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今年もあと残り僅かとなりました。今年06年は本当に沢山のバレエ団の来日があり、バレエフェスもあったりで(結局私は「ジゼル」大阪公演しか観に行けませんでしたが・・)本当にバレエ三昧の一年でしたね~。折角チケットを取ったものの、諦めざるを得ない公演も何回かあり残念な思いもしましたが、過ぎてしまえば全ては過去のこと。良いことだけを思い出にして、来年への活力にしたいと思います。で、今年観たバレエ公演の中でベスト3を選んでみました。 第1位・ボリショイ・バレエ「ラ・バヤデール」 5月3日・ザハロワ&ツィスカリーゼ 第2位・ボリショイ・バレエ「ラ・バヤデール」 5月5日・ザハロワ&ツィスカリーゼ 第3位・ボリショイ・バレエ「ラ・バヤデール」 5月4日・アラシュ&フィーリン例外中の例外・マリインスキー・バレエ「ロパートキナのすべて」 11月30日・ウリアーナ・ロパートキナ、他とまあ、こんな感じでしょうか。私にとっては今年はやっぱりなんと言ってもボリショイでした。大好きな「バヤデルカ」を、大好きなザハロワで観られたことは本当に本当に幸せでした。ザハロワのニキヤは本当に最高!です。神々しいまでのオーラを放ち、気位の高い彼女のニキヤが私は大好きです。また近いうちに是非とも!観てみたいです。ツィスカリーゼを初めて観られたことも大きな収穫でした。最初にキャストが発表された時には、あれ、ウヴァーロフとじゃないの?と思ってしまったのですが、ツィスカリーゼ、ほんとに最高でした!ダイナミックでスケールの大きな踊りはこれぞボリショイの男性ダンサー!といった感じでした。観ていて本当に気持ちが良かったです。身体が本当に柔らかいし、演技も面白くて本当に観ることが出来て良かったです。あと、なんと言ってもこの公演ではあの奇跡のように美しい「影の王国」を生み出してくれたコール・ド・バレエの皆さんに心から感謝!です。こんなにも美しい、まさに文字通り「夢幻~ゆめまぼろし」としか思えない世界を観られるとは、いかにボリショイとはいえちょっと想像していませんでした。3日間続けて観ましたが、全く観飽きることはありませんでした。一週間続けて観ても絶対見飽きないだろうと思います。至福の3日間でした。ボリショイバレエありがとう!一方のマリインスキーですが、こちらは私は全幕を一度も観られなかったため、どうにも判断の仕様がないのです。「ロパートキナのすべて」「ヴィシニョーワのすべて」、それぞれ本当に感動しましたし、特に「ロパートキナ~」の方はあまりにも次元が違うというか、他の公演と同列に論じることはちょっと出来ないものだと思いましたので、例外中の例外、ということにしました。ですが、ロパートキナ、ヴィシニョーワ、2人の素晴らしいバレリーナを観た、堪能した、という感じ(それぞれのガラなのですから当たり前と言えば当たり前なのですが)で、「マリインスキー・バレエ」を観た!という感じではありませんでした。やはり一つでも全幕を観ればよかったな~、と思います。私的にはコールプ、ファジェーエフというマリインスキーの王子を観られたことは良かったです。この2人は私と殆ど同世代のようですので?何となく親近感が(ってそれだけの理由で親近感というのもなんですが・・)。「ルビー」でのファジェーエフ君の弾けっぷりは良かったです。眼福でした~(笑)。
2006年12月28日
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今更のようではありますが、先月のNBSニュースに掲載されていますフリーデマン・フォーゲル君のインタビュー記事、中々興味深いですね。特にオディールをオデットと間違えて愛を誓ってしまうジークフリートに対する彼の解釈には「なるほどな~」と思わず納得してしまいました。「オデットは変わったんだ!」これはなかなかの名解釈ではないかと私は思います。そもそも私は、ジークフリートに対する世間の評価が、ちょっと厳しすぎるんじゃないのか?と思うことがよくあるんですね。「ヘタレ王子」だの「マザコン」だの、「優柔不断の甘ちゃん」だの、とにかく彼に対する評価はネガティヴなものに偏りすぎ、という印象がどうにも否めない気がするのですが。いやもちろん、それらの評価も一面の真実ではある、とは思いますし、もっともなことだ、とも思う場合もあります。