。 シャバアーサアのときに、やわらかなマキさんのマントラが聴こえてきた。 安らかに祈ることができたひととき、ただ感謝ばかりであふれていた。 生かされているわたしたちのもとに、陽がやわらかく射し、建物の外では梅の花が香りを放っていた。
2012.03.11
12日月曜の終日、調布たづくりで開催される、亜莉さんの復職前おっぱい講座&ママのためのプチリラックスイベント(だったかな?) 午前のおっぱい講座、そして午後のプチイベント、ともにあと少しお席があるようです。 午前の講座では、おっぱいマッサージのデモがあるのかな? マッサージ後のおっぱいの、そのふっくらと、赤ちゃんだけじゃなく、この世のひとたちがみな神々しさを覚え食いつくほどの特別なやららかな曲線と、なにより、自分の真ん中に、こんなにきれいな、慈愛に満たされたものがある高揚感と、自尊心。 当り前のようにあるおっぱいだけど、ねんねの赤ちゃんが立ち上がるまでになる、すごいちからを持っている。 そんないつもがんばっているおっぱいをもう一度見つめてみよう、という講座です。 午後のトリートメントは、きょっぴさんのトリートメント枠があと少しあるみたいです。 昔わたしの産後クラスで講座を開催したときは、全員マッサージを受けて、全員写メっていました(愛) あ、自分の胸をね。 すごいでしょ。 や、あれはね、撮りたくなりますよ。 それくらい、胸に花が咲いたようになるのだもの。 あとね、子宮と骨盤のスピルチャルトリートメントとか、離乳食相談もあるので、どうぞどうぞお時間のあるひとはぜひ足をお運びくださいね。
2012.03.08
ガラスの仮面47巻。 amazonの書評でうっかり「マヤと真澄さんがついに!」というコメントを目にし、うっかりワンクリック。 いやぁ~~~ マヤ、というのは、天才女優でクレマチスタイプ。 のだめと一緒だね。 普段はヌケてばっかりなんだけど、どんな困難もその天性の女優魂で乗り越え、あの幻の「紅天女」候補に抜擢され、ただいま猛特訓中。 ちなみに、もう一人の紅天女候補の姫川亜弓は、なんと特訓のしすぎで失明間際になっていた。 小学生の頃、亜弓さんの男っぷりのよさ!彼女ひとりだけマヤの才能を認めていつも顔に縦線を引きながらの、「マヤ!わたしのライバル・・・」とつぶやいていた亜弓さんが好きだった。 亜弓、という名前だったらよかったのに、とも演劇少女だった頃、何度思ったことか。 21巻くらいだったかな、テレビに進出したマヤを悉く貶めてマヤの代役として躍り出た少女を、亜弓さんは共演した舞台でその差を見せつけ、マヤの敵をとったのだ。 亜弓さんはいつも輝いてこそ、亜弓さんだ。 紅天女、ようやく試演の日が近づいているようだが、完結するのは70巻くらいだろうか。 どうか作者、どんなかたちでもいいから、完結マークをつけてくだされ。 さて、不遇なマヤの少女時代からその縁起に惹かれ、足長おじさんのちょいワルバージョン、紫のバラのひとである、大都芸能社長・速水真澄さん。 お互いに惹かれあっていた二人が、ついに互いの思いに気づき、抱擁したのだ(涙) いつもは亜弓さんと同じ、顔に縦線(青すじ)がかかった表情でマヤを見る真澄さんが、この47巻の半分くらいは、赤面なのだよ! もう、ま、真澄さん、新鮮だわ(涙) ここまで長過ぎ・・・というのも、あまりの時間経過(ファンのね)にもうキスもなくてもめでたいモード。 いやぁ、よかったわね~、息子がようやくチョコレートをもらってきたような、そんな母のような高揚感だわ。 がしかし、48巻では真澄さんのフィアンセ、紫織さん(マヤに猛然と嫉妬中)が自殺未遂など、ほんと、さらなる困難の中の真澄さん、二人はきちんとしたかたちでは結ばれないかもしれないけれど、また長くなりそうなこの物語、10年後、キスを待っているわ。 もうそのときは50を越えてるのね、それもいいわね。 がんばれ、真澄さん、紫のばらよ永遠に!
