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「聖なる」存在であるニキヤと、「人間」ソロルとの恋は、そもそも始めから「タブー」であって、決して許されるべきことではない。少なくとも現状のままでは、この2人の恋は例えば結婚などという形で「成就」するなんてことはあり得ないのだ。「バヤデルカ」であるニキヤはまさに「神聖にして侵すべからず」の存在であり、この世の何者にも、仕えるという意識を持たない。彼女が仕えるのは「神」のみであり、それ以外の世界とは、内実はともかく「隔絶」されているのだ。こんな風に書くと、なんだかニキヤが気の毒に感じられてしまうかも知れない。恋することさえ許されず、ひたすら「神」に仕えるだけなんて・・と「哀れ」に思われてしまうかも知れないけれど、前回書いたように「神」の存在というものが確固として信じられている世界、「神」がこの世界をお造りになったのだ、と信じられている世界においては、「神」に仕えるということ、それは大変に「名誉」あることであり、日本的に言うならば「家門の誉れ」。そんじょそこらの「誰にでも」許される行為ではないのだ。まさに「選ばれし」人しか、「神」に仕えることは許されないのだ。世間から隔離されていることはニキヤたちにとっては不幸でもなんでもない。むしろ「特権」の象徴として、彼女たちは誇りにさえ感じていたはずなのだ。しかしニキヤは「恋」に落ちてしまった。これは「神」に対する背信行為であり、「バヤデルカ」であるニキヤには絶対に許されないことだ。しかし初めて知った「恋」の歓びは、ニキヤを捉えて離さない。まさに「恋の奴がつかみかかりて」状態に陥ってしまったニキヤ。一方のソロルも、「バヤデルカ」と「恋仲」になるなどということが、一体どのようなことを意味するのか、よ~く知っている。彼もこの国の支配階層に属する人間として、この国がまさに文字通り「神の国」であることを知っているのだ。にもかかわらず、彼もまたニキヤへの想いを断ち切ることは出来ない。彼も多分初めて知ったのだろう。「バヤデルカ」であるニキヤの持つ、世俗の女からは感じ取ることの出来ない「宗教的雰囲気」。厳かで清らかで何者にも侵されたことの無い「無垢」な精神。「バヤデルカ」であったがゆえに、ソロルはニキヤへの「恋」に落ちたのかも知れない。彼はこの国一の武人だったのだから、世俗の世界の女には「馴れて」いたはずだ。愛した女も一人や二人ではなかったはず。そうした「女」には馴れていたはずのソロルが思わず知らず「恋に落ちて」しまった。相手は「バヤデルカ」だった。その「神さびた」不思議な魅力にソロルは惹きつけられ、「タブー」と知っていながらもどうすることも出来なくなってしまった。2人とも、この「恋」の行く末など考えることも出来ず、いやもしかしたら「恐ろしかった」のかも知れない。「神」への背信は、もしかしたら2人にとんでもない恐ろしい事態を生じさせるかも知れない。けれど今は、ただ愛する人のことで胸が一杯で、その「恐ろしさ」には気が付きながらも気付かぬふりをしていたのかも知れない。実はボリショイのプログラムを見ていましたら、ソロルは密会の場でニキヤに駆け落ちを提案した、と書いてありました。なるほど、確かにそれは「名案」かも知れませんね~。というか「唯一つの手段」だったといえるかも知れません。「駆け落ち」したならばニキヤはもう「バヤデルカ」ではなくなるわけですし(と言うか罷免?除籍?)、最早「ふつ~」の女、誰憚ることもありません。ソロルは自分の「腕」には自信があるでしょうから多分どこの国でも喜んで彼を迎え入れてくれそうです。ソロルは「浪人」覚悟でこのような提案を行なったのでしょうか。大僧正に2人の密会を見られてしまった以上、もう「後が無い」という思いが彼にこのような提案をさせたのか、それともそうまでしてニキヤと一緒になりたかったのか。彼はこの直後「聖なる火」に対しニキヤへの「愛」を誓います。しかしこの後2人を待ち受けていたものは・・・次回に続きます。注・しかし「駆け落ち」を提案した、などという記載があるのはボリショイのプログラムだけなんですよね(いや、他にももしかしたらあるのかも知れませんが)。まぁ別にどうだっていいことなんですけど。
2007年02月26日