けれど、それにしてもあまりに彼に対する評価は厳しすぎるんじゃないのかな~?、人間なんて皆弱くて馬鹿なのに、彼だけを「なんて情けない!」と切り捨てるのはあまりにも「他罰的」なのではなかろ~か?と私は思ってしまう。こんなことを思うのはひとえに私自身が、人並み以上に弱くて、馬鹿でどうしようもない人間性を持っているから、だから同類?のジークフリートへの評価がそれだけ甘くなってしまうのかも知れないけど。とは言ってもジークフリートは純粋培養の王子様。宮殿で大切に大切に育てられた雲上人なのだ。ドロドロの私なんかとは違って、とってもピュアな存在。人間の心の闇とか、人の心の裏の裏まで読み取ろうとか、そんな「ひねくれた」存在であるはずは無く。ある意味、彼がもっと「ひねくれた」性格の持ち主だったら、オディールとオデットを間違えたりはしなかったかもしれない。日ごろから権謀術数に明け暮れ、世の中を、人間を、信じてなどいなければ、悪魔の計略にも気が付いただろう。それに気が付かなかったということは、イコール、それだけ彼が「純粋無垢」な性格の持ち主であったということだ。「信じる」ことを知っている、いや「信じる」ことしか知らない、ピュア過ぎるような精神の持ち主だったからこそだ。いや、なにもそこまで言う必要はないのかも知れない。別に特別純粋でなくっても、「ふつ~」の人間だったら、昨夜愛を誓った人と瓜二つの人が舞踏会に現れた、それも自分の花嫁選びの為の舞踏会に、だったら「ふつ~は」当然昨夜のあの人だと思う、と思うんだけどね。「瓜二つ」という表現も、オデットとオディールは別人だと、あらかじめ知っているからこそ出てくる表現であって、それを知らなければ、つまり「先入観」が全く無ければ、昨夜の人と同じ人、と思うのは至極「と~ぜん」の反応であって、むしろそれを疑いの眼で見る方が「おかしい」と思うんだけど。っていうかやな奴だよ、そんな人間。そんな猜疑心で一杯の人間になぞ、オデットは全てを託したりはしないよ。ジークフリートが素直な、心根の優しい、人を疑うことなど知らない真っ直ぐな人間=極めて真っ当な(過ぎるくらいの)人間であったからこそ、オデットも彼に心を寄せ、最後には全ての運命を彼に賭けるまでの決意をするのだ。結果的にはそれが裏目に出てしまった訳だけれど、しかしオデットもジークフリートの性格はよくわかっているがゆえに、ロットバルトの計略に簡単に引っかかってしまうであろうということもよく理解できた。ジークフリートがもっと「狡猾」なら、こんなにあっさりとロットバルト父娘に騙されるということもなかったであろう、しかし彼は「裏表」など無い、純粋すぎる程の性格。このような結果になってしまったのも考えてみれば「想定内」?の出来事で、彼を責めることなどどうして出来ようか・・この王子にしてこのオデット(って普通は良くない意味あいで使う言い方かもしれませんが)。「似たもの同士」で良い組み合わせです。ジークフリートは騙されたと知っても決して「言い訳」をしません。「いや、知らなかったんだ、知らなかったんだ、僕はただ、騙されただけなんだよ~!」なんてこと、普通は言いそうなものです。「騙されたんだ!」とわめきたてるということは、要するに、「だから、自分は悪くない」ということです。責任を他に転嫁する、卑怯な言い分です。ジークフリートはそういう「言い訳」を一切していません。唯、オデットに許しを請うのみ。誠実な彼の人柄がよく現れています。オデットがどうして彼を責め立てられましょう。オデットが「あっさり」彼を許してしまうのも、このように考えてくるとこれまた極当然の反応ですね。「あんな小芝居にいとも簡単に引っかかるだなんて!見損なったわ」普通の女ならこんな反応になってもおかしくありません。けど、オデットもまた、「強い」女性です。彼女も「責任を他に転嫁」しません。相手が悪い!と断罪することはたやすいことです。そして人間は、誰しも「自分の責任でこうなった」ことを認めたくはありません。なんとか相手、他人のせいにしてしまいたいものです。しかし、オデットは強い女性です。ジークフリートに全てを託したのは結局この自分。他の誰でもない「自分自身」の決断。そこでは最早ジークフリートが悪いのでもロットバルトが悪いのでもありません。結局最後は「自分」です。結果が良かれ悪しかれ、「全ての結果は自分で負う」。そうした立派な「覚悟ある」女性なのです。