2012.03.08
地元で、ヨーガとバッチフラワーのクラスを。 いつもはグループセッションで、ボトル作りがメインになるのだけれど、今回のテーマは、「ホーンビーム」を通して見つめる、日常に潜む義務感と虚しさについて。 バッチフラワー17番目のレメディ。 ひとの内面の活力と新鮮な気持ちに関わるレメディだ。 フラワーエッセンスは、ひとのネガティブな感情に作用するのだけれど、ホーンビームに関していえば、やるべきことはわかっているのだけれど、それを考えただけでため息、やる気がでない、思考だけでからだが動かない、部屋が散らかっていく、家ではいつもジャージ、化粧をしなくなる、そして、日常の生活が色を失っていき、やりたくないのにやらなければいけない心理的負担でさらにバイタリティが奪われる。 日常のルーチンワーク。 家事、育児、介護。 お金にもならず日々の生活の営みを支えるのは、家族のためを思ってこそのこと。 だけど、することが当り前のようにみなされ続け、労いの言葉が関係の中で失われると、義務感や虚しさにとらわれることもでてくる。 恋愛時代や結婚当初のみずみずしい気持ちとかけ離れた、グレイな気持ち。 することが当り前になってしまっている時に出てくる感情。 なんで手伝ってくれないの? なんでわたしがこんなに疲れているのに察してくれないの? 怒り。 だけどこんな家事くらいできないと、自分の存在が認められなくなってしまう。 無価値観。 やらないと駄目主婦になってしまう。 自己嫌悪。 何かに対して義務感や虚しさが出てきたら、初心を思い出してみるといい。 そもそもどうしてそれをやろうと思ったのか。 家事だったら、家族に体する愛情からそれをやりたいと思えるのか、見つめ直してみる。 自分ひとりでみんな抱えようとしなくていい。 外注も含め、任せられるものはお願いする。 目標を設定する。 少しがんばればできるものがいい。 その目標は、五感で感じ想像力がひろがるような感覚があるといい。 目に見えるもの、触れるもの、食べるものをだいじにする。 例えば家事で使う古いスポンジ、わたしは我慢して使い続けると、なんだか腰痛になりそうながっかりした気持ちになる。 日々家事で使うものだから、自分のお気に入りを使ったほうが、心の快活度が上がるものだ。 わたしのゴム手は赤いキュートなものよ。 やる気が起きないと、からだのバイタリティをあげてくれるような食事が作れなくなる。 そんなときは、本当にからだと心の底から温まるような、美味しいお店に行って、リセットするのもいいと思う。 からだに触れてもらうのもいいね。 もちろん、からだを動かすのもいい。 直感をだいじにする。 普段しないようなことにチャレンジする。 新鮮で面白い気持ちがよみがえる。 その仕事によろこびを見いだせるか、その行動が未来のビジョンにつながっているのか、その意味は、自分にしか見つけられないからね。 そもそもなぜやる気が起きないのか。 それは本当にやりたいことではないから。 本気でやりたいことはやれるから。 やりたくないことから、今の自分の本質が見えてくるし、本当にしたいことを見いだすことができる。 むなしさを感じたときは、ひととして成長するヒントが隠されている。 内面的にどんな気づきがあって成長につながっているか、ささやかなことでもだいじに、ひとつひとつを拾える柔軟性を持つこと。 日々の生活の些事も、慈しんで、自分の心を込められること。 自分自身の行動が、未来につながっていると想像でき、よろこびを見いだせること。 朝露のようにみずみずしく、夕日が現すグラデーションのように彩り豊かなものを、あなたの手と心で生み出せる。 それがホーンビームのうつくしさだ。
2012.03.07
来週3/12(おお、主人のバースディ!)、いつもわたしが仕事で利用している文化会館たづくりで、亜莉さんの復職前おっぱい講座に合わせて、ママのためのプチリラックスに出店します。 亜莉さんといえば、わたしの生徒さんたちも絶賛している、仙川・pann no me のオーナーであり、アーユルヴェーダセラピスト、興味あることにはとことん追求する、熱意と包容力(あのゆったり感、欲しいわ)あるひと。 午前に保育付きでおっぱい講座を開催するので、この春復職するひと、おっぱいどうしようと考えているひとは、是非どうぞ。 午後は、おっぱいマッサージや、ヒーリングリフレ、内臓や子宮のヒーリングトリートメント、栄養指導、などと合わせて、わたしもこっそり、エサレンフェイシャルベースの、クラニオアロマのフェイシャルトリートメントを行います。 はじめ、ローズの精油にしようと思ったのだけれど、昨日、あ、月桃だ!とぴんときたので、オイルは月桃&乳香にしよう、いや~~~ん、月桃、すてき~~~どんだけ精神が和らぎつつ、バイタリティを上げてくれるのかしら~~~ と、ひとりうきうきしています。 母と子のクラシックコンサートを長年主催している、原嶋さんがイベントを束ねていただいています。 なかなか調布でこんな豪華に体験できるってないので、地元のひとはぜひどうぞ!