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マールイ「バヤデルカ」をご覧になった方のご感想をいろいろ拝見しているうちに思うようになったことなのですが、そもそもニキヤって、どういう存在なのでしょうか。神に仕える聖なる舞姫、文字通り「バヤデルカ」である、ということは初めから判りきったことではあるのですが、この「バヤデルカ」という存在は、そもそもどのような地位に置かれていたのか、ちょっと考えてしまいました。「身分の低い」ただの舞姫なのか、それとも「神に仕える」聖なる存在として、ある程度の地位を持ちそれなりに崇敬を集める存在であるのか。前者の解釈に従って物語を観るとするならば、ニキヤは大変気の毒な存在、哀れな存在、ということになるのでしょう。身分低き舞姫が、身分の高い人物に恋をして、目出度く相思相愛の仲とはなったが、恋人は結局彼女を裏切り、この国一の姫と結婚することを選んでしまう。「バヤデルカ」でしかない彼女にはどうすることも出来ず、失意の中謀略の犠牲となって死んでいく・・まさに「哀れ」としか言いようがない感じです。では、後者の解釈に従って観るとしたら、どうでしょうか。ニキヤは決してそれ程「身分違いの恋」に落ちてしまった訳でもないように思えます。「神に仕える」ということは、古代世界においては権威こそあれ、決して蔑まれるような存在ではないと思いますし、その大勢いる「バヤデルカ」の中でもリーダー格のような扱いを受けているニキヤは、ましてなおさらそれなりの矜持を抱いていたであろうことは想像できます。日本でも卑弥呼はシャーマニズムをもって国を治めていたといいますし?日本が律令制国家を創り上げたときにも太政官とは別に神祇官が設置されたことからもわかりますように、古代日本において「祭祀」を司るということは大変重要視されていたのですね。これは日本の話ですが、このような「原始宗教」とも呼べるべきものを国の中心に持ってくる、「祭政一致」というものが古代世界においてはむしろ普通であった、そのような世界のお話としてこの「バヤデルカ」を観るならば、当然主人公であるニキヤについても、「身分低き哀れな舞姫」という解釈はちょっと、いやかなり違ってくるのではないか。むしろ「誇り高き」舞姫、「宗教的権威」を帯びた舞姫として、描かれるのが普通じゃないかな、と思えてきます。この流れで行くとしかしニキヤは、大変な「罪」を犯していることになってしまいます。もちろん、ソロルへの「恋」です。神に仕える神聖なる存在である彼女が、人間の男に恋するなど、多分絶対に許されないことのはず。もちろん、「神」の舞姫に恋したソロルだって同罪な訳です。まさに2人の恋は「タブー」だったはずであり、そもそも初めからこの2人は「罪」を犯していることになるわけです。一体この2人はこれから先、どうするつもりだったのか。多分、「先」のことなど何も考えてなどいなかったのでしょう。ただただ「人間」としての感情に我を忘れ、今は唯ひたすら、恋の歓びに身を任せていた、そんなところだったのでしょう。え~、続きはまた次回に。念のため申し添えますが、上で書きましたような歴史的事項については完全にあやふやな知識しか持ってはおりませんので、間違っているところがあったとしてもどうかご容赦くださいませ。
2007年02月20日
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え~、今更のようではありますが、来年はロイヤル・バレエの来日公演があるのですね。でもだけど、う~ん、ちょっと、いや、かなりガッカリ。なんでマクミラン作品じゃないのか~!というのが正直な気持ち。「マイヤリング」とか持ってきてくれることを切に願ってるんだけどな・・もちろん!「マノン」は何度でも持ってきて欲しい演目だし(笑)。「眠り」は正直ロイヤルの「眠り」ってどうなの?って感じ。もちろん演出とかは凝っていそうだし、演劇的に見応えのある舞台にはなってるんだろうけど(ロイヤル風の?Kバレエはそんな感じだったと思う)、私はクラシック・バレエにおいては何よりも先ず「踊り」を観たい観客なんだよね。「ダンス・クラシックの規範そのもの」を観たい訳で、そういう観点から見ればロイヤルで純クラシックというのは、正直あんまり食指が動かない。私はどうにも「クラシック・バレエはロシアのもの」という固定観念に凝り固まってしまってるみたいです。コジョカルのオーロラというのは観てみたいとは思うのだけどね。観に行くとしたら「シルヴィア」かな~。どんな作品だか全然知らないんだけど。コジョカルといえば私は彼女のキトリを是非観てみたい、と思ってるんだけど。思いっきりテクニックの炸裂するような作品で観てみたいです。それから08年はなんとボリショイも来日するそうで、これは本当に嬉しい!まぁ、殆ど2年近く先の話ではあるけれど、でもでもとにかく、嬉しいの一言。