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東京の奥地、陣馬近くの畑に行ってきました明日の第一土曜日は、団地の朝市です。多摩の団地に住むIさんですが、自分で育てた野菜を提供してくれています。今日は、朝市に出荷する野菜を収穫するためにやってきたんですが、当方もこれに同行させていただき、その畑を見させてもらいました。その畑のある場所ですが、JR高尾駅から陣馬高原にむかうバスに乗って、その終点の陣馬の手前にあります。バス停に「力石」がありますが、そこです。これが、その畑のある集落「力石」(りきいし)です。ここも八王子市ですし、東京都です。力石は、40戸くらいの集落とのこと。時々小雨がふるといった天気でしたが、作業には支障なし。山々には雲が霧のようにかかって、まるで水墨画のような景色でした。この写真の手前側に、Iさんが耕している畑があるんです。その畑の様子をアップしてみました。このなだらかな山肌の畑で野菜を作っているんですね。手前の白い花は、そばの花でしょうか。幅10メートルくらいの、縦長にのびたスロープ状の畑です。今回の収穫は、ジャガイモとネギ、そして山椒の実でした。この畑には、サトイモが植えられているし、大根もある、トマトもまだ若いながら実をつけていました。その他にも、様々な野菜がつくられています。集落の農家の方が、栽培の仕方から、いろいろアドバイスしてくれるんだそうです。今回も、90歳くらいの農家の方から「寄ってけよ」と声をかけられていました。畑の右側の境界は、大きな栗の木です。太い木が何本も並んでました。このすぐ近くには、ブルーベリーやリンゴの果樹園もありました。シイタケの栽培もしていました。農家の人の土地を生かす技というのは、すごいものです。きれいに、さまざまな畑が維持されていました。こうした山村の景色も、東京のもっている姿なんですから、東京も多彩です。こけは日ごろ、けっして日の当たることのない、山村の東京人のくらしです。ここは八王子市なんですよ。私などの住んでいるのは、その東のはずれの鹿島で、多摩センターの近くですが、ここは八王子の西のはずれに位置して、高尾駅から陣馬高原行のバスが交通手段です。この集落「力石」は、陣馬街道沿いにあるんですね。車が留まっている右側の道が陣馬街道です。その道の先の方に陣馬高原下のバスの終点停留所がありますが、まだ少し先です。この街道の裏手には、甲州街道も通っています。その甲州街道の脇には、道祖神でしょうか、石仏、石碑が並んでいました。右手の柵のある道が、甲州街道です。力石は、街道ぞいにある集落ですから、交番が1つ、雑貨屋さんが1軒ありました。集落の中ほどには、大きな屋根をもつ庄屋さんの古い家がありました。今現在は、人は住んでいませんが、隣の方が手入れをされていて守られています。分家の方が、道の反対側にお住まいとのこと。写真は街道側から見た表玄関の様子です。この建屋の裏手が生活空間になっていました。蔵が二つあって、最近まで物置として使われていたようです。手前には屋根付きの井戸があります。右隣には、馬の厩だと思いますが、家畜を飼っていたあとがありました。しかし何たって、公共輸送機関としては、バスの一時間に1本ですから。東京といっても、時間感覚が都心とは大違いです。このまでIさんは、電車バスを乗り継ぎかよって、畑づくりをしているんですからね。ここから団地までは2時間くらいかかるでしょうか。私の真鶴のみかん園も2時間くらいですが、この山村の暮らしですが、ここも東京なんですが、日本の古い地域文化が、つい最近まで残っていたんですね。
2017年06月30日
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近代民主主義は宗教を位置づけたか4年前に、近代民主国家における宗教の問題が問われました。戦前のことですが、さかのぼること大逆事件では僧侶も死刑に連座させられた。治安維持法では、国家体制を変革する勢力を、共産党を筆頭に宗教者までも弾圧した。その具体的な記録を記した二つの本です。4年前に、わたしはその問題を、戦後の日本で明確に反省される必要があるけど、憲法上は総括されていても、実際はそうなっていないと感じて、あらためて、原理的解明の明確化の必要としました。https://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201306290000/ この課題は、私自身に関しては、はたされていません。依然として、この問題を課題としているところなんです。本日(6月29日)付のしんぶん『赤旗』の2面に、元公明党副委員長の二見伸明氏の演説が紹介されています。ここで二見氏は、6月22日朝日新聞の投書を引用して、「『本来、大衆のため、正義のため、平和のために行動する党だったはずだ。『与党の利益』のために理想を放棄し、初心を失うようであってはならない。安倍首相と一蓮托生で行くのか。大衆の側に戻るのか。公明党よ、どこへいく?』この指摘は非常に深刻で、重要な指摘です。公明党の支持者はみんな迷っている。自民党を支持することは、結局は自分たちの目指すものをダメにしてしまったんだよ」この問題は、信仰心を利用して、安倍自公政権の反動政治を理想化している、今日の宗教団体の問題です。国家の側も民主主義を理解していなければ、この宗教団体の幹部たちも理解していないんですね。ここに今の日本の現実があります。4年前に課題としたことですが、近代民主主義の原則は、アメリカやフランス、イギリスでは、国家における宗教の自由をどの様に位置付けたか。また現在位置づけているのか。あらためて、私自身もそうですが、国民的に明確にする必要があると思います。この2つの著作の解決していない問題があります。そこに今の日本が現実に問われている問題があります。
2017年06月29日
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ブルーベリー収穫とカミキリムシ対策6月29日、小田原方面のみかん園に遠出してきました。懸案は、ブルーベリーの収穫とカミキリムシ対策です。今回の第一は早川園でして、早川のみかん園の一角にあるブルベリー園での収穫でした。今、ブルーベリーが、少しずつですが、収穫が始まりだしているんですよ。これが、今回の木です。なかなかよい色をしているでしょう。ブルーベリーというのは、スローモーションのように成熟していきますから、少しずつしか収穫はできません。本格的な収穫は、まだ少し先です。この木は、早生品種の木だそうですが、園主の配慮で、この木の1本について収穫が出来ました。これが、その木の全体です。まだまだ収穫できる量はわずかなものだということが分かるかと思います。今日の収穫は、200グラムでした。この木の周りを見ると、ご覧のとおりです。今採れるのは早生品種で、全体のごく一部です。これから、徐々に成熟が広がり、収穫が本格化していきます。このブルーベリー園ですが、それがあるのは早川のみかん園の一角です。次の写真で、様子が分かるかと思います。正面のボックスのあたりは市民みかん園で、先日草刈りしたところです。それに対して、ブルベリー園は手前です。すぐ手前ですが、左右にあるのがブルーベリーの木です。まだ果実は葉の色と同じで、目立ちません。これから紫色の果実に熟してくるんですね。なかなか、人の都合には合わせてくれないのが、果実の成熟です。ですから、ブルーベリーの収穫については、短時間で終わりました。その他の収穫をして、午前10時9分には早川園をあとにしました。真鶴園への移動です。もう一つの課題が待っていましたから。真鶴のみかん園では、前回、たまたまカミキリムシを2匹駆除しました。いま、カミキリムシの時期にあることを突き付けられたんですね。従って、今回は、みかんの木の基幹部分に防虫剤を塗布しました。もう、早川園で、作業着はずぶ濡れでした。こちらは短時間で終わらせようと、シャカリキの塗布作業でしたから、写真を撮るのを忘れました。くたびれているし、写真どころではなかったんですね。ただ、この作業をしていて、カミキリムシの羽化穴を、前回の2か所に加えて、新たに3か所、したがって計5か所の穴を見つけました。駆除したカミキリムシは2匹ですから、まだどこかないるということですね。この時期、カミキリムシは、みかんの木の基幹部分に卵を産み付けようと動いています。みかん園の内部から、羽化してでてくるわけですが、それだけではなく、近隣のみかん園からも飛んできますから、なお油断は出来ません。みかんの木の存亡がかかっています。すくなくとも、今回の防虫剤の基幹塗布により、幾分かは産卵がしにくくなったことは確かなはずなんですが。完全に防げるわけではありません。とにかく、取りうる手は打ちました。ということで、今回の遠出の目的、ブルーベリー収穫とカミキリムシ対策は果たせました。この他にも、作業はいろいろあって、早川園では、真竹、プラム、みつば、ペパーミント、ノブキを収穫してきました。これらは、7月1日の多摩の団地の朝市用です。また、真鶴園では、草刈り機を使っての、草刈りをしてきました。今回も、これで何とか、今の時期の対応を果たせたということです。
2017年06月29日
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『古代の思想-儒家と道家』を読む今日は、送迎仕事で待ち時間ができたので、読みかけていた本を通読しました。中国の古典文学1『古代の思想-儒家と道家』(久米旺生著 さ・ら・え書房 昭和53年刊)です。近くの図書館で借りて、この間読んでいた本なんですが。よみやすく、中国の古代の思想家を紹介してくれているんですよ。最近の中国の印象ですが、周辺地域を自国の領土だとして武力で占拠したり、国内では、周辺民族や民主活動家を弾圧したりして、かつての中華思想をうかがわせるような、およそ社会主義の大義とは相容れない横暴を繰り広げているんですが。それではあっても、私などは、その歴史には今日でも学ぶべきものがあると思っています。今回の『古代の思想-儒家と道家』(久米旺生著)なんですが、儒家-孔子、孟子、荀子、道家-荘子、老子の、古代の思想家の5人を取りあげています。紀元前560年から紀元前220年くらいに生きた思想たちです。これまでの学校教育で、中国の諸子百家の思想家たちは、その名前くらいは知っていたんですが。彼らの思想の中味について、ごく一般的にしか知らないんですね。それ以上の検討はしてこなかったんですね。印象としては、儒教に対しては、「君主に対し忠義、親に対して孝」の日本の封建社会の中心思想と感じていたんですが。この本では、著者の久米氏は、孔子(紀元前551年-前479年 74歳)を人間として生きた姿から『論語』を読み解こうとしています。訓詁学ではないんです。これまでとは、だいぶイメージがちがうんです。どうやら、江戸時代の儒学というのは、同じ儒学でも後世の朱子学による考え方によっていたもののようです。それも確かめる必要があるんですが。以前に、藤沢周平の郷里・山形で、の鶴岡藩の藩校を見学した時に、江戸時代の教科書が展示されていました。ようするに、著者は、同じ孔子の儒学でも、歴史によって様々な解釈の仕方があったこと。そもそもの姿を明らかにすることを、この本の眼目にしているんですね。孔子が死去してから150年後、孟子(紀元前390年-前305年 86歳)が出てきます。孟子は孔子の精神を蘇らせたとされてますが、その考え方の中には、天の命を回復するとして、革命の思想を唱えたとのこと。このため同じ儒学者でも禁断の思想家とされていたというんですね。さらに同じ儒家でも、荀子(紀元前340年-前245年)の思想となると、おのずからホップスの「リバイアサン」を想像させるような、人々の取り決めによる統治の思想を唱えています。それぞれの、この時代の差は何としたことでしょう。また、これらの儒家に対して、道家の思想家たちが紹介されていますが。この道家の思想たちに共通するこの「道」という考え方には、「自然の道理」という思想があるというんですね。さらに弁証法的な考え方をふくんでいるんです。これらが記録が断片的に残っている紀元前の中国の諸子百家の思想家たちの思想なんですよ。これは、古代ギリシャの思想家たちとも比べうる思想じゃないですか。中国の古代の思想たちには、やはり学ぶべきものがあります。私などは、これまでほこりをかぶらせてきたんですが。「世界の名著」(中央公論社)シリーズの本があります。3、「孔子 孟子」(解説・貝塚茂樹 昭和41年)10、「諸子百家(墨子、孫子、荀子、韓非子)」(解説・金谷治 昭和41年)そして、「世界文学大系 筑摩書房」の5A・5B『史記』(昭和37年)などですが、いずれも、手元にあって、長くほこりをかぶって、置かれてきたんですね。これらについても、せっかくの機会ですから、ほこりをはらって、あたっておかなければならないことのようです。
