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今回は真鶴のみかん園を紹介します10月31日、今回も早川と真鶴のみかん園を、収穫で回ってきました。二つのみかん園を回ると、どうしても早川を紹介することになります。風光明媚で自然が豊かですし、多くの労力が注がざるをえませんから、当然です。しかし、そうであればこそ、今回はあえて真鶴のみかん園を紹介します。今日は、早川園でひと作業をした後でしたが、午前10時半くらいに真鶴のみかん園につきました。一、当地での最初の仕事ですが、二ホンミツバチについて、その様子のチェックです。本日は曇りの天気で、気温が低いせいか巣箱の門は閑散としていました。それでも、しばらく見ていると、巣箱からそこそこの出入りがありました。花粉を抱えて来る働蜂もみられるし、状況はまずまずのところと見ました。二、次は早生みかんの収穫ですが、その前に、まずは甘柿を収穫しました。今年は、柿の実がなるのが、去年よりも少ないんですが。ほとんどの柿を収穫しました。これがその成果です。柿を採った後で気がついたんですが、果実の上に虫がいるのが分かりますか。イラガです。1.5センチくらいの黄色をした小さな毛虫ですが、2匹見つけました。これに刺されると大変なんですよ。チクチクと痛くて厄介なんです。しかし、今回はさいわい被害に遭わずに、無事に済みました。早生みかんの収穫ですが、そのはじまりの時期と柿の成熟とは、時を同じくしています。みかん園の近隣の人たちへ、最初のみかんと柿は、ほんの少しですがおすそ分けです。三、次は、本題の、最初の早生みかんの収穫です。今回が、真鶴園では、早生みかんの最初の収穫です。早生みかんの色づきが進みだしています。朝晩の寒暖の差が大きくなると、早生みかんの色づきが進み始めます。しかし、早やもぎは禁物なんです。上のみかんの写真ですが、この中で、収穫が適当と判断するみかんは、1個か2個です。この見極めが大事なんです。せっかくここまで生育させたんだから、甘さがのりだしたものだけを採るようにしています。この見極めが大事で、美味しいみかんを提供するためには、決定的に点です。とくに、今年のように、夏の気温が低く、雨がちに年にあっては、この収穫のタイミングが、美味しいみかんを提供できるかどうかの分かれ道です。味見をするのが一番確かですが、いくつもいくつも味見するわけにはいきませんから、やはり、果皮の色づき具合を見て、完熟しているかどうかを判断ではなければ、失格です。結局、本日の真鶴園のみかんの収穫は、今季最初の収穫でしたが、0.5コンテナ=12キロの収穫でした。この最初の収穫は、近所の人たちと親戚縁者へのプレゼントとなります。今年は、雨がちな夏から秋の天候でしたから、せいぜい熟したみかんを収穫することで、美味しさを回復するしか仕方なしなんですね。「はじめチョロチョロ、なかパッパ」というのは、お米だけではありません。みかんの収穫の速度も、これなんです。初めは、慎重に甘さののり具合を見極めるようにして、しかし、そのうちには、食事処ではなくなり、猫の手も借りたくなるようになります。しかし、真鶴のみかん園は、カミキリムシに枯らされてしまい、数年前に比べて木の数は半分にへってますから、「なかパッパ」とはなりません。それでも、てんてこ舞いすることは、たしかです。しかしこの忙しさは、一年の苦労の収穫ですから、農家にとっては喜びなんですね。いよいよ、11月-12月の、忙しくも楽しみな、みかんの収穫の季節の到来です。
2017年10月31日
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マルクス『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』に挑戦します今回の第48回総選挙をへて、今日の日本政治の動きをつかむ為にも、あらためてマルクスの『ブリュメール18日』に挑戦しようと思っています。人間の認識というのは、螺旋的にすすむといわれてますが、以前から、この著作に何回か挑戦してきているんですが、いまだ得心は出来ていません。なにしろ1848年-1851年のフランスの政治史ですから、150年以上前のことですから。「今度こそは…」といったところなんですが。二つの面からこの著作を探ろうと思っています。一つは、マルクスの唯物論的歴史観が、どの様に使われているのか、この問題です。もう一つは、このフランスの歴史的な政治史ですが、この著作によって、今日の日本政治を理解する上で、どのような参考になるかの問題です。私などは、この間、『ドイツ・イデォロギー』を通して、唯物論的歴史観とはどういうことかを学習してきました。『ドイツ・イデォロギー』というのは、マルクス・エンゲルスが1845-6年に、初めて意識的に唯物史観を述べようとした著作です。しかしその当時は刊行ができなかったものなんですね。これは私などの推測ですが、エンゲルスはマルクスの死後、その遺稿集の中から若き日の共作した草稿を見つけたんじゃないでしょうか。その『ドイツ・イデォロギー』は、全集第3巻、600ページもの大作でしたから、そのまま刊行するのは適当でなかった。それで、エンゲルスは、コンパクトなエッセンスとして『フォイエルバッハ論』(1886年)に発表したんじゃないかと思います。エンゲルスは唯物論的歴史観について、その後も、その理解をうながすために様々な助言をしています。その一つに、20歳の学生だつたヨーゼフ・ブロッホにあてた手紙があります。(新日本文庫の『フォイエルバッハ論』には、付録として掲載されています)その抜粋ですが、「この理論を原典で勉強するようにして、他のものを介さないようにしてほしい。その方がはるかにやさしいのです。マルクスが書いたものは、ほとんど必ずこの理論がある役割を果たしています。とくに『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』は、この理論の適用のまったくすばらしい実例です。同様に『資本論』にも多くの指摘があります。私のものでは、『反デューリング論』と『フォイエルバッハ論』で、このなかで私の知るかぎりで現存のもっとも詳細な史的唯物論の説明をしておきました。」(1890年9月21日付 全集第37巻 P403)この著作は、こうした意義と位置づけをもっているわけです。マルクス自身は、第2版への序文(1869年6月23日)の中で書いています。「(この著作で)私は凡庸でこっけいな一人物が英雄の役割を演じることができるような事情や条件を、どのようにしてフランスの階級闘争がつくりだしたかを、証明しようとする」(P10)また、本分のはじめでも「3600万人の一国民が、三人の紳士ペテン師に不意打ちをくわされ、抵抗もせずに捕らわれの身になるなどということが、どうして起こりえたのか、それを説明する仕事は依然として残っている」(一. P25)この点が、マルクス自身が、この著作に課している課題なんですね。これは歴史書です。日本で見れば江戸時代の末期の頃の政治史であるわけですから、当然、基本的な事柄にも疎遠さを感じるのは当然です。今からしてだいぶ古いもの、歴史的な事柄である、ということは確かです。しかし、ここにある方法論、歴史観については、私たちはそれを、今日的にも生きた原理的な生命力をもつものとして、とらえ・理解し得るか、ここのところが肝心な点だと思います。そして、その歴史観をもって、今日の日本の政治史をとらえるというのが、課題となっているわけです。今回は、ここまでです。この先は、これから本体を読み込むなかで、そこから何を引き出すことができるのか。それは、また後日です。
2017年10月30日
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6年前の、マルクス『ヘーゲル法哲学の批判から』の学習6年前にマルクスの『ヘーゲル法哲学の批判から』を学習しました。2011年8月9日から10月29日まで、15回のブログを発信していたんですが。フェイスブックでは過去の発信が紹介されます。それに刺激されて、9月19日には、せめて発信したものを読み返そうとしたのですが。https://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201709160001/しかし、そうした頃、政治の方は、解散・総選挙の急浮上がありました。なにより、過去のレポートは、自分で書いたものでも、消化の不十分もあって、自分でも読み返すのが、なかなか容易なことではなかったんですね。全体を吟味しなおすのは、後日の作業とせざるをえませんでした。今もって、今後の課題とせざるを得ないのですが。それで、今回は、せめて最初の回と最後の回を紹介するにとどめることとしました。2011年8月9日 第一回https://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201108090000/2011年10月29日https://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201110290000/過去のレポートを読んで、苦労していたことを思い出します。しかし、確かなことは、マルクスはここで、ヘーゲルの歴史観と政治論、法律論を批判しています。哲学・社会観と政治・法律論の二つの面にわたって、吟味していっています。世界観の探究の原点がここにあったことが見えてきます。若きマルクスの努力は素晴らしいですね。このヘーゲル『法の哲学』を、逐次に吟味する中から、何を引き出したか。もちろん唯物弁証法の観点と、ヘーゲルの歴史観の批判なんですが。ここが、その作業の現場であり、その後に続く発展の原点となったところです。大事な問題だと感ずるわりに、この箇所をとらえた文献はこれまで少ないのですが。私などにとっては、この検討は大事にしたい基本テーマですし、今でも宿題のテーマなんですね。
2017年10月29日
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秋の色がひろがる朝市です10月28日(土)、多摩の団地の朝市が開かれました。秋の果物が、いろいろと綺麗にならんだ朝市でした。当方が並べたのは、柿とアケビ、早生みかんとスダチ、かりんなどです。今回で、ミョウガとスダチについては終了です。今が収穫の山場なのが、柿とアケビです。これから、いよいよ本格的なみかんシーズンに入っていきます。今回の朝市ですが、地元・多摩の農家のさまざまな野菜がならびましたが、群馬からは、おいしいリンゴもとどきました。天気は曇りで、台風22号と前線の影響で下り坂でした。先週の台風21号に続いて、今回も台風が接近しようとしています。今日も、午前中に、その途中で雨が降り出してきたので、お店をアーケードの下に移して、営業しました。午前中、表側の公園では、地域の子ども運動会が開かれていたんです。テントも張って、本格的な秋の子ども運動会でした。私たちも、美味しいけんちん汁をご馳走になったんですが。途中から、雨が、一時でしたが、降り出しました。運動会の人たちも、会場をアーケードの下に移していました。(写真の奥の人たちがそうなんですが)雨を避けて、ゲームなどを楽しんでいました。ほどなく雨も上がってくれました。大事なく、予定したプログラムをすすめられたようで、お昼ころには、すべて終了して、片付けに入っていました。当方の朝市ですが、お昼のけんちん汁をいただいたこともあり、美味しくて、お代わりなんぞもして、腹ごしらえしたので、いつもよりも長く、お昼過ぎまで販売を続けて、終了しました。いよいよ、11月にはいると、本格的なみかんシーズンの到来です。当方の朝市も、これからが本番です。
