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■流動資産と流動負債の関係ここで話した「在庫」や「売掛債権」あるいは実際に持っている「現預金」を合算したものが、いわば短期の流動性として、貸惜対照表の左側の「流動資産」の項目でまとめられている。これに対して、「買掛債務」や「短期借入金」あるいは「未払金」などの短期の負債が、貸借対照表の右側の「流動負債」の項目でまとめられている。経営者にとって大事なことは、この「短期の流動資産」と「短期の流動負債」の関係をきちんと考えて、計画的にそのバランスを保ちながら経営をやっていくことである。私が企業のバランスシートを見る時、「短期の流動資産」が「短期の流動負債」よりも安定して多い場合は、その企業は財務的に安定していると判断する。通例、流動負債を分母にして分子の流動資産で割った数字を「流動比率」と呼んでいるが、この流動比率は1以上なければならない。例えば、受取手形や売掛金が急に回収できない事態に陥って、「支払手形を落とせない」あるいは「短期借入金を返済できない」という時に、それを賄うだけの「充分な現預金や受取手形があるか」あるいは「すぐ売れる在庫を持っているか」という点が重要になってくる。これがあれば、急な支払いでも、すぐにカネを用意できる。言い換えれば、流動資産の方が流動負債よりも多いという状態を守ることによって、企業は会社を倒産させないで安定的に企業行動を続けていくことができるのである。今、銀行はいわゆる「貸し渋り」「貸しはがし」を恒常的に行なって、企業にとっては、以前のように、カネが足りなければいつでも銀行から借りてくるということができない時代になってきた。従って今後、企業は自ら流動性をつくって、手元に、ある程度の潤沢な資金を持たなければならない。その状態をどうやってつくるかということが、バランスシートをいじる重要なポイントになってくる。ところで、我々ファンドマネージャーは、手元流動性について、単に比率面だけではなくて、流動資産と流動負債の金額の差を非常に重視する。いわゆる「流動資産の総額」から「流動負債の総額」を引いた残高を「ネットの流動資産」と呼ぶが、この「ネットの流動資産」が多ければ多いほど、企業は安定的であると言える。つまり、その企業はキャッシュリッチ、いわゆるおカネがたくさんあって、いろいろな事ができるだろうと期待するわけである。ただし、たくさんの現預金を持っていても、何もしない企業が多いが、経営者が将来の戦略をどのように考えているかが重要で、金額の大小だけでは何とも言えないところがある。しかし、少なくとも将来の戦略をきちんと持っている企業にとって、キャッシュリッチ、おカネがたくさんあるということは大変良いことである。だから、我々投資家が企業を見る場合、まずキャッシュリッチであるかどうかを見るのである。アメリカの著名な投資理論家フィリップ・A・フィッシャーは、「流動資産から流動負債を引いた残高、いわゆるネットの流動資産の金額を発行株数で割った『一株あたりの純流動資産』が高い会社は、必ず株価は上がる。反対に、『一株あたりの純流動資産』が低い会社の株価はなかなか上がらない」と言っている。この考え方は、キャッシュフローの観点からいうと非常にいい考え方で、私もそれを使って株価の予測をしている。そういう意味で、企業が手元流動性をどれだけ豊かに持っているかということは、企業の存続性を示すバロメーターであり、さらに、企業の成長を資金面から支えることにもなり、結果として、株価も上がっていくという重要なモノサシになっているのである。ところで、日本には、手元におカネを持っているだけで何もしない企業も多い。こういうのも困った話であって、我々はこういう団体を企業とは呼ばず、単なる生業者組合でしかないといえよう。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)
2003.07.31

■Y社の在庫削減努力Y社は、地方の食料品製造会社で、資本金2千万円、従業員30数名の会社である。このY社のバランスシートを見てみよう。ご覧の通り、この5年くらいは、在庫の量が金額べースで一定で、ほとんど増えていない。その間、売上が増えてきているから、在庫の回転は上がってきており、在庫を減らす努力の成果がよく出ている。これは、大変良いことなのだが、一方で、売掛債権が、売上以上に端えて、売掛債権の回転が悪化している。これは問題だ。おそらく、新たな取引先を求めて売上を増やした時に、悪い支払条件を飲まざるを得なかったのだろう。この売掛債権の増加を、買掛債務や短期借入金の増加でなく、長期借入金の増加で、調達している。これは、資金調達上、問題なところだ。2000年3月期に、建物、おそらく工場を新設している。しかし、この建物建設によって、それほど総資産回転率が上がってこない。この設備投資が、果たして意味があったのか、少々疑問である。また、この設備投資と、子会社株投資、売掛債権の増加という総資産増加を、全て、長期借入金による調達に依存している。銀行の存続が次第に厳しくなる時代に、このような一方的な資金調達は、かなり危険な事であり、利益が薄いので、難しい事ではあるのだが、社債や株式による資金調達を考えていかねばならないだろう。悪い例も挙げておこう。意外に思われるかもしれないが、ホギ・メディカルだ。ホギの売上の増えた年、例えば96年3月期とか2000年3月期などは、製造費用が下がり、在庫水準も大幅に下がる。ところが、それに味をしめて、調子に乗ってつくってしまった製品が、翌年売上が落ちると、途端に在庫として積み増されてしまい、製造費用も増えて、利益が減る。数年ごとに、こういうドタバタを繰り返している。売上が立ってみないと何も分からぬ出たとこ勝負で在庫を持っている。つまり、在庫管理に値する管理がなされていないわけだ。このような在庫の混乱は、ホギが成長株を志しているためである。つまり、ホギは10年くらい市場を席巻する高度成長製品を断続的に出してゆくことを、企業戦略、ビジネスモデルとしている。丁度この頃は、デュポンのソンタラを材料とした手術衣が成熟化し、次の成長製品を捜していた頃で、そのR&Dに企業資源は集中されていた。ホギにとって、在庫の適正管理による利益の安定確保というようなケチな話は、どうでもよかったということである。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)
2003.07.30
【法則2】在庫を毎年一日分でもいいから減らしていく■在庫は両刃の剣会社経営にとって、在庫は大きな意味をもっている。なぜなら、経営の核心であるキャッシュフローに、在庫の増減が直接影響するからである。言い換えれば、在庫というものは企業の利益にとっては両刃の剣である。売れている、あるいは売れることが見込めれば、当然、企業は在庫を増やす。しかし、思い通りに売れないと在庫はたまってしまう。いわゆる、売れているので積み増す「前向きの在庫」もあれば、売れないので積み残る「後ろ向きの在庫」もあるというわけで、今ある在庫がどちらなのかというのは、なかなか一概にはいえないところに、難しい問題がある。「後ろ向きの在庫」は、売れなくて必ずキャッシュフローにも悪い影響を与える。「前向きの在庫」についても、売れているからといって必要以上にたくさん在庫をもつことは、利益を傷つけるし、キャッシュフローも悪化させる。要するに、在庫というものは「前向き」であれ、「後ろ向き」であれ、利益の圧迫要因になるということである。しかし、在庫がないと売ることもできないわけだから、企業にとっては両刃の剣になって、それをどう処理するかというのは企業経営にとって非常に重要にして難しい問題である。ただ、「前向き」であれ、「後ろ向き」であれ、とにかく在庫は減らしていった方がキャッシュフローは良くなることは事実である。今の厳しい状況では、多くの会社が在庫を減らそうという努力をしているが、どの在庫を減らすかということが重要なポイントとなる。経理や財務の発想でいくと、一律に在庫を減らそうとする。日本人というのは、一律減反なら納得するという変なところがあって、あれは良くてこれは悪いという話がなかなか通じない。いわゆる、全部一律で10%減らすということになると、どこの部門も納得する。この一律減反主義は、企業経営にとっては大変危険なことである。原則は、売れるモノの在庫は増やさなければならないが、売れないモノ、いわゆる死に筋といわれる在庫は減らさなければならない。従って、経営者はこの二者択一をきちんと社内で指導しなければならない。それを怠って、在庫は悪いからといって、売れるモノも売れないモノも一律に同じ比率で減らすというのは、まさに杓子定規でしかない。これをやっていると、売れるモノも売れなくなってしまう。経営者は、いったい何が売れているのか、売れていないのかを見極めねばならない。大体、企業の中で売れているモノを見ていくと、一般に2割ぐらいの商品で8割ぐらいの利益を稼ぐというのが普通であるから、売れていない8割は、どんどん切っていくべきなのだ。ある小売の会社を訪問した時、かなり在庫が多かったので、減らす努力をするべきだという話を社長にした時に、そこで一番問題になったのは、売れているモノを仕入れようとすると、同じメーカーから売れていないモノも抱き合わせて押し込められるということであった。これはまさに、一緒になって倒産しましょう、というような動きであって、売れるモノを仕入れるのは売れるからであって、それと抱き合わせで売れないモノまで押し込まれたら半年とか一年に渡る在庫となって滞留することになるから、経営者は絶対許してはいけない。断固売れないモノは買わない、売れるモノしか買わない、ということをきちっと政策的にやっていかないと、先方のメーカーあるいは問屋も、何が売れて何が売れないかの選別ができなくなってしまう。すると、共倒れになる危険があって、そうなっては元も子もない。売れるモノも、売れないモノも、抱き合わせて一山いくらでというやり方は、お互いにとって不幸であるし、消費者の意向がメーカーまで届かないということでメーカーにとっても不幸なことなのである。ところで、在庫管理というと、多くの方がPOS(販売時点情報管理)を思い浮かべることだろう。しかし、POSは商品の売れ行きをリアルタイムで示す、一つの機械的システムに過ぎないことを理解しておかなければならない。パソコンやインターネットもそうだが、機械化、IT化が全ての問題を解決するわけではない。その道具を経営者がどう使うかが重要である。だから、POSが示す膨大な情報をどう解釈し、どう対応していくかは経営者の考え方次第なのだ。現に、あのダイエーもイトーヨーカ堂と同様のPOSが入っているが、在庫量は10日分も違っている。その差が、今日の両者の明暗になっているのである。そして、在庫削減は日頃からやっていないと、急に在庫が増えたからといって減らせるものではない。イトーヨーカ堂も「乾いたタオルを絞る」と言われるほど、長い期間にわたって徹底的にやってきた。経営者としては、自社にとって、売上の何ヶ月分、あるいは何日分が適正な在庫水準なのかを、いつも合理的に判定し、それに向けて常に努力をしていかなければならないのである。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)
2003.07.29

■D社の売掛債権の回転悪化ここで、実際にD社のバランスシートを見ながら、問題点を考えてみよう。通常、私が会社のカネ回りを見る場合、5期にわたるバランスシートを並べて検討しているが、ここでは、特徴的な2、3期と項目を選んで掲載することにする。D社は、資本金22億円、従業員450人の機械器具卸売業の会社である。D社の場合は、常に売掛債権が買掛債務よりも大きくて、いわゆる、流動比率あるいは当座比率が、必ずプラスになっている。そして、その比率が次第に高くなっていく傾向にある。これは基本的には安定している状態であるのだが、D社の一つの問題は、この売掛債権の回転が途中で急に悪くなっていることである。もともと、D社はあまりメーカー的な仕事はしていなかったが、おそらくM&A(企業の合併、買収)によって新たにメーカー部門が入ってきた、あるいは大きくなってきたと思われる。そして、このメーカー部門の売掛債権、受取手形および売掛金の回転が他の部門と比べて悪いと推測される。これは、いわゆるメーカー、モノづくりの会社の大きな問題であって、現在、ハイテクの優良企業といわれる会社が意外に古いタイプの支払手形を出しており、それも120日という期日の長い支払手形を平気で乱発している。つまり、資金繰りの苦しさを、サプライヤー(部品供給者)に押しつけていて、カネづくりの面でいえば、どこがハイテクかと言いたくなるような、極めて古い事をやっているのである。そういう会社と取引すると、非常に長い受取手形および売掛金を受けてしまって、資金の滞留が生じ、カネ回りが悪くなるということがある。本来なら、この受取手形や売掛金をもっと短くするようにしなければならない。そのためには、二者択一の交渉をし、長い受取手形を短期化して期日を早くしてもらうために値段を割引する、つまり価格を安くするというやり方である。迂闊にダンピングして売上を取るということよりも、値段を安くするからカネは今月末とか来月初めには払ってくれ、という交渉をするのである。つまり、カネ回りを良くするために、あるいは先方の倒産リスク、貸倒れリスクを避けるためにも、少々値段を安くするとか、金利分を割り引くなどしてでもカネを早く回収するようにする。これは、金融機関による手形割引よりも、よほど安全な方法である。とにかく、支払いの悪い会社というのは、大体ロクな会社ではない。いわゆる長い支払手形を出して、その回転差資金を取ろうとするのは、キャッシュフロー上に何らかの問題があって本当の利益が出ないから、支払手形の期日を延ばしてカネ回りを良くしようとするからである。昔から、業績が悪化した時には、多くの会社で先方への支払いを一ヶ月延ばしてなんとか凌いだという話がたくさんある。とにかく支払いが遅い会社というのは明らかに利益が出ていない会社である。そういう会社と長く付き合っていると、現在のようなデフレ不況期には、いつ倒産されて貸倒れが起こるか分からない。そのためにも、資金の回収というのは急ぐべきであり、売掛金あるいは受取手形のサイトを短くするためにも、場合によっては値段を安くする。あるいは、そういうサイトの長い会社とはもう縁を切るとかの形で、全体の中の受取手形および売掛金つまり売掛債権の期日を早くして回収を早くすることが基本である。これが現在のようなデフレ期の企業のキャッシュフロー政策として非常に大事なことである。D社は平成13度のM&Aのために、資金が必要であったから、長短の借入れと転換社債で賄った。このM&Aの結果、利益率は上がってはいるのだが、総資産回転率は急落してしまった。また、転換杜債は、急速に転換されてしまい、資本金が急増して、株式の資本コストが上がってしまった。これに対応するには、かなりROI(Return on Investment:投資収益率)の高いM&Aを仕掛けるか、あるいは株価の低い時に株式の買い入れ償却をして資本金を減らす必要がある。また、その後も長期借入れが増えているのは、あまり誉められた語ではない。潤沢な資金を持っているのだから、無借金でやっていけるし、M&Aで必要となれば、その時に借入れを起こせばよいのではないか。(後略)(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)(余談) このD社は、短期間のうちに、店頭公開→東証2部→東証一部へと 階段を駆け上がった秀吉社長の会社だと思う。 (秀吉社長の評判はすこぶる良い。ある人は後光がさしていると言っていた。) 資本コストを下げるため、自社株買いは積極的に行なっているようだが、 最近、一部報道機関より「同社の業績予想について、計画に達しなかった のではないか」などと報道され、警戒感が高まっているようだ。 (僕はまだこの株には触っていない。)
2003.07.28
■債権債務のマッチング優秀な会社でも、バランスシートをよく見てみると、買掛債務、いわゆる支払いが長い会社がよくある。売掛債権は2~3ヶ月であるにもかかわらず、買掛債務が5~6ヶ月を超えるなどというところがある。つまり、支払いを引き延ばしている間に、金利を稼いでいるわけである。明らかに、支払いを遅くして、資金繰りを楽にしようと思ってやっていることだが、こういうことをしていると、取引先に喜ばれない。突然、買掛債務の期間が短くなってきた時に、資金ショートを起こしてしまうことになる。従って、社長としては、売掛債権と買掛債務の期間差を1ヶ月ぐらいに置きつつ、両方とも短くしていくことに努力していくべきである。反対に、回転差を長くして、つまり、買掛債務の期間を長くしようとするのは邪道である。買掛債務というのは、支払うべきカネであって、もう他人のカネである。他人のカネはさっさと早く返すべきものだ。そうしないと、必ずしっぺ返しがいずれやってくる。おまけにデフレの時は、買掛債務は必ず短くなっていくものである。そして、債権債務の支払いと同収期間のマッチングで一番重要なことは、言うまでもなく支払手形の期日に対して、売掛債権が同日に十分に入っていることである。支払手形を出すこと自体は、倒産の原因ではない。問題は、出した手形はもう他人のカネだと認識して、それにマッチするよう売掛金の管理をきっちりとするかどうかである。これが上手く出来ない、ということであれば、そもそも支払手形を切らない、つまり物理的に資金流出のバルブを締めてしまうのも、不渡りを出さない一つの手段であろう。皮肉なことに、現在、問題になっているいくつかの不動産会杜も、手形を使わない通例があって不渡りによる倒産がないため、かろうじて首の皮一枚で助かっている。我々プロの投資家は、企業の債権債務のマッチングを極めて注意深く見つめている。この指標が極めていい加減な会社には、いかに増収増益が予測されようとなかなか投資する気にはなれないのである。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)
2003.07.27