2017年06月28日
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カミキリムシ2匹を初退治してきました6月26日の目的はミツバチのケアーでしたが、真鶴のみかん園へ行ってきました。二ホンミツバチが6月2日に移住してきたのですが、6月23日でしたが、本来ミツバチに覆われている巣が、露出状態の異変に気がつきました。今回は、その手当のために出かけてきたのですが、それだけで済みませんでした。関心がみかん園での収穫と東京都議選に集中している間に、いつしか時は、6月の半ばを過ぎていたんですね。ミツバチのケアーを終えた時、ふと足元をみるとモゾモゾと動くものあり、見まちがうことはありません、ゴマダラカミキリムシでした。そうか、いつしか季節はカミキリムシの季節になっていたんですね、忘れていました。それで、急きょ、みかんの木の根回りを対象にして、草取り作業を行いました。すると、案の定、近くの木で、カミキリムシの羽化穴を見つけました。みかんの木の根もとに出来た1センチ弱の穴ですが、カミキリムシの幼虫ですが、2年間木の中を食い荒らしたあと、ここから出てきたんですね。なんでそんなにカミキリムシに対して目くじらを立てるか、というと、みかん栽培にとって、カミキリムシは一番の害虫なんです。カミキリムシが木の中に入ると、せっかく育てた成木が、枯らされてしまうからなんです。これが、そのみかんの木なんですが、カミキリムシの幼虫は、樹の中に坑道を掘って住み着きます。すると木は、根から送る水分や養分の道を断ち切られて、その先に送れなくなり、結局、せっかくのみかんの成木が、枯れだしてしまうんですね。次の木も、同じく加害されて、半身不随にされてしまった木です。この木も根元に羽化穴が出来ていて、近くでカミキリムシを見つけました。他の病害虫は、まだ手当次第で再生することは可能ですが、カミキリムシばかりは、木そのものを枯らされてしまいますから、大問題なんです。みかん栽培にとっては、生か死かの運命の分かれ道で、譲れない害虫なんですね。これは、カミキリムシにより枯らされてしまった木を、この3月くらいに植え替えした木です。わきにはまだ、掘り起こした木の株が放置されています。この2本の木の間には、30年くらいの差があります。育った木の植え替えについては、本来なら今ごろの、6月ころにするべきなんですが、これは、今年の3月くらいに植え替えをしました。苗木の植え付けと一緒にしたんですが。この間、この新たな小木は枯れたように葉をおとして、立ち枯れ状態だったんですが、かなり心配していたんですが、ここへきて芽吹きが始まりました。ヤレヤレなんですが。確かに依然として枯れたような枝もあるんですが、しかし中には、こうして新しい芽を出す枝もあるし、何よりも、立派に花を咲かせる枝も出てきましたから、一安心です。みかんの花というのは、普通は5月初めに咲くんですが、今回のこの木ばかりは、遅咲きです。しかしとにかく、生命を復活させてくれたことは間違いないわけで、ヤレヤレです。みかんの木は一度枯らされると、ある程度の果実がつくまでに12年くらいかかります。農家は、一般に10年先を想定して、苗木を植えて育てているんですね。その日しだいの口八丁、場当たり的な政治家では、農業というのはやっていけません。体力、技能だけでなく、考え方からして、違いがあるんですね。しかし、現実にはそうした政治家が、国の農業政策を決定しているわけですから、たまりません。本当にしっかりした政治家を選ばないと、後からとんでもないつけが回されてきます。国内の水田は減反を強制させても、外国から安いコメを輸入するとか、国内のみかんは捨てさせても、外国からのジュースやオレンジを輸入するとか。ものごと、安ければよい、というものではありません。農家を切り捨てる農業政策が、続けられてきているんです。私などは、みかん園の手入れを始めて17年目の新参で、農夫としてはよちよち歩きなんですが。それでも、はっきりと見えてきます。国民の安心安全な食生活を守るとともに、農家が営農できる政治を建てなければなりません。現実は、逆方向の政治が、多数決ですすめられているんです。日本の国は、農業のおいても、歴史のあゆみを総点検する必要があります。国政は、戦後ある時期までは、ある程度の農業の振興政策をすすめてきたんですが、この40年くらいは、形も内容も農家の切り捨て政策に、ねじれて変わりました。次々と現場の声をきりすてて、亡国と農業荒廃化の農政強行が積み重ねられています。農業のあとを継ぐ者がいなくなってしまうのは、現状では、当たり前なことです。どうしてこんな事態が続くんでしょうか。これは私などが感じていることなんですが。農家としても、日々の草取りなど、あれこれでへとへとになっているだけではだめなんです。もっと社会に目を広げて、自分たちの置かれている事態を、原因を知らなければなりません。ほんとうに農業の未来を拓くための政策と政治家というものを、しっかりと見極めれるような社会性を身に着けなければなりません。今がなんとかやれればよい、というものではないんです。また、そこには誤魔化しの関係があるんですね。口は重宝なもので、口先では、一見すると誰しもきれいごとをならべています。しかし、実際そこには明らに大きな違いがあるんです。選択があるんですが、それがみえていない。習慣がつづいている。この東京都議会選挙も、まさにそういうことであり、その機会なんです。注意してみれば、社会と政治との関係が、自分たちの置かれた状況が、選挙戦の議論間中からも資料からも、その真偽が見えてくるときです。だまされることなく、それぞれの政策と候補者の人柄をよく吟味することが必要です。あらためて、この一票がもつ選択の大きな力を感じさせられます。間違いない、後悔しない選択権を行使しするためにも、確かな未来をつくりだすためにも、あと6日間ですが、主権者の一人として、おおいに努力するということです。
2017年06月27日
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6年前に、マルクス『聖家族』に挑戦していました当方の今は、都議会選挙、みかん園の手入れ、学習、このトリプルが基本ですが。本日は、フェイスブックのおかげで、6年前の学習を思い出させてくれました。今回は、若きマルクスの『聖家族』(1844年)です。https://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201106260000/当時のプロイセン君主制、今のドイツですが、啓蒙性を捨てて専制の反動化を強めます。こうした中で、マルクスたちは民主主義制度の実現を要求します。様々な考え方の人たちが、民主主義国家を求めて共同していたわけです。全集の第2巻に、この『聖家族』は入っています。この前に、マルクスはヘーゲル『法の哲学』を、唯物論的立場から批判的検討をしています。その努力は、やがて唯物論的歴史観を確立することにつながるわけですが。ここでは、その過程にあるわけで、マルクスの必死な学習ぶりがうかがえます。そのマルクスの学習のテーマですが、その要素になっている課題ですが、私などは、近代の日本にとって、なによりも今日の日本にとっても、本質的に共通して問われている民主主義の問題だと思っています。私などにとって、くり返しのこだわりとしてこの学習がでてくるのは、卒業できていないからですね。そこには、バウァーたちの観念論への批判が基調になっているわけですが、そこにある要素として、少なくとも、1、プルードンの社会主義に対する唯物史観的な観点からの批判があります。2、ヘーゲルの観念論的弁証法に対する批判があります。3、政治的解放と人間解放の区別の問題があります。4、フランス革命に対する評価、見方の問題があります。5、近代の唯物論の歴史と、その唯物論の歴史形態の問題があります。6、ヘーゲルの『精神現象学』に対する批判があります。こうした要素が、短期間のなかですが、そこには含まれています。これは、『ドイツ・イデオロギー』をまとめようとするにいたる過程でのことですが、マルクスは社会活動に活発に取り組んでいるわけですが、そのなかで、社会発展に対する洞察が死活的な問題となっていたんですね。今日の日本にとっても、このマルクスの努力には、かさなるものがあると感じさせられます。ということで、依然としてこのテーマは、私などの今日の課題となっています。
2017年06月26日
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八王子駅の清水ひで子候補演説会に参加今日は、年がいもなく追っかけをする羽目になりました。午後1時の日野市の中野あきと候補の高幡不動駅演説会に続いて、午後2時半から清水ひで子候補の八王子駅演説会にいってきました。この間、清水ひで子候補は、共産党都議団の政調委員長を務めて来たそうです。都議団の政策責任者ですね。どうりで、演説で話していることは、実績にしろ、政策にしろ、いたって明確です。左の方に日の丸の旗が見えますが、八王子選挙区には、共産党の中傷をもっぱらにする候補者も立候補しているんですね。マイクを使って、この演説会に対しても、ずっと妨害し続けていました。この共産党の演説会には、歩道テラスのうえにも、全体をぐるっと取り巻いて、清水候補の、志位委員長の話を聞こうとする聴衆がいるわけです。かえって、その断定の執拗な妨害ですが、その異様さを感じさせてくれました。だれが、こうした当てつけの妨害を指示しているのか、その背景はあきらかです。志位さんは、やはり3つの点で話していましたが。何しろ、安倍首相にしろ萩生田副官房長官にしても、告示から3日間がたちますが、二人とも都民の前に出てこないでしょう。加えて、安倍内閣の関与を明らかにした文書が出て来たでしょう。だから、都議会選挙だというのに都民の前に出てこれないんです。この点を志位委員長は第一の点として指摘していました。八王子での演説ですからね、同じ論点でも、いっそう鋭く具体的な話としてに聞こえました。安倍首相ですが、関西の方で「自民党の改憲案を秋の国会に提出する」などと、言っているわけです。憲法を守る義務をもつ公務員として、明らかな憲法違反だ、と。こうした中での東京都議会選挙ですから、この間の安倍政権の逆暴走の政治に、自民・公明の政権に対して、この選挙が、これにたいする最初の審判となることを指摘していました。第二は築地市場の問題、第三は逆立ちした都民切り捨ての都政批判です。これら話では、清水ひで子さんのはたした役割、東京都議団のはたしてきた役割、その実績について、次の写真が示していますが、力を込めて強調していました。都民にとって、清水さんの議席はかけがえのない議席になっている、との点です。私は、写真を撮るのに集中していたため、具体的な事柄を聞きのがしてしまったんですが。確かなことは、くり返しになりますが、清水ひで子都議の議席は、都民にとっても、三多摩格差を抱える地域にとっても、かけがえのない議席だという点です。選挙ですから、あと7日間、最後まで頑張りぬいたものが、そうした努力を尽くしてこそ、勝利できるんだということでした。
2017年06月25日