しかも一ヶ月も公演期間あるし全国ツアーでもするんでしょうかね?ボリショイの「白鳥」ってどんなだろ~。グリゴローヴィチ版なんだろうけどやっぱり踊りの魅せ場が多いのかな?私的には「スパルタクス」も是非とも持ってきて頂きたい作品なんですけどね~。02年来日公演での「スパルタクス」は、やっぱり凄かった・・あの頃は私はバレエを観始めたばかりで殆ど何もわかってなどいなかったけど、それでもやっぱり、凄かったな~、と思う。あの作品をあれだけのレベルで上演できるバレエ団は、それこそボリショイしかいないでしょう。「迫力」「勇壮」「血湧き肉踊る」という男性的舞踊の洪水と、対照的に信じられないくらいに美しいデュエット。スパルタクスとクラッススという敵同士になる男性主役に、フリーギアにエギナというこれまた対照的な女性主役。アントニーチェワ@フリーギアの清純な美しさとグラチョーワ@エギナの殆どSMの女王様かと思われるようなエロティックさは、今でも忘れることができません。キャストは代わっても、是非また観てみたい作品です。この作品こそ、「生」で観なければその魅力を「体感」することは絶対不可能な作品ですよね。前にも書いたことですが、ビデオでこの作品を見てもちっとも素晴らしいとは思えませんでした。どころか、むしろ「つまらない」とさえ思えてしまったものです。これほど映像と生の舞台とでギャップのある作品というのも珍しいかも知れない。であるからこそ、是非とももう一度持ってきて欲しいのです。
2007年02月18日
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今年の夏には、とうとう最後となる「ルグリと輝ける仲間たち」公演もあるんですね~。大阪での予定演目等が発表されているのを見ましたが、なかなか面白そうで、これは是非とも観に行きたいです。特にルディエール&ルグリの「オネーギン」は楽しみです!この2人の踊りは前回のこの公演で「椿姫」~黒のパ・ド・ドゥを観たのですが、あまりの素晴らしさに鳥肌が立ちました。抜粋のパ・ド・ドゥでしかないのに、まさに「ドラマ」が見えたんですよね。壮絶なまでの・・このお2人のパートナーシップの素晴らしさに関してはいろいろと読んではいましたし、実際「ロミオとジュリエット」の映像でも見て頭では理解していたつもりではあったのですが、実際に観て受けた「衝撃」というものはこちらが想像していた以上に凄いものがありました。いやもうほんと、全身総毛立ちましたもん。この「椿姫」を観られただけでも、わざわざ上京した甲斐はあったと思いました。本当にこの眼で観ることが出来て良かったです。あの2人の踊りをもう一度観られるなんて本当に嬉しい!しかも演目は「オネーギン」。多分最後のパ・ド・ドゥなんでしょうけど?想像するだけでも素晴らしいだろうな~、って思いますもんね。しかも大阪で観られるというのが嬉しいじゃないですか!前回は東京でしか観られなかったんですよね、ルディエールやイレール、プラテルは。今回は最後ということで地方でも観られることになったんでしょうか。他にもドロテ&マチューによる初演の作品があったり、オレリー&モロー「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」とか、と~っても楽しみです♪この公演ではパリオペならではというか、ロシア系のバレエ団のガラとかでは観られないような作品がいろいろ観られるのが良いですね。もしくはお馴染みの演目でもパリオペのダンサーが踊るとどうなるのか?とか、気風の違い?のようなものを見られるというのも楽しいです。演目次第では、東京へも観に行きたくなりそう。暫くバレエ鑑賞の予定がなく、寂しい限りですが夏以降は結構忙しくなりそうです。なんとモスクワ音楽劇場バレエも来日するそうで、なんて嬉しいんでしょう!ここのバレエ団、かねがね観てみたいな~、って思ってたんですよね。しかもブルメイステル版「白鳥」だなんて、最高じゃないですか!「くるみ」には興味ないですけど・・
2007年02月12日