【法則1】売掛債権の回転を早くする■無理な「売り」は恐い会社経営では、売上が立ったけれども、そのおカネが回収されないものは売掛債権(受取手形と売掛金を足した合計)としてバランスシートに記入される。そして、私が企業のバランスシートを見る時は、真っ先に、売掛債権と買掛債務の項目に注意して、その企業の問題点をそこからえぐり出そうとするのが常である。なぜなら、キャシュフローを大きく変動させる要困の主なものが流動資産で、その中でも最大なものは、売掛債権と在庫の残高だからである。私の考えでは、この売掛債権は最も重要な要素であるにもかかわらず、経営者が最も軽く見ているものである。言い換えれば、今回の不況に生き残るには、売掛債権を減らすことによって流動資産を圧縮し続けることが重要である。さもないと回転差(期間差)資金がなくなって、資金繰りが急速に悪化してしまうからだ。売掛債権とは本物のカネではない。そういう意味で、経営者は「現金」というものが経営にとって、とても意味の深いものだということを肝に銘じる必要がある。そして、私が売掛金にこだわるのは、あくまでも売上の性格を掴まえたいからである。もちろん売上が立たないと、利益は出ない。しかし、売上が増えたとしても、利益が増えるとは限らないことに注目せねばならない。無理に売上を増やそうとすると、大幅な値引き販売になったり、売上の回収期間が長くなったり、金利負担が増えたり、あるいは取引先が倒産して焦げ付いたりすることがある。これはお客の顔色を見ながら、2割引、3割引と売値を割り引いていく日本の伝統商法ではよくあることだ。特に、この長い不況の中で、販売条件をさらに悪くしてでも、売上を取ろうとする企業が多い。しかし、こういう商売をやっていると、次第に本当の利益が分からなくなってくる。いわゆる、「骨折り損のくたびれ儲け」になって、忙しそうにみんな働いているが、働けば働くほど、知らぬうちに損が累積していく。こういう会社が資金繰りに苦しめば、たちどころに倒産してしまう。また売掛債権のサイトを長くすれば、客は喜ぶだろうが、回収を無視して売上を伸ばせば、必ずカネ回りは悪くなる。売上というのは、売り手にとって二重の性格をもっており、喜ばしいとともに恐ろしいものなのである。ところが、売上至上主義の経営者は、損を覚悟の売上や回収が長くなるような売上のもつ恐ろしい性格をわきまえていないから、売掛債権のコントロールが苦手である。この点で、医薬品卸大手の東邦薬品・故松谷義範会長は、売掛債権のコントロールに長けた名経営者であった。これまでの医薬品卸業界は、得意先である医師へ売り込むために、極端な増量サービスや長期の手形決済などで対応するのが常であった。業界ではプロパーと呼ばれる営業マンは、自社の薬品をなんとか買ってもらおうと、他社との増量競争や手形の延長競争に走り、利益なき繋忙を続けていたのである。そこで、松谷会長は、売掛債権の回収期間の適正水準を設け、水準を超える債権については、独自の金利をかけ、予定粗利益額から金利分を差し引く仕組みをつくったのである。回収の遅い売上について名目上では多少の利益が出ていても、金利を引かれると赤字になる。それによって、給料やボーナスにまで反映させる仕組みだから、たちどころに営業マンの意識を変えることに成功したのである。不況が深刻になればなるほど、営業マンは目先の売上を取るために、法外な値引きや回収の長期化に走りがちになる。ここで経営者が、売上のもつ恐ろしい性格を知っていれば、利益の出ない売上や回収できそうもない売上をいかに減らすかに腐心するはずだ。営業のキャッシュフローという視点から、売掛債権のコントロールに長けることは、このような厳しい時代にこそ、より重要なことになるわけである。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)(余談) 東邦薬品の故松谷義範会長の経営思想については、 『キャッシュフローで会社を強くする』大竹愼一著(フォレスト出版) に詳細が記載されていますので、ご興味がある方はどうぞ。 僕も東邦薬品株は持っていたが、もう売ってしまった。 最近の注目は、第一製薬。 まあ、見てのお楽しみ。 (但し、日本もアメリカもマーケットはピークを越え、調整局面に 向かっているので、全般的に要注意。)
2003.07.26
■PLは操作しやすいそもそも、PLの問題というのは、一つには日本の会計基準の矛盾があって、利益をいろいろと操作ができる点にある。いわゆる、経常利益とか純利益を、そこへ行く前のプロセスを適当に操作して変えることができるところに大きな問題がある。元来、日本人は人為的に操作することが好きで、いわば、本当の実態が表に出ないように実態を隠してしまう。実態を隠すのは、利益を減らして税金を多く払いたくない、利益を減らせば配当を多く払わずに済むという心理が働くからだ。ここに利益を操作する大きな要困がある。とくに、日本の経営でPLに関する大きな問題とは、第一に、減価償却が大きいこと。キャッシュフローから減価償却を差し引いたものが利益になるわけだが、一番簡単に利益を隠すことができるのは、設備投資をして償却費を積み上げることである。減価償却が大きくなるとそれだけ利益が大幅に減るからだ。この操作が入ってしまうと、実際にどれだけ会社にカネが入ってきているのかが分からなくなる。だから、減価償却を差し引く前の実態がわかる数字が必要になる。つまり、税引後利益に減価償却費を足した数値、これを狭義のキャッシュフローというが、この数字の推移を見ていけば、その時点でいったいカネがどのように回っているかが分かってくる。あるいは、原価を出す時に減価償却を個別で計算してコストを出すのだが、このコストを考える場合にも、どちらかといえば、減価償却を引く前の数字の方がより会社のコスト構造が分かる。そして、減価償却についての根本的な問題とは、黒字減らしのために減価償却を積み上げるという経営にどうしてもなりがちで、結果的に、余計な設備投資をやってしまうことである。これは、日本の経営における大きな問題の一つである。PL上で減価償却が大きいというのは問題であるし、減価償却を差し引く前のキャッシュフローを見ている方が、本当の利益に近い数字になっている。第二に、日本ではいわゆる取得原価で簿価を考えることである。いわゆる、原価主義の会計は、「含み益」「含み損」が基本会計の中に残ってしまう。これがまた大きな利益操作の原点になっている。それについては、日本も今ようやくルールを変えつつあるが、いまだに十分ではない。アメリカでは、いわゆる時価主義がとられているが、私は日本が時価主義でやるのは、難しいと思う。日本のように、資産の中にいろいろと値段が動くものが入っている場合では、時価で考えるのはやっかいな問題で、日本でもだんだん使われるようになった低価法がいいだろう。つまり、簿価よりも時価が下がった場合のみ簿価を切り下げていく。いわゆる、含み益については基本的には無視するけれど、含み損をつくらないように低価法で簿価を変化させていくやり方である。その際、現行の商法あるいは税法で認められていないことであっても、つまり税金を払って有税償却をやってでも、含み損をバランスシート上から落としていくべきである。重要なことは、商法や税法に凝り固まった経営をするということではなく、会社の状況をきちんと表す財務諸表をもって経営をやっていくことである。この点をはき違えてはいけない。そういう意味で、経営者は「そもそも企業の経営実態をあらわす数値は操作できないものと心得て、本当の利益を上げていくために自ら努力する」という姿勢を持つべきである。ただ、PLが企業の実態を表わさないこともあるのは、日本に限らず、世界中どこでも起こることだ。アメリカでもエンロン事件が起きて、企業の発表利益がかなりいい加減だということが分かってきた。エンロンは損益計算書(PL)を操作して、あたかも利益が出ているかのように見せかけたのである。この事件は、アメリカでも、損益計算書(PL)だけを見ていると、会社の本当の利益がどうなっているのか、よく分からないことを示している。しかし、バランスシートを元にキャッシュフローべースでPLを見ていけば、必ずおかしいことに気がつく。では次から、具体的に、キャッシュフロー経営のやり方を見ていこう。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)
2003.07.25
■カネ回りをバランスシートで見るでは、会社の本当の実態をあらわすカネ回り(キャッシュフロー)が一体どうなっているのかを何で見ればいいのか。つまり、キャッシュフローの静態的な状態をどうやって見るのかというと、それは数期分のバランスシート(BS)の変化を見れば分かってくる。ところが、一般的に、経営者はバランスシート(BS)をあまり重視していない。一方の損益計算書(PL)に大きな関心を持っていて、結果として利益が出たかどうか、結果として売上が上がったかどうかというところだけを問題視している。基本的に、損益計算書(PL)で出る利益というのは、つくられた数字、いわば帳簿上の数字であって、利益が上がったから、カネが会社に増えていると思ったら大間違い。実際のカネと利益というのは直接には関係がない。だから、損益計算書(PL)を見ただけでは、会社の実態がどうなっているかは簡単には分からない。いわば、絵に書いた餅の状態で、本当に儲かっているのか儲かっていないのかということは、バランスシート(BS)を見ないと分からない。もちろん、損益計算書(PL)で利益を出すことは非常に大事なことであるが、その利益を出すためにどうしたらいいかを考える場合にも、バランスシート(BS)が必要なのである。というのは、損益計算書(PL)で利益を出すためには、一つは、売上を増やさなければならない。これは確かに重要なことであって、売上を上げるべくいろいろな手を打っていく。それと同時にコストを下げなければならない。そして、売上とコストの差であるマージンを上げなければならない。このような課題が損益計算書(PL)から出てくる。そして、その次の問題として、「そのコストを下げるためにどうしたらいいのか」「マージンを上げるためにどうすればよいか」あるいは「その売上の良し悪しの中味を検討するにはどうしたらいいのか」ということになってくると、これは損益計算書(PL)を見ていても分からない。そもそも、損益計算書(PL)は毎年新しい期を迎えると、すべての項目がゼロからスタートする。一方のバランスシートは、創業以来の数字の積み重ねである。従って、5期分ぐらいのバランスシートを並べて見てみると、その会社が持っている独特の体質やクセが分かってくる。例えば、「売上の割には、在庫を多く持つ体質」だとか、「安易に借入れしてしまうクセ」だとか、その他もろもろの性格が分かってくる。これらの事は、損益計算書(PL)だけを見ていても、決して分からない。バランスシートを数期にわたって調べないと分からないのである。本来は、将来のバランスシートがどうあるべきか、そして、それをどうやってつくるのかを考えていくことが経営の理想である。そのためには、将来のバランスシート、いわゆる目標バランスシートをきちっとつくって、それに向かってどうすればいいのかを考えていかなければならない。すると、その会社の経営政策というものがはっきりしてくる。そして、バランスシートが良くなった会社というのは、確実に損益計算書(PL)も良くなる。逆に言えば、いい加減なバランスシートのままで放っておけば、高い確率で損益計算書(PL)の利益は出てこない。いわゆる、瓢箪から駒で、運が良くて新商品がヒットして一時的に売上が増え、利益が出るということもあるが、そのようなラッキーな場合を除けば、まずバランスシートが悪いまま損益計算書(PL)で利益が上がってくるということは非常に難しいといっていいだろう。ただ、バランスシート経営、あるいはキャッシュフロー経営というのは、それなりに技術的にも難しいし、社長が得意でないということは現実にはよくある話である。その場合には、カネ回りを責任もって実行する人を別にパートナーとしてもつ。CEO(最高経営執行役員)とCFO(最高財務担当役員)というようにパートナーを組んで、会社の中の仕事を分担するというのもいいだろう。いわゆる、CEOが新製品や新製法の研究開発あるいは販売に集中し、CFOがカネ回りに集中するというやり方である。ただし、CEOである社長が、CFOのやっていることを全く知らないというのはとんでもないことであって、やはり、社長であるならばバランスシートぐらいは読めて、その項目のどこをどういじるとキャッシュフローがどう動くかということについて、絶対に掴んでいなければならない。ところで、ある時、ある社長に、次のように言われたことがあった。「中小企業の経営は、社長の人間力でやるものであって、大竹さんの言うようなバランスシート経営なんかではない」と。そういう考え方に対しては、「バランスシート経営というのも人間の力であって、社長がバランスシートを重視して、キャッシュフロー経営をやるかどうかというのも社長の人間力の問題になる」というのが私の考えである。つまり、そもそも社長の人間力とは何かという問題にぶちあたるわけだが、営業力があるとか、情に厚く人望があるとか、ラッパを威勢よく吹くことができるとか、そういう点も人間力といえるが、やはりバランスシート経営をしっかり実行できる人こそ人間力のある社長ではないだろうか。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)
2003.07.24
■本当の利益とは何か10年以上昔、私が経営者の方々に「キャッシュフロー」が会社経営にとって決定的な要因だと主張しても、なかなか理解してもらえなかった。それが最近になって、ようやく日本でも「キャッシュフロー」という言葉が使われるようになってきた。しかし、言葉としてよく使われるようになったものの、その意味を本当に現解して経営に生かしている経営者は、いまだに少ないのではないだろうか。そもそも企業経営とは、初めに株主からカネを集めて生産や販売活動を行ない、一年後の会計年度末に投入した額よりも多いカネを生み出す。そして次年度で、その儲けたカネを再投資して、さらにプラスαのカネを生み出すということである。これを繰り返すことが経営者の使命であり、それ以上でもそれ以下でもない。そして、このようなカネ回りが、キャッシュフローと呼ばれている。多くの人が、このキャッシュフローを帳簿上の利益と勘違いしているが、帳簿上の利益とは見せかけであり、本当のカネの出入りではない。キャッシュフローの方が、会社の本当の姿をあらわす「本物の体温」になっている。当然、このカネ回り(キャッシュフロー)は、必ずプラスで増えていかなければ会社は大変苦しい状況になる。たとえ利益が黒字であっても、キャッシュフローがマイナスになり、カネが回らなくなると会社は倒産する、いわゆる黒字倒産が起きてしまう。従って、好循環のカネ回りを続けられるかどうか、そして、利益を内部留保金として残して純資産を増やし、自己資本を厚くするという、さらに大きな好循環(キャッシュ→利益→自己資本)を続けられるかどうかということが、企業経営の根本になるのである。では、何のために利益を固めていって、自己資本を上げなければならないのか。これは赤字を出したときに痛烈にわかる。仮に、自己資本が少ないという状態で利益を出さず、あるいは、利益が出ても社内で無駄なことに使ったり、本業でないものに投資をしてしまって赤字を出したら、どういうことが起こるか。言うまでもなく、いっぺんで債務超過になる。債務超過になるということは、倒産するということである。本書の読者には関係がないだろうが、会社を遊びでやって、儲かったらカネをばらまいて、あとはどうでもいいという気持ちで経営をやる場合は、別に好循環のカネ回りなど、どうでもいい。しかし、まともな経営者にとっては、会社を潰さないためにも、利益を毎年出して、自己資本を厚くしていくことは非常に重要なことである。とにかく、自己資本が厚ければ厚いほど、一朝事が起こって環境が悪化し、赤字を回避できないという事態に陥った時でも、その赤字を吸収した上、簡単には債務超過にならない。この好循環のカネ回りを長期にわたってできるかどうかということが、「いい会社」か「悪い会社」か、あるいは「強い会社」か「弱い会社」かを分ける基準であって、その点に関していえば、日本の会社だろうとアメリカの会社だろうと実質的には同じことである。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)
2003.07.23