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都議選・日野選挙区の中野あきと候補の応援に今日、25日は、東京都議選の唯一の日曜日でしたが、インターネットのお知らせにより、日野市の高幡不動駅に行ってきました。日野選挙区の中野あきと候補を押し上げようと、高幡不動駅で午後1時から街頭演説会が開かれたからです。都議会選挙の選挙権はひとり一票しかありませんが、私は八王子市民ですから、八王子市でしか投票できないのですが、しかし、人は生活上、いろいろ動きますから、あちこちに社会的な接点が出来ます。中野あきとさんが、都議会議員候補者として活動しているからには、是非、聴衆としてですが、じかに話を聞いておきたかったんですね。高幡不動駅には、大ぜいの聴衆が、一般の人も足を止めて聞き入っていました。ここでは、ママの会の女性や、共産党委員長の志位和夫衆議院議員、自由党東京総支部会長の渡辺元衆議院議員も、中野候補の支援を呼びかけていました。志位和夫委員長の中野候補への応援演説ですが、これが、たいへん熱く訴えていました。訴えの中身は三つでした。1つは、この都議会選挙が、憲法9条改悪などの安倍政権の横暴への最初の審判になること。安倍首相は自身の疑惑をかくして逃げ回っているが、中野候補を当選させることで審判を。2つは、築地市場問題を「食の安全・安心」「築地ブランドを後に引き継ぐために」、豊洲移転をやめさせ、築地での再整備をひらくために、共産党都議団と中野候補を。対決点は、自民党・公明党対日本共産党になっている。3、大型開発の都政の無駄遣いを、都民の暮らしや福祉優先に切り替えること。この4年間の都議団の実績は大きい、さらに確かな力の中野候補を当選させて、東京都政をかえて、国政を変えようと。三つの基本点ですが、この間の日々の動向がもられた迫真の、熱のこもった訴えでした。私は、この会場で配られていたチラシをもらいました。中野あきと候補のメッセージです。選挙法により、おかしなことに名前の書けないとのことですが、「都政への挑戦―私の決意を聞いてください」としたもので、中野あきとさんの、こころざしは伝わってくるものでした。さあ、あと一週間です。日野市からも、中野あきとさんを都議会へ送って、都政をとりもどしましょう。かつての日野革新市政をつくりだした力、全国の燈台の役割を果たした底力をしめしましょう。暗雲の国政につながる他の候補人たちに負けずに、国と都を変える市民の力を結集しましょう。
2017年06月25日
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5年前のヘーゲル『精神現象学』序論ですヘーゲルの『精神現象学』「序論」を5年前に学んでいました。https://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201206250000/ふつうは、得心のいかないものは、記憶から消えてゆくものなんですが、ブログの記録のおかげで、ふたたび学びかえすことが出来ます。ヘーゲルがここで言っていることですが、思考法則というのは、ふだんは意識せずに使っていますから気がつきません。ヘーゲルがそれを追及していることは、ここでも見て取れると思います。ここには、1、人類の大きな歴史的歩みが、一人の人のなかにくり返されるとの洞察があります。2、≪これはそんなものだ、わかっている≫といった既知感、先入観ですが、それがかわって、よりすすんだ認識に代わっていく過程がとらえられている。「思想の流動化」と表現していますが。今回、読み返してみても、やはりわかりにくい表現が多くてつまずきがちです。それがヘーゲルなんですが。しかし、ここでヘーゲルは、新たな問題を開拓しようとしています。分かりにくさは、問題にしている新しい事柄にもよっているという面もあるかと思います。それだけではないとも思いますが。しかし、この中には、確かにだいじな成果が含まれていると思います。日ごろ意識していない事柄を、はっきりとした意識に登らせようとしている。やはりこの難解な書は、依然として、いまでも検討の必要を感じる課題です。
2017年06月25日
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都議選・清水ひで子候補が鹿島団地にやってきました東京都議会議員選挙が、昨日・23日に告示されました。面積の広い八王子選挙区ですが、本日・24日の夕方に、共産党の清水ひで子候補が、立候補挨拶の演説をされました。面積の広い八王子市ですが、当方などの住む鹿島地域は、その一番東はずれにあるんですが。この都議会選挙の八王子選挙区ですが、ここは、国政問題との関係で、重要な意義をもつことになりました。安倍内閣がすすめた「加計学園」の学部開設問題で、各省庁への便宜供与のはたらきかけが問題になってます。お仲間への便宜を、公正なルールも無視して、強引に図ったというもの。公表された文書で萩生田官房副長官の関与が明らかになりました。その萩生田議員は、八王子選出の国会議員なんです。古くから八王子市は、自民党と公明党が強い影響力をもっている土地柄なんですが、ことこまかな事実が明らかになっても、当人は「知らない」と強弁しています。この問題で、国民は真相究明と、憲法破壊の政治の転換を求めていますが、疑惑の片棒を担いでいる一人の選出基盤である八王子選挙区ですが、国政と当人が白を切っていることから、おのずから、この都議会選挙が注目されているわけです。この都議会議員選挙を真実を明らかにする論戦の場になっている。八王子市民が、この問題で、どのような審判を下すかが問われているんですね。清水ひで子候補は、教員出身の現職の都議ですが、三多摩地域では、まだ少ない現職の共産党都議会議員なんです。この間、歴代の東京都政の歪みをきびしくただして、都民要求を実現させるべく、共産党都議団の中で、全体のカナメの一人として奮闘されてきました。この優しい、穏やかな清水さんですが、こと悪逆な都政に対しては、都民の暮らしを守っての追及は、たいへん厳しいんですよ。地域住民の要求を守って、奮闘されています。今回の都議会議員選挙にあたっての、立候補のあいさつですが。(当方は、ピンボケ写真を避けるために必死だったんで、話の断片なんですが)1、築地市場の豊洲移転の中止と築地での再整備を、断固として明確に掲げています。これは7割の関係者が望んでいる方向です。しかし、自民党・公明党は、これまで進めてきた豊洲移転の促進です。2、巨大開発優先の都政から、都民の福祉暮らし優先の都政への転換を掲げています。認可保育園の9万人分の増設をかかげています。この間の実績もうまれています。特養ホームの2万人分の増設、国保料の1万円の引き下げを提案しています。シルバーパスの負担軽減、多摩モノレールへの適用を掲げています。この間、石原、猪瀬、舛添都政の下で、切り捨てられてきた都民の暮らしです。この間に、全否定された事態から、前向き変化の可能性が生まれていますが、この要因には、共産党都議団の4年前の増えた議席の力がはたらいています。しかし、国民・都民が望んでいる方向に、政治の流れをさらに大きく変えるためには、この都議会議員選挙での共産党議員団の前進が欠かせません。そして、この八王子選挙区では、清水ひで子さんの活動が、確かな保障になるわけです。それぞれの党派が、必死になった、はげしく錯綜した選挙戦になっています。このゴチャゴチャした関係の中で、真実の関係を見抜くことがが、大切ですが、多くの八王子市民のところで、その目やこころにもはっきりと確認できるようにすること。この理解は自動的に進むものではありませんから、必ず逆宣伝もしかけられていますから、あと8日間です、それぞれの東京の各選挙区での前進と八王子選挙区の議席確保は、政治を変えたいと願う一人ひとりの、やはり、これからの努力にかかっています。
2017年06月24日
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6月24日、今朝の団地の朝市は終了しました今日は、東京都議会選挙の二日目です。この中で、今朝、多摩の団地で、独自の朝市を開催しました。今は、真竹がが盛りなことと、ビワが最後でもあったんですね。先週の時点では無かったのですが、候補者掲示板が通りの反対側に設置されていました。昨日から、候補者ポスターがはりだされました。これは、6月24日(土)、今朝の午前9時です。朝の団地商店街は、人通りも少なく、ガランとしています。こうした中で朝市を始めたわけですが、商売は大丈夫だったでしょうか。これが、店開きした時の様子です。あれっ! 農産物があまりありません。そうなんです。昨日、今日の朝市用にと農産物を搬送して置いておいたのですが。すでに昨夜のうちに、フキとブルーベリ―、ビワ、プラムは売れて無くなっていました。開店の時点では、ブルーベリー2パック、ビワ1袋、真竹6束、残りは、もうこれだけになっていました。それで午前9時から朝市を始めたんですが、午前10時6分にはすべての品が完売してしまいました。それだけじゃないんですよ。売るべき商品が無い中で、注文の予約をとったんです。それで、フキ-9束、ブルーベリー2パック、ウド-1束ですが、これらの予約注文を受けることが出来ました。ありがたいことです。次回の朝市は、定例の朝市ですが、都議会選挙の投票日の前日の土曜日なんですね。この時期に、売るあてもなく収穫するのと、注文を収穫するのとでは、雲泥の差です。ポチポチと採るのか、目的意識的に採るのかとでは、集中力が違ってきます。これで、雨が降ろうと槍が降ろうと、予約品を採ってきます。もちろん東京都議会選挙はあと8日間です。それで都議会の議員会派の力関係が決まります。自分たちの声を代表する人を、議会に送れるかどうかが決まります。東京都政は、都知事と都議会は二元制ですが、それにより、4年間の議会の基本的な流れや中身が決まるわけです。これまで都政は、都民要求などは方便で、人気投票のようなものでした。あとから無駄遣いが闊歩して、都民負担をどんどん強いる都政だったわけです。その負担を、今味わされているわけですが。今都民は、その点を、以前よりは厳しく見るようになってきていますが、まだまだ、この選挙目当ての方便にだまされやすいんですね。今度こそ、こうした都政を変える為に、この都議会選挙の選択は大事になっています。その結果は、国の政治にとっても、その結果は大きく影響してきます。平和民主の憲法を変えようとする動きに、都民はその意志をしめせるわけですから。私などの農夫は、営業と選挙の二股を追及します。人は、食べて休まなければ、その自然的存在と社会活動を維持することはできません。したがって、農夫は、農夫としての営業を行いながらも、同時に、アンテナを高く張って、この都議会選挙をしっかり見極めていくつもりです。あとで後悔しないように、都民でしか出来ないこの選択を、しっかり行使したいとおもいます。
2017年06月24日
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東京都議会選挙が告示されました私は東京・八王子市に住んでいますが、ここでも、誰を都議会に送るか、その選択が問われています。ちょうど一年前は、参議院選挙が行われていました。その時に発信したブログです。その時も、主権者国民の選択、民主主義が問われていたんですが。https://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201606230000/私は思うんですが、沖縄県民の意思を尊重する国の政治が必要なように、築地の関係者が求めている市場のあり方こそをすすめるべきですよね。築地市場が問題になっていますが、これまで、長年にわたって自民・公明都政によって、関係者はないがしろにされてきました。沖縄も、築地も同じなんですね。小池知事は本当に築地関係者の声を聞いているか、自民・公明に配慮して、自分の勝手な事柄を押し付けをしていないか。東京都政は、都民の暮らしがかかっていますが、この市場問題の対応に、諸々の事柄の本質が問われています。ルソーは、当時のイギリスの買収選挙を警告していますが、口当たりの良い言葉や利権にだまされずに、自分たとが主人公であるとの自覚に立って、しっかりと選択しろということですが。私なども、この9日間の選挙期間のなかでも、どの議会勢力が伸びたら、都民の要求が、本当に実現できるか見極めたいと思います。
2017年06月23日