2012.03.05
わたしの地元は調布。 田舎のひとには田園調布とよく間違えられる。 結婚前、主人とcobaのライブに駅前のホールに来たときに、なんて薄暗いぼやけた町なんだ、まるで池袋線の保谷か! こんな町には絶対住まないね、なんて思っていたら、いやぁ、その数年後に、この町の家を買うことになるとは、全くの不覚、とほほと自分の愚かさを嘆いたものだ。 なぜ嫌いだったかといえば、地元のパルコブックセンターのランンナップがまるでひとをなめたような店構えだったからだ。 調布市民はこんなもんだろ、という姿勢がありありだった。 発売日に新刊が入っていないとかね。 何から何までも中途半端な町、といった印象がしばらく続いた。 調布、という町に住んでよかった!と思えたのは、駅そばにある鍼灸院に駆け込んだときだ。 ぎっくり腰を院長自ら治療してもらったことで、ひとつの鍼灸院の存在が、調布の町をOKにしてくれた。 院長はわたしの皮膚を触れただけで、「かなり長湯をされていました?」と聞いて、確かに2時間くらい入って、ずっと本をむさぼり読んでいたので、「あ、あはは、そうですね45分くらいかな」と短めに言ったら、「長過ぎますね」と、入浴と腰痛の関係を教えてくれた。 ひゃぁぁ~ この先生、やけに説得力があるなぁ、なんて思いつつ、鍼灸界でもかなりの研究者で、世界的にも認められている先生だと知り、いやぁ、調布ありがとう、と頭をたれたね。 久々に午前の時間が空いたので、メンテナンスに出かけた。 相変わらず混んでいる。 そして、変わらずからだの診たてが良い。 針も上手い。 余計なところには無駄にうたない。 院長の厳しい指導を受けているのか、若い先生でも安心して身を任せられる。 1年ぶりに伺ったら、ご紹介カードなるものができていて、初診料から1000円引きになる。 それをごっそり20枚ほどいただいてきて、早速午後のクラスに配ったよ。 鍼灸は怖いイメージがあるかもしれないけれど、こんなに即効性があって回復も早いのだ。 そして全然痛くない。 内臓がすごく活性化されてからだがぽかぽかする。 みんなもっと鍼灸を利用すべきだ。 痛みを我慢していいことなどひとつもない。 自覚がなくてもメンテナンスで利用するのもいいと思う。 だって、全然違う。 産後クラスの生徒さんも、痛みがかなりあるひとには、清野さんをすすめている。 数回通ったらあきらかにからだの感じが変わるから。 楽になってみると、いかにがんばっていたかも分かる。 でも、そのがんばり方はちょっと違うのだ。 からだも心も楽な方が、面白い。 清野鍼灸整骨院 誠実で頼もしい、人生を楽しめるからだを取り戻せる治療院だ。
2012.03.02
地元で産後クラスを。 今日でクラスを卒業するひとがお二人。 お二人とも産後3、4ヶ月頃からご参加いただいて、お子さんも赤ちゃんじゃなくて、自分の足でしっかり歩くボーイズに。 そのボーイズは二人とも、お母さんはほっそりしているのだけど、彼らは発育がたっぷりとしていて、肩や腰が~といっていて、寝返りもうたずに世界は天井しか知らなかったのにね、もう自由自在に行きたい場所へ、自分の足で行ける。 ひとに秘められた成長のエネルギーも素晴しいけど、ここまで無事に育て抱き続けてきたお母さんも素晴しい。 これからの人生も、苦かったり、酸っぱかったりもする、味のある日々を生きるのだろうけれど、自分自身の中にあるエネルギーを信じていってほしい。 まだまだ可能性は盛りだくさんなことを。 だって、42のわたしでさえ、まだまだ可能性がたくさんある、というか、これからだなぁと、結構真剣に信じられるもの。 自分のことを面白がれると、とてもいい。 おもちゃ箱みたいでね、飽きることがない。 さて、今日産後3、4ヶ月のひとたちの生活を聞いて、結構頭の中ががが~~~~~ん!だったこと! 夕食が、10、11時で、朝起きる時間がときに10時・・・ 赤ちゃんはまだリズムが整わないけれど、静かな暗い中で眠らせるのは深夜日付が変わってから・・・ その話を聞いて瞬時に思ったのは、「あぁ、きっと、あなたたちがわたしのクラスに巡り会ったのは、 わたしにその生活がどれほど凄いことか叱られるためね、 そして、わたしがアーユルヴェーダを伝えているのは、 あなたたち二人にひとのリズムを伝えるためだったんだわ」 と笑いながら腑に落ちたのだった。 ほんと、うるさい姑みたいだわ~なんて思いつつ、体内リズムや内臓メンテナンス、早く起きないと一日のスタートがどんどん遅れてしまう弊害など、まあ口うるさく(ごめんね)伝えた。 だけど、産後まもなくって、朝も夜もないものね。 いらいらすれば甘いものも増えるし、からだはさらに冷える。 だんなさんが帰ってきてから一緒に食べたいものね。 一日の赤ちゃんの話も聞いてほしいものね。 わかるわ。 だけど、知ってしまったからには、今夜から夕食7時ね、だんなさんが食べているときは、お白湯をすすってお相手してね。 (でも眠かったらやすんでもいいんだよ。 産後だから理解してもらってね) 大人のリズムは、こどもに伝わる。 人生のはじまりで、できるだけ生きやすいリズムを身につけたほうが、実は母が楽になるのだ。 やがて深夜のメールやら、妄想やら、暴飲暴食やら自暴自棄やらの時代は必ずやってくるのだから、それまではね、エネルギーをできるだけ循環よく回していけたら、と思うのだ。 いまは刺激がたくさん在り過ぎて、普通の生活をするって、案外たいへんなのかもしれないね。 今日もお疲れさま!
2012.03.02
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