■決断を遅らせるとトコトン苦しむ経営者の大事な仕事は、意思決定、決断であって、大事な意思決定、決断を大事な時にきちっとすることができるかどうか。これが経営者にとっては、非常に重要なポイントである。現在の日本の一般的な経営者の問題というのは、その大事な決定をなるべく避ける、なるべくなら厳しい痛みの伴う決断をやらないで、なんとか、なあなあでうまく乗り切りたいという考え方がかなり強い。そういうところは、ある意味で女性的であるのかもしれないが、やはり経営者である理由というのは、非常に大事な時に、まして苦しい時にやらねばならない決断をするということである。もし、それを避けて決断を遅らせていると、トコトン長い間苦しむということに陥ってしまう。現在、失われた10年と言われている90年バブル以降の長期デフレの時代で、ここで苦しんでいる理由というのは、やるべき時に意思決定をきちっとして、決断をして行動しなかったからである。それが、この10年のデフレ、失われた10年に突入してしまった一つの大きな要因でもある。そして今、というよりは、この過去10年の間、それからおそらく今後10年の間、経営者にとって非常に重要になることは、やはり不良資産を早く整理すること。自分の会社の中で限られた資源を有効なところに集中することであって、これは単に経営者だけでなくて、私のようなファンドマネージャーにとっても、いわゆる「損切り」を早くさっさとやってしまうことである。この「損切り」をやるべき時にきちっとやっていけるかどうかで、我々ファンドマネージャーのパフォーマンス(運用実績)は決まってくる。このことは、経営者でもファンドマネージャーでも同じ事である。だから、経営者にとって重要なことは、利益を上げるとか良いことをするとかということよりも、問題のあるまずい部門をどう処理するか、これが今の厳しい状況におかれた経営者が、自分の能力を集中すべき大事なところである。この過去10年の間、日本の問題というのは、供給過剰、つまり生産能力があまりにも過剰になってしまったことが大きな問題であって、それは工場などの資産、余分にたまっている在庫、それから資産に対してバランスシート上の右側に対応している、いわゆる借入金といったものをさっさと減らしてしまうことである。従って設備も、使っていない工場、そういうものはさっさと閉鎖する。もう売れない在庫はさっさと廃却してしまう。それに伴って右側の融資負債もさっさと返してしまう。いわば、現在うまく回っているところをよりうまく回すよう手を入れること以上に、今まずいところをさっさと片をつける。こういうことをきちっとやれるかどうかということが、経営者にとっては非常に重要な問題ではないかと思う。しかし、このモノとカネとヒトを減らして総資産を圧縮するということが、なかなか手をつけられない。とくに日本の経営には、ヒトを減らすということができない。このヒトの問題については、日本の経営者でも大事なことを忘れていて、単に首を切るとかヒトを減らすということが重要なのではない。結局、バブルの時と過去10年の間で、いわゆる間接部門にヒトが非常に増えてしまった。これは資産の項目でも非常に重要な問題なのだが、たとえば本社あるいは本部を非常に肥大化させてしまって、いわゆる総務とか人事とか経理などの間接部門を配置してしまった。ここにその大きな問題があるわけで、何も会社の人員を一律に減らしていくということが、意思決定の重要な問題ではない。かつての高度成長期ないしはバブルの頃というのは、パイが膨らんでいったので、余分な人員を抱えてもやっていけた。その結果、直間比率が悪くなって、間接部門いわゆる本社部門が膨れあがった。ところが、今のようなデフレになって、パイが小さくなっていく時というのは現状の生産部門やあるいは販売部門で、この肥大化した間接部門を食わしていけない状況になっている。だから、首を切ればいいのかというとそういう問題ではなくて、その直間比率を変えて本社で紙にいろいろな稟議書を書いているような間接部門にいる過剰なヒトを本来の直接部門に動かしていく。いわゆる生産とか販売とか開発などの、付加価値を生む部門ヘヒトを移していくということが重要なのである。これについては、経営者がそれなりに重要な意思決定をしてやらないと、とても自動的に動くものではない。ほっておいたら絶対に間接部門は減らない。手をこまねいでいると、間接部門はどんどん肥大化していく。いわゆる官僚は、自分の仕事を勝手につくるというところがあるが、そうやって増えてしまったヒトを付加価値を生むヒトが食わしていかなければならない。これについても、経営者が意思決定をしてどんどん本社部門を減らしていく。これができないことが、今の日本の多くの企業がトコトン苦しんでいる理由でもある。アメリカに、いわゆる屑鉄から鉄をつくっているニューコアという従業員約8600人のアメリカ最大の鉄鋼会社があるが、本社にはたった24人しかヒトがいない。それと比較して新日鐵あるいは神戸製鋼所には本社に何人のヒトがいるのか、こういうことを考えるとなかなか面白い問題である。ニューコアという会社には、現業にいない限りは付加価値を生まないから、ヒトをみんな付加価値を生む現業に配するという独自の文化があって、そのこと自体は決して難しい事でも何でもないという会社である。それくらいのことが、日本の企業でもできるかどうか。日本でも、大企業ではなくて中規模の企業の中には、やはり本社部門をぎりぎりまで減らして、いわゆる小さい本社でやっているところも最近は出てきている。そういう企業は明らかに、こういうデフレ不況の時代でもかなり良い業績を継続的に上げている。問題は、とにかくヒト、モノ、カネの配置をどう効率的および合理的に配するかということで、いわば今まで過去、成長期からバブル期にかけてやってしまった無駄な配置ではとてもやっていけないというのが今の時代であり、そういう状況がわかれば、その無駄な配置をどうやって転換し切り替えていくかということになる。これは、経営者が意思決定をし、決断をしない限りは、なかなか話が始まらない事で、それをやるのはあくまでも経営者であり、実行させるのも経営者である。そして、そのことからいろいろな理由で避ける、例えば「自分の目の黒いうちは人に嫌われる事はやりたくない」と思っているのならば、その会社はトコトン苦しむし、そこにいる人々もトコトン長い間苦しんでいく事になるだろう。従って、今の時代というのは、経営者がやらなければならない重要な意思決定を早めにさっさと決断してしまって、そして実行する。それをしない限りは、いつまでもひどい目にあうということになるのである。(後略)(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より) 意思決定・決断をきちっとやり、ヒト・モノ・カネの配置を効率的・合理的に 行なっている企業の例としては、SFCGが挙げられる。 ただ同業には、エラーの多いロプロ(旧日栄)などがあり、イメージ的に 好かない人も多いようだが、守りが堅く、勝ち残る会社だと思う。 興味がある人はこちらをどうぞ。 http://www.sfcg-ir.com/jp/contents/message.html
2003.07.22
■感情に従うな数字に従え今まで話した原則論というのは、単に言葉で表現できるだけでなく、きちんと数字で表せる事柄である。例えば、「キャッシュマージンを何%で走るのか」「総資産回転率を何回でやるのか」「在庫の回転は何回」「売上高在庫比率を何%」というふうに、いろいろな数値がある。そして、このような基準あるいはターゲットをつくっておいて、それをどんな時でも守る。これが非常に重要なことであって、そうすると景気が良かろうと悪かろうと、結果的に儲かることになる。例えば、イトーヨーカ堂グループは、日本中がバブルで浮かれている時でも、在庫削減を主目的にして、10年以上にわたる徹底した業務改革をやり、1984年に在庫日数が、28・2日だったものを、1993年には18・4日に減らした。数字でいうと、たかが10日であるが、これは大変なことで、まさしく血のにじむような努力を積み重ねた結果である。この10日分の在庫が減るということは、10日分のカネが浮いて、その分、運転資本が増えるということである。資本主義社会の中で、借金をせずに運転資本が増えるということは、大きな意味を持つ。例えば、今までやりたいと考えていた色々なことができるようになるし、借金の返済もできるし、買掛金を早めに支払ってもよいし、設備投資や新規出店も外部からカネを調達せずに自社のカネでできるし、内部留保を厚くしてもよい。このように、イトーヨーカ堂グループは、在庫をはじめとしていろいろな自社固有の基準、守るべき数値をきちんと持っている。反対に、何の基準も数値も持っていないと、景気が良くて、うかつにも、カネさえあれば設備投資をして増産をやったり、新しい店舖展開をやったりする。今までは、変に土地があったりすると銀行はすぐ貸してくれたので、そんなにカネづくりに苦労しなくてもカネは準備できた。そして、やった途端に景気が悪くなってきて、いざやろうとしたらもうマーケットが縮小していて、売上が思うように立たない。結果、残った借金が経営を圧迫するということになる。それを「資産回転率いくら」「設備投資と減価償却の比率をいくらにおいて、基本的にキャッシュフローの範囲内で設備投資をする」という原則的な基準をもって守っていれば、景気がいいからといって、投資をそんなにやたらめったらできない枠組みがはめられてくる。仕方ないから、その範囲内で増産設備投資をやろうということになると、景気が悪化してもそれほど大きいダメージは受けずに済むということになる。だから、景気が良かろうと悪かろうと、一定の基準、それもはっきり数字に表われた基準をもって、その数字に従って行動する。どういう時でも感情で動かない。こういうパターンをとり続ける経営者が、やはり勝ち残っていくのである。いつか、ある経営者から「大竹さんの話は、守りの経営ですね」と言われたことがあるが、本来、経営というのは、得点をとって勝つという世界ではなくて、面白いようにエラーをして相手にやられる、という世界に目を向けるべきだと思う。これは私が棲息しているカネの世界も同じである。よくある企業間同士の競争で、どちらが勝つかを見ていると、ファインプレイをして勝つ場合はきわめて稀で、どちらかがエラーをしてそのお陰で相手が勝つということがほとんどである。だからこそ、ある意味で守りのスタンスというか守りの経営をしている者が勝ち残るのである。いわゆる、サッカーで自分のゴールに間違って蹴りこむと、失点となって敵に点をやることになる。これがだいたい、企業経営での競争の原理である。相手の失敗を待つというか相手の失敗を誘うというか、それでだいたい勝敗が決っていくのである。とりわけ景気がいい時はそう差が出ないのだが、景気が悪い時に、その景気の悪化の中で、どういう手を打ったかによって大きな差が出る。ダメな経営者というのは、景気がいい時にうかつにも手を拡げてしまって、景気が悪化したときにやられて、そして他の企業から差をつけられて、だんだん潰れる方向へいくタイプである。総合電機メーカーのT社はその典型で、とにかく不況に弱い。不況が来るたびに、T社のマーケットシェアは下がって利益も下がって、他社との差がだんだん広がってくる。それはT社が原則的な数字をきちっと持っていなくて、また有ったとしてもそれに従ってやらないで感情的な経営をしている典型例だと思う。そういう意味で、資本の論理をきちっと守っていくということは、非常に原則的で禁欲的な行動をせざるをえないし、そういう原則的な行動とは、きちっとした数字になって表われるということである。だから、社長も社員もその数字をきちっと守っていくという行動、いわゆる基本に忠実にやっていく会社が、不景気であっても勝ち残っていくのである。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)上の例でいえば、総合電機メーカーは、M社も同じような・・・。
2003.07.21
■現時点で利益を上げる二つの原則そして、現時点で利益を上げるためには、必ず次の二つの原則が重要となる。この両方あるいはどちらか一方をやる事によって利益は必ず上がっていく。だから、経営者としてはこの二つの比率が前期と比較して大きくなっているかどうかを見ていくことが重要である。第一に、いわゆるキャッシュマージンを上げていけるかどうか。キャッシュマージンを上げていけば利益は上がっていく。第二に、総資産回転率を上げていく。これも利益率が上がる。ただし、デフレの時代には売上がなかなか上がらないので、分母の資産を絞る。つまり、総資産を減らしていくことである。だから一番いいことは、キャッシュマージンが上昇して総資産が減っていくという状態である。これをやれると利益がもうぼろぼろ出るようになる。この二点が非常に重要なのだが、現代のようにデフレの時代というのは、モノやサービスの値段が下がって簡単には売上が上がらないので、キャッシュマージンは上がりにくい。 売上高-原価(さらに減価償却費を引いたもの)キャッシュマージン= ――――――――――――――――――――――― 売上高 売上高総資産回転率= ――――――― 総資産これからわかるように、キャッシュマージンとは、キャッシュベースでいう粗利率、すなわち、減価償却費や引当金関係などの現金の支出をともなわない経費も除いた原価で計算した粗利率のことである。そして、今はそのキャッシュマージンを上げるためには利益率の高い新製品を出して売上を増やすというぐらいの手しかないわけで、いながらにして利益率が上がるようなそれほど甘い世の中ではない。となると、それ以外で利益率を上げるには、基本的には総資産を圧縮することになる。この総資産を圧縮する場合の重要なポイントは、バランスシートの項目であって、いわゆる死に筋の在庫をとにかく切ること、捨てること。それから売掛債権、いわゆる売掛金とか手形、これの回収をどんどん高めて売掛債権の回転率を上げていく。それから固定資産を減らすことである。だいたい今どこの会社でも問題になっているのは、稼働率が低くなっている工場をかなり抱えているとか、立派な本社をつくってしまって、それが固定資産を増加させて困っているとか、店を少し出しすぎてちょっと儲からない、というところが多い。こういう問題は、バランスシートを検討すると必ず出てくる。例えば、ある中小企業の社長が私のところへやってきて、経営をどうしたらいいかと相談を受けたときも、「お話を伺っているだけでは分からないので、5期分のバランスシートを持ってきて下さい」とお願いして見せて頂いたら、社長本人が気付いていない大きな問題がすぐに分かった。それは何かというと、在庫が多すぎることである。売上に対する在庫高を在庫回転率というが、この数値が非常に悪い。死に筋の在庫を相当抱えていると思われるので、突っ込んで聞いてみると社長本人もハタと気がついた。とんでもないことに、売れるものをメーカーから仕入れようとすると、抱き合わせで売れないものまで押し込められる。したがって、売れるものはどんどん売れていくが、抱き合わせで押し込められた売れないものはいつまでも残る。これでマージンが落ちるバカなことをやっていた。まず、死に筋で残っている在庫は、全部棄てないといけない。これをやらないと、とんでもなくカネばかりがかかる。倉庫料もかかれば金利もかかるし人件費もかかってくる。本当は、メーカーに対してそんな抱き合わせは拒絶して、売れるものだけちゃんと買うということをやらなければならないのだが、人間が甘いから抱き合わせされても仕方なく引き取っている。それは、まさしく経営者として甘いとしか言わざるをえない。そのためにマージンが下がっているにもかかわらず、そういう事よりも抱き合わせで買わされた売れないものをどうやって売るかという事に無駄な時間を費やしていた。売れないものは売れないのだから、すぐ切ってしまうしかない。それを無理に売ろうとすると、とんでもない損になっていく。そして、他の会社の例でも不動産にしても、工場にしても稼働率がすごく下がってる。3割減産したり5割減産して半分は機械が動いてない。このようなものはさっさと潰してしまった方がいいわけだが、それがなかなかできない。それから、うかつにも立派な本社をつくった会社というのは、途端に業績が下がる。それも判で押したように、その後から業績がおかしくなってくる。立派な本社はさっさと売っぱらうか貸すかして、いわゆる利益を出さない本社という建物は、プレハブでやっているのが一番いいのだ。私もあちこちの会社を歩いてみて、本社をプレハブでやっている会社は、業績がしっかりしている場合が多い。そして、こういう会社の経営者は、バランスシートに対する見方がしっかりしていて、固定資産を増やしてそのために苦しむということがない。こういう点でも、原則論を守っている会社が、商売で勝ち残っていくのである。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)
2003.07.20
■商売は原則的なところが勝ち残るやはり商売というのは、原則的な事をきちっとやっている所が勝ち残っていくものである。分かりやすい例として、野球で言えば、例えば、ボカーンとホームランでも打って、かっこいいプレイをする方が確かに華やかでいいのだが、プレイというのは原則があくまでも大事で、一度か二度はまぐれ当たりでホームランを打てるかもしれないが、長い期間にわたって平均的に打てるものではない。例えば、バットは大根切りでなくて、球をよく見て水平にきちっと振るとか、球を打ったらボテボテのゴロでも、下手すれば相手がエラーしてくれるかもしれないから一塁まで必死になって走るとか、ゴロが飛んできたら、ちゃんと腰を落としてトンネルしないように前にはじくような形で自分の体でとめるとか、フライはちゃんとボールの下まで行って両手でとる。こういう原則をきちっとやっているチームが勝ち残っていくことができるわけであって、これが企業経営でも全く同様で、基本的なプレイがいくつもある。そして、この基本プレイが会社のバランスシートに表れるのである。つまり、その基礎プレイをきちっとやっている会社はバランスシートもしっかりして、結果的には勝ち残っていくし、基礎を忘れて変なかっこいいことをして売上をボカボカ増やしたり、土地投機をやったり、一見儲かりそうな事をやった会社が返ってひどい目に遭うということになる。そして、こういう基礎プレイをちゃんとやらずに、かっこいいことをして点を取ろうとする会社のほとんどは、バランスシートを疎かにするPL(損益計算書)重視の会社といえる。バランスシートの原則論で言えば、なるべく在庫を減らしていく。あるいは売掛債権を減らしていく。不動産等の有形固定資産をなるべく圧縮していく。すると運転資本は増えていくわけで、それでキャッシュフロー、カネ回りがよくなっていく。こうなってくると、キャッシュフローを内部留保に回していく事ができて、自己資本あるいは純資産(ブックバリュー)を増やすことができるのである。このプロセスがうまくいくようになれば、会社は絶対に潰れない。良い会社をつくっていくことができる。そういう意味では、今の時代こそバランスシートの原則を大事にすることが大変重要な事であると言える。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)
2003.07.19