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講演「ヒューマニズムの擁護」(真下信一)を読んで戦後に生まれた私などにとって、敗戦前の戦前社会は実感しにくいものがあります。戦争法や憲法論議でも感じていたんですが。そうした折、重ねるように共謀罪法案が強行されました。この法案が国会で討議された際、国会議員の討議はもちろん、参考人発言でも日弁連弁護士や学識者から問題点が指摘されました。「治安維持法の復活になる」「内心を処罰するのは、憲法や刑法と相容れない」など。しかし、にもかかわらず、手続きをふみにじってまでも強行成立されました。今の政権は、戦前への回帰と、戦争をしたくて、それ以外の声を蹴飛ばしています。前回、真下信一著『時代に生きる思想』(新日本新書 1971年)を紹介しましたが、もう少し、その全体的にその思想を知る必要があると感じて、探ってみました。その結果、真下信一氏は著作集を出していたので、注文しておいたところ、本日、著作集4『ヒューマニズムの精神』(青木書店 1979年刊)が到着しました。巻頭の一、「ヒューマニズムの擁護」ですが、これは1976年に行われた講演です。雑誌『部落』の1976年臨時号に掲載されたものだそうです。最近の私などは、感じ出していたんですが。〈戦前社会についての認識は与えられるものではなく、自ら探るべきもの。ちょっと注意して周りを見れば、その跡はいくらでもみえてくる。〉実感しにくいと思うには、今のそれなりの社会状況があるんですね。しかし、ゴロゴロと材料が否応なく問われてきているのも、やはり最近です。この真下氏の講演ですが、ズバリと体をはった具体的な生きた証言になっていました。その中身は、共謀罪法を考える上で、重要なものでもあったと感じました。いささか、遅いんですが。まぁ、ないよりはましです。しかし、おそらく、こんな本は、ほとんど誰も見ることは出来ないでしょう。また、残念ながら、私にはその中身を紹介するような力はありません。しょうがないので、全体は24ページですが、その講演の柱建てだけでも紹介しておきます。 「はじめに 戦時無法体制の思想=治安維持法 治安維持法と私の体験 ファシズムの思想=差別の論理」その一部からですが、戦後31年がたった時点での感慨ですね。「私は最近つくづくと、8月15日はまだ来ていないのではないかと思うんです。・・・8月15日の事実は来ました。しかし、8月15日が意味すべき論理はまだ実現していない訳です。その論理、意味をいかに早く成就させるかが今日の民主主義の基本的な課題であるわけです。」そして、このには、真下氏自身が受けた言論・思想弾圧の体験と、戦後の体験があるわけです。その理不尽な拘束と取り調べの様子が、今回の共謀罪法が成立した場合に予想される問題が、ちょうど重なるかのように、危惧の念をもって拘束された体験が紹介されているんですね。もっと、この本が、この経験が早く紹介されるべきだったと思います。共謀罪法は成立しましたが、指摘された問題があるわけですから、しっかり問題を見据えて、民主的権利を侵害させないように、注視していく必要がある。そのためにも、この証言は、大事な貴重な体験を伝えてくれていると思います。私などは、もっと、戦前・戦後の歴史から学ばなければならないこと、民主主義は自覚的に守る力がはたらいてこそ、権利を受けることが出来るということです。様々な形で侵害しようとする者とは、機敏にたたかわなければならないこと。真下氏の経験と思想は、今に生きていると思います。
2017年06月22日
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真下信一著『時代に生きる思想』を読んでこの真下信一著『現代に生きる思想』(新日本新書 1971年刊)ですが、この本は、遠く学生の頃入手していたのですが、それはなくしてしまい二代目です。6月15日に、この中の「狂った流れのなかで」を紹介しましたが。私は、少し前に、自分自身が、今の社会を自然のように感じてしまう傾向について、言い換えれば、戦前の社会について実感がもてていないと感想していたんですが。そもそも、そうした問題が問題になる背景ですが、この数年、とくに安倍政権の戦争法の強行採決、実施がきっかけとしてありました。どうして、こうした時代錯誤が、現代の日本政治に幅を利かしているのか、今の社会に存在する明らかなこのギャップですが、それは、あらためて現代日本の社会の特質をつかむ必要を感じさせられたんですね。それで、いろいろ探っていたんですが、戦後の文学論争史もありました。唯物論研究会の弾圧問題もありました。年金みかん農夫をしている自分自身のルーツの問題もありました。しかしとにかく、この中で『現代に生きる思想』をふたたびとりあげてみました。この本は、これまでにも何回か、読んではいたんですが、今回、あらためて全体を通して読んでみました。真下信一氏(1906-1985年)による1971年刊行のこの著作ですが、第1部は1970年頃、高等学校での講演をおこしたもの。第2部は、おりふしの思い入れのある5本の小論、第3部は8本の「学問のすすめ」で、入学・卒業式あいさつです。第4部は「時代と思想」の5本で、日本のファシズム時代をふりかえったもの。全体は、この19本の小論からなっています。前回、1996年に読んだ時は、ヘーゲル『精神現象学』の話に注目しました。真下氏は、マルクス『ヘーゲル法哲学批判』の翻訳者だったんですが、「私の古典」で、ヘーゲル『精神現象学』について話されていました。これはNHKのFM放送番組でのものだそうですが。なかなか味のある話で、ヘーゲル弁証法について、真下氏自身のかかわりについて、この難問を優しい口調でエッセンスを紹介してくれていました。今回、あらためて読んでみて感じさせられたんですが。これは、いわば老哲学者の若者にたいして語られた遺言でもあるんですね。現代人にあてて発信した、あのファシズムの時代を二度と許さぬように、と、現代人の理性を信頼しての働きかけだったんですね。私などが「戦前の社会について、実感がもてていない」との観想ですが、それはそうなんです。それは与えられるものではありませんから。しかしチョット意識して、自分たちの周りを見るようにすれば、いまでも、その記録が、後遺症が、たくさん散在しているではありませんか。現代は、それがまさに問題中の問題じゃないですか。憲法、沖縄、核兵器廃絶、国民不在の政治、みなつながる問題じゃないですか。だいたい安倍首相の存在も、亡霊ですが、それが政府の最高責任者であるわけですが、戦前、戦中、戦後の、日本社会の歴史の落とし子なんですね。ああした輩が出て来る根拠が、国民が認めるかは別にして、戦後の社会にあるわけです。戦後の民主主義は、今もこれとどのように対置するかで、真価が問われているんですね。「木が沈んで石が浮く」ような無茶苦茶な事態のなかで、今を生きる人たちのポリシーが問われていね。それぞれの人の人生観とともに歴史観が問われているんですね。この真下信一氏の著作ですが、あの物静かな人のなかに、確かな熱いものがありました。しっかりと今の社会をみすえて、人々の理性を信頼し励ましてくれていたんですね。それをどう受けとめるかは、今を生きる人たちに課せられている宿題なんですね。
2017年06月21日
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新聞『赤旗』へ、前川・前事務次官の書面回答6月20日付しんぶん『赤旗』の一面と十五面ですが、「加計学園」の獣医学部新設問題で、前事務次官の前川喜平氏の発言が報じられています。前川氏が「国民に実情を知らせるべきだ」と、書面で発言を寄せられたそうです。政府が逃げまくって、真相究明を闇に放り込もうとしている時ですから、この文書「証言」は、重要さをもってきます。「文科省の後輩が、筋の通らない仕事をさせられ、あったことをなかったことにさせられているのを黙って見ていられなかったこと、そういう実情を国民が知るべきだと思ったことが動機です。」「告発」した動機について、です。事務次官といえば、国家行政の事務方(官僚)のトップですから、不肖な政治家主導で、行政が歪められている現状に、義憤を感じていたわけです。国会の証人喚問についてですが、「私が、本件について、お話ししたこと、書面で発表したことは、すべて真実です。国会からの証人喚問があれば、お受けします。」と。さあ、安倍内閣とそれを支えるお仲間は、その指揮のもとにある権力機構やメディアは、どの様な締め付けに出てくるでしょうか。まずは、前川氏の文書証言を、どの様な立場にある人も、正確に把握することですね。
2017年06月20日
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ハイネは恋愛詩人だけではない6年前の学習ですが、ハイネの全体像を探りました。ハイネは、エンゲルス著『フォイエルバッハ論』が縁だったんですが、高校時代に、ハイネを推奨する知人がいたんですね。岩波新書の『ハインリッヒ・ハイネ』(井上正蔵著)を読んだことがあったんですが。それで、以前にハイネの『ドイツ古典哲学の本質』(岩波文庫)を読んでいたんですが、あらためて、筑摩書房「世界文学大系78ハイネ」の舟木重信氏訳で読んでみました。訳者の舟木氏はハイネ研究者だったんですね。『ハイネ われらの詩人』(新日本選書1973年刊)をだしていて、12作がおさめられてました。その冒頭に「ハイネ小伝」がありますが、以下はその書き出しで部分です。『「なじかは知らねど・・」をもって始まる「ローレライ」の詩は、日本でもよく知られている。その作者のハイネ。ハイネの詩は、1889年(明治22年)に森鴎外によって、また1905年(明治38年)には上田敏によって邦訳されていて、高山樗牛はかれの詩を愛誦した。』ハイネを日本の歴史とのかかわりでも、身近な存在に引き寄せてくれていました。それで、あらためてハインリッヒ・ハイネ(1797-1856年)を少しでも知っておこうとして、この時に、舟木氏から書き抜きなどして、整理をしてみたんですね。https://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201106200000/ハイネは、1820年代にベルリン大学で、ヘーゲルの講義を直接に聞いていた。1843年にはマルクスとも親交していて、お互いに刺激し合っていたんですね。読み返して感じるんですが、やはり、ハイネは、愛されるべき、大切にしたい文学者ですね。
2017年06月20日
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早川でもブルーベリーの収穫が始まりだしました6月19日、梅の最後の収穫で、小田原・早川へ行ってきました。天気予報では、「午前中は曇りで、午後3時ころ晴れる」とされていましたが、実際は、早朝から富士山の姿が鮮明でした。午前6時56分の平塚からの富士山です。なんとも、すでに早朝から快晴です。この分では、日中は真夏日の強い日差しになります。表仕事をするものにとっては、これは要注意の天気で、危険になります。今回の早川行きですが、前回の朝市で受けていた注文-梅、フキ、ビワなどの収穫でしたが、案の定、汗びっしょりになり、2回も着替えが必要になりました。今回で、梅とウドの収穫は終了しましたし、ビワが最終段階にあります。ひきつづき、野ブキは採れますが、真竹が旬の時になってきています。さらに今回は、早川のみかん園の園主は、ブルーベリーを紹介してくれました。この神奈川県の西部でも、最近では、あちこちでブルーベリーが目につきます。「ブルーベリー狩り」の旗や看板が、真鶴へむかう道沿いでも見かけています。この早川のみかん園でも、ある程度の木が植えられていました。このところ、夏のブルーベリー狩りが恒例になってきているんですね。園主によると「そろそろ早生品種のブルーベリーがとれはじめる」とのこと。当方が、サトイモの植え付け作業をしていたころ、収穫されてました。上の写真が、その収穫です。今季、初めて見ましたが、たいへんきれいなブルーベリーです。早川は、暖かな陽ざしの山斜面ですが、これが栽培条件に適しているんでしょう。この時期は、みかん栽培の方は、幼果の時期で、草刈りが仕事で地味なんですが、ブルーベリーの方は、これからがたのしみな収穫の時です。これから8月上旬まで、スローモーションで、紫色に実が熟していくんでしょう。今回、さっそく採れたブルーベリーを、東京・多摩の団地に運んでみました。これにたいして、多摩の人たちは言ってました。「ブルーベリーは、このすぐ近くでも採れる、ブルーベリー狩りができるんだよ」と。知らなかったんですが、こちら東京でも、その栽培が始まっていたんですね。ということで、これからブルーベリーが旬の季節に入ります。私の往復にも、新たにブルーベリーが加わります。
2017年06月19日
