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ぴあとイープラスからのお知らせで初めて知ったのだけど、10月15日に新国立劇場バレエ団が大阪でも「ライモンダ」の公演をするとのこと。主演予定はチェルネンコ&マトヴィエンコ。新国はたまに地方のどこかで公演することが今までにもあったようだけど、今回「ライモンダ」を大阪にも持ってきてくれるとは、嬉しい驚き。美しいと評判のチェルネンコ、一度観てみたいとは思ってたんだけど、わざわざ東京まで行く程ではないしな~、なんて思っていたのでこれは嬉しい。マトヴィエンコのジャン・ド・ブリエンヌというのも良さそうだし、これは楽しみだわ~♪料金がSS席1万5千円、と新国にしてはちょっとお高いけど、出張費?がいろいろ掛かるだろうからまぁ仕方が無いんだろうなぁ。マトヴィエンコを観るのもなんかすっごい久しぶり。03年新国「マノン」でのデ・グリュー以来だわ・・マトヴィエンコ、彼は私にとっては初バレエのお相手なので、なかなか感慨深いものがあるのよね。ちょうど4年前の夏、キエフ・バレエの「白鳥の湖」を観たのが私にとって初のバレエ鑑賞だったのだけど、その時ジークフリートを演じてたのがマトヴィエンコだった。当時の私はあ~、バレエの王子さまってこういう人なのか~、そうだよね~、こういう人だよね~、ってなんかしみじみ納得してたような気が(笑)。マトヴィエンコその人に惚れ込んだとかそういうことでは全くなかったので、その後日本で彼を観る機会には恵まれていたにも関わらず、この4年間で彼の出演する舞台を観たのってたった4日間しかなかった。しかも03年以降は全く、お姿すら拝見していない・・今回の「ライモンダ」も多分パスだろうなぁ、と思っていただけに、思いがけず彼のジャン・ド・ブリエンヌを観ることが出来そうなのがかなり嬉しい。奥様のチェルネンコも外見にはとても恵まれておられるとのことなので、楽しみだわ。ただ、昨年だったか?日本のガラ公演に出演した時の評判は、どうも外見だけに偏っていたようで?そこがちょっとだけ心配ではあるけれど・・だってあの「ライモンダ」って、主役は殆ど舞台に出ずっぱり、踊りまくりだったように記憶してるので?下手なライモンダだとほんと観られたものじゃないよ~、って印象だったので。それにライモンダという役自体、オーロラみたいなところがあって、とにかく「中心」としての存在感が絶対不可欠であるような役でしょ?一言で言うととにかく「華」が必要なのだ。う~ん、外見は美しくってもルンキナみたいだったらど~しよう(ルンキナには御免なさい・・あくまで私個人の好みの問題です。でも私はこういう役はバリバリにオーラ発散しまくりの人に踊ってもらいたいのよね)。だけどまぁチェルネンコも何かの賞を受賞してるみたいだし?そもそも私が心配してど~する、って感じなので(笑)、あんまり気にせず当日を楽しみにすることにしましょ。チェルネンコもザハロワの向こうを張って出演する訳だから頑張ってくれることでしょうし(大阪公演にザハロワは関係無いけど)。
2006年06月27日
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「マノン」についてはこれまでにもかな~り(という程でもないのかな?)書いてきたつもりなので、もう書かないと言いながらまた書いてしまった。でもね~、とにかく私は「マノン」が好きで好きで仕様が無い。これってやっぱちょっと、いやかなり珍しいのかなぁ?「マノン」に限らずマクミランの作品って、好き嫌いがかなりはっきり別れるみたいだけど、私はだ~い好き!アシュトンかマクミランか、って言われたら私は一も二も無くマクミランだわ。「マイヤリング」なんてめちゃくちゃ観てみたいのよね~。次回ロイヤルが来てくれる時にはぜひとも!持ってきて頂きたいものですが。いや別にロイヤルじゃなくてもいいけど。とにかく一度是非とも生の舞台で観てみたいわ。そう言えば昨夏は日本のバレエ団が「ザ・インヴィテーション」を上演されたそうで、聞くところによるとこれまたすごい作品だったそうですね。際どい描写は「マノン」の比ではなかったそうですが。しかし想像するしかないけど、私はこういうのも多分気に入るんじゃないか?