2006年12月25日
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昨夜はクラシックロイヤルシートでのロパートキナ主演、マリインスキーバレエの「白鳥の湖」を観ていました。いや~、ロパートキナ素晴らし過ぎです!あまりの素晴らしさに興奮して暫く寝付けませんでした。あの(笑)セルゲイエフ版のラストシーンにも完全に引き込まれてしまい、一瞬たりとも眼を離せませんでした。いや、もう本当に素晴らしくてまたまた言葉がありません。オデットはもちろんですが、私が心から素晴らしいと嘆息したのがオディールです。これほどまでに聡明で、理知的な印象を与えるオディールというのは滅多にいらっしゃらないのではないでしょうか?ロパートキナのオディールは、自分に与えられた役割というものを心底理解している。そして誇り高い。単なる色気で王子を陥落させるような「安っぽい」ことはしないわよ、というオディールの声が聞こえてきそう。あくまでも誇り高く、毅然として、しかし落し所では決して容赦しない。オディールであっても今の彼女はあくまで白鳥の化身であるという事を観客に忘れさせない。かくも白鳥の女王然としたオディールというのは見た事が無い。眩しいほどに高貴で、気品に充ち、しかも力強いのだ!こんなオディールに出現されてしまってはジークフリートもそりゃ騙されるわねぇ、こんなにも「美しい」オディールなんですもの、と心から納得してしまう。そう、本当に「美しい」オディール。この美しさというのはもちろん、彼女の踊りが、「踊りそのもの」がそれだけ美しかったから、だからこそ表現し得るオディール像なのであって、逆に言えばここまで美しく踊れる人でなければ決して表現することは叶わないオディール像だと思う。「踊りそのもの」が破綻無く美しい、ここまでの境地に来て初めて表出することが可能となるオディールなのだ。まさに「バレエの美はここに在り!」。こんなにも美しいオディールを見て、心を動かされない男など、男じゃありません(笑)。まさに彼女はオデットの化身でした。オデットと同じように、誇り高く凛として、清清しいとさえ言えるほどの美しさを持っていました。こんなオディールに、まさに「最強」のオディールに、どうして王子が抗うことが出来ましょうか。私だって「恋」に落ちます(笑)。
2006年12月16日
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昨夜はヴィシニョーワの「海賊」でしたね~。観に行きたかったな・・東京に住んでたなら絶対行くのにな~、と毎度のことながら残念無念。っていうか東京に住んでたらほんとに殆どの公演を観に行ってしまいそうだ。ロパートキナ@メドーラっていうのもなんかあんまり想像出来ないだけに興味あるし、とにかくプロポーション抜群らしいソーモワも今となっては観てみたかった・・(←大阪での「白鳥」を観に行かなかった自分)明日夜からはいよいよロパートキナの「白鳥」ですか~。これまた観てみたい!そう言えばあの「ロパートキナのすべて」公演からはや一週間が経ってしまったんですねぇ。あの公演では私は「ライモンダ」に一番感動したんですよ。それもあの僅か3分間ほどのライモンダのヴァリアシオンに。それまでいまいち乗り切れなかった、というかこの人は確かに素晴らしいバレリーナではあるのだろうけど、私の好みとは違うみたい、という感触が無きにしも非ずだったのですが・・このヴァリアシオンを観ているうちに本当に涙が出てきてしまったのだ。完璧なパ・ド・ヴーレ、静かで穏やかで慈しみの念さえ沸き出でてくるかのようなあの脚と、この上なく丁寧で細やかで精緻で、「完璧」と言う言葉からさえ遥かに超越してしまい、別の世界へ行ってしまったかの如きあの腕。エレガンスの極みを観た、ありていに言えばそんなところかも知れないけど、とてもじゃない、そんな程度の言葉ではやっぱり全然表現できてない。本当に「神」の舞、だったなぁ、そう思う(と、こう書いてみてもやっぱり違う、こんな平凡な言葉では表現できないよ~、という思いで一杯になる)。神聖なる儀式に臨んで、その余りの神聖さ、荘厳さ、人間を超えた「神」の存在を肌で感じ畏敬の念で胸が一杯になる・・本当にベタな表現だけれど、こういう感じが一番あの時の思いにしっくりくるような気がする。