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ヘーゲル『精神現象学』序論の学習ブログのおかげで、過去に学習していたことを、再度ふりかえることが出来ます。5年前の今日ですが、ヘーゲル『精神現象学』序論、こんな難しい本に挑戦していたんですね。この『精神現象学』序論の学習ですが、2012年5月30日から7月7日にかけて、この時に、全7回にわたってレポートを発信していました。これは、5年前の6月18日に、第4回目の学習発信したものです。「この『序言』が主張しているのは、ヘーゲル自身の言葉で申しますと、ほんとうのものを実体としてつかむだけではなく、同様にまた、主体としてもつかむことであります。』(真下信一)https://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201206180000/誰しも、今の忙しい生活の中で、こんな試みにつき合う人は、いないと思いますが。私としては、消化しきれた上での紹介ではないので、恐縮なんですが。それでも、認識というのは、一歩一歩と階段をのぼるようなものですし、今に続く探究テーマの一つでもあり、許していただいて。この時に、真下信一著『時代に生きる思想』(新日本新書 1971年刊)も読んでいたんですが、今、再度、これを読み返していているんですが。この中に、「私の古典-ヘーゲル『精神の現象学』」という小論があります。以前にNHKの「私の古典」というFM放送の番組で話したものだそうですが。これが、ヘーゲル『精神現象学』を紹介した、素晴らしい話なんですね。これは、戦前からの長年の研究を通してえた成果なんですが。ヘーゲル哲学のすばらしい中身を、業績と特徴を、短く分かりやすく語ってくれていました。さすがに、唯物弁証法の学識と気骨ある哲学者で、誇りにできる人だと感じました。こうした理解も参考にして、再びヘーゲルに挑戦してみたいと思っています。
2017年06月18日
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やれやれ、完売しました6月17日、東京・多摩市の団地で定期朝市がひらかれました。午前9時、用意された多摩市や群馬で採れた農産物が並べられました。当方の用意した品も並べられました。昨日収穫した梅とビワを中心にして、真竹、ウド、フキを並べました。梅やビワ、ウドは、今年の収穫が最終の段階にあります。今の旬は真竹ですが、ノブキはまだ少しつづきます。それぞれの産物を使って、梅酒、梅干、キャラブキ、真竹とウドの和風和えと、私などにもできる簡単な料理も用意しました。そして、「やれ、やれ」、お昼頃には、これらの品々すべてを完売することが出来ました。お店を片付けたのですが、あとに、予約の申し込みが残されました。梅の木には、あと少しだれは残っていますが、もはや後片付けの段階です。この間、収穫しながら密集した枝や徒長枝を、すいて落としてきました。あとは後片付けで、払った枝を畑の外に運び出すようにします。それで、今年の梅収穫のすべて終了します。いよいよ梅の収穫は、最後のひとがんばりです。
2017年06月17日
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梅の販売のまとめ今回、初めて、小田原・早川の梅を、東京・多摩の団地で販売しました。小田原方面は、むかしから曽我梅林とか、梅の産地として有名です。東海道を箱根越えする旅人は、梅干入りのお結びがかかせなかったんですね。小田原の早川みかん園ですが、ここでも、みかん園のところどころに梅の木を見かけます。無農薬で、きれいで大きな梅が出来るんですよ。当方は、みかんの販売は、これまでもしてきましたが、今年は、初めてでしたが、その早川の梅を、みかんに加えて直売してみました。今年の関東の梅雨入りは、6月7日でしたが。自然はたいしたものです。梅の出荷ですが、まさに暦通りで、梅雨入りの前後の時期が、収穫の時期でした。当方の、その梅の出荷ですが、東京・多摩の団地住民への販売ですが。それをまとめてみました。1袋(1キロ入り)を300円で販売したんですが。1、5月27日 10袋2、5月30日 20袋3、6月3日 12袋4、6月6日 5袋5、6月9日 23袋6、6月13日 23袋7、6月17日 23袋 計116袋でした。梅の販売は、季節ものなんです。早ければ実が小さいし、遅ければ熟して落下してしまいます。梅の収穫は、工場生産などとは違って、あくまで自然の恵みであり、限られた時期に限定されます。これが当方のお店で、朝市の風景です。団地の朝市は、通常は月に二回、定例朝市があるんですが、梅を扱うとなると、人間のそうした都合は二義的になります。それを待っていては、1週間の間に梅の成熟がすすんでしまい、サイクルに合いません。臨時で、独自にも朝市をひらきました。梅というのは、今は全国の各地にあります。もともとは、昔、中国から移植されたものだそうです。すでに、『万葉集』巻第五において、大伴家持は、梅見の宴を紹介しています。九州の大宰府で、天平2年(730年)に、父・旅人の館でひらかれたものです。梅は、全国に愛されて、広められていったんですね。梅の花は、万花にさきがけて、まだ寒い2月に花を咲かせて、香りを楽しませてくれます。梅雨の6月には、実が収穫できる。その実梅を使って、梅酒・梅干しづくりがあるわけですが、これは、地味で質素なものですが、日本の食生活にお馴染みです。ばかにしたり、粗末にしたりは、出来ないものなんですよ。梅干は、日本の四季の季節の移り変わりを巧みに生かしてつくられます。材料は塩だけで簡単に出来ますし、健康食であり保存がききます。はじめに誰が考えだしたのかはわかりませんが、むかしの人の暮らしの知恵というのは、すごいものです、たいたものです。こうしたよいことは、誰にも簡単に出来ることは、まわりに普及して、暮らしの中に生かしていくということです。以上、今年の梅仕事のまとめです。
2017年06月17日
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今年の梅収穫は、最終段階です6月16日は、明日・土曜日の朝市用に、小田原・早川へ梅の収穫に行ってきました。これは、途中の午前6時2分、平塚から見えた富士山です。今日の関東は、気温30度が予報されてましたが、富士山の姿も、そうした様子を示していました。本日の最初の仕事ですが、まずは、真鶴園でのミツバチのケアーでした。6月2日に山梨県から移住してきた二ホンミツバチです。引っ越してきた当初は、重箱式の2段の巣箱だったんですが、その後、巣づくりがすすんできたので、下に一段をたして、3段式の巣箱にすようにしました。さて、午前8時には早川園へ移動です。早川のみかん園では、最初に前回に引き続いて草刈りをしました。朝の涼しいうちに、草刈りのひと仕事です。前回、主要な平面については、すでに刈り取ってあったんですが、細かな部分は、ダイヤ式の草刈り機ではできません。今回は、ひも式の草刈り機を使って、石垣やみかんの木の根回りなどの草刈りしました。午前9時からは、いよいよ本題の梅の収穫です。これが、その梅の木なんですが。右側の巨木が梅の木です。早川の梅の収穫ですが、この間に回を重ねて、いよいよ最終段階にきています。早川の梅の木は、たいへん優秀なんですよ。無農薬なのに、実が綺麗で、大きいんです。素晴らしいです。これまでの収穫で、すでに採りやすいところは終えています。後に残っているのは、枝先についている実ですから、手間もかかるし、なかなか危険がともないます。人が落ちれば、大けがをしますから、慎重な収穫になってます。さいわい、今日も無事に終了しました。今日で主要な部分の収穫は終了です、全部で20キロを収穫しました。これを搬送して、明日朝の団地の定例朝市に出品するわけです。これで、団地の人たちの要望に応えることが出来ます、やれやれ、です。ところで、当方は、これとは別に、以前に真鶴の梅を12キロ収穫しました。それは、主要には梅酒用として、この間に、すでに仕込みが終わりました。12キロの梅を使っての梅酒のつけ込みというのは、なかなか壮観です。もちろん、全部を自分で飲むわけではありません。(そうした時期もありましたが)そして、もう一つ、今は梅干しのつけ込みの最中です。今回、早川の大きな梅を、初めてですが、梅干づくりに試そうとしています。これがその梅です。これは、青梅として収穫しれたものを、梅干用に追熟させているところです。なかなか大きくて、よい色をしているでしょう。この梅を漬けこめば、今年の梅干しづくりも一段落します。梅酒にしても、梅干にしても、手作りしてみると、オンリーワンの絶品が出来上がります。そりゃあそうですよね、商業用に大量に工場生産するのと比べたら、手作りだと、少量ですが、比較にならない精魂込めた上等品がつくれるわけです。毎年、梅酒・梅干づくりをしていると、それが、いかにも日本の自然、気候条件にあっていることを実感させられます。梅雨の時期から、梅雨明けの時期へと、季節の変化によく合っているんですね。先人の暮らしの知恵を、あらためて実感させられます。さぁ、今年の梅仕事も、いよいよ最終段階です。
2017年06月16日
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「狂った流れの中で」(真下信一著)を読みました哲学者・真下信一氏(1906-1985)著『時代に生きる思想』(新日本新書 1971年刊)を読もうと思って手元に置いておいたんですが。たまたまその中の小論「狂った流れの中で」(全3ページ)を読んだんですが。図書館のなかでのことでしたから、外のことは分からず、後からニュースで知ったんですが、同じ6月15日、国会の参議院本会議で「共謀罪」法案が、自民・公明などの多数により、強行成立させられていました。不思議なめぐりあわせを感じました。わたしは、この間、現在というものの歴史性を探ろうとして、文学や哲学など、以前に読んだものを再度読みかえしているんですが。真下信一著『時代に生きる思想』も、そうした中の一冊でした。1971年に刊行されたこの本ですが、これまでにも、読むには読んできたんですが。この本は、四部の構成になっています。その第四部が「時代と思想」で、5つの小論があつめられています。今回の「狂った流れの中で」は、その第四部の冒頭にあるものです。この第四部の全体は、かつての体験にてらして、今日の時代への警鐘をならしたものです。「あとがき」で紹介されてますが、この第四部の諸論は全体として、「かつてのファシズムと戦争の嵐のなかで、私にもおしつけられることになった忘れえぬ体験にかかわる想い出の記である。しかしそれは想い出というには、今もまだ生なましすぎる。かつてあの「狂った流れのなかで」、「私を支えた哲学」は、新しい若干の傍流も加わってきている現在の狂った流れのなかで、今もなお同じ力、同じ方向で日々、私をささえ続けているのだからである。」(あとがき 昭和46年9月20日 P222 )わたしは、以前にこの本を読んだ時には、真下氏について、哲学者として知ってはいても、かつて雑誌『世界文化』の発行により治安維持法違反の罪で逮捕され、囚われの身となったことなど、経歴などは、ほとんど知らなかったんですね。温和な人柄で、よく若ものを励ましている老哲学教授くらいの印象だったんです。あらためて、この短い3ページの「狂った流れのなかで」をよんでみて、真下氏に対する人物理解が弱かったことを感じさせられました。大きくは、東の「唯物論研究会」弾圧事件に対応するかのように、西では真下氏などがうけた京大事件にはじまる「世界文化」事件という、治安維持法による弾圧事件があり、その当事者として真下氏はこの短い文章で証言していたんですね。本文からの抜粋です。「学問と文化の世界にあっても、戦争とファシズムの勢力による弾圧と追及は日ましに強まってきて、ただそれ以前からのように階級解放の思想の圧殺のみならず、数歩すすんでさらにいっさいの民主と自由の思想、平和主義とヒューマニズムにたいしてまでも公然と「国禁」の烙印を焼きつけようとしたのが、あの京大事件だったのである。当時、大学院学生であった私は事柄をそう理解したし、多くの学徒たちもそう理解したのだった。」(P163)「人間の条件をゆずるか、ゆずらないかの決断を私たちにせまらずにはおかなかった。」そして、罪びととして監獄に閉じ込められることとなりました。あの温和な哲学者にして、こうした歴史体験があったんですね。この短い小論の中に、しっかりと刻まれています。この小論の結論部分です。「この過去は決してまだ死んではいない。この過去が残してくれた教訓を、いま私たちは忘れてはなるまい。いつでもできるだけ早いうちに、そして決して遅すぎぬうちに、理性の声に勝たせなければならぬということである。」(P165)この本のタイトルは『時代に生きる思想』ですが、なるほどと、ズッシリと腹に響くものがありました。そして、午後に、そうした読書の図書館から帰ってきたんですが、その直後に目にしたのが、参議院本会議での「共謀罪」法案の採決でした。最初に聞いたのは仁比聡平議員の本会議での法案に対する反対討論です。ことの是非と明暗をはっきりさせた説得力ある反対演説でした。そうした全国の国民や弁護士、学者の反対の声が、国会を包囲する中での採決の強行でした。今日の国会の事態ですが、真下信一氏が、警告として書き残したメッセージが現代に生きていることを感じさせられます。戦中の戦争とファシズムの経験から、今の「遅すぎぬうちに」理性の声に勝たせよう、と呼びかけていました。まさにその通りです。私などは思うんですよ。その声はかつての戦前とは違って、多くの国民の公然とした声としてあり、現在はこれまでのいつにもまして、大きく声をまき起こしつつあります。しかし逆行は強まっています。これからが問題です。いよいよこれから、力を合わせて「理性の声を勝たせ」る時です。