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古典バレエにおいて、主役の男性というものはしばしば、というより殆ど?女性(恋人)を裏切る、という行為に出ます。「バヤデルカ」のソロル、「ジゼル」のアルブレヒト、「白鳥」のジークフリート、特にこの3人は「裏切り」の代表選手とも言うべき存在かも知れません。この「恋人を裏切る」という行為の故、このお三方に対する世間の評価?はなかなか厳しいものがあると、私は感じることが多いです。なにもそこまで言わなくても・・そんなに「酷い」行為か?と私はついつい思ってしまう。この3人をどうしても「擁護」したくなってしまうんですよね。ジークフリートについて書いたところで述べたことですが、私には元々、「人間性悪説」というものが頭の中にしっかと根付いています。人間っていうものは、本当にどうしようもない愚かさ、後ろ暗さというものを持っていて、その暗黒の部分に目を向ければそれこそ底なし沼。どこまで落ちるかわからない・・というようなものを根本的にしっかと抱え込んでいる、と思ってるんですね。私自身の心の中をちょっと覗き込んでみただけでも、ヘドが出そうなくらい醜く、歪んだ部分がい~っぱい!あります。それこそ自分は「悪魔」じゃないか、と思うくらい「残酷」な部分もほんとにあります。私は多分「人並み」以上に「性悪」だと思う。普通のひとは多分私ほどには「性悪」ではないんだろうな・・と思います。近頃は残忍な事件とかいろいろ起こってますけど、私もああいうタイプの犯罪者になる可能性あるな、とマジで思うことあります。まさに「鬼畜」としか言い様のない自分があるのを、否定することは出来ません。なんというか、私は本当に人間とは、生まれながらに「罪」ある存在だと思っていて、自分のなかに「原罪」があるということを子供の頃から実感してきたせいか、他人をあまり責めるということが出来ません。状況次第では、もしかしたら私も同じことをするかも知れない、とか思ってしまうんですよね。他人を責めるということは、自分はそんな悪いことはしない、という自信?があるからこそ、出来ることであって、もしかしたら自分もするかも知れない、少なくともする可能性はゼロではない、と思っている人間には出来ないことですもん。私は人間の「原罪」というものを子供の頃から嫌という程見せ付けられて育ったせいで、人間とは醜いもの、という固定観念がしっかと出来上がってしまいました。だからこそ、バレエに惹かれたのかも知れないです。この世の醜さをひと時でも忘れさせてくれて、ただただひたすらに「美しい」バレエに・・「美しい」、それは私自身が本当に「醜い」存在で、そんな自分にほとほとうんざりで、だからこそ求めてやまない「永遠」なのかも知れません。でね、こんな私からすれば「恋人を裏切る」それくらいなんだっていうんだ~!ってことになる訳です。私の中のドロドロ指数?から計ればそんなの殆ど笑い話。「それくらい」のことにいちいち真面目に眉をしかめてるなんて、きっとそういう方は私などとは住む世界が違ってらっしゃるのだ、私なんかとは違ってきっと素晴らしく良い人なんだろうな・・とか思っちゃう。そういう意味で自分とは思いっきりかけ離れた人ではあるのだけど、世の中の基準からすれば間違いなく私の方が「変」なんだよね~。私の方が「異常」なのだ。だけど「異常」であるお陰で私は人の心の「闇」にも、思いを馳せることが出来る人間にはなれている、と思う。ダメな人間を見ても(なにを基準にダメというのか?)そのダメっぷりに同情というか、共感というか、とにかくいとも簡単に「切り捨てる」ことだけはしたくない。え~、矛盾するようだけど、私自身はとても「倫理観の強い」人間だと思う。今まで散々それとは真逆のこと言ってきてなんだけど、まさに私の中には「聖と悪」が共存してるのね。それはもちろん誰だってそうだとは思うけど、私の場合、「悪」の部分が人並み以上に「強い」分、それに対抗してか「聖」なる部分も実は人一倍「強い」部分があったりするのだ。他人を悲しませることが何より嫌いだったり、「自己中心的」な人間が大嫌いだったり、そうそう、「不倫」なんてやってる奴は「サイテ~」だと決め付けてたり(笑)。もう完全に矛盾もいいとこなんだけど、とにかくそういう「聖と悪」のせめぎあいが「私」を創ってたりするのだから、これはもう仕方が無い。だけど「悪」の部分が強い分、「聖」なる部分も強いというのはこれももしかしたら人間の本質なのかも知れない。完全に2重人格、と思うこともよくあるんですがね。え~、続きはまた次回に。って、もうこんな話の続きなんていらない!って声が聞こえてきそうですが・・
2007年02月06日
