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ここ最近いろいろと雑事に追われて、なかなかパソコンに向かう時間が取れない。こちらのブログも本当になかなか更新出来なくて申し訳ありません。書きたいことはいろいろ、一杯あるのだけどね~。とりあえず「オデット」については最後まで書きたいな、と思ってはいるのだけど、なかなか時間が取れなくて・・っていうか私、ニキヤについても中途半端な状態のまま終わってるし(いや、終わってるつもりはないのだけどね)、ニキヤについても最後までちゃんと書きたいと思ってはいるのだけど、如何せんまとまった時間が取れなくて・・ニキヤVSガムザッティのこととか、影の王国でのニキヤのこととか、書きたいことは一杯あるんだけど。ニキヤとガムザッティの抗争については、以前こちらのブログでも書いたことあったと思うけど(ガムザッティの側からね)、あの時とは若干解釈が違ってきてるんだよね、今現在は。ニキヤ=身分低き哀れな舞姫、という想定であの当時は書いていたから、ニキヤ=神に守られた高貴な存在、犯すべからざる聖なる存在、という解釈をするようになった現在とでは、ガムザッティとの抗争にも違う意味を見出すようになったというか。ガムザッティのニキヤに対する思いも、当然のことながらあの時とは違ったものとなってるし。影の王国における「影」となったニキヤについても、私は彼女は最後までソロルを「赦さない」存在であったのではないか?という解釈をしています。基本的にはね。等々、いろいろ書きたいことは一杯なんだけど、ほんと時間が取れなくて自分でももどかしい思いをしています。フェリの引退公演の映像も観て、いろいろ感想とかも書きたいところなんだけど・・けど、「マノン」沼地のパ・ド・ドゥは本当に素晴らしかった~。久しぶりに鳥肌が立つような思いに駆られました。やっぱり私にとってフェリ=マノン、なんだよなぁ、ということを再確認させられた次第です。私は特別にフェリのファンということではないけれども、それでもマノンについてはやっぱり、彼女以上に「マノン」だ、と思える人はいないだろうと思う。フェリの純真無垢でこれ以上ないっていうくらい可愛いマノン、純真ゆえに「残酷」で、徹底的に「自己中心的」で、「人の気持ちなど考えない」「お子様」のマノンが、私は好きで好きでなりません。マノンについては何度も書いてることなのでこれ以上書くのは止めにしますが、それにしてもやっぱり大好きだわ、マノンのことが、私は。ジュリエットの千倍は好きだと思う。そしてこんなにもマノンのことを好きになれたのは、唯ひとえにフェリのお陰なんだよね。「愛すべきお馬鹿さん」としてのマノンを、あれほどまでに魅力的に演じてくれた、03年新国での舞台を観られたことは、本当に一生の宝物として私のなかで残っていくことだろうと思う。彼女のジュリエットに関しては・・そうですね~、今現在は、正直そんなにも好きではない、かな?初めて映像での彼女のジュリエットを観た時には本当に感動しましたけど、今はそこまでではないかな。特に最初、バルコニーに出てきてロミオのことを思い出しているシーン、なんかあまりに「にやけすぎ」と言うか・・品がない、ように感じられてしまって・・ジュリエットは御大家のお嬢様なんだから、もうちょっと抑えた表現をして欲しいな~、なんて思ってしまいます。けど、フェリの「人間的」で、限りなく現代の女性(ほんとは少女ですけど)っぽいあのジュリエット像が、現代の観客の心を掴んで離さないのは当然だと思いますし、またああいう「等身大の」ヒロインを望んだのが他ならぬ振付家ご本人なのですから、あれはあれでよいのでしょうね。また特にマクミラン版ではジュリエットの乳母はとっても人間的で、実の母以上にジュリエットのことを思っていて、あんな乳母にた~っぷりの愛情を注がれて育ったのですから、「御大家の令嬢」という枠を外れてしまうようなヒロインであっても当然なのかも知れません。限りなく現代の女性っぽく、等身大のヒロインであるフェリのジュリエット(私はそれ故にあまり好みではないのですが)と、どちらかというと良家の子弟、という印象の方が強いボッレのロミオ。私のマイベストロミオ(マクミラン版の)はコレーラなので、彼に比べるとボッレのロミオは良くも悪くもずっと良家の子弟っぽい。