と思う。なんというか、私は表面綺麗なだけじゃない、いや表面上品ぶってて綺麗な世界でありながら一皮剥けば人間の、普段は巧妙に隠されているギラギラした醜いまでの欲望が見事なまでに白日のもとに曝され、暴かれる、そんな作品が好きなんだわ。それは多分、自分自身の心の内奥に秘められた、普段は絶対に人目に触れないよう隠しに隠された「本当の自分」の姿を見せつけられるような気がして、そしてそのことによってある種の「解放感」が得られるからではないか?と思う。普段理性や何やらで必死になって抑えつけてる自分自身の「本当の姿」、それが完膚無きまでに見事な装いで舞台上において表出される、そうするとまるで自分自身までもが解放されたような、そんな気分に、変かも知れないけどちょっとだけ楽な気分になれるのだ。あ~、なんかこんなこと書いてると私ってやっぱ相当変かも、って思う。いや自分で自覚してるからいいんだけどね。だけど、普段は必死になって理性、その他諸々の要素によって抑圧してる部分が私の中には一杯あって、そしてそれは決して私以外の人に見せることは出来ないもので、そういった諸々の鬱屈した思いが、マクミランの作品を観ることによって「溶解」していく部分があることは確か。要するに私自身が変な人間で、実はフラストレーションの塊で、でもそういった「素」の自分をさらけ出すことは絶対に出来なくて・・といった私自身の内心の滾りが、マクミランの作品を求めてるんだろうと思う。だからこそ、マクミランの作品を観た後は、何とも言えない「スッキリ感」を得ることが出来るのだ。私が「マノン」をこうまで好きになった理由というのも、多分マノンが私自身とは全く違う個性の持ち主だからだと思う。私もあんな風に生きてみたい!という思いが絶対にあるに違いないと思う。本能のまま、その時その時の気分次第で、空を漂う風船のように、バカみたいに、人の気持ちなど考えないで、自分の気持ちの欲するままに、自己中心的に、生きるマノン。マノン=お子様、と前に書いたことあったけど、あんなお子様マノンに私は憧れるのだ。しかし絶対にマノンのようにはなれないこともはっきりわかっているし、またマノンのようにはなりたくない。こんな矛盾した気持ちの中で、それでも私のマノンへの「恋」は多分一生続くのだろうと思う。なんか私自身がデ・グリューになったような気分だよ(笑)。
2006年06月25日
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バレエフェスの演目等についていろいろ書いておきながら、実はチケットいまだに一枚も取っていない・・今夏のバレエフェスはやっぱり本当に見送りとなる可能性が高いわ。本当に残念ではあるけれど、だけどだからといってどうしても!絶対に!何が何でも!観たい、という訳ではないし。演目やダンサーによってはすごく観てみたいな~、と思うのもあるけど、全体的にはそこまでという訳ではないのでね・・まだ諦めも付くと言うか。とにかく私は冬のマリインスキーが楽しみなのと、あとザハロワ出演予定の新国の「ライモンダ」「白鳥」。この3つ(という言い方は変かも知れないけど)はそれこそ「何が何でも」外せないので、やっぱりバレエフェスは潔く諦めることにしよう、なんて思ってるけど直前になったらやっぱり諦め切れなくて観に行ってしまうかも。なにせ意志の弱いことに関しては折り紙つきの私だからな~(笑)。成り行き次第ということになりそうだわ。それにつけても前回バレエフェスからはや三年が経ってしまったのか・・ほんっと、アッという間の三年間だったな~。3年前の夏は確か記録的な冷夏で、すごく過ごし易かったことを覚えている。私にとっては初めてのバレエフェスで、観る前からほんと~にワクワク、ドキドキ、とっても楽しみにしていたっけ。今改めて思い返してみると、「そこまで」すごいものだったかと言うと、ちょっとびみょ~と言えなくもないような気がするけれど・・前回何と言ってもインパクト大だったのは、タマラ・ロホだな~(笑)。無表情のまま一体1回に何回転してたんだろう?とにかくあのグラン・フェッテは凄かったな~。「マノン」もあの時初めて観たんだった。ヴィシニョーワ&マラーホフの「寝室~」とギエム&ル・リッシュの「沼地~」。抜粋とは言え私にとっては初の「マノン」だったのですご~く楽しみにしていたのだわ。でもね~、う~ん?「マノン」ってこんなものか~?って思ってしまったのだった。なんか作品紹介の本なんかによるともっとドロドロしてて凄そう、と期待してたのに(笑)、それでいてパ・ド・ドゥの美しさは比類が無い、などと書かれてあるのを読んでいたので、それにしてはなんかあっさり終わっちゃったな、みたいな印象だった。ヴィシとマラーホフのキスシーンだけがやたら印象に残ったような。口吸う音まで聞こえるんだもん(笑)。と余計な話はさておき、とにかくなんか拍子抜けというか、そんなに美しいパ・ド・ドゥか?そりゃあ美しいことは美しいけどそこまで特筆するほどのものでも・・というような印象だったのね、正直。だから、その3ヶ月ほど後に新国の「マノン」観に行った時にはそこまで期待してはいなかったのね。有名なシーンは一応観た後だし、とにかくストーリー全体を観に行こう、踊りというよりは「マノン」という物語自体を味わおう、というような心づもりだったの。フェリにも正直そこまで期待してた訳じゃあなかった。バレエフェスで観た限りではそれほど、とも思えなかったから(とは言え私が観たのはAプロとBプロのみで、両演目とも殆ど筋の無いプロットレス・バレエであったからフェリの魅力を感じることはあんまり出来そうに無い作品だった)、彼女については「ロミジュリ」の映像では観ていて、そのジュリエット像にはやはり引き込まれてはいたけれども、なにせあの映像は大昔の映像だしね~、彼女はいまだに人気あるみたいだけどあんまり期待しすぎないで行こう、と思ってた。そんな風に、事前の期待が大き過ぎなかったのが却って良かったのかも知れない。こういうことって、特にバレエ観るようになってからは、よく経験する。けど、フェリのマノンが舞台に登場した瞬間から、私はすっかりマノンに魅了されてしまった。なんて可愛いんだろう、とてもじゃないけど40歳?には見えない。本当に10代の少女そのもの。可憐で愛らしくてすごくすごく女っぽいんだけど、変な色気なんかは無くってね、ただひたすらに可愛らしい。だけどただ愛らしいだけじゃあない、ほんとにすごい存在感!フェリはほんとに「マノン」そのものだった。一挙手一投足に目が離せない。「マノン」になりきる、というよりは「マノン」を生きてる、といった感じだった。あ~、これがフェリの魅力なのか~、そしてこういう人物像を観られるのがマクミランの魅力なのか~、ってほとほと嘆息。そしてバレエフェスでは感じられなかったのに、出会いから始まるパ・ド・ドゥの美しさは何なの?こんなにも美しいパ・ド・ドゥがこの世に存在するなんて、まるで奇跡のよう!流れるように美しいマノンとデ・グリューのパ・ド・ドゥ。天井知らずまで高揚した2人の愛の喜びがそのまま踊りとして形づくられ、実際眼の前で踊られているのを観る喜びというのは、ちょっと筆舌に尽くしがたいものがある。マクミランのパ・ド・ドゥって、私はどの振付家のどんな素晴らしいと言われるパ・ド・ドゥよりも好きで好きでたまらない。と言っても「ロミジュリ」と「マノン」しか実際に観てはいないのだけど。そして一転、マノンのもとを訪れた富豪により豪華な毛皮のコートを着せられ、首飾りを付けられるマノン。もうこのシーンたまらなく好きだわ~。マノンの運命の分岐点となるこのシーン。「富」という抗い難い魅力=魔力に吸い寄せられてしまうマノンが、そしてつい先ほどまであんなに愛していた人のことなどすっかり忘れてしまうマノンが、私はやっぱりたまらなく好き。愛よりも物欲を選ぶマノンが、それでいてどこまでも「無邪気」なマノンが、「無神経」なマノンが、私にはどの作品のヒロインよりもいとおしく思えるのね。
2006年06月19日
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ヴィシニョーワ&マラーホフは「くるみ」を踊らなくなったみたいですね~。ヴィシニョーワの「くるみ」のグラン・パ・ド・ドゥは素晴らしいだろうなぁ、なんて夢見ていたのですが(笑)。「マノン」も寝室から沼地のパ・ド・ドゥへと変更になってるけど、こっちの変更は大歓迎。なにしろこの2人による寝室~はもう何度も観ているので沼地の場面の方がずっと観たい!で、ヴィシ&マラーホフが沼地を踊るんなら、フェリ&テューズリーは沼地から寝室へとぜひとも変更して頂きたいわ。フェリ&テューズリーの寝室~は、もう一度観てみたいのよね~。出来れば最初の出会いのパ・ド・ドゥから続けて踊って貰えたら最高なんだけど。って言うか、この2人の「マノン」全幕をもう一度観たい!なんか一番最初に全幕で観たマノンがフェリだったから、そしてそのフェリのマノンに心底魅了されてしまった私にとって、マノンはやっぱ永遠にフェリなんだろう、って思う。昨夏観たバッセルのマノンにもそれは感動したしコジョカルも良かったけど、やっぱ一番最初に心に焼き付けられたイメージっていうのはず~っと残るものなんだな~って思う。何と言うか、それほど私にとってフェリのマノンはある種の「衝撃」であったのよね。舞台を観る前に私が抱いていた「マノン」のイメージを、見事なまでに覆してくれたのだから。03年、新国が「マノン」初演した時に観たのが私にとって初の「マノン」全幕だったのだけど、フェリはそれまで私がマノンというヒロインに抱いていたイメージとはまさに正反対!のマノンを見せてくれたのだわ。とにかく可愛くて可愛くて、信じられないくらい可愛い。同性の私ですら思わず見とれてしまうくらい可愛い。え~、マノンってこんな「可愛くて」いいの?って思ってしまったくらい。それでいてものすごい「磁力」のようなものを持っていて、その「中心として機能する」力が凄い。こんな少女に出会ってしまったら、そりゃあ一目惚れもするよね~、この人の為ならたとえ地獄の底までも!なんてデ・グリューが思ってしまうのも至極当然のことであるように思えて。とにかくとことん可愛くて、とことん無邪気で、とことん自分勝手で、とことん・・とまぁとにかくこれが「マノン」ってひとなのね~、これが「マノン」だったんだ~、なんて調子で心にストンと収まってしまった。とにかくフェリを観ていたらああ、「マノン」ってこういう人だったんだ、ってことがすごくよくわかって、以来私にとってはフェリこそが理想のマノン、永遠のマノンで、マノンの原型、みたいな存在となってしまったの。あの時の新国のプログラムではマノンについて高橋英郎氏が「ファム・ファタルには違いないが、野生の強烈さとは違う。まさに女の中の女、魔性の可愛い女なのだ」と評していらっしゃるのだけど、その言葉がまさにぴったり当て嵌まるフェリのマノン。彼女のマノンについては以前にもまとまったもの?を書いたことがあるのでこのうえこれ以上書くのは自粛しますが(笑)、だけどやっぱり、くどいようだけど私にとって「永遠のマノン」であることだけは間違いない。この先どれだけ「マノン」を観ようと、どんな人の「マノン」を観ようと、私にとってはフェリ=マノンという図式が成立してしまっているから、基本的にああいうタイプのマノンじゃなきゃ絶対違う、と思ってしまうだろうと思う。フェリのマノンを観ることが出来たからこそ、私はこんなにも「マノン」という作品を好きになることが出来た、そう断言することが出来るくらいだから。
2006年06月15日
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なんか今さらのようではありますが、バレエフェスガラの演目が発表になってますね。一番ビックリしたのはやっぱりギエムが「白鳥」を踊るということ。ギエムはもうクラシックは踊らないんだ、って思ってたからほんとビックリ。東京バレエ団も共演、ということはかなり本格的な第2幕が観られるんでしょうね。ギエムのオデットか~。う~ん、なんか想像出来そうな出来なさそうな・・っていうかそもそも私「まともに」ギエムを観たことって無いんだよね。前回のバレエフェスで観たきりなんだわ。「三人姉妹」とか「マルグリットとアルマン」とかも私がバレエ観るようになってから2度も日本で観るチャンスがあったのに見逃してるの。「三人姉妹」「マルグリット~」も演目そのものは凄く自分好みだろうと思うのだけれど、ギエム主演、ということでどうしてだかあまり観たいとは思わなくなってしまう。不思議・・私はギエムについてはほんとに何も知らないしそもそもまともに観たことが一度も無いのだからどうこう言える資格は全くないのだけれど、私が彼女に抱いてる「イメージ」というものが(先入観とも言う・笑)、どうも私の中でギエムを敬遠するようにさせちゃってるみたい。ギエムって、好きな人はものすごく好きみたいでとにかくもう別格!バレエの神様みたいに評価してる人も大勢いらっしゃって、それは確かにそのとおりなんだろうと思う。でもそうした前評判が私にはマイナスに作用してるとしか思えない。ギエムへの評価を聞くほどに、あぁ多分彼女は私の好みではないんだろうな・・という思いがどんどん蓄積されていくような。ギエムって物凄く頭のいい才女、ってイメージで彼女の出現によってバレエは変わった!とまで言われていて、それは確かにそのとおりなんだろうし、彼女に感謝するべきところは大いにあるんだろう、とは思う。でもね~、私がほんと天邪鬼なせいだとは思うんだけど、私の好みのバレリーナではないんだろうな~、という先入観は消えるどころかますます増幅されていっている、という印象。正直ギエムのマルグリットって、観る前からなんか想像出来る・・他の人のマルグリットだったら絶対観たい!と思うけど、ギエムのマルグリットは別にいいよ、って思ってしまうのよね。マルグリットだったら私はフェリのが観てみたいわ(全幕で踊ってるのか知らないけど)。フェリみたいなマルグリットの方が私は絶対好みだと思うのね。フェリみたいなマルグリットってもしかしたらイメージではないのかも知れないけど?ああいう「可愛い顔した」マルグリットの方が私は絶対好みだろうと思う。映像でのハイデのマルグリットしか見てないので私の中ではマルグリットは「大人の女」のイメージなんだけど、そういうタイプでない(あくまで外見だけの話ですが)マルグリット、「可愛くて女らしい」マルグリットを私は観てみたいわ。あ、ここまで書くとなんで私がギエムのマルグリットを観たいと思わないか、わかっちゃいますね(笑)。昨年ギエムは日本で「マノン」踊りましたけど、私にはギエムがマノンなんて「全然」想像できない。私の勝手なイメージとしては、マノンとギエムは対極の位置にある存在だよ。「愛すべきお馬鹿さん」という私の中でのマノン像(←例によって、これまた私が勝手に作り上げました)とギエムとでは、重なるものは何も無い。何もなさ過ぎる。いや重なるものなど何も無くてもそういう「演技」をしてくれればいいのだけど、ギエムには確固たる「ポリシー」があるのだろうなぁ。あくまで「自分自身の」マノンを演じたんだろうと思う。まぁそんなこといったら誰だって自分自身の役柄解釈のもとで踊ってる訳だから、別にギエムだけが特別なわけでもない。現に私はロホのマノンは好みじゃなかったし。だけど・・ギエムってやっぱりそういう意味ではほんとに「別格」なんだろうと思う。彼女自身に存在感と「力」があり過ぎるゆえに、同じことをしてても他の人よりも常にそれが際立ってしまうんじゃないだろうか?あ~、気が付いたらろくに観たことも無い人に対して延々と・・殆ど「暴論」ですね。ほんとスミマセン・・・という訳で?私はギエムをあまり観たいとは思わないのだけれども、彼女のオデットなんてほんとに貴重だということだけは確かですよね~。これ、ギエム自身が踊りたい、と言ったんですよね?今、あえてオデットを踊ることを決意した訳ですからこれはやはり一見の価値はあるのでしょう。ただ問題は私自身には多分関係無いだろうな~、ということですが(笑)。あ、それからヴィシニョーワ&マラーホフが「ジュエルズ」を踊るとのことですが、これはルビーなんですかね?だけどマラーホフの「ルビー」ってあんまり想像出来ないな~。ここはひとつ、思い切って?「ダイヤモンド」踊ってくれないかなぁ。ヴィシニョーワのダイヤモンド、個人的には凄く観てみたいんだけど(レパートリーにしてるのかは知らない・・けど踊れないはずはないよね)。
2006年06月09日