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グルジア国立バレエ来日公演のチケット一般発売も始まりましたが、やはりニーナ&ウヴァーロフによる「ドン・キ」は大人気みたいですね~。チケットは暫く取らない、と言っておきながら実は様子を見にぴあのサイトを覗きに行ってしまいました。午後だったので既にS席は完売、Aが少し残っていたので試しに座席を表示させてみたのですが・・なんとビックリ!3階席でした。A席で3階席って・・そんなのありなの~?!3階正面はB席だと思い込んでいたのですが、あ~、そっか、ジャパン・アーツ主催だから、NBS主催の公演とは座席割り?が違ってくるみたいですね。だけどそれにしても3階でA席というのはちょっと・・前に2階正面で観たことあるけど、あの時の公演って舞台が遠かったということくらいしか印象に残ってないんだよね・・S席だったのに・・・好みの問題もあるとは思うけど、私は文化会館の場合、1階25列目くらいが限度だわ。それより後ろは絶対いや。私は観劇中にオペラグラスは使いたくない人なので、必然的に限度ってものが生じてくる。そうそう、私は今までに2回、文化会館の2列目に座ったことがあるのだけど、もの凄く観やすくてビックリしたものです。たまたま一列目の人が小柄な人だったり、座り方を心得ていて下さる方?だったお陰で、A席なのに殆どのS席よりも観やすいんじゃ?と思えるような絶好のお席でした。ジャパン・アーツの場合2~4列はA席になるのかなぁ?NBSの場合はSだったように思うので(あんまり自信ないです・・)これはとっても良心的な対応ではありますよねぇ。5列目までは段差がないのに、知らずに購入する方もいらっしゃると思う。個人的には3列目、4列目はたとえA席であったとしても絶対に座りたくない席だと思うけど、運が良ければ2列目は、滅茶苦茶観やすいということもあるので、何が何でも近くで観たい!と思う公演ならこの列は隠れた?ヒット席だと思う(但し「運」が悪いと悲惨かも・・)。今日見たら27日の公演はA席まで完売してました(注・ぴあでしか見てはいません)。やっぱりニーナの「ドン・キ」は観たいですよね。しかももしかしたらもう最後になるかも知れないんだし・・大阪にも「ドン・キ」を持ってきて欲しかったなぁ、というのが正直なところかも。向日葵のようなニーナにはオデットよりもキトリの方がずっと似合いそうだもの。
2007年02月05日
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マールイの神戸での「白鳥」、観に行けなかった・・シェスタコワ観たかったよ~(涙)。「バヤデルカ」も絶対無理なので当分バレエ鑑賞の予定はなし。4月のポリーナ&フォーゲル君の「白鳥」も先ず無理だろうし。ポリーナ(って馴れ馴れしいですけど名前が可愛いのでこう呼ぶ方がよいよね)の日本での「白鳥」デビュー、観たいんだけどなぁ。きっと素晴らしい舞台になると思う。なんで週末にしてくれないのか・・それにしても、チケット取ったにもかかわらず結局断念せざるをえない公演が結構続いたもんだから、なんかチケット取るのが恐くなってしまうよ。オーストラリア・バレエの「白鳥」、これは絶対観に行きたいと思ってる公演だけど、まだチケット取ってない。今週末にはグルジア国立バレエの公演の一般発売も始まるけど、多分直ぐにはチケット取らないと思う。そう言えばミラノ・スカラ座の「ドン・キ」主演キャストが発表になったけど、サラファーノフ君の名前があるのにはビックリしたよ。なんでスカラ座にサラファーノフが?と思ったけど、彼ゲスト・プリンシパルだったんだ。全然知らなかった・・彼のバジル、さぞや凄いんだろうなぁ。しかもヌレエフ版でしょ。例の難しいパ?のオンパレードなんだよね?見た事ないからわからないけど。予想してたよりはチケット代はお安かったので(スカラ座バレエの相場?というものがどのくらいなのか全然わからないのになんですが)近くで公演があったとしたら多分観に行きたいと思うだろうけど、わざわざ上京してまではチョッとね・・っていうかオーストラリア・バレエにしろスカラ座バレエにしろ、なんで東京でしか公演がないんだよ!って声を大にして叫びたい。確かにオーストラリアの「白鳥」は地方でお客さん集められるか、ちょっと疑問なのは事実かも知れないけど。でも「眠り」なら大丈夫そう?スカラ座は、それこそ天下のミラノ・スカラ座(天下の、にバレエは含まれてないかもだけど、少なくともネーム・バリューは絶大でしょ)。演目も「ドン・キ」ならお客さん集められそうに思うけどなぁ?はぁ~、毎度のことながらバレエ公演の東京一極集中には悩ませられます・・でもまぁ世界から見たらそれだけ「東京」は特別なまちなのでしょうね。
2007年02月01日
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