2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全4件 (4件中 1-4件目)
1
唐突ではあるけど、「白鳥の湖」って、もし自分が演じる側だったとしたらこんな難しい作品もないと思う。「バレエの中のバレエ」「バレエの聖典」である「白鳥」には、観客の誰だってかなりの思い入れがあると思うし(勿論ダンサーご本人も)、目も肥えている。そんな中でヒロインであるオデットをどう踊り、いかに演じるのか・・私はバレエを習った経験は一度だってないし、従って踊る側の人間、ダンサーの気持ちなんて何もわからない。いや、想像だに出来ない。けど、オデットを踊るということがどんなに大変なことであるか、ということくらいは想像出来る。この「おとぎ話」の世界の住人でありながら、何故か完全には「おとぎ話」の世界の住人には収まり切らず、そこからはみ出てしまって、現代の観客の心をも捉えて離さないオデットという人物。昼間は白鳥にされ、夜だけ人間に戻れるという、荒唐無稽なストーリーであるにも関わらず、何故だか現代人の心にも訴えかけるものをものすご~く持っているオデットという女性。考えてみれば不思議な存在ですよね。この「不思議」な存在であるオデットをどう演じるのか、となると、もしも私が演じる側の人間だったとしたらそれこそ頭を抱えて寝込んでしまいたくなりそうです(笑)。オデットをどう演じるのか?私なりに思いっきり勝手に解釈してみますと、何よりも先ずこの「白鳥の湖」という作品そのものをどのように捉えるのか、ということが考えるべきことであるように思われます。この作品を踊るに当たって、一番重要なのは何か?最も大切だと考えることは何?「愛」なんでしょうか。オデットとジークフリートとの愛が、最も重要な、この作品の「核」と言えるべきものなんでしょうか?それともあくまで「幻想」なんでしょうか?ジークフリートが見た、観客が見た「幻想」なんでしょうか。「夢幻」なんでしょうか?或いは観客が求めるのは「ドラマ」なんでしょうか。美しい「詩」なんでしょうか。求めるものが「ドラマ」だとしたら、オデットとジークフリートとの「愛」が、必然的に最も重要視される結果になると思いますし、いや「ドラマ」なんかじゃない、私が観たいのはあくまでも美しい「詩」だ、そう思う観客にはオデットとジークフリートとの「愛」は必ずしも最重要課題?ではなくなるでしょう。私は個人的には「白鳥の湖」という作品は、「ドラマ」ではなく美しい「詩」であって欲しい、そう思う方ですね。「詩」だから、それはあくまで美しければいい。多分私も、ジークフリートと同じように、「幻想」を見たいのでしょう。美しいこと限りない「幻想」を・・だからオデットには「人間的」な感情、それには勿論「愛」も含まれます・・はあまりオープンに表現して欲しくはない。「愛」を全面に押し出したようなタイプのオデットはあまり好みではない。オデットはあくまで「幻想」だから、掴みどころのない、遠い空に浮かぶ雲のような存在であって欲しい、そんな風に思います。こういう解釈で捉えるなら、ヌレエフ版のオデットは、まさにそんな感じの存在であるように思えて、オデットだけに関して言えばすごく好みかも知れません。最後ロットバルトにより天空高く連れ去られてしまうのも良いですね~。永遠に手の届かない存在になってしまうオデット。それは私にとってはまさに「夢」と同義語であり、叶わない「夢」に恋した挙句最後絶望するジークフリートは私自身の姿と重なるようです。私はオデットにはある意味「無機質」であることを望んでしまう。「無機質」であるということは私の勝手なオデット観(笑)においては決して否定的意味を持つものではありません。「氷のように冷たいオデット」、私の理想とするオデットって、結局これなんじゃないかな~、なんて思うこともあります。正直私は「愛なんていらね~よ」と思ってしまう観客ですね。こんなのってやっぱ珍しい方なのかな?やっぱり多くの方は、「愛」が見たいんでしょうか?最も重要なのは「愛」?