私は新国でフェリ&コレーラの「ロミオとジュリエット」を観た時、正直コレーラがあまりに「ロミオ」なのに驚いたものです。本当にマクミラン版のロミオははまり役ですね。あの時の印象が強すぎて、ボッレのロミオはフェリとは逆に「品」があり過ぎるように見えてしまう。より王子様、というか(でも、これはこれで良いとも思います)。でもそこが、「マノン」のデ・グリューとなると全然無問題なんですよね。彼のデ・グリュー、よかったですね。05年、ロイヤル来日時に観た時には、正直あんまり印象に残らなかったのですが(まぁあの時は私がバッセルばかり観ていたせいもあるとは思いますが)、今度機会があればもう一度じっくり観てみたいものです。しかしそれにしても「バルコニーのパ・ド・ドゥ」の美しいことと言ったら!本当にため息しか出ては来ません・・
2007年09月26日
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少し前に、私の理想とするオデットって、「氷のように冷たいオデット」なんじゃないか、なんて書きましたけど、なんでそんな風に思うんだろう、と自分のことながら不思議に思えて、暫く考えていました。「無機的」なオデットがいい、なんて言ったり、多分世間の多くの皆さんの感覚とは違うのだろうな、と思います。私にとってオデットとは、多分「夢」の象徴なんだろう、と思います。永遠に求めて止まない「憧れ」であり、そして多分、失われた「幸福」の象徴でもあるのだろうな、と思います。要するにこの世界における全ての「美」の象徴なんですね。かくも特別なる存在なわけです、私にとってオデットとは。多分全てのバレエ作品の中で最も「美しい」存在だと思う。これほどまでに「美しい」ヒロインは存在しないだろう、と思う。同じように「美しい」存在でも、例えばオーロラなんかとは全然違うのね。オーロラは、彼女のことは「完全に」おとぎ話の世界の住人として捉えることが出来るし、その「美しさ」というのは「完全なる幸福」として捉えることが出来る。満ち足りた、この世で最上の、素晴らしい存在、それがオーロラ。まばゆいばかりの「光」に満ちた、「光」そのもののような存在。このような存在であるオーロラに対しては、完全に割り切って、その「幸福」に「光」に、包まれていたいと思うし、拍手を贈ることが出来る。一点の曇りもない、とはまさに彼女の為にあるような言葉だ。同じ「美しさ」でもオデットの持つそれとは完全に異質のもの。オーロラと比較するとよくわかるけど、オデットの放つ「美しさ」には必ず「影」が付いてまわる。「悲しみ」が付いている。そんなの当たり前じゃん、って言われるかも知れないけど、やっぱりオデットは「不幸」だ。不幸な身の上なのだ。いくら「おとぎ話」の世界の住人だと言っても、人間ってやっぱり「不幸」な人に対しては関心を寄せてしまうのね。「完全に幸福」な人には多分関心なんて寄せないと思うけど。人間って、やっぱりどんなに幸せそうに見える人だって、100%「完全に」幸せなんてことはあり得ないし、生きていく以上「悲しみ」は常に付いてまわる。オデットはその「悲しみ」の象徴でもある。不幸のどん底の筈なのに凛として気高く、ノーブルな佇まいを崩すことのないお姫様。いつ訪れるとも知れない救いを待ちながら、悲しみと絶望に打ちひしがれながらも、なお白鳥の女王としての品格を失うことのない「美しい」存在。そんなの逆に嘘っぽい、と感じられてしまうところもあるけど、やっぱりオデットはその「不幸」ゆえに「美しい」のだ。彼女がもし「不幸」でなかったら?多分「白鳥の湖」という作品はとっくの昔に消えうせてしまっていたことだろうと思う。オデットは常に「悲しみ」を抱えていて、もう永遠に元の姿に戻れる日は来ないだろう、という諦めの境地にまで達している。永遠に呪われた身なのだ。あまりに悲しく、辛く、どうしようもない。けど、自分とともに白鳥にされてしまった侍女たちの為にも、なんとかしなければならない。けれど、その「なんとか」は一体どうしたらよいのか、自分たちを助けてくれる人など現れるのだろうか・・堂々巡りの日々が続く。観客は、オデットの「不幸」を我が事のように感じてしまう。「不幸」を抱えた人にはどうしたって感情移入してしまうのだ。「幸福」な人には感情移入なんてしないと思うけど。
2007年09月16日