2017年10月28日
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富士山は雪化粧してました10月27日、久しぶりに見えた富士山でしたが、雪化粧をしていました。午前6時2分、小田原パーキングエレアから富士山が見えました。日出の直後なんですが、冠雪した姿が鮮明でした。甲府気象台は、23日に今年の富士山の初冠雪を発表しているんですが。当方が出かけれる日には、ずっと雲に隠れて富士山は見えなかったんですね。ようやく、本日、冠雪した富士山を確認することができました。今朝、厚木の中津川の橋げたの気温は9度、今季初めての一桁台でした。富士山の姿は寒暖計でもあるんですね、気温の状況を示しています。それが示すように、寒さが下界に降りてきているということです。前回に来た時ですが、ミツバチの巣箱に防寒対策をしてきました。ベッドパットを使って、防寒用に巣箱のまわりを囲うようにしました。その手当をした時ですが、巣箱の門前に警備する蜂がまったくいなかったんです。それで心配していたんです。もしかして、門番をする蜂が違いなくなってしまったのではと。ミツバチの群れが、何らかの事情で弱まってしまっているのではないかと。こして、今回でしたが、安心しました。前回来た時は午前8時くらいでしたが、今回は午前11時過ぎでした。日中の気温も高くなってましたが、ミツバチの普通の様子を確認出来たんです。小脇に花粉を抱えたミツバチが帰ってきていました。巣門には、数は少ないんですが、警備の蜂が周囲を警戒して見守っていました。日常の正常な姿を確認することができました。ヤレヤレです。しかし、みかん園を見回った時、巣箱の周辺でオオスズメバチの姿を見かけました。ミツバチの巣箱の近くにはお茶の木があるんですが。そこでオオスズメバチをみつけました。オオスズメバチは、お茶の木の花粉、ないし花蜜を集めようとして飛んでいました。オオスズメバチは、例年に比べると今年の動きは数が少なくて、弱いんです。それでも、やはりミツバチの巣箱の周辺で活動しているんですね。これからお茶の木の花の季節が過ぎて、花粉が手に入らなくなれば、越冬のための食料確保に、ミツバチの巣箱の蜂蜜を狙いだしてくると思います。冬の寒さが来れば、オオスズメバチの数と勢いは低下していくんですが。それと、オオスズメバチだけに気をとられていてはダメだというのが、これまでの教訓です。この時期はスムシが急速に大繁殖する可能性もあります。過去3回の失敗は、この時期にスムシに巣箱を荒らされたことによりますから。ミツバチを飼うものにとって、最大の試練の時ですが、いよいよこれから、その秋の時期に入っていきます。。
2017年10月27日
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「伊豆の旅」の下見のまとめです5年前になりますが、「伊豆の旅」を学生時代の仲間と遊んだんですが、前年に、その下見をして、まとめていました。この方面の見どころとして、参考になればと紹介させていただきます。https://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201210260000/これは、熱海市内にある芸妓会館でしたが、芸者さんの踊りを見せていただいた時のもの。本番では、時間がとれず寄れなかったので、下見の役得でした。伊豆は火山帯でもあり、大きな地震が記録されているんですが、これは1930(昭和5)年11月26日の北伊豆地震の跡です。この北伊豆地震はマグネチュード7.3で、「伊豆大震災」とも呼ばれたそうです。これは込み捨て場だったそうですが、石で円形のふちどりだったそうですが、断層が横に2.7メートル動いたため、円形が半月のずれた姿にかわったものです。その痕が現地に保存されているんですね。地震学にとって、この中伊豆地震はしっかり調査も行われ、研究のエポックになったそうです。当時は、東海道本線の丹那トンネル工事と重なったそうで、その様子は、吉村昭著『闇を裂く道』(文春文庫)でも紹介されています。さらに、山を越えて中伊豆にでて、ここでは、源頼朝の流刑の地、蛭が小島にもよりました。「蛭が小島」は、ドラマに出てくるうっそうとした山奥とはだいぶ違っていて、富士山が綺麗に見える場所で、水田のひろがる湿原だったようです。そこに着いたとき、機材をもった人たちがいて、なにやら撮影が行われていました。笑福亭鶴瓶の「家族に乾杯」でした。NHKの大河ドラマの北条政子役のアンさんととも、収録していたんですね。スタッフから、「写真は遠慮してほしい」との注意がありましたが。もうすでに撮っちゃっていた後でしたから、しかたありません。それに、それからもうだいぶ年月が経ちましたから、時効のはずです。ブログでは、その下見の様子を、あちこちの様々な見どころを訪ねました。それぞれのポイントを、ホットなうちに紹介をしておきましたから、それぞれは、一覧からその日のブログをひらけば見ることができます。私にとっては、この年の下見散策は、ほとんど知らなかった伊豆方面でしたが、あらためて、その歴史と名所を知ることができた貴重な機会となりました。
2017年10月26日
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第48回総選挙についての感想、二題10月22日(日)、第48回総選挙の結果が出ました。正確には、最終集計は、10月23日のお昼頃までかかったようですが。私などが、この総選挙について感じている点を、二つ紹介します。一つは、選挙結果の評価について、不思議に感じる点です。この選挙結果について、テレビ・新聞とも「自民が単独過半数」との報道が大きく流されました。それはそうなんですが、そこには「自民が大勝した」との印象がふくまれていませんか?10月23日の自民党本部での安倍首相の記者会見でも、『目標を大きく上回る力強い支持をいただいた』『結党以来、歴史上で初めてだ』等と発言してますが、しかしその割にはさえない顔をしてますよね。昨日付の新聞には、前回比での最終結果が報じられていました。次の表は、議席数に関するものですが。今回の総選挙で、1、安倍自公政権の議席は、自民党は前回291に対して、今回は284議席であり、 公明党は、前回35に対して、今回は29議席なんです。 要するに、自分たちが勝手に低めに設定した過半数目標に対しては上回ったものの、 前回の当選者に比べるて、両党とも後退しているんですよ。 『歴史上、初めての勝利』なんて、景気回復と同じで都合のよい空文句です。2、やはり首相は勝機をみて解散したわけですが、 問題は、野党共闘をこわすこと、すなわち、 非自民・リベラル排除で、希望の党+民進党で反安倍の国民世論を引きよせようとした。 思うに、その失敗は、小池ゆり子氏の「排除」失言などで本質がとらえられたこと。 国民に、それがリベラル排除の第二保守の本質が見抜かれたことによると思います。 安倍政治を、どう変えるかが問題の時に、人気とは裏腹な本質がはっきりしゃった。 しかし、民進党への変質、ゆさぶりで、野党共闘を壊そうとしたんですね。3、その結果は、結果として自民党・公明党を利することになりましたが、 それにもかかわらず、安倍首相のさえない顔ですが、 ア、前回に比べて自民党が後退したこと、 イ、お仲間の百合子新党が、国民の批判をうけて、第2保守が消えたこと、 ウ、引き続き野党共闘が存在しているし、しかも強まる可能性があること。 つまり、この議席の結果に対する、口先とはちがう本音が出ているんですね。4、もう一度、根本的に政治史を学びかえさなければと感じています。 1980年の共産排除の社公合意以来、自民党政権を変える大義名分で、 非自民・共産排除の連立政権構想が繰り返されてきましたが、 2015年の戦争法廃止の市民との運動以来、 あらたな共産党もふくめた政権づくりが歴史に出てきていると感じます。 この歴史的な国民世論こそが、小池構想を挫折させた根本原因だと思います。さて、もう一つの、今日の新聞を見ての感想ですが。一般の新聞は、結果の勝ち負けの説明を一所懸命にしようとしているんですが。それは大事なんですが、しんぶん「赤旗」がそれにプラスして光っていたんです。これは、おそらく、私などの推測ですが、記者個人の力もさることながら、編集者の人たちの社会的な力なんですよ。紙面全体の共通の基調となっていますから。紹介されている声は、憲法の平和・民主主義を大切にする各界の人たちです。その良識者が、選挙結果に対する見方を述べているのが、紹介されているんです。これは、それぞれの人の、専門的な学識から、湧き出てくるような談話ですね。新聞というものが、今の国民の良識を励ます力を発揮しているとおもいます。これが持ち味であり、「赤旗」ならでわの役割なんですね。この談話ですが、これだけでも、日本の現在を危惧する人たちの、そのすべてに届けたいですね。そして、「共産党が一時後退したくらいで、うじうじするんじゃない」「全体として守った、つくりだした成果をよくとらえたうえで、同時に前進できなかった弱点を、問題点を改善するようにと」。とにかく、まずは自分自身がよく読まなければ、と感じている次第です。こんなことを言っている人もいます。「この革命は、自分の立てた目的が茫漠として巨大なことに驚いて、たえずくりかえしてあともどりするが、ついに、絶対にあともどりできない情勢がつくりだされ、諸関係自身がこう叫ぶ。 ここがロドスだ、ここで跳べ! 」(『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』一より)
2017年10月25日
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台風一過のみかん園を見てきました10月24日(火)、台風一過のみかん園を見てきました。大型の台風21号が、22日-23日通過して、その爪痕ですが、海岸線を通る西湘バイパスは、補修のため全線通行止めになっていました。みかん園の方は、さいわいにも大事はありませんでした。みかん園から見た小田原の市街地です。市街地は小田原で、中ほどに小田原城が見えています。相模湾の方は、台風の後のため、海面の色がいつもとは違って、白く濁っていました。手前のみかんの木は、早生みかんの木で、あと少しで収穫に入るところまで来ています。今日の課題は3つで、1つは早生みかんの収穫です。2つは、イノシシの捕獲用のオリを、この間、激しく活動している畑に移動したこと。3つは、剪定による切り枝を野焼きしたこと。この3つでした。たまって切り枝が山積みされていましたが、「今日こそは片付けよう」ということで野焼きしました。焼却作業が進んで、大山が小山になり、これは最後のところです。野焼きしているまわりですが、あちこち地面が掘り返されてますが、これらはすべて、イノシシの仕業です。ここは除草剤を使ってないので、草刈りした後にミミズがたくさん繁殖していたんですね。イノシシは、このミミズを好物の餌にしていますから、あちこち掘り返しているわけです。それと、草刈りが災いして、地面が露出したため、なお饗宴の会場になってしまいました。お隣のみかん畑の方が、すぐ隣で作業をしていました。イノシシの侵入を防ぐために、一生懸命に畑の境界にある柵を補修していました。イノシシは、熟したみかんを背の届く高さまで、食いちぎるように食べ荒らすんですね。すでに、そこかしこに、当方にもお隣間でも、木に食べ痕が見てとれました。さて今日は、みかん園の園主から、サトイモとアケビの見本をいただきました。サトイモは、500グラムで250円。アケビは、5個で250円。これは、ちかくに石垣山の一夜城があるんですが、そこにある産直販売所にだされている品物です。これが、当地での標準価格になっているわけです。私などが値付けをする場合に参考にしてほしてというわけです。今年も、いよいよ、みかんのシーズンが始まりだしました。この土曜日も、多摩の団地では朝市が開かれます。当方も、みかんとアケビ、柿を販売する予定です。