2017年06月15日
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共謀罪法案の参考人発言は6月13日、「共謀罪」法案で、参議院法務委員会で参考人発言がありました。「東京新聞」で、それを見ているんですが。村井敏邦 一橋大学名誉教授の発言からです。「戦前の治安維持法への反省から、刑法は行為がなければ処罰されないとされてきた。(法案は)刑法の基本原則を変える立法だ。賛成するわけにはいかない。」有識者からこうした発言が出されるのも、当然です。この歴史的な基本認識に対する無視、否定が政府の態度にあります。ここに一連の経過の根本問題があります。歴史反省のない連中にこんな権限をゆるしたら、強盗に刃物を渡すようなものです。今回の国会審議の経過は、やはり戦後民主主義の真価が問われているんですね。
2017年06月14日
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「文学と世界観」(蔵原惟人著)を読んでこの小論は、『勤労者文学』の1949年1月号に掲載されたものだそうです。『蔵原惟人評論集』第3巻.芸術論三におさめられています。私などが目にしたのは、『文学への思索』(新日本新書 1972年8月刊)によります。ずっと、ほこりをのせたままできてしまいました。今回、「文学と世界観」を、初めて読んだんですが。「文学と世界観」は、1949年に書かれた小論です。それが1972年刊行の新書に、ふたたび採録されたわけですが、それを納得します。発表されて20数年をへても、なおかつその論文が新鮮な意義を持っていたんですね。私などにとっては、68年を経た今においても、新鮮なものとして読んだわけですが。ただ本をもちあるっているだけではだめなんですね。宝の持ち腐れです。もっと早く読んでいれば、もう少しは、文学の世界も違って見れていたでしょうに。ときにもやもやしてくすぶっていた事柄も、幾分なりとすっきりとさせていくためのヒントが、ここにあったでしょうに。この「文学と世界観」の内容を簡単に紹介します。P21から48の28ページで、5つの節からなっていますが。一、世界観とは何か。何故、最近(1949年)文学と世界観が問題になったか。プロレタリア文学運動での、唯物弁証法的創作方法という問題。そらに、1933-34年頃の社会主義リアリズム論について。二、エンゲルスのバルザックのリアリズム論。1888年ハーネスへの手紙。傾向性は、特別な心づかいからでなく、情勢と事件からおのずと生まれてくるものである。三、複雑多岐な状況を、その真の姿をつかむ上での世界観のもつ意味、役割。四、当時(1949年)の、太宰治、椎名麟三の作品がもっている世界観。五、近代文学のなかから批判的リアリズムがうまれた。世界文学の古典のもつ成果。そのよい伝統を、日本でもプロレタレア文学、民主主義文学がすすめようとしている。以上。ここでは、一つ一つが問題が、ほんの事項紹介くらいしかできません。じかに、そのものに当たってほしいのですが。それは、現代を考える上でも、検討されるべき問題だとおもいます。だいたい、ある作品を理解しようとする時に、それをどの様に評価するのか、評価の基準が問われます。その方法を明確にしていくことと、対象の理解とは、メダルの裏表だと思います。しっかりと方法をもつことは、対象をより広く、深く速くとらえれるようになると思います。それに、現代の歴史性をつかむには、近代の思想の流れを、大まかにでもつかむ必要があります。蔵原惟人氏の業績というのは、この小さな論文からしても、私たちにとって、大事に学んで、今日に生かすべき内容をもっといると感じました。
2017年06月13日
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注文の梅とビワを収穫してきました6月12日は、早川へ梅とビワの収穫に行ってきました。今回は、いつもの収穫と少し違います。お客さんによる販売が見えていない中での収穫とはちがって、今回の梅とビワは、すでに予約注文をうけたものについて収穫するわけです。とくにビワというものは、収穫したものを早く届けないと、傷みやすいんですね。みかんの場合は、ある程度の期間、追熟という過程があるんですが、ビワはそれとは違っています。甘く熟したものを収穫したいんですが、そうしたものは直ぐに傷んでしまうんですね。ビワについては、収穫したものを1日、2日で消費者へ届けなければなりません。一般的な商品のように、店頭に並べてお客さんを待つなんてことをしていては、置いてある間に、そのわずかな期間に、ビワは傷んでしまうんですね。従って、美味しいビワは、収穫してから、2日間くらいが勝負なんですね。とにかく、今日は、6月10日の朝市で注文のあった梅とビワを収穫してきました。もちろん、収穫はそれだけでは終わりません。本日の、それ以外に収穫した産物です。バケツの中にある4品目が分かりますか。これからが旬の真竹があります。その他にも山ウド、みつば、ノブキを採ってきました。いずれも、早川・石垣山の、豊かな自然の恵みです。ところで、本日の作業は、収穫だけではなかったんですよ。これは、みかん園の様子ですが、みかんの木の裾に迫るくらいに雑草が繁茂してきています。梅雨いりしたこの時期は、一雨ごとに繁茂してきます。今日の眼目ですが、梅の収穫とともに、この草刈り作業があるわけです。この時期は、この草刈り作業が、どの農家も欠かさずに取り組んでいます。しかし、農作業は順番が肝腎です。先に果実を収穫しておかないと、草刈りした後に収穫などをしていたのでは、難行苦行の草刈りでくたびれちゃって、収穫作業が「まぁ、いいか」と荒くなっちゃいます。それでは、せっかく一年間、苦労をしてきた成果を、取り逃がしてしまうんですね。最終段階で、まさに画龍点睛を欠くことになってしまいます。良い作物の収穫をするには、それなりの対応が必要です。収穫以外にも、農作業はいろいろありますから、その順番を明確にして、収穫の集中力が大事になるわけです。これは、収穫した後でしたが、草刈りした様子です。シッチャカメッチャカな草刈りでした。作業者の心理が刈られた草に出ています。すでにクタクタになっている下での、炎天下の草刈り作業でしたから、早く済ませたいとの心境が出ています、まぁ、ある程度はしかたがありません。すでに梅とビワを収穫したあとですから、主要な仕事はすでに終えてますから、草刈りは+アルファーです。それでも、この時期には欠かすことのできない作業です。たとえ乱雑であっても、やらないよりはましだということです。ということで、とにかくひととおり草刈りをして、引き上げました。「引き上げる」といっても、さらにその後で、ウドとノブキを収穫した来たんですが。みかん園を引き上げる時の景観です。東京は、昨夜は雨音がしていたんですが、南関東の小田原方面では、雨合羽や長靴のいでたちというのは、ふつりあいの天候でした。梅雨の天候というのは、地域地域で違いますから、気象予報士の歯切れもわるい。最終的には、自分自身で、明暗の両にらみの中で、現地で判断するということです。まなじ、最悪ケースをつたえる気象予報士に従っていては、せっかくの一年の苦労を、収穫のタイミングを、逃してしまうことになります。ということで、無事に予定した作業を終えることが出来ました。これから、明日の出荷へ向けて、選果と袋詰め作業です、ひと休みしてから、さらにもう一頑張りです。
2017年06月12日
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『蔵原惟人評論集』を入手しました当方は、昨今の政治状況から、国民の共同基準を探っていたんですが、それは戦後の文芸評価の基準を探すことでもあったんですが。そうした中で、蔵原惟人著『現代民主主義と日本の文化』(1970年刊)を開きました。この本が出て40年余が過ぎましたが、今回、あらためて読んでみて、収録された12篇の文化論ですが、その評価基準に現代性を感じました。蔵原惟人氏の諸論文は、現代の日本にとっても貴重な遺産だったんですね。さらにその中で、懐かしい講演に出会いました。日本共産党創立47周年講演会(1969年7月15日)の記念講演です。これは、私が1969年4月に大学入学して、最初に聞いた講演だったと思います。もう一度学びかえす必要を感じたんですが。その時点で私が『蔵原惟人評論集』(全10巻)で持っていたのは、3巻分だったんです。そこで調べてみたら、古書店で抜けている巻が手に入ることが分かりました。それで、今回、全10巻のすべてをそろえるようになりました。これで、スタート台にたてました。もちろん、戦前戦後の文学の分野について、本をそろえることが問題ではなくて、日本文学の中身を、歴史を知ることが問題なわけですが。蔵原惟人(1902(明治35)年-1991(平成3)年)の『評論集』全10巻ですが、第一巻の「現代日本文学と無産階級」は、1927年3月「文芸戦線」からはじまり、第十巻には、1978年にだされた宗教論が含まれています。外に『歴史のなかの弁証法』を含めると、1983年12月までが含まれています。人間の生涯をかけた著作集を知るということは、大部なものです。ただ思い付きや願望だけでは、読み通すことはできません。この大部な成果へ挑戦することを目標としているわけですが、はたして、どういうことになるでしょうか。問題は、今日の生活している中で、それがどのような位置にあるのか、実際に、どうやってこの可能性を実際のものにするか、問われているわけですが。その大部な著作集ですから、これに目を通すことは容易なことではありません。だけど、これらの中には、近代の日本文学についての貴重な文芸評価が、とくに戦前、戦後の文芸評論の、歴史的な積極的な成果が含まれているんですね。それは、歴史を知ることで、それを今日に引きよせることでもあり、今日の課題をはっきりさせることでもあるかと思います。さらに、この出発にあたって、手元にもう一冊の蔵原作品があります。『文学への思索』(新日本新書 1972年8月刊)です。これも、刊行されたころ入手してあったんですが、そのまま放置されて、ほこりをかぶってきたものだったんですが。その第1部ですが、1つ「『古典文学』をどう学ぶか」(1968年「学生新聞」掲載)2つ「文学と世界観」(1949年1月『勤労者文学』掲載)この2論文がおさめられています。とくに、はじめの「『古典文学』どう学ぶか」ですが、これが新聞に掲載されたのは、私などが大学入学で上京する1年前のものです。もちろん、当時はそんな作品などはちっとも知らなかったんですが、あらためて今回読んでみると、別々の状況にあるわけですが、ある程度ですが、私などが感じていた時代感とも重なるものがあるんですね。理解度は違ってはいても、交差しているものがあるんです。そうしたことで、学習の柱の一つとして、この大部な『蔵原惟人評論集』に挑戦しようと思っています。文芸評価の基準や、近代文学の評価、プロレタリア文学の業績、などなど、いろいろ学べると思います。それは容易ではないんですが、この2つの論文と『現代民主主義と日本の文学』が、全体を読み解いていく上で、一つの案内役を果たしてくれると思っています。
2017年06月11日