■禁欲そして、この一定の基準を守るということは、会社の調子がいい時でも悪い時でも同じように守っていかなければならない。これが非常に大事なことであって、会社の調子がいいから基準を少し緩めるとか、悪くなってきたから基準をきつくするとかをやってはいけない。いつでも、一貫して同じ基準をずっと持ってやっていく。そもそも、企業経営の基本は、私の言葉でいうと、バランスシートからにじみ出てくるキャッシュフローを大事にコツコツつくっていって、それをブックバリュー(自己資本)に貯めこんでいくことである。その場合に、一定の基準に従って、調子がいい時も悪い時も経営していかないといけない。つまり、企業経営というのは、本来パンパカパーンとラッパを吹くような派手なものではなく、非常に地味で禁欲的なものである。前項で話した、おカネの働きを何倍で止めるか、いわゆる99歩で止まるということをコツコツやっていく。そして、バランスシートを膨らませないで、あるものだけを使ってなんとかキャッシュフローをつくっていく、ということを、コツコツと一定の基準に従ってやっていく。これが私が考える企業経営の基本であって、明らかに地味で、禁欲的な態度が大事になってくる。そして、この禁欲的な態度があるかないかが、資本主義の成功というか企業経営の成功にとって、根底的な問題となるのである。そもそも、資本主義あるいは企業経営というのは、ローマ古代あるいはメソポタミアの時代からあった。そして、中世の頃のヴェネツィア(ヴェニス)の商人というのは一種のリスクをとる冒険家であって、船を仕立てて東洋の胡椒を買いに出かけた。上手く買って持って帰れたら大儲けで、その時は皆で大盤振る舞いで酒を飲んで暮す。もし途中で船が沈んだら、それで一巻の終わりという、これがいわゆる近代資本主義が登場する以前の資本家の態度であった。バブルの頃の日本でもそういう社長が多かったわけで、儲かったらどんちゃん騒ぎして、女をあげて飲みまくる。それを人生の楽しみに考えている人もいるし、それが社長の面白さだと考えている人もいるかと思う。いわゆる『社長漫遊記』の中で出てくるような社長である。それに対して、近代資本主義というのはその辺がガラッと変わってしまった。なぜなら、近代資本主義を築いてきたのが、いわゆるクリスチャン、その中でもプロテスタントの人たちだからである。プロテスタントの人たちは、「恩恵による選びの教説」というものを信じていて、それは何かというと「神が救われる人間をすでに選んでいて、誰が救われるかは神のみぞ知る。しかも人間がそれを変えることはできない。そして、救われる人はこの世で神の恵みが多く豊かな人である」。すると「自分が神から選ばれている」ということを確信したいがため勤勉に働く、ということになる。それも宗教的な情熱に支えられた勤勉さで、しかも富を得ることが目的ではないので、無駄な消費はしない。結果として、カネが儲かってくる。いわば資本の論理に従って、一定の基準を持って何倍かで止めるということをコツコツと禁欲的にやりだしたのである。従って、イギリス資本主義やアメリカ資本主義が非常に強い理由は、こういう人たちがやっていくとバブルを起こさない。バブルをやってしまう人たちというのは、先ほど言ったヴェネツィアの商人タイプである。バブルの時の日本の商人も、やはりそのような禁欲がなかったがゆえに、土地投機で儲かるだけ儲かれば、あとは女をあげてどんちゃん騒ぎという所にいったのが、バブルの生じた大きな理由であると思う。しかし、資本というものは、そういうものではない。だから、バブルの断岸に落っこちる前に99歩でキチッと止まる原則や基準と、それから周りの皆が100歩行くという時に、そうでなくて「俺はここで留まる」という禁欲的な倫理を持っていないと、経営というのは成功しないのである。要するに、経営者のやるべきことというのは、ある場合、皆の行く所とか皆の行く方向とは全く別な所で留まらなければならない。そういう意味でも、今後、経営者というのは人気のなくなる商売になるだろう。ただし、私は日本の資本主義に対してそれほど悲観はしていない。というのは、確かに、イギリスやアメリカの資本主義というのは、プロテスタント(英語圏ではピューリタン)の倫理がべースにあるのだが、日本の資本主義にもかつてはそういった倫理があったのではないかと考えている。それについては、学者の中でも見解が異なるのだが、私自身は平安後期から鎌倉時代にかけての中世仏教が、日本の禁欲原理をつくり上げるのに重大な役割を担ったのではないか、その中でも特に一向宗(浄土真宗の一派)がその源流ではないかと思う。一向宗は北陸の中部で強かったが、一向宗門徒の禁欲倫理や彼らの組織論というのがその後の日本に対して重要な、伝統的な影響をつくり上げることになったのではないか。結局、日本が中国とかアジアのようなピラミッド型の帝国あるいは官僚制から割に自由であった理由というのは、中世仏教のいわゆる権力や権威にとらわれない自由な信仰と、それを支える組織を独自につくり上げてきたという伝統が、日本の資本主義の成功にも十分大きな影響を与えてきたのだと思う。だから、私の言っている資本の論理というのは、宗教観や人生観にまで踏み込んで話しているわけで、例えば、バランスシートをどういう目で見て、どう変えるかということは、そういう哲学的なものにも深く関わるものとして、経営者は考えておかなければならないのである。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)
2003.07.18
(中略)■50歩100歩では大きく違うさらにおカネの話をすると、「おカネがあれば何でもできる」「資本主義の世界ではカネを持っている者が勝ちだ」「大資本だから強い」などという、大きな錯覚に陥っている人が多いようだ。それについては、日本は土地本位制やマルクス主義の影響が強く出ているので、「カネをたくさん持っている独占資本が必ず勝つ」というような発想が国民の隅々まで一人一人にまで行き届いているために、カネさえあれば何でもできるという誤解が根付いていると考えられる。私からいうと、カネがあればあるほど、大体ろくな事ができないというか、あまりカネがない方がいろんな事ができるという認識を持っているのだが、普通一般の常識では、カネはあればあるほど良くて、カネさえあれば何でもできると思われている。例えば、日本でベンチャーが育たない理由の一つに、中々カネが集まらないという話を度々耳にする。つまり、ベンチャーに対してカネを投資してくれる人がいないため、カネさえ入ってくればこんなことができるのにできない、というわけである。しかし、資本主義の論理からいうと、そういうものではない。資本の論理というのは、まずカネ(小金)をつくらないと、カネ(大金)は集まってはこない。カネというものは、カネをつくることのできる現実的な人のところへ集まってくる。単なる夢想家のところなど見向きもしない。このあたりのところを日本のベンチャーは、全くハキ違えているだろう。例えば、豊田自動織機製作所の創業者である豊田佐吉は、次のように言っている。「予ノ部下ハ、予ニ代リテ自動ノ試験ニ全力ヲ注ギ、予ハ其ノ試験ニ必要ナル『パン』ノ資ヲ供スル役トナレリ。実ニ此ノ『パン』無クシテハ、何等ノ試験モ為スコト能ハズ。他力主義ニ迷ヒテ、度々失脚セシハ之ガ為ナリ。予ハ『パン』ノ資ヲ豊ニセンモノト思ヒ、全ク還俗シテ、孜々奮闘大イニ努カセリ」(豊田佐吉「発明私記」『豊田自動織機製作所40年史』80頁)さすがに豊田佐吉である。佐吉翁がこのようにして、1920年代に上海で豊田紡織廠の経営でカネをつくれたからこそ、今日の世界のトヨタの自動車開発にまで、資本を回せたわけなのだ。また、他人資本というものも、こうしてまともな経営で、少しはカネをつくれた人のところにしか寄ってはこないものである。結局、日本経済がバブルでおかしくなったのは、誰もカネさえあれば何でもできるという誤解が、真っ当な資本主義の論理を踏み外したからだと思う。日本のモノづくりが成功した戦後高度成長というのは、アメリカがカネを出して、アメリカから貰ったカネを元手にして、日本の銀行が企業にカネを出した。そのとき、必ず担保として土地を元にする。そして、土地は永久に上がっていくかのような現象があって、その土地の含みを担保にしてまたカネを借りて、そしてモノをつくったという構造が成り立っていたわけである。モノづくりの成功と地価の上昇、あるいは不動産価格の上昇というのが同時並行であった。いわば、土地本位主義こそが日本のモノづくりの土台であったわけだが、それが前述のコンドラチェフサイクルのピークで、バブルの破裂となって崩壊してしまった。その時に、私のようなカネの世界にいる人間は、ここまではやれるという所とこれ以上やったらおかしくなるという、その見分けをすることが非常に大事なことである。おカネというのは、リアル(実物)な1千ドルが入ってくれば、そこからノミナル(名目)に900ドルを他の人に貸したり、あるいはオプションを使ってそれを1万ドルにしたりという、おカネに一定の倍数をかけていくことができる。そのおカネを膨らませることによって、本来はモノやサービスの動きを拡大したり、国民の富を増やして福祉を増進させたりということをやるわけだが、その場合にも、その元のおカネから何倍まで増やすことができるかという基準が厳然とある。それ以上やりすぎると、とんでもないことが起きる。問題は、一定の条件の下で、おカネは何倍まで膨らませていいのかと、つまり、元の資本の何倍までいいのかということである。例えば近頃、銀行のBIS基準自己資本比率が新聞などで取り上げられているが、あれも銀行の資本の何倍まで貸付をしていいかという倍数の話であって、いわゆる元のおカネに対して、何倍まで膨らませて貸付していいかという基準を表している。結局、BIS基準自己資本比率の8%というのは、自己資本の12.5倍までは債権(アセット)を膨らませてもいい、つまりその辺が安全基準であるという意味である。ただし、それ以上膨らませると危ないよということであって、そういう一種の見えないおカネの世界のどこまでやってもいいかという限界の話である。日本人というのは、こういうことについて非常に弱い。だから、日本の銀行の問題というのは、バブルの時、12.5倍なんてものではなくて、100倍近く貸し付けたわけで、真っ当な資本の論理からいうととんでもない話である。風船というのは膨らみすぎると、やはりどこかに穴があいていっぺんに破裂するという、まさにこれがバブルである。だから、どこでおカネの倍率を上げていくことを止めるかということは、カネの世界にかかわる人間にとっては最も重要なことであって、この点について私は「50歩100歩は大きな違いである」という言い方で話している。普通、「50歩100歩」という格言の意味は、50歩だろうが100歩だろうが逃げたやつは逃げたやつで同じだという意味だが、もし仮に、50歩と100歩の間にクレバス(雪や氷でできた裂け目)があって、50歩で踏みとどまっていればクレバスに落ちなくて済むが、100歩行った人はクレバスに落っこちる。仮に99歩の所にクレバスがあるとすれば、100歩行ってしまえば、一歩の差でクレバスに落ちるということになる。あのバブルで破産した人は、この100歩目でクレバスに落ちた人たちで、我々カネの世界の人間は99歩にもしクレバスがあると分かれば、その寸前で止まらなければならない。そこで止まることができるかどうかということが、非常に大事なことである。そこで何が大事かというと、まず見えない99歩の所にクレバスがあるということを見る、あるいは見切る力が必要だということ。次に、そこにクレバスがあることが分かっても、後ろから押されて落っこちてしまうかもしれない。あるいは歩数を間違えてて、98歩だと思ったらもう100歩行ってしまっているかもしれない。問題は、自分の中に基準があって、ここが99歩だという基準をきっちりつくっておく必要があるということである。たとえば、先ほどのBIS基準でいえば、自己資本を8%もつということは、おカネをいろいろ回転させておカネを膨らましていく場合に、12.5倍で止めるという基準である。それを大幅に超えると必ず問題が生じる。日本の土地バブルでいえば、日本の多くの会社が、土地を買ってそれを担保にしてカネを借りた。そして、土地に含み益ができると、それをまた担保にカネを借りて設備投資をしたり、工場を建てたり、新しいお店をつくったり、あるいは本社をつくったりした。その場合の重要な問題は、土地の総額と借金の額との比率、それから総資産と利益あるいはキャッシュフローとの比率など、一定の比率のうちに自分が留まっているかどうかということを自分の会社の基準として数値で持っているかどうか、ここが重要な分かれ目となる。結局、バブルで失敗した人たちというのは、その基準が全く無くて、土地を借金して買えるだけ買い漁り、それを担保にさらにカネも借りまくった人たちである。その結果、工場やお店などをつくるだけつくった、ヒトも雇うだけ雇った。その後で、ガツンと最気が悪くなって売上が減って、地価も下がって、大幅に大風呂敷を広げたところがいっぺんにおかしくなったのが今日の状況である。明らかに一定の基準を超えて行ってしまった。そして、クレバスの断崖の中を真っ逆さまに落っこちて行った。大体、判で押したように行ってはいけない所まで行ってしまった人たちが、バブルで大損した人たちである。一方、それをやらないで済んだ人たちというのは、ちゃんとクレバスの断崖の手前で止まった人たちである。その場合に、行ってしまったか止まったかの差というのは、運がいいとかツキとかではなくて、自分の方に一定の基準値がきちっとあって、その基準値の範囲内でやれたかどうかということである。この基準値を持つということが、資本主義における非常に重要な資本の論理であって、この資本の論理を逸脱して、カネがあれば何でもやれると思った人たちは断崖から真っ逆さまに落ちていくし、一定の基準を守らないとカネは消えてなくなると認識できた人たちは断崖の前で踏みとどまることができたのである。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)
2003.07.17
■カネは自由の最大の武器そして、カネの世界を大事にしなけれぱならない最も大きな理由は、カネが人間の自由を保障する重要な条件になっているということである。最近の例では、生産社会主義を実行し、カネの世界を切り捨てた旧ソ連がどのような哀れな末路を辿ったかを考えればよいだろう。さらに過去を振り返れば、農業経済からいわゆる工業経済に移っていく過程で、ロシアとドイツとイギリスで、歴史的にある大きな違いがあって、それが人々の自由ということに大きな違いを生じさせた。その違いとは、「地代」の取り方である。それが全面的な原因だとは言わないが、農民が地主に納める地代の種類が違っていたことが大きな要因だったのではないかと私は考える。ロシアはいわゆる「労働地代」といって、地主に対して一年のうち何ヶ月間か労働することで地代の代わりとしていた。ドイツは「生産物地代」で、農民が地主から土地を借りて、そこで出来た小麦とかジャガ芋の一定分、何分の一かを地代として納めていた。一方、イギリスの場合は貨幣経済が発展していたので、かなり早くから「貨幣地代」で、カネで地代を納めていた。この「労働地代」と「生産物地代」と「貨幣地代」の違いが、長い目で見るとどのように変わってきたかというと、「労働地代」だと人間の労働で年間何ヶ月何日と決められる。従って、生産性が上がってきても基本的には変わらない。変わらないという意味は、地主と農民との間の分配関係がいつまでも変わらない。つまり、農民はいつまでも貧乏で自由を奪われている状態が続くということである。次のドイツの生産物地代の場合だと、地代としての生産物量が決まっているから、生産性が上昇して生産量が増えていく、つまり、農民一人当りの生産量が増えていくにつれて、増えた部分が余剰になって、農民側に資本が蓄積されることになる。これが、ドイツがロシアより少し発展した大きな理由である。そして、イギリスの場合は、もちろん生産性が上がって生産量が増えると農民にとってプラスになることは変わりないが、それと同時に、イギリスではかなり長い期間にわたってインフレが進んだので、生産物の値段が上がって貨幣価値が下がった。従って、その分だけ支払う地代の代金が実質的に減ることになり、その分の余剰がより農民の所に留まり多くなった。このことが、イギリスの農民が大きな資本家になってくる要因を生んだ理由であった。そういう意味で、人間の自由というのは、カネの世界にかかわればかかわるほど増えてくる。モノとかヒト、いわゆるヒトというのは労働という意味だが、それに縛りつけられると人間の自由というのは非常に限定される。このことは、今に至っても非常に現実的なことで、農本主義者的な人、あるいは社会主義的マルクス主義的な人というのは、いわゆるカネの汚い面を非常に嫌がるところがあって、なるべくカネを避けてモノでという考え方が強くなる。その結果、貨幣を使わない世界にしようという理想主義に走る。それをやるとどういうことになるかというと、例えば、ロシア社会主義は、結局マーケットをつぶしてしまった。つまり、マーケットでカネを媒介させてモノと交換するという事をやめて、モノを媒介させて交換(バーター)する、いわゆる、物々交換の世界になっていった。例えば、ロシアと東欧各国の間では、チェコでつくった車をロシアヘ売る場合に、ロシアは石油で払うというふうに物々交換でやっていた。すると、そういう国では生産性が非常に低くなって、国民の経済水準がとんでもなく低くなってしまうのが一般的である。それから、ロシア社会主義の最終段階では、国内にルーブル(ロシアの貨幣)がないから、あるいはルーブルが暴落して使い物にならないから、給料はウォッカで払ってそのウォッカをパン屋に持っていってパンを買うということが行われていた。このようなモノバーターの世界になると、いわゆるGDPは、どんどん縮小して行く。ところで、日本でおカネが広まったのは12世紀後半、平清盛が中国から宋銭を導入した時からだが、それ以前は土地にしがみついた、いわゆる物々交換の世界で、いわゆる生産物地代の時代であった。それが平清盛の時代には、畿内とか九州は貨幣地代が使われていて、東の方はかなり遅くまで生産物地代が残る所があった。同じく平家出身の織田信長は、貨幣を相当導人して、土地から農民や武上を切り離すという方向へ動いた。反対に、源氏、足利、徳川の政権というのは、貨幣地代を生産物地代にかえて、人間を土地に縛りつけるという方法で、時代を逆戻りさせた。いうなれば、日本という国は、平家化するとカネの世界が急進化し、源氏化するとモノヘの反動になるという、その両極端を振り子のように動いてきた経緯がある。そこで、現在の日本がどうなのかというと、私から見れば、日本は資本主義でありながら社会主義ではないかと思う点が多々あるので、主流派は源氏政権で占められているといえるだろう。それに対して、私のようなカネの世界にいる人間は平家といえる。面白い見方をすれば、バブル崩壊後、源氏の最大拠点である銀行の経営が揺らぎ始めたとともに、今後、日本社会がロシア的になるか、あるいはイギリス的になるかの現代の源平合戦が開始されたといえるのではないだろうか。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)
2003.07.16