2017年10月24日
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大勢が判明した第48回総選挙についてまだ、最終結果は、台風21号の影響で出ていませんが、大勢は判明しました。これは、入手できた途中の結果ですが。 (10月24日(火) この選挙の最終結果が出たようですから、紹介します)この第48回衆議院総選挙では、この間、安倍自公政権がすすめてきた戦争法をはじめ、憲法を破壊する政治に、国民の厳しい審判が下ると思っていたんですが。残念ながら、期待していたような結果にはなりませんでした。民進党が丸ごと希望の党にのみ込まれず、立憲民主党ができたのは幸いでしたが、野党共闘の姿が、戦争への道か、平和民主か、この対決を鮮明に出来なかったことは残念です。野党が分断される中で、新たな野党共闘が再構築されたことは幸いでしたが。個々にはすばらしい健闘や、新たなきざしはあったんですが、期待したような結果は得られずに、残念なことでした。これら分析もされるとおもいますが、そこにはどんな課題があるか、目下の宿題です。 まずはご苦労様でした。 私などは、みかんの年金農夫として、みかんの手入れで小田原方面を往復しています。 その途中に、交通の難所として有名な石橋山があります。そこは、石橋山の古戦場で、真田霊社というお寺があります。こここを、だいぶ以前に紹介したことがあるんですが。https://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/200909170000/「一点の火花が燎原にひろがる」ということなんですが。鎌倉幕府の初めに、源頼朝はここでの最初の旗揚げをしたんですね。この初戦は、300対3000で、「おおわらわ」の負け戦でした。野山をかき分けて追討を逃れ、小舟で房総に逃げたんですね。しかし、それからほんのわずかな後ですが、富士川の合戦で大勝利をして幕府を開きました。これは、大局的に正しい見通しをもって、確かな必要条件をつくることができるなら、社会は動くという歴史の実例です。
2017年10月23日
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現代的なマルクスの「ヘーゲル法哲学批判」ですブログの過去帳を見たところ、6年前の学習が出てきました。マルクスの『ヘーゲル法哲学の批判から』(国民文庫)を学習していたんですね。2011年の8月から10月にかけて、15回のレポートを発信していました。この第13回の学習は、『法の哲学』c立法権 第308節を対象としたものです。ヘーゲルは、当時のプロイセン国家にあって君主制による二院制を説いていました。これに対しマルクスは、フランスやイギリスの近代民主制度の歴史にてらして、そのものの在り方から、唯物論の見地から、検討し批判しています。https://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201110210001/今日は、第48回総選挙の投票日です。このヘーゲルの『法の哲学』に挑戦した方は分かると思うんですが、難解なんです。それを相手としたマルクスの批判は、やはり難解さがつきまとう印象があったんですが。今、この総選挙の中で、レポートを読み返してみると、分かりやすく読めたんですね。ここでマルクスが批判しているのは、代議制、選挙についてです。ヘーゲルの絶対理念の自己展開としての現状説明は、苦し紛れの合理化論なんですね。これに対して、マルクスはフランスやイギリスの近代民主主義国家の政治制度をまなんで、市民社会と政治的代議制度との関係について、その意義と役割を述べているんですね。戦前の日本の帝国議会をうかがわせるようなプロイセン国家ですから、国立大学の教授ヘーゲルは、難解な表現の中に、合理的な思想が含まれている。しかし、その哲学的考え方から、現状を合理的なものとみるきらいがあった。その哲学観と政治論をマルクスは批判しているんですね。問題は、市民社会が代議制に反映させる仕方ですが、ヘーゲルの問題の建て方を批判して、マルクスは、各国の歴史的事実にもとづいて、選挙権・被選挙権ともに、範囲を拡張し一般化しようとしている点に問題があると指摘しています。日本の小選挙区制度によるの歪んだ鏡も、そうした反動化の一形態として読めました。ようするに、この投・開票日の気ぜわしい中ですが、たいへん今日的な問題として、第13回レポートを読み返すことができました。
2017年10月22日
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21日の朝市は完売でした10月21日(土)は、朝から雨が降り続いていました。こうした中、多摩の団地では、定例の朝市が開かれました。地元・多摩の農家の野菜や群馬のリンゴがならびましたが、昨日、早川から搬送してきた物産もならべられました。みかんと柿、アケビと栗、それにスダチとミョウガでした。今日の朝市のためにと、昨日の朝、小田原の石垣山で収穫したものです。この数日、台風21号の接近と秋雨前線により、雨がちの天気が続いています。このため、農産物の種類が、いつもに比べて少なかったんですね。こうした中で、当方が用意できたのは、みかん-16袋、柿-15袋、アケビー18+25パック、栗-5袋、ミョウガ-22パック、スダチ-8袋、でした。あいにく、昨日から天気は雨模様でした。すべての販売所をアーケードの下に移すようにしての今回の朝市でした。道行く人の出が、いつもに比べて、かなり少なかったんですが、それでも、ありがたいことに、ポツポツとお客さんが来て、足をとめてくれました。この中で、今が旬のアケビについてですが。アケビというのは、名前こそ知られていますが、食べた経験のある人は限られてます。なかには、「戦争後の頃は、田舎で子どもが口に出来たのはアケビくらいだった、なつかしい」「そこらにいっぱいあったので、『買う』なんて感覚はなかったんだけど」などといって、ながめるために近づいてくる人もいました。しかし、多くはアケビは「どうやって食べるのか?」「どんな味なのか?」、という人たちが多かったんです。当方としては、きっとそんなこともあるだろうと思って、味見用のアケビを用意したり、アケビでつくったジャムも用意しておきました。しかし、そうではあっても、話しの節々には、「種が多くて実は少ないよ、種を出さなければならないので、めんどくさいよ」、「秋の果物として絵のモデルなんかにいいよ」なんて、水をかける様な苦し紛れの紹介をしたりして、売り手としては失格だったんですが。というのも、あとで買った方からの「種ばっかりだ」と苦情が来るのが心配だったんです。ところが、です。逆に何人もの方から、なつかしそうに、その食べ方を教えていただいたんです。むかし自分の田舎ではこうして食べていたよ、と。「実を冷凍にするとアイスキャンディーのようになって、種も気にならず美味しいよ」とか、「皮を使って、そのなかに肉野菜を入れて、天ぷらにすると美味しいんだよ」とか、「皮の中に味噌をいれて、焼いて食べたし、漬物にもしていたよ」とか、じつに様々なレシピを紹介していただきました。さっそく、帰ってから、今、冷凍アケビを試しています、簡単ですから。だけど、もしかして、やはり、独特のアケビ文化があるのかもしれません。昔から日本人の自然には、直ぐその近くにはアケビがあったわけですら、食べ方も含めて、アケビの利用の仕方において、私などの知らない、独特の歴史文化があったのかもしれません。あと、2-3週間がアケビの季節ですが、この間に、いろいろなアケビの文化を知ることができるかと思います。
2017年10月21日
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5年前に、伊豆の願成就院をたずねました2013年に同窓会で『伊豆の旅』を企画しました。その下準備で、願成就院を訪ねたんです。当方は、当地の歴史に疎くて、それまで願成就院などというお寺は知らなかったですが。鎌倉幕府の時代に、元寇に対処した執権・北条時宗くらいは記憶にありましたが。うちの神さんが「歴女」だったことと、小学校の恩師が伊豆に住んでおられたこと。「伊豆の旅で、はるばるやって来る人たちに対し、案内するに足るポイントは?」そんなことが、この寺を知る縁となりました。そもそもの「執権」「北条氏」の大もとが、北条時政だったんですね。源頼朝夫人の政子のお父さんですね。鎌倉幕府の執権の、代々の北条氏のもとになっている人なんですね。https://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201210200000/2013年にたずねたときに、住職が熱心に解説してくれたんです。たいへん熱のこもったお話しで、参加者に大きな感動を与えてくれていました。それもそのはずで、それから程なく、案内していただいた仏像が、国宝になって全国に伝播したんです。そうした認定される前のことでしたから、まったく、そんな大事も知らずに、国宝をまじかにさわるようにみて、知らぬが仏で、住職に対し勝手な質問をバンバンとぶつけていたんですね。あとから、参加者から、「あれは、すげぇーものだったんだなぁ」なんて感想がよせられましたが、案内した私としては、「知らぬが仏で、なによりの散策だった」なんてことで、おもしろかった旅を、得難い旅を、あらためて思い出している次第です。一点の火花が燎原にひろがる、ということですが、鎌倉幕府の初期の、石橋山の敗戦から、ほんのわずかで富士川の合戦となる動きをみると感じます。歴史は、意識していなかったにしても、その条件ができると動くんですね。
2017年10月20日