2007年08月26日
コメント(0)
今月のNBSニュースは、バーミンガム・ロイヤル・バレエの特集?なんでしょうか。そういう私は西宮での「コッペリア」のチケット、既に購入してしまいました。いや、当初「コッペリア」にはあまり興味がなくて観にいくつもりではなかったのだけど、ルグリガラ大阪公演を観にいった際に貰ったチラシがとっても素敵だったので、思わずよろめいてしまったのです(笑)。考えてみれば私って、「コッペリア」という演目自体、まだ一度も観たことないんですよね~(含む・映像)。評判の良いピーター・ライト版だし、折角関西でも公演してくれるのだからこれは観に行かなくちゃ、びわ湖での「美女と野獣」も楽しみだし、あ~、近くで公演があるって、なんて素晴らしい(笑)。あと、08年度のNBS主催公演のラインナップが発表されていますが、正直あまり観に行きたいと思う公演はないなぁ。強いて一つだけ挙げるとすればシュツットガルト・バレエの「オネーギン」だけど、これは前回の来日で観て、正直あまり面白いとは思われなかったのよね・・いや、勿論素晴らしい作品であることはよくわかったし、先日のルグリガラでのルディエール&ルグリの魂を揺すぶられる熱演には涙が溢れそうなほどの思いにさせられたけど、基本私って、ヒロインのタチアーナがあんまり好きじゃないのよね・・というかほんと、つまらない女性だな~、と思ってしまう。私は「オネーギン」の原作を読んだことは一度もないので、原作ではどうなのか判らないけれど、そもそもタチアーナみたいな優等生に、私が心を動かされる筈ないんだよね~(笑)。前から散々言ってることだけど、マノンみたいに変わったヒロインが好きで好きで仕方ない私みたいな人間が、マノンとは対極にあるような「優等生」のタチアーナを好きになれるわけないんだよね。なんというか、ある種の「現実」を見せ付けられるような思いがしてしまう。残念ながら私は、タチアーナみたいな優等生では全然ないのだけれど、それでも私個人の性質というか資質というのは明らかにマノンではなく、タチアーナなんだよね。まぁ、そんなこと言ったら殆どの人がそうなんだろうし、あまりに極端過ぎる2人ではあるけれど。一幕でのタチアーナとオリガの描き方なんて、私完全にタチアーナだもん。妹は活発でおしゃれさんで、輝きだした今の自分の人生を心から楽しんでいる。「楽しまなくちゃ損よ、お姉さま。なのにお姉さまったら、いつも本ばかり読んでらっしゃるんですもの」そんなオリガの声が聞こえてくるようだ。タチアーナはおしゃれにもあまり関心がなく、本を読みふけっている。確か幕が上がった時点でタチアーナは本を読んでいませんでした?それを観た瞬間あ~、こりゃダメだ・・って私は感じちゃいましたね。「現実」を忘れる為にバレエ観に来てるというのに、こともあろうにその(非日常であるはずの)バレエの舞台で「現実」「日常」を見せつけられちゃうんですから。この「オネーギン」というバレエを観たことにより、私がバレエに何を求めてるか、ということがはっきり判ったような気がします。そして何故こんなにも「マノン」という作品が、マノンというヒロインが好きなのかも。要するに私って、タチアーナの仮面を被ったマノンなんだよね~。一見優等生風(私はお世辞にも優等生とは言いがたいのですけれども)、でも中身はドロドロ。フラストレーションの塊みたいな存在で、いつも「理性」だの「良心」だのに支配されていて、その「箍」を外すことは絶対に出来ない。どんなに外したいと思っても、それはいつもきつくきつく私の心を締めつけていて、けっして「自由」にはしてくれないのだ。がんじがらめの存在。一言で言うとしたら私自身はそんな存在だ。だからこそ、自分とは正反対のマノンに、こうまで憧れるのだろうと思う。好きなんだろうと思う。自分もあんな風に生きてみたい、という気持ちがあるんだね。けど自分は絶対にマノンにはなれないことも判っているし、また凄く矛盾するようだけれどマノンみたいには絶対なりたくない、のも事実。人間って、自分にないものを持ってる人や、自分とは正反対のタイプの人に惹かれる、って言うけど、私のマノンへの想いはまさにそれだよ。であるからこそ、私はタチアーナには何ら心を動かされない。自分と同じで(ほんとは全然違うんだけど)なんてつまらない女なんだろう、という印象しか持てないんだよね。