■モノ経済よりも大きいカネ経済当然のことに、つくったモノを売る場合、必ずそれに合わせてカネが動く。ある意味で、モノとカネの世界というのは、密接な関係にあって、モノの移動の逆側は必ずカネが流れるように、市場の世界ではなっている。例えば、高度経済成長の主力となったホンダのオートバイがアメリカに売られるとすれば、オートバイが1台アメリカ側に動けば、それに対応して日本ヘドルが入ってくる。分かりやすい形で、仮にオートバイ1台1千ドルとすれば、1千ドルが日本に入ってくる。そこで非常に重要なことは、1千ドル入ってきた段階で、おカネというのはその1千ドルで終わらないということである。つまり、アメリカから日本へ1千ドルのおカネが動いてきた。それも、いわゆる実物(リアル)の世界で1千ドルが入ってきた。すると次にそれを使って、名目(ノミナル)の世界、いわゆるオプション取引(ある商品を将来の一定期日に特定の価格で売買する)とかフューチャーズ(先物取引)などを使うことによって、さらに1千ドルの取引も可能になる。このようにカネの世界というのは、リアルなカネが入ってくれば、それに乗ってノミナルのカネがどんどん増えていくということになる。ちなみに、ノミナルという言葉は、リアルではない仮の世界という意味である。モノであるオートバイ1台は1台にしかならない。それが置いたまま2台3台に増えることはありえない。しかし、おカネの方は様々な乗数効果によって、1千ドルが1万ドル、2万ドルというように膨らんでいくことができる。これがおカネの持つ面白い機能であって、従って、売った時にはオートバイ1台とおカネは等価であるが、いったんそのようなリアルなおカネが入ってくると、そのあとおカネは膨らんでいって、いわゆるカネ経済というのが、モノ経済よりもはるかに大きなパイになっていくのである。意外と知らない人が多いが、今や為替市場におけるモノ、つまり貿易決済の量はわずか5%以下で、カネとカネの取引高が貿易という実需の20倍以上も日々行われている時代である。経営者の中には「カネがモノに悪さをする。けしからん」と言う方がいるが、カネの世界のサービスが、日本のGDP(国内総生産)の大きな部分であることを忘れている。カネとカネが取引される市場が存在することによって、経済が拡大し、それとともに人々に対する福祉も増進するのである。従って、カネ経済が大きけれぱ大きいほど、その国の人々の富は大きくなり、生活水準も上がるという要素を持つわけである。しかし、このような重要なことを理解していない国が多く、例えば1997年タイから始まったアジア通貨危機の時、マレーシアのマハティール首相はヘッジファンドのジョージ・ソロスを名指しで指弾した。しかし、問題の本質はソロスにはなく、通貨危機の最大の理由は、労働コストの急激な上昇とそれによる為替相場の下落圧力に対する国の経済運営の失敗にあった。ジョージ・ソロスといえども、まともな政策をしている国には投機的な介入ができないのである。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)ジョージ・ソロスの名言「あらゆる矛盾は、極限まで達する。」
2003.07.15

■これからの10年さて次に、そういう技術革新があれば、自然と世の中が動いて景気が上昇するのかというと、そうではなくて、そのためにカネが準備されるかどうかが重要な条件となる。具体的に言うと、第二次世界大戦後の景気上昇期の条件は、基本的にアメリカの貿易赤字がずっと続くことによってカネが出る、結局、貿易赤字を永久に続けられるかどうかということが条件となった。これは、ある意味では永久には続けられないわけで、どこかでブレーキがかかる。そういうブレーキがかかって、この構造に陰りが出てきた最初が、いわゆるニクソンショック(1971年)、いわゆるオイルショックの前後あたりからである。つまり、アメリカは金(GOLD)の準備量をはるかに超えた多額のドル紙幣の発行を余儀なくされ、ついにドルと金の交換を停止し、これによりブレトンウッズ体制は崩壊した。そして次の大きな問題が、いわゆるプラザ合意(1985年)後の異常な円高ドル安である。プラザ合意とは、先進五ヶ国(アメリカ・イギリス・西ドイツ・フランス・日本)が協調して為替レートをドル安に進めることを合意したことであるが、これによってアメリカは自国の借金を減らすことに成功し、1年間に円が1ドル238円から168円へ上がり、40%以上のドル切り下げとなった。ところで、このようにアメリカが十分なドルを出し続けられないことは、最初のブレトンウッズ体制をつくりあげた時点で、既にそれがどういう状況で破綻するかは、ある程度分かっていたことである。というのは、いわゆる世界のカネの安定体制をアメリカ一国の経済状況に依存するという形が続くには、アメリカ一国の貿易収支の赤字あるいは経常収支の赤字が続くことが前提である。そして、それが続けられなくなった時に、その体制というのは破綻をするわけである。それで明らかにニクソンショック、オイルショックあたりから、アメリカから十分に先立つカネが出てこないという状況が次第に出てきて、だんだんと日本のモノづくりが以前より上手くできない状況になって、高度成長がおかしくなりだした。本来は、カネづくりをした上で、モノづくりに行かなくてはならないのに、カネづくりはアメリカがやってくれるから、自分たちはモノづくりをやろうという、ある意味、二本足で立ってない経営姿勢がとうとう崩れたということである。そして、日本は先立つものであるカネづくりもやらないといけない、という事になってきた途端に、ボロがどんどん出始めた。結局、日本は土地バブルをやってしまって、徹底してひどい目に遭う。そして、日本は失われた10年になるのか、あるいは失われた20年になるのか、今非常に苦しい状況になってきているのである。続いて第2表を見てほしい。この表は、日本におけるコンドラチェフサイクルである。今の時点を表で確認して頂ければ分かるように、今は大変な時期にきていると見てとれる。私はどうも2015年までは、その周期からは逃げられないのではないかと思う。そういう意味でも、日本の経営者にとって、これからの10年はさらに厳しい時を迎えざるをえないと考える。さらに、第3表も見てほしい。この表は第2表の①の部分(1919年~1937年)における東京株式市場の株価の推移を表したものである。70年前の東京市場の動きが、現在の状況と酷似しているのがお分かり頂けるだろうか。例えば、最初の急激な上昇は第一次大戦後、ヨーロッパヘの輸出が急増したことが理由で株価が暴騰し、そのピークの反動は、90年のバブル崩壊に、関東大震災は阪神・淡路大震災に、1926年の一時的な景気回復は1994年~95年のそれに、金融恐慌は山一・長銀破綻に、そして満州事変はアメリカで起こった9・11事件にという具合である。そもそも、戦前の金融恐慌や昭和恐慌は、第一次大戦後の反動恐慌の時に、本来倒産していたはずの不良企業が日銀信用の膨張によって潰れずにいたからである。ある意味で、現代は、全く似たような状況に陥っているといえるだろう。要するに、この表からも、今後10年ぐらいは日本は厳しい状況に置かれると見てとれる。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)
2003.07.14

■コンドラチェフの景気循環説さて、なぜ過去の成功体験が今では逆に失敗する条件になったのか。今までよりカネづくりが難しくなるのか、これが「今を考える」ためには非常に重要なポイントである。そこで、「コンドラチェフサイクル」を使って説明したいと思う。このサイクルは、いくつかある景気循環の中でも一番長期のものだが、基本的には60年、いわゆる還暦サイクルと呼ばれている。コンドラチェフとは旧ソ連の経済学者の名前で、1922年にこのサイクルを発表したあと、30年にはソ連政府に捕らえられ、獄死している。まず第1表を見てほしい。過去数世紀の世界の経済は、革命的な技術革新によって、循環の波動がつくり出され、その技術革新によって新たな、需要が発生し、供給力が拡大する過程で物価と金利が上昇した。そして、ピークを打って下降局面に入り、過剰生産体制によってモノの価格が低下し、デフレ環境になる、この1サイクルが約60年だということを、コンドラチェフが見つけたのである。さらに詳しく言うと、大体40年の成長期、それから20年の停滞期に分かれたり、若干前後して30年の成長期、30年の停滞期になることもあれば、35年、25年あるいは40年の成長期に対して30年の停滞期になることもある。時によっては、10年ぐらいの誤差は平気で起きるが、大体60年のサイクルが見られる。こうして18世紀以降、6回のデフレを経験しているが、20世紀のサイクルというのは、第二次世界大戦末期に大底を打ったあと、40年ぐらいあるいは45年ぐらい、1990年前後あたりまでは伸びて行った。これが日本の戦後の高度成長期に当たっている。このコンドラチェフサイクルに乗ったがゆえに、戦後の高度成長、モノづくりの成功というのがあったわけである。それから、その頃をピークとして20年ぐらいの停滞期が生じるわけで、ちょうど現在というのは、その停滞期で次第に落ちて行く、そういう中間点ぐらいにいるわけである。ところで、このサイクルがどうして起こるかというのは、まず学者が認めていないということもあって議論は分かれているが、コンドラチェフは技術革新が新しい長期経済成長をもたらすと考えた。そして、その技術がなくなった段階で、結局、成長が終わってしまう。次の技術革新が準備されると、また上昇期に入ると結論付けたのである。これも非常に面白い見解であって、明らかに、戦後の高度成長を準備したのは、いわゆる第二次世界大戦時中に準備された二つの大きな技術革新が土台になっている。一つは、戦争があったからこそ出来たことだが、いわゆる敵の暗号を読み解くためのコンピューター。戦争に勝つために、アメリカとドイツは必死になって研究し開発した。これがコンピューターの発展と最初の利用に結びついた。二つ目は、コンピューターは当時は電球を使っていて、電球がつけば「1」、消えれば「0」。だから、電球が切れたりするといつまでも「0」になってしまって、「0」「1」の世界が大変に混乱したため、そのために開発されたのがトランジスター。つまり、このコンピューターとトランジスターが電気革命を推進させたわけであって、戦後高度成長の中心的な技術というのは、電気革命であるコンピューターとトランジスター、言い換えれば、コンピューターソフトと半導体である。だから、90年以降のIT関連のハイテクについては、私はある意味で、消極的な態度をとっている。つまり、景気循環を上昇たらしめる、本当の技術革新というのは、もっと別の世界から現われるはずで、それが出てこないうちは、コンドラチェフの停滞をうち破って新しい成長の波に入ることはできないだろうと考えるからである。私はこのコンドラチェフサイクルの信奉者なので、これが私の見方であって、そのお陰で90年以降も、それほどひどい間違いをしないでこれたのである。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)
2003.07.13
■カネづくりをどうやるかそして結局、人間は何をするにも先立つものが必要だ。おカネが準備されてこないと、何かをつくることができない。何らかの形でおカネがつくられて、そのおカネがR&D技術とか、モノを生産するとか、あるいはそれを販売するとかに結びついていく。必ず、その先立つものが要るのである。ここで言っておきたいのは、私は時間の順番でおカネが先に来ると考えるのであって、価値としてカネがモノの上位にあるとか、カネの方がモノよりも重要度が高いとかの話をしてるわけではない。それにしてもモノづくりをやる人というのは、いいモノをつくれば勝手に売れていくというふうに考える人が多い。日本の高度成長でモノづくりが成功したのは、アメリカが買ってくれたからであって、本当はモノをつくったとしても必ず売れるとは限らない。そもそも、売るという行為はカネを取って来るという行為であって、相手が欲しくないモノは絶対に売れない。だから、おカネを払うヒトがあくまでも主体であって、そういう意味で、必ずカネの世界と繋がらなければならない。正直言って私は、現実的にはおカネがなければモノもつくれないし、おカネさえ押さえてしまえば、つくりたいと言ってもつくらせないで済む。つまり基本的に、おカネが先に物事を決定してしまって、モノについてはそれに従って動いてもらうしかない、というくらいで見ている。先の「風が吹けば桶屋が儲かる」でいえば、カネが風になる。風が吹いてくれないと、つまり先立つもの、カネがどこかからにじみ出てこないと何もすることができない。今までは、持っている不動産がどんどん上がって、いつも含み益があり、会社がちょっと困ればその含み益を吐き出せば大抵のことは何とかなった。それこそ、モノをつくれば売れて、土地本位制による含み益があって、カネが足らなくなると、持っている土地を担保に銀行から借金するという、戦後高度成長の「成功神話の三点セット」が通用する時代であった。しかし、そういう成功体験をもった経営者は、とんでもなく経営の発想が甘くなってしまったのである。それが90年以降、バブルがはじけて逆転して、土地の含み益が逆に含み損になる時代となり、従ってバカなことをやって赤字を出すと、土地を売ったりしたのでは赤字を埋めるカネができない。つまり、経営者にとって非常にキツイ時代に入ってきたと言える。そういう意味で、今の日本の経営者に求められるのは、カネづくりをどうやるかということであって、以降、会社あるいは個人にとってプラスになるカネづくりをどうやれぱいいのかを、延々とお話しすることになると思う。またその過程で、なぜ私が会社であっても個人であっても、バランスシートを重視するのかがお分かり頂けるだろう。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)(余談) この戦後高度成長の成功神話の三点セットの典型例が、スーパーの 名を借りた不動産屋「D」。 昨年、債権放棄を含め4200億円もの資金援助を受け、小泉内閣は、 この「D」の再建策が、巨額の負債を抱えて、行き詰まっている企業の 再建のモデルケースになると言っていたが、果たしてそうだろうか? 某地域では、地域密着で、数十年前から営んでいる中小のスーパーや 小売店があった。 そこに、数年前、不動産の値上がりを見込んで、「D」が進出してきた。 安売りの「D」に客を奪われながらも、中小のスーパーや小売店は 経営努力によりなんとかやってきた。 一昨年、「D]が危ないという噂が広まり、スーパーや小売店の店主たちは、 「これでDがいなくなれば、楽になる。」と喜んだ。 それもつかの間、「D」に対する銀行の債権放棄が決定した。 その翌日から、「D」は「安売り大セール!」 スーパーや小売店の店主「ふざけるな!!!!!」 本当に、ふざけた話だ。
2003.07.12
■ファンドマネージャーとはここで、私の仕事を簡単に説明しておきたいと思う。昔、ある会社の工場を見学したとき、経理担当の常務が生産担当の専務に私を紹介した際の「大竹さんは銀行の貸付担当の重役のようなお仕事をしている方です」と言った、その言葉がうまく私の仕事を言い得ていて、全くその通りだと感心したことがあった。要するに、私の仕事というのは、一人でやっている金融機関であると理解して頂いていいのだが、ただし、銀行は間接金融で、私の場合は直接金融になるかと思う。ところで、私の肩書きである「ファンドマネージャー」とは、人様からおカネを預かって増やすことが仕事である。MMF、投資信託、金銭信托、年金信託、あるいはヘッジファンドも全て広い意味でファンドであるが、様々な形で集められたファンドの資金を、実際に市場で運用する責任者が「ファンドマネージャー」と呼ばれている。私は大学院で経済を専攻し、修了後、旧三井銀行の研究所に入社し、その後ドイツに留学して、もう一度経済を勉強しなおしてから、野村総合研究所でエコノミストとして働いた。その野村総研時代、しばしば上司から私の金利や為替に関する経済予測を批判され、あげくの果ては握り潰され、「お客さんが喜ぶことを書くのが君の仕事だ」とまで断言された時には、呆れ果ててしまった。日本の大企業のサラリーマン社会では、皆が間違える中で一人だけ皆と反対の経済予測をすることは許されない。追い出されるように野村総研を辞めたあと、次に求めた新天地がロンドンにある金融機関、チェース・インベスターであった。ここではじめて私はファンドマネージャーになったのである。当初は、私のようなエコノミストをなぜファンドマネージャーにするのかがよく分からなかったが、次第に、彼ら欧米人のファンドマネージャーの投資スタイルが、理論的・知的アプローチであるということが分かり、エコノミストやアナリストの経験者が、ファンドマネージャーに適しているということが分かってきた。幸い、私はそこで良い成績を残すことができたのだが、ファンドマネジメントにはアメリカの経済予測、金利予測が非常に重要で、ロンドンではなかなか良い情報が取れないので、ヘッドハンティングされたのをきっかけに、ニューヨークのAIGグローバルインベスターズに移った。そして、ニューヨークでは良い情報が手に入り、ロンドン時代から続けて5年以上にわたり、トップクォーターマネージャーに居座ることができ、89年にはファンドマネージャーの夢である独立をして、ニューヨーク郊外に自分の会社を設立したのである。現在の私の顧客は、個人も金融機関もヨーロッパ人が多く、日本円で約1千億円を運用している。読者の中には、人様の財産を運用するだけで手数料が頂けるとは甘い商売ではないかと思われる方もいるかと思うが、ファンドマネージャーの世界は、実績がはっきりと数字に残る世界である。ダウ平均やS&P500などのインデックス(指標)に対してどれだけ上回るか、ダウとかS&P500といった数字を相手にして、私のようなファンドマネージャーは闘っている。だから、インデックスを下回る数字を残せば、顧客はたちまち資金を引き上げてしまうので、独立してファンドマネージャーを仕事にしている者は、「板子一枚下は地獄」というのが私の実感である。それにしても、私が予測を主として具体的にカネを動かす仕事を始めて25年たつが、まがりなりに、この非常に難しい過去30年の間、それほど大きな間違いもせずに予測をこなしてこれた理由は、なんといっても見えない世界を見てきたからである。すでに目に見える世界はもう結果論であって、結果はもう我々にとってはどうでもいい。それよりは、ある結果を生み出す原因を、あるいは条件をどういうふうに見ていくかを中心にすることが、私なんかの重要な仕事でもある。このことは、同時に経営者にとっても重要な仕事であるわけで、とりわけ現在のような非常に不確定な時代になると、そのような見えない世界を見るということが大事なことになってくるのである。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)(余談) 最近、いよいよ長期金利が上昇し、国債価格が下落しはじめた。 金融機関の貸し出し金利上昇・・・ 金融機関の米国債売りによる円高・・・ ・ ・ ・ うーん、やっぱり秋は荒れそうだ。(ご用心!)