ロパートキナは観客に「神」の存在すら感じさせてくれた・・まぁ、そこまで思ってるのは私だけかも知れないけどね。このライモンダで完全にロパートキナにひれ伏さざるを得ない状態になってしまったので、次の「ダイヤモンド」ではどうやら頭の中がパンクしてしまってたらしい(笑)。どうも今となっては余り思い出せないのだ。あまりの神々しさ、「天女」の舞(ここでは神でなく天女)に殆ど呆けて観ていたのだろうと思われます。いや~、しかししかしロパートキナは凄い!観客にここまでの思いをさせることの出来るバレリーナが果たして他に何人いるか?と考えるとこの人の凄さが改めてよくわかる。はぁ~、凄い人がまだまだ世界には沢山いたんだね・・なんて思いに捉われてます(笑)。でね~、今すごく思うことは私、彼女のニキヤが観たい!ってこと。これはほんと、是非とも観てみたい。素晴らしく神々しいニキヤ!世俗の香りの一切しないニキヤ!超越的な美しさで輝くニキヤ!殆ど「神」と同格?のニキヤ!いや~、素晴らしく私好みのニキヤでありそうなのよね~。私にとってのマイ・ベスト・ニキヤはザハロワなんだけど、果たしてロパートキナは?とか、想像するだけで楽しいわ~。あ~、どうか近いうちに持ってきて欲しいな~、「バヤデルカ」。って、2000年に持ってきてるんだっけ?前々回。う~ん、ってことは次回はちょっと期待出来ないかな~・・しかし是非とも!近いうちに持ってきてくださ~い。お願いします!(って誰にお願いしてるんだか?)
2006年12月07日
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昨日は「ヴィシニョーワのすべて」大阪公演へ行ってきました。昨日もまた、と~っても楽しかったです。唯、お客さんの反応は東京での公演と比べるとかなりあっさりめで、ちょっと淋しかったです・・東京ではヴィシニョーワ、コールプが登場した時点で盛大な拍手が起こりましたけど、昨日は拍手は起きませんでした。東京では各幕の終了毎に盛大なカーテンコールとなりましたが、昨日はかなりあっさりめ(まぁ、あくまで東京と比べると、ですが)。座席にもかなり空席があり、なんかすごく勿体無かったです。前日の「白鳥」はどうだったかわからないけれど、やっぱ大阪で「ヴィシニョーワ」の名前だけで観客を呼び込むのはちょっと無理があるのかも、と思ってしまいました。とまぁ東京公演と比べるとちょっと盛り上がりに欠ける公演ではありましたが、公演そのものはとても良かったです。「シンデレラ」ではヴィシニョーワの美しさにうっとり。しなやかで柔軟性に恵まれたあの踊り方を観ているとマクミラン版のジュリエットがすごく似合いそうで、日本でも観てみたいなぁと強く感じましたね。しかししかし、昨日のハイライト?はやはり「バヤデルカ」第2幕でしょう!いや~、「バヤデルカ」ってほんと面白い作品だなぁ、と改めてつくづく思いましたね。そもそもサラファーノフ@ソロルが!ぜんっぜん(笑)ソロルに見えない!こんな可愛らしいソロルってあり~?って感じです。考えてみれば私って、生の舞台でのソロル役は皆すごい人ばかりしか見てないんですよね。ルグリ、ルジマトフ、マラーホフ、ツィスカリーゼ、フィーリン、皆スター中のスターで輝かしい実績を誇る大ベテランばかり。映像でもヴェトロフ、ムハメドフ、イレールと、これまた凄い人ばかりだ。そんな「凄い」ソロルしか観たこと無かったため、今回のサラファーノフ君は良い意味で私にとってすごい「衝撃」だった(笑)。こんな可愛らしい、これほどまでにソロルに見えないソロルってのも初めてだな~、いや~、これはなかなか貴重な経験だわ~、なんて思ってしまって。しかもですよ、その超可愛らしい金髪のソロル君がお出ましになった時の乗り物が!象さんに乗ってご登場、というのは良くある設定だけどこんな「笑える」象の乗り物って初めて見ましたよ。頭が上下に動いてるんだけどもう見てるだけで笑えてくる。そんな「笑える」象に乗って大真面目にポーズ?をとったりしている、ソロルに全然見えないサラファーノフ君!彼が真剣であればあるほどなんかもう笑えてきて、だって殆どパロディーにしか見えないんだもの。で、最後のとどめがあのすばらしい虎のぬいぐるみ!あのふかふかの随分間抜けそうな虎のぬいぐるみを踏んで?ガムザッティに対しあなたに差し上げます、あなたの為に捕らえた虎です、とかなんとかのゼスチャーをするサラファーノフ君。いや~、本当に笑わせてくれるわ~。