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明日の朝市用に仕入れに出かける10月20日(金)、今朝の東京はかなりの雨でしたが、明日の朝市用に、早川へ農産物の仕入れに行ってきました。小田原市の隣の早川ですが、その石垣山のみかん畑です。早川のみかん園には、午前7時半くらいに着いたんですが、やはり、そこそこの小雨が降っていました。予報では、午前9時ころには雨も上がるとのことでした。それで、まずは、雨の具合を見ながら、多少降っていても支障のない作業から、とにかく始めだしたわけです。まずは早川のみかん畑「だんだん園」からですが。1、今季最後となりますが、最初は栗ひろいです。2、ついで、プレゼント用のミツバ採り3、さらに、柿の収穫4、みかんの収穫5、アケビの収穫以上が、市民園のオーナーの「だんだん園」からの収穫です。みかんは、本来は、晴れた日が望ましいのですが。果皮を乾燥させて追熟させて、保存がきくようにしたいのですが。今日はあいにくの雨滴でぬれていたんですが、好ましくはないのですが、贅沢は言ってられません。明日の朝市に、せっかくのみかんが何もなくては、それは問題ですから、せめて扱い注意の対話が可能な、完熟の1コンテナ分を収穫しました。当方の市民園の早生みかんの方も見たんですが、こちらは、色づき具合からして、収穫を始めるには、まだ少し早かったんです。それよりも、驚くことがありました。イノシシが、これまでになくみかん畑の全面を掘り返していました。えさのミミズをもとめて、掘り返したんでしょうが、これまで、これほどの作業は見たことがないんですが、水田を耕作したようでした。以前に、しっかり草刈りをしたんですが、逆にそれがあだになったようです。そして、次いで、6、石垣山の農家から、ミョウガとアケビの預かってきました。予定した事柄をすべて終えて、正午を過ぎたころ帰途につきました。そのころには、雨も上がっていました。これも、最初の写真と同じときのもの。雨も上がって、くっきりとした景色がひろがってきました。手前が石垣山のみかん山です。注意してみると、みかんが所々で黄色く色づき出しているんですよ。前方の市街地は小田原で、右側には三浦半島と相模湾がひろがっています。市街地を注意してみると、中ほどの左側ですが、小田原城も見えているんですよ。さぁ、本日の予定作業はすべて完了です。明日は総選挙の最後の運動日ですし、定例の朝市の日です。
2017年10月20日
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診療所の送迎仕事は一年がたちました去年の10月19日から診療所の送迎の仕事がはじまりました。診療所の友の会としてのサービス事業なんですが。今のところは、週に一日の運行なんですが。https://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201610180000/一年目の昨日は、午前と午後での3名の方たちの送迎でした。はじまって一年がたち、だいぶ定着してきたと思います。やはり丘陵地をけずってできた多摩ニュータウンですから坂道が多いんです。また、バスの公共交通はあらくて、ごく限られた線ですから。毎週利用いただいてますが、多い日では5名くらいの送迎があります。だいたい送迎の時間に加えて、診療や薬の待ち時間もありますから、ひとりの人で、1時間半くらいは見ておく必要があるんですね。昨日の方のつぶやきです。『まえは診療所に通うのも何ともなかったんだけど、最近は足が大変なんだよ』『帰りは買い物もあるから帰りは途中までで結構です、おかげで助かってるんです』なかには、先日のことですが、『今日は行く日だったっけ、おれは聞いてない。髭もそってないから駄目だ』なんて場合もありますけれど。この送迎活動ですが、もよりに診療所や病院が少ないというのは、多摩格差のひとつですよね。そうしたなかで、長年の住民の運動によって診療所をつくったんですね。そうして診療所はできたけど、徐々に身体が不自由になってくる高齢者は、通うための足の便がない。これも一つの歴史の流れのなかの一コマなんですね。大きくは政治の問題です、全国の各地の共通問題です。国民のぞれぞれ暮らしから、昨今はさまざまな切実な要求が大きくなっています。それは、これまでの政治がそうした事態をつくってきたんです。責任があるんです。それもそのはずなんです。一方では大企業への減税や戦争用の軍事予算を増やすし、お仲間には何百億も負けてやるんですから、まさに国民の要求はそのあおりなんですね。声を出せない弱者の人たちからは、どんどんと福祉やくらしの予算を、情け容赦なくけずっている、この関係が今の政治の実際なんですね。この総選挙は、国民が政治を自分にとりもどす選挙です。いくら口先だけで、バラ色の数値を並べたって、生活実感は執拗にもとめています。いくらお仲間が口をそろえて持ち上げたって、生活実感はごまかせないんです。だからこそ、助っ人をあつめたりして、それをつづけようとしているんですね。そんな誤魔かしは、長期低落や、人気の危うさがしめしているように、いつまでも続かないし、大きな変化の前にあるんです。この事態を、国民がどれだけはやく見抜くことができるかが肝心です。ましてや今は、平和と戦争との危険な岐路でもあります。あと投票日まで3日です、それぞれが可能な努力を集中して、誤魔化し政治に明確な審判をくだすことで、国民生活をかえたいものです。
2017年10月19日
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ありし日の原風景、松本清張著『砂の器』去年の今ごろは、松本清張著『砂の器』を読んでいました。1970年頃に、私は映画で最初に見ました。そのたため、その映画のシーンが印象がどこかにありました。その後、30年以上がすぎて、思うところあって原作を読んだんですね。https://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201610180000/今日は、10月18日(水)、第48回総選挙の投票日は4日後となりました。今日の新聞には、電話世論調査の結果予想が掲載されています。戦争法や憲法改悪、消費税引き上げの政策を掲げる自民・公明の政権与党ですが、その与党が、全議席の三分の二(310議席)以上をとりそうだというんですね。信じがたいことなんですが、この調査は客観性を示しているんですかね。この『砂の器』には、社会の底辺から這い上がろうとしている人たちが描かれています。口幅ったくも、戦後の国民の民主主義的な努力が描かれています。時代にほんろうされる中にも、必死に歩んできた人の生きざまが描かれています。戦争を引き込む道か、憲法を守って平和民主の道か。戦争か平和かが、この選挙で問われています。先人が苦労して手にしてきた宝を、今、どぶに捨てるようなことはできません。あと4日間、それぞれがもてる力を生かして、がんばれ!そんな声が、森羅万象から、聞こえてくるように思います。
2017年10月18日
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総選挙は、今を知る機会です政治と、私など初めて向き合ったのは、1969年頃でしたが。当然、新聞やニュースで、日々見てきたわけですが。認識は当てにならないもので、最近のことでも忘れていきます。それで、日本の戦後政治史を、あらためて学びかえしています。この間の学習では、唯物論的歴史観を『ドイツ・イデォロギー』などで学びました。その理解のほどは、まったくの手探りですから、たいしたことはないのですが。2011年の東日本大震災、2015年の戦争法などが問題になって、それがきっかけになって、憲法論、近代民主主義、文学史などを学んできました。今回、これに政治史が加わります。この世界の中にいるわけですから、分かっていることのよう感じてしまうんですが、しかし、たよりとした記憶や経験も、すぐに実際はいいかげんなことが分かってきます。この分野でも、やっぱり大海のなかに浮かぶ小舟でしかありません。寿限無、寿限無と、とりとめもなく感じることもあるんですが。今をより確かに生きるには、自他ともに引き上げるためには必要なことです。まぁ、なにもやらないよりかは、一歩を踏み出すことが肝腎ですから。そもそも、一般的なことというのは、移ろいゆくもので、全体の概観でしかないんですが。しかし、それをもつことは大事なものなんですね。次は個々のある一つの問題について、しっかりとその知識をもつこと。もっとも専門的にはむずかしいことで、それを一個人でいろいろ探るわけなんですが。そして、その個々の知識をはじめの概観としていた関連の中に位置づけてやること。これは『反デューリング論』をヒントにしたものですが、よろずのことがらを認識していく方法であり、その基本なんですね。ものごとは、これの積み重ねなんですね。今回の政治史ですが、これも、この方法の試みの一つです。先人がのこしてくれた歴史書もありますから、これから、戦後の日本の政治史を探ってみようとおもっています。
2017年10月17日
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最近の選挙の流れをふりかえります歳のためもありますが、最近のことでもつい忘れがちな近ごろです。この総選挙では、3つの政治勢力が、二つの本質でぶつかっています。比例代表選挙と、小選挙区選挙ですが、当方の東京・八王子市でも、藪から棒で、部分的に新たな区割りがおこなわれました。市役所の出張所には、二つの選挙公報が置かれていました。この総選挙ですが、現在の時点を、大きな政治の流れでとらえようと思って、目下、あれこれと調べているところです。 政治の大筋の流れですが2005年 9月11日 第44回衆院選挙 郵政解散で小泉自民党圧勝 06年 9月26日 第一次安倍内閣 07年 7月21日 第21回参院選挙 自民党惨敗で参院第一党を失う 08年 9月24日 麻生内閣2009年 8月30日 第45回衆院選挙 民主党300議席、政権交代で鳩山内閣2010年 6月8日 菅内閣 7月11日 第22回参院選挙 民主党大敗2011年 〔3月11日 東日本大震災〕 8月30日 野田内閣2012年 12月16日 第46回衆院選挙 自民119から294(+公明31)で325議席 12月26日 第二次安倍内閣2013年 7月21日 第23回参院選挙 自民65(小47+比18) 非改選59第一党に復帰 半数改選121 公明11(小4+比7) 自公で135議席2014年 12月14日 第47回衆院選挙 自民291(小223+比68) 公明35(小9+比26) 自公で総議席の3分の2以上2015年 9月19日 安保法(戦争法)強行採決 「国民連合政府」の、野党共闘の提案2016年 7月10日 第24回参院選挙 32の1人区で野党共闘、内11で当選 半数改選121 自民56(小37+比19) 非改選65で半数の121議席 公明14(小7+比7)2017年 10月22日 第48回衆議院選挙 (訂正 第47回総選挙の資料ミスがあったので直しました)安倍内閣というのは、戦争ができる国に日本をつくり変えようと、あの手この手で執拗に暴走をしてきました。戦争への道か、平和民主を生かす道か、鋭く問われる事態になってます。この年表ですが、この10年余の歴史から、そうした対決が行われてきたことが、鋭い対決になってきたことが見てとれます。もっとも、これらの人や項目だけでは、何のことやら、骨皮筋衛門なんですが。これらのなかには、国民泣かせの政治的な所業や、数々の暴挙が含まれているわけで、そうした肉付けをして完成させなければ、ただこれだけでは分かりにくいのですが。また、この表で見ると、野党の共闘というのは新しいんですね。理論や理屈としてだけでなく、実際に国民の運動として共同した力が見え出したのは、あの2015年の戦争法をゆるさないとの国民運動が、確かにその基礎にありますね。これから、ますます発展させていく大切な宝なんですね。新しい世界をひらいていく芽なんですね。私などは1950年生れですが、生まれてこの方、戦後民主主義の中で生きて来たものとしては、平和や民主主義、その憲法を大切にしようというのは、当たり前なことと思っていたんですが。おそらくそれは、戦後70年、保守的な人たちも含めて、戦争体験をした人たちの共通性だったと思います。あえて口幅ったいことは言わなかったとしても。しかし、当たり前ではなかったんですね。とくに2012年の第二次安倍政権と、それに集まる仲間の言動を見せられるにつけて、それがはっきりしてきました。この総選挙での中心は、戦争か平和か、この二つの道が、諸々の政策の上でも政治路線のうえでも、様々な形をとってぶつかり合っていることなんですね。よくよく見すえて、反動の逆流をストップさせる国民的な力を、社会正義に立った力をつくりださなければならないということです。そうした、あと6日間だということです。