2003.07.11
■経済を支配する目に見えないモノ元来、日本人というのは見えるモノには強いが、見えないモノには非常に弱い。見えるモノに強いということは、これは女性的な強さで、生きて食っていくためには、一番強いものである。ただし、基本的に経済というものは、見えないモノによって支配されているので、見えないモノを夢想するという性格をもっていないと、なかなか将来が見えてこない。私が生息しているカネの世界というのは、「風が吹けば桶屋が儲かる」という世界であって、桶屋が儲かっているところだけを黙って見ていてもしょうがない。ご承知のように、なぜ桶屋が儲かるかというと、最初に強風が吹いて砂が舞って、目が見えなくなる人が増える。すると三味線を弾く人が増えるから、三味線の胴皮に使う猫がたくさん殺されて、今度はネズミが増える。ネズミが増えると桶をかじるから、桶に穴があいて桶がたくさん売れる。まあ江戸庶民が考えた論理的にバカげた話だが、一見バカげたような話が経済の世界では実際にぐるぐると回っていて、全く自分には関係なかった話が、最後自分の所まで飛び火してくるのである。ある意味で、日本人は昔から見えない世界に対してバカにしているが、意外に物事というのはそういう見えない、あるいは全く関係のないとんでもない所から始まって、そして自分の所までやってくる。そういう見えないモノ、あるいは関係のない事柄が自分の所までやって来るという事が見えていないと、必ず将来間違うというのが経済のスタイルである。残念ながら、その辺が日本人は非常に弱い。それに対して、私の仕事というのは、そういう見えないモノがどういう構造になっていて、その見えない世界である条件が変わると我々に対して具体的にどんな影響がくるのか、それを見据えることが、私自身の非常に重要な仕事になっている。同じように、企業経営者も本来、この見えない世界を見る力が強くなければならないのである。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)(余談) 正にこの通りで、これは経営者に限ったことではないと思う。 最近のマーケットを見ると、秋に向かって、かなりの危うさを感じる今日この頃。
2003.07.10
■経営者に理解されにくい「カネ」と「モノ」の関係私はファンドマネージャーという仕事がら、経営者に直接会って、その会社のバランスシート(貸借対照表)の内容について質問することが多い。その答えを聞けば、その企業が何を考えているのか、あるいは何も考えていないのかが分かるからである。たとえば、「流動資産が前期比で数10%増えているのは、なぜですか?」と社長に聞くと、返ってくる返事は、「よくわからん。きみどうなっているんだ」と、財務担当役員に質問を投げ返す。その役員も口ごもるから、「これは在庫が増えている反映なんでしょう」と私が水を向けると、「そういうことなんです」と役員が答える。横で聞いていた社長が、「俺は聞いてないぞ」となる。このように、バランスシートしか見ていない私が読み取れる経営状況を、社長が把握できていない。その上、担当役員が社長に報告もしていない。こんな状況が日常的に起こるのが日本企業である。さらに、メーカーの社長の場合は、私がその会社のモノやPL(損益計算書)についてではなく、バランスシートのことばかり質問するので、「なぜバランスシートのことばかり質問するのですか。大竹さんはモノづくりをわかっておられない。カネの世界の人には、モノづくりの会社はわからない」と、なかば腹を立てて受け止める方が多い。私はここ20年にわたって年2回、ニューヨークから日本の会社を訪問し、海外を含めて延べ1千社の経営者にお会いしたが、この厳しい経済環境の中でも、どうも日本の経営者は「カネよりモノが先」「モノをつくればカネは後からついてくる」と考えているようだ。私から見れば、正直いってカネのコントロールが非常に甘いと思う。バブルが生じた理由も、バブルの総括が中々できない理由も、これで説明がつくのである。そもそも、日本がモノづくりをうまくやってきたことが、戦後高度経済成長を達成させた主要な理由で、それはそれで良かったし、非難されることでもないが、私の見方では、日本がモノづくりに集中できて成功したのは、歴史的にある特殊な条件が用意されたからであって、いつでもどこでもうまくいく話ではない。今現時点になって、なかなか日本のモノづくりがうまくいかないので、原点に戻ってモノづくりをやろうという話があるが、今の日本は戦後高度成長を達成した時には揃っていた条件を明らかに欠いている。というのは戦後、アメリカが考えたのは、基本的には西側世界をブレトンウッズ体制(1944年)、いわゆるドル本位体制にもっていくということであった。つまり、アメリカは、もっていた豊富な金(GOLD)をもとにドルを発行して各国の通貨価値と連動させ、為替レートを安定させて自由貿易を発展させようとした。ドルについては、必要であればというよりは、必要がなくてもできるだけ出していく。出していくということはその代わりに何かを取るわけで、日本やドイツなど、敗戦で潰れた国がつくったものを、どんどんアメリカに入れていく。モノを買うその交換に、ドルを出すということをやった。要するに、アメリカは、日本をはじめとする敗戦国あるいは後進国がつくったものを大量に買い取って、それに対して、いくらでもドルを払うというシステムをつくったのである。これがアメリカの戦後消費ブームと結びついて、日本企業はアメリカの消費者が買うものをどんどん輸出することができた。つまり日本は、最初にやるべきカネづくりに苦労しなくても、カネはアメリカが出してくれるので、モノづくりに徹底することができたのである。戦前のメイドインジャパンというのは安物の代名詞だったが、少し高級なモノをつくれば、それだけアメリカの消費者が買ってくれるという構造がつくりあげられたのだ。結局、先立つカネづくりにはそれほど苦労しなくても、アメリカが代行してやってくれる。そして、日本はモノづくりに徹底すれば、アメリカの消費者がどんどん買ってくれる。このような構造の中で、日本の戦後高度経済成長が成功したわけである。このように、日本人は、ある条件が経済的および歴史的にどのように構築されたか、あるいは構築されているのかについて、よく見えない。あげくに、意図的に頑張ればいつでもどこでもできるかのような錯覚をもってしまったのである。それができるには、それなりの条件が別の世界でつくられている必要があって、それが見えるか見えないかということは、現在および将来にわたって、経営をどのようにしていくのかに関わってくる重要な問題であると私は見ている。(『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)より)(余談) 某社で株式公開とIRを担当していた時、大竹氏とIRミーティングを 持つ機会があった。 その時にも、バランスシートに関する質問を頂き、某社長もこの辺を 理解してくれていると思ったが、ITバブルを経験してしまったせいか、 やはり理解できないようであった。 カネのコントロールが非常に甘い。
2003.07.09
『おカネの法則』大竹愼一著(日本経営合理化協会)本書は、僕が私淑するファンドマネージャーの大竹愼一氏が、20年デフレを踏まえ、会社と個人のカネづくりについて、経営者として《取るべき行動》 と《市場原理》を提示したものである。さすがに編集に1年かけただけあり、氏のエッセンスが存分に盛り込まれている。巷にビジネス書は山ほどあるが、類書は無く、これを超える書はそう簡単には出て来ないと思う。経営者の方や資産運用をお考えの方には、是非読んで欲しい価値ある一冊。http://www.jmca.net/booky/okane/index.html 今日から、本書について書いていこう。■まえがき私がロンドン、ニューヨークで、カネの世界の仕事をはじめて、はや20年が過ぎ去ろうとしている。私より古い日本人ファンドマネージャーは、ほとんどいなくなってしまった。実績が数字で残る「板子一枚下は地獄」の投資の世界で、カネの流れをアメリカ・日本・ヨーロッパの三極から読み解き、ひたすらカネの合理性を追究してきた。一方、日本がバブルになり、その後だんだんとおかしくなっていく様を目の当たりにすることになった。ある意味で、この20年、私は戦後日本人の弱さというものを、外同人の眼で観察することになったのである。そもそも、戦後90年の日本は、本当の意味での資本主義の市場経済ではなかった。いわゆる、戦後にのみ固有の《限定された土地本位》の資本主義だったのである。それこそ、土地や株式を担保に銀行から借金をし、バランスシートを膨らませた者が儲けることができた。それが90年以降、バブルがはじけて、今までの錬金術がまったく効かなくなってしまった。持っている土地の含み益は含み損に変わり、過去に膨らませた資産が、企業にとっても個人にとっても、大きな重荷となってきたのである。別の見方をすれば、日本もようやく資本主義の原点である《カネ本位》の市場経済へ動きつつあるといえる。しかし一方、経営者にとっては、非常にキツイ時代に入ってきたといえるだろう。なぜなら、私は、このデフレは10年では終わらず、底を打つまで今後さらに10年はデフレが続くと考えていて、企業経営にとって重要な《カネづくり》がますます難しくなっていくと予測しているからである。本書は、そのような状況の中で、経営者が今後カネづくりをどのようにやっていくべきか、【会社のおカネ】と【個人のおカネ】の双方にわたって、その市場原則と、取るべき行動を提言したものである。ところで、内容についてはなるべく簡明を心がけたが、私が言う《キャッシュフロー経営》あるいは《合理的な投資方法》は、数字を駆使する世界であるので、そう簡単な話ではない。しかし、この困難を乗り越えていただくしか手がないように思う。ともかく、企業であれ個人であれ、自ら意志決定をし、自らを助けるという行動をとらないかぎり、今の状況からは抜け出すことはできないだろう。そうはいっても、日本人全員が悲観する必要は、さらさらない。私は、日本崩壊論とか、日本がみんな駄目になるという話は大嫌いである。バブルに浮かれて、いい加減な経営をしてきた、企業や個人が潰れるのは当然のことであるが、日本の優秀なまともな人たちは、戦後の常識にとらわれない、まったく別の道をつくって繁栄するに違いない。最後に、本書での私の日本人についての発言に、違和感を覚える読者がいるかと思う。それについては、日本は、黒船到来によって開国を余儀なくされたように、外国の圧力で自国を改革してきた歴史がある。できれば、私の発言を非日本人的日本人による外圧と思って、受け止めてくれればありがたい。ともあれ、本書が日本の経営者に役立つことを念じつつ、刊行する次第である。さて、怠け者の著者をしてこの大部の著書を編ませたのは、日本経営合理化協会出版局の岡田万里氏の尽力によるものである。記して謝意を表したい。 2003年夏至 大竹愼一(続く・・・)
2003.07.08
『第6章 日本企業よ共に戦おう』④■目の前の課題を大切にし、新しいことへ挑む 若い経営者やビジネスマンの方々に、お伝えしたいことがいくつかあります。 まず、目の前の課題は重要だということです。 今やっている仕事を良くしよう、と考えることから始めてほしいのです。 なるべく良い結果を出すために、それまでとは違った観点、発想から その課題を見て、いかに効率的にするかを考えて下さい。 目の前の課題を自分で解決するうちに、かなりの実力がつくはずです。 もう一つは、それまで経験したことのない新しい仕事をやって欲しい ということです。 それには、今やっている仕事をきちんと出来ることが前提条件です。 そうでなければ、新しい仕事は到底任せてはもらえないし、また 出来るはずもないからです。 一つの仕事をきちんと出来るようになったならば、次に新しいことに 挑んでください。 ひらめきのある人ならば、必ず成功します。 そして、楽しく仕事をすることも忘れないでください。 私は普段、「人の倍働け」などと言うこともありますが、年中そうしろ などとは言いません。 結果を出すためには、時には倍働かなければならないこともあるのですが、 その後は、大いに休養し、楽しむことです。 仕事そのものも、単に命令でやらされているなどと思うのではなく、 それぞれの分野で歴史に残ることをやってやるとか、誰よりもうまく 仕上げてやるといった具合に、考え方を変えて挑んで欲しいのです。 そうすれば、仕事を成し遂げたときも、仕事そのものでも、最高の 楽しさを味わうことが出来ます。 これからの日本を築くのは若い人たちです。 目の前の仕事を楽しんで、きちんとこなして下さい。 そして、新しい可能性をどんどんと広げてくれることを期待しています。■日本に良い循環を 私はこれまで常に戦ってきました。 私は、多くのアメリカ企業の経営者のように高額の報酬を得て早々に 職を退き、リゾート地に住むような生活など望んでいません。 むしろ、仕事そのものを楽しむという日本的な経営者ですが、 そんな生き方も捨てたものではないと思っています。 もちろん、これだけ景気が悪くなってくると、実際には仕事を楽しむ ことよりも苦しいことの方が多くなります。 でも、たとえ小さな仕事でも成し遂げることが出来れば、そこに 喜びも楽しさもあるものです。 私には、他の人がどうなろうが自分さえ良ければいい、とは到底思えません。 会社全体が良くなれば、株主にも喜んでもらえますし、従業員の生活も 良くなります。 会社が良くなって信頼を得れば、新しい需要家も増え、さらに、 会社が良くなるわけです。 一度、会社が良くなると、良い循環になってくるのです。 また、これは私企業の経営者が負うべき務めではありませんが、 一つの企業が良い循環になることで、日本経済全体を良い循環にする 一助となるかもしれません。 日本企業は負けない。 我々は、その気持ちを忘れずに、日本経済に良い循環をもたらして いきたいものです。(以上)「社長が戦わなければ、会社は変わらない」(信越化学工業社長 金川千尋著)より(余談) そう言えば、この前、転職希望の人から、オススメの会社を聞かれた時に、 「信越化学」・「エステー化学」・「サンマルク」・「ダヴィンチ・アドバイザーズ」 ・「公益社」・「SFCG」などと答えておいたけど、どうしたかな~。
2003.07.07
『第6章 日本企業よ共に戦おう』③(中略)■厳しい時代に備えておけば、そこからチャンスが生まれる 経営者は、常に備えていなければなりません。 ピンチに対してもそうですが、チャンスに対しての備えも重要です。 チャンスが来た時には、資金がなければどうしようもありませんが、 よそから資金を調達するというのは大変なことです。 チャンスというのは突然来ることがよくあり、そんな場合には 資金の用意はさらに難しくなります。 チャンスというのは本当に予測できないものです。 ですから、いつそれがやって来てもいいように資金を用意しておくことが 出来るならば、それが望ましいわけです。 例え、チャンスが暫くやって来ないとしても、キャッシュをそのまま 保持しておくだけのことで、損をするわけでもなければ、会社が傾くわけ でもありません。 私は、今の不況はもっと深刻なことになると思っています。 この予測が外れれば、私たちにとってもその方がありがたいのですが、 不幸にして大不況が来てしまっても、その中からチャンスを見つけて 生き残らなければなりません。 大不況になれば、仕事の筋は良いのに、資金的または経営的にだめに なってしまう会社もあります。 その時に、こちらが潤沢な資金を持っていれば、そこに投資できるし、 経営の改善も出来るわけです。 不況はわが社にとっても厳しい環境なのはもちろんなのですが、 その一方で、このようなチャンスでもあるということです。 これからのさらに厳しい時代に備えて、資金的には今は会社の力 を蓄えておけばいい。 私は今、そのように考えています。(中略)■使命感をエネルギーとし、仕事を楽しむ 経営者の仕事は激務です。 ましてや、会社を改革するには大変なエネルギーが必要となります。 私の場合、そのエネルギーの源泉は一種の使命感です。 株主に報いなければという使命感が私にはあるのですが、経営を 任せておいて良かったと株主が本当に喜んでくれることは、私にとって 最も嬉しいわけです。 この喜びがエネルギーとなります。 使命感ということでは、他の役員と杜長とは全く違います。 例えば、私が専務のときには特定の仕事を担当しており、その仕事を 世界に比類のないものにしてやろうと一生懸命やってはいましたが、 株主のことなどあまり意識していませんでした。 企業の構成員には個々の役割があり、それを誠実に果たすのが使命感 ということだと思います。 それが、結果として、株主に報いるという会社の目的に貢献すること へと繋がるわけです。 でも、社長だけは違います。 結果として貢献するのではなく、はっきりとそれを目的として意識し、 それに向けて働くことが社長の役割となるからです。 私が使命感をエネルギーとして働くのは、それが私にとって最も 充実することですし、この仕事が楽しいからでもあります。 ある大手企業のオーナーが経営から退くときに、「仕事で楽しい と思ったことは一度もない」と言われたそうですが、私には理解できません。 経済情勢が悪い時に最高益を更新できたというのは、やはり素直に 嬉しく感じました。 また次への挑戦が始まりますから、いつまでも嬉しがってはいられませんが、 少なくともその時点では非常に満足していたのです。 私が無理を言っても、皆がそれを聞いてくれて、本当によく やってくれました。 それが嬉しかったわけです。 何かに追い詰められたように仕事をする人も時々見受けますが、 私は全く逆で、部下にも「緊張するな」といつも言っています。 ギャンブルやほかのゲームでもそうですが、リラックスしなければ 勝てるものではありません。 もっとも、リラックスすれば必ず勝つということでもないのですが、 少なくとも、緊張していたら絶対に勝てないものです。 仕事についてもこれは同じことで、どこかで仕事を楽しめないと エネルギーが出ないし成功できないものです。 経営者は激務ですが、これを楽しむ気持ちを持ち続けたいものです。(続く・・・)「社長が戦わなければ、会社は変わらない」(信越化学工業社長 金川千尋著)より