2007年08月15日
コメント(0)
ルグリガラの感想続き、です。「ビフォア・ナイトフォール」とても良かったです。現代作品はいまいち苦手な私ですけど、これは好きな系統のコンテンポラリーでした(って説明にも何にもなっていませんね、すみません~)。舞台上にたくさんダンサーがいて誰が誰だかわかりませんでしたが、第2パ・ド・ドゥを踊ったエレオノーラ・アバニャートはもの凄く印象に残りました。彼女、すごく素敵でした~。今まで数回観ている筈なんですが、初めて印象に残りました。とにかくこの作品で彼女の名が私の中に記憶されたので、東京での「椿姫」がすごく観たくなってしまいました(でも、観に行けないし・・)。どのダンサーも皆良かったと思いますが、この作品に限ってはドロテよりもエレオノーラの方が印象に残りましたね。勿論ドロテちゃんも素晴らしかったし、やっぱりついつい眼が行ってしまう存在であることに変わりはないのですけど。「黒鳥のパ・ド・トロワ」 ローラ・エッケ オドリック・ベザール ステファン・ビュヨンヌレエフ版特有の「黒鳥のパ・ド・トロワ」。初めて観たのだったら多分すごく新鮮に写ったろうと思うのですが、これは昨年全幕で観てしまっているので・・でも皆とても良かったと思います。これぞ「ザ・バレエ」という感じで、長らくバレエ飢餓状態にあった私にはと~っても嬉しい演目でした。席が遠かったので、表情などは分かりませんでしたが、あ~、これぞクラシック・バレエ!という感じで、とにかく嬉しかったです。ローラ・エッケはなかなか格調高い踊りでよかったですし、オドリック・べザールも美しい踊りでよかったと思います。エッケのポワントがきしきし音を立てるのだけが気になりました。現実世界に引き戻される感じがしてしまうのでちょっと残念だったなぁ。普段それ程足音とかは気にならない方なんですけど、単なる足音とポワントが軋む音は違うのだなぁ、という当たり前かも知れないことに改めて思い至りました。けど、この問題はエッケのせいでは全くないので基本的には無問題です。「タランテラ」 メラニー・ユレル&アクセル・イボオープニングに相応しい楽しくて躍動感溢れる演目で、とっても良かったのではないでしょうか。実は「タランテラ」って初めて観たんですけど、いかにもバランシンっぽい作品ですねぇ。なんかもう一度観たいです。ドロテちゃんとか凄く良さそう(ヴィシニョーワとかも)。「アベルはかつて・・・」 グレゴリー・ドミニャック&ステファン・ビュヨン相変わらず意味がわからなかった・・いや意味なんかわからなくても別に構わないんだけど、私好みの、私自身が美しいと思える作品ではなかった。ダンサー云々の問題ではなく、振付からして私には意味不明。カインとアベルって何だよ。普段から聖書に親しんでいる人には理解出来るんだろうけど、私には全然縁のない世界だものなぁ・・以上で感想はお終いです(感想は上演順ではなく、私が良かったと思った順です)。全9演目、私的には今回のルグリガラ大阪公演、思っていた以上に楽しめて、観に行って良かったと心から思えた公演でした。私的に「ハズレ」だと思う演目が最後の「アベル~」以外にはなかったというのも大きいと思います(前回東京公演を観に行った時にはもうちょっと数があったんだよね)。何度も言うようですが、ルグリとルディエールの創り上げてくれる世界の素晴らしさ、そしてドロテ&マチュー、ミリアムちゃんがこの3年で本当に成長したんだなぁ、ということを実感し、なんだか感慨深いものがありました。マチューは前回のこの公演では到底エトワールとは思えない踊りで却ってビックリしてしまったのですが、今回は素晴らしかったです。あの難しそうな「ドニゼッティ・パ・ド・ドゥ」を見事に踊り切りましたもんね。ドロテちゃんは前回の公演で一番印象に残ったダンサーで(除く・ルディエール&ルグリ、イレール)今回も楽しみにしていたのですが、期待を上回る成長ぶりで観ているこちらまで心が躍りだしそうでした。ミリアムちゃん、前回はマチューとの「眠り」がなんとも気の毒な感じがしたのですが(あのサポートでは恐くって踊れないって)彼女も素晴らしい成長ぶり。さすがプルミエールですね。これからも頑張って欲しいです。あ~、それにしても彼女のオデットが観たいです・・明後日からはいよいよ東京公演、長丁場の公演ですが、最後までダンサーの皆さんがベストの状態でいられますよう、そして大成功のうちにこの公演がフィナーレを迎えられますようお祈りいたします。