2017年10月16日
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東京八王子選挙区の共産党・飯田みやこ候補です第48回総選挙の東京・八王子選挙区です。広い区域の八王子市ですが、その東はずれにある鹿島団地です。10月15日、唯一の日曜日の夕方ですが、静かな団地とその商店街に、しんしんと日本共産党・飯田みやこ候補の選挙に当たっての訴えが響きました。総選挙の東京・八王子選挙区ですが、ここでも全国的に共通で、わかりやすいんです。「比例代表選挙は日本共産党、小選挙区選挙は共産党飯田みやこ候補です」この総選挙は、三つの勢力が、二つの本質で、争われている選挙ですが、政策では、二つの本質のぶつかり合いです。 1「自民・公明」と 2「希望の党」 対 3共産党・立憲民主党・社民党憲法 憲法改悪、戦争法推進 戦争法廃止して憲法を守れ原発 再稼働 再稼働させず、ゼロへようするに、戦争呼び込みと憲法改悪の道か、それとも平和・民主の道にかえるか、です。10月10日の公示前後からの党首討論でも、その後の論戦でも、二つの道の本質は明らかです。この東京・八王子選挙区ですが。「もり」「かけ」疑惑で有名になった人が、安倍首相の代行した腹心が出ています。普通は、小選挙区の候補者というのは、地域地域の事情で、個々にはわかりにくいのですが。野党共闘ができたおかげで、分かりやすくなりました。そこには、1.日本共産党がでているか。もし出ていなければ、誰が野党共闘の代表なのか。それに対して、2.「自民・公明」と、3.「希望の党」の候補者ということで、どこの小選挙区であっても、個人は分からなくても、3つ勢力の担い手が誰かが分かりやすい。これが、全国的に共通なんですね。それぞれの地域での、3つの政治勢力の担い手が、直ぐに分かるんですね。私などの八王子選挙区でも、3つの勢力が分かりやすい。当地での野党共闘の担い手は、日本共産党の飯田みやこ候補です。この選挙区でも、3つの勢力がぶつかり合っているわけです。飯田候補、本人が訴えていました。ご自身が弁護士さんとして、全国をとびまわっている人なんですが、言葉の表現は違っていますが、中身としては以下の点が含まれていたとおもいます。《自民公明の幹部や候補者で、弁護士資格をもつ人が、戦争法を推進するとはどういうことか。それが憲法に反するは、明らかにわかっていて、なおかつすすめているのはどうしたことか。今、憲法を守ることの大きな責任を、弁護士としても、痛感している。ましてや、この八王子選挙区では、安倍首相の懐刀される人がでている。こうした政治勢力との対決であり、絶対に負けられない。≫やわらかな和服姿の言葉なんですが、その中に凛とした精神がこもった演説でした。安倍政治の自民・公明が一本化して、反動政権によりそう勢力との選挙戦です。ここでの選挙の結果が、日本の政治の中心にビンビンと影響するものとなっています。今回の総選挙で、野党共闘が全国で出来たことは、日本の進路に幸いなことです。国民の多くがそれを望んでいるからこそ、こうした成果がうまれたわけです。あと一週間ですが、いまの事態を動かすのは、根本は主権者・国民の力です。一人でも多くの人に、東京・八王子選挙区では、「比例代表選挙は日本共産党、小選挙区選挙は共産党飯田みやこ候補」です。
2017年10月15日
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やれやれ、朝市は完売でした10月14日は、独自の朝市でしたが、ミョウガ、みかん、栗、アケビなどは、スダチをのぞいて完売できました。下の写真は、途中でのものですが、最初の写真を撮り忘れていて、それに気がついた時はすでに中ほどでした。すでにミョウガの販売は、この場所でくり返し、毎回、大量に販売されていたので、もうこれ以上の大量は無理かとも思っていたんですが、そのため、容器を大きめのものにして、数を少なくするようにしたんですが。もしもこの場で売れ残ったら、知人のお宅に「押し売り」で回らなければ・・・、などとも、心配していたんですが。そうしたミョウガも、お昼までかかりましたが、なんとか完売できました。売り終わてところ「もうミョウガはないのか?」という人も出てきたりして、まだまだです。アケビは、むかしなつかしく感じてくれる人などもおり、いろいろ話がはずみました。栗は、もはや今回でシーズンオフ、終いです。予約してくれていた方のみの販売でした。みかんの方は、まだはしりで、これからです。まだ完熟みかんの収穫は少ないこともあり、これも予約者だけで終わりました。ようするに、終わってみれば、なんとか販売しちゃったわけです。今日は、シトシトと降る雨の合間の朝市でした、午前の団地はいたって静かな商店街だったんですが、助太刀で、ベテランの売り手さんも販売に協力してくれました。おかげで今回も、なんとか無事に完売することができました。
2017年10月14日
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早生みかんの収穫がはじまりましたいよいよ、みかんシーズンの始まりです。10月13日(金)は、雨が降り出す前に、真鶴・早川へ収穫に行ってきました。真鶴のみかん園へは、午前5時35分につきました。まだみかん畑は暗かったんですが、今日は雨が降り出すとの予報です。雨が降り出せば、みかんの収穫はできません。雨が降り出す前に、収穫しなければなりません。真鶴園の早生みかんですが、こちらは、全体として、収穫するにはまだ少し早いと判断しました。せっかくここまで育てて来たのに、ここで早やもぎしては、画竜点睛を欠くというものです。まだ少し早い、あと少しの我慢だ、判断しました。以前に、このくらいの色づいた時、収穫しちゃったんですが、同じ早生みかんの色づきでも、九州や四国のみかんは酸味が消えて甘さが出ているんですが、同じ色合いでも、真鶴の早生みかんは、北の方面に位置してますから酸っぱいんですね。従って、真鶴園での本日の収穫は、スダチのみとしました。午前7時30分には、真鶴から早川へと移動しました。早川の早生みかんは、前回試食させてもらったんですが、すでにまずまずの味になってました。近い場所にあっても、気候や土壌のちがいなどで、味にも違いが出て来るんですね。今日は初めての収穫です。収穫を始めたら、すぐに雨がパラつき始めてきました。しかし、まだ色づき出したのは、ほんの少しです。それを、本格的に降り出す前に収穫をしました。同時に、早川園では栗を収穫しましたが、栗は今回で終わりです。栗の収穫は、みかん園の園主が朝早くから収穫してくれていました。それとミョウガですが、その最後の収穫をしてきました。ミョウガも園主の方が、採ってくれてあるんですが、それを洗浄するようにして、預かってきました。収穫を終えての帰り道でしたが、道沿いに地元の農家の方の販売所があるんですが、そこで、柑橘類の値段について、価格をリサーチしてきました。私などは、収穫したみかんを多摩の団地で販売するんですが、せめて、この産直販売所での価格くらいの値付ができるよう努力しています。価格を抑えて、産地で買った時の価格以下にするということです。いろいろな農産物が並んでいました。ここでの価格を、一つの基準として参考にさせてもらっています。もう一つ、東京の最寄りのお店の販売価格ですが、これも参考にさせてもらっています。せっかく買ってくれて方が、「高くて、損した」なんてことにならないように。ということで、明日の朝は、単独での朝市です。ミョウガ、みかん、スダチ、栗、アケビなどの物産販売を予定しています。
2017年10月13日
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総選挙の公示がされましたこの総選挙は、10月10日に公示され、11日付新聞に立候補者数が発表されました。基本的なことですが、この選挙は、3つの勢力により、2つの本質で争われています。「2極」論か、「3極」論かの問題ですが。現在の現有議席、出発点の基本ですが。1、悪政の政権者たちです。 自民党 290議席 公明党 35議席 計 325議席2、基本は同じだけどて、批判的な世論を引き付けようとする人たちです。 希望の党 57議席 維新の党 14議席 計 71議席3、悪政を変えようとする野党共闘です。 共産党 21議席 立憲民主党 16議席 社民党 2議席 計 39議席東京都議会議員選挙では、東京都民の多数はこれまでの都政にNOを意志を示しました。首都の選挙結果は、全国の動向にも影響し合っていると思いますが。世論の動向として、なお一層、安倍政権に対する批判は鋭くなっています。しかし、本質的な二つの勢力を、歪んだ鏡の議員数としてみると、現有の議員数の力関係では、396(325+71) 対 39(21+16+2)、です。問題は、国民世論がどう反映するか、安倍政権のやってきたことへの批判は強い。しかし、9対1が、現在の議員の力関係です。この総選挙は、国民世論が、その意思をしっかり議員数に反映させようということです。この間の憲法破壊の政治を変えるということ、そために、この力関係を変えることです。多少「これまでよりも雰囲気が良い」、といったくらいではだめなんですね。これからが勝負です。現状の対立点を見すえて、政治の力関係を変えること、ここを越えなくして、未来は開けません。国民的な共同の意志と力が、その姿をもって、社会の表に現れ出なければならないということですね。
2017年10月12日
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伊豆・韮山郡役所館の想い出2013年の9月に同窓会で伊豆を旅しました。その案内役をする関係で、2012年の10月にその下見で散策しました。私は伊豆半島については、それまでは、近くにいながら、よく知らなかったんです。おかげで、いろいろ発見がありました。その一つが、徳川幕府の代官・江川太郎左衛門の代官所を訪ねたことでした。https://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201210100000/今日の時代、政治を私物化したりで、真実を語らなかったり、政治家というものの存在が、まったくもって地に堕ちていますが、それは、今の人がもつ特殊性な社会問題だとおもいます。本来は、そんなものではなく、名誉を回復する必要があると思います。というのは、幕末の役人ですが、ここで江川太郎左衛門という人を知ったのですが。当時の社会にあって、社会責任を立派に果たしていたこと、人びとから信頼されていたこと。その社会的な業績が、その雰囲気が、つたわってくる代官所の役所跡でした。どうして、今の様な政治状況がおきているのか、憲法、戦争法、原発、沖縄基地、などなど。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」なんて非道をいつまでゆるしておくのか。これを変えなければならないし、その力が、野党のしっかりした共闘が、早く多数者になることがもとめられてます。
2017年10月11日