「バヤデルカ」の2幕でまさかこんな笑える思いをすることになろうとは、夢にも思っていませんでしたわ(キーロフのバヤデルカは完全に初見なので)。あ~、楽しかった。象の乗り物といい、虎のぬいぐるみといい、キーロフは「うけ」をねらっているのか?しかもどこまでもソロルには見えないキュートなサラファーノフ君が大真面目に(って当たり前ですが)ソロルやってるものだから、これが笑わずにおれましょうか、って感じでとにかく私的にはこの出だしのシーンは大爆笑ものでした。「ソロル」には見えなかったものの、サラファーノフ君の踊りは見事で会場もどよめいていました。彼は容姿の上からソロルに見えないということに加えて、ちょっと華奢すぎるんじゃ?という印象も受けました。まぁまだ若いのでこれからなんでしょうね。こんなに「初々しい」ソロルというのも滅多に観られないと思うので、今回はやはり貴重な経験でした。数年後に観たら印象も全然違ったものになっているかも知れませんね。それにね~(ってまだあるんかい!って言われそうですが)、彼の演じるソロルというのが、これまたなんとも正直なソロルだな~、なのでますます戦士には見えない、という印象を与えるとにかく誠実路線?のソロルで。ニキヤが登場してきてからは良心の呵責に苛まれて殆どニキヤの方を見ることが出来ない。辛そうにずっと眼を逸らしている。そのあまりにわかりやすい演技が彼を益々ソロルに見えなくしているというか。とてもじゃないけど国中に勇名を轟かせている戦士には見えない。そんなに真っ正直じゃああっという間に殺されてるよ、戦士にはある程度の「狡猾さ」もないとやっていけないでしょ、と言いたくなっちゃう様なソロルで。結局最後ニキヤが倒れてしまった後で彼はニキヤに駆け寄り彼女を抱き起こす。そして幕、という流れだったんだけど(え~、これは昨日の場合ね。東京でも似たような終わり方だったと思うけど全く同じだったかどうかは忘れちゃいました・・)これってマリインスキーじゃ普通なの?それとも彼独自でこういう演じ方を選択したのかな?判らないけど、とにかくサラファーノフ君@ソロルはとにかく真っ正直な誠実路線でこんなソロルじゃこの後うつ病みたいになっちゃってアヘンに逃避するというのもむべなるかな、という気はします。こう見てくると3幕への繋がりが自然なものに感じられるので、ソロルらしい、と言えないこともないのかな?う~ん、よくわからないけど一度全幕で観てみたいですね。しかしニキヤはヴィシニョーワじゃないほうが良いと思うけど。少なくともまだ数年は。だってなんというか「年下の男」が年上の女の色香に惑わされてすっかり腰抜けになってしまった、みたいな印象を与えかねないんじゃないかと思うから(笑)。それにやっぱりまだまだヴィシニョーワには位負けしてるという印象が否めないので(今回の最後の演じ方もちょっと遠慮がちに見えたし。気のせいかも知れないけど)、この2人が1幕では恋人同士だった、っていうのがいまいち想像出来ないんだよね。ヴィシニョーワのニキヤも前に観た時と同じ、「全身全霊で恋する女」「愛が全て」のニキヤだったからそんなヴィシ@ニキヤの相手役のソロルはやっぱそれなりの?人でないとしっくりこないもの。下手をしたらニキヤひとりが恋して、勝手に盛り上がってる、なんてことにも見えかねない気がするものね。またまた長くなったので続きは次回に。
2006年12月04日
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「ヴィシニョーワのすべて」「ロパートキナのすべて」、両公演を無事に観ることが出来ました。だけどね~、まさかまさかこれほどまでに素晴らしい公演になろうとは、正直思っていなかったです。もちろん、すごく楽しみにしていたことは事実ですけど、本当にまさかこれほどとは!あまりに素晴らしすぎて文章にするのが躊躇われるくらい、というかあの素晴らしさを一体全体「言葉」でどれほどに伝える、或いは表現することが出来るのだろう・・絶対無理なことのように思えるな~。だけどもとりあえずこの日記では私が感じたまま、思ったままを拙いながらも書かせて頂こうと思います。先ず今回の公演では何を置いてもロパートキナの素晴らしさ(などという陳腐な言葉ではとても表現し切れないのですが!)を充分に「肌で」感じることが出来たことが私にとっては何よりの収穫だったと思います。