2003.07.06
『第6章 日本企業よ共に戦おう』②■経営は実践が大切 私には固定した経営モデルというものはありません。 強いて言うならば、それは型にとらわれないモデルです。 経営においては、客観情勢を正確に理解して、いかにすれば一番会社に 有利かをその場その場で判断していかなければなりません。 状況は絶えず変わっているわけですから、固定したやり方では通用しない のです。 ただひたすら、どうすれば会社にとって一番プラスになるのかということ だけを考え続け、その場に最も合うモデルを、その都度つくるしかない ということになります。 経営理論の本や経営書などが流行っているそうですが、私はほとんど 読んでいませんし、これからも多分読まないでしょう。 なぜなら、経営は実践のなかから学ぶしかないものだというのが 私の持論で、経営の実績もない人の説く経営論には、どうしても 興味が持てないからです。 もし、ジャック・ウェルチ氏が本やスクールで経営を教えてくれる というのなら、私も喜んでお話を聞きます。 でも、学校の先生やコンサルタントから経営の一般論を言われても、 多分、混乱するだけでしょう。 経営は理屈では把握しきれません。 やはり、実践から学ぶしかないようです。■歴史から学ぶ 私は、経営書は読みませんが、歴史書は好んで読みます。 私は六高に在学していた頃、歴史研究会で勉強していました。 あれから半世紀が経過していますが、歴史に関しては、今でも六高時代の 仲間が集まって、毎年9月に会合を開いています。 今、一番若い人で71歳くらいですから、本当にみんな年を取って しまったのですが、今でも大体20人ほどは出席しています。 毎回、会員の一人が講師役としてプレゼンテーションを行い、それを 基に皆が話し合うという形式で進めています。 そもそも、この歴史研究会は戦前に大野真弓先生が始められたもので、 戦後かなりたってから、大野先生を囲んで会合をするようになったものです。 六高時代に大野先生から習ったのは、当時の軍国主義的な歴史教育とは違い、 純粋に学問的な歴史の見方でした。 戦時中の歴史教育というのは文部省に統制されていて、日本は神の国である という歴史を教えていました。 でも、大野先生は英国の近代史が専門だったこともあり、ヨーロッパの歴史 と植民地主義などについて教えてくれました。 歴史研究会の中で、私たちは、史実を正確に集め、歴史を客観的に 理解していくということを学んでいったのです。 つまり、私たちは、当時としては珍しい、非常に学問的かつ科学的な 歴史を教えていただいたわけです。■失敗を反面教師として 現代は難しい時代です。 歴史はそんな現代を、冷静に見る目を与えてくれます。 それまで7つの海を支配していた英国が、第二次大戦を境として没落すると、 アメリカの世紀になりました。 ここから90年頃までは、アメリカ対共産圏という図式となったのですが、 ゴルバチョフのときにソ連と東欧の共産圏が崩壊してしまい、現在は、 アメリカの一極支配ということになっています。 ヨーロッパ人には皮肉好きな人が多いですから、アメリカについて いろいろな批判をしますが、基本的に西欧とアメリカは同じだと思います。 アメリカには多様な民族が住んでいるのですが、アメリカを実際に 支配している人たちの中心はアングロ・サクソン系であり、西欧とアメリカ は同様の性格を持っていると考えていいでしょう。 共産圏の崩壊は大きな歴史の転換点で、アメリカが世界のスタンダード になったわけですが、歴史は一種の弁証法的な過程をたどるもので、 「正」があれば必ず「反」が出て来ます。 そして、「合」へと至るという道筋をとるはずです。 今、アメリカが世界を支配していますが、必ず反アメリカが登場します。 これは「正」に対する「反」です。 これが、ちょうど現在の時代状況だと思います。 さて、これから先について考えると、反アメリカがアメリカを滅ぼす場合 もあり得ますが、アメリカが反アメリカのある部分を取り入れて、 一歩高いところに行く場合もあり得ます。 それが弁証法的な発展です。 今後のアメリカは「反」に滅ぼされるのか、それとも「反」を取り入れる のか、どちらになるのかが問題です。 私の見るところ、アメリカのシステムという点から考えて、反アメリカの 言っているもっともなところを取り入れて、アメリカは一歩上に行く と思います。 アメリカのシステムは、失敗を繰り返しません。 アメリカ企業の不正経理問題でもそうですが、失敗の後には、 それを繰り返さないようにする力が必ず急速に内部から出てきています。 これがアメリカの強さで、失敗を反面教師にするわけです。 私は自分の予測をあてにはしません。 ですから、この予測も外れるかもしれないと思っています。 でも、歴史とは事実の積み重ねであり、その事実から学ぶことは多いものです。 失敗を反面教師にすることは大事なことだと思います。 それには、事実をきちんと押さえる必要があります。 私が新聞を一所懸命読むのは、事実をありのまま押さえてくれるからです。 起こってはならない出来事があったとき、その事実を反面教師として、 わが身を見直すのです。 歴史は事実の積み重ねです。 その事実を見て、これからのわが身に活かしていきたいものです。(続く・・・)「社長が戦わなければ、会社は変わらない」(信越化学工業社長 金川千尋著)より
2003.07.05
『第6章 日本企業よ共に戦おう』①■日本の税制には腹が立つ 今、私は必死になって仕事をしています。 本当に、情けないと思うぐらい必死です。 景気が良ければここまではやらないのですが、あまりにも状況がひどいので、 そうしていないと、いつ会社が危機に陥るかわかりません。 アメリカの経営者ならば、同じような仕事をすれば、年収は何倍にも なるでしょう。 しかも、所得に対する税率は向こうのほうがはるかに低いのです。 1988年には最高税率が28%となりましたから、仮に年収が1億円あれば、 7200万円も合法的に手元に残る計算です。 当時の日本ですと、ほとんどその逆でした。 このため、ある人などは、「税金が少ないから、アメリカに移ったらどうだ」 と勧めてくれます。 しかし、私はお金のためだけに仕事をしているわけではありませんし、 税金のためにそんなことをする気にはなれません。 でも、日本の税金には本当に腹が立ちます。 こんなに所得税を高率で取っておいて、死んだら相続税でさらに 取り立てるのです。 あまりにもひどいやり方です。 法人税率にしても今は約40%ですが、長い間、50%も取っていました。 シンテックのあるテキサス州の法人税はすべてを含めて約35%ですし、 マレーシアでは新しい技術を持ったハイテク企業には法人税免除となります。 世界的に見ても、日本の法人税はかなり高いのです。 これほどの高率で税金を取り立てておいて、先進国で最大の累積赤字国に なってしまったのは一体どういうことなのでしょう。 この怒りは私だけのものではなかったようです。 日本経済新聞の取材に答えて同じことをお話ししたところ、その記事に 大反響がありました。 「よく言ってくれた。政府の不甲斐なさを真っ向から批判してくれて 胸がすく思いだ。感銘した」 という内容の電話や手紙を頂いております。 日本企業の競争力低下の一因は、税制にあると思います。 これからは、国民や日本企業のインセンティブを奪うようなことは 改めるべきです。(中略)■例外を見てアメリカ企業を批判するのは間違いだ 株主から資金を預かり、経営者はそれを使って儲けを出す。 これが株式会社の原則です。 経営者は、株主から経営の委託を受けているわけですから、ベストを 尽くして株主に報いなけれぱなりません。 エンロンやワールドコムの不正経理の問題を取り上げて、 「あれはアメリカ企業の特質であるアングロ・サクソン流の経営のせいであり、 彼らが時価総額主義に偏った株主重視の経営を行っていたから起こったのだ」 と言う人がいますが、これは間違いだと思います。 アメリカ企業の経営手法をよくアングロ・サクソン流と言いますが、 実際には同一のものなどではなく、経営者それぞれによって違うはずです。 例えば、私は自分流の経営をしているだけのことで、日本流でも アングロ・サクソン流でもないと思っています。 また、不正経理の問題が、アングロ・サクソン的な経営哲学のせいなのかと 言えば、これも違うと思うのです。 彼らの考え方の基盤となっているピューリタン(清教徒)の思想から 言っても、そんなことはあり得ません。 あのような事例はあくまでも例外で、特殊な会社の特殊な人がやったこと でしかないのです。 アメリカには、利益を出し続けて株主の信頼を獲得し、ますます株価を上げる というよい循環にある企業がたくさんあります。 例えばGEなどはコンスタントに業績を向上させ、短期的にも長期的にも 株主に報いています。 そうした企業もまた株主重視であると言えますが、エンロンやワールドコム などとは全く違います。 変な例外を見て、アメリカ企業の全部がおかしいと言うのは誤っています。 やはり、原理原則に立って考えれば、企業経営者は株主に報いるよう 最大の努力をすべきなのだと、私は考えます。■どんなときでも、どんな事業でもチャンスがある 現在、景気は非常に悪いですが、私は決してあきらめていません。 チャンスは必ずあるはずです。 とにかくそれを見つけて必ず物にしてやろうと常に思っています。 チャンスを見逃さないためには、先入観を持たないことが大切です。 市場の成長性とシェアで事業を分析するプロダクト・ポートフォリオ理論 に基づき、オールドエコノミーを切り捨てて、ハイテク分野やそのほかの ニューエコノミーに事業を絞るのが良いという意見があります。 しかし、私はそうは思いません。 私は、わが社で現在やっている事業のすべてが「金のなる木」だと思っています。 たとえ一般的には「負け犬」だと思われている事業でも、利益を出しているからです。 私は人を信用するのに実績を見ますが、事業についてもこれは同じです。 特に落ち込んでいる事業を評価するには、実績を大切にする必要があります。 ただ、実績を評価する際に大切なのは、これをどう判断するかということです。 まず、その数字は不正な操作をしたものでないことが前提です。 次に、事実はどうなっているのかを正確に見定める必要があります。 業績の上がっていない原因が、事業のやり方にあるのか、それとも 商品そのものにあるのかを見極めるということです。 もし商品が悪くて、事業としての寿命が尽きているものであれば、 早くやめるべきです。 でも、商品はいいのだけれども、事業のやり方が悪いという場合は、 まだ再考の余地があります。 この場合、事業のやり方を直せば、業績を上げられる可能性を残している からです。 事実をきちんと分析し、正確な判断が出来れば、オールドエコノミーの 中からも、儲けの出せる可能性のある事業を発見できるはずです。 元気のない日本経済でも、いろいろなところにチャンスがあります。 ただし、それは誰にでも見える形で転がってはいません。 それを見えるようにするには、普段から目の前の課題を寝ても覚めても 考え抜いて、現状を深く遠くまで見通せる目を鍛えておかなければならないわけです。(続く・・・)「社長が戦わなければ、会社は変わらない」(信越化学工業社長 金川千尋著)より(余談) 昨日、ある会で、金川社長の話を聞く機会があったが、多少突っ込んだ 質問にも適確に答えておられて、とても77歳とは思えない若さに驚いた。 通例、上場企業の社長が本を書いたり、日経に出るようになると、 会社もピークというケースが多いが、同社に限っては、例外かも知れない。 (株価はピークのような気がするが・・・)
2003.07.04
『第5章 戦うトップの条件』②(中略)■多忙な経営者には病気になる暇などない 経営者は多忙です。 ムダにしている時間など全くなく、効率良く時間を使うように心がける 必要があります。 私は朝の時間を有効に使うようにしています。 毎朝、五時半頃に起き、それから朝日、毎日、日経の3紙を読みます。 私にとって新聞は大事で、会社に持っていって昼休みの時間には他紙も 読むようにしているほどです。 出社時間は、7時15分から7時30分の間になります。 夜の会合やお付き合いのようなパーティーには、原則として出ないように しています。 ただし、昼間のものは出ることがありますし、大事な人に会う場合や、 勉強になるトップとの会合など、例外的なものには夜でも出席します。 人脈について言えば、親しい人に頼んで便宜を図ってもらうことが よくあります。 本業に役立つことなら、誰とでも会いますし、どこへでも出かけて行きます。 必要なところへなら、たとえ飛び込みでも行きます。 でも、本業に関係のない有名人との付き合いなどには興味がありませんし、 また全くありません。 私にはそんなことをやっている時間はないからです。 帰宅すると、9時頃から10時頃まで新聞の夕刊を読んでから寝ます。 よく眠れれば気分もいいし、頭がクリアになり、いい発想が出てきます。 私は酒が強いほうで、昔はよく飲んでいました。 極東物産(現三井物産)に入社した頃、同期の社員で毎晩のように飲み歩き、 新橋の烏森から銀座の方まで順々に店を移っていっては飲んだものです。 そうやって一番先に倒れた者が勘定を全部もつことになっていたのですが、 私は一回も勘定を払わずに済みました。 50代までは健康管理などは全く気にしていませんでした。 30代は毎日午前様みたいなものでしたし、40代もしばしばそんな状態でした。 でも、今の私は、健康管理にかなり気を遣うようにしています。 体調を崩したら仕事が出来なくなるからです。 私が信越化学にいるのは仕事をするためなのですから、それが出来なく なれば会社にとどまっている意味がまったくありません。 もし病気でもして仕事が出来ないのなら、会社にいる気は毛頭ないのです。 60歳になってからは、ちょっとした気温の変化にも気をつけるように なりました。 暑過ぎても物を考える力がなくなりますし、また寒過ぎると風邪を 引いたりします。 こう忙しいと、風邪を引いている時間など全くありませんから、 気をつけざるを得ないのです。 経営者には、病気になる時間さえないのです。■大きな流れの運 経営には、意志と努力だけではどうにもならない部分があります。 ひらめきという要素もそうで、これなどは経営者には欠かせない資質ですが、 どうやらこれは天分によるもののようです。 また、運という要素もあります。 「運も実力のうち」と言いますが、そうしたことはあると思います。 私には幸いにして、大きな流れの運があるのかもしれません。 と言うのは、私は死ぬ可能性の高い出来事をくぐり抜けてきているからです。 こうして生きているのは、いくつもの偶然のおかげだったのですが、 それも私の運だったのでしょう。 まず第一の運は、陸軍幼年学校を受けて落ちたことです。 もし受かっていたら、確実に戦死していたでしょう。 あの当時、陸軍幼年学校に入っていれば、中国戦線などの激戦地に 送り込まれ、戦場の先頭に立っていたはずだからです。 陸軍幼年学校に落ちたことで、一つ命拾いしたことになります。 次は、六高に二度落ちたことです。 旧制中学の四年生で受けて不合格、五年生で受けてまた不合格で、 結局、三回目の受験 でようやく六高に合格しました。 これも、すんなりと六高に入学していれば、戦争に行っていたはずなのです。 六高に落ちたときは、本当に嘆き悲しんだものですが、後から見れば、 それが私の命を救ってくれたのかもしれません。 それから、もう一つは空襲で生き残ったことです。 終戦の年の6月29日に岡山大空襲があり、B29が大挙飛来して、 焼夷弾を雨のように降らしていきました。 私を含めた六高の生徒たちは寮を守ろうと、総出で消火に当たりました。 この日、私の同部屋の人は焼夷弾の直撃を受けて亡くなったのですが、 私も焼夷弾の破片を背中に受けてボッボッ燃えていました。 この破片が少しでもそれて、もし直撃を受けていれば死ぬところでした。 まさに間一髪で生き延びたわけです。 人生の節目で、私は誰かに守られていると、家内などは言っていますが、 そんな気もしています。 私は、亡くなった父がいつも守ってくれていると確信しています。 裁判官だった父が亡くなったのは、私が子供のときでした。 父は東大でドイツ法を専攻し、当時としては将来を嘱望された法律家だった そうですが、早くに亡くなりました。 まだ幼くてよく覚えてはいないのですが、私を一番かわいがってくれた ようです。 父が早く死んだものですから、母が非常に苦労して育ててくれたのですが、 その母も昨年亡くなりました。 もちろん、経営者として企業を運営していくには、いくつもの能力と 人格的な要素とが必要です。 でも、運もまた大事な要素なのです。 本当に実績のある人と話していると、その人がよい結果を出せたのは、 ひらめきや運をものにしていく力があったからだと思うことがよくあります。 私が今日こうして経営者として生きていられるのも、多くの運が どこかで助けてくれていたのかもしれません。 深く感謝しています。(続く・・・)「社長が戦わなければ、会社は変わらない」(信越化学工業社長 金川千尋著)より