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唯物論的歴史観を探る一つの方法社会観、唯物論的歴史観についての学習です。エンゲルスが『フォイエルバッハ論』を雑誌に掲載したのは1886年でした。おそらくマルクスが1883年死去して、遺稿から『ドイツ・イデォロギー』を見つけたのでしょう。当方は、この間に『ドイツ・イデォロギー』を対象に唯物史観を学習してきました。https://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201708240000/今回は、エンゲルスのヨーゼフ・ブロッホ宛の手紙(1890年9月21日)について、です。この手紙はエンゲルスの晩年ころですが、相手のブロッホは20歳の学生だったそうです。以下は、全集37巻からの、ほとんとどがその抜粋なんですが。「この歴史観によれば歴史において最終的に規定的な要因は現実生活の生産と再生産である。それ以上のことをマルクスも私も今までに主張したことはない。もし誰かがこれを歪曲して、経済的要因が唯一の規定的なものだとするなら、先の命題を中身のない、抽象的な、ばかげたから文句に帰ることになります。経済状態は土台です、しかし上部構造の様々な諸要因―階級闘争の政治的諸形態と、闘争の諸結果―たたかいを勝ちとったのちに勝利した階級により確定される等の諸制度―法的形態、はたまたこれらの現実の諸闘争すべての、これに関与した者たちの頭脳への反映、すなわち政治的、法律的、哲学的諸理論、宗教的見解とその教義体系への発展が、歴史的な諸闘争の経過に作用をおよぼし、多くの場合に著しくその形態を規定するのです。それはこれらすべての要因の相互作用であり、そのなかで結局はすべての無数の偶然事(すなわちその相互の内的な関連があまりにもへだたったいるか、またはあまりにも証明不可能であるために、われわれとしてはそのような内的関連が存在しないとみなし、無視することができるようなものごとや事件のことです)をつうじて、必然的なものとして経済的運動が貫徹するのです。そうでなければ、ある任意の歴史上の時代への理論の適用は、簡単な一次方程式をとくよりもやさしいことになるでしょう。 われわれは自身でわれわれの歴史をつくります。しかし第一にそれはきわめて限定された前提と条件のもとでです。それらの前提と条件のうちで結局のところ決定的なものは、経済的なそれです。しかし政治的等の前提や条件も、いやひと人の頭にとりついている伝統でさえも、決定的ではないにせよ、ある役割を果たすのです。・・・ しかし第二に、歴史のつくられ方というのは、多くの個別意志の葛藤のなかから最終結果がいつでも生まれて来るものであり、しかもそれらの個別意志はそれぞれまた多くの特殊な生活条件によってそのような個別意志になっているのです。つまり無数の、たがいに阻害し合う力、すなわち力の平行四辺形の無限の集まりがあり、そのなかから一つの合成力―歴史的結果―が生まれるまであり、それ自身はまた全体にとって無意識に、また無意志にはたらく力の産物とみなすことができるのです。なぜならば、個々の一人ひとりの者がもとめるものは、他のそれぞれの者によってはばまれ、そして出て来るものはだれもがもとめていなかったものということになるのです。こうしてこれまでの歴史は一つの自然過程のように経過していますし、また本質的には同じ運動法則にしたがっています。しかし、個々の意志が―そのそれぞれが体質や外的な、最終的には経済的な事情(それ自身の個人的な事情または一般的・社会的事情)にせまられて、そのもとめるところがきまってきます―その求めることを得られず、溶け合って全体の平均、すなわち共通の合成力が生まれるからといって、個々の意志イコール・ゼロとみなすべしなどとは考えてはなりません。それどころか、個々の意志はそれぞれの合成力に寄与するのであり、そのかぎりでその中に含まれているのです。 お願いしたいのは、どうかこの理論を原典で勉強するようにして、他のものを介さないことにしてください、その方が実際はるかにやさしいのです。マルクスが書いたものでは、ほとんど必ずこの理論がある役割をはたしています。しかしとくに『ボナパルトのブリュメール18日』は、この理論の適用の素晴らしい実例です。『資本論』にも多くの指摘があります。私の著作を上げれば『反デューリング論』と『フォイエルバッハ論』で、この中で私の知る限りで現存のもっとも詳細な史的唯物論の説明をしておきました。 後輩たちが時として過度に経済的側面に比重をおくのには、マルクスと私自身で責任をとらなければならない点も一部にはあります。私たちは、反対者たちにたいして、彼らが否認するこの主要原理を強調しなければならず、そこで、相互作用に関与している他の諸要因をそれなりに評価するだけの時間と場所と機会がかならずしもないということになったのです。しかしひとたび歴史的な一段階の叙述、すなわち実際の適用ということになった時には、ただちに事情は変わり、その場合には思い違いということはありませんでした。しかし残念ながら、主要な諸命題をわがものにすれば、すぐさま新しい理論を理解しおえたと思い、難なくこれを扱えるものと信じることがあまりに多すぎますが、ところがこれはいつもそうとはかぎらぬものです。そしてこの非難を、私は近年の「マルクス主義者」の少なからぬ者たちにたいしてあびせないわけにはいけませんし、じっさいまたみごとな代物におめにかかりもします。」(第37巻P401-404) 若者に対して、これだけ真摯に向き合おうとしている老エンゲルスです。よくぞ丁寧に解説してくれています。今日の総選挙では、政治についても、18歳の新たな選挙権をもつこととなった若者たちに、このくらいの丁寧さで、わかりやすく接することが求められているんでしょうね。またこれは、後世のひとたちにたくした、史的唯物論の理論についての「遺言」でもあるんじゃないでしょうか。なぜか、そんな気がしてきます。したがって、今日、歴史観を学習しようとする人はいるとおもいますが、このエンゲルスの文章、アドバイスそのものを、目にするなどということは、なかなか機会がないとおもいます。それで、かなり引用文が長いものではありますが、かまわずに紹介させていただきました。これを生かしてくれるかどうかはわかりませんが、いかしてほしいものです。
2017年10月11日
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総選挙での「動かぬ座標」です本日、10月10日、総選挙が公示されました。文字通り、日本の進路が、この選挙結果により左右されます。この選挙は、なによりも安倍政治に対する審判がとわれています。先人が大切に守ってきた戦後の憲法を、平和民主の憲法を破壊して、戦争法で国民を刈りたてようとしている政治に対する審判です。沖縄の、新たな基地建設をゆるさない、との体をはっての抗議を、暴力で弾圧している政治です。福島の郷里を奪われた人たちの体験から学ばず、さらに垂れ流しのつけを押し付けようとしている政府です。自分たちのお仲間への私的な便宜供与の尻尾がつかまれて、あくまで『わたしは知らない』と強弁しようとしている政権です。そうした政治を許すか、変えるか、本日それが問われる総選挙が公示されました。私などは、東京の八王子市のいち住人として、全国の比例選挙は政党関係が分かるにしても、これまでは、全国の小選挙区については、各地の状況が、よくはわからなかったんですね。ところが、本日、公示日にあたってのニュースを見ると、立候補者の状況が、ある程度共通にして、その関係がわかるように見えました。どこでも、基本関係は共通なんです。「希望の党」の評価をめぐって、安倍政治の補完勢力か、安倍政治を変える勢力か。その基本政策や政党関係の本質において、3つの勢力が、2つの本質関係で対決している。2極なのか3極かというのは、この問題です。私などは、この間、自分自身の戦後政治の空白意識について、探ってきたんですが、今年の初めでしたが『現代日本の思想』(久野・鶴見著 岩波新書 昭和31年)を読みました。https://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201701240000/そこで述べられている著者の感慨ですが、今は、その総選挙の公示日にあたっての夜ですが、それが分かるような気がしました。もちろん、まだ各地の各候補の立候補状況というのは、つぶさには分からないのですが。それでも、全国のその地域、地域で、共産党がどうなっているか、これをみると関係が分かって来るんです。そこに共産党の候補者がでているのか。もし出ていないとすれば、他党の候補者、立憲民主党の候補者か、社民党の候補者か、無所属の方か。そこでは誰が自民党政治に対決しようとしているかがわかるんですね。これまで、行ったこともないその地域・地域のことが、その政治関係が、いち目にして共通に理解できるということなんですね。行ったこともないところ、あったこともない人たちですが、民主主義をまもろうとする共通の連帯感です。このことというのは、この岩波新書で著者たちが述べていること、「すべての陣営が、大勢に順応して、右に左に移動してあるく中で、日本共産党だけは、創立以来、動かぬ一点を守りつづけてきた。それは北斗七星のように、それを見ることによって、自分がどのていど時勢に流されたか、自分がどれほど駄目な人間になってしまったかをはかることのできる尺度として、1926(昭和元)年から1945(昭和20)年まで、日本の知識人によって用いられてきた。」(二、日本の唯物論-日本共産党の思想 P54)ここで述べられていることと、ある意味で重なり合うと感じませんか。自民党政治がピンチになる時、そのつっかえ棒になる勢力が、その都度出てきました。見苦しいことに、ピンチの自民党にすり寄る勢力も、これまで何度も経験してきました。現に、今でもそれを見せつけられています。かっこだけは、反自民のポーズをとりながら、その実際は批判的な国民世論がまとまらないように、野党共闘を攻撃して、自民の助け舟を出している、そうした勢力の派手な活動も体験させられてきました。なんとか国民の世論が、真の野党勢力の共同にまとまらないようにと、なんとか分散させようとして、そのため「ああだ、こうだ」との働きをするニセの批判勢力の活動を、これまで体験してきました。そして、今もこの選挙で体験しています。団結した力は、そこを見すえて、国民が誤魔化されないようにすることですね。私などは、オプティミストではありませんから。ただちに、気骨のある対決勢力が多数を占めるなどとは、それほど楽観的ではありません。もちろん、それが望ましいし、一刻でも早く苦難を解消するために、本当の政治転換をさせるために努力を尽くすわけですが。しかし、これは確かなことですが、この選挙で、一人でも多くの人が、一議席でも多くの、真に自公政治のごまかしを打ち破れる勢力として伸びること、これこそがこの歴史的な転換を近くに引き寄せることとなると思っています。そのチャンスが、今問われているこの総選挙だと思います。
2017年10月10日