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今日の、独自の朝市は終了しました6月10日(土)は、通常の定例日ではないのですが、朝市を開きました。というのも、梅とビワが、今、収穫はをむかえているからなんです。今回は、人の都合ではなく、自然の物産の都合に合わせての開催でした。これが、その朝市を店開きした時なんですが。おかしいと思いませんか、肝心の目玉の梅が2袋しかありません。当方としては、前日に収穫して、確かに梅21袋、ビワ18袋を届けておいたんですよ。今日の朝市の目的は、旬の梅を提供することなのに、肝心の梅がなかったんです。ようするに、前日の昨夜のうちに、用意しておいた梅は全部売れちゃったというんです。さいわい、私の搬送車に、現地の早川で販売されていたサンプル2袋がありました。説明用のもので、出すのを忘れて車に残っていたのですが。たすかりました。もし、それが無かったら、売る商品がまったくない状態で、店を開くことになっちゃいましたから。それで、今日の朝市ですが、特別な形になりました。サンプルの2袋を置いて、梅の予約をとるという商売です。これが、その予約の申し込み書です。結局、梅については、12袋の注文がありました。もちろん、品物は梅以外にも、ビワ、真竹、日向夏の残り2袋、ウド、ノブキなどを用意したのでしたが、お昼過ぎには、そのすべてを完売しました。都会の団地の消費者はたいしたものです。販売されていた梅が、立派なもので安いことを、その目で敏感にも見抜いたんですね。こっちの側だって、いくら売れるからと言って、途中で値上げなんてわけにはいきません。大体、産地の農協価格よりも、さらに安く設定しているんですよ。梅の収穫期としては、あと2-3週間が山場です。今の梅酒用の青梅から、成熟した梅干し用の梅へと、重点は移っていきます。だいたい、この梅は、産地の小田原の早川のみかん畑でとれた良質の梅なんです。無農薬で、大きくて綺麗なんです。私などが見ても高級品なんですよ。今回、初めてのことですが、みかん以外にも、フキ、ウド、みつば、真竹と、様々な産物を提供してきました。すべては、自然の豊かな小田原・早川の、大地と太陽の恵みです。目下の焦点は、梅ですが、まだ、これから旬の産物が続きます。自然の恵みを届けるということです。小田原の近郊農家の作物と東京の団地の消費者とを、結ぶということです。
2017年06月10日
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農道の通称は「関白通り」でした6月9日(金)は収穫で、真鶴と早川へ行ってきました。今日の早川の収穫の中心は、梅とビワでした。青梅と早生のビワの収穫時は、そろそろ終わりです。定例の朝市は17日なんですが、それまで待つことは出来ませんから、明日は独自に朝市を開くこととして、そのための収穫に行ってきました。今回の紹介は、幹線になっている農道とは別に、枝道の農道の紹介です。これがその農道ですが、私などがノブキを採る時に使う農道なんですが。地元の農家の人たちは、この道を「関白通り」と呼んでいるそうです。この道を登っていくと一夜城跡のある石垣山の山頂に出ます。 (「関白道」だったかもしれません)今は農作業用の車が通れるように、道は整備されていますが、その昔、豊臣秀吉は小田原の北条氏攻めのため、この石垣山に一夜城をつくりました。今でも、その城郭跡は、当時のままに残されています。この道ですが、秀吉が一夜城に入るに際して、ここを登っていったということです。豊臣秀吉の天下統一ですが、その時代劇には一夜城の話が良く出てきます。時代劇を見ていると、その多くは話を面白くするための「フィクション」になってますが、実際に秀吉は、80日間で本格的なお城を石垣山につくったんですね。石垣山は、みかん畑として、山全体にわたり乱開発が規制されてきましたから、山頂一帯の地権者の方の見識もあって、まるまるその城跡が残されてきました。「関白通り」は、上部にくると幹線農道に合流しますが、これが、その幹線です。この景色の正面が小田原の市街地なんです。その市街地をアップしてみると、肉眼では分かりにくいんですが、小田原城が見えてきます。鉄塔のすぐ右側ですが、たしかに小田原城が見えています。すでに当時、「望遠鏡」的に道具も使われていたかもしれません。実際に、豊臣秀吉は、ここから小田原城全体を見おろして、包囲した諸侯による城攻めを指揮していたんですね。ここからの景色ですが、小田原攻めが創作されたフィクションではなくて、現実に歴史の事実だったことを感じさせてくれる景色となっています。
2017年06月09日
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ハイネの『時事詩』(1844年)から一つ紹介します私はおよそ詩とか、ハイネなどとは無縁な存在なんですが。古典のエンゲルス『フォイエルバッハ論』を読んでいた中で、ハイネの『ドイツ古典哲学の本質』(岩波文庫)が紹介されているのを知りました。ハイネもまたドイツ古典哲学を学んでいたんですね。この『ドイツ古典哲学の本質』を書いたのは1834年のことですよ。マルクスやエンゲルスが問題にした時よりも、もっと以前だったんですね。たしかにハイネは、その本質をとらえてると思うんです。私は、6年前にも、それを紹介していました。https://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201106080000/この際、ハイネが1844年の『時事詩』から、冒頭の詩を紹介させていただきます。おそれず太鼓を打ち鳴らし、酒保の女にキスをしろ!これが学問の全体だ。これが書物のもっとも深い意義だ。起床の太鼓を打ち鳴らし、みんなをたたき起こすのだ。太鼓をたたき、いつも先頭にたって前進するのだ。これが学問の全体だ。これがヘーゲルの哲学だ。これが書物の最も深い意義だ!わたしはそれらのことを理解した。わたしは賢明で、すぐれた鼓手であるからだ。 (『ハイネ われらの詩人』(舟木重信著 新日本選書)より)別の誰かは、「ドンドコ太鼓を打ち鳴らせ」と訳していました。ハイネはドイツ哲学の素養ももっていて、それを詩に歌いあげてもいたんですね。
2017年06月08日
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蔵原惟人著『現代民主主義と日本の文化』を読んで蔵原惟人著『現代民主主義と日本の文化』(大月書店 1970年刊行)は、戦後日本の文芸批評の評価基準について書かれた本として記憶にあったんですが。蔵原惟人(1902(明治35)年1月26日-1991(平成3)年1月25日)の、主に1965年から1969年に出した12作品をまとめたものです。これまで、私は終わりまで読んでいなかったようです。今回、読んでみて、いくつかの新たな発見がありました。一つは、最後の作品は、「不屈の革命的伝統を受け継いでさらに前進しよう」ですが、これは、1969年7月15日、九段会館での日本共産党創立47周年記念講演会での講演です。おそらく私は、この講演をじかに会場で聞いたのではないかと思います。1969年4月から市ヶ谷の法政大学に通いだしたばかりでした。この時は夏休みに入っていたはずですが、にもかかわらず学園はグラグラと揺れていたんですね。あらためて読んでいると、40数年もの彼方のことですが、確かに聞いたような気がしてきます。大きなテーマですが、蔵原さんは、簡潔に不屈の伝統を4点にまとめて、講演しています。今、共謀罪法案が問題になっていますが、戦前の治安維持法の復活を許さずと、先般4名のかたが記者会見をされました。この40数年前の蔵原講演ですが、今日のこの問題との関連でも、大きな歴史社会の視野から、第一線で大変な活動を続けてきた一人として、具体的な不屈の精神が伝わってきます。「現在、私たちは一応合法的な活動の自由をたたかいとり、(共産)党も大衆的な前衛党として公然と活動していますが、それまでにはこのように大きな犠牲がつみかさねられてきたのだということを、私たちはかたときも忘れてはならないと思います。」(P233)この講演は、比較的に短いものですが、全体が今読んでもすばらしいものですよ。この12本の論文集ですが、文芸評論としても、それぞれが、全体として注目させられました。注目した点を、いくつかランダムにあげると、第一に、近代日本の民主主義的な作品について、そうした作品を発掘と批評を与えてくれています。日本ではそれが大きな課題になっているんですね。第二に、戦前のプロレタリア文学運動が直面した問題についても、1920年代の唯物弁証法的な創作方法の問題とか、小林多喜二や宮本百合子のはたした業績についても。第三に、レーニンとプレハーノフの文芸批評について、その評価の仕方の違いについて。そもそもの文芸評価の仕方について。日本の近代、そして戦中・戦後に、文学と哲学の分野で、時々に取り組んできた問題。その成果をまとめる試みとして、残されていること。その時々に直面した問題が、今日にどのように係わっているか、今日に様々に形をかえて引き継がれて問題としてあること。たまたま手にしたこの本でしたが、いろいろ教えてくれています。蔵原さんが、この1960年代にだされた12篇の作品集なんですが、ここでの探究は、私などがモヤモヤしていた問題についても、光を与えてくれています。現代に引き継がれるべき、大事な宝をふくんでいると感じています。
2017年06月07日
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ヘーゲルの『精神現象学』序論から5年前ですが、ヘーゲルの『精神現象学』序論に挑戦していました。もちろん、難解な書ですから、理解できたことは限られていたんですが。https://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201206060000/「真理は実体としてではなく、主体としてある」この意味ですが、真理は、客観的に、実体とされる対象的な事物としてあるんだけれど、しかしそれは、それをそうしたものを探究し、知っていく人間の認識活動によって、はじめて人間の意識のうちにもたらされたものでもある。少し勝手に言い換えてみたんですが、これなら私などにも理解できます。もしかして、ここにある問題というのは、戦後日本で行われたの主体性論争にも、ある面で係わっているかもしれません。
2017年06月06日
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ハチに刺されました昨日、6月5日のお昼頃、早川のみかん園でハチに刺されました。きっとアシナガバチだと思うんですが、軍手の上からチクリやられました。サトイモの発芽状態を調べるために歩いていた時でしてが、腕に何かが触った感じがしたんですが、その瞬間に刺されてました。「やられた」と感じた瞬間に腕を払ったため、その蜂の姿は確かめれなかったんですが、アシナガバチの仕業です。その時は、応急措置をつもりで、たしかにチョット腫れはしたものの、たいしたことなかったんですが。しかし、それから12時間がすぎて、夜中に寝ていて、腕の痒さとほてりで目が覚めました。刺されたところは人差し指の根本なんですが、小さな水泡ができてました。刺された直後はたいしたことはなかいと思っていたんですが、しばらくたった後からきいてきました。昨日の日中は、たいへん暑かった。汗びっしょりになって作業していたんですが。その一番暑かった昼頃でしたが、それがどこでだったか記憶にないんですが、3センチくらいの小さなアシナガバチの巣を見つけました。巣には誰もハチはおらず、ただ小さな巣がひっそりとあっただけでした。きっとまだ女王蜂だけでで巣づくりしてるんだろうと思い、すぐに離れたんですが。その場所が、雨に吹きさらしの場だったんで、「へーェ、アシナガバチはこんな所にも巣をつくるんだ」と感じたんです。その記憶だけは残っているんです。当方としては、汗びっしょりのヘトヘトでしたから、その巣の場所すら記憶にはなく、サトイモの発芽を探して移動していたんですが。おそらく、それを女王蜂はどこかで見ていたのでしょう。ないしは、巣の近くに軍手の匂いが残ってたんでしょう。当方には他意のない挙動だったんですが、女王蜂にとっては、怒り心頭だったのでしょう。「私の巣に、近づくな!」ということだったとおもいます。当方としては、巣を確かめただけで、攻撃したわけでもなく、平穏にわかれたわけで、ハチを払おうとしたわけでもなかったんですが。ただふつうに歩いていた時でした、なにかが手にとまったような気がした時、その瞬間に軍手の上から刺されちゃったんです。刺されてから、ハチだと気がついたんです。後の祭りなんです。おかけで、今は手がグローブの様になっちゃいました。あとから出てきましたが、はれとかゆみがつづいています。これがひくまで、しばらくの間は細かな自由がきかなくなってます。自然というのは、ただ牧歌的だけではないということ。やはり何気ない中にも、危険なこともひそんでいること。やはり何事にも、よく注意することが必要だということです。
2017年06月05日