2003.07.03
『第5章 戦うトップの条件』①■経営者に必要な五つの資質 私は、経営者には判断力、先見性、決断力、執行能力が必要と考えています。 まず、現状を正しく判断する判断力、先を見通せる先見性、現状を 伸ばしたり変えたりする決断力、現状を決断に結びつける執行能力、 この四つは経営者にとって不可欠な能力だと思います。 これらの能力の有無は、ある程度天分に左右されるようで、特に、 判断力と先見性は先天的な要素が大きいようです。 この四つはいずれも、経営者として仕事をするのに直接的に必要となる資質です。 でも、これらだけではまだ十分ではなく、経営者には、もう一つ 人格的な要素が必要です。 それは、誠実さと温かさです。 誠実で人から信頼される人柄でなければ、経営者としてうまくいきません。 仕事が出来ればそれでいいというものではなく、誠実さが欠けていると、 どこかで破綻してしまうものです。 厳しい経営をしても、人間の奥底のどこかに温かさが必要です。 これがないと人がついてこないでしょう。 経営者に必要な資質は、この5つだと思います。(中略)■顧客の声を聞く わが社では、あくまで顧客中心主義です。 研究所も製造も営業も、常に顧客の方を向いて仕事をしています。 例えば、顧客からクレームがあった場合など、即座に出来るだけの 対応をするよう心がけています。 クレームというのは神の声のようなものです。 それをいかに早く、かつ双方に満足できる形で解決するか、これが 顧客から信頼されるための重要な要件となります。 クレームというのは、ある意味では天が与えたチャンスだと言っても いいでしょう。 打てば響くような形で解決できれば、かえって顧客からの信頼につながり ますが、これをいい加減にすれば、もちろん顧客の信用を失います。 このチャンスを活かすも殺すも我々次第なのです。 また、製造現場だけではなく、研究部門の人間にとっても、顧客の顔 が見えるということで士気が上がるものです。 そこで、研究部門の人たちには、「とにかく顧客に会いなさい。 生の声を聞こう」と言うようにしています。 それも、購入担当者の声などより、あくまで実際に使う人の声を 聞くほうがいいでしょう。 どんなものが欲しいのか、うちの製品のどこが良くてどこが悪いのか、 また将来どんな方向に変わる可能性があるのか、使う人の生の声を 聞かせるようにしています。 顧客の声を聞き、よく理解してこそ、顧客が真に求める製品を作りだせる ようになるのです。■事業とは、自ら投資して、自らのリスクで売ること 信越化学に入社する前の商社時代、まだ駆け出しのセールスマンだった私は、 あるメーカーの合金鉄を特殊鋼メーカーに持っていったことがあります。 その特殊鋼メーカーでは六高の先輩が専務をしていて、普通なら門前払い されるところを、担当のキーマンに紹介してもらいました。 でも、その製品が他社に比べて不純物が多いというので、購入を断られて しまいました。 品質が低いと言われても、私の勤めていた商社はその合金鉄メーカーの代理店 でしたから、他社の製品を扱うわけにはいきませんでした。 そこで、そのメーカーに事情を説明して品質改善を求めたのですが、 相手にされなかったのです。 「もし私がメーカーの人間だったら、自分で品質を直してそこに売り込みに行く。 自分で作って自分で売れるような仕事ならどんなにいいだろう」 このように思った私は、商社のように品物を右から左にただ動かして 商売することの虚しさを感じました。 私がメーカーに行きたいと思ったのは、このことがきっかけでした。 私はこの出来事から、事業本来の姿とは、自ら投資して自らのリスクで 物を作り、自らが売ることだと、思うようになったのです。 今から思えば、この頃から顧客志向が強かったのでしょう。 これが原点となって、「責任を持って顧客の求めるものを売る。 顧客から信頼されるものを売る」という現在のわが社の姿勢へとつながるわけです。■名伯楽の思い出 改革には強力なリーダーが必要ですが、リーダーが誕生するには、 その人をサポートしてくれる人との出会いが欠かせないように思います。 例えば、山本五十六長官は海軍で大きな改革を次々と成功させましたが、 米内光政大将(海相、首相を歴任)との出会いがなければ、あれほど 大きなことはできなかったでしょう。 私にとっての米内光政大将は小田切さんでした。 小田切さんという名伯楽と出会い、いくつものチャンスを与えられ、 能力に磨きをかけてもらわなければ、今日の私はなかったはずです。 もし小田切さんと出会わなければ、今頃、私はまったく芽が出ていなかった かもしれないとさえ思います。 その小田切さんと私とは、経営者としての共通点がいくつかありました。 私もそうなのですが、小田切さんもだめな人はあまりあてにしていませんでした。 小田切さんは温厚で円満な人柄でしたから、口に出してそういうことは おっしゃいませんでしたけれども、だめな人は相手にしていませんでした。 小田切さんは人をよく見て、その人の実績を公平に評価し、真価を 正しく見抜く経営者でした。 その上で、真に有能な人だけを信頼していました。 もう一つ小田切さんと私に共通していることは、オリジナリティを 持っていたということだと思います。 小田切さんは、問題が起こったときに、人に教わったことでも 本に書いてあることでもなく、独自の発想で解決していました。 その発想は、昔の経験から出るものもあれば、全くのひらめきから来る ユニークなものもあったようです。 そんな独自の発想を総合して、事業を成功させるということです。 こうした共通点があったこともあり、私と小田切さんとは経営者としての 考え方にも近いところがありました。 そのため、小田切さんが社長を退いてしばらくたち、私が経営者と なってからも、よく相談にのって頂いたものです。 私が経営者として本当に困ったとき相談できる人は、この小田切さんと ブランチさん(ダウ・ケミカル元会長)しかいませんでした。 お二人が亡くなられて、今は経営者としてお話しできる人がいなくなって しまいました。 今も社長室には、亡くなる一年前に小田切さんから頂いた胡蝶蘭があります。 これは、私の誕生日にということで頂いたものです。 小田切さんが亡くなって、もう五年半たちますが、この蘭は絶対枯らさない ようにしています。 根分けして大事に育てたのですが、不思議なことに、株主総会の頃になると 必ず咲いてくれます。 この蘭を見ていると、今でも、小田切さんが見守ってくれているような 気がするのです。(続く・・・)「社長が戦わなければ、会社は変わらない」(信越化学工業社長 金川千尋著)より
2003.07.02
『第4章 世界を舞台に戦う』(中略)■ニカラグアでカントリーリスクを経験 海外で事業を展開する際、その国にどんなリスクがあるのか、 よく承知しておかなければ危険です。 ことに政情不安な国での事業では、カントリーリスクに注意が 必要となります。 私にとって、ニカラグアでの事業が、カントリーリスクの何たるか を知るのに良い経験になりました。 1970年から、私はニカラグアで塩ビとコンパウンドの工場を 運営しました。 これは合弁会社で、信越化学が30%、日本のある商社が10%、 現地のインフォナクという開発公社が20~30%、あとは現地の投資家 という持ち株比率でした。 この事業は初めから私が企画立案し、私と現地の有力者、そして 公社の総裁との3人でエグゼクティブ・コミッティーを作って、 実行したプロジェクトでした。 この時の経験は、後に、アメリカの子会社シンテックの運営に当たっても 非常に参考になったものです。 私は中米での市場独占を狙い、外部からの製品をシャットアウトするために、 輸入関税を200%ほどに上げる案をつくりました。 ニカラグアを含めた中米五ヶ国は関税同盟を結んでいましたから、 この関税案が成立すれば、この地域の塩ビ市場はこの合弁会社が 一手に握れます。 政府がこの会社に出資していた関係で、私の案はそのまま通りました。 万が一を考え、通常の関税に加えてアド・バローレム(従量関税) も導入しておいたところ、結果的にこれが効いて、世界の塩ビ相場が 急落した時にも、私の狙いどおり、外からの輸入を防ぐことが出来ました。 これにより、この地域に製品を高く売ることが出来たのです。 こうして、この合弁会社は中米で一、二を争う高収益会社に成長し、 10年間はわが世の春を調歌しました。 ところが、79年にニカラグアで革命が起こって、ソモサ大統領が 初めはパラグアイ、後にウルグアイヘと亡命し、そこで暗殺されてしまいました。 この革命によって国の経済が全くおかしくなり、戦後ずっと安定していた 通貨が暴落し、1ドルが7コルドバから1万コルドバにまで落ちていきました。 ちょうど、第一次大戦後のドイツのような状況になってしまったのです。 革命後、誘拐などの犯罪が増えて社会不安が一気に高まり、合弁会社に 出資していた地元の有力者も亡命してしまいました。 このような情勢では企業運営など出来ないため、信越化学は社員の 安全を考え、全員引き揚げることにしたのです。 幸いにして、ロイヤリティーや配当などは自由に日本へ送ることが出来、 それまでに信越化学への送金を十分行っていたので、実損はゼロでした。 むしろ投資額の3倍から4倍は現金で回収できていたのですが、 この合弁会社はそのままだめになってしまい、事業は崩壊しました。 つまり、ニカラグアでの事業は運営面で成功したのですが、政変により潰れたのです。 この事例では投資した金額が小さいものでしたから、私たちは資金の 回収も終えていましたが、政情不安な国での事業では、場合によっては もっと手ひどい目に遭うこともあります。 例えばイラン革命のときには、数千億円単位の損失を蒙った日本企業もありました。 カントリーリスクとはこのようなものです。 そのことを実地に肌で知ることが出来たことは、私にとって非常に 良い経験となりました。■コマーシャルリスクとカントリーリスク リスクを踏まなければ、事業の発展は見込めません。 株式会社の起源となったのは大航海時代の冒険商人たちが行ったビジネス ですが、当時も今も、事業はリスク抜きに語ることは出来ないものです。 発展を望むならば、リスクは避けて通れないわけです。 ただし、事業家には踏んでいいリスクと、いけないリスクとがあります。 中でも、カントリーリスクは決して踏んではいけないリスクです。 ニカラグアでの事業経験から、私はこのことを肌で学びました。 これに対して、踏んでもよいのがコマーシャルリスクです。 シンテック設立で私がアメリカヘ進出することを決めたのは、 これこそが事業家にとって踏むべきリスクだと考えたからに他なりません。 アメリカ、日本、ドイツなどの国々では政治的に安定しており、 資本主義経済が根づいていますから、世界中から投資が集まります。 そのため、企業間の競争が激しくなるのです。 この競争の激しさこそがコマーシャルリスクです。 コマーシャルリスクの大きい国では、いい加減な経営は通用しません。 特にアメリカの場合、競争が実に激しく、経営者には高い事業手腕 が求められることになります。 この点、ニカラグアとは対照的です。 ニカラグアの場合、コマーシャルリスクは極めて小さく、大した 企業間競争はありません。 そのため、事業運営は容易に成功します。 私の場合も実際に10年間は簡単に儲けることが出来ました。 でも、政情不安から、事業が潰される結果となったのです。 つまり、コマーシャルリスクの小さい国ではカントリーリスクが大きく、 競争はない代わりに、いつどんな不可抗力的な事情で事業を潰されるか わからないのです。 一方、競争の激しいアメリカで生き残っていくには、経営全体を 強くするしかありません。 シンテックが生き残れたのは、試行錯誤の末に築いた経営体質の強さ のおかげでした。 そこにたどり着くまでは、文字通り、必死の経営努力が必要だったのです。 アメリカでの事業はコマーシャルリスクが大きくなるのですが、 その代わり、政情不安で事業が潰れる危険はほとんどありません。 堂々と競争し、自らの手腕で事業の成功を勝ち取るわけです。 まさに、これこそ事業家の本懐だと言っていいでしょう。 「易きにつくな、狭き門より入れ」という言葉があります。 事業家ならば、コマーシャルリスクを恐れることなく、堂々と戦って 成功を勝ち取りたいものです。■中国進出とカントリーリスク 信越化学は2002年になって中国進出を決定したのですが、 私は中国には依然としてカントリーリスクがあると判断しています。 最近、中国も変わってきているのですが、資本主義的な意識の面に いまだ不安があり、これが中国のカントリーリスクとなっています。 例えば、これは中国へ進出したある日本企業の人から聞いた話です。 その会社では、工場設備の中で、企業秘密に属するような技術を含んだ 大事な部分は、外から見えないようにブラックボックスにして、 きちんとカギをかけておいたのだそうです。 ところが、夜に見回りに行ってみると、数人の中国の人がカギをあけて、 皆で見ていたというのです。 彼らには外国企業の企業秘密を盗み見るのは悪いことだという意識がない というのが、この話をしてくれた人の意見でした。 これは、ごく最近の話です。 つまり、中国ではまだ、契約を守る、あるいは知的財産を盗むようなこと はしない、などといった資本主義にとってごく基本的な意識がまだまだ 浸透していないわけです。 このような国では、重要な技術を伴った事業は到底出来ません。 また、いくら税制が有利であるからといっても、カントリーリスクの 大きい国では突然に税制が変わることがあるので、あてにしてはいけません。 これは東南アジアの他の国についても同じことが言えます。 最もいけないのは、高い輸入関税をあてにして、カントリーリスクの 大きい国へ進出することです。 それで一度は事業が成功しても、ある日突然、政変が起こって、 すべてが崩壊してしまいかねません。 関税などは、政府有力者の一言で下がるわけですから、明日にはどうなるか 何の保証もないのです。 実際、ベトナムなどでは、失敗している企業がいくつもあるようです。 ニカラグアでの経験のおかげで、今では私にもカントリーリスクの何たるか がわかっています。 ですから、危険な海外進出には、断固としてノーを出しており、 そのため、わが社ではカントリーリスクによるケガがニカラグア以降 ほとんどありません。 このようなリスクを踏まえた上で、なお中国への工場進出を決めたのは、 時代の変化と中国の向上および人件費の安さに理由があります。 中国の人件費は日本の約30分の1という安さなのです。 しかも個人の潜在能力や勤労意欲は日本を上回ることもあります。 特別なノウハウもなく、真似されて困るような企業秘密もない事業なら、 この人件費の安さは大きな魅力です。 そんな仕事はたくさんあるのですが、それは中国でやるべきだと 私は考えています。 つまり、リスクの性質を判断した上で、そのリスクが障害にならないような 事業を持っていけば、効率の良い海外事業が展開できる可能性があります。(続く・・・)「社長が戦わなければ、会社は変わらない」(信越化学工業社長 金川千尋著)より
2003.07.01
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