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梅にも天候不順の影響が当方は、真鶴と小田原・早川でみかんを栽培していますが、みかん園のまわりには、何本か梅の木が植えてあります。なにしろ、小田原は名にしおう曽我梅林、梅の産地ですから。これは、5月25日に早川で収穫した時のものです。10月6日、みかん箱を入手すべき時期でもあり、JA事務所に寄りました。そこで農協「かながわ西湘」10月号(No133)をもらったのですが。その中に「農家悩ます天候不順」とのことで、今年の梅の収穫がまとめられていました。梅の今年の収穫は、収穫実績が約214トンで、集荷計画の47パーセントであり、去年の収穫量の約66パーセントだったそうです。天候不順が大きくマイナス影響したんですね。その天候不順ですが、1、花が一気に開花しなかったことと、実の着果量が少なかったとのこと。2、3月には雨が少なくて、気温の低かったため、梅の実が大きくなれなかった。3、おまけに、土用干しの時期の、8月上旬には梅雨にもどったかのような天気がつづいた。私などの体感とも重なってますが、今年の梅と梅干しづくりは、天候不順が厳しく影響したということです。当方としては、もしも真鶴からの梅だけだったら、この記事を地で行く状況だったんですが、さいわいなことに、今年は早川のみかん農家の知人が梅を提供してくれました。そのおかげで、大きくて綺麗な、みごとな梅だったんですが、例年に比べて、より多くの量を、多摩の団地に出荷することができました。しかし、地域全体としては、厳しいものだったことを見ておく必要があります。さらに問題は、この気候不順は、これまで体験したことが無いものなんですが、みかんに、これから収穫の時期に入っていくみかんに、どのような影響がでるか。この点を、これから注視しているところです。直接は関係ないんですが。自然の不順というのは、ある程度は致し方ないものとしてあきらめができるのですが、人間が、しかも政治の責任ある人が、憲法をないがしろにして、国民を戦争に巻き込むことは、これは絶対に許せないことです。昨日の党首討論ですが、国会でされるべきことを逃げたから、記者からの繰り返しの質問を受けましたが。あいかわらず、くり返し「李下に冠を正さず」などの諺で言いつくろおうとしているなんて、とんでもない。「私は知らない」「夫人のことで関係ない」など。これは、ただ断言をくりかえしているだけで、ちっとも証明などしていないんだから。しようとしていないんだから。これがまかり通るくらいなら、子どもたちに対し科学や教育学習につとめよなんて、とても白々しくて、魂が入らないものになりますよね。また、それをかばうお仲間連中があちこちにいるんだから。これでは、政治がモラル崩壊を蔓延させてるということですね。これは、根本的にあらためさせないと、自分もふくめて万人がダメになりますね。
2017年10月09日
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スダチ販売で感じた押しの力について昨日、10月7日、多摩の団地で「秋の感謝祭」がありました。そこでのスダチの販売をとおして、一つ感じることがありました。それは、説得力というか、押しの力についてなんです。当方は、この日も定例の朝市の日でしたから、お店を開きました。これがそれなんですが。出品したのは、ミョウガ57パック、栗12袋、スダチ39袋でした。前回紹介しましたが、この日の団地の朝はいつもと違っていました。いつも朝はいたってもの静かな団地なんですが、それが朝からにぎやかなんです。しかも、その人たちの動きがてきぱきとしていて、さっそうとしているんです。いつもとは、まったく人が違うかと思うように、キリッとしていたんです。そして紹介したように、ここでの目玉のひとつが、1000匹のサンマ焼きだったんですが、午前10時ころから、広場の一帯に、それこそ美味しそうな香りがただよいだしました。すでに長い列ができていて、私もならぼうとしたんですが、お店を空けるわけにはいかないので、眺めるだけで諦めました。問題は、ここからなんです。サンマには、スダチがつきものでしょう。ところが、栗はいち早くなくなり、大量のミョウガもお昼くらいには売り切れたんです。ところが、肝心のスダチの販売ですが、この絶好の機会なのに、16袋残ったんです。そのスダチの売れ残った原因なんですが、一つは、どさくさにまぎれで、スダチの販売が、人々の目には入らなかったんです。同時に、そこには、スダチの持ち味が、あまりよく知られていないと感じました。和食には、とくに焼き魚などには、かかせないはずのものなんですが、その持ち味が、あまり意識されてないんですね。そこにあれば使うけど、あえてお金を出してまで、求めることはないといったふうで。ところが、多少知っている人は、二袋も買っていくんです。「サンマや焼き魚にもかかせないし、炭酸と甲類の焼酎を遭わせれば美味しいよ」の講釈に、これにたいして、『知ってるよ、ハイボールにも美味しいんだ』と。私は、それが『ハイボール』だなんてことは知らなかったんですが、数は多くはないけれど、和食の食通だけでなく、スダチの愛好者がいるんですね。もう一つ、根本問題がありました。スダチは小粒でもあり、一見すると地味なんです。早生みかんが出まわりだす少し前、9月-10月の濃緑色で酸味の強い時が旬ですが、みかんに比べて地味ですから、私などはスダチ売るのに押しが弱かったんです。売ろうとする側が、その売るものの持ち味の特質や、かけがえのない味を、自分自身でもよく理解しておくこと。その味を試して、実感として、その貴重な役割、持ち味を知っておくと違ってくるんです。相手の消費者は、よくわからない人もいますから、話し半分で、半信半疑なところなんです。なかみは確かだし、値段もたいへん手ごろなものですから、そこで肝心なのは、その持ち味を、自分の実感として、いかに生き生きと伝えられるかです。チョットその気になって確かめてもらえれば、確認できることですから。ここが、これまでのスダチ販売の弱点だったんです。地味な小粒ということで、遠慮がちになって、試してもらうことの押しが弱かったんですね。昨日の団地祭りのサンマ焼きの朝市でしたが、そこにもこの弱点が残っていました。このたために、16袋が売れ残っちゃったんですね。しかし、たまたま本日、『ハイボールにも美味しい』の一言を聞いて、ひらめきました。ただちに、持ち味を、相手の好みにも合わせて、焼き魚もよし、ハイボールもよし、と。直ぐに、残っていた16袋が売れてしまいました。私も1袋キープしたんですが。ところで、肝腎な点ですが、この関係というのは、この総選挙にも関連していると思いませんか。本当に中身を知ってくると、話すことの押し出す力がかわってくる。どこか他人への説得力が違ってくるということなんですが。本日も党首討論会で、首相は疑惑問題で、みずから『李下に冠を正さず』などの言葉で、逃げようとしていました。がしかし、これは「そうあっちゃ、いけないことだ」ということで間接的に問題を認めているわけなんですね。国会での追及は逃げれたかもしれないが、国民の関心事に立って執拗に求めた記者の質問にでした。首相はこのことわざで間接的に認めているんですね。それはともかくとして、くり返しになりますが、一般的には誰しもある程度は分かっていることなんですが、それが本当に具体的な、自分自身の確信をもって語られたとしたら、同じ言葉でも、そうなると相手の心に伝わる力が違ってくるんです。ここが、国民のこころをゆりうごかす精神として、大事な要素になっているかとおもいます。そんなことをどこかでも聞きました。〔政治状態への根本的批判というのは〕「人間がなにか貶(おと)しめられ、抑えられ、見捨てられた下らぬ者となっているような一切の状態―畜犬税がもくろまれた際、或るフランス人が「犬め、かわいそうに! お前たちを人間扱いにしようというんだ!」と叫んだ、この言葉で世にもみごとに描かれているような状態―をくつがえせという至上命令をもって終わるということである。」(マルクス『ヘーゲル法哲学批判序論』(P342 国民文庫から)。また、その相手の人に即して論証されること、目を覚ますことにもなる。「なんで彼らが本来たたかっているのかの理由を示すだけであって、意識は人々がいやがおうでも自分のものにしなければならないものとなっている」(P271 1843年9月の手紙から)と。これは174年前のドイツでのことが、それが何故か卑近に感じられるこのごろです。
2017年10月08日
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商店街の秋祭りで、団地は大にぎわいです10月7日、多摩の永山団地は、秋の感謝祭で大にぎわいです。さいわい、午前9時くらいには雨も上がりました。いつもは静かな団地の朝なんですが、今日は、午前10時ころから、これぞ秋の匂いが漂い始めました。さすがですね、多摩ニュータウンの永山団地なんですが、これぞ団地の底力だ、といった諸々の社会的に力が表に出てきました。この感謝祭では、三陸の被災地支援もこめて、1000匹のサンマを取り寄せました。この団地商店街の秋祭りは、多彩な企画が行われているんですが、その中の一つとして、住民がサンマの味を楽しむというんです。普段はいたって静かな団地なんですが、今日は違っていました。私などがいつも朝市をしていた場所ですが、今日は、そこは紅白の幕も張られて、中心舞台になっていきました。もちろん、今日は定例朝市の日ですから、午前8時30分には一角にお店を開きました。当方の品は、ミョウガ57パックと栗12袋、それとスダチ39袋でしたが。結果は、お昼には、スダチは少し残りましたが、ミョウガと栗は完売です。味見用に早生みかんも紹介したんですが、みかんも含め栗とミュウガについても予約の注文がありました。人が集まると、また新たな需要が出て来るんですね。サンマの焼き手の方も、忙しく焼いて入るんですが、つぎつぎに注文がよせられてきますから、わき目もふらずに大忙しでした。匂いにつられて、私も食べたかったんですが、なんたって、考えることはみな同じで、列が出来てましたから、これに並んでいると、その間、お店が放っぽりっぱなしなっちゃうもので、一度は並んだんですが、あきらめました。アトラクションとして、吹奏楽の生演奏もあったんですよ。若い学生たちのブラスバンド演奏なんですが、なかなかのものなんですよ。日ごろの練習した腕前を、その高い水準を、じっくりと披露してくれました。もちろん演奏の技術によるものでしょうが、よく親しまれている曲ということもあります。それが生演奏ならでわの独特の力で、お腹にまで情感がビンビンと伝わってきました。ということで、多摩市の団地の秋祭りですが、心配された天気も支障にはならず、無事に進行しています。当方は、お昼ころには朝市の品は売切れて終了しました。祭りの全体は、まだまだこれから夕方までつづきます。午後からも、さらにいろいろな催しが用意されています。すごいパワーの一端を、見させてもらいました。
2017年10月07日