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マールイ(という言い方でまだよいのかどうか未だによくわかってないんだけど)の今年~来年の来日ツアー、なんと大阪でも「眠り」を上演してくれるそうで、めちゃくちゃ嬉しい!です。私がバレエを観始めた02年以降、マールイの大阪公演は「白鳥」を一日の内にマチネ、ソワレと連続で(主要なキャストは違いましたが)上演、というのがほぼ定番と化しており、いろいろな演目が上演される東京を、心底羨ましく思ったものです。それが一昨年辺りから、「白鳥」の他にも「ドン・キ」、「海賊」など、他の演目も持ってきてくれるようになり、とても嬉しいと思っていました。出来ることなら「バヤデルカ」を関西にも持ってきて欲しい、と思っていましたが「眠り」も持ってきて貰えてと~っても嬉しい!演目です。実はここのバレエ団の「眠り」って、一度も観たことないのですよね。かねがね観てみたい!と思っていた演目でしたので、本当に嬉しいです。あ~、来年が楽しみ♪オーロラは、ぜひともシェスタコワでお願いしたいな~。彼女のオーロラを観るのって、実は密かな夢だったんですよね~(ちょっと大げさ過ぎ・笑)。まぁ、シェスタコワじゃなくても観に行くつもりですが。ペレンでもエフセーエワでも、或いは他のダンサーでも、観られるだけで幸せですもん。けど個人的に、ペレンはオーロラよりはリラの精の方が似合うような気がするのでシェスタコワ@オーロラ、ペレン@リラの精、というのが理想のキャスティングですね~、私にとっては。いずれにせよ、とにかく楽しみです。秋以降のバレエ公演が今から待ち遠しくてなりません。
2007年09月16日
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マリインスキー歌劇場管弦楽団のツアーが今秋予定されているんですね~。実は今日初めて知って、めちゃくちゃ観にいきたい(聴きにいきたい?)!と思ったんです。11月6日の名古屋での公演なんですが、バレエ音楽プログラムということで、チャイコフスキー「白鳥の湖」より、ストラヴィンスキー「春の祭典」、プロコフィエフ「ロミオとジュリエット」、というバレエファンには堪らないプログラムなんですもの。特にプロコフィエフの「ロミジュリ」はバレエ音楽の中でも本当に大好きな曲で(ぞっとするほど美しい曲!)これを聴きに行くだけでもS席1万8千円・・の価値はある!と思ったんですよね。ゲルギエフ指揮によるマリインスキー歌劇場管弦楽団の「ロミオとジュリエット」は03年にキーロフバレエが来日したとき、実際に聴いた経験はあるのだけど、なんといってもあの時は「バレエ」を観る為に行ったのであり、音楽はあくまでそれ(バレエ)を引き立たせるための手段に過ぎなかった。主役はあくまで「バレエ」の方だったし、初めて生で観る「ロミオとジュリエット」の世界にすっかり引き込まれてしまい(くどいようだけどヴィシニョーワ@ジュリエットは素晴らしかった~、あ、勿論ファジェーエフ@ロミオも素敵でしたが)、音楽の方はそれほど記憶に残ってはいないのよね。今思えば、あの公演は普段のバレエ公演で見るお客さんよりも、ドレスアップしたお客さんが多かったような気もするな~。もう4年近くも前の話になるんだね。ほんと、月日の経つのは恐ろしいまでに速いよ。ということで、「ロミオとジュリエット」の音楽だけを、音楽のみを、是非とも聴きに行きたい!と思いチケット取ろうとパソコンに向かったところで・・ふと気がついた!え、11月6日、火曜日?それって新国の「椿姫」とかぶってるじゃん!って・・・ガガ~ン、ショック・・よりにもよってまさか「椿姫」と重なるなんて~(泣)。ザハロワの「椿姫」はこれはもう何が何でも絶対!観たい公演だから、外すわけには行かない。ザハロワの「椿姫」は初日にも観にいく予定ではあるけれど、なにしろ私はザハロワの信奉者(笑)。両日とも観にいかずにはいられないのだ。なのでマリインスキー歌劇場管弦楽団の方は諦めざるをえない。調べてみたけどこのプログラム構成なのは名古屋公演のみのようなので、他の日ではだめなんだよね・・うう、無念・・
2007年09月08日
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