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ミツバチの様子を見に行ってきました6月2日に山梨県から真鶴へ、二ホンミツバチがやって来ました。本日、6月5日に、その後の様子を見に行ってきました。午前6時28分、小田原サービスエリアから見えた富士山です。当方の養蜂の試みは、この四年間に3回失敗しています。年を越してくれたのが、1回だけあったんですが、いずれも10月から11月ころなんですが、消滅してしまいました。今度こそと、4回目の挑戦です。全国的に、最近は、ミツバチの受難な時のようなんですね。ミツバチが減っていくのには、様々な原因が考えられるようですが、その一つに、アカリンダニの影響で、ミツバチの活力が弱っているそうです。もちろんダニは、人の目には見えません。スズメバチのように、目に見えるミツバチの障害なら、即物的に対応するんですが。養蜂家の方のアドバイスをいただきながら、一つ一つ、しっかり対処してゆくということなんです。今回は、このアカリンダニ対策として、メントール・クリスタルという結晶材を巣箱の上部に置きました。これまでは、当方は、巣枠式の巣箱を使っていたんですが、今回から、二ホンミツバチの自然にあわせて、初めてなんですが、重箱式の巣箱に切り替えました。午前7時過ぎには、巣門の前に門番がたち、得体のしれない異物の接近に、複数の蜂が警戒に当たりだしました。まだ、二ホンミツバチが真鶴の地に移住してきて、3日間が過ぎただけなんですが、どこからか働き蜂が、黄色の花粉を懐に抱えて、巣箱に帰ってきています。まずは第一歩です、新たな環境への適応が始まりだしているようです。
2017年06月05日
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2日、「治安維持法は適法だった」(金田法相)6月2日衆議院の法務委員会での金田法相の答弁は、この内閣・政府の民主主義に対する実態を示しています。6月4日付、新聞「赤旗」の一面の囲み記事に注目しました。衆議院で5月23日強行採決された「共謀罪」法案ですが。それに関連して、2日の衆院法務委員会で、共産党畑野君枝議員が金田法相に戦前の治安維持法についての認識を問うたんですね。これに対する答弁ですが、「歴史の検証は専門家にゆだねるべきだ」。どこかで聞いたことのあるセリフですね。それだけじゃない。治安維持法は、「適法に制定され、執行も適法だった。損害賠償の理由はなく、謝罪・実態調査も不要だ」とのたまわったんですね。これが日本の現在の民主主義社会の法務担当大臣の実態です。「歌声よ、おこれ」(宮本百合子)というのは、やはり、終戦直後から今に続いている歴史的課題なんですね。こんな答弁をさせている内閣や政府の実体として、あらためて記録します。この質疑と金田答弁にたいする大学教授の談話が、掲載されていました。「『共謀罪と治安維持はまったく違う』というなら、その前提としても歴史の検証が不可欠です。」との談話ですが、当たり前ですよね。しかし、この政府は誤魔化して、説明を回避して法案強行をしています。大逆事件で幸徳秋水らの命を奪ったのも、小林多喜二らの命をうばったことにも、歴史の審判は下っています。無反省な政治、無責任な政治は、この民主国家では許されません。ところで、畑野議員が質問で紹介していた治安維持法被害者の5月22日記者会見の記事ですが。「東京新聞」と「赤旗」に見てみました。4名の方は、千葉の杉浦さん(102歳)、川崎の水谷さん(103歳)、北海道の松本さん(96歳)、同じく北海道の菱谷さん(95歳)。菱谷さんと松本さんは、旭川の師範学校の5年生の時に逮捕された。絵の好きな二人は、美術部で生活をありのままに描く「生活図画教育」を受けていた。それが「危険思想」とみなされ、二人を含む教諭や学生など、27名が逮捕されたそうです。菱谷さんは1年3カ月拘留されたそうです。 (「東京新聞」の記事より)これは新聞からですが、記者会見での菱谷さんの発言です。「この数年でわれわれ生き証人はいなくなる。治安維持法が共謀罪と名前を変えて制定され、平和をおびやかそうとしている。」同じく、松本さんの発言です。「密告や身辺捜査で、生きにくい世の中になる。そして、戦争につながっていく。」四名は、自らの体験を踏まえて、『命懸けで反対したい』と。この高齢にもかかわらず、こころ安らかに出来ないんですね。叫ばずにはいられないんですね。政府の発言と、この四名の警鐘をならした発言とを、比較した時に、私などは、主権者国民の一人として感じます、この今の政府は、戦後民主主義の良識からして根本的にかえなければならない、と。
2017年06月04日
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今朝の根府川での日の出です6月3日朝、用事で真鶴を往復したのですが、根府川で見ることのできた日の出です。午前4時30分でした。左側から三浦半島が伸びているんですね。手前は、暗いですが海岸です。アップしてみると、半島が伸びていることが分かります。ひとは、太陽が出てくれないことには仕事になりません。おかげで、この瞬間をとらえれました。午前8時30分には、団地の朝市の用意がありますから、もどってなければなりません。「われ来て、われ勝ち、われかえる」です。
2017年06月03日
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今朝の、団地の朝市から6月3日朝、東京・多摩市の団地で、定例の朝市が開かれました。この朝市のために、昨日小田原・早川から物産を運んでおきました。運んできたのは、1.梅、2.ビワ、3.日向夏、4.真竹、5.フキ、6.ウド、みつば、それと、7.キャラブキでした。本日は、梅とビワの売れ行きが順調で、フキの6束とキャラブキについても完売しました。「しまった、フキはもっととって来るんだった」、後の祭りです。この時に売れ残ると、葉もしおれてきて、印象が良くなくなるんですね。それで抑えたんですが。今回は、注文も受付けるようにしました。次回に、ウドが2束、真竹1束(2本)の予約がとれました。この朝市ですが、第一と第三の土曜日、午前9時から開いているんです。今回は、野菜の品数が大分増えました。地元の多摩市の農家とともに、群馬県からも新鮮な野菜がならびました。レタス、キャベツ、ニンジン、ジャガイモ、大根、トマト、ブロッコリー、長ネギ、玉ねぎ、生シイタケ、キュウリ、その他、多彩な品々です。これらが、お昼くらいには、大方がなくなります。それもそのはずで、鮮度は抜群の産直野菜ですし、品物も立派ですし、それにとても安いんです。この朝市自体が、定着してきたようです。それでも、毎回「(朝市は)いつ開かれるんですか?」「どこで採れたものですか?」「本体だけでなく、葉も食べれるんですか」「どの様に食べたらよいのか?」その都度、様々な質問が出されています、これも拡がりの側面です。中には、当方に聞いてくる人もいるんです。「このみかんはおいしいのか? すっぱくないのか?」「ウドやフキはどうやってたべるのか?」などと。当方は、キャラブキやウドの酢味噌和え、味見用の日向夏やビワ、それに、ウメ酒なども用意しておきました。「いろいろ考えているよりも、まずは味見、是非味見をしてみてほしい」と、どんどん味見してもらうようにしています。「百聞は、いち試食に如かず」で、簡単にできる素人料理で、その旬の味を実感してもらっています。思うんですが、当方が出している、ビワや、梅、うど、ノブキなどには、旬の時があります。自然の成熟というのは、定期市の、人の都合にあわせてはくれません。そうなると、旬の産物があるうちは、予約もとるようにして、人が自然に合わせるようにすること。当方としては、なるべく毎週の土曜日に、朝市を開くようにして、週サイクルの、行動パターンをつくること。早川と多摩の団地を結ぶようにして、旬のうちに提供するようにすること、これが必要になっているようです。あとは、もぅ消費者自身が、現地に採りに行ってもらうしかないんですが。
2017年06月03日
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みかん園にミツバチがやってきましたみかん園でミツバチを飼うことは、2013年からの懸案なんですが、これまでに3回、毎年失敗してきました。本日・6月2日、山梨県の養蜂家の方を訪ねました。4度目の挑戦で、二ホンミツバチを迎えに行ってきました。富士山ですが、山梨県から見ると、いつもの景観とは違ってました。富士山のすそ野が大きく広がっています。この美しさは、丹沢ですそ野を切られる関東では、絶対に見れない富士山の景色です。これは、まずいんですが、帰途の走行中にみえた富士山です。早朝で、まだ車が少なかったから撮れたんですが、好ましいことではありません。また、これは甲斐駒ケ岳です。まだ霜降りの雪をのせていました。一方、車は160キロを走って、午前8時14分に、反対側の小田原から見た富士山です。今日の主題は、富士山ではなくて、ミツバチなんですが。本日、山梨県から神奈川県真鶴のみかん園へ、遠路、二ホンミツバチがやって来ました。ミツバチは、170キロを旅して、午前8時50分に真鶴に着きました。新しい住みかとして、ここが安住の地となってくれればよいのですが。到着してすら50分、落ち着いたのをみて、閉鎖してあった入り口の網を解きました。「おい、だいぶ揺られてきたけど、ここはどこなんだ」「いつものところとは違うようだけど、周りはいったいどんなところなんだ」おそらく、ミツバチたちは、そんな会話をしているかと思います。大変戸惑っている本日かと、想像しています。新たな場所は、神奈川県西部の真鶴のみかん園なんですが。これが、その全景です。みかんの木が、屋根がわりになって、南関東の暑い日差しを、少しでも避けてくれることを期待しているんですが。まずは、とにかく、新たに花嫁さんが嫁いできたようなものですね。みかん園に新たな住人がやって来たわけです。従来の失敗を、くりかえすわけにはいきません。これは偶然で、最近になって知ったんですが。我が家の曽祖父・福太郎さんですが、明治の中頃に、山梨県の境川から、神奈川県真鶴町岩(当時は岩村)へやって来ました。徒歩で富士山麓から、箱根山を越えて旅してきたんです。どういう事情だったかは分かりませんが、松本清張を地で行ったわけです。今回のミツバチたちにとっても、同じです。この真鶴の地が、新たな住まいとして住みやすい環境となり、定着できるように、私などとしては、「今度こそ」と、4度目のサポートの開始です。
2017年06月02日
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まとまらない、5月の読書のまとめまとめようとして、なかなかまとまらないのが5月の読書のまとめです。4月-5月は、農夫は忙しい。草刈りに加えて、甘夏と山菜の収穫と、その出荷・販売がつづいてますから。三つの仕事が出てきているわけですが、1.みかん農業、2.送迎運転、3.それに加えて「66歳の読書」です。なかなかこの読書というのは、農作業とは違って、月々に並行するようには、まとまらないんですね。今年の初めころまでは、5つ位の柱建てですすめていたんです。(1.古典、2.農業、3.政治、4.日本史、5.文学など)だいたいくたびれてくると、字ズラをすべるだけになります。アリバイ的というか、自己目的というか、問題に迫れなくなります。読書というのは、いくら柱建てしても、いざ、なにかを読むとなると、同時に複数のものは読めませんから、ときどきは一点集中になります。複眼のはずが、いつしか単眼になって、右往左往の一本道で、まとまりがつかなくなるんですね。だから、時には、ふりかえってみることが大事になります。今年に入ってからをふりかえって見ると、一、古典、これは唯物史観について。 『フランスにおける階級闘争』 『変革の時代と「資本論」』 『古典教室三巻』二、文学論、戦後文学を探る。 『歌声よ、おこれ』 「友情」 『幼年時代』(ゴーリキー) 『戦後文学論争史論』 『俘虜記』 「文部官僚論」 『愛の妖精』 『「終戦日記」を読む」三、哲学。日本の哲学者たちの努力。 『人生・政治・文学』(宮本) 『戦後精神の探究』 『現代日本の思想』 『マルクス主義哲学の方法と課題』 『戦時下の唯物論者たち』 『証言・唯物論研究会事件と天皇制』 『唯物論哲学入門』四、政治論。戦後民主主義について。 『野党協力の深層』 「民主主義をあきらめない」当初の立てた柱とは、実際の結果は少し違いますが、その時々の一作、一作への試みが、この結果です。時には、こうして並べてみるのも大事なんですね。得ることを確認することもできますが、深めきれずに放置されたままにしているテーマも見えてきます。以上、5月までのまとめ、その読書についてです。
2017年06月01日
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