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明日の朝市の仕入れに行ってきました天候が心配ですが、明日・10月7日は商店街の感謝祭です。10月7日は、定例の朝市の日でもあります。そのため、今日・10月6日は、真鶴と早川へ商品の入手に行ってきました。今日は、予定された動きが立て込んでいて、写真を撮る余裕がありませんでした。関連するものを、以前のものからひろっています。朝一番は、真鶴のみかん園行きでした。スダチの収穫なんです。スダチは、普段は地味なものですが、単品では食通の人しか相手にしてくれないのですが。明日の感謝祭ではちがいます、俄然期待され、注目されるところとなっています。というのは、明日はサンマを1000匹も焼くそうなんです。このため、その味を引き立てるために、大事なものとして位置づくところとなっています。第二は、早川での栗ひろいです。前回、販売した栗が好評で、予約してくれる人が出てきているんです。これがその栗の木のうちの一本です。栗は木に登ってとるわけではなく、熟すと刺の皮が割れて、丸ごと落ちてくるんです。だから、草の上に堕ちたものを「栗ひろい」するんですね。栗は、もう終わりで、来週くらいが最後じゃないかと、園主さんが言ってました。いよいよ、みかんシーズンの始まりで、早生みかんがそろそろの段階だそうで、今回、試食用の早生みかんを預かってきました。真鶴よりも早川の方が、早生みかんが成熟しだすのが早いようです。さて、もう一つ提供の品があります。ミョウガです。山の方に住んでおられる方が、大事に畑で栽培しているんですね。この道を登ったところに住んでおられるんですが、農道の道幅が狭いので、私などはとても車は使えません。こうした山あいの地形でも、先人は畑を作ってきたんですね。こうした中での農業ですから、機械化といっても限度があります。しかし、それでも畑をまもってきているんです。ここでの営農努力は、今の国の農政などとは、隔てられた現実です。「見捨てられている」ともいえる日本農業の構成部分です。ここから、私はミョウガを預かって来ていたんですが、これは、ショウガでしょうか、それともミョウガでしょうか。普通だとミョウガの花は、地面に生えるミョウガの中から花が咲くわけですが。ミョウガも、いまは「秋ミョウガ」ですが、それも花が咲き出しています。今年のミョウガも、来週くらいで終わりだということです。今回の収穫は、このスダチ、栗、ミョウガの三品でした。そして、季節はそろそろと、みかんのシーズンに向かいつつあります。これが、当方の明日の朝市の品物です。さて、今日は15時過ぎからは雨が降り出しています。今は22時過ぎですが、外は雨音がしていて、しっかり降っています。明日の朝市は、せめて10時からの感謝祭には、雨が上がってほしいんですが、どういうことになりますか。
2017年10月06日
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この総選挙で問われていることあと2週間余のこの総選挙ですが、もやもやしてます。日々のテレビ・ニュースの追っかけをしていても、後追いでらちがあきません。コメンテーターの話も、そのおしゃべりはどこか他人ごとで現実感が希薄です。根本的には、日本の1億2700万人中の1人として、私などに何ができるかです。そんな中で、2題です。一つは、歴史のつくられ方の根本です。「私たちは自身で歴史をつくるけど、極めて限られた状況、条件の下でつくる。歴史の進み行きというのは、無数の人たちの合力によってできるものだし、個々人が願望していたこととは多々違った結果になる。では、個々の人の意思は無力でなのか、ゼロなのか。人の努力というのは空しいものなのか。いやいや、そんなことはないよ。個々の意思は、全体の歴史的な結果に寄与するものだし、その限りでその結果に含まれているよ」、と。これは、私などはこの間に、歴史観を学習してきたのですが、これは、私などのもやもやへの励ましとして読みました。〔これは、エンゲルスの1890年9月21日付、ヨーゼフ・ブロッホ宛の手紙です〕もう一つは、いま私たちは、この総選挙で何に直面しているか、ですが。各党の選挙公約が発表されつつありますが。自民党の10月2日発表の政策です。「憲法改正」についてですが、安倍首相が執念をもっている問題ですが、「議論を深め、各党とも連携し、『自衛隊の明記』『緊急事態対応』などの四項目を中心に改正原案を国会発議し、国民投票を行う」はっきりと政策に打ち出しているんですね。これは、国民にとって、戦後の民主主義にとって、大きな挑戦です。その他にも、「原発の再稼働をすすめる」「〔戦争法などで〕積極貢献する。沖縄の辺野古基地移設をすすめる」など、この間に様々な形で国民が示してきた意思表示に、真っ向から挑戦してきています。もう一つ、「希望の党」ですが、「希望の党」は、まだ政策は出していないのですが。しかし、問題になっている踏み絵をみると、その一端が分かります。合流者への条件として、「憲法改正を支持」「安全保障法制の支持」をせまり、まだ発表もされてない「公約を順守」はじめ、「資金提供」「批判禁止」の誓約を迫っています。誰かが、これは奴隷への誓約書だと言いましたが、そのとおりです。これらのことは、ことさら新しい話ではないのですが、やはり、これらの政策的なものを見ると、もしも、自民党やそのお仲間、希望の党に投票するということは、これまでまがりなりにも守ってきた日本の平和民主の道を、いったい、どのような社会に押し曲げることになるか、あとで『こんなはずじゃなかった」なんてことがないように確認しておく必要があります。この時期に、問題にふさわしい、新しいことを考案することは難しいのですが、しかし、事実を確認して、そのことの意味を探ることは、容易なことなんですね。今は、ほんの一歩でも、そうした事実をもって警鐘乱打することが大切ですね。それが合力の一つになれば、さいわいです。
2017年10月05日
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巣箱の近くにオオスズメバチが秋の気配を感じる今日この頃ですが。これは、神奈川県西部の真鶴のみかん園でのことです。ミツバチの巣箱の近くに、オオスズメバチが出没し始めました。ミツバチの巣箱ですが、オオスズメバチに襲われないようにネットを被せてあります。前回、お茶の木を、整枝の刈り込みをしたのですが、そこで、オオスズメバチを見かけました。オオスズメバチは、お茶の木の花を回っていました。お茶の木のまわりでよく見かけるんです。花の蜜と花粉を集めているものと思われます。しかし、まもなくオオスズメバチは、ミツバチの巣箱の蜜を狙うようになります。そのため、前回二つの措置を取りました。一つは捕獲用のペットボトルをつるしておきました。なかには、バナナとお酒、それとお酢を入れてあります。10日後の9月29日に、ボトルの中の様子を見てみたのですが、いました、いました。ボトルの中には、3匹のオオスズメバチが入っていました。もう一つの措置ですが、一週間前にボトル付近にいたスズメバチをとらえて、シートに貼り付けておいたんです。ネズミ取りシートです。一週間後にみてみたら、案の定、やっぱり増えていました。その他の虫が多いのですが、スズメバチも5匹は増えていました。しかし、まだこれは、まだほんの序の口です。これから秋が深まると、シートに下地のすき間が見えないくらい沢山のスズメバチがに張り付くようになるんですよ。瞬間的には1匹2匹のスズメバチですが、入れ代わり立ち代わりやってきていて、全体では相当の数になるんです。そして、この間の毎年ですが、当方は、このスズメバチの襲来に目をとられていたんです。それへの対応に気をとられていたんです。何しろ飛び回るのが目につきますから。ところが、その間に、巣箱の中にスムシが繁殖してしまっていた。巣箱の中の異変に気がついた時は、ミツバチの巣はボロボロにされてしまっていて、手遅れの状態でした。結局、秋の終わりには、ミツバチは壊滅していたというのが、1度ならず、この4年間のいずれもの結果でした。さて、その問題の10月に入りました。これから2カ月間ですが、いよいよ問題の時期となります。外からはスズメバチが、内からはスムシが、ミツバチの巣を狙っています。はたして、この二つの襲来を防ぎとめれるか、これから4回目の挑戦です。
2017年10月03日
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みかん農夫、2017年9月のまとめこの9月は、28日に安倍内閣による臨時国会での冒頭解散がおこなわれました。安倍自公、希望の党、対、リベラル野党の二極が見えてきました。こうした中での9月のみかん農夫ですが。一、まず、9月5日から7日、同窓会で福島県・会津の旅がありました。こうしたことでもない限り、福島県の会津若松を旅するなんてことはないのですが。日常生活を離れて、年に一度のディスカバー・ジャパンです。二、みかん農家にとっては、一般にこの時期は、草刈りの時期で、10月からの早生みかんの収穫に備えて、準備と休養の時期なんですが。今年は、小田原・早川の物産を、毎週土曜日に、多摩の朝市で販売してきました。9月のカレンダーを見ると、朝市は毎週の出店で、皆勤賞です。これは、早川の豊かな産物との出会いによるものですが、これで終わりかと思っていると、そうではなくて、さらに産物を出してくれたんですね。9月2日、ミョウガ34パックと、カボチャ、ナス、オカワカメ 9日、ミョウガ33パックと、カボチャ、ナス、スイカ 16日、ミョウガ69パック 23、24日、ミョウガ62パック 26、27日、栗37袋 30日、栗18袋、ミョウガ24パック7月からミョウガを出していた上に、9月だけでも222パックですから、多摩の方たちに、それこそ相当の数のミョウガが販売されたわけです。三、真鶴のみかん園では、蜂蜜の初しぼりがありました6月2日に来た日本ミツバチでしたが、2群の内、1群はスムシの繁殖で消滅してしまいました。9月11日に、残った一群ですが、内検もかねてひと枠を採蜜してみました。真鶴半島で養蜂に挑戦している方に協力していただいて、初めての蜂蜜搾りでした。ひと枠から、2.2キロの蜂蜜が採れました。9月は、みかん農夫の年度末でもあります。9月27日には、一年間のみかん園と周辺の畑からの収穫をまとめてみました。真鶴にくわえて早川が加わったことで、これまで出荷よりも、よりはるかに豊かな産物を提供することができました。四、さて、この9月の学習ですが。プロレタリア文学運動について学ぶところがありました。1、『蔵原惟人評論集 第十巻』対話編が、案内してくれたものですが。2、9月3日『物語 プロレタリア文学運動(上)』(新日本新書 1967年7月)3、9月5日 司馬遼太郎著「ある会津人のこと」(1974年)4、9月12,17日 江口渙著『たたかいの作家同盟記』(1968年)5、9月26日 蔵原惟人著『文学と世界観』(1949年)6、黒島伝治著『橇・豚群』(新日本文庫 1977年)7、江口渙著「馬車屋と軍人」(新日本文庫『労働者誘拐』1977年より)8、蔵原惟人著「プロレタリア文学運動」(三一書房 1955年より)等がありました。文学一つでも大きな空白です。これを埋めるには、大海のなかの小舟で、はなはだ心もとないものですが、それでも、やらないよりかはましです。政治戦と草刈り仕事の中で、わずかながらの一歩の前進です。以上、9月の歩みでした。
2017年10月02日
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『宮本顕治公判記録』を読んで学習の過去帳からですが、5年前に『宮本顕治著作集』第二巻、公判闘争の記録(新日本出版社)を読んでいました。https://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201209190001/今は、総選挙の中ですから、これを読めるような状況ではないと思いますが、落ち着いたら、是非一読をお勧めします。戦前の治安維持法による絶体絶命のもとで、公判での証言記録です。戦前の社会の中で、国家権力が総がかりで犯罪者の罪を着せようとしたのですが、一人敢然として、真実と道理によって論証していることがわかります。社会進歩の歴史の法定は、正しいことを明らかにするだろう、と。そして、実際に歴史は、敗戦の結果と、戦後の改革をとおして証明したんですね。政治家の行為というのは、国民と社会のために、命がけで道理を説くものです。この基本が問われている、そうした面もある昨今の国政です。
2017年10月02日
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