2007年08月05日
コメント(0)
ルグリガラの余韻に浸っている間もなく今日からはフェリの公演ですね~(って私には関係ないけど・・)。しかしこの公演、前から思ってたんだけど一体なんだってこんな日程なんでしょう?わざわざ土・日を外して公演なんて。土曜か日曜にマチネを一回でもしてくれたら観に行けたのに・・と思うと本当に恨めしい。文化会館に先に予定が入ってたんでしょうか?それなら仕方が無いけど・・とか考え出すときりが無いのでこの辺りでやめておきますが、はぁ~、観たかったなぁ・・フェリの最後の舞台・・観たいといえばルグリガラのAプロも「白鳥」も観たいけど・・はぁ~(深いため息)。と、愚痴っていても仕方が無いので大阪公演の感想の続きを。ドロテちゃんの上手さと輝きに改めて驚嘆し、エトワールらしい踊りを披露してくれたマチューに感激し(相変わらず細いな~)、ミリアムちゃんのキュートさに胸をときめかせ(←あの、勿論私は女性です、念のため)、ルディエール&ルグリが見せてくれた素晴らしい世界に眼を潤ませ、本当に満足した公演でした。あ~、バレエっていいなぁ、素晴らしいなぁ~、と改めて心から思いましたね。昨年12月の「ヴィシニョーワのすべて」以来、7月のオーストラリア・バレエまで全くバレエを観られない日々が続いてましたので、余計にそう感じたのかも知れません。オーストラリアの「白鳥」もとっても楽しかったけれど、あれは正直「バレエ」とはちょっと違う、ような印象で「バレエ」を観た!という感慨はあまりありませんでした。「バレエ」とはちょっとばかし違うかも知れないけれど私は基本的には大いに気に入ったし、是非また持ってきてもらいたいな、と思います。映像化されたら絶対買っちゃいそうです。でもいわゆる(私が思い描く)「バレエ」ではなかった。その点今回のルグリガラは紛れもなく「バレエ」であった訳です(当たり前ですが)。ガラとは言え、いやむしろガラだからこそ、余計に「バレエ」を実感したのかも知れません。だって舞台上には「踊り」しかない訳ですからね。「踊り」だけがそこにはある。そのことが、なんだか無性に嬉しくてなりませんでした。え~、前置きが長くなりましたがザッとした感想です。「小さな死」 ミュリエル・ズスペルギー&マニュエル・ルグリこの作品は03年のバレエフェスでルグリがオレリーと踊るのを観ました。でもその時は全く理解出来なくて、良いとも悪いとも判断の仕様が無く、従って今回も正直全く期待していませんでした。でも、とても良かったです。意味は判りませんが(まぁ、わかる必要もないのでしょうが)素直に美しいと思えました。モーツァルトの心地よい音楽に乗って、滑らかに踊られる(多分ものすごく大変なんでしょうが)、美しい、それだけで充分と思えました。「ダイヤモンド」 アニエス・ルテステュ&ジョゼ・マルティネス円熟の輝きとでも言うのでしょうか。とにかく完璧に美しいとはこういう踊りのことを言うのだろうなぁ、と思いました。じわじわと染み渡っていくかのようなバレエ美の世界。こういう作品を踊りこなすというのはものすごく難しいことなのでしょうね。アニエスは完璧なまでに美しい。私はこの作品は彼女とロパートキナでしか観たことがなくて、2人とも「完璧」を絵に描いたような存在。いちど若いダンサーで観てみたいものだと思いました。あとやっぱりザハロワでも観てみたい!大満足でしたが、この作品ではジョゼの踊りが全くと言っていいほど観られないのが残念。
2007年08月02日
コメント(0)
全4件 (4件中 1-4件目)
1