前回来日時に観た時には巷で言われているほど凄いとは私にはあまり感じられず、正直どうしてこれほどまでに彼女の評価が高いのか、私にはわかりませんでした。けれど、今回の素晴らしいガラ公演を観て、そんな思いは完全になくなりました。最初の「パキータ」ではまだ本調子ではないのかな?とも思いましたが、時間が進むにつれどんどん調子を上げていかれたのではないでしょうか?次の「ライモンダ」有名なライモンダのヴァリアシオン、これがほんと~に凄かったです。まさに「舞踊の神」そのもののようでした。限りなく丁寧で、限りなく細やかで、限りなく優雅で、そして限りなく厳しく、厳かでした。なんと言うか、何か神聖なる「儀式」を観ているような気分に陥りました。この完璧なる「美」の具現者はきっと神がお遣わしになったに違いない・・そんな思いにさえ捉われました。本当に、なんと言うひと時だったのでしょう!彼女の踊りは、観客を幸福な気分にさせるとか、そういう類のものではなくて、ある種の「畏怖」の念さえ抱かせるものであるように感じました。あまりにも完璧なるものを見た時、それは人間に「畏れ」の念さえ抱かせるものですが、ロパートキナの踊りはまさにそんな感じだったのです。そこで踊っているのはロパートキナではなく、ロパートキナの身体に神が降臨して踊らせているのではないか・・そこにいるのはロパートキナではなく「神」なのではないか・・そんな気分にさえなってしまいました。全体を観て言えることは、彼女は理想的な「冬」のバレリーナだなぁ、ということです。白一色で染め上げられたような、不純物が混じることなど決して許さない「純白」のバレリーナ。そして「極寒」のバレリーナでもあると思いましたね。一切の生命を拒むかのような極北の冬・・そんな厳しさを想像するとぴったりくるのです。彼女の踊りが丁寧で優美であればあるほど、そんな思いを深くさせられる。極北の地の美しさを持つ人であるのだと強く感じました。あ~、それにしても本当に素晴らしかった!素晴らしすぎて満足し過ぎてなんかもう暫くバレエは観なくてもいいわ、そんな気分にさえなっちゃってます。さて、ロパートキナとは対照的とも言えるヴィシニョーワ。彼女もまた素晴らしかった!もう最高です!特に「シンデレラ」での彼女は本当に本当に素敵で素晴らしかった。私はこんなヴィシニョーワが観たかったのよ~!と本当に心の中で叫んでました(笑)。「シンデレラ」は3年前にも全幕で観ているのですが、踊る人が違うとこうも印象が違うものか、こうも「魅せられる」振りにすることが出来るのだな~、という印象。なんて美しく瑞々しく、生命の喜びに満ち溢れたアダージオであったことか!生きることの喜び、踊ることの喜び、ロパートキナとは対照的にどこまでも「人間らしい」「血の通った」ヴィシニョーワの踊りは観ているこちらまでが本当に幸せな気分になれる。ヴィシ、本当に絶好調だったんじゃないでしょうかね?なんか03年「バレエの美神」でチャイコフスキー・パ・ド・ドゥを踊った時のヴィシニョーワを思い出しました。本当に生き生きと、踊ることが楽しくて嬉しくて仕方が無い、といった様子のヴィシニョーワ。まさにこれこそ「ヴィシニョーワ」です!コールプとのパートナーシップも抜群で、2人の描き出す愛の世界に酔いしれました。って、そうはいっても「シンデレラ」の場合、シンデレラは王子を別に愛しているわけじゃあなくて、ある意味自らのナルシシズムを満足させんが為舞踏会で踊るのだと私は思っているのですが、ヴィシニョーワの表情とか観ていると3年前の「ロミオとジュリエット」を思いだしちゃって、音楽も同じプロコフィエフだし(って関係ない?)、これはジュリエットだ~、って思っちゃって、しかもそう思うと見れば見るほどジュリエットにしか見えない(あ、もちろん良い意味で、です)。コールプは当然ロミオで(これには異論あり?)この舞踏会での2人のアダージオはバルコニーのパ・ド・ドゥにしか見えなくなりました(これまたもちろん良い意味で、です)。初恋の歓喜に舞い上がるジュリエットとロミオ・・あ~、幸せ幸せ♪それにしても「シンデレラ」のこのシーンがこんなにも美しく観えるとはね~。つくづく「魅せられる」力を持った人が踊ることの意味を痛感しますわ。長くなったので続きはまた次回に。
2006年12月02日
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