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マリインスキー東京公演のチケットは無事に入手することが出来ました。「オールスター・ガラ」「ヴィシニョーワのすべて」「ロパートキナのすべて」と、全部で3公演。この3公演が観られたら、あとはもう観られなくても別にいいかなぁ~、みたいな感じ。「海賊」はいまいちびみょ~だし、「白鳥」もね~、前回来日時に2度も観たので別にいいか~、って感じだし。唯、ヴィシニョーワの「白鳥」は観てみたいなぁ。もしかしたら私の好みとは違うかも知れないけれど、以前日本で踊った時は概ね好評だったみたいだし、なによりヴィシニョーワだけにしか演じられないオデット像があるような気がするので、キャストが確定したら多分チケット取っちゃうだろうと思う。当日までキャスト発表一切無し!なんてことにはまさかならないだろうけど・・東京近辺在住だったらそれでもなんとかなる、というかなんとかする、ということも可能だろうけど、私みたいに地方からわざわざ上京する者にとってはそれだけはご勘弁願いたいですよ。推測してみると初日の8日はやっぱロパートキナかな?それともヴィシだろ~か?9日のマチネにヴィシを持ってくることはないだろうから?ソワレあたり、ねらい目かな?日本ツアー最終公演となる10日のソワレはロパートキナ?う~ん、やっぱりわからない・・他にもテリョーシキナ、ソーモワ、パブレンコが出演予定となっているけど、パブレンコはともかくテリョーシキナやソーモワといった若手は土、日のマチネに出演する可能性が高いですかね?それともやっぱ地方公演(と言っても名古屋と大阪だけですが)かな?前回大阪にはロパートキナが来てくれたんですけどね~、今回は果たしてどうなることやら。とは言え私前回はロパートキナでもそれほど素晴らしい!とは思わなかったんですよねぇ。前評判が高すぎて事前の期待が大き過ぎたのかな?ロパートキナ自身、絶好調とは言えない状態だったそうですが、しかししかし何を置いてもやっぱあの席のせいと、結末がハッピーエンドのセルゲイエフ版のせいだわ・・あの結末はあまりに安っぽく感じられて私はあんまり、というか全然好きじゃない。今まで観た「白鳥」の中で結末として一番好みなのは4月に観たパリオペのヌレエフ版かも知れない。ロットバルトがオデットを白鳥に変えて天空高く飛び去って行く、という結末。オデットと王子が結ばれることは無く、永久に離れ離れ・・・という最高に?悲しい結末なのだけれど、私はああいう結末の方が絶対に好きだわ。マールイの版のようにオデットと王子が手を取り合って湖中へ沈んで行く、つまりは心中な訳だけど、あれもまぁまぁ好き。オデットが崖から身投げして王子もその後を追う、というのも熊川版で観たけど、これは見た目にどうなったのかがはっきりしてわかり易くてよいとは思うけど、その後天国?でオデットと王子が結ばれる、という最後の最後は結局ハッピー・エンド、という結末がちょっとね・・「徹底的悲劇バージョン」私としては「白鳥の湖」はこれでないと!という感じです(笑)。で、前置きが長くなったけど、セルゲイエフ版はそういう私の観点から見ると「安っぽさ100%!」なので(笑)個人的には全然好きじゃありません。ソ連時代に改訂された演出ということで仕方が無いことなのでしょうが、あの結末はせめてなんとかしてもらいたいものです。読後感ならぬ観後感?としてはハッピー・エンドの方が良いのかも知れませんし、お客さんも大半はハッピー・エンドを期待していらっしゃるのかも知れませんが、私は絶対悲劇バージョン支持です!悲劇で終わってこそ、単なる「御伽話」で終わらせない、奥深い作品として印象付けられる、そう思うからです。これと似たようなことを先々月?だったかの「ダンスマガジン」でポリーナ・セミオノワも語ってらっしゃいましたが、私も全く同感!だと思いました。セルゲイエフ版の終わり方では殆ど安芝居の筋書き並。幼稚園児に見せるのであればそれで良いでしょうが。最後になりましたが、またいつものことですが、以上書きましたようなことは完全に私個人の好みを書かせて頂いたまでのことであって、セルゲイエフ版を冒涜するつもりも、またハッピーエンドの方が私は絶対好き!と思われている方に異議を唱えるものでも全くございません。いろいろな「白鳥」があって、いろいろな好みがある、それでいいと思うしそれで全く自然です。悲劇としての「白鳥」の方が私としては好き、と言う「だけ」の話ですので